『宵闇白黒』、『宵闇生活』とリンクした話です。
「ん~、ふぁぁ…」
「よ、おはようさん」
おだやかな昼の陽気に包まれて、今日もルーミアは目を覚ます。
猫のように縮こまっていた体を大きく伸ばすと、横からやってきたのは微笑みと寝起きの挨拶。
ルーミアは声のした方を向いて、にっこり笑い返す。
「おはよう魔理沙!」
元気よく挨拶をして、ルーミアの一日は始まるのである。
「さて、飯の用意でもするかな…」
魔理沙にとっては昼食、ルーミアにとっては朝食。
ルーミアが起きるころがちょうどいい時間帯で、たいてい用意は終わっているが、今日は読書に夢中になって時間を忘れていた。
いそいそと準備をし出す魔理沙に、その様子をぼーっと見ていたルーミアが突如声をあげた。
「わたしもお手伝いする!」
「え?」
片手をあげて、是非ともやりたい、と言わんばかりの目でまじまじと魔理沙を見つめるルーミア。いつも魔理沙に食べさせてもらっているのだから、お手伝いくらいしたいのだ。
一方、突然のことに驚く魔理沙だったが、すぐに気を取り直す。
「うーん、それじゃあ頼むよ」
「うん!」
せっかく手伝いたいと言ってくれているのに、無碍にするのは可哀想だ。
にっ、と笑って答えた魔理沙に、ルーミアはとても嬉しそうだった。
「じゃあとりあえず、そのジャガイモ洗ってくれ」
「はーい」
大袈裟に手を挙げたルーミアは、よしっと意気込んで魔理沙に言われた方を見る。
ジャガイモが3個あったが、どれも土がついている。
「よいしょっと」
腕をまくって一個目のジャガイモを掴み、水を張ったたらいの中にそれを入れてごしごし磨く。
土はすぐに落ちた。
「これでいい?」
「ああ、それでいいよ。他のもおんなじように頼む」
「はーい」
鍋に水を入れて温めていた魔理沙は、ルーミアの洗ったジャガイモを受け取り、慣れた手つきで包丁を扱って、芽を取り、皮をむき、まな板の上で切っていく。
その手捌きを、残った二個のジャガイモを洗いながら横で見ていたルーミアは再び、はい、と手を挙げた。
「わたしも切る!」
「え…」
どうやら包丁を使いたいようだが、魔理沙も流石に今回は少々気が引けた。料理経験のないであろうルーミアに包丁を使わせて大丈夫なものだろうか、心配なのだ。
しかし、見つめてくるのはやる気満々の紅い双眸。そのまなざしにおされ、魔理沙は仕方ない、と腹をくくった。
「わかったよ。その代わり、危ないから気をつけて、わたしの言うことをよく聞くんだぞ?」
「うん、わかった!」
にこりと笑顔のルーミアに、魔理沙は内心苦笑した。どうも自分はこの笑顔に弱いらしい。
ともあれ、包丁の使い方を学ばせるのはルーミア自身にとっても有益かもしれない。昼食は遅くなるが、別段午後にすべきこともないので、まあいいだろう。
そんなことを思いつつ、二本目の包丁を渡してルーミアをまな板の前に立たせる。まな板の上には、すでに半分に切られたジャガイモ。
「まずは包丁の持ち方からだ。いいか、こうやって持つんだ」
「こ、こう…?」
魔理沙が示してみせる持ち方を、見よう見まねでならうルーミア。その持ち方は、初めてにもかかわらず存外上手かった。
「お、いいじゃないか。落とさないようにしっかりと持つんだぞ?」
「うん」
包丁の持ち方は合格。しかし問題は次から。
「次は実際に切るけど、まだ一人じゃ無理だろうから…」
「わひゃあ!?」
魔理沙は持っていた包丁を置き、ルーミアの背後にまわって背中越しにルーミアの両方の手を握った。
突然の抱きつかれるような形に驚き、ビクッとするルーミア。自分から抱きつくのはしょっちゅうだが、魔理沙から抱きつかれるのにはあんまり慣れていない。というより、これが初めてかもしれない。
「おいおい、突然ビクつくなんて危ないじゃないか。それに、そんなに体を強張らせちゃ駄目だぞ。まあ初めて使う包丁に緊張するのは分かるけど、そんなに力はいらないんだから抜いて抜いて」
「う、うん…」
体が強張る理由は別にあるのだが、魔理沙は分かっていない。ついでに言うと、耳元で囁かれて顔が赤くなるルーミアだが、魔理沙の目はルーミアの手元に集中しているので気付かない。
「まだ体に力が入ってるな…ほら深呼吸、吸ってー、吐いてー」
「すー、はー」
若干の緊張は残るものの、言われた通りに深呼吸して、無駄な力みはほとんど消えた。
魔理沙もそれが分かったようで、次のステップに移る。
「それじゃあ切るけど、まずはジャガイモを支える手。指先を切らないように猫みたいに丸めるんだ」
「これでいいの?」
「そう、それでいい。まずは手の動かし方を指導してやる。包丁を握る力は緩めるなよ」
そう言って魔理沙は、握ったままでいたルーミアの両手を優しく動かす。丸めた手でジャガイモを支えさせて、もう片方の手で包丁を入れさせる。
ほんのひと押しで、ジャガイモはすとんと切れた。
「結構簡単に切れるんだね」
「ああ、包丁の切れ味はいいからな。さて次は包丁を横に動かすんだが、このときジャガイモを支えている手の方も同じ方向に動かすんだ」
魔理沙は再びルーミアの両手を優しく動かす。同じだけ少しずらして、すとんと切る。
「こうすれば怪我をしない」
「おーそーなのか」
魔理沙に手を動かしてもらいながらではあるが、自分は確かに包丁を使うことができている。
そのことに感動しながら一口大に切り続け、このジャガイモを切り終わった。
「次は一人でやってみるか?」
「やるー!」
元気よく答えると、魔理沙は握っていた手を離し、ルーミアの横に立った。
ルーミアは次のジャガイモを半分に切り、そして一口大に切っていく。すとん、すとんと軽快すぎるくらいに。
「慣れてないのに急ぐと怪我するぞ?」
「大丈夫だいじょーぶ…って、痛っ!」
「そら言わんこっちゃない」
少し調子に乗ってしまって、ルーミアは指先を切ってしまった。痛みで顔をしかめる。
「こ、これくらい大丈夫だよ!」
「そんな痛そうな顔して大丈夫なわけないだろ。ほら、傷口見せてみ?」
強がってみせるルーミアの手を強引に掴んで、傷口を確認した。幸い傷は浅いものの、血がにじんでいる。
魔理沙は、あーあ、とつぶやき、怪我をしたルーミアの指を自らの口元までもっていった。
そして
「――パクッ」
「うひゃあ!?」
咥えた。
突然のことにびっくりして、ルーミアはまたビクッと体を震わせた。
「ん、ああごめん。応急処置のつもりだったけど、くすぐったかったかな?」
「おーきゅー…しょち…?」
「ああ、でもあくまで応急だから、ちゃんと絆創膏貼らないとな。とってくるよ」
魔理沙はそう言って絆創膏を取りにリビングまで行ってしまった。
残されたルーミアは、少し顔を上気させながら、じっと咥えられた指を見ていた。くすぐったかったのはその通りだが、それと同じくらい、いやさらにずっと、恥ずかしかった。
あれこれ考えていたら、魔理沙がすぐに戻って来た。
「一回タオルで拭いてっと。んじゃあ貼るから、じっとしてろよ?」
タオルで水気を取ってもらい、そして絆創膏を貼ってもらった。指の傷口は、これできちんと保護された。
その間もルーミアは何だか頭がぼーっとしていたが、次の魔理沙の言葉ではっと我に帰る。
「調子に乗るから怪我するんだぞ。まだ使い始めたばっかなんだから、慎重にやらないと駄目じゃないか」
「ごめんなさい…」
叱られてしまった。その口調は決してきついものではないが、ルーミアは落ち込んでしまう。
調子に乗って失敗するなんて、たぶんもう包丁は使わせてもらえないだろうな、これじゃあお手伝いできない、そう思った。
しかし
「次からはちゃんと気をつけるんだぞ?」
「え?」
次からは、ということはまたこれからも包丁を使っていいということだ。つまりまだお手伝いもできる。
「まだ包丁使ってもいいの?失敗したのに…」
おそるおそる聞いたルーミアに、魔理沙はにこっと笑ってルーミアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「一度や二度の失敗くらい、誰にだってあるさ。わたしだって何回も切ったことあるしな。とにかく、次からはちゃんと気をつけること。いいな?」
「うん!気をつける!」
そう言いながら、ルーミアは魔理沙に抱きついた。
「うわ!だ、抱きつくなって!」
抱きつかれて慌てる魔理沙に、やっぱり抱きつかれるより抱きつく方がいいなあと思うルーミアなのであった。
「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさま」
あの後ルーミアは頑張って、昼食の「ジャガイモとキノコのスープ」はなんとか出来上がった。包丁で指を切ることも無く、時間はかかったが無事完成である。
そんな料理を平らげ、満足顔のルーミア。ジャガイモの形は魔理沙の切ったそれに比べて歪だったが、それでも苦労した甲斐があっていつもよりおいしく感じられた。
それを感じとったのか、手伝わせてよかったな、と魔理沙は思った。こちらも満足顔で、お皿を片付ける。
そして話を、これからのことに移した。
「なあルーミア。あとで私と一緒に出掛けないか?」
「デート?」
「デートじゃないって…」
即答したルーミアに、がくっと項垂れる魔理沙。以前アリスに仕込まれた言葉がまだ抜けていないらしい。
悩んでも仕方ないので、もうどうにでもなれ、という勢いで魔理沙は話を続けた。
「とにかく、一緒に出掛けようぜ。面白いものたくさん見られると思うし」
「面白いの?じゃあ行きたい!今すぐ行きたい!」
好奇心に火がつき、わくわくした目をしてルーミアは身を乗り出した。
あまりの食いつきの良さに若干たじろぐ魔理沙だったが、とりあえず興味を持ってくれたからいいや、と前向きに考える。
しかし、食べてすぐに行くというのは少しきつい。両掌をルーミアに向けて待つように促す。
「まあまあちょっと落ち着けって。食べたばっかだから少し休憩をだな…」
「えー早くいきたい」
「元気な奴だな…」
食べたらすぐ遊びに行きたがるなんて、自分も小さい頃はこうだったろうかと考えて、魔理沙は苦笑した。妹に自分を重ねるなんてやけに感傷的だな、と心の中でと自分につっこみをいれる。
しかし、ともあれ今は目の前でぶーたれるこの元気な妹を静かにさせることが重要だ。
どうしたもんかと頭を回転させ、そうだ、と思いつく。
「よし、それじゃあ休憩がてら、本を読んでやろう」
「ホント!?」
その一言で、今すぐ出掛けたいと言って聞かなかったルーミアは目の色を変えた。
以前パチュリーから借りた『ヘンゼルとグレーテル』。少しずつ読み進めて、今やルーミアはその面白さにすっかりのめり込んでいたのだ。
あっという間の変わりように、可笑しくてつい頬が緩んだ魔理沙。本を手に取り、しおりを挟んでおいたページを開いてルーミアにも見えるようにする。
「じゃあ続きから行くぞ。『悪い魔法使いをやっつけて、森をさまよっていたヘンゼルとグレーテルは青い鳥を見つけました…』」
「『わ、悪い魔法使いをやっつけて、森をさまよっていた…』」
まだたどたどしくも、一生懸命読み進めるルーミア。ゆっくりと教えられつつ読んでいき、時間はあっという間に経った。
「さて、そろそろ出掛けるか」
「えー続き読みたい」
「おいおい、面白いもの見に行くんだろう?」
「あ、そうだった」
すっかり忘れてた、と言わんばかりの顔をするルーミア。
やれやれ、と思いつつ魔理沙はしおりをはさんで本をパタンと閉じ、そして外に出た。ルーミアもその後ろについてくる。
「さ、行くぞ」
「うん、デート!」
「だからデートじゃないって言ってるのに…」
ちょっと脱力しつつも箒にまたがり、ルーミアもその後ろに乗って魔理沙にしがみつく。
そして二人は宙に浮き、瞬く間に飛んでいった。
鬱蒼とした魔法の森を背にして、その店は建っている。周囲には何もない、ぽつんと静かに佇む一軒家。
「香霖堂」という看板の掛けられたその店には、およそ幻想郷には馴染みのなさそうなよく分からない何かが店先にまで並んでいる。
「ねえ、ここは何?」
「ここはわたしの知り合いがやってる店なんだ。まあとりあえず入ろう。おーい香霖、邪魔するぜ」
ガラッと引き戸を開けて店に入る魔理沙。すると中には店主の森近霖之助と、買い物客であろう二人の少女の姿があった。その少女たちの片方を見て魔理沙の顔色が変わる。
やあいらっしゃい、霖之助は答えるが、それよりも魔理沙は一人の少女に目がいく。そしてその少女の方へずかずかと歩いて行った。
「やいアリス!お前よくもルーミアに変なこと吹き込んでくれたな!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて魔理沙!霊夢も見てないで助けてよ!」
「あんた一体何したのよ?」
「同棲」やら「内縁の妻」やらしょうもない言葉をルーミアに教えたことに怒り、魔理沙は小さな人形を連れた少女アリスの胸ぐらを掴んでがくがくと揺すった。
これはまずい、とアリスは慌てて隣にいる紅白の衣装に身を包んだ少女霊夢に助けを求めるが、面倒事はゴメンだ、と霊夢は見ているだけ。
そうこうしている間にも魔理沙はますますヒートアップしていき、結局最後に見かねた店主がゴホンと大きく咳払いをして止めに入るまでそれは続いた。
「君たち、店では静かにしてもらえないかな?それに魔理沙、君のお連れが困っているみたいだが?」
「あ…」
魔理沙はアリスを掴んでいた手を離し、後ろへ振り返った。
未だに戸の前でつったっていたルーミアが、ぽかんと口を開けていた。
そんなルーミアに真っ先に駆け寄ったのは、意外にも魔理沙ではなくアリスだった。
「あらルーミア!貴女も来てたのね!」
「うわわ!」
嬉々としてルーミアの方まで駆け寄って、勢いよく抱きついた。その勢いが強すぎたのか、ルーミアは少しよろけてしまったが。
そんな光景に、今度は魔理沙が口をぽかんと開けてしまった。
「アリス、お前そんなにルーミアと仲良かったっけ?」
「魔理沙の家とわたしの家は同じ魔法の森にあるから、たまにルーミアが遊びに来るのよ。この前なんてクッキーを焼いてあげたら美味しそうに食べてくれて、可愛いのなんの…」
「えへへ…」
嬉しそうな顔をしながら早口でそう言って、アリスはルーミアの頭をよしよしと撫でる。頭をさする柔らかい感触に、ルーミアはちょっと気恥ずかしそうに笑った。
それを見て、少しむっとした表情になる魔理沙。さらにそれを見て、霊夢はからかうようにニタニタ笑った。
「ふふ、妹を取られて焼きもちかしら、魔理沙お姉ちゃん?」
「そ、そんなんじゃない!…というか、何で霊夢がわたしとルーミアの関係のこと知ってるんだよ?」
「アリスから聞いたのよ。可愛い妹にメロメロな魔理沙お姉ちゃんって。それにしても、あんたがお姉ちゃんねえ。ふふふ…」
「わ、笑うな!…って、何香霖まで笑ってるんだ?」
「す、すまない…でも…くくく…」
小さかった頃の魔理沙を知っている霖之助にとって、お姉ちゃんしている今の魔理沙が非常に面白かったようだ。必死に笑いを堪えるも、思いっきり溢れてしまっている。
「お前ら笑うなー!」
顔を真っ赤にした魔理沙の叫びが、普段はひっそりとしている香霖堂に響き渡った。
しかし霊夢と霖之助はお構いなしに笑い続け、アリスは耳に届いていないのかルーミアとじゃれ続けていた。
「…ふう。まあ笑うのはこれくらいにして、魔理沙」
「何だよ香霖、いきなり真顔になって?」
恨めしくじろっと霖之助の顔を見つつ、ちらっとルーミア達の様子を見た魔理沙。今度は人形で遊んでいるルーミアとアリスだが、別に悔しくもないし焼きもちも焼いていない。
そう自分に確認をとりつつ、再び霖之助の顔を見た。相変わらずの真顔。
その真顔が、ゆっくりと言葉を発し始めた。
「…あんまりこういうことは言いたくないんだが、友人として言わせてもらう。君とあの子の生きる時間はかなり違うぞ?」
「あ、それはわたしも思ったわ」
霖之助の言葉に、霊夢も合わせる。
二人して何が言いたいかというと、要は魔理沙とルーミア、ひいては人間と妖怪の成長の差。魔理沙にとっての一生は、ルーミアにとってはあまりに短いということ。
「半人半妖の僕だって同じことだが、彼女の場合、君がいなくなる頃にもおそらくまだ幼い。あんまり気を寄せすぎると、後がつらいぞ?」
実際問題、霖之助だって多くの人を看取ってきた。幼いころはつらくもあった。
それを黙って聞いていた魔理沙はもうしばらく沈黙を続けていたが、突如口を開いてにっ、と笑った。
「まあ理屈でいえばそうなんだが、まだどうでもいいさ」
「む…?」
「難しいことは後で考える。今はとりあえず、人間魔理沙と妖怪ルーミア、楽しくやってくさ」
「いやしかしだね…」
「もういいじゃないの霖之助さん」
いまいち納得できない、という霖之助に、霊夢が横から止めに入った。
「言い出したら聞かないやつなのよ、こいつは。それに、理屈っぽい男はモテないわよ?」
「むう…」
皮肉交じりの霊夢の言葉に、霖之助は押し黙ってしまった。確かに霊夢の言う通り、魔理沙は言い出したら聞かない頑固者。短くない付き合いで、霖之助も重々承知している。
最終的には霖之助の方が折れた。
「はあ、どうやら僕の方が筋違いのようだ。すまない魔理沙、変なことを言ってしまって」
「いいんだよ。香霖だって、わたしやルーミアのことを想って言ってくれたんだろ?」
まったく気にする様子もなく、魔理沙は両手を頭の後ろに回してにししと笑った。
そして今までの話はまるでなかったかのように、くるっと振り返った。
「アリス!いつまでルーミアにひっついてるんだよ!?」
「ちょっと魔理沙!邪魔しないでよ!」
相変わらずルーミアとアリスが遊んでいて、別に悔しくもないし焼きもちも焼いていないが、何だか気にくわなかったので割って入る魔理沙。
ぎゃーぎゃー言い合う魔理沙とアリスに、何が何だか分からずおろおろするルーミア。
微笑ましい光景に、霊夢はやれやれ、と首を横に振った。
「わたしは帰るわ。じゃあね霖之助さん」
「おや、もう帰るのかい?まだ何も買っていないようだが」
「もともと暇つぶしに冷やかしに来ただけだから。それに、面白いものも見れたからもう十分」
遠慮も無く、ずけずけとそう言って立ち去る霊夢に、霖之助は思わず苦笑した。
そして、帰っていった霊夢にも気付かず、わいわい騒いでいる三人に目を移す。
「やれやれ、店では静かにしてもらいたいんだがなあ…」
止めるのには骨が折れそうだが、平穏を取り戻すためには仕方がない。三人のもとへ歩み寄って、また大きく咳払いをする霖之助だった。
「あはは、変なものがいっぱいだ」
店内に所狭しと陳列されている品々を見て、ルーミアは楽しそうに笑った。
始めてみたものばかりで、どれもこれも興味をそそる。
「ねえ魔理沙、これは何?」
陳列された品物の中から黒くて小さな何かを手に取り、魔理沙に見せる。
魔理沙はそれを受け取って、自分の記憶を辿った。見覚えがある。
「えーっとこれは…そうだ、確かサバイバルナイフだったな」
「サバイバルナイフってナイフのこと?でもそれ柄しか無いよ」
「それはな、こうなってるんだ」
そう言うと魔理沙は、黒い柄に走っている五本の銀色の筋の一本を摘まみ、引っ張り上げた。すると銀色の線に見えていたものが引っ張り出され、半回転して柄の上側に固定された。
「これでナイフの出来上がり」
「おーそーなのか」
「他にも色んな刃があるんだぜ。ほらほら…って、痛っ!」
調子に乗って刃を出していたら、魔理沙はうっかり自分の指先を切ってしまった。うっすらと血がにじんで痛い。
そんな魔理沙の様子を見ていたルーミアは、突然怪我をした方の手を引っ張って口元まで寄せた。
そして
「―――はむっ」
「ひゃああ!?」
咄嗟のことに反応できず、ルーミアのされるままになってしまった魔理沙。くすぐったくて甲高い声をあげる。
それを見て、ルーミアはきしし、といたずらっ子のように笑った。
「さっきのお返しだよ。さ、絆創膏貼らないと」
「ぐう…」
まるで姉のようにそう言って、奥にいる霖之助に絆創膏を貰いに行くルーミアに、悔しそうな顔をする魔理沙。
そしてそんな仲睦まじい姉妹の様子を、怪訝な目で見つめる少女が一人。
「さっきのお返しって、一体ルーミアに何したのよ…」
「何だよアリス…って目怖っ!?」
呪い殺さんばかりの目で睨んでくるアリスに、魔理沙は思わずたじろいだ。怒っているのは明らか、というよりこんな目をして怒るアリスを始めてみた。
尋常ではない危機を感じた魔理沙は、とにかく宥めなければと口を走らせる。
「一体何をしたって、ルーミアがちょっと包丁で指を怪我したから舐めてやっただけだよ。あのときくすぐったそうにしてたから、お返しっていうのはたぶんそのことで…」
「ルーミアが怪我!?だ、大丈夫なんでしょうね!?」
落ち着いてもらおうとして言った言葉であったが、残念なことに逆効果だった。
先ほどとは反対に、今度はアリスが魔理沙の胸ぐらを掴んでがくがく揺する。
「お、落ち着けぇ!ルーミアは元気だったろ!」
興奮しすぎでどうあっても止まりそうにないアリス。
それが止まったのは、ルーミアが奥で霖之助から絆創膏を受け取って戻って来てからだった。
「二人とも何してるの?」
「ああルーミア、何でもないのよ」
呪いの目を引っ込めて、にこやかな目でルーミアに微笑みかけるアリス。
いまいち状況が飲みこめないルーミアは、首をかしげつつもとりあえず絆創膏を魔理沙に渡した。
ようやく解放されてホッとした魔理沙は、ありがとう、と言ってそれを受け取りつつボヤいた。
「アリス。えらくルーミアにご執心のようじゃないか」
「当り前よ!」
魔理沙の言葉に、自信満々といったような口ぶりでアリスは答える。
「わたしは可愛いものを心の底から愛しているのよ!」
胸を張ってそう言いきってみせたアリスに、ある意味ものすごさを感じた魔理沙は、がくっと肩を落とした。
「二人ともさっきから何の話してるの?」
一方まったく状況がつかめないルーミアは、不思議そうにまた首をかしげたのだった。
「お、こんなものがあるのか。おーい香霖、これくれよ」
気を取り直して買い物を再開した魔理沙は、並んでいる品物の中からカラフルで様々な形をしたものが入っている袋を手に取り、霖之助を呼んだ。
呼ばれた霖之助は、店の奥から出てくる。
「ああ、別に買ってくれるのは構わないが、それより魔理沙」
中指でメガネの中央を持ちあげ、すちゃっと直す霖之助。メガネの奥には、若干呆れたような眼差しがあった。
「いいかげん、ツケを払ってくれないか?」
「あ、ああツケね。あはは…」
「愛想笑いしてもごまかされないよ」
「うっ…」
魔理沙はしばしば香霖堂へやって来て、珍しいものを買う。魔法研究用に買ったり、趣味で買ったりと目的は場合によって異なるが、ともあれ滅多に代金を支払わず、ずっとツケていた。
霖之助にしてみれば短い付き合いではないので許容していたが、たまには払ってもらわないと困るのだ。
「ねえアリス、ツケって何?」
「お金をすぐに払わずに後でまとめて払うことよ。でも魔理沙はちゃんとまとめて払ってないみたい。いーいルーミア?あんな大人になっちゃ駄目よ?」
「そーなのか」
後ろから聞こえてくるひそひそ話が耳に痛い。そしてトドメの一撃。
「魔理沙、ちゃんとお金払わないと駄目だよ?」
「ああ分かったよ!払うよ!」
心配そうな目でルーミアに見つめられ、進退窮まった魔理沙は少々ヤケクソ気味に財布からお金を取り出し霖之助に支払う。
「ふむ。まだツケの分には足りてないが、今日はこれでいいよ。少しずつでいいし、お金じゃなくて珍しい道具とかでもいいから、ぼちぼち返してくれよ」
「うう、分かったよ。ところで、これは貰ってもいいのか?」
これ、とは魔理沙が買おうとしていたカラフルなもの。
大事そうに持たれているそれを見て、霖之助はああ、と首を縦に振った。
「ツケも幾分か払ってもらったし、構わないよ。ただし、さっきのお金で買ったということだから、その分払ってもらってないツケは溜まるよ」
「まったく、しっかりしてるぜ…」
悪態をついてみせるが、ともあれ買うことができたので良しとしよう、と自分に言い聞かせる。
ふと気付くと、ルーミアは魔理沙が持つカラフルなそれをまじまじと見ていた。
「これって何なの?」
「まあ、帰ってからのお楽しみだな。というわけで、そろそろ帰ろうか」
「え、もう帰っちゃうの?」
帰ろうとする魔理沙に、残念そうな顔をするアリス。
とは言っても、アリスが残念がるのは魔理沙が行ってしまうからではない。そして魔理沙も、それをよく承知していた。
「…そんなにルーミアと遊びたいんなら、一緒に来るか?」
「え、いいの?」
「お前がいいんなら、まあわたしは構わないぜ。ルーミアもいいか?」
「うん!」
さっきまで残念そうだったアリスの顔は、急激に喜びに満ちたものへと変わった。
そして喜びから来る熱い情念は、ルーミアへと向けられる。
「ルーミア、またいっぱい遊びましょうねー!」
「わわ!」
「おーい一緒に来てもいいとは言ったが誰が抱きしめていいと言ったー?誰が頭撫でてもいいと言ったー?」
熱い情念から導き出された抱擁という帰結のままに、アリスはルーミアをぎゅっと抱きしめる。
しつこいようだが、魔理沙はそれを見ても別に悔しくも無ければ焼きもちも焼いていない。ただ、ルーミアが姉である自分以外とべたべたひっついているのが気にくわないのだ。
また騒がしいことになりそうだったが、それをいち早く察知した霖之助がゴホン、と咳払いしたので二人とも鞘に収めた。
「じゃ、じゃあな香霖、また来るぜ」
「お邪魔しました」
「またね~」
「またのお越しをお待ちしております」
ややわざとらしい挨拶をして、霖之助は三人を見送った。
飛んでいく三つの影が遠くなった頃に、ふと気付く。
「…アリスも何も買ってないな」
霊夢同様、何も買わずに行ってしまった。
「まあ、今日はツケがいくらか帰って来たからいいか」
上機嫌にそう言って、開いたままになっていた店の戸をピシャっと閉めるのだった。
「それで、魔理沙は何を買ったの?」
魔理沙の家に到着して早々、ルーミアが尋ねた。
日は傾き、特に日の光の入りにくい魔法の森は薄暗い。
魔理沙はそれを確かめたうえで、庭先のちょっと開けた場所まで移動する。ルーミアとアリスもそれについて行った。
「アリス、ちょっとバケツに水を汲んで来てくれないか?」
「ええ、分かったわ」
「ねえ、何なの?」
庭に来たり、水を汲んだり、何が何だか分からないルーミア。
そんなルーミアを横に、魔理沙は買ってきた袋の封を切りつつ、にこっと笑う。
「まあ、見ていれば分かるよ。お、アリスも来たみたいだな」
バケツ半分くらいに水を汲んでやって来たアリス。それを確認すると魔理沙は、袋に入っていたカラフルな棒状のものを一本片手で取り出し、そしてもう一方の手でミニ八卦炉を持った。
棒状のものにはひゅるひゅるっと線が付いており、魔理沙はそれにミニ八卦炉で火をつける。すると火はジジジと線を伝い、棒まで届いた。
その瞬間、カラフルな棒の先端からそれは綺麗な火花があふれ出した。
「うわあ…」
それを見て、ルーミアは目を輝かせた。輝く火花。しかも時間が経つにつれ様々な色に変化する。その華麗さに、すっかり目を奪われてしまった。
何度目かの色の後、火花は勢いを失って消えた。
「すごいすごい!」
「久しぶりに見たけど、やっぱり綺麗ね」
喝采するルーミアに、その隣でアリスも目をうっとりとさせていた。
二人の様子に、棒状のものをバケツに入れながら魔理沙は満足げだった。
「どうだ面白いだろ。花火」
「へー花火って言うんだ。すっごく面白い!もっと見せて!」
初めて知った花火というものに興味津々で、まさに子どものような無邪気な顔してせがむルーミア。
とても楽しそうなその顔に、魔理沙もアリスもすっかり顔を緩ませる。
そして魔理沙はまた一本花火を取り出して、今度はルーミアに差し出した。
「よし、次は自分で持ってみな」
「え、いいの?危なくない?」
玩具とはいえ花火は火を使うもの。受け取ったはいいが下手に使ったら危ないんじゃないかとルーミアは心配する。
心配そうなルーミアに、大丈夫、と言ったのはアリスだった。
「わたしが持ち方を教えてあげるわ」
そう言って、アリスはルーミアの後ろに回った。そして片手をルーミアの肩にのせ、もう片方の手で花火を持つ手を支えた。
「火花が落ちてきたら危ないから、上にあげちゃ駄目よ。それに、絶対に人に向けちゃ駄目」
「そーなのか」
親身になって手解きするアリスに、こいつこんなに面倒見よかったっけ、と内心思う魔理沙であったが、まあルーミアが喜んでいるからいいやとも思う。ただ、やっぱりあんまりべたべたひっつかれるのはちょっと面白くないな、と思わないでもない。
そんな感じで色々腹の内に込めつつ、ルーミアの持つ花火の導火線に火をつける。
「わ~」
花火の先端から綺麗な火花が出て、それと同時にルーミアの歓声があがる。
また色とりどりに変化して、そして消える。
「花火が終わったら、水に浸けないと駄目よ。火事になったら大変だからね」
「そーなのかー」
「……」
ルーミアをバケツに誘導する今のアリスは、魔理沙より姉っぽかった。
嫉妬ではないが、もともとルーミアは自分の妹分なんだからどうしても気になる魔理沙。たぶん、嫉妬ではない。
何とかルーミアの気を引けないものか、と花火の袋の中身を眺めると、うってつけのものがあった。
「お~いルーミア、ちょっとこっち見てくれ」
「何?」
アリスの魔法で火をつけてもらいながら、何本目かの花火を楽しんでいたルーミアは、魔理沙に呼ばれて声のした方を見る。
魔理沙は少し離れたところに立っていた。
「よーく見てろよ」
魔理沙はそう言って、横に立ててあった小さな筒状の花火の導火線に火をつける。
すると
ひゅうぅ~~ぱぁん!
「わ~!」
「へへ、これが打ち上げ花火だ。もう一発あるぜ」
ひゅうぅ~~ぱぁん!
「すご~い!」
夜空に咲いた小さくて綺麗な花に心を奪われて、ルーミアは魔理沙の方へ駆けて行った。
その後ろ姿に、あっ、と手を伸ばすアリス。そんなとき、魔理沙からの目線と、それに込められた意志のようなものを感じた。
『そう簡単にルーミアの姉の座は渡さないぜ』
魔理沙が本当にそう思っていたのか、アリスには確かではない。
しかしアリスはそう感じた。女の勘、と片付けられるものかどうか分からない。
ただ唯一心の中ではっきりしているのは、あの白黒魔法使いが最大のライバルであるということだ。
「そっちがその気なら、こっちだって対抗させてもらうわ…あんな可愛い子、魔理沙に独り占めなんてさせない…」
そうつぶやき、花火の袋の中を見る。ルーミアの興味を引き付けられる花火を探す。
「ねずみ花火か、これもいいわね…ルーミア!こっちにも面白い花火があるわよ!」
「え、なになに?」
アリスの呼びかけに、魔理沙のところにいたルーミアは振りかえってそちらへ向かって行った。
あっ、とその後ろ姿に手を伸ばす魔理沙は、アリスからの目線と、それに込められた意志のようなものを感じた。
『絶対にルーミアを独り占めさせはしないわ』
アリスが本当にそう思っていたのか、魔理沙には定かではない。
しかし魔理沙はそう感じた。女の勘、と片付けられるものかどうか分からない。
ただ唯一心の中ではっきりしているのは、あの人形遣いが最大のライバルということだ。
「やるなアリス…でも、わたしだってそうおめおめとは引き下がらないぜ…」
そうつぶやき、魔理沙はまた花火の袋の中から面白そうな花火を探した。
あの後、ロケット花火、煙花火、爆竹、噴水花火など様々な花火を見せ合ってルーミアの気を引こうとしていた魔理沙とアリスであったが、最終的に双方ネタが無くなり、結局今は三人で円になって線香花火をしている。
「ああ、落ちちゃった」
「もっとこうやって持つといいわよ」
「いやいや、こうやって持った方がいいぜ」
ぽとん、とルーミアの線香花火が落ちると、アリスも魔理沙も即座にアドバイスにまわった。
お互い考えていることは同じだなと、両者はにやっと笑って目をあわせる。そこには、花火とは違う火花が散っていた。
「…二人ともさっきから仲がいいね」
「「え?」」
ふとルーミアが発した言葉に、二人一緒にきょとんとした。
魔理沙とアリスの間に立って見ていたルーミアにとって、どうやら二人が仲良しに思えたらしい。
するとルーミアは、魔理沙の服の裾をぎゅっと掴んでアリスを見つめた。
「魔理沙取っちゃ、やだよ?」
「え!?」
照れくさそうに言うルーミアに、アリスは深い衝撃を受けた。
魔理沙を取っちゃやだ、ということはつまりルーミアは魔理沙を自分のものだと思っている。すなわち、ルーミアは魔理沙を誰にも取られたくない姉だと考えていることになる。
アリスの思考回路がそこまで至ったところで、恐る恐る魔理沙の顔を見た。アリスの動揺を察知したのか、勝ち誇った笑みがそこにはあった。
「ねえ、取っちゃやだよ?」
「うぐ…」
すがるような目をするルーミアに、悔しいが認めなければならない、とアリスは思った。
ルーミアの気持ちが第一。彼女が魔理沙を姉だと思うのならば、その気持ちを尊重しなければならない。
「…大丈夫よ、貴女のお姉ちゃんを取ったりはしないわ」
悔しさが混じってはいるものの、何かを納得したような笑顔で、さらさらとルーミアの頭を撫でる。
勝ったな、と魔理沙は思った。アリスには悪いが、そう簡単に姉の座は譲れないのである。
しかし
「ありがと!アリス大好き!」
「え!?」
そう言ってアリスにガバッと抱きついて頬ずりするルーミアに、今度は魔理沙が深い衝撃を受ける。
魔理沙の記憶の中で、ルーミアがあの抱きつき方をしたのは一人しかいない。決して短くない付き合いをしてきたルーミアが、大好きと言いながら抱きついたのは、ただ一人。
魔理沙自身である。
つまりルーミアはアリスのことを、姉と慕う魔理沙と同等に好いている。すなわち、ルーミアにとってアリスもまた姉に等しいと言える。
魔理沙の思考回路がそこまで至ったところで、恐る恐るアリスの顔を見た。魔理沙の動揺を察知したのか、勝ち誇った笑みがそこにはあり、ルーミアの頭を撫で続けていた。
「えへへ、アリス大好き~」
「ぐう…」
アリスに頬をすり寄せるルーミアに、悔しいが認めなければならない、と魔理沙は思った。
ルーミアの気持ちが第一。彼女がアリスのことを魔理沙同様姉だと思うのならば、その気持ちを尊重しなければならない。
魔理沙は黙って、後ろからルーミアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ん…」
二人同時に撫でられ、くすぐったそうにするルーミア。すると彼女は抱きしめていた両腕をアリスから離し、それぞれ魔理沙の手とアリスの手を握った。
「二人とも大好き!」
魔理沙とアリスによる言葉には出ない壮絶な戦いがあったことなど露知らず、二人の手をぎゅっと握ってルーミアは言った。
その明るい顔に、魔理沙もアリスも自分たちを可笑しく思う。
こんな無垢な笑顔を前に、自分たちは何て馬鹿馬鹿しい争いをしていたのだろうと笑えてくる。
実際、笑った。
「ぷっ…くくく…はははははは!」
「ふふ…あはは…あははははは!」
「え、二人とも何で笑ってるの!?」
ルーミアにしてみれば突然笑い出した二人。その間であたふたしている。
しかしながら二人の笑いは止まらず、何が何だか分からないルーミアは、二人の顔を交互にキョロキョロ見ていた。
ひとしきり笑い終わったところで、魔理沙はふぅ、と息をついた。
そう言えば花火をしていたのだが、線香花火もあと少し。他は全部バケツの中だ。
その光景に、ふと霖之助の言葉を思い出す。
(君とあの子の生きる時間はかなり違うぞ、か…)
確かにその通りだ。
人間である自分の一生は、ルーミアのそれに比べて実に短い。言うなれば、儚く散った花火。
アリスと同じように、種族としての魔法使いに変わればその問題は解決されるだろう。しかし、個人的なわけもあってその選択はしない。
(まあ、こればっかりは仕方ないな…)
生を受けたものは皆、迎えなければならないものがある。それが早いか遅いかは、生き物によってまちまちではあるが。
(なら、短いながらも精一杯綺麗に咲かすさ。それこそ、花火のようにな)
よしっと意気込んで、愛しい妹の背中をぽんぽんっと軽く叩いた。
「あー!」
「へ?」
軽く叩くと、聞こえてきたのは悲しそうなルーミアの叫び声。
「ひどいよ魔理沙!せっかく落ちずにいたのに!」
「どうすんのよ、今のが最後の線香花火だったのよ」
「え…あ…」
あちらはあちらで笑いを落ち着かせていたアリスは、どうやらルーミアと最後の線香花火を楽しんでいたらしい。
それを、気付いていなかった自分が背中を叩いたせいで落としてしまった。
「ご、ごめんルーミア!」
「ふーんだ、魔理沙なんか知らない!」
平謝りするも、ルーミアは頬を膨らませてそっぽを向けてしまった。
これは堪らない、と魔理沙は必死に謝る。
「本当にごめん!…そうだ。お詫びに今日の晩ご飯はごちそうにするよ!」
ごちそう、という魅力的な言葉に、そっぽを向けていたルーミアはくるっと振り返った。
「ごちそう!わたしもお手伝いする!」
さっきまでの怒りはどこへやら、目をキラキラと輝かせるルーミア。よだれまで垂れてきそうだった。
一方、横で聞いていたアリスはちょっと心配になる。
「魔理沙に任せておいたらまたルーミアが怪我するかもしれない。わたしも手伝うわ!」
「お前、少し過保護すぎやしないか?」
浅い傷一つ許さない、といったような態度のアリスに呆れる魔理沙だが、ルーミアは喜んでいた。
「アリスも一緒に作ろ!それで今日は三人で一緒に食べて、一緒にお風呂入って、一緒に寝よ!」
「おいちょっと待て。一緒に寝るって、お前は夜中飛び回ってから寝るんだから一緒には寝れないじゃないか」
「だからまず魔理沙とアリスが一緒に寝て、その後わたしが入るの」
「い、嫌よ。ルーミアならともかく、何で魔理沙なんかと一緒に寝なくちゃいけないのよ」
「こ、こっちこそ願い下げだぜ!」
魔理沙の家の庭で、三人はまたわいわいと騒ぐ。迷惑をかけるご近所さんもいないから、気兼ね無くはしゃぐことができる。
花火のごとく儚いかもしれないが、花火のように華やかで楽しい。そんな時間を、彼女たちは過ごしていたのだった。
「ん~、ふぁぁ…」
「よ、おはようさん」
おだやかな昼の陽気に包まれて、今日もルーミアは目を覚ます。
猫のように縮こまっていた体を大きく伸ばすと、横からやってきたのは微笑みと寝起きの挨拶。
ルーミアは声のした方を向いて、にっこり笑い返す。
「おはよう魔理沙!」
元気よく挨拶をして、ルーミアの一日は始まるのである。
「さて、飯の用意でもするかな…」
魔理沙にとっては昼食、ルーミアにとっては朝食。
ルーミアが起きるころがちょうどいい時間帯で、たいてい用意は終わっているが、今日は読書に夢中になって時間を忘れていた。
いそいそと準備をし出す魔理沙に、その様子をぼーっと見ていたルーミアが突如声をあげた。
「わたしもお手伝いする!」
「え?」
片手をあげて、是非ともやりたい、と言わんばかりの目でまじまじと魔理沙を見つめるルーミア。いつも魔理沙に食べさせてもらっているのだから、お手伝いくらいしたいのだ。
一方、突然のことに驚く魔理沙だったが、すぐに気を取り直す。
「うーん、それじゃあ頼むよ」
「うん!」
せっかく手伝いたいと言ってくれているのに、無碍にするのは可哀想だ。
にっ、と笑って答えた魔理沙に、ルーミアはとても嬉しそうだった。
「じゃあとりあえず、そのジャガイモ洗ってくれ」
「はーい」
大袈裟に手を挙げたルーミアは、よしっと意気込んで魔理沙に言われた方を見る。
ジャガイモが3個あったが、どれも土がついている。
「よいしょっと」
腕をまくって一個目のジャガイモを掴み、水を張ったたらいの中にそれを入れてごしごし磨く。
土はすぐに落ちた。
「これでいい?」
「ああ、それでいいよ。他のもおんなじように頼む」
「はーい」
鍋に水を入れて温めていた魔理沙は、ルーミアの洗ったジャガイモを受け取り、慣れた手つきで包丁を扱って、芽を取り、皮をむき、まな板の上で切っていく。
その手捌きを、残った二個のジャガイモを洗いながら横で見ていたルーミアは再び、はい、と手を挙げた。
「わたしも切る!」
「え…」
どうやら包丁を使いたいようだが、魔理沙も流石に今回は少々気が引けた。料理経験のないであろうルーミアに包丁を使わせて大丈夫なものだろうか、心配なのだ。
しかし、見つめてくるのはやる気満々の紅い双眸。そのまなざしにおされ、魔理沙は仕方ない、と腹をくくった。
「わかったよ。その代わり、危ないから気をつけて、わたしの言うことをよく聞くんだぞ?」
「うん、わかった!」
にこりと笑顔のルーミアに、魔理沙は内心苦笑した。どうも自分はこの笑顔に弱いらしい。
ともあれ、包丁の使い方を学ばせるのはルーミア自身にとっても有益かもしれない。昼食は遅くなるが、別段午後にすべきこともないので、まあいいだろう。
そんなことを思いつつ、二本目の包丁を渡してルーミアをまな板の前に立たせる。まな板の上には、すでに半分に切られたジャガイモ。
「まずは包丁の持ち方からだ。いいか、こうやって持つんだ」
「こ、こう…?」
魔理沙が示してみせる持ち方を、見よう見まねでならうルーミア。その持ち方は、初めてにもかかわらず存外上手かった。
「お、いいじゃないか。落とさないようにしっかりと持つんだぞ?」
「うん」
包丁の持ち方は合格。しかし問題は次から。
「次は実際に切るけど、まだ一人じゃ無理だろうから…」
「わひゃあ!?」
魔理沙は持っていた包丁を置き、ルーミアの背後にまわって背中越しにルーミアの両方の手を握った。
突然の抱きつかれるような形に驚き、ビクッとするルーミア。自分から抱きつくのはしょっちゅうだが、魔理沙から抱きつかれるのにはあんまり慣れていない。というより、これが初めてかもしれない。
「おいおい、突然ビクつくなんて危ないじゃないか。それに、そんなに体を強張らせちゃ駄目だぞ。まあ初めて使う包丁に緊張するのは分かるけど、そんなに力はいらないんだから抜いて抜いて」
「う、うん…」
体が強張る理由は別にあるのだが、魔理沙は分かっていない。ついでに言うと、耳元で囁かれて顔が赤くなるルーミアだが、魔理沙の目はルーミアの手元に集中しているので気付かない。
「まだ体に力が入ってるな…ほら深呼吸、吸ってー、吐いてー」
「すー、はー」
若干の緊張は残るものの、言われた通りに深呼吸して、無駄な力みはほとんど消えた。
魔理沙もそれが分かったようで、次のステップに移る。
「それじゃあ切るけど、まずはジャガイモを支える手。指先を切らないように猫みたいに丸めるんだ」
「これでいいの?」
「そう、それでいい。まずは手の動かし方を指導してやる。包丁を握る力は緩めるなよ」
そう言って魔理沙は、握ったままでいたルーミアの両手を優しく動かす。丸めた手でジャガイモを支えさせて、もう片方の手で包丁を入れさせる。
ほんのひと押しで、ジャガイモはすとんと切れた。
「結構簡単に切れるんだね」
「ああ、包丁の切れ味はいいからな。さて次は包丁を横に動かすんだが、このときジャガイモを支えている手の方も同じ方向に動かすんだ」
魔理沙は再びルーミアの両手を優しく動かす。同じだけ少しずらして、すとんと切る。
「こうすれば怪我をしない」
「おーそーなのか」
魔理沙に手を動かしてもらいながらではあるが、自分は確かに包丁を使うことができている。
そのことに感動しながら一口大に切り続け、このジャガイモを切り終わった。
「次は一人でやってみるか?」
「やるー!」
元気よく答えると、魔理沙は握っていた手を離し、ルーミアの横に立った。
ルーミアは次のジャガイモを半分に切り、そして一口大に切っていく。すとん、すとんと軽快すぎるくらいに。
「慣れてないのに急ぐと怪我するぞ?」
「大丈夫だいじょーぶ…って、痛っ!」
「そら言わんこっちゃない」
少し調子に乗ってしまって、ルーミアは指先を切ってしまった。痛みで顔をしかめる。
「こ、これくらい大丈夫だよ!」
「そんな痛そうな顔して大丈夫なわけないだろ。ほら、傷口見せてみ?」
強がってみせるルーミアの手を強引に掴んで、傷口を確認した。幸い傷は浅いものの、血がにじんでいる。
魔理沙は、あーあ、とつぶやき、怪我をしたルーミアの指を自らの口元までもっていった。
そして
「――パクッ」
「うひゃあ!?」
咥えた。
突然のことにびっくりして、ルーミアはまたビクッと体を震わせた。
「ん、ああごめん。応急処置のつもりだったけど、くすぐったかったかな?」
「おーきゅー…しょち…?」
「ああ、でもあくまで応急だから、ちゃんと絆創膏貼らないとな。とってくるよ」
魔理沙はそう言って絆創膏を取りにリビングまで行ってしまった。
残されたルーミアは、少し顔を上気させながら、じっと咥えられた指を見ていた。くすぐったかったのはその通りだが、それと同じくらい、いやさらにずっと、恥ずかしかった。
あれこれ考えていたら、魔理沙がすぐに戻って来た。
「一回タオルで拭いてっと。んじゃあ貼るから、じっとしてろよ?」
タオルで水気を取ってもらい、そして絆創膏を貼ってもらった。指の傷口は、これできちんと保護された。
その間もルーミアは何だか頭がぼーっとしていたが、次の魔理沙の言葉ではっと我に帰る。
「調子に乗るから怪我するんだぞ。まだ使い始めたばっかなんだから、慎重にやらないと駄目じゃないか」
「ごめんなさい…」
叱られてしまった。その口調は決してきついものではないが、ルーミアは落ち込んでしまう。
調子に乗って失敗するなんて、たぶんもう包丁は使わせてもらえないだろうな、これじゃあお手伝いできない、そう思った。
しかし
「次からはちゃんと気をつけるんだぞ?」
「え?」
次からは、ということはまたこれからも包丁を使っていいということだ。つまりまだお手伝いもできる。
「まだ包丁使ってもいいの?失敗したのに…」
おそるおそる聞いたルーミアに、魔理沙はにこっと笑ってルーミアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「一度や二度の失敗くらい、誰にだってあるさ。わたしだって何回も切ったことあるしな。とにかく、次からはちゃんと気をつけること。いいな?」
「うん!気をつける!」
そう言いながら、ルーミアは魔理沙に抱きついた。
「うわ!だ、抱きつくなって!」
抱きつかれて慌てる魔理沙に、やっぱり抱きつかれるより抱きつく方がいいなあと思うルーミアなのであった。
「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさま」
あの後ルーミアは頑張って、昼食の「ジャガイモとキノコのスープ」はなんとか出来上がった。包丁で指を切ることも無く、時間はかかったが無事完成である。
そんな料理を平らげ、満足顔のルーミア。ジャガイモの形は魔理沙の切ったそれに比べて歪だったが、それでも苦労した甲斐があっていつもよりおいしく感じられた。
それを感じとったのか、手伝わせてよかったな、と魔理沙は思った。こちらも満足顔で、お皿を片付ける。
そして話を、これからのことに移した。
「なあルーミア。あとで私と一緒に出掛けないか?」
「デート?」
「デートじゃないって…」
即答したルーミアに、がくっと項垂れる魔理沙。以前アリスに仕込まれた言葉がまだ抜けていないらしい。
悩んでも仕方ないので、もうどうにでもなれ、という勢いで魔理沙は話を続けた。
「とにかく、一緒に出掛けようぜ。面白いものたくさん見られると思うし」
「面白いの?じゃあ行きたい!今すぐ行きたい!」
好奇心に火がつき、わくわくした目をしてルーミアは身を乗り出した。
あまりの食いつきの良さに若干たじろぐ魔理沙だったが、とりあえず興味を持ってくれたからいいや、と前向きに考える。
しかし、食べてすぐに行くというのは少しきつい。両掌をルーミアに向けて待つように促す。
「まあまあちょっと落ち着けって。食べたばっかだから少し休憩をだな…」
「えー早くいきたい」
「元気な奴だな…」
食べたらすぐ遊びに行きたがるなんて、自分も小さい頃はこうだったろうかと考えて、魔理沙は苦笑した。妹に自分を重ねるなんてやけに感傷的だな、と心の中でと自分につっこみをいれる。
しかし、ともあれ今は目の前でぶーたれるこの元気な妹を静かにさせることが重要だ。
どうしたもんかと頭を回転させ、そうだ、と思いつく。
「よし、それじゃあ休憩がてら、本を読んでやろう」
「ホント!?」
その一言で、今すぐ出掛けたいと言って聞かなかったルーミアは目の色を変えた。
以前パチュリーから借りた『ヘンゼルとグレーテル』。少しずつ読み進めて、今やルーミアはその面白さにすっかりのめり込んでいたのだ。
あっという間の変わりように、可笑しくてつい頬が緩んだ魔理沙。本を手に取り、しおりを挟んでおいたページを開いてルーミアにも見えるようにする。
「じゃあ続きから行くぞ。『悪い魔法使いをやっつけて、森をさまよっていたヘンゼルとグレーテルは青い鳥を見つけました…』」
「『わ、悪い魔法使いをやっつけて、森をさまよっていた…』」
まだたどたどしくも、一生懸命読み進めるルーミア。ゆっくりと教えられつつ読んでいき、時間はあっという間に経った。
「さて、そろそろ出掛けるか」
「えー続き読みたい」
「おいおい、面白いもの見に行くんだろう?」
「あ、そうだった」
すっかり忘れてた、と言わんばかりの顔をするルーミア。
やれやれ、と思いつつ魔理沙はしおりをはさんで本をパタンと閉じ、そして外に出た。ルーミアもその後ろについてくる。
「さ、行くぞ」
「うん、デート!」
「だからデートじゃないって言ってるのに…」
ちょっと脱力しつつも箒にまたがり、ルーミアもその後ろに乗って魔理沙にしがみつく。
そして二人は宙に浮き、瞬く間に飛んでいった。
鬱蒼とした魔法の森を背にして、その店は建っている。周囲には何もない、ぽつんと静かに佇む一軒家。
「香霖堂」という看板の掛けられたその店には、およそ幻想郷には馴染みのなさそうなよく分からない何かが店先にまで並んでいる。
「ねえ、ここは何?」
「ここはわたしの知り合いがやってる店なんだ。まあとりあえず入ろう。おーい香霖、邪魔するぜ」
ガラッと引き戸を開けて店に入る魔理沙。すると中には店主の森近霖之助と、買い物客であろう二人の少女の姿があった。その少女たちの片方を見て魔理沙の顔色が変わる。
やあいらっしゃい、霖之助は答えるが、それよりも魔理沙は一人の少女に目がいく。そしてその少女の方へずかずかと歩いて行った。
「やいアリス!お前よくもルーミアに変なこと吹き込んでくれたな!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて魔理沙!霊夢も見てないで助けてよ!」
「あんた一体何したのよ?」
「同棲」やら「内縁の妻」やらしょうもない言葉をルーミアに教えたことに怒り、魔理沙は小さな人形を連れた少女アリスの胸ぐらを掴んでがくがくと揺すった。
これはまずい、とアリスは慌てて隣にいる紅白の衣装に身を包んだ少女霊夢に助けを求めるが、面倒事はゴメンだ、と霊夢は見ているだけ。
そうこうしている間にも魔理沙はますますヒートアップしていき、結局最後に見かねた店主がゴホンと大きく咳払いをして止めに入るまでそれは続いた。
「君たち、店では静かにしてもらえないかな?それに魔理沙、君のお連れが困っているみたいだが?」
「あ…」
魔理沙はアリスを掴んでいた手を離し、後ろへ振り返った。
未だに戸の前でつったっていたルーミアが、ぽかんと口を開けていた。
そんなルーミアに真っ先に駆け寄ったのは、意外にも魔理沙ではなくアリスだった。
「あらルーミア!貴女も来てたのね!」
「うわわ!」
嬉々としてルーミアの方まで駆け寄って、勢いよく抱きついた。その勢いが強すぎたのか、ルーミアは少しよろけてしまったが。
そんな光景に、今度は魔理沙が口をぽかんと開けてしまった。
「アリス、お前そんなにルーミアと仲良かったっけ?」
「魔理沙の家とわたしの家は同じ魔法の森にあるから、たまにルーミアが遊びに来るのよ。この前なんてクッキーを焼いてあげたら美味しそうに食べてくれて、可愛いのなんの…」
「えへへ…」
嬉しそうな顔をしながら早口でそう言って、アリスはルーミアの頭をよしよしと撫でる。頭をさする柔らかい感触に、ルーミアはちょっと気恥ずかしそうに笑った。
それを見て、少しむっとした表情になる魔理沙。さらにそれを見て、霊夢はからかうようにニタニタ笑った。
「ふふ、妹を取られて焼きもちかしら、魔理沙お姉ちゃん?」
「そ、そんなんじゃない!…というか、何で霊夢がわたしとルーミアの関係のこと知ってるんだよ?」
「アリスから聞いたのよ。可愛い妹にメロメロな魔理沙お姉ちゃんって。それにしても、あんたがお姉ちゃんねえ。ふふふ…」
「わ、笑うな!…って、何香霖まで笑ってるんだ?」
「す、すまない…でも…くくく…」
小さかった頃の魔理沙を知っている霖之助にとって、お姉ちゃんしている今の魔理沙が非常に面白かったようだ。必死に笑いを堪えるも、思いっきり溢れてしまっている。
「お前ら笑うなー!」
顔を真っ赤にした魔理沙の叫びが、普段はひっそりとしている香霖堂に響き渡った。
しかし霊夢と霖之助はお構いなしに笑い続け、アリスは耳に届いていないのかルーミアとじゃれ続けていた。
「…ふう。まあ笑うのはこれくらいにして、魔理沙」
「何だよ香霖、いきなり真顔になって?」
恨めしくじろっと霖之助の顔を見つつ、ちらっとルーミア達の様子を見た魔理沙。今度は人形で遊んでいるルーミアとアリスだが、別に悔しくもないし焼きもちも焼いていない。
そう自分に確認をとりつつ、再び霖之助の顔を見た。相変わらずの真顔。
その真顔が、ゆっくりと言葉を発し始めた。
「…あんまりこういうことは言いたくないんだが、友人として言わせてもらう。君とあの子の生きる時間はかなり違うぞ?」
「あ、それはわたしも思ったわ」
霖之助の言葉に、霊夢も合わせる。
二人して何が言いたいかというと、要は魔理沙とルーミア、ひいては人間と妖怪の成長の差。魔理沙にとっての一生は、ルーミアにとってはあまりに短いということ。
「半人半妖の僕だって同じことだが、彼女の場合、君がいなくなる頃にもおそらくまだ幼い。あんまり気を寄せすぎると、後がつらいぞ?」
実際問題、霖之助だって多くの人を看取ってきた。幼いころはつらくもあった。
それを黙って聞いていた魔理沙はもうしばらく沈黙を続けていたが、突如口を開いてにっ、と笑った。
「まあ理屈でいえばそうなんだが、まだどうでもいいさ」
「む…?」
「難しいことは後で考える。今はとりあえず、人間魔理沙と妖怪ルーミア、楽しくやってくさ」
「いやしかしだね…」
「もういいじゃないの霖之助さん」
いまいち納得できない、という霖之助に、霊夢が横から止めに入った。
「言い出したら聞かないやつなのよ、こいつは。それに、理屈っぽい男はモテないわよ?」
「むう…」
皮肉交じりの霊夢の言葉に、霖之助は押し黙ってしまった。確かに霊夢の言う通り、魔理沙は言い出したら聞かない頑固者。短くない付き合いで、霖之助も重々承知している。
最終的には霖之助の方が折れた。
「はあ、どうやら僕の方が筋違いのようだ。すまない魔理沙、変なことを言ってしまって」
「いいんだよ。香霖だって、わたしやルーミアのことを想って言ってくれたんだろ?」
まったく気にする様子もなく、魔理沙は両手を頭の後ろに回してにししと笑った。
そして今までの話はまるでなかったかのように、くるっと振り返った。
「アリス!いつまでルーミアにひっついてるんだよ!?」
「ちょっと魔理沙!邪魔しないでよ!」
相変わらずルーミアとアリスが遊んでいて、別に悔しくもないし焼きもちも焼いていないが、何だか気にくわなかったので割って入る魔理沙。
ぎゃーぎゃー言い合う魔理沙とアリスに、何が何だか分からずおろおろするルーミア。
微笑ましい光景に、霊夢はやれやれ、と首を横に振った。
「わたしは帰るわ。じゃあね霖之助さん」
「おや、もう帰るのかい?まだ何も買っていないようだが」
「もともと暇つぶしに冷やかしに来ただけだから。それに、面白いものも見れたからもう十分」
遠慮も無く、ずけずけとそう言って立ち去る霊夢に、霖之助は思わず苦笑した。
そして、帰っていった霊夢にも気付かず、わいわい騒いでいる三人に目を移す。
「やれやれ、店では静かにしてもらいたいんだがなあ…」
止めるのには骨が折れそうだが、平穏を取り戻すためには仕方がない。三人のもとへ歩み寄って、また大きく咳払いをする霖之助だった。
「あはは、変なものがいっぱいだ」
店内に所狭しと陳列されている品々を見て、ルーミアは楽しそうに笑った。
始めてみたものばかりで、どれもこれも興味をそそる。
「ねえ魔理沙、これは何?」
陳列された品物の中から黒くて小さな何かを手に取り、魔理沙に見せる。
魔理沙はそれを受け取って、自分の記憶を辿った。見覚えがある。
「えーっとこれは…そうだ、確かサバイバルナイフだったな」
「サバイバルナイフってナイフのこと?でもそれ柄しか無いよ」
「それはな、こうなってるんだ」
そう言うと魔理沙は、黒い柄に走っている五本の銀色の筋の一本を摘まみ、引っ張り上げた。すると銀色の線に見えていたものが引っ張り出され、半回転して柄の上側に固定された。
「これでナイフの出来上がり」
「おーそーなのか」
「他にも色んな刃があるんだぜ。ほらほら…って、痛っ!」
調子に乗って刃を出していたら、魔理沙はうっかり自分の指先を切ってしまった。うっすらと血がにじんで痛い。
そんな魔理沙の様子を見ていたルーミアは、突然怪我をした方の手を引っ張って口元まで寄せた。
そして
「―――はむっ」
「ひゃああ!?」
咄嗟のことに反応できず、ルーミアのされるままになってしまった魔理沙。くすぐったくて甲高い声をあげる。
それを見て、ルーミアはきしし、といたずらっ子のように笑った。
「さっきのお返しだよ。さ、絆創膏貼らないと」
「ぐう…」
まるで姉のようにそう言って、奥にいる霖之助に絆創膏を貰いに行くルーミアに、悔しそうな顔をする魔理沙。
そしてそんな仲睦まじい姉妹の様子を、怪訝な目で見つめる少女が一人。
「さっきのお返しって、一体ルーミアに何したのよ…」
「何だよアリス…って目怖っ!?」
呪い殺さんばかりの目で睨んでくるアリスに、魔理沙は思わずたじろいだ。怒っているのは明らか、というよりこんな目をして怒るアリスを始めてみた。
尋常ではない危機を感じた魔理沙は、とにかく宥めなければと口を走らせる。
「一体何をしたって、ルーミアがちょっと包丁で指を怪我したから舐めてやっただけだよ。あのときくすぐったそうにしてたから、お返しっていうのはたぶんそのことで…」
「ルーミアが怪我!?だ、大丈夫なんでしょうね!?」
落ち着いてもらおうとして言った言葉であったが、残念なことに逆効果だった。
先ほどとは反対に、今度はアリスが魔理沙の胸ぐらを掴んでがくがく揺する。
「お、落ち着けぇ!ルーミアは元気だったろ!」
興奮しすぎでどうあっても止まりそうにないアリス。
それが止まったのは、ルーミアが奥で霖之助から絆創膏を受け取って戻って来てからだった。
「二人とも何してるの?」
「ああルーミア、何でもないのよ」
呪いの目を引っ込めて、にこやかな目でルーミアに微笑みかけるアリス。
いまいち状況が飲みこめないルーミアは、首をかしげつつもとりあえず絆創膏を魔理沙に渡した。
ようやく解放されてホッとした魔理沙は、ありがとう、と言ってそれを受け取りつつボヤいた。
「アリス。えらくルーミアにご執心のようじゃないか」
「当り前よ!」
魔理沙の言葉に、自信満々といったような口ぶりでアリスは答える。
「わたしは可愛いものを心の底から愛しているのよ!」
胸を張ってそう言いきってみせたアリスに、ある意味ものすごさを感じた魔理沙は、がくっと肩を落とした。
「二人ともさっきから何の話してるの?」
一方まったく状況がつかめないルーミアは、不思議そうにまた首をかしげたのだった。
「お、こんなものがあるのか。おーい香霖、これくれよ」
気を取り直して買い物を再開した魔理沙は、並んでいる品物の中からカラフルで様々な形をしたものが入っている袋を手に取り、霖之助を呼んだ。
呼ばれた霖之助は、店の奥から出てくる。
「ああ、別に買ってくれるのは構わないが、それより魔理沙」
中指でメガネの中央を持ちあげ、すちゃっと直す霖之助。メガネの奥には、若干呆れたような眼差しがあった。
「いいかげん、ツケを払ってくれないか?」
「あ、ああツケね。あはは…」
「愛想笑いしてもごまかされないよ」
「うっ…」
魔理沙はしばしば香霖堂へやって来て、珍しいものを買う。魔法研究用に買ったり、趣味で買ったりと目的は場合によって異なるが、ともあれ滅多に代金を支払わず、ずっとツケていた。
霖之助にしてみれば短い付き合いではないので許容していたが、たまには払ってもらわないと困るのだ。
「ねえアリス、ツケって何?」
「お金をすぐに払わずに後でまとめて払うことよ。でも魔理沙はちゃんとまとめて払ってないみたい。いーいルーミア?あんな大人になっちゃ駄目よ?」
「そーなのか」
後ろから聞こえてくるひそひそ話が耳に痛い。そしてトドメの一撃。
「魔理沙、ちゃんとお金払わないと駄目だよ?」
「ああ分かったよ!払うよ!」
心配そうな目でルーミアに見つめられ、進退窮まった魔理沙は少々ヤケクソ気味に財布からお金を取り出し霖之助に支払う。
「ふむ。まだツケの分には足りてないが、今日はこれでいいよ。少しずつでいいし、お金じゃなくて珍しい道具とかでもいいから、ぼちぼち返してくれよ」
「うう、分かったよ。ところで、これは貰ってもいいのか?」
これ、とは魔理沙が買おうとしていたカラフルなもの。
大事そうに持たれているそれを見て、霖之助はああ、と首を縦に振った。
「ツケも幾分か払ってもらったし、構わないよ。ただし、さっきのお金で買ったということだから、その分払ってもらってないツケは溜まるよ」
「まったく、しっかりしてるぜ…」
悪態をついてみせるが、ともあれ買うことができたので良しとしよう、と自分に言い聞かせる。
ふと気付くと、ルーミアは魔理沙が持つカラフルなそれをまじまじと見ていた。
「これって何なの?」
「まあ、帰ってからのお楽しみだな。というわけで、そろそろ帰ろうか」
「え、もう帰っちゃうの?」
帰ろうとする魔理沙に、残念そうな顔をするアリス。
とは言っても、アリスが残念がるのは魔理沙が行ってしまうからではない。そして魔理沙も、それをよく承知していた。
「…そんなにルーミアと遊びたいんなら、一緒に来るか?」
「え、いいの?」
「お前がいいんなら、まあわたしは構わないぜ。ルーミアもいいか?」
「うん!」
さっきまで残念そうだったアリスの顔は、急激に喜びに満ちたものへと変わった。
そして喜びから来る熱い情念は、ルーミアへと向けられる。
「ルーミア、またいっぱい遊びましょうねー!」
「わわ!」
「おーい一緒に来てもいいとは言ったが誰が抱きしめていいと言ったー?誰が頭撫でてもいいと言ったー?」
熱い情念から導き出された抱擁という帰結のままに、アリスはルーミアをぎゅっと抱きしめる。
しつこいようだが、魔理沙はそれを見ても別に悔しくも無ければ焼きもちも焼いていない。ただ、ルーミアが姉である自分以外とべたべたひっついているのが気にくわないのだ。
また騒がしいことになりそうだったが、それをいち早く察知した霖之助がゴホン、と咳払いしたので二人とも鞘に収めた。
「じゃ、じゃあな香霖、また来るぜ」
「お邪魔しました」
「またね~」
「またのお越しをお待ちしております」
ややわざとらしい挨拶をして、霖之助は三人を見送った。
飛んでいく三つの影が遠くなった頃に、ふと気付く。
「…アリスも何も買ってないな」
霊夢同様、何も買わずに行ってしまった。
「まあ、今日はツケがいくらか帰って来たからいいか」
上機嫌にそう言って、開いたままになっていた店の戸をピシャっと閉めるのだった。
「それで、魔理沙は何を買ったの?」
魔理沙の家に到着して早々、ルーミアが尋ねた。
日は傾き、特に日の光の入りにくい魔法の森は薄暗い。
魔理沙はそれを確かめたうえで、庭先のちょっと開けた場所まで移動する。ルーミアとアリスもそれについて行った。
「アリス、ちょっとバケツに水を汲んで来てくれないか?」
「ええ、分かったわ」
「ねえ、何なの?」
庭に来たり、水を汲んだり、何が何だか分からないルーミア。
そんなルーミアを横に、魔理沙は買ってきた袋の封を切りつつ、にこっと笑う。
「まあ、見ていれば分かるよ。お、アリスも来たみたいだな」
バケツ半分くらいに水を汲んでやって来たアリス。それを確認すると魔理沙は、袋に入っていたカラフルな棒状のものを一本片手で取り出し、そしてもう一方の手でミニ八卦炉を持った。
棒状のものにはひゅるひゅるっと線が付いており、魔理沙はそれにミニ八卦炉で火をつける。すると火はジジジと線を伝い、棒まで届いた。
その瞬間、カラフルな棒の先端からそれは綺麗な火花があふれ出した。
「うわあ…」
それを見て、ルーミアは目を輝かせた。輝く火花。しかも時間が経つにつれ様々な色に変化する。その華麗さに、すっかり目を奪われてしまった。
何度目かの色の後、火花は勢いを失って消えた。
「すごいすごい!」
「久しぶりに見たけど、やっぱり綺麗ね」
喝采するルーミアに、その隣でアリスも目をうっとりとさせていた。
二人の様子に、棒状のものをバケツに入れながら魔理沙は満足げだった。
「どうだ面白いだろ。花火」
「へー花火って言うんだ。すっごく面白い!もっと見せて!」
初めて知った花火というものに興味津々で、まさに子どものような無邪気な顔してせがむルーミア。
とても楽しそうなその顔に、魔理沙もアリスもすっかり顔を緩ませる。
そして魔理沙はまた一本花火を取り出して、今度はルーミアに差し出した。
「よし、次は自分で持ってみな」
「え、いいの?危なくない?」
玩具とはいえ花火は火を使うもの。受け取ったはいいが下手に使ったら危ないんじゃないかとルーミアは心配する。
心配そうなルーミアに、大丈夫、と言ったのはアリスだった。
「わたしが持ち方を教えてあげるわ」
そう言って、アリスはルーミアの後ろに回った。そして片手をルーミアの肩にのせ、もう片方の手で花火を持つ手を支えた。
「火花が落ちてきたら危ないから、上にあげちゃ駄目よ。それに、絶対に人に向けちゃ駄目」
「そーなのか」
親身になって手解きするアリスに、こいつこんなに面倒見よかったっけ、と内心思う魔理沙であったが、まあルーミアが喜んでいるからいいやとも思う。ただ、やっぱりあんまりべたべたひっつかれるのはちょっと面白くないな、と思わないでもない。
そんな感じで色々腹の内に込めつつ、ルーミアの持つ花火の導火線に火をつける。
「わ~」
花火の先端から綺麗な火花が出て、それと同時にルーミアの歓声があがる。
また色とりどりに変化して、そして消える。
「花火が終わったら、水に浸けないと駄目よ。火事になったら大変だからね」
「そーなのかー」
「……」
ルーミアをバケツに誘導する今のアリスは、魔理沙より姉っぽかった。
嫉妬ではないが、もともとルーミアは自分の妹分なんだからどうしても気になる魔理沙。たぶん、嫉妬ではない。
何とかルーミアの気を引けないものか、と花火の袋の中身を眺めると、うってつけのものがあった。
「お~いルーミア、ちょっとこっち見てくれ」
「何?」
アリスの魔法で火をつけてもらいながら、何本目かの花火を楽しんでいたルーミアは、魔理沙に呼ばれて声のした方を見る。
魔理沙は少し離れたところに立っていた。
「よーく見てろよ」
魔理沙はそう言って、横に立ててあった小さな筒状の花火の導火線に火をつける。
すると
ひゅうぅ~~ぱぁん!
「わ~!」
「へへ、これが打ち上げ花火だ。もう一発あるぜ」
ひゅうぅ~~ぱぁん!
「すご~い!」
夜空に咲いた小さくて綺麗な花に心を奪われて、ルーミアは魔理沙の方へ駆けて行った。
その後ろ姿に、あっ、と手を伸ばすアリス。そんなとき、魔理沙からの目線と、それに込められた意志のようなものを感じた。
『そう簡単にルーミアの姉の座は渡さないぜ』
魔理沙が本当にそう思っていたのか、アリスには確かではない。
しかしアリスはそう感じた。女の勘、と片付けられるものかどうか分からない。
ただ唯一心の中ではっきりしているのは、あの白黒魔法使いが最大のライバルであるということだ。
「そっちがその気なら、こっちだって対抗させてもらうわ…あんな可愛い子、魔理沙に独り占めなんてさせない…」
そうつぶやき、花火の袋の中を見る。ルーミアの興味を引き付けられる花火を探す。
「ねずみ花火か、これもいいわね…ルーミア!こっちにも面白い花火があるわよ!」
「え、なになに?」
アリスの呼びかけに、魔理沙のところにいたルーミアは振りかえってそちらへ向かって行った。
あっ、とその後ろ姿に手を伸ばす魔理沙は、アリスからの目線と、それに込められた意志のようなものを感じた。
『絶対にルーミアを独り占めさせはしないわ』
アリスが本当にそう思っていたのか、魔理沙には定かではない。
しかし魔理沙はそう感じた。女の勘、と片付けられるものかどうか分からない。
ただ唯一心の中ではっきりしているのは、あの人形遣いが最大のライバルということだ。
「やるなアリス…でも、わたしだってそうおめおめとは引き下がらないぜ…」
そうつぶやき、魔理沙はまた花火の袋の中から面白そうな花火を探した。
あの後、ロケット花火、煙花火、爆竹、噴水花火など様々な花火を見せ合ってルーミアの気を引こうとしていた魔理沙とアリスであったが、最終的に双方ネタが無くなり、結局今は三人で円になって線香花火をしている。
「ああ、落ちちゃった」
「もっとこうやって持つといいわよ」
「いやいや、こうやって持った方がいいぜ」
ぽとん、とルーミアの線香花火が落ちると、アリスも魔理沙も即座にアドバイスにまわった。
お互い考えていることは同じだなと、両者はにやっと笑って目をあわせる。そこには、花火とは違う火花が散っていた。
「…二人ともさっきから仲がいいね」
「「え?」」
ふとルーミアが発した言葉に、二人一緒にきょとんとした。
魔理沙とアリスの間に立って見ていたルーミアにとって、どうやら二人が仲良しに思えたらしい。
するとルーミアは、魔理沙の服の裾をぎゅっと掴んでアリスを見つめた。
「魔理沙取っちゃ、やだよ?」
「え!?」
照れくさそうに言うルーミアに、アリスは深い衝撃を受けた。
魔理沙を取っちゃやだ、ということはつまりルーミアは魔理沙を自分のものだと思っている。すなわち、ルーミアは魔理沙を誰にも取られたくない姉だと考えていることになる。
アリスの思考回路がそこまで至ったところで、恐る恐る魔理沙の顔を見た。アリスの動揺を察知したのか、勝ち誇った笑みがそこにはあった。
「ねえ、取っちゃやだよ?」
「うぐ…」
すがるような目をするルーミアに、悔しいが認めなければならない、とアリスは思った。
ルーミアの気持ちが第一。彼女が魔理沙を姉だと思うのならば、その気持ちを尊重しなければならない。
「…大丈夫よ、貴女のお姉ちゃんを取ったりはしないわ」
悔しさが混じってはいるものの、何かを納得したような笑顔で、さらさらとルーミアの頭を撫でる。
勝ったな、と魔理沙は思った。アリスには悪いが、そう簡単に姉の座は譲れないのである。
しかし
「ありがと!アリス大好き!」
「え!?」
そう言ってアリスにガバッと抱きついて頬ずりするルーミアに、今度は魔理沙が深い衝撃を受ける。
魔理沙の記憶の中で、ルーミアがあの抱きつき方をしたのは一人しかいない。決して短くない付き合いをしてきたルーミアが、大好きと言いながら抱きついたのは、ただ一人。
魔理沙自身である。
つまりルーミアはアリスのことを、姉と慕う魔理沙と同等に好いている。すなわち、ルーミアにとってアリスもまた姉に等しいと言える。
魔理沙の思考回路がそこまで至ったところで、恐る恐るアリスの顔を見た。魔理沙の動揺を察知したのか、勝ち誇った笑みがそこにはあり、ルーミアの頭を撫で続けていた。
「えへへ、アリス大好き~」
「ぐう…」
アリスに頬をすり寄せるルーミアに、悔しいが認めなければならない、と魔理沙は思った。
ルーミアの気持ちが第一。彼女がアリスのことを魔理沙同様姉だと思うのならば、その気持ちを尊重しなければならない。
魔理沙は黙って、後ろからルーミアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ん…」
二人同時に撫でられ、くすぐったそうにするルーミア。すると彼女は抱きしめていた両腕をアリスから離し、それぞれ魔理沙の手とアリスの手を握った。
「二人とも大好き!」
魔理沙とアリスによる言葉には出ない壮絶な戦いがあったことなど露知らず、二人の手をぎゅっと握ってルーミアは言った。
その明るい顔に、魔理沙もアリスも自分たちを可笑しく思う。
こんな無垢な笑顔を前に、自分たちは何て馬鹿馬鹿しい争いをしていたのだろうと笑えてくる。
実際、笑った。
「ぷっ…くくく…はははははは!」
「ふふ…あはは…あははははは!」
「え、二人とも何で笑ってるの!?」
ルーミアにしてみれば突然笑い出した二人。その間であたふたしている。
しかしながら二人の笑いは止まらず、何が何だか分からないルーミアは、二人の顔を交互にキョロキョロ見ていた。
ひとしきり笑い終わったところで、魔理沙はふぅ、と息をついた。
そう言えば花火をしていたのだが、線香花火もあと少し。他は全部バケツの中だ。
その光景に、ふと霖之助の言葉を思い出す。
(君とあの子の生きる時間はかなり違うぞ、か…)
確かにその通りだ。
人間である自分の一生は、ルーミアのそれに比べて実に短い。言うなれば、儚く散った花火。
アリスと同じように、種族としての魔法使いに変わればその問題は解決されるだろう。しかし、個人的なわけもあってその選択はしない。
(まあ、こればっかりは仕方ないな…)
生を受けたものは皆、迎えなければならないものがある。それが早いか遅いかは、生き物によってまちまちではあるが。
(なら、短いながらも精一杯綺麗に咲かすさ。それこそ、花火のようにな)
よしっと意気込んで、愛しい妹の背中をぽんぽんっと軽く叩いた。
「あー!」
「へ?」
軽く叩くと、聞こえてきたのは悲しそうなルーミアの叫び声。
「ひどいよ魔理沙!せっかく落ちずにいたのに!」
「どうすんのよ、今のが最後の線香花火だったのよ」
「え…あ…」
あちらはあちらで笑いを落ち着かせていたアリスは、どうやらルーミアと最後の線香花火を楽しんでいたらしい。
それを、気付いていなかった自分が背中を叩いたせいで落としてしまった。
「ご、ごめんルーミア!」
「ふーんだ、魔理沙なんか知らない!」
平謝りするも、ルーミアは頬を膨らませてそっぽを向けてしまった。
これは堪らない、と魔理沙は必死に謝る。
「本当にごめん!…そうだ。お詫びに今日の晩ご飯はごちそうにするよ!」
ごちそう、という魅力的な言葉に、そっぽを向けていたルーミアはくるっと振り返った。
「ごちそう!わたしもお手伝いする!」
さっきまでの怒りはどこへやら、目をキラキラと輝かせるルーミア。よだれまで垂れてきそうだった。
一方、横で聞いていたアリスはちょっと心配になる。
「魔理沙に任せておいたらまたルーミアが怪我するかもしれない。わたしも手伝うわ!」
「お前、少し過保護すぎやしないか?」
浅い傷一つ許さない、といったような態度のアリスに呆れる魔理沙だが、ルーミアは喜んでいた。
「アリスも一緒に作ろ!それで今日は三人で一緒に食べて、一緒にお風呂入って、一緒に寝よ!」
「おいちょっと待て。一緒に寝るって、お前は夜中飛び回ってから寝るんだから一緒には寝れないじゃないか」
「だからまず魔理沙とアリスが一緒に寝て、その後わたしが入るの」
「い、嫌よ。ルーミアならともかく、何で魔理沙なんかと一緒に寝なくちゃいけないのよ」
「こ、こっちこそ願い下げだぜ!」
魔理沙の家の庭で、三人はまたわいわいと騒ぐ。迷惑をかけるご近所さんもいないから、気兼ね無くはしゃぐことができる。
花火のごとく儚いかもしれないが、花火のように華やかで楽しい。そんな時間を、彼女たちは過ごしていたのだった。
幼女って本当にいいものですね
相変わらずルーミアは可愛いが、同時に魔理沙おねーちゃんとアリスお姉さんが仲良すぎて和むw
あと1作あるとのことで楽しみです。
しかし、先生!サービスシーンがなくても、姉妹愛・家族愛として楽しめているユーザーがここにちゃんといることを
お伝えします!(挙手)彼女らは「顔を真っ赤にしながら」とか「心臓がバクバクしながら」とか
そんなことしないで、もっとさりげなく、しょっちゅう抱きしめあったり、くっついたりしてもいいんじゃないかと...思いました。
ベタだと思いましたが、そこが良いんですね
もうこの三人、家族にしちゃってよくない?