―1―
ペンが良く回る。
中指で弾く動きがしなやかに、まるで半月が見えるように美しくなってきた。
私の人形達にもこれぐらいの手の可動速度と精密性を持たせることが出来ればいいのに。
サイフォン式のコーヒーメーカーは既に空の化学器具となり、レコードも46分前に止めさせた。
レコードを止めた人形(上海と名づけている)のパンツを脱がしたり着せたりしたが特別面白くはない。
そこで手のパーツを男性用、幼女用、紳士用、夫人用、魔法弾用、ランス、フェンシングソード、ビームライフル、レーヴァティン模造刀、ドリル、レコードと付け替えた辺りで、原稿用紙にもう一度目を向けた。
それでも、恐ろしい事に、文章は一切浮かんでこない。
ペンは回るものじゃなくて、書くものよねぇ。
これまで私、アリス・マーガトロイドは人形関連の研究書物として幾つかの論文や解説書などを発行している。
著者近影の写真はモノクロだけれど、お気に入り。
人形探求をしている魔法使い、という事で歴史書にものって外の世界にも知れているそうだ。
ちゃんと、一昨年の暮れにとった写真で知れ渡っていることを願う。
幻想郷も近頃めまぐるしく文化発展していて、「都会では冬の匂いも正しくない」という。
レコードがそう歌っていた。最近お気に入りのポップスだけれど、たまに陰鬱でメルヘンな気持ちにさせてくれる。
書籍文化は出版する会社なんてのもどんどん出来ているそうで、私の本も書店に並び、ある程度読者はいるようだ。
魔法使いという奴はアイドルのようなもので、ご飯がいらない睡眠いらない排泄をしないという超次元的生き物故に、その知識を披露しない事は愚の骨頂だという自負がある。
それに、お金がないと美味しいお茶もコーヒーも買えないし。趣味の為に知識を売る。
お茶の葉もそろそろしけり始め、コーヒーもキリマンジャロのブレンドを48分前に飲み干してしまった。
こうして眺めている茶色い鳩時計も、そろそろ新しいものにしたいなぁ。
その為の、原稿用紙。しかし、真っ白でサインだけでは誰も買わないだろう。
この用紙にキスマークでもつけて売り飛ばせば、用紙代程度は回収できるかしら?
いけない、都会派らしからぬ発想だ。いや、これでこそ都会派?カブキチョウ?
あんまりにも悶々としていて脳内の回転速度が酷く鈍っている。
幻想郷文化発展のひとつ、通信機を利用して、他の魔法使いと話をしてみよう。
対話から新しい発想が生まれるのが都会流だ。ブレーンストーミング。
この手の機械じかけ、電波を利用したカラクリは、山の神社建設後、河童達や地下界隈でめまぐるしく成長していて、私も一部分を流用して通話人形を作りあげた。
お腹に設置したダイアルを合わせ、顔の部分を耳にもっていく。私の声は股の部分から発信される訳だ。
どうしても構造上この位置にせざるを得なかったのだけれど、今でも少し恥ずかしいな。
「もしもし、私アリス。今、私の家にいるの」
「おい、その挨拶はやめろって」
一番気楽に通信しやすい、マリサにつなげてみた。別に好意があるわけじゃない。
私と対極にいる田舎魔法使い。いや、そもそも人間のままなのだから、魔法使いと認めがたい。
第一、整理整頓も出来ないようで、研究も何も雑多にやって異変解決ばっかりしている。
白と黒の二色の服ばっかりのファッションセンスのなさにも驚愕するし、黄緑がかった金髪はぼっさぼさだ。
絶対にリンスインシャンプーだわ。髪の毛を乾かさないで寝ている可能性も否定できない。
魔法使いとしては3流もいいところ、というのは「動かない大図書館」ことパチュリー・ノーレッジとも共通見解だった。
しかし、書いている本は外の世界でも人気になったらしいし、異変解決なんて真似を何度もしているのは彼女と巫女さん達ぐらい。
つまり、発想が違う。停滞している脳に刺激的な発言をしてくれやしないだろうか、という計算で通信したのだ。
好意があって通信しているわけじゃない。
「で、なんのようだ?」
「コーヒー豆がきれちゃってて。今、原稿作業中なのよ」
「ああ、また人形についての薀蓄を書いているのか。お前も飽きないやつだぜ」
「飽きたときは、私が死ぬときね」
「物騒だな、私より先に死ぬなよ」
さらりと言ってくれる。
誰が死んでやるもんですかバァカ、と毒づくと鼻で笑われた。
「まぁ、そんな中電話してきたって事は、お前よっぽどネタがないんだな」
「あんたに見透かされるとは……」
「悪いけどさ、私も忙しいんだよ。そろそろ切ってもいいか」
「え、もしかして異変解決中?」
「いやぁ、玉露の旨さは異変に勝るね」
神社か。
「お茶の後にコーヒーなんてどうかしら?」
「お前の家、きらしてるんだろ」
「だから、買ってきてよ。ケーキなら作れるから」
「冬はコタツにみかんだぜ?都会派の家じゃ冬の匂いも正しくないんだな」
布のこすれあう音が聞こえる。今時スペースをとるコタツだなんて、クラッシックというよりはフォッシルだ。
抜け出す事の出来ないトラップにマリサは見事に引っかかっている。
休むことしか考えていない。マリサの事だからコタツで寝過ごすつもりだろう。
そんなのんびりした彼女には、私の苦悩はわからないわよね。
「あんたはもういいわ、巫女に代わって。たまには話してみる」
「なんだ、そんなに切羽つまっているのかよ。換気が足りないんじゃないか?」
「はいはい、代わってくれる?」
「あいよ」
「もしもし」
「もしもし、私アリス、今、家の窓を開けたわ」
「あん?切るわよ」
ちょっとまって、と言い切る前に博麗霊夢は通信を遮断してしまった。
マリサと霊夢の異変解決スペシャリストチームは、私よりお茶の方が大事なの?みかんが美味しいの?
余計に陰鬱になるじゃない、まったく。
窓から通信人形を投げてやろうと思ったが、日差しがまぶしくて誰に対してものどかな青空だった。
振りかぶった手を窓のふちにゆっくり添えて、人形を座らせる。
雲ひとつなくカラッとしていて、洗濯物が良く乾きそう。
ジャスミン柄の布団カバーを乾かしていたけれど、これならば夕方には使えるぐらいに仕上がるだろう。
下着類はもう取り込んでもいいかな?
人形を操作して畳ませていると、真っ白な原稿がまた目に入ってしまった。
雲はここにある。
ため息をついて、しけり始めた紅茶の処理をしちゃおうと、ティーポッドを取り出していたら、鳥さんが入ってきた。
種類は何だろう?青い鳥と白い鳥のつがいだ。青いというのはラッキーかも。
二羽がそれぞれ右肩と左肩に乗ってくる。頭を撫でようとしたら、空中を歩くようにして机の上のビスケットをつつきだした。
寄り添いながら、つつきあう二羽。ほほえましいなぁ。
可愛いから、しばらくじっと眺めていたいけれど、もう一度窓の外を見ながら、またペンを走らせる方法を考える。
……そうだ、少し散歩でもしてみよう。
脳の活性化には歩行運動に限る、と雑誌にも書いてあった。都会派ならではの情報力である。
テーブルの上の鳥達の傍へ、ティーカップを二つ並べボストン社製のアッサムティー(ただし、そろそろしける)を添えてあげてから、洗面所に向かい顔を洗う。
髪にアイロンをあてつつ、ほのかに香水をつけるとシトラスの匂いが気持ちいい。
うん、カチューシャもこのフリルの無いタイプでいいかな。アイラインとつけ睫毛だけ整えればチークは必要ないだろう。
眉毛も少しだけ伸ばしておいて、ついでにピンクのリップを塗りながらテーブルの方を見にいく。
鳥さん達はそんなにビスケットが好きなのか。二枚目をカチ割っていた。後で上海に掃除させないと。
玄関でブーツを選んでいる頃には、行き先も決めた。
インテリジェンス&クールガール。
カフェが近場にあれば、もっと良かったのに。喫茶じゃなくて、カフェ。カフェテリアンヌ。
―2―
「つまり、人形の小型化にも着手しはじめているのね。ミニマムテクノロジーは大を兼ねる」
「けれども、まだ実験段階で本にするレベルじゃないわ」
「段階的でも、レポートを作る事は大切だと思う。ひとまず書き出してはどうかしら。読んであげるから」
「貴方に読まれると余計恥ずかしいんですけど」
天気がいいのに、わざわざ日の当たらない場所に来たのは、ここがもっともカフェテリアに近い空間だからだ。
紅魔館の図書館。湖の近場にあるこのスポットは、一度来た事があるものには優しい。
特に図書館の優れたところは、本の物量、魔法がかけてあるのかしっかりと鼻に届く紙の匂いも勿論、何よりも飲み物が美味しい。
メイドの入れるお茶はまさに好みに合わせてあって、パーフェクトな仕事ぶりだ。それも日によって違いを見せてくれるのだから瀟洒。
今日は無糖で飲むにふさわしい、切れ味のあるセイロン。頭をフレッシュにさせるブレンドね。
高級そうな木の椅子、クッションも驚くほど丁度良い質感でおしりを受け止めてくれる。
その運命的ともいえる何もかもが、逆にそらぞらしい。たまに来たいけど、住みたくはないのが不思議だ。
対面で如何にも安楽椅子探偵が座っていそうな、白塗りのチェアにどっぷりと腰掛け、図書館の主パチュリー・ノーレッジは私に少し微笑んだ。
ひざ掛けのワインレッドが、ピンクのネグリジェ風のガウンを引き締めて、ちょっとおしゃれ。
そのまま眠っちゃっても可愛いだろうな。
魔女だから趣味でしか寝ないけど。
「毎度思うのだけれど、造形物やアーティファクトの分野というのは大変そうね。まず、器を用意するというのが億劫だわ」
「物質だからこそ、如何に作り上げるかという魅力が生じるのよ」
「私達魔女の生態的完成や蓬莱人の存在から考えれば、人形は所詮人形だと思うのだけれど」
「魔女は売れない。人形は売れる」
「金銭主義、資本主義はグローバルになってから加速度的に崩壊するから、やはりナチュラリズムに回帰すべきよ」
「ウッドベースや藁って事?」
「その自然じゃない」
動かない大図書館、にしては本を集める事にチョーアクティヴなパチュリーは、どうやら最近「民主主義」とやらを調べ上げているそうだ。
最近になって、外の世界から多くの民主主義とかグローバル資本主義とやらの本が入ってきたらしい。
幻想郷では、外の世界で失われたもの程多く入ってくる。
その事を利用して、パチュリーは後追い的に論文を作って発表していた。
つまり、結果から見たその現象の総論を書いている。総評だから、彼女の見解は常に正しい。
ちょっと文章が固いし、魔法を使うための本――魔道書、グリモワールというとわかりやすいかしら――を練成している事が多いから、発表ペースは遅い。
けれど、「賢くなった気がする本」としては彼女の論文は随一で、たまに読んでは頭を痛くしてみる。
なんだか、脳にしわが増える気がして。
パチュリーは、私が借りようと持ってきた幾つかの本を舐めるように見ながら、少しも役にたたなかったのね、と呟いた。
「そうね。今の私に必要なのは知識ではないみたい」
「そんなこと、わかって来ていたでしょう」
「ええ」
私も本を眺めながら答える。文字列は吸収されない。ただの印字にしか見えなかった。
「貴方に必要なのは、今は本じゃないわ。かの発明王の言葉を借りれば、閃きが足りない」
「永遠の命があっても、1%で苦しむのはいただけないわね」
「悩みを解消する魔道書があれば、貴方は此処に一生こないでしょうね。文化発展の奴隷、娯楽の使途、永久機関の人形製造機」
「閃きの魔道書、作ってよ」
「その魔道書を作る閃きがないのよ」
本をゆっくりと閉じながら、パチュリーは伏せがちな目を私にむける。
人を分析している目。魔法使いの目。
いつも眠そう、といえば失礼だけれど、逆に誘いかけるような魅惑もあって、ちょっとアダルトに見える事もあるし、子供っぽさもある。
片手を顎にあてるアクタガワスタイルが良く似合うなぁ。
「貴方に最も効くのは……糖分ね。脳の働きには必要であると科学的にも魔法力学でも証明されているわ」
「眠くなるって噂は?」
「そんな時は取らなくたって眠る。もっといえば、寝るのが最適だと脳が働くから眠る。それでQED」
すると、私の目の前から本がなくなり、湯気がたったウィンナーカップとウェッジウッドの小皿にチョコレートが三つ乗って置かれていた。
後ろを振り向かなくてもわかる、こういう真似をするのはメイド長の十六夜咲夜だ。
「カフェ・ヴィエノワはキリマンジャロ、チョコはベルギー王室御用達ですわ。手前からビター、ナッツ、ミルク。順番に召し上がれ」
「ここまで趣味に合わせて持ってこられると、ストーカーじゃないかと思う」
「お褒めの言葉と受け取りますわ」
スカートを両手で広げながらおじぎをしているのだろう。見なくてもわかる。
彼女が動いた為か、古風なベルガモットとラベンダーが香る。少しの鉄分めいた血の匂いが逆に淫靡だ。
ありがたくチョコレートをミルクから食べる。私はミルクのふくよかでリッチな甘さが一番好きだから。
ああ、王室の風味。どんなところか知らないけれど、ベルギーってお菓子の国なのかな?
パチュリーが一口コーヒーを飲みながら、恐らく咲夜のほうを見て言った。
「咲夜、私の分のチョコレートがないわよ」
「あら、糖分の過剰摂取は良くないですわ。カロリー制限です」
「むきゅ」
―3―
結局、本は借りずに自宅まで帰ってきてしまった。
神社のほうにも寄ろうか考えたけれど、夕焼け空を見ていたら、布団を取り込んでない事に気がついた。
急いで人形を操作し、布団の取り込みと夕ご飯の調理を同時進行。この複数作業が人形遣いの利点よねぇ。
右手で布団の回収、左手で包丁を切らせつつ鍋の準備。
いや、一人で鍋っていうのも寂しいと玉葱みじん切りしながら躊躇する。
しかし、残った野菜を食べるには一番手軽でいい。お洒落なモノを作る気にはなれない。
オマール海老とマリサから随分前にもらった椎茸でダシをとりつつ、セージの葉とバジルを少量加える。
レモンは後でいいかな、と思いながらテーブルの方を見ると昼間の鳥さん達が仲良く寝ていて驚いた。
それも、ティーカップの中。二羽がカップの中で寝息が聞こえそうなほど健やかにお互いを暖めるようにして眠っていた。
白いテーブルクロスに茶色の模様がついている。どうやら一度こぼしてから中に入ったらしい。
原稿にはかかっていないのが幸いだった。
どちらにしても、書く内容がないから、真っ白なままだろうけど。
やれやれ。
布団を回収させていた人形一体をテーブルまで瞬時に移動させ、テーブルクロスを引き抜く。ソムリエール。
日本刀で物を切ったような音を立てて、テーブル上のものを一切動かさずに引き抜きに成功する。
ふっふっふ。
しかし、二羽の鳥達は驚いたようにバサバサとハッキリ音をたてて、窓から出て行ってしまった。
ほんの少しの音や環境の変化を察知したみたいね。自然の生き物って結構すごい。
自然の力かぁ。そういえば、パチュリーがそんなことを言っていた。
ミニマムテクノロジー
玉露
神社
おかし
チョコレート
鳩時計
瀟洒なメイド
民主主義
両手で動かす手間
二羽の鳥
青い鳥
ラッキーカラー……ラッキー……
「あ!」
台所の方で池に落ちたような音がした。蓬莱と名づけた人形が、オマール海老臭くなってしまった。
―4―
「おー、とんでるとんでる。これお前が動かしてないんだって!?」
「単純なジパング式のカラクリアレンジなんだけれどねぇ。まだまだリアリティは足りないわ」
こうして、小鳥型の人形は完成した。青と白で交互に配色し、首に赤いリボンをつけてある。
トリコロール。
新しく書き上げた「動物型人形の魅力――人にない自然と人形の融合性――」も、そろそろ書店にならぶころだろう。
一気に書きあげて、試作品の動物人形も7つほど作ったが、半自動で動かせて省スペースなのは、この小鳥型ということで落ち着いた。
湯のみや小さなカップなどに酌まれている水素反応を探知しカップを足で持ち上げ、人肌程度の熱反応のある場所まで持ってくる。
反応探知部分は河童に作らせたのが悔しいが、魔力よりはオートマチックにしてフィギュアチックなので今回は良しとする。
早速博麗神社にもっていって、これを見た人間の反応をチェックしているという訳だ。
こっちの反応は河童には計れない。
案の定、霊夢とマリサは訝しげに見つつも、興味を示してくれた。
奥の方でゴロ寝しながら、鬼の伊吹萃香が様子を見てニヤニヤしている。
あの手の妖怪には子供だましに見えるのかな?
書物を買うのはああした達観しきった妖怪よりも人間が多いので、まぁ、霊夢とマリサの「へぇー」というような鳥への目の向け方見るに、本もそれなりには売れそうだ。
小鳥人形が台所から湯呑みをひとつ挟んで戻ってきた。少し大きい黒色に、白い文字で「マリサの湯呑み」と書いてある。
居座るにも程があるでしょう。
小鳥人形は手を差し出すと優先的に反応しもってきてくれるように設定してある。
ほーれ、こっちだ鳥ロボ!とニコニコしながらマリサは手を出す。
小鳥人形はマリサの目の前で足を広げた。
鈍い打撃音。
鳥人形の足動作は開くか閉じるかしかできない。
取り損ねたマリサの足に直撃し、お茶が跳ねた。マリサ愛用のエプロンにひっかかる。
「あー!いってー!!うあー!!これ洗濯したばっかりなのに!!!シミになっちゃうじゃないか!!!!」
「白い服着なければいいじゃない、バァカ」
「うるせー!黒だって着てるよ!!さてはわざとやったなアリス!!!くっそー……」
マリサは覚えてやがれー、とヤラレ役のスペシャリストのような声をあげてお風呂の方に走っていった。
こういう時のマリサはなんか愛らしい子供っぽさがある。
こぼれたお茶をハンカチで拭いていると、霊夢の元にも小鳥がお茶をもってきた。
ナイスキャッチ。ごっくん。
ぶっきらぼうにお茶を飲む霊夢は、鳥の膝の上にのせて撫で始めた。
様になるから、彼女は不思議だ。小鳥が途端に和物っぽく見える。
霊夢がこちらを少し見て、ゆったりとした表情で微笑む。
微笑み返さなきゃ失礼よね。
「アリス、この鳥、商品化したりするの?」
「うーん、その予定はなかったけど、気に入ったのなら一羽作るわよ」
「いや、お茶組はいらないけど、掃除してくれるなら欲しい。タンスの上とか」
「なるほど」
掃除向け、と持ち歩いていたメモ帳にペンで記す。
これこそペンの正しい使い方だ。わざと丸っぽく書いたこの文字が、ただの汚れにならない事を願うばかりだ。
そういえば、原稿用紙をもうワンセット、買っておくのも悪くない。
相変わらず雲ひとつ無い青空に伸びを一回。
いいことあったの?と霊夢が尋ねてきたので、アルカイック・スマイルを見せる。
目の前に突如現れる湯飲み。……お茶?
気づいたときにはスカートはずぶ濡れになっていた。小鳥人形は正常に動作している。
ちゃんと伸びている手に反応しているみたね。えらい、えらいけど、この辱めはどうしてくれようか、このシミの位置ってこれじゃまるで……
内股気味にスカートを抑えていたら、霊夢が口を抑えながら大爆笑。
マリサも見計らったように戻ってきて、腹を抱えて大爆笑。天狗を呼ぼうぜとか言い始めているそれはやめて。
今回の本の収入は、まずは洋服に使おう。
都会に行って、できる限りフリルのついた可愛くて、シミの出来ない服を買う。
常に着替えが出来るように、大量に買い込んでやる。
その為にも、ペンにはもっと走ってもらわないといけない。回っている余裕はない。
……あーあ。
―FIN―
ペンが良く回る。
中指で弾く動きがしなやかに、まるで半月が見えるように美しくなってきた。
私の人形達にもこれぐらいの手の可動速度と精密性を持たせることが出来ればいいのに。
サイフォン式のコーヒーメーカーは既に空の化学器具となり、レコードも46分前に止めさせた。
レコードを止めた人形(上海と名づけている)のパンツを脱がしたり着せたりしたが特別面白くはない。
そこで手のパーツを男性用、幼女用、紳士用、夫人用、魔法弾用、ランス、フェンシングソード、ビームライフル、レーヴァティン模造刀、ドリル、レコードと付け替えた辺りで、原稿用紙にもう一度目を向けた。
それでも、恐ろしい事に、文章は一切浮かんでこない。
ペンは回るものじゃなくて、書くものよねぇ。
これまで私、アリス・マーガトロイドは人形関連の研究書物として幾つかの論文や解説書などを発行している。
著者近影の写真はモノクロだけれど、お気に入り。
人形探求をしている魔法使い、という事で歴史書にものって外の世界にも知れているそうだ。
ちゃんと、一昨年の暮れにとった写真で知れ渡っていることを願う。
幻想郷も近頃めまぐるしく文化発展していて、「都会では冬の匂いも正しくない」という。
レコードがそう歌っていた。最近お気に入りのポップスだけれど、たまに陰鬱でメルヘンな気持ちにさせてくれる。
書籍文化は出版する会社なんてのもどんどん出来ているそうで、私の本も書店に並び、ある程度読者はいるようだ。
魔法使いという奴はアイドルのようなもので、ご飯がいらない睡眠いらない排泄をしないという超次元的生き物故に、その知識を披露しない事は愚の骨頂だという自負がある。
それに、お金がないと美味しいお茶もコーヒーも買えないし。趣味の為に知識を売る。
お茶の葉もそろそろしけり始め、コーヒーもキリマンジャロのブレンドを48分前に飲み干してしまった。
こうして眺めている茶色い鳩時計も、そろそろ新しいものにしたいなぁ。
その為の、原稿用紙。しかし、真っ白でサインだけでは誰も買わないだろう。
この用紙にキスマークでもつけて売り飛ばせば、用紙代程度は回収できるかしら?
いけない、都会派らしからぬ発想だ。いや、これでこそ都会派?カブキチョウ?
あんまりにも悶々としていて脳内の回転速度が酷く鈍っている。
幻想郷文化発展のひとつ、通信機を利用して、他の魔法使いと話をしてみよう。
対話から新しい発想が生まれるのが都会流だ。ブレーンストーミング。
この手の機械じかけ、電波を利用したカラクリは、山の神社建設後、河童達や地下界隈でめまぐるしく成長していて、私も一部分を流用して通話人形を作りあげた。
お腹に設置したダイアルを合わせ、顔の部分を耳にもっていく。私の声は股の部分から発信される訳だ。
どうしても構造上この位置にせざるを得なかったのだけれど、今でも少し恥ずかしいな。
「もしもし、私アリス。今、私の家にいるの」
「おい、その挨拶はやめろって」
一番気楽に通信しやすい、マリサにつなげてみた。別に好意があるわけじゃない。
私と対極にいる田舎魔法使い。いや、そもそも人間のままなのだから、魔法使いと認めがたい。
第一、整理整頓も出来ないようで、研究も何も雑多にやって異変解決ばっかりしている。
白と黒の二色の服ばっかりのファッションセンスのなさにも驚愕するし、黄緑がかった金髪はぼっさぼさだ。
絶対にリンスインシャンプーだわ。髪の毛を乾かさないで寝ている可能性も否定できない。
魔法使いとしては3流もいいところ、というのは「動かない大図書館」ことパチュリー・ノーレッジとも共通見解だった。
しかし、書いている本は外の世界でも人気になったらしいし、異変解決なんて真似を何度もしているのは彼女と巫女さん達ぐらい。
つまり、発想が違う。停滞している脳に刺激的な発言をしてくれやしないだろうか、という計算で通信したのだ。
好意があって通信しているわけじゃない。
「で、なんのようだ?」
「コーヒー豆がきれちゃってて。今、原稿作業中なのよ」
「ああ、また人形についての薀蓄を書いているのか。お前も飽きないやつだぜ」
「飽きたときは、私が死ぬときね」
「物騒だな、私より先に死ぬなよ」
さらりと言ってくれる。
誰が死んでやるもんですかバァカ、と毒づくと鼻で笑われた。
「まぁ、そんな中電話してきたって事は、お前よっぽどネタがないんだな」
「あんたに見透かされるとは……」
「悪いけどさ、私も忙しいんだよ。そろそろ切ってもいいか」
「え、もしかして異変解決中?」
「いやぁ、玉露の旨さは異変に勝るね」
神社か。
「お茶の後にコーヒーなんてどうかしら?」
「お前の家、きらしてるんだろ」
「だから、買ってきてよ。ケーキなら作れるから」
「冬はコタツにみかんだぜ?都会派の家じゃ冬の匂いも正しくないんだな」
布のこすれあう音が聞こえる。今時スペースをとるコタツだなんて、クラッシックというよりはフォッシルだ。
抜け出す事の出来ないトラップにマリサは見事に引っかかっている。
休むことしか考えていない。マリサの事だからコタツで寝過ごすつもりだろう。
そんなのんびりした彼女には、私の苦悩はわからないわよね。
「あんたはもういいわ、巫女に代わって。たまには話してみる」
「なんだ、そんなに切羽つまっているのかよ。換気が足りないんじゃないか?」
「はいはい、代わってくれる?」
「あいよ」
「もしもし」
「もしもし、私アリス、今、家の窓を開けたわ」
「あん?切るわよ」
ちょっとまって、と言い切る前に博麗霊夢は通信を遮断してしまった。
マリサと霊夢の異変解決スペシャリストチームは、私よりお茶の方が大事なの?みかんが美味しいの?
余計に陰鬱になるじゃない、まったく。
窓から通信人形を投げてやろうと思ったが、日差しがまぶしくて誰に対してものどかな青空だった。
振りかぶった手を窓のふちにゆっくり添えて、人形を座らせる。
雲ひとつなくカラッとしていて、洗濯物が良く乾きそう。
ジャスミン柄の布団カバーを乾かしていたけれど、これならば夕方には使えるぐらいに仕上がるだろう。
下着類はもう取り込んでもいいかな?
人形を操作して畳ませていると、真っ白な原稿がまた目に入ってしまった。
雲はここにある。
ため息をついて、しけり始めた紅茶の処理をしちゃおうと、ティーポッドを取り出していたら、鳥さんが入ってきた。
種類は何だろう?青い鳥と白い鳥のつがいだ。青いというのはラッキーかも。
二羽がそれぞれ右肩と左肩に乗ってくる。頭を撫でようとしたら、空中を歩くようにして机の上のビスケットをつつきだした。
寄り添いながら、つつきあう二羽。ほほえましいなぁ。
可愛いから、しばらくじっと眺めていたいけれど、もう一度窓の外を見ながら、またペンを走らせる方法を考える。
……そうだ、少し散歩でもしてみよう。
脳の活性化には歩行運動に限る、と雑誌にも書いてあった。都会派ならではの情報力である。
テーブルの上の鳥達の傍へ、ティーカップを二つ並べボストン社製のアッサムティー(ただし、そろそろしける)を添えてあげてから、洗面所に向かい顔を洗う。
髪にアイロンをあてつつ、ほのかに香水をつけるとシトラスの匂いが気持ちいい。
うん、カチューシャもこのフリルの無いタイプでいいかな。アイラインとつけ睫毛だけ整えればチークは必要ないだろう。
眉毛も少しだけ伸ばしておいて、ついでにピンクのリップを塗りながらテーブルの方を見にいく。
鳥さん達はそんなにビスケットが好きなのか。二枚目をカチ割っていた。後で上海に掃除させないと。
玄関でブーツを選んでいる頃には、行き先も決めた。
インテリジェンス&クールガール。
カフェが近場にあれば、もっと良かったのに。喫茶じゃなくて、カフェ。カフェテリアンヌ。
―2―
「つまり、人形の小型化にも着手しはじめているのね。ミニマムテクノロジーは大を兼ねる」
「けれども、まだ実験段階で本にするレベルじゃないわ」
「段階的でも、レポートを作る事は大切だと思う。ひとまず書き出してはどうかしら。読んであげるから」
「貴方に読まれると余計恥ずかしいんですけど」
天気がいいのに、わざわざ日の当たらない場所に来たのは、ここがもっともカフェテリアに近い空間だからだ。
紅魔館の図書館。湖の近場にあるこのスポットは、一度来た事があるものには優しい。
特に図書館の優れたところは、本の物量、魔法がかけてあるのかしっかりと鼻に届く紙の匂いも勿論、何よりも飲み物が美味しい。
メイドの入れるお茶はまさに好みに合わせてあって、パーフェクトな仕事ぶりだ。それも日によって違いを見せてくれるのだから瀟洒。
今日は無糖で飲むにふさわしい、切れ味のあるセイロン。頭をフレッシュにさせるブレンドね。
高級そうな木の椅子、クッションも驚くほど丁度良い質感でおしりを受け止めてくれる。
その運命的ともいえる何もかもが、逆にそらぞらしい。たまに来たいけど、住みたくはないのが不思議だ。
対面で如何にも安楽椅子探偵が座っていそうな、白塗りのチェアにどっぷりと腰掛け、図書館の主パチュリー・ノーレッジは私に少し微笑んだ。
ひざ掛けのワインレッドが、ピンクのネグリジェ風のガウンを引き締めて、ちょっとおしゃれ。
そのまま眠っちゃっても可愛いだろうな。
魔女だから趣味でしか寝ないけど。
「毎度思うのだけれど、造形物やアーティファクトの分野というのは大変そうね。まず、器を用意するというのが億劫だわ」
「物質だからこそ、如何に作り上げるかという魅力が生じるのよ」
「私達魔女の生態的完成や蓬莱人の存在から考えれば、人形は所詮人形だと思うのだけれど」
「魔女は売れない。人形は売れる」
「金銭主義、資本主義はグローバルになってから加速度的に崩壊するから、やはりナチュラリズムに回帰すべきよ」
「ウッドベースや藁って事?」
「その自然じゃない」
動かない大図書館、にしては本を集める事にチョーアクティヴなパチュリーは、どうやら最近「民主主義」とやらを調べ上げているそうだ。
最近になって、外の世界から多くの民主主義とかグローバル資本主義とやらの本が入ってきたらしい。
幻想郷では、外の世界で失われたもの程多く入ってくる。
その事を利用して、パチュリーは後追い的に論文を作って発表していた。
つまり、結果から見たその現象の総論を書いている。総評だから、彼女の見解は常に正しい。
ちょっと文章が固いし、魔法を使うための本――魔道書、グリモワールというとわかりやすいかしら――を練成している事が多いから、発表ペースは遅い。
けれど、「賢くなった気がする本」としては彼女の論文は随一で、たまに読んでは頭を痛くしてみる。
なんだか、脳にしわが増える気がして。
パチュリーは、私が借りようと持ってきた幾つかの本を舐めるように見ながら、少しも役にたたなかったのね、と呟いた。
「そうね。今の私に必要なのは知識ではないみたい」
「そんなこと、わかって来ていたでしょう」
「ええ」
私も本を眺めながら答える。文字列は吸収されない。ただの印字にしか見えなかった。
「貴方に必要なのは、今は本じゃないわ。かの発明王の言葉を借りれば、閃きが足りない」
「永遠の命があっても、1%で苦しむのはいただけないわね」
「悩みを解消する魔道書があれば、貴方は此処に一生こないでしょうね。文化発展の奴隷、娯楽の使途、永久機関の人形製造機」
「閃きの魔道書、作ってよ」
「その魔道書を作る閃きがないのよ」
本をゆっくりと閉じながら、パチュリーは伏せがちな目を私にむける。
人を分析している目。魔法使いの目。
いつも眠そう、といえば失礼だけれど、逆に誘いかけるような魅惑もあって、ちょっとアダルトに見える事もあるし、子供っぽさもある。
片手を顎にあてるアクタガワスタイルが良く似合うなぁ。
「貴方に最も効くのは……糖分ね。脳の働きには必要であると科学的にも魔法力学でも証明されているわ」
「眠くなるって噂は?」
「そんな時は取らなくたって眠る。もっといえば、寝るのが最適だと脳が働くから眠る。それでQED」
すると、私の目の前から本がなくなり、湯気がたったウィンナーカップとウェッジウッドの小皿にチョコレートが三つ乗って置かれていた。
後ろを振り向かなくてもわかる、こういう真似をするのはメイド長の十六夜咲夜だ。
「カフェ・ヴィエノワはキリマンジャロ、チョコはベルギー王室御用達ですわ。手前からビター、ナッツ、ミルク。順番に召し上がれ」
「ここまで趣味に合わせて持ってこられると、ストーカーじゃないかと思う」
「お褒めの言葉と受け取りますわ」
スカートを両手で広げながらおじぎをしているのだろう。見なくてもわかる。
彼女が動いた為か、古風なベルガモットとラベンダーが香る。少しの鉄分めいた血の匂いが逆に淫靡だ。
ありがたくチョコレートをミルクから食べる。私はミルクのふくよかでリッチな甘さが一番好きだから。
ああ、王室の風味。どんなところか知らないけれど、ベルギーってお菓子の国なのかな?
パチュリーが一口コーヒーを飲みながら、恐らく咲夜のほうを見て言った。
「咲夜、私の分のチョコレートがないわよ」
「あら、糖分の過剰摂取は良くないですわ。カロリー制限です」
「むきゅ」
―3―
結局、本は借りずに自宅まで帰ってきてしまった。
神社のほうにも寄ろうか考えたけれど、夕焼け空を見ていたら、布団を取り込んでない事に気がついた。
急いで人形を操作し、布団の取り込みと夕ご飯の調理を同時進行。この複数作業が人形遣いの利点よねぇ。
右手で布団の回収、左手で包丁を切らせつつ鍋の準備。
いや、一人で鍋っていうのも寂しいと玉葱みじん切りしながら躊躇する。
しかし、残った野菜を食べるには一番手軽でいい。お洒落なモノを作る気にはなれない。
オマール海老とマリサから随分前にもらった椎茸でダシをとりつつ、セージの葉とバジルを少量加える。
レモンは後でいいかな、と思いながらテーブルの方を見ると昼間の鳥さん達が仲良く寝ていて驚いた。
それも、ティーカップの中。二羽がカップの中で寝息が聞こえそうなほど健やかにお互いを暖めるようにして眠っていた。
白いテーブルクロスに茶色の模様がついている。どうやら一度こぼしてから中に入ったらしい。
原稿にはかかっていないのが幸いだった。
どちらにしても、書く内容がないから、真っ白なままだろうけど。
やれやれ。
布団を回収させていた人形一体をテーブルまで瞬時に移動させ、テーブルクロスを引き抜く。ソムリエール。
日本刀で物を切ったような音を立てて、テーブル上のものを一切動かさずに引き抜きに成功する。
ふっふっふ。
しかし、二羽の鳥達は驚いたようにバサバサとハッキリ音をたてて、窓から出て行ってしまった。
ほんの少しの音や環境の変化を察知したみたいね。自然の生き物って結構すごい。
自然の力かぁ。そういえば、パチュリーがそんなことを言っていた。
ミニマムテクノロジー
玉露
神社
おかし
チョコレート
鳩時計
瀟洒なメイド
民主主義
両手で動かす手間
二羽の鳥
青い鳥
ラッキーカラー……ラッキー……
「あ!」
台所の方で池に落ちたような音がした。蓬莱と名づけた人形が、オマール海老臭くなってしまった。
―4―
「おー、とんでるとんでる。これお前が動かしてないんだって!?」
「単純なジパング式のカラクリアレンジなんだけれどねぇ。まだまだリアリティは足りないわ」
こうして、小鳥型の人形は完成した。青と白で交互に配色し、首に赤いリボンをつけてある。
トリコロール。
新しく書き上げた「動物型人形の魅力――人にない自然と人形の融合性――」も、そろそろ書店にならぶころだろう。
一気に書きあげて、試作品の動物人形も7つほど作ったが、半自動で動かせて省スペースなのは、この小鳥型ということで落ち着いた。
湯のみや小さなカップなどに酌まれている水素反応を探知しカップを足で持ち上げ、人肌程度の熱反応のある場所まで持ってくる。
反応探知部分は河童に作らせたのが悔しいが、魔力よりはオートマチックにしてフィギュアチックなので今回は良しとする。
早速博麗神社にもっていって、これを見た人間の反応をチェックしているという訳だ。
こっちの反応は河童には計れない。
案の定、霊夢とマリサは訝しげに見つつも、興味を示してくれた。
奥の方でゴロ寝しながら、鬼の伊吹萃香が様子を見てニヤニヤしている。
あの手の妖怪には子供だましに見えるのかな?
書物を買うのはああした達観しきった妖怪よりも人間が多いので、まぁ、霊夢とマリサの「へぇー」というような鳥への目の向け方見るに、本もそれなりには売れそうだ。
小鳥人形が台所から湯呑みをひとつ挟んで戻ってきた。少し大きい黒色に、白い文字で「マリサの湯呑み」と書いてある。
居座るにも程があるでしょう。
小鳥人形は手を差し出すと優先的に反応しもってきてくれるように設定してある。
ほーれ、こっちだ鳥ロボ!とニコニコしながらマリサは手を出す。
小鳥人形はマリサの目の前で足を広げた。
鈍い打撃音。
鳥人形の足動作は開くか閉じるかしかできない。
取り損ねたマリサの足に直撃し、お茶が跳ねた。マリサ愛用のエプロンにひっかかる。
「あー!いってー!!うあー!!これ洗濯したばっかりなのに!!!シミになっちゃうじゃないか!!!!」
「白い服着なければいいじゃない、バァカ」
「うるせー!黒だって着てるよ!!さてはわざとやったなアリス!!!くっそー……」
マリサは覚えてやがれー、とヤラレ役のスペシャリストのような声をあげてお風呂の方に走っていった。
こういう時のマリサはなんか愛らしい子供っぽさがある。
こぼれたお茶をハンカチで拭いていると、霊夢の元にも小鳥がお茶をもってきた。
ナイスキャッチ。ごっくん。
ぶっきらぼうにお茶を飲む霊夢は、鳥の膝の上にのせて撫で始めた。
様になるから、彼女は不思議だ。小鳥が途端に和物っぽく見える。
霊夢がこちらを少し見て、ゆったりとした表情で微笑む。
微笑み返さなきゃ失礼よね。
「アリス、この鳥、商品化したりするの?」
「うーん、その予定はなかったけど、気に入ったのなら一羽作るわよ」
「いや、お茶組はいらないけど、掃除してくれるなら欲しい。タンスの上とか」
「なるほど」
掃除向け、と持ち歩いていたメモ帳にペンで記す。
これこそペンの正しい使い方だ。わざと丸っぽく書いたこの文字が、ただの汚れにならない事を願うばかりだ。
そういえば、原稿用紙をもうワンセット、買っておくのも悪くない。
相変わらず雲ひとつ無い青空に伸びを一回。
いいことあったの?と霊夢が尋ねてきたので、アルカイック・スマイルを見せる。
目の前に突如現れる湯飲み。……お茶?
気づいたときにはスカートはずぶ濡れになっていた。小鳥人形は正常に動作している。
ちゃんと伸びている手に反応しているみたね。えらい、えらいけど、この辱めはどうしてくれようか、このシミの位置ってこれじゃまるで……
内股気味にスカートを抑えていたら、霊夢が口を抑えながら大爆笑。
マリサも見計らったように戻ってきて、腹を抱えて大爆笑。天狗を呼ぼうぜとか言い始めているそれはやめて。
今回の本の収入は、まずは洋服に使おう。
都会に行って、できる限りフリルのついた可愛くて、シミの出来ない服を買う。
常に着替えが出来るように、大量に買い込んでやる。
その為にも、ペンにはもっと走ってもらわないといけない。回っている余裕はない。
……あーあ。
―FIN―
つか貴方、幽々子様の人か
好みな作品でした。
語彙選びのセンスが、あるんだかないんだか分からなくて、なんだこれーとすごいもやもやしたんですが、なるほどアリスの思考を追体験するとこんな感じになるのかしら。
面白かったです。
都会派な雰囲気がステキ
お洒落なSSってこういうのを言うのかな
アリスはこの雰囲気がやたらと似合いますねぇ。
どこもかしこもお洒落で素敵
何はともあれ、ごちそうさま。
的確な言葉が浮かんでこないけれど、とりあえず面白かったです