私、霧雨魔理沙は天邪鬼だ。
自分でもわかっている。
あいつと話すと、つい憎まれ口を叩いてしまう。好きな子に意地悪してしまうなんて、我ながら子どもだ。
けど、あの透き通るように綺麗な蒼い瞳に見つめられると、どうしても目を逸らしてしまう。気後れしてしまう。そうして、強がって、憎まれ口。
天下の霧雨魔理沙様が、情けないことだ。
――ああ、早くあいつに会いたい。あいつの顔が見たい。
「アリス……」
◆
私、アリス・マーガトロイドは天邪鬼だ。
自分でもわかっている。
あの子と話すと、つい憎まれ口を叩いちゃう。我ながら大人げないわ……。
けど、あの猫のようにふわふわで、やわらかそうな髪の毛と、無邪気な笑顔が私を悩ませる。憧れさせる。そうして、強がって、空回り。
アリス・マーガトロイドともあろうものが、情けないわね。
――ああ、早くあの子に会いたい。あの子の顔が見たい。
「魔理沙……」
~素直になれないシンメトリー~
私は今、友人であるアリスの家に向かっている。
日はもう傾きかけていて、かなり寒い。
けれど、ゆるやかに沈んでいく太陽は優しげにオレンジ色の輝きを放っていて、それはとても綺麗で、だけどなんだかちょっぴり切なくて、誰かと一緒に見られたらいいのにな。なんてことを思わせるのだった。
「アリス……」
無意識に口から出た名前に、胸の真ん中が、きゅっとなる。
もし仮に、今ここで一緒にこの夕日を見られたのなら、彼女はなんと言うだろうか。
何も感じないかもしれない。アリスはクールなんだ。でもでも、もしかしたら「綺麗ね……」なんて言ってくれるかもしれない。夕日に照らされたアリスの横顔は、きっとすごく美しくて、この夕日よりアリスの方が綺麗だよ、なんて――
「わぁーわぁー!」
あまりのクサさに思わず赤面。
「危ない危ない。ここが上空で助かった」
幻想郷には空を飛ぶ連中など腐るほどいるが、とりあえず誰もいなかったようだ。助かった。
「下らん妄想なんてしないで、さっさと向かうか。……来られても迷惑かもしれないけどな」
そう、そもそも私たちはそんな関係じゃない。それどころか、私はたぶん、アリスに嫌われている。
それでも、会いたいから会いに行く、なんて……私は子どもなのかな。
◆
私は今、お夕飯の準備をしている。
窓から差し込む夕日は、魔理沙がやって来る時間帯だということを示していた。
今日は寒い。こんな日にまであの子はやってくる。寒空を突っ切って、元気に、元気にやってくる。
だから私は温かいお夕飯を用意してあげよう。
「魔理沙……はぁ……」
無意識の内につぶやいた名前に、少し後悔。
あの子はいつも私と食事をしてくれる。仏頂面で、たまにおいしいと言ってくれる。
あの子は優しいのだ。けれども、それが私を苦しめるのだ。
魔理沙だって、他の友人と遊びたいだろう。食事をしたいだろう。
それでも私のところに来てくれるのは、私が寂しいだろうと心配して来てくれているに違いない。
あの子は……優しいのだ。
「――とと、いけない。早くおゆはんの準備しなきゃっ」
そうだ、そろそろ魔理沙が来る。
優しい魔理沙のために、今日は頑張って和食に挑戦。ご飯と、焦がしネギのお味噌汁、だし巻き玉子に、ゴボウと豚肉の炒め物にキノコも入れてあげよう。それから、キュウリのお漬物だ。
「喜んでくれるといいなぁ……」
誰かを思ってお料理するなんて、恋する少女みたい。
私はなんだか可笑しくて、少しだけ笑ってしまった。
◆
「うぉーい、来たぜー」
ばか、何が「来たぜ」だ。呼ばれてもいないのに。
自分の言葉に内心焦るも、ドアの向こうから聞こえてくる足音は待ってはくれない。平静平静。
程なくしてドアが開かれた。
「また来たの?」
「おう、来てやったぜ」
「呼んでないんだけど」
「つれないこと言うなよ。寒いんだ、早く入れてくれ」
「しょうがないわね……」
あぁ、断られなくてよかった。
毎日来ていて、今まで断られたことはないのだが、やはりこの瞬間は緊張する。確率はゼロじゃない。もしかした。その、もしかしたらが怖いんだ。
「どうせ今日も夕飯食べていく気なんでしょ?」
「わかってるじゃないか。嫁にしてやってもいいぜ」
「なにバカなこと言ってるの。すぐ用意できるから、リビングで座って待ってて」
そう言ってアリスは背を向ける。
瞬間、しゃらん、とアリスのサラサラな髪が流れて、甘い香りがふわりと私の鼻をくすぐる。
……アリスの髪って、いい匂いだな。
「はぁ!? な、なに言っんのよ、バカ!」
うぇ!? 口に出してたのか!?
まずいまずい、これじゃただの変態だ、なんとかごまかせ!
「冗談だよ。それよりご飯だご飯。お腹空いたぞ」
「全く……」
ぷりぷりと足早にアリスは奥に消えていった。
あ~、やっちまった。
アリスを怒らせてしまった。耳まで赤くなっちゃってるよ。
これじゃ嫌われてもおかしくないよなぁ……。
はぁ……。
◆
心臓がバクバク鳴っている。
顔が茹で上がるくらいに熱い。耳まで真っ赤になっていることだろう。
それだけ、ドキドキした。
それだけ、嬉しかった。
それなのに……。
「……バカ、はないわよね」
魔理沙に向かって、思いっきり「バカ」と言ってしまった。
傷ついてないだろうか。泣いてないだろうか。
――たぶん、どちらもないだろう。
私なんかの言葉じゃ、魔理沙はなんとも思わない。
それでも、それでもやっぱり後悔は残る。
そもそも出だしからなんだ、私は。「また来たの?」だと? どの口が言うんだ。本当は嬉しいくせに。
「呼んでないんだけど」バカじゃない? 呼んでないのに来てくれたんじゃない。
「あぁ~もう、私のバカバカ……!」
自己嫌悪。
しかし、いつまでも唸ってはいられない。魔理沙がお腹を空かせて待っているのだ。
なんて言うと、魔理沙がまるでペットか何かのようね。
ペットのように、ずっとここに居てくれたらいいのに……。
「……なーんてねっ」
魔理沙が来てくれる。それだけでこんなに嬉しいんだ。これ以上望んだらバチが当たっちゃう。
さあ、早く運んで食事にしましょう。
可愛い可愛い魔理沙と一緒に。
◆
「おぉ……」
目の前に並べられたものは、ご飯、味噌汁、玉子、炒め物、漬物。
どこからどう見ても和食だ。
「これ、アリスが作ったのか?」
「私以外に、誰が作るのよ」
「アリス・マーガロイドさん」
「いないわよそんな人物」
「わからないぜ、どこかにいるかもしれない」
「……食べないのなら下げるわよ?」
「いただきます!」
せっかくアリスが作ってくれたご飯だ。食べないなんてことがあったらバチが当たる日の下を歩けない妬まれる。
私が慌てていただきますを言うと、アリスは呆れ顔。
アリスと向き合うと、どうも上手くいかんね……。
「いただきます」
アリスも席に着き、そう言って食べ始めた。
箸の扱いも上手いもんだ。
「しかし、アリスが和食なんて、どうしたんだ? 洋食しか作れなかったろ?」
「別に。ただの気まぐれよ」
「さては、和食派の私のために勉強してくれたとか……」
じろり、とアリスの視線。
「いいから早く食べなさい」
「わかってるよぅ」
また怒らせてしまった。あ~あ、耳が赤くなってる。
さて、せっかくのアリスの手料理だ。冷めてしまっては元も子もない。
まず一口、味噌汁に口を付ける。瞬間、程よい味噌の味わいが舌を刺激する。それにあとからゆっくりと顔を出す魚介出汁の風味が合わさって深い味わいを作り出している。……魚介? まぁ、紫あたりか。アリスの料理に対する真摯さには頭が下がる。具は、ネギ。焦がしたネギだ。しんなりとやわらかくなったネギを噛むと、歯の奥できゅっといい音がなり、じわりと甘味が出てくる。これがまた味噌と合うもんだ。これだけでご飯が進むほど、美味い。メインは、炒め物か。豚肉と、エリンギと、ゴボウ。色からして、醤油ベースだ。ご飯が進みそうである。口に含むと、予想した通り醤油の味わいが舌の付け根を刺激する。じわっとひろがる脂と醤油がマッチし、そこにコリコリといい音が鳴るゴボウがアクセントになっている。エリンギも噛むと染み込んだ旨みがじわっとあふれ出る。ご飯が進むこと進むこと。
もぐもぐ。もぐもぐ。
無言で食べる。
そうしていると、アリスがチラチラとこちらをうかがっているのに気付いた。
「んぁ、なんだ?」
「や、その……どうかなって思って……」
「ん、まぁ……普通だな」
うわぁぁぁぁぁ、ごめんよアリス! 本当は超うまいんだ! 今すぐ窓に向かって走って「うーまーいーぞー!」って叫びたいくらいなんだ!
……でも、私、素直じゃないんだ。天邪鬼なんだ。
アリスは、「そう……」と言って無言で食事を続けている。
怒ったかな? 傷ついちゃったかな?
自分にドロップキックをカマしたくなるが、そんなことはできない。
気まずい沈黙をごまかすために、私も箸を動かす。
だし巻き玉子に箸を伸ばす。軽く力を入れると、箸は重さを感じさせずに沈んでいく。口に運ぶと、やはり口当たりは軽く、歯を使わずともほろほろと崩れていった。と、かすかに香る甘い匂いに、けれども通常のそれとは違う匂いに気付いた。
「ん、これは……」
メープルシロップ? だし巻き玉子に?
「あ、へ、変じゃない? その、味……」
「ん、やっぱりこれってメープルシロップなのか?」
「うん」
「へぇー、こんな使い方もあるのか。いや、美味いぜ。ただ甘いだけじゃなくて、ふわっと香るメープルがなんとも上品だ」
「そ、そう」
よし、今度は素直に褒められた。いつもこうだといいんだけどな……。
ぽりぽりと小気味良い音を鳴らしてキュウリを食べる。こちらも絶品だ。塩だけの味付けなのに、唐辛子とゴマ油を効果的に使っているためか、全く飽きない。ご飯のおかずに、箸休めに、食卓を彩るなんとも憎いやつだ。
それにしても、慣れない和食でここまでやれるなんて、さすがアリス、わたしの三歩先を行く女だぜ……!
◆
もぐもぐ。もぐもぐ。
目の前で必死に頬袋に食べ物を詰め込む魔理沙を見つめる。
可愛い。とても可愛い。すごく可愛い。
おいしい……と思ってくれてるのかな。そうだったら嬉しいな。さっき褒めてくれたし、そう思いたいな。
でも、魔理沙は優しい子だから、気を遣ってくれただけかもしれない。
うん、そう思おう。最初に普通だって言った時に、私は顔に出してしまったのだろう。
ごめんね、魔理沙。次はおいしいご飯、作るから。
食べ物を残すのは良くないことだと考えているのだろう。魔理沙は先ほどからおかわりをしてくれている。勢いよく食べて、おかわりして、また食べて――
「あなたって、食べてる時も騒がしいのね」
違う! そうじゃない! 私が言いたかったのはそんなことじゃない!
ただ私は元気に食べる魔理沙が可愛くて、そのことを言いたくて、なのに出てきた言葉は天邪鬼で――
ほんとに、嫌になっちゃう……。
「っは、悪かったね。私じゃアリスみたいにお嬢様じゃあないからな」
そら見ろ、不機嫌になってしまった。
自分の口の悪さに嫌気が差す。
ああぁ、口まで尖らせちゃって……。そんな仕草も可愛いけど、まぢゴメンナサイ魔理沙。
沈黙。
この沈黙は、いけない。なにか、なにか話をしなくては。
そうだ、ここは一つ、今まで勇気が出なくて言えなかったことを言ってみよう。うん、今しかない。
「……お茶」
「んぁ?」
「お茶、用意してるけど?」
「あー……」
少し考え込む魔理沙。私と一緒にいるのは、やはり嫌なのかな……。
「じゃあ、まぁ、ご馳走になっていくかね」
「そ」
そ、じゃない。素直に喜べ私! だから根暗だって言われるんだ。いや、言われたことはないけれど、きっと言われてる。だって根暗だもん。
もうちょっと明るくなれば、魔理沙も私と一緒に居ても恥ずかしくなくなるかなぁ。
◆
アリスからお茶に誘ってもらえた。
アリスからお茶に誘ってもらえた!
嬉しいことだが、素直に喜んでいいものなのか、わからない。
社交辞令だったかもしれない。アリスはクールだけど、実は優しいやつだ。毎日呼んでもいないのに勝手にやってくるようなやつにも夕飯を振舞ってくれる。諦めているのかもしれないが、それでもアリスの料理は美味い。料理に対する真面目さからくるものかもしれないが、嫌いなやつが来たら手を抜きたくものだろう。それでも、あいつの料理は美味いんだ。
考えて、胸がずきんと軋んだ。
嫌われて……ないといいなぁ。でも、どうだろうなぁ。私、可愛くないし、がさつだし、アリスには迷惑ばっかかけてる。
自己嫌悪で泣きたくなってきたところで、カチャリと目の前に紅茶が置かれた。
「はい、どうぞ」
「おう」
おう、じゃないだろ、おうじゃ。ありがとうと言いなさいよ霧雨さんよ!
「私は緑茶派なんだがな」
「なら霊夢んとこでも行きなさいよ」
「こっちの方が近いからな」
「なら我慢しなさい」
「へいへい」
死ね。私死ね。
もう嫌だ、おうち帰る。うそうそごめんほんとはいつまでもここにいたい。あぁアリスが淹れてくれた紅茶おいしい。
「あんた……さ」
「ん?」
「毎日私んち来るけど、愉しいの?」
もう来るなってこと!?
やだやだそんなのぜったいやだもん。
「あー、まぁ、普通だわ」
おわた。グッバイアリスのおいしい手料理、ハロー寂しい一人飯。
「……そう」
「えーと、ほら。私は普通の魔法使いだからな。普通なとこが好きなんだ。だから、明日もまた来るぜ」
「え?」
「来るぜ!」
「……あっそ。好きにしたら?」
「好きにするぜ」
セーーーフ。
半ばどころか全部強引だが、なんとか体勢を持ち直した。
弾幕はパワーでいいが、対人関係でパワーはちょっとだめかもなぁ……。
◆
「んじゃ、そろそろ帰るぜ」
「はいはい」
魔理沙が立ち上がり、帽子をかぶる。
玄関に向かうまでの私たちは、無言。
外からは木々は風に揺られる音ばかり。
今日も、魔理沙に甘えてしまった。
優しい魔理沙は、私が冷たくあたっても、すぐにそれを許してくれる。
このままじゃ、ダメよね。明日は、明日こそは。
そんな決意は、毎日してる。明日はもう来てくれないかもしれないという恐怖と戦いながら。
――でも。
「明日は」
「ん?」
「……何が、いい?」
勇気を出してみたかったんだ。
明日も来てくれると、魔理沙は言った。そんな優しい魔理沙に、私は少しでも応えたいんだ。
案の定、魔理沙は驚いた顔をしている。当然だ。突然だもの。
「洋食」
やっぱり今日のは気に入らなかったのか。
そう思って肩を落とす。
「それか、和食」
「え?」
「中華でもいいな。それかフランス料理でもイタリアンでもいい」
「意味わかんない」
「なんでもいいってことだ」
「……それが一番困るんだけど」
「期待しいてるぜ、アリスシェフ」
そう言って、魔理沙は星空を向かって翔け上がった。
「勝手言ってくれちゃって」
本人がいなくなっても憎まれ口。これはもう、治らないのかもしれない。
けど、私は少しだけ、頬が緩むのを感じていた。
◆
「はぁ、今日も散々だったぜ」
「はぁ、今日も散々だったわ」
「もうちょっと素直になれたらいいのにな……」
「もうちょっと素直になれたらいいのに……」
「アリス、可愛かったなぁ」
「魔理沙、可愛かったなぁ」
「私なんかとは、比べもんにならないぜ」
「私なんかとは、比べものにならないわ」
「サラサラの髪で」
「ふわふわの髪で」
「月のように静かで」
「太陽のように明るくて」
「私みたいに、うじうじしてないんだろうなぁ」
「私みたいに、うじうじしてないんだろうなぁ」
「あー! アリスに嫌われたくないぜー!」
「あー!魔理沙に嫌われたくないよぅ!」
「アリスー! 大好きだぜー!」
「魔理沙ー! 大好きよー!」
そんな二人の告白を聞いて、空に浮かぶお月様はたいそう困ったそうな。
おしまい。
自分でもわかっている。
あいつと話すと、つい憎まれ口を叩いてしまう。好きな子に意地悪してしまうなんて、我ながら子どもだ。
けど、あの透き通るように綺麗な蒼い瞳に見つめられると、どうしても目を逸らしてしまう。気後れしてしまう。そうして、強がって、憎まれ口。
天下の霧雨魔理沙様が、情けないことだ。
――ああ、早くあいつに会いたい。あいつの顔が見たい。
「アリス……」
◆
私、アリス・マーガトロイドは天邪鬼だ。
自分でもわかっている。
あの子と話すと、つい憎まれ口を叩いちゃう。我ながら大人げないわ……。
けど、あの猫のようにふわふわで、やわらかそうな髪の毛と、無邪気な笑顔が私を悩ませる。憧れさせる。そうして、強がって、空回り。
アリス・マーガトロイドともあろうものが、情けないわね。
――ああ、早くあの子に会いたい。あの子の顔が見たい。
「魔理沙……」
~素直になれないシンメトリー~
私は今、友人であるアリスの家に向かっている。
日はもう傾きかけていて、かなり寒い。
けれど、ゆるやかに沈んでいく太陽は優しげにオレンジ色の輝きを放っていて、それはとても綺麗で、だけどなんだかちょっぴり切なくて、誰かと一緒に見られたらいいのにな。なんてことを思わせるのだった。
「アリス……」
無意識に口から出た名前に、胸の真ん中が、きゅっとなる。
もし仮に、今ここで一緒にこの夕日を見られたのなら、彼女はなんと言うだろうか。
何も感じないかもしれない。アリスはクールなんだ。でもでも、もしかしたら「綺麗ね……」なんて言ってくれるかもしれない。夕日に照らされたアリスの横顔は、きっとすごく美しくて、この夕日よりアリスの方が綺麗だよ、なんて――
「わぁーわぁー!」
あまりのクサさに思わず赤面。
「危ない危ない。ここが上空で助かった」
幻想郷には空を飛ぶ連中など腐るほどいるが、とりあえず誰もいなかったようだ。助かった。
「下らん妄想なんてしないで、さっさと向かうか。……来られても迷惑かもしれないけどな」
そう、そもそも私たちはそんな関係じゃない。それどころか、私はたぶん、アリスに嫌われている。
それでも、会いたいから会いに行く、なんて……私は子どもなのかな。
◆
私は今、お夕飯の準備をしている。
窓から差し込む夕日は、魔理沙がやって来る時間帯だということを示していた。
今日は寒い。こんな日にまであの子はやってくる。寒空を突っ切って、元気に、元気にやってくる。
だから私は温かいお夕飯を用意してあげよう。
「魔理沙……はぁ……」
無意識の内につぶやいた名前に、少し後悔。
あの子はいつも私と食事をしてくれる。仏頂面で、たまにおいしいと言ってくれる。
あの子は優しいのだ。けれども、それが私を苦しめるのだ。
魔理沙だって、他の友人と遊びたいだろう。食事をしたいだろう。
それでも私のところに来てくれるのは、私が寂しいだろうと心配して来てくれているに違いない。
あの子は……優しいのだ。
「――とと、いけない。早くおゆはんの準備しなきゃっ」
そうだ、そろそろ魔理沙が来る。
優しい魔理沙のために、今日は頑張って和食に挑戦。ご飯と、焦がしネギのお味噌汁、だし巻き玉子に、ゴボウと豚肉の炒め物にキノコも入れてあげよう。それから、キュウリのお漬物だ。
「喜んでくれるといいなぁ……」
誰かを思ってお料理するなんて、恋する少女みたい。
私はなんだか可笑しくて、少しだけ笑ってしまった。
◆
「うぉーい、来たぜー」
ばか、何が「来たぜ」だ。呼ばれてもいないのに。
自分の言葉に内心焦るも、ドアの向こうから聞こえてくる足音は待ってはくれない。平静平静。
程なくしてドアが開かれた。
「また来たの?」
「おう、来てやったぜ」
「呼んでないんだけど」
「つれないこと言うなよ。寒いんだ、早く入れてくれ」
「しょうがないわね……」
あぁ、断られなくてよかった。
毎日来ていて、今まで断られたことはないのだが、やはりこの瞬間は緊張する。確率はゼロじゃない。もしかした。その、もしかしたらが怖いんだ。
「どうせ今日も夕飯食べていく気なんでしょ?」
「わかってるじゃないか。嫁にしてやってもいいぜ」
「なにバカなこと言ってるの。すぐ用意できるから、リビングで座って待ってて」
そう言ってアリスは背を向ける。
瞬間、しゃらん、とアリスのサラサラな髪が流れて、甘い香りがふわりと私の鼻をくすぐる。
……アリスの髪って、いい匂いだな。
「はぁ!? な、なに言っんのよ、バカ!」
うぇ!? 口に出してたのか!?
まずいまずい、これじゃただの変態だ、なんとかごまかせ!
「冗談だよ。それよりご飯だご飯。お腹空いたぞ」
「全く……」
ぷりぷりと足早にアリスは奥に消えていった。
あ~、やっちまった。
アリスを怒らせてしまった。耳まで赤くなっちゃってるよ。
これじゃ嫌われてもおかしくないよなぁ……。
はぁ……。
◆
心臓がバクバク鳴っている。
顔が茹で上がるくらいに熱い。耳まで真っ赤になっていることだろう。
それだけ、ドキドキした。
それだけ、嬉しかった。
それなのに……。
「……バカ、はないわよね」
魔理沙に向かって、思いっきり「バカ」と言ってしまった。
傷ついてないだろうか。泣いてないだろうか。
――たぶん、どちらもないだろう。
私なんかの言葉じゃ、魔理沙はなんとも思わない。
それでも、それでもやっぱり後悔は残る。
そもそも出だしからなんだ、私は。「また来たの?」だと? どの口が言うんだ。本当は嬉しいくせに。
「呼んでないんだけど」バカじゃない? 呼んでないのに来てくれたんじゃない。
「あぁ~もう、私のバカバカ……!」
自己嫌悪。
しかし、いつまでも唸ってはいられない。魔理沙がお腹を空かせて待っているのだ。
なんて言うと、魔理沙がまるでペットか何かのようね。
ペットのように、ずっとここに居てくれたらいいのに……。
「……なーんてねっ」
魔理沙が来てくれる。それだけでこんなに嬉しいんだ。これ以上望んだらバチが当たっちゃう。
さあ、早く運んで食事にしましょう。
可愛い可愛い魔理沙と一緒に。
◆
「おぉ……」
目の前に並べられたものは、ご飯、味噌汁、玉子、炒め物、漬物。
どこからどう見ても和食だ。
「これ、アリスが作ったのか?」
「私以外に、誰が作るのよ」
「アリス・マーガロイドさん」
「いないわよそんな人物」
「わからないぜ、どこかにいるかもしれない」
「……食べないのなら下げるわよ?」
「いただきます!」
せっかくアリスが作ってくれたご飯だ。食べないなんてことがあったらバチが当たる日の下を歩けない妬まれる。
私が慌てていただきますを言うと、アリスは呆れ顔。
アリスと向き合うと、どうも上手くいかんね……。
「いただきます」
アリスも席に着き、そう言って食べ始めた。
箸の扱いも上手いもんだ。
「しかし、アリスが和食なんて、どうしたんだ? 洋食しか作れなかったろ?」
「別に。ただの気まぐれよ」
「さては、和食派の私のために勉強してくれたとか……」
じろり、とアリスの視線。
「いいから早く食べなさい」
「わかってるよぅ」
また怒らせてしまった。あ~あ、耳が赤くなってる。
さて、せっかくのアリスの手料理だ。冷めてしまっては元も子もない。
まず一口、味噌汁に口を付ける。瞬間、程よい味噌の味わいが舌を刺激する。それにあとからゆっくりと顔を出す魚介出汁の風味が合わさって深い味わいを作り出している。……魚介? まぁ、紫あたりか。アリスの料理に対する真摯さには頭が下がる。具は、ネギ。焦がしたネギだ。しんなりとやわらかくなったネギを噛むと、歯の奥できゅっといい音がなり、じわりと甘味が出てくる。これがまた味噌と合うもんだ。これだけでご飯が進むほど、美味い。メインは、炒め物か。豚肉と、エリンギと、ゴボウ。色からして、醤油ベースだ。ご飯が進みそうである。口に含むと、予想した通り醤油の味わいが舌の付け根を刺激する。じわっとひろがる脂と醤油がマッチし、そこにコリコリといい音が鳴るゴボウがアクセントになっている。エリンギも噛むと染み込んだ旨みがじわっとあふれ出る。ご飯が進むこと進むこと。
もぐもぐ。もぐもぐ。
無言で食べる。
そうしていると、アリスがチラチラとこちらをうかがっているのに気付いた。
「んぁ、なんだ?」
「や、その……どうかなって思って……」
「ん、まぁ……普通だな」
うわぁぁぁぁぁ、ごめんよアリス! 本当は超うまいんだ! 今すぐ窓に向かって走って「うーまーいーぞー!」って叫びたいくらいなんだ!
……でも、私、素直じゃないんだ。天邪鬼なんだ。
アリスは、「そう……」と言って無言で食事を続けている。
怒ったかな? 傷ついちゃったかな?
自分にドロップキックをカマしたくなるが、そんなことはできない。
気まずい沈黙をごまかすために、私も箸を動かす。
だし巻き玉子に箸を伸ばす。軽く力を入れると、箸は重さを感じさせずに沈んでいく。口に運ぶと、やはり口当たりは軽く、歯を使わずともほろほろと崩れていった。と、かすかに香る甘い匂いに、けれども通常のそれとは違う匂いに気付いた。
「ん、これは……」
メープルシロップ? だし巻き玉子に?
「あ、へ、変じゃない? その、味……」
「ん、やっぱりこれってメープルシロップなのか?」
「うん」
「へぇー、こんな使い方もあるのか。いや、美味いぜ。ただ甘いだけじゃなくて、ふわっと香るメープルがなんとも上品だ」
「そ、そう」
よし、今度は素直に褒められた。いつもこうだといいんだけどな……。
ぽりぽりと小気味良い音を鳴らしてキュウリを食べる。こちらも絶品だ。塩だけの味付けなのに、唐辛子とゴマ油を効果的に使っているためか、全く飽きない。ご飯のおかずに、箸休めに、食卓を彩るなんとも憎いやつだ。
それにしても、慣れない和食でここまでやれるなんて、さすがアリス、わたしの三歩先を行く女だぜ……!
◆
もぐもぐ。もぐもぐ。
目の前で必死に頬袋に食べ物を詰め込む魔理沙を見つめる。
可愛い。とても可愛い。すごく可愛い。
おいしい……と思ってくれてるのかな。そうだったら嬉しいな。さっき褒めてくれたし、そう思いたいな。
でも、魔理沙は優しい子だから、気を遣ってくれただけかもしれない。
うん、そう思おう。最初に普通だって言った時に、私は顔に出してしまったのだろう。
ごめんね、魔理沙。次はおいしいご飯、作るから。
食べ物を残すのは良くないことだと考えているのだろう。魔理沙は先ほどからおかわりをしてくれている。勢いよく食べて、おかわりして、また食べて――
「あなたって、食べてる時も騒がしいのね」
違う! そうじゃない! 私が言いたかったのはそんなことじゃない!
ただ私は元気に食べる魔理沙が可愛くて、そのことを言いたくて、なのに出てきた言葉は天邪鬼で――
ほんとに、嫌になっちゃう……。
「っは、悪かったね。私じゃアリスみたいにお嬢様じゃあないからな」
そら見ろ、不機嫌になってしまった。
自分の口の悪さに嫌気が差す。
ああぁ、口まで尖らせちゃって……。そんな仕草も可愛いけど、まぢゴメンナサイ魔理沙。
沈黙。
この沈黙は、いけない。なにか、なにか話をしなくては。
そうだ、ここは一つ、今まで勇気が出なくて言えなかったことを言ってみよう。うん、今しかない。
「……お茶」
「んぁ?」
「お茶、用意してるけど?」
「あー……」
少し考え込む魔理沙。私と一緒にいるのは、やはり嫌なのかな……。
「じゃあ、まぁ、ご馳走になっていくかね」
「そ」
そ、じゃない。素直に喜べ私! だから根暗だって言われるんだ。いや、言われたことはないけれど、きっと言われてる。だって根暗だもん。
もうちょっと明るくなれば、魔理沙も私と一緒に居ても恥ずかしくなくなるかなぁ。
◆
アリスからお茶に誘ってもらえた。
アリスからお茶に誘ってもらえた!
嬉しいことだが、素直に喜んでいいものなのか、わからない。
社交辞令だったかもしれない。アリスはクールだけど、実は優しいやつだ。毎日呼んでもいないのに勝手にやってくるようなやつにも夕飯を振舞ってくれる。諦めているのかもしれないが、それでもアリスの料理は美味い。料理に対する真面目さからくるものかもしれないが、嫌いなやつが来たら手を抜きたくものだろう。それでも、あいつの料理は美味いんだ。
考えて、胸がずきんと軋んだ。
嫌われて……ないといいなぁ。でも、どうだろうなぁ。私、可愛くないし、がさつだし、アリスには迷惑ばっかかけてる。
自己嫌悪で泣きたくなってきたところで、カチャリと目の前に紅茶が置かれた。
「はい、どうぞ」
「おう」
おう、じゃないだろ、おうじゃ。ありがとうと言いなさいよ霧雨さんよ!
「私は緑茶派なんだがな」
「なら霊夢んとこでも行きなさいよ」
「こっちの方が近いからな」
「なら我慢しなさい」
「へいへい」
死ね。私死ね。
もう嫌だ、おうち帰る。うそうそごめんほんとはいつまでもここにいたい。あぁアリスが淹れてくれた紅茶おいしい。
「あんた……さ」
「ん?」
「毎日私んち来るけど、愉しいの?」
もう来るなってこと!?
やだやだそんなのぜったいやだもん。
「あー、まぁ、普通だわ」
おわた。グッバイアリスのおいしい手料理、ハロー寂しい一人飯。
「……そう」
「えーと、ほら。私は普通の魔法使いだからな。普通なとこが好きなんだ。だから、明日もまた来るぜ」
「え?」
「来るぜ!」
「……あっそ。好きにしたら?」
「好きにするぜ」
セーーーフ。
半ばどころか全部強引だが、なんとか体勢を持ち直した。
弾幕はパワーでいいが、対人関係でパワーはちょっとだめかもなぁ……。
◆
「んじゃ、そろそろ帰るぜ」
「はいはい」
魔理沙が立ち上がり、帽子をかぶる。
玄関に向かうまでの私たちは、無言。
外からは木々は風に揺られる音ばかり。
今日も、魔理沙に甘えてしまった。
優しい魔理沙は、私が冷たくあたっても、すぐにそれを許してくれる。
このままじゃ、ダメよね。明日は、明日こそは。
そんな決意は、毎日してる。明日はもう来てくれないかもしれないという恐怖と戦いながら。
――でも。
「明日は」
「ん?」
「……何が、いい?」
勇気を出してみたかったんだ。
明日も来てくれると、魔理沙は言った。そんな優しい魔理沙に、私は少しでも応えたいんだ。
案の定、魔理沙は驚いた顔をしている。当然だ。突然だもの。
「洋食」
やっぱり今日のは気に入らなかったのか。
そう思って肩を落とす。
「それか、和食」
「え?」
「中華でもいいな。それかフランス料理でもイタリアンでもいい」
「意味わかんない」
「なんでもいいってことだ」
「……それが一番困るんだけど」
「期待しいてるぜ、アリスシェフ」
そう言って、魔理沙は星空を向かって翔け上がった。
「勝手言ってくれちゃって」
本人がいなくなっても憎まれ口。これはもう、治らないのかもしれない。
けど、私は少しだけ、頬が緩むのを感じていた。
◆
「はぁ、今日も散々だったぜ」
「はぁ、今日も散々だったわ」
「もうちょっと素直になれたらいいのにな……」
「もうちょっと素直になれたらいいのに……」
「アリス、可愛かったなぁ」
「魔理沙、可愛かったなぁ」
「私なんかとは、比べもんにならないぜ」
「私なんかとは、比べものにならないわ」
「サラサラの髪で」
「ふわふわの髪で」
「月のように静かで」
「太陽のように明るくて」
「私みたいに、うじうじしてないんだろうなぁ」
「私みたいに、うじうじしてないんだろうなぁ」
「あー! アリスに嫌われたくないぜー!」
「あー!魔理沙に嫌われたくないよぅ!」
「アリスー! 大好きだぜー!」
「魔理沙ー! 大好きよー!」
そんな二人の告白を聞いて、空に浮かぶお月様はたいそう困ったそうな。
おしまい。
大発見ナイスです。
葉月さんの名前見てクリック余裕でした。今回もまた良い作品ですね。
葉月さんの料理表現力はやっぱり素晴らしいです!朝ごはん食べたあとなのにお腹減っちゃいました。胡瓜の漬物でもかじってますね。
次回作も楽しみに待ってます!!!
もう一捻り欲しいなあ。
猛烈に何かを叫びたい気分だ。が……! だが、あえて言わぬ……ッ! ……ッ!
お前らさっさと結婚しちゃえよwwww
ハイルマリアリー!!
さとり呼んだら砂糖吐いてピチューンだと思う
これは……!
くっ、また一つ読み返さなくてはならない作品が…
料理シーンが成る程成る程という具合!メープルシロップは確かにAlice。
けどやっぱマリアリはいいよね!
もう読んでてなんかもどかしいような歯がゆいようなそんな気分になったけどこういう関係が大好きでずっと眺めていたくてでもさっさと結婚しろよと思ったりもしてもう俺はどうすればいいんだ畜生!
なんかそんな感じの、まるでお手本のようなベタで甘ーいマリアリだったと思います
つまり何が言いたいかというと「まったくマリアリは最高だぜッ!」
甘い展開ごちそうさまでした!
ナイスいただきました。
ありがとうございます。
>白銀狼さん
ありがとうございます。
もっと磨いていきたいと思います。
>9
沈黙が生まれちゃいます!
>14
女性同士? 関係ない!
>15
呆れるラヴっぷり。
それが許されるのがマリアリィィィィ。
>奇声を発する程度の能力さん
私もそう思います。
>20
練り込みが足りませんでした。
申し訳ございません。
>23
我慢は体によくないですよ。
>24
結婚してもこんな感じの生活は続きそうですけどねw
>名無しさん
ハイルマリアリー!
>30
ご期待に添えなかったようで、失礼を。
>36
ありがとうございました~。
>41
あれは名作ですね。
>44
ありがとうございますー。
>45
お許しを!
>46
ストレートが好きなもので。申し訳ない。
>48
がおー(「・ω・)「
>がいすとさん
どうなんでしょうね、スタンダードなのかなぁ。
なにせアリスは作者の数だけいますからね。
>52
ありがとうございます!
>53
(*´ω`*)
>過剰さん
あなたも書けばいいのです!
>59
それいじょういけない!
>60
全くマリアリは最高だぜ、フゥハハハァー。
>61
ハイルマリアリー!
>62
糖度で幻想郷がヤバイ。
>65
お粗末様でした!
>66
Goto歯医者です。
>69
そう言っていただけてなによりです。