神霊すまう、地中の奥。
はるか昔から存在していたそこはやや重苦しく、また荘厳な空気が漂っている。
換気もなく、そこの空間だけ他の場所と切り離されているような。人によってはそんな感覚すら感じられるだろう。
静かなる大祀廟。そこにぽつんと佇む人物が一人。
「うん……ん、あいたた」
それが彼女、豊聡耳神子である。何やら痛がっているようだが、それは無理もない。
先程千何百年ぶりの復活を遂げた彼女であったが、復活した瞬間やって来た巫女に出くわしやや一方的な弾幕ごっこによって敗れたのである。
神子としては弾幕なんぞ使ったことなかったので、見よう見まねで撃ったらやけに大きい球が出たり、レーザーを発射したり、果てにはぐるぐる弾幕自体を回せたりした。
彼女は常人とは段違いの才能があるのである。
ただ、場数と経験が無かっただけのことだ。
「なんということ。私としたことが、あの人間に迷惑をかけてしまったのね」
私を倒して私は伝説になる、とあの場はそう言ったものの、改めて考えると動機がおかしい。
私を倒せとはどんな判断だ。マゾヒストか私は。
自然と頬が赤くなるのを両手で押さえつつ、神子は後であの巫女……博麗霊夢に謝りに行こうと決心したのだった。
欲一つ目の誕生である。
◆◆◆欲まみれの神霊廟◆◆◆
「さて、さてさて。私も復活出来たんだし、きっと他の人も復活したということでしょう」
ずれ落ちていた耳当てを付けつつ、神子は早速辺りを探そうとする。
確か先程の弾幕ごっこの際、たまたまではあるが眠っていた布都と屠自古を召還出来たのだ。
とはいっても戦いの最中だったので、話しかけることは出来なかったのだが。
だが、布都や屠自古からは自分への強い思念を感じられた。となれば、すぐに会えるだろう。
そう思った矢先、神子の上からふわーりとあやふやな思念が降りてきた。懐かしい空気である。
「だーれだー」
「ふわわ!? ……こ、こほん。久しぶりですね、屠自古」
「あはははー。お久しぶり、太子様」
ひやーっとした冷気が神子の背中に伝わり、思わず変な声をあげてしまった。
そんな悪戯をした彼女こそ、蘇我屠自古である。端的に言うと彼女は幽霊であり、神子の側近の一人である。
幽霊なのに復活、というのはややおかしい話ではあるが、彼女を使役している布都もきっと目覚めているだろう。
とりあえず儀式の成功に安堵しつつも、神子は軽く棒で叩くそぶりをした。
棒は勿論当たらないように目の前で止めるが、屠自古はひゃあと身を震わせた。一応反省はしているらしい。
「会って早々驚かすのは、さすがに私でも怒りますよ?」
「ごめんなさいー。なんていっても、私幽霊ですから」
「……まあ、君もいつも通りで安心しました。ところで、布都は何処に」
『太子様、太子様ー!? どこへ、どこへ落ちたんですかー!?』
「まだ上空にいるよ」
「何放っているんですか君は。普通は布都と一緒に来るものでしょ」
「布都が涙目になりながら勝手に飛び出していったんだもの。私は止めたんだよ、一応」
「……どんな風に?」
「太子様は弾幕ごっこの後だし、もしかしたらぼろぼろで一歩も動けないかもしれないけど、まあ心配せずいこうよーって言った」
「火に油を注いでらっしゃる!?」
この屠自古、どこか自由である。所在無くさまよう幽霊らしいといえばらしいのだが。
とはいえ、このまま探し回る布都を放っておくことは出来ないので、屠自古へ簡単に命令することにした。
「まあ、確かに私もちょっとしんどいし……屠自古、呼んできてくれますか?」
「やってやんよー!」
元気な声をあげつつひゅーんと飛んでいく屠自古を見ながら、神子は一息つく。
会ったら何を話そうか。いや、話す前に布都がまくし立てるのかもしれない。それとも、それ以外の何かが起きるのかもしれない。
考えれば考えるだけ欲がぽんぽん出てくる気がしたので、とりあえず屠自古が帰ってくるまで瞑想することにしたのだった。
数分後、二つの影が神子の前に降り立ってくる。
一人は飄々とし、もう一人はやや緊張した面持ちのようだ。
「太子様、連れてきたよー」
「おお、そうですか。屠自古、ご苦労様です」
「やってやったよー」
ふよんふよん浮かぶ屠自古を撫でつつ、神子は布都を見る。
物部布都。烏帽子を頭に被りつつ、白くひらひらとした単を身に纏っている少女である。
本人は戸解仙を自称しており、人間か仙人か曖昧な立場を保っている。少なくともその実態を知っている者はいない。
とはいえ、種族は知らねど神子にとっては大事な一人である。付き合いも大分長い以上、下手に取り繕う必要もないはずだ。
結局普段通りに接することにした。
「布都、久しいですね。さっきはいきなり戦わせてしまいましたが、怪我はありませんでしたか?」
「……」
「布都?」
うつむき加減にしている布都を見つつ、どうしたのだろうと首を傾げる神子。
普段なら自分の命を――例え、神子の野望のために千何百年眠ることになったとしても――太子様のためにと喜んで引き受けてくれたのだ。
どうしたものかと屠自古をちらと見ると、どうやら泣き真似をしているようだ。慰めてやれということだろうか。
自分を見つける少し前まで、必死に探してくれていたのだ。そのひたむきさに思わずぎゅっとしたくなるが、ここは我慢である。
我慢する代わりに布都の烏帽子を外した上で、頭を撫でることにした。
「た、太子様。何を……?」
「やっと喋ってくれました。君の声を聞くと落ち着くんですよ」
「あ、や。た、たいしさま……」
「布都、また泣いちゃうー?」
「わ、我は泣いてなんかない! 屠自古、人聞きの悪いことを言うでないぞ!?」
「あはははー」
さっきのだんまりが一転、布都は怒りながら屠自古をぐりぐり。しかし、物理攻撃は屠自古には効果がないようだ。
取った烏帽子を手に持ちながら、神子はくすっと微笑む。
復活したとはいえ、眠る前の自分たちと全く変わらないのだ。ふとすれば、まるで眠っていないような錯覚すら覚えてしまう。
これならばきっと、ここでの生活も上手くやっていける。そう思った矢先、今度は背後から気配を感じた。
勿論、これまでで見知った気配である。
「うふふ。どうやら目が覚めたみたいですね、豊聡耳様」
「おーぅー。あれが私の守ってた人か? せいがー」
「そうですよ。ちゃんと守れたんで、いいこいいこしてあげましょう」
「わーい」
現れたのは神子にとって軍師ともいえる存在、霍青娥である。その後ろには、見たことがない新顔の姿。
随身保命の札が額に張り付いており、腕をぴんと伸ばしているところを見ると、どうやら中華系妖怪の代表ことキョンシーであることが分かる。
きっと彼女が手駒として使っていたのだろう。
「ええ、きちんと目覚めることが出来ました。して、そちらは?」
「無事に目覚めることが出来て何よりです。ええ、この子は私が使役しているキョンシーで、宮古芳香といいますわ」
「そうだ、私が宮古芳香なるものぞー。ん? せいが、この人の名前はなんて言うんだ?」
「この方は、豊聡耳神子っていうのよ。私の大事な方なの」
「と、とと。とよさーとみみ、の?」
「ふふふ、芳香にはちょっと難しい名前かしら。神子様で大丈夫ですよ」
「縮めるとみみみ様?」
「まあまあ。芳香はかわいらしい略称つけるの得意ですね。撫でてあげましょう」
「えへへー」
……どうやら、相当かわいがっているらしい。
青娥は昔から何かと常人は興味ないであろう、不思議なものに執心する癖があるのは神子も知っていたのだが、今回の芳香は特に気に入っているようだ。
そんな二人の仲睦まじいやりとりを見る中、神子はふと思う。
「(そういえば、私にはこういう相手はいないんだよなあ)」
布都と屠自古。青娥と芳香。
この二人組は実に息があっているようで、主の神子としても鼻が高い。
だが、自分はどうだろう。神子は確かに格も品もあり、この四人だけではなく、大勢の民から尊敬を受けていた存在でもある。
高尚すぎるが上に、心を許せる友もまたいないのだ。
別に、決して二人組を作りたいわけではない。だが、何かこうむずむずしてくるのだ。
「(私にも、ああいう風にじゃれることが出来る相手がいたらな)」
二つ目の欲がぽんと飛び出る。
「(上っ面だけではなく、心の底まで許せる相手がいればな)」
三つ目の欲も出てきた。
考えれば考えるだけ、欲しか出てこない。
なんとしたものだろう。人の持つ欲は確かに全て理解出来るものの、自分の中から出づる欲はよく分からないものだ。
神子は自然と言いようもない寂しさと、ちょっとしたうずうず感に襲われていたのである。
簡単に言えば人肌ほしいよー、ということだ。
「これ、屠自古。太子様の前だぞ、我に恥をかかせるではない」
「布都が完璧だとつまらないじゃない。多少失敗した方が、きっと太子様もかわいがれると思うよー?」
「おぬし……いや、何も言うまい。太子様、我はどうすればいいのでしょうか」
「ん……そうですね。私は布都がそばにいてくれるだけでも、大変心強いと思いますよ」
「もったいなきお言葉。太子様が復活したこれからも、しっかり太子様の心の支えになりましょう」
また、上っ面だけのことを言ってしまった気がする。
言いながら少し、自分のことが嫌になってしまう。事務的な対応に慣れてしまったからだろうか、いまいち素直になれない。
神子だって今は少女なのだ。知らない人は誰もいないという偉人とはいえ、年相応のことはしたい。
ぽんと、また欲が一つ生まれた。
そんな中、所在なさげにぶらぶらしていた屠自古が、言葉を選びつつ話しかけてきた。
「大変だねえ、太子様」
「どうかしました? 屠自古」
「太子様、実はいっぱいしたいことがあるでしょう」
「!? な、何を言いますか」
「隠さないの。私だってほら、そんな思い詰めた太子様の顔見たくないし、復活記念にぱーっと解放してもいいんだよ?」
屠自古に感づかれるほど、自分は浮かない顔をしていたのだろうか。
神子は頬をもにもに摘みながら、少し考えてみる。
屠自古の提案は確かに魅力的だ。自分の欲求をこれでもかというくらい満たし、またそれをも超える喜びを得られるだろう。
だが、欲の流れるがままにしていいのだろうか。
今まで封じ込めてた欲をここに来て解放するのは、やや抵抗がある。
しかし、いざ考え出してしまうとああしたい、こうしたいという欲が首をもたげてくるのも事実。
逆立った髪もぴこぴこするくらい、神子は葛藤しているのである。偉い人は立場が色々難しいのだ。
そんな迷える彼女に、今度は布都が声をかけてくる。
「太子様」
「は、はい。どうしましたか布都?」
「……仮にそうなったとしても、我は見ておりませぬ!」
「え、ええ?」
「はい! 太子様が我をなでなでしたいとか、ぎ、ぎゅーってしたいとか、よ、よ、夜のお世話とかもしてほしいとか頼んだとしても、太子様は欲にまみれてはいません! 決して!」
「布都……」
それは、君がしたいことじゃない?
そう神子は思ったが、折角布都がなけなしの勇気を出してまで進言したのだ。ここは飛鳥時代の流行であったアルカイックスマイル級の笑顔でお茶を濁す。
問題は言い終わった布都が顔を真っ赤にしながら床で言っちゃったぁぁと悶えていることだが、まあ些細なことだろう。自業自得でもあるし。
ともあれ、これで決心がついた。彼女の羞恥プレイを無駄にしないためにも、ここで踏ん切りをつけないといけない。
神子はこほんと一つ咳をすると、周りに向かってゆっくりと号令を始めた。
「そうですね。私も……変わらないといけません」
「太子様、すると」
「いや、変わりたい。私だって……体の温かさが欲しいんです!」
「まあ……豊聡耳様ったら、そんな……」
体と聞いて青娥がぽっと顔を赤らめる。恐らく、彼女にしか分からない何かがあるのだろう。
だが、皆は何かしらの反応を見せてくれた。少なくとも興味は示してくれたようである。
屠自古はおお、と小さく声をあげると、ちょっとだけ困った顔をした。
布都はまだよく分かっていないらしく、中空と見つめているようだ。
芳香は青娥が顔を赤くしているのを気にしているらしく、その赤に染まった頬をはむはむしていた。
なおその後、仕草にきゅんとした青娥に熱烈なハグにあっていたのは言うまでもない。
確かな手応えを感じつつ、神子は布都を例にすることにした。
「布都、ちょっといいですか?」
「は、はあ。一体なんでしs」
ぎゅうー。
「し、ししししょうか!? たたた!?」
「ああ……布都、君はとっても温かいわ。これが、人の体温なんですね」
「ひゃああ……! た、たいしさま! おたわ、おたわむれをー!?」
なでなですりすりもふもふ。
今まで封じられていた欲を、布都の体へと解放する。
その感触に、神子は大きな衝撃を覚えた。何故今まで手を出さなかったのが不思議なくらいである。
布都の女らしい柔らかさ、ぷにぷにの布都もも、突然のことで対応出来ずに恥じらう表情。
その全てが、神子の心を根本から潤してくれる。乾いた心に、今まで感じなかった慈愛が生まれていく。
周りの視線など気にせずに、立場上今まであまり触ったことのない布都を夢中で堪能するのだった。
「……とと、少しかわいがりすぎてしまいました。大丈夫ですか?」
しばらくした後、ようやく神子が布都を解放した。こころなしか血行が良くなった気がする。
肝心の布都は神子の胸の中で、きゅうと完全にくたびれてしまっていた。だが、心なしかどこか嬉しそうにも見える。
神子は確かに賢いのだが、代わりに少し不器用なのだった。
「すっかり骨抜きになってしまってますね。豊聡耳様」
「おー。私と同じ感じになったのか? 神子様の力とは凄いんだな!」
「勿論ですよ。私の惚れ込んだ人ですもの、強くないわけがないんですよ? 芳香」
「なるほど、強くてかっこいいというわけだな! せいがの愛人なのも分かるかもしれないぞ」
「やだもう芳香ったらー!」
やだやだと芳香の帽子をぺちぺちする青娥。しかし満更でもないらしいご様子。
しかし、神子はまだまだ満足していなかった。数百年もの眠りは、欲を甚大なものまで育て上げていたのだった。
「青娥。その、もっと」
「ええ、豊聡耳様の好きにしても大丈夫です。ただし、他の人にマークされない程度の範囲でお願いしますね」
「じゃあ、バレないならおなかいっぱい甘味を食べてもいいと」
「いいですよ。黒蜜おだんご雨あられ。今なら誰もお咎めしません」
「じゃあ、じゃあ女の子らしい服を着たとしても……!?」
「勿論構いません。豊聡耳様ならふっりふりのかわいらしい服でもとてもお似合いになると思いますよ」
「じゃあ、芳香を貸し出してくれるのは」
「それはダメです」
「そうですか……」
「あ、えっと。……私と豊聡耳様二人で共有なら、まあ許してもいいですけど」
「本当ですか! ありがとう青娥!」
「あ……っ。は、はい」
神子の屈託のない女の子らしい表情に、青娥も思わずどきっとしてしまった。
普段は穏やかな表情を保ったままなのだが、今の彼女はまさに外見相応のかわいらしい少女。
これがギャップというものなのかと、あらゆることに経験豊富な青娥でさえ少しきゅんとしてしまったのだった。
「ああ、どうしましょう青娥。私……今とってもわくわくしてます!」
ほんとに、もう。
本当に、私を飽きさせてくれませんね。豊聡耳様。
そう青娥が感嘆する中、屠自古がやや不安そうな顔で近づいていく。
未だに夢見心地な布都を一瞥しつつ、神子にすがるようにまとわりついた。
「わわわ。どうしました、屠自古」
「太子様ー。私には体の暖かさというものがありませんー。幽霊ですし!」
「ああ、なるほど。暖かさが欲しいのですか?」
「んーんん。私は別にこのままでいいと思うけどー……」
ちら、ちら。
「ああ、はい。撫でてほしいんですね」
「さすが太子様、分かってらっしゃる! ささ、どうぞどうぞ」
そう言いながら頭を差し出す屠自古に、神子は優しく応えてやる。ちょっとしたことなら経験上簡単に見抜くことが出来るのだ。
どうやら単純に甘えたかっただけらしい。気楽な幽霊は色々出来る以上、欲が少ないのだろう。
ともあれ、屠自古のほわほわーとした笑顔は神子を満足させるには十分すぎたのだった。
「なあせいがー」
「どうしました? おなかでも空きました? それともどこか外れちゃいました?」
「いいやー。せいがにとって私はあったかいのかなーって」
「芳香。あなたは近くにいてくれるだけでも、私の中に仄かな暖かさを与えてくれるんですよ」
「そーぉかー。私はせいがが作ったんだし、せいがはお母さんみたいなものだからな!」
「きゃーもー芳香ったらー!」
因みに、この二人は欲とは無縁である。
それはさておき、神子は布都を抱きつつ地上へと目を向ける。
身に屠自古をまといながら、腕には布都を抱きながら、傍に青娥と芳香を従えながら。
まさに両手に花やら団子やら抱えた状態で、神子は一言言う。
「行きましょう、地上へ」
復活したのも、大いなる目的があるのだ。
この幻想郷に来た以上、決して忘れてはならないことがある。
それを確かめんとばかりに、彼女は高らかに宣言したのだった。
「幻想郷で、女の子を満喫しに行きましょう!」
最後の意気込みが幻想郷の女の子の抱き心地を確かめに行くように聞こえてしょうがないww
みんなかわいすぎる
やってやんよの破壊力は色んな意味でズバ抜けてますよね!
神霊廟組のSSがもっと増えればいいなぁ
生きていれば欲なんていくらでも出てきまさあね。
とりあえず私も、もっと神霊廟SSが読みたい、と欲をぶちまけておきます。
可愛いSSでした。
後書きの聖でやられたwwwwwwww