- この作品は、作品集151「寸劇と二重密室の楽しみ方」の続きとなっておりますが、
そちらを読んでいなくともほとんど問題ありません。
- この作品はミステリーですが、人が死んだりはしませんので、
そういった話が苦手な方も安心してご覧ください。
「――なら、何が足りなかったの?」
横顔に問うと、こいつは相変わらず青空の方に向かって語る。
「足りないわけじゃない。もっと本質的なことさ」
「……本質的?」
「ああ、なぜなら――」魔理沙は冗談めかして笑った。「なぜなら、わたしも嘘つきだからな」
***
「というわけで、雪見に行こうぜ」
突然の訪問に玄関先に出て、開口一番の霧雨魔理沙の言葉がこれだった。
もちろんのことだけど、開口一番にというわけでもなにも無い。事前に打ち合わせがあったわけでもない。当然私は首を捻ったのだけど、自分勝手なこいつはどういうわけかそれを了承ととらえたらしい。次の瞬間には、私は腕を引っ張られて外に連れ出されていた。
丘陵に立ち、青天を背景に、魔理沙は大きく伸びをする。
「いやー、絶景だな。もとい、絶景かな」
「言い直してんじゃないわよ。かっこ悪い」
ついた溜め息が白く染まる。私、アリス・マーガトロイドは眼下の景色に目をやった。
師走の幻想郷。白魔に閉ざされた銀世界。ペンキを上から被せたような、まっさらな白をペーストした山間が広がっている。そのわずかな隙間に、ミニチュアみたいな家屋の群れが覗ける。人間の里。大自然の恩寵あらたかな純白の中で、あれだけが唯一異物みたいに取り残されていた。
そんな中、魔理沙はというと……。かっこ悪い言われたのが気に障ったらしい。こちらに振り返ると、さっそく唇を尖らせた。
「なんだよ。せっかく来たのに浮かないな」
「あんたが浮きすぎなのよ。なんでこんな朝から雪山をハイキングなわけ?」
「そりゃ、お前。登山は早朝から出発するもんじゃないか。常識だろ」
「いや、朝もそうだけど……私はハイキングの方を言ってるのよ。なんでわざわざ歩いて来なきゃならなかったの」
こいつは飛んでいけばすぐなものを、あえて徒歩で行こうなんて意味不明なことを言ってきかなかった。そのせいで、雪深い獣道を結構な距離歩かされた。おかげでふくらはぎがパンパンになってしまった――私は都会派魔法使いなのに……。
こっちは詰め寄ってるつもりなのだけど、目の前のこいつはこれっぽっちも責められてる自覚が無いらしかった。魔理沙は首をコキコキ鳴らしながら回して柔軟する。
「わかっちゃいないな~。箒で飛んできたら味気ないだろ。険しい雪道を経て辿り着いたからこそ、風情が何倍にもなるってもんじゃないか」
「あんたの前世は熊か何かなのかしら。この熊魔理沙」
「熊じゃないし、前世がなんだろうが関係無いだろ……。まったく、人がわざわざ気分転換に誘ってやったっていうのに」
そう、気分転換。こいつの言い分はこうだった。
例の紅魔館での件から五日。魔理沙との約束――というか、罰ゲーム――に従い、私は家に山ほどある推理小説を読まなければならなくなった。読むことになったんじゃなく、読まなければならなくなった。そして恐ろしいことに、この〝山ほど〟というのは決して比喩表現じゃない。後で数えてみたところ魔理沙が持ってきた本は、その数実に六百六十六冊――この性悪人間、絶対狙って端数を揃えたに決まってる――。テーブルに平積みしたなら、ゆうに一階の天井はおろか屋根まで突き破る物量だった。一年が三百六十五日なんだから、大雑把に一日二冊読んでいけば完遂することになる。まあ逆に言えば、一日二冊読まなきゃいけないってことなんだけど。
その日のうちに、さっそく読書に取り掛かった。もともと最近することがなくて手持ち無沙汰だったので、モチベーションが低いわけじゃない。一日二冊と言わず、四、五冊のハイペースで読んでいたのだけど、決して苦じゃなかった。むしろ読み進めるうちにページを手繰る手が早くなり、脳細胞に血が通っていくのがわかった。
今日魔理沙が家にやってきたのは、そんな時だった。ちょうど調子に乗ってきたこちらからすれば、気分転換にきたというよりは邪魔しに来られたようなものだった。おまけにいきなり起こされて睡眠不足だし。まったく、ただでさえ読書であんまり寝れてないのに、サーカディアンリズムってものを知らないのかしら。お肌が荒れちゃうわ。
「とにかく。あんたはさっきから気分転換って言うけど、私は転換するほど気分が曇っちゃいないのよ」
「そうなのか? その割にはさっきからムスッとしてるじゃないか」
「あんたが曇らせたのよっ」
結局どっちなんだか。そうとでも言うように、魔理沙は肩をすくめる。
「ま、いずれにせよこの景色を前にすれば曇った気分も晴れるってわけだ。いやぁ、清々しいぜ。わざわざ徒歩で苦労して来た甲斐があったな。お前も最近読書で大変だろうし、今日ばかりはゆっくり頭を休めようぜ」
「ふん。人間って、本当無駄なことが好きよね」
「お前もわかるだろ。元人間の新米妖怪のくせに」
「……あんたみたいな子供に新米呼ばわりされたくないわ」
そっぽを向いて答える。実際景色のよさは悪くないので、目を見て否定できないのがちょっと悔しい。
ちなみに。魔理沙から連れてこられたこの丘は周囲が見晴らしのいい高台で、視界を遮る物は私が背にもたれている一本杉だけだった。富嶽三十六景さながらの、窈窕たる山水。眼下は崖じゃないけど、こんもりとなだらかな斜面になっているから景色がひらけている。春には野生の草花が絨毯みたいに一面に咲き揃って、また違った風情が出るという。
確かに、こうして眺める分には景色はいい。なかなか穴場の場所みたい。
まあ、魔理沙にしては上出来かしら、と褒めてやってもいいかと思ったところ……何やら膝元に辛気臭いシミを見つけた。
「ずいぶん汚してるわね……」
「ああ、これか」
魔理沙は本日、山登りに備えて一枚の茣蓙を持ってきていた。下に敷いたその茣蓙の一角は、えらく茶色に汚れていたのだ。
「今年の夏だったかな。霊夢とピクニックしたんだよ。そしたらあいつ、ブァッてこぼしちゃってさ」
「……コーヒーか何か?」
「醤油」
醤油。どうせならコーヒーにしてほしかった……。
おかげですっかり風情が遠のいてしまった。そもそも雪山をハイキングするのに、こんな薄っぺらい茣蓙一枚というのもどうかと思う。雪の原っぱにこんな紙みたいなものを敷いただけなので、おかげでお尻が冷えて冷えて仕方なかった。日が照っているから、冷たいのはお尻だけ。もはやこの温度差までもが馬鹿馬鹿しかった。
もう一つ気持ちよさげに伸びをすると、魔理沙は隣に腰を降ろしてきた――シミを避けて。
「まあでも、ちゃんと洗ったから臭いなんてしないだろ。それよりせっかくこのとおり解放的なんだから、ゆっくり羽を休めようぜ。これでも食べてさ」
広げた包みから差し出されたそれに、私は余計に眉をひそめた。
「……大福?」
「外の世界では、雪見には大福ってのが定番なんだとさ」
はあ、そうなの。
どこからそんな知識仕入れたのやら。冷たい雪と温かい大福、どう考えてもミスマッチなような……。時が止まったかのような平穏が特徴の幻想郷だけど、外は時代が進んでいるのかどうなのかわからない。まあ、こいつが変な勘違いしてる可能性が大なんだけど。
「ほら、ちゃんと水筒も持ってきたんだ。ほい、お茶」
水筒をこちらに放り投げると、自分はパクリ、大福を頬張った。
……まったく、おいしそうに食べてくれちゃって。暢気なやつ。
でも大福って言っても、すっかり冷たくなってるでしょうに。うーん、あんまり口に入れたくないなぁ。
「ねえ、他に無いの? 食べる物」
「他にだと? これ食べりゃいいだろうが」
「こんなの胃に入れたら食あたり起こすわよ。別のがいいんだけど。お茶以外で、できれば温かい物」
今日は魔理沙のドアのベルで起きてそのまま連れてこられたから、まだ何も食べてない。日の高さからして、そろそろ正午ってところだろうし。ダイエットにはなるかもだけど、さすがに空腹だわ……。
「こんだけ雪山歩いてそんなの持ってるわけないだろ。この大福みたいに冷えてるっての」
「ふん、魔理沙のくせに正論なんてつまらないわね。なら、この近くに店か何かも皆無ってことかしら?」
魔理沙はひょいと肩をすくめた。「一応視界には見えてるけどな」
はるか遠くの里のことを言ってるらしかった。要するに、思ったとおり、と……。ハァ。
「じゃあ、建物は? この辺誰も住んでないの?」
「強いて言うなら、一番近い建物は寺だろうな。ここからなら」
「寺? 寺って、もしかして」
「ああ。妖怪がわんさか集まる寺さ」
妖怪がわんさか集まる寺。当然私も知っている。
その名は命蓮寺。少し前に空から宝船が降って湧いてできた。これまで幻想郷に寺院なんて無かったから、唯一ということになる。
もちろん、普通の寺に妖怪が集まるわけがない。ということはつまり、その寺は普通じゃないということ。なんといっても、まず住職が人間じゃないし。
「あの寺、この近くだったのね」
「まああくまで一番近いって意味だから、山の一つぐらい越えなきゃならないわけだが。それに、行っても誰もいないかもしれないぜ?」
「はあ。どうして?」
「新聞に書いてあったんだよ。隅っこにだけどな。何でも、信者総出で旅行に行くらしいぜ。もっとも予定じゃ行くのは三日前のはずだから、もう帰ってきてるかもしれないが」
要は行っても無駄だから大人しくここにいろということらしい。忠告どうもと言いたいところだけど、台詞の後に鼻で笑われたので礼を言うのも馬鹿らしかった。
ま、さすがに食料のために山一つ分往復するぐらいなら、帰って寝たほうが早い。私は軽く嘆息すると、気を取り直して核心を尋ねた。
「食べ物はまあいいわ。それより、そろそろ教えなさいよ」
魔理沙は大福を頬張りながら、ハムスターみたいになった顔を向ける。
「もぐもぐ。はにを?」
「いきなりこんなとこに連れ出した目的。気分転換なんて、嘘でしょ? 何企んでるの」
「はふらう?」
「もう喋れるぐらいには口のもの飲み込んでるでしょうっ。わざとらしい振りするなっ」
怒鳴られても、ちっともこいつは反省する気は無いらしい。一つゴクンと喉を鳴らして、「企むって、何企むってんだよ。ただの気分転換って言ってるじゃないか」
「それが嘘でしょって言ってるの。確かに私は気分転換になるかもしれないけど、あなたはどうなの。別に私みたいに罰ゲームやってるわけでもなし。転換する必要なんか無いじゃない」
さっきまで歩いていた時から、ずっと考えていた。思いつきでただなんとなく雪が見たくなったとしても、それだけで早朝に徒歩でこんな遠くまで来る理由は無い。こいつに限って、わざわざ私のために親切心起こして連れ出してくれたなんてことは――だとしてもありがた迷惑なんだけど――もっと無い。とどのつまり、怪しい……。
じっとり視線を送りつけてやったのだけど、しかし魔理沙は相変わらず能天気に告げた。
「無いってこた無いだろ。お前の方はどうだか知らんが、こっちは昨日おとといってほとんど寝ないで作業してたんだぜ?」
だぜって、そんな自慢げに顎を立てられても……。というか、作業って?
「何やってたの?」
まさかこちらが忘れていたとは思わなかったらしく、魔理沙はそのまま盛大に後ろにずっこける。よっぽど拍子抜けしたのか、勢いで上半身が雪にめり込んでいた。しばらくして、がばりと起き上がると訴えだした。
「何って、お前。言ったじゃんか」
「だから、何を?」
「執筆だよ、小説の」
…………。
ああ、そういえば。
「言ってたような気がしないでもなかったわね」
「なんで過去完了形なんだよ……」
「ああいや、ごめんなさい。でも、まさか本気だったとは思わなくて」
魔理沙は目元に手をあて、かああと慨嘆する。
「んだよそれぇ~。これじゃ書きがいがないぜ。人がせっかく休日返上で頑張ってるってのに」
「あんた年中休日じゃないの」
「むしろ年中開業してるぜ。霧雨魔法店は」
店なんて名ばかりのくせに……よく言うわ。
大福はこの気温ですっかりカチコチになっていた。さすがにいきなり口にするのは躊躇われたから、とりあえず水筒の蓋にお茶を注ぐ。この寒空に緑茶の温かさは相性がいい。
んー……。にしても、執筆ねえ。
確かに、少し前こいつと口論した時……こいつは売り言葉に買い言葉で、推理小説ぐらいわたしにも書けるとかなんとか、そんなことを口にした。ただ勢い余って口走っただけかと思ってたけど……なるほどどうやら、まんざら伊達や酔狂というわけじゃないらしい。まさかこんなに本気だったとは。
「ま、そんなわけで、しばらく家にこもってたんだよ。だから気晴らしがしたかったんだ。実際、ここんとこずっと薄暗い部屋ん中だったからな~。この雪の白さは目にこたえるぜ」
「で、ついでに私を誘ったってわけ?」
「ああそう。ついでもついでさ。この大福包む笹みたいなもんだな、お前は」
その笹を指でつまんで、こっちに向けてひらひらさせる魔理沙。しかもその顔はどうみてもこちらを馬鹿にしていた。さすがにカチンときたので言い返してやる。
「私が笹なら、あんたは大福ってことじゃないの。よく見れば大福そっくりね、あんたの顔は。この大福魔理沙」
「熊の次は大福かよ。ま、納得してくれたんならなんでもいいや。やれやれ、疑り深い奴には信用してもらうのも一苦労だぜ」
「こっちからすれば、信用できない奴を心から信用する方が一苦労だわ。嘘つきのプロのくせに」
「そんなプロがあってたまるか。認可されたら世も末だな」
「舌先三寸の詐欺師ってことよ」
こいつは自他共に認める嘘つきで、口を開けば嘘や冗談を口走らずにはいられないほど――私の体感上。こう言うとほとんど虚言癖だけど、こいつの嘘はいちいち確信的で、魔理沙自身それをなんら悪いこととは思っていない。それが大きな違い。実際、私はまだこの山登りががただの休息のためだなんて信用したつもりは無い。
取り合うのも埒が明かないと判断したらしい。魔理沙は視線を山の向こうに外した。
「とにかくだ。近日公開ってことで、そのうち見せてやる。思ったより筆が乗ってさ、もう百枚ぐらい書いたんだぜ?」
「百枚? まさか原稿用紙で?」
「ああ。とはいっても、予定じゃまだ半分なんだけどな」
そう魔理沙は白い歯を見せる。
……なんとまあ、楽しそうに笑っちゃって。つくづく子供なんだから、こいつは。
よくよく私はこの顔に弱いのかもしれない。呆れるより、煩わしさを感じるより、どういうわけか気が抜けて……なんだか安心してしまう。こいつが楽しいならそれでいいんじゃないか、この笑顔はそんなふうに思わせるような顔なのだ。
結果自然と、私もつられたように苦笑する。毎度のことだった。
それにしても……百枚って。この前あいつが私の家に来た時から、まだ五日そこらなのに。
私は小説なんて書いたことないけど……。いちから始めるとなれば、構成みたいなものをちゃんと考えてから書かなきゃならないでしょうに。本当だったら、それって結構凄いんじゃ……。
「いやぁ、やっぱ才能ってのは如何ともしがたいよなぁ。天も二物を与えずにはいられなかったらしいぜ。なはははは」
……や、やっぱりうざい。いきなり前言撤回したい気分にさせないでほしいわ。
一通りカビが生えそうな笑いを周囲に振りまくと、魔理沙はまた大福に手をつけた。
「というわけで、だ。せっかく書いても読む相手がちんぷんかんぷんってんじゃ話にならん。だからそれまでお前も推理力鍛えといてくれ。もっとも私が渡した本をちゃんとこなしてれば、それなりにミステリーを読めるようにはなるはずだけどな」
「ふん、言われなくてもちゃんと読んでるわよ。そっちこそ楽しみにしてることね。せっかくの処女作を三秒で解かれたりなんかしたら、あんた立ち直れないんじゃない?」
「期待してるぜ。さあそんなわけで、今日のところは気分転換だ。しばらく考えてばっかだったからな。だから今日ばかりは推理はナシ。思う存分頭の空気を入れ替えて、創作意欲を沸かせないとな」
言うなり、魔理沙は帽子を取る。そのまま枕代わりにして、ごろりと茣蓙の上に寝転がった。
つくづく自由な奴……――てか、背中冷たくないのかしら……。
とにかく。言葉遊びももうする気は無いらしい。あとはそれぞれまったりしようということなのだろう。魔理沙は陽光を体全体で浴びて、なんとも気持ちよさそうに瞼を閉じている。今にも寝息が聞こえてきそうだった。
さて……私はどうしよう。
見上げた先、はるか山間の空には、天を突くような積乱雲が蠢いていた。こっちは今は晴れ渡っているけれど、雲上の風次第じゃ夕方にはあれがこちらにやってくる。明日にはひどい雷雨になるのかも。
このまま魔理沙を置いていくのもかわいそうだし――というか、下手したら凍死するだろうし――。あーあ。こんなことなら、文庫の一冊でも持ってくればよかった。それじゃ気分転換になってないのかもだけど。
ふと気づく。膝元に、まだ大福が一個残っていた。
そういえば……今日はまだ何も食べてなかったのよね。
…………。
仕方ない。いただきますか。
ひょい。残っていた最後の一つを、口の高さまで摘み上げる。
あーでも……。うわ、冷たい……。
こんなの飲み込んだら、お腹壊してもおかしくないでしょうに。よくまあこんなの二個も三個も食べられるわね、魔理沙は。
うーん……どうせ冷たいんなら、中身もあんこじゃなくて別のものにすればいいのに。冷えたつぶあんって味も落ちるのよねぇ。
例えば……う~ん、そうね。苺ジャムとか? いやいや、それはただの苺大福だし……。いっそのこと和から離れて、カスタードクリームとか? でも、だったら温かい方がおいしいような。
……じゃあ、バニラアイスなんかどうかしら。ミスマッチだけど、案外いけそう。
それこそ、雪見にもあいそうだし。うん、面白いわ!
今度読書の合間にも作ってみよう。確か、まだ家にバニラエッセンスは残ってるはず。お菓子作りも週に一回はやらないと腕が鈍るし。
名前はどんなのにしようかな~。きっとこんな料理、世界の誰も考えたことない未知のメニューだから……う~ん、そうねぇ。
バニラ大福? いや……まんますぎるわね。なら、せっかく和から離れたんだし、英語にしてフローズン――……大福って英語でなんていうのかしら。
……ハッ、そうだわ!
雪見に来てて思いついたんだし、いっそ繋げて雪見だいふ――
「……お前、そんなに大福睨んで何やってんだ?」
魔理沙が薄目を開けていた。
「わっ、わっ! あんた起きて――あっ!?」
驚いた拍子で、手元が遊んでしまった。ハッとした時にはすでに遅く、大福は手の平から滑り落ちていた。ころん、ころん。みるみる雪の傾斜を転がっていく。
「って、ほんとに何やってんだっ。もったいない、拾えっ。拾えっ」
「わ、わかってるわよ!」
魔理沙は横になる際に靴を脱いでいる。対して、こっちはまだブーツは履いたまま。動けるのは私だけだ。
もともとそんなに食べる気は無かったけど、食べ物を粗末にはできない。きれいな雪の上なんだから、まだ間に合うかも。
急いで坂を駆け下りる。人形を出す暇は無い。もうだいぶ離れちゃってるから、第一糸が届かない。
大福との距離はもう十メートル以上先に開いていた。バウンドしながら、えらい景気のいい転がりようだ。しかも歩きにくい新雪の上。こっちにとっては不利だけど、さすがに追いつけないほどじゃない。あとちょっと、あとちょっと……。
間合いに入った。腕を伸ばす。
よし! 捕まえ――
が、その瞬間。右足が一際深く雪に刺さった。
ダッシュで駆け下りたのが仇だったらしい。右足を軸に、強烈な遠心力が発生する。支える何かを求めて腕が宙を掻いたけど、そんな気の利いたものはどこにも無かった。結果私は、顔面から派手に純白の絨毯にめり込んだ。
「おぉい~、アリス~……って、うわっ。なんじゃこりゃ」
「…………」
たぶん魔理沙の前には、漫画みたいな人型のミステリーサークルができてるんだろう。私も見てみたいくらいだった。埋もれてなければ。
「大福はどうなった……なんてことは、訊かないでおくか」
「……はふはうわ(助かるわ)」
とりあえず、手を借りて起き上がる。付いた雪だけ体から払った。
あーあー、せっかくの一張羅がびしょびしょ……。せっかくここに来る時は汚さないように注意して歩いてたのに。
あんなに派手にすっ転んだのは何年ぶりかしら……。でもまあ今日は日が照ってるし、魔理沙みたいに寝てればそのうち乾くかな……ハァ。
消沈していると、ポンと後ろから肩に手が置かれた。
「災難だったな。まあ、一番残念なのはこっちなんだが……」
「は? なんであなたが残念なのよ」
こっちからすれば当然の返答だと思うんだけど。なぜだか魔理沙はうっかり口を滑らしたみたいに顔を背けた。
「ああいや、せっかく里で売ってた新作だったのに、食べさせてやれなくてさ。まあいいや、今度また新しいの買ってきてやる」
「いやまあ、別に食べる気無かったからいいんだけど」
とはいえ、あんな冷たい大福でも食べ物は食べ物。道徳的にいけないことをしてしまった気がしないでもない。
うーん……仕方ないわね。
私は肩に置かれた手を掃った。
「ちょっと待ってて」
「お? どうした?」
「探してくる。どこまで転がったかわからないけど、このまま無かったことにするのも後味悪いし」
ふむ、と魔理沙はなぜか考察深げに顎に親指を置く。
「後味悪い、か。食べてないのにか?」
……くだらない。一言断って損した。
でも転がった大福に罪は無い。ひょっとしたらまだ止まらないで転がってるかもしれないし、こんな奴は無視して早く救出に――
「……お~い!」
……っと。今度は何?
というか、誰? どこから……
「おーいってば~! そこにいるお姉さん達、聞こえてるんだろ~」
声の方角は、今から向かおうとした眼下だった。
人影が腕振りしている。坂と同時に雪原が終わって林になる、ちょうどその辺りだ。
隣に並びながら、魔理沙も下を見下ろす。
「おや。猫がいるな」
……は? 猫?
「どこ見て言ってるのよ。真昼間から幻覚でも見てるの? それって立派な障害よね」
「……なんでお前はいちいち棘のある言い方しかできないかな。猫ってのはあいつのことだよ。お~い! 聞こえてるぜ~!」
魔理沙が腕を振り返すと、人影はのっそりと林の中から姿を現す。青天下の日光に曝されて、ようやくその姿が窺えた。
化け猫の妖怪。本名は……確か、火焔猫燐。
「今からそっちに行くね~」
陽気な声が返ってくる。その様子だけ見れば、その辺の女学生大差無いような言動だった。
あいつは地底の妖怪で、普段は地下世界でも深い灼熱地獄跡にいる。そこには古明地さとりという妖怪の屋敷である地霊殿があり、燐もそこに一緒に住んでいる。
さとりはその名の通り、妖怪サトリという種族だ。心を読む能力を持っていて、地底の底に屋敷を構えたのもそのせいらしい。他人の心を覗きたくないから、誰とも会いたくないということなのだろう。屋敷からは滅多に出ないただの引きこもりだな、そう魔理沙から聞いたことがある。ちょっとファンシーで動物好きな妖怪で、その動物好きが高じて自分の屋敷で大量の妖怪を飼っている。この燐もその中の一匹というわけ。
まあ、確かに猫には違いないわね。見た目はどうみても人だけど――コスプレした――。
今から行くと言ったわりに動きがやたらとゆっくりなのは、荷を積んだ猫車(手押し車)を押しているからだ。その場で立って待っているのも時間がかかりそうなので、魔理沙に一本杉まで戻るように促した。
「珍しいわね。こんなところであいつを出くわすなんて」
茣蓙の上に腰を降ろす。さっきまで座っていた分、お尻の熱で少し窪んでいた。
「地底への入り口はいたるところにあるからな。この近くから出てきたのかもしれないぜ」
こいつの言うとおり、燐が住んでいる地霊殿は幻想郷のはるか足下に広がる地底世界にある。以前間欠泉から怨霊が湧いて出た異変の際、代わりに魔理沙に潜入調査させた。その際事前に地底の出入り口を調べたことがある。地底へ行き来するための洞窟は幻想郷の至るところ、大小無数にあり、内部は迷路のように入り組んでるらしい。 あの猫も間違えて変なところから出たのかもしれない。
「……うんしょ、うんしょ」
荷物を押しながら、その猫が現れる。ただでさえ雪道なのに昇り坂だから、ちょっと大変だったみたい。
よほど重いものを運んでるのかしら。と、積荷を見たところ……背筋が一瞬ドキリと逆立った。
積荷には全体に、幌の用途らしき大きな布がかぶさり覆われていた。けれど、その下からは人の生白い素足がセットでぶら下がっていたのだ。
でも、まあ。よくよく考えてみればなんてことはなかった。この猫は火車と呼ばれる妖怪で、人の亡骸を持ち去る習性があるのだ。またどこかの墓場で死体を拾ってきたんだろう。
ああいや、違うか。この辺には墓なんて無いから、雪の下に埋もれていたのを引っ張り出したのかもしれない。見たところ、脚は若い女性のものだ。おおかた、ウインタースポーツ目当てに山に繰り出した町娘が、浮かれてウッカリ遭難でもしたんだろう。死体なんか持って帰って何に使うのかは知らないけど、正直せっかくの景色にそんな辛気臭いものは見たくなかった。
「やあやあお姉さん方! 本日はお日柄もよく、こんなところで日向ぼっこかな?」
坂を昇ってくるなり、燐は屈託無い笑みを振りまく。この娘は猫らしく、基本的に陽気な性格。泣いたり怒ったりしてるところを見たことが無い。死人を運んでいるとは思えないぐらい明るかった。
さすがの魔理沙も苦笑する。「まあそんなとこだ。というか、お日柄の使い方間違ってるぜ」
「ありゃ、そうだっけ。なんにせよ偶然だね。というか、じゃあこれ、お姉さん達が落としたのかい?」
言いながら、私と魔理沙の間に手の平を差し出してくる。そこにちょこんと乗っていたのは、さっきの大福だった。
「いやさ、おかしいと思ったんだよね。いきなり丘の上からこいつが転がってくるんだから。大福がひとりでに落ちてくるわけないもん。おにぎりならまだわかるけどさぁ」
猿蟹合戦じゃあるまいし……と、そんなことを言いたいらしい――こいつは猫だけど。
「おおどうも、悪いな」魔理沙は受け取ると、そのまま私に寄越してくる。「だとさ。ほら、きれいなもんだぜ。よかったな」
「私は食べないけどね」
「なんだと。お前、さっきはもったいないみたいなこと言ってたくせに」
「いや、お供え物にしようかと……」
「わたしの大福が食えないってのかぁっ」
唐突に魔理沙は私の口めがけて、腕ごと大福を押しつけてくる。でも、こうくることはこいつが「なんだと」を口走ったあたりから予想がついていた。寸前でひらりとかわすと、哀れ魔理沙は茣蓙を飛び越えて真っ白な雪原に頭から飛び込んだ。そこは思いのほか雪が深かったらしく、跡にはくっきり、漫画みたいな人型だけが残った――なるほど、こんな感じだったのね。
人型がツボだったらしい。燐はケラケラと笑った。
「にゃははは。お二人さん、相変わらず仲がいいねえ」
どこが? と私は肩をすくめてやった。たぶん魔理沙も同じことをしようとしただろう。埋もれてなければ。
「仲がいいといえば、あなたのお友達は? 今日は一緒じゃないの?」
「え? ああ、お空のこと?」
お空とは。燐と同じくさとりのペットで、共に地霊殿に住んでいる地獄鴉のことだ。
お空というのは愛称で、本名は霊烏路空。以前八咫烏の力を手に入れたことにより、まさに無限ともいうべき恐ろしい妖力を持つ存在になった。ただ、元がカラスなので、三歩歩けば物を忘れるぐらいの鳥頭。灼熱地獄跡を管理してるからまったく処理能力が無いわけじゃないだろうけど、カブトムシのメスをクワガタだと本気で思っているような奴だ。とどのつまり、どれだけ力が凄くても使い手が馬鹿なのでさほど怖い相手ではなかったりする。
力を手に入れたばかりの頃はやんちゃしていて、それこそ燐も止められなかったぐらいだけど、一度魔理沙や霊夢にコテンパンにやられてからはだいぶ大人しくなった――もっとも、鳥頭のあいつからしたらコテンパンにやられた記憶ももうさっぱりなんだろうけど。今でもたまに博麗神社なんかに燐と一緒に遊びに来ているのを見かける。
二匹はかなり長い付き合いのようで、なんでも灼熱地獄跡が本当の地獄だった頃からの関係らしい。私は幻想郷の歴史については人並みの知識しか無いから、灼熱地獄跡が今の形になったのがどれぐらい前なのかは知らない。それでも、少なくとも数百年は前のことなんだろうけど。とにかく、それだけ一緒にいるということは、それなりに仲がいいということだ。
でもそんな燐は、どういうわけか困ったように頬を掻いていた。
「それがねえ。今あいつ、どこいるかわからないんだよねぇ」
「わからない?」
いつもセットで見かけるわりには珍しい。一人でどこかに行くにしても、行き先ぐらいは告げていくものなんじゃないのかしら?
「迷子か何かか?」
魔理沙はようやく雪の中から這い出たところだった。尋ねるついでに、犬みたいにぶるぶるして全身の雪を落とす。つくづくこいつは女らしさの欠片も無い。
「だったらまだいいんだけどね。行く先々で暴れて、それがかえって目印になるから」
なるほど。あいつの能力は核融合を操る程度の能力。そんな奴が騒いで歩けば、もれなく大地は紅蓮焦土に早変わり。あとはその死屍累々を辿っていけばいいってわけか。いずれにせよ、迷惑極まりないけど。
「でも、迷子じゃないんならどうしたの?」
「それがね。逃げたんだよ」
「えっ、逃げた?」
思わず問い返す。俗人の身、そういったゴシップっぽい話にはつい反応してしまう。
いなくなったんじゃなくて、逃げただなんて……あらあら。どういうことかしら。なんだかちょっとばかり、ひと悶着の気配が漂ってきた気がする。
その空の件で疲れているのか、それとも呆れているのか。燐は車の手すりに肘を置いて体重を預けた。
「そ。逃げたの。まあ、自業自得なんだけどさ」
「何かやらかしたのか? まあ、やらかしてもおかしくない奴ではあるが」
呆れたことに、魔理沙は不真面目ににやついていた。そういえばこいつは、他人の不幸でおいしく食事ができるような奴なのだった。
「あはは。やっぱお空、そんなふうに思われてたかぁ。まあでも別に、今回もたいしたことじゃないよ。いつもみたいに暴れただけさ」
いつもみたいに、ね。ふうん。
確かにあの地獄烏は、八咫烏の力を得てからというものの強気になって、そこらじゅうで暴れまわっている。当然毎度あの破壊的な能力を使うので、行く先々を火の海にする。たまに霊夢や、あるいは自分より強い妖怪に出くわしては反省させられるんだけど、鳥頭なのですぐに忘れる。結果、何度も同じことを繰り返してしまう。そう考えれば、友人であるこいつも色々気苦労が多いことだろう。
うーん、そうよねぇ。大変よねぇ。特に、連れが破天荒な奴だと。
「わかるわ、その気持ち。実にわかる」
うんうんと頷いてやった。そんな私に、魔理沙は呆れて腐ったみたいな横目をくれる。
「何一人で納得してんだ? あごの運動か?」
……こいつはちっともわかってなかったらしい。ヘチマ並みに神経の無いこいつには無理からぬことだから、今さら期待することなんてないけど。
「で、いつも通りなのになんで逃げたの?」
「ちょっとね、今回は相手が悪かったのさぁ。ほら、ちょっと前地上にできたじゃん。妖怪がわんさか集まる寺」
「寺? マタタビでも焚いてんのか?」
魔理沙の聞き返しが明らかにふざけていたので、鬱陶しげに睨みつけてやった。
「命蓮寺のことでしょうが。わかってるくせにいちいち横着しないでよ。話が進まないわ」
嫌なことでも思い出したみたいに、燐は後ろ頭を掻く。
「あーそうそう。その命蓮寺の、聖白蓮だっけ? 相手も考えないで、その寺で暴れたらしくてさぁ」
「白蓮か。そいつは相手が悪いな。まあ、わたしは勝ったことあるが」
「あら。あの人、やっぱり強いの?」
魔理沙の方に向いて訊いてみた。私は白蓮とはまだ闘ったことは無いけど、お酒の場で話したことぐらいならある。物腰が柔らかく、態度は控えめで奥ゆかしい。自分勝手な妖怪が多い幻想郷の中で、ずいぶんとできた人――もとい人外だなと思った。
でも一度対面しただけで、内に秘めた魔力の底知れなさは感じ取れた。彼女は私と同じ人間から修行してなったタイプの魔法使いらしいけど、私なんかよりはるか昔からのキャリアらしい。そんな奴によく魔理沙は勝てたものだ。
「そりゃ強いさ。なんせ八百年だか魔界に封印されてたくらいだし。宝船をそのまま寺にしちまうんだぜ? いやぁ、同じ元人間の魔法使いでもスケールからえらい違いだよな~」
馬鹿にしたような目線の方向からして、勝手に比較されてるのはどうやら私らしかった。さてこのトウヘンボクをどう黙らせるかと考えたところ、ちょうど魔理沙のドロワーズから白い脚が無防備に伸びているのに気づく。試しに少し強めにつねってやると、魔理沙はギャッと感電したエビみたいに跳びはね、はずみでまた雪の上にダイブした。
「それで逃げたってこと?」
うるさい奴がめでたく静かになったところで、燐に向き直る。燐は「まあね」と頷いた。
「その時はなんとか地下に逃げ帰ってこれたんだけど、その住職さんの方がしつこくてねぇ。仲間にお空のことを捜させてるらしいんだ」
ふーん。じゃあ、捕まえる前に高飛びしたってわけね。
意外と根性が無いというか、なんというか。結局あの地獄鴉も気が強そうに見えるのは八咫烏の力のおかげで、元々の性格は案外みみっちかったのかしら。
「空は相当派手に暴れたのね。そんなに執拗に捜されるなんて。それに、あの人柄のよさそうな住職をそこまで怒らせるなんて」
「いや、それが怒っているわけじゃないのさぁ。そいつも変わってるよね。悪い妖怪を見ると、改心させたくて仕方なくなるんだって。平たく言えば、寺に置きたがってるっていうかさ。お空にしたら、そんなのただ怒り狂われるよりよっぽど性質が悪いよ。だから捕まったら最後、一日中禅やらなんやら組まされて頭おかしくされちゃうね」
なるほどだから逃げた、と。それは確かに、ただ怒り狂うより厄介かも。
ただ、一つ引っかかることがあった。
「でも、わざわざ逃げる必要無かったんじゃない?」
「え? なんで?」
「だって、地上の妖怪は決め事で地底には手出しできないもの。だから私も以前、怨霊の湧いた時魔理沙に調査させたわけだし。だからむしろ自分の家で閉じこもってた方が安全でしょ」
「あー。まあ、お空だからねぇ。そこまで考えが及ばなかったんじゃないかな、きっと」
燐は苦笑いする。すると、いつの間にか復帰していた魔理沙が横から口を挟んだ。
「いや、だが逃げて正解だぜ。あの寺の連中の中には、地底出身の妖怪もいる――鵺とかな。そいつらに捜させればいいだけの話だ。ま、つっても所詮ここは幻想郷。たいして広いわけでもないし、匿ってもらうようなあてもなきゃ時間の問題だろ」
あて、ねぇ。
まあ、そんなのあの娘にあるわけないでしょうけど。でも、だったらどこに消えたのかしら。
「じゃあ、あなたはその空を捜しに来たってことね。ここ(地上)に」
「それもあるけどね。とりあえず今は、あたいはその命蓮寺に用があるのさ。今白黒のお姉さんが言った通りこのままじゃ、遅かれ早かれお空は見つかって寺に連れてかれるのは目に見えてるからね。だから今のうちに頼みに行こうとしてたんだよ。情状酌量をね」
「情状酌量?」
「ほら、お空はあんなだけどさ。なんていうか、その、別に悪い奴じゃないんだよ。根っこの部分はさ。だから、怨霊の異変の件だってちゃんと反省させたし、あいつ自身もうこんなことしないってちゃんと約束したんだ。もちろん、もう地上侵略なんて馬鹿なことは言ってないし――というか、言ってたこと自体もう忘れてるだろうし。その白蓮って僧侶は話はわかる奴って聞いたからさ。お空にそんなに悪気が無いってわかれば、それだけすぐ解放してくれるかもしれないじゃん。ああ、もちろんその後にあたいも捜すよ。あたいが先に見つけて連れてけば、心証もよくなるだろうし、ね」
ふーん……ということは、つまり。
この猫は友人のためにわざわざ、地上くんだりまでやってきたっていうの。ふーん。
「友達想いなのね、あなた」
茶化すつもりはまったく無くて、素直に出た言葉だった。燐はわずかにどもると、ちょっと赤らめた顔を向こうの山に背ける。
「いやまあ、とにかくさ。お寺なんてお空のやつ免疫無いし、何週間もいさせたくないんだ。だからせめて、あたいが代わりに誠意見せれば少しは手心加えてくれるかと思って。あいつ頭空っぽだから、あんま長いこと変な教え詰め込まれたら冗談抜きで洗脳されちゃうよ」
「そうね。大人しい空なんて気持ち悪いものね」
「丸くなった方が平和のためだと思うがなぁ」
締めたのは魔理沙だった。私は信じられない顔をして振り返る――どういう神経してるのよ、このデリカシー欠乏症め……。
そのまま脇で首根っこ捕らえて、小声で耳元を罵ってやった。
「……ちょっとあんたっ。なんてこと言ってくれてんのよ。ちょっといい話だったじゃない。少しは空気読みなさいよっ」
「く、空気って。そんなシリアスだったかぁ……? ま、まあ悪かったから離してくれよ。ちょっと苦しいって」
そのまま絞め殺してやってもよかったけど、ここで死体にしたら燐に持っていかれるのでやめておく。とりあえず適当に解放して、燐に向き直った。
「でも、誠意っていってもすぐわかってくれるかしら。いくら相手が白蓮でも、ただ口で訴えるだけじゃ……。なんなら、私も掛け合ってあげましょうか?」
基本的に他人には興味が無い私だけど、かわいそうと思う情ぐらいはあるつもりだ――このボンクラ魔理沙と違って――。聞けば少しばかり同情したくなる話だし、助け舟の一隻ぐらいはやぶさかじゃない。空を捜させているということは、白蓮達はもうとっくに旅行から帰ってきているんだろうし。帰りがけに私もついていってやるぐらいはしてあげてもいい。
そんな親切のつもりだったのだけど、燐は遠慮するようにこちらに両手を向けた。
「ああー……いやいや。いいっていいって。そりゃありがたいけど、ほら、最悪お姉さんも巻き添えになっちゃうかもしれないしさ。それに、一応侘びのつもりに上等な菓子折り持ってきたんだ。こうでもしないと、ちゃんと誠意にならないと思って」
ちら、と燐は手元の車に目配せする。ちゃんとその中に用意しているらしい。
なるほど、菓子折り。お坊さんが喜んでお菓子食べるかは知らないけど……でもまあ確かに、誠意って点じゃ悪くないかも。
「へー、詰め合わせかぁ。ちょうどよかったなぁ。今日は大福しか持ってきてなかったし――ギェッ」
車の荷に不審な腕が伸びていたので、手の甲の上から踏みつけてやった。魔理沙は手を真っ赤に腫れさせて茣蓙の上をのた打ち回る。さすがは春でも冬でも使えるロングブーツ、効果覿面。しばらくして、フーフー手の甲を吹きながら涙目で上目遣いしてきた。
「さ、さすがに冗談だっての……。今日のお前はいちいち遠慮が無さ過ぎるぜ」
「私A型だから。少なくとも人間の頃は」
「どういう理屈だよ、ったく」
「やるなら徹底的にやる完璧主義ってことよ。とにかく、行く途中だったのにわざわざ呼び止めて悪かったわね」
猫の方に詫びておく。燐は先が二つに分かれた尾を振りながら答えた。
「いんや、構わないよ。確かこの近くだったと思うんだけど」
「で、ついでに死体漁りってわけか。ちゃっかりしてるねえ」
またこいつは懲りない発言を……。今度はその丸いほっぺでもつねってやろうかと思ったところ、燐がけろりと告げた。
「そりゃまあ、せっかく上に出たんだしね」
…………。猫というのは案外現金な動物らしい――というか、ひょっとして空気やらなんやら気にしてたのは私だけ?
「じゃ、そんなわけだからさ。あたいはそろそろ行くね」
燐はもう猫車に手をかけていた。私は慌てて向き直る。
「あ、ええ。早く帰ってこれるといいわね、あなたのお友達」
「へへへ。まあ、その前にあいつの行き先見つけなきゃなんだけどね。お姉さん達もごゆっくり~」
片腕をこちらに振りながら、陽気な顔が坂の下に消えてゆく。
あの娘の状況的に、決して陽気になれるような気分じゃないでしょうに……。でも、強がりにも見えないし。ああも身軽なのは、猫特有の習性に起因してるような気がする。
情状酌量、か。うまく話をつけられればいいけど……どうかしらね。私もあそこの住職のことはそんなに知らないから。
今度様子でも見に行こうかな、命蓮寺に。一週間もすれば、空ももう見つかってるだろうしね。
さて。とにもかくにも、今日はこの件はこれで終わり。私たちも帰るか、それとももうすこし雪見にしっぽりするか。となりの奴に尋ねようとした時だった。
目を刺すような空っ風が、唐突に魔理沙との隙間を薙いだ。
「行き先、か」
葉から雫が落ちるみたいに、ぽつり、魔理沙は口にした。
「えっ?」
「北か、南か。行く当てがあるとは思えないけどな、あの猫にも」
たちまち呟きは気流に流され、千々に乱れて消えてしまう。
でも、こいつは今確かに言った。……〝あの猫にも〟?
「ねえ。今の、どういう意味?」
ん? と魔理沙のくりくり黒目が向く。
「なんだ、聞こえてたのか」
「聞こえちゃまずいことでも言ったのかしら?」
今度はくりくりをぱちぱち、リスみたいにしばたたかせる。やがてひょいといつもみたいに肩をすくめて、リラックスしているところを見せた。
「別に、そんなつもりは無いさ。お前だって、そんな言い方してくるってことはもう気づいてんだろ?」
「何に?」
かく、と魔理沙は首だけでずっこける。
「って、お前……じゃあなんだ? さっきは合わせたんじゃなくて、素で言ったのか? 早く帰ってこれるといいとかどうとか」
会話が噛み合ってなかったらしい。魔理沙の意図がピンとこなかったので、こっちは余計に焦れてしまう。
「だったらなんだっていうの。言いたいことは結論から言って。英語みたいに」
「文法変えてどうするんだよ」
「ツッコミはいいから早く言って」
「そっちから変なこと言ってきたくせに……。ま、いいや。お前さ」
「あによ」
「さっきの話、なんか引っかからなかったか?」
「さっきの話? 空のこと?」
当然、それ以外に無いだろう。魔理沙は頷く。そして――
「そうだよ。決まってるだろ」
なんでもないことのように、その台詞を口にした。
「あれたぶん、全部でたらめだぞ」
「……なんですって?」
私は反射的に問い返していた。
「じゃあ何? 燐は私たちに嘘をついていたと?」
ま、そういうことになるね。そう魔理沙は肩をすくめる。
「その様子じゃ本当に何も疑ってなかったみたいだな。まあいいさ。今日一日はゆっくり休もうって言ったもんな。休暇はしっかりとらなきゃ――」
「いや、それはいいから。どういうことなの。説明してよ」
魔理沙のこの態度。どうやらこいつには、なんらかの確信、根拠がある。
……嘘ですって? あれが? 全部?
さっきの燐の話、おかしいところなんてどこにも無かった……はず。
なのに、なんでこいつはでたらめだなんて……。
だいたい、彼女が私たちに嘘をついてなんの得があるっていうの? さっき偶然出くわしただけじゃない。
…………。
不意をつかれたせいで、ちょっと頭の整理が追いつかない。困惑が顔に出ていたかもしれないけど、魔理沙はさして気にしてはいないようだった。
そのまま背中を倒し、魔理沙は仰向けに寝そべり空を見上げる。腕を頭の後ろで組んで枕にすると、くあぁと一つ欠伸を放った。
「まあ話してもいいけどさぁ。何度も言うように、今日は頭を休めに来たんだぜ? なら、休む時はしっかり休まないと。だいたい、最初に推理は無しって言ったじゃんか」
もったいぶってるわけじゃなく、本当にただ乗り気じゃないらしい。
でもどんな理由だろうと、教えてくれないんじゃこっちが焦れて仕方ない。少し頬を膨らせて不満を露にしてやる。
「それは、そうだったかもしれないけど……」
やっぱり、気になるものは気になるし。うーん。
なら自分で考えればいいんだろうけど……正直、さっきは話を聞きながら、嘘か本当かなんてこれっぽっちも疑ってなかった。一度心で信用してしまえば、先入観で荒が見えにくくなる。
うーん。
なんとかして、こいつに説明させる方法は無いかしら。
「……ねえ、魔理沙」
魔理沙は眠そうに目元をこすりながら、「なんだ?」
「あなた燐の言うことはでたらめって言うけど、そう言う根拠はあるの?」
「そりゃ、多少でも無きゃ言わないだろ。じゃなきゃただの当てずっぽうじゃないか」
「それって、ちゃんとした物的証拠?」
「いや、違うが……何が言いたい?」
片目だけでちらり、こちらを見る魔理沙。思ったとおり。根拠といっても、さすがに確かなものじゃないみたい。
なら……。
「物的証拠じゃないのなら、さほど論拠の高い証拠じゃないわよね。じゃああなたの考えているそれは、推理っていうより机上論。ただの妄想じゃない?」
「それは……まあ、大した証拠が無いなら机上論と妄想の区別はつかないが」
「今日は推理は禁止って話だったわよね。でもだったら、妄想を話すだけならしてくれてもいいんじゃない?」
言われた魔理沙は、今度はしっかり両目を見開く。しばらくして、プッと横に噴き出した。
「ははは、なんだそれ。お前、言ってること屁理屈ってわかってる?」
こうも面と向かって笑われるとバツが悪い気もしなくもないけど……まあ、こっちもこういう反応がくるとわかってて言ったこと。あえてクールに、軽く肩をすくめてやった。
「でも、あなた嫌いじゃないでしょ? こういうの」
「ふん。まあ、わかったよ。そこまで言うなら教えてやらんでもない」
……よし。我ながら、こいつの扱いがうまくなったものだわ。
魔理沙はわざわざ身を起こすようなことはしないで、横になったままだった。あくまで片手間の言葉遊び。こいつにしたらそんなとこらしいけど、このもどかしさが解消するなら、まあ、許す。
「今から私がするのは、お前の言うとおり推理ってより根拠の無い妄想だ。だからお前が信じないなら信じないでくれていいし、わたしは別に信じてもらわなくても構わない。ただあんまり突拍子も無いからって、ああだこうだいちゃもんつけるのはやめてほしいね」
「いやに前置きするのね。まあわかったわ」
「別に意味は無いけどさ。何度も言うように、今日ぐらいはゆっくり頭を休めたいってだけだよ。正直、大福食べてから眠気が出てきたしさ」
やっぱり眠たかったのね……。まあ、そんな気はしてたけど。
「じゃあ、手短に噛んで含めるような説明頼むわ」
「無茶言うな、まったく……。まあいい」
一度言葉を切る魔理沙。少し黙り込む。どう説明するのか、頭の中で組み立てているんだろう。
青空の虚空に漂っていた視線が、ふらりと私の顔を捉える。
「改めて言うが、あいつの話したことは大嘘。根も葉もないでたらめだ。ただ、全部……というとちょっと語弊があるか。たぶん、そのほとんどがな」
「……ほとんどって、どの辺が?」
「そりゃ、ほとんどだからほとんどさ。八割方って言ってもいいな」
八割……うーん。確かに、それはほとんどって言っていいけど。
でも、やっぱりにわかには信じがたい。そもそも、なんで嘘って断言できるかもあやしいし。
「でもさっき言ってたように、あなたにもちゃんとした根拠は無いんでしょう?」
「まあね。でも根拠が無いだけで、限りなく黒に近いグレーだって言えることはあるぜ? それは〝菓子折り〟だ」
「菓子折り?」
「あいつは、『命蓮寺に菓子折りを届けに行く途中』って言っていた。まずそれがダウトだ。届けに行くどころか、菓子折りなんて持っていなかった」
……ふむ。
確かにいきなり突拍子も無い。燐は確かに菓子折りを届けに行くって言ってたのに、それを真っ向から否定するなんて。
とりあえず、妥当な反論を返してみる。
「どうして? 確かに私たちは菓子折りの箱自体は見せてもらってないけど、ちゃんと車の荷の中にあったかもしれないじゃない。というか、そうじゃないの?」
手押し車の荷には、ばっさり布が被せられていた。箱の形に盛り上がっていたなんてことはなかったけど、だからといってあの中に菓子折りが絶対無いとは言い切れないはず。
「ありえないね」
それでも、魔理沙はきっぱり切って捨てた。
「思い出してみろよ。〝あの車には、一緒に死体を乗せてた〟んだぜ? そんな荷台と同じところに一緒に置いとくと思うか?」
「思うかって……。その方が楽でしょ? この辺坂道多いし、持ち運ぶ分にはまとめた方が……」
……いや、違うわ。
ただの荷物ならともかく、その菓子折りは白蓮にプレゼントするためのもの。それなのに、死体と一緒に持ち運ぶなんてできるわけがない。縁起が悪いとかどうこう以前に無礼だし、侘びになどなるわけがない。それに一緒にしておけば、死体の臭いが移ってしまうかもしれない。その侘びの品があろうことか腐臭を放っていたりなんかしたら、誠意どころの話じゃない。むしろこれはどういうことかと憤慨させるのが落ちだ。
「……そうね。ありえないわ。死体と一緒に運ぶなんて」
「わかったみたいだな。いやぁ、お前もずいぶん物分りがよくなったよなぁ。これもひとえにわたしのおかげかな」
「おかげっていうより、仕方なくよね。毎度あなたに付き合わされるせいで」
やれやれ。そう聞こえるような感じで、首を左右に振ってやった。魔理沙は寝ながら溜め息をつく。
「褒めたつもりなんだけどな、これでも。まあ話を戻すか。燐は菓子折りを持っていなかったにもかかわらず、白蓮に届けに行くとわたし達に話した。つまり嘘をついたわけだ。とすると、それまで語ったあいつの話にも虚偽がある、その可能性が出てくる」
「実際、あなたは八割方嘘だって思ったわけよね。でも……」
「どうした? まだ騙されたのが信じられないか? 猫が猫被ってもなにもおかしかないだろうに」
「……くだらないってば。いや、もうあの娘が嘘をついたってことはわかったわ。でも、どうしてなの? ただ偶然道端で通りかかっただけの私たちに、なんでわざわざ嘘八百を並べなきゃならないの?」
「そりゃ、本当のことを言うわけにはいかないからだろうさ。隠したかったんだよ、真実ってやつを」
隠したかった。それはそうだろうけど……。
当然気になるのは、その真実が何かってことなのよね。
…………。
まさかと思うけど……さすがにそこまで推理はできてないわよね。こいつ。
まあ、いくらなんでも無理無理。たったあれだけの話聞かされただけで、その裏まで全部見透かすなんて。それより先に、もっと手近な疑問から手をつけるべきだわ。
「じゃあ、燐は何しに命蓮寺に行ったのかしら。菓子折りを持ってないなら、手ぶらで謝りに行くつもりなのかな。ちょっと無謀な気がするけど」
「それも無いな。無謀とかそれ以前に、わたし達に菓子折りの嘘をつく意味が無い。だいたいどこまで嘘かわからないんだから、あいつが本当に命蓮寺に向かったかすらわからんだろ」
そっか……。極論で言えば、そういうことにもなるわけね。
「でも、さすがに命蓮寺には行ってるんじゃない? すぐばれちゃうでしょ、そんなの」
「ふうん。なぜだ?」
「なぜって。それは、例えば私たちが後で寺に確認しに行ったら一発じゃない」
ほう、と魔理沙は感心したように鼻を鳴らす。
「お前にしちゃいいとこに気づいたな。お前の言うとおり、命蓮寺に行ったかどうかなんてのは、後でから寺の連中に燐が来たか尋ねるだけでばれてしまう。現にお前、さっき結構あいつらのこと気にしてたよな? 後で様子を見てみようとか考えてたんじゃないか?」
事実考えてたので、視線を逸らして苦笑いするしかなかった。
「とにかく。こんな簡単にばれる嘘をつく馬鹿はいないってことね。例え猫でも」
「まあな。もっとも、あの化け猫は動物でも何百年も生きている妖怪だ。烏の方と違って、頭が別段悪いってわけじゃない。ついていい嘘と悪い嘘の区別ぐらいはつく。だから、今の『燐は命蓮寺に行った』は事実。真と定めて差し支えないだろう」
推理は休みなんて言っておいて、なかなか論理的な展開をしてくる。とてもただの妄想とは思えない。
魔理沙の語りはさらに続いた。
「さて。ここからさらに踏み込んでたった一つの真実だけを見つけるには、あいつの話を吟味し、解剖しなきゃならない。あんまり何もかもでたらめだと、わたし達が確認をとったときに嘘だとばれてしまう。例えば今言ったように、後でお前が命蓮寺に様子を見に行ったりしたらな。だから、丸っきり嘘ってことは無いと思う」
「じゃあ、あなたはどこまでが嘘だと?」
「さっきお前が言ったように、わたし達が命蓮寺に様子を見に行く可能性は充分考えられる。だから少なくとも現場に行ったらすぐばれるようなことは本当のことだろうな」
ふむ、なるほど。
確かに魔理沙の言うとおりかも。燐が話した内容と、私たちが命蓮寺に行って得た事実に食い違いがあれば、当然私たちは疑いを持つ。そんなにすぐに悟られてしまっては嘘をついた意味が無い。
「この〝わたし達が命蓮寺に行ったらばれる〟っていうのは、ウソかどうか見分けるためにいい指標になる。例を挙げるとすれば、『燐が命蓮寺に向かった』のはほぼ確かだ。寺にいる奴に今日猫が来たか尋ねればすぐわかるからな」
「あれ? でもちょっと待って。その理屈だと、燐が菓子折りを届けたかどうかも尋ねれば嘘だってばれない?」
「ああ、菓子折りの場合は例外だ。燐は白蓮に会ってこう言えばいい。『本当は菓子折りも持ってくる予定だったけど、途中で転んで駄目にしてしまった』。これなら後でわたし達が菓子折りをもらったか訊いても、白蓮は同じように答える。これならわたし達の視点から見れば矛盾は無い」
うーん、なんだかえらい先読み。言ってることはわからないでもないけど、この辺は今ミステリーを勉強中の私には難しいかも。
少し、考えてみる。私たちが現場に行けばすぐにわかるようなことが事実……か。
「でもだとすると、かなりのことが真実ってことになる気がするんだけど。空が寺で暴れたことも間違ってないでしょうし……。行方不明になったっていう件は?」
「悪くない線だな。そいつは命蓮寺の連中に訊いても真偽はわからない。『空の姿が見つからない、消息がわからない』ってのは事実だろうが、自分の意思で隠れているのかは断定できない。実際わたしはそこは嘘だと思うね」
ということは魔理沙は、本当は空は行方不明なんかじゃないと考えていることになる。
空は失踪なんかしていない。つまり、燐は空の居場所をわかっている……とすれば。
「じゃあ、こうとしか考えられないわ。空は逃げたんじゃなくて、燐がかくまっている。燐はひとまず空を自分しか手の届かないところに潜めておいて、その間に自分が白蓮に直談判に赴いた。でしょう?」
「なるほど、なかなかいい推理だな。だが、それだと説明のつかないことがある」
「何?」
「結局お前の言うように燐の目的が直談判なのなら、わたし達にした菓子折りの嘘はなんだったんだ? まったく意味が無いし、説明できないだろう」
「うーん……それもそうね」
燐の目的が結局白蓮に頼みに行くのなら、菓子折りを持っていようがいまいが、わたし達に嘘をつく必要はまったく無い。そもそも、燐が菓子折りを持っていないのはほぼ間違いないわけだから……。その前提から始めた推理である以上、矛盾にしかならない。
う~ん、いよいよ難解になってきたわ。
いや……待てよ。
「燐の目的が直談判なら、菓子折りの嘘の説明はつかない。今そう言ったわよね」
「何か閃いたか?」
「じゃあ逆説的に言えば、こういうこと? 菓子折りの嘘の説明ができないんだから、燐の目的は直談判ではない。別の何かである」
おお、と魔理沙はわずかに目を丸くする。
「ほんとに物分りよくなったんだな。そう、『燐は白蓮に空の情状酌量を考えてもらうために命蓮寺に行った』。これもダウトになる」
あら、また褒められたわ。
ちょっと嬉しいけど、こういうときは顔に出さないのが七色の人形遣い。口許がゆるむのを抑えて、クールに後ろ髪を根元から撫でてみせた。
「それはどうも。でも、問題はまだある。というより、ここからよね。じゃあ、〝燐は命蓮寺になんの用があったのか〟」
今までできた仮説――『燐は命蓮寺に向かった』『燐は命蓮寺に行ったのは、白蓮に空の情状酌量を考えてもらうためではない』、これらが正しいとすれば、燐が命蓮寺に行った情状酌量とは別の真の目的が存在することになる。
いったい、その目的とは……?
「お前は何だと思う?」
「そうね……」
正直、見当はつかない。
ここまでは論理的に道を辿ってこれたけど、これ以上となると……やっぱり、一つ考え方を飛躍させないといけない気がする。
結構長い間悩んでしまったらしい。魔理沙はくあぁと空気でも食べるみたいにあくびをする。
「さすがに難しいか。じゃあ、先に別の謎から解いてみないか?」
「別の?」
「ああ。燐は『空は今行方不明で、命蓮寺の妖怪達が捜している』って言ってたよな。おそらく本当だろう。なぜならこれも、わたし達が命蓮寺に行けば真偽が確かめられるからだ。これを前提としての謎だが、じゃあ〝空は今どこにいるんだ?〟」
いきなり変なことを訊いてくる。これには首をかしげずにはいられなかった。
「どこにいるって、だからそれがわからないって言ってるんでしょ? 行方不明ってそういう意味じゃないの。燐が匿ってるって仮説は、さっき否定されたばかりだし」
「いやまあそうなんだが。でも、わたしはわかったぜ?」
なっ……。
「なんでさっきあれっぽっちの話を聞いただけのあんたが、空の場所までわかるってのよ。ありえないでしょ」
「なんでって、それが推理ってもんじゃないか。ああいや、今は妄想だったか」
「どっちでも一緒よ。なんで燐も命蓮寺の妖怪も知らない空の行き先を魔理沙が知ってるの。どう推理できるのよ」
けっこう強めに詰め寄ったのだけど、魔理沙は相変わらず陽を浴びてのんびりしていた。寝ている膝を組み替える。
「推理じゃないって言ってるだろうに……。というか、その前提は間違ってるぞ」
「え?」
「今言ったように、『空は今行方不明で、命蓮寺の妖怪達が捜している』というのは事実だろう。だから、『命蓮寺の連中は空の行方は知らない』、これも正しい。しかし、燐が空の行方を知らないとは限らないんだ。ここが仮にウソだとしたら、こうなる。『命蓮寺の連中は空の居場所を知らないが、燐は知っている』」
あ……。そういえば、さっきそう言ってたっけ。
「でも仮にって言うからには、確証は無いんでしょう?」
「まあね。でもこの仮説が正しいとするなら、実に都合よく推理――じゃなかった、妄想できるんだよな」
そんないちいち言い換えるならもう推理でいいでしょうに……。まあでも、いちいち話の腰を折ることもない。
「空がどこにいるかもわかるってわけ?」
「同時に、燐が命蓮寺を尋ねた目的もな」
「同時に……?」
私はさらに首を横に捻った。
「空の居場所。そして燐の訪問の理由。この二つの謎はリンクしていて、どちらかがわかれば自ずともう一つの解も出てくる。都合のいいことにな。こう言えば、お前にもわかるんじゃないか?」
……リンク、ですって?
言って魔理沙は目を閉じる。後は自分で考えろ、ということらしい。そのまま口笛吹いて悦に入り始めた――こいつの口笛ときたら下手くそでテンポもあったものじゃないけど、かろうじてそれが恋色マスタースパークだということはわかる。
うーん、でも……本当かしら。うっそくさいなぁ……。
ふいに、下手くそな口笛が止まった。かと思いきや、魔理沙が横目で思いっきり睨んでいた。
「お前、今嘘くさいって思っただろ」
「お、思ってないわよ」
「ほれ、思ってんじゃん」
「思ってないったら。強いて言うなら、今っていうか常に思ってるけど」
「もう収拾つかないっての……。言っとくが嘘じゃないぞ。一応ヒントのつもりなんだから」
ふむ……やっぱりヒントなのね。
仕方ない。こいつもこれ以上は自分から話す気無いみたいだし。もう一度考えてみようかしら。
とりあえず、今まで確定している仮定は……
『燐は命蓮寺に菓子折りを届けに行く途中』、これがウソ。
『燐は命蓮寺に行った』、これは本当。
『空が見つからない、消息がわからない』、本当。
『空は今行方不明で、命蓮寺の妖怪達が捜している』、本当。
『命蓮寺の連中は空の行方は知らない』、本当。
こんなところかしらね。これで燐の話では、だいたい検証できたはず。
あと確認してないものは……燐の動機ぐらい?
動機……そうだわ。まだ動機があった。
じゃあもし、仮にだけど……。
仮に、空を助けたいという動機がウソだったとしたら――
…………。
閃くと同時に、少し、背筋がぞくりとした。
気温のせいじゃない。思い当たった先の結論は、あまり気分のいいものとは言えなかったから。
でも……おそらく間違いないはず。
ふう、と一つ長い深呼吸をする。新鮮な空気を脳内に送り込んでから、私は呼びかけた。
「わかったわ、魔理沙」
「へえ。案外早かったな」
早かったな、ということはこいつ、私がこの謎を解くことを見越していたらしい。なんだか手の平の上みたいで腹立たしいけど、それはつまり、私の推理力を評価してのことという意味でもある。そう捉えればわざわざ怒る気もしない。
上半身を捻り、寝ている魔理沙に向ける。
「気づいたのよ、前提が間違っていたことに」
「前提?」
「ええ。それは、『燐が空のために動いていたこと』よ。でも、これがウソだった」
私はいつの間にか――たぶん、無意識のうち――このことを信じてしまっていたんだと思う。今の今まで、まるで疑いもしなかった。おそらく話を聞いているうちに、〝あの猫は友人想いのいい奴だ〟という先入観を作ってしまっていた。
「この前提がウソ、つまり偽だと仮定するだけで、私の今回の話への印象はがらりと変わった。謎も一気に氷解したわ」
「ふむ。じゃあ拝聴させてもらうとするか。まず、燐が命蓮寺に行った目的は?」
「燐は空を助けるために行ったんじゃないの。むしろ逆。〝空を白蓮に引き渡しに行ったのよ〟」
へえ。そう魔理沙はにやつきながら、一応の感嘆を並べる。
「お前にしちゃ思い切った推理だな。引き渡したってことは、燐が自分の意思で空を差し出したってことだよな。てことはこういうことか? つまり、白蓮に情状酌量を求めるために空に自首させようとして――嫌がるあいつを謝らせるために連れて行ったと」
私はゆっくり、しかしきっぱりと首を横に振る。
「燐が自分で差し出したのはそうだけど、情状酌量を求めるためじゃないわ。今言ったでしょ、『燐が空のために動いていたこと』というのがウソだって。つまり、その気の無い空を無理やり連れてったのよ。燐は空になんらかの恨みがあったか、あるいは普段から気に食わないところがあった。あの二匹の仲がいいのはさすがに間違いじゃないだろうけど、仲良しでいつも一緒にいるからこそ、気に障る部分も見えてくる。ちょっと痛い目見せてやれとでも思ったんじゃないかしら」
「だいぶ考えが飛躍しすぎたようにも聞こえるけどなぁ。だいたい、お前。さっき会ったのが空を引き渡す途中だってんなら、明らかにおかしいことがあるだろ」
「何かしら?」
「何って、一目瞭然だぜ。さっき会ったのは、猫一匹。空なんてどこにもいなかったじゃんか。林の奥にでも隠れてたってのか?」
こいつの言いたいことは予想がついている。というよりもうほとんど答えがわかってしまった今となっては、魔理沙のこの言い回しは、私が説明しやすいように誘導してくれてるようにしか思えなかった。
つくづく癇にさわるけど……せっかくおいしいところを譲ってくれるのならいただいておこうかしらね。ふふふ。
「それは無いわ。空は無理やり連れてこられたのだから、お前は隠れてろと燐に言われたら、その間に逃げるはずでしょ」
「なるほどね。じゃあ、どこに?」
「簡単よ」
瞳に満腔の自信を乗せて、きっぱりと語ってやった。
「空はさっき、ずっと私たちの目の前にいたの。〝あの手押し車の荷台にね〟」
「なるほどね」
魔理沙は特に驚くようなこともなく、またなるほどを繰り返す。まあこいつがこういう反応をするのはわかっていたけどね。
でも。そっけないようで、口許はしっかり笑っていた。上出来。そんなふうな意味合いにも見える。
「確か、荷台からは人の脚がはみ出てたよな。あれは実は空のものだったって言いたいわけか」
「まあね。さすがに死んじゃいないでしょうから、背後から殴られたか薬を飲まされたかして気絶していたのよ。あとは履いているものを取れば、人間の死体と区別がつかないわ」
燐は火車。普段から死体を持ち運びしているから、布で隠されていてもあそこに乗っているのが人間の死体だと疑わなかった。普通気絶した友人をせっせと運んでいたら何事かと思われるけど、これなら自然なカムフラージュになる。会話の時の燐の印象もあいまって、さっきはまったく気づかなかった。
「だとしたら、ずいぶん大胆なことするよな。なかなか信じがたいぜ」
「一応、根拠ならあるわよ」
「えっ? 根拠?」
今日初めて、魔理沙は驚いたような表情を見せる。
どうやら……うふふ。これには魔理沙も気づいてなかったようね。
「何だよ、それ。空があの車にいたってはっきりした証拠があるっていうのか?」
今度は魔理沙が疑問を呈する番だった。若干首を浮かせて問いただしてくる。
「空がいた証拠、というと少し違うけどね。正確に言えば、あれが死体じゃないっていう根拠よ」
もったいぶってやったつもりだけど、そこはさすが魔理沙。これだけで悟ったらしい。ふんと軽く鼻息を漏らして、浮かせた首を元に戻した。
「そういうことか」
「あら。わかっちゃった?」
にっこり覗き込んでやると、ごろりと体ごと視線を背けられた。
「馬鹿言え。最初から知ってたっての」
「ほんとに~?」
「ええい、ほんとだよ。お前が言いたいのは、〝臭い〟だろ」
正解。まあ、本当に最初から気づいてたかは置いといて。
そう、臭いだ。車に乗せていたのが本当に死体だったのなら、それなりの腐臭がするはず。でもさっき燐と話していた時、変な臭いなんて微塵もしなかった。
臭いのしない死体があるとすれば、干からびたミイラか白骨ぐらいのもの。しかしあの時見えていたのは生白い素足。防腐処理を施した死体がそうそう手に入るとは考えにくいし、そもそも明治時代じゃないんだから里での葬送法は火葬で統一されている。いずれも条件には当てはまらない。
魔理沙のリンクというのは、こういうことだったのだ。燐の目的が空を引き渡すことだとわかれば、自ずと空を運んでいたという答えに辿り着く。先に空が荷台に積まれてたことがわかったなら、なぜそんなことをしてたのかという話になり、白蓮に引き渡すためという結論に至る。どちらか先にわかれば、もう一つも論理の流れで答えが出てくるというわけ――まあ、よくよく考えればちっともヒントとは言えないけど。
ちなみに『荷に乗せられていたのは、気絶した空だった』という、この仮説が正しいとすれば、死体と一緒に菓子折りを乗せてるわけがないという前の仮説が否定されるわけだけれど。でも、空を隠している時点で私たちに対しては嘘をついていることになるのだから、燐が私たちを騙したことには変わりが無い。いずれにせよ、あそこには乗せられていたのは空だけだったと言える。
「まあ、端的に言えばそういうことね。あなたはさっき気づいたみたいだけど」
「最初からって言ってるだろうに……」
魔理沙は恨めしげに横目をくれる。まあでも、そんな横目なんて痛くも痒くもないんだけど。むしろ、多少でもこいつを負かせたみたいで気分がいい。この青空見たいに晴れやかな気分だ。
いつまで睨んでも私が平然としていたせいか、ハァと魔理沙は諦めたように嘆息した。
「お前、他人を調子いい奴とか言うわりにはよく自分のこと棚に上げるよな。だいたい、そこまで気づけたのはわたしのヒントのおかげだろうに」
私はヒントのヒの字を聞いた途端に笑い飛ばした。「ありゃヒントのうちに入らないわよ」
「……まあいい。確かに、ここまではわたしの考えとほぼ変わらん。なら、本日絶好調のアリスさんにもう一つ訊こうか」
「絶好調だなんて、今日がまぐれみたいな言い方しないでほしいわね。ま、なんでもどうぞ」
「そうかい。なら訊くが……ここまでわかれば、今回の事件――まあ事件ってほどじゃないかもしれんが――、その一連の流れもある程度推測できるだろう。それを説明してもらおうじゃないか」
「流れ?」
「ああ。事の始まりから経緯、そして予想されるであろう顛末。要は全体俯瞰図だな」
ふん。俯瞰図、ときたか。
そんなことまでは考えを巡らせてなかったけど……。でもこいつの言うとおり、ここまで推理できれば自然と全体像も見えてくる。説明するぐらい造作も無いわ。
「いいわ。語ってあげる。と言っても、長い話にはならないけどね。
まず、空が暴れて命蓮寺でらんちき騒ぎを起こしたのが事の発端。後から空が暴れたという話を聞いた白蓮は、空を捜すように妖怪達に命令する。
その後で、燐がその話を耳にする。日頃の空の馬鹿っぷりに頭にきていた燐は――詳しい動機まではさすがに推理しようもないから、とりあえずそういうことにしておくわね――、地霊殿に戻ってきた空を殴るなりして昏倒させた。あとは、白蓮が血眼になってる空を差し出すだけ。途中で私たちと出くわしたけど、たぶん今頃はもう命蓮寺に着いてるでしょうね。空は森田療法も真っ青のきっつい寺修行を受けて、燐の気分もすっきり。ついでに空の馬鹿も矯正されれば文句無しって寸法よ」
「……寸法、ねぇ。そんなところだと思ったぜ」
空に向けて胸を張っていた私に、なぜか魔理沙はまた嘆息を漏らす。
でも……ん? なんなのかしら。さっきとはうって変わって、今度は諦めたというよりは呆れたように。
「しかしまあ、惜しかったな。ほとんど正解みたいなものだし、今回は九十点ってことにしといてやる」
九十点――ですって?
「……それはもちろん、九十点満点での話よね」
「そんな中途半端な評価あるか。百点中に決まってるだろ」
こいつは何を言っているのかしら。百点中九十点? 今の推理が?
むー……。
でも、こいつのこの余裕……。とてもただの負け惜しみには見えない。
「おかしなことを言うのね。さっきまでと違って、ずいぶん従容としてるじゃない。子供の一人二人産んでるみたいな落ち着きようだわ」
「産むか、そんなもの。わたしは正当な評価をしただけさ」
「言っとくけど、私は自分の推理を妄想だなんて卑下するつもりないから。推理、いや現実通りだと思ってるわ。なのに、どうして十点少ないの。どこが正当なのよ」
「いつでもどこでも自意識過剰な奴だな。説明してやってもいいが、せっかくの休暇に水を差すことになるぜ?」
「真性の魔法使いの脳は、休憩なんか必要としないのよ。というか、休みなんていいからさっさと帰りたいのだけどね」
「私の推論を否定できたら帰っていいぜ。できなかったらもう少し付き合うんだな」
こっちはもうお腹ペコペコなのに……。
……まあいいや。今回ばかりは自信があるし。どこが足りないのか知らないけど、今の私の推論よりさらに展開することはできないはず。これ以上推理するとなれば、新たな思考材料を得るしかない。この茣蓙みたいに、全部広げきったらそれ以上にはならないのと同じ。これ以上推理を広げることなんてできない。
「いいわよ。話してみたら?」
「話してやるぜ、言われなくても」
そう宣戦布告みたいなことを言い出す。そろそろ本気でも出すのかしらと思ったけど、魔理沙に体を起こす気配は無かった。相変わらず寝たままの姿勢で始めるらしい。
「私の推論――といっても、お前のと十点しか違わないわけだから、さほど長いわけじゃない。二、三箇所を訂正するだけだ。いい加減とっとと終わらせてまったりしたいし、手短に話すがいいな?」
「構わないけど、聞きたいことからお願いするわ。十点しか違わないってどういう意味?」
「あん? そりゃお前、わたしの推論が満点だからに決まってるだろ」
……言ってくれるわね、事もなげに。自意識過剰はどっちなのかしら。
「そういう意味じゃ、今回はお前はよくやった方と言えるな。成長したみたいで何よりだぜ」
「そりゃ、もうあなたの本十冊以上読んだからね。もうあなたを追い抜いてもしょうがないわ」
「減らず口も日々成長してて何よりだぜ。とにかく、訂正する点を挙げる前に、まずお前の推論がなぜ間違っているかを話しておかないとな」
「間違ってるですって? それも手短に説明できるっていうの?」
「というより、一言さ」
ピン、と魔理沙は人差し指を立てる。
「もしその推論通りならば、説明のつかない点が一つあるんだ。それは〝なぜ燐がわたし達に嘘をついたのか〟ってことだ」
「……なぜ嘘をついたのか?」
まるで予想だにしなかった箇所に切り口を当てられたので、理解に戸惑う。
「ああ。だってそうだろ? 燐の目的がただ空を白蓮に引き渡すだけなら、なんでわたし達に嘘を言ったんだ? 空だって、猫車に乗せてたんなら布なんで被せて伏せなくてもいい。隠す必要なんて無いじゃないか」
む……なるほど。そういう意味だったのね。
焦らず、考えてみる。
「ただ単に、うしろめたかったんじゃないの。空を気絶させる時かなり手荒な方法を使ったから、おおっぴらに話すのにためらいを覚えた。だから嘘をついた。どう?」
「だったらその方法だけを伏せて話せばいいだけの話だろ。空の存在まで隠す必要は無い。それに燐の性格を考えれば、ためらうどころかかえって面白おかしく話しそうなもんだけどな」
確かに、あいつの楽天的な性格を考えれば……
って、ダメダメ! 何丸め込まれてるの、私は。
納得したら間違いを認めたことになる。こっちも何か言い返さないと。
「じゃあ何? あんたは燐はあの時命蓮寺に引渡す途中じゃないと主張したいの? あの車に空はいなかったと?」
「いんや、そういう意味じゃないさ。お前と十点しか違わないって言ったろ? その辺の見解はわたしも同じだ」
「なら、何が違うっていうの?」
「端的に言えば、動機だな」
動機……?
「お前はそこまでは重視してなかったが、出来事の全体像を把握するにはやっぱ動機は必須さ。動機が百八十度違えば、事件の性質もまるで印象が変わるわけだからな」
それは……確かに言うとおりだけど。
ミステリーにおいて、事件を解くために必要な三種類の要素があることぐらい、私も知っている。つまり、誰が犯人か、どのように犯行を遂げたか、なぜ犯行に至ったか。うち最後が動機。いわゆるホワイダニットというもので、解明のための重要な手がかりになる。
だから別に重視してなかったわけじゃない。ただ単に今回の場合、そこまで推理する材料が無かったからだ。これが推理小説の中なら、この三要素はだいたい明確になるようにできているけど、今私がいるのは紛れも無い現実世界。それもたったあれだけの会話から全てを見通すなんてできるはずがない。事実は小説より奇なり、なんて言葉は気取ったロマンチストの妄言に過ぎないんだから。
「そんなことはわかってるけどね。でも、推理しようがないことには変わりないじゃない」
「それがそうでもないんだな、これが。わずかだが、ちゃんと手がかりがある。今言ったことさ」
「今言ったこと?」
「燐は何故わたし達に嘘をついたか、ってことだ。あの状況でわたし達に真実を隠すっていうのは普通しない。実は、かなり異質なケースなのさ」
異質……。
言われて初めて気づく。まるで注目してなかったけど、ただ道端であっただけのわたし達に知られていけないことなんてかなり限られるはず。
燐があんな嘘をつく場合、あいつにどういう都合があったのか……。
うーん……。
魔理沙の言いたいことは、もうぼんやりわかってきた……と思う。わかってきたんだけど、後一歩形にできない。
考える私を見かねてか、魔理沙は続けて語る。
「一つヒントをやろうか。お前は今『わたしがなぜ燐はわたし達に嘘をついたのか』って訊いた時、こう言ったよな。うしろめたかったからって」
「言ったけど……でも、それがどうしたの? 間違いなんでしょ?」
「うんにゃ、あってるよ?」
……は?
「だってあんた、それなら空の存在だけ隠せば済むって――」
「燐がわたし達に真実を隠したのは、自分のしたことがうしろめたかったから。そこはあってるって言ったんだ。だが、問題は〝何がうしろめたかったか〟ってことなのさ。お前は空を無理やり気絶したこと、あるいはそのための強引な手法が、きっと燐にとって罪悪感を覚えたみたいなことを言った。だが、それは違う。あいつがうしろめたかったのは、空を昏倒させたことじゃない。あいつの行動の根本的な動機の方だとしたら?」
「だから、その動機がなんであんたにわかるっていうのよ?」
ふむ、と魔理沙は鼻息を漏らす。
「まだピンとこないか。こりゃ、九十点なんて過大評価だったかな」
……いいところではぐらかすようなことを言うのは、こいつの意地の悪い癖だ。ここは直截に言ってやった。
「どうでもいいってのよ。その動機ってのはなんなのか、早く言いなさいよ。ほら、手短に済ますんでしょ」
「……お前、段々堪え性がなくなってきてるぞ。ま、手短に済ますつもりがずいぶん話し込んだのは確かだが。それでも、今からペースを上げても遅くはないだろう」
魔理沙は寝ながら肩をすくめる。はるか彼方の積乱雲に遠い視線を送りながら、口を開いた。
「いいか。さっきの燐の話を材料として、あいつがうしろめたさを覚える動機……そう考えれば、思いつくのは一つしかない。それは〝空に無実の罪を着せることだ〟」
「……は?」
「言い換えてもう一度言ってやろうか。燐は自分のやったことを、全部空のせいにして差し出そうとしたんだ」
自分のやったこと、ですって……?
「じゃあ……」
「そう。つまり、〝本当に寺で暴れたのは燐の方だったってわけさ〟」
それって……つまり。
「最初の『空が命蓮寺で暴れた』、これがまず嘘だったっていうの!?」
そのとおり、と魔理沙は得意げな顔で瞼を閉じる。
「それが最後のダウト。『命蓮寺で暴れたのは、空ではなく燐の方だった』。これがお前の推論と決定的に違う点だな。あいつは気絶した空を白蓮に突き出して、罪をなすりつけようとしたんだ」
空じゃなく、燐の方……。
ははっ、そんな馬鹿なこと――以前の私なら、間違いなくそう即座に一笑していたはず。でもかえって頭が働いている今の私の頭は、簡単に笑い飛ばすことに躊躇いを覚えてしまう。
……よく考えてみれば、確かに。
なるほど。それなら、私たちに隠したくなるのも当然。本当の犯人は自分で身代わりに空を差し出すなんて、正直に話せるはずがない。なにより、私たちに真実を話して噂にでもなってしまったら、せっかく罪を着せたのに真犯人が自分だと白蓮にばれてしまう。
どうして今まで思いつかなかったのかしら。確かにこれなら、動機としての条件は満たされる……。
いやいや……でもでも。
「さすがに寺で暴れた犯人が空じゃないってなれば、辻褄があわなくなるでしょ。いろいろと」
魔理沙はちょっと考える振りをして、「そうか?」
「そうでしょうが。空のせいにしたってことは、空を犯人に仕立て上げようとしたってことでしょう? いくらなんでも無茶があるわ。真犯人が燐で暴れたのもあの猫なら、白蓮達は当然知ってるはずよ。誰かに姿を見られてるんだから、身代わりになんてできるわけないじゃない」
勢い込んで否定すると、魔理沙は左右に首を振った。
「そりゃお前の勝手な先入観だな。白蓮達が暴れた犯人を知ってるとは限らない」
「は? なんで?」
「燐はさっき空が神社で暴れたとは言ったが、誰かに危害を加えたとは一言も言ってないからだ。つまり、誰とも遭遇しなかった可能性がある。たしか、ちょっと前まで命蓮寺の奴らは総出でどこか行ってたんじゃなかったか?」
あっ、そういえば……。
確かにそんな事実もあった。でも、一見関係が無いから気に留めてもいなかった。
「じゃあ暴れたっていうのは、誰もいない命蓮寺で一人でってこと?」
「そういうこと。寺が無人なのをいいことに好き放題荒らし回ったってわけさ。この『犯人が暴れた時、寺は無人だった』という仮説が正しい場合、目撃者がいないということになる。犯人は空ではないという可能性が浮上し、自然と燐が真犯人だという推論に行き着くのさ」
自然と、って……そんなにすんなり解けるのはこいつぐらいなような。イヤミじゃないでしょうね、こいつ……。
疑り深い目を送りつつ、もう一つ訊いてみた。
「ということは、『白蓮達は空を捜している』もウソ?」
「当然そうなる。正しくは、『白蓮達は寺を荒らした犯人を捜している』、だ。空を捜しているわけじゃない。同様に、『空は自分で逃げた』もダウト。あいつ自体は今回のこととは元々一切関わりが無いんだからな。空の姿がしばらく見えなかったのは、燐が気絶させて今まで隠していたからだろう。
白蓮達は犯人が誰だかわからないから、すぐに燐に手が回ってくることはない。だが白蓮が捜索を諦めない以上、遅かれ早かれ自分に辿り着く可能性はある。そこで燐は、空を身代わりにすることを考えたってわけさ」
「……あーちょっと、待った待った!」
私は大声で話を制した。このままこいつに続けさせたら、勝手にどんどん進んで結論づけかねない。
「なんだよ、手短にって言ったのはお前だろ」
「だからって間違いのあるでたらめを容認するわけにはいかないわね。さっきから平然と犯人に仕立てるとか身代わりにしたとか言ってるけど、おかしいでしょ」
不満げな魔理沙は、これみよがしに唇を尖らせる。
「まだ口を挟み足りないってわけか。どうおかしいんだよ」
「どう考えても、よ。それこそ、その燐真犯人説には決定的な穴があるでしょうが。
空は気絶させたまま白蓮に引き渡されるけど、そのうち意識は回復する。気づいた空には、現状がまったく飲み込めないでしょう。あなたがやったのでしょうと言われても、当然否定するに決まってるわ。実際、空は寺で暴れてなんかいない、身に覚えがまったく無いことなんだからね。実際空がやったっていう証拠は、連れてきた燐の証言だけ。物的なものは何も無い。空が必死で否定し続ければ、さすがの白蓮もおかしいと思うはず。もしそうなれば、最悪自分に疑いが向くかもしれないわ。そこに気づかないほど、燐は馬鹿じゃないでしょ」
一気に捲くし立てたので、言い終わる頃にはハァハァ息が切れてしまっていた。でも今指摘したこの点は、魔理沙の推理からすればまさに死活的とも言える部分のはず……。
でも、こいつは些かも動揺を見せることは無かった。
「燐は馬鹿じゃないってところは同感だな。お前の言うとおり、目覚めた空は犯行を否定するだろう。だが、燐にとってはまったく問題が無いのさ。なぜなら、白蓮は空の言うことを信じないからだ」
「は……? なんで猫は信じてカラスの言うことは聞かないのよ」
「お前も知ってるだろうに。空は〝鳥頭〟なんだよ」
あっ、と思わず口許を押さえかけてしまう。
「そっか! 鳥頭の空が身に覚えが無いって主張したところで、傍からすればまたどうせ忘れたんだろうって思うに決まってる。空の言うことは誰も信じない!」
「そう。だから空なんだよ。罪をなすりつけるには打ってつけってわけさ」
そういうことだったのね……。
突飛に思えた魔理沙の推理にも、ようやく得心がいった。まさか、そこまで燐は考えていたなんて。
自分がやってないという証拠が無い以上、空はどう主張しても通らない。なにせ鳥頭だと知られている自分の言葉は、何一つ証言にならないんだから。燐がこいつがやったと言えば、白蓮も信用するしかない。もしかしたら空自身も問い詰められるうち、ひょっとしたら自分がやったのかもしれないと思い込みかねない。そうなれば、まさに燐の思う壺……。
こちらが黙っていたせいか、魔理沙は手仕舞いにかかろうとしていた。小さく欠伸をしながら、「もういいのか?」
「あっ、待って。最後にもう一つだけ。あなたさっき、燐の別れ際に呟いてたわよね。北か、南か。あの猫にも行く当てがあるとは思えないって。あれはどういう意味?」
「ん? ああ、あれか。燐の自宅、地霊殿には心を読めるさとりがいる。無事に空を犯人にしたところで、そんな奴のいるところには帰れないだろ。こんなことが知れたらさすがのさとりも怒るかもしれないし、最悪あいつから情報が漏れる。だから空が白蓮から解放されるまでは、地霊殿には帰れない。どこかに雲隠れしなきゃならないわけさ。ま、さっきも言ったように行くあてがあるかはわからないけどな」
心を読むさとりと会ったら、嘘もなにもない。顔を合わせただけで、あらゆる隠し事が露にされてしまう。だから燐は白蓮を騙しおおせたところで、家には帰れない。とはいえさとりは家からめったに出ることは無いから、とりあえず地上にいれば安心……と、そういうわけね。なるほど、納得だわ。
……それにしても、魔理沙の奴。
燐と別れた時に今の台詞を吐いたということは……本当にあの時点で、ここまで考えを巡らせてたってことかしら。
魔理沙はいつもの能天気な顔で、前髪を指でくるくるいじっていた。今さらながら、こいつの頭の回転の速さに舌を巻かざるを得ない。
「さて。じゃあ最後に改めて、今回のまとめといくか」
「まとめ……さっき言った一連の流れね?」
「ああ。お前の言うとおり、事の発端は一匹の妖怪が起こした命蓮寺で起こしたらんちき騒ぎ。だが、首謀者は空じゃなく燐の方だ。
燐はその日は何事もなく帰ったが、後日白蓮が先日の犯人を捜していることを知った。そこで思いついたのが今回の計画。空が鳥頭だということを利用して、スケープゴートにしようと目論んだ。
空を気絶させ猫車に乗せて、白蓮に突き出そうとした。わたし達と遭遇したのはその途中だが、おそらく予定外のことだろう。わたし達の前に自分から顔を出したのは、余計なことを詮索される前に、自分から姿をさらして自分の心証をよくしておこうと考えたから。
命蓮寺に着き、やったのはこいつだと言い空を引き渡す。これでまんまと、犯人役をなすりつけることに成功。あとはほとぼりが冷めるまで、地霊殿に戻らないで地上をふらついていればいい。空が白蓮の仕置きに耐え終わるまでだからいつになるかはわからないが、あいつら妖怪にゃ寿命なんてあって無いようなもんだし、どれだけ待つことになってもさして問題なんて無いだろう」
最後に、魔理沙は寝ながら肩をすくめた。
「こんなところだな。わたしの推理、もとい妄想は。信じるか信じないかは任せるさ」
うーむ。
結局反論はできなかった。ちょっと悔しい気もするので、ささいな抵抗をしてみる。
「でも、まあ、所詮机上論よね。証拠なんて何一つ無いわ」
魔理沙は小さく溜め息を吐くと、すくめた肩を元に戻す。
「だから、ただの妄想だって言ってるだろうに。あのふわふわ浮かんでる雲と同じ、掴みどころの無いものに過ぎないさ」
「ふん。気取っちゃって」
まあそんな浮いた台詞を吐くのも、それだけ気分がいいということだと思う。もっともそれは自分の推理を披露したことより、この景色、情景が心地よくて仕方ないらしい。そんな顔をしている。
でも……正直、私も同じかと言われたらそうじゃない。むしろ心にはこびりつくようなもやもやが残っている。
「証拠が無いってことは……今から燐に問い詰めても無駄ってことよね」
もやもやの原因、それは明らかだ。
どれだけ確信に近くとも、所詮はただの推測。魔理沙の言うところの、妄想。だから今の推理を燐に話したとしても、何のことかと知らんぷりされればそれまで。糾弾することはできない。
「なんだ。何晴れない顔してるかと思ったら、やっぱそういうことか」
「やっぱって何よ。だって、普通だったら胸糞悪くなる話でしょ。あの猫ひょうきんな振りして、よくもまあぬけぬけと大嘘ついて……。おまけに善人ぶって私たちまで騙そうとしたんだもの。あなただってそう思……」
言いかけたところで、気づいて言の葉を止めた。
今までした話は、全て妄想。証拠が無い。そんなことは私よりも、先に推理した魔理沙の方がわかっているはず。こいつもよく心得ているからこそ、燐と別れたあの時何も言わなかったんだと思う。
案の定、魔理沙はどうでもよさげに空を見上げた。
「だが確実な証拠は無い。である以上、犯罪は犯罪として立証できない。もっとも、世のルールは全て拙劣な御託で、自分が神だというなら別だが」
「気取るなって言ってるでしょ。わかってるわよ。でも――」
「でも?」
「でも、空は……」
霊烏路空。結局、一番わりを食ったのは彼女ということになる。知らない間に昏倒させられて、挙句まるで身に覚えの無い濡れ衣を着せられるなんて。それも、友人であるはずの燐に。
もともと基本的に、私は他人のことなんてどうでもいいパーソナリティだと自覚している。だから自分以外の誰がどんな目に遭おうが知ったことじゃない。でも普段はそう思う私ですら、今回の空には多少なりとも哀れに感じてしまう。
「まさかお前、あんなカラスの肩入れしたいってのか?」
魔理沙の顔は珍しがっているというより、うっすら笑って馬鹿にしていた――そういえばこいつは、私以上に人間性が欠落していたんだった。
まったく、呆れて言葉も出ない。ちょっと落ち着いてから、肩をすくめてやった。
「肩なんか入れちゃいないけど。でも私だって人並みの情ぐらいは一応あるつもりよ。あなたと違ってね」
「人はどっちかってとわたしの方なんだがな。塩基配列的に」
魔理沙もすくめ返す。傍から見れば、ただのコントに見えたかもしれない。
「ま、身代わりって言っても、別に死ぬわけじゃないんだからさ。せいぜい一日中座禅組まされたり、味気ない精進料理食わされたり。悪くて個室に長期間監禁ってとこだろうな。絶対臥褥体験ってやつか」
「別に空は神経症じゃないでしょ……。まあ私も真っ青って言ったけど」
「とにかく。お前が気にする必要は無いってことさ。それに、案外無用の心配かもしれないぜ?」
「無用? どういう意味?」
「そのままの意味さ。お前が心配するような事態にはならない。おそらく……〝燐の目論見は失敗する〟」
「えっ……。どうして?」
素直に訊き返してしまう。ここにきて、一体こいつは何を……?
「今わたしが話した燐の計画。これにはな、実は穴があるんだ。白蓮は聡明な奴だ。もしあの猫がわたしの話したとおりのことを実行したのなら、おそらくその穴に気づかれるだろう」
「なんなの。その穴って?」
眠そうに後頭部を掻きながら、魔理沙は口を開いた。
「ああ、それはだな――」
*
「――とまあ、そういうわけでさ~。寺に行けって言ってもかえって暴れて仕方なかったんだよ」
「なるほど。それで空さんが寝ている間に、あなたがここまで連れてきてくれたのですか。ご友人の方に協力していただいて、もうしわけありませんね。わざわざありがとうございます、お燐さん」
目の前のこの僧侶……聖白蓮は、そう馬鹿丁寧に頭を下げる。
こういう時はどうすればいいんだったかなぁ。わかんないから、とりあえず両手を突き出して遠慮する振りをしてみる。
「あ~、いいっていいって。どうせお空の自業自得なんだしさ」
「過ちは誰にでもあります。むしろ、遅かれ早かれ侵してしまうもの。重要なのは、それを自分でどう見つめなおすかということです。私はあなた方全ての妖怪の成長を願ってやみません。道徳心の涵養もまた然り。我が命蓮寺は範なる精神を育むための場所でもあります。これもまた素晴らしいよすがです。その一助になれるならば、私は尽力を惜しみませんわ」
顔を上げた白蓮は、やんわり大仏みたいに笑う――実際こいつはお坊さんだし、案外本人もそれぐらいのつもりなのかも。如才無いって言うより、本当に心からって感じだし。たぶん、この人の頭を割って中を見てもきっと同じふうに笑ってるんだと思う。
ま、笑顔には笑顔で返しとかなきゃだよね。一応。
「あはは、そっかそっか。それで、寺の修繕の方は……と、やっぱり、けっこう時間かかりそうだねぇ」
爪先立ちで背伸びして、白蓮の肩越しを覗いてみる。目の上に作ったひさしの向こうに、古ぼけた穀倉みたいな建物がある。
噂に名高い命蓮寺。宝船を改造してできたっていう伽藍堂だけど、今は天井の一部が吹き抜けて開放的になってるはず。ここからはその部分は見えないけど、壁面には縦横無尽にヒビが走ってると思う。というより、あたいがやったんだから間違いないんだけど――蜘蛛の巣みたいで、見てるとちょっと笑いがこみ上げてくるんだよね、あれ。くくく。
つられて「そうですね……」と、白蓮も首を向ける。
「皆にも手伝ってもらいますが、竣工までは早くても二週間でしょうか。ずいぶん手酷く壊されてましたもの。皆と戻ってきた時には、本当に驚きましたわ」
ふう、と白蓮はなんだか残念そうな顔。そりゃ、自分の寺がこんな目に遭っちゃ当然だけど。
「思えば私が愚かだったのです。数百年ぶりの皆との行楽だからと、少々浮かれが過ぎていました。よもやあの日に限って、伽藍の錠をかけ忘れるなんて。ああ、これは寺院を荒らした者だけの罪ではありませんわ。私にも幾ばくかの非があることは否定できないでしょう。これからはともにいっそうの奉職と精進に努めさせていただきます」
「は、はあ。そうだね。それがいいかもね」
この白蓮って魔法使いはお坊さんだからか、それとも単に根っこが糞真面目だからか――たぶん後者なんだろうけど、さっきからことあるごとにぺこりと腰を折ってくる。
でも、まあ相手が糞真面目ならかえって好都合。この善人、見れば見るほど、まあ他人を疑うことを知らないような顔つきだし。こんな奴の裏をかくぐらい、本当の灼熱地獄の修羅場を生き抜いてきたあたいにはちょろいもんだね。
だいたい、もとはと言えば……この建物もこの建物で脆いのも悪い。あたいだって、もともとあそこまでするつもりは無かったのに。
先日。地上に妖怪寺ができたって聞いて、生きのいい死体でもないかなって思ってここに来てみたけど……死体どころか、生きてる妖怪すら一人もいなかった――寺のくせに。なんだか思わぬ肩透かし。暇を持て余して石でも蹴って遊んでたところ、伽藍の戸が開いていたのに気づいた。でもまあ、だからって勝手に中に入ったのは悪かったかもしれないけどさ。
一人で解放的だからって中ではしゃいでいるうちに、床板を踏み抜いてしまってた。どうやらあの建物、元が千年ものの船だけあって、至るところが腐ってるみたいだった。他の部分もおんなじらしくて、触ったり殴ったり蹴ったりすると面白いぐらいに穴が空いてぶっ壊れてくれた。それが思いのほか楽しくて、気づいた時には伽藍の中は台風か悪魔が通り過ぎた後みたいな有様になってた。
こりゃ、さすがにやりすぎたかな……。ちょっと心配しながらも、まあいいやってその日は帰った。次の日には案の定、寺の住職が寺院を半壊させた犯人を捜しているらしいことを耳に挟んだ。住職の白蓮は妖怪に危害を加えない善人らしいけど、お坊さんだけあって戒律には厳しいみたい。もし犯人が自分だってばれてもひどい罰は受けないだろうけど、代わりに仏門に帰依するのがどうのということで、無理やり寺に軟禁される。悪いことをすれば一日中お経やらなんやら聞かされて、ほとんど洗脳に近いことをやらされるらしい。だいたい座禅とか悟りとか言われても、正直わけわかんないし。かたっくるしい寺の修行に付き合わされるでも勘弁なのに、そんな洗脳みたいなことやらされたらお空じゃなくってもきっと頭がおかしくなる――あ~、ヤダヤダ。想像しただけでも震えがきちゃうね。
白蓮に諦める気は全然無いみたいで、捜索の手は地底にも回ってきそうな気配。こりゃ早めに手を打ったほうがいいかなぁ~……と、思い立って生まれたナイスアイディアがこれ。お空を身代わりにすること。
お空が鳥頭だってことはもう誰でも知ってる。あたいが暴れた当日、ラッキーなことにあいつは独りで一日中灼熱地獄跡で火力の調整をしてた。ようするにアリバイが無いってこと。こんなラッキー利用しない手はないよね。
そんなわけで悪いと思いつつも、とりあえずお空を失神させた。さすがにあたいも力づくで気絶させるほど鬼じゃない。こんな時のために用意しておいた、先日魔法の森で死体と一緒に拾ってきた眠りダケを使った。仕事終わりで疲れてるところを見計らって、手作りのホイコーロー――あ、ちなみにコレあたいの得意料理ね――に混ぜてふるまったら、無邪気なお空はおいしいおいしい言って食べてくれた。で、そのままほっぺが落ちそうな顔でぐっすり寝入ってしまった。
あとは車に乗せて寺まで運ぶだけ。ほんと、楽勝だね――とまあ、そんな具合に口笛吹いてた時だったかなぁ。あれは誰でも驚くよね、正直。なにせ丘の上から、おっきな大福が転がってきたんだから。
一瞬あっけにとられたけど……よくよく考えてあんなもの、自然界に転がってるわけがない。すぐに上に誰かいるんだって気づいた。すぐに思いが至ったのは、このままだと落っことした奴が大福を拾いに降りてくるかもしれないってこと。このまま鉢合わせなんてのはめんどくさいけど、慌てて逃げたところで、それを見られるのが一番ダメ。だったら藪蛇を考えても、怪しまれる前にこっちから出て丸め込んだ方がいい。ここまで瞬時に考えた自分は、やっぱり悪知恵が働く方なんだろうね。
大福の落とし主は、霧雨魔理沙にアリス・マーガトロイド。魔法使いのお姉さん二人組だった。どうせ嘘つくならってけっこう大胆なことを話した。とはいえ、ウソとホントの線引きはしっかりしたつもりだし。あいつらが気にして後で寺にでも来たなら、かえってそれが証明になってくれる。ま、ちょっとばかし演技はくさかったかもだけど、信じないまでもあれで疑われることはないよね。さすがに。
若干気になるのは菓子折りの話だけど。ああでも言わないと、あの人形のお姉さんは一緒についてきそうだった。さすがにそれだけはまずいから、あれぐらいは仕方ない。別に怪しいってほどでもないしね。あとは……。
「んじゃまあ、そういうわけだから、あたいはこれで。うちのお空が悪いことして、ほんとすまなかったよ。今度菓子折りでも持ってくるね。本当は今日も詫びのつもりで持ってきてたんだけど、来る途中で落としてダメにしちゃってさ」
はい、これでカンペキ。これをちゃんと話しとかないと、さっきのお姉さん達がここに来たときへんな風に思われるかもしれないからね。あいつらについたウソは、めでたくこれでホンモノになったわけだ。
紆余曲折あったけど、お空も引き渡したし、白蓮はこの通りすっかりあたいを信じてるし。後はしばらくさとり様に会わなきゃいいだけ。まあ、これからどこ行くかはなんにも考えてないけど、困ったら神社行けばどうせ屋根裏が空いてるでしょ。
こっちにそんな裏があるなんて疑いもしない顔で、白蓮は笑った。
「あら、お気になさらず。こちらからすれば、わざわざ連れてきてくれたことに感謝しなければいけませんのに」
「だからいいっていいって。まあ、そうだねぇ。強いて言えば、お空のこと、お手柔らかにね。あんまり無理しないでくれると嬉しいかな」
ちなみに――そのお空はまだ、そこの地面に寝転がってる。さっきと全然かわんない、ほっぺが落ちそうな顔のまま。夢の中でもずっと食べてるのか知らないけど、幸せそうな顔におっきな鼻ちょうちんをプカプカさせてる。
にしても、こんな顔をされると……うーん、さすがにちょっと胸が痛まないでもない。お空が悪い妖怪じゃないってのは、あたいが誰よりどいつよりわかってるし。
でも、まあ。白蓮の修行はスパルタだけどまともらしいし。お空の考えなしで猪みたいなところを直してくれれば、まさに御の字。なんせ、こいつが暴れて尻拭いするのはいつもあたいだしねぇ。たまにはこっちの苦労を知ってもらうのも悪くない。こいつは口で言ってもすぐに忘れるから、体でしっかり教えてもらうしかないよね。
ま。大変かもしんないけど、お空。しばらく頑張りな……。
踵を返して、猫車に手を置いた、ほとんど同じタイミングで――
にゃ……?
ポンとなぜか、あたいの肩にも後ろから手が置かれる。
首だけで振り返る。聖白蓮。相変わらずニコニコ、目を細めてた。
「あら、お待ちになって」
……相変わらず? あれ? なんだか違う。
いや、ニコニコは同じは同じなんだけど……な、何? この圧迫感。なんで変な迫力があるの?
「ちょ、ちょっと。なんなのさ」
「まあまあ、そう仰らずに。お燐さん、あなたもここに残ったらどうですか?」
嫌な予感がして一歩、退がろうとした。でも、駄目だった。肩に置かれた手は、がっしり万力みたいに締め付けて離れない。
「あの。あたいは用があるから――」
「残ったら、ど・う・で・す・か?」
今度はさらに一回り低い声。あたいは我慢できても……ああもうっ。このしっぽが勝手に、変なプレッシャーにびくんびくん反応して……。
でも、なんで一回り低い声なんだろう。
なんで変なプレッシャーを向けられてるんだろう。
…………。
「嘘つきは泥棒の始まり。ひいては、大罪の始まり。それはおわかりですね?」
な……なんで気づかれたんだろう?
白蓮の笑顔は相変わらずだった。でも、とても笑っているとは思えないような迫力がある。
「あなたはこの寺を壊したのがお空さんで、陳謝を勧めたら暴れられたから気絶させて連れてきたと仰いましたね。ですが私は最初から、お空さんが犯人だとは思っていません。むしろ、絶対に彼女では無いと信じて疑いませんでした」
「えっ。絶対って、なんで――」
言いかけたところで、うふ、と白蓮は微笑のまま横に首を軽く倒す。そんなちょっとした仕草にもいちいち反応しちゃうのは……うう、これやっぱり猫の本能なのかな。
「……その、なんで絶対なんて言えるのかなーなんて、思ったり思わなかったり……なんちゃって」
たらり。こめかみに一筋、冷汗の感触。白蓮にもばれたかもしれないけど、とてもそこまで気が回らない。
やばい……。なんでか知らないけど、絶対ばれてる。
「確かに、お空さんは気性が荒いところがあり、よく幻想郷の所々で暴れているようです。有名ですし、よく皆からも話を聞きます。彼女がわたしの寺で同じ事をしたとしても不思議ではありません。ですが今回に限っては、彼女が暴れた〝形跡〟が無いのです」
……げ。
「彼女の能力は聞き及んでいます。核反応を引き起こす能力。通った後が例外無く紅蓮焦土と化すとまで言われているのに、何かが燃えた跡すら皆目見当たりませんでした。老朽化した部分を力任せに破砕しただけです。手口が明らかに違うということで、早いうちに空さんだけは容疑者から除外していたのです」
う……やっぱそういうことか。
しまったかも。ここはなんとか言い訳を……。
「でも、だからってそれだけじゃ、お空じゃないって断言は――」
「お燐さん」
呼ばれた瞬間。ふにゃり、どういうわけか膝が笑った。こいつの法力? 考える間もなく、バランスが無くなる。そのまま倒れるかと思ったけど、白蓮は肩を掴んだ右腕一本で支えた。こんな細い腕のどこにそんな力があるのか、意味不明のことだらけで頭がごちゃごちゃになる。もう全身は自由にならなくて、ほとんどぶら下がってるだけになった。
「全ての欺瞞があってはならないものだとは言いません。時に一つの嘘は、百万言の真実に勝る時もある。しかし故意にあるべき事実を捻じ曲げ粉飾するのは、本来大きな責任を伴うものなのです。我が身かわいさに一時を糊塗し、あろうことかその責任を自らの友人に転嫁するあなたの行い。それが愚かしく唾棄すべき行為だということは、あなたにもわかりますね?」
か、体が動かない……。嘘みたいに力が入らなくて、頷きたくても頷けなかった。
「これからあなたには二十日二十夜、命蓮寺にまつわる解脱の行をその身に受けていただきます。辛く苦しい道程となるかもしれませんが、どうぞご寛恕ください。この聖、その歪んだ精の柱を正しく矯正するため善処する次第です。解脱に至る厳しい勤行は、無欲恬淡を知るための一端となることでしょう。ご心配はいりません。ここ命蓮寺は、あなたのような妖怪のためにこそあるのですから。うふふふふ」
「あは、ははは……」
もう満足に笑うこともできない。笑顔の住職に首根っこ引き摺られて、あとは伽藍の闇だけが待っていた。
*
「――なるほどね。だから失敗する、と」
いつの間にか、太陽はすでに最高点を通過していた。澄み渡る天の原を、左手で仰ぐ。指の隙間から漏れる光に、私はわずかに目を細める。
霊烏路空ならではの犯行の形跡。あいつの仕業なら、境内は火の海になっているはず。でももし推論どおり燐が犯人で、本当に暴れたのもあの猫だとしたら、現場に燃えた痕跡は発生しない。逆に言えば痕跡が無かったら、犯人は空ではない。そう推測することができる。そういうわけね。
真上に向けて、魔理沙は今日何度目かの欠伸をする。
「燐はこの穴を見落としてたわけだ。もし気づいていたなら、よりによって空の奴を身代わりになんか選ばなかったろうからな」
「とはいえ、この計画は空以外には身代わり役は務まらないわよね? だって、鳥頭で物忘れしやすいことが前提なんだから」
「そう――もっとも正確には、『物忘れしやすいと一般的に認知されていること』がだけどな――。だが穴を考えれば空は選べない。である以上、初めから計画はどうあがいても実らないようになってたわけだ。徒花だな」
あちらを立てればこちらが立たずってことか……。難儀なものね。
今回燐のやったこと。犯罪、というほどじゃないのかもしれないけど、計画一つ立てるのもすんなりいかないということだ。まあ、悪いことする奴の気持ちなんて知りたくもないし、最初からやましい真似なんかしなきゃいいだけなのだけど。
「もし燐がその穴に気づいて計画を組んだのなら、今頃何事もなく逃げおおせていたのかしら?」
「かもしれん。そのせいで今白蓮に折檻されてるとしたら、あいつにとってはさぞ熟女たる想いだろうな」
「……忸怩たる、ね」
くだらなくて、また溜め息がついて出る。
それにしても……なんだか、結局全然羽休めにならなかったわね。
嘘を嘘だと見分けるのは、普段私達が思っているより難しい。一つ一つを解明するなら、今日みたいに微に入り細に入り推考しなければならない。
でも実際のところ、私達は全ての嘘に目を向けることなんてできない。それは当然。なぜなら世界は私たちの思っている以上に、嘘と虚飾にまみれているから。小さな嘘、大きな嘘。正しい嘘、間違った嘘。そんなことは里の子供だって知っている。
だけど……。
私たちはその現実を、いつのまにか甘受してしまっているのではないか。そんなふうに思ってしまう。全てに目を向けることができないから、やがて自分から目を向けることすらしなくなっているのではないか……。
さっきだって、魔理沙が何も言わなければ私は何にも気づくことなんてなかっただろう。でもそれは気づかなかったんじゃない。〝気づこうとしなかったから〟……なのではないのか。
だとすれば。騙すより騙される方が悪い、なんて言うけど、あながちそれも真理なのかもしれない。
何が嘘で何が真実か。それを決定づけるのは、主観である自分に過ぎない。結局私たちの網膜は自分に都合のいい事象だけを取捨選択し、自分に都合のいい実像だけを写しているのかもしれない。
そう。極論で言えば、この幻想郷だって一つの大きな嘘かもしれないのだから。
…………。
なんてね。
合理的が信条なのが七色の人形遣いなのに。そんな私がこんな哲学を馳せるようになったのは、進歩といえるのか、どうなのか……。よくわからない。
もし、進歩だというなら……私にもようやく、ミステリーの楽しみ方がわかってきたのかしら。
こいつにあと一歩及ばなかったのは、ちょっと悔しいけど……。
ちらりと見ただけのつもりが、結構じっくり凝視していたらしい。目が合うとふいに照れくささが湧き上がってきて、慌てて顔を背ける。
「……あんたはいつも残念なのよ。この残念魔理沙」
「今日のお前はそればっかだな……。でもまあ、いつぞやの永遠亭の時より点数上がってよかったじゃないか。成長したもんだぜ」
魔理沙は勝手にうんうん頷いていた。なんだか付き合ってられない空気がしてきたけど、一応訊いてみる。
「ちなみに、あの時は私何点だったの?」
「五十点だな、せいぜい。一応言っとくが、五十点満点じゃないぞ」
「いや、わかってるわよ……」
「これでも褒めてるんだけどな。でもまあ、アリスよ。今回お前がわずか十点分……ちょっとばかし及ばなかった原因はだな、別段お前の推理力が足りないってことじゃないんだよ。現に肉薄してたのは事実だしな」
「推理力じゃない? なら、何が足りなかったの?」
横顔に問うと、こいつは相変わらず青空の方に向かって語る。
「足りないわけじゃない。もっと本質的なことさ」
「……本質的?」
「ああ、なぜなら――」魔理沙は冗談めかして笑った。「なぜなら、〝わたしも嘘つきだからな〟」
…………。
茣蓙に寝そべる魔理沙を、しばし呆然と眺める。次の瞬間には、笑いの衝動に見舞われた。
「ぷっ……あははっ。そうだったわね。一日の長ってわけ。だったら仕方ないわね」
ふふふ、おかしい。同じ嘘つきなら、目の付け所やポイントも似通ってくるってことか。なるほどね。
でも……どうであれ、あと一歩及ばなかったのは事実。そこは素直に認めるべきだと思う。それだって逆に言えば、後一歩まで近づけたっていう解釈もできるし。
九十点……か。うふふ。まだ十数冊しか読んでないのに、早くも読書の成果が出たってことかしらね。
よーし。なんだか、俄然やる気が湧いてきたわ。
こいつも何やら本気でミステリ書いてるらしいし。それまであと百冊ぐらい読んで力をつけなきゃ!
と、ひそかに拳を握り締めたところで、どこかから間抜けな音が聞こえた。
ぐううう……。
発生源は他でもない自分だった。あうう、そういえばお腹が減ってたんだったわ……。
「聞こえたぜ。ほら」
魔理沙の手が差し出される。そこにはやっぱり……ちょこんと大福が載っていた。
「って、これ、さっきのやつよね」
「しょうがないだろ、最後の一個なんだから。せっかく拾ったんだし、味が悪くなったわけじゃないんだからちゃんと食べろよ。うまいぜ、きっと」
はあ。きっと、ねえ。そんなに食べさせたいのかしら。
でも……
思えばこの大福が転がったおかげで、気づくことができたのよね。本来気づかない嘘に。
くすり、自然な微笑が漏れた。こんなちっぽけな大福にも、因果はあるものなのね。
それならここで私がこれを食べることも、一つの因果なのかも。
「わかったわよ。いただきます」
ぱくり。それを丸ごと一口にする。
同時に、私は異変に気づいた。しかし時すでに遅し。たちまち口いっぱいに強烈なワサビの刺激が踊り狂い、私の微笑は崩壊した。
~了~
必ずしも魔理沙だけ活躍させるのではなく、アリスにも推理させる演出がニクい。
かといって魔理沙の方も完璧というわけではなくドジなところもあったりして、いかにもコンビって感じが出てました。
お空ちゃんの台詞が無かったのは少し残念ですが、幸せそうな寝顔だけでも最高です!
私はお燐の嘘を見破れなかったなぁ。
死体と一緒に菓子折りは妙かな、とは(一応)思ったんですけど……。
『まあ、そう言う妖怪だから気が回らなかったんだろう。
はみ出てる死体も保存状態が良さそうだし、凍死したてホヤホヤのを拾えたか?』
程度でした。
妖怪の倫理観に関する先入観ですね。お燐は頭のいい子と描写されてたのにw
とりあえず、お燐はプギャー!(aa略
うにゅほは命蓮寺で美味しい物でもご馳走になって、ホクホク笑顔で帰ってらっしゃい。
魔理沙はそういう意味では一番探偵に向いているのかもしれませんが、
他人のために動くことはないでしょうから趣味の範疇で留まってしまいそうですね。
しかし、やはり妖怪(霊夢や魔理沙、咲夜もですが)には、道徳感や倫理観が皆無ですねぇ。
まぁ群がって生きている訳でないので、他人よりも自分を優先するのが当たり前の感覚なのでしょうが。
妖怪が妖怪らしかったという点も含めて、非常に面白かったです。
ただ、ラストのお空がやったという嘘の穴には気付けましたよ(ドヤァ
このSS、100kbだってのにすごく短く感じました
次回作も期待しますw
燐が暴れるのと空が暴れるのとじゃだいぶ違ってくるんじゃないかなーと。
というか、わさび入り大福www
だから魔理沙が嘘つきって強調してたんですね。
まさか一番最初の文の伏線が一番最後の文で回収されるとは思ってもみませんでした。
こりゃ参ったといわざるをえない。
ワトソン役が引き立て役になるのがミステリーの王道とはいえ、
読んでいて愉快ではないです。
この話に出会えて良かった。幸せです!!前作も前々作も今から読んで来ようと思います。
「窈窕、もとい、茣蓙、慨嘆、一張羅、ファンシー、お日柄、紅蓮焦土、死屍累々、ヘチマ並みに神経の無い、しっぽり、従容、直裁、臥褥、涵養、ホイコーロ、糊塗、唾棄、寛恕、忸怩」などなど辞書を横に置きながら読み進めましたが、全然苦になりませんでした。だってこのお話とてもうまく収まってる!(大事なことなので二回ry)むしろ、あまり本を読まないお粗末な自分はなんだか語彙力がパワーアップした気がして気持ちが昂ぶっています。
それで、辞書を引きながらあれれと思ったのですが、直裁は直截じゃないでしょうか。ちょくせつですよね?
ところで、ヘチマ並みに神経の無いという表現を使っていらっしゃいましたが、もしかして"東方厨二廟 ~ Black History."からの影響だったりしますか?
「謎解きはディナーの後で」のミステリーブームで人生初めてミステリーに興味を持ち始めました。そそわでミステリが読めるのは嬉しい。台車に乗った死体の描写や命蓮寺の破壊のされ方の描写をもっと事前に細かく描写してほしかったと思いましたが、なにはともあれ素晴らしいssをありがとう!
もっと勉強します(汗)
お燐の企みがうまくいっても、後日帰ればさとりにばれるきが……
さとり「お燐、お空といっしょに今までどこに行っていたんですか?」
お燐「え~と、死体を探したりお空の後始末をしてたり」
さとり「……(読心中)、嘘ですね?」
ぴちゅーん
遊戯王も楽しみにしてます!!
そろそろチルノちゃんを!!
大妖精にはエンシェント・フェアリー・ドラゴンを……ってもう魔理沙が使ってたか。
でも、似合うと思うんだけどな
ハネクリボーもいいな~
とりあえず疑問の部分に返信させていただきます。
>>6
菓子折りの嘘はお燐のパートでもあったように、アリスについて来られないためにとっさについたものなので荒が出ちゃった感じです。
尚はみ出た脚がどれだけ綺麗で、仮に臭いがまったくしないほどだったとしても、本当に燐が誠意を示したいと思ってるならば死体と積荷を一緒になんてしない。
よって考えられるのは、「菓子折りなんて本当は持っていない」か「積んでいるのは死体ではない」となります(本当はどっちもだったわけですが)。
よくよく考えるとかなり不自然ですね。
>>19
>>直裁は直截じゃないでしょうか。
その通りですorz
ありがとうございます。修正させていただきます。
東方厨二廟というのはすいませんがわかりません。
特にどこから引用したわけでもないです。
「謎解きはディナーの後で」は自分も読みました!
面白いですよね。立ち読みで一気に読んじゃいましたw
>>22
>>お燐の企みがうまくいっても、後日帰ればさとりにばれるきが……
お燐が地霊殿に帰るのはお空が解放されて全てが終わってからなので、さとりにばれてももう大丈夫です。
お燐が避けたかったのは、心を読んださとりから誰かに伝播することなので、さとり自体には真実を知られても問題はありません。
さとりはペットの事をいちいち気にして怒ったりしないでしょうし。
でも、その辺はちょっと描写が足りなかったかも……。
後でちょっと書き足させていただきます。
今度こそチルノも出したいですね!
ちょっと前に氷結界組んだら弱すぎて泣けましたが><
こういうミステリは最近あまり読めてないから、作者さんの作品でミステリ分を補充してます。
毎回オチの仕込みが秀逸。
新鮮でしたし、こういうのならもっともっと見てみたい。
こういうミステリもたまにはいいですね。
複線もきっちりしていましたし、日常系ミステリとして秀逸な出来でした。
次回も期待しています。
こういうのもいいですね。
東方でミステリーはなかなか難しい中、こういう作品もあるのかと驚きました。
それは言わずもがな、魔法などの超常現象、心を読めるさとりなどの存在があるわけですが、
あろうことかその本来難点であるさとりの存在を逆に謎解きの縛り、手材料にしてしまう点が特に秀逸。
話の構成だけでなく、その発想力に感服しました。
素直に賞賛を送らせてください。
さっそくシリーズ巡業してきます!
いつも話を追うのが精一杯なので、粗探しなんてできないですが。
死体と菓子折りの不自然さには気づいたけど、お燐が嘘をつく理由は考えだせなかった。
次回作までに少しは論理的思考力を鍛えておきます。
あの何げない会話からこれほど深く考察されるとは思いませんでした。
う~んむずかしい。でも楽しかったです。
すばらしくきれいな構成でした。
次も楽しみに待ってます。。
もちろん嫌味ではないですよ。ちょっと脳みそ分けてほしい。
そんなパートナーだからアリスがこっち側の人間で安心します。
個人的には活躍してほしくないなぁ…。
次も期待してますね。
でもやはり探偵キャラとしてはあってる感じ。
話してるだけでかっこいいです。
人間と妖怪の価値観、考え方の違いが深いですね。
妖怪の視点で推理できる魔理沙はもうとっくに人外ということなのでしょう。
そういう意味じゃアリスの方がまだ人間なんですね。
次作お待ちしております。
作者さんの推理モノは古典ミステリ風で面白いです
前半のお燐とのわずかな会話でここまで推理、展開できるとは流石ですね
息抜きには丁度いいなと思いました。シリーズ的に。
さて次作には前作の伏線回収があると聞く。
自分はわからなかったので気になるところです。