「たいりょ~たいりょ~」
魔法の森の中、霧雨魔理沙は機嫌良くそう言って自分の風呂敷を覗き見る。
中には、朝から採り続けていた色とりどりのキノコ。全て魔法の素材である。
「さて、と。昼ごはんにするかな」
夢中でキノコ狩りに励んでいたため、気付けば太陽は南よりもやや西寄りに。
すきっ腹をさすりながら、魔理沙は懐から包みを取り出して開けた。
中には家を出る前に作っておいた二個のおにぎり。
「いただきま~す」
二つのおにぎりの片方を手に取り、あーんと口を開けたそのときだった。
――ガサガサ!!
「ん!?」
魔理沙の後方の茂みから、物音がした。
それを聞くや否や、魔理沙は後ろに振り向いて身構える。
「なんだなんだ?野獣か?妖怪か?」
魔法の森をうろつく人間なんて、魔理沙以外にはそうはいない。
とすれば、物音の正体は野獣か妖怪に絞られる。いずれにしても、下手すれば命にかかわる相手だ。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか…」
警戒を解くことなく、じっと音がした方を見据える。手には八卦炉。
すると、再びガサガサと物音がして、小さな影が草むらからひょこっと現れた。
「…ルーミア?」
赤い瞳に黒い服、金の髪に紅いリボン。間違いなく、宵闇の妖怪ルーミアであった。
しかし、魔理沙がその名をつぶやいても、返ってきたのは弱々しい言葉。
「おなかすいたー…」
ふらふらと危なげな足取りをしながら発した一言。
それだけで魔理沙は状況を把握した。このルーミア、かなりお腹をすかしている。
「あ!」
「へ?」
ルーミアはこちらに気付いた様子で、大きな声をあげた。
そして、ふらふらとした足取りを直して、ルーミアの声に呆気にとられた魔理沙の元まで一目散に駆けてきた。
「ど、どうしたんだ?」
魔理沙の呼びかけにも応えず、ルーミアはじっと魔理沙の手元を見る。
片手には八卦炉。そしてもう片方の手には
「おにぎり…おいしそう…」
魔理沙が顔を覗き込んでみると、ルーミアはキラキラと目を輝かせ、もの欲しそうによだれを垂らしながらそう言った。
その瞳は、二個のおにぎりへと向けられていたのだ。
「…欲しいのか?」
「うん!」
ぶんぶんと首を縦に振って、ルーミアはそう答えた。
そして今度はキラキラとした瞳を魔理沙の顔に向ける。子どもらしさのある可愛らしい瞳にじっと見つめられ、魔理沙は折れた。
「仕方ない。一個だけだぞ」
「ありがとう!」
はあ、とため息をつきながら差し出されたおにぎりを、ルーミアはうれしそうに頬張った。
昼食を半分持っていかれてしまった魔理沙であったが、その笑顔を見てまあいいかと思う。相当お腹をすかせていたようであったし、
これでよかったのかもしれない。
ルーミアの笑顔を見つつ、魔理沙も自分の分のおにぎりを頬張った。
「美味しかった、ごちそうさま~」
「それはどうもお粗末さま」
おにぎりを平らげて、満足そうにお礼を言ったルーミアに、魔理沙もにこりと微笑み返す。
するとルーミアは、何か気になったのか地面の方に目を遣った。
「これなーに?」
そう言いながら指差したのは地べたに置いてある大きな風呂敷。
不思議そうな顔をするルーミアに、ああ、と答えて魔理沙は風呂敷の口を開けた。
「これはこの森で採れたキノコさ。魔法の実験用に集めてるんだ」
「へーそーなのかー」
興味津々といった様子で、風呂敷の中を覗き込むルーミア。
「赤とか青とか緑とか色々あるね。何か美味しそう…」
「おっと駄目だぜ?魔法の森に生えてるキノコなんてほとんど食べれないキノコさ」
「そーなのか」
人間にとって食べられるものでないことは確か。妖怪にとってどうなのか魔理沙には分からないが、ともあれ危険そうなのであることも確か。
したがって決して食べてはいけないと注意しつつ、魔理沙は大きく伸びをした。
「さて、じゃあわたしはまたキノコ狩りをするけど、ここに置いてあるキノコを見張っていてくれないか?」
キノコがたくさん入って重くなった風呂敷を持ち歩くのは結構骨が折れる。そこで、これから採るキノコは新しい風呂敷に詰めて
ここに置いておこうという算段だ。
「うんいいよ。おにぎりのお礼」
魔理沙の頼みに、ルーミアは一も二も無くそう答えた。
お腹がすいていたところに食べ物を貰った。受けた恩は返したいのだ。
「ありがとな。でも、このキノコを食べちゃ駄目だぞ?いいか、絶対だぞ?」
最後に釘を刺しておいて、ルーミアがこくんと頷いたのを確認した魔理沙は、新しい風呂敷を取り出して森の奥へと入って行った。
「ア、アリスー!大変だ、開けてくれ!」
「はいはい今開けるわよ。まったく騒々しいわね」
家で午後のティータイムを楽しんでいたアリスの静かな昼下がりは、ドンドンと扉を叩きながら叫ぶ友人の声によって壊されてしまった。
面倒くさいなと思いつつ、仕方ないと扉を開けると、魔理沙が勢いよく入って来た。
「で、何が大変なのよ?」
「と、とにかくこいつを見てくれ、こいつをどう思う!?」
「こいつ?」
まくし立てるように話しながら魔理沙が指差したのは、魔理沙の後ろにひょこんとついて来た少女の姿。
赤い瞳に黒い服、そして金の髪に紅いリボン。
その姿を見て、アリスはああ、と頷いた。
「ルーミアじゃない、それがどうしたのよ?」
「いいから頭をよく見ろって!」
アリスの言う通り、その少女はルーミア。
しかし魔理沙は、それだけじゃないだろと今度はルーミアの頭の辺りを指差す。
「紅いリボンがあるわね」
「だーかーらー!」
紅いリボンはその通りだが問題はそこではない。
いよいよしびれを切らした魔理沙は、自分から問題点を示してかかる。
「ルーミアの頭に耳が付いてるんだよ!猫みたいな耳が!」
ルーミアの頭には、髪の毛と同じ金色毛並のフサフサとした獣耳。まさに猫の耳のようだ。
はあはあと息を切らせながら話す魔理沙に、アリスの反応はいたく素っ気ないものだった。
「猫みたいな耳って、どうせつけ耳か何かでしょ?そんなのに騙されないわよ」
「つけ耳だと思うか?じゃあルーミア、ちょっとこっちに来てくれ」
「うん」
魔理沙に手招きされ、ルーミアはアリスの目の前に立った。
そして魔理沙はその両肩に手を置き、アリスに言い放つ。
「本当につけ耳だと思うんなら、自分で触って確かめてみるんだな」
「だからただのつけ耳でしょ?触ったっておんな…じ…」
疑い続けていたアリスの態度は、ルーミアの頭の上にある耳を触った途端、一気に変わった。
「嘘…本当に猫耳…?」
感触は、まさに猫のもの。アリスは大いに驚いた。
それでもまだ半信半疑。ひょっとしたらとても精巧なつけ耳かもしれない。
そう思いながらアリスはその耳を引っ張った。
すると
「痛い痛い!」
「あ、ごめんなさい」
引っ張っても全くとれない。しかもルーミアは本当に痛がっている。
これはまさしく本物だと、アリスは認めざるを得なかった。
「一体これはどういうことなのよ…?」
ルーミアの猫耳から手を離し、目を丸くして魔理沙の方を見た。
解放されたルーミアは、今しがた引っ張られた耳を痛そうに撫でている。
「いや…実はわたしにもよく分からないんだが、もしかすると原因はこれかも…」
歯切れが悪く魔理沙が取り出したのは、鮮やかな赤色のキノコ。
その先端は、一口だけ齧られていた。
「キノコ?それがどうしたのよ?」
「それがな…」
魔理沙は、事の経緯を説明し始めた。
20分程前
「また一杯キノコが採れたぜ~」
「あっ!」
収穫したキノコ入りの風呂敷を担ぎながら、魔理沙はルーミアの元に戻って来た。
そんな魔理沙の姿を見て、ルーミアは驚いたかのような声をあげ、咄嗟に両手を背中に回した。
「ん?どうしたんだルーミア?」
「えへへ、な、何でもないよ…」
「何でもないってことはないだろ?ほら、見せてみろ…あ!?」
明らかに何かを隠すルーミアに、魔理沙は少しムキになって、背中に回された手を引っ張った。
そして驚いた。なんと、その手には一口齧られた赤いキノコがあったのだ。
「こ、こら!危ないから食べるなって言っただろ!」
「ご、ごめんなさい!お腹がすいてつい…」
つい、でも何でも野生のキノコなんて迂闊に食べてはならない。まして魔法の森のキノコ、どんな毒があるか分かったものではない。
子どものそばに置いていい代物ではなかったと、自身の監督不行き届きを嘆く魔理沙だが、とにかく今は直近の問題に対処しなければならない。
「何か変わったことは無いか?めまいがするとか、吐き気がするとか、お腹が痛くなったとか?」
「ううん、何にも」
「食べてすぐに症状は無い、か。でも遅効性かもしれないし油断はできないな…ってあれ?どうしたんだその頭?」
「頭?…これ、耳?」
ルーミアが手を回してみると、頭の上にはフサフサとした猫の耳のようなものが生えていた。
「…ということがあったんだ」
「はあ!?」
魔理沙の説明に愕然とするアリス。
いくら魔法の森と言えど、猫耳の生える毒キノコなど聞いたことがない。
「ほ、本当にそのキノコのせいなわけ?」
「確証はないけど、これ以外に原因が思い当たらないんだ…」
疲れたように、がっくりと肩を落とす魔理沙。彼女にとっても、この事態は不測過ぎたらしい。
「まあ、百歩譲ってそのキノコが原因として、他に何か症状は無いの?毒キノコなんでしょ?」
「ああ、まだあるぜ…」
そう言うと魔理沙は、いつの間にか部屋の隅で猫のように丸くなっていたルーミアに向かって話しかけた。
「なあルーミア。明日は雨が降るらしいぞ」
「へーそーにゃのかー」
『そーなのかー』が『そーにゃのかー』に。少し猫っぽい。
「他にもあるぜ」
次に魔理沙は、ねこじゃらしを取り出してルーミアの目の前で揺すった。
「にゃ!?ふにゃ!にゃ!にゃにゃ!」
ルーミアは、ねこじゃらしを捕まえようと手を丸めて追いかけた。かなり猫っぽい。
「そして究めつけはこれだぜ」
最後に魔理沙は、ルーミアの顎のあたりを優しく撫でた。
「にゃ…うにゃ~…」
ルーミアは、少しくすぐったそうに、でも気持ちよさそうに鳴いた。とても猫っぽい。
「何か全体的に猫っぽくなってしまったんだ!これじゃ『ルーミア』じゃなくて『ルーミニャ』だよ!」
ばっとアリスの方を向いて、魔理沙は熱弁する。恐るべき毒キノコの効果で、可哀そうなルーミアはルーミニャとなってしまったのだ。
しかし、悲しむ魔理沙とは裏腹にアリスは何だか楽しそうだった。
目尻を下げて、じっとルーミアの方を見ている。
「可愛いわね…もうこのままでいいんじゃないかしら?」
「お、おい!?」
「冗談よ」
「…冗談に聞こえなかったぞ」
魔理沙とて、アリスと同じく今のルーミアはすごく可愛らしいと思う。アリスがこのままでいいんじゃないかと言った気持ちが分からないでもない。
だから冗談に聞こえなかった。
しかし、問題の当事者はルーミアであり、魔理沙も少なからず責任を感じている。このままでいい筈がない。
「そろそろ本題に移りたいんだが、アリスはこの毒キノコの解毒方法って知ってるか?」
「知らないわよ。第一キノコはあんたの専門分野でしょうが」
「いや、わたしだって魔法の素材として調合はするけど、食べた効果や解毒法なんて把握し切れてないぜ」
魔法使い二人をしても、解毒方法は分からなかった。
このままでは、ルーミニャはいつまで経ってもルーミアには戻れないかもしれない。
「わたしたちで無理ってことは、もう一人の知恵を借りるしかないわね」
「ああそうだな。ルーミア、移動するぞ」
「そーにゃのかー」
三人は、もう一人の魔法使い、動かない大図書館の元へと出発した。
「ふーん。悪いけどわたしも解毒方法なんて知らないわ。そもそもそんなキノコ初めて見た」
「そうか…」
「流石にこんなキノコ珍しすぎるものね」
「そーにゃのか」
紅魔の図書館までやって来て今までの経緯を話した魔理沙たちであったが、知識の魔女パチュリー・ノーレッジをしても解毒方法は分からなかった。
「大体、本当にそのキノコを食べて猫耳が生えるの?まだ半信半疑なのだけど」
「それは…」
「改めてそう聞かれるとね…」
「分かんにゃい…」
パチュリーの質問に、魔理沙たちは言葉に詰まってしまった。おそらくこのキノコが原因だろうと推測しているが、確証があるわけではないのだ。
アリスも魔理沙の話を聞いただけであるし、ルーミア自身も良く分かっていない。
そんな様子を見兼ねて、パチュリーはため息をついた。
「まあいいわ、ちょっとそのキノコを貸してみなさい。それと小悪魔、ちょっといらしゃい」
パチュリーは魔理沙からキノコを受け取り、少し離れたところで作業していた小悪魔を呼んだ。
そして、はい何でしょうか、とすぐさまやって来た小悪魔にそのキノコを渡した。
「このキノコ、魔理沙から貰って一口食べてみたのだけれど結構美味しいわよ。貴女も食べてみなさい」
「え、生でですか?」
「ええ、生よ」
生でキノコを食べることに困惑する小悪魔であったが、せっかく主人のパチュリーが勧めてくれることを無碍にもできず、恐る恐る口に運んだ。
「あ、ホントに美味しい…」
一口食べたそのキノコは、意外と美味しかった。濃厚な風味が口全体に広がってゆく。
「とっても美味しいです…ってあれ、どうしたんですか?」
美味しさの感動を伝えようとパチュリーたちの方を見た小悪魔であったが、すぐさま異変に気が付いた。
何故かみんな、きょとんとした目で小悪魔の頭の方を凝視している。何か付いているのだろうかと、頭の辺りを触ってみた。
「にゃ、にゃんですかこれ!?」
頭には、いつもと同じように小さな羽と、そしていつもとは違ってフサフサした何かが生えていた。
驚く小悪魔に、パチュリーは手鏡を差し出す。
「こ、これってもしかして、猫の耳…?にゃんでこんなものが…?」
鏡を覗けば、髪の毛と同じ赤い毛並のフサフサ猫耳。
何故こんなものがあるのか全く分からない。驚きのあまり、自分の口調が変わっていることにも気付いていない。
「へえ、本当に猫耳が生えるのね」
慌てふためく小悪魔に対し、パチュリーは至極落ち着いていた。
まるで、こうなることがあらかじめ分かっていたかのように。
「…まさかパチュリー様、こうにゃること分かっててわたしに食べさせたんですか?」
「ええそうよ。半信半疑だったけどね」
咎めるような目つきの小悪魔に、ふふっと笑って見せたパチュリー。
しかしこれでは小悪魔の方が収まりがつかない。
「ひ、ひどいじゃにゃいですか!こんにゃんじゃお嫁にいけにゃいですよ~!」
「そんなに落ち込まないの。なかなか可愛いわよ。『こあくま』改め『ねこあくま』ってとこかしら」
「ムッ…」
あくまでからかい続ける主人に、流石の小悪魔も堪忍袋の緒が切れた。
手に持つキノコを一口齧り、自分の顔をぐいっとパチュリーの顔に近付ける。
「な、何を…むきゅ!?」
するのよ、と言おうとしたが、できなかった。
パチュリーの口は小悪魔の口によって塞がれ、そして抵抗空しく、小悪魔が口に含んでいたキノコはパチュリーの口の中へとパスされた。
「ぷはぁ!…にゃ、にゃんて事してくれるのよ、飲み込んじゃったじゃ…ハッ!?」
解放されて、そして自分の口走っていることに気が付いた。今確かに「にゃんて事して」と言っていた。
パチュリーは慌てて帽子を取り、鏡で自分の頭を確認する。
「ああ…」
「ふふっ、よくお似合いですよ『ニャチュリー』様」
パチュリーの頭には紫の毛並の猫耳。
落胆するパチュリーに、してやったりという小悪魔。
一方、そんな魔法使いと使い魔のやり取りを見ていた魔理沙、アリスは
「あっはっはっはっは!二人ともよ~くお似合いだぜ!」
「ねこあくまにニャチュリーなんて、いいネーミングセンスね。ふふふ」
パチュリーと小悪魔の姿が可笑しくて抱腹絶倒である。
頭に来たパチュリーは、小悪魔との喧嘩をやめてボソリと話しかける。
「…小悪魔、今からわたしのすることを手伝いにゃさい。いいわね?」
「…はい、かしこました。にゃんにゃりとお手伝いします」
そう答えると、小悪魔は手に持つキノコを千切った。
そしてそれと同時に、パチュリーは魔法を使って先ほどからお腹を抱えて笑い転げている魔理沙とアリスの動きを封じた。
「ははははは、は…え…パ、パチュリー…何を…」
「ちょ、調子に乗りすぎたわ…ご、ごめんなさい…」
突如動きを封じられ、苦しそうに話す魔理沙とアリス。
しかし、パチュリーは聞く耳を持たない。
「いいからじっとしてにゃさい、すぐに終わるわ。じゃあ小悪魔、お願い」
「はい」
魔法の力で意志とは別に開けさせられた二人の口に、小悪魔は千切ったキノコを放り込んだ。
そしてこれまた魔法の力で、意志とは別に咀嚼し、飲みこむ。
「二人ともよく似合ってるじゃにゃい」
「にゃ、にゃんてこった…」
「にゃんでわたしまで…」
ルーミア同様、金の毛並の猫耳をもつ、『魔理沙』改め『にゃりさ』と、『アリス』改め『ニャリス』の誕生である。
「で、ここにいる全員が猫耳もちとにゃってしまったわけだが、どうするんだ?パチュリーだって解毒法を知らにゃいんだろ?」
「そうよ。こんな頭じゃ、外を出歩けにゃいわ」
ルーミアを治す目的で来たのに、自分たちまで治療しなければなくなった。
魔理沙とアリスの猛抗議に、パチュリーは静かに答える。
「手がにゃいこともにゃいわ。確かこの図書館には様々なキノコに関する図鑑もあった筈。それを片っ端から調べれば、件のキノコが載っているかもしれにゃい」
「にゃるほど…」
「やるしかにゃさそうね…」
「そーにゃのかー」
パチュリーの言葉に、若干の展望が出てきた。
それと、とパチュリーは続ける。
「このキノコの成分の分析をするわ。にゃにか分かるかもしれにゃい」
パチュリーの手にあるのは、わずかに残っているあとひとかけらのキノコ。合わせて五人に食べられて、小さくなってしまった。
しかしこれだけでも、毒の成分か何かでも分かれば解毒法が分かるかもしれない。それに一縷の望みを託しつつ、パチュリーはこれからすべき事を話した。
「じゃあ役割分担ね。わたしはキノコの分析をするわ。小悪魔はわたしの補助、魔理沙、アリスは図鑑を調べて頂戴」
「はい」
「ああ」
「わかったわ」
にゃんにゃん話し合いも終わって、各自作業に入る。
魔理沙とアリスは図鑑を求めて図書館内を探し回りだした。
そしてパチュリーも小悪魔と共にキノコの成分分析を始めようとしたところで、誰かが服を引っ張った。
「あらルーミア、どうしたのかしら?」
「わたしはにゃにをすればいいの?」
服を引っ張ったのはルーミアだった。一人だけ、何も役割を与えられていない。
「そうねえ…」
パチュリーは困ってしまった。ルーミアに難しい図鑑を読めるとも思えないし、パチュリーの手伝いができるとも思えない。
実際のところは、役割を与えなかったというより、どんな役割ならできるか分からなかったのだ。
「にゃにか手伝ってほしいことができたら呼ぶから、それまでは待ってて」
「そーにゃのか…」
結局そう言ってお茶を濁すことしかできず、それを聞いたルーミアはとても残念そうに項垂れた。
それと同じように、頭の耳も垂れてしまった。
しばらく後、魔理沙とアリスが何冊目かになる図鑑を読み漁っていたところに、ルーミアがとぼとぼと歩いて来た。頭の耳は、すっかり垂れてしまっている。
それに気付いた魔理沙とアリスは、どうしたのだろうかと心配して声をかける。
「おーいルーミア、一体どうしたんだ?にゃんだか元気がにゃさそうだけど?」
「体の調子でも悪いの?ひょっとしてキノコの毒!?」
「あ、魔理沙、アリス…」
呼び止められて、ルーミアはそちらに向かう。
そして二人の前まできて、突然深々と頭を下げた。
「ごめんにゃさい…」
「え?」
「ど、どうしたの急に?」
「元はと言えばわたしのせいでみんにゃに迷惑をかけちゃったのに、わたしだけにゃんにもしてにゃい…図鑑は読めにゃいし、パチュリーのお手伝いもできにゃい…わたしのせいなのに…」
そう言いながら、体を震わせる。泣いているようだった。
魔理沙もアリスも、気にすることはない、とは言えなかった。ルーミアは今回のことに責任を感じ、自分も何かしなければいけないと考えている。
なのに何もできない現状を歯痒く思っていて、それに気にするなと言っても意味は無い。
どうしたものかと考えて、そして魔理沙はある妙案を思いつく。
「じゃあルーミア、わたしの肩を揉んでくれにゃいか?」
「…え?」
ルーミアは魔理沙の言葉に驚いた。意外な申し出に、どうしてそんなことを、と顔をあげる。
するとそこには、魔理沙の明るい笑顔があった。
「実はずっと図鑑と睨めっこしてて肩が凝ってるんだ。それでルーミアが肩を揉んでくれれば作業がはかどるんだけど、手伝ってくれにゃいかな?」
「…わ、分かった、やる!」
ルーミアの頭の耳はピンッと立って、喜んで魔理沙の肩を揉み始める。
自分も手伝うことができているという充実感、自分に役割を与えてくれた魔理沙への感謝を込めて、精一杯肩揉みをした。
「にゃかにゃか気持ちいいにゃ…」
「あ、いいにゃー、次はわたしにお願いねルーミア」
「うん!」
ルーミアの肩揉みに心地よさを感じつつ、魔理沙は図鑑のページをめくっていった。
「…あれ?」
肩揉みが始まってからしばらくして、ルーミアが何かに気付いた。
どうしたんだ、と魔理沙が尋ねると、ルーミアはにゃりさの肩越しに、図鑑に載っている写真を指差した。
「これ、あのキノコとおんにゃじ…」
「ん~どれどれ…」
「うーん…」
ルーミアが指した写真を、魔理沙とアリスもよくよく見てみる。
強い赤色のキノコ。間違いなく、あのキノコだった。
「でかしたルーミア!」
「お手柄ね!」
「そ、そーにゃのか?」
褒められて、ルーミアは少し照れたようにそう答えた。
そして魔理沙とアリスは、照れるルーミニャの頭を撫でながら、パチュリーと小悪魔を呼んだ。
「それで、どんにゃキノコだったの?」
「まあちょっと待ってくれ。今から図鑑の説明を読むぜ」
急かすパチュリーに、ゴホンと大袈裟に咳払いして、魔理沙はゆっくりと、図鑑の説明の中でも重要そうなところを抜粋して読み上げた。
「ベニネコカダケ。珍種。派手にゃ赤色が特徴。食べると美味だが、毒の作用か猫耳が生え、言動もまるで猫のようににゃる」
「にゃるほど…それで、解毒方法は分かったの?」
一番肝心なのはどうやって症状を治すかということ。パチュリーの重要な問に、魔理沙は再びは図鑑の続きを読み始めた。
「どうして猫化するのか、そのメカニズムは分かっていにゃいくて、はっきりとした治療法もまだ確立されていにゃい。しかし、古来よりベニネコカダケの亜種であるキイロネコカダケを食べると効果があるとされる。図鑑にはこう書いてあるぜ」
「やりましたねパチュリー様。これでこんにゃ猫耳ともお別れです!」
喜びはしゃぐ小悪魔であったが、パチュリーの表情は固かった。
「喜ぶのはまだ早いわ。つまり、問題のキイロネコカダケがにゃいと治らにゃいっていうことよ」
「そ、そうですね…」
パチュリーの言葉に、アリスも続く。
「そのキイロネコカダケを見つけられるっていう保証もにゃいわ。魔法の森だってとても広いんですもの」
「ああ、そうだにゃ…」
魔理沙も肩を落とす。どういうキノコかが分かり、治し方も見えてきた。でも、分かっただけでは何にもならない。
はあ、とため息をつく四人。しかし、ルーミアだけは違っていた。
「そのキイロネコカダケって、これじゃにゃいの?」
四人同時に、えっ、と声を出した。
ルーミアが手にしている黄色いキノコ。図鑑に載っているキイロネコカダケによく似ている。
あまりの衝撃に何も言えない四人であったが、少しの間をおいてパチュリーが口を開いた。
「あ、貴女一体どこでそれを?」
「魔理沙の風呂敷の中に入っていたやつだよ」
にっこり笑ってルーミアは答える。
なんと、魔理沙が昼間に採集していたキノコの中に紛れていたのである。答えは最初からそばにあったのだ。
「こんにゃことってあるのね…」
がくっと肩を落としたのはアリス。そこには、これで猫耳とはおさらばだという安堵の色もある。
しかし、パチュリーは未だ硬い表情を崩さなかった。
「まだ駄目ね。それが本当にキイロネコカダケにゃのかという確証がにゃい」
「え、どう見たってこれがキイロネコカダケじゃにゃいの?」
「わたしもそう思いますが…」
図鑑に載っているキイロネコカダケとルーミアが持っているキノコは、見れば見るほど瓜二つ。
不思議そうな顔をするアリスと小悪魔に答えたのは、魔理沙だった。
「似てるけど別種のキノコってことはざらにあるんだ。そのせいで毒キノコを食用キノコと勘違いして食べてしまったってケースもにゃ。まして魔法の森のキノコにゃんて、かなり注意しないと危険だぜ」
「にゃーにゃにゃー」
深刻な状況に、誰もが最初は気付かなかった。
今、最後に言葉を発したのは
「ルーミア、お前…」
「まさか…」
「もしかして…」
「そんな…」
魔理沙、アリス、パチュリー、小悪魔は、慌ててルーミアの方を向いた。
すると
「にゃにゃあ!?にゃにゃにゃー!?」
一番驚いていたのは、ルーミア自身だった。
何を言おうとしても、「にゃあ」としか言えない。
「言動が猫のようににゃるって、こんにゃにかよ!」
魔理沙は悔しそうに、手に持っていた図鑑を床にたたきつけた。
「まずいわね…このままじゃいずれわたしたちも『にゃあ』としか言えにゃくにゃるわ…下手したら、意志の疎通ができにゃいかも…」
パチュリーの言葉に、魔理沙もアリスも小悪魔も凍りつく。
意志の疎通ができなければ、協力して解毒方法を見つけることができなくなる。最悪の状況だ。
「にゃあ!」
状況の重さに俯く四人に、ルーミアが大きな声を出して手を挙げた。
そして手に持つキノコを指差し、次に自分の口を指した。
「まさか、そのキノコを食べる気…?」
「にゃあ」
パチュリーが聞くと、ルーミアは首を一度、縦に振った。
「貴女、さっきの話聞いてにゃかったの!?別の毒キノコかもしれないのよ!?」
「そうですよ!そんにゃ危険にゃことしちゃいけません!」
「にゃーにゃー」
制止するアリスと小悪魔であったが、ルーミアは首を横に振る。
「ルーミア…もしかして…」
「にゃあ」
最後に魔理沙がつぶやくと、ルーミアはにっこりと笑った。
それを見て、魔理沙はルーミアが何を考えているのか悟った。
「分かったルーミア、お前の好きにするといい」
「魔理沙!?」
アリスが魔理沙の方を向く。
だが魔理沙は静かに言葉を続ける。
「お前、けじめをつけたいんだろ?今回のことは自分の責任だから、自分から進んで毒見をしようって」
「にゃあ」
ルーミアは首を縦に振った。
自分がキノコを食べなければ、こんな大事にはならなかった筈。だからこそ、責任を取って危ないこともやらなければならない。
一人責任を負おうとするルーミアに、アリス、パチュリー、小悪魔は大反対した。
「貴女だけの責任じゃにゃいわ!」
「そうよ!小悪魔と魔理沙とアリスにキノコを食べさせたのはわたしよ!責任はわたしにある!」
「わたしだって魔理沙さんとアリスさんにキノコを食べさせました!責任があります!」
「にゃにゃあ…」
三人に迫られて、ルーミアもおされてしまう。しかしそれでも、首を横に振った。
「これで分かったろ?ルーミアの決意は強いんだ」
魔理沙はそう言いながら、ルーミアの隣に立って、そっと肩を抱き寄せた。
「この目を見てみろよ、腹をくくってる目だ。止められにゃいよ」
「にゃあ」
魔理沙の言葉に合わせて、ルーミアも首を縦に振る。
その様子を見て、アリスたちは何も言えなくなった。肯定の沈黙である。
「決まりだにゃ。でもにゃルーミア…」
「にゃあ?」
「アリスたちが言ってたように、責任はお前だけじゃにゃいんだ。わたしだって責任がある。だから苦しかったら我慢しないで言うんだぞ?絶対に助けてやる」
「にゃあ!」
力強く頷いて、魔理沙にぎゅっと抱きついた。
そして周囲が見守る中、恐る恐るキノコを口に運び、一齧りする。
「ど、どうだ…?」
魔理沙たちが固唾を飲んで見つめる前で、ルーミアはもぐもぐと噛み、そしてごくんと飲みこんだ。
すると
「うっ…!」
「ル、ルーミア!?」
「大丈夫!?」
「小悪魔!すぐにルーミアを寝かしつけてあげにゃさい!」
「は、はい!」
突然苦しみ出すルーミア。
そして、慌てふためく周囲に向かって、一言つぶやいた。
「ま、不味い…」
頭の猫耳は、いつの間にか消えていた。
「あー何かすごく疲れたぜ」
「ふふっ、まったくね」
「そーなのかー」
紅魔館からの帰り道、魔理沙は大きく伸びをした。そんな様子を見て、アリスとルーミアは笑う。
日が傾き薄暗くなった道を、横一列になって歩く三人の頭に、もう猫耳は無かった。
「けど、猫のようになるキノコなんておかしなものもあったもんだよな」
「ホント、一体どういう仕組みなのかしら?」
「ちんぷんかんぷん」
図鑑にも載っていなかった、ベニネコカダケによる猫化のメカニズム。
結局最後まで分からずじまいだった。
「まあ、その内パチュリーが解明してくれるかもな」
「そうね」
残ったベニネコカダケのかけらは、キイロネコカダケ共々パチュリーが保管して研究することになった。
何でも、ベニネコカダケの成分分析は未知との遭遇の連続で実に楽しかったらしい。
「それはさておき、だ。これに懲りたらもう二度と野生のキノコなんて食べるんじゃないぞルーミア」
「うん、絶対に食べない」
今回は運よく治療することができたが、次はこうはいかないかもしれない。死んでしまう可能性だってある。
魔理沙にしっかりと釘を刺されたルーミアは、二度としないと誓いつつ、少しもじもじとしながら魔理沙の方を見た。
「ねえ魔理沙…」
「ん~?」
「ありがとね」
「何だよ突然?」
両手を頭の後ろで組みながら答えた魔理沙に、ルーミアはまた、さらにもじもじしながら言葉を続けた。
「毒見するとき、本当はすごく恐かったんだ。みんなに危ないからやめろって言われて、すごく迷った。でも魔理沙が支えてくれて、だから食べられた」
何とか言い切ることのできたルーミアの言葉に、魔理沙は首をぶんぶんと横に振る。
「いや、本当ならわたしは責められるべきさ。危険を承知で、お前にキノコを食べさせたんだからな」
「そんなことないよ。魔理沙はわたしの気持ちを大切にしてくれたんだから。だからね…」
そこで言葉を区切って、ルーミアは魔理沙の服を引っ張り、顔を引きよせそして
「――ちゅ…」
ほっぺたに、そっと口付けた。
「なあ!?」
「今のはお礼の気持ちだよ。じゃあバイバイ!またね!」
顔を赤くする魔理沙にそう言って、ルーミアは空を飛んで暗がりの中に消えていった。
「お…お…女の子はそういうことにもっと恥じらいってものを持つべきだぞー!」
ルーミアが飛んで行った方角に向かってそう叫んでから、魔理沙は思い出した。
この場には、今の様子をがっつり見ていた第三者がいることを。
そしてその第三者は、にやにやと笑いながら当事者を冷やかしにかかる。
「あらあら、魔理沙さんってばおモテになるのね~」
「う、うるさいアリス!今のはルーミアが勝手に…」
「勝手に相手が好意をもってくれるくらい無意識のうちに口説き落としちゃったのね。すごい技術だわ」
「だ、だから~!」
魔理沙の顔は、ベニネコカダケに負けず劣らず、真っ赤に染まっていた。
魔法の森の中、霧雨魔理沙は機嫌良くそう言って自分の風呂敷を覗き見る。
中には、朝から採り続けていた色とりどりのキノコ。全て魔法の素材である。
「さて、と。昼ごはんにするかな」
夢中でキノコ狩りに励んでいたため、気付けば太陽は南よりもやや西寄りに。
すきっ腹をさすりながら、魔理沙は懐から包みを取り出して開けた。
中には家を出る前に作っておいた二個のおにぎり。
「いただきま~す」
二つのおにぎりの片方を手に取り、あーんと口を開けたそのときだった。
――ガサガサ!!
「ん!?」
魔理沙の後方の茂みから、物音がした。
それを聞くや否や、魔理沙は後ろに振り向いて身構える。
「なんだなんだ?野獣か?妖怪か?」
魔法の森をうろつく人間なんて、魔理沙以外にはそうはいない。
とすれば、物音の正体は野獣か妖怪に絞られる。いずれにしても、下手すれば命にかかわる相手だ。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか…」
警戒を解くことなく、じっと音がした方を見据える。手には八卦炉。
すると、再びガサガサと物音がして、小さな影が草むらからひょこっと現れた。
「…ルーミア?」
赤い瞳に黒い服、金の髪に紅いリボン。間違いなく、宵闇の妖怪ルーミアであった。
しかし、魔理沙がその名をつぶやいても、返ってきたのは弱々しい言葉。
「おなかすいたー…」
ふらふらと危なげな足取りをしながら発した一言。
それだけで魔理沙は状況を把握した。このルーミア、かなりお腹をすかしている。
「あ!」
「へ?」
ルーミアはこちらに気付いた様子で、大きな声をあげた。
そして、ふらふらとした足取りを直して、ルーミアの声に呆気にとられた魔理沙の元まで一目散に駆けてきた。
「ど、どうしたんだ?」
魔理沙の呼びかけにも応えず、ルーミアはじっと魔理沙の手元を見る。
片手には八卦炉。そしてもう片方の手には
「おにぎり…おいしそう…」
魔理沙が顔を覗き込んでみると、ルーミアはキラキラと目を輝かせ、もの欲しそうによだれを垂らしながらそう言った。
その瞳は、二個のおにぎりへと向けられていたのだ。
「…欲しいのか?」
「うん!」
ぶんぶんと首を縦に振って、ルーミアはそう答えた。
そして今度はキラキラとした瞳を魔理沙の顔に向ける。子どもらしさのある可愛らしい瞳にじっと見つめられ、魔理沙は折れた。
「仕方ない。一個だけだぞ」
「ありがとう!」
はあ、とため息をつきながら差し出されたおにぎりを、ルーミアはうれしそうに頬張った。
昼食を半分持っていかれてしまった魔理沙であったが、その笑顔を見てまあいいかと思う。相当お腹をすかせていたようであったし、
これでよかったのかもしれない。
ルーミアの笑顔を見つつ、魔理沙も自分の分のおにぎりを頬張った。
「美味しかった、ごちそうさま~」
「それはどうもお粗末さま」
おにぎりを平らげて、満足そうにお礼を言ったルーミアに、魔理沙もにこりと微笑み返す。
するとルーミアは、何か気になったのか地面の方に目を遣った。
「これなーに?」
そう言いながら指差したのは地べたに置いてある大きな風呂敷。
不思議そうな顔をするルーミアに、ああ、と答えて魔理沙は風呂敷の口を開けた。
「これはこの森で採れたキノコさ。魔法の実験用に集めてるんだ」
「へーそーなのかー」
興味津々といった様子で、風呂敷の中を覗き込むルーミア。
「赤とか青とか緑とか色々あるね。何か美味しそう…」
「おっと駄目だぜ?魔法の森に生えてるキノコなんてほとんど食べれないキノコさ」
「そーなのか」
人間にとって食べられるものでないことは確か。妖怪にとってどうなのか魔理沙には分からないが、ともあれ危険そうなのであることも確か。
したがって決して食べてはいけないと注意しつつ、魔理沙は大きく伸びをした。
「さて、じゃあわたしはまたキノコ狩りをするけど、ここに置いてあるキノコを見張っていてくれないか?」
キノコがたくさん入って重くなった風呂敷を持ち歩くのは結構骨が折れる。そこで、これから採るキノコは新しい風呂敷に詰めて
ここに置いておこうという算段だ。
「うんいいよ。おにぎりのお礼」
魔理沙の頼みに、ルーミアは一も二も無くそう答えた。
お腹がすいていたところに食べ物を貰った。受けた恩は返したいのだ。
「ありがとな。でも、このキノコを食べちゃ駄目だぞ?いいか、絶対だぞ?」
最後に釘を刺しておいて、ルーミアがこくんと頷いたのを確認した魔理沙は、新しい風呂敷を取り出して森の奥へと入って行った。
「ア、アリスー!大変だ、開けてくれ!」
「はいはい今開けるわよ。まったく騒々しいわね」
家で午後のティータイムを楽しんでいたアリスの静かな昼下がりは、ドンドンと扉を叩きながら叫ぶ友人の声によって壊されてしまった。
面倒くさいなと思いつつ、仕方ないと扉を開けると、魔理沙が勢いよく入って来た。
「で、何が大変なのよ?」
「と、とにかくこいつを見てくれ、こいつをどう思う!?」
「こいつ?」
まくし立てるように話しながら魔理沙が指差したのは、魔理沙の後ろにひょこんとついて来た少女の姿。
赤い瞳に黒い服、そして金の髪に紅いリボン。
その姿を見て、アリスはああ、と頷いた。
「ルーミアじゃない、それがどうしたのよ?」
「いいから頭をよく見ろって!」
アリスの言う通り、その少女はルーミア。
しかし魔理沙は、それだけじゃないだろと今度はルーミアの頭の辺りを指差す。
「紅いリボンがあるわね」
「だーかーらー!」
紅いリボンはその通りだが問題はそこではない。
いよいよしびれを切らした魔理沙は、自分から問題点を示してかかる。
「ルーミアの頭に耳が付いてるんだよ!猫みたいな耳が!」
ルーミアの頭には、髪の毛と同じ金色毛並のフサフサとした獣耳。まさに猫の耳のようだ。
はあはあと息を切らせながら話す魔理沙に、アリスの反応はいたく素っ気ないものだった。
「猫みたいな耳って、どうせつけ耳か何かでしょ?そんなのに騙されないわよ」
「つけ耳だと思うか?じゃあルーミア、ちょっとこっちに来てくれ」
「うん」
魔理沙に手招きされ、ルーミアはアリスの目の前に立った。
そして魔理沙はその両肩に手を置き、アリスに言い放つ。
「本当につけ耳だと思うんなら、自分で触って確かめてみるんだな」
「だからただのつけ耳でしょ?触ったっておんな…じ…」
疑い続けていたアリスの態度は、ルーミアの頭の上にある耳を触った途端、一気に変わった。
「嘘…本当に猫耳…?」
感触は、まさに猫のもの。アリスは大いに驚いた。
それでもまだ半信半疑。ひょっとしたらとても精巧なつけ耳かもしれない。
そう思いながらアリスはその耳を引っ張った。
すると
「痛い痛い!」
「あ、ごめんなさい」
引っ張っても全くとれない。しかもルーミアは本当に痛がっている。
これはまさしく本物だと、アリスは認めざるを得なかった。
「一体これはどういうことなのよ…?」
ルーミアの猫耳から手を離し、目を丸くして魔理沙の方を見た。
解放されたルーミアは、今しがた引っ張られた耳を痛そうに撫でている。
「いや…実はわたしにもよく分からないんだが、もしかすると原因はこれかも…」
歯切れが悪く魔理沙が取り出したのは、鮮やかな赤色のキノコ。
その先端は、一口だけ齧られていた。
「キノコ?それがどうしたのよ?」
「それがな…」
魔理沙は、事の経緯を説明し始めた。
20分程前
「また一杯キノコが採れたぜ~」
「あっ!」
収穫したキノコ入りの風呂敷を担ぎながら、魔理沙はルーミアの元に戻って来た。
そんな魔理沙の姿を見て、ルーミアは驚いたかのような声をあげ、咄嗟に両手を背中に回した。
「ん?どうしたんだルーミア?」
「えへへ、な、何でもないよ…」
「何でもないってことはないだろ?ほら、見せてみろ…あ!?」
明らかに何かを隠すルーミアに、魔理沙は少しムキになって、背中に回された手を引っ張った。
そして驚いた。なんと、その手には一口齧られた赤いキノコがあったのだ。
「こ、こら!危ないから食べるなって言っただろ!」
「ご、ごめんなさい!お腹がすいてつい…」
つい、でも何でも野生のキノコなんて迂闊に食べてはならない。まして魔法の森のキノコ、どんな毒があるか分かったものではない。
子どものそばに置いていい代物ではなかったと、自身の監督不行き届きを嘆く魔理沙だが、とにかく今は直近の問題に対処しなければならない。
「何か変わったことは無いか?めまいがするとか、吐き気がするとか、お腹が痛くなったとか?」
「ううん、何にも」
「食べてすぐに症状は無い、か。でも遅効性かもしれないし油断はできないな…ってあれ?どうしたんだその頭?」
「頭?…これ、耳?」
ルーミアが手を回してみると、頭の上にはフサフサとした猫の耳のようなものが生えていた。
「…ということがあったんだ」
「はあ!?」
魔理沙の説明に愕然とするアリス。
いくら魔法の森と言えど、猫耳の生える毒キノコなど聞いたことがない。
「ほ、本当にそのキノコのせいなわけ?」
「確証はないけど、これ以外に原因が思い当たらないんだ…」
疲れたように、がっくりと肩を落とす魔理沙。彼女にとっても、この事態は不測過ぎたらしい。
「まあ、百歩譲ってそのキノコが原因として、他に何か症状は無いの?毒キノコなんでしょ?」
「ああ、まだあるぜ…」
そう言うと魔理沙は、いつの間にか部屋の隅で猫のように丸くなっていたルーミアに向かって話しかけた。
「なあルーミア。明日は雨が降るらしいぞ」
「へーそーにゃのかー」
『そーなのかー』が『そーにゃのかー』に。少し猫っぽい。
「他にもあるぜ」
次に魔理沙は、ねこじゃらしを取り出してルーミアの目の前で揺すった。
「にゃ!?ふにゃ!にゃ!にゃにゃ!」
ルーミアは、ねこじゃらしを捕まえようと手を丸めて追いかけた。かなり猫っぽい。
「そして究めつけはこれだぜ」
最後に魔理沙は、ルーミアの顎のあたりを優しく撫でた。
「にゃ…うにゃ~…」
ルーミアは、少しくすぐったそうに、でも気持ちよさそうに鳴いた。とても猫っぽい。
「何か全体的に猫っぽくなってしまったんだ!これじゃ『ルーミア』じゃなくて『ルーミニャ』だよ!」
ばっとアリスの方を向いて、魔理沙は熱弁する。恐るべき毒キノコの効果で、可哀そうなルーミアはルーミニャとなってしまったのだ。
しかし、悲しむ魔理沙とは裏腹にアリスは何だか楽しそうだった。
目尻を下げて、じっとルーミアの方を見ている。
「可愛いわね…もうこのままでいいんじゃないかしら?」
「お、おい!?」
「冗談よ」
「…冗談に聞こえなかったぞ」
魔理沙とて、アリスと同じく今のルーミアはすごく可愛らしいと思う。アリスがこのままでいいんじゃないかと言った気持ちが分からないでもない。
だから冗談に聞こえなかった。
しかし、問題の当事者はルーミアであり、魔理沙も少なからず責任を感じている。このままでいい筈がない。
「そろそろ本題に移りたいんだが、アリスはこの毒キノコの解毒方法って知ってるか?」
「知らないわよ。第一キノコはあんたの専門分野でしょうが」
「いや、わたしだって魔法の素材として調合はするけど、食べた効果や解毒法なんて把握し切れてないぜ」
魔法使い二人をしても、解毒方法は分からなかった。
このままでは、ルーミニャはいつまで経ってもルーミアには戻れないかもしれない。
「わたしたちで無理ってことは、もう一人の知恵を借りるしかないわね」
「ああそうだな。ルーミア、移動するぞ」
「そーにゃのかー」
三人は、もう一人の魔法使い、動かない大図書館の元へと出発した。
「ふーん。悪いけどわたしも解毒方法なんて知らないわ。そもそもそんなキノコ初めて見た」
「そうか…」
「流石にこんなキノコ珍しすぎるものね」
「そーにゃのか」
紅魔の図書館までやって来て今までの経緯を話した魔理沙たちであったが、知識の魔女パチュリー・ノーレッジをしても解毒方法は分からなかった。
「大体、本当にそのキノコを食べて猫耳が生えるの?まだ半信半疑なのだけど」
「それは…」
「改めてそう聞かれるとね…」
「分かんにゃい…」
パチュリーの質問に、魔理沙たちは言葉に詰まってしまった。おそらくこのキノコが原因だろうと推測しているが、確証があるわけではないのだ。
アリスも魔理沙の話を聞いただけであるし、ルーミア自身も良く分かっていない。
そんな様子を見兼ねて、パチュリーはため息をついた。
「まあいいわ、ちょっとそのキノコを貸してみなさい。それと小悪魔、ちょっといらしゃい」
パチュリーは魔理沙からキノコを受け取り、少し離れたところで作業していた小悪魔を呼んだ。
そして、はい何でしょうか、とすぐさまやって来た小悪魔にそのキノコを渡した。
「このキノコ、魔理沙から貰って一口食べてみたのだけれど結構美味しいわよ。貴女も食べてみなさい」
「え、生でですか?」
「ええ、生よ」
生でキノコを食べることに困惑する小悪魔であったが、せっかく主人のパチュリーが勧めてくれることを無碍にもできず、恐る恐る口に運んだ。
「あ、ホントに美味しい…」
一口食べたそのキノコは、意外と美味しかった。濃厚な風味が口全体に広がってゆく。
「とっても美味しいです…ってあれ、どうしたんですか?」
美味しさの感動を伝えようとパチュリーたちの方を見た小悪魔であったが、すぐさま異変に気が付いた。
何故かみんな、きょとんとした目で小悪魔の頭の方を凝視している。何か付いているのだろうかと、頭の辺りを触ってみた。
「にゃ、にゃんですかこれ!?」
頭には、いつもと同じように小さな羽と、そしていつもとは違ってフサフサした何かが生えていた。
驚く小悪魔に、パチュリーは手鏡を差し出す。
「こ、これってもしかして、猫の耳…?にゃんでこんなものが…?」
鏡を覗けば、髪の毛と同じ赤い毛並のフサフサ猫耳。
何故こんなものがあるのか全く分からない。驚きのあまり、自分の口調が変わっていることにも気付いていない。
「へえ、本当に猫耳が生えるのね」
慌てふためく小悪魔に対し、パチュリーは至極落ち着いていた。
まるで、こうなることがあらかじめ分かっていたかのように。
「…まさかパチュリー様、こうにゃること分かっててわたしに食べさせたんですか?」
「ええそうよ。半信半疑だったけどね」
咎めるような目つきの小悪魔に、ふふっと笑って見せたパチュリー。
しかしこれでは小悪魔の方が収まりがつかない。
「ひ、ひどいじゃにゃいですか!こんにゃんじゃお嫁にいけにゃいですよ~!」
「そんなに落ち込まないの。なかなか可愛いわよ。『こあくま』改め『ねこあくま』ってとこかしら」
「ムッ…」
あくまでからかい続ける主人に、流石の小悪魔も堪忍袋の緒が切れた。
手に持つキノコを一口齧り、自分の顔をぐいっとパチュリーの顔に近付ける。
「な、何を…むきゅ!?」
するのよ、と言おうとしたが、できなかった。
パチュリーの口は小悪魔の口によって塞がれ、そして抵抗空しく、小悪魔が口に含んでいたキノコはパチュリーの口の中へとパスされた。
「ぷはぁ!…にゃ、にゃんて事してくれるのよ、飲み込んじゃったじゃ…ハッ!?」
解放されて、そして自分の口走っていることに気が付いた。今確かに「にゃんて事して」と言っていた。
パチュリーは慌てて帽子を取り、鏡で自分の頭を確認する。
「ああ…」
「ふふっ、よくお似合いですよ『ニャチュリー』様」
パチュリーの頭には紫の毛並の猫耳。
落胆するパチュリーに、してやったりという小悪魔。
一方、そんな魔法使いと使い魔のやり取りを見ていた魔理沙、アリスは
「あっはっはっはっは!二人ともよ~くお似合いだぜ!」
「ねこあくまにニャチュリーなんて、いいネーミングセンスね。ふふふ」
パチュリーと小悪魔の姿が可笑しくて抱腹絶倒である。
頭に来たパチュリーは、小悪魔との喧嘩をやめてボソリと話しかける。
「…小悪魔、今からわたしのすることを手伝いにゃさい。いいわね?」
「…はい、かしこました。にゃんにゃりとお手伝いします」
そう答えると、小悪魔は手に持つキノコを千切った。
そしてそれと同時に、パチュリーは魔法を使って先ほどからお腹を抱えて笑い転げている魔理沙とアリスの動きを封じた。
「ははははは、は…え…パ、パチュリー…何を…」
「ちょ、調子に乗りすぎたわ…ご、ごめんなさい…」
突如動きを封じられ、苦しそうに話す魔理沙とアリス。
しかし、パチュリーは聞く耳を持たない。
「いいからじっとしてにゃさい、すぐに終わるわ。じゃあ小悪魔、お願い」
「はい」
魔法の力で意志とは別に開けさせられた二人の口に、小悪魔は千切ったキノコを放り込んだ。
そしてこれまた魔法の力で、意志とは別に咀嚼し、飲みこむ。
「二人ともよく似合ってるじゃにゃい」
「にゃ、にゃんてこった…」
「にゃんでわたしまで…」
ルーミア同様、金の毛並の猫耳をもつ、『魔理沙』改め『にゃりさ』と、『アリス』改め『ニャリス』の誕生である。
「で、ここにいる全員が猫耳もちとにゃってしまったわけだが、どうするんだ?パチュリーだって解毒法を知らにゃいんだろ?」
「そうよ。こんな頭じゃ、外を出歩けにゃいわ」
ルーミアを治す目的で来たのに、自分たちまで治療しなければなくなった。
魔理沙とアリスの猛抗議に、パチュリーは静かに答える。
「手がにゃいこともにゃいわ。確かこの図書館には様々なキノコに関する図鑑もあった筈。それを片っ端から調べれば、件のキノコが載っているかもしれにゃい」
「にゃるほど…」
「やるしかにゃさそうね…」
「そーにゃのかー」
パチュリーの言葉に、若干の展望が出てきた。
それと、とパチュリーは続ける。
「このキノコの成分の分析をするわ。にゃにか分かるかもしれにゃい」
パチュリーの手にあるのは、わずかに残っているあとひとかけらのキノコ。合わせて五人に食べられて、小さくなってしまった。
しかしこれだけでも、毒の成分か何かでも分かれば解毒法が分かるかもしれない。それに一縷の望みを託しつつ、パチュリーはこれからすべき事を話した。
「じゃあ役割分担ね。わたしはキノコの分析をするわ。小悪魔はわたしの補助、魔理沙、アリスは図鑑を調べて頂戴」
「はい」
「ああ」
「わかったわ」
にゃんにゃん話し合いも終わって、各自作業に入る。
魔理沙とアリスは図鑑を求めて図書館内を探し回りだした。
そしてパチュリーも小悪魔と共にキノコの成分分析を始めようとしたところで、誰かが服を引っ張った。
「あらルーミア、どうしたのかしら?」
「わたしはにゃにをすればいいの?」
服を引っ張ったのはルーミアだった。一人だけ、何も役割を与えられていない。
「そうねえ…」
パチュリーは困ってしまった。ルーミアに難しい図鑑を読めるとも思えないし、パチュリーの手伝いができるとも思えない。
実際のところは、役割を与えなかったというより、どんな役割ならできるか分からなかったのだ。
「にゃにか手伝ってほしいことができたら呼ぶから、それまでは待ってて」
「そーにゃのか…」
結局そう言ってお茶を濁すことしかできず、それを聞いたルーミアはとても残念そうに項垂れた。
それと同じように、頭の耳も垂れてしまった。
しばらく後、魔理沙とアリスが何冊目かになる図鑑を読み漁っていたところに、ルーミアがとぼとぼと歩いて来た。頭の耳は、すっかり垂れてしまっている。
それに気付いた魔理沙とアリスは、どうしたのだろうかと心配して声をかける。
「おーいルーミア、一体どうしたんだ?にゃんだか元気がにゃさそうだけど?」
「体の調子でも悪いの?ひょっとしてキノコの毒!?」
「あ、魔理沙、アリス…」
呼び止められて、ルーミアはそちらに向かう。
そして二人の前まできて、突然深々と頭を下げた。
「ごめんにゃさい…」
「え?」
「ど、どうしたの急に?」
「元はと言えばわたしのせいでみんにゃに迷惑をかけちゃったのに、わたしだけにゃんにもしてにゃい…図鑑は読めにゃいし、パチュリーのお手伝いもできにゃい…わたしのせいなのに…」
そう言いながら、体を震わせる。泣いているようだった。
魔理沙もアリスも、気にすることはない、とは言えなかった。ルーミアは今回のことに責任を感じ、自分も何かしなければいけないと考えている。
なのに何もできない現状を歯痒く思っていて、それに気にするなと言っても意味は無い。
どうしたものかと考えて、そして魔理沙はある妙案を思いつく。
「じゃあルーミア、わたしの肩を揉んでくれにゃいか?」
「…え?」
ルーミアは魔理沙の言葉に驚いた。意外な申し出に、どうしてそんなことを、と顔をあげる。
するとそこには、魔理沙の明るい笑顔があった。
「実はずっと図鑑と睨めっこしてて肩が凝ってるんだ。それでルーミアが肩を揉んでくれれば作業がはかどるんだけど、手伝ってくれにゃいかな?」
「…わ、分かった、やる!」
ルーミアの頭の耳はピンッと立って、喜んで魔理沙の肩を揉み始める。
自分も手伝うことができているという充実感、自分に役割を与えてくれた魔理沙への感謝を込めて、精一杯肩揉みをした。
「にゃかにゃか気持ちいいにゃ…」
「あ、いいにゃー、次はわたしにお願いねルーミア」
「うん!」
ルーミアの肩揉みに心地よさを感じつつ、魔理沙は図鑑のページをめくっていった。
「…あれ?」
肩揉みが始まってからしばらくして、ルーミアが何かに気付いた。
どうしたんだ、と魔理沙が尋ねると、ルーミアはにゃりさの肩越しに、図鑑に載っている写真を指差した。
「これ、あのキノコとおんにゃじ…」
「ん~どれどれ…」
「うーん…」
ルーミアが指した写真を、魔理沙とアリスもよくよく見てみる。
強い赤色のキノコ。間違いなく、あのキノコだった。
「でかしたルーミア!」
「お手柄ね!」
「そ、そーにゃのか?」
褒められて、ルーミアは少し照れたようにそう答えた。
そして魔理沙とアリスは、照れるルーミニャの頭を撫でながら、パチュリーと小悪魔を呼んだ。
「それで、どんにゃキノコだったの?」
「まあちょっと待ってくれ。今から図鑑の説明を読むぜ」
急かすパチュリーに、ゴホンと大袈裟に咳払いして、魔理沙はゆっくりと、図鑑の説明の中でも重要そうなところを抜粋して読み上げた。
「ベニネコカダケ。珍種。派手にゃ赤色が特徴。食べると美味だが、毒の作用か猫耳が生え、言動もまるで猫のようににゃる」
「にゃるほど…それで、解毒方法は分かったの?」
一番肝心なのはどうやって症状を治すかということ。パチュリーの重要な問に、魔理沙は再びは図鑑の続きを読み始めた。
「どうして猫化するのか、そのメカニズムは分かっていにゃいくて、はっきりとした治療法もまだ確立されていにゃい。しかし、古来よりベニネコカダケの亜種であるキイロネコカダケを食べると効果があるとされる。図鑑にはこう書いてあるぜ」
「やりましたねパチュリー様。これでこんにゃ猫耳ともお別れです!」
喜びはしゃぐ小悪魔であったが、パチュリーの表情は固かった。
「喜ぶのはまだ早いわ。つまり、問題のキイロネコカダケがにゃいと治らにゃいっていうことよ」
「そ、そうですね…」
パチュリーの言葉に、アリスも続く。
「そのキイロネコカダケを見つけられるっていう保証もにゃいわ。魔法の森だってとても広いんですもの」
「ああ、そうだにゃ…」
魔理沙も肩を落とす。どういうキノコかが分かり、治し方も見えてきた。でも、分かっただけでは何にもならない。
はあ、とため息をつく四人。しかし、ルーミアだけは違っていた。
「そのキイロネコカダケって、これじゃにゃいの?」
四人同時に、えっ、と声を出した。
ルーミアが手にしている黄色いキノコ。図鑑に載っているキイロネコカダケによく似ている。
あまりの衝撃に何も言えない四人であったが、少しの間をおいてパチュリーが口を開いた。
「あ、貴女一体どこでそれを?」
「魔理沙の風呂敷の中に入っていたやつだよ」
にっこり笑ってルーミアは答える。
なんと、魔理沙が昼間に採集していたキノコの中に紛れていたのである。答えは最初からそばにあったのだ。
「こんにゃことってあるのね…」
がくっと肩を落としたのはアリス。そこには、これで猫耳とはおさらばだという安堵の色もある。
しかし、パチュリーは未だ硬い表情を崩さなかった。
「まだ駄目ね。それが本当にキイロネコカダケにゃのかという確証がにゃい」
「え、どう見たってこれがキイロネコカダケじゃにゃいの?」
「わたしもそう思いますが…」
図鑑に載っているキイロネコカダケとルーミアが持っているキノコは、見れば見るほど瓜二つ。
不思議そうな顔をするアリスと小悪魔に答えたのは、魔理沙だった。
「似てるけど別種のキノコってことはざらにあるんだ。そのせいで毒キノコを食用キノコと勘違いして食べてしまったってケースもにゃ。まして魔法の森のキノコにゃんて、かなり注意しないと危険だぜ」
「にゃーにゃにゃー」
深刻な状況に、誰もが最初は気付かなかった。
今、最後に言葉を発したのは
「ルーミア、お前…」
「まさか…」
「もしかして…」
「そんな…」
魔理沙、アリス、パチュリー、小悪魔は、慌ててルーミアの方を向いた。
すると
「にゃにゃあ!?にゃにゃにゃー!?」
一番驚いていたのは、ルーミア自身だった。
何を言おうとしても、「にゃあ」としか言えない。
「言動が猫のようににゃるって、こんにゃにかよ!」
魔理沙は悔しそうに、手に持っていた図鑑を床にたたきつけた。
「まずいわね…このままじゃいずれわたしたちも『にゃあ』としか言えにゃくにゃるわ…下手したら、意志の疎通ができにゃいかも…」
パチュリーの言葉に、魔理沙もアリスも小悪魔も凍りつく。
意志の疎通ができなければ、協力して解毒方法を見つけることができなくなる。最悪の状況だ。
「にゃあ!」
状況の重さに俯く四人に、ルーミアが大きな声を出して手を挙げた。
そして手に持つキノコを指差し、次に自分の口を指した。
「まさか、そのキノコを食べる気…?」
「にゃあ」
パチュリーが聞くと、ルーミアは首を一度、縦に振った。
「貴女、さっきの話聞いてにゃかったの!?別の毒キノコかもしれないのよ!?」
「そうですよ!そんにゃ危険にゃことしちゃいけません!」
「にゃーにゃー」
制止するアリスと小悪魔であったが、ルーミアは首を横に振る。
「ルーミア…もしかして…」
「にゃあ」
最後に魔理沙がつぶやくと、ルーミアはにっこりと笑った。
それを見て、魔理沙はルーミアが何を考えているのか悟った。
「分かったルーミア、お前の好きにするといい」
「魔理沙!?」
アリスが魔理沙の方を向く。
だが魔理沙は静かに言葉を続ける。
「お前、けじめをつけたいんだろ?今回のことは自分の責任だから、自分から進んで毒見をしようって」
「にゃあ」
ルーミアは首を縦に振った。
自分がキノコを食べなければ、こんな大事にはならなかった筈。だからこそ、責任を取って危ないこともやらなければならない。
一人責任を負おうとするルーミアに、アリス、パチュリー、小悪魔は大反対した。
「貴女だけの責任じゃにゃいわ!」
「そうよ!小悪魔と魔理沙とアリスにキノコを食べさせたのはわたしよ!責任はわたしにある!」
「わたしだって魔理沙さんとアリスさんにキノコを食べさせました!責任があります!」
「にゃにゃあ…」
三人に迫られて、ルーミアもおされてしまう。しかしそれでも、首を横に振った。
「これで分かったろ?ルーミアの決意は強いんだ」
魔理沙はそう言いながら、ルーミアの隣に立って、そっと肩を抱き寄せた。
「この目を見てみろよ、腹をくくってる目だ。止められにゃいよ」
「にゃあ」
魔理沙の言葉に合わせて、ルーミアも首を縦に振る。
その様子を見て、アリスたちは何も言えなくなった。肯定の沈黙である。
「決まりだにゃ。でもにゃルーミア…」
「にゃあ?」
「アリスたちが言ってたように、責任はお前だけじゃにゃいんだ。わたしだって責任がある。だから苦しかったら我慢しないで言うんだぞ?絶対に助けてやる」
「にゃあ!」
力強く頷いて、魔理沙にぎゅっと抱きついた。
そして周囲が見守る中、恐る恐るキノコを口に運び、一齧りする。
「ど、どうだ…?」
魔理沙たちが固唾を飲んで見つめる前で、ルーミアはもぐもぐと噛み、そしてごくんと飲みこんだ。
すると
「うっ…!」
「ル、ルーミア!?」
「大丈夫!?」
「小悪魔!すぐにルーミアを寝かしつけてあげにゃさい!」
「は、はい!」
突然苦しみ出すルーミア。
そして、慌てふためく周囲に向かって、一言つぶやいた。
「ま、不味い…」
頭の猫耳は、いつの間にか消えていた。
「あー何かすごく疲れたぜ」
「ふふっ、まったくね」
「そーなのかー」
紅魔館からの帰り道、魔理沙は大きく伸びをした。そんな様子を見て、アリスとルーミアは笑う。
日が傾き薄暗くなった道を、横一列になって歩く三人の頭に、もう猫耳は無かった。
「けど、猫のようになるキノコなんておかしなものもあったもんだよな」
「ホント、一体どういう仕組みなのかしら?」
「ちんぷんかんぷん」
図鑑にも載っていなかった、ベニネコカダケによる猫化のメカニズム。
結局最後まで分からずじまいだった。
「まあ、その内パチュリーが解明してくれるかもな」
「そうね」
残ったベニネコカダケのかけらは、キイロネコカダケ共々パチュリーが保管して研究することになった。
何でも、ベニネコカダケの成分分析は未知との遭遇の連続で実に楽しかったらしい。
「それはさておき、だ。これに懲りたらもう二度と野生のキノコなんて食べるんじゃないぞルーミア」
「うん、絶対に食べない」
今回は運よく治療することができたが、次はこうはいかないかもしれない。死んでしまう可能性だってある。
魔理沙にしっかりと釘を刺されたルーミアは、二度としないと誓いつつ、少しもじもじとしながら魔理沙の方を見た。
「ねえ魔理沙…」
「ん~?」
「ありがとね」
「何だよ突然?」
両手を頭の後ろで組みながら答えた魔理沙に、ルーミアはまた、さらにもじもじしながら言葉を続けた。
「毒見するとき、本当はすごく恐かったんだ。みんなに危ないからやめろって言われて、すごく迷った。でも魔理沙が支えてくれて、だから食べられた」
何とか言い切ることのできたルーミアの言葉に、魔理沙は首をぶんぶんと横に振る。
「いや、本当ならわたしは責められるべきさ。危険を承知で、お前にキノコを食べさせたんだからな」
「そんなことないよ。魔理沙はわたしの気持ちを大切にしてくれたんだから。だからね…」
そこで言葉を区切って、ルーミアは魔理沙の服を引っ張り、顔を引きよせそして
「――ちゅ…」
ほっぺたに、そっと口付けた。
「なあ!?」
「今のはお礼の気持ちだよ。じゃあバイバイ!またね!」
顔を赤くする魔理沙にそう言って、ルーミアは空を飛んで暗がりの中に消えていった。
「お…お…女の子はそういうことにもっと恥じらいってものを持つべきだぞー!」
ルーミアが飛んで行った方角に向かってそう叫んでから、魔理沙は思い出した。
この場には、今の様子をがっつり見ていた第三者がいることを。
そしてその第三者は、にやにやと笑いながら当事者を冷やかしにかかる。
「あらあら、魔理沙さんってばおモテになるのね~」
「う、うるさいアリス!今のはルーミアが勝手に…」
「勝手に相手が好意をもってくれるくらい無意識のうちに口説き落としちゃったのね。すごい技術だわ」
「だ、だから~!」
魔理沙の顔は、ベニネコカダケに負けず劣らず、真っ赤に染まっていた。
やっぱりルーミアと猫耳の相性は抜群にいいと思うのですよ。
猫っぽい人たちがネコ化してしまい いろいろやばかったです。
ねこ~ねこ~ねこ~
うん、可愛い。