季節は冬。魔法の森の朝は寒い。常緑樹の葉は凍り付き、土の下にはたくさんの霜柱が立つ。
そんな魔法の森に住む人間魔法使い、霧雨魔理沙は朝の支度をしていた。
軽い朝食をとり、歯を磨き、顔を洗う。黒地に星柄のパジャマを脱ぎシャワーを浴びると、外出の準備を始めた。まだ行き先は決まっていない。
下着を身につけ、洋服を入れてある木製の箪笥から白いブラウスを取り出す。それを羽織り、ボタンを留める途中で魔理沙は手をとめた。何かに気づいたらしい。別のブラウスを箪笥から取り出す。今まで着ていたブラウスを脱ぎ、新しいものに取り替えようとする。しかし、今度はブラウスを羽織る前に手が止まってしまった。
「うーん」
二枚のブラウスをぎゅっと胸に抱え、下着姿で頭を悩ませる魔理沙。わずかに頬を紅く染めながら、「でもなぁ」とか、「前は……」などと独り言をつぶやく。
数分後。「よし!」と何故か気合いを入れた魔理沙は最初に着ていたブラウスを身につけた。新しく取り出したものは、丁寧に箪笥の中にしまう。
その後は、三つ編みをする時にわずかに気に入らなかったためか、一度ほどいてやり直したこと以外に変わったことはなかった。
最後に黒いとんがり帽子を頭にのせ、大きな本と大切な箒を持って外にでる。
「いってくるぜ」
誰もいない家に向けて挨拶をし、魔理沙は魔法の森の空に飛び上がった。
☆☆☆
午前のアリスの家。
背中の向こうにいる魔理沙は何をしにきたのだろうか?
アリスは疑問に思っていた。暖炉のそばに置いてある安楽椅子に腰掛け、上半身ほどもある大きな魔術書を読む。
魔理沙の行為は自分の家でも十分できると思う。
気分転換のためにここまで来たのだろうか? ずっと同じ場所で同じ行為をしていると、気分を変えたくなるという気持ちは、わからなくもない。
ただ、本を読むならテーブルで読む方が楽だと思う。魔理沙が読んでいるような大きな本ならなおさらだ。本の背に両手をまわし、上縁を両手でもつ。めくるのも面倒で、いかにも読みにくそうな姿勢だ。
そもそも暖炉のそばの安楽椅子というのは読書には向かない。心地良い揺れと、暖かさに、眠くなる確率が高いのだ。アリス自身も、安楽椅子の心地よさに眠ってしまったことは、一度や二度ではない。
(ま、どうでもいいか)
別に魔理沙が来ても、変化があるわけではない。昼食、もしかしたら夕食の量が増えるだけ。しかも今日の魔理沙は大人しい。アリスの平和な一日に影響を与えそうにはない。
アリスは人形作りを続けた。静かな冬の一日。家の中には本のページをめくる音だけが響く。
アリスが作っているのは、冬の人形劇のためのもの。冬らしくクリスマスが関わるものにするつもりだ。そのため、使う布も赤や緑といったものが多くなる。
ふとアリスの中にサンタクロースの格好をしている魔理沙が浮かんだ。魔理沙はスカートが似合うから、膝丈程度の赤いスカートに黒いニーソックス。靴はいつもの革靴でいい。
上は同じように赤い長袖に、ポンチョをつける。ポンチョには首周りに白いフワフワをつけてもいいかもしれない。最後に赤い帽子と緑色のマフラーを巻けば、魔理沙サンタの完成だ。
ケーキ屋さんの前で客引きをしていたら人気がでるだろう。魔理沙はそれなりに美少女だし、子供受けもいい。
そこまで考えてアリスは心の中で苦笑いをした。見た目には合っているが、魔理沙の内面には似合わない。まだ茶色のトナカイ衣装の方がマシな気がする。
「よし、完成っと」
そんなことをしていてもアリスの手はちゃんと動いていた。冬物の人形用のセーターを完成させて軽くノビをする。
「ふわーっ」
思わずあくび。博麗神社にある炬燵も危ないが、暖炉のある暖かい部屋も危ない。冬はあらゆるところで居眠り警報が発令される。
「魔理沙ー。そろそろお昼にするけど……って。あーあ。やっぱりそうなるわよねー」
お昼の支度をしようと思い、魔理沙に声をかけると、魔理沙は安楽椅子の上で、本を膝の上に置き眠っていた。寝息にあわせて椅子が小さく揺れる。それにあわせて魔理沙の小さな寝顔も揺れる。
「スケッチでもしようかしら?」
タイトルは「夢見る魔法使い」なんていいかもしれない。
もちろん本気でスケッチをするつもりはない。椅子の隣まで歩いていき、顔の高さをあわせて屈む。
「魔理沙、起きて」
小声で言いながら、指で頬をつつく。しかし幸せな夢の中にいる魔理沙は起きない。
「どんな幸せな夢を見ているのかしら」
今度は頬をそっと撫でるが、それでも起きない。もっとも、アリスの中にも魔理沙に起きてほしいという気持ちと、このまま眠っていて欲しいという気持ちが同居していた。
しかしいつまでもほのぼのしているわけにはいかない。午後はまた人形作りの続きをしなくてはならないのだ。
これ以上魔理沙でほのぼのしていると戻れなくなると判断したアリスは決断をくだした。
魔理沙の後ろにまわり、小さな両肩に手をおく。親指だけを肩の上に残し、それ以外の指は魔理沙の弱点である腋の下に潜り込ませた。
「こらっ、魔女っ子。居眠りなんかしてないで、勉強しなさい」
アリスは腋の下に入れた4本の指を器用に動かしくすぐった。
「うにゃーーーーーーーーっっ!!!」
魔法の森に白黒魔法使いの悲鳴が響きわたる。
☆☆☆
午後のアリスの家
「魔理沙ー、食べる?」
午後もアリスの家に変化は無かった。アリスは人形をつくり、魔理沙は本を読む。
しかし人間も魔法使いも、ずっと集中していられるわけではない。運針の乱れを感じたアリスは休憩を取ることにした。
「ん、なんだ?」
魔理沙が大きな本を閉じて、顔をあげる。
「これこれ。魔理沙、好きだったでしょ?」
アリスが持ってきたのは籠に入ったマシュマロ。籠の中には竹串が用意してある。
「これは卑怯だぜ」
魔理沙が苦笑いをしながら竹串を手に取る。
アリスも自分が座っていた椅子を暖炉のそばまで持ってきて、ゆったりと腰掛けた。
暖炉の暖かい火が心地よい。思わず眠ってしまいそうになる。
「できたぜ」
竹串にマシュマロを3つ通した魔理沙が籠を渡してくる。
籠を受け取ったアリスも、同じようにマシュマロを竹串に通した。
竹串に通したマシュマロを暖炉の火で軽く炙る。表面に軽く焦げ目がついたら食べごろだ。
「こればっかりは、魔法だと美味しくないんだよなぁ」
左手で竹串を持った魔理沙が一番上のマシュマロを食べながら嘆く。
「たしかに暖炉でやらないと美味しくないわねぇ。だから冬限定」
アリスの頭の中に一瞬疑問がよぎる。たしか魔理沙は右利きだったはず。
しかし焼きたてのマシュマロの魅力にはあらがえない。焼きあがったマシュマロを口に入れる。
焼けた表面が薄い膜をつくり、独特の食感を作り出す。膜の中のマシュマロは熱によって柔らかくなっていて、膜を破るとトロリと口の中に溶け出す。するとクッキーやケーキとは違う独特の甘さが口の中いっぱいに広がるのだ。
魔理沙もアリスも暖炉で焼いたマシュマロの虜になっていた。
「ホットチョコレートでも用意した方がよかったかしら?」
「勘弁してくれ。冬は体にいろいろ付きやすいんだ」
「でも、ちゃんと食べないと。ちゃんと食べてるの?」
「気づいた時には食べてるぜ」
「だから大きくならないのよ」
アリスは魔理沙の足下を見た。小さな足が空中に浮いている。魔理沙はアリスよりも頭一つ小さかった。
「まだ私は成長期だからな。ほっといても伸びるぜ」
「霊夢との身長差が、だんだん開いてる気がするけど」
「うるさい」
魔理沙がまた一つマシュマロを食べる。
「まぁ、別にかまわないけど。ところでその大きな本は何なの?」
アリスは魔理沙が持ってきた大きな本を指した。
「見た方が早いぜ」
魔理沙が両手で本を持ってこちらの膝の上に置く。
本を開いてみると、様々な記号が並んでいた。目立つのは矢印やアルファベットの記号。一瞬悩んだが、魔理沙が開いていたページを見て、アリスは魔理沙の思惑を理解した。
「魔法の強化?まだ満足してなかったの?」
魔理沙が開いていたのは銀のページ。銀は古来から魔力と相性の良い金属とされている。しかし魔理沙が読んでいたのは、魔術書ではなく科学書。魔法的視点からでなく、科学的視点から考察するのは珍しい。
「うまく強化して爆発を起こせば、マスタースパークを分散させられると思ってな。息詰まったから、別の視点から考えてみた」
「それ、危なくない?」
魔理沙は八卦炉の中で小さな爆発を引き起こし、マスタースパークを分散させようとしているのだろう。しかし、それはあまりにも危険すぎる。
マスタースパーク程の魔力が至近距離で暴発したら、術者に及ぶ危険は無視できるものではない。
「今のところまったく使えそうにないな。そもそもこの方向からは何にも得られそうにない」
「ま、そんなもんでしょ」
10のうち1が有効利用できれば御の字。魔法の研究とはそういうものだ。
「でも、面白いものもあったぜ」
魔理沙が新しいマシュマロを竹串に刺しながら、いたずらっぽい顔をする。
「今度は何の悪巧みをしているのよ」
口ではそう言っているが、アリスも興味はある。魔法使いは総じてイタズラ好きだ。
「たとえば、Nはおもしろいぜ」
「窒素?」
「硝酸や硫酸は簡単に手に入るからな。それを混ぜていろいろやると楽しいぜ」
「なにするつもりよ?」
「まぁ、爆発だ。うまくやれば、人形にも組み込めるぜ」
「ホント!」
突然立ち上がるアリス。魔法使いの本能に火がついた瞬間だ。
「だが、こっからは小声で行くぜ?」
「どうして?」
「この作品が投稿できなくなるからな」
「そうね。最悪作者が逮捕されるかも?」
魔法使いの午後は長い。その後、魔法使い2人の爆発トークはしばらく続いた。
☆☆☆
夕方のアリスの家。
冬の日暮れは早く、外はすでに闇に染まっている。
爆発トークに花を咲かせた後、アリスは再び作業に戻った。魔理沙はしっかり研究していたらしく、アリスが知らない知識をたくさん持っていた。こちらに明かしてくれたのは、実用性が無いと思っているからなのだろう。たしかにどの話も、一人の人間の少女が使うには不可能な話だった。
(こっちの世界に来ればいいのに)
こっちの世界に来れば、研究する時間も十分にあるし、多少の無茶もできるようになる。
でも魔理沙には人間のままでいてほしい。
そう思う自分もアリスの中には存在していた。
魔法使いになったことで失った自分もある。
アリスはそのことを知っていた。
もし魔理沙が魔法使いになることで変わってしまうなら、今のままの方がよい。
たとえ、いつかは変わってしまうとしても。
さて、そんな人間魔法使い、霧雨魔理沙はさっきからどうも不機嫌なようである。
アリスには原因がわからない。あまりにも視線が気になったので振り返ったが、「どうかしたか?」と、ぶっきらぼうに返されてしまった。
そんな言われ方をしたら「別に」と、返すしかない。
しかしその後も背中に魔理沙の視線は突き刺さり続けた。明らかに不機嫌なオーラも感じる。
(なんなのよ、もう……)
アリスは必要なものを取りに行くフリをして立ち上がった。
軽く魔理沙を見て、布や小物を置いてある部屋へ向かう。暖炉がない廊下は寒い。
魔理沙は相変わらず安楽椅子に座り、両手で本を抱えた読みにくい姿勢で本を読んでいた。
(それがなんなのよ!)
アリスは悪態をつく。適当に棚を漁り数枚のフェルトを取り出した。
まったく利用する予定はない。
部屋に戻りながら、午前からの記憶をたどっていく。
午前中は同じように本を読んでいた。
午後も本を読んでいたが、マシュマロを食べながら会話した。
(あれ?)
アリスの中で何かが頭に引っかかった。部屋に戻りもう一度魔理沙を見る。
魔理沙はさっきと変わらない姿勢で、不機嫌オーラを出しながら本を読んでいる。
しかしアリスが見たのは、魔理沙の左腕だった。なぜかマシュマロを食べる時に右利きの魔理沙が利用していた腕。
1秒にも満たない時間。
しかしそれだけでアリスは、魔理沙のいつもと違う場所に気がついた。
それは意識をして見ないと気づかない小さな変化。
ブラウスの袖、手首のところを止めるボタンがとれている。
だが、それだけでは魔理沙が不機嫌になる理由がわからない。
ここには裁縫道具があるのだから、付け直すのは簡単であるし、そもそも気づいてない可能性もある。そこに不機嫌になる理由はない。
(わからない)
しばらく考えたがそこから先の考えは浮かばなかった。あとは本人に聞いてみるしかない。
「魔理沙」
「なんだよ」
相変わらず不機嫌な声。
「左手の袖のボタン。取れてる。女の子なんだから、身だしなみはちゃんとしないとだめよ?」
「え!」
なぜか驚きの声。不機嫌なオーラも暖炉の煙突から、外へと出ていった。
これが原因だったのは間違えないのだが、また新しい疑問が生じた。
なぜボタン程度で?
「付けてあげるから、それ脱いじゃいなさい。着替えは持ってきてあげるから」
原因はわからないが、ボタンを付けなおす程度なら造作もない。アリスは部屋を出て、着替えとボタンを取りに行った。
ボタンは大きさや色がわからないので、まとめてボタンを入れてある缶を持っていく。
次にクローゼットを見繕って、魔理沙に合う服を探す。上だけ脱いでもらえば問題ないので、スカートはいらない。
「この辺りかしらね」
白いワイシャツと、クリーム色のカーディガン。多少大きいかもしれないが、短時間なら問題ないだろう。
着替えとボタンを持って部屋に戻ると、魔理沙はすでに上を脱いでいた。
「これ、着替えね」
魔理沙に着替えを渡し、魔理沙からボタンが取れたブラウスを受け取る。
さっきまで着ていたためか、ほんのり魔理沙の甘い香りがする。
魔理沙のブラウスのボタンは、小さな白に近い透明。あまり人形に使う色ではないので、同じものが見つかるか分からない。
缶のふたに少しずつボタンを取り出し、同じものを探す。赤、青、緑と様々な色や大きさのボタンがあるが、魔理沙のブラウスと同じ色のボタンは見つからない。
ボタンを探しながら、アリスはあることを思い出した。
「そういえば、前にも魔理沙のボタンを付けたことがあったわね。あっちのブラウスのボタンは付けなおしたの?」
以前にも同じように魔理沙のブラウスのボタンが取れていたことがあった。その時はたしか、右手だった気がする。
同じようにボタンを付けなおそうとしたが、その時は結局同じ色のボタンが見つからずに、一番近い色の透明のボタンにしたのだった。
「まだ付けなおしてない」
いつもよりも少し小さな声で話す魔理沙。
着替えた様子が気になって後ろを振り向くと、アリスのワイシャツとカーディガンを着た魔理沙が、安楽椅子に両手を膝の上に乗せて座っていた。暖炉の近くに長く座っているので、顔が赤くなっている。アリスより背が低いためか、カーディガンからは指先が数センチしか出ていなかった。今の魔理沙なら、髪を下ろしたほうがいいかもしれない。スカートは、膝下くらいが似合いそうだ。
「袖のボタンなら見えないからね。そこまで気にすることもないかもしれないけど……」
また、ボタン探しに戻るが、なかなか同じ色のボタンは見つからない。また別の色で代用することになるかもしれない。
「ボタン付けぐらいなら言ってくれればよかったのに」
なかなか見つからないので、思わず悪態をついてしまった。
「だってアリス、前は何も言わなくてもすぐに気づいてくれた」
不意打ちの魔理沙の言葉に、アリスのボタンを探す手が止まった。
思わず魔理沙の方を振り向く。カーディガンの袖を握りしめ、安楽椅子に座っている魔理沙。
「それなのに、今日は人形ばっかり」
だって、人形遣いだから。
アリスがその言葉を口にすることはなかった。
自分の頬が熱くなっている気がする。
ブレインも正常に働いていない。
アリスの頭の中を今日1日の光景が矢継ぎ早に通過する。
読みにくい姿勢で本を読んでいた魔理沙。
左手でマシュマロを食べていた魔理沙。
そして得られる、正常ではないブレインによる結論。
「そ、それって、私に気がついて欲しかったってこと?」
自分は何を言っているのだろうか?
とてもブレインのある発言ではない。
思い上がりもいいところだ。
なんと言い訳すればいいだろう。
しかし、ブレインの足りない頭での心配は杞憂に終わった。
魔理沙は無言でコクンと頷いたのだった。
冬のアリス家の時は止まる。
☆☆☆
夜のアリスの家。
「できたわよ」
アリスはプツンと糸を切った。
結局同じ色のボタンは見つからなかった。
今回のボタンの色は水色。魔理沙の希望だった。
「ありがとう」
魔理沙は大切そうにブラウスを受け取ると、そっと水色のボタンを撫でた。
「今日はもう遅いわねー。魔理沙、泊まってく?」
「頼むぜ」
魔理沙はいつもの言葉遣いに戻して答えた。
もう、乙女魔理沙タイムは終了らしい。
袖の長いカーディガンで男言葉を話しても、可愛らしくしか見えないが。
特にアリスにとっては、一生懸命な女の子にしか見えなかった。
「じゃ、着替えてくるぜ」
「待って」
着替えに行く魔理沙を引き留める
「なんだ、もう大丈夫だぜ。たくさんフリルをつけられるのは勘弁だ」
「その、今日1日、そのままでいてくれない?」
アリスは今の魔理沙の虜になっていた。
「だって、これに黒のロングスカートだぜ?」
魔理沙は長いカーディガンの袖を振る。
「下も貸してあげるから!」
「勘弁してくれよ。アリスの人形にされるのは勘弁だぜ」
そうやって返されるのは予想済み。前科があるからしかたない。しかし今日のアリスには切り札があった。
「ボタンとボタン付けのお礼ということで」
「ボタンなんていくらだって持ってるじゃないか。アリスにとってボタン付けなんて朝飯前どころじゃないだろ?」
「あのボタンは貴重なのよ?水色なんて珍しいんだから」
もちろん嘘。いくらでも同じ色のボタンなんてもっている。
「同じ色のボタンがたくさんあった気がするが」
これも予想済み。次でチェックメイトだ。
「魔理沙、私に可愛くされるのが嫌?」
右手で椅子を利用して頬杖をつき、首を軽く傾け、顔は薄くほほえむ。
私の一番自信のある表情。
「仕方ないぜ」
じっと魔理沙の綺麗な金色の瞳を見ること数秒。ついに魔理沙は折れてくれた。
「そのかわり、可愛くしてくれよな」
「まかせて」
当然その点に関しては自信がある。
上海や蓬莱に負けず劣らず可愛くしてあげよう。
アリス家の一日はまだまだ続きそうである。
そんな魔法の森に住む人間魔法使い、霧雨魔理沙は朝の支度をしていた。
軽い朝食をとり、歯を磨き、顔を洗う。黒地に星柄のパジャマを脱ぎシャワーを浴びると、外出の準備を始めた。まだ行き先は決まっていない。
下着を身につけ、洋服を入れてある木製の箪笥から白いブラウスを取り出す。それを羽織り、ボタンを留める途中で魔理沙は手をとめた。何かに気づいたらしい。別のブラウスを箪笥から取り出す。今まで着ていたブラウスを脱ぎ、新しいものに取り替えようとする。しかし、今度はブラウスを羽織る前に手が止まってしまった。
「うーん」
二枚のブラウスをぎゅっと胸に抱え、下着姿で頭を悩ませる魔理沙。わずかに頬を紅く染めながら、「でもなぁ」とか、「前は……」などと独り言をつぶやく。
数分後。「よし!」と何故か気合いを入れた魔理沙は最初に着ていたブラウスを身につけた。新しく取り出したものは、丁寧に箪笥の中にしまう。
その後は、三つ編みをする時にわずかに気に入らなかったためか、一度ほどいてやり直したこと以外に変わったことはなかった。
最後に黒いとんがり帽子を頭にのせ、大きな本と大切な箒を持って外にでる。
「いってくるぜ」
誰もいない家に向けて挨拶をし、魔理沙は魔法の森の空に飛び上がった。
☆☆☆
午前のアリスの家。
背中の向こうにいる魔理沙は何をしにきたのだろうか?
アリスは疑問に思っていた。暖炉のそばに置いてある安楽椅子に腰掛け、上半身ほどもある大きな魔術書を読む。
魔理沙の行為は自分の家でも十分できると思う。
気分転換のためにここまで来たのだろうか? ずっと同じ場所で同じ行為をしていると、気分を変えたくなるという気持ちは、わからなくもない。
ただ、本を読むならテーブルで読む方が楽だと思う。魔理沙が読んでいるような大きな本ならなおさらだ。本の背に両手をまわし、上縁を両手でもつ。めくるのも面倒で、いかにも読みにくそうな姿勢だ。
そもそも暖炉のそばの安楽椅子というのは読書には向かない。心地良い揺れと、暖かさに、眠くなる確率が高いのだ。アリス自身も、安楽椅子の心地よさに眠ってしまったことは、一度や二度ではない。
(ま、どうでもいいか)
別に魔理沙が来ても、変化があるわけではない。昼食、もしかしたら夕食の量が増えるだけ。しかも今日の魔理沙は大人しい。アリスの平和な一日に影響を与えそうにはない。
アリスは人形作りを続けた。静かな冬の一日。家の中には本のページをめくる音だけが響く。
アリスが作っているのは、冬の人形劇のためのもの。冬らしくクリスマスが関わるものにするつもりだ。そのため、使う布も赤や緑といったものが多くなる。
ふとアリスの中にサンタクロースの格好をしている魔理沙が浮かんだ。魔理沙はスカートが似合うから、膝丈程度の赤いスカートに黒いニーソックス。靴はいつもの革靴でいい。
上は同じように赤い長袖に、ポンチョをつける。ポンチョには首周りに白いフワフワをつけてもいいかもしれない。最後に赤い帽子と緑色のマフラーを巻けば、魔理沙サンタの完成だ。
ケーキ屋さんの前で客引きをしていたら人気がでるだろう。魔理沙はそれなりに美少女だし、子供受けもいい。
そこまで考えてアリスは心の中で苦笑いをした。見た目には合っているが、魔理沙の内面には似合わない。まだ茶色のトナカイ衣装の方がマシな気がする。
「よし、完成っと」
そんなことをしていてもアリスの手はちゃんと動いていた。冬物の人形用のセーターを完成させて軽くノビをする。
「ふわーっ」
思わずあくび。博麗神社にある炬燵も危ないが、暖炉のある暖かい部屋も危ない。冬はあらゆるところで居眠り警報が発令される。
「魔理沙ー。そろそろお昼にするけど……って。あーあ。やっぱりそうなるわよねー」
お昼の支度をしようと思い、魔理沙に声をかけると、魔理沙は安楽椅子の上で、本を膝の上に置き眠っていた。寝息にあわせて椅子が小さく揺れる。それにあわせて魔理沙の小さな寝顔も揺れる。
「スケッチでもしようかしら?」
タイトルは「夢見る魔法使い」なんていいかもしれない。
もちろん本気でスケッチをするつもりはない。椅子の隣まで歩いていき、顔の高さをあわせて屈む。
「魔理沙、起きて」
小声で言いながら、指で頬をつつく。しかし幸せな夢の中にいる魔理沙は起きない。
「どんな幸せな夢を見ているのかしら」
今度は頬をそっと撫でるが、それでも起きない。もっとも、アリスの中にも魔理沙に起きてほしいという気持ちと、このまま眠っていて欲しいという気持ちが同居していた。
しかしいつまでもほのぼのしているわけにはいかない。午後はまた人形作りの続きをしなくてはならないのだ。
これ以上魔理沙でほのぼのしていると戻れなくなると判断したアリスは決断をくだした。
魔理沙の後ろにまわり、小さな両肩に手をおく。親指だけを肩の上に残し、それ以外の指は魔理沙の弱点である腋の下に潜り込ませた。
「こらっ、魔女っ子。居眠りなんかしてないで、勉強しなさい」
アリスは腋の下に入れた4本の指を器用に動かしくすぐった。
「うにゃーーーーーーーーっっ!!!」
魔法の森に白黒魔法使いの悲鳴が響きわたる。
☆☆☆
午後のアリスの家
「魔理沙ー、食べる?」
午後もアリスの家に変化は無かった。アリスは人形をつくり、魔理沙は本を読む。
しかし人間も魔法使いも、ずっと集中していられるわけではない。運針の乱れを感じたアリスは休憩を取ることにした。
「ん、なんだ?」
魔理沙が大きな本を閉じて、顔をあげる。
「これこれ。魔理沙、好きだったでしょ?」
アリスが持ってきたのは籠に入ったマシュマロ。籠の中には竹串が用意してある。
「これは卑怯だぜ」
魔理沙が苦笑いをしながら竹串を手に取る。
アリスも自分が座っていた椅子を暖炉のそばまで持ってきて、ゆったりと腰掛けた。
暖炉の暖かい火が心地よい。思わず眠ってしまいそうになる。
「できたぜ」
竹串にマシュマロを3つ通した魔理沙が籠を渡してくる。
籠を受け取ったアリスも、同じようにマシュマロを竹串に通した。
竹串に通したマシュマロを暖炉の火で軽く炙る。表面に軽く焦げ目がついたら食べごろだ。
「こればっかりは、魔法だと美味しくないんだよなぁ」
左手で竹串を持った魔理沙が一番上のマシュマロを食べながら嘆く。
「たしかに暖炉でやらないと美味しくないわねぇ。だから冬限定」
アリスの頭の中に一瞬疑問がよぎる。たしか魔理沙は右利きだったはず。
しかし焼きたてのマシュマロの魅力にはあらがえない。焼きあがったマシュマロを口に入れる。
焼けた表面が薄い膜をつくり、独特の食感を作り出す。膜の中のマシュマロは熱によって柔らかくなっていて、膜を破るとトロリと口の中に溶け出す。するとクッキーやケーキとは違う独特の甘さが口の中いっぱいに広がるのだ。
魔理沙もアリスも暖炉で焼いたマシュマロの虜になっていた。
「ホットチョコレートでも用意した方がよかったかしら?」
「勘弁してくれ。冬は体にいろいろ付きやすいんだ」
「でも、ちゃんと食べないと。ちゃんと食べてるの?」
「気づいた時には食べてるぜ」
「だから大きくならないのよ」
アリスは魔理沙の足下を見た。小さな足が空中に浮いている。魔理沙はアリスよりも頭一つ小さかった。
「まだ私は成長期だからな。ほっといても伸びるぜ」
「霊夢との身長差が、だんだん開いてる気がするけど」
「うるさい」
魔理沙がまた一つマシュマロを食べる。
「まぁ、別にかまわないけど。ところでその大きな本は何なの?」
アリスは魔理沙が持ってきた大きな本を指した。
「見た方が早いぜ」
魔理沙が両手で本を持ってこちらの膝の上に置く。
本を開いてみると、様々な記号が並んでいた。目立つのは矢印やアルファベットの記号。一瞬悩んだが、魔理沙が開いていたページを見て、アリスは魔理沙の思惑を理解した。
「魔法の強化?まだ満足してなかったの?」
魔理沙が開いていたのは銀のページ。銀は古来から魔力と相性の良い金属とされている。しかし魔理沙が読んでいたのは、魔術書ではなく科学書。魔法的視点からでなく、科学的視点から考察するのは珍しい。
「うまく強化して爆発を起こせば、マスタースパークを分散させられると思ってな。息詰まったから、別の視点から考えてみた」
「それ、危なくない?」
魔理沙は八卦炉の中で小さな爆発を引き起こし、マスタースパークを分散させようとしているのだろう。しかし、それはあまりにも危険すぎる。
マスタースパーク程の魔力が至近距離で暴発したら、術者に及ぶ危険は無視できるものではない。
「今のところまったく使えそうにないな。そもそもこの方向からは何にも得られそうにない」
「ま、そんなもんでしょ」
10のうち1が有効利用できれば御の字。魔法の研究とはそういうものだ。
「でも、面白いものもあったぜ」
魔理沙が新しいマシュマロを竹串に刺しながら、いたずらっぽい顔をする。
「今度は何の悪巧みをしているのよ」
口ではそう言っているが、アリスも興味はある。魔法使いは総じてイタズラ好きだ。
「たとえば、Nはおもしろいぜ」
「窒素?」
「硝酸や硫酸は簡単に手に入るからな。それを混ぜていろいろやると楽しいぜ」
「なにするつもりよ?」
「まぁ、爆発だ。うまくやれば、人形にも組み込めるぜ」
「ホント!」
突然立ち上がるアリス。魔法使いの本能に火がついた瞬間だ。
「だが、こっからは小声で行くぜ?」
「どうして?」
「この作品が投稿できなくなるからな」
「そうね。最悪作者が逮捕されるかも?」
魔法使いの午後は長い。その後、魔法使い2人の爆発トークはしばらく続いた。
☆☆☆
夕方のアリスの家。
冬の日暮れは早く、外はすでに闇に染まっている。
爆発トークに花を咲かせた後、アリスは再び作業に戻った。魔理沙はしっかり研究していたらしく、アリスが知らない知識をたくさん持っていた。こちらに明かしてくれたのは、実用性が無いと思っているからなのだろう。たしかにどの話も、一人の人間の少女が使うには不可能な話だった。
(こっちの世界に来ればいいのに)
こっちの世界に来れば、研究する時間も十分にあるし、多少の無茶もできるようになる。
でも魔理沙には人間のままでいてほしい。
そう思う自分もアリスの中には存在していた。
魔法使いになったことで失った自分もある。
アリスはそのことを知っていた。
もし魔理沙が魔法使いになることで変わってしまうなら、今のままの方がよい。
たとえ、いつかは変わってしまうとしても。
さて、そんな人間魔法使い、霧雨魔理沙はさっきからどうも不機嫌なようである。
アリスには原因がわからない。あまりにも視線が気になったので振り返ったが、「どうかしたか?」と、ぶっきらぼうに返されてしまった。
そんな言われ方をしたら「別に」と、返すしかない。
しかしその後も背中に魔理沙の視線は突き刺さり続けた。明らかに不機嫌なオーラも感じる。
(なんなのよ、もう……)
アリスは必要なものを取りに行くフリをして立ち上がった。
軽く魔理沙を見て、布や小物を置いてある部屋へ向かう。暖炉がない廊下は寒い。
魔理沙は相変わらず安楽椅子に座り、両手で本を抱えた読みにくい姿勢で本を読んでいた。
(それがなんなのよ!)
アリスは悪態をつく。適当に棚を漁り数枚のフェルトを取り出した。
まったく利用する予定はない。
部屋に戻りながら、午前からの記憶をたどっていく。
午前中は同じように本を読んでいた。
午後も本を読んでいたが、マシュマロを食べながら会話した。
(あれ?)
アリスの中で何かが頭に引っかかった。部屋に戻りもう一度魔理沙を見る。
魔理沙はさっきと変わらない姿勢で、不機嫌オーラを出しながら本を読んでいる。
しかしアリスが見たのは、魔理沙の左腕だった。なぜかマシュマロを食べる時に右利きの魔理沙が利用していた腕。
1秒にも満たない時間。
しかしそれだけでアリスは、魔理沙のいつもと違う場所に気がついた。
それは意識をして見ないと気づかない小さな変化。
ブラウスの袖、手首のところを止めるボタンがとれている。
だが、それだけでは魔理沙が不機嫌になる理由がわからない。
ここには裁縫道具があるのだから、付け直すのは簡単であるし、そもそも気づいてない可能性もある。そこに不機嫌になる理由はない。
(わからない)
しばらく考えたがそこから先の考えは浮かばなかった。あとは本人に聞いてみるしかない。
「魔理沙」
「なんだよ」
相変わらず不機嫌な声。
「左手の袖のボタン。取れてる。女の子なんだから、身だしなみはちゃんとしないとだめよ?」
「え!」
なぜか驚きの声。不機嫌なオーラも暖炉の煙突から、外へと出ていった。
これが原因だったのは間違えないのだが、また新しい疑問が生じた。
なぜボタン程度で?
「付けてあげるから、それ脱いじゃいなさい。着替えは持ってきてあげるから」
原因はわからないが、ボタンを付けなおす程度なら造作もない。アリスは部屋を出て、着替えとボタンを取りに行った。
ボタンは大きさや色がわからないので、まとめてボタンを入れてある缶を持っていく。
次にクローゼットを見繕って、魔理沙に合う服を探す。上だけ脱いでもらえば問題ないので、スカートはいらない。
「この辺りかしらね」
白いワイシャツと、クリーム色のカーディガン。多少大きいかもしれないが、短時間なら問題ないだろう。
着替えとボタンを持って部屋に戻ると、魔理沙はすでに上を脱いでいた。
「これ、着替えね」
魔理沙に着替えを渡し、魔理沙からボタンが取れたブラウスを受け取る。
さっきまで着ていたためか、ほんのり魔理沙の甘い香りがする。
魔理沙のブラウスのボタンは、小さな白に近い透明。あまり人形に使う色ではないので、同じものが見つかるか分からない。
缶のふたに少しずつボタンを取り出し、同じものを探す。赤、青、緑と様々な色や大きさのボタンがあるが、魔理沙のブラウスと同じ色のボタンは見つからない。
ボタンを探しながら、アリスはあることを思い出した。
「そういえば、前にも魔理沙のボタンを付けたことがあったわね。あっちのブラウスのボタンは付けなおしたの?」
以前にも同じように魔理沙のブラウスのボタンが取れていたことがあった。その時はたしか、右手だった気がする。
同じようにボタンを付けなおそうとしたが、その時は結局同じ色のボタンが見つからずに、一番近い色の透明のボタンにしたのだった。
「まだ付けなおしてない」
いつもよりも少し小さな声で話す魔理沙。
着替えた様子が気になって後ろを振り向くと、アリスのワイシャツとカーディガンを着た魔理沙が、安楽椅子に両手を膝の上に乗せて座っていた。暖炉の近くに長く座っているので、顔が赤くなっている。アリスより背が低いためか、カーディガンからは指先が数センチしか出ていなかった。今の魔理沙なら、髪を下ろしたほうがいいかもしれない。スカートは、膝下くらいが似合いそうだ。
「袖のボタンなら見えないからね。そこまで気にすることもないかもしれないけど……」
また、ボタン探しに戻るが、なかなか同じ色のボタンは見つからない。また別の色で代用することになるかもしれない。
「ボタン付けぐらいなら言ってくれればよかったのに」
なかなか見つからないので、思わず悪態をついてしまった。
「だってアリス、前は何も言わなくてもすぐに気づいてくれた」
不意打ちの魔理沙の言葉に、アリスのボタンを探す手が止まった。
思わず魔理沙の方を振り向く。カーディガンの袖を握りしめ、安楽椅子に座っている魔理沙。
「それなのに、今日は人形ばっかり」
だって、人形遣いだから。
アリスがその言葉を口にすることはなかった。
自分の頬が熱くなっている気がする。
ブレインも正常に働いていない。
アリスの頭の中を今日1日の光景が矢継ぎ早に通過する。
読みにくい姿勢で本を読んでいた魔理沙。
左手でマシュマロを食べていた魔理沙。
そして得られる、正常ではないブレインによる結論。
「そ、それって、私に気がついて欲しかったってこと?」
自分は何を言っているのだろうか?
とてもブレインのある発言ではない。
思い上がりもいいところだ。
なんと言い訳すればいいだろう。
しかし、ブレインの足りない頭での心配は杞憂に終わった。
魔理沙は無言でコクンと頷いたのだった。
冬のアリス家の時は止まる。
☆☆☆
夜のアリスの家。
「できたわよ」
アリスはプツンと糸を切った。
結局同じ色のボタンは見つからなかった。
今回のボタンの色は水色。魔理沙の希望だった。
「ありがとう」
魔理沙は大切そうにブラウスを受け取ると、そっと水色のボタンを撫でた。
「今日はもう遅いわねー。魔理沙、泊まってく?」
「頼むぜ」
魔理沙はいつもの言葉遣いに戻して答えた。
もう、乙女魔理沙タイムは終了らしい。
袖の長いカーディガンで男言葉を話しても、可愛らしくしか見えないが。
特にアリスにとっては、一生懸命な女の子にしか見えなかった。
「じゃ、着替えてくるぜ」
「待って」
着替えに行く魔理沙を引き留める
「なんだ、もう大丈夫だぜ。たくさんフリルをつけられるのは勘弁だ」
「その、今日1日、そのままでいてくれない?」
アリスは今の魔理沙の虜になっていた。
「だって、これに黒のロングスカートだぜ?」
魔理沙は長いカーディガンの袖を振る。
「下も貸してあげるから!」
「勘弁してくれよ。アリスの人形にされるのは勘弁だぜ」
そうやって返されるのは予想済み。前科があるからしかたない。しかし今日のアリスには切り札があった。
「ボタンとボタン付けのお礼ということで」
「ボタンなんていくらだって持ってるじゃないか。アリスにとってボタン付けなんて朝飯前どころじゃないだろ?」
「あのボタンは貴重なのよ?水色なんて珍しいんだから」
もちろん嘘。いくらでも同じ色のボタンなんてもっている。
「同じ色のボタンがたくさんあった気がするが」
これも予想済み。次でチェックメイトだ。
「魔理沙、私に可愛くされるのが嫌?」
右手で椅子を利用して頬杖をつき、首を軽く傾け、顔は薄くほほえむ。
私の一番自信のある表情。
「仕方ないぜ」
じっと魔理沙の綺麗な金色の瞳を見ること数秒。ついに魔理沙は折れてくれた。
「そのかわり、可愛くしてくれよな」
「まかせて」
当然その点に関しては自信がある。
上海や蓬莱に負けず劣らず可愛くしてあげよう。
アリス家の一日はまだまだ続きそうである。
恥じらう魔理沙可愛いよ
ほんのり甘さでよかったです