Coolier - 新生・東方創想話

ぎぶみーとろーち

2011/09/12 16:48:07
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特に注意すべきことも無いんだ












 彼女とは昔からの友人だけど、私は昔から彼女の事を見てた。勝負に勝って喜んでる所も負けて悔しがる所も、酔っ払って甘えてくる所も時折見せる凛々しさもいつもの人を食った様な笑顔も全部、全部知ってる。いや、全部知っていると思っていた。でもそれらも“友人の私”に見せる一面でしかなく、踏み込みもしないで人のが分かる筈もないと気付いたのは最近になってからだった。
「よーっす、霊夢。今日もお茶をたかりに来てやったぜ」
「あんたねぇ…………、たまには茶菓子くらい持って来なさいよ」
 口ではいつも通りに応えながらも、ちょっとだけ鼓動が不整脈を起こすのを感じる。宥めるように胸を押さえて、息を吐く。魔理沙が神社に来るのは三日振り、最高記録は十日間。箒を鳥居の脇に立て掛けて、無邪気に笑う魔理沙に溜め息を吐いてみせる。
「ふっ、私もたまには友人を思いやってやろうと思って、今日は土産を持ってきてるんだぜ」
「へえ、何かしら?」
 魔理沙はいつもの笑みを浮かべて、小さな小瓶を取り出した。彼女が良く持っている星の小瓶だ。でもいつもは綺麗な星や液体が入っているのに、これはエグい真緑色をしている。
「薬の失敗作。何の薬作るんだか忘れちゃってさ、適当にやったら今までに無いほどエグい色になっちゃったから、あげるぜ」
「いらない、全力でいらない。絶対飲んだら大変な事になるでしょ」
 ゾルだかゲルだかも分からないんだよ、と心底可笑しそうに笑う。そんな彼女を半眼で睨み付ける。まあ、期待はしていなかったけどゴミは押し付けないで欲しい。魔理沙だから仕方がないと諦めつつ、私はお茶を煎れようと神社に引っ込んだ。
 盆に湯飲みを乗せて持って行くと、魔理沙は縁側に腰かけて手招きしている。その眼がキラキラとしている所を見ると、どうやら是が非でも私に薬を飲ませたいらしい。やれやれ。
「まあまあ、霊夢。ここに座りたまえ」
「はいはい、お茶溢すわよ」
 湯飲みを差し出して、言われた通りに魔理沙の横に座る。目測を誤ったか思ったより近くに温もりを感じて、また不整脈。そんな事にはお構い無く話を進めてくれれば良いものを、向こうも変に意識してか黙ってしまう。こっそりと俯いた彼女の顔を覗き見ようとしたけど、耳が真っ赤に染まっているのに気付いて止めた。
 可愛いな。何でこんなに可愛いんだろ。ちょっと悪戯心に、真っ赤に染まっている耳に息を吹きかけてみる。
「ぅっひゃ! 何すんだよ!」
「あ、魔理沙って耳弱いんだ」
「そうだけど、違うだろ!」
 真っ赤な顔で怒られても全然恐くない。むしろキュンとくる。魔理沙ってば最強ね。まあ、それは兎角と彼女はこちらにあの緑ゲル的な硝子瓶を掲げて見せた。
「おいこの貧乏巫女、せっかくだから受け取れ!」
「確かに貧乏だけど怪しげな薬に手をだすほど堕ちちゃいないわ!」
 とか言いつつも受け取ってしまう。明らかに飲んではいけない色をした小瓶を見つめて、考える。飲んだらどうなるか。死なない程度なら別に飲んでも構わないが、これは飲んだら死にそうな気がする。
「…………これ、臨床実験とかした?」
「いや流石にしたけど…………あれは、まあ、うん、死にはしないよ」
「せめて目を見て言って」
 全然安心出来ない言葉を聞きながらも、蓋を開ける。私の動作一つ一つを魔理沙が固唾を飲んで見守る。若干視線が痛いが、気楽に瓶を傾けた。
「……………………出てこないんだけど」
「だからゲルだかゾルだか分かんないって言ったぜ」
 瓶が小さいから指も入らない。仕方無く、台所から爪楊枝を取ってきて差し込んでみる。妙に弾力のある中身をかき混ぜてから瓶を逆さにしてみる、がやはり中身は出てこない。
「……………………魔理沙」
「あはは…………」
 いっそ乾燥させて粉末にすれば良かったのに。なんとか中身を手にあける事に成功。ダイラタンシー現象的なゲルゾル物質は濁った底無し沼みたいな実に口に含みたくない色合いをしていた。流石に気後れして魔理沙の方を見ると、ばつの悪そうな顔で私の表情を窺っている。
「え、栄養満点っ、…………みたいな」
「……………………」
「分かった、私も飲もう。霊夢、倒れる時は一緒だ」
「何言ってるかさっぱりだけど、被害が分散されるのなら歓迎するわ」
 分散というか拡大。被験者二人は顔を見合わせて、頷く。二人一緒のタイミングで手に開けた緑色の物体を口に放りこんだ。
 味は、無い。無いのが逆に辛い。苦くはないから吐き出す訳にもいかない。片栗粉入れ過ぎた煮凝りみたいな、いや煮凝りなんて作った事ないけど、そんな感じ。味わったら負ける。早く飲み込もう。堪えきれなくて熱いお茶で飲み下した。熱いお茶が喉元を通り抜けて熱さとも痛さとも分からない熱が喉を苛む。無茶苦茶痛い。何してんだろ、私。
 隣を見ると、魔理沙は苦虫を噛み潰した筈なのに角砂糖みたいな味がした時のような顔をしていた。妙な表情のままお互いに顔を見合わせる。そのまま様子を見ていたが、突然ぶっ倒れたり耳が生えたりとかはしないようだ。
「ふむ、即効性はないか。何の効果があるかは知らんが。何にも無いって事はないだろう、あんな色してたんだから」
「うー、喉痛い」
 無理に熱いお茶を飲んだ所為か魔理沙も私も声が若干がらがらしている。変化と言えばそれくらいか。そのまま一時間程様子を見ていたが、特になにも起きなかった。
「なんだよ、何にも無しかよ。つまんないぜ。せっかく霊夢に飲ませたのに」
 明らかに残念そうな口調で魔理沙は呟いて、ぐでっと横になった。溶けかけのはんぺん(形状がというよりは触感が)になってしまった彼女の頬をぷにぷにとつついて遊ぶ。
 結局、その日はいつも通りに過ぎ去った。

  ―

 翌日。
 朝起きると有り得ない位に喉が傷んだ。昨日、薬を飲み下した辺りから痛み出してはいたけど、これほどに痛くなるとは思っていなかった。とりあえずうがいをしてみたが良くはならない。
「これは…………やっぱり、昨日の薬が原因かしら」
 掠れた声で呟きながら溜め息を吐く。まあ、声が出なくなった訳じゃないんだし、大丈夫だろうと高を括って欠伸をする。心配するほどでもないだろ。
 実は心配する事だった。
 いつもの日課として境内を掃除していると、朝にしては珍しい事に魔理沙がやって来た。菷片手に手を挙げる彼女に応える。
「ぁ――――――――」
 声が、出なかった。掠れた吐息だけで喉は全く震えようとしない。軽く混乱しながらももう一度声を出そうと試みるが、一層出なくなるだけだ。
 と、いつの間に近付いて来ていたのか魔理沙に肩を叩かれた。いつもとは違う若干ひきつった笑顔で手のひらより二回りほど大きい本の一頁を開いてこちらに見せる。そこには三日前から今日までの日付と共にあの緑色の薬に関してのレポートが纏めてあった。
『偶発的な物とは何らかの効果を期待したがどうやら不発。色々試しても反応しない。ただ、若干の毒性があるらしく飲むと気管が炎症、痛みを伴い一度声が出なくなった後に徐々に回復。一晩眠れば治る程度ではある。』
 雑だけど綺麗な字でそう書いてある所を指差して声無く笑う彼女を呆れて見つめる。どうやら昨日のは本当に毒物だったらしい。しかもあの薬、じゃなくて毒は魔理沙も飲んだ筈だ。案の定、彼女はパクパクと口を開け閉めするだけで声は出さない。
 どうして彼女が神社に来たのかは分からない。お互いに喋れないのなら意思の疎通は出来ないだろうに。好意的に考えれば魔理沙が責任を感じて教えに来てくれたということになるのだが、私にはどうも彼女がただ面白がって様子を見に来たようにしか思えない。現に彼女の眼は笑ってる。
 私は肩を、魔理沙が分かりやすいよう少し大袈裟に落として、やれやれと頭を振る。すると彼女は声は出さずに笑いながら頭を掻いた。どうせ悪びれずにすまんすまんとか言ってるのだろう。複雑な会話は不可能だろうが、彼女がいつも通りに過ごすなら別に問題は無いだろう。
 そう考えて、境内の掃除に戻る。菷で落ち葉を集めていると、魔理沙は肩を揺らしながら社の方へ歩いて行った。また縁側に陣取るのか。おっと、お茶が要るかとは聞いていない。まあ煎れてやるか、とりあえずここの掃除が終わったら。
 集めた落ち葉を手早く片付けて、昨日と同じように盆に湯飲みを二つのせて縁側に向かう。魔理沙は菷を横に置いてじっと前を睨み付けていた。なんだろうと彼女の前方に目を向けると、一匹の黒猫がこちらを見ていた。長いしっぽに緑のリボンをした黒猫は少し怯えた様子を見せてはいたが、じっと魔理沙の目を見ている。魔理沙の瞳に何か感じたのか、猫は数歩近付いて来た。しかし、恐る恐る側に寄って来た猫を見つめていた魔理沙は猫が十分な距離まで近付いて来ると、突然立ち上がると両手を挙げ、カッと目を開き威嚇した。
「フギャアッ!」
 当然、猫は叫び声を上げて飛び上がる。そのままの勢いで林の方へ走り去った。何故か魔理沙は満足気に頷いている。どこかで見たことがある猫に心の中で謝りながら、そんな魔理沙の頭を軽く叩いた。非難の目を気にはせず、縁側に腰かける。
 無言で茶を啜る二人。そう言えば、今の状況を他の人が見たらどう思うだろう。私は兎も角魔理沙は普段から減らず口を叩いてばっかりで人が三人以上いればそれは止まる事を知らない、つまりはお喋りの部類だ。そんな魔理沙が一時ではなくずっと黙っているのだ、これは不思議以外の何物でもない。今あの新聞記者に来られたら面倒臭い事になりそうだ。来るなと言うと来るし来いと言うと来る奴だから、あいつを止める事は不可能。いや、そもそもこんな地味なネタは天狗でも取り上げないかも知れない。と、言うか来ないで欲しい。
 さて、喋れないというのは案外時間の流れを遅くさせる。ただ黙って座っているのに耐えきれなくて、私は押し入れから将棋盤を持ってきた。魔理沙と自分の間に盤を置いて駒を並べる。やる気になった魔理沙に手伝ってもらい駒を並べ終わり、いざ対局。
 暫くお待ち下さい。
 勝った。魔理沙は所謂考え無しの特攻馬鹿だから楽勝である。彼女は将棋の龍しか知らない力押ししかしない、私も将棋が解っている訳ではないが戦略を立てる事は出来る、という訳で将棋で魔理沙に負けた事は一度も無い。将棋で負けた時の恒例として魔理沙は私の言うことを一つ聞くのだが、声が出ないんじゃあ仕方も無い。
 対局に夢中になっていたおかげで、今の時刻は昼を少し過ぎた辺りだ。そろそろお腹も空いてきた。肩を叩かれ魔理沙の方を見ると、自分の口を指差してパクパクと開閉する。正直何を言っているかは不明なので勝手にアフレコすると、私にも昼飯くれ、だろうか。全く、勝手な奴である。
 ご飯を炊いて味噌汁作って漬物出して、よしひもじい昼飯。味噌の匂いに釣られてふらふらと寄って来た魔理沙に茶碗を押し付けてちゃぶ台の上に食器を並べる。彼女は雑な昼飯に文句は言わずに(今日は言わないんじゃなくて言えないんだけど)私の対面に座り、手を合わせた。ならって私も手を合わせて、口パクでいただきますを言った。漬物しょっぱい。
 私はずっと彼女を見ていた。だから分かる。魔理沙はご飯の食べ方が子供っぽい、いい意味で。マナーはちゃんとしているし食べ方もがっついてはいないのだけれど、何だか何も考えていない様なのだ。考え事をするときは箸を止めてぼんやりとしている。それを指摘するとまたまぐまぐむぎむぎ食べ出す。凄く頑張ってご飯を食べていて、見てると面白可愛い。今日もご飯を口に運んでまぐまぐとしている。宴会ではお酒がメインな為かあまりまぐまぐはしてくれない、たまにしてると凄くどうしてやろうかという気分になる。どうにかしてやりたい。
 魔理沙が一心に食べているので私も食べる。味噌汁の出来が良い感じ。食べ終わるのは私の方が早かった。頑張っている魔理沙の為にお茶を入れてあげる。夕飯はどうしようかと考えながら茶を啜った。肉じゃが食べたいな。
 食器を片して戻ってくると、あろうことか、魔理沙は既にオネムですやすやと寝息を立てていた。無邪気で無防備な寝顔に若干のムカつきは感じたが、叩き起こしたところで用事を言い付ける事は出来ないので抑える。大体、彼女は何をしに来たのだろう。する事と言えば飯食って昼寝か。魔理沙は何でも屋を営んでいる筈だが仕事をしている所を見たことが無い。牛になれ。
 でも寝顔が本当に可愛くて、胸の奥で心臓が存在を誇示する。横向きに寝ている彼女の傍に膝を付いて顔を覗き込む。近付くと甘い体臭と黴の臭いが鼻をくすぐる。彼女の脇腹に乗っかるようにして上体を預けた。乗っかると言うよりは仕留めた獲物を補食する肉食獣みたいだが。横目で彼女を見て舌打ち、柔らかな腹に顔を埋めた。重いのか魔理沙は呻く。
 胸が苦しい喉が詰まって息ができない頭に血が昇って真っ白、私は貴女を知りたいと思うのにこの想いは届かない。臆病者の私は貴女の側にいたくて、隣に行く勇気を捨てている。知れば知るほど分からなくなるのに、知らないのは怖いから知ろうとする、私は愚かだ。愚かで良いから手を伸ばす事を許して欲しい。
 頬に触れる。柔らかな弾力のあるほっぺが指を押し返してくる。頬骨をなぞるように耳元まで手を差し入れて、耳たぶを力無く引っ張りながら顎までなぞり下ろす。彼女は息を吐きながら身を捩ってくすぐったさから逃れようとした。でもお腹を押さえ付けられていて無理なようだ。そっと彼女の唇を指でなぞって溜め息を吐いた。

  ―

 いつの間にか眠ってしまったらしい。ぼんやりとした覚醒と微睡みの中なんとか目を開けると、眼前に魔理沙の顔があった。
「――――――――!!」
 吐息が触れるほど近くに彼女の顔がある。その事実に一瞬の混乱と驚愕がもたらされ、咄嗟に飛び起きようとする。だが魔理沙が私の服の裾を掴んでいて、それもままならない。なんとか深呼吸をして気持ちを落ち着ける。どうして体勢が変わっているのかは分からないが魔理沙は私にしがみつく様にして眠っていた。引き剥がす事も出来ないで途方に暮れる。
 空は既に赤く染まっていて、寝ている間に時間が随分と経った事を示していた。外の景色も見事に赤く、今日は風も無く普段無い程静かだ。静か過ぎて、魔理沙の寝息だけが響く様に聞こえた。ギリッと妙な音が聞こえて、漸く私は歯を食い縛っていた事に気が付く。
「――――」
 掠れた音の無い声が微かに聞こえた。見ると魔理沙がぼんやりとした顔でこっちを見ている。つい、手を伸ばして頬に触れてみると、目を閉じて擦り寄ってくる。猫じみた動きで私の手をすり抜けて、ふっとお腹に顔を埋めてくる。寝惚けてるのか知らないが可愛い過ぎて頭に血が昇る。顔が赤くなっているのを自覚しながら私は少しも動けずにいた。
 魔理沙は顔を擦り付けるように私のお腹をホールドしている。暫くすると目が覚めてきたのかその動きが止まった。と思う間も無く、弾かれた様に距離を取る。部屋の隅まで後退して、俯いてしまう。膝を抱えて後ろを向いている魔理沙に、どうにもできなくて困る。抱き付いてきたのはそっちだと言い訳しようにも声が出ない。仕方無く黙りを決め込んでいると、にわかに風が吹き込んできた。戯れに木々のざわめくのを何とは無しに見る。
 魔理沙は夕飯はどうするのかな。食べていってくれないかな。ぼうっとしたままそんな事を考えていると、いつの間にか隣に魔理沙がいた。俯いたまま密かに手を伸ばして私の服の裾を掴む。顔を窺うと耳まで真っ赤にしてきゅっと唇を噛んでいる。じっと見ていると、魔理沙は脅えるようにあちこちに目を走らせて、私と目が合うとまた下を見る。
 その動作が弄らしくて、思わず彼女を抱き締めた。頭を経由していない突発的行動。腕の中で彼女が細やかに抵抗している。多分に驚いているのだろう。自分でもこんな大胆な事しているのが信じられない位だ。柔らかい彼女の身体が服ごしに伝わって来て、逆に五月蝿い動悸が彼女に伝わっているんじゃないかと心配する。目の前には魔理沙の金色の髪。軽くウェーブのかかったその髪に指を通してみながら、彼女の匂いを嗅いでいた。
 首元にかじりつく様にしがみついてくる魔理沙の頭を優しく撫でる。心拍数はまだ高いけど頭の先が痺れて何だかぼうっとしてしまってまともには考えられない。気持ちが緊張と安心の間を彷徨ってどっち付かずのまま揺れてる。衝動に任せて彼女の背中に回した手を力任せに強く締める。ギリッと骨の軋む音が聞こえたかと思うほど、強く。応える様に彼女が抱き締め返してくれた事が、凄く嬉しかった。

  ―

 どれくらいそうしていたかは分からない。日は既に落ちて外は暗く、遠く鳥の声と虫の音が聞こえる。彼女を抱き締めたまま、耳を澄ます。
 くぅ、という間抜けな音がした。魔理沙のお腹の鳴る音だったのか、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめている。そう言えば腹が空いた。魔理沙の肩を軽く叩いて名残惜しくもお互いの身体を離す。彼女の瞳は泣いたみたいに濡れていて、熱に侵されて滲んでいた。
 そうだ、夕飯作らなきゃ。立ち上がって台所へ向かうとと何故か魔理沙もついてくる。俯いて壁際に立って私の挙動を見守るという不可解極まりない行動を取る。正直、見られていると居心地が悪い。魚を焼いてる横でじっとされると視線が痒い。追い出せもしないので仕方が無くそのままに夕飯の用意を続けた。
 雑な夕飯をちゃぶ台に運ぶ時ですらひよこの様にしているので、茶碗を押し付けてみると大人しくご飯をよそってくれた。魔理沙の様子がいよいよ持っておかしいので若干心配しつつも、私自身も平然とは言い難く、味噌汁の味噌を倍にするわご飯はアルデンテ気味だわ魚はこんがりじゃなくて焦げてるわ散々だ。序でに秘蔵の卵を二つ駄目にした。虎の子だったのに。魔理沙はちゃぶ台の前に座って微動だにせず下を向いている。ご飯を食べる気があるのかどうかすら疑わしいが、食欲はあるらしく箸はちゃんと用意していた。
 手を合わせる。昼とは殆ど同じ光景の筈なのに、その気まずさったらない。吃驚する程無言が痛かった。だけど言葉を尽くして空気の入れ変えも出来ないのだ。大人しくご飯を食べるしかない。魔理沙の方へ目をやると、彼女はまぐまぐと言うよりはぼそぼそと飯を口に運んでいる。恋患いが食を細くするというのは本当だったかと一瞬考えて、自惚れと自嘲した。いくらなんでもそれは一人よがりの妄想だろう、と。
 本音を言えば、相手が自分を好いてくれていると良い。そうすれば自分も強気になれるから。
 何だか私も食欲が無くなってきた。食材が勿体無いので無理矢理味噌汁で流し込む。塩辛さが喉について噎せそうになった。しかめ面でご飯をかきこんでみるが喉が張り付いているような不快感は無くならない。魚の焦げた皮を剥いで身をろくに解さずに口に運ぶと、取り零した骨が歯と歯茎の間に突き刺さった。痛い。箸の先で刺さった骨を引っ張ってみるが全く取れない。意外と深く刺さっている様だ。奥の方なので傍目には相当アレな感じに見えるとは自覚しながら骨の除去を試みる。何回か失敗して漸く骨は取れた。つきつきと痛む歯茎を悼んで摘出した骨を皿の端に置く。
 その間も魔理沙はこちらをちらっと見ただけで何も言わなかった。まあ、言えないんだけどね。いやちょっと待てよ、あの下手物暗黒色緑液体的な物を口にしたのは昨日の昼過ぎなのだからそろそろ回復しても良い頃合いじゃないのか。知らないけど。試しに喉を震わせてみる、無反応。駄目か。全然声帯が震える感じがしない。
 溜め息を吐いて静かに箸を置いた。馬鹿やってるノリではないような気がする。一人で考えているとどうも思考が停滞していけない。食器を下げて茶を煎れながら魔理沙をみる。食材を無駄にしては欲しくないのだが流石にそこは分かったもので、魔理沙はまあ不味そうではあったがきちんと食べてくれた。お茶を差し出すと、熱いのに構わずぐいと飲み干す。ちゃぶ台に音高く湯飲みを置いて魔理沙がこちらを見る。目が据わっていて怖い。
「――――」
 魔理沙は何事か言って、声が出ないのを思い出したのか顔をしかめる。表情は真剣だが怒っているようにも見えた。怒っているとしたら、一体何に腹を立ててるのか。もしかしたらさっき抱き締めた事か。ずっと俯いてて分からなかったけどずっと怒ってたのか知らん。まあ怒るのも無理はないとは思う。
 魔理沙は意を決して私を正面から見据える。それから身を乗り出して、湯飲みを倒した。魔理沙のはもう殆ど入ってなかったが、連鎖して倒れた私の方にはまだ熱々の茶が結構な量入っていた。当然ながら魔理沙はそれを被り、
「あっつ! ちょっマジあちぃ!」
 思いっきり叫んだ。それはもう清々しいほど思いっきり。

  ―

 正座させられた魔理沙が申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見つめている。哀れな感じで目を伏せて反省しているとアピールしている。が、そんなの露骨に無視で彼女を睨み付ける。
 一、どうして声が出ない振りをしていたんですか?
「いや振りって言うかさ、本当に声は出なかったんだよ。今日の…………朝までは。普段体に良くない物を日常的に強制摂取というかそんな感じで耐性が出来てるんだよな、うん」
 二、どうして声が出ない振りをしていたんですか?
「え。えっと、そのこれも良い機会かなって、霊夢んとこっていつも人いるし、静かに過ごせるかなーって」
 三、どうして声が出ない振りをしていたんですか?
「う、えぅ。ちょっとした出来心だったんです。喋れなくてもいつも通り生活できるかなって」
 四、どうして声が出ない振りをしていたんですか?
「……………………ごめんなさい」
 五、朝にはもう治ってたって、神社に来る前?
「来る前ですごめんなさい」
 六、何でこんな事したの?
「いや、霊夢つまらなさそうだったし、家に泊まる口実にでもなればとか、手料理旨いし、天気良かったし、人もいなかったし、霊夢はきっと喉が潰れてるだろうからナカーマってすれば多分だらだらしてても怒られないって、えっとえっと…………」
 何故かわたわたし始めた魔理沙の額にデコピンを食らわす。言っている事の意味は分からないが悪気は無いのは分かる。どっちにしろ魔理沙を怒ったところで私の喉が治る訳でもない。
 でも良く良く考えれば、元凶は退屈だと理由で謎の液体を持って来た魔理沙にあるのだ。つまり今彼女を怒鳴れない事の責任とか諸々も彼女にあるということだ。残念なのはそれを追及するための声が出ない事か。声が出せないというだけで随分と不便だと改めて思う。言ってしまえば意思の疎通が出来ない訳で、普通なら簡単に済む筈の用事が長々としたものになってしまう。その割りには魔理沙あまり問題は起きなかったような気がする。
「っく、煮るなり焼くなり好きにしてくれ! 覚悟は出来てる」
 どんな考えに至ったのか、魔理沙は潔く胸を張ってどんなことでも受け入れると宣言した。正座のままなのにやたら堂々としている。膝の上で拳を握って痛いのにも耐えるようだ。目は固く瞑っていてなんだかキスを待っているようだって私は何を考えてるし。
 本当に魔理沙は可愛い。近くに寄って見ると綺麗な顔立ちが良く分かる。じっと動かない彼女に悪戯したら怒られるだろうか、分からない。しかし、これはなんとなく試されている気分だ。据え膳食わぬは、いやいや私は女でさぁ。魔理沙はもう目も開けないし、これはオーケイって事じゃないッスか。
 落ち着け。魔理沙が可愛いのは周知の事実なんだからとか考えてる時点で何か負けてる。負けるのは嫌だがここで本懐遂げるのも本望、もう駄目だ私。頭がぐるぐるしてきた。どうすれば良いんだろう。
 かなり混乱しながらも、どこか冷静に魔理沙を見る。彼女との距離はおよそ手のひら一つ分。お互いの息がかかるかかからないかの距離。ちょっと身を乗り出せば鼻の頭にキスできてしまう。しないけど、しないのか、したいけど、したらきっと吃驚するだろう。誘惑を振り切るように一度目を閉じて、開ける。
「…………霊夢? っおわ!?」
 ぐっと華奢な身体を引き寄せて力を込めた。向き合って正面からのハグ。なんだか分からない衝動に突き動かされて慌てる魔理沙を押し込める。
「…………お前、今日はどうしたんだよ」
 きっと声が出ない寂しさの所為だ。そういう事にしておこう。そういう事にしておいて、それで良いことにしよう。
 彼女の首元に顔を埋めるように抱き締める。金髪の波を指で鋤いて彼女の首を晒す。白い肌に息を吹き掛けながら耳に口を寄せて、掠れた声で囁いた。喉も震えないただの囁き。
――ま、り、さ、だ、い、す、き
「――――っ!!?」
 耳にやんわりと噛み付く。彼女の肩が大きく跳ねたのが分かった。胸の奥がキュンと言うか盛大に跳び跳ねて前後不覚。自分が何をしているのか良く分からないままに舌の先で口の中のものを舐めあげる。
「っ!」
 殴られた。後頭部を擦りながらも魔理沙からは離れない。むしろ抱き付く。また殴られるかと身構えたが、拳の代わりに来たのは背に回される細い腕だった。逆に抱き締めてくる力は意外と強い。理由は分からないが焦って彼女の顔を見ると、魔理沙は顔を赤らめながらも私を見て言った。
「分かった、霊夢、私もお前が大好きだぜ。だからそんな顔をするな」

  ―

 あの野郎、押し倒せば良かったぜ、と悪役の台詞を呟きながら、私は目を開く。気持ちの良い朝、鳥がどこかで啼いている。隣には私の手を握って眠る魔理沙の姿がある。誤解の無いよう言っておくが、告白直後にR禁に走るほど遊びなれてもいなければ相手のラブを信じている訳でもないので事後ではない、念のため。言ってて悲しくなった。同じ布団にいるのに抱き付きも禁止か。いや焦って台無しにする気は無いけど。
 寝ている彼女の頬を手で柔らかく包んでみる。ひんやりとした感触は一瞬に生温く温度が解け合う。ぴったりとくっついた手のひらを他人事のように眺めて、もう一方の手を見る。繋いだ手の中に隙間が無いように力を込めて、口元に引き寄せた。
 私はずっと彼女を見ていた。彼女の笑顔も怒った顔も全部知った気で、彼女の一番の友人だと自惚れていた。それは自惚れではなかったかも知れないが、ちょっとだけの付き合いで相手を分かった気になるのは自惚れで間違いない。知りたければ前に進まないと、彼女を知りたいなら気持ちを伝えないと。言葉じゃなくて想いで知らしめないと。
 声なんて頼りない物だと思って、声に出さずに微かに、聞こえないよう密やかに好きだと呟いた。聞こえはしないだろうと高を括って何度も。重ねた手に力を込めて、何度も。全くもってこんな状況は予想外だが、今までよりもっと彼女の事を知ることができると思うと、楽しみでもある。
 どうか、起きませんように。そっと顔を寄せて包み込んだ手の甲に口付けた。
ちょっと長めのアヤチルを書こうと思っていたのに気付いたら俺はレイマリを書いていた。何を言っているのか(r

呪いは相当強力らしい、いや違うんだフランちゃん嫁は君だけだとうなされる今日この頃、如何お過ごしでしょうか
俺は書きたいものが大杉ワロタで毎日大変ですイエー
いつかさくレミとか書いてみたい
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コメント



0.1070簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
少し読みにくかったけど、甘いお二人にニヤニヤです。
言葉なんて無い方がより先に進めるし正直になれるってことですね。
2.80奇声を発する程度の能力削除
甘い雰囲気が良かったです
3.90シンフー削除
あれ? 霊夢の能力って「読者に砂糖を吐かせる」程度の能力だっけ?
4.100晩飯トマト削除
文章がとても好きです。
これだけ描写できるのは本当すごい、妬ましいパルパル

そして最後までニヤニヤしっぱなし。二人とも可愛いです。
5.90名無し削除
正にレイマリ
20.100名前が無い程度の能力削除
レイマリはいいものだ。
ずっと仲良くして欲しいよ。
32.100名前が無い程度の能力削除
レイマリ可愛い。