とある人里の居酒屋にて
「八意先生、来週末に里の忘年会があるんですよ。先生には里のみんながお世話になっているので参加してもらいたいのですが・・・」
人里の人間達を相手にしている以上、こういう誘いは受けなくてはならない。
別に人付き合いが苦手な訳でもない。
どこかのお姫様と違って外に出るのが嫌いなわけでもない。
「わかりました。急用でも入らない限り参加させて頂きます」
診断書に記入をしながら笑顔で里のご婦人に会釈をした。
そんな事が先週あり、私は里の忘年会に来ている。
そして私の横には里のお寺の住職が一人。
笑顔の絶えない彼女は命蓮寺を管掌している聖白蓮という。
二、三年前に幻想郷に住み着いた元人間で魔法使いだそうだ。
彼女とは神社の宴会で何度か顔を合わせたことがあるが、会話らしい会話をした覚えが無い。
招待席だかなんだか知らないけど、私と白蓮の二人は用意された別席にいる。
永い間生きてきたけど、顔見知り程度の関係の相手と二人って苦手なのよね。
やっぱりうどんげに来させればよかったわね・・・
里の婦人会の出し物を見ながらそんな事を思っていた。
「あら、永琳さんもいらしてたんですね」
宴会が始まる前にそう言ったきり彼女は話をしてくれない。
笑顔で酒を呑み続けている・・・
酒に酔った人々の声が余計に私達の間に流れる沈黙を強調させる。
お願いだから何か話題を振ってよ。
この沈黙耐えられないわ。
恐らく白蓮も同じような事を思っている。
お互いに沈黙が苦痛。
かといって何を話して良いのか分からない。
さっきから横目でチラチラこちらの様子を伺っている事くらいお見通し。
ここは勇気を出して話しかけてみようかしら。
「このから揚げ、美味しいわよ」
決まった。
心の中で握り拳を作った。から揚げが嫌いな人なんてそうはいないはずよ。
「でしたら、私の分も食べて下さい。宗教上肉類は食べないようにしていますので」
ニコッと笑顔で返す白蓮。
あれれ?
・・・
私とした事が迂闊だったわ。
そりゃそうよね。お坊さんだもの・・・
月の頭脳とまで呼ばれた私がそんな事に気が付かなかったなんて。
「じゃ、じゃあ遠慮なく頂くわね」
再び訪れる沈黙の恐怖に負け慌てて話を続ける。
「この里芋の煮物も美味しいわ」
「でしたら、私の分も食べて下さい。里芋苦手なので・・・」
ニコッと笑顔で返す白蓮。
あれれ?
「好き嫌いはいけません」
とか一番言ってそうな人だと思っていたのに・・・
ここまで食べ物ネタが通用しないとは、思っても見なかったわ。
どんな話題が良いのかしら・・・
「幻想郷には慣れたかしら?」
何を今更って話題ね・・・却下
「うちのバカ弟子がさぁ」
フレンドリー過ぎね・・・却下
「お姉さん、綺麗な髪だね」
どこの軟派男よ・・・却下
「風邪を引いたらうちの診療所へ」
まるで営業じゃない・・・却下
沈黙に耐えられずガブガブ呑んでいたせいで頭が回らない。
下を向いて何かを考え込んでいる白蓮が見える。
何よ。
そんなに私といるのが嫌なのかしら?
少し自暴自棄になりかけた時だった。
パッと顔を上げた彼女がこちらを向き口を開く。
「あ、あの永琳さん、この後お寺で呑み直しませんか?私、全然呑みたりなくて」
そうそう、せっかくだしねって・・・えぇ!?
慌てて彼女を見ると照れ笑いをして、恥ずかしそうな白蓮が目に映る。
「いいわね。神社の宴会と違って大人向けの話が出来そうね」
そう言いながら彼女の杯に酒を注いだ。
とある屋台にて
「混んでいるので、相席でも良いですか?」
そう言われ案内された二人がけの机には先客がいた。
憎き輝夜のところの兎が一人酒をしていた。
八目鰻の蒲焼を口一杯に頬張り幸せそうな顔をしている。
こちらに気付くとビクッと肩を竦め、視線を逸らした。
「悪いな。一人酒、邪魔しちまったな・・・」
「い、いえ」
「よ、よく来るのか?」
「いえ、きょきょ、今日はたまたまと言うかなんと言うか」
おいおい、そんなに怯えないでくれよ。
「えーっと、うどんげだったよな?」
「はいっ」
「何もしやしないから気にせず続けてくれ」
「・・・はい」
気まずい会話が一段落したところで女将が酒を持ってきてくれた。
いやぁ、肌寒くなってきたし熱燗が美味い。
肴も美味いし最高の店だ。
問題は目の前でそわそわしてる兎だよ。
ちらちらこっちを見てくるし、落ち着いて呑めないじゃないか・・・
まぁ、憎いのはあくまでも輝夜であって、こいつや永琳はどうとも思っちゃいない。
とは言え気軽に話が出来る相手でもない。
彼女からしたら大切な主に害をなす相手なのだから。
「・・・」
「・・・」
沈黙。
「あ、あの妹紅さん」
「な、なんだ?」
不意を付くうどんげの一言にビクッとしたが、冷静を装い返事を返す。
「し、塩取ってもらえますか?」
「・・・あぁ」
うどんげは手渡された塩を八目鰻の白焼きに振りかける。
山椒の匂いが私の鼻を刺激する。
あれ?メニューに白焼きなんて無かったぞ?
聞きたいけど聞けない。
薄らと焦げ目の付いた白身は箸でほぐされる度に肉汁を噴出す。
美味そう・・・
「・・・そんなにジロシロ見ないでくださいよ」
「悪い、余りに美味そうだったから」
「・・・これは常連客にしか出てこない裏メニューなんですよ」
少し得意げな顔をするうどんげ。
「へぇ常連客なんだ・・・ってよく来てるんじゃないか」
「えへへ、実は里に薬を売りに行った帰りによく寄ってるんですよ」
酔いが回ってきたのか眉間に寄っていた皺は消え、人懐っこい笑顔を浮かべるうどんげ。
「そういう妹紅さんはどうなんですか?」
「今日で二回目だ。前に竹林を道案内してやった人間に教えてもらったんだ」
「でしたらお勧めのメニューがあるんですよ!」
満面の笑みの彼女がお品書きを取り出す。
いつの間にか打ち解けてる・・・
まぁ酒の席なんてこんなもんだ。
永い間生きてきたから分かる。
今日会ったのがアイツだったら仲良くなれたのかな・・・
酔いが回り始めた頭でそんな事を不意に思ってしまった。
お酒の持つ不思議な力。
人妖問わず陽気な気分にさせるのだ。
顔見知り程度の相手と打ち解けたり、気不味い関係の相手と打ち解けたりするきっかけを与えてくれる。
しかし呑みすぎは厳禁である。
知り合い程度の関係の相手とお酒を呑む際は特に気を付けたい。
陽気を通り越し、羽目を外してしまうと今後の関係に問題が生じる可能性が出てくる。
今回紹介した事例は、程良い酔い方をしたおかげだろう。
「さて、続きは明日にしましょう」
「約束の時間に遅れちゃ失礼ですものね」
楽しそうに独り言を口にする稗田阿求は筆を置き身支度を始める。
先日の神社での宴会で仲良くなった妖怪と屋台に呑み行く予定があるのだった。
こういう楽しい席なら良いなぁ
今日会ったのがアイツだったら仲良くなれたのかな・・・このフレーズが何とも言えず良いです!
その後の大人向けの話に興味がありますっ!
少しでも共感してもらえたなら良かったです。