「おはようございます。霊夢。体調はいかがですか?」
「……」
「霊夢?」
霊夢はちゃぶ台を前に、筆を手にしたまま横たわっている。
筆先は畳に触れており既にたっぷりと墨が畳に滲んでしまっていた。
「ちょっと、霊夢、しっかりしてください!」
「…ZZZZZZ」
「なんだ、寝てるだけか、しかし」
紫が神社に持ち込んだでじたる時計はちゃぶ台の上で文字盤に「8/15 10:00 30℃」という数字を並べている。
「もう少し、休ませておきましょうか」
自称行者は独りごち、横たわる霊夢の髪をなでる。
かつて出会ったとき、その髪は黒く、つややかに日光を反射していた。今その髪の色はまばらに白く抜け落ち、そして艶を失っている。
最終日、かろうじて霊夢はここまで生き延びた。
だが一目見るだけで分かるほどその疲労は色濃く、年老いた霊夢の体を汚泥のごとく包んでいる。
加えて一般的な巫女装束から覗く手足は、全て血のにじんだ包帯に覆われている。
彼女には、休息が必要だった。
故に華扇は何もしない。ただ、優しく霊夢の髪をなで、彼女が目覚めるのを待つばかりである。
ふと、そばにあるちゃぶ台に視線を移した華扇は、そこに無造作に投げ出された草紙に気がつく。
その表紙には「遺書」とかかれていた。
「遺書、ですか」
少々逡巡した後、華扇はそれを開いてみることにした。
遺書とは、他者の目に触れることを願って書かれるものである。
この表紙には誰かへ宛てる旨の記述がない。ならば、別に誰が見ても良いということだろう。
手に取り、表紙をめくる、流れるような字体の癖に散文的な文章が並んでいる。間違いなくこれは霊夢の手記だった。
《特にする事もないので、遺書というものをしたためてみることにした。まず最初に一言、私を殺した者が誰であれ、その者を怨まないこと。怨んだやつには魔理沙一週間の刑》
「魔理沙の刑って何かしら?それ以前に魔理沙の許可を取っているのでしょうか…」
つぶやきつつ、華扇はページをめくる。
《葉月の九日:晴れ 博麗わくわく動物ランド 閉園》
「…」
華扇は草紙を閉じ、表紙を見る。確かにそこには遺書、と書かれていた。
再び先ほどのページを見る。書かれていることは同じ。
「…日記と勘違いしてませんか?いえ、それ以前に博麗わくわく動物ランドとは一体…」
華扇はめまいを起こしつつ、次の行を読む。
《決まり手:グレートハリケーン白麗》
「ブルワァアアアアアアア!!!」
草紙を畳に叩きつける。
「はあっ、はあっ、この馬鹿巫女はっ、ちゃんと書く気があるの!?っとしまった。霊夢?」
霊夢は未だ寝息を立てている。
霊夢を起こしてしまわなかったことに華扇は安堵する。
深呼吸し、心を落ち着かせて再び草紙を手に取る。もう何が書いてあっても華扇驚かない。決意を固める。
《おおむね満足のいく一日だった。永琳へ、目的は果たせた。ありがとう。ただあんたはちょっと位手抜きしたほうがちょうどいいと思う。どっちも効きすぎてなんか怖い》
《ヤマメ:ちょっと落ち着け
パルスィ:可愛いわね。妬ましい
お燐:自重しろ
お空:偉いわ。がんばりなさい
鹿らしきもの:カルシウム足らない
象らしきもの:速さが足らない
亀らしきもの:7体、おしかった。次はエクステンドする
:
:
:
こいし:色々言ったけど、まあ好きなようにしなさい
慧音:やればできるとは限らないけどあんたならできるはず
「これは、対戦した相手一人一人メッセージを残してあるのですか…」
そこには日付と天気、そして書かれている意図の読めない決まり手と、その日会った者達へのメッセージが添えられていた。
華扇はぱらぱらとページをめくる。
二日目は旧地獄街道の鬼。
三日目の昼は天子と衣玖、そして夜は忌み嫌われた地底の住人。
四日目の昼は神霊廟の仙人達、夜は地上の野良妖怪、そして通りすがりの龍の子。
五日目の昼は妹紅、そして夜は妖怪の山の住人。
六日目の昼は命蓮寺、夜には妖怪の山の重鎮たる天魔と大天狗。
もはやこれは幻想郷縁起なんじゃないかというくらいの錚々たる面子である。
(これらをたった一人で相手にして、よく生きてるものですね…)
ただの人間であるはずの博麗霊夢の底力に、改めて華扇は驚かされる。
そしてそれと同時に、霊夢を包む疲労の深さもまた、華扇には推測することができた。
故に華扇は何もしない。ただ、優しく霊夢の髪をなで、彼女が目覚めるのを待つばかりである。
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「おはようございます。霊夢。体調はいかがですか?」
「ん、ああ、あんたか」
紫が持ち込んだでじたる時計とやらを見る。文字盤には「8/15 14:35 33℃」という数字が並んでいた。
「ちょっと、寝すぎたかしら。起こしてくれればいいのに」
人の役に立つのが仙人でしょう?などと霊夢は勝手なことをつぶやきつつ、頭を軽く振る。
頭が重い。疲れのせいか、それともまだ寝ぼけているのか。
「どうしました?」
「ん、まだ寝ぼけているみたい…あれ?」
「これですか?」
華扇は胸に抱いていた物を差し出す。
「ああそれ。…読んだの?」
「ええ、まずかったですか?」
「別に。それで、どうだった?」
とくに不機嫌になった様子も見せず、霊夢は華扇に訊ねる。
別に死ぬ前に読まれたから恥ずかしいといった感情も無いようだった。
「どう、とは?」
「いや、遺書なんて書いたの初めてだから。そんなんでいいのかしら」
「…あえて言わせてもらうなら、二つ」
「何?」
「貴方、遺書を日記かなんかと勘違いしてませんか?」
「まともな文章なんて、日記くらいしか書いたことないのよ」
スペルカードルールも今回のルールも草案をだらだらと書いて妖怪ポストに投函しただけだし、と霊夢は語る。
「やっぱ、おかしいかしら」
霊夢は華扇の顔を覗き込む。
最初は呆れた華扇だったが、まあこれはこれで霊夢らしいかもしれないと思い直す。
「いや、まあ遺書の文体に決まりがあるわけではありませんし、良いのではないでしょうか」
「そ、良かった。で、あとひとつは?」
「この決まり手ってなんなんですか?こればっかりは遺書には必要ないと思います」
「あーそれ」
霊夢は頭をかく。
「ほら、私って、この一週間でかなりの数の妖怪と実戦闘したでしょう?」
「そのようですね」
「でさ、いざ実戦となるとやっぱり知識と経験が物を言うじゃない?私には関係ないけど」
「そーですねー」
「だからさ、どの妖怪をどうやって退治したかを記しておけば、あの子の参考になるかなって」
「ああ…」
華扇はため息をつく。どうやらこれは冗談などではなく、限りなく表現が下手な霊夢なりの親心であったようだ。
「にしても、決まり手だけ書いても意味がないでしょう。むしろとどめの一撃よりもどうやってそこに持ち込んだかの方が情報としては重要です」
「ぐ」
「それを抜きにしたって、決まり手で誰を退治したかすら書いてないじゃないですか。これじゃほとんど意味がありませんよ」
「…破り捨てるべき?」
「いえむしろ残すべきです。霊夢のお馬鹿加減が後世に伝わります」
書き直すのもめんどくさいし、と考え込む霊夢を尻目に、華扇は台所へと向かい、振り返りざま霊夢に声をかける。
「粥を用意してあります。少し遅いですが昼食にしましょう」
「食欲がないわ」
「なくても食べなさい。貴方は人間なんですから。食べないと夜まで持ちませんよ?」
「はいはい分かった分かった。食べるわよ」
どっかでこんな会話をしたな、と霊夢は思い返し、苦笑する。
あれからまだ一週間経ってすらいないというのに、遠い昔のことのように思えた。
◆ ◆ ◆
遅い昼食を終える。
華扇が粥を選んだのは、おそらく衰弱しているだろう霊夢に負担を与えない為であろう。
その気遣いが霊夢にはありがたかった。実際疲弊している霊夢には流動食を喉に通すのがやっとであった。
かろうじて完食し、霊夢は再び横になる。
しばらくして洗い物を終えた華扇が、湯飲みを二つちゃぶ台の上においた後、横たわる霊夢の横に腰を下ろす。
「さて、怪我の治療をしましょう。ちょっと見せてみなさい」
「んー…まああんた包帯巻くの得意そうだしね。じゃあお願い」
霊夢は自分で巻いた包帯を解く。全身にかなりの傷が刻まれている。
「天魔には苦戦しましたか?」
「ええ、それと龍の子にね。あれはさすがに予想外だったわって、あれ?いま傷が消えた?」
「私は行者ですので。簡単な治術ぐらいは操れます」
「へー、すごいわね…ゾンビにしたりしないでよ?」
「あんなのと一緒にしないでください」
華扇はせっせと治療を続ける。
「ねえ」
霊夢が治術中の華扇に声をかける。
「なんでしょうか」
「鬼が心から望むことは何?建前とか抜きにして」
霊夢が問う。
「…なぜ、それを私に?」
「だって、あんた物知りじゃない。それに長生きしてるみたいだし、そんくらい知ってるんでしょう?」
飄々と霊夢は語る。
華扇はため息をついた。そして口を開く。
「簡単なこと、それでいて難しいこと。鬼はただ、自分が腰掛けるシーソーの反対側に座る相手が欲しいんですよ。人間にそれを求めているんです」
「うーん、理解できない」
「何故?」
「だって人食いが目的じゃないなら、なんであいつらは勝ったら人を攫うわけ?別に逃がしてやってもいいじゃない」
「そんなことしたら、箔をつけるとか、物見遊山とかで鬼退治に来る奴らだっているでしょう?鬼はそういう軟派な輩は大っ嫌いですし」
なるほど、と霊夢はうなずく。それは確かにその通りだ。だが、
「でもさ、人が鬼に挑んだって十中八九勝てないのよ?挑む人間は命がけ。でも鬼にとっては多くが片手間。なら少しぐらい譲歩してもいいじゃない」
「譲歩してますよ」
「何を?」
「嘘をつくことなかれ」
「それって、鬼の性格じゃないの?」
てっきり曲がったことが嫌いな鬼の気質がそうさせるのだと思っていた霊夢は目を瞬かせる。
「いえ、これは鬼が人間に誠意を見せる為に立てた誓いです。どんなに騙されても、裏切られても嘘はつかない。鬼の側から奇襲もしない。人が最も美しいと感じる生き方の一つ、それを身を以って体現することで鬼は人に誠意を示せると、そう信じているのです。だから同胞たる妖怪達に嫌われてもこれを遵守している」
「なに、あいつら嫌われてんの?」
「そりゃそうでしょう。化かすこと、景色を欺くこと、姿を変えることは多くの妖怪の十八番であり、恐れられる為の手段です。でもこれってある意味では嘘でしょう?偽りを相手に提示するわけですから。それを嫌うというのは妖怪から見ても強者の驕りとしか思えません」
「むーん、確かに」
天狗や妖狐といった名だたる妖怪ですら幻術や幻聴を多用する。純粋な打たれ強さだけで言えば天狗らとてそこまで頑丈というわけではない。そしてそれが普通。鬼のほうが異色過ぎるのだ。
「何で鬼はそこまで人間にこだわるの?別にただ並び立つ相手が欲しいなら妖怪だっていいじゃない」
「ところが、そうはいかないんですよ」
華扇は悲しそうに首を振る。
「人間は貴方が先ほど言った通り、あまり強くありません。十中八九、鬼に瞬殺されます。ですが、ごく僅かの人間は鬼に拮抗し、さらにごく僅かの人間は鬼を凌駕できます。翻って妖怪は大概が強いですが、鬼を凌駕できる妖怪はいないんです。意味が分かりますか?」
「つまり、人間は個体差が激しくて、妖怪は個体差が少ないってこと?」
霊夢は問いかける。
華扇は惜しいですね、85点、と霊夢の回答を採点した。
「おおむねそんな感じです。正確には、人間の伸びしろには非常に個体差があり、妖怪の伸びしろはほとんど個体差がない、ということです。つまり、妖怪は鍛えてもあまり差が出ないんです。ほとんど、下克上はありえないんですよ。年月を積み重ねれば格が付き威厳もうまれます。でも成長は早い段階で頭打ちになってしまう。故に妖怪は鬼を凌駕し得ない。しかし人間は違う。鍛えに鍛えた者達の一部はその業を持って鬼を打倒しうる。鬼にとって対等の友人となれるのは、人間しかいないんです」
そう、突き詰めてしまえば鬼は心身ともに対等たる相手が欲しかったのである。
もっと突き詰めて言えば、ただ寂しかった。それだけなのだ。
上司も配下も要らない。ただ相方が欲しかった。それを実現できるのは人間だけだった。
「そして鬼を凌駕するのが容易でないことは鬼たちもまた理解している。だから己を倒した人間には鬼は己の宝を譲り渡し、その努力をたたえて酒宴を開くのですよ」
欲しいのは酌をする相手ではない。杯を交わし、言葉を交わし、口論し、売り言葉に買い言葉、酔った勢いで乱闘に縺れ込めるような馬鹿な友人が欲しいのだ。
霊夢の治療を終え、華扇は霊夢の顔を覗き込む。
「霊夢」
「なに?」
「貴方は既に地下にもぐった多くの鬼の願いをかなえています」
「そう」
「ここでやめても、貴方を非難する者などいません」
「…」
「それでも、貴方はやめないのですか?」
「別に、私は鬼の願いを叶えたいわけじゃない」
今度は霊夢が語る番だった。
相変わらずごろんと横になったまま口を開く。
「私ね。努力とか嫌いだったの。だって努力が必ず実を結ぶなんて、実際ありえないでしょう?」
「…それは、そうですが」
「どんなに努力しても、どんなに死力を振り絞っても、上には上がいる。凡人は、天才には敵わない」
「そんなことはないでしょう。さっきも言ったとおり、人間の場合伸びしろは人それぞれです。凡人だって力をつければ」
「凡人が成長するように、天才も成長する。天才の伸びしろが常に凡人以下なんて、誰が決めたのよ。差は埋まることのほうが少ない」
「…」
「だから叶わぬ夢を見て努力するなんて無意味なことは無駄。無駄を積み重ねることは更なる無駄。-×-で+に転じたりしない」
華扇は言葉を返さない。霊夢の言っていることはうがちすぎであっても全てが間違いではなく、事実の一端を突いていた。
だから天狗も河童も、鬼には逆らわない。上には上がいて、差が埋まらないなら足掻くは無駄である。
「でもね、だからといって見果てぬ夢を目差して努力している相手をあざ笑うのはやっぱりどうかとも思うわけよ」
華扇は霊夢の表情を見る。ちょっと照れくさいのだろう。霊夢は苦笑している。
「だってそいつは少なくとも後ろに下がってはいない。前へ前へと歩みを進めている。目的地にたどり着けるかはわからない。でも、前を向いて、進んでいる」
そっけなく、しかし強い意思を込めて霊夢は断言する。
「足を止めている野次馬にそれをあざ笑う権利など誰にもない。そう思わない?」
「ええ、その通りですね」
「前に進んでいれば、新たな道が開ける。新たな景色が、情報が飛び込んでくる。それを吟味して、もっと己に合った夢を見つけられるかもしれない。そうなれば、叶わない夢を追うという無意味な行為も意味を持つ。それでも叶わぬ夢を延々と追い続けるのもまあ、いいでしょう。進めば次々と新たな道が開けるのだから、もしかしたらとんでもない裏技を見つけられるかもしれない」
ま、そんなうまくはいかないだろうけどね、と霊夢は肩をすくめる。
「結局、努力することは無駄ではないのよ。それが無駄に見えるのは、観測者自身が歩みを止めているからに過ぎない」
「それは、つまり」
「そう、それが私。博麗霊夢」
「そこまで分かっていて、努力をしないのですか?」
「だって、私には努力してまで欲しいものなんてないもの。現状に満足しているなら努力する意味がないじゃない」
「…」
「せいぜい私に出来るのは、努力している者を笑わないこと。気が向いたら応援してやること。道を間違えそうになったら注意してやること。まあこれくらいでしょう」
「…鬼は、道を間違えていると?」
「さあ、でも世界は移ろいゆく。鬼退治役もいなくなったのに、頑なに当時と代わらない生き方を続けるのは前向きじゃなくて後ろ向きね。鬼は、鎖を外すべきだ。あんたはどう思う?」
「…ええ、私もそう思います」
「あんがと、あんたならそう言ってくれると思ったわ。でも嘘ぎりぎりね」
霊夢はこれで話は終わりとばかりに起き上がり、熱いお茶を求めて台所へと旅立っていった。
残された華扇は、霊夢との会話を反芻していた。霊夢の意見は実に霊夢らしい、何者にも縛られない意見だった。だが、縛られていたいと思う者達もいるのだ。
霊夢の意見が鬼に伝わるかどうかははなはだ怪しい。それでも華扇は霊夢を止めることができなかった。
久方ぶりに鬼に正面から――体だけでなく心まで――ぶつかって行く人間が現れたのだ。
後は霊夢の心が鬼の四天王に届く事を祈るばかりである。たとえ最終的にそれが拒絶という形になったとしても、咀嚼して、吟味した結果なら致し方ない。
(説得、するはずだったんだけどなぁ)
彼女を説得するべくやってきた華扇にはもはや、出来ることはなにもない。
「霊夢、私はこれで失礼します」
「何よ、お茶くらい飲んでったら?」
「いえ、貴方にも準備があるでしょう?私にこれ以上時間を割いている余裕は実のところないはず。違いますか?」
「…そうね。勝てないにしてもせいぜいあいつらを愉しませてやらないと。あいつらに幻想郷をつまらない処と思わせない程度には」
「それでは霊夢。良き旅を。貴方の行く道が美しいものでありますように」
そのまま華扇は霊夢に背を向け、社務所を後にした。
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紫が持ち込んだでじたる時計とやらを見る。文字盤には「8/15 18:40 28℃」という数字が並んでいた。
霊夢は二日目の晩を思い出す。
あの時も周囲をこのような妖気が包んでいた。
だが今日の妖気は二日目の晩を既に凌駕している。
普段は押さえている妖気を全開にして、鬼の四天王は刻一刻と博麗神社に迫ってくる。
霊夢だけではない。幻想郷の地上全体が、圧倒されている。
装備を確認する。封魔針、良し。追尾符、良し。衣玖や妹紅が残していってくれた爆雷符や発火符もまだ余裕がある。
装備は万全。でもこの妖気の前ではあらゆる装備がひのきの棒以下に思える。
「あーいい妖気。たまらないわね」
もうなんか、霊夢にはやけくそになるだけである。普段のあいつらがどれだけ力を抑えていたか、想像したくもない。
だが、やると決めたのだ。人生の最後ぐらい、真面目に生きてみるのも良いだろう。軽く深呼吸し、社務所を後にして参道の真ん中で仁王立ちする。
そして、ついに一体の鬼が博麗神社の境内へと足を踏み入れる。
「やあ、霊夢」
しなやかな筋繊維を編み上げた四肢。赤く、天を指すように伸びる一本の角。
動きやすさを重視した上半身に、雨露を織り上げたかのように艶かしく輝く半透明な腰巻を纏った下半身。
そしていかなる手段を以ってしても押さえることができない程の存在を主張するその胸。
鬼の四天王、星熊勇儀が満面の笑みを浮かべて霊夢へと歩み寄る。
「よう、霊夢」
気付くとその勇儀の横にうっすらと紫色の霧が収束し始める。
その霧は見る見るうちに萃まって手を、脚を、頭を形成する。
頭には蒐色のリボンとねじくれだった二本の角。おかしな分銅をつけた鎖。
そして嫉妬する必要すら全くないほどにまっ平らな胸。
鬼の四天王、伊吹萃香が星熊勇儀と歩を並べる。
「よく来たわね、博麗神社へようこそ。歓迎するわ。古き鬼」
◆ ◆ ◆
「霊夢、念のため聞いておく。退く気はないのかい?」
萃香が逸る気を抑え、複雑な表情で霊夢に訊ねる。
霊夢はその問いに答えることなく、頭を横に振る。
「言っとくけど、戦が始まったら私たちは自分を抑えられない。所詮は土着民。風情を理解しない田舎者なんだ」
語を連ねる。さも、霊夢に退いて欲しいといわんばかりに。
だが、霊夢の返答は簡潔だった。
「もはや問答無用。二人まとめてかかってこい」
それは挑発。それは挑戦。まごう事無き交戦の意思。勝ち目がないことなど承知しているはず。
それでも霊夢の意思はいささかも揺るがない。
なお複雑そうな顔をした萃香の背中を、霊夢はなおも押す。
「萃香、勇儀」
「なに?」「うん?」
「手加減なんかしたら、殺してやるわ。全力でかかってきなさい」
それは弱者の狂言。しかし、偽りのない本心。この狂おしいまでに鬼気あふれる空間において、慢心でもなく強がりでもなく放たれる意志。
それは、二体の鬼の迷いをあっさりと切り捨てた。手加減こそが侮辱なのだと、心が理解する。
「分かった、全力を持ってお相手しよう。強き人」
「いくよ、愛しい隣人。愛しい友人。博麗霊夢!」
二人の鬼は芝居がかった口調で、霊夢の狂言に答える。
妖気が、霊気が、爆発した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
即座に霊夢は空中へ飛び上がる。いくら全力を出させるとは言え、老いた身で鬼相手の地上戦など狂気の沙汰。
その圧倒的な筋力で大地を蹴った鬼は、恐ろしい速度で体重を乗せた拳を叩き込んでくるだろう。
この老体がそんなものに耐えられるはずもない。
こればっかりは我慢してもらわねばそもそも勝負にすらならないのである。
翼を持ち、高速飛翔が可能なレミリアとは異なり、勇儀や萃香は空中の機動力はさほど高くない。
空中ならば、かろうじて相手ができる。
「卑怯とは言うまいね」
霊夢は問いかける。
「当たり前さね。いざ戦闘が始まれば相手より有利な位置を取れ。飛ぶのが得意なら飛んで回り込め。当然の戦術だ」
言葉と同時に左から霊夢の顔面に向かって勇儀の黄金に輝く拳が飛んでくる。それを四層の警醒陣で防ぎ、霊夢は相手の位置を確認する。
勇儀は霊夢の左、萃香は右下方に位置している。左右から挟撃する形だ。
まずは小手調べ。懐から封魔針を取り出して萃香に投げつける。
(さあどうする?)
だが、萃香は何もせずただ霊夢に向かってくるだけである。
全弾直撃。…したものの萃香は薄ら笑いを浮かべながらますます加速する。
針は一本も刺さっていなかった。
さしもの霊夢もこれには辟易する。封魔針は相手に突き刺さって内側から霊力を放出して相手を攻撃する武装である。
内側から破壊するため符よりも威力は高いが、逆に言えばまず刺さらなければ意味がない。そして萃香は一切の防御を取ったようには見えなかった。
「ほら、ボーっとしている隙は無いよ!」
気付けば四層の警醒陣はすでに1層を残して削られている。
加えて下からは高熱が迫っていた。萃香の火炎弾である。
霊夢は符主体の戦闘に切り替える。着弾と同時に霊力を放出する符のほうがまだ役に立つだろう。
懐から友人達より譲り受けた爆雷符と発火符を取り出し、それぞれ勇儀と萃香に投げつけ若干の距離をとる。
二体同時にかかって来いと言ったものの、実際に霊夢には二体を同時に相手取っている余裕はない。
そう宣言したのは、まったく逆の理由。つまり、一体目で死んでしまう可能性が高いからだった。双方にカタルシスを与えるには、二体まとめて相手をするしかないのだ。
とはいえ二正面作戦など具の骨頂。故に取るべき戦術は一体に攻撃を加えて引き離し、そのうちにもう一体を相手取る。これを繰り返すしかない。
まずは、至近にいる勇儀!
勇儀は目を押さえて顔をしかめていた。どうやら爆雷符の爆光で目が眩んでいるようだが、あまり痛がるそぶりは見られない。
どうやら符による攻撃でもさしたるダメージは与えられないようであった。
だが零ではない。零でなければよいと霊夢は自身を納得させる。後は大技小技を混ぜて削るのみ!
「鬼に鬼神玉って効くのかしら?それとも実は効かないのかしらね」
博麗の巫女に伝わる、陰陽玉を核にした霊力弾を勇儀に叩きつけると同時にさらに後方に下がる。
勇儀の性格からして回り込んで霊夢を襲っては来まい。退がる霊夢を追撃するなら間違いなく最短距離をとるはず。
「お、おおお?」
予想通り勇儀は陰陽鬼神玉を正面から受け止める。その間に霊夢は萃香に狙いを定める。もとより勇儀より距離があった萃香は未だ遠距離に位置したままである。
よろしい、ならば砲撃だ。
「夢想妙珠!」
発生させた光弾を不可解な軌道で萃香に打ち出す。当たるか?
「夢想妙珠か!いいねぇ、久しぶりだ!」
萃香は拳を振り回して、迫る光弾を迎撃する。一発、二発と炎を宿した拳が霊夢の夢想妙珠を打ち落とす。
それを目にした霊夢は顔をしかめる。
「せえぇえええええい!」
左耳に飛び込んできた叫び声につられて霊夢は勇儀のほうに目を向ける。
勇儀は最初両手を広げて正面から陰陽鬼神玉を受け止めていたが、時間経過で鬼神玉の霊力が衰え始めるや否やあっさりと鬼神玉を抱き潰した。
結局効いたのか効かなかったのかよく分からない。
「はは、腕がしびれちゃったよ。霊力、あまり衰えてないね。安心した!」
「いい攻撃じゃないか。もっと、もっと打ち込んできな!」
「ちょっと聞きたいんだけど、どういうつもりなの?」
「うん?」「なにがだい?」
「なぜ、前後から挟撃しないの?有利な位置を取るのが戦術だというならそうすべきでしょうに。それに萃香、なぜ霧状化して回避しない」
苛立った声で、霊夢は詰問する。
夢想妙珠は夢想封印に比べて速度と飛距離で勝るが、夢想封印ほど追尾能力は高くない。防御よりは回避が上策である。
何度も弾幕ごっこで同様の攻撃を見せているため、萃香もそれは承知しているはずだった。
「なんだ、そんなことか」
萃香が笑いながら答える。
「じゃあ霊夢も夢想天生を使いなよ」
「…」
「分かるだろ、勝負にならないんだよ。文字通り。霊夢のあれにゃ劣るかもしれないけど、私のあれも勝負という根底を覆す。あんなふざけた力、酒の席で披露する位がちょうどいい」
「私と同じか」
「そう。あとね、疎化ってつまんないんだよ、私が。私の手ごたえまでなくなって好きじゃないんだ」
巨大化は好きだけどねー、と萃香は笑う。
「あんたの能力でしょうに」
「いやまあそうなんだけど、自分の能力だから好きにならなきゃいけないって訳でもないでしょ?」
「…その通りね」
「つまんない戦なんてやる意味はない。さて、あとは背後を取らなかったことだけど」
勇儀が首をこきこきと鳴らしながら答える。
「私たちは老人を後ろから殴りつけるような真似はしない。相手がどんな実力者だろうと、私たちより強かろうと、だ。もしそれをやれというならお前さんは私たちの誇りを侮辱したと捉えるが、そこんとこどうなんだい?」
「…そう、悪かったわ。手加減されてるのかと思って頭にきたのよ。ごめんなさい」
「やれやれ、あまり信用されてないんだね」
勇儀は少しさびしそうな顔をする。
「最初に言ったろう?全力でお相手すると」
「酔っ払いの言うことを真に受けるのは馬鹿のすることよ」
萃香は成る程といわんばかりに笑う。
「あっはっは。確かにねぇ」
「いやそういう意味じゃあんたが一番信用できないから」
「なんだと?」
霊夢と勇儀は顔を見合わせて肩をすくめる。
「じゃ、小手調べは終わりか」
「ええ、ここからは、いえ、ここからも全力で」
「さあ霊夢、鬼ごっこを続けようか。捕まったら攫って行くよー!」
老女と美女と幼女は再び狂乱渦巻く喧騒へ身を投じる。
夜はまだ、始まったばかりだ。
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紫が神社に持ち込んだでじたる時計の文字盤には「8/15 21:30 27℃」という数字が並んでいた。
それを見るものは誰もいない。
会戦から二時間半余、未だ霊夢は持ち堪えていた。
そう、持ち堪えていたという表現が全てである。
「くっ」
とっさに身をひねった霊夢の脇を萃香の炎が唸りを上げて掠めていく。
「金剛螺旋!」
勇儀が必殺拳を振りぬく。八層の警醒陣を展開するが一撃で六層が破壊される。勇儀の力が飛躍的に増したわけではない。
術者たる霊夢の体力と精神力が底を突きかけているのだ。
一撃でも鬼の攻撃を喰らったら終わりの霊夢と、数百発と霊夢の攻撃の直撃に耐えうる鬼ではその精神的負担に圧倒的な差がある。
加えて既に霊夢は年老いている。単純な消耗戦ですら不利なのに、消耗する速さは霊夢のほうが上。
消耗した力では二体の鬼の一体を遠ざけることすら叶わず、二体の鬼をほとんど時間差無く相手取る戦闘は霊夢の消耗に拍車をかける。
霊夢の戦闘維持能力は限界に達しようとしていた。
(これ以上は、続けられない)
霊夢はそう確信した。持てる力の全てを飛行に費やして2体の鬼を振り切り、地上へ着地する。
そして、それが何を意味するのか、勇儀も萃香も理解した。
次が、霊夢の最後の一撃なのだと。
萃香と勇儀は互いに頷きあい、萃香だけが地上へと降りる。勇儀は霊夢と僅かながらも付き合いの長い友人に最後の舞台を譲ったのだ。
萃香もまた霊夢と数十歩の距離に着地する。
「ごめんね。萃香。これが最後。これが限界」
霊夢が語る。
霊夢の周囲には16の光弾が浮んでいる。それが霊夢の全力。博麗霊夢の渾身の攻撃。
「霊夢」
「なに?」
「楽しかった。今日の話じゃない。あの日霊夢と戦って以降の幻想郷での日々が。そりゃ、退屈な日々もあったけど、全て萃めて総括すれば、楽しかったと断言できる」
「そう」
霊夢は萃香のその発言をさらりと受け流す。
そして、背筋を伸ばす。声が良く通るように。勇儀にまで届くように。
「萃香」
「なに?」
「私と貴方の間に、本当に信頼関係はあるかしら?」
「!」
「あんたは以前私たちを攫おうとして失敗した。古き鬼の作法はそこで潰えた」
「…」
「それ以外の方法では、私たちは信頼関係を結べなかった?」
萃香は答えない。霊夢は重ねて言葉をつむぐ。
「ごっこでは、足りなかった?殺し合いでしか、信頼を結べなかった?」
答えはない。
「あんたのスペルカードは鬼の力を体現させただけで、ほとんど弾幕らしい物がなかったじゃない。ごっこ遊びにまともに付き合う気がなかったんでしょう?」
「…違う」
「嘘をおっしゃい。つまらなかったんでしょう?弾幕ごっこが。昔の作法にのっとった勝負をしない人間が。鬼退治をしない人間に興味がなかったんでしょう?」
「違う!」
「違わない。あまり弾幕ごっこを舐めないことね。あれは殺傷能力をそぎ落とした、ただの遊び。でも、そこには己の意思が反映される。あんたはそこに価値を見出さなかった。それの意味するところはつまり」
「違う!!」
「違わない。今の人間に、私にも魔理沙にも咲夜にも、何の価値も見出してはいなかった。ただ、過去を懐かしむだけが、あんたの心を満たしていた。楽しくないから、いつも暇つぶししかしなかった」
「違う!!!」
喉も割れよとばかりに萃香は絶叫する。
「違わない。でも、もし、ここで私を殺すことを悲しいと感じるなら、気が向いたときにちょっと考えてみて。古くから伝わる物が絶対ではないわ。時代は変わる。かつては攫い奪い合うのが妥当だったかもしれないけれど、今には今にふさわしい対決方法があるはず。スペルカードルールがそれだなんて言うつもりはない。でも」
霊夢は笑顔を萃香ヘ向ける。
これほど穏やかな霊夢の笑顔を萃香は見たことがなかった。
「殺し、奪いあうのが全てじゃなくていいじゃない。そんなものはここで終わりにしない?やめろというつもりはないけど、それが全てじゃあ人生楽しくないわ。人間の勝手なお願いで悪いけど」
「あ、ああ…」
「己と対等に殺しあえるものだけが友人だなんて、あまりお勧めしないわ。幻想郷は玉石問わず、様々なものを受け入れてる。もっと、もっといろいろなものがあるはずよ」
「う、うう、あああああああ!!!」
「私の言いたいことはこれだけ。萃香は私に言っておきたいことはある?」
言うべき事は言ったとばかりに博麗霊夢はそこまで語り、沈黙する。
「う、ああ、わだし、私、は」
「うん」
「私が、言いたいことは」
「うん」
「楽しかった。今日の話じゃない。あの日霊夢と戦って以降の幻想郷での日々が。退屈な日々もあったけど、全て萃めて総括すれば、楽しかったと断言できる」
「そう」
「楽しかった!楽しかった!!楽しかった!!!そのはずだ!!」
「そう」
「間違っているのは私たちなんだ!今こうして霊夢と戦っているのは楽しい!全てをぶつけ合うのがすごく楽しい!!だから私は間違ってないはずなのに、私は今こんなにも悲しい!こんなにも胸が痛い!!ならば間違っているのは私なんだ!だからあの、自堕落で平和な日々が、胸の痛みを覚えない日々のほうが、正しかった、はずなんだ…」
「そんなことはない。私は問題提起をしただけ。代案なき反論にはあまり価値はない。だからあんたは無理に己の感情を否定する必要はない。だって、私たちのこれまでは、新たに何かを生み出すものではなかったから。互いに傷つけあわず、穏やかな日常を得ること。互いに競い傷つけあって、新たなものを目指すこと。そのどちらが尊いかなんて、私には分からない」
ま、殺し合いはやっぱりやりすぎだと思うけど、と霊夢は付け加える。
「だから、さ。私が勝ったら、今後の私達のあり方を私達ともう一度見直してみましょう?それが私にとって鬼退治の宝の代わり。でも、もしあんたが勝ったら、私を躊躇いなく殺しなさい。私を殺して、今この時代にも人攫いを続けることだけが本当に鬼の正しい生き方なのか、考えてみて。今の幻想郷に生きる鬼に必要なものを、紫と、次の巫女と、もう一度考えてみて。約束よ」
「あ、あああああ!!!」
萃香の答えは答えになっていない。それでも霊夢は身勝手にもそれを了承と捉え、話を進める。
「さあ、これが私の最後の一撃。真っ向勝負と行きましょうか」
「…わかった。全力中の全力で相対する。思い残すことがないように!」
宣言する。スペルカードのときと同じように。
「神霊、夢想封印 瞬!」
◆ ◆ ◆
何が正しいのか、萃香には未だ分からない。間違っているといった己の意見は霊夢に即座に否定された。
ならば萃香に出来ることは、ただ走り抜けるだけである。走り抜けて、振り返ってみて確認するしかない。
だから霊夢の宣言と同時に萃香は走り出す。やることは、いつもどおり。霊夢の夢想封印を打ち落としつつ、真っすぐ行ってぶっ飛ばす!でっかくなってぶっ飛ばす!
狙うは一つ、四天王奥義、三歩壊廃!約束するまでもなく、友人だろうとなんだろうと、命をかけた人間へ相対するすべをそれしか萃香は知らないのだ。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
怒声を上げて突撃する萃香に夢想封印が迫る。まずは二つ。両拳で叩き落す!
萃香は拳を振り上げる。
だが、その光弾は萃香の目の前で突如収縮し、密度を上げた状態でゆるりと萃香の振り下ろした拳を回避して萃香の両肩に命中した。
瞬間、すさまじい衝撃が萃香を襲う。
「っっ!!!!」
萃香は歯を食いしばり、呻き声を押し殺す。
してやられた。これまでの霊夢の攻撃は放った後は野となれ山となれ、追尾するんだし多分当たるじゃんという方針であった。
普段は発動した後は放置の霊夢がここまで精密に狙いを定めてくるとは!
(肩を、外された!)
萃香は舌打ちする。完全に虚を突かれた。
霊夢は初撃でこちらの防御を削ぎに来た。捨て鉢になどなっていない。最後に全力の花火を放って終わるつもりなどなかったのだ。
先ほどの2撃は通常夢想封印に備わっている封印効果や、相手の妖気の減衰がほとんどない。代わりに、こめられた霊力の全てがただの物理衝撃に変化したかのような重い一撃だった。
(そうか、霊夢の狙いは…)
防御できない萃香の顎に三撃目が命中する。すさまじい衝撃に萃香の頭は揺さぶられる。ふらつく萃香の角に四撃目が追撃する。角を通して頭蓋に直接衝撃が叩き込まれる。
(意識を刈り落す事か!)
霊夢には萃香の体力を削りきったり、戦闘不能になるまで痛めつけたりするほどの余力がない。故に霊夢は最後に、萃香を短時間でも戦闘不能にするための賭けにでたのだ。
一対一の真剣勝負中に意識を失うということは、すなわち相手が首を刎ねに来ても手も足も出せないということ。
それは誰の目にも明らかな決着である。
だがそれで萃香に勝ったとしても何も変わらない。まだ勇儀が残っている。萃香を倒した霊夢を褒め称えつつ、そして次は勇儀が挑むのだろう。力尽きた霊夢は勇儀には勝てやしない。
だがそれでも、いや、それだからこそか。霊夢は勝ちを取りに来た。萃香には勝利を以て、勇儀には己の死を以て、二つのやり方で己の最後の言葉を鬼に刻み込むのだ。
(そうでなくちゃ、霊夢じゃない!)
蹴りで迎撃しようかとも考えたが、片足を上げたりなんぞしたら間違いなく転倒する。ふらつく頭では起き上がれないだろう。
這いつくばって耐えるなど鬼の矜持が許さない。
だから萃香は大地を踏みしめ、そして耐える。
防御も回避も行うことが出来ない今の萃香にとって耐えることだけが勝利につながる。
(これは、つらいねぇ)
初めての耐久戦だった。
己から手を出すことができず、ただ辛抱強く耐えるだけの戦いに萃香は歯を食いしばる。
かつて自分に挑んできた人間達も同様だったのだろうか?
萃香の場合は後が見えている。16発。これだけ耐えれば萃香の勝ちだ。
だが、これまで萃香に挑んできた人間達はそうではない。いつ止むとも知れない嵐のような鬼の攻撃をただひたすら亀のように耐え、受け流し、反撃の機会をうかがう。
そこにはどれほどの屈辱と勝利への執念があったのだろう。
「はは、はははは!」
初めての耐久戦で、初めて人の心を少し理解できた。また少し、人間が好きになった。今まで自分を退治せんとかかってきた人間の全てが、改めて愛しくなった。
三歩壊廃で仕留めた相手は全員、名前を思い出せる。今の心境で、またあいつらとやり合いたい。その心の声を聞きたい。
何を思っていたのか。何を望んでいたのか。そして何より、私をどう思っていたのか、と。
(ごめん霊夢。多分人攫いはやめられないよ)
萃香は吐息を漏らす。萃香はただの人間を好きにはなれなかった。
目の前の霊夢のように、かつての相手のように、「己の命はただ勝利の為に」と言わんばかりに濃縮された魂が好きだった。その燃え上がる様な感情に、恋焦がれた。
かつて散った彼らは、何のために、己の命を勝利の為にささげようと思ったのか。それを理解したいと思った。
(やっぱり私は、人攫いが大好きだ。でも、それが「正しい」かは分からない。だから、霊夢に勝って、答えを出そう。それが霊夢の望みなら!)
朦朧とした意識の中で萃香は考える。
もう何発目だか分からなくなってしまっている。だがまあいい、要は最後まで立っていればいいだけだ。
最後まで立っていて、霊夢を叩き潰す。霊夢の心の声は聞いた。それを受け止め、勝利して、振り返った後にそこにあるものは何か?後悔か?満足か?喜びか?悲しみか?希望か?絶望か?
霊夢の夢想封印が途切れるその時まで、伊吹萃香は耐え続ける。
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全16発。全て撃ち終えた。
最後のひと際大きい光弾が消えた後、霊夢は萃香の姿を探し、そして敗北を確信した。
「口惜しいものね。全力を振り絞って、勝てないというのは」
伊吹萃香は答えない。口を開くのも億劫と言わんばかりにふらついた状態で霊夢に顔を向ける。
だがその瞳にはいまだ理性と闘志の炎が燃え上がってる。
おぼつかない足取りで、一歩一歩蛇行しながらも霊夢に迫ってくる。
一歩。萃香の体が一回り膨れ上がる。
「あんたの勝ちよ、萃香。焼くなり潰すなり好きになさい」
二歩。さらに萃香は巨大化する。既に身長は霊夢の倍を超えている。
「じゃあね、萃香。私も、多分楽しかったわ」
三歩。5m以上に膨れ上がった萃香は拳を振り下ろす。
「さよなら、霊夢。約束どおり、考えるよ。だから、その命、攫わせてもらう!!」
巨挙が、地面にすさまじいクレーターを穿つ。
手ごたえ……無し!?
「悪いな、こいつは私のものだ。お前にくれちゃやらんさ。私も一緒に考えてやるから、それで我慢しろ」
その瞬間、無防備だった萃香は横合いからのすさまじい熱量の奔流に吹き飛ばされた。
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霊夢は己の目の前に浮遊する人影を見る。
いつもと同じ黒い帽子、黒い服。なぜか常に身につけている白いエプロン。
箒にまたがるその姿はしかし、白髪交じりのくせっ毛に、己と同じしわの刻まれた肌ではない。
金粉をまぶしたかのように輝く黄金の髪。張りと血色のある肌。そして変わらぬ夢を宿した瞳。
十代半ば、全盛期の姿を取り戻した霧雨魔理沙がそこにいた。
「魔理沙、あんた」
若さを取り戻した魔理沙を霊夢は見上げる。思考が混乱して何を言えばいいのか分からない。
言いたいこと。訊ねたいこと。たくさんあったはずだ。なのに何も口をついて出てこない。
それらは全て口に出す前に雲散霧消してしまった。
パクパクと金魚のように、霊夢は口を開閉する。
「何だ霊夢、ひどい面だな。弟子に笑われるぜ」
霧雨魔理沙はくくっと笑い、そのままクレーターの脇に座り込んでいた霊夢を片手で抱き上げてクレーターから距離をとる。
間を置かずして、クレーターから溶岩が湧き上がる。
「霧雨、魔理沙ぁあああああああああ!!!!!」
「ヒュー、すごい怒りっぷりだな。萃香」
「当たり前だ!真剣勝負に割って入るなんて、覚悟はできてるんだろうな!」
「ふん、霊夢より先に私を殺すってか?望むところだ。来いよ萃香」
ニヤニヤと笑いながら、とぼけたように魔理沙は答える。
「ああ殺してやるとも!その外見。貴様、種族魔法使いになったんだろう!ならば霊夢を助け、私たちに敵対するのはルール違反だ。違うか?」
「違うね」
あっさりと言ってのけた魔理沙に萃香は面食らう。
「私はただ白蓮に頼み込んで、若返りの魔法を教わっただけさ。捨虫も、捨食も極めちゃいない。飯を食わなきゃ空腹で死ぬ。道具の補佐がなきゃ、満足に魔法も扱えない。未だ人間霧雨魔理沙だ。どこがルール違反なんだ?」
萃香は絶句する。つまりこいつは、若返っただけの人間のままで、霊夢のような高い防御力も持たず、人外の異常な生命力も持たずに飛び込んできたと言うことか?
一撃喰らえば即死する、か弱い人間魔法使いのままで?
萃香の怒りは即座に消し飛び、同時に歓喜が湧き上がる。
「…一体、何のつもり?」
一方、萃香の怒りが移ったかのように、霊夢は般若のような形相で魔理沙の胸ぐらをつかむ。若返った分霊夢より身長が縮んだ魔理沙の脚は宙に浮く。
それは老婆とは思えないほどの腕力であった。
そのすさまじい霊夢の怒りを受け流しながら魔理沙は答える。
「簡単なことだ。お前はここで死ぬ必要なんかない。それは無駄死にだ。それだけだよ」
「!あんた、私の言ったこと聞いてなかったの?私の願いなんてどうでもいいって訳!?」
「何をいまさら。私たちはお互い自分勝手に生きてきて、それでも友人だったろう?それをこれからも続けていくだけだ」
「…あんたなんか!」
「繰り返すがお前は死ぬ必要なんかない。だって今、お前私に向かって激怒しているじゃないか」
「え?」
言われてみればその通り。霊夢は己の最後の願いすら踏みにじった魔理沙の身勝手に対して押さえがたい怒りを抱いていた。
それは芝居ではない。確かに、博麗霊夢は怒っている。
「私の推測が正しければ、お前、無重力の能力が暴走してるなら感情からも「浮いてしまう」んじゃないのか?」
そう、霊夢の怒りは本物だ。いつの間にか、一度は自分の手から離れていった感情が戻ってきている。
…一体いつからこうなっていた?いつから無重力の能力は霊夢を侵食するのをやめ、霊夢の制御下に戻ったのだ?
霊夢は思い返してみる。思えば一日目からその片鱗はあったような気がした。
だが、これといったきっかけとなったようなことがあったようには思えない。
魔理沙を締め上げるのをやめ考え込む霊夢の表情を見て、魔理沙は勝ち誇ったように告げる。
「ほう、どうやら私の推理は正しいみたいだな」
「何の話?」
経緯を理解できない萃香が不満そうに口を挟む。
それには直接答えず魔理沙は萃香に笑いかける。
「なに、ただこの戦、必ず勝たなきゃいけなくなった。それだけだよ」
それを聞いて萃香も嬉しそうに笑う。
「はは、馬鹿が二人になった。いいじゃん、来なよ。勝てると思うならさ!」
「何勘違いしてやがる。まだこっちの手札公開は終了しちゃいないぜ?」
「!そういえば勇儀はどうした?」
萃香は勇儀の姿を探して辺りを見回す。
萃香の目に映ったのは、空中で竜巻相手に四苦八苦している勇儀と、その竜巻を操っている少女だった。
霊夢がまたしても魔理沙をにらむ。魔理沙は今度はすまなそうな表情で謝罪した。
「言っとくが私から誘ったんじゃないぜ。ほんとは妖夢を誘ったんだが、妖夢の奴自分は半人だからって遠慮して、代わりにあいつを押し付けやがった。途中で撒こうとはしたんだが…すまんな」
勇儀を足止めできるほどの竜巻を起こせるやつらなど、幻想郷には数えるほどしかいない。千年級の天狗か、それとも…
「ふははははははは、どーだ、まいったかー!あらゆる常識を吹き飛ばす守矢神社の風祝、東風谷三世、参上!」
誰もが霧雨魔理沙の魂の後継者と認める、幻想郷三人目の風祝にして次世代型のトラブルメーカーが高笑いを響かせていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おお、魔理沙ばあちゃん、霊夢ばあちゃん、無事ですか?」
霊夢たちの無事を確認した風祝が竜巻を解除し二人の傍へと降りてくる。
白と青の装束に身を包み、月光を受けて輝く緑なす黒髪はまるで在りし日の早苗を髣髴とさせる。
「…あんた、一体何しにきたのよ。三代目」
「東風谷三世です!決まってるじゃないですか!霊夢ばあちゃんを助けに来たんですよ」
「あんたに命を賭けてまで私を助けに来る義理はないでしょう」
「ありますよ!だって霊夢ばーちゃんが死んじゃったら、れーちゃん一人になっちゃうじゃないですか!」
「…いつか人は死ぬわよ」
博麗だかられーちゃん。それは三代目が霊夢の弟子を呼ぶときの呼称だった。
弟子を引き合いに出され、痛いところを突かれたかのように霊夢は一瞬答えにつまる。
だがそれは、いつか訪れる別れである。それが早いか遅いかの違いだ、霊夢はそう思っていた。
だが三世はその投げやりとも取れる回答に腹を立てたようだった。
「なんなんですかそのどうせいずれ腹が減るんだから今飯食うのは無駄みたいな理論は?霊夢ばーちゃんはいずれのどが渇くんだからお茶を飲むのは無駄だって言いたいんですね!」
「飲むわよ。緑茶好きだし」
「なら緑茶を飲むためでもいいですから生きましょうよ!それで、ついででいいから生きてる限りれーちゃんを褒めてあげてください」
「褒めるって、なんで?」
「なんでここにいるのがれーちゃんでなくて私だと思います?里の守護なんて私に任せて、自分が来ればよかったのに」
「…さあ」
「霊夢ばーちゃんがれーちゃんに里を守るように言ったからですよ。れーちゃんが一番、霊夢ばーちゃんを助けに来たかったはずなのに」
先代の巫女に霊夢は会ったことがなかった。戦って死んだのか、単純に老いて死んだのか、それすら分からない。人に聞いたこともない。
だから自分の弟子とどう接すれば良いか分からなかった。親と子、ではない。姉妹なんて言ったら笑われるだけだ。祖母と孫と言うのもしっくり来なかった。
結局、師匠と弟子になったが、いまだにそれもなんか落ち着かない。
「れーちゃんが霊夢ばーちゃんに逆らったことありましたか?」
「…ないわね」
「何でだか分かりますよね?」
「…分からない」
「そぉい!」
いきなり御幣で霊夢をぶん殴る。
「何すんのよ!」
「何で分からないんですか!全部全部、霊夢ばーちゃんに褒めてほしいからにきまってるじゃないですか!」
「…」
天才である霊夢にはできないという事がよく分からなかった。秘伝書を読みあさり、そこに記されたとおりにすれば大概の博麗の巫女の秘術は発動した。
たぶん弟子もそうだろうと思っていた。しかし弟子は分からないと言う。何が分からないのか分からなかった霊夢にはお手上げだった。
なにより最初に何気なく「わたしはそこに書かれてる通りやったらできたわよ?」と言ってしまったのが不味かった。それが人を傷つける言葉だと知ったのは魔理沙に指摘された後だった。
その言葉を口にした後では、褒める言葉すら白々しい。霊夢はそう思っていた。
「私にあの子を褒める資格なんかない」
「なに馬鹿なこといってんですか。あるに決まってます!」
「何故?」
「家族だからですよ。家族に褒められて嬉しくない人なんていません!」
親に、祖母に愛されて育った少女は当然とばかりに語る。しかし霊夢は知っている。同じ家族でも奪い合い、傷つけあい、殺しあう者たちがいることを。
家族だから無条件に何をしても愛されるということなどない。何をしても許されるということなどないのだ。
だが、少なくともこの場では正しいのは三代目のほうだろう。霊夢は大きく深呼吸をする。
「驚いたわ。あんたちゃんとお姉さんだったのね」
「いまさら何を言ってるんですか」
さも当然とばかりに東風谷の三代目、いや東風谷三世はふんぞり返る。
その姿を見て、霊夢は反論するのが馬鹿らしくなった。
「…うちの弟子は?」
「心配か?安心しろ、健在だ。よく里を守ってるよ。後で褒めてやるんだな」
「…そう」
魔理沙の回答を聞き、霊夢は安堵したような表情を浮べ、そして即座に気を引き締める。
竜巻から開放された勇儀が萃香の横に降り立ったのだ。
「何やってんのさ、勇儀。なっさけないなぁ」
「いやはや、地に足つかない状態で竜巻に巻き込まれるってのは意外に面倒だねぇ」
責める萃香に対し、はっはっはと勇儀は豪快に笑う。神力を込めた竜巻に巻き込まれたとは思えないような軽さである。
それを見て、初めて彼我の力量差に気がついたかのように東風谷三世が身をこわばらせた。
それに気付いた魔理沙は獰猛な笑みを浮かべて三世に問いかける。
「どうした。怖くなったか?」
「ば、馬鹿いわないでください。怖くなんかないですよ!」
「よろしい、虚勢が張れるうちはまだ大丈夫だ。やれるな?」
「とおぜんです。なにせ私は今回、お祖母ちゃんが「あまりの苦痛を生み出すが故に封印した」ノートに記された必殺技を身につけてきたんですから。鬼だってボコボコですよ!」
「…それ、多分苦痛でのたうち回るのは鬼じゃなくて早苗だと思うんだが…」
「?何でお祖母ちゃんが苦痛を味わうんですか?はっ、もしやこれは使い手にも負担を与える禁断の術式だとか!」
「…いや、うん、多分そんなことないから安心しろ。…まあ、頑張れ」
自身の黒歴史が己のあずかり知らぬところで暴かれることになった早苗に魔理沙は心の中で同情した。
「よし、じゃあお前どっちとやりたい?」
「…できれば小さいほうで」
「謙虚な奴め。よし、お前は萃香をやれ。私は勇儀をやる。霊夢は一歩退いて霊力の回復。余裕があったら援護してくれ。ただし鬼縛陣の維持は引き続き頼むぜ。あれがなきゃ戦闘にならん」
魔理沙は霊夢に歩み寄って肩をたたく。
(魔理沙。無駄死にとは言わないけど、勿体無い死に方するところだったわ。ありがとう)
(…ふん、まだ早い。生き延びられるときまったわけじゃないぜ。一応勝てる可能性は用意してきたが、まずは削らなきゃ話にならん。私はいいから三世の援護を頼む)
(信じていいのね)
(可能性だ。100%じゃない。だが0%でもない)
(分かった。なら勝つわよ)
(ああ、勿論だ)
二人、若い顔と老いた顔を見合わせてニヤリと笑う。
ドラマティックに鬼に言葉を刻む死に方はもう出来そうにもない。ならもう、勝って生きるしかないじゃないか!
「じゃあ仕切りなおしだ、各自手持ちのコインは一枚。コンティニューなしだ」
魔理沙はまだ無傷な石畳を探してその後ろへと移動し、ポケットからコインを出す。
そのままコインを親指に乗せ、空中へと高くはじき上げる。
「行くぜ?」
魔理沙が哂う。
「いつでもこい!」
萃香が哂う。
「我ら鬼の四天王に勝てると思うな?」
勇儀が哂う。
「ぬかせ、こちらには奇跡も、魔法もあるんですよ。私たちは死にませんとも。勝って、生きのびて、鬼の財宝でヒャッハーです!」
三世が笑う。
「三世、少し落ち着け。だがその通りよ。さあ、勝ちましょうか」
霊夢が哂う。
紫が神社に持ち込んだでじたる時計の文字盤には「8/15 21:42 25℃」という数字が並んでいた。
それを見るものは誰もいない。
チャリン、とコインが石畳に落下した。
そして7日目の第二幕が幕を開ける。
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「神の風!」
「!早い?」
最初に動いたのは三世だった。右手のひらに浮かべた輝く五芒星からすさまじい風が吹き荒れ、渦となって萃香を捉える。
初手から東風谷の最大奥義である。
早苗は五芒星を地に描いて局地的な台風を起こす使い方が主であったが、魂の師である魔理沙の影響だろうか、目の前の少女はこのように正面へと打ち出す使い方を好んでいた。
当然、力ある紋様である五芒星が手のひらサイズな分暴風域は狭いが、それでも込められた神力と風力は変わらない。
「はっはっは、何やってんだい萃香、なっさけないねえ!」
先ほどのお返しと言わんばかりに勇儀は萃香をあざ笑う。
「ちぇ、これだけの術式を一息で発動させるとは、ちょっと甘く見ていたかな?」
「やるじゃないか三世。このペテン師め!」
魔理沙は苦笑をもらす。鬼達は気がつかなかったようだが魔理沙はその小細工に気がついていた。
三世は才能あふれる風祝だったが、それでも一息一工程で神風を発動させることなどできるはずもない。
みんなの視線がコインに向かっている中、三世は気付かれない程度に一人せっせと神風を喚ぶ星の儀式をこなしていたのである。
それは確かに魔理沙の言うとおり、戦術と言うよりペテンの類であった。
「っと、魔理沙、こっちも始めるかい?」
「そうだな、このまま三世に美味しいところを持ってかれ続けたらかなわん」
星を名に負って立つ鬼と星を操る人間はにやりと顔を見合わせ、大地を蹴って飛翔する。
星屑の弾幕を後方に放ち先行する魔理沙に対し、勇儀は弾幕をものともせず一直線に魔理沙を追う。
かくして戦闘は、空中と地上で二分された。
◆ ◆ ◆
「なかなかの狂風だ。勇儀が抜け出せなかったのも納得だね。で?こっからどうするんだ?」
萃香は疑問を投げかける。それは挑発でもなく侮蔑でもなく、純粋な質問だった。
暴風に巻き込まれ萃香は思うように身動きが取れない。そう簡単にはこの風から抜け出せないだろう。
しかも神風は浴びているだけで萃香の体力と妖力を奪っていく。
状況は萃香にとって圧倒的に不利…にはならなかった。
萃香はこれまでの経験から理解していた。これほどの術式を人間が維持し続けるのは相当の労力を強いられるのだと。
おそらくは追撃はない。この術式を維持しながら、別の術を新たに展開することは不可能だろう。故に攻撃は飛んで来まい。
いくら神風が萃香の力を奪っていくとしても、鬼のバイタリティはそんじょそこらの妖怪の比ではない。
この術単体では萃香の体力と妖力が尽きる前に、この風を起こしている術者の霊力のほうが尽きるのは火を見るより明らかだった。
「なんて奴等ですか。神風が足止めにしかならないなんて、出鱈目もいいとこです」
だが東風谷の三世は不敵に笑う。
「ならばもうひとつの神風を見せてあげましょう。おばあちゃんがワニの妖怪からヒントを得、あややの協力を得て完成させたというこの技を!」
言うが早いか三世は左手を萃香に向かって突き出す。その左手にもまた五芒星が輝きを浮かべていた。
「神風二轟!」
叫び声と共に右手と同様に左手からも神風が吹き荒れ、萃香を襲う!
「な!もう一つの、逆回転の神風だと!ダブルスパークと同じ発想か!」
ただ相手を抑えるだけだった神風は攻撃へと姿を変え、萃香の体を引き裂かんと荒れ狂う。
風祝のふたつの手のひらの間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的神風の小宇宙!
耐える萃香の視線の先で、三世が両手首を合わせ、吼えた。
「秘奥義、風神激烈掌!」
竜巻に耐えていた萃香はふと、己の左肩が重くなるのを感じた。
左に視線を向ける。だが萃香は己の左手を見ることができなかった。
萃香の左腕はその圧倒的破壊空間に耐え切れず、上腕より先がねじ切れ、吹き飛ばされていたのだ。
はて、左腕がなくなったのに、重く感じるとはどういうことか?そこまで萃香が考えたところで、遅れて焼けるような苦痛が萃香の脳を刺激した。
「ぐ、が、ああああああぁ!」
思わず声がもれる。切り落とされるならともかく、ねじ切られたのは萃香にとって初めての経験だった。
萃香の左上腕から血が噴き出す。
「や、やった!って、ちょっとやりすぎたかな?」
「!馬鹿!攻撃を続行しなさい!」
実戦闘は初めてである三世は大量の出血に動揺し思わず攻撃を停止してしまう。慌てて霊夢が忠告するが、その隙を萃香が見逃すはずもなかった。
腕が吹き飛んだことなどなかったかのような鋭い踏み込みで萃香は風祝の頭を吹き飛ばさんと火拳を繰り出す。
回避に移ることも出来ず、目の前に迫る死に思わず三世は目をつぶってしまう。あっさりと王手積み。あまりにもあっけない幕引きであった。
…だが、いつまで経っても萃香の拳は三世の体に突き刺さらない。
三世は恐る恐る目を開ける。
ずいぶんと離れた位置に、またしても横槍を入れられた怒りと、馬鹿が一人増えた喜びで複雑な表情を浮かべた萃香がいた。
「そうかい、さっき霊夢を助けたのもあんただったんだねぇ。王手の後に二回も「待った」はずるくないかい?十六夜咲夜」
その声に辺りを見回した三世は、そこに新たな人影を見つけた。
魔理沙とは対照的に、銀粉をまぶしたかのように輝く髪。若返ったわけでもないのにその頭髪には白髪が交じる気配すら見えない。そしてその顔に刻まれたしわは驚くほど少なく、わずかな化粧で完璧に隠れてしまう。
細い脚と腕はくるぶしまで届く濃紺のロングスカートとカフスつきの長袖におおわれ、純白のエプロンとヘッドドレスで完全装備したその姿は実年齢より30近くも若く見える。
完全無敵で瀟洒なメイド、十六夜咲夜は満月の舞台でスカートの端をつまんで優雅に会釈した。
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「咲夜、助かった」
霊夢が咲夜に感謝を告げる。自分の分と、三世の分を。
咲夜はこれまた優雅に会釈する。
そして咲夜は萃香に向き直り、何かを萃香に向かって放り投げる。
萃香がキャッチしたそれは、吹っ飛ばされたはずの己の左腕だった。
「どういうつもりだい?」
「邪魔をしたお詫びよ。それで手打ちにしてくれないかしら」
「うーん、まあいいか。じゃ、これで白紙だ」
萃香は取れた腕と二の腕の断面を押し付ける。
それだけで何事もなかったかのように萃香の腕は元通りになった。
それを見た三世は驚きの声を上げる。
「な、くっついた?」
「あんた、こぶとり爺さん読んだことないの?」
霊夢が少し驚いたように問いかける。
「まぁ、あの話は一部作り話が交じってるけどねぇ。鬼が千切ったりくっつけたりを得意としているのは本当さ。私は千切るほうが得意だけど」
「そう、だから腕を落としても、脚を落としてもあまり意味がありませんよ。鬼を殺したければ首を落とさねばなりません」
咲夜が三世に忠告する。
「しかしあんた、いつの間に萃香の腕を回収したのよ。さっきから時間停止にしちゃ移動距離が長すぎない?あんた、そんなに長く時間止められたっけ?」
「これは空間の転置。平たく言えばワープね。毎回時間停止ばかりじゃ芸がないでしょう?せっかく時間停止の延長で空間操作も出来るんだから、色々やってみないとと思っててね。若い頃はナイフを取り寄せるくらいしかできなかったけど、最近ようやく人間サイズ大以上の空間を置換できるようになったわ」
「あんたも進化してるってことか。たまらないねぇ!」
「でも、まだ時間停止と同じく固有の時間を持つ生物には能力発動中に干渉できないから、生体の内側には空間の断面を作れないんだけど。これができれば何でも真っ二つなんですが」
「「できなくていい」」
さらっと恐ろしい発言を繰り出す咲夜に対し、萃香と霊夢の声が戦慄で思わずハモる。
三者の会話を聞き、三世は歯噛みする。この中で自分だけが圧倒的に知識も経験も足りない。
読みが甘かった。もうちょっとやれると思っていた。実際、鬼の腕を落とすほどの火力は示して見せた。
だがそれは不意をつけただけで、いずれまたどこかで経験の少なさが露呈し、そのたびに霊夢や咲夜に迷惑をかけるのだろう。
自分が死ぬだけならいい。友人のためとはいえ軽率に実戦に首を突っ込んだ結果だ。だが自分が足手まといになって、二人が死ぬのは耐えられない。
「霊夢ばーちゃん、咲夜さん、萃香ちゃん」
「何よ?」「なんですか?」「さんをつけなよデコ助」
覚悟を決める。自分が邪魔だ。ここにいてはいけない。かっこつけて飛び込んで、即尻尾巻いて去るなんてすげーかっこ悪いけど、勝利のためには甘んじて受けよう。
「これは戦術的撤退、私は勝つためにいなくなるんです。びびったからじゃないですからね!」
「ほう、逃げるつもりかい?別にいいけどさ、お前がいなくなったら攻撃手段に乏しい霊夢たちだけじゃ生き延びられないよ?」
その通りだった。霊夢は霊力がほとんど底をついているし、咲夜のナイフでは咲夜の魔力を上乗せしても鬼を殺しきるどころか、傷つけられるかすら怪しい。
咲夜もそれを承知している。だから霊夢を助けた後も、――結局すぐ姿を現す羽目になったのだが――足手まといにならないよう姿と気配を隠していたのだ。
今現在、まがりなりにも鬼の四天王にダメージを与えられるのは魔理沙と三世だけなのである。
だがその言葉を無視するかのように、三世は祝詞を唱え両手を合わせて目をつぶり、叫ぶ。
「風神、招来!」
そして、三世の意識はこの場から消え去った。
◆ ◆ ◆
そして、彼女は目を開ける。
「え、え、え?あれ、ここは?なんでですか?」
「おーい、どうした?ついにおかしくなっちゃったか?」
いきなり錯乱しだした三世に萃香が本気で心配そうに声をかける。
咲夜もよく分からない、と言った表情を浮かべている。
霊夢だけが何が起こったか気がついた。
「あんたは降神させられたのよ、早苗」
「なにぃ?おまえ、早苗か?」
「ええ、そうです。なるほど、そういうことですか。うわー、向こうにある私の体大丈夫かなぁ。もう年だし、失禁とかしてたらどうしましょう」
「それは怖いわね、もう年だし」
早苗は現人神、信仰される神でもあったが、同時に肉体を持った人…というより神の側面を持った人といったほうが正しい。
故に分御霊など容易に出来るはずもなく、三世の降神によって意識が丸ごとこっちに来てしまったようだった。
「それにしても完全降神とはね。依り代たる私の意識がもってかれるのやだから私はやったことなかったけど」
「貴方の孫はずいぶんと優秀なのね」
「それは当然ですよ。何せ私の娘の娘なんですから」
孫を咲夜に褒められ、早苗は誇らしげな笑みを浮かべる。
孫を自慢するその笑みに、霊夢は少しだけ嫉妬した。
生き延びたら、弟子に修行でもつけようか、などと考える。
だが、まずは生き延びることが先決だ。
「で、いきなりで悪いんだけど、やれる?早苗。こっちは割とジリ貧なのよ」
「ええ、もちろんです。霊夢さんと咲夜さんは下がっていてください。奥の手ならいっぱいあります。ふふ、まずは痛恨、風神激烈掌で!」
「ごめんそれさっき見たから別のにして。まだまだあるんだろう?」
その萃香の発言を耳にした早苗の顔にさっと朱がさす。
「なんでですか!何で知ってるんです!?」
「いや、あんたの孫にやられたんだよ。割と呑気してた私は見事左腕持ってかれてビビったが、二度は食らわんよ」
「いーーーーーーーーーーーやぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
獰猛な笑みを浮かべる萃香とは対照的に、早苗は引きつった表情で叫び声を上げる。
まさか、己の黒歴史ノートが孫の手に渡っていたなんて夢にも思っていなかった。
(ちゃんと封印術までかけてあったのに!片手間で解けるような術じゃないのに、まさかあれを解除したなんて!)
孫の成長は嬉しくもあるが、何故そんなくだらないことに全力を費やすのか。まさか秘伝の書かなんかとでも勘違いしたのか?
どうも色々考えなしに突き進んでいるような気がする孫を小一時間ほど問い詰めたい。
「どうせ披露するつもりだったんならいいじゃないの」
「自分から披露するのと他人から暴かれるのじゃ、恥ずかしさの度合いが違うのよ、霊夢」
不思議そうな霊夢を咲夜が諭す。
早苗はそのまましばらく羞恥に肩を震わせていたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げる。
もういい、ふっきれた。このやり場のない怒りは目の前の鬼にぶつけさせてもらう。そう早苗の目が告げる。それはただの八つ当たりだったが、突っ込んでも意味はない。
「ええ、ええ、あれで終わりじゃないですよ。さあはじめましょうか萃香さん。今日の私は阿修羅をも凌駕しますよ」
「そいつぁ楽しみだ。三面六臂の大活躍、見せてもらおうじゃないか」
早苗はふわりと宙に舞い上がる。
三世に足りなかった知識も、経験もこれで補われた。
周囲の空気が変わる。全盛の肉体を手にした幻想郷初代の風祝を祝福するかのように、大気が唸りを上げて早苗の元へと収束する。
その力を確認し、霊夢と咲夜は崩壊した本殿まで後退した。
参道に残るは、一人の現人神と一体の鬼。
「さあ、行きますよ」
「応!!」
周囲の風を完全に己の支配下に置き従えて、祀られる風、東風谷早苗は鬼に挑む。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
星屑で彩られた夜空を一つ星が突き進む。
(相変わらず納まりのない弾幕だ)
星屑の一つが勇儀にかすり、ひときわ強い輝きとわずかな痛みを残して爆散する。
それと同時に周囲に甘い香りが漂う。はて、もしかしたらかじったら甘いのだろうか、と勇儀は考え、そして同時に苦笑する。
整然とした儚い輝きを放つ佇まいこそが星空の美しさである。こんな正体不明の騒がしい星屑は必要ない。正体不明の怪しい星は、星熊勇儀ただ一つでよい。
大きく息を吸い込む。
「喝!」
声に鬼気を乗せて放つ。勇儀の周囲の星屑が連鎖反応でも起こしたように次々と爆発していく。
「やれやれ、私の弾幕を声だけでかき消すか。怪力乱神、相変わらず出鱈目な生き物だな」
語る魔理沙の顔から笑みは消えない。その程度は織り込み済みといわんばかりである。
三世の小細工には感心したが、小細工の年季で言えば魔理沙のほうが上である。
仕込みは十分。後はそれらを順次展開して少しずつ勇儀の体力を削っていけばよい。
ある程度体力を削れば充分に勝機はある。
「お次はこいつ、明るい光、地球の光だ。焼け落ちろ!」
「ほう、真下からか!」
鎮守の森に分散して設置したスレイブからレーザーを放つ。
あのスレイブは気脈から自動で吸気して半永久的に動作するよう改良してある。
任意に魔力を込められないため連射はできないが、設置時以外は魔理沙の魔力をほとんど消費せずに高出力のレーザーを放てると言うわけである。
(さあ、どうする?)
勇儀がスレイブを破壊するのも良し。分散したスレイブは一度には破壊できない。勇儀がスレイブを相手取っている間は魔理沙は打ち放題だ。
スレイブを無視するのも良し。適時放たれるレーザーを有効活用するまでだ。
だが、
「な!馬鹿な?」
「魔理沙、こんなぬるいレーザーでどうするつもりだったんだい?やる気が削がれるねぇ、どっ白けだよ」
ありえない光景だった。
勇儀は何の痛痒も感じていない表情でレーザーの直撃を受けている。
勇儀が魔理沙の予想を上回ったわけではない。レーザーの出力が低すぎるのだ。
(馬鹿な、何度も動作確認したぞ!そのときはちゃんと正常に動作していたってのに!)
入念なチェックを重ねたのだ、設置ミスなどありえない。
気脈が枯れかけている?そんなこともありえない。ここは幻想郷だ。外の世界で廃れた物がここでは高い力を持つ。
外界で龍脈、気脈と言う考え方が廃れたせいか、幻想郷の大地を走る気脈は充分すぎるほど活性化している。
霊夢が広範囲の八方鬼縛陣の維持に気脈を充てていても、まだ十分に余裕があるはずなのだ。
当てが外れ、さしもの魔理沙も一瞬混乱に陥る。その動揺を見逃す勇儀ではない。
気付けば魔理沙は回避不能な位置まで勇儀の接近を許してしまっていた。
「二歩だ、魔理沙」
「しまっ「落ちろ、流星!」
魔理沙が使える防御結界の威力などせいぜい防風程度である。魔理沙にできるのは攻撃だけだ。力には力で迎撃するしかない。
勇儀に向けて八卦炉を構える。溜めがないとか工程省略とか弱音を吐いている暇はない。可能な限りの火力を打ち出すのみだ。
「ナロー、スパーク!!!」
細い火線を、勇儀の拳に向けて打ち出す。魔力を込め、一点集中で押し返す。
だが力勝負は後出しの魔理沙の負けに終わった。
「うらぁあああああ!」
八卦炉が魔理沙の手からはじかれ、勇儀の拳が魔理沙を捉える。ナロースパークを打ち抜くために伸びきった腕は威力の大半を失っていたが、魔理沙を落とすには充分だった。
錐もみ状態で魔理沙は地に落ちる。
「「魔理沙!」」
魔理沙は周囲に目をやる。三世と萃香は離れた場所で空中戦を繰り広げていた。声を上げたのは霊夢と、いつの間にか姿を現した咲夜だった。
そんな心配そうな顔をするなよ、と魔理沙は苦笑する。
落とされた。箒はいまだ手元にあるが八卦炉は飛ばされてるため、大火力は行使できない。
その魔理沙を勇儀が追撃してくる。状況は悪化、好転の見込みなし。だが、それでも魔理沙は揺るがない。
バランスを取り戻して魔理沙は参道に着地する。
フォローにまわろうとする霊夢と咲夜を目で制し、勇儀を迎え撃つべく箒を構えている。
「打撃戦を挑むつもりか?面白い!」
勇儀が構える。自身の力だけでなく落下のエネルギーも加えて拳を叩きつけるつもりだ。
勇儀の拳が金色に輝く。
勇儀の力と落下の力を合わせたその一撃は箒なんぞで受けきれるものではない。
だが霧雨魔理沙の顔に絶望はない。ただ、笑う。
「スター…」
魔理沙が箒を握り締める。
「金剛螺旋!」
「バースト!!!!!」
二つの黄金色の輝きが二人の間で炸裂した。
◆ ◆ ◆
勇儀は参道に降り立ち、一旦魔理沙と距離をとる。驚きを隠せなかった。本気の拳で、打撃戦で打ち負けたのだ。
いや、それは打撃戦ではなかった。魔理沙から繰り出されたのは箒による打撃でなく、斬撃だったのだ。
勇儀の腕は縦に断ち切られている。それを行った光は未だ、箒の中から湧き出し続けていた。
唐竹割りにされた腕をくっつけながら、勇儀は問いかける。
「魔理沙、箒の中に何を仕込んだ?」
「はは、気付いたか?ちょいと神子から拝借したのさ」
魔理沙は箒に仕込んでいたそれを取り出した。
それに勇儀は見覚えがあった。確か、はるか昔、自分達を退治しに来た陰陽師が同様の紋を刻んだ剣を持っていたはず。
刀身に七星が刻まれたそれは、千年遺物にして人類の至宝、破邪の力を秘める霊剣、七星剣だった。
「どうだい?霧雨魔理沙版、スターソードの護法の味は?」
そのまま魔理沙は光を放出する七星剣を構える。
「どういうつもりだ?まさかこのまま接近戦を挑むつもりかい?」
勇儀はいぶかしむ。
なるほど、千年遺物を用いれば剣技に精通していない魔理沙でも勇儀を傷つけられるだろう。
だが、それは当たればの話である。動体視力も、筋力も反射神経も、そして接近戦の技能も、その全てで魔理沙は勇儀に劣る。
拳と剣のリーチを考慮しても、人と鬼の力量差はまったく埋まらない。
「心配後無用。白蓮に教わったのは若返りの法だけじゃないぜ。この護法も、身体強化も身につけた。私なりのやり方でな。…身につけると、使ってみたくなってね」
「強化術か。いいだろう、その程度で鬼に追いつけると思っているなら、その思い上がりを打ち砕いてやるまで!」
石畳が爆発したかのように爆ぜる。すさまじい脚力で大地を蹴り、勇儀は魔理沙に迫る。
鬼と格闘戦ができる。その甘い考えを打ち砕くべく、勇儀は右拳を突き出した。
その拳は顔面から魔理沙の頭蓋を打ち抜く…ことはなく魔理沙の左耳を掠める。
(かわされた?いや外したのか?)
カウンターで七星剣が叩きつけられる。
とっさに左腕で防御する。防御に気をまわせば切り落とされることはないが、流石に無傷とはいかない。
そのまま七星剣を捌き、右膝蹴りを入れる。当たらない。再度打ち込まれる斬撃を右手でいなして左手で裏拳を叩き込む。これも当たらない。
(馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!)
続けてひたすら打ち込み続けるが、そのどれもがことごとく宙を切る。数十発に及ぶ攻撃を全て回避され、勇儀は流石に距離をとった。
全身には多数の斬撃が刻まれている。くっつける事はたやすいが、失った血と体力は戻らない。
「ひゅう、捌ききったぜ。勇儀」
「馬鹿な、どうして当たらない!」
魔理沙は息を切らし、額に汗を浮かべている。たやすい作業ではなかったのは明らかだが、それで勇儀の怒りが収まるわけではない。得意の接近戦で、非力な人間魔法使いにかすり傷一つ付けられなかったのだ。
なにより強化術を行使しても魔理沙の動きは勇儀のそれより劣っていた。全て回避するなどできるはずがないのだ。
そう、勇儀がわざと外したりしなければ。
「魔理沙、何をやった?」
「問われてあっさり答えると思うか?でもまあ今の私は非常に機嫌がいい。教えてやろう。教えても不利にはならんしな」
呼吸を整え、上機嫌で魔理沙は口を開く。
「私が使った魔法はさっき言った通り。このスターソードの護法と、身体強化だけだよ」
「…鬼は嘘は嫌いだよ」
「嘘じゃないさ。確かに私だけを強化しただけなら、お前の攻撃は捌き切れなかったろう。だから、お前も強化した」
「何?」
「お前が攻撃に移る時、全身じゃなく肩、関節、かかと、つま先、それらを適時少しの時間だけ強化したのさ」
「何…だと…?」
確かに体の一部だけをピンポイントで強化されれば、力配分がおかしくなり動作には狂いが生じる。
だが、そんなことが可能なのだろうか?
相手の攻撃に合わせて、確実に要所要所を強化しなければ狙い通りに攻撃をそらすことなど出来はしない。
鬼が竹を割ったような性格で、攻撃もまっすぐひねりがないとは言え、一朝一夕でできる話ではなかった。
おそらくは白蓮や星といった、身体能力が高い者達を相手にこの一週間、ただひたすら死に物狂いで試行錯誤を積み重ねたのだろう。
勇儀は笑みを浮かべる。先ほどまでの怒りは完全に尊敬へと昇華していた。
馬鹿みたいにひたすらに修練を積み上げて鬼に挑む、馬鹿中の馬鹿が目の前にいる。
かつて鬼が望んだ、願望の中の人の体現。鬼を相手に不敵に笑う、その笑顔がまぶしい。
「魔理沙、手を出しなさい」
後方から咲夜が声をかける。
魔理沙が手のひらを上に向けると、その手の上にさっき落とした八卦炉がぽとりと落ちる。先ほども披露した、咲夜の空間転置で八卦炉が送り届けられたのだ。
「そうそう、これがないと落ち着かないぜ。探す手間が省けた。サンキュ、咲夜。…オーレリーズ・サン!」
八卦炉で魔力をブーストし、魔理沙は色鮮やかな4つのスレイブを発生させる。
右手に光を放つ七星剣、左手に熱を放つ八卦炉。周囲には魔理沙を守るように4つのスレイブ。陸戦仕様フルアーマー魔理沙の完成である。鬼はただ黙ってその光景を見ていた。
「魔理沙、あんたはやっぱり最高だ」
「よせよ、照れるじゃないか」
「もう霊夢は後回しでいい、霊夢より先に、お前を攫っていく!」
「ふん、出来ると思うな。人の道具、人の魔法、人の歴史、存分に味わえ!」
霧雨魔理沙と星熊勇儀、二つの影は再度互いを食い破らんと交じり合う。
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紫が神社に持ち込んだでじたる時計の文字盤には「8/15 23:27 26℃」という数字が並んでいた。
それを見るものは誰もいない。
「ペルセイド!落ちろ、こん畜生!」
下から突っ込んできた萃香を魔理沙が打ち落とす。
開戦から四時間弱、未だ戦いは納まるそぶりを見せなかった。時に相手を違え、時に場所を違え、現在は神社の正面、1km辺りの位置で2対2の空中戦に移行している。
現在軍配は大きく鬼側に傾いていた。
とはいえ霊夢達に目に見えた負傷はない。魔理沙と早苗が前衛を張り、避け切れない攻撃は咲夜が時空間操作でフォローし、それでも押さえ切れない場合は霊夢が防ぐ。
互いが互い、長年の宿敵にして友人。誰よりも互いの事を理解している。その阿吽の呼吸で萃香や勇儀の猛攻に対し、ことごとく直撃を防いで攻勢を維持してきた。
だが、圧倒的に体力に差があるのだ。若さを取り戻した魔理沙や早苗であっても、萃香や勇儀を正面から相手取れば体力が持たない。
霊力や魔力の消耗も激しかった。このままでは再びジリ貧に逆戻りである。
作戦を練りなおす。魔理沙は決意し、早苗――それが早苗であると途中に咲夜に聞いた――へ目で合図を送る。
早苗もまた即座に魔理沙の意図を汲み取ってうなずき、足止めの準備を始める。
「「でいぃぃぃぃぃぃや!」」
何度目の突進だろう?勇儀が早苗に、萃香が魔理沙に向かって特攻してくる。
だが、今一歩遅い。早苗と二人、足止めのための秘術を発動する。
「八坂の神風!」「ビッグクランチ!」
「ちっ、捕まったか」
「ありゃ、二人して足止め?」
捕らえた!術式を維持したまま、二人は神社の本殿まで後退する。
その二人を時間が惜しかったのか、咲夜が空間転置で強引に引き寄せた。
「二人とも、大丈夫?」
「ええ、なんとか」「こっちもだ、だがそろそろやばい」
「そうね、私も後十数回程度しか時空間操作はできそうにないわ」
顔を見合わせてため息をつく。
ふと思い出したように霊夢は魔理沙に問いかける。
「魔理沙、あんた勝つ算段は用意したって言ってたわよね。あれはどうしたの?」
早苗と咲夜の顔が魔理沙に向く。
「駄目だ、今使っても当たらない」
せめて気脈給気型のスレイブが使えていれば。魔理沙は歯噛みした。当初魔理沙は三世を連れて行くつもりなどなく、一人で前衛を担当する予定だった。
妖夢は真面目で頭が固い。霊夢を助けに行きたいと考えていても、半霊である自分が助太刀するのはルール違反ではないかと考えてしまうことは魔理沙の想定の内だった。
そのために一人でも戦えるよう、自身の魔力を消費しなくてすむスレイブに準備の大半を割いていたのだが、それが使えなかったせいで魔理沙は自身の魔力だけで鬼に消耗戦を仕掛ける羽目になったのである。
結果的について来た三世には感謝せねばなるまい。
「その切り札ってなんなんですか?」
「平たく言えば爆弾だ」
「この期に及んで爆弾?貴方を信用しないわけじゃないけど、とても鬼が爆弾で倒れるとは思えないわ」
普段魔理沙が場所を問わず投擲してくる小瓶を思い浮かべ、咲夜は苦い顔をする。
「…ま、まさか核爆弾ですか?」
世の中には幻想郷に生きる彼女達の想像を上回る、狂気としか思えないおぞましい兵器が存在するのだ。
それを知る早苗が声を震わせて訊ねる。
「いや、核じゃない、安心しろ。放射能とやらは撒き散らさんと聞いている。だが威力は折り紙つきだ」
魔理沙は早苗の不安を取り除くように笑う。
「だが、爆弾は爆弾。一発限り、威力の調整も不可能、発動したら止められない。至近で使えば巻き込まれ、しかし遠方から打ち出してぶっ壊されたらそこで終わりだ」
「なるほど、大型術式で足止めした状態ではうまく当てられませんね」
「けど、足止めしなければやはり当たらない。だから貴方は萃香たちの体力を削っていたのね」
神の風やビッグクランチといった大技による封鎖型の足止めでは、それ自体が爆弾使用の為の障害になってしまう。
もっと規模の狭い、弱めの封印術では余力がある萃香たちにはあっさり破られてしまう。
まだ萃香たちには充分に余力がある。それを削りきるのは、今の魔理沙たちには不可能だった。
魔理沙は、早苗は、咲夜は沈黙する。
だが、
「なんだ、なら足止めできればいいのね?」
簡単じゃない、と言わんばかりの口調で霊夢は魔理沙に訊ねる。
少々面食らいながら魔理沙はそれに条件をつける。
「ああ、あいつらを一箇所にまとめてな。ついでに爆弾投擲の為の間隙もないと困る」
「それならできるわよ」
「「「何だと?」」」
思わず三人の声がハモる。
「嘘じゃないでしょうね?」
「この期に及んで嘘ついてどうすんのよ。でもまあ、問題もなくもないかな?」
「と、言いますと?」
「足止めを用意してから実際に足止めできるまで多分…1、2分位かかるわね。その間あいつらは自由に動けるし、私は無防備になるんだけど、この間に私が気絶したり落とされたりしたらアウト」
「発動したことは彼女達に?」
「すぐばれる。間違いなく私を落としにくるわね」
「その間お前は防御や回避行動を取れるか?」
「防御は無理。回避なら多少はできるけど、期待しないで。できれば座標が狂うし空間転置もしたくない」
四人、顔を見合わせる。
「やりましょう、もうそれしかないです。魔理沙さんが前衛、わたしが後衛で。咲夜さんは不慮の事態が起きたら何とかしてください」
「何もしなくていいのか、それとも無茶振りか、判断つきかねるわねそれ」
「足止めのための足止めか、回りくどいぜ。だが、やるしかないな」
「じゃあ、いくわよ」
「いいですとも」「ええ」「やるからには必勝だぜ?」
四人、再度顔を見合わせる。もはや迷いはない。全力で成すべき事を成すのみだ。
爆発音が響く。早苗が顔をしかめた。どうやら大地に描いた五芒星が破壊されたようだ。
続けてもう一つ。もはや何が起きたか語るまでもない。
作戦開始だ。霊夢は鳥居のあった辺りに移動する。
咲夜は霊夢の後ろに待機し、魔理沙は鳥居へ向かうための半ば崩れかかった石段の下、早苗は石段の中腹で鬼を待つ。
そして勇儀が、萃香が神社の正面、石段のふもとへと姿を現す。
「よう、作戦会議は終わったかい?」
「おかげさんでな」
「そりゃ良かった。このまま押し切るのも悪くはないけど、やっぱり華は欲しいよねぇ」
「ふふ、華と散るのは貴方達ですよ!」
勇儀が、魔理沙が、萃香が、早苗が笑う。
「勝ちはいただく!あんた達はこれでおしまいよ!」
霊夢が吼える。瞬間、辺りの空気が一変した。
「?なんだ?」
「今のは…結界が解除された感覚に似ているが」
魔理沙のつぶやきに萃香は辺りを見回し、そして完全に凍り付いた。
人間には気付かないだろう。夜の暗闇に加えて距離がありすぎる。鬼の驚異的な視力だけがそれを見抜いた。
勇儀もまた、何が起きたか理解し、硬直する。
気がつけば、博麗神社の周囲4kmの境界に沿って、もはや数えるのが馬鹿らしくなるほどの符が出現していた。
等間隔に並べられたそれの総数は、おそらく一千万を下らないだろう。
◆ ◆ ◆
「もともとは、妖怪をふるいにかける為に用意したんだけどね」
霊夢は誰にでもなく語る。
霊夢も当初は、紫と同様に弱い妖怪たちの相手をしなくてすむように妖怪をふるいにかける事を考えていた。
そのために考案したのが、周囲4kmに大量のホーミングアミュレットを敷設し、近づく物を自動迎撃するという手段であった。
これなら、多数のホーミングアミュレットの命中に耐えられる妖怪だけが神社に近づいてこれ、それ以外は弾く事ができるという算段だった。
霊夢があまりフェアじゃないかな?と考えていた上、紫が周囲4kmに一里の境界を敷いたおかげでその準備は無駄となったのだが、溜め込んだ札も勿体無かったし、せっかくなので設置してその上に二重結界をかぶせて見えないようにしていたのだ。
「大量の妖怪が一度に押し寄せたときには使えるかな?と思って敷設してみたんだけど、結局使い道がなかったわ。でもまさかこんな局面で役に立つとはね」
二重弾幕結界用の二重結界に少し細工を加え、一枚目の境界の外側を二枚目の境界の内側と繋げる。こうしておけば一枚目と二枚目の結界の間には入ることもできないし、見ることもできない。
その二重結界の一枚目の境界を紫の結界の境界とぴったり重ねておけば、紫の結界を越えてきた者でも実は二つの結界を一度に越えたのだということには気付けない。
当然、霊夢には紫と違いこのような大規模な結界を単独で維持するだけの力はないため、結界の維持には気脈を充てていた。
これならば霊夢自身には何も負担がかからない。純粋なトラップとして利用できる。
「総数五千万枚。河童から活版印刷機をかっぱらって、これだけ用意するのに10年をかけたわ」
暗闇を見渡すことができない魔理沙や、早苗、咲夜には何のことだか分からない。だが、霊夢が先に語った足止めを発動していることは先ほどの感覚で理解できた。
「くらいなさい、萃香、勇儀。半径4kmホーミングアミュレット!」
霊夢が、声高らかに宣言する。
大量のアミュレットが、萃香と、勇儀めがけて飛来する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
弾かれた様に萃香と勇儀は走り出す。
あれは不味い。一撃一撃がかすり傷以下のダメージとは言え、その枚数は常軌を逸している。
あんなものを叩き込まれたらただじゃ済まない。
だが、霊夢が使い道がなかったと語った通り、この攻撃には致命的すぎる欠陥がある。現在霊夢や萃香たちは博麗神社のすぐ近くに位置している。つまりアミュレットと萃香たちの距離はほぼ4kmあるのだ。
接近する者を自動迎撃するならオートでよいが、4kmも離れた相手を狙うのならばそれは霊夢がやらねばならない。
アミュレットが到達する前にアミュレットを操っている霊夢を、落とせないまでも符を操る集中力を失わせれば、攻撃は神社まで届かずそこで終わってしまうのである。
故に単独で戦闘していた霊夢には、設置したこれを使う機会が全く無かったのだ。
萃香も勇儀もあっさりとこの弱点に気付く。アミュレットがここまで到達する前に、霊夢を落とす!
だが、そう決意した二人の前に、霧雨魔理沙が立ちふさがる。
「行かせるかよ!マスタースパーク、フルファイア!」
「いいや、行かせるね!!ミッシングパープルパワー!!」
魔理沙の放ったマスタースパークを、巨大化した萃香が防ぎ、勇儀の盾になる。
マスタースパークを受ける面積が増大し、そして単位面積あたりの妖気が低下した萃香はたまらず悲鳴を上げる。
「うおー、あっちー!!勇儀、行け!」
「応!!!」
萃香の陰から勇儀が飛び出し、そのまま魔理沙と大きく距離をとって、魔理沙を無視し霊夢めがけて移動する。
魔理沙は舌打ちした。勇儀がそのまま魔理沙を潰し、萃香と二人そろって霊夢を落としに行く可能性を考えダブルスパークの準備をしていたのだがどうやら無駄に終わったようだ。
マスタースパークは八卦炉から放つ関係上、複数放とうとしてもあまり広い射角を取ることができない。最大でも90°がいいところである。
もはや魔理沙と横に距離をとった勇儀は捕らえられない。諦めて2本目のマスタースパークも萃香に打ち込む。
「ぬわーーーーーー!!!!!!!!!」
萃香が悶絶する。巨大化を解除すればよかろうにと思ったがそんなことは当然忠告してやらない。
「早苗、頼んだぜ!!」
魔理沙は勇儀を後衛に後を託し、萃香をただひたすら足止めする。
◆ ◆ ◆
勇儀は霊夢目差して石段を駆け上る。萃香の犠牲は無駄にしない。なんとしても霊夢を落とし、あのアミュレットを止めなければ。
そう考えて走る勇儀の瞳に仁王立ちした早苗の姿が映る。
「どけぇええええええええ!!」
「退きません。ええ、退きませんとも!退くのは貴方です!星熊勇儀!!!」
早苗は石段の中腹で足を軽く広げて立つ。早苗もまた不退転の決意を固めているようだ。
勇儀はそれを理解した。ならば最大奥義で打ち落とすのみ。
「一歩!」
石段を蹴って早苗に迫る。
早苗は右手を頭より高く、左手を下腹前に、両腕を上下に大きく広げて構える。
「二歩!」
さらに迫る。早苗は退かない。正面から迎撃するつもりのようだった。
早苗が口を開く。
「これが私の最後の攻撃です。霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さん…必ず勝ってください!!」
面白い!!!
互いに奥義で鍔迫り合う、まさに至福の時間じゃないか!
霊夢の事を頭から振り払い、勇儀はただ一人、東風谷早苗だけを瞳に捕らえて歩を進める!
視線が交錯する。互いに顔に浮かべるは笑み。双方、絶対の自信を持って相手を見下ろす!!
「消し飛べぇええええ!三歩!必っさぁあああつ!!!!!!」
「天地風神!!!塵と化せ!!!」
勇儀の拳が早苗に届こうとした瞬間、早苗の表情はドス黒い笑みへと変わり、左手を振り上げる。その動作に同期して石段を引き裂いて大地が隆起し、勇儀の顎を吹き飛ばす。
その一撃に留まらず、地面が数多の腕や脚に形を変えて連撃を繰り出し、勇儀を空中へと跳ね上げた。
完全に予想外の攻撃にたまらず勇儀は唸る。
「!?風祝が、大地操作だと?」
早苗が威厳に満ちた表情で右手を振り下ろす。虚空より現れた御柱が宙を舞う勇儀を石段へと叩きつける。二撃、三撃、四撃。声を出すことすらできず、勇儀は御柱が降ってくるたびに硬い石段に叩きつけられそのままバウンドする。
そして三手、上下入れ替わった両手の間、早苗の正面に輝く五芒星が生み出される。それは星熊勇儀を暴風に巻き込み、吹き飛ばして魔理沙の重ねダブルスパークの中に叩き落す。
それを満足そうに見届けた後、東風谷早苗は意識を失い、崩れ落ちる。
そして、霊夢の撃墜に失敗した二体の鬼に、数え切れないほどのアミュレットが殺到した。
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「早苗、しっかりしなさい、早苗?」
「う、うーん、あれ、咲夜さん?どうしたんですか?そうだ!勝敗は?鬼には勝てたんですか?」
「まだ、足止め中よ。それとなんか貴方、雰囲気が…もしかして三世?」
「え、ええ、はい、そうです。…もしかしておばあちゃん、奥義を使ったんですか?」
「ええと、天地風神とか言っていたけど…」
「ああ、やっぱり」
東風谷三世は納得したようにうなずく。
気付けば石段の中ごろより少し上、踊り場となった場所に寝かされていた。
起き上がった三世に魔理沙が近づいてくる。
「よう、無事か早苗?」
「いえ、今は三世です」
「なんだそうか、勇儀を吹っ飛ばしたあの技について聞きたかったんだがな」
魔理沙は興味深そうに語る。
「天地風神の構えですか?説明できますよ。あれは力を溜め込んで、神奈子様と諏訪子様、二柱を同時に降ろす降神儀式です」
「ほう?」
「天神とは乾、神奈子様の攻撃。地神とは坤、諏訪子様の攻撃。そして風神とは私達、風祝の攻撃。三種の攻撃を一斉に放つ最大奥義です。あー私がやりたかったのに!」
「成る程な。あの勇儀が吹っ飛ぶわけだ」
祟り神たる諏訪子の力で相手を祟り、軍神たる神奈子の力で勝利を引き寄せ、そして早苗の力で奇跡を起こす。その上での三連撃。そんなバフとデバフを重ねた攻撃は防ぎようがない。
まさに守矢一家総出の一大必殺技だった。
「ただ、降神から送神まででワンセットの技なので、使うと最後に降神中の神々を全て送神してしまうんですけど…それで、状況はどうなったんですか」
「なるほど、だから早苗も帰っちまったのか…状況は見ての通りだよ、現在足止め中だ」
三世の目に映ったのは、視界を埋め尽くすほどのホーミングアミュレットだった。その全てが萃香と勇儀に殺到している。
霊夢の姿が見当たらないことに気付いた三世が辺りを見回すと、霊夢は神社の上空に浮かんでアミュレットを制御していた。
「な、なんなんですか、これは…なんか見てて目眩がしますよ」
「ああ、私もだ。あんま直視しないほうがいいぞ。疲れるから」
「あれ、霊夢ばーちゃんのホーミングアミュレットですよね?一体いくつあるんですか?」
「本当かハッタリか分からないけど霊夢曰く五千万だそうよ。二重結界を張って隠していたみたい」
「私のスレイブがろくに動作しなかったのは、あいつがあれを隠すための結界に気脈を使用していたからって訳か、やれやれ」
魔理沙は複雑な表情で舌打ちする。
「あれだけあれば、流石の鬼もイチコロですね!」
「どうかしら?大量生産品みたいだしおそらくほとんどダメージを見込めないんじゃないかしら。それにこれは足止め。本命はこれからよね、魔理沙?」
◆ ◆ ◆
萃香と勇儀は毎秒数百発と叩き込まれるアミュレットに耐えていた。
咲夜の言の通り、アミュレットの威力は大量生産品の為か、萃香たちの当初の予想よりはるかに低かった。
人間の感覚で言えば、せいぜい雪玉をぶつけられる程度である。体力はわずかながら削られるが、少し注意して防御すればまったく傷を負う事はない。
最初はお互い火炎や鬼声でアミュレットを迎撃していたものの、迎撃に要する消費のほうが耐えるよりはるかに多いと判断した為、その後はひたすら防御に回ることにしたのである。
それでもやはり、その数は圧倒的であった。毎秒数百発と叩きつけられる衝撃は、彼女らの動きを完全に制限し、じりじりと後退させ、神社の周辺から遠ざける。
数分後には彼女らは神社の石段からかなり離れた位置まで後退させられていた。
二体の鬼はその場でアミュレットを受け止める面積を減らす為、互いに互いを背にしてアミュレットに耐えている。
互いの背を守り、受ける面積を減らせば防御を効率的に行える。それは当然の帰結だった。
だがしかしそれは、まさに霧雨魔理沙が望んだ状況そのものであったのだ。
「さあ、この馬鹿騒ぎを終わりにしようか。こいつが切り札だ。もっていけ!」
アミュレットの間を縫って、霧雨魔理沙は宙を舞う。
魔理沙は帽子を脱ぎ、その内側から取り出した物を眼下に位置する鬼達に向けて作動させた。
帽子から吐き出されたそれは煙を吐き出し、二体の鬼へと向かってゆく。
「今まで使ってやる機会がなくて悪かったな。さあ、ミミちゃん、ファースト&ラストフライト!飛んでいきな!」
そして、赤と白に塗り分けられた魔理沙の切り札、魔法にとって代わると言われた新兵器。人であることすら疑わしいほどの天才によって開発され、魔理沙に譲渡されたICBMは二体の鬼へと飛んでいき、そしてその役目を終えた。
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「うぉおおおおおおいおいおい!計算と違うぞ?たしか総熱量5PJ以上って…以上の幅が大きすぎるだろ、教授!?」
その威力は、それを実行した魔理沙の計算を大きく上回った。
地表を衝撃波が走る。それは丘陵の上の博麗神社の本殿を吹き飛ばし、かろうじて無事だった社務所をも倒壊させる。
魔理沙と霊夢もまた、衝撃波に吹っ飛ばされて神社の境内に墜落する。それと同時に周囲のアミュレットも力を失ったかのように動きを止め、爆風に吹き飛ばされていった。
魔理沙に文句を言わんと顔を上げた霊夢だったが、毒づく暇もなく目の前には高熱の爆風が迫ってきている。
「魔理沙、霊夢!」
声と同時に魔理沙と霊夢の体は咲夜の横、参道の中ほどへと移動する。
その次の瞬間には、彼女らの足元の土が正立方体に大きく削られ、皆そこに落下した。咲夜が空間転置で霊夢と魔理沙を引き寄せ、その後さらに足元の地面下と別の空間を転置して穴を掘ったのである。
「霊夢!」
「分かってる、四重結界+二重結界!」
霊夢は全員周囲にいるのを確認した上で前方と上方に二重結界を、残る四方に四重結界をそれぞれ一枚ずつ張る。
そのすぐ後に結界の上表面を爆風が駆け抜けていった。
まさに間一髪である。咲夜の判断がなければ誰も爆風を逃れることはできなかっただろう。
早苗の無茶振りに応えた咲夜は安堵のため息をつく。
「魔理沙、あんたもうちょっと加減を考えなさいよ」
「言ったろ?ありゃ爆弾なんだ。威力調節とかできないんだよ!」
「なんなんですかあれ?まさか核兵器ですか!?きのこ雲上がってますよ!」
「その質問は早苗がもう済ませたわ。違うそうよ」
「ああ、教授のやつ「日本人として核兵器なんて便所の痰カスにも劣る物は絶対に作らん!」って言っていたしな。意味はよく分からんが」
その回答を聞き、今度は東風谷三世が安堵のため息をつく。彼女自身は核兵器について詳しく知っているわけではなかったが、早苗からそれがどんなものか、そして存在してはいけない物であると言う事を耳にたこができるほど聞かされていたのである。
「でももうこれ、放射能でなきゃいいって問題なんですかね?流石にこれは、圧倒的過ぎますよ」
「計算では萃香たちも死なないはずだ。まあ、その計算式が根本から狂ってたようだからなんとも言えないが。なに、さっきまでは奴等が一撃で私たちを殺しかねない攻撃を連発していたんだ。不慮の事故がおきてもそこは我慢してもらうしかないな」
「そんな、そんな言い方はちょっと…」
「冷たいか?ならいくらでも罵れ。覚悟はしてるさ」
魔理沙の突き放すような発言に反応した三世だったが、苦虫を噛み潰したかのような魔理沙の顔を見て何も言えなくなる。
魔理沙のほうが、萃香や勇儀との付き合いは長いのだ。共に杯を酌み交わした仲。彼女達が死んで嬉しいわけはない。
だが、二人は既に老婆とは言え、かつて幻想郷で英雄と讃えられた4人ですら体力を半分程度削るのがやっとであったのだ。
鬼退治の秘伝が失われた今、これくらいしないと人は鬼の頂点には勝てないのである。
「殺し合いを始めたのは私よ。魔理沙を責めるのはやめなさい」
「ご、ごめんなさい魔理沙ばーちゃん」
「死んでもらっては悲しい、無傷であっては困る。気心の知れた相手との戦いは難しいものよ。鬼はそこをどう感じているのかしら」
咲夜がぽつりとつぶやく。
◆ ◆ ◆
数分後には地表の爆炎も止み、かろうじて外に出られる程度まで落ち着いていた。
霊夢は結界を解き、4人そろって即席の壕から這い出す。
気付けば八方鬼縛陣はおろか、紫が張った一里の結界すら消え去っていた。
辺りは多少落ち着いたとは言え完全に火の海であり、まるで灼熱地獄の如しである。
萃香や勇儀たちが位置していた場所にはすさまじいクレーターが出来、そこからは未だ濛々と煙が立ち込めていた。
「流石にこの威力では、鬼の四天王と言えど…」
「馬鹿者、フラグを立てるな!」
「四天王と言えど、なんだい?」
三世の呟きに対し、魔理沙の注意むなしくお約束どおり返された返答に4人は凍りつく。
その声は未だ十分な余力に満ち溢れている!
「大江山嵐!」
「二重結界!」「プライベートスクウェア!」
霊夢と咲夜が防壁を張る。だが、先ほどの爆発で既に八方鬼縛陣が吹き飛ばされている今、ただの防御術で鬼の攻撃を防げるはずもなかった。
勇儀の攻撃は数瞬結界とせめぎあいを続けた後、霊夢と咲夜、三重の防御を突き破り人間達へと襲い掛かった。
「っつ、みんな、大丈夫か?」
「私は大丈夫よ」
「わ、私もです。でも、霊夢ばーちゃんが」
結界が砕かれたとき、三世は霊夢を守るべく矢面に立ったのだが、それを逆に霊夢がかばったのだった。
その結果、三世は無傷であったが、霊夢は頭を強く打ち意識を失ってしまったのであった。
勝敗だけを考えるなら、あるまじき失態である。だが、誰もそれを責める言葉を持たない。
「ほう、霊夢が倒れたか。なら、もう弱化結界は晴れないってことだね?」
煙と炎の中から、星熊勇儀が姿を現す。
下駄の鼻緒が焼き切れたのか裸足であり、下半身はスパッツ、上半身は服が焼け落ちたのか胸に半透明の腰巻を巻きつけただけのあられもない様である。
そのむき出しになった皮膚はほぼ満遍なく熱傷に冒されており、いたるところに水泡が出来、焼け爛れている。色気より先に痛ましさを感じる姿であるが、それでも目の前の鬼は笑う事をやめない。
今この瞬間が、何よりも楽しいと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「…萃香はどうした」
片割れの姿が見えないことについて魔理沙は訊ねる。
「心配すんな、死んじゃいないさ。もっとも、実体化するのも不可能なほど消耗しちまったがね。だからあいつは一足先にリタイアだ、おめでとう諸君。諸君らは見事、全力の鬼の四天王の一角を正面から撃破した」
「なるほど、彼女の萃める力を最大限に発揮して、あの熱量を吸い込み続けたということね」
「ご明察だ、銀髪の。その結果、私はかろうじて大地に立ち、そして勝利を得ることが出来る」
鬼には鬼のチームプレイがあるのさ、と勇儀は獣のように笑う。
唯一鬼の力を封じ込めることが可能な霊夢が倒れた今、既に勝敗は明らかだった。
消耗しつくした魔理沙たちでは、弱体化無しに鬼には敵わない。
(咲夜、時間)
(23時49分)
(よし、おいお前ら、邪魔だから霊夢を担いで逃げろ)
魔理沙は八卦炉を構え、小声で二人にささやきかける。
(後十分程度で日付が変わる。16日を迎えるか、一里を越えるかまで逃げ切れば、律儀なあいつらは追撃をやめるだろう)
(な、何言ってるんですか?戦うならみんな一緒です!)
(馬鹿いうな。私には強化魔術がある。鬼とも多少はやり合える。だがお前らはそうじゃないだろう?だから、足手まといだ)
嘘だった。強化魔術を駆使しても、弱体化なしには魔理沙は鬼には手も足も出ない。歴然たる力の差がそこにあった。
しかしそれを語ることなく、魔理沙は笑う。
(ここまでやって最後は逃げるなんて無茶苦茶格好悪いかもしれんがな。無駄死によりはいいだろう?ちがうか?後は私に任せろ)
魔理沙は軽く片目を閉じる。どうやらウインクをしたつもりのようだった。
(じゃあ咲夜、霊夢と三世を頼むぜ)
(このパーフェクトメイドにお任せあれ)
咲夜は軽く魔理沙に会釈をし、霊夢と三世を担いで後退する。
「おいおい、ここまでやっておいて最後に逃げる気かい?」
「心配するな、足手まといを追い払っただけだ。わたしが最後まで付き合ってやる。霊夢より先に私を攫うんだろう?」
挑発する勇儀を逆に挑発する。
魔理沙の今の余力は最大出力でファイナルスパークを放ってせいぜい3分持てばいいところだ。
日付が変わるまであと10分位ある。残り7分は咲夜たちの手腕に任せるしかないだろう。できればそれまでに咲夜達には一里を超えていて欲しいものだが。
魔理沙は覚悟を決め、八卦炉に魔力を注ぎ込む。
「さあ、真っ向勝負といこうか」
「玉砕するつもりかい?」
「老兵の挽歌だ。付き合ってもらおうか!星熊勇儀!」
八卦炉からファイナルスパークを放とうとしたその瞬間、空間が歪む感覚が魔理沙を捉えた。結界ではない。これは、咲夜の空間操作だ!
「馬鹿な!咲夜、何のつもりだ!!」
「このパーフェクトメイドにお任せあれ、と言ったはずだったけれど?」
すました咲夜の声だけが残る。気付けば後退した咲夜と魔理沙の位置が入れ替わっていた。
瞬時に魔理沙は勇儀からはるか離れた距離へと転送されたのだ。ご丁寧にも半ば燃えかけた魔理沙の箒も足元に転がっていた。
「咲夜!」
叫び声を上げるものの、咲夜の背中ははるか遠い。
しかし魔理沙は速度の体現。ここで箒を拾い上げ、咲夜に追いつく事は容易い。だが、それは結局、犠牲者を増やすだけの愚考でしかなかった。
故に魔理沙はどうしてよいか逡巡する。だが、選択肢は一つしかないのだ。
ここで魔理沙も咲夜も死んでしまっては誰が三世と霊夢を守るのだ?どちらかが時間を稼ぎ、そしてそれを踏み台にするしかないのだ。
故に霧雨魔理沙は己の感情を押し殺し、最適な方法を選択する。
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右手の重みを確認し、そして咲夜から遠ざかってゆく魔理沙達を視界の端に捉える。
そう、それでよい。
十六夜咲夜は首肯する。魔理沙と霊夢は生き延びなければならない。彼女達は、幸せになってもらわねば困るのだ。
「あんたが残るとはな、あんた、攻撃手段に乏しいようだけど、本気で私を足止めするつもりかい?その右手に持ったもので、私を倒せるとでも?」
その勇儀の質問には答えず、無礼にも咲夜は質問で返す。
「一つ、訊ねたいのだけど」
「なんだい?」
「貴方は魔理沙を怨んでいない?」
「怨んじゃいないさ。…あの超兵器のことかい?」
「…ええ」
「一つ、教えといてやろう。私たちはどんな手を使われようと別に人間を怨まない。そこに、「勝ちたい」と願う心がある限りは。あんた、名前は?」
「咲夜、紅い館の侍女長、十六夜咲夜よ」
「「殺したい」「駆逐したい」じゃない。「勝ちたい」だ、咲夜。私たちはずっと対等の友人を求めてきた。「殺したい」とは友誼を結べない。だが、「勝ちたい」とは友誼を結べる。違うかい?」
「…だから貴方の名前は勇儀というの?」
「あんたは詩人だな。そっちこそどうなんだい?今から最大限の友情をこめてあんたを殺さんとする、私を怨んでいるかい?」
「まさか、感謝しているわ。私に、恩を返す機会を与えてくれたのだから」
◆ ◆ ◆
十六夜咲夜は、人ならざる異能を持った人間であった。時間を止める事が出来、止まった時間の中で自分だけが動ける。
他者から見れば、いつの間にか姿を消し、気付けば背後を取られる。それは恐るべき能力であった。そしてその恐るべき能力は、それを操る人間の意思を無視して迫害の対象とする。
彼女がどれだけ慈悲深い心を持っていたとしても、「ただ人ならざる能力を持っている」だけで彼女は非難され、迫害されるのだ。
だから彼女は悪魔に運命を囚われるまで、常に命の危機にさらされていた。幼い悪魔が彼女に十六夜咲夜という名を与え、「己と共に在るべし」という運命を操らない限り、十六夜咲夜となる前の彼女には安寧など存在しなかった。だから、生きることに疲れていた少女は、己を捨てその運命を迷うことなく受け入れる。しかしその時点で彼女は運命の奴隷となってしまった。
だが、悪魔の従者として、運命の奴隷としてただ生きていただけの咲夜の前に、二人の人間の少女が現れた。ルールに縛られた戦闘とは言え、彼女らは咲夜の時間停止をものともせず、涼やかな、あるいは悠然たる笑みを浮かべて咲夜を叩き潰した。
そして決着がついた後には「弱い」だの「所詮は清掃係」だの、「種を教えろ」だの「これでわたしがメイド長かね」だのと咲夜に話しかける事をはばからなかった。それがどれだけ人間に絶望していた咲夜の心を救ったことか。
誰にも分かるまい。そのときに十六夜咲夜は真に絶望から救われたのだ。再び己の意思で、考えて生きようと思えたのだ。自分の考えで、自分の心で、敬愛する己の主に仕えられるようになったのだ。
そして魔理沙らと話しているときは年相応の少女でいられた。霊夢らと一緒にいるときは、主にねぎらいの言葉をかけられるのとはまた別の喜びがあった。
命を一体の吸血鬼に救われ、心を二人の人間達に救われた。それがあって初めて、十六夜咲夜は今の十六夜咲夜足りえたのだ。
だから十六夜咲夜は覚悟を決める。否、覚悟なんてとうの昔に決まってる。
お嬢様の安全、霊夢の安全、魔理沙の安全。これを守るためなら何を捨てたってかまわない。誇りも、愛情も、喜びも、十六夜咲夜の全てはこの三者から始まったのだ。
彼女らを守るためならば、惜しむものなど何一つない。この十六夜咲夜の全てを薪と化して、燃え尽きることに迷いはない。
だから、禁じられた力に手を伸ばす。
力を開放するのは簡単。だがしかし、年を重ねるごとに勝利の後に「この力」から逃れる事が困難になってきた。
それにこの力を行使する事はほとんど主への侮蔑である。だから咲夜はこの力は自分と主の為だけ、それも追い詰められたときにしか使ってこなかった。
初めて、他人のためにこの力を振るう。そしてもう、元には戻れないかもしれない。迷いはなくとも心残りはある。主との約束――主はもう忘れているかもしれないが――を守れなくなるかもしれない。
だが、それでも。この胸に宿る友人たちへの愛を、壊したくない。
(お嬢様、お嬢様以外のためにこの力を行使する私をお許しください)
「構わん、やれ。友の命を救うのもまた、高貴なる者の義務である。我が従者もそうあって然るべきだ」
はっとして咲夜は振り向く。誰もいない。それは幻聴だった。咲夜の主には声だけ届けるような技能などない。それに咲夜の主はこの力がどういうものか気付いてすらいない。
咲夜の罪悪感が生んだ、咲夜にとって都合のよい主を具現化した妄想にすぎない。
でも多分、レミリアも問われればそう答えたであろう。そんな主だからこそ、咲夜は己の意思で忠誠を誓ったのだ!
咲夜は全ての迷いも躊躇いも心残りも捨て去り、鬼に正対する。
「来なさい、人恋し鬼。怨んでくれてかまわないわ。私は、私の友人の為に、貴方を殺しましょう」
勝利を宣言し、咲夜は先ほどから右手にぶら下げた得物を抜刀する。
それは同行を辞退した白玉楼の庭師が己の代わりにと託したもの。黒漆で拵えられた魂魄妖夢の魂、長刀楼観剣を上段に構える。
こうして楼観剣を握ると分かる。妖夢と咲夜は似た者同士だった。
広い冥界の中でただ一人、生と死が共に同居する存在としてそこにある。同じ境遇のものはいない。ただひたすらに主に忠誠を誓い、物申さぬ盾として生きる。それが主にとって喜びも愉しみももたらさないことにすら気付けない。
そんな生活が、たった二人の人間がもたらす数刻にあっさりと覆されたのだ。死んでおらず、生きてもいなかった在り方はそこで殺され、そして生き返った。その目に映る桜の色は、これまでとはまったく違って見えた。その色鮮やかな世界に、打ち震えた。二人はただ通り過ぎただけだったが、それは世界を塗りかえていったかのようにすら感じた。自分もそうありたいと、そう思った。
だから、似た者同士。互いに仕える主の他に、守らなければならない者がいる。
そんな咲夜と妖夢の魂は一つに重なり、一振りの刃となって友を守る盾となる。
◆ ◆ ◆
殺意を宣言された勇儀が少し悲しげに笑い、迫る。まだ遠い。
疾る。10歩、9歩、8歩、まだ遠い。もっと、私の命を脅かす距離まで!
ただ咲夜は待つ。勇儀の姿が速さでブレる。5歩、4歩。もう少し、もっと近く!
3歩、2歩。いい距離だ、死がすぐ隣にある。そして咲夜は目をつぶる。妖夢の魂に後を任せ、自身は己を殺して運命に身を任せ、同化する。
バキッ、と周囲に音が響く。だがそれは咲夜が砕かれた音ではない。
星熊勇儀は相手の頭蓋を吹き飛ばすべく突き出した己の腕を見る。
神速で繰り出したその左腕は、あろう事かメイドが振り下ろした長刀に鈍い音と共に打ち落とされていた。
(馬鹿な、何の弱化も無しに、迎撃された?)
確かに先ほども魔理沙に己の攻撃をいなされた。だがそれは霊夢の八方鬼縛陣あってのことである。
目の前のメイドは純粋に、鬼の本気の攻撃を打ち落としたのだ。
やるじゃないか、そう言おうとして相手の顔を見た勇儀は絶句する。
そこにあったのは瞳を真紅に染め、微笑を能面のように張り付かせた何かだった。
勇儀は己の傷を確認する。長刀は骨にまで達していた。舌打ちし、勇儀は長物の弱点、懐に入るべく距離を詰める。
だがそれは昨夜も織り込み済み、滑るような動きで勇儀と一定の距離を保ち、勇儀の拳の範囲外から流れるように楼観剣を振るい、切っ先で勇儀の肉をえぐる。
その速さも、勇儀の肉をそぎ落とすその腕力も既に人間のものではない。
明らかに勇儀の目の前にいる、齢六十を超える老婆に見えない老婆の動きは身体強化した魔理沙はおろか、疲弊した勇儀をも上回っている。
(何が起こった?どうなってる?いや、そんなことは後回しだ。まずは刀を落とさないと!)
勇儀は覚悟を決める。まずは多少の損害をこうむっても一方的に攻撃される状況を打開せねば!
拳を構え、一気に咲夜と距離を詰める。腕を上げた勇儀のわき腹を狙い、楼観剣が迫る。
ぞぶり、と刃が深く勇儀の腹に食い込む。咲夜は相手のわき腹にあっさりと食い込んだ長刀を引き抜いて後ろに下がろうとする。だが、刃を引き抜けない。半ばまで食い込んだ刃を勇儀が腹筋で押さえつけているのだ。
勇儀はそのまま左手で刀身を握り、腹筋を緩めて咲夜に殴りかかる。流石に鬼の拳を受けるわけにもいかず、咲夜は楼観剣を手放し、後退した。
(良し!)
勇儀は楼観剣を腹から引き抜き、即座に傷口をくっつけ、己の後ろへと楼観剣を投げ捨てる。
その間に咲夜は、スカートの下のホルダーから鉈のような二本のナイフを抜いて身構えていた。
「インスクライブ、レッド、ソウル」
咲夜が勇儀に迫る。カウンター主体から、攻撃主体へと。それはもはや人の域を易々と超えた動きだった。既に刃の残像が見える。
十六夜咲夜は、壊れた人形のごとく目の前の鬼にナイフを叩きつける。否、叩きつけ続ける。
だが、そのナイフが与える傷の深さは楼観剣には及ばない。それにようやく勇儀は己の距離を取り戻した。若干の余裕を持って、勇儀は咲夜を迎え撃つ。
赤い粒が宙を舞う。それは出血だった。受けとめる勇儀の腕からだけではない、ナイフを振るい続ける咲夜の手からも等しく鮮血が舞う。
人間の限界を超えて行使した腕の毛細血管が破裂しているのである。既に咲夜の手首の白いカフスは真っ赤な血で染まり、袖は血に濡れ重くなり、しかしそれでも咲夜は追撃を緩めない。
己の損傷を気にも留めず、ただひたすらに攻撃を続ける。狂ったかのように、されど適切に勇儀の動きを制限し、勇儀にも少しずつ出血を強いる。
数十撃の斬撃を押さえきり、多少余裕ができた勇儀は咲夜を退けてようやく気が付いた。咲夜の全身を濃密な、赤い紅い魔力が覆っているのだ。
(魔力を流し込んで己の体を強化してるってわけか。しかし…)
単純な魔力の流し込みによる強化は、強化術を行使するのに比べてはるかに効率が悪い。
術として組み立てて行使すれば10分持つ力も、ただの流し込みでは1分と経たず霧散してしまう。
だと言うのに咲夜の体から放たれる魔力は尽きるそぶりすら見えない。
加えてこの濃密な、血を滴らせたワインを思わせる魔力。明らかに人のそれではなかった。
流し込むだけで鬼と戦えるようになるほどの力など、それは鬼の力に他ならない。
(こいつ、人間をやめて鬼の眷属になったってわけかい?)
だが、濃密な魔力で覆い尽くされてしまっているが、咲夜のその身に宿る気配は未だ先ほどと変わらない、人間のままである。
それが勇儀の混乱に拍車をかける。
「お前は、一体なんなんだ!」
勇儀の混乱の隙を突いたかのように、目の前にナイフが迫る。咲夜が勇儀の左目めがけてナイフを投擲したのだ。
回転しながら迫るそれを、勇儀は左手で打ち払う。
そのような奇襲など、と言おうとして勇儀はぎくりとする。それはミスディレクション。
ナイフに気がいっているうちに、咲夜は勇儀にも迫るほどのすさまじい速度で身をかがめて踏み込み、勇儀の懐へ潜り込んでいたのだ。
咲夜はその手に握る刃を振り上げる。それはナイフではなかった。空間転置によって咲夜の手の内に現れたそれは、先ほど落とされ、勇儀の後ろへ飛ばされた楼観剣であった。
空間を操るメイドの前では、武器を落とすことなど何の意味もない。咲夜が二本のナイフを抜いた時点から、その全てがミスディレクションだったのだ。
己の代わりにと妖夢に託された楼観剣。そこに込められた妖夢の霊力を咲夜は開放する。
(しまっ)「現世斬」
た。と思う間もなく、長刀が青く燃え上がる霊力を宿し、それは赤い魔力を纏った腕にてナイフを払った為がら空きになった勇儀の左肩に袈裟に振り下ろされる。
べきり、と勇儀の鎖骨が砕かれる。同時に打ち込んだ勢いでぼきりと咲夜の左腕が折れた。
無言のまま咲夜は深追いせずに楼観剣を引き抜き、勇儀と距離をとる。
「痛みわけか。自分の腕が折れる勢いで打ち込んでくるなんて、あんた、正気かい?」
「いいえ、痛むのは貴方だけですわ」
咲夜は相変わらず貼り付けたような微笑を浮かべながら、右腕で折れた左腕を正常な位置で固定する。次の瞬間には咲夜の腕は元通り復元されていた。
「なんだと!?」
勇儀にはただくっつけたようにしか見えなかったが、咲夜は己の腕が完治するまで単純に時間を加速したのだ。それは寿命を縮める行為に他ならないが、咲夜は意にも留めない。
対して勇儀の方の傷は、多量の霊力を流し込まれた影響かくっつけようとしてもまったくふさがらない。千年遺物である七星剣による傷すら瞬時にくっつけられたというのにである。
そんな勇儀を前に、咲夜は揺ぎ無い身のこなしで楼観剣を構える。咲夜もまた刃物に関しては常人ではない。妖夢には及ばねど、その動きには隙がなかった。
勇儀は不利を自覚する。万全の状態なら撃退できたものを、今の疲労と傷ではとても覚束無い。下手をすれば、いや、下手をしなくとも殺される。
「私の命を狙う者、私がお嬢様ととも在らんとすることを妨害する者。みな等しく死になさい」
「?咲夜、あんた、一体何を言って…」
それは勇儀に向けた言葉ではなかった。咲夜は誰に語るでもなく空虚に独りごちる。
そして、左腕の動かぬ勇儀の首を落とさんと、咲夜がゆらりと踏み込もうとした瞬間、すさまじい灼熱と閃光が勇儀を吹き飛ばした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「今だ、霊夢!」「今です!」
神の風とファイナルスパークの同時射撃。勇儀に対する有効打とはならなくても、その出力ならば足元の地面ごと勇儀を吹き飛ばして距離をとるくらいは容易い。
目の前の敵を見失い、佇む咲夜を抱えて何故かずぶ濡れの霊夢は亜空穴に飛び込みさらに勇儀と距離をとる。
「ごめん、迷惑かけたわね。あんたは大丈夫?まあ、大丈夫そうには見えないけど」
「どきなさい霊夢。あれは敵よ。私の命を狙う者、私がお嬢様ととも在らんとすることを妨害する者。敵はみな等しく殺さなければ」
「は?レミリアがなんだって?あんた、何言ってんのよ…って、この魔力、レミリアの?」
咲夜を止めんとして咲夜の前に立った霊夢もまた、その紅く染まった瞳とその身に纏う魔力に絶句する。
「殺さなければ。私の存在は全て、ただお嬢様の為に」
「ちょっと、しっかりしなさい、咲夜!こら、咲夜!!」
「あらあら、これは酷いわね」
突然、霊夢の後ろに急に何者かの気配が現れる。
しまった、咲夜にばかり気をとられて油断した!霊夢は舌打ちし、咲夜を守らんと咲夜に覆いかぶさる。
「想起「テリブルスーヴニール」!」
だが霊夢の背後から放たれた光を目にした途端、自我を大きく揺さぶられた咲夜の目がストンといつもの藤色に戻り、楼観剣をカランと落として倒れこむようにひざをついた。
それと同時に咲夜を覆っていた濃密な魔力もまた、元栓を止めたかのようにゆっくりと霧散する。
その咲夜を抱きとめた後に振り向くと、啓いた恋の瞳、古明地こいしがしたり顔で霊夢を見下ろしている。
「さあ霊夢、借りを返しに来たわよ!今度は準備も万全、覚り妖怪の全力でお相手するわ!想起「ミスディレクション」!」
しかし、そう言い放ったこいしが仕掛けてくる咲夜を模した攻撃は恐ろしいほどにスカスカだった。こちらが動かなくても当たるそぶりが見えない。
故に霊夢は理解した。つまりこの攻撃がミスディレクションで、本命がどうやら咲夜を助けることだったのだと。
いかなる精神構造に因るものかさっぱり分からないが、こいしが霊夢の手助けをしたのは間違いないようだった。
どうすべきか一瞬逡巡し、霊夢は術を発動する。こいしが咲夜を助けたことは明らかに勇儀に対する妨害行為だ。
妖怪同士の妨害行為を禁止したのは霊夢である。こいしの行いがばれれば今後こいしは数々の非難にさらされるだろう。ましてや、地下で強い発言力を持つ、勇儀を邪魔したとあっては。
迎撃しなければならない。こいしは、身体能力に劣る覚り妖怪の分際で愚かにも殺し合いに首を突っ込んであっさりと撃退された、ただの馬鹿な妖怪でなければならないのだ。
霊夢もまた、思いっきり手加減した一撃を用意する。まだ七日七晩経っていない。準備万全どころかおそらく以前の夢想封印の効果が残っているこいしならこれで十分である。
「ふん、リベンジャーは大概目的を果たせず無念を抱えて散るものよ。夢想封印 侘」
「え、ちょ、またしても避けられないわ!」
やはり未だ妖気の大半を封印されており、芝居抜きでかわす事が出来ないこいしは夢想封印の光弾に叩きのめされ、再度木っ端のように宙を舞う。
悪いわねこいし、後でなんか埋め合わせはするわ、と霊夢は心の中で手を合わせながら、前回と同じように気絶してべちゃりと地面に落下したこいしから目を離し、勇儀に向き直る。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
まったく、苦労させられたものだ。ファイナルスパークを全力で放ちながら魔理沙は笑う。
何が苦労だ、と霊夢が聞いたら怒るであろう。
魔理沙は咲夜が時間を稼いでいるうちに、崩れた社務所の裏へまわり、同じく崩れた井戸を掘り起こし、釣瓶が壊れていた為やむなく霊夢を井戸に叩き落したのである。
その老人虐待の甲斐もあり、何とか霊夢は目を覚まし、再び三人は戦場へ舞い戻ったのだった。
「ごめんなさい魔理沙ばーちゃん。儀式を省略しすぎました。これ以上の維持は難しいです」
「そうか、少し急かしすぎたか?次の準備を頼む」
「りょーかいです。でも、次がおそらく最後です」
その言葉と共に神の風が消滅する。それと同時に、無理矢理距離をとらされた勇儀がファイナルスパークを一歩、また一歩と押し返してくる。
魔理沙は霊夢のほうに目を向ける。なにやら咲夜を押しとどめているようだ。やはり咲夜はおかしくなってるようで、まだこちらには参戦出来なさそうだった。
洒落にならん、と魔理沙は心の中で毒づく。魔理沙の魔法のうち、最大の貫通力を持つファイナルスパークですらこの様である。やはり鬼を正面から相手取るのは無理があった。
だが、勇儀を圧倒していた咲夜の間に割って入った事を後悔はしていない。咲夜がどうやったのかは分からないが、周囲に漂う魔力から何をやったかは理解できる。
吸血鬼の、レミリアの魔力で自身の肉体を強化するなど、やらせるべきではない。いくら長年共に居て、馴染んでいるとはいえ他人は他人。体への負担は強化の非ではない。
ましてや魔力の流し込みによる強化では、術と違い魔力を適切に流し込まねばきちんとした強化は出来ない。現に咲夜は細かい血管にまでは意識を向けておらず、毛細血管をずたずたにしてしまっていた。
多分骨や筋肉にも相応の損傷があるだろう。そんな、自傷行為にも似た行為を続けさせるわけには行かない、と自分がやろうとした事を棚に上げて魔理沙は考える。それに、
「ここまで来たら、誰もが全力、されど生きて全て大団円といきたいからな!」
ありったけを振り絞り、魔理沙は笑う。その声が聞こえたのか、遠方で勇儀も笑う。三世は術を構築しながら笑おうとして変な表情になっている。
それを見て魔理沙も勇儀もさらに笑った。
「さあ、これが私の最後の術です。本来ならこれはお祖母ちゃんが霊夢ばーちゃんに勝つための術だったんですけどね。霊夢ばーちゃんが死んじゃったら意味ありませんし、ここで使わせてもらいます!」
妖力スポイラーで咲夜が残した大量の魔力をかき集めて霊力の不足を補いつつ、三世は宣言し九字を切る。
「臨・兵・闘・者・…あれ、者…次なんだっけ?「兵闘に臨むる者は…」?まあいいや、何でも。紅・妖・萃・永・花・風・緋・地・星・神!「風神は紅の妖気を萃め、永久の星にて地に緋色の花を描く!」」
「おい、一文字多いぞ!」
「やっかましぃ!多いならそれはサービスです!さあ、これがお祖母ちゃんの力、私の力、風祝の力!とくと見よ!」
勇儀の足元に五芒星が浮かび上がる。光が若干紅を帯びているのはレミリアの魔力の残骸を巻き込んだからだろうか?
「風神…」
五芒星が風を生む。そして勇儀の周辺に九つのスレイブが、真上に一つのスレイブが生み出される。
「弾幕結界!!」
そしてそれらは一斉に、勇儀に向けて力を解放する。
◆ ◆ ◆
「やれやれ、あいつのでたらめで術を発動させる技術はほんと非常識だな」
息を切らしてファイナルスパークを止め、魔理沙は苦笑する。
「早苗よ、お前真面目に孫を教育しないと、風祝の秘術は二代目で終わりを告げるぞ?ふん、それにしても」
風の檻に閉じ込められた勇儀を見上げる。
「風神弾幕結界か。はは、成る程。よほど霊夢に負けたのが悔しかったんだろうな」
確かにこれは早苗の切り札に違いない。
事実、これは早苗のノートの最も最初のページに記載されていた。おそらくは早苗がこちらに越してきてからわりとすぐの頃に考えたに違いなかろう。
八坂の神風で相手を竜巻の内側に閉じ込め自由を奪い、輻輳するレーザーが牽制と攻撃も兼ね、そして上からの散弾とクラスター弾で攻撃する。
それは、名前からして明らかに霊夢や紫を意識した、早苗の弾幕結界だった。
「…だが、緋色の花を咲かすには足りないか」
その東風谷の渾身の術式を以てなお、星熊勇儀に傷を負わすには至らない。
神風に揉まれ、レーザーに身を射られ、数多の弾幕をその身に受けてなお、鬼はただ、笑い続ける。
そして少しずつ、弾幕の密度が下がって行く。霊力が、もう、もたない。
悲しげに、東風谷三世はつぶやく。
「…これまでですか」
「いいえ、ここからよ」
突如、三世のスレイブの周囲に輝く8つの光弾が現れる。それはスレイブではなく…
「夢想封印!霊夢か?咲夜はどうした?それに夢想封印なんて後回しでいいから早く鬼縛陣を張れ!」
叫ぶ魔理沙を無視して霊夢は三世に歩み寄り、尋ねる。
「よく頑張ったわ三世。さすが我が弟子の宿敵。もう少し、術を維持できる?」
「…ええ、勿論ですとも!」
「よく言った。ならば見せてあげましょう。封印術である夢想封印のもう一つの使い方をね」
言うが早いか霊夢は印を結ぶ。それと同時に8つの夢想封印を頂点に鬼縛陣が形成される。
「範囲も狭いし、鬼縛陣を二つ重ねられなかったから今までは使えなかったけど、こっちのほうが効果は割り増しよ。夢想封印・八方鬼縛陣!」
その途端、神風が勇儀の自由を奪う。圧倒的な重圧に勇儀の力が押さえつけられる。先刻までの鬼縛陣の比ではない。
神風に逆らいきれずガードすることすら出来なくなったその体に、レーザーが突き刺さり弾幕が食い込む。
「が、あああああああああああ!!!」
勇儀が悶絶する。先ほどまで軽々と耐え切れた攻撃に耐え切れなくなる。
「ぐっ、だが、もう少し。もう少しだ!」
既に八卦炉に光はない。魔理沙はほぼ魔力を消費し尽くした。
咲夜も本殿の残骸近くで座り込んでいる。
霊夢の霊力も二つの術の同時展開で今まさに底をつきかけている。
この風祝の術が最後の攻撃。これさえしのげば勇儀の勝利だ。
(ここまで来たら気合の勝負!鬼が気合で後れを取るものか!!)
弾幕に皮膚を破かれレーザーに肉を削がれ、幾多の傷を負い地に数多の緋色の花を咲かせながら、星熊勇儀は耐え続ける。
勝ちたい。なんとしても勝ちたい!
今までの戦は楽しめればよかった。鬼退治の秘術が失われた後、全力を出した己を脅かすほどの相手などいなかった。
全ての人妖は鬼の四天王にとって格下である。勝って当然。勝利は誇らしいものではなく当然の帰結。だから勇儀は結末でなく過程に意味を求めた。
だが今は違う。勝利と敗北が勇儀の目の前で等しくゆれている。
勝ちたい。勝って誇りたい!勝って、この英雄達に勝ったのだと、声高らかに叫びたい!
ただひたすら耐え切りながら、勇儀はそれだけを願う。
いつか来る反撃の機会のために、勇儀は亀のように防御を固め、力を蓄える。
◆ ◆ ◆
未だ爆発の余韻で、周囲には熱気が立ち込めていた。
誰もが額に汗を浮かべている。
つ、と東風谷三世の目に汗が流れ、一瞬風の勢いが弱まる。その隙とも言えない隙を勇儀は見逃さなかった。
「消し飛べぇえええ!」
光を宿した拳を、上空のスレイブへと高く突き上げる。勇儀の拳から放たれた怪力乱心の力は螺旋を描いて三世のスレイブを破壊した。
三世の顔が絶望と驚愕に歪む。
一気に弾幕が薄くなり、防御に力を回す必要がなくなった勇儀はここぞとばかりに残しておいた最後の力で反撃に出る。
「鬼気狂瀾!」
八方鬼縛陣を構成している霊夢の夢想封印。それめがけて力を解放する。
それに気がついた三世は九つのスレイブを夢想封印を守る盾にする。霊力と鬼気が衝突し、相克し、喰らいあって消えて行く。
何とか凌ぎ切った!だが、既にスレイブは1つ。一条のレーザーでは、勇儀を捉えきれない。いや、それ以前に防御に霊力を割いたせいで既に三世にはレーザーを打ち出すだけの余裕がない。
「あとは、この風を止めれば、全ては終わりだ!」
叫んで、足元の五芒星を粉砕すべく、再び光を宿した拳をふり上げた勇儀は周囲の光景の違和感に気がついた。
魔理沙が、いない?魔力の尽きかけた体でなにをするつもりだ?
「さあ相棒、いつもと纏う魔力は異なれど、やることは同じだ!行くぜ!スター・ストリーム!」
魔理沙の声が上空から響き渡る。
つられて勇儀は上を見上げる。そこには、箒にまたがり、すさまじいスピードでほとんど飛行と言うより落下してくる魔理沙の姿があった。
その身を包む光はいつもの黄金ではない。青みがかった、高温の炎を思わせる光を放って突進してくる。
八卦炉は熱を放っていない。魔理沙にはもう八卦炉に注ぎ込む魔力は残っていない。だが、千年遺物、七星剣はその持てる力ゆえか未だ魔理沙のスターソードの護法を維持し続けていた。
それを魔理沙は再度箒に仕込み、七星剣にいまだ維持されてた魔力を八卦炉の代わりに開放し、速度に変えて突き進む!
「ブレイジング・スタァアアアアアアア!!!!!!」
青い光を纏い、未だ火炎で赤く染まる闇夜を青く染め上げながら、魔理沙は空を切り裂いて疾る。それはまさに彗星だった。
それを見て勇儀は逡巡する。右手の金剛螺旋で五芒星を砕くか?それとも魔理沙に打ち付けるか?
一瞬の判断の後、勇儀は前者を選択する。
もはや奥義は不要。魔理沙の迎撃はただの拳で十分だった。魔理沙のその速度自体が勇儀にとっても必殺の武器となる。
魔理沙に後の先のカウンターを打ち込む。そのためには風が邪魔だ。勇儀は金剛螺旋で五芒星を破壊して魔理沙に正対する。
良い戦いだった。これからどれだけ生きても、勇儀は今日の事を忘れることはないだろう。
これほどの戦いを繰り広げることがこれから先あるかどうか分からない。
だから、勝つ!
それは勇儀の、初めての勝利への渇望だった。なんと強く、なんと苦しい感情だろうか。胸の内に抑えておく事など出来はしない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!」
解き放つ。それは妖力を込めた鬼声ではなく、ただ感情を込めただけの怒号。しかし狂おしいばかりに勝利を望む、星熊勇儀の魂の発露。
(私達に勝ちたいか、勇儀!だが、な。勝つのは私達だ!にわかの勝利願望で、私の半世紀を打ち落とせると思うな!)
魔理沙が衝撃波を放ちながら突っ込んでくる。
勇儀は両手を組み、頭上へと振り上げる。突っ込んでくる魔理沙の箒の頭を打ち落とす算段だ。
これまでの勇儀なら間違いなく正拳を打ち込もうとしていただろう。
打ち落としより正拳のほうが難度は低い。だが、正拳を打ち込まれれば魔理沙の命は間違いなく華と散る。
対して箒の頭を打ち落とすのであればバランスを崩した魔理沙が前方に投げ出されるだけで、身体強化が使える今の魔理沙なら助かる可能性は十分にある。
だがそんな計算など論外。勇儀は特に何を意識するでもなく、ごく自然と正拳よりも打ち落としを選択した。
それは、勝利への渇望とは違って勇儀自身すら気付かない、勇儀のもう一つの変化だった。
鬼にとって勝利とは立ち向かうものを全て地に平伏させることであった。そこに相手の生死など問わないし、仮に生きていたって攫っていって、その後は言うまでもない。
霊夢の言葉が、魔理沙の努力が、早苗の、三世の思いやりが、咲夜の覚悟が知らず知らずのうちに勇儀を変えていたのだ。
それは、幻想郷における人と鬼との付き合い方の変化の、第一歩だった。
後五秒。
四秒。
(迎撃…できる!)
勇儀は両手に力を込める。
二秒。
一秒!
その瞬間、勇儀の横っ面を光芒が焼く。
それははるか前に魔理沙が設置していた、気脈給気型スレイブから放たれたレーザーだった。神社の後方に位置していた為、唯一つ爆発後も残ったそれは、霊夢の二重結界が解除された時点から十分な力を蓄えていた。
それをタイミングを見計らって、魔理沙が作動させたのだ。本来の出力を発揮したレーザーは勇儀の顔を焼き、そして同時に視界を奪う。
そして、距離を見誤った勇儀が両手を振り下ろす前に、すさまじい衝撃とエネルギーの奔流が勇儀を呑み込み、満足と敬意と悔しさを抱いたまま、勇儀は意識を失った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「か、勝った……?」
待てども一向に起き上がってこない勇儀に三世が恐る恐る近づく。勇儀は完全に意識を刈り取られており、まったく目を覚ます様子はなかった。
一人で多数を相手取る真剣勝負中に気を失うということは、すなわち相手が首を刎ねに来ても手も足も出せないということ。
それは誰の目にも明らかな決着であった。
「ええ、どうやら私たちの勝利のようね」
やれやれ、と霊夢は頭を振る。
それを聞いて、三世はペタン、と腰を下ろす。というより、緊張が途切れて腰が抜けたのだろう。
そのすぐ傍に、大きく旋回し、減速して舞い戻った魔理沙が着地する。
「よう、勝ったな!」
「ええ」
「やった…勝った?勝った。勝った!!…いーやったぁぁぁぁああああああああ!勝ったぞぉおおおおおおああああああああ!!!!!」
三世が鬨の声を上げる。歓声が爆発し、もはやただの怒号になっていた。
三人は咲夜のほうを向く。
楼観剣を抱え、本殿の残骸に寄りかかり座り込んでいた咲夜は答えるように小さく手を振る。
全員、あちらもこちらも生き残った。その上で人間だけが大地に立っている。これを完全勝利といわずしてなんと呼ぼう?
誰もが緊張の糸を解く。
魔理沙と、なんとか立ち上がった三世は咲夜を抱え起こすべく、本殿のほうへと向かう。
勝利とは、立って祝うものである。
霊夢はただ一人、鳥居があった場所に立ち、夜風を受けながら三人を見つめていた。
紫が神社に持ち込んだでじたる時計は瓦礫の中で文字盤に「8/15 23:58 43℃」という数字を並べている。
葉月の15日は、まだ、終わってはいない。
「霊夢!」
咲夜が叫び声を上げる。
先ほどの魔理沙が用意した切り札によって、紫の張った一里の結界は解除されていた。
故に、今は道理の分からぬ弱小妖怪も神社に近づくことが可能なのだった。
そして、弱小妖怪といえどもその多くは人間より強靭である。
老婆一人殺害することなど雑作もなかった。
「霊夢、避けろ!!!」
魔理沙も、気付く。
「え?」
霊夢が後ろを振り向く。その動きには疲労がにじみ出ていた。
昔の霊夢なら、それでもかわすことが出来ただろう。
だが、年老いた霊夢の反射神経では、それすらままならない。
振り返った霊夢の額に、妖怪が放った攻撃が命中した。
霊夢は額に手をやる。ぬるり、とした生暖かい感触が指先に伝わる。
そして、再び目の前の妖怪が何かを投げつける。
霊夢は今度はそれを叩き落す。
べちーんという音を立てて、それは霊夢の手の甲に弾かれる。
その異様な感触に、霊夢は自分が叩き落したものを見る。
それは、玉蒟蒻であった。
「………」
「………」
言葉が、口をついて出てこない。状況が飲み込めない。
紫が持ち込んだでじたる時計とやらが、耳障りなリズムを奏でる。
不協和音をフィナーレに博麗霊夢の死の舞台は幕を閉じた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「や、やった、霊夢、驚いたよね?結構くちくなったもん!」
霊夢の目の前の弱小妖怪、多々良小傘が戦々恐々と言った表情で問いかける。
「…ええ、流石の私もこの状況で蒟蒻ぶつけられるとは思わなかったわ」
なんとか、それだけを搾り出す。
それを聞いて小傘の顔が満面の笑みを浮かべる。
「やった…食った、食った!食った!!…いーやっほおおおおおおおおおう!霊夢を食ったぞぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
小傘はどっかで聞いたような鬨の声を上げる。
霊夢はそれを尻目に三人に目を向ける。皆一様に呆気にとられた顔をしていた。
もうなんと言っていいか分からない、といった感じである。
「そこの天狗、出てきなさい。いるんでしょう?」
霊夢のその声に応えて、いつの間に近づいてきたのだろう、壊れた社務所の裏から姫海棠はたてが姿を現す。
「あら、ほんとにいた。さあとっととヒーローインタビューに行きなさい」
「え…いや、でもほんとにいいの?流石にあんまりだし、記事にするのは憚られるような…」
予想外の展開に、はたても面食らっているようだった。
文だったら問答無用で記事にしてるわね、と霊夢は思いつつ、はたてに告げる。
「真実を記事にするのが新聞記者の仕事でしょう?まあ、あいつにしては良く頑張ったほうだし、隠蔽しちゃかわいそうよ」
「うーん、そう?まあ当人が言うなら記者倫理も守れるし、問題ないか」
「文はどうしたの?」
「あいつは千年妖怪だし、山の重鎮がこぞってあんたに負けたせいで今は忙しいわ。とても記者活動なんてしてる余裕はないわよ」
そう霊夢に告げたはたては記者の顔に戻り、小躍りを続ける小傘を捕まえてインタビューを始めた。
それを片目で見つつ、霊夢は戦友たちに歩み寄る。
「ごめん、最後の最後でケチがついたわ」
「いや、私も油断してた。済まなかったな」
「私としては霊夢ばーちゃんが生き残ったから目的を果たせて万事オーライですけど」
「まあ、こういう結末もいいんじゃないかしら」
4人、顔を見合わせて笑う。
「そういえば咲夜、あんた、紅魔館放置して大丈夫なの?」
「後はテンパランスに任せてきたわ」
「「節制」?ああ、あんたが注力して育てている妖精の一体だったっけ?確か黄色いやつ。で、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないわ。どうせ今頃館内は右へ左へ大騒ぎよ」
「おぅい?」
「いいのよ。一度自分の限界を知ったほうが成長できるわ。そのための必要経費よ。これは」
「相変わらずの鬼軍曹様で」
だがそう語る咲夜の表情は、どこか孫を自慢する早苗の表情を髣髴させた。
それを見て霊夢は複雑な心境になる。
「おい、誰か近づいてくるが」
すでに日付は変わったとはいえ、先ほどの件もあり周囲に気を配っていた魔理沙が声をかける。
「…警戒を解いていいわ。魔理沙」
「ふん、なるほど、そういうことか」
魔理沙は笑い、咲夜に肩を貸す三世を連れて霊夢に背を向け、気絶している勇儀を起こすべく歩み去っていった。
神社の現状を目の当たりにし、顔をゆがめながら神社に近づいてきた人影は、霊夢の姿を確認した途端、一転して歓喜の表情を浮かべる。
「お師匠様!」
霊夢の傍に着地した少女は、そのまま霊夢にすがりつき涙を流す。
「お師匠様、よくぞ、ご無事で」
「里はどうしたの?」
「えぐ、慧音さんが、ここはもういいって言うから、それで」
「状況報告」
「うぐ、はい。七日間で里を襲った妖怪は78体。全て撃退しました。里に被害はありません。以上」
78か。割と多かったわね、どいつもこいつも浮かれすぎよと霊夢は心の中で嘆息する。
「そう、78か、すごいわね。よくやったわ、お疲れ様。上出来よ、馬鹿弟子」
霊夢は笑う。うまく笑えているか自信がなかった。
その霊夢の顔を見て、一瞬ぽかんとした少女は、すぐに先ほど以上に涙を流す。
少女の頭を抱きかかえ、霊夢はその頭をぽんぽんと叩く。
遠くで魔理沙たちがにやけているが、まったく気にならなかった。
霊夢は、かつて花壇があった場所に目を向ける。残念ながらそこはもはや、周囲の焼け焦げた地面と区別がつかなくなっていた。
「花壇、さ。吹っ飛んじゃったから、新しい種を植えましょう。なにがいい?まあ社務所の修復が先だけど」
「…お師匠様は、花、嫌いなのかと思ってました」
「何で?別に嫌いじゃないわ」
「だって、なんか気にいらなそうな顔してましたし」
「ああ。ただ、黄色い花は神社には似合わないなって、そう思っていただけよ」
神社なら赤か白でしょ普通、とつぶやく霊夢に対して、少女は少し不満そうな表情を浮かべる。
「それならそうと、早く言っていただければ」
「だって、あんたがずいぶんと嬉しそうにしてたから」
それに向日葵の種は嫌いじゃないし、と半ば以上本気で霊夢は付け足す。
「なんだっていいですよ。私は、お師匠様と一緒に作業できるのが、嬉しかったんですから」
そうか、こんな単純なことでよかったのか。霊夢は己の頭の固さに辟易した。
「決めたわ」
「なにをですか?」
「あんたを、魔理沙以上に強くする」
「え、いや、なんか魔理沙おばあちゃん若返ってますし…あの方魔理沙おばあちゃんですよね?それはちょっと難しいんじゃないかと」
「だからよ。私にはもう魔理沙を抑えられない、ということはあいつが神社を尋ねてきたとき追っ払えるやつがいないってことじゃない」
「ええと、追っ払わなければいいのでは…」
「何馬鹿なこといってるの。あいつは追っ払わなきゃいけないときがあるのよ。パチュリーから本盗んで逃げ込んできたときとか。全力のパチュリーなんて相手したくもない。あれは、魔女よ。あんたもいずれ分かるわ」
「…」
「だからあんたが魔理沙より強くなって、あいつを追い払うのよ。大丈夫、若い頃は私は魔理沙に勝ち越したわ。その全てをあんたに伝授する。負ける道理なんてない」
「は、はい!」
「よろしい。とはいえ、しばらくはゆっくりしましょう。ちょっと、疲れたわ。…ああそうだ、あんたに私の葬式の準備、頼んどいたわよね?」
「ええと、はい、直会の料理とかどうしましょうか?」
「…よし、悪いけど、ちょっと受話器探してきてくれる?社務所崩れちゃったから大変だと思うけど」
「分かりました。少々お待ちください」
そういうと少女は社務所のほうへと駆けていった。
それに三代目が駆け寄る。二人は何か言い合いながら社務所へと向かって行く。
逆に二人に入れ替わるように咲夜がおぼつかない足取りで近づいてきた。
「霊夢、ちょっと聞こえたんだけど、直会の料理はどうするの?」
「何で咲夜が気にするのよ?」
「だって発注受けたのうちだし」
「なんだって悪魔の館に発注してるのよ!?」
「だって、あなたの葬式なんて参列者の大半が妖怪よ?里の誰がそんなもの受注するのよ」
「………」
霊夢は頭を抱えた。そこまで私は里の信頼を失っていたのか、と。
実際のところ、べつに霊夢はなんだかんだで里を守っていたし、信頼されていないというわけではなかった。
妖怪よけの護符は期待以上に役目を果たすし、妖怪が里付近に沸いて出ればきちんと退治する。そういう意味では数々の実績に裏打ちされている霊夢の実力に対する信頼はむしろわりと厚いほうである。
とはいえそれは霊夢の人柄にほれ込んだ、というわけではないし、里の者達が妖怪萃まる神社に料理の配達などしたくないという思考に至るのは致し方ないことであった。
「とりあえず明日の晩宴会をやるわ。料理はそこにまわして」
「了解。下ごしらえが無駄にならなくて良かったわ。タンク達がかわいそうだもの」
「戦車」か、確かそれは厨房担当の黒い妖精だったか、と霊夢は思い出す。
咲夜のネーミングセンスもよく分からない、と霊夢は頭を振る。咲夜が己も含めてタロットに当てはめてるのは分かるが、何で戦車が厨房なのだろうか?食堂は戦場だとでも言いたいのだろうか?美鈴あたりはそう言いそうだ。
咲夜の思考を理解するのは諦め、そのまま霊夢は未だインタビューを続けていたはたてに声をかける。
「ちょっと、はたて」
「なによ?」
「そんなわけで今日、日が沈んだら神社跡地で宴会をやるわ。参加する者は料理一品とマイ杯持参。可能な限り、参戦した妖怪たち全員に伝えてくれる?」
「ちょ、ちょっと、一晩でそんな伝えきれるわけないでしょう?」
「ふうん、あんたの新聞屋としての実力ってそんなもんだったの。文なら一日あれば余裕って言うわよ?」
ライバルの名前を出して挑発する。予想通りはたては乗ってきた。
「わ、分かったわよ。花果子念報の実力、甘く見ないでよね!」
「うちにも一部持ってきなさい。今回は買ってやるから」
「わかった。毎度あり。でも配達できないかも!」
はたては焦る。洒落にならない。これから急いで速報の草案をまとめ、清書し、印刷して配らねばならないのだ。
とてもじゃないが時間がない。だが、血気に逸った烏天狗達の大半が負傷している今、はたてだけが今一歩他の天狗の先を、しかも幻想郷中が注目するネタをつかんでいるのだ。数少ないチャンスは無駄には出来ない!
にとりや椛を手伝わせるか、などと呟きはたてはもはやインタビューなどしてはおれぬとばかりに妖怪の山へと戻っていった。
頼んだわ、とはたての後姿に告げ、霊夢は社務所へと視線を移す。
気付けば少女が霊夢に向かって声を上げて手を振っていた。
「お師匠様、見つけました!」
「お疲れ様!投げていいわ!」
飛んできた陰陽玉を手に取り、スイッチを押す。はるか昔、地底に潜ったとき使用していた陰陽玉である。
その一つを地霊殿においてきてあるのだ。スイッチ一つで地霊殿につながり、しかも心を読まれない。
おまけに霊力を込めれば相手側にショットも送り込める、実に便利な道具であった。まあ当然その逆も出来るのだが。
「もしもし」
「私だ」
「ああ、霊夢さん!無事だったんですね。ご無事で何よりです」
陰陽玉を通して、古明地さとりの声が聞こえてくる。
「すみません霊夢さん、貴方の用件の前に少々お聞きしたいのですが」
「こいしなら神社で寝てるわ」
「ああ、やっぱり。その、こいしがご迷惑をおかけしませんでしたか?」
単純な声だけの会話はやはり苦手なようだ。さとりはこれで会話するときいつも少しおろおろしている。
「まさか、その逆よ。貴方の妹のおかげで助かったわ。ありがとう」
「………妖怪が人間に感謝される事を喜ぶべきなんでしょうか…」
それだけを、かろうじてさとりは紡ぎ出す。実際はこいしが他者に感謝されていることが嬉しくてたまらないのだろう。
「さて、用件を伝えてもいいかしら」
「…はい、なんでしょうか」
「今日、日が沈んだら神社跡地で宴会やるわ。参加できる者は料理一品とマイ杯持参の上参加。地底中に伝えてくれる?」
「先ほどの日付変更を以って期限は切れましたが、地底の者が上にあがってよろしいのですか?」
「まって、今巫女に確認を取る」
受話器から口を離し、霊夢は近寄ってきた少女に尋ねる。
「そんなわけだけど、いい?」
「えっ?ええ、いいんじゃないでしょうか」
いきなり話を振られた少女は応える。
「博麗の巫女に確認とったわ。延期で明日の夜明けまでOKよ。ただし忌み嫌われた能力の行使は厳禁。いいわね」
「分かりました。そのように伝えます」
「ああ、こいしはこっちで寝かせておくわ。…だからあんたも来なさい。親族の面会がないと身柄引き渡しは出来ないわ」
「人質作戦とは。えげつないですね」
「こうでもしないとあんたは宴会に参加しないでしょう?あんたも一品忘れないように。ではさらばだ」
そのまま、霊夢はスイッチを押す。
「お師匠様、何で私に確認を取るんです?」
「阿呆、あんたが今日から博麗の巫女なのよ、自覚しなさい」
「え、ええ?お師匠様が続けるんじゃないんですか?」
「馬鹿者。私はこれから隠居生活よ。巫女は可能な限りうら若き乙女がやるべきなのよ。これは間違いないわ。それに…」
「それに?」
「あんたは私には未だ劣るけど、既にどこに出しても恥ずかしくない、私の自慢の弟子よ。もうすこし胸を張って、しゃきっとなさい」
それだけ語り、霊夢は弟子に肩を預け、倒れこむ。一気に疲れが湧いてきた。もうへろへろだ、起きてるのも辛い。後は新しい巫女に任せよう。
博麗霊夢は静かに目を閉じる。
そうして、霊夢の長くて短い一週間は幕を閉じたのだった。
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紫が神社に持ち込んだでじたる時計は「8/16 19:00 28℃」という数字を並べている。
金色の瞳が、空間の向こうからそれを見ている。
「よーし貴様ら、酒を持ったか!」
『おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!』
「よーしいい返事だ!だが貴様らは霊夢に、人間に無様にも敗北した哀れな敗北主義者だ!夜が明けたら忘れていいが、今日一晩は恥を知れ!語尾には霊夢万歳を付けろ!!」
「やかましぃ!、霊夢万歳!」「七日目にちょこっと顔出しただけででかい顔するな!霊夢万歳!」「魔理沙ー、俺だー、結婚してくれ!霊夢万歳!」
「はっはー!いいノリじゃないか!ではその霊夢に唯一土をつけた多々良小傘!さあしゃべれ!ほれしゃべれ!」
「え、えーっと、うーん、れ、霊夢万歳!」
「ええい、唯一霊夢万歳をつけなくていい妖怪のくせに駄目な奴だな!じゃあ敗軍の将、伊吹萃香、星熊勇儀!言いたい事はあるか!?」
「久方ぶりの敗北に乾杯!霊夢万歳!」「死ぬほど悔しいが、魂の友人に乾杯だ!霊夢万歳!」
「まてまてまて、乾杯は私の役目だ。よく聞け!明日の日の出からは再び襲う者、襲われる者、退治する者、退治される者だ!だが、今晩くらいはそんなこと抜きにして愉しもうじゃないか!上下関係もくそくらえだ!今日ここで上下関係を振りかざしたり、根に持ったりする奴は誰だろうと私達が退治する!それが出来るという事をお前達は理解したな?さあ、これ以上は酒がぬるくなる!!者ども!幻想郷中に響かせろ!霊夢万歳!!」
『霊夢万歳!!!!!!!!!!』
「声が小さい!そんなんじゃ天界に届かんぞ!!すかした面を驚愕に変えろ!!」
『霊夢万歳!!!!!!!!!!!!』
「声が小さい!そんなんじゃ地底に響かんぞ!!!不貞腐れた面を笑顔に変えろ!!!」
『霊夢万歳!!!!!!!!!!!!!!』
「ひゃっはー!いいぞお前ら!みんな最高だ!乾杯!!」
『乾杯!!魔理沙最高!!!!!!!!!!!!!!』
鬼の四天王を筆頭に、すさまじい数の妖怪が禿山となった博麗神社にひしめいて乾杯する。その数はこれまで神社で行われた宴会の比ではなかった。
既に勇儀も萃香も既にその肌には傷一つない。昨晩の激闘?なにそれ?と言わんばかりだ。
とはいえ服ばかりはどうしようもなかったようで、両者は本日は和服着用での参加である。
ただ、勇儀が遊女のごとく扇情的かつ妖艶な雰囲気をかもし出しているのに対し、萃香のそれはどう贔屓目に見ても七五三のそれであった。
その光景は、鬼の四天王間の力量差を大きく知らしめる結果となっている。何の力量差かは言うまでもない。
程なくしてプリズムリバー三姉妹が演奏を始める。
一曲目からしてクシコス・ポストな時点でもうなんか、色々と駄目である。
「なんなんだこいつらは」
霊夢は呆れたようにため息をつき、乾杯用に配られたワインをあおる。
大盤振る舞いである。提供者のレミリアはどうやら集まった妖怪たちに格の違いを見せ付けたいらしく、聖輦船に乗せられて紅魔館から続々と酒樽が送られてくる。
運搬を指示している咲夜と黄色い妖精メイドの表情がさえないところをみると相当痛い出費なのは間違いなさそうだ。
「あっはっは、いいじゃない、馬鹿らしくって」
「いいじゃないですか。皆貴方の事が好きなのですよ」
比那名居天子と古明地さとりが霊夢のため息に応える。
さとりはこいしを回収したら端っこのほうで飲もうと考えていたのだが、開始早々あっさりと天子を従えた霊夢につかまってしまった。
そのまま三人、境内跡地中央に位置する魔理沙からは離れた位置で新聞紙を敷いてさとりの持参した野菜スティックをかじっている。
先ほどから少し恨めしげに多数の妖怪がさとりや天子を見ては去って行っている。
どうやら天子とさとり、妖怪に嫌われる天人と妖怪すら忌避する覚り妖怪の二人は霊夢が静かに酒を飲むための虫除けにされているようだった。
「しかし、想像以上の有様ですね」
「わたしが来る前はもっと酷かったわよ。あーあ頑張ったのに私の努力に誰も気付きゃしない」
「わたしが感謝してるわよ。ありがとう天子。文句の付け所がないわ。…私だけじゃ不満?」
珍しく率直な感謝が霊夢の口から出たことに驚いて、天子は少し目を瞬かせ、そんなことないわ、とつぶやく。さとりはそんな二人を見て微笑んだ。
天子の語ったとおり、魔理沙の切り札のせいで火炎が収まった後も神社は惨憺たる有様であった。
鎮守の森は焼け落ち、本殿はわずかな残骸を残すのみ。念入りに防護符を貼り付けておいた社務所も倒壊して割れ物はほとんど駄目になってしまった。
今日は宴会の為、とりあえず天子にぎりぎり整地と石段と井戸の修復だけをお願いしたのである。
とは言え綺麗さっぱり何もなくなり整地された空間は、数多の妖怪達が地に腰を下ろし、宴会をするにはもってこいだった。
天子が霊夢の気質を反映させているため天気も快晴、十六夜の月明かりだけで酒が呑める。比那名居天子、八面六臂の大活躍であった。
◆ ◆ ◆
「おい、主役がこんなところで虫除け焚いてなにやってんだ?」
しばらくしてから、延々周囲をアジっていた魔理沙がポートワインを片手にようやく霊夢のところへとやってきた。
魔理沙についてきた名も知らぬ妖怪たちは天人と忌むべき瞳を目にした途端人ごみに消えていった。
それを見て魔理沙はやれやれだらしないと呆れたように首を振って三人の前に腰を下ろす。
「うるさい、考え事してたのよ。ちょうど良かったわ」
「ん、なにがだ?」
「わたしが再び能力を支配下に置けた理由。あんた気付いてんでしょ?」
「なんだ、お前まだ気がついていなかったのか?」
魔理沙はまたしても呆れたように首を振る。
「何の話?込み入った内容なら席をはずそうか?」
隣人の影響か、多少は空気を読むようになった天子が尋ねる。
だが、霊夢は不要とばかりに首を振る。
「べつにいいわ。どうせもうさとりにはばれてるし。あんただけ省いても仕方ないでしょう?」
「すみませんね、心が読めて」
「ん、ならいいけど」
立ち上がりかけた腰を下ろし、で、何の話?と天子は訊ねる。
霊夢はめんどくさそうにさとりに目で促す。
「『どうせ私は説明下手だし、あんた説明上手でしょ?』ですか。うちのペット以上にものぐさですね」
第三のジト目を霊夢に向けながら、さとりは己が読んだ内容を天子に話す。流石にさとりの解説は手馴れたもので、天子はすぐに概要を理解した。
「ふーん、そういうこと。どうりでなんだかんだ理由をつけて誰の助力も断るわけだ」
「自身ですら抑えきれない能力とは。時間を止めたり奇跡を起こしたり、妖怪と異なって人間の能力は千差万別ですね」
「で、気付いたらもう博麗の巫女なんて枷すら必要ないほど余裕で押さえ込めてる、というか押さえてるって感覚すらなくてすっかり昔どおり。で、何であんたはそれを予想できたわけ?」
霊夢は理解できないといったふうに魔理沙を見る。天子とさとりも顔を魔理沙のほうに向ける。
「なに、簡単なことさ。いいか、研究者ならある新たな事象を目にしても、それがこの世で最初に起こった出来事だなんてまず考えない。つまり、どのように、そしていつからそれは起こり得たのか、と考える」
「それって…」
「そう、お前の能力が押さえ切れなくなったのが今回最初なんて保障はどこにもないだろ。もしかしたら過去に何度もそうなりかけて、しかし別の力で押さえつけられていたからそれは発現しなかった、ということは考えられないか?じゃあ昔っから今まで、何が「あらゆるものから浮く」という能力を縛り付けている?まず、霊夢という名付けられた個体そのもの。次に博麗の巫女という立場、他には?」
「…なんだろう」
「分からないか?お前がこれまでやってきていて、最近あまりやらなくなったことなんて異変解決ぐらいしかないだろうが。なら答えはそん中だ」
「ふふ、私は分かりましたよ?」
自慢げに微笑を浮かべるさとりを霊夢は恨めしげに睨む。
「そりゃあんた魔理沙の心を読めば一発でしょうに」
「あら、私の瞳は霊夢さんに向けたままですよ?」
「おや本当だ。まぁ、分かるよなふつー」
「「悪かったわね、分からなくて」」
天子と霊夢の声がハモる。
「分からないか?霊夢。お前はこの一週間、今まで面識のなかった数多の妖怪を相手にしたろう?お前はそいつらから新たに少しずつ力を得たんだよ。それは核融合なんか目じゃない、すごい強い力だ」
「…つまり、私は天然妖力スポイラーってこと?」
「たわけ、そういう意味じゃない!」
霊夢の鈍さに魔理沙は苛立ってくる。天子と霊夢は首をかしげる。さとりは微笑を浮かべたまま語る。
「それは他者と他者とを結びつける力。お互いの心を少しだけ交換し合うことで得られる、何にも代えることの出来ない得難い至宝。互いに半分ずつ握り締めた糸。世界を繋ぐ糸」
「つまりは絆ってやつさ」
「うわっ、クサっ!」
今度は空気を読むことが出来なかった――いや正しく空気を読んだのか?――天子の顎をさとりの第三の目から発された要石が打ち抜く。
吹っ飛んだ天子の喉めがけて借りパクした七星剣が振り下ろされ、そのまま天子の意識は星の海へと旅立っていった。
「まあ、そういうことだ」
「紲、ね…」
他人に興味などなかった。他人の相手なんてめんどくさかった。でも今霊夢を生かしているのはその他人だという。
そんな霊夢の心を読んださとりが穏やかに霊夢に諭す。
「そろそろ厚化粧を取り払ってみてはいかがですか?言ったでしょう。絆とは互いに半分ずつ握り締めた糸だと。貴方が握っていなければ、それが力を持つはずはないんですよ」
どっかで言ったような台詞だなと霊夢は苦笑する。
まあ、言われてみればなんだかんだで夢を追ってる魔理沙は好きだったし、弟子や紫の事を心配していたし、うざい天子も嫌いじゃなかった。
今まで出会ってきた者達の顔が次々と浮んでは消える。あいつらに対して私はどう思っているんだろう。厚化粧越しに見ていたからよく分からない。
ならばそれを確かめにいこう。霊夢はよっこらせと立ち上がり、尻の下に敷いていた「鬼巫女敗れる!敗北を祝い神社で乾杯?」と見出しされた新聞紙を畳む。
「よし」
「ん?どこへ行くんだ?」
「祭りの中心へ。考える時間は終わり。今日を逃したらしばらく見ることもない連中もたくさんいるだろうし、ね」
「そうですか、いってらっしゃいませ」
「阿呆、よく視なさい。あんたも来るのよ」
「え?…『何えらそうに説教しといて私関係ありませーんなんて顔してんのよ』ですか…私がいると、みんな逃げますよ?」
「私の結界から逃れられる奴なんていないから何も問題はない。ほら、起きろてんこ」
「う、うーん。お星様が見えるー」
「まあ、今は夜だからな」
「さあ、行くわよ」
「どこへ」
それには応えず、起き上がった天子とさとりの手首をつかんで霊夢は歩き出す。まずはあまり行き来のない地底の連中だろうか?
少し先で下っ端鬼達と白蓮達が酒盛りをしていた。ちょうどいい、二日目には名前を覚え切れなかったし、萃香と鬼の未来を共に考える約束もしている。
まずはここから始めるとしよう。
◆ ◆ ◆
魔理沙は少し離れてその光景を見ている。
霊夢が引きずってきた天子やさとりに当初苦い顔をしていた者達も、気付けば警戒を解き、酒と会話に顔をほころばせている。
霊夢の目の前に妖夢が膝をつく。割腹でもしそうな表情の妖夢に笑いながら霊夢が二言三言話しかけぶん殴る。
そのまま呆ける妖夢も巻き込んで、談笑の渦は螺旋を描いて広がっていく。周囲の者たちもまた、すわ何事かと集まってくる。
そこは未だ丘陵の中腹、祭りの中心ではない。されど気付けば霊夢が腰を下ろしたところが新たな祭りの中心になっている。
これでいい、と魔理沙は考える。ほれみろ、霊夢の往く後に後腐れなどあっていいはずがないのだと。
霊夢は星のように、高みにいて、美しく輝いていなければならない。
そしてその星を打ち落とすのは、凡人、霧雨魔理沙だ。他の誰にも渡さない。
霊夢が老衰で死ぬまでに、打ち落とせるだろうか?
「だが、いつか、必ず」
そう呟き、ポートワインを片手に魔理沙もまた祭りの中心に踊りこんでいった。
Fin.
長編執筆お疲れ様でした
霊夢が封印を解く
リミッタ解除
という流れになると思っていただけにルーミアのるの字も出てこないのが意外だった
死ぬ為に闘った前編と生きる為に闘った後編。
緊張感という意味では前編に軍配を上げます。色々詰め込まれた後編はそこの所が薄まっているように感じる。
でもいいんじゃないでしょうか。ちょっとした粗など凌駕するほどのスカッと爽やかな読後感を得られました。
三世ちゃんが素晴らしく良い。しがらみに囚われず、ただただ友や婆ちゃん達の笑顔の為に突き進む、
その若さ、シンプルさ、向う見ずが眩しい。れーちゃんとともに次世代の幻想郷は安泰だ。
ちなみにこれって本名? みつよちゃんならともかく、さんせいちゃんは流石にキラキラネーム過ぎんだろ、守矢一家。
萃香と勇儀の鬼二人。
いいね、敵役はこうでなくっちゃ。倒すことを躊躇するほど暗い過去を背負っていたり、
狂気を孕んだキャラも結構だけど、個人的には単純明快で昔気質の彼女達のようなラスボスが好みだ。
人間組。
咲夜はともかく、早苗の参戦理由がちょっと弱いかな。強固な友情は存在しているのだろうし、
その場のノリで生き死にの戦いに身を投じるのも幻想郷らしいっちゃらしいけど、
緊張感を薄める負の効果も否めない。天地風神はかっちょいいけどね。
霊夢は死から生に向かう心理の移り変わりをもう少し描写して頂けると嬉しかったかな。
絆が彼女を繋ぎとめる云々のくだりは、確かにクサいけど俺の好きな匂いだ。
そして魔理沙。
作者様が仰っている通り、やっぱ人間である霊夢を最大限輝かせるのは彼女をおいて他には居ないと思う。
博麗の巫女である霊夢なら紫様にも分があるんだが。ゆかれいむ原理主義者としてはちょっと悔しい。
天上の星と地上の星。俺的にこの作品の主人公は間違いなく凡人、霧雨魔理沙でした。
そんじゃ最後にもう一声。
「霊夢万歳! 魔理沙最高! 白衣さんお疲れ様!!」
前・後編合わせて二時間、実に楽しい時間をいただきました。
ありがとうございます。
前作も読んでくる。
人外連中の描写にあまりにひねりがなさすぎるんでないかと感じたりもしましたが、
人間組、特に霊夢、魔理沙の描写がすごく良かったです。
魔理沙がぶち上げた「絆」仮説にやけに説得力があった。ぜんぜんクサくなかったです。
誰も彼もが笑っていられる世界なんて、物語だけのものでしょう。だからこそ、それは物語の特権なのだと思います。
霧雨魔理沙という人間、博麗霊夢という人間、十六夜咲夜という人間、東風谷早苗に三世に、彼女たちは紛うことなく主人公として舞台を彩り、感動と前を向く力を教えてくれました。
天子に衣玖、華扇にさとりと紫とそれから妖夢。物語の中で敵に回らず、しかし味方として戦うこともなく心に訴えかける彼女たちは、脇役だなんて役割で括るのはもったいない。
それからヤマメ、パルスィ、こいし、萃香に勇儀とついでに小傘。誰も彼もイキイキと、舞台演劇を苛烈に彩る“悪役”を全うしていて、格好良くて美しい。
爽やかな読後感、胸踊る高揚感、読み終わるのがもったないけれど、でもここで終えて良かったという満足感。
長々と申し上げましたが、最後に三つ。面白かったです。充実した時間と素敵な物語を、ありがとうございました!
山の神社ご一行の切り札とか、いろいろと語りたいことも尽きないが、
うん、やっぱり、高みに居る霊夢を目指し歯を食いしばって飛ぶ魔理沙は最高だ。以上!
その可能性があるのは人間だけだった。ゆえに鬼は人間にとことんこだわった。
全ての人妖は鬼の四天王にとって格下であり、ゆえに勇儀は今回の戦いで初めて勝利を渇望した。
なるほど、人と鬼の関わり合いというテーマとしてはとても興味深く面白かったのですが、
では、天子、神奈子、諏訪子、永琳、輝夜のような、人とも妖怪とも異なるが強大な力を持つと思われる存在はどうなのか?
彼らですら鬼には比肩しえず、鬼の友人にはなれないのか。
あるいは彼らは逆に鬼を凌駕しすぎているゆえに鬼にとって対等にはなりえないのか。
そのあたりの解釈が作中でなく、鬼-人-妖怪の三者に焦点が絞られていたのでいささか気になる部分が残りました。
それを除けばとても読み応えがあり楽しめました。お約束の最後の大宴会も実に爽快でした。
小傘のオチは良かったですね、読んでるこっちも霊夢が殺されるのかと本当に焦りましたので、小傘ちゃんはさぞくちくなったことでしょうw
あとパルスィさんめっちゃいい人
>>コチドリ様
遅くなりましたが、早期の誤字脱字のご指摘、申し訳ないと謝罪すると共にまことにありがとうございました。
素晴らしい作品を書いてくれてありがとう。
本当に、感謝してます。
霊夢万歳!魔理沙最高!
ただ一つだけ気になった点が
『タンク』は軍の隠語であって、戦車の英訳ではありません
タロットが由来ならば間違いでしょう
『チャリオット』が正解です
パロ多かったんで幻海ばあさんみたいに一時的に若返るのかと思ってました
きれいにオチていてよかったんですが鬼'sは横槍横槍ですっきり出来きたのかなと疑問
熱いのは大好きだ!!朝から汗かいたわ
俺が読みたかった話はまさにこういう話だ
霊夢は、魔理沙はやっぱりこうでないとな
何げに三世がいいキャラしてる。風神弾幕結界の呪文が面白いね!
後、小傘!いい所持っていきやがって、お前がMVPだぜ畜生!!小傘万歳!!
文句無しの100点だ!
秀逸だからこそ、じゃあこれはどうなんだとか、あのキャラはなにをしていたのか等が気になってしまう。
創作応援してます。
魔理沙が妖怪になって霊夢と心中ルートじゃなくてよかった。
東方の醍醐味なんじゃないでしょうか。
オリジナルキャラもしっかりキャラ立ってて、みんなとてもカッコ良かったです。
とても熱狂させられ、とてもほのぼのさせられました。
長編はあまり読まないんですが・・・これはとてもよかったです。
東方はやはりこうでなくっちゃね。
あと早苗あんたw
まず長い物語を完成させたことを評価したい
ヤマメが一番手とか俺得過ぎるだろ、常識的に考えて
それに守矢三代目が早苗の代から全然ブレてなくて最高すぎる
パロディ技はせっかく早苗さんがいるんだから、そのあたりをなんとかすれば、もっとすんなり受け入れられると思うんだ
「これが、おばあちゃんが外から持って来た漫画を見て編み出した技だ!」
みたいな
まあ色々感想を書きたくなった作品であることは間違いないです
面白かったです
霊夢万歳!魔理沙万歳!人間万歳!妖怪万歳!それ以外も万歳!幻想郷万歳っ!
すげぇイカすBBAと孫と人外どもに乾杯
パロも面白く内容もてんこ盛りでヒャッハー!
三世がいいキャラしてたわw
今回の反省点で最も主立ったものは前半と後半の温度差でしょうか。私としては霊夢が命を投げ捨てるのをやめた時点でもうシリアスな空気を維持する必要もあるまいと思ったのですが、確かに生クリームとアイスが続くと思ってパフェ食べててコーンフレークが出てきたらコーンフレークの味以前にあれですよね。ただ前半もシリアス一辺倒ではないですが、あれくらいならシリアスとして許容されるのかな?まだちょっとうまく空気が読めてないようです。あと戦闘長い。超長い。要反省。
一方で三世を多くの方に好意的に受け入れていただけたのはちょっとびっくり。
以下補足という名の言い訳。
登場キャラの取捨選択:=ぶっちゃけ主軸だけ考えると、今回霊夢はネームドと戦闘する必要ってまったくないんですよね。東方の登場キャラたちって毎日楽しそうですし。だからその中でも能力全開で戦うことがなさそうな面子=地下の方々を主軸に据えてみました。他に参戦しそうな吸血鬼姉妹は悪魔の契約は絶対って事で、幽香は「乱痴気騒ぎに興味ない」とか言いそう(なキャラとして私が捉えている)ってことで除外してます。あと草案で入っていたメディスンを出せなかったのはすごく残念。
鬼は天上人と友人になれるか:=天子、神奈子、諏訪子、永琳、輝夜といった個人はいけると思います。ただ種族としてみると天人=俗世に興味なし。神=なんかよくわからない。月人:=地上は巨大な監獄、囚人に興味なし。という公式独自解釈交えて難しいと判断しました。草案時はそこら辺を勇儀と咲夜が会話してたんですが、うまく文章の繋がりを維持できなかった為削除してしまいました。すみません。
早苗さん何しに来たの?:=早苗さんは老いた身で戦闘継続する手段がなかったため安全祈願中だったところを引っ張られただけで本当に成り行きです。作者都合として三世が前線を維持できる=じゃあ魔理沙の半世紀ってなんだったの?ってのが裏にあります。参戦できた喜びとか孫の命を負っての戦闘とか色々あるはずですが、「まあ早苗さんだし」って事でスパッと省略しました。ごめん早苗さん。
三世て本名?:=いえ流石に(笑)三世が三代目と呼ばれて訂正しているのは「そのほうがかっこいいから」です。名前を振っても良かったんですが、前作でそれは散々やったので今回は逆をやろうと思って自重しました。まあ作者は中二病なので名前自体は考えちゃうんですが。
何でタンク?:=これもパロディだからです。ほんとすいません。理由は前作からの連投なので前作を読んで…は失礼なのでここで。黄色い「節制」は言うまでもないかな?で、「戦車」でタンクはBAR○QUEというゲームの敵(これもタロットに由来)から引っ張ってきたからです。ここでタンクだったのでタンクなんです。
ルーミアはどうした?:=Exルーミアという素材をうまく料理できなさそうだったので。
ガチバトル?:=弾幕ごっこじゃないよという意味だったんですが、そぐわないですね。タグ修正しました。
霊夢の変化とか、霊夢と魔理沙の関係とか、幻想郷の未来とか、
年老いた人間たちの覚悟とか、次代へ残すものとか、人と鬼の関係とか
それがどれも同じぐらいの長さでぱらぱらと語られたせいで、
各エピソードは短かくてなおかつまとまりきってない印象をうけた
あと魔理沙の立つ瀬がない
たしかに魔理沙は霊夢の命を救ったけれど霊夢の心にはどれだけ変化を与えたのか
霊夢は鬼やこいしや未来の幻想郷を救ったけれど、霊夢自身は勝手に一人で救われてる
「助けに来るのって魔理沙じゃなくてたとえば妖夢と咲夜とかでいいんじゃね?」みたいな
あとついでに魔理沙以外の三世や咲夜さんの登場が唐突に感じた
まあ俺が「……くるか?くるか?!来た!!」みたいなのが好きなだけなんですけど
霊夢万歳!魔理沙最高!東方の世界に乾杯!
特にトランザム。前作を読んでないのが原因なのかな?
三世ちゃんの技はいちいち恰好よくて面白かったです。
あとこれはすごく個人的な好みの問題ですがEXルーミアが出なくて本当に安心しました。
しかし、特に読んでいて心を揺さぶられたのは、前編~後編の魔理沙が助っ人に登場する直前まででした。魔理沙たち助っ人参戦が悪いというのではなくそれまでの展開が良すぎた。前編の事は前編で書いたので省きますが、鬼と人との関係性を改めて問う所とか霊夢と萃香の会話がいちいち格好良すぎる。
ちなみに涙腺が崩壊しっぱなしだったのは実質ここまででした。常識に囚われない血を確実に受け継いでるとしか思えない3世ちゃんの登場でssにのめり込んでた意識が一気に冷めてしまった。
でも熱い展開が嫌いというわけでは決してないんです。
『二人、若い顔と老いた顔を見合わせてニヤリと笑う。
ドラマティックに鬼に言葉を刻む死に方はもう出来そうにもない。ならもう、勝って生きるしかないじゃないか!』
作者様のコメント欄のお言葉にもある通り、霊夢が死ぬことを止めた所からならもうシリアスな空気は蹴散らせちゃっていいですよね!レイマリが組んで負ける気がしなかったです。
しかし3世ちゃんと咲夜さんの登場がちょっと唐突に感じたせいか、いまいちノリについていけなかったのが残念ではありますが。
まあ単純に作者様のガッチガチのシリアスな空気と後半のちょいコミカルなバトル描写のどっちが好きなのかという好みの話ですねはい。私はシリアスの方が好きってだけだけど。
それよりも一番引っかかったのは今回の事変の元凶でもある霊夢の能力の暴走が落ち着いた理由が、他の人妖との絆があるから、というのが一番受け入れにくかったです。そんなもんで済むんだろうかと。前篇であんなに悲壮な決断を下すまで追い詰められていたのに……でも霊夢には助かって欲しかったし霊夢の感情戻ってるだろこれってシーンが何回かあってフラグ自体は立ってたからいいのかな。
評価としては満点ではないんですが、自分の好みじゃないにしても補って余りあるくらい楽しかったし評価したかったのでこの点数で。
人間と妖怪の関係を考えさせられる良い作品でした