この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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花の用途とは何か。そんな単純な問いかけにも、複数の答えが用意されている。
まずは観賞。花園に咲き乱れる花を眺めるもよし、一輪挿しの花を愛でるもよし。その美しさは、見る者の心を揺さぶる力を持っている。
次に食用。収穫した果実を食べること以外に、蜂蜜だって、広い意味では花を食用にしていると言っていいだろう。仄かに甘く、仄かに酸っぱく、口の中を幸せで包む魅力を持っている。
さらに薬用。いわゆる薬草と呼ばれる花は、傷をいやし、精神を安定させる力を持っている。ただし、裏を返せばそれらは毒となる。例えば麻酔薬。処方を誤れば二度と覚める事のない眠りに誘うことだろう。まぁ、この辺りは永遠亭の医者に聞いた方が詳しく教えてくれるだろう。
他にも、染料として使うとか、魔法の媒体として使うとか、用途は千差万別だ。そんな中、私は今、思いつく限り最も乙女らしい用途を選んで花を使用している。
「好き……」
花びらを一枚摘み取り、そのまま手放す。ゆらゆらと足元に近づいてゆく花びら。
「べ、べつに、あなたのことなんて、好きじゃないんだからねっ!?」
もう一枚、花びらを摘み取る。手放した後の動きは、さっきと同じ。
「好き……」
さらにもう一枚。花びらの衣を脱ぎ去るまで、延々と繰り返される行為。最後の一枚に手をかけた時につぶやいた言葉が真実であるという、いわゆる花占いという行為を、私は行っている。
「べ、べつに、あなたのことなんて、好きじゃないんだからねっ!?」
……き、から始まる3文字の言葉を、私はあえて避けている。対して変わらないんじゃないかと言われても、私はこの言葉を選ぶ。
「好き……」
……面と向かって想いを告げるほどの勇気は、私にはまだない。面と向かっていないとしても、口にするのは、それなりの勇気がいるのだけれど。
「べ、べつに―――!」
最後の一枚に手をかけようとして、その手を止める。なぜだろう。何度やっても同じ結果が返ってくる。恋の神様がいるとしたら、どうして私にこんな悪戯を仕掛けたりするのだろう。
「魔理沙のことなんて……」
指先が震え、力なく、腕を降ろす。一枚だけ花びらの残った花を、ベッドの近くの一輪挿しに挿し、そのまま倒れこむように枕に顔をうずめた。
(好きじゃ…… ないんだからね……)
はっきり口に出してしまうと、それが真実になってしまう。花占いに込められた呪術的な要素が、私の心を縛りつける。この呪縛から解放されるためには、私が望む真実を選択したうえで花占いを終えないといけない。
悲しいわけじゃない。怒りが湧いているわけでもない。心に残るせつなさを自覚してみても、何かが変わるわけではない。どうしようもないやるせなさに包まれ、私は静かに目を閉じる。徐々に意識がまどろみ、夢に溶けていった。
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(アリス…… いつまで寝てるんだ……?)
どこからともなく、声が聞こえてくる。私は一人暮らしだから、私じゃない声がするということは、誰かが来た、ということだ。……でも、誰が?
(せっかく来てやったんだから、紅茶の一杯でも出すのが礼儀じゃないのか?…… ったく、いい加減に起きろって。)
トン、トン、と、少しずつ、足音が近づいて来る。早く対応しないといけないのに、なんでだろう、思ったように、身体が動かない。
(……アリスの寝顔って、こんなだったんだ。)
(……かわいい。)
近くにいるはずなのに、遠くから響いてきて、おぼろげなはずなのに、はっきりと聞こえてくる声。……恥ずかしくて、何を言ってるのよ!って、言い返してやりたいのに、口が動かない。
(そろそろ、起こしてあげないとな……)
重い瞼を開こうとして、意識を集中させていく。微かに開いた目に映ったのは、見覚えのある、黒いとんがり帽子だった。
(アリス……)
帽子が大きくなる。いや、これは、近付いてきてるんだ。そう、少しずつ、私の顔に向かって来て…… もう…… 吐息がかかるくらいに……
「いい加減に! 目を! 覚ましなさぁいっ!」
「!!!!!!!!!!」
耳元で大声を出されれば、たとえ寝起きでなくても言葉を失うほどの衝撃を受けるだろう。とりあえず、おかげで、すっかり目が覚めました。本当にありがとうございます。ただ一つ、私が気に入らないことは―――
「―――なんで魔理沙じゃないのよ……? あの口調、確かに魔理沙のものだったはずなのに……」
「寝起きの一言がそれ? 朝起きたら、おはようございます、でしょう? 寝ぼけてないで、ちゃんと意識を覚ましなさい。」
何気に正論を告げる相手は、魔理沙の服を着た幽香だった。―――いや、待て、何故? 幽香が魔理沙の服を着ている?
「幽香! その服!?」
「あぁ、この服? 香霖堂に頼んで仕立ててもらったのよ。魔理沙の服を盗ってきたわけじゃないから、安心しなさい。」
「そうじゃなくて、あぁ、いや、それも心配ではあったけど、あれよ! なんでわざわざそんな恰好をしてるのかってことよ!」
「ほら、あれよ、ハロウィンってやつ。魔理沙の服って、なんとなく、それっぽくない?」
「何時の話をしてるのよ? ハロウィンなんてとっくに過ぎてるわよ。」
「トリィック? オゥア、トリィト?」
「なんなのよ、そのいやらしい言い方は……人の目を覚ます前に自分の眼を覚ました方がいいわよ。」
口をとんがらせて不機嫌そうな表情を見せる幽香。不機嫌なのはこちらの方だ。変に期待させておいてお預けなんて…… いや、そうか、なるほど。
「……香霖堂に頼めば、魔理沙と同じ服が―――」
「あなたもあなたで、夢から覚めても夢の中にいるみたいね。」
「そんなことはないわ。私はちゃんと覚醒してるわよ。」
「……ある意味、覚醒ってことかしら。」
若干呆れた表情を浮かべて、帽子を脱ぐ幽香。そして、その帽子の中から一つの鉢を取り出した。
「魔理沙の格好をしてくれば少しは楽しめるかと思ったけれど、興が削がれたわ。とりあえず、こっちが本来の目的。頼まれてた花が、ようやく出来上がったわ。」
やたらとカラフルな花だと思った。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。いわゆる、虹の七色。一枚ごとに色が異なる花弁。さらに、それぞれの花弁には、白黒の筋が通っていた。
「外見のイメージはともかく、条件が厳しすぎるのよ。絶対に花占いが成功する花、なんて、検証するのも一苦労だったわよ。」
寝る前の出来事がフラッシュバックする。私の心を縛る、花占いの呪い。幽香に依頼した花は、それを解くための、言うならば最終手段だった。これで、ようやく、私の想いは満たされるはず。
「花占いに使うには、ちょっと大きいような気もするけれど…… 確認するけれど、本当に、花占いの結果は、その、す、好き、で、終わるのよね?」
「えぇ、私が検証した時には、確かに、その結果になったわ。」
「ちなみに、相手は?」
「れ――― ぇえっと、レミリアに想いを寄せる、咲夜に渡して検証した結果よ。」
惜しい…… さりげなく、幽香の弱みを握ってやろうとしたのに。
「とにかく、私の用事はこれでおしまい。本当なら、紅茶の一杯でもいただきたいところだけれど、あなたはすぐにでも花占いを試したいだろうし、これで失礼するわ。」
少しだけ顔を紅らめて、逃げるように部屋を出て行った幽香。それにしても、れ…… れ? ……なるほど。
「さて、と。」
待ちに待った時が来た。多くの花が、無駄摘みで無かった事の証の為に。再び、私の理想を掲げるために。想いの成就の為に。
「―――そういえば、この花の名前を聞いてなかったわね。」
鉢に咲く花は一輪だけ。でも、絶対に成功するなら、それで十分。深呼吸して、胸の鼓動を治めて―――
「始めるとしましょう。」
花弁の一枚に、手を伸ばした。
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「どうして……?」
幽香が帰ってからだいぶ時間が経った。つまり、私が例の花で花占いを始めてから、だいぶ時間が経ったはず。なのに、私は、まだ花占いを続けている。というより、花占いを、終える事が出来ないのだ。
「花びらが…… 再生してる……?」
摘んだ花弁は、床に落ちたらすぐに霧のように消えてしまう。だから、どれだけの枚数の花弁を摘んだのかを確認することが出来ない。それでも、私の感覚では、既に100枚以上は摘んでいるはずだ。そもそも、この花は100枚も花弁を持っているはずがない。見た感じ、10枚から20枚。それなのに、私はそれ以上の枚数の花弁を摘んでいる。
「―――う…… また?」
時折、花が閃光を放つ。だいたい、残る花弁が5~6枚になった頃だ。眩しくて眼を閉じて、目を開けると、何事もなかったかのように花が佇んでいる。おそらくは、この時に花弁が再生しているのだろう。
「絶対に成功する…… つまり、成功するまで、永遠に再生し続けるってことなの?」
少しだけ、怖くなってきた。このまま終わらないんじゃないか、という不安。そして、これだけやっても終わらないという状況が意味すること。つまりは、私の想いは永遠に届くことがないとでも告げられているような気がして、何か、言葉に表せない感情に、私の心が支配されていくのを感じる。
「くぅっ…… 早く…… 終わってよ……!」
もはや、全ての花弁を摘み取ることが目的となってしまっている。無我夢中で花弁を毟りとり、そのたびに閃光、やり直し、そんなことを繰り返しているのだ。
「なんでなのよ? どうして終われないの?」
いつの間にか、涙があふれて視界が滲んでいた。自分が泣いている、そう認識してしまうと、嫌でも悲しくなってくる。涙が、止まらない。
「うぅ…… 魔理沙…… 魔理沙ぁっ……!」
耐えきれずに名前を呼ぶ。でも、応えてくれるわけがない。ここに、魔理沙がいるわけは―――
「呼んだか? アリス。」
「―――な、んで?」
応えてくれた声。驚きで、涙をぬぐうことすら忘れて茫然となる私に、そっと近づいてくる。どこからか取り出したハンカチで優しく顔を拭いてくれた、その時になって、ようやく私の意識が、相手がだれであるかを認識してくれた。
「魔理沙…… 本物…… よね?」
「私は私しかいない。偽物の私がいるんだったら、是非その姿を見てみたいものだ。」
「なんで? 此処に?」
「私が遊びに来るのは、いつものことだろう? ただ、今日のアリスはいつもどおりじゃないみたいだけどな。出迎えに来る人形もいなかったから、ここまで勝手に上がらせてもらったんだが。」
そう言って、ベッドに腰掛ける魔理沙。そういえば、ずっと此処で作業を続けていたっけ。家の鍵を閉める事すら忘れるなんて、私らしくない。その意味では、魔理沙が言うとおり、今日の私は、いつも通りではないのだろう。
「……なるほど。原因はこの花か?」
魔理沙が例の花に手を伸ばす。しばらくの間、いろんな角度から眺めてみたり、香りをかいでみたり、夢中で観察していたようだったが、一通りの作業を終えたところで、ようやく話し始めた。
「魔法の媒体として使っていた…… わけではないか。いい香りだが、食用というわけでもない。薬にするにしても、それらしい道具は見つからないところを見ると、もしや、花占いでもしてたのか?」
不思議と核心をつく洞察力に感服したものの、そのとおりだと応えるわけにはいかない。だって、その相手を目の前にして、正直に言えるわけがない。だって、応えるという行為そのものが、告白になっているのだから。
まごまごしたままでいると、魔理沙はおもむろに例の花の花弁に手をかけた。そして―――
「すーきっ!」
花弁を摘み取り、指ではじくように宙に放った。ひらひらと舞って、床にたどりつく前に霧散する。
「……ほぅ? 面白い花だな。さて、続き続き。……きーらいっ!」
「……って、ちょっと、魔理沙!? 勝手に何をしてるの!?」
「何って、花占いだよ。アリスの代わりに、私が占ってやるんだよ。……すーきっ!」
「待ちなさいよ! 別に、そんなこと―――」
「いいっていいって、これくらい、大した手間じゃない。見返りを求めたりはしないから、安心しな。……きーらいっ!」
「そうじゃなくて、あぁ、もう。」
これまでの経緯を説明するわけにはいかないし、かといって、魔理沙を説得するための理由も思いつかない。すーきっ、きーらいっ、という言葉と共に、占いは進んでいく。残りの花弁が少なくなってきた。
「……そろそろかしら。」
閃光に備えて、軽く手をかざす。しかし、いつまで経っても、予想していた閃光は発生しなかった。疑問に思って、少しだけうろたえる私に、魔理沙が声をかけてきた。
「……何やってんだ?」
「え? いや、その、そろそろ、ピカッて、あれ?」
「? 何のことかは知らんが、もう花占いも終わるぞ。ほら。」
そう言って、魔理沙は一枚だけ花弁が残った花を差し出してきた。……思考が追いついていないせいだろう。私は、それをただ見つめるだけで固まっていた。
「最後の一言くらい、本人の口から聞かせてくれよ。……な?」
笑顔の魔理沙と花を交互に見直して、恐る恐る、花に手を伸ばす。最後の一枚。告げるべき言葉を改めて確認して、震える指先を必死で動かす。心臓の鼓動がはっきり聞こえてくる。何度も深呼吸をして、気持ちを治める。そして、花弁に手をかけ―――
「……す―――」
言葉を発する直前、例の閃光が起きた。
「うわっ!? なんだこれ?」
「……」
閃光が止んだら、当然のように花弁は元に戻っていた。説明をする気力も失せて、ただ、茫然と花を見つめる私。
「……ったく、こんな風になるなんて、聞いてないぞ。」
「……え? 聞いてない、って、どういうこと?」
「あ……」
魔理沙がわかりやすいくらい、しまった、という表情をした。つまりは、誰かの差し金。そして、このタイミングでこんなことをするのは、あいつしかいない。
「魔理沙、隠し事は無しよ。幽香になんて言われたのか、全部話しなさい。」
じっと見つめてやったら、さすがに観念したらしく、軽い溜め息をついてから話し始めた。
「えぇ、と、アリスの所に花を届けたから、花占いでもしてからかってやれって。ただし、最後の一枚だけはアリスに摘ませろって、私が言われたのはそれだけだ。摘んだ花弁が消えるとか、いきなり閃光を放つとか、そんなことは聞いてなかったよ。」
「それだけ? 本当に?」
「あぁ、幽香から指示されたのは、それだけだ。……ったく。なんだって、こんなややこしいことをさせるのかなぁ。」
……もしかしたら、幽香は、花占いを成功させるという意味を、相手に想いを告げる、という意味に置き換えたのかもしれない。でも、だからと言って、こんなシチュエーションを演出するなんて。
「幽香…… なかなかやってくれるじゃないの。」
「なんだか知らないけれど、一人で納得してないで、私にも説明してくれ。」
「えぇ、花占いの途中で交代するのは、ルール違反だったってことよ。」
とっさに、それらしい答えを用意して返事をする。とりあえず、魔理沙は納得してくれたようだ。
「……ところで、閃光のことを知ってたってことは、アリスは何回か試したってことだよな?」
「な!? 何のことかしら?」
「隠し事は無しだ。」
今度は魔理沙がじっと見つめてくる。……うぅ、さっき自分がやったこととはいえ、やられてみると結構辛い。でも、もう、隠すことなんてないのかもしれない。
「……覚えてないわ。」
「そんなことはないだろう。ほら、だいたいこれくらいって、大まかな回数は言えるだろう?」
「本当よ。本当に、覚えきれないくらい、占おうとして……」
「ピカッとなってやり直し、ということか。」
「えぇ。でも、この花をもらうまえから、何回も試してた。ただ、絶対に、結果は、その……」
「……あぁ、そういうことか。というか、それはそれで凄い話じゃないか。」
魔理沙は何かに感心したらしい。私にとっては、気が重くなる事実なのだけれど。
「なにが凄いっていうのよ。何度やっても成功しなかったのよ。」
「成功しなくてもやり続ける事。それが凄いってことだ。それにしても、それほど想いを寄せる相手がいるんなら、そいつは幸せなやつだなぁ。」
魔理沙の最後の言葉に、なんだか拍子抜けしてしまった。さっき、花を渡そうとした時の言葉、あれって、魔理沙は気づいてるってことじゃなかったの? ……いや、それはそれで、私が言う前にどうしてって事にもなるけれど、それにしたって―――
「―――魔理沙。恋符を操る魔法使いなら、少しくらい、そういうことには敏感になりなさいよ。」
「? だからどういうことだ。回りくどい言い方しないで、言いたいことははっきりと言ってくれよ。」
「……幸せなやつは、案外近くにいるかもしれないってことよ。」
「わかりにくい! ったく、何度も同じことを言わせるな。」
「はいはい。時間をかけて説明してあげるから、とりあえず、紅茶でも淹れましょう。」
まぁ、この調子だったら、どれだけ時間がかかることやら。私が勇気を出せないっていうのも原因の一つではあるけれど、とりあえず、まずは魔理沙の鈍感さをなんとかしないと。
「……そういえば、この花の名前、幽香から聞いてない? 私、聞くの忘れちゃって……」
「アリスって、そういうところはうっかりしてるよな。たしか、この花の名前は―――」
魔理沙の口から花の名前を告げられた時、恥ずかしさで頭が沸騰するかと思った。だって、花の名前の中に、私と、魔理沙の名前が使われてるなんて……
「……幽香ぁぁぁっ! 悪ふざけもいい加減にしておきなさいっ!」
勢いに任せて、家を飛び出して太陽の畑に飛んでいく。残された魔理沙は、こんな言葉を呟いたという。
「……私は気にいってるけどな。だって、私とアリスの花なんだろ? この、アマリサスって花は。」
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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花の用途とは何か。そんな単純な問いかけにも、複数の答えが用意されている。
まずは観賞。花園に咲き乱れる花を眺めるもよし、一輪挿しの花を愛でるもよし。その美しさは、見る者の心を揺さぶる力を持っている。
次に食用。収穫した果実を食べること以外に、蜂蜜だって、広い意味では花を食用にしていると言っていいだろう。仄かに甘く、仄かに酸っぱく、口の中を幸せで包む魅力を持っている。
さらに薬用。いわゆる薬草と呼ばれる花は、傷をいやし、精神を安定させる力を持っている。ただし、裏を返せばそれらは毒となる。例えば麻酔薬。処方を誤れば二度と覚める事のない眠りに誘うことだろう。まぁ、この辺りは永遠亭の医者に聞いた方が詳しく教えてくれるだろう。
他にも、染料として使うとか、魔法の媒体として使うとか、用途は千差万別だ。そんな中、私は今、思いつく限り最も乙女らしい用途を選んで花を使用している。
「好き……」
花びらを一枚摘み取り、そのまま手放す。ゆらゆらと足元に近づいてゆく花びら。
「べ、べつに、あなたのことなんて、好きじゃないんだからねっ!?」
もう一枚、花びらを摘み取る。手放した後の動きは、さっきと同じ。
「好き……」
さらにもう一枚。花びらの衣を脱ぎ去るまで、延々と繰り返される行為。最後の一枚に手をかけた時につぶやいた言葉が真実であるという、いわゆる花占いという行為を、私は行っている。
「べ、べつに、あなたのことなんて、好きじゃないんだからねっ!?」
……き、から始まる3文字の言葉を、私はあえて避けている。対して変わらないんじゃないかと言われても、私はこの言葉を選ぶ。
「好き……」
……面と向かって想いを告げるほどの勇気は、私にはまだない。面と向かっていないとしても、口にするのは、それなりの勇気がいるのだけれど。
「べ、べつに―――!」
最後の一枚に手をかけようとして、その手を止める。なぜだろう。何度やっても同じ結果が返ってくる。恋の神様がいるとしたら、どうして私にこんな悪戯を仕掛けたりするのだろう。
「魔理沙のことなんて……」
指先が震え、力なく、腕を降ろす。一枚だけ花びらの残った花を、ベッドの近くの一輪挿しに挿し、そのまま倒れこむように枕に顔をうずめた。
(好きじゃ…… ないんだからね……)
はっきり口に出してしまうと、それが真実になってしまう。花占いに込められた呪術的な要素が、私の心を縛りつける。この呪縛から解放されるためには、私が望む真実を選択したうえで花占いを終えないといけない。
悲しいわけじゃない。怒りが湧いているわけでもない。心に残るせつなさを自覚してみても、何かが変わるわけではない。どうしようもないやるせなさに包まれ、私は静かに目を閉じる。徐々に意識がまどろみ、夢に溶けていった。
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(アリス…… いつまで寝てるんだ……?)
どこからともなく、声が聞こえてくる。私は一人暮らしだから、私じゃない声がするということは、誰かが来た、ということだ。……でも、誰が?
(せっかく来てやったんだから、紅茶の一杯でも出すのが礼儀じゃないのか?…… ったく、いい加減に起きろって。)
トン、トン、と、少しずつ、足音が近づいて来る。早く対応しないといけないのに、なんでだろう、思ったように、身体が動かない。
(……アリスの寝顔って、こんなだったんだ。)
(……かわいい。)
近くにいるはずなのに、遠くから響いてきて、おぼろげなはずなのに、はっきりと聞こえてくる声。……恥ずかしくて、何を言ってるのよ!って、言い返してやりたいのに、口が動かない。
(そろそろ、起こしてあげないとな……)
重い瞼を開こうとして、意識を集中させていく。微かに開いた目に映ったのは、見覚えのある、黒いとんがり帽子だった。
(アリス……)
帽子が大きくなる。いや、これは、近付いてきてるんだ。そう、少しずつ、私の顔に向かって来て…… もう…… 吐息がかかるくらいに……
「いい加減に! 目を! 覚ましなさぁいっ!」
「!!!!!!!!!!」
耳元で大声を出されれば、たとえ寝起きでなくても言葉を失うほどの衝撃を受けるだろう。とりあえず、おかげで、すっかり目が覚めました。本当にありがとうございます。ただ一つ、私が気に入らないことは―――
「―――なんで魔理沙じゃないのよ……? あの口調、確かに魔理沙のものだったはずなのに……」
「寝起きの一言がそれ? 朝起きたら、おはようございます、でしょう? 寝ぼけてないで、ちゃんと意識を覚ましなさい。」
何気に正論を告げる相手は、魔理沙の服を着た幽香だった。―――いや、待て、何故? 幽香が魔理沙の服を着ている?
「幽香! その服!?」
「あぁ、この服? 香霖堂に頼んで仕立ててもらったのよ。魔理沙の服を盗ってきたわけじゃないから、安心しなさい。」
「そうじゃなくて、あぁ、いや、それも心配ではあったけど、あれよ! なんでわざわざそんな恰好をしてるのかってことよ!」
「ほら、あれよ、ハロウィンってやつ。魔理沙の服って、なんとなく、それっぽくない?」
「何時の話をしてるのよ? ハロウィンなんてとっくに過ぎてるわよ。」
「トリィック? オゥア、トリィト?」
「なんなのよ、そのいやらしい言い方は……人の目を覚ます前に自分の眼を覚ました方がいいわよ。」
口をとんがらせて不機嫌そうな表情を見せる幽香。不機嫌なのはこちらの方だ。変に期待させておいてお預けなんて…… いや、そうか、なるほど。
「……香霖堂に頼めば、魔理沙と同じ服が―――」
「あなたもあなたで、夢から覚めても夢の中にいるみたいね。」
「そんなことはないわ。私はちゃんと覚醒してるわよ。」
「……ある意味、覚醒ってことかしら。」
若干呆れた表情を浮かべて、帽子を脱ぐ幽香。そして、その帽子の中から一つの鉢を取り出した。
「魔理沙の格好をしてくれば少しは楽しめるかと思ったけれど、興が削がれたわ。とりあえず、こっちが本来の目的。頼まれてた花が、ようやく出来上がったわ。」
やたらとカラフルな花だと思った。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。いわゆる、虹の七色。一枚ごとに色が異なる花弁。さらに、それぞれの花弁には、白黒の筋が通っていた。
「外見のイメージはともかく、条件が厳しすぎるのよ。絶対に花占いが成功する花、なんて、検証するのも一苦労だったわよ。」
寝る前の出来事がフラッシュバックする。私の心を縛る、花占いの呪い。幽香に依頼した花は、それを解くための、言うならば最終手段だった。これで、ようやく、私の想いは満たされるはず。
「花占いに使うには、ちょっと大きいような気もするけれど…… 確認するけれど、本当に、花占いの結果は、その、す、好き、で、終わるのよね?」
「えぇ、私が検証した時には、確かに、その結果になったわ。」
「ちなみに、相手は?」
「れ――― ぇえっと、レミリアに想いを寄せる、咲夜に渡して検証した結果よ。」
惜しい…… さりげなく、幽香の弱みを握ってやろうとしたのに。
「とにかく、私の用事はこれでおしまい。本当なら、紅茶の一杯でもいただきたいところだけれど、あなたはすぐにでも花占いを試したいだろうし、これで失礼するわ。」
少しだけ顔を紅らめて、逃げるように部屋を出て行った幽香。それにしても、れ…… れ? ……なるほど。
「さて、と。」
待ちに待った時が来た。多くの花が、無駄摘みで無かった事の証の為に。再び、私の理想を掲げるために。想いの成就の為に。
「―――そういえば、この花の名前を聞いてなかったわね。」
鉢に咲く花は一輪だけ。でも、絶対に成功するなら、それで十分。深呼吸して、胸の鼓動を治めて―――
「始めるとしましょう。」
花弁の一枚に、手を伸ばした。
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「どうして……?」
幽香が帰ってからだいぶ時間が経った。つまり、私が例の花で花占いを始めてから、だいぶ時間が経ったはず。なのに、私は、まだ花占いを続けている。というより、花占いを、終える事が出来ないのだ。
「花びらが…… 再生してる……?」
摘んだ花弁は、床に落ちたらすぐに霧のように消えてしまう。だから、どれだけの枚数の花弁を摘んだのかを確認することが出来ない。それでも、私の感覚では、既に100枚以上は摘んでいるはずだ。そもそも、この花は100枚も花弁を持っているはずがない。見た感じ、10枚から20枚。それなのに、私はそれ以上の枚数の花弁を摘んでいる。
「―――う…… また?」
時折、花が閃光を放つ。だいたい、残る花弁が5~6枚になった頃だ。眩しくて眼を閉じて、目を開けると、何事もなかったかのように花が佇んでいる。おそらくは、この時に花弁が再生しているのだろう。
「絶対に成功する…… つまり、成功するまで、永遠に再生し続けるってことなの?」
少しだけ、怖くなってきた。このまま終わらないんじゃないか、という不安。そして、これだけやっても終わらないという状況が意味すること。つまりは、私の想いは永遠に届くことがないとでも告げられているような気がして、何か、言葉に表せない感情に、私の心が支配されていくのを感じる。
「くぅっ…… 早く…… 終わってよ……!」
もはや、全ての花弁を摘み取ることが目的となってしまっている。無我夢中で花弁を毟りとり、そのたびに閃光、やり直し、そんなことを繰り返しているのだ。
「なんでなのよ? どうして終われないの?」
いつの間にか、涙があふれて視界が滲んでいた。自分が泣いている、そう認識してしまうと、嫌でも悲しくなってくる。涙が、止まらない。
「うぅ…… 魔理沙…… 魔理沙ぁっ……!」
耐えきれずに名前を呼ぶ。でも、応えてくれるわけがない。ここに、魔理沙がいるわけは―――
「呼んだか? アリス。」
「―――な、んで?」
応えてくれた声。驚きで、涙をぬぐうことすら忘れて茫然となる私に、そっと近づいてくる。どこからか取り出したハンカチで優しく顔を拭いてくれた、その時になって、ようやく私の意識が、相手がだれであるかを認識してくれた。
「魔理沙…… 本物…… よね?」
「私は私しかいない。偽物の私がいるんだったら、是非その姿を見てみたいものだ。」
「なんで? 此処に?」
「私が遊びに来るのは、いつものことだろう? ただ、今日のアリスはいつもどおりじゃないみたいだけどな。出迎えに来る人形もいなかったから、ここまで勝手に上がらせてもらったんだが。」
そう言って、ベッドに腰掛ける魔理沙。そういえば、ずっと此処で作業を続けていたっけ。家の鍵を閉める事すら忘れるなんて、私らしくない。その意味では、魔理沙が言うとおり、今日の私は、いつも通りではないのだろう。
「……なるほど。原因はこの花か?」
魔理沙が例の花に手を伸ばす。しばらくの間、いろんな角度から眺めてみたり、香りをかいでみたり、夢中で観察していたようだったが、一通りの作業を終えたところで、ようやく話し始めた。
「魔法の媒体として使っていた…… わけではないか。いい香りだが、食用というわけでもない。薬にするにしても、それらしい道具は見つからないところを見ると、もしや、花占いでもしてたのか?」
不思議と核心をつく洞察力に感服したものの、そのとおりだと応えるわけにはいかない。だって、その相手を目の前にして、正直に言えるわけがない。だって、応えるという行為そのものが、告白になっているのだから。
まごまごしたままでいると、魔理沙はおもむろに例の花の花弁に手をかけた。そして―――
「すーきっ!」
花弁を摘み取り、指ではじくように宙に放った。ひらひらと舞って、床にたどりつく前に霧散する。
「……ほぅ? 面白い花だな。さて、続き続き。……きーらいっ!」
「……って、ちょっと、魔理沙!? 勝手に何をしてるの!?」
「何って、花占いだよ。アリスの代わりに、私が占ってやるんだよ。……すーきっ!」
「待ちなさいよ! 別に、そんなこと―――」
「いいっていいって、これくらい、大した手間じゃない。見返りを求めたりはしないから、安心しな。……きーらいっ!」
「そうじゃなくて、あぁ、もう。」
これまでの経緯を説明するわけにはいかないし、かといって、魔理沙を説得するための理由も思いつかない。すーきっ、きーらいっ、という言葉と共に、占いは進んでいく。残りの花弁が少なくなってきた。
「……そろそろかしら。」
閃光に備えて、軽く手をかざす。しかし、いつまで経っても、予想していた閃光は発生しなかった。疑問に思って、少しだけうろたえる私に、魔理沙が声をかけてきた。
「……何やってんだ?」
「え? いや、その、そろそろ、ピカッて、あれ?」
「? 何のことかは知らんが、もう花占いも終わるぞ。ほら。」
そう言って、魔理沙は一枚だけ花弁が残った花を差し出してきた。……思考が追いついていないせいだろう。私は、それをただ見つめるだけで固まっていた。
「最後の一言くらい、本人の口から聞かせてくれよ。……な?」
笑顔の魔理沙と花を交互に見直して、恐る恐る、花に手を伸ばす。最後の一枚。告げるべき言葉を改めて確認して、震える指先を必死で動かす。心臓の鼓動がはっきり聞こえてくる。何度も深呼吸をして、気持ちを治める。そして、花弁に手をかけ―――
「……す―――」
言葉を発する直前、例の閃光が起きた。
「うわっ!? なんだこれ?」
「……」
閃光が止んだら、当然のように花弁は元に戻っていた。説明をする気力も失せて、ただ、茫然と花を見つめる私。
「……ったく、こんな風になるなんて、聞いてないぞ。」
「……え? 聞いてない、って、どういうこと?」
「あ……」
魔理沙がわかりやすいくらい、しまった、という表情をした。つまりは、誰かの差し金。そして、このタイミングでこんなことをするのは、あいつしかいない。
「魔理沙、隠し事は無しよ。幽香になんて言われたのか、全部話しなさい。」
じっと見つめてやったら、さすがに観念したらしく、軽い溜め息をついてから話し始めた。
「えぇ、と、アリスの所に花を届けたから、花占いでもしてからかってやれって。ただし、最後の一枚だけはアリスに摘ませろって、私が言われたのはそれだけだ。摘んだ花弁が消えるとか、いきなり閃光を放つとか、そんなことは聞いてなかったよ。」
「それだけ? 本当に?」
「あぁ、幽香から指示されたのは、それだけだ。……ったく。なんだって、こんなややこしいことをさせるのかなぁ。」
……もしかしたら、幽香は、花占いを成功させるという意味を、相手に想いを告げる、という意味に置き換えたのかもしれない。でも、だからと言って、こんなシチュエーションを演出するなんて。
「幽香…… なかなかやってくれるじゃないの。」
「なんだか知らないけれど、一人で納得してないで、私にも説明してくれ。」
「えぇ、花占いの途中で交代するのは、ルール違反だったってことよ。」
とっさに、それらしい答えを用意して返事をする。とりあえず、魔理沙は納得してくれたようだ。
「……ところで、閃光のことを知ってたってことは、アリスは何回か試したってことだよな?」
「な!? 何のことかしら?」
「隠し事は無しだ。」
今度は魔理沙がじっと見つめてくる。……うぅ、さっき自分がやったこととはいえ、やられてみると結構辛い。でも、もう、隠すことなんてないのかもしれない。
「……覚えてないわ。」
「そんなことはないだろう。ほら、だいたいこれくらいって、大まかな回数は言えるだろう?」
「本当よ。本当に、覚えきれないくらい、占おうとして……」
「ピカッとなってやり直し、ということか。」
「えぇ。でも、この花をもらうまえから、何回も試してた。ただ、絶対に、結果は、その……」
「……あぁ、そういうことか。というか、それはそれで凄い話じゃないか。」
魔理沙は何かに感心したらしい。私にとっては、気が重くなる事実なのだけれど。
「なにが凄いっていうのよ。何度やっても成功しなかったのよ。」
「成功しなくてもやり続ける事。それが凄いってことだ。それにしても、それほど想いを寄せる相手がいるんなら、そいつは幸せなやつだなぁ。」
魔理沙の最後の言葉に、なんだか拍子抜けしてしまった。さっき、花を渡そうとした時の言葉、あれって、魔理沙は気づいてるってことじゃなかったの? ……いや、それはそれで、私が言う前にどうしてって事にもなるけれど、それにしたって―――
「―――魔理沙。恋符を操る魔法使いなら、少しくらい、そういうことには敏感になりなさいよ。」
「? だからどういうことだ。回りくどい言い方しないで、言いたいことははっきりと言ってくれよ。」
「……幸せなやつは、案外近くにいるかもしれないってことよ。」
「わかりにくい! ったく、何度も同じことを言わせるな。」
「はいはい。時間をかけて説明してあげるから、とりあえず、紅茶でも淹れましょう。」
まぁ、この調子だったら、どれだけ時間がかかることやら。私が勇気を出せないっていうのも原因の一つではあるけれど、とりあえず、まずは魔理沙の鈍感さをなんとかしないと。
「……そういえば、この花の名前、幽香から聞いてない? 私、聞くの忘れちゃって……」
「アリスって、そういうところはうっかりしてるよな。たしか、この花の名前は―――」
魔理沙の口から花の名前を告げられた時、恥ずかしさで頭が沸騰するかと思った。だって、花の名前の中に、私と、魔理沙の名前が使われてるなんて……
「……幽香ぁぁぁっ! 悪ふざけもいい加減にしておきなさいっ!」
勢いに任せて、家を飛び出して太陽の畑に飛んでいく。残された魔理沙は、こんな言葉を呟いたという。
「……私は気にいってるけどな。だって、私とアリスの花なんだろ? この、アマリサスって花は。」
可愛すぎる!
これはいい。身内で流行らせよう。
九色とかやたら豪華な花ですね
マーサトロイド・キリスって学名までマリアリ混合かぁ…ついに合tげふんげふん
良いマリアリごちそうさまでした!