夜の森の中、人間には立ち入ることのできない世界。
数々の動植物が生息する闇の世界。そしてそこは、妖怪の世界でもある。
「うー最近冷えてきたなー」
宵闇の妖怪ルーミアは、そうつぶやきながら夜の闇の中をふよふよ飛んでいた。
夏が過ぎ、夜の空気は途端に冷やかになった。ぶるぶると体を震わせる。
「新しいねぐらを見つけないとなー」
基本的に気の赴くままにあちこち飛んでいるので、どこか一か所をねぐらとするわけではない。行く先々で適当な場所を見つけて、そこで眠る。
特に今は少し寒い。少なくとも雨風を避けられる場所を見つけなければ風邪をひいてしまう。
「まあいいや、たぶんその内…あだっ!」
飛んでいたら、木に正面衝突してしまった。
ルーミアは新月の夜を除いては、大抵自身の周りに闇を張り巡らせる。自身ですら何も見えなくなるほどに。
したがって前が見えずに、木にぶつかってしまったのだ。
「は、鼻ぶつけたぁ…」
真っ正面から木にぶつかってしまい、とても痛い。鼻をさすると、幸い血は出ていないようだった。
「とりあえず、周りの様子を見てみよ…」
一回、周囲の闇を引っ込めて辺りをぐるっと見回す。
すると
「…あ」
ちょっと離れたところ、月明かりの中に家が一軒建っているのが見えた。
こんな森の中に家とは珍しい。もしかすると空き家かもしれない、とルーミアは思った。
「ちょっと行ってみよ~」
好奇心に駆られ、そしてあわよくばねぐらにしてしまおう。ルーミアはそんなことを考えていた。
そしてまたふよふよと、目的地を目指して飛び始めたのである。
「着いた~」
木々を抜け、目標の家の前にたどり着いた。じっと家を見てみる。
小さな一戸建て。ドアは一つ。窓が南側と東側に一つずつ。煙突が一つ。
「そーなのかー」
これだけで一体何が分かったのか。口癖のようにつぶやいた。
「空き家だったらいいなあ…明かりが点いていないから空き家かなあ…」
などと言ってみるものの、今は多くの人間が眠る深夜であるから明かりが点いていないのは当然である。だから空き家かどうかは分からない。
そうだ、とルーミアはあることを思いつく。
「人間は鍵をかけるから、つまり鍵をかけてないと空き家だ」
鍵をかけないタイプの人間もいるのだが、そこまでは思い至らなかったようである。
それが、彼女が普段一緒に遊んでいるメンバーとともにあの呼ばれ方をされる所以なのかもしれない。
ともあれ、ルーミアはドアノブに手をかけてみた。すると
―ガチャ
鍵はかかっていなかった。
「やったー空き家だー」
ルーミアは万歳して喜んだ。これでねぐらに困ることは無い。
新しいねぐらに期待しつつ、ルーミアは中に入った。
「うわぁ…本がいっぱい…」
中に入るとすぐに本が目に付いた。それほど家の中は本だらけだった。
本棚の中、机の上、さらには床の上にまで、埃をかぶって散らかっていた。
きっと前の住人が置いていったのだろう、とルーミアは考えた。
「全然掃除してないから、空き家で間違いないみたい」
色々と散らかりっぱなしで、埃もかぶりっぱなし。前の住人は相当適当な人間だったんだろうなあ、と予想する。
ふとここで、床に落ちていた本を試しに読んでみた。
「うー…全然分かんない…」
ページをめくってみて、一目でその難解さが分かった。難しい字ばかり。まるで魔法の言葉だった。
「…もういいや」
訳の分からない本には興味が無い。ルーミアはそれをポイッと投げ捨てた。
そして辺りを見回してみる。
「あーベッドだー」
部屋の端に、ふかふかそうなベッドが置かれていた。
気ままにあちこち移動するルーミアが、ベッドまたは布団で寝ることなどない。いつも土の上に、汚れないように草や葉っぱなどを敷きつめて寝るのである。
したがって、ベッドは非常に魅力的だ。ルーミアはすぐにもぐりこんだ。
「ぬくぬく~」
硬くて冷たいいつもの寝床に比べて、まさにここは天国だった。
猫のように体を丸めて、柔らかなベッドの感触を楽しむ。
「…あれ、何だこれ?」
ベッドの中に、自分以外の何かがいることに気付いた。柔らかくて温かい何か。しかし暗くてよく見えない。
「抱き枕かな…変な形の抱き枕」
たぶんきっとそうだろう、と言う事で、その抱き枕?にすり寄る。柔らかな感触が心地よい。
「んん…眠くなってきた…」
ベッドと抱き枕?のぬくもりに包まれて、一気に睡魔が襲ってきた。
そして
「すぅ…すぅ…」
一切抵抗することなく睡魔に身を任せ、可愛らしい寝息をたてて眠ってしまったのである。
「魔理沙ぁ!」
バタン!と勢いよく開くドアの音とともに、彼女の声が家中に響いた。
彼女とは、一体の小さな人形を連れた、金髪の少女である。
「ん…なんだアリスか…騒々しいな…」
魔理沙と呼ばれた少女は、寝ぼけ眼をこすりながらベッドからむくりと起き上がった。
まさに今起きたばかりという感じで、髪は寝ぐせでボサボサである。
一方アリスと呼ばれた少女は興奮冷めやらぬといった状態で、目くじらをたてている。
「騒々しいな、じゃないでしょ!今何時だと思ってるのよ!?」
「…11時、だな」
アリスに言われて時計に目をやると、短針は11を少し過ぎたところだった。
外は明るい。夜の11時ではなく、昼の11時だ。
「そうよ11時よ!で、今日の朝9時に、わたしとあんたはどうする予定だった?」
「…あ」
寝ぼけた思考回路が復旧して、ようやく思い出した。
今日の午前9時にアリスの家へ行ってお互いの魔法研究の成果を見せ合う約束をしていたのだ。にもかかわらず、思いっきり寝過してしまった。
魔理沙は慌てて弁明を始める。
「わ、悪いアリス!でもこれには深いわけが…」
「わけって何よ?」
じろっと見てくるアリスに、目の前で両手を合わせて謝る魔理沙。
事情だけでも理解してもらおうと、自分が寝過してしまった理由を話す。
「じ、実は今日見せるつもりだったマジックアイテムがなかなか完成しなくて、夜中の3時過ぎくらいまでやってて…」
「寝坊してしまったってわけね」
「そうなんだ!でもきちんと完成してるから大丈夫だぜ。今から見せることもできる」
「はぁ、分かったわ。あんたのズボラさは昔っからだしね…」
さらりと毒を吐きつつ、アリスは水に流すことにした。
むっとする魔理沙であったが、今回は完全にこちらが悪いので何とも言えない。
しょうがない、とベッドから出ようとしたとき、自分の隣に何か柔らかい感触を感じた。
「何だこれ?………!!?」
驚きのあまり自分の目を疑う魔理沙。ガバッと掛け布団をまくると、なんとそこには金髪に赤いリボンを付けた少女が気持ちよさそうな寝息をたてていたのだ。
魔理沙は閉口した。それを一緒に見たアリスも閉口した。
そして、アリスの目がみるみるうちに蔑みに満ちたものに変わり、放った一言が
「さくやはおたのしみでしたね」
「やめろ!やめてくれ!」
魔理沙は必死に否定する。そんなことは断じてありえない。
しかし、アリスの目は相変わらず蔑みに満ちている。
「マジックアイテム作りに徹夜したのは嘘で、本当はその子と徹夜で盛り上がってたのね…さぞかしお疲れでしょうねぇ、こんな時間まで眠ってしまうなんて」
「違うんだ!とりあえず落ち着いてくれ!」
魔理沙は泣きたくなってきた。わざとらしく使ってくる丁寧語が嫌に怖い。
そしてアリスは最後に一言
「このすけこまし」
汚いものを見るかの様な目で放たれた言葉が、魔理沙の胸に深々と突き刺さった。
誰か助けてくれ、このままでは色んな意味で再起不能になってしまう。魔理沙は藁にもすがりたい思いだった。
「ん、ううん…」
そんなとき、魔理沙の隣で眠っていた少女は目を覚ました。
「ほら、起きたみたいよ。おはようのキスでもしてあげなさいな」
「だから違うって!…おいルーミア、何でわたしのベッドに入ってるんだ?」
アリスの毒舌をかわしつつ、少女ルーミアの名前を呼ぶ。
面識はある。初めての対峙は紅霧異変。それ以来、外出先で会い、話をすることもあった。髪の色や着ている服の色合いが似ていることから、お前はわたしの妹分だ、と言って笑い合ったこともある。
そんな妹分ルーミアの頬をぺちぺち叩きながら、魔理沙は問い詰めた。アリスの誤解を解くためには、ルーミアの口から何故ここにいるのかを言ってもらうしかない。
しかしルーミアの頭は起きたばかりでまだ機能しないようだ。
「うう…ご飯…」
「へ?」
ボソッとそう言ったかと思うと、ルーミアは魔理沙の二の腕まで顔をもっていき、そして
「―ガブッ」
「ぎゃああ!」
そのまま魔理沙の二の腕に噛みついた。
「なるほど…朝の挨拶はキスの代わりに二の腕をガブリか…」
「そんな朝の挨拶があるかぁ!とにかく助けてくれぇ!」
さらなる誤解を重ねるアリスに、魔理沙は痛みのあまり目に涙を溜めつつ、つっこむのであった。
「で、何でお前はわたしのベッドの中にいたんだ?」
「あんたが連れ込んだんでしょ?憶えてないってことは、酔ってたのかしら?」
「頼むから黙っててくれ」
二の腕からルーミアを引きはがし、再び問いかける魔理沙。噛まれた腕には歯型がくっきり残っており痛い。アリスの横やりも痛い。
「んー…」
一方ルーミアは困惑したように周りをキョロキョロ見回した。
そして開口一番言いだした言葉は
「どうしてわたしのねぐらに魔理沙がいるの?アリスも」
「「…は?」」
ルーミアの言葉に、魔理沙とアリスは同時に呆気にとられてしまった。質問の答えになっていない。
そもそもどうして魔理沙がいるのかと聞かれても、ここは魔理沙の家なのだ。
「わたしのねぐらって、おいおいここはわたしの家だぜ?」
「そうよ、ここは魔理沙の家よ。ひょっとして魔理沙を庇ってとぼけてるの?」
「…いいかげんその発想から離れてくれ」
アリスの横やり入りつつの魔理沙の質問に、だって、とルーミアは答える。
「鍵開けっぱなしだったし、埃まるけだったから空き家だと思って…」
困ったようにそう言うルーミアに、ポカンとしてしまう魔理沙とアリス。
しばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはアリスだった。
「あははははは!つまり魔理沙がズボラだから勘違いして入って来ちゃったのか。あははは!」
「そ、そんなに笑うことないだろ!それより、ようやく誤解が解けたみたいだな?」
「ははははは!…はぁ、はぁ、それはゴメン、勘違いだったみたいね。でも、ぷぷっ、くくく…」
よほどツボにはまってしまったらしく、腹を抱えて笑うアリス。
魔理沙はそんなアリスに不満を覚えつつ、ルーミアの方を向き直す。
「それにしても、ベッドに入って来たときにわたしに気付かなかったのか?」
「変な形の抱き枕だと思って。それに抱き心地が良くってすぐ寝ちゃったし…」
魔理沙は、はぁ、とため息をついた。と同時に、何やらルーミアの様子がおかしいことに気付く。どうも元気が無いようだ。
そしてルーミアは、魔理沙が見た通り、元気無く話す。
「ここが空き家じゃないなら、ねぐらにはできないね。勝手に入ってごめんなさい…」
ぺこっと頭を下げるルーミアを見て、魔理沙は理解した。何故ルーミアの元気が無さそうであるのかを。
一つは見つけたねぐらを手放さなければならないこと。もう一つは勝手に人の家に上がりこんで寝てしまったことを悪く思っていることだ。
とりあえず魔理沙は後者から片付けることにした。
「まぁ、ちゃんと鍵をかけなかったわたしも悪いんだし、そんなに気にするな」
「そーなのか…」
まだ元気が戻らないルーミア。がっくし肩を落とし、顔も下がったままだ。どうやら一つ目の理由の方が大きいらしい。よっぽどこのねぐらが気に入ったのだろう。
そんな様子に、魔理沙は思う。普段無邪気なルーミアも苦労している一面があるんだな、妖怪とはいえ幼い少女の姿をしたこの妹分をこのまま外にほっぽり出すのはあまりにもかわいそうじゃないか、と。
そして、よしっ、と心の中で弾みをつける。
「…もしよかったら、ねぐらくらいになら使ってもいいぜ?」
「…そーなのか?」
下げていた頭を起こし、魔理沙の目を見つめるルーミア。
魔理沙はその目をじっと見つめ返し、にこっと笑いかける。
「ああ!まあ小さい家だがわたし一人には十分な広さだしな。寝場所くらいなら貸してやるぜ」
「そーなのか!」
魔理沙の言葉を聞くなりルーミアの顔はぱあっと明るくなった。
そして両手を広げ、魔理沙に飛びつく。
「魔理沙ありがと!大好き!」
「うわ、やめろって!」
嬉しそうに頬をすり寄せてくるルーミアに、たじろぐ魔理沙。
そんな様子を見て、先ほどから笑い疲れて息を切らしていたアリスはつぶやいた。
「…ずいぶんと斬新な口説き方ね。いきなり家に入ってきてもいいなんて」
「だから何でお前は話をそっちの方へもっていきたがるんだ!?」
相変わらずのアリスの口ぶりにつっこまざるをえない魔理沙。
一方ルーミアは、ただひたすらに魔理沙に頬をすり寄せているのだった。
数日後の夜の森の中、ふよふよ浮かぶ黒い球体が一つ。
「あだ!」
その黒い球体は、木にぶつかって止まった。すると黒い球体はたちまち消え、そこに現れたのはルーミア。
「お、おでこぶつけたぁ…」
自分さえ何も見えない闇に包まれて、今日もルーミアは気の赴くままに飛ぶ。
しかし、彼女が移動する距離には限りができた。
「…そろそろ帰ろっかな」
くるっと踵を返し、またふわふわと飛び始めるルーミア。
「とうちゃく~」
着いたのは魔理沙の家。あの一件以来、ここを住み処と定めて変えていない。それほどここが気に入ったのだ。
夜が遅いため玄関の鍵はかかっているが、鍵の隠し場所を教えてもらっている。玄関前にある鉢植えの下。
その鍵を使って中に入る。
「…ただいま~」
既に眠っている魔理沙を起こしてしまわないように静かにそう言って
「おやすみ魔理沙…」
ベッドの中にもぐりこむ。すぐ隣には魔理沙。
「ぬくぬく~魔理沙もふかふか~」
お気に入りの、たいそう心地よい温もりに包まれて、ルーミアは眠りにつくのであった。
朝起きると、隣にルーミアが寝ているようになった。あの一件以来、ずっとだ。
「なんだか、本当にここが気に入ったみたいだな」
頭を掻きつつ、ふふっ、と笑う魔理沙。
昼ごろになると目を覚ますルーミアに聞いてみたところ、もう新しいねぐらは探していないらしい。
ふかふかの魔理沙とぬくぬくのベッドが忘れられない、と言っていた。
「まあ、いいか」
きっかけは、押しかけられたようなものだったけれど
「まるで、本当に妹ができたみたいだな」
自分でそう言って、何だかくすぐったい気持ちになる。こっ恥ずかしくて、顔が赤らむ。
アリスが聞いたら何と言うだろう。あんたがそんなに感傷的になるなんて、今夜の天気はマスタースパークね、と皮肉でも言うだろうか。
でも、家から離れずっと一人暮らしをしていたから、こういうのもいいかもしれない。そう思う。
「寝る子は育つって言うしな。しっかり寝ろよ、なんてな」
冗談めかした口ぶりで、やさしい姉のように微笑みかけて、まだ夢の世界にいる可愛い妹分の髪を、さらさらと撫でてやるのだった。
サクッと可愛いお話でした!
でもルーミアは人喰い妖怪
そして魔理沙は人間
ちくしょう……
次も楽しみにしてます?
やめろ!やめてくれ!
とか言ってる辺りでわらた
あとルーミアかわいいよ
この作品は「アリス」タグのついたちょうど716ばんめの作品だ。
つまり、七色おめでとさん!
いいお話でしたよー
以上
もっと流行ればいいのに。
ふたりで眠る姿を想像すると微笑ましいです
「そーなのかー」以外もしゃべるルーミアいい!
こんな子に懐かれたい。餌付けしたい。
>今夜の天気はマスタースパークね
死にます。
ルーマリに目覚めた私は止まらない。