Coolier - 新生・東方創想話

おもい、ちがい  前編

2012/01/03 06:26:37
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 紅魔館の地下にある大図書館。ありとあらゆる知識が収められている場所。その一角にある、大きなテ
ーブルに三人の少女が読書をしていた。

(うーん、この魔法植物って、アレと凄い似てるんだよなあ。しかも、発生条件も同じだし……)

 実験に使う材料の特定に悩んでいるのは霧雨魔理沙、魔法使いである。とはいっても、正式な儀式はま
だしていない人間の魔法使い。

「……ぶつぶつうるさいわね」

 魔理沙の考え事は独り言になっていたらしく、カチューシャを付けた少女が不満をこぼす。

「貴方のその癖、本当にやめてほしいわ。せっかく集中しているのに、読んでいる本の内容と全然関係の
ない言葉が聞こえてくるのよ?」

 注意したのは、アリス・マーガトロイド。こちらはれっきとした魔法使いであり、人形遣いでもある。

「はは、悪い悪い。私も直そうとは思ってるんだぜ? だが、付いちまった癖ってのはしつこくてなあ。
それにアリス。私思うんだがこの癖を直すよりも、お前が独り言を気にしなくなった方が効率がいいと思
うんだがな。パチュリーを見てみろよ、こっちの会話なんて全く耳に入っていないようだぜ」

 自分の名前が出ても本から顔を上げることもなく、読書に没頭しているのはこの図書館の主、パチュリ
ー・ノーレッジ。アリスと同様、魔法使い。同じといっても集中力は比ではないようだが。

「屁理屈は貴方の十八番だったわね。もういいわ、私は何も言わない。無駄を重ねるほど下らないことは
ないわ」

 アリスがそう言ったところで、会話が途切れる。再び静かになったところで、何処からか音が聞こえて
くる。耳を澄まさないと聞こえない程度のその音にも、パチュリーは気づいたように顔を上げる。

「もう、こんな時間」

 読書を中断し呟く。まるでさっきまでずっと静かだったように。

「はーい、皆さん。お茶の時間ですよ~」

 現れたのはパチュリーの使い魔にして、この図書館の司書を務める小悪魔。ティーセットを極力、音を
立てないように、その赤く腰まで伸びた髪を揺らさずに慎重に運んできた。

「お、サンキュー」

「ありがとう、小悪魔」

 残りの二人も読書をやめ、一息つく。




「うーん、おいしいわ。小悪魔の淹れる紅茶、かなりのものよ。茶葉も温度もその他、申し分ないわ」

 アリスが一口飲み、目を閉じて感想を述べる。

「えへへ、ありがとうございます。まあ、淹れ慣れてますから」

「ああ、これはうまいぜ。咲夜といい勝負じゃないか?」

 アリスの言葉に照れていた小悪魔が、びっくりしたように目を見開く。

「な、なんということでしょうっ、あの魔理沙さんが褒めるなんて!?」

「そんじゃ、褒めてやったんだからこのメモに書いてある本、用意してくれ」

「そして、速攻パシリにしようとする貴方に、毒を盛ってあげたくなりますっ! こん盛りとっ!」

「ええ、小悪魔、そうしてあげて。ねえ、魔理沙? ここで貴方の致死量でも知っておいたらいいんじゃ
ない?」

 アリスが冗談とも本気とも取れない言い方をする。魔理沙が少し困った顔で、

「二人してひどいなぁ、一体私が何をし」

『日頃の行いを見直しなさいっ!!』

 最後まで言う前に、二人に同時にツッコまれる。パチュリーはこの会話に参加せず、このやりとりをぼ
ーっと紅茶を飲みながら眺めていた。





 お茶会も終わり、再び静けさが訪れる。魔理沙は意識したのか独り言はしなくなり、今はページをめく
る音だけが支配する空間。なのにどうゆうわけか、アリスの顔が苛立ちで少し歪んでいた。

(ダメ……全然解らないわ。うーん、これだと結びつかないし……)

 苛立ちの原因は今読んでいる魂についての本にあった。人形遣いである彼女の目標は完全自立型の人形
を作ること。自立型なので最終的には魂を入れるわけだが、そこらに飛んでいる魂を入れるわけにはいか
ない。そんなことをしたら、閻魔たちが黙ってないだろう。だから魂を新しく生成するわけだが、それが
難しく、かなりのステップを踏まなければならない。今がその一つのステップに引っかかっている時だっ
た。

(これが理解出来て実験もうまくいけば、目標にかなり近づくと思うんだけど……)

 そんなことを考えていると、

「ほら、魔理沙さん。お望みの本、持ってきてあげましたよ」

 小悪魔が本を抱えて立っていた。口では、ああは言ったもののどうやら断れなかったらしい。人が良い
小悪魔から、魔理沙はサンキューと言って受け取った。

 その一連の出来事に集中力を切らされ、アリスは顔をあげ、考えすぎた痛みから眉間を押さえた。

「ん? どうしたんですか、アリスさん」

 それに気づいた小悪魔がアリスを、心配そうに見ている。

「え? あ、ああ。解らないことがあってね、気にしなくていいわ」

 そう言うと諦めたように本を閉じる。

(はあ、とりあえず少しずつやっていこう。ものすごい時間がかかると思うけど、通らなきゃいけない
道だし)

 アリスはそう思い、今日はこれくらいにして本を片付けようと立ち上がると、

「あ、いいですよ、アリスさん。私が片付けておきますから」

 小悪魔が手を差し出してきた。この本を用意したのは彼女だったので、片付けるのも任せたほうがいい
だろう。アリスは礼を言って手渡した。

 そのまま小悪魔は行こうとすると、足を止め、考え事をするように顎に手をやる。

 しばらくして何か気になったのか本をめくり始める。

「あら、小悪魔どうしたの?」

 かなりのスピードで本をめくっている彼女に、疑問を持つアリス。しかし返事をすることなく、ただ、
黙々と本をめくる。

 そして、終わったのかパタンと本を閉じ、

「アリスさん。私、これ読めますよ」

と、答えた。

「え、えーーっ!?」

 あまりに驚き、アリスは普段出さないような声を出した。そこまで大きなものではなかったにしろ、二
人の読書を止めるには十分過ぎた。

「な、何だーっ!?」

「え、何?」

 さすがにパチュリーも顔を上げ、周囲の状況を確かめるように見る。

「ご、ごめんなさい……その、び、びっくりしちゃって……気にしないで」

 あんな声を出してしまった気恥ずかしさからか、アリスは顔を染めてすぐに謝る。

「何、こあ? 貴方、アリスに何かしたの?」

 隣に立っている小悪魔に目が行き、パチュリーが口調に力がこもっていない代わりに、軽く睨む。
 それに小悪魔はびっくりしたように軽く跳ねた。

「ひどっ!? わたし何もしていませんよっ!」

 いきなり自分の主に睨まれ、焦る小悪魔を庇うように前に立ち、アリスが弁明する。

「ち、違うのよ、この子は本当に何もしていないわ……そ、それより小悪魔。その本を読めるって本当な
の?」

 小悪魔に向き直りアリスがその真意を確かめる。

「アリスさんだったら分かると思いますが、読むだけ、でしたら。以前パチュリー様の研究で必要だった
ので」
 
「そ、それでも凄いわよっ」

「なんだあ? さっきから、その本どうこう言ってるみたいだが。ちょっと見せてみ?」

 二人のやり取りから気になったのか、魔理沙は小悪魔からその本を半ば強引に取り、ページを開いた。

 最初は好奇心のある表情だったが、それが徐々に苦渋に変わっていく。

「……えーっと、すまん。全く解らんわ。何の本だ、これ?」

「魂についての本よ。」

「へえ、私には見たこともない文字が、ひたすら羅列されてるようにしか見えないが……うっ」

 もう限界といわんばかりに気持ち悪そうに顔を背け、本をアリスに放るように渡す。

「それは慣れていない証拠。貴方だって魔法使いなんだから、慣れれば見えてくるはずよ。もっとも、
かなり時間が必要になりそうだけど。私だってまだまだだもの」

 アリスがため息まじりに答える。すると、

「その本、私にも見せてくれるかしら」

 パチュリーも興味があるようで、手を差し出しきた。しかしその表情は読んだことでもあるように、変
わることはない。
 
「へえ、完全に魔力を宿してるわね。さて、中身はと……? ああ、こあ。貴方、読めるだけのようね」

「はい、パチュリー様。解読に関しては、あの時の研究の必要最小限に留めたので」

「ん、どういうことだ?」

 魔理沙はパチュリーの言い方に疑問を抱く。

「これは魔法使いが書いた魔導書、一筋縄ではいかないわ。読めた上で解読をしていく。この読むという
のも簡単にはいかない。例えば、普段当たり前のように読んでいる本の文章、これがもし逆になっていた
ら何これ? でしょう。逆から読めばいいと気づくまで悩むことになる。要は、読み方の問題ね。魔導書
はそれが当たり前。魔法使いには性根の曲がった者が多いから、酷い時には一文章ずつ読み方を変えてく
る著者もいるわ。こあは、この魔導書の読み方に関しては全て知ってるということよ」

 パチュリーは小声で説明し、本を閉じて小悪魔に返した。

「そういうことよ、魔理沙。それにしてもパチュリー、貴方も読めるのね。解読に挑戦したとか?」

「いいえ、ないわ。読めるのは小悪魔のおかげよ。知識を共有できるから」

 悪魔と契約すると中にはこういった能力が身に付く。リスクは高いが、得るものもまた多い。

「へえ、そいつは便利だなあ。単純に二人分てことか。それにしても……」

「な、何ですか、魔理沙さん。じーっと私を見て?」

 また何か変なことを言われるんじゃないかと思い、小悪魔は警戒するが、

「いやー、まさか、お前がここまでできる奴だったとはな。見直したぜ」

 普通に褒められたことに小悪魔の目は丸くなる。先ほどの紅茶の時とは違う、嫌らしさも企みも何もな
い純粋な賞賛。魔理沙とて魔法使い。これがどれくらい褒めるに値するか知っていた。

「何言ってるのよ、いまさら。この子、この図書館の司書をやっているのよ。並の魔法使いじゃ、とても
じゃないけど務まらないわ。しかも、あのレベルの本を読んでしまうなんて。知識も魔力も相当の物よ」

 アリスも同調して、二人揃って小悪魔を褒める。それに対してくすぐったそうに照れる彼女。パチュリ
ーも自分の使い魔を褒められて、ご機嫌のように表情を緩める。

「こあには、普段から研究や実験の助手をやってもらったりするから、その為の知識をしっかり勉強して
くれる。おかげで成果も上々よ」

「パチュリー様に褒っめっられた~♪ 褒められた~よ~♪」

 自分の主に褒めてもらえたのが一番嬉しかったらしく、笑顔で踊るように飛び跳ねている。

「なるほどなー、ということは、前の錬金のときもか。なるほど納得……っていうかチートじゃないか」

 以前に錬金の研究を三人で共同で行ったことがあった。錬金はパターンが多いため、それぞれ別々で実
験をし、成果を出し合った方が効率が良いということで、後日、それぞれ発表する機会があった。その結
果、パチュリーの精度が一番良く、しかも3日しか掛からなかったという事に、随分驚かされたものだ。
ちなみに魔理沙は2週間掛かった。

「別にズルをしたわけじゃないわ。私の使い魔にどう手伝ってもらおうと貴方には関係ない……しかも貴
方、使えそうな魔術書、ほとんど持っていっちゃったじゃない。あの時、一番有利だったのは貴方でしょ
う?」

 そう反論しても魔理沙は「いいなー、優秀な助手がいて」と、ぶつぶつとぼやいている。

 それに対しパチュリーは一抹の不安を覚えていた。





 パチュリーの不安は見事に的中した。

 二度目の休憩中、タイミングを見計らったように魔理沙が、

「なあ、パチュリー。小悪魔の奴貸してれないか?」

と、言い出した。いきなりのことで、パチュリーは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。

「な、何を言っているのかしら、貴方は?」

 こぼしていないことを確かめつつ、疑問を投げつける。

「そのままの意味さ。いやー、今やっている実験が中々うまくいかなくてさー。そんで、どうしようかと
思っていたらこんな所に、それを助けてくれそうな奴がいるじゃないか。な、いいだろ?」

 相変わらず自分勝手な奴ね、とパチュリーは思い、どう断ってやろうか考える。

 するとアリスが勢いよく立ち上がった。魔理沙を睨んでいる顔から、代わりに反論してくれるのかと期
待するが……

「ちょっ、ズルいわよ、魔理沙! 私だって、お願いしようと思っていたのにっ!」

「へっへーんだ。早い者勝ちだぜっ」

 まさか、アリスまでそんなことを言うとは思わなかったので、パチュリーは唖然とする。普段の彼女か
らは考えられなかったからだ。
 しかし無理もない。実はアリスは魔理沙より早く、そうしたいと思っていた。一年近く時間がかかると
思っていた魔導書の解読が、小悪魔の知識で相当短縮出来るからだ。

(彼女が手伝ってくれれば、解読もそうだけど、うまくいけば実験をして結果を残せるかも……)

 アリスはそう思い、負けじと魔理沙に突っかかる。

「だいたい何よ、その言い方は!? 礼儀ってものがなっていないんじゃないの!? そんなことじゃ、
さぞかし小悪魔の扱いも酷いでしょうねっ。ねえパチュリー、私だったらそんなことはしないわ。ちゃん
と大事にしてあげられる。もちろん、相応のお礼もするから。だからお願い!」

 テーブルに乗り出す勢いでアリスは頼み込んでくる。心なしか息も上がっていた。

「く、今のは言葉のあやだぜ。安心しろ、パチュリー! 実験が終わるまでだ。なっ? 礼もするぜ!」

 魔理沙も相当行き詰っているらしく、本気さが伺える。
 そんな二人に対し苛立ちからか、パチュリーはテーブルをバンッと叩き、立ち上がった。

「冗談じゃないわ。あの子には、やってもらわなければならないことがたくさんあるのよ。その主である
司書の仕事、こあ以外に務まるものではないわ。いない間、どうすればいいのかしら?」

 眉間を少し寄せながら語気を強めるパチュリーに、

「なんだよ……そんなの、お前がやればいいじゃないか」

と、魔理沙がぼそりと呟く。

「言ったでしょう、あの子以外にはって。私も例外ではないわ。確かにここに来て最初の頃は、やってい
たしそうせざるを得なかったわ。強い魔力を持った本もかなりあったから。だけど年月が経ち、貯蔵量が
増えてから、それが効率が悪いことに気づいたのよ。ただ整理にばかり時間が掛かる。勝手に増える本、
逆に勝手に消える本、あげくに襲い掛かってくる本。そんなことを毎日やっていたらね……」

 苦労した時期を思い出してか、パチュリーがため息を出して話を続ける。

「だから、私はこあを成長させることにした。司書を任せるかわりに、私がひたすら知識を詰め込み、魔
力を増やし、それのいくらかを代価として彼女に支払う。もともと使い魔とはそういうものだったから。
そして、あの子は成長し一人でも出来るようになった。それが今に至ったわけよ。だから私自身、どこに
どの本があるかなんて全然分からないのよ……納得してもらえたかしら?」

 説明が終わり、沈黙が訪れる。
 二人とも黙っていることから、納得したのだろうとパチュリーは判断し、一気にしゃべったことで枯れ
た口内を潤すように紅茶を飲む。

「あれ、どうしたんですか、みなさんで立ち上がって?」

 茶葉を入れ替えて戻ってきた小悪魔がきょとん、としている。

「ああ、実はね……」

 アリスが先ほどのことを簡単に説明した。

 それを聞いた小悪魔は少し何かを考えてるように黙って、そして、


「ええ、大丈夫ですよ。宜しければお手伝いします」


「ぶほっ」

 予想外の答えにパチュリーは、今度は耐え切れず紅茶吹き出していた。




「こあ、ちょっと来なさい……」

 今日一番の低い声と怖い目。そんな主人の迫力に縮こまりつつも、その下に行く。

「どうゆうつもりかしら、あんなこと言って? 自分のやるべきことを忘れたのかしら?」

「そ、そんな怒らないでくださいよっ。ちゃんと考えがありますから」

「へえ、どんなものか聞かせてくれるかしら」

 期待していないらしく、パチュリーの口調は変わらない。

「ほ、ほら。先ほど聞いた内容ですと、魔理沙さんも助手を求めていたじゃないですか。つまりそれは、
あの家に合法的に行けるということです、何日かの滞在付きで。つまり、今まで持っていかれた本を取り
返すチャンスってことです。こんなこと中々ないですよ。魔理沙さんも手伝ってもらう以上、そこは目を
瞑るでしょうから」

 魔理沙に聞こえないように耳うちする。

「確かにそうかもしれないわね。けど、こあ? 私の質問の答えになっていないわ。大体、魔理沙を手伝
う以上アリスもむげには出来ないでしょう? 一体どれくらい仕事をほっぽりだすつもりなのかしら?」

「そ、そこもご心配なく! えっと、ちょっと待っていてくださいっ」

 そう言うと、小悪魔は自分の自室へ入っていった。

 苛立つパチュリーに、二人の期待した視線が向けられる。

「あ、ありました。パチュリー様、これですっ」

 しばらくして小悪魔が持ってきたそれは厚い本。

「ああ、これって貴方がよく持ち歩いている本よね」

「ええ、それはともかく中を読んでみてください」

「まあ、いいけど……何これ?」

 そこには、本の種類から題名、作者、簡単な内容など、こと細かく書かれていた。そしてその題名毎に
簡単な呪文が書かれている。

「本の辞典……紹介本みたいなものかしら。それで、これがどうかしたの?」

 自分の使い魔がどうしてこんなものを持ってきたのか分からず、パチュリーはただ疑問を浮かべるだけ
だった。

「ふ、ふ、ふっ。それをこれからお見せしますよ。それではその中の題名、適当に選んでもらってもよろ
しいですか?」

 そう言われ適当に選ぶと小悪魔が、「それではいきますよ~」と言った後、呪文を唱える。どうやらさ
っき書いてあった呪文のようだ。
 するとパチュリーの目の前が光り出し、一冊の本が現れた。

「……う、嘘? え、何、どうやってやったのっ!?」

 現れた本を手に取り、題名をみて驚愕する。適当に選んだ題名の本が目の前に現れたのだ。

 小悪魔が主人のリアクションに満足したのか、胸を張って答える。

「むっふっふ~。実はこの本、この図書館に置いてある本を、その場で自由に呪文で出し入れが出来る、
私お手製の魔導書なんですよ。ちなみに現在253巻まであります」

「おいおい、マジかよ!? この図書館に置いてある本全てかっ!?」

 この図書館、世界中のあらゆる本が集まってくる。そしてこの紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が空間を
操って広げているため、その本の数はとどまることを知らない。

「それはないです。全部っていったら、千万単位は軽くいくと思いますよ。無理ですって。私がメインに
この術を施したのは魔法使い向けの本です。それでも全部とはいえませんが……8分の7くらいでしょう
か」

「それでも何十万は最低でもあるでしょう? それに呪文を一冊ずつ施していくなんて、かなりの手間に
ならないかしら」

 アリスの問いに、小悪魔は軽く首を振った。

「うーん、呪文を施すこと自体は難しくはないんですよ。1文字2文字変えるだけなんで。問題は内容で
すね。題名だけではどんな本か分からないのが多いですから。だから、一冊ずつ流す程度で読んで、その
内容を書いていく。ひたすらその繰り返しですね」

「そんな簡単に読めるのか? いろんな本があるだろ?」

「確かに様々な文字、読み方がありますね。でもほら、先ほどもパチュリー様がおっしゃったとおり、知
識を共有することができるので。パチュリー様の知識にあるものに関しては問題ないですね。中にはアリ
スさんが読んでいるような特別な魔導書など、例外はありますが……」

「でも、こあ。一体いつからこんなことやっていたの?」

 小悪魔の意外な行いに驚いていたパチュリーは、平静さを取り戻し小悪魔に聞いた。

「ここに来てからすぐに、ですね。最初は、勝手に消える本の為のマーキング程度だったんですよ。でも
どうせなら、そういう関連の本は全部やっちゃった方が、整理するのも楽になるだろうなあ、と思いまし
て」

 その答えにパチュリーは少し感動していた。ここに来たばかりの頃、自分が手伝わないと何も出来ない
と思っていたあの小悪魔が、その頃からちゃんと考えて行動していたのだ。その感動に浸りつつ、彼女に
どんな褒美をしようか考えていると、

「なるほど確かに凄いな。まあ、それはそうとして、パチュリー。これで司書の問題はクリアしたってこ
とでいいんだよな? お前の望む本に関しては大丈夫だろ?」

 魔理沙にそう言われ、パチュリーは「うっ」と唸る。まだこの話に乗り切れないらしい。

「ま、まあ確かに、司書に関しては問題なさそうね。だけど……そ、そう。誰が掃除するのかしらっ? 
あとお茶淹れるのも……」

「それに関しては、咲夜に頼めばいいんじゃないかしら。時間止められるからそこまで手間にならないだ
ろうし……あ、ごめんなさいねっ、貴方にそんなことを言わせるってわけじゃないから。大丈夫よ、私た
ちが誠意を持って彼女にお願いしておくから」

 アリスが言うように咲夜からすれば、普段の抱えてる仕事から考えて大差はないだろう。
 パチュリーもそれが分かっていた。

「だ、大体、アリス。解読だったらここでやればいいじゃないの。何も、こあが行かなくても……」

「わかってるでしょう? パチュリー。そういう作業は自分が一番落ち着く場所でやるのが良いのよ。こ
こがそうではないとは言わないけど、自分の家でやる方がね。それに解読をして、少しでも試せそうなこ
とはどんどんやっていきたいから」

 どう反論しても通じないことに、パチュリーは焦っていた。

 どうやら、小悪魔を連れて行かれること自体が嫌らしい。さらに断り文句を考える。例えば司書の話。
たまには魔法関連以外の本を読みたいと言おうとしたが、それだと何か嫌みったらしいし自分の使い魔の
成果を認めない嫌なご主人になってしまう。ならばとアリスや魔理沙みたく、実はやってみたい実験があ
るから無理、とも言おうとしたがあまりに唐突。
 
 なによりも断れないのは、小悪魔が乗り気なところだった。

「なあ、パチュリー。別にタダでと言ってるわけじゃないんだぜ? それなりの礼はするしな。それに、
考えようによってはいい機会だと思わないか? お前以外の助手をするのもいい経験だぜ。ついでに小悪
魔が望んでいるように、今まで借りた本を返してやってもいい…………全部とは言わんが」

「げ、ばれてた」と呟く小悪魔に「それぐらいしかお前が来る理由ないだろ」と、返す。
 
「お願い、パチュリー!助けると思って、ねっ!?」

 両手を合わせるアリスに諦めたのか、パチュリーは額をおさえ大きくため息をこぼし、

「好きにしなさい」

と、答えた。









「……ええそうです。本を戻したいときは、もうひとつの呪文を唱えてください。決まった場所に戻るは
ずなんで」 

「なるほど、これね。分かったわ」

 約束の当日になり、紅魔館のロビーでパチュリーと小悪魔は最後の確認をしている。

「ええっと、これくらいですかね……ああ、あと咲ちゃんは、私が普段お茶を出したり、掃除をしたりす
る時間に合わせてくれるそうなので、特に問題はないと思います」

「ああ、結局引き受けてくれたのね、彼女」

「ははは、まあ、あれだけ二人してお願いされれば」

 小悪魔はその場にいたらしく、苦笑いをする。

「一体どんな頼み方したのかしらね? まあどうでもいいけど。それにしてもこあ、そのリュック……」

「あ、これですか? えへへ~、可愛くないですか? この猫ちゃん」

 振り向いて、リュックを見せ付ける。そこには猫の刺繍がでかでかと張りつけられていた。ニャーンと
鳴き声のおまけ付きで。思わず今度はパチュリーが苦笑いをしてしまった。

「しかも、このリュックには秘密がありまして……なんと、物がたくさん入るんですよっ!」

 どうですか!? と言わんばかりに顔をキリッとさせ、主人の反応を伺う小悪魔。

「どうせ、咲夜にその中の空間を広げてもらったんでしょう……でも、それ大丈夫なの? 彼女の能力の
有効範囲から外れたら、元に戻ってしまわないかしら?」

「ええ、ご心配なく。実はこの中には咲ちゃんがこの為に作ってくれた、スペルカードが内臓されている
んですよ。すでに発動済みで、効力もかなり長持ちするそうです。重さも大丈夫みたいで」

「へえ、それは便利ねえ」

 簡単にネタバレされてしまったものの、質問に答えることが出来て小悪魔は満足していた。

 そんな感じで雑談していると、一人の少女が館の奥からこちらに歩いてくる。彼女はこの紅魔館の主、
レミリア・スカーレット。吸血鬼である彼女が、日が昇ってるからか眠たそうにしている。

「あ、お嬢様。もしかして、見送りに来て下さったんですか? ありがとうございますっ」

 昨日の夜、館を空ける事情を説明しに行ったが、まさか来てもらえるとは思わなかった。小悪魔が嬉し
そうに羽をぱたぱたとする。

「ふあ~~、ん? こあくとう、何、その荷物は? ……ああ、ここを出て行くのね。お達者で」

「ちゃんと説明しましたよねっ!? てか、何ですか、こあくとうって!?」

「いちいち怒鳴るな。こあくとうは小悪党じゃない。小悪に続く言葉っていったらそれくらいでしょ?」

「魔、ですよ!! ほんとにやめてください! 何かザコキャラみたいで凄く嫌ですっ!」

「…………え? そうじゃないの?」

「そんな今更みたいな言い方しないでーっ!!?」

 頭を抱えて床を転げまわる小悪魔を、レミリアは大層満足そうに、にやにやと見ている。

「レミィ、あまりこの子をいじめないでもらえる?」

 それを見かねてパチュリーが注意した。その表情は普段と変わりないものの、言動から不快感が読め
る。

「はっはっは、ごめんパチェ。だけど許して。ここあをからかうのは私の趣味なの」

 その言葉に軽くいじけている小悪魔の肩をレミリアは叩く。そんなレミリアに小悪魔は、じと目を向け
た。

 小悪魔はレミリアにとって相当お気に入りらしい。それは彼女の考えた専用の愛称からもいえるが、な
によりあのプライドの高い吸血鬼がわざわざ日中なのに起きだし、見送りに来るなんて普通ありえない。
 そのことに小悪魔は気づいていないようだが。

「ふー、ホント、お嬢様ったら……あ、それではそろそろ時間なので行ってまいります」

「待ちなさい、こあ」

 パチュリーは出かけようとする小悪魔を呼び止める。

「嫌なら無理しなくても良いのよ? 今回、貴方が行くのは本を取り戻すのが目的。でも、そもそも本を
盗られたのは主である私の責任よ。貴方が負うことはないわ」

 その優しい口調には思い直すことへの期待が含まれていた。ここまで来てもまだ、嫌なようだ。

「あはは、何を言ってるんですか? こんなチャンス絶対ないんですから。大丈夫です、ばっちり取り返
してきますよ。それに、普段お世話になっているアリスさんに、恩を返したいですし。いつもお菓子とか
頂いたり、本を寄贈してくれたりしますからね……あ、それではもう行かないといけないので」

 結局最後の説得にも応じずに、小悪魔は今度こそ荷物を持ち、出掛ける。

「小悪魔……お元気で。たまには手紙を寄越してね?」

 レミリアは愛おしい恋人が去ってしまうような、何ともいえない表情で小悪魔を見つめて言った。

「すぐに帰ってきますからねっ!? ほんの二週間程度ですから! あと、普通に呼んでくれてありがと
うございます! でも愛称じゃないのが凄く寂しいですっ!!」

 力強くレミリアのボケにツッコむと、でも最後は礼儀正しく頭を下げ、小悪魔は飛んで行った。レミリ
アは満足したように微笑み、自室に戻っていく。

 パチュリーはその場を動かず、猫のリュックを背負った後姿を見送っていた。







 日中なのに薄暗く、木々が密集し、様々な植物が生い茂っている。この場所の名前は魔法の森。この少
し奥まったところに霧雨魔理沙の家がある。その家の扉を小悪魔は叩いていた。

「魔理沙さ~んっ!来てあげましたよ~、開けてくださ~い!」

 ドンドン叩きながら呼んでも、一向に出てくる様子がない。聞こえてくるのは扉を叩く音に返事をする
ように鳴く、この森に住んでいる生き物の声だけだった。

(全く、約束の時間をちゃんと守って来てあげたのに、応対もしないなんて……さすが魔理沙さん)

 そんなことを思い、さっきよりも声を張り上げて呼ぼうとしたところで、二階の窓が開く。窓から、魔
理沙が乗り上げるようにして声を掛けてきた。

「おお、小悪魔、来てたのか。扉開いているから勝手に上がってくれ」

 そう言うとまたすぐに窓を閉める。その行為に釈然としないものの小悪魔は扉を開けると、

「ぷ、ぷはぁっ!? な、なんですかこれは!?」

 扉を開けた瞬間、中からむわーっと変な臭いが押し寄せてきたので、思わず顔を背ける。

(こ、これは予想を遥かに超えています……!)

 アリスから話は聞いていた……住む、家では無いと。
 鼻を押さえ、小悪魔は中を確認すると、テーブルから床までいろんなものが乱雑に置かれ(捨てられ?)
ていた。台所はどれくらい放置してあるのか、使った食器はそのままでカビだらけで、それは食器に留ま
らず横の壁まで侵食している。

(聞いてはいましたが、カオスとはこのことですね……)

 すると、二階から「おーい、小悪魔早く来てくれ」と呼ぶ声がする。仕方なく入り二階を目指す。途中
嫌な感触のものを踏んだが気にしない。考えたら負けだと小悪魔は思った。

 二階は一階に比べて、足の踏み場に困らない程度には片付いていた。まあ、端に無理やり固めて、その
空間を作ったという感じだが。その寄せたものの一山に、魔理沙は座って本を読んでいた。

「おう、悪いな、来てもらって」

 魔理沙は顔を上げ、軽く片手を挙げる。一応挨拶を返すという意味で小悪魔は頭を下げた。

「いいえ、まあ、約束ですから……それで、手伝う代わりに本、ちゃんと返して下さいよ?」

「実験が終わったらな。それじゃあ早速だが、そこにある本を読んどいてくれ。今回やる実験は、新型の
魔法薬の開発だ」

 魔理沙が指差した先に何冊かの本が積まれていた。その中には大事にしなかったのか、年季が入ってい
るのか、表紙が破れているものがあった。

「分かりました。助手を務める以上は真剣にやりますよ」

「良い心掛けだ。それじゃ、私はちょっと出掛けてくるぜ。実験に必要な材料が足りなくてな、それをこ
れから採ってくる。夜まで掛かると思うから、読み終わったら適当にくつろいでてくれ。腹が減ったらあ
るもの食っていいから」

「ほっ、ほう~? この環境でどこでくつろいで、何を食べろと言うのでしょうか?」

 周りを見渡し呆れる小悪魔に、魔理沙は「そんじゃあな」とだけ言って、窓からそのまま箒で飛んでい
った。その後ろ姿にため息をしつつ、

「全く、仕方ないですね」

 小悪魔は大きく腕まくりをする。

 どうやら最初の仕事は実験の助手ではなく家政婦のようだった。







「なるほど、そういう経緯があったのですね」

 小悪魔がいなくなって最初の休憩時間。

 パチュリーは咲夜に、この状況に至るまでの経緯を説明すると共に、愚痴を聞いてもらっていた。

「そういうことよ。全く、いい迷惑だわ」

「びっくりしましたわ。急にやってくるんですもの」

「悪かったわね……私がもっとはっきり言えば良かったのよ」

「パチュリー様、お気になさらずに。あの二人が強引過ぎただけですわ」

 そう言うと、あきらかに慣れているように紅茶を注いでいく。その紅茶は雑談で時間が経っていても、
濃度も熱さも一定を保っていた。咲夜の能力でその都度、時間を止めているのだ。

「うん、おいしいわ。咲夜の紅茶、久しぶりに飲んだけど相変わらずね」

 じっくりと香りを楽しみながら、パチュリーは感想を述べた。

「ふふ、光栄ですわ。ですがパチュリー様は、こあちゃんの淹れる方が好みなのではありませんか?」

 そう言われ飲んでいた口が止まる。

 少し考えた後、パチュリーは口元を緩め、

「まあ、正直言うとね。あの子の紅茶、貴方のように常に高水準をキープするわけじゃないの。あれだけ
淹れてきたのに、今だに試行錯誤してるからね。だから、とんでもなくおいしいこともあれば、及第点以
下のことも多々ある。けど、それが何か楽しいのよ。読書という単調な時間の合間に、そういう息抜きが
入るのが……」

 まだ数時間しか離れていない自分の使い魔を、まるで懐かしむように答える。

「探究心が豊富なところ、主人であるパチュリー様に似てらっしゃるんですわね。うらやましいですわ。
私がお嬢様に似てるところなんて、何一つありませんのに……」

「それでいいのよ。貴方は人間。短い時間の中で生きる貴方に、500年もの時間を過ごしたレミィと似
てるところなんてあったら、逆に退屈させる要因になってしまうわ。だから貴方らしく生きなさい……も
ちろん主と従者の関係を考えた上でね」

「……恐れ入ります」

 パチュリーの言葉を噛み締めるように答える。

「それでは、そろそろ失礼致します。必要があればいつでもお呼びください」

「ええ、ありがとう」

 その言葉を聞いて咲夜は微笑むと、その場から一瞬で消え、静けさが訪れる。

 そしてパチュリーは、一人になったその図書館で読書を再開した。







 雲が多く月の光を隠している夜の中を、魔理沙は急いでいた。夜の森は慣れていても危険が多い為、
高度を若干高くして飛ぶ。

「まいったぜ。まさか、こんなに時間が掛かっちまうとわな」

 さすがの魔理沙も助手を務めてくれる相手に気を使って、実験の材料以外に食材も採取していた。袋は
その為、めいいっぱいに膨らんでいる。

(ま、これだけあれば今晩は困らないな。それはそれとして、小悪魔の寝床どうするかな)

 そんなことを考えているとあっという間に家が見えてきた。ほぼ全開で飛ばした甲斐はあったようだ。

「はい、到着ーっと……ん?」

 家の上空付近に来たところで、一階部分に明かりが付いていることに気づいた。
 そのまま玄関に着地すると、外でも分かるくらいに中から匂いがしてくる。

(なんだ、あいつ、なにか作ってるのか? それにしても何か食べれるものなんかあったっけ?)

 明らかに普段とは違うその匂い。まだ外なのではっきりとはいえないが、腹が空いていることもあって
想像し期待が高まってしまう。その欲求をより高めつつ、魔理沙は勢いよく扉を開けた。

「たっだいまー、魔理沙さまのお帰りだぜーーえーーっ!?」

 扉を途中まで開けたところで固まった。あの外に出たあと余計臭く感じる臭いは一切なく、代わりにな
んとも食欲を刺激する良い匂い。さらに、あれだけ混沌としていた室内は綺麗さっぱり。物が無くなった
わけではなく整理整頓された意味でさっぱりしていた。絵で例えるとピカピカと輝いていた、である。

「あ、お帰りなさい、魔理沙さん。丁度良かったです、夕食にしましょうよ」

 扉の前で袋を握ったまま突っ立っている魔理沙に、エプロン姿の小悪魔が声を掛けるが置物のように反
応がない。仕方ないので彼女の手を引き、洗い場に誘導して手を洗うように促した。

 ぼーっと手を洗ったあとそのまま手も拭かずにいたので、小悪魔はそれに気づき注意する。それにも鈍
く、魔理沙は手を拭き椅子に腰掛けた。

 テーブルの上にはすでに多種多様の料理が並べられていて、最後に小悪魔はメインデッシュであろうか
シチューを目の前において自分も席に着いた。

「それでは、準備も出来たことですし、いただきま~す♪」

 手を合わせ、そう挨拶すると、料理を口に運び「うん、上出来☆」と満足そうに笑顔で呟く。魔理沙も
動作を真似るように手を合わせて、「い、ただき、ます」と挨拶をした。

 そして、まだ煮立てのシチューをそのまま口に入れ、

「どわっちゃーっ!!?」

 冷ますことなく食べたことで口の中は強烈な熱に支配される。
 口を抑え、涙目でもがいている魔理沙に小悪魔はすばやく水を差し出した。

「大丈夫ですか? もう。いくらお腹が空いていたからって、そんながっつかないでくださいよ」

 水を奪い取るように飲む魔理沙に、それが何か微笑ましく思え、小悪魔は背中をポン、ポンと叩く。
 しかし落ち着いた魔理沙は、それに反抗するように手を払い、

「ちがーうっ!!」

 まだひりひりする口内にもかかわらず大きな声で怒鳴った。

「な、なんですか、急に!? 変なものでも入ってましたかっ?」

「料理の話じゃないってっ! まあ、料理もそうだけど……この部屋何だよっ!? あれか、お前の新手
のいたずらか!?」

 小悪魔は、ぽかーんとした。喜んでくれると思った自分の行いが、まさかのいたずら扱い。その事実に
頭に血が上ってくるのを感じた。肩もそれに同調するようにわなわなと震える。

「どんないたずらですかっ!? 私が掃除したんですよ! 性格上、あんなにきったない環境には耐えら
れなかったんで! あんな中で平気なんてゴキブリちゃいますかっ!?」

「てっめぇ、今なんて言った!? あれか、私の服装見てそんなこと言ってるんじゃないだろうな!?」

「大当たりdeath! ついでに、本を盗っていくあのしつこさとかけてみましたよ! 今度アナタ専用のゴ
キブリホイホイを作ってお待ちしておりますっ!」

 目元を人差し指で吊り下げ、舌を出しあっかんべーする小悪魔。明らかに馬鹿にするその仕草に魔理沙
は怒りで真っ赤になる。

「んだとっ!? 服の色だったらテメーも同じじゃねーか!! 環境? お前の住処の図書館だって決し
て衛生状態が良いとはいえんだろうが!? カビくせーしっ、あそこに住めるなんてテメーこそ本物じゃ
ないのか!?」

「ちゃんと掃除してますよ! 確かに地下なんで衛生は良いとはいえませんが……でもここよりは遥かに
マシです!」

「けっ、よく言うぜ。パチュリーの喘息が治らないのは、お前の掃除が足らないからじゃないのか?」


「っ!」


 魔理沙の言葉に目を見開き、そのまま小悪魔は俯く。その急な変化にマズイことを言ったことに気づい
て口を抑えた。

「……私だって、本当はパチュリー様に環境、例えば日当たりの良い部屋での読書を勧めたりしますよ。
けど嫌がるんですよ、ここが一番落ち着くって……だから私、本当に頑張って掃除しているんです。少し
でも綺麗にして、喘息が悪化しないようにって……なのにそんな言い方、ひどいです……」

「す、すまんっ、悪い、言い過ぎた……勘弁してくれ」

 少し目元が潤んでいる小悪魔に魔理沙は頭を下げた。


 
 ようやく落ち着いたところで魔理沙は状況を整理し、自分が一方的に悪いことから再度謝罪した。 

「本当にすまなかったな。そうか、お前が掃除してくれたんだな、サンキュー。でもよ、小悪魔。良くこ
れだけ綺麗にできたな? いろんなもので溢れていただろう? そういうのどこにやったんだよ。まさか
捨てちまったんじゃないだろうな?」

 焦ったように魔理沙が周りを見渡している。中にはかなり大事なものもあったらしい。

「まさか、何も捨てていませんよ。家主に黙ってそんなことしないですって。ちゃんと別のところに分け
て、置いてありますから。あと、この料理の食材も紅魔館から持ってきたものなので、気にしないでくだ
さい」

 小悪魔の言葉に安堵のため息を出す。そして再度、魔理沙は周りを見渡した。台所や天井、棚や窓に至
るまで久しぶりに見たであろうその綺麗さに、先ほどとは違うため息が出る。別に掃除をしないわけでは
ないが、ここまではしようとは思えない、そういったレベルの仕事っぷりだった。

「悪いな。なんか、来たばかりなのにいろいろやってもらって。すまなかった。そうだよな、どう考えた
って客人を招く部屋ではなかったわな」

「いえ、私の方こそ、ごめんなさい、です。勝手にやってしまったんで。それにさっきもひどいこと言っ
たりして……それじゃあ、これで仲直りということで。さ、夕食の続きしましょうよ。冷めちゃいます」

 そうだな、と呟き魔理沙も食事を再開する。久しぶりの旨い食事に体も心も満たされる。

 そして、純粋にパチュリーがうらやましい、と思っていた。







「やっほー、パチェ、元気にしてる?」

 レミリアは普段通り変わらない親友の姿を見つけ、声を掛ける。

「……あら、レミィ、いらっしゃい。珍しいわね、何か用?」

「寂しそうにしているんじゃないかってね、様子を見に来たのよ」

 そう答えるとパチュリーの正面に座る。

「ありがとう。でも心配は要らないわ。一人だけというのも悪くない」

「ふーん、こんなだだっぴろい空間でよく耐えられるわね。私だったら無理」

 普段ほとんど来ることのない図書館を見渡しながらレミリアは答えた。

「そうだ。ここあが書いたっていう魔導書見せて。確か自由に本が出せるんだったわよね?」

「まあいいけど。これよ。使い方は単純。ただほしい本の欄に書いてある呪文を唱えるだけ。あ、出すと
きは上の呪文ね。戻すときは下……何、読書でもするの?」

 そう説明し、本を手渡す。レミリアは特に答えずパラパラとめくり、たまたま止まったページの本の呪
文を唱える。すると、エラい分厚い本が現れた。

「何、これ? ま、いいか」

 そう言うと肩肘をついて、本をめくり始める。真面目に読む気はないのだろうと思っても口には出さず
パチュリーも読書を再開した。



「……」




「……」




「……」




「ねえ、パチェ。こっち見て」

 沈黙が続いていた中で急に呼ばれ、反射的にパチュリーは顔を上げた。

「何?」

「……」

「何よ、じっと見て?」

 質問に答えず、レミリアはただ見つめている。無言で無表情で。ただ、じっと。

 パチュリーにとって、親友の意外な行動は別に珍しいことではない。


 だから最初は特に気には止めていなかったものの、それが数分となれば話は別。

 パチュリーはいい加減、我慢ができなくなり、

「レミィ、邪魔をするなら出て行って」


「……」


 不快感を示しても動じない。じっと見つめる吸血鬼の瞳、奈落のような深い瞳。何の力も使っていない
はずなのに、パチュリーは動けなくなっていた。そして押し寄せてくる、ある感覚が解りそうなところで、

「やーめた」

「え?」

 レミリアは急に笑顔になり、パチュリーは一気に気が抜ける。

「な、何をやめるって、言うの?」

「だから、読書。あきちゃったわ」

 そう言うと、レミリアは呪文を唱えそのまま出て行った。

「いったい、なんなの……」

 親友の考えが全くわからず、パチュリーはただ、呆然としていた。






 



 魔理沙の家にやってきてから、4日が経ち、実験は最終段階まで進んでいた。

 ここ3日間、ひたすら小悪魔は材料に必要な成分の抽出を行ってきた。種類もかなりの数があったので
寝る間も惜しんで作業を行ってきた。魔理沙曰く、時間が経つと成分が変わってしまうので、貯めてとっ
ておくことが出来ないらしい。つまり抽出完了後、即実験ということになる。

(凄いですね、魔理沙さん。よく集中力が続くものですね……)

魔理沙は調合の調整をずっとしていて、ほとんど寝ていなかった。


 小悪魔が魔理沙と一緒に作業を行って思ったことは、とにかく凄い真剣なことだ。普段の彼女はどちら
かというと、おちゃらけてる印象を小悪魔は持っていた。だから、少し最初は違和感を持っていたが、や
っていくうちにそれが当たり前のような気がしてきた。

 普段から凄い努力をしていて、そういった実験の時に雰囲気が板につくのかもしれない。
 そんなことを思っていると、

「悪い、小悪魔。集中してくれないか? 大事な時なんだ」

と、怒られてしまい少しへこむ。そして助手である以上しっかりと応えなければと思う。

「……良し、こっちはOKだ。小悪魔、そっちは?」

「こちらも大丈夫です。いつでもいけます」

「OK。それじゃ、始めるぜっ」

 その合図と同時に小悪魔は調合を始める。同時に魔理沙はその指示を的確に出していく。タイミングが
難しく一歩間違えれば、失敗しかねない。二人の息が完全に合わないとならないのだ。小悪魔は指示され
た材料を慣れた手付きで混ぜていく。パチュリーの実験の助手の中で似たような作業があったのかもしれ
ない。

 一通り混ぜ終わり、魔理沙はその器を慎重に手に取る。

「よーしっOKだ。それじゃ、最後に……」

 そう言うとすでに開かれている本に書かれている呪文を唱える。しばらくすると無色だった液体がゆっ
くりと薄い緑色に変わった。色が変わったのを確認した魔理沙は作業台にいき、その薬を、本を参考にし明確に照合していく。



 そして、



「よっしゃーーっ!! 完成だぜっ!!」



 思いっきり叫んだ。右手を振り上げてガッツポーズ。

「や、やりましたねっ! 魔理沙さん!」

「ああっ、マジでうまくいくとは思わなかったぜ! サンキュー、お前が手伝ってくれたおかげだぜ!」

 お互いに手を取り合って喜ぶ。魔理沙にいたっては今にも踊り出しそうだった。何ヶ月もかかったその
実験の成果に喜びを表現せずにはいられなかった。



「ほら、小悪魔」

 片付けも終わり二人で一服する。お茶を淹れたのは魔理沙。かなり濃いようだが、小悪魔は文句を言う
こともなくその好意を頂いている。

「本当に助かったぜ、小悪魔。予定よりもずっと早く出来たよ」

「いえ、私は少しフォローした程度ですよ。今回、成功したのは魔理沙さんが今まで集めた、実験データ
のおかげ。今までの貴方の努力の結果のおかげなんですから」

「や、やめてくれ。そんな言われ方されたら、照れるじゃないか。だけどやっぱり、お前の頑張りがなか
ったら無理だったと思う」

 頭をかきながら、魔理沙は頬を染めている。誰かに褒められるなんて久方ぶりであった。

「魔理沙さんが真剣だったから、私もより頑張らなきゃって思ったんですよ」

 両手を温めるようにコップを支えている小悪魔の顔は何か嬉しそうだ。


「……お前ってホント、不思議だよな」

「と、いいますと?」

 話の視点が変わり頭から疑問符を浮かべる小悪魔に、魔理沙はなんとなく口調が穏やかになる。

「だってさ、お前、悪魔だろう? なのにこんなに頑張って、図書館の司書もしっかりやって……悪い、
こんなこと言うのもあれだが、怒らず聞いてやってくれ……何でお前、悪魔なんだ?」

「私の存在に疑問ですかっ? んも~、きついこと聞きますね~」

 なはは、と頭をさするように困った仕草をするが、魔理沙の比較的真剣な顔にふざけるのをやめ、一口
紅茶を飲み答える。

「私、どうして自分が悪魔なのか知らないんですよ」

「……どういうことだ?」

「そのままですよ。気づいたらこうなっていた、そんな感じですね。だからパチュリー様も知りません」

 小悪魔はどこか遠い目をして答える。その姿はかすかに寂しさを漂わせていた。

「まあ、きっと悪いことしたんでしょうかね。それで神様が怒って私を悪魔にした、それが妥当だとは思
うんですけどね」

「そんな単純なもんか~? だってお前、普通に誰かの為に頑張ったりするのって嬉しそうじゃないか。
パチュリー以外でも誰でも」

 こいつが本当に悪いことをした? それがどうにも納得がいかず魔理沙が顔をしかめる。こいつが悪魔
になれるんだったら世界中、悪魔だらけになるんじゃないか、すら思えた。

「だって嬉しいんですよ、ホント。自分が頑張ったことで笑顔になってくれること、褒めてくれることが
生きがい……まあ、それは悪魔的にマズイんでしょうけど。でもしょうがないんですよ、本当にそう思え
ちゃうんですから」

 照れるように、そして困ったように小悪魔は答えた。

 その姿に魔理沙は立ち上がり、小悪魔の元に歩み寄る。急に自分のところに来たのでびっくりしている彼女に、

「よーし、よし、お前は本当に良い子だな」

 子供をあやすように魔理沙は小悪魔の頭をなでた。状況が理解できず何事かと固まっている。
 そんな小悪魔に魔理沙は笑顔で、

「小悪魔、そんなこと気にすんなよ。悪魔らしくない? いいじゃないか。悪魔が良いことをやっちゃい
けない法律は少なくともこの幻想郷には存在しないぜ。だから好きなだけ頑張るといい。もし、そんなお
前を馬鹿にする奴がいたら言ってくれ。新しいスペルカードの実験体にしてやるぜ」

 そう言われ、小悪魔は本当に嬉しかった。今までここまではっきり自分の行いを肯定してくれる人はい
なかった。

「魔理沙さん……ふふふ。はい、その時はよろしくお願いします」

 任されたぜ、と答え、魔理沙は親指を立てた。

 




 次の日、

「それでは、魔理沙さんお世話になりました」

 扉の前でリュックを背負った小悪魔が、挨拶をする。

「こちらの方こそな、マジで世話んなったぜ。いろいろやってもらって悪かったな」

「いえ、いろいろ良い勉強になりましたよ。それにしても本当にいいんですか? 結構、本、返して貰った上に魔法石もこんなに……」

 袋を開け中を見る。そこには、多種多色の石が入っていた。

「受け取ってくれ。それがお前とお前の主人へのお礼さ。ああ、あと、本はすまん。さすがに全部は勘弁
してくれ。そのうち返すからさ」

 悪いっ、と片手で謝る仕草をする。

「まあ、ここまで返してもらえるなんて思わなかったので、パチュリー様に良い報告が出来そうですよ。
ですから、残りは焦らず少しずつでいいんで返してくださいね」

「ああ、分かった。サンキュー」

「それでは、そろそろ行きますね」

 そう言うと小悪魔はお辞儀をして、出発しようとすると、

「……小悪魔、ちょっと待ってな」

 魔理沙はそう言って家の中に入っていった。

 少ししてから戻ってくるといつものトレードマークの帽子をかぶり、その手には箒を持っていた。

「乗りな、アリスの家まで送ってってやるぜ」

「え? い、いいですよ。魔理沙さん、まだやることあるじゃないですか」

「いいから乗れって。道、よく分からないんだろう? 光栄に思いな。私の後ろに乗れる奴なんて中々い
ないんだぜ?」

 魔理沙が言うように後ろに乗せたことがあるのは、ほんの一握り。それは自分の認める者。     

 断れないと思い、渋々腰掛ける。小悪魔は初めての体験なので、かなりびびっていた。


「よーし、しっかりつかまれよ~? そんじゃ……いくぜっ!!」


「ギャーーッ!? も、もっとスピード落としてくださいー!!」


 急発進した遠心力で、小悪魔は思いっきり後ろに仰け反る。しかし落っこちまいと魔理沙の腰だけは、
離さずにしがみ付く。そんな小悪魔の必死さをあざ笑うかのように、


「おいおい、まだ半分も出してないぜ? 大丈夫、すぐ慣れるって!」

 魔理沙が宣告を下す。え……半分? その言葉が小悪魔の頭の中でループし、そしてそれを理解し顔は
真っ青になった。


「いやーっ!? 死ぬ死ぬ死ぬーっ!! パチュリーさまぁ!! タースーケーテーッ!!」


 魔理沙は澄み渡る青空を上機嫌で飛んでいく。小悪魔の絶叫を乗せて……





 

「……」

 読み終わった本に呪文を唱えると、少し光って、そして消える。

(便利ね……)

 そろそろ咲夜が来るかしら、と思い読書を止め、その時間を待つ。

(あの子、今頃どうしているんだろう? 魔理沙にいじめられていないかしら)

 そうは思いつつ、上を見上げる……なんとなく椅子によりっかかって、天井を眺める。高くどこまでも
続く天井に、ふと、昔いた場所を思い出す。

(あの頃はもっと、近かったわね……)

 目を閉じてその頃の記憶を拾うように、少女はじっと佇んでいた。







 中編へ

 



 

 
はじめまして、あ~にょんと申します。

一応、前編、中編、後編となります。

少しでも暇つぶしになったら幸いです。


誤字の指摘、ありがとうございました。 
あ~にょん
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コメント



0.800簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
キャラへの愛は伝わった
9.100愚迂多良童子削除
中編へ行ってきます。

>>そうせざる負えなかったわ
負→を
14.100名前が正体不明である程度の能力削除
次。
15.100名前が無い程度の能力削除
こんな小悪魔もいいね。続き続き~
21.100名前が無い程度の能力削除
いい子、小悪魔だな。悪くないね~