「グゥオオオオ―――!!」
まるで幻想郷中に響き渡るように、暗黒龍の咆哮が響き渡る
その聲が雷鳴を呼び、荒ぶる強風を巻き起こす
封印されていた永い年月の末、すでに言葉は失ってしまっているようだが、それゆえに理性を失い、ただの純粋な荒ぶる邪悪な龍として天空を舞っている
ただ、目に映る全てのものを破壊する…
荒ぶる悪識神の末裔は、けたたましい咆哮を幻想郷中に響かせ、天地にその聲を轟かせた
(魔理沙、なんなのよコイツは―――!?)
アリスが狼狽しながら魔理沙に問い質す
(し、知らねぇ、知らねぇよ…!)
魔理沙も困惑している。魔理沙の中には、こんな巨大な禍々しい龍の記憶などない
絶対に、一度見れば二度と忘れないだろうというインパクトを持っているというのに
それでも、魔理沙はこの暗黒龍に関する事を、何一つとして思い出せない
その巨大な身体から発する禍々しい妖気、全身を包む地獄の瘴気
まさに万物を破壊せんばかりの、あまりに強大で醜悪な龍の姿に、二人とも圧倒されている
一体、これから何が起こるというのか―――!!
「ちぃ…!?、なんなんだい、こいつは!?」
暗黒龍が放つ咆哮と雷鳴をかわしながら、魅魔が言った
億を超える魔法と、数兆の知識を司る魔術師である魅魔でさえ、このような巨大で邪悪な存在は知らない
全身を地獄の瘴気に焼かれながら、禍々しい暗黒の妖気を漂わせる凶悪な存在
それは、これまでに魅魔が見てきたどんな妖怪よりも、邪悪で醜い怪物だった
「これが、先代が言っていた『暗黒龍』………」
霊夢も同じように暗黒龍の攻撃をかわしながら呟く
人間と妖怪が共に暮らす幻想郷…
その創設に最後まで反対した、最強最悪の邪悪な龍…
龍神との一騎討ちに敗れ、博麗神社のご神体の中に封印されていた
永い封印の中で、言葉を失い理性もなくなったが、その強大な力だけはなくなっていなかった
それはただ、幻想郷を破壊するという唯一の意思を持った凶悪な妖怪と成り果てていた
「これ以上、逃げてられるか…!!」
激しい雷が吹き荒れる中、このままでは逃げ切れないと悟った魅魔は一気に上昇した
魅魔の全身に、魔力が集中していく…!
「馬鹿、やめなさい―――!?」
霊夢が魅魔を止めるが、その声は魅魔には届かなかった
魅魔は身体の前で両手の指先を合わせる。魅魔の魔力が、その一点に集中する
『激烈光弾』―――!!
魅魔の溜め込んだ魔力が、暗黒龍に向かって放たれる
身の丈千尺を超える巨体は、いい的になる。暗黒龍はかわす事もできずに命中する
しかし―――!?
「グォオオオオ―――!?」
魅魔の『激烈光弾』の直撃を受けていながら、暗黒龍はまるでダメージを受けてはいなかった
暗黒龍の咆哮が響き渡り、吹き荒れる強風に魅魔は動きの自由を奪われる
「―――!?」
魅魔が身動きができない一瞬のスキに、暗黒龍は一気に魅魔に向かい、その大きな顎を開いた
魅魔の視界は、一瞬にして暗黒龍の口腔に占拠された
もはや逃げる術はない。暗黒龍がその巨大な顎を閉じれば、魅魔の全てが終わる
「こんなとこで終わってたまるか―――!?」
―――!?、暗黒龍がその顎を閉じた瞬間、魅魔の身体が消えた
…と、同時に、暗黒龍の頭に生えた二本の角の間に魅魔が現れた
魅魔は瞬時に瞬間移動の魔法を発動し、暗黒龍の頭上に移動した
「くぅ…、暴れるんじゃないよ…」
全身を地獄の瘴気に包まれている暗黒龍の身体は、触れているだけでもその瘴気に身を焼かれる
自分の頭上に移動した魅魔に気付いた暗黒龍が、魅魔を振り落とそうと暴れる
魅魔は、暗黒龍の額に『宿命の杖』を突き刺し、暗黒龍の纏う地獄の瘴気に焼かれながらも、必死でしがみ付く
「さぁ、自分の放った雷を、自分で喰らうがいい―――!!」
そういって、魅魔は左手を天に掲げた
その瞬間に、暗黒龍が呼び寄せた雷の全てが魅魔に向かって落ちていく
魅魔は、左手でその雷を受け止め、自らの魔力と融合させる
魅魔は、自らの魔力では暗黒龍を倒せないと踏んで、相手の呼び寄せた雷を利用する魔術を使った
相手の放った技を受け止め、自らの魔力と融合させ相手に反撃する
流石に億を超える魔法と、数兆の知識を司る魔術師
彼我の戦力を見抜き、瞬時にそれに対応する魔術を実行するなど、その魔法のセンスは尋常ではない
『魔火激烈掌』―――!?
魅魔が集めた雷を、暗黒龍の脳天に一気に叩き付けた
その余りの衝撃に、放った魅魔自身でさえ吹き飛ばされる
激しい閃光を放ちながら、暗黒龍の頭部で激しい爆発が起きる
「やったか…」
魅魔が自分と一緒に吹き飛ばされた『宿命の杖』を魔法で呼び寄せる
いくら暗黒龍が強大といえど、自らが放った雷にやられるとは思っていなかっただろう
あれほどの雷を食らえば、伝説の暗黒龍といえど一たまりもないだろう
「いいえ、まだよ…」
いつの間にか、霊夢が魅魔の背後に回っていた
その顔は、いつになく真剣な物になっている
「ふん、その目は節穴かい?。見ただろ、私の『虚誘掩殺』の魔法でヤツを倒すのを」
魅魔が言った。手ごたえはあった
暗黒龍の呼び出した雷は、相当な威力だったはずだ
あれほどの威力があれば、例え八岐大蛇であろうと討ち果たせたはずだ
「暗黒龍は、そんな生易しいもんじゃないわ…
みなさい…」
霊夢が暗黒龍を差し示す
魅魔の魔法を受けてのたうつ巨大な邪龍の全身から、夥しい地獄の瘴気が溢れていく
暗黒龍を取り巻く瘴気が、やがて渦を巻くように暗黒龍の口へと吸い込まれていく
「アイツ、地獄の瘴気を自らに取り込んでいるのか…!?」
並みの人間なら、一息吸い込むだけで死に至るという、尋常ならざる毒性を持つ地獄の瘴気
それを自らに取り込んで、自分のエネルギーとして使おうというのか…!?
「暗黒龍は、元々は疫病を司る崇り神の一種よ…
地獄の瘴気を好み、周囲に病を振りまく邪神よ
あの程度のダメージでは、倒せない…」
かつて暗黒龍が幻想郷を襲ったときも、暗黒龍は全身から発する瘴気で疫病を撒き散らしたとされている
いくらでも地獄の瘴気を呼び出し、自らへ取り込める暗黒龍には、生半可な攻撃は無意味に過ぎない
「グゥオオオオ―――!!」
地獄の瘴気を取り込み、ダメージを回復した暗黒龍の口から、圧倒的な破壊光線が放たれる
この威力は、先ほどまでの雷など何の問題にもならないほどに強く、そして邪悪なものだった
「く………!?」
霊夢がお祓い棒を構え、周囲に結界を張る
刹那、まるで板東太郎の激流に身を晒しているかのような、圧倒的な力の波がうねりを上げながら霊夢達を襲う
霊夢が最大に近い霊気を放出しながら結界が破れるのを防ぐ
しかし、まるでそれをあざ笑うかのように、暗黒龍の放った破壊光線は怒涛の如く押し寄せ霊夢の結界を潰しに掛かる
ピキ………!!
精一杯の力で踏ん張る霊夢だが、それでもお構い無しに暗黒龍の力は霊夢の結界を飲み込もうとしている
霊夢の張った結界に、一筋のヒビが入るや、まるでガラス細工が崩れ去るように、あっけなく霊夢の結界は崩壊した
「ちぃ…!?」
結界が持たないと見るや、魅魔は素早く霊夢の肩に手をやり瞬時に瞬間移動の魔法を発動した
………!?
……………………!?
……………………………………!?
次の瞬間、行く手を阻む結界を飲み込んだ暗黒の力の波は、山を砕き、地を割った
まるで天空から星が落ちてきたかのような衝撃が、幻想郷中を襲う
激しい怒号となって、幻想郷全体が震えた
幻想郷の地形が変わってしまうほどの激しい衝撃波に、幻想郷が悲鳴を挙げるように啼いている
「まさか、あんたに助けられるとはね」
魅魔の瞬間移動の魔法で窮地を脱した霊夢が言った
あのままなら、霊夢の身体は、暗黒龍の放った破壊光線に成す術もなく飲み込まれていただろう
「勘違いするんじゃないよ。アンタは私の獲物なんだ、あんな訳の分からない化け物にくれたやる気が無いだけさ」
魅魔は冷たく言い放つが、それでも余裕はないのがはっきりと分かる
霊夢の『夢想天生』を喰らった魅魔には、もう戦う力などほとんど残っていない
霊夢の陰陽球が輝き、霊夢の周りを激しく旋廻し始める
「あんた、何を考えてるんだい?」
魅魔がすぐに気付いた
霊夢の全身が輝き、まるで太陽のように激しい霊気を放出している
その力は、魅魔と戦ったときよりも、さらに強大な力を発している
「暗黒龍を封印できるのは、龍神様の力だけ
『博麗の力』を最大限に引き出せば、あの暗黒龍を葬れるだけの力を得られるはずよ」
そういいながら、霊夢はさらにその力を増していく
『博麗の力』は、龍神の力を博麗の巫女を尸童として使う力だ
普段は雨を降らせたり、天気を占ったりする程度の力だが、その力を最大限に解放したなら、それは龍神の持つ全ての力を使えることになる
しかし………
「馬鹿な、そんなことをすれば、あんたの身体が持たないよ」
魅魔の言う通り、龍神の力はあまりに巨大すぎる力である
ましてや、霊夢はまだ十二歳
肉体も成熟しきらない霊夢では、その力の容量に耐え切れない
「他に手段は無いのよ、どっちにしても、あの暗黒龍をなんとかしないと幻想郷を滅ぼされて終わりでしょう」
そういって、霊夢は力をさらに解放していく
慥かに、このまま暗黒龍を放っておけば、幻想郷はほろぼされてしまうだろう
もはや、霊夢の力に全てを託すより無いのだ
「ぐぅ………、おおおお―――!!」
「霊夢………」
霊夢に正体を暴かれ、魔理沙は元の姿に戻っていた
自分が祭壇に突っ込み、突如として頭上に現れた巨大な黒い龍
その圧倒的な姿に、魔理沙は知らないうちに涙がこぼれていた
あまりに強大すぎるあの邪龍の姿、もはや逃げる気すら起きないほど、魔理沙はただそれを見ているだけしか出来なかった
霊夢は『博麗の力』お最大限に解放し、あの邪龍に挑むつもりらしい
だが、魔理沙はそれでも霊夢は勝てないと思った
すでに、魅魔との戦いで『夢想天生』を使った霊夢には、どれほど強大な力を引き出したとしても、それを支えるだけの力が残っていない
一番の親友である魔理沙には、それが良く分かった
霊夢はもう、限界を超えている
魅魔にだって、すでに戦うだけの力は残っていないだろう
魔理沙には、とてもじゃないが、あれだけの巨龍と戦う力はない
もはや、成す術もなくみているだけしかできないのだ
「はぁ―――!?」
『博麗の力』を最大限に解放した霊夢が、暗黒龍に向かって飛び込んだ
『夢想封印・瞬』
霊夢の全身から黄金の光が放たれ、霊夢が翔けた跡に生まれる黄金の軌跡がまるで霊夢を天空を翔ける龍神のように見せる
霊夢から放たれる黄金の霊気が、暗黒龍に向かって放たれる
暗黒龍の放つ瘴気を浄化していくように、霊夢の龍神の力が暗黒龍の胴体に喰らいつく
「ウゴォォ、グォォォ―――!!」
龍神の力が、暗黒龍の力を浄化する
やはり、龍神の力は暗黒龍に対して有効だ…
しかし………
「グォオオオ―――!!」
「くぅ………!?」
暴れる暗黒龍の尾が、霊夢を叩き落す
龍神の力で護られる霊夢は、直撃こそ免れたものの、それでも天空から大地へと叩きつけられた
「くそ………!?」
それでも、霊夢は立ち上がり、暗黒龍に向かっていく
『夢符・二重結界』
霊夢の周囲に、黄金の霊気に包まれた弾幕が展開される
霊夢の放った弾幕が、暗黒龍をその空間に閉じ込める
黄金の霊気に触れた地獄の瘴気は霞のようになって消えていく
「グォオオオオオ――――――!!」
霊夢の放つ『龍神の力』が、暗黒龍の力を奪っていく
このまま、黄金の霊気で暗黒龍を押し潰していければ…
しかし………
(なんなのよ………、これは………)
もう一息で暗黒龍を倒せる…だが、そこに至って、霊夢に異変が起きていた
全力で開放している『龍神の力』が制御できない…
自らに集中していた『龍神の力』が、まるで栓が抜けているように、激しく霊夢の身体から抜け出ていく
「くぅ………」
霊夢を包んでいた黄金の霊気の輝きが小さくなり、暗黒龍を押さえ込む力も弱まっていく
黄金の霊気に包まれていた霊夢の弾幕も、普通の弾幕に戻っていく
身体中に開放していた『龍神の力』が、みるみる内に抜けていった
『龍神の力』は、慥かに幻想郷における最強の力ではあるが、それだけに消費する霊力も半端ではない
幼い霊夢の身体では、まだ『龍神の力』を完全に解放しきる事はできないのだ
そうこうしている間に、暗黒龍の身体を再び地獄の瘴気が包み、そして、暗黒龍の体内に吸い込まれていく
「グォオオオオオ――――――――!!」
「―――!?」
次の瞬間、暗黒龍の口から霊夢目掛けて特大の破壊光線が放たれる
その速さ、その強さは、強大無比を通り越して、まるで何者をも破壊尽くすかのように迫り来る
幼い霊夢には、その力はかわしようが無かった
「霊夢―――!!」
魔理沙が叫んだ瞬間に、霊夢の身体がまるで人形のように宙に放り出された
その瞬間、まるで時間が止まったかのように、あらゆるものが静止した
ただ、霊夢の肉体だけが宙を舞い、まるで木の葉が散るように、ゆっくりとしたスピードで地面に落ちていく
(霊夢………)
幽体となって見守っていたアリスが、力なくその場に座り込む
暗黒龍の破壊光線の直撃を食らった霊夢は、まるで何の抵抗をするでもなく、ただ風と重力任せに地面へと落ちていった
『空を飛ぶ能力』を持つ霊夢が、まるで翼を失った鳥のように、成す術もなく地面に落ちていく様を、アリスと魔理沙はただ見守るしかなかった
「霊夢………、ちっくしょう―――!!」
霊夢が墜落したのを見た瞬間、幼い魔理沙の中で何かが弾けた
心の中で、霊夢との思い出が蘇ってくる…
魔理沙にとって、霊夢はただ一人、親友と呼べる存在だった
霊夢だけは、魔理沙の事を分かってくれた
魅魔と出会うまで、霊夢は魔理沙の心の支えだった
龍神の使いとして、幼い頃から不思議な力を使う霊夢に憧れ、魔理沙も魔法の勉強を始めた
魔理沙にとって、幼い頃の憧れであり、唯一無二の朋友なのだ
「うおぉぉぉ―――!!」
魔理沙の感情が激しく燃え盛る。怒りや憎しみを超越した、それは如何とも形容し得ない激しい感情が魔理沙を包む
魔理沙の八卦炉が、それに呼応するかのように赤く輝きを放つ
(乾)
(兌)
(離)
(震)
(巽)
(坎)
(艮)
(坤)
魔理沙の周囲に、伏羲八卦の紋様が浮かび上がる
中国の三皇の一人といわれる伏羲が天地自然を象って創ったとされる八卦図
燃え盛るような魔理沙の魔力と、八卦炉の放つ天地自然の力がぶつかり合う
巨大な八卦が魔理沙の周囲に浮かび、同時に『質量とエネルギーの等価性』をあらわすE=MC2の数式が浮かび上がった
天地自然の理を現した八卦図と、『宇宙に始まりがあるのなら、どうやって無から有が生じたのか?』に回答を与えたE=MC2を組み合わせた、最強に無二の魔法
「くらえぇぇ――――――!!
マスタァ――――スパァ――――――ク―――――――――――!!」
魔理沙の全身から放たれた魔力を、八卦炉が一気に増幅させる
魅魔の編み出した最強の公式から生み出された魔力は、魔理沙自身をまるで太陽のように輝かせる
魔理沙を包む輝きが、怒涛のような激しさと共に、一気に八卦炉から放出される
魔理沙の身の丈の数倍はあろうかという、極太のレーザーが暗黒龍に向かって放たれる―――!!
「グギャアアア―――――!!、グゥオオオオオ―――――――!!」
魔理沙の放った渾身のマスタースパークが、暗黒龍を直撃した
巨大な暗黒龍を、そのまま飲み込みかねないほどの極太レーザーは、暗黒龍の全身を護る鱗も物ともせず暗黒龍の全身を焼き焦がす
太陽に焼かれたアスファルトで悶え暴れる大根ミミズのように、幻想郷の上空で暗黒龍が苦しみのたうち回る
「グギャァァァァ――――――――!!!」
「―――――――!?」
しかし、自らを苦しめたレーザーを放った存在に気付いた暗黒龍は、魔理沙に向かって巨大な火炎を吐いた
初めてのマスタースパークを撃った魔理沙の身体は、その反動から自由に動けない
このままでは、直撃してしまう…!!
「馬鹿、何やってんだい―――!!」
間一髪、魅魔が魔理沙に向けて魔砲を放った
魔理沙の身体が弾き飛ばされ、ギリギリの所で火炎を躱す
暗黒龍の放った火炎は、瞬く間に幻想郷を炎で包んだ
木も草も、山も森も、ありとあらゆるものを炎をが包む
魅魔の魔砲に弾き飛ばされていなければ、魔理沙など骨も残さずに燃え尽きていただろう
「魅魔様、ありがとう」
体勢を立て直し、魔理沙が空に戻る
「私が知らない間に、『マスタースパーク』をマスターしてたんだね
私は嬉しいよ」
魅魔は、魔理沙を振り向かずに言った
魅魔の考えた最高ランクの破壊力を持つ魔法、『マスタースパーク』
この最高難易度の魔法を、魔理沙がこの短期間で身に付けた事が素直に嬉しかった
「うん………。でも、全力で撃ったのに、あいつには全然通用しなかった
霊夢もやられちまった…。もう、ダメだ…」
魔理沙がうなだれる
魔理沙の放つ最高の魔法、『マスタースパーク』でさえ通用しなかった
霊夢は地面に叩き落され、戻ってこない
魅魔にも、もう戦うだけの力は残っていないだろう
もはや、この場に残っているのは『絶望』だけだった
「魔理沙、この場を離れて逃げな」
「―――!?」
(………!?)
(………!?)
魅魔の台詞に、幼い魔理沙も、幽体となって様子を見守っている魔理沙とアリスも驚いた
すでに、魅魔に残ってる力など無いに等しい中で、魔理沙を逃がそうとするとは…
「何を言ってるんだ、魅魔様を置いて逃げるなんて出来ないぜ!」
幼い魔理沙が、魅魔の言葉に反発する
当然だ、ここで魔理沙が逃げ出すという事は、魅魔を見殺しにするということになる
「ふん、あの暗黒龍が復活しちまったのは私のせいだ
けじめは私がつけるさ」
魅魔は、自分の魔導書を取り出し、そのページに手を突っ込む
ページに魅魔の手が吸い込まれ、再び手を引き抜いた時、そこには一振りの刀が握られていた
『童子切安綱』、霖之助から奪った天下無双の名刀
しかし、いくら天下五剣の一つといえど、あの暗黒龍に通用するとは思えない
「やめてくれ、そんなボロっちぃ剣で敵うわけ無いじゃないか
私も一緒に戦うぜ」
魔理沙が言った。魅魔自身から語らずとも分かった
魅魔は魔理沙を逃すために、自分を犠牲にしようとしているのだ
「聞き分けのないことをいうんじゃないよ。何も幻想郷を護る為に自分を犠牲にしようってんじゃないさ
これは、魔法使いとしてのけじめなんだ
霊夢が私との戦いで『夢想天生』を使っていなければ、『龍神の力』を使ってアイツを倒せてたかもしれない
私と戦って、無駄な力を使っていなけりゃ、こんな事態にはなっていなかったかもしれない
だから、魔法使いとして、アイツは自分の手で倒さなきゃ気がすまんのさ」
そういうと、魅魔は魔理沙の頭を撫で、そして、優しく微笑んで見せた
魅魔が、魔理沙に向けた、初めての優しい笑顔だった
「思えば、悪霊になってからの私と、まともに話してくれたのはお前だけだった…
お前と過ごしたこの数ヶ月間…、悪く無かったよ…」
「魅魔様………」
魔理沙の目に、涙が溢れてくる
魅魔と過ごした日々が、魔理沙の脳裏にフラッシュバックしていく
地獄の特訓で死にかけたこと…、『マスタースパーク』を伝授された時の事…
魔理沙を取り戻しに来た霖之助を追い払った時の事…
魔理沙の思いは、言葉にならない
魅魔になんと言えば分からない
ただ、とめどなく溢れる涙を止められないまま、魅魔の掌から放たれた魔法が魔理沙を包む
『バシルーラ(強制転移呪文)』
魅魔は、魔法の力で魔理沙を強制転移させようとした
どれほど言葉で言っても魔理沙は理解しようとしないだろう
もはや、魅魔に悔いは残っていなかった
例え自らが消滅したとしても、魔理沙を救えるのなら、それでよかった
泣きべそをかいた魔理沙が、魅魔の魔法に吸い込まれていく…
(待ちなさい―――!!)
―――!?
突如、魅魔と魔理沙の脳に直接呼びかけるような声がすると同時に、魅魔の魔法がキャンセルされた
「この声は…、霊夢―――!?」
「今、私達の心に直接語りかけてきたのは霊夢なのか?」
二人とも、突然話しかけられた声に狼狽している
しかし、その声は、慥かに二人とも聞き覚えのあるものだった
(ええ、情け無い話だけど、さっきの攻撃で私自身は全く身動きができなくなってしまった
だから、貴方達の心に直接はなしかけさせてもらったわ)
二人が思った通り、声の主は霊夢自身だった
暗黒龍の極大破壊光線の直撃を受けた霊夢は、辛うじて一命は取り留めたものの、満身創痍で全く身動きができない状況だった
「霊夢、どうして止める。もう、アイツを止める事ができないことくらい分かってるだろう!?」
魅魔が叫ぶ。霊夢が辛うじて生きていたとはいえ、もはや何をすることもできないだろう
それが分かっていながら、何故、魔理沙を逃がす機会を邪魔するのか
(馬鹿ね、貴方、魔理沙を逃がして自分が死ぬつもりだったんでしょう
悪霊のクセに自分を犠牲にしようなんて、らしくない考え方をするんじゃないわよ)
「…五月蝿いね、こいつは私が蒔いた種だよ。けじめは私がつけるさ」
魅魔が霊夢に食い下がる。魔理沙を強制転移させようにも、霊夢が残った力で反魔法の結界を張っているせいで魔法を発動できない
(馬鹿ね、アンタが一人で犠牲になった所で、あの暗黒龍は倒せないわよ
アイツはただ、幻想郷を破壊するという本能のみで動いている
ここで魔理沙を逃がしたって、幻想郷にいる限り、あの暗黒龍は目に映る全ての物を破壊し尽くすでしょう
そうなったら、ここで魔理沙を逃がした意味がないわ)
霊夢が言った。慥かに、今の魅魔の力では、どう足掻いたって暗黒龍を倒せるとは思えない
命を捨てて相打ちを狙うとしても、今の魅魔の力では分が悪い
「黙りな、私を誰だと思ってるんだい…
私は魔法使いなんだ。魔法の力に限界はない
どんな不可能をも可能にし、天変地異も震天動地も自由自在
魔法使いが戦えるって事は、どんな奇蹟だって起こせるってことさ…
アイツは、私がなんとしても止める…」
魅魔の決意は固い
魅魔は、自らの命と引き換えに、あの暗黒龍を滅ぼそうとしている
『童子切安綱』の刀身が、怪しい光を放ち始める
魅魔は、自らの魔力をその刀に込めていく
(何度も言わせるんじゃないわよ、だから、その奇蹟を起こしてやろうってんじゃない
そのためには、ここで魔理沙に逃げられたら困る………
危ない―――!?)
「―――!?」
「―――!?」
その瞬間、暗黒龍の破壊光線が二人を襲った―――!?
圧倒的な熱量を誇る巨大な光線が、万物を滅ぼさんばかりの力で二人に迫る
「魔理沙、どきな―――!!」
魅魔が魔理沙を思いっきり突き飛ばした
魔理沙の身体は跳ね除けられ、その巨大な光線の範囲外にまで飛ぶ
「魅魔様―――!!」
魔理沙を助けた魅魔は、もはや逃げるのも間に合わない
巨大な光が、魅魔の幽体を飲み込んでいく
魅魔の身体が、その光の中に溶けていく
抗いようの無い巨大な力に、魅魔の幽体は飲み込まれ、そして、消えていった
「う、嘘だろ…。魅魔様…、うわぁあああああ――――――――――!!」
魔理沙の叫びが、幻想郷中に木霊する
魔理沙には、とても信じられない。あの魅魔が、幻想郷最高の魔術師である魅魔がやられるなど…
しかし、魔理沙の目には、魅魔があの圧倒的で禍々しい光の中に消え去っていくのが焼きついている
(落ち着きなさい、魔理沙…。まだ、魅魔が死んだと決まった訳じゃない
あの図太い悪霊が、こんな簡単にやられる訳がないでしょう
気を確り持って、そして、私の指示を聞きなさい)
魔理沙の心に、霊夢の声が届いた
「霊夢…、もうダメだ、魅魔様はやられちまったんだ…
あの暗黒龍に…、手も足もでず…
魅魔様でさえ勝てなかったんだ、もう…どうしようもないんだ…」
しかし、魔理沙は魅魔が消えてしまったショックで、もはや茫然自失の状態であった
霊夢の言葉も、まるで上の空で聞こえてはいない
まるで魂が抜け気ってしまったかのように、その場に立ち竦み、ただ涙を流しているだけの傀儡のようになってしまった
(お馬鹿―――!!。貴方は自分の師匠が信じられないの―――!?
今まで、魅魔に何を教わってきたの!!。今、あの暗黒龍に立ち向かえるのは貴方しかいないのよ!
魅魔の教えは、ただそうやって泣いて怯えているだけの物だったの!?
『魔法の力は、どんな敵でも打ち砕く最強の力。魔法使いなら、どんな困難だって自分の力で打ち砕く…』
そう教わったはずでしょう―――!!)
「―――!?」
霊夢が魔理沙を叱咤する。それは、慥かに魔理沙が魅魔に教わったことだった
魔法の力に限界はないと…、どんな強大な敵であろうと、魔法の力で打ち砕けぬものはないのだと…
「で、でも…。私の最高の魔法である『マスタースパーク』も、アイツには全然通用しなかった
私の力じゃ、アイツを倒せないぜ…」
魔理沙が言った。慥かに、今の魔理沙に使える最強の魔法『マスタースパーク』でも、あの暗黒龍は倒せなかった
魔理沙に『マスタースパーク』以上の魔法が無い以上、魔理沙に暗黒龍は倒せない
(何も、アンタに暗黒龍を倒せとは言わないわよ…。ただ、時間を稼いでくれさえすればいい
アンタは力はなくても、スピードだけは私や魅魔よりも速いはず…
なんでもいいから、アイツを引き付けて…。そして、時間を稼ぐのよ
そしたら、魅魔にアイツを倒してもらうわ)
「え…!?。なんだって………!?」
(いいから、急いで―――!?。来るわよ―――!?)
反問しようとした魔理沙、しかし、暗黒龍は再び極大破壊光線を放とうとしている
「ちぃ―――!!」
魔理沙は素早く箒に飛び乗り、一気に上昇した
次の瞬間、魔理沙が元居た場所を極大破壊光線が突き抜ける
「喰らえ―――!!
『魔符・スターダストレヴァリエ』」
魔理沙が魔法を唱えた瞬間、空に無数の星が輝き、次々に流星となって墜ちて来た
天空から無数に降り注ぐ流星のシャワーが、巨大な暗黒龍の身体に突き刺さっていく
「グゥオオオオ―――――!!」
一つ一つの威力は弱いが、所かまわず降り注ぐ魔理沙の流星に、暗黒龍の巨体はいい的だった
魔理沙は魔力が続く限り、天空から流星を落とし続ける
極大破壊光線を撃った反動で、暗黒龍はまだ満足に身動きができない
このまま、流星の雨の中に押さえ込めるか…!?
「ゴォオオオオ―――――――!!」
しかし、暴れまわる暗黒龍は、苦し紛れに暗黒雲から雷を盲滅法に呼び寄せる
幻想郷中に、雷が火柱となって無数に林立する
「くそ―――!!」
無茶苦茶に落ちてくる雷は、流石の魔理沙も躱すしかない
流星の雨を止め、超スピードで落ちてくる雷を躱していく
魔理沙のスピードは、暗黒龍のそれよりも速い
空中で、箒にまたがったまま激しく回転を繰り返し、次々と雷を躱す
「もう一つ喰らえ―――!!
『黒魔・イベントホライズン』」
魔理沙が墜とした流星が、再び宙を舞い、暗黒龍の周囲を目まぐるしく回転していく
暗黒龍が微かに動いただけでも、流星は鋭く暗黒龍の鱗を切り裂き、大きく爆発した
破壊本能のみで動く暗黒龍には、自制という言葉はない
それでもお構い無しに突進しようとする暗黒龍に、次々と流星が突き刺さり、激しい爆発を起こしていく
「くそ、あれだけ喰らっていながら、それでも動けるのか―――!!」
魔理沙の放った流星が、次々に爆発を繰り返す
しかし、それでも暗黒龍は猛突進をしながら魔理沙を追う
「ゲァアアア、ゴォォオオオ―――――!!」
暗黒龍は、嵐雷を呼び起こし、魔理沙を追い込む
激しい風が、魔理沙の行く手を遮る
身体が風に押し戻され、暗黒龍の方へ呼び戻されていく
魔理沙が振り返ると、そこには大きな顎を開いた暗黒龍の姿があった
魔理沙の視界一杯に、暗黒龍の口腔が広がる…
『星符・ドラゴンメテオ』
魔理沙がまさに暗黒龍に呑み込まれようとした瞬間、魔理沙は八卦炉を取り出し、下に向けて『マスタースパーク』を放った
極太のレーザーが、 暗黒龍の下顎を撃ち穿くと同時に、魔理沙自身の身体も暗黒龍の上顎を貫いた
「お前なんかに食われてたまるか―――!!
『マスタースパーク』―――!!」
窮地を脱した魔理沙が、暗黒龍の上顎から飛び出した途端、八卦炉を暗黒龍に向けた
…と、同時に、一気に至近距離から『マスタースパーク』を放った
『マスタースパーク』を連射できるほどの魔力を、魔理沙はいつの間に身に付けたのか
「何―――!?」
しかし―――!?
魔理沙が至近距離からの『マスタースパーク』を放った瞬間、暗黒龍の眼球から黒い光が放たれた
その光は、極大破壊光線ほどではないにしろ、それでも『マスタースパーク』の数倍はあろうかという威力で、魔理沙の身体は簡単に吹っ飛ばされた
「く、くそ………」
暗黒龍は、力の溜めも要らず、攻撃の反動も少ない黒い光線を連発してくる
魔理沙はフラフラになりながらも、それでも、その黒い光線を躱していく
激しい暴風で、碌に身動きも取れない中で、魔理沙は必死で飛びまわる
もはや、霊夢の言葉を信じるしかない
そして、なによりも魔理沙は、魅魔を信じる事しかできなかった
「魔理沙………」
博麗神社の境内では、魔理沙の父親が上空を見上げていた
もはや、魔理沙は自分の手の届かない所に行っていた
そんな事は、初めから分かっていたんではないのか…
自分は、魔理沙の事など何も分かってはいなかったのだ
だから、どう接していけばいいのか分からなかった
魔理沙が何を考え、何を思い暮らしているのか、皆目見当もつかなかった
それゆえに、彼は自分自身の価値観を押し付けることでしか、魔理沙に接する事ができなかった
世間でまともと言われることでも、魔理沙にとっては退屈な決まりゴトでしかない
魔理沙にとっての日常とは、常に危険とハラハラドキドキと隣合わせでなければならなかった
年頃の女の子が着飾って歩いて、大人の女性への階段を上がっていく中、魔理沙はどこまで行っても魔理沙でしかなかった
周りの女の子のように、大人しく着飾っていれと言っても、魔理沙は聞く耳を持たなかった
そして、彼はさらに魔理沙の事が分からなくなった
魔理沙は、世界でただ一人、魔理沙でしかない
たったそれだけの事を、ただ常識という枠に囲まれた彼の心は理解する事ができなかった
その溝は、魔理沙が大きくなるに連れて、大きくなり、いつしか修復が出来ないほどに大きくなった
彼にとって、魔理沙の縁談は既に切れ掛かっていた二人の絆の、最後の一つだった
せめて、自分がいなくなったとしても、魔理沙が暮らしていけるように…
そう思ってのことだった…
『ふざけるんじゃねえよ、私は結婚なんかしないぜ。私は魔法使いになるんだ!』
魔理沙の言い放った言葉に、魔理沙と自分を繋いでいた最後の糸が切れる音が聞こえた
その瞬間、彼は理性が吹き飛んでしまったかのように、魔理沙を叱り飛ばしてしまった
思えば、魔理沙をあれほど酷く叱ったのも初めてだったかもしれない
初めて父親から突き付けられた罵倒の言葉に、魔理沙は心底怯えていたのだ
生まれて初めての父と娘の感情のぶつかり合い
それまで、本当の喧嘩をしたことが無かった二人は、仲直りの仕方など知るべくも無く、魔理沙は家を飛び出した
そして、今日、彼は分かってしまった
この世の中には、自分自身が関知出来ない世界があることを
自分自身の常識の枠からはみ出た所に、魔理沙の世界があることを…
もはや、魔理沙は自分の元には戻ってこないだろう
それでも、彼は父親として願わずにいられなかった…
「魔理沙…、死ぬな…」
「ぐ、うぅ………」
博麗神社の森の中、魅魔は呻きながら意識を取り戻していた
魔理沙を逃がし、あの極大破壊光線を受け、てっきり自身が消滅したものだと思っていた
だというのに、魅魔はまだその幽体を持って存在していた
「どうなってるんだ、私はまだ存在しているのか…?」
あの圧倒的な破壊力を持つ極大破壊光線を受けて、どうして自分が無事なのか
魅魔には、ほとんど魔力は残っていなかったというのに…
ドゥォォォン――――――!!
ドゥォォォン――――――!!
魅魔の耳に、激しい轟音が聞こえた
上空に眼をやると、あの暗黒龍が巨大な身体をくねらせながら、黒い光線を乱射している
「魔理沙―――!!」
魅魔は、その先で箒に跨り、暗黒龍の放つ黒い光線を必死に躱す魔理沙の姿を見つけた
暴風に身を晒し、満足に身動きができない中で、魔理沙は懸命に逃げ回っている
(魅魔、魅魔、いるんでしょう?。私の声が聞こえる?
私はもはや身動きができない…、近くにいるのなら、私のそばに来て)
魅魔の心に、霊夢の言葉が聞こえた
魅魔は霊夢の声に引き寄せられるように、森の中を進む
博麗神社の森の中を彷徨い、やがて、全身がボロボロになった霊夢を見つけた
足がありえない方向に曲がり、もはや身動き一つできないのは一目瞭然だった
「馬鹿だね、どうして魔理沙に逃げろと言わなかったんだい
いくら魔理沙でも、あの暗黒龍相手に、いつまでも持たないことくらい分かるだろう」
ボロボロなのは、魅魔も同じだった
どうやら奇跡的に助かったようだが、それでも、もはや魔力も幾分も残っていない
自らの存在が消滅しないで残っていること自体が不思議だ
「き、決まってるでしょう…。あの暗黒龍を倒すためよ…」
そういって、霊夢は苦痛に顔をゆがめる
全身の骨にヒビが入っているであろう、霊夢は、声を出すだけでも全身に激痛が走る
しかし、今はそんな事を言っている場合ではない
霊夢は、自分の懐から陰陽球を取り出した
「魅魔…、手を出して、この陰陽球に触れて…
貴方に『博麗の力』を預けるわ」
「なんだって―――!?」
―――!?
霊夢の台詞に、魅魔は腰が抜けんばかりに驚いた
敵であった魅魔に、復讐の鬼と化していた魅魔に、自らの『博麗の力』を預けるなんて…
「何を考えているんだい?。また私を罠に嵌めるつもりかい?」
魅魔は思い出している。魔理沙と初めてあった日、博麗神社で先代の禰宜から受けた姦計
あの時、『博麗の力』を手に入れる為に陰陽球に触れた魅魔は、幽体の内部から計り知れない力の暴走によって多大なダメージを受けた
この期に及んで、再び魅魔をあの時と同じように策に嵌めようというのか…?
「ち、違うわ…。聞いて頂戴。『博麗の力』は、強大な龍神様の力を凝縮したもの
それゆえに、邪悪な物の手に渡らないように細工がされているの…
邪な心を持つ者が触れれば、それは忽ち力の暴走を引き起こし、その身を食い破ってしまうように…」
あの時、魅魔の心は復讐に満ちていた
復讐、憎悪、憤怒、怨念、怨嗟、怨望…
そういう負の心に満たされた者が、『博麗の力』に触れた時、その力はその者の肉体を食い破る
悪の心を持つ者に、その強大な力が渡らぬように、『博麗の力』にはそういう細工がされているのだ
「馬鹿だね、ならば同じじゃないか、私がその陰陽球に触れれば、以前と同じようにその力は暴走し、私の幽体を食い破るのだろう?」
魅魔が言った
慥かに、魅魔が以前と同じように復讐に心を染めているのなら、結果は同じはずである
「いいえ、違うわ…。今の貴方は、以前の貴方とは違う…
貴方にトドメを刺そうとした私を、魔理沙が身体を張って止めた時、貴方は魔理沙ごと私を撃てば状況を逆転できた
以前の貴方なら、絶対にそうしたでしょう…。でも、貴方はしなかった。絶体絶命の状態で、逆転のチャンスが来ていながら…」
霊夢が言った
霊夢が『博麗の力』に目覚め、魅魔を追い詰めた時、魔理沙は必死になって霊夢を押さえ込んだ
あの時、魔理沙を犠牲にするつもりで攻撃していれば、魅魔は戦況を逆転できたかもしれない
しかし、魅魔はそれをしなかった…
「今の私では、『博麗の力』を完璧に使いこなす事は、まだできない…
でも、貴方なら…。最高の魔術師と呼ばれる貴方なら、私以上に『博麗の力』を使いこなす事ができるはず…
お願い、この力を受け取って、あの暗黒龍を倒すには、もうこれしかないの…」
「く………!!」
魅魔が逡巡する
慥かに、霊夢はどれほど天才と呼ばれていても、まだ十二歳の少女であるにすぎない
力の使い方、魔法使いとしての経験、魔法の知識と技術、どれをとっても魅魔の方が上である
魅魔の方が、『博麗の力』を存分に引き出せることは明白である
しかし、それは、本当に魅魔が『博麗の力』を使えるとしたらの話である
「魔理沙…」
魅魔は上空を見上げる
上空では、まだ魔理沙が暗黒龍から逃げ回っている
しかし、魔理沙とていつまでも逃げ続けている事はできないであろう
霊夢の言う通り、暗黒龍を倒すには、一が八かにかけるしかない
だが、もしも、この間と同じように、力が暴走したら…
今度こそ、魅魔は完全に消滅してしまうであろう…
「何をしているの、急いで…
迷っているヒマはないわ…!!」
霊夢が魅魔を急かす
霊夢は確信している。魅魔ならば、きっと『博麗の力』を使いこなせると
何故なら、自分の親友である魔理沙が、あれほど心酔しきっている師匠なのだから…
魔理沙の事は、霊夢は誰よりも知っているつもりだ…
その魔理沙が、心底惚れ込んだ魔術師なのだ…
「よく聞いて、魅魔。私はもう動けない。魔理沙を救えるのは、貴方しかいないの…
それに、貴方が龍神様に認められているのは、すでに証明されているの
貴方は、自分が消滅せずに存在している事が奇蹟だと思っているかもしれないけど、それは違う…
この博麗神社には、龍神様の加護を受けられるように結界が張ってあるの
この結界の中では、龍神様の加護を受けた者はその力によって助けられる
貴方は、あの暗黒龍の極大破壊光線を受けて、もう消滅していてもおかしくはなかった
それがまだ存在しているということは、貴方が龍神様の加護を受けたということよ…
だから、信じて…。この力は、決して貴方を消滅させたりはしない…」
霊夢は、全身を襲う激痛に耐えながら、魅魔に語りかける
「お願いよ、もはや、あの暗黒龍を倒せるのは貴方しかいないの
勇気をだして、この『博麗の力』は正しい心を持つ者に力を与えてくれる
『自分の大切な人を護りたい…』という心を持っていれば、きっとそれに答えてくれる
さあ、手を伸ばして…。そして、幻想郷を救って頂戴…」
そこまでいって、激痛が限界に達した霊夢は人事不省に陥った
「くぅ………!!」
魅魔の脳裏に、魔理沙の顔が浮かぶ
魔理沙との思い出が、魔理沙と過ごした日々が、魅魔の心の中に次々とリプレイされていく
自分が、心から信じられるもの…。もう失いたくない…。失ってはならない………!!
魅魔の手が、陰陽球に触れた
「う、うわぁああああああああ―――――――――――――――!!!!!」
その陰陽球に触れた途端、激しい雷にでも撃たれたかのように、強烈な電流が魅魔の全身を駆け抜けた
「うぉぉぉおおおおおおおおお―――――――――――――――!!!!!」
まるで、幽体の中を雷がズタズタに切り裂いていくかのように、激しい力が魅魔の幽体を目まぐるしく駆け巡る
とても抑えようが無い、圧倒的な力が魅魔の幽体を引き裂いていく
(あ、あの時と同じだ…。やはり、私ではダメなのか…)
それは、力のレベルこそ違えど、あの時と同じだった
『博麗の力』を求めて博麗神社を襲った時と同じく、その力は魅魔の制御を受け付けず、魅魔の身体を撃ち破ろうとしている
(私が悪霊だからか…。復讐を誓い、憎悪を糧に存在する悪識者だからか…
私では、『博麗の力』を使いこなすことができないのか…)
なんのかんの言っても、魅魔は悪霊なのだ
復讐を誓い、憎悪を糧として存在しているのだ
その魅魔に、『博麗の力』を使う事など、やはり出来はしないのか…
「う、うわぁぁ――――――!!」
そのとき、上空から魔理沙の絶叫が聞こえた
今まで避け続けていた黒い光線が、ついに魔理沙を捉えた
魔理沙の身体から、黒い煙が立ち上っていく
動きも、目に見えて落ちている。こんな状況では、次の攻撃を躱す事などできない
暗黒龍が、その力を溜め始めた。極大破壊光線で魔理沙を一撃で消し去るつもりだ
「魔理沙―――!!」
全身を激痛が襲う中、魅魔は魔理沙の名を叫ぶ
魅魔の心に、魔理沙の顔が浮かぶ
自分に泣きついてきた魔理沙、自分の地獄のような修行に耐える魔理沙…
自分を幻想郷最高の魔術師として慕い、親も故郷も捨てて自分についてきた魔理沙…
こんな所で、失ってはならない―――!!
「くぅ…、ぬぅぅぅぅ………!!」
魅魔は必死で、暴れ狂う『博麗の力』を押さえつけようとする
しかし、それをあざ笑うかのように、『博麗の力』はそれを振り切り、魅魔の幽体を切り裂いていく
「ぐぅっ…!。こんな所で、負けてられるか…
『博麗の力』よ…、私の身体を食い破りたいなら、好きにするがいい
だが、私に最後の力を与えてくれ…
私はどうなってもいい!!。アイツだけは助けたいんだ―――!!」
魅魔がそう叫んだ、その瞬間―――!!
いまだかつて、魅魔が体験した事がないほどの力が、魅魔の全身を駆け巡った
魅魔の全身を引き千切るほどのその力が、魅魔の幽体から外へ飛び出そうと疼いている
このまま、全身を食い破られる…!!
「―――!?。なんだ、この力は………!!」
魅魔の全身から、まるで太陽でも飛び出したかのような強大な熱量が放出されていく
暖かく、心地よく、それでいて強大で力強い力が、魅魔の全身に漲っていく…!!
魅魔の失っていた力が、それまで以上の力と共に戻ってくる
魅魔の全身を、黄金のオーラが包んでいた
(魔理沙、どうなってるの…!!
このままじゃあ、貴方がやられちゃう…!!)
余りの凄惨な状況に、アリスが周章狼狽して混乱している
慥かに、もはや幼い魔理沙は逃げ続けることができない
このままでは、幻想郷が破滅してしまう
(落ち着けアリス。幻想郷は滅んだりしちゃいない。分かっているだろう!?)
魔理沙がアリスを落ち着かせようとするが、その魔理沙自身だって焦っている
この暗黒龍に関して、魔理沙は完璧に記憶を失っている
この後どうなってしまうのか、魔理沙には全く分からないのだ
(盛り上がっているトコ悪いんだけど、もうすぐ時間よ…)
そのとき、二人の心に、頭に繋がったシルバーコードを通じてパチュリーの声がした
よく見れば、シルバーコードが薄く光っている。これは、二人のシルバーコードが切れ掛かっている証拠だ
二人の血を媒介に作り出した仮初めの命が燃え尽きようとしている
錬金術の蒸留器の中で作り出した仮初めの命が燃え尽きれば、二人のシルバーコードが切れ、二人は二度と肉体に戻れなくなる
(分かってるよ、でも、まだ少しは時間があるんだろう
せめて、この戦いの結末だけでも見届けたいんだ…)
魔理沙が答える。ここまで来て、オメオメと戻るわけにはいかない
この暗黒龍との戦いが、魔理沙の封印された記憶と関係があるなら、見届けなければ成らない
(そういうだろうと思ったわ。でも、時間だけは気をつけて…)
そうして、シルバーコードが鈍い輝きを放つ中、二人はこの戦いの結末を見届けることにした
「ぐぅ………、くそ…」
もはや、魔理沙には空を飛ぶ力さえも残っていなかった
逃げなければ、あの極大破壊光線を受ける事になる
それが分かっているというのに、身体が動こうとしない
すでに、魔理沙の体力は限界を疾うに過ぎている
「グゥォオオオオオオオ――――――――!!」
暗黒龍の口には、これまでにないほどのエネルギーが溜まっている
これは、もはや魔理沙だけではない
幻想郷ごと、いっぺんに吹き飛ばすつもりで力を溜めているのだ
「クソ、動け、私の身体…。逃げるんだ…」
何度自らの身体にムチを入れようとも、すでに肉体からの返答はない
魔理沙の心よりも先に、身体のほうが諦めてしまったかのようだった
「ゴォォォォオオオオオオ――――――――!!!」
魔理沙が自分の身体と戦っている間に、ついに暗黒龍の極大破壊光線が完成してしまった
まるで、この惑星ごと…いや、この太陽系全てを破壊しかねないほどのエネルギーが、魔理沙に向けて放たれる
もはや、魔理沙は逃げる事もできない
いや、これほどの力の塊、地球上のどこにいても躱しようがない
地球を木っ端微塵にしてしまいかねない力が、凶悪的なスピードで襲い掛かる
もはやこれまで、魔理沙が目を閉じた…
「諦めるなんて、魔法使いらしくないんじゃないか。魔理沙」
魔理沙の耳に、懐かしい声が聞こえた
たったほんの数分聞けなかっただけだというのに、酷く懐かしく感じる
魔理沙は、恐る恐る目を開ける…
緑の長い髪、切れ長の眼に、異国の呪い師のような服
三角帽を被ったその姿…
見間違えるはずが無い。魔理沙の師匠、魅魔の姿がそこにあった
「ふぅぅうううん――――――――!!」
魔理沙がその姿を認めると、魅魔はその右の掌を、まさに地球ごと破壊せんと突き進む極大破壊光線に向けた
惑星全体が揺れるような衝撃が襲う中、魅魔はたじろぎもせずにその力を受け止めた
「ぬぅううん―――――――!!」
魅魔が全身から放った黄金のオーラが、暗黒龍の極大破壊光線を浄化していく
太陽系全体を破壊しかねないほどのエネルギーが、まるで蒸発するようにさっぱりと消え去ってしまった
「み、魅魔様―――――!!」
眼にいっぱいの涙を溜めながら、魔理沙がその名前を叫んだ
なにがなんだかさっぱり分からないが、魅魔は新しい力を得て戻ってきた
それだけで魔理沙には十分だった
「全く、何て顔してんだい。私があの程度の攻撃でやられるとでも思ってたのかい?」
魅魔が魔理沙にいじわるな笑みを見せる
まるで、魅魔がそれまで持っていた、復讐、憎悪、憤怒、怨念、怨嗟、怨望…
そういった負の感情が落ちてしまったかのような、爽やかな笑顔だった
「さあ、決着をつけようか…。古に封印されし邪龍よ…
ここはもう、お前の生きていていい時代じゃない
綺麗さっぱり消滅させてやる」
そういった瞬間、魅魔は全身からその力を放出した
黄金のオーラに包まれたそれは、それまでの魅魔の持っていた暗黒の魔力とは違う
龍神が認めた、正しい心を持つ者だけが使える『博麗の力』
「魅魔様…、その力は…」
魔理沙の問いに、魅魔はただ微笑みだけを返した
次の瞬間には、魅魔の幽体は光の矢となり、暗黒龍に向かって飛び出した
「グギャオオオ―――――!!」
魅魔が自分に向かって突っ込んで来たのを確認した暗黒龍は、その両眼から黒い光線を放った
「フッ………」
魅魔の指先に、小さな光が集まる
まるで蛍の光ほどの小さな光を、魅魔は黒い光線に向けて放つ
魅魔の放った小さな光は、ゆっくりとした速度で黒い光線に向かっていく
どう見ても、そのまま飲み込まれてしまいそうなほど小さな光…
しかし、その小さな光が黒い光と衝突した瞬間、黒い光は勢いを失った
魅魔の放った光は、ゆっくりとしたスピードで進みながら、どんどんと大きくなっていく
黒い光を飲み込み、巨大に膨れ上がった光が、暗黒龍を直撃した
「ギャアア――――!!!、グォオオオ――――!!」
幻想郷中に暗黒龍の苦しみの絶叫がこだまする
暗黒龍の右眼がつぶれ、右の角が折れてしまっている
魔理沙の『マスタースパーク』でさえ、暗黒龍の肉体にダメージを与えられなかったというのに…
あれほど小さな光が、これほどの威力にまでなるとは…
「ハァ―――!!」
魅魔が『宿命の杖』を天にかざす
瞬時に、暗黒龍を包囲するように無数の光が現れた
「もう逃げ場はないよ…
『魔空包囲弾』―――!!」
魅魔が『宿命の杖』を振り下ろした瞬間、暗黒龍を包囲していた無数の光が暗黒龍に向かって行く
「グギャアアア――――!!、ギャアアアアアアア――――――――――!!!!」
暗黒龍の悲痛な叫びが、幻想郷を包む
暗黒龍の右腕が吹き飛び、全身を覆う黒い硬い鱗も半分くらいは溶けて来ている
「すげえ、すげえぜ魅魔様―――!!」
魔理沙が歓喜の声を挙げる
あれほど強大な力を誇っていた暗黒龍を、魅魔はまさに圧倒的な力で追い込んでいる
霊夢では完全に引き出す事ができなかった『博麗の力』の真の力とは、これほどまでに強力なのか…
「暗黒龍よ、貴様はすでに理性を失い、ただの破壊本能のみによって動く妖怪だ
もはや、私の言葉を聞くこともできないだろう
せめて、貴様の好きな地獄の炎を浴びて死ぬがいい」
そういって魅魔が『宿命の杖』を振ると、魅魔の背後の空間が避け、禍々しい黒い炎が現れた
地獄で罪人の肉体を焼き、その罪業を焼き尽くす『地獄の業火』を魅魔は呼び出した
…と、同時に、魅魔は自分の左手に『博麗の力』を集めていく
魅魔の右手に『地獄の業火』が、左手に『博麗の力』が集まった
「射干玉の闇より生まれし悪識神よ、神の光の導きの元、冥府魔道へ還れ―――!!
『神火魔炎葬』――――!!」
黄金に光り輝く『博麗の力』と、禍々しい『地獄の炎』が、まるで絡み合うように暗黒龍に突き進んでいく
「グォオオオオ―――――!!!!」
暗黒龍が、残った全ての力を込めて極大破壊光線を放つ
しかし、魅魔の放った二つの力は、それをものともせずに飲み込んでしまった
『博麗の力』と『地獄の業火』を融合し放つ一撃は、この世に存在するいかなる神魔さえも滅ぼす最強の一撃
………
…………………
…………………………………
…………………………………………………
「グギャヤヤヤアアアアアア――――――――――――!!!!」
暗黒龍の断末魔の聲が響いた
とても眼を開けていられないほどの強烈な光が幻想郷中を包み、まるで地面が消えてしまいそうなほどの激しい震動が襲った
「うわぁ―――!?」
薄く眼を開いた魔理沙が、驚きの声を挙げた
暗黒龍の肉体は、粉々に粉砕され四散してしまったが、その首だけは神社の境内の魔理沙の近くに落ちていた
生気を完全に失い、暗黒龍を包んでいた地獄の瘴気も消えていった
「フフ………、やったわね…」
突如、魔理沙の背後から聞き覚えのある声が聞こえた
魔理沙が振り返ると、そこには全身ボロボロになった霊夢が立っていた
折れた足を引きずりながら、なんとか神社の境内まで歩いてきたようだった
「霊夢、大丈夫かしっかりしろ」
魔理沙は霊夢に駆け寄り、足を引きずる霊夢に肩を貸す
「大丈夫なわけないでしょ、どうせアンタは回復魔法なんて使えないんでしょ
祭壇まで連れて行って頂戴…」
霊夢は魔理沙につかまりながら、祭壇まで近づく
祭壇に奉げてあった小連翹(オトギリソウ)の葉を採って、絞って出た汁を傷口に塗る
小連翹の葉には強い殺菌効果と鎮痛作用があるので、わずかにだが傷の傷みも和らぐ
「ふん、随分とくつろいるじゃないか…」
不意に、二人を呼びかける声が聞こえた
「魅魔様―――!!」
魔理沙が、その声の聞こえた方へ走り出す
暗黒龍を打ち倒した魅魔が、博麗神社の境内に戻ってきていた
「まあね、こんな身体じゃ元気に走り回る事もできないでしょ」
のんびりとした口調で、霊夢が答えた
霊夢の足は折れて曲がってしまっている。傷の傷みは収まっても、一人で立ち上がるのでさえ困難な状況である
「アンタには礼を言わなけりゃね、アンタのおかげで幻想郷は滅びずに済んだわ
どうもありがとう…」
霊夢が言った
もしも、魅魔が暗黒龍を倒していなければ、幻想郷は今頃灰燼に帰していただろう
「礼には及ばないさ、結果的に幻想郷を救った事にはなったが、私は私のやりたいようにやっただけさ…
それに………」
そういうと、魅魔は鋭い視線を霊夢に投げかけ、『宿命の杖』を霊夢に向けた
「忘れちゃいないかい?。私とアンタの勝負には、まだ決着がついていないんだよ」
魅魔の幽体から、また強烈な魔力が発せられる
杖の先から、まさに霊夢を貫かんばかりの闘気が迸っている
「や、やめろよ魅魔様、いまさら決着だなんて…!?」
魔理沙が二人の間に割って入ろうとする
もはや、霊夢は一人では満足に動ける状態ではない
こんな状況で、勝負もクソもあるもんじゃない
「黙ってな、魔理沙。これは私と霊夢の問題だよ」
魅魔が魔理沙を一喝する
本気で、霊夢との決着をつけるつもりなのか…?
「一つ聞かせてもらおうか…。どうして敵である私に『博麗の力』を託した?
仮にそれで幻想郷が救えたとしたって、後で私に殺されると思わなかったのかい?」
魅魔が訊いた
慥かに、霊夢が魅魔に『博麗の力』を渡した時、まだ二人の勝負は決まっていなかった
魅魔が暗黒龍の極大破壊光線を受けるまで、まだ、魅魔には霊夢に対する敵愾心は残っていたのだ
それが分かっていながら、どうして魅魔に『博麗の力』を渡したのか…?
「馬鹿ねえ、そんなの…なんとなく…よ
貴方が魔理沙を救ったのを見て、もう、貴方には博麗神社に対する復讐の気持ちなんて消え失せているんじゃないかと思っただけよ」
霊夢の答えは、実に単純明快なものだった
それは、ただの勘だった
根拠もへったくれもない、ただそう思っただけという、実に霊夢らしい考えだった
「ふっふっふっふ………。アーッハッハッハ」
霊夢の答えを聞いて、魅魔は突然、大きな声で笑い始めた
「全く、幻想郷の破滅の危機だってのに、ただの勘任せなんてね…
なんというお気楽な巫女なんだろうね」
霊夢の言葉は正しかった
慥かに、魅魔には博麗神社に対する復讐なんてものは、疾うに消え去っていたのだ
それを訊いた途端、魅魔の心から、まるで憑き物が落ちたかのような穏やかな気持ちが湧いてきた
「分かったよ、この勝負は私の負けだ…」
魅魔は、自分自身の負けを認めた
もはや、博麗神社への恨みも、復讐の心も消えてしまった
魅魔は『宿命の杖』を振り、『博麗の力』を空に向かって放った
「ああ―――!!」
魅魔が放った『博麗の力』は、天に立ち込めていた暗雲を払い、地上に久しぶりに太陽の光を照らした
『博麗の力』が、幻想郷中にシャワーのように降り注ぎ、暗黒龍が破壊していった幻想郷を元に戻していく
さらには、霊夢が魅魔に操られて破壊してしまった人間の里でさえも、完全に元通りに修復してしまった
荒れ果てていた神社の境内も、壊れてしまっていた祭壇も、元の新品の状況に戻っていく
「おお―――!!」
さらに、その力は霊夢さえも包み、暗黒龍との戦いでボロボロになった服も、折れてしまった足も完璧に元に戻った
「す、すげえ………」
まるで、奇蹟を見ているかのように、魔理沙は驚いている
あれほどまでに徹底的に破壊されていた幻想郷が、ほとんど完璧に元に戻ってしまった
これが、『博麗の力』の本当の力なのか
「この陰陽球は、アンタに返そう。魔理沙、魔法の森のあの家はお前に譲ろう
私はこれから旅にでるよ。魔法の修行をさぼるんじゃないよ」
魅魔の言葉に、魔理沙は驚いた
「ま、待ってくれよ。なんで一人で行くんだよ、私も連れて行ってくれよ」
魔理沙が魅魔にすがる
せっかく、魅魔と打ち解けあう事ができたというのに、どうしてここで別れなければならないのか
「私がお前に教えられることはもうない。それにな、私が近くにいたら、お前はすぐに私を頼ってしまうだろう
幻想郷の連中だって、私のやった事は恨んでいるだろうからね。お前はこれから、お前自身の力で強くなれ
心配するな、たまには顔を出してからかいに来てやるさ」
そういって、魅魔は魔理沙の頭を撫でた
魔理沙の眼に、涙が一杯にたまっている
結果的に幻想郷を救った事になったとはいえ、魅魔は霊夢を操って人間の里を破壊させたのだ
幻想郷の連中は、それを決して忘れないだろう
その記憶が、幻想郷のさらに幻想になるまで、魅魔は旅にでることにした
「まあ、次に会うまでに、その泣き虫は治しておくんだな」
魅魔の身体が中に浮く、名残惜しそうに魔理沙と霊夢を見つめながら
悪霊になってから、初めて魅魔は清清しい気持ちになれた
「凄いわ、あんな怪物を倒すなんて…」
まるで緊張の糸が切れてしまったかのように、アリスは呆然と事態を眺めていた
あれほど圧倒的な力を見せていた暗黒龍を、まるで物ともせずに魅魔は撃ち除けてしまった
これが驚かずに居られるわけが無い
「ああ…、そうだな…」
魔理沙は、アリスの言葉に生返事で答える
魔理沙は何かが引っ掛かっている
慥かに、魔理沙はこのシーンを覚えてはいなかった
魔理沙はこのシーンを記憶の中に封印していたのだ
だったら何故、このシーンを封印していたのだろうか?
暗黒龍は無事に倒され、幻想郷は元の姿に戻り、魅魔は博麗神社への恨みを忘れてしまった
これのどこに、魔理沙が記憶を封印しなければならない要素があるというのか?
(ちょっと、二人とも、何をしているの?
もう時間は3分しか残っていないわよ、すぐに肉体に戻って)
二人の心に、パチュリーの声が聞こえた
見れば、二人ともシルバーコードが先程より激しく光っている
シルバーコードは、もはや切れる寸前である
これ以上、この場所にいては肉体に戻れなくなってしまう
「そうね、分かったわ。魔理沙、急ぎましょう」
そういって、アリスは魔理沙へ手を伸ばした
「あ、ああ………」
しかし、また魔理沙は生返事で答える
魔理沙は、妙な胸騒ぎを覚える
本当に、これはこれで終わりなのだろうか…?
まだ、続きがあるんじゃないだろうか…?
その気持ちが、魔理沙をこの場に釘付けにして動かせなくしていた
「お、終わったのか…」
神社の境内の隅で、様子を伺っていた魔理沙の父は安堵した
…と、同時に寂しさを感じていた
もはや、魔理沙は自分の手の届かない所へ行ってしまった
恐らく、魔理沙は二度と人間の里に戻ってはこないだろう
魔理沙が居なくなれば、もはや自分には何も残っていない
人間の里でも一番の大店と呼ばれる霧雨道具店…その中にしか、彼の居場所はない
魔理沙がいなくなってしまえば、それはただの大きな虚ろの詰まった匣でしかない
しかし、それもやむを得なかった
もはや、二人の心は、もう一度くっつける事ができない程までに遠く離れてしまった
魔理沙にとって、彼はただの血の繋がっただけの男でしかないだろう
お互いに、深く恨んだままでいると思っているだろう
もう、何もかもが遅すぎる
魔理沙には、もう人間の里の日常に戻る事はできないのだ
父親として、彼が魔理沙にしてやれることは、ただ何も言わずにこの場を立ち去る事だけなのだ
魅魔は幻想郷を旅立とうと空に浮かんでいる。魔理沙はそれを追う様に空を見上げている
霊夢は元通りになった境内でお茶を淹れている
もはや、彼はそれを直視できなかった
踵を返し、魔理沙に背を向けようとした
その時―――!?
「グオオオオオ――――――!!!」
突如、境内にけたたましい雄叫びが響き渡った
何がなにやら分からなかったが、その声には聞き覚えがあった
境内に落ちていた暗黒龍の首が動いている
暗黒龍は、完全に死んでは居なかった
最後の力を振り絞り、口を開いた暗黒龍は残った力の全てを一点に集めている
その射線上にいるのは、魅魔を追っていた魔理沙だった
「魔理沙、危ない―――!?」
魅魔が叫ぶ
しかし、魅魔に気を取られていた魔理沙は、暗黒龍が動き出した事への反応が遅れた
暗黒龍の最期の力を込めて集めた極大破壊光線が、魔理沙に向けて放たれた
「―――!?」
「―――!?」
「―――!?」
魅魔が、霊夢が、アリスが、幼い魔理沙と現在の魔理沙が、誰もが呆然としていた
反応の遅れた魔理沙は、暗黒龍の最期の極大破壊光線を、躱す事も防ぐ事もできなかった
しかし、幼い魔理沙は無事だった
暫くの沈黙の元、時間差を生じて誰もがその状況を理解していた
魔理沙の父は、幼い魔理沙を庇い、両手を広げ、仁王立ちになってその全身で暗黒龍の最期の極大破壊光線を受け止めていた
「親父ィィィィ――――――――!!!!!」
「親父ィィィィ――――――――!!!!!」
幼い魔理沙と現在の魔理沙が同時に叫んだ
魔力も何も持っていない普通の人間である父が、これほどの力を浴びる事がどういうことか…
「このぉ―――――――!!!」
魅魔が上空から、魔力の塊を怒り任せにぶつける
激しい爆発と共に、今度こそ暗黒龍は木っ端微塵に吹き飛んだ
しかし、そんなことはどうでもよかった
魔理沙の父親は、まるで崩れ落ちるかのように、その場に倒れこんだ
全身が真っ赤に焼け、傷口も火傷もどれがどれか分からないほどだった
「親父、しっかりしろ、親父―――!!」
魔理沙が必死で父に呼びかける
自分の父が、自分を護る為に盾となった
そのことが、まるで信じられないかのように
それを否定するかのように、魔理沙は叫んだ
「ま、魔理沙…。無事か…」
自らが致命傷といえるダメージを受けていながら、魔理沙の父は魔理沙の身体を心配した
「私は無事だ、だから心配すんな」
魔理沙は何かを言おうとした
どうして自分を助けたのか…?。なのか、それとも、助けてくれてありがとうなのか?
魔理沙は何を言いたいのか分からなくなった
「よ、よかった………」
魔理沙の父は、魔理沙の無事を確認すると、まるで安心したかのように気を失った
「ふざけんじゃねえ!!、何がよかっただ!!
起きろ、目を覚ませ親父―――!!」
魔理沙が父親を激しく揺さぶる
しかし、どうやっても父は目を覚まさない
魔理沙は叫び、涙を流した
どうしようもない怒りと悲しみが、魔理沙を包んだ
「ふざけんな、こんなのってあるかよ―――!!」
「魔理沙、落ち着いて―――!!」
上空では、幽体のアリスが、必死で魔理沙を抑えていた
二人の頭上のシルバーコードは、これ以上に無く激しく光っている
もはや、切れるまでもう微かもない
このままでは、二人とも肉体に戻れなくなってしまう
「離せ、アリス―――!!
ぶん殴ってでも、親父の目を覚ますんだ
こんな結末、冗談じゃねえぜ―――!!」
魔理沙はアリスの手を振りほどこうとしたが、アリスは頑として離さなかった
ここで離してしまえば、魔理沙は確実に神社に降り立っていくだろう
そうなれば、二人は絶対に二度と肉体にもどれなくなってしまう
「やめて、魔理沙。このままでは、肉体に戻れなくなるわよ」
必死でアリスは魔理沙を宥めようとする
シルバーコードの輝きが、一層に増していく
もはや、いつ切れてもおかしくない状況だ
「うるせえ―――!!、そんなの関係あるかよ!
このまま黙って死なせてたまるかよ、離せ、アリス。離してくれ―――!!」
しかし、いくらアリスが宥めても魔理沙は聞かなかった
魔理沙は、こんな結末に納得はできなかった
二人の身体は幽体であり、現世には干渉できない
だから、結末を変える事はできない
それでも、魔理沙は黙っていられなかった
(アリス、もう何を言っても無駄よ。私も強制帰還の魔法を発動するから、何があっても魔理沙を離さないで)
アリスの心に、パチュリーの声が聞こえた
パチュリーはこういう時に備えて、強制帰還の魔法を用意していた
パチュリーの魔法が発動し、二人の幽体が現世に引き戻されていく
「やめろ、パチュリー―――!!
親父が、ちくしょう、離せアリス―――!!」
魔理沙が万力の力でアリスを引き剥がそうとするが、アリスは何がなんでも魔理沙を離さなかった
二人の幽体が光に包まれ、現世に引き戻されていく
「ちくしょう、ふざけんじゃねえ―――!!
勝手に私の事を助けておいて、勝手に死ぬんじゃねえ―――!!
一度も笑いかけた事もないくせに、一度も抱きかかえた事もないくせに…
一度だって、父親らしい事をした事もないくせに…
死ぬなぁ――――!!」
魔理沙がそう叫んだ瞬間、二人の身体は光に包まれ、そして闇に閉ざされた
ありとあらゆる雑音が消え、見る事も、聞く事も、話す事も、何もかもができなくなった
これが、魔理沙の封印された記憶の真実であった………
~人間の里~
魔理沙とアリスは、元の大図書館へと戻ってきていた
パチュリーは何もいわず、二人は紅魔館を後にした
二人の足は、自然と人間の里へと向かっていた
衝撃的な真実を知らされ、魔理沙もアリスも、心の整理がついていなかった
「私は、親父が嫌いだった…」
人間の里へ向かう道すがら、魔理沙が独り言のように呟いた
アリスは返事をせず、ただ黙って聞いていた
「ガキの頃から、一度も笑いかけられた事も、抱かれた事も、頭を撫でられた事もなかった
一日に話すのは、一言か二言で、必要最小限のことしか言わなかった
お袋が死んでから、それはもっと激しくなった
一日中仕事に追われて、家に居る事もほとんどなくなっていた
会話なんて、殆どなくなってた…
きっと、親父も同じように私を嫌っているんだと思っていた…」
「魔理沙…」
思わずアリスは声が漏れた
魔理沙にとって、父は父ではなかった
ただ血が繋がっていて、一緒の家に暮らしているというだけだった
二人で一緒にどこかに出かけた事も無い
ただ同じ場所にいるだけの存在だった
でも、それでも、今の魔理沙には父と暮らしていた日々の事が次々とフラッシュバックしていく
あんなに嫌っていたはずなのに、お互いに、何も理解し合えていなかったはずなのに、どうしてこんなに沢山の思い出が蘇ってくるのか…
「私は親父なんて大嫌いだった。親父だって、きっと同じように思ってると思ってた
…でも、私は親父に救われた。親父は、自分の身体を張って、全てを投げうって私を助けてくれた…
私は、そのことを記憶の中に封印して、心に鍵を掛けて閉じ込めていたんだ…」
目深に被った帽子で、今、魔理沙がどんな顔をしているのかは分からない
だが、きっと泣いているのだろう
「魔理沙、自分を責めないで。貴方のお父様は、貴方の無事を確認して、安心していたわ
きっと貴方が無事だったから喜んでいたのよ」
アリスが言った
しかし、何をいっても慰めにはならないことも分かっていた
「もう、過ぎたことを悔やんでもどうにもならないわ
きちんとお父様を弔って、そして、お礼を言いましょう…」
アリスの言葉に、魔理沙は黙って頷いた
人間の里に入り、魔理沙の足が幾分速くなる
もう何年も来ていなくても、身体はきちんと覚えている
霧雨道具店、昔のまんまの看板、昔のまんまの佇まい
まるで、その一角だけ切り取られたかのように昔のままだった
そういえば、父がいなくなって、店はどうなったのだろう?
父には魔理沙以外に親戚もなかったはずである
誰か、別の人間が店を継いだのだろうか…?
きちんと盛塩もしてあり、商品も陳列している
魔理沙は満を持して、店の中に入って行った
チリンチリン………
魔理沙にとっては数年ぶりにきく懐かしい鈴の音
几帳面に並べられた商品は、きちんと並べられ、分類ごとに分かりやすく陳列されている
魔理沙が飛び出したときと、ほとんど変わっていない風景
懐かしい…そう言っていいであろう感情が、魔理沙の中に生まれる…
柱についている疵、天井のシミ、その店の中の様子の一つ一つが魔理沙を呼んでいる
『ただいま』…そういいかけて、魔理沙はやめた
今日、ここにやって来たのは帰って来たからじゃない
自分自身の過去にけじめをつけるためなのだ
魔理沙は自分の選んだ道を変えることはできない
自分の事を詫びる為に来たのではない。あくまでも、助けられた事に礼を言う為、魔理沙はここにやってきたのだ
店の奥から、人の気配がする。それはやがて、店の方へ近づいてい来る
やってくるのは誰だろうか…?
自分の知らない親戚でもいたのか?、それとも全く知らない人なのであろうか?
やがて、襖が開く音がし、中からこの店の主人顔を出した
「――――!?」
「――――!?」
その人物が顔を出した瞬間、魔理沙もアリスも声を失った
短く刈り込んだ髪に、苦虫を噛み潰したようなしかめっ面、足が不自由なのか車椅子に乗っている
その顔は、二人がよく知っている顔だった
「お前は………」
店の主人が、二人の顔を眺める
まるで、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔になる
次の瞬間、魔理沙は脱兎の如く店を飛び出した
「ま、魔理沙、待ちなさい―――!!」
突然逃げ出した魔理沙を、アリスが追う
店の中から顔を出した主人…
それは、魔理沙の父親、その人だった…
「はぁ…はぁ…」
あまりに突然走り出したために、魔理沙は息を切らせて立ち止まった
アリスも必死にその後を追うが、走るだけなら魔理沙の方が速いのだ
「ま、全く、いきなり逃げ出す事はないでしょう…」
魔理沙が立ち止まり、ようやく追いついたアリスが言った
まるで、幽霊でも見てしまったかのような驚きが二人を包む
幽霊など見慣れているというのに、この慌てぶりはどうだろう?
魔理沙を庇って死んだと思っていた父親が、まさか生きていたなど…
「わぁーっはっはっは―――!!」
突如、二人の背後から大きな笑い声が聞こえてきた
この声は、二人はよく知っている声だ
二人が振り返ると、そこには魔理沙の師匠、魅魔の姿があった
それは、まるで喜劇でも見ているかのように、腹を抱えて大笑いしている
「どういうことだよ、魅魔様―――!!
なんで親父が生きているんだ―――!!」
魔理沙が魅魔を激しく問い詰めるが、魅魔はまるでどこ吹く風でニヤニヤといやらしい笑い顔を見せている
どうやら、こうなる事が分かっていたようだ
「ふふん、お馬鹿だねえ、ちゃんと最後まで見ないからさ
あの場には私もいたんだ、簡単な治癒魔法を施す事くらいはできるさ」
まるで魔理沙の反応を愉しむように、魅魔は言った
あの時、暗黒龍の最後の一撃から魔理沙を庇った父は、瀕死の重傷を負ったものの魅魔が施した回復魔法で命拾いしていたのだ
代償として、下半身は完全に麻痺し歩行能力を失ったものの、九死に一生を得たのだ
「魅魔様、人が悪いぜ、どうせアリスが持ってた魔導書もあんたの物なんだろ…!
親父が無事だった事を分かってたクセに、どうしてわざわざ回りくどいことをするんだ」
魔理沙は魅魔に食い下がるが、当の魅魔は馬耳東風に蛙の面に小便
無論、魅魔はわざとやっているわけだが…
「ふん、それでも、お前があの時の事を記憶の中に封印していたのは事実だろう」
「うう………」
うすら笑いを浮かべて、魅魔が言った
それを言われては、魔理沙は何も言い返せない
慥かに魔理沙は自分自身が父親に命を助けられた事を、忌まわしい記憶として心の奥底に封じ込めていたのだ
言い返せずに言葉に詰まる魔理沙の頭を、魅魔はそっと撫でた
「魔理沙…。もう過去に縛られるのはやめな…
世の中には、自分の気持ちを人に伝えるのが下手くそ人間もいるのさ
たとえ、お前には伝わっていなかったとしても、お前の事を想っていたんだ
お前を助ける為に自分が歩く事が出来なくなったとしても、あの親父さんは後悔なんかしちゃいないさ」
そう言って、魅魔は魔理沙に優しく微笑みかける
魔理沙は泣きそうになるのを必死で堪える
何もかも、魅魔は見通していたのだ
「魔理沙、今、幻想郷で起きている異変も、お前と同じように自分の過去に苦しんでいる者が仕組んだものだ
誰かが、自らが犯した過ちを無かった事にしようとしているのだ
私はこの異変の首謀者を追う。お前も、あの不死のお嬢ちゃん達の力になってやりな」
そういうと、言いたい事だけを言って魅魔は時空転移の魔法でどこかへ行ってしまった
魅魔はこの事件の真相を、何か掴んだのだろうか…?
「魔理沙、これからどうするの…?」
アリスが聞いた
魔理沙は、涙を堪えていた眼をこすりつけ、アリスを振り返った
「決まってるぜ、幻想郷の異変解決は私の仕事だと百年前から決まってるんだ
この異変の黒幕を引っ張り出さなきゃ、私の気はすまないんだぜ」
魔理沙が答えた
この異変に黒幕がいるなら、一発でも殴ってやらなきゃ気がすまない
そいつのせいで、魔理沙は思い出したくないイヤな思い出を思い出さなければならなくなったのだ
魔理沙はアリスの手を取り、永遠亭の跡地へと向かった
ま、悪くないけど。良くもない。
最後に、成長がない。
これからも頑張ってください!
「公認」なんて恥ずかしげもなく…
見所はまずなんと言っても暗黒龍のビーム厨っぷりですな、お前雷とビーム以外ないのかと言いたくなる見事なビーム野郎っぷり。マスタースパークとぶつかり合ったらボタン連打による気合い溜め合戦が始まるのではとハラハラしたぜ!なかったけど
あと親父ーーッ。目の前で回復させんかったんかいとかボディに浴びたのに下半身麻痺かいとか普通一度くらい会う事あるんじゃねとか色々あるけど美味しいとこもっていったね!
次回も期待してます。いやあ、あのガチ巫女様が主役とはどんなインファイト炸裂するやら今から楽しみでならぬ。
文章を読むのが辛かった。