ぷちっ、心の奥底の線が切れる、そんな音を霧雨魔理沙は聞いた。
それからというもの、魔理沙は幻想郷の片隅で堕落型少女として生きている。
その原因の発端は何であったか。
そう、出火により家が全焼してしまったことが全ての始まりであった。
ふだん快活な印象がある魔理沙だが、実のところは誰よりも努力家でありコツコツとした労を惜しまない。
その日もランプを灯して夜遅くまで熱心に魔法の勉強などしていたが、ふいに猛烈な眠気に襲われた。
「疲れてるのかな。」
もちろん思い当たるフシもあり、弾幕の後に博麗神社で呑み、それがずいぶんと長引いてしまったせいもあるのだろう。
そのくせ、家に戻ってからも勉強を続けてしまったがゆえに、気力体力ともに消耗していたのだ。
火の用心。遠くで河童が打ち木を鳴らしていたのを聞いたような気もするが、魔理沙にはそれが届かなかった。
ランプの火はずいぶんと小さくなっていたが、魔理沙はそれを消したものだと誤解してしまいそのまま就寝した。
その油断が悲劇を招くことになる。
これは魔理沙自身も覚えが無いのだが、おそらく寝返りを打った際に毛布の端でもランプに当たってしまったのか、
深夜、気付いたときには火の手は鎮火不能と思えるまでに広がっており、悪いことに本や紙切れのたぐい、ホコリ等々が炎の餌となり、
部屋は盛大に炎上する羽目となってしまった。
命の危険を感じた魔理沙は驚いて飛び起き、黒煙に巻かれながらも慌てて外に飛び出したが、やがて様々なことに気付く。
「あっ、お宝たちがっ!」
だが、置き忘れてきたのは蒐集したお宝ばかりではない。命より大事な研究成果たちはもはや手遅れで、
それでも戻ろうとしたのだが熱風が魔理沙を拒む。そう、この手の脅威は人間の立ち入ることのできない領域なのだ。
魔法で鎮火。そういうことも考えたが水を呼び寄せる魔法など魔理沙は習得しておらず、
永遠亭が行っていた消火器のセールスを断ったことを激しく後悔した。
「誰かー誰かー!」
声を上げようとも森の中の一人暮らしである。都会ですら非情にも誰も駆け付けないというのにいったい誰が来るだろうか。
窓ガラスがガシャンと音を立てて割れたとき、周囲の空気は一気に膨張し、魔理沙は全焼を確信した。
「待って、待ってくれよおい、」
待てと言えども炎は一層の勢いを増して家全体を包み込む。木造住宅が燃える勢いはもはや規模の大きいキャンプファイヤー。
木の焦げる匂いが漂い、冬の日のたき火を連想したのは現実逃避の一種であろう。
錯乱は錯乱を呼び、やがて魔理沙には心の底から笑いがこぼれてきた。
「ひひ、ひひひ、ひひひひひひひひ」
大きな火は人間の精神を高揚させる効果があると言うが、火事に見舞われた際に笑いが起こるのはそれのせいだろうか。
どういうメカニズムがそうさせているのかは分からないが魔理沙は狂人のごとく腹を抱えて笑った。
「あっはっはっはっはっは」
燃え盛る魔理沙家を背景に、悲劇の晩は過ぎてゆくのであった。
そのまま立ち尽くした格好で、夜明けを迎えたのだ。
もはや数本の丈夫な柱が残っているばかりであり、家は完全に炭と化した。
まだくすぶっている炎がパチパチと音を立てているが、魔理沙にとってはもはやどうでもよかった。
「さてと。」
まるで何かの作業に入るかのように呟いたのは、まだ頭の中が真っ白でほんとうの悲劇を直視してなかったからである。
焼け跡から発掘されたお宝はすでに焼き焦げて価値を失くしていたが、そのくせ苦労して手に入れた思い出ばかりが脳裏に鮮明に蘇えるから困る。
そして何より、貴重な魔道書や研究資料、長い年月をかけて書き上げた研究ノート、備忘録や日記、
その他もろもろがなかば原型をとどめ、なかば白い灰となってカサカサと音を立てて風に舞ったあたりで、全てが嫌になった。
「おうっ、おうっ、おうっ、」
取り返しのつかないことになった。
そう気付いたあたりで嗚咽がこみ上げて、魔理沙は泣いた、号泣した。
幻想郷の住民が魔理沙家の焼失に気付いたのは、朝も陽が高くなってきたからのことであった。
「御愁傷さまね、魔理沙。」
「ああ、慰めの言葉をありがとうアリス。」
「ぜんぶ燃えちゃったのは気の毒だけど、魔理沙に怪我が無くて良かったわ。」
ひとまず、アリス・マーガロイド亭に身を置くことになった。
いまごろ魔理沙の家があった場所ではどこかの誰かが片付け作業などしているが、完全に燃え尽きたとなればやる事も少ないだろう。
ともあれ、呆然自失の魔理沙をとりあえず自宅に呼び寄せたアリスの判断は正しいと言え、
事実、気力体力底を尽きた魔理沙は言葉少なく倒れ込むように寝てそのまま十数時間、目を覚まさなかった。
災難。災難であった。
まさに気の毒としか言いようがない事態ではあったが、魔理沙の堕落はここから始まる。
必死に魔法の勉強に明け暮れて、それが人生の大半を占めていた魔理沙にとって全てが白紙、いや、灰になった今、
あの道をふたたび歩み直すというのは徒労と呼ぶ他ない。実際に、想像しただけでぞっとするものがあった。
とはいえ、断念したらほんとうに何も残らないため、僅かながらの気力を振り絞ろうとはしていたのだが。
そんなこんなで、数日が経過した。
「魔理沙、魔法の勉強は続けるでしょ?」
「当たり前だぜ、私から魔法を抜いたら窃盗癖しか残らない。」
「そう、安心したわ。」
安心とはなんだろう?アリスは何を心配しているのだろう?魔理沙の心には引っかかるものがあった。
あれからというもの、魔理沙はぼんやりと過ごす日々が増えた。
「今まであれだけ頑張ってきたんだ、多少の余暇ぐらいあったっていいだろう。」
その考えの裏にあったものは、これまで頑張ってきたことにより積み上げた功績である。
「なぁに、その気になればいつだって取り返せる力を私は持ってるんだ。」
そんな魔理沙の思考を一概に過信と断ずることはできない。
事実として、これまで人間の身でありながらそこらの妖怪と同等以上に渡り合ってきたのだから。
しかしそれから数日、数週間が過ぎても魔理沙の気力が回復することは無かった。
「ただいま魔理沙。今日は何してたの?」
「ん?まぁ色々とだな。」
「そう。」
正直に「家でぼんやりしてました」と言えばいいのに、どうしてぼやかしたりしたのだろう。
魔理沙自身、なにかやましいものの気配を感じ始めてはいたし、徐々に芽生えた焦りにも気付いている。
「私はね、魔理沙と一緒にいれる時間が増えてちょっと嬉しいの。」
「なんだよアリス、急に。」
「だって、今まで魔理沙は忙しそうだったじゃない。人間に時間が少ないのは知っているけど、
私はもう少しのんびりして欲しかったなって思ってたの。ああ、嬉しいって言っても、もちろん変な意味じゃないわよ。」
「大丈夫、分かってるぜ。」
そう言うとアリスは少しふくれて見せたが、魔理沙が来てからというものアリスはうきうきしているようだ。
というものの、魔理沙は幻想郷では人気者であり、なかなか二人きりの時間というものが取れなかった。
アリスはそれを「変な意味ではない」と付け足したが、その実、淡い思いを抱いており、悪いことに魔理沙もそれに気付きつつあった。
だが、それこそが堕落型少女を生み出す温床だということは気付いていただろうか?
それからさらに数週間が経った。
「アリス、そろそろ私も動き出すぜ。このままボーっとしてるわけにもいかないからな。」
「あら、もう少しくらいはいいじゃないの。」
魔法の勉強を続けると聞いて安心してたアリスはどこへやら。
いつの間にか魔理沙から魔法を遠ざけるような口調に変わってきた。
アリスは自覚こそしていなかったが、魔法の修業を再開すれば魔理沙はまた元気に幻想郷を飛び回るであろうこと知っていた。
そうすればどうなるか。魔理沙との時間は確実に減るだろう。
そもそも人形遣いのアリスである。人形を糸で操り自分の思うままに動かし、自分の手元に置いてきたのだ。
おそらくその後ろ暗い独占欲はそこに由来するのか、魔理沙を手元から放したくないという欲望に支配されつつあった。
「とはいえなぁ。弾幕や魔法をやめてどれくらい経つんだろう。」
「魔理沙、あなた今まで頑張りすぎたのよ。短い人生に暇な時間くらいあってもいいじゃない。」
「そういうものかな。」
「そういうものなのよ。」
魔理沙も魔理沙で、この言葉に甘えてしまうのであった。
その裏には、一度落としてしまった自分の電源を入れ直すおっくうな気持ちがあったし、
あの苦行にふたたび身を置く恐怖心があり、三食メシ付きで居心地の良いアリス亭から抜け出せずにいた。
すでに堕落型少女としての素質は充分に養われている。
そしてさらに数週間が過ぎたある日、魔理沙にとって危機的な状況が現実のものとなった。
「どうしたのよ魔理沙。」
「どうもこうもあるか、マスタースパークが打てなくなったんだ。」
久しぶりに妖精どもと弾幕ごっこをしていたときのことであった。
勘を取り戻そうと気合いを入れていたものの、自分でも信じられないようなミスを連発。
動揺はさらなるミスを呼びこみ、ついにはこの程度の相手には滅多に使わぬマスタースパークをぶちまけたのだ。
だが、閃光が走ったのは一瞬だけですぐに尻つぼみ、出力はあの頃の10分の1程度、いやそれ以下かもしれなかった。
「私の代名詞であるマスタースパークがだぞ、打てなくなったんだぜ?こんなことってあるかよ。
ダメだ。ちゃんと魔法の修業は続けてなきゃダメだったんだ。ちくしょう。ああちくしょう。」
「でも修行って言ったって。」
「ああそうだよ、必要なものは全部焼失したよ!くそっ、どうすりゃいいんだ!」
「焼失したことくらい知ってたじゃない。」
「知ってたさ!でもな、思いだせる!あれだけ苦労して身に付けたものなんだから思いだせる、ええっとな、」
思いだせなかった。
綿密に書き込まれた魔理沙の中の黒板は、ところどころが消えており、断片的にしか意味を成さないものになっていた。
それを補うための魔道書の類だったのだが、それが焼失した今、魔理沙に手掛かりなど無い。
さらにはこの世に一冊しかないような貴重なものも多く含まれていたため、すべてを取り戻すことは殆ど不可能と言えた。
唖然として膝を落とした魔理沙の身体を支えたのは、アリスだった。
「大丈夫、大丈夫よ。」
「何が大丈夫だっていうんだ。」
「私がついてるから。」
「お前がついてるからなんなんだ。」
「魔法が使えなくたって、私は魔理沙を見放したりなんてしないわ。」
そのアリスの顔に僅かな笑みが混じっており、背筋が凍った。
棚に飾られた各種人形に並び、自らがちょこんと腰をかけている姿を魔理沙が妄想したのも無理はない。
魔理沙は思わずアリスの身体を突き飛ばした。
「きゃっ」
「そうやってお前は、私のことを無力化させて能無しのデクノボーにするつもりかよ。」
「何よそれ、私、そんなこと言ってない。」
「出て行く。」
「えっ」
「出て行くんだよ。きっとここにいたら私はダメになる。」
切羽詰まった表情で魔理沙はそう言い、箒を持ちだして夜の闇を飛んだ。
だが、魔法力の低下からか軌道はすでにふらふらしていておぼつかず、短期間でここまで落ちてしまうものなのかと魔理沙は恐怖を覚えた。
向かった先は幻想郷の大図書館、紅魔館。目的は大魔道師のパチュリー・ノーレッジであった。
「あっ、久しぶりですね魔理沙さん。」
「美鈴、パチュリーに用があるんだ。ちょっと通してくれないか。」
「うーん、その件なんですけどね。」
門番・紅美鈴はとても言い難そうに言葉を続けた。
「魔理沙さんが先日の火事で大変なことになったのは知ってます。けれど、パチュリー様は魔理沙さんが来たら追い返せと。」
「なんだよそりゃ!」
「お忘れですか?焼失した図書の中にはパチュリー様のものも混じっていたのですよ。
無断で借りて行ったのはともかくとしても、それを燃やしてしまったとなるとお怒りになるのも当然かと。」
魔理沙は愕然とした。
魔法使いの中ではトップとも言っていいパチュリーとのツテは完全に切れてしまっていたのだ。
こうなるともはや、誰に頼っていいのか分からない。足元がさぁっと抜け落ちるような自然落下の心地を味わった。
「そこを頼むよ美鈴!いいからパチュリーに会わせて話だけでもさせてくれよぉ!」
「うーん、そうは言われましても。いや、気の毒なのは分かりますがね。」
「美鈴!頼む、なんでもする!私が魔法を取り戻したら美鈴になんだってしてやるから!だから頼むよ!」
土下座すらしかねない、そんな形振り構わない懇願に、今まで困惑していた美鈴の表情が変わった。
その目にプライドを失った者への軽蔑の色がじわりと混じった瞬間を、不幸にも魔理沙は気付いてしまった。
それゆえ激しい羞恥心が生まれたが「でも仕方ないだろう?」という思いが優先し、懇願を続けた。
だが言うまでもなく逆効果であり、「申し訳ございませんが」という言葉により追い返されるのであった。
「ちくしょう、ちくしょう、」
品性を売ってしまった。しかもノーリターンで。
この屈辱は魔理沙を落涙させるに充分であったが、紅魔館からの帰り道、さらなる惨めを味わうことになる。
それは満月をバックに飛ぶ巫女、博麗霊夢のシルエットを見たときのことであった。
「おっと。」
あの火事以来、何週間も会わずにいたことがむしろ不思議なくらいに思い、声をかけようとしたのだが、
喉のあたりまで言葉が出かかったとき、思わずそれを飲み込んでしまったのだ。
そればかりではない、気付かれるのを避けるために急いで着陸、魔理沙は木陰に身を隠してしまった。
「行ったかな?」
オドオドと顔を覗かせ、過ぎ去ったのを確認した魔理沙はようやく身を現したのだが、
これは悲劇的な想像力と言えるだろう、この一連の行動を取ってしまった自分自身を俯瞰的な視点で考えてしまったのだ。
なんという情けない格好だろうか。
惨めな自分を見られたくないという意識が、こんな惨めな行動を取らせたのだ。
つい前までは胸を張って対等に話せてた相手であり、お互いをお互いに尊敬し合える間柄と言えただろう。
しかしそれゆえ、もはや釣り合わなくなった自分を自覚してしまった今の魔理沙は霊夢に合わせる顔が無いのだ。
「うあああん、うああああん、」
霊夢がいない月に向かって吠えるように泣きわめき、ぼろぼろ涙しては玉のように零れ落ちた。
だが、絞るだけ絞り落ち着きを取り戻したあと、口元に歪んだ笑みが浮かんだ。
「あはっ、あははっ」
この笑いは良くない。自嘲的な笑みである。破滅的な笑みとも言える。
突然、ぷつっと、心の奥底で何かの線が切れた音を魔理沙は聞いた。
こうして魔理沙は堕落型少女として生きることとなったのであった。
「元気出してよ魔理沙。魔法や弾幕だけが魔理沙の価値じゃないわ。」
「うん、ありがと。」
その日の深夜、魔理沙はアリス亭へ出戻った。
迎えてくれたアリスの顔には9割9分の安堵と1分の残酷さがあったが、もはや魔理沙に反抗の矜持など無い。
とはいえ、魔法はともかく弾幕はこの世界の価値基準と等しい。
資本を持つことが外の世界の大きな価値だとすれば、幻想郷において弾幕がそれと同じくらいの意味を持ち、
そして魔法の力をもってして弾幕で活躍していた魔理沙が魔力を失うこと、それは弾幕を失うことと直結しており、
弾幕ですら勝ち残れない「ただの人間」魔理沙は幻想郷ではどんな扱いを受けるのだろうか。
それを考えるとぞっと身震いしたので考えることをやめた。
「私はね、魔理沙の良いところをいっぱい知ってるわ。笑顔が素敵。話が上手。やんちゃなところもある。それにね、」
さすが堕落型人間を養成しただけある。
その手の言葉はいよいよ人間をダメにさせていくのだが、今の魔理沙にとっては救いそのものである。
思わず泣きつき絡みあったのも責められるものではないだろう。もちろん、アリスも責められないという点では同じである。
その後も魔理沙は何度かアリス亭を出て行こうとしたのだが、この温床が生温い糸のように全身に絡みつき、身動きが取れなかった。
そんな生活を続けていたある日のことである。
新聞屋の射命丸文がどういうわけか、アリス不在のアリス亭にやってきたのであった。
「こーんにーちわー。」
「なんだよ文、ここにはスクープなんて無いぜ。」
「いえ、スクープを探しにきたというよりは、魔理沙さんに会いに来たんですよ。」
「私に会いに来たのか?」
「あの火事以来、魔理沙さんは皆さんの前にほとんど顔を出してないじゃないですか。
私も心配でしたし、皆さんも魔理沙さんのことを知りたがってるわけなんです。いや、人気者はつらいですね。」
人気者、その肩書こそが今の魔理沙にとってはつらかった。
幻想郷ダメ人間コンテストがあったならば確実に上位入賞が狙えるというほどの負い目を感じていた魔理沙の、
そのまさに劣等感の部分を刺激されるような心地がしたからである。
「あれからどうしてたんですか?」
「どうって、別に、」
「アリスさんと一緒に魔法の特訓でもしてたとか?」
「いや、あいつは私に対してはそういうことに協力的じゃないから手を貸してくれなかったぜ。」
「じゃあ、何を?」
「いやまぁ、色々と考える時間を設けてたってところかな。」
誤魔化し誤魔化し続けられる言葉をいちいち取材メモに記録していた文だが、
それがたまらない恐怖心を魔理沙に植え付けていた。そして、さらりと言い放った文の次の言葉が状況を一変させることになる。
とはいえ、文には決して悪気のたぐいがあったわけではない。ほんの軽いジョークのつもりであったのだが。
「ま、ヒモ生活ってところですかね。」
「ヒモだと?ふざけるな、私はそんなんじゃないぜ。」
「いや、アリスさんに生活を頼りっきりって点で。」
「頼りっきりだと!?何言ってるんだ私をバカにするんじゃない!」
突然の激昂。
威嚇する小動物かのような魔理沙を、文はたじろぐことなく冷ややかな目で見た。
まるで「ああ、この程度なんだ」と言われたような気がして、魔理沙はますます怒り狂った。
「いいか、私はあんな目に遭ったんだぞ!?いいじゃないか、考える時間くらい必要だろうが!
そのためにアリスにちょっとくらい世話になることの、何がいけないっていうんだよ!何がだよ!言ってみろよ文ぁ!」
パタン、とメモ帳は閉じられた。
ぜえぜえと肩を上下に震わせて自分を正当化するような文句を重ねた魔理沙に対し、文は軽い溜息一つである。
「今日の取材はやめにしましょうか。私だって、こんな嫌な気分になる記事なんて書きたくありませんし。」
そう言い残して文は飛び立っていった。
記事にするのも不愉快、そう断ぜられたような心地もしたし、記事にしない憐憫、それもまた痛かった。
堕落型少女は無価値なのであろうか、そんな絶望の思いが魔理沙を支配した。
「なあ、私はこれでいいのか?」
「いいじゃないの。あんな新聞屋なんかに馬鹿にされたって、あなたはあなただわ。」
「私の何が私なんだ?」
「あなたはあなたでいてくれれば、それでいいのよ。」
文が来てからというものの、魔理沙には塞ぎこむ日が多くなった。
薄汚くやましい存在。自分をそう思うようになったので、たまに外に出ても朝陽が自分の真実の姿を照らすようで怖かった。
今の私を誰が私を好きになってくれるんだろう。その疑問は他ならないアリスに向けられた。
「なぁ、アリスは以前に、私の良いところを挙げてくれたよな?」
「ええ、そんなこともあったわね。」
「でも今の私は、笑顔も無いし、話もしない、やんちゃどころか陰鬱な空気しかばらまかないぜ。」
「そうかもしれないわ。」
「だったら、どうしてアリスは私といっしょにいてくれるんだ?」
「あら、それでも魔理沙から損なわれない魅力を私は知っているもの。」
一縷の望みを求めてアリスに訪ねた。「それはなんだ」と。
ところが返ってきた答えはというと、魔理沙をさらなる絶望に突き落とすのに充分な言葉だった。
「顔よ。」
「はぁ?」
「私はあなたの顔が大好きなの。私があなたと一緒にいる理由はそれ。
あなたのきれいな顔を見ていられると思うと、それだけでどんな苦労も気にならないわ。」
全身から血の気が引き、顔面が蒼白になるのを覚えた。
頭蓋骨に張り付いた各種骨格筋で形成されたこの顔面の造形、魔理沙の価値はそこにある。
人間性を踏み躙られた、魔理沙にそんな絶望感を与えるには充分な発言であろう。
「はっ、はくっ、」
「どうしたのよ魔理沙?」
「私をっ、剥製にするつもりかよお前はっ、」
もはや恐慌状態に陥った魔理沙は椅子も机もティーカップもすべてなぎ倒して、裸足のまま外へ逃げた。
後ろからアリスが追いかけてきたが、まるでナイフを持って目玉や内臓をえぐりだし、血肉を抜き取る悪魔のように思えて仕方が無かった。
剥製にされてしまう。中身カラッポで意思の無い操り人形にされてしまう。
死ぬよりも残酷な図が頭の中に浮かんできて、震える脚で一心不乱に森の中に入ってどこまでも逃げて行った。
「ひゃあ、いやだ、いやだあ、」
魔理沙の意識があるのはここまでだった。
アリス・マーガトロイド亭の飾棚には、多くの人形が並べられている。
和洋折衷、パステルカラーから極色彩のものまで取り揃えられ、ちょこんと腰をかけていながら何も見ていない。
その一体一体には丁寧に糸が通されており、アリスの意思により操られる。
それは反抗できるようなものではないし、そもそもすでに人形となった時点で反抗不能なのだ。
主人のアリスは目を細めながら、新しく手に入れた人形の手入れを丁寧にする。
まるで生きているかのようなその等身大の人形の体内はすでにからっぽで、かつて内臓があった位置にまで腕を差し込まれグリースを注入されるのだ。
糸をひっぱり、手や脚が人形の意思と関係無く動作することを確認するとようやく満足し、
退廃的なコラージュのような布で作られたゴシック調の服を着せられ他の人形と同じように飾棚に並べられた。
部屋には紅茶の匂いが漂い、落ち着いたクラシックが流れる一方で、外には鴉が寄ってくるような異臭を放つバケツがあった。
それは無価値な血や内臓、骨や肉であり、意思を失くした魔理沙の肉体は腐敗を続けてやがて埋葬されることなく処分されるのであろう。
「うわあ、これは夢かっ。」
そう、魔理沙の夢である。
「夢でよかったぜ」と呟いたが、筆者も実にそう思う。
狂人のように森をさまよい続けているうちに意識を失ったのであろう、もはや見知らぬ樹海へと迷い込んでいた。
幻想郷にこんな場所があったかしら、そう思えるくらいどこまでも先の見えない深い深い地点にまで来ている。
「まいったな、こいつを抜けなきゃ生きて帰れないぜ。」
箒も持たず出てきた魔理沙には華麗に空を飛ぶことなんて出来やしない。
それどころか、裸足のままなのだから柔い足の裏が痛くて仕方が無かった。
しかし人間というものは堕落するだけ堕落すると却って前向きになり、名声も居場所も資本も失うと不思議な勇気が出る。
「さて、どこへ行こうか、まっすぐ歩いていけば出口にでも辿りつくだろう。」
やがて歩いていくうちに東の空が明るみ、あの喪失の日を思い出させるような、そんな朝が訪れた。
ひょっとしたらあのときもこんな綺麗な朝焼けが広がっていたのかな、樹海の木々の隙間から見える空を眺めてそう思った。
どうしてだろう、ふと霊夢の顔がよみがえった気がした。
「ああ、霊夢に会いたいなぁ。会いたいぜ。」
さて、この先の魔理沙はどうなったのだろうか。
苦心の果てにふたたび魔法を取り戻し霊夢と抱き合って再会したのか。
幻想郷に別れを告げて人間界で暮らすようになったのか。そもそも樹海すら抜け出せずにのたれ死ぬのか。
抜け出せたは良かったものの元の堕落型少女として生きてしまうのか。
それは魔理沙のみぞ知るところであろう。
特にアリス好きの自分としては途中から読むのが苦痛だった。
東方じゃなかったら、90点ぐらいなんだが、東方のSSとして評価するならこの点数で。
ものすげえ興奮しました。
嗚咽と目眩と…そして感動をいただきました
アリスの妖怪としての本性をどう解釈するかによって評価が変わるな
突然でてきた樹海(青木ヶ原樹海?)は魔理沙視点のイメージか、それとも実在する樹海なのか
まぁマリアリ好きには辛いかも知らんね。
自分は、こういう妖怪らしいおどろおどろしさは好きです。
率直に言えば、ありきたりなお話。それを装飾でごまかしているだけ。
陰鬱な作品はグロテスクさが派手な装飾になって、どんな形であれ簡単に読者の心を揺さぶり、だますことが出来ます。中身がどんなに空疎でも。
この作品においても、身近なキャラが落ちぶれていく姿には心も沈みますが、それ以上はありません。ただ感情の表面をちょっと引っ掻かれただけ。
現状では、読者を真に「共感」させ「愛おしい」と思わせるには、掘り下げが足りないと考えます。「わかる人にはわかる」ではなく、「感受性豊かな人を一度だけだませる」作品です。
別に、凝ったストーリーが必要と言うのではありません。こういったジャンルで複雑なストーリーは邪魔でしかないですし。
心を沈ませるだけなら誰にでも出来ますが、その奥を読者に覗き込ませる作品となると話は別。
その深淵に恐怖を置くか耽美を置くのか。次回作に期待させていただきます。
むしろ二次創作の愛され魔理沙よりも、パチュリーや美鈴に拒絶される魔理沙に「らしさ」を感じました。
弾幕が撃てなければ文句の一つも言えなくなるという、幻想郷の酷薄な一面が良く表れていると思います。
美鈴達も決して悪意があるわけじゃなく、ただただ自然に、半ば無意識的に侮蔑してる感じが最高にリアルで、読んでてぞくぞくしました。
アリスが魔理沙に執着していた理由も、安易な恋愛感情などではなく、非常に人形遣いらしい、アリスらしい理由であり、とても説得的で良かったです。
惜しむらくは物語が中途で終わってしまった感のあるところですが、でもあえて先の見えない未来を示唆して終わるというこの形の方が、僅かな希望も残る分、救いがあって良かったのかもしれません。
今後もこういうクズ方向を極めて頂けると、個人的にはとても嬉しいし有り難いです。
気になったのは、台詞。1つ例に挙げるとすれば、自宅が全焼し狂人のように笑った魔理沙を「あっはっはっは」という台詞だけで表現しようとしてはもったいない。
そうした行動の中にある狂気や絶望は、これだけでは十分に伝える事が出来ません。
折角物語の流れがリアルなのに、魔理沙の言い回しが不十分、悪く言えば陳腐なせいで、いちいち流れが途切れているように感じました。
あと、私個人としての意見ですが……鍵カッコの最後に読点は付けないのが小説では一般的です。
小説としての体裁より面白さを重視するという方が殆ど、とは思いますが、私には違和感を感じさせる要因の一つになりましたので、報告までに。
後は個人的な趣味の話かもしれないのだけど、最後夢オチ、それに近いものになってたのがあまり好きではなかった
もっと落ちるところまで落ちれば良いのに((
どうにも読んでいて不快感が強く読後もひたすらに不快でした。
正直原作キャラを使ってこういった創作をされる事にいやらしさを感じてしまいます。
魔法使いは捨食の法を経て魔法が使えるようになる。
捨食の法を経ていない魔理沙は本来魔法が使えず、魔法の森のオバケキノコの魔力を利用して魔法を使っている。
これが公式設定ですよ。
魔理沙の内面描写とかなければもっと完成度が上がったのでは?人形扱いされて、そこで激昂する魔理沙より、黙って深夜に出て行く魔理沙の方が質感がある気がします。
アリスからもケチョンケチョンに潰される方が好みだった。
ぼやといっても馬鹿にはできないね。熱と煙と消防車による放水で部屋は滅茶苦茶。
電化製品、衣類、書籍、その他もろもろほぼ全滅。PCのハードディスクをサルベージ出来たことが救いだった。
んで、マンション管理会社からの連絡で帰宅した俺がその惨状を目の当たりにした時の感想は、
「しゃあない。なんとかなるっしょ。あー、でも片付けとかこの後の手続きがめんどくせ」
そんな俺にとって、魔理沙の反応というか行動は羨ましくもある。変な話だけどね。
無気力になるほどの衝撃も感じない、生活態度が改まった訳でもない、人生観に変化を与える切欠にもならなかった。
ダメにすらなれない神経の鈍さ。大変だったけどなんとか生きてます、的なことを言ってみてぇ。
つまりこの作品は俺にとってリアルじゃないんだ。いや、物語的なリアルを感じないと言えばいいのかな。
10点はつけられない、だって面白かったもの。100点は置いていけない、そこまでじゃないんだ。
従って作者様の意向を考慮するとフリーレスで失礼ってことになる。ごめんなさいね。
感謝の極みですが色々とワケありまして返信は後程とさせて戴きます。
ただ、いくつか早急に返事をしなければならないレスがあります。
>>24さん、。」の件ですがこれにつきましてはどうやら筆者のクセのようです。
とはいえ何か信念があるというわけでもありませんので、次回以降」にさせて戴きます。
そして>>45さん、一応三部作になりますのでもう少しお待ちください。
恐ろしいです。
箒を使わないと跳べない設定も魔女らしさを重視したいだけで実際は公式じゃないはず。
まぁある作品では羽はえて飛んでくるから色々曖昧で何ともいえない。
やりすぎるとグダグダになってしまうので、線引きが難しいですが次回作に期待しております。
ただ、美鈴の反応はとってもリアルですばらしい。
借りた物を焼けさせてしまってすまない、という気持ちで土下座するのではなく、自分が魔法を使えなくなってきて、それを防止するための土下座であるあたりの反応であると思うので、すごく自然に見えます。
これが、焼けたその日にパチュリーに謝罪すれば結末は違ったのかもしれません。
あとキャラクターをこういう風に使わないで欲しい、という意見が寄せられておりますが、めげずに頑張って欲しいです。
原作キャラクターが好きだから、こういう不快な話は読みたくない、という気持ちもわからないでもないですが、そそわにこういう小説を投稿しないでほしい、というのは言い過ぎではないでしょうか。
こういう作風も一つの小説ですし、キャラクターへの愛と傷つくのを見たくないというのは微妙に違うはずです。
ただ、真意がはっきりとは分からないから何ともいえないけどアリスだけがイメージと違う
魔法使いは自信の実益主義だから、魔法が使えなくなって知識の交換とかそういった事が出来なくなった魔理沙にアリスがまとも構うとは思えない
御愁傷様くらいは言うかもしれないけど、それ以上はなさそう
あくまで自分のイメージと違ったからという話であって、このアリスが駄目って言うわけじゃないけどね
あと魔理沙の心理描写はもっとじっくりどろどろと書いてほしい。もっと読み手を鬱にさせてくれるほうがいい
そこでちょっと減点だけど、題材が珍しいからそこは加点したい
三部作なら次回に大いに期待。個人的には香霖を出してほしいな
下手に救いなんか持たせないのが良かった感じですねい
てことは、キノコ無しでも簡単な初歩魔法くらいは使えるのかも知れないね。
それと、箒無しでは飛べないっていうのは完全に二次設定だと確認されてる。
まぁ、紅魔郷が発売されてからの年月を考えるとしょうがないのか。
ちなみにレミリアやフランはともかく、パチュリーと美鈴にとって魔理沙の立場は押し込み強盗だぞ。魔法使いとして強力する事はあっても、最初から友人関係じゃないんだぜ。
でもこれも面白かった!!もうすっかりファンです!
よろしくね☆
これいいですね。
「私のいいところって何?」とアリスに問うている自称人気者(笑)のくせに、アイデンティティーを無くした途端すっかり意気消沈するなんて魔理沙自身自分の拠り所が何であったか一番よくわかってるじゃないか。
それで顔だと返答するあたり、やっぱりアリスも人形遣いだなぁと感じました。このままどんどんダメになって、もっと落ちぶれた後の話も読んでみたかったですね。
舞台が幻想郷なくせに幻想に包まれてなく、負の部分を詰め込んだ感じがとっても素敵ですね。
この作品も例に漏れず面白かったです。
恐ろしい未来しか予感できない所で終わる、みたいな
アリスが魔理沙をダメにする過程は、ドラえもんが出してくれたのび太を慰める道具に似ています
慰め続けたらのび太はホームレスになってしまうと言う残酷な話なのですが、そのテイストがこの作品にはあり、非常に面白かったです
あえて指摘するなら、パチュリーが本に保護の魔法を掛けてないとは思えないところかな