――むかしむかし、ふたりの女の子がいました。
ひとりはりんとした強さと底知れぬやさしさをあわせもった黒髪の子で、もうひとりはひねくれ者のふりをしただれよりもまっすぐな金髪の子でした。
ふたりはたいへんな仲良しで、いつもいっしょにいました。おしゃべりをしたりけんかをしたりしながら、たがいの足りないところを補っているようでした。
人形使いはふたりが好きでした。
ふたりがじょうだんや憎まれぐちを言いあったりしながら、すこしずつ成長していくのを見るのがたのしみでした。
じぶんが人間をやめたとき、いっしょに捨ててきてしまった弱さを、ふたりは強さとしてもっていました。それがまぶしくて、ここちよかったせいかもしれません。
人形使いは物をあつめるのがすきだったけど、ふたりを手にいれようとはおもいませんでした。せんさいなガラス細工をあつかうように、ちかくでながめたり、そっとふれたりするだけで、まんぞくだったのです。
ランプに閉じ込めた魔法の灯が、心臓の鼓動のように明滅する。小さな寝室の簡素なベッドの上に腹ばいになり、私は三体の人形を操る。
紅白の衣装をまとった黒髪の人形。黒白エプロンドレスの金髪の人形。そして当時の私自身を象った短い髪の人形。
三体の人形は、狭いベッドの上を走り回ったりじゃれ合ったりしながら、ちょこまかと忙しく動き回った。私はそこに気まぐれな語りを入れながら、当時のことをあれこれ夢想していた。
これは私の少女時代だ。姿こそ変わらないが、ずいぶん永い時間を生きてきた私にとって、楽園で過ごしたあの頃がやはり一番鮮烈で、輝いていたように思う。
もう名前も忘れてしまった、遠い日の友達。数年に一度、何かの拍子であの頃のことを思い出した時、こうして私は人形を出してくる。
完全な自律人形の創造などという子供じみた目標を持った時期はとうに過ぎ去ってはいたが、昔取った杵柄でまだどうにかそれらしく人形を動かすことができた。誰に見せるでもない、自分のためだけに演じる、ぎこちない人形劇。
知らぬ間に、口元が綻ぶ。夢中になって拙い指の動きで人形を操る。意識が身体を離れ、思い出の空を飛翔する。
ある時は、黒髪の子と金髪の子が恐ろしい悪魔や亡霊と渡り合うのを、少し離れたところから眺めている。またある時は、金髪の子と一緒に夜空を飛び回り、邪魔しに出てきた黒髪の子とけっこう本気で喧嘩をしている。
黒髪の子と並んで飲んだ暖かいお茶の素敵な味。陽だまり。金髪の子が連れて行ってくれた不思議な図書館のかび臭い匂い。山のように詰まれた本の隙間を手を繋いで走り回った。お祭りの賑やかな夜に、黒髪の子は言葉にならないほど美しい神楽を舞い、金髪の子と一緒に、舞台袖で眺めていたっけ。三人で飛び回った大空。蒼く、澄んでいた。ずっと続いていた。どこまでも行けると信じていた。
「ほら、こっちよアリス」
「アリス、早く行こうぜ」
―――。
ふたりは人形使いにとって、たいせつなたからものでした。
もちろんいじっぱりな人形使いは、そんなことは口がさけてもいえません。もっとも、いう必要などありませんでした。人形使いは今までどおりふたりの側にいられればよかったのです。
ふたりのまわりには、ひとやあやかしがたくさん集まりました。人形使いはこどくを好むふりをしていたので、そういうときはふたりから少しだけはなれました。でもそれすら、人形使いにとってはたのしみでした。
おくびょうな人形使いがけっして近づこうとしないおそろしいものたちと、おくすることなくおしゃべりをし、わらいあう。そんなふたりを見るのがすきだったのです。ふたりのことをますますほこりに思えるからです。
そうこうしているうちに、ひとりでいる人形使いにきがついて、ふたりの方から寄ってきてくれることもありました。
人形使いはいじっぱりな子だったので、そういうときもすました顔をしていましたが、本当はうれしかったのです。
うれしくてたまらなかったのです。
紅茶を淹れた。
夜明けまでまだ間があったが、眠れそうになかった。私は寝巻きにカーディガンを引っ掛け、テーブルにつき、左手で適当に人形を操りながら、熱い紅茶で唇を湿らせていた。
断片的な思い出が次々に蘇ってくる。私は頬杖をつき、それらを自分のペースで消化していく。狭いテーブルの上では、人形の少女たちが奔放に転げまわっている。
夢のような心地だった。あの頃のことをこんなにも思い出すのは初めてかもしれない。普段は魔法の研究のことで頭がいっぱいで、過去を振り返る暇なんてない。堰きとめられた川が氾濫するように、きっと、思い出が溢れたんだ。
夜の帳は深く、しかも深海のように静かだった。私は紅茶を飲み干すと、同じカップにブランデーを注いだ。豊かな香りが広がった。
燃え尽きかけていた魔法の灯に手をかざす。薄緑色の透明な光は大きく揺らぎ、本来の明るさを取り戻す。広がっては消え、消えては広がり、小さな人形たちの影絵を床一面にばら蒔いた。
やりすぎなくらい振り回す合図の手。弾む吐息。澄んだ眼差し。太陽と風が染み込んだ髪の匂い。笑顔。歓声。駆けていく黒髪と金髪。いつも私の前にいた二人。何があんなに楽しかったのだろう。何を求めていたのだろう。今となってはもう思い出すことのできない、ビー玉のように輝く日々が確かにあった。
戻りたい、とは思わない。自分の歩んできた道に満足しているわけでは決してないけど、全てをやり直すには、もう時間を重ねすぎた。
だから、私はこれでいい。
眠れぬ夜の慰みに、昔、大切な友達がいたことを思い出そう。
もう名前も思い出せないけど、強く、儚く、気持ちの良い子たちだった。ずっと一緒にいたかった。あの子たちのことが好きだった。
知らぬ間に浮かんだ涙を、寝巻きの袖で拭った。少しだけ酔いが回ったみたい。微笑む。人形劇を続けよう。
夜はまだ長い。思い出は、尽きない。
人形使いがふたりとわかれてから、気がとおくなるような時間がながれました。うれしいことも、かなしいこともありました。いくせいそうもの夜をこえて、何もかもが古ぼけたおもいでになりました。
そうなってはじめて、あの頃にはどうしてもいうことができなかったことばを、人形使いはいうのでした。
「霊夢、魔理沙、大好きだよ」
けど、途中で名前も忘れてしまったっていう割りに最後に名前言ってるけど、
どうなんでしょう?
やっぱりこの3人は友人関係であるのがいちばんまとまってる気がする
逆に何処か暖かい感じもしました
静かに染み渡る話でした。当時の着地点を思い出したら投稿してもいいんだからねっ!!など。
また機会があれば何か書いて投稿してみますので、よろしくお願いします。
こういうのもあまり好きではありません。
寿命ネタはほんと嫌だ。