――0cm――
日傘を片手に、数枚のスペルカードをポケットに。
瞳に紅蓮の焔を、心に燃えたぎる情熱を。
揺るぎない意思を全身に滾らせて、私は時計塔に立つ。
いつもなら、眼前の花畑で美鈴が、太極拳の練習をしている。
日傘を片手にそれを鑑賞するのが私の日課だったのだが、今はそれも叶わない。
私の愛する美鈴は今、門番隊詰め所で休んでいる。
私が、休ませたからだ。
「妹様!」
背後から聞こえた声に振り向くと、懐中時計を握りしめた咲夜が、じっと私を見ていた。
ああ違う、追いかけてきたんだと、沸騰した頭が答えを出す。
こんなにも熱くなったのは、いつぶりだっただろうか。
狂気を伴わない怒り。
こんな静かな炎を感じたのは、いつぶりだっただろうか。
「この異変でしたら私が行きます! ですから、妹様はっ」
「お姉さまの世話はどうするの? お姉さまは“行かなくて良い”って行ったんでしょう?」
お姉さまは、この異変に参加することに対して、否定的だった。
それも自然の理、摂理に過ぎないと首を振った。
お姉さまなら、私のお姉さまならわかってくれると思ったのに。
「異変は人間が解決するもの。 妹様が一人で行かれたら、八雲紫がなんというか――」
「――ちゃんと道中で人間を拾っていくわ。同志が、いるから」
咲夜は、私の声に俯く。
だれよりも彼女に――美鈴に懐いていたから、今の彼女を見ていられないんだろう。
その気持ちは、よくわかる。私も美鈴が、大切だから。
でも、だからこそ。
「美鈴がね、笑うんだ」
「え?」
咲夜の目を、真正面から見つめる。
私は狂ってなんかいない。誰よりも、正常で平常でハートフルだ。
だからその意思を全部、瞳に乗せて訴えかける。
「“ちょっとバランスを取るのが難しいですが、身軽なのでこれはこれで”って」
「めい、りん」
私には、あの笑顔が無理をしているようにしか見えなかった。
常に美鈴と共にあったのに、もう、なくなってしまったというのに。
それが苦しくないはずなんて無いのに、美鈴は笑うんだ。
「だから、安心して、咲夜」
「これだけは! ……これだけは、約束して下さい」
飛び立とうとする私を、咲夜が引き止める。
まだ揺らいではいる、けれど、背筋はぴんと伸ばされて。
その瞳には、私を後押しするほどの“情熱”が込められていた。
「絶対に、無事で帰ると、咲夜と約束して下さい」
ああ、そうだね、咲夜はこういう子だ。
こんな時でも本当に、瀟洒で在ろうとしてくれる。
その姿に私は、胸の裡がぼんやりと温かくなっていた。
「うん、約束する、咲夜。美鈴の為にも、ね」
「はい!」
嬉しそうに頷く咲夜を見て、私は自分が間違っていないということを再確認した。
お姉さまに否定された程度で揺らぐなんて、私もまだまだと苦笑する。
私の同志なら、あの子なら、きっとそれでも自分を貫き続けるに違いない。
まだまだあの“人間”には、学ばなければならないことが多いみたいだ。
「待っててね、美鈴」
今度こそ、紅魔館から飛び立つ。
思えば私が異変の解決側に立つなんて初めてで、少しだけ、どきどきした。
こんな時に不謹慎だなって、思うのだけれど。
さぁ、行こう。
今日の私は、異変解決人。
誰よりも速く、夢と希望を抱く魔法少女。
「美鈴の“乳”は、私が取り返す!」
見下ろした幻想郷は、豊かに息づいている。
けれどそこに、乳はない。
だから私は乳を取り返す為に、ただ、前を見つめた。
時を刻む黄金の乳
――1cm――
私が最初に向かったのは、霧の湖を越えてすぐの場所。
誰よりも私の嗜好に理解を示す、人間の魔法使いにして同志。
――“霧雨魔理沙”の暮らす、魔法の森だった。
吸血鬼にすら嫌な感じを覚えさせるこの森は、しかし強い魔力に満ちている。
魔理沙はここのキノコを用いて様々な実験を行う、スーパーキノコ魔法少女。
豊胸も可能とのことだが、あいにく、私も魔理沙も養殖の乳に興味はない。
やっぱり乳は、天然物に限るのだ。
「見えたっ」
眼下に見えるのは、青い屋根の清潔な家。
ここは魔理沙の家ではないが、魔理沙ならここにいる可能性が高い。
午後三時の霧雨魔理沙は美乳観察タイムだと、前にしたり顔で言っていたからだ。
「よっと」
日傘の影から身体が出ないように、家の前に降り立つ。
すると中からなにやら喧噪が聞こえてきて、私はノックをするのを躊躇った。
もしかしたら、中でトラブルでもあったのかも知れない。
状況を把握する必要がある。
そう考えると、私は窓側に回って家の中を覗き込んだ。
そこには案の定、魔理沙と――魔理沙の友人にしてこの家の主、アリス・マーガトロイドがいた。
「どうしてそんなに冷静でいられるんだよ!」
魔理沙が勢いよく、手を机に叩きつけた。
すると机の上のカップが落ちて、しかし零れる前に人形が拾い上げる。
器用なものだと思う。あの精密動作を可能にするのは、アリスの人形遣いとしての腕だと聞く。
なるほど、器用に動かす為の腕と連結する胸筋。
その乳はさぞしなやけで美しいのだろうと考えると、巨乳派の私でも胸が高鳴った。
「そんな、そんな身体になっちまったってのに!」
魔理沙の憂いに満ちた視線が、アリスの乳に突き刺さる。
するとアリスは無表情を装いながらも、仄かに桜色に染まった頬を見せながら、両手で乳を隠した。
なるほど、とそう思う。
今のアリスは、美乳なんかではない。
微乳ですらなく、貧乳――それも絶壁だ。
「乳が! アリス、おまえの乳が! 十五センチのCカップからA未満になっちまったのに!」
「別にいい……って、ななな、なんで魔理沙が私の、その、ち、ちちのサイズなんか知ってるのよ!」
「見ればわかる」
「みれっ……っっっ」
アンダーバストとトップバストの差を、センチ単位で算出。
カップを割り出すことで、形まで正確に見極める、精密機械のような眼。
流石は魔理沙だと思う。
おおまかにカップはわかれど、センチ単位で計れはしない。
私は未だその領域には達していないからこそ、魔理沙の美乳審美眼には息を呑まされる。
やはり地獄の乳マスター、四季映姫におっぱいソムリエールとして認められただけのことはある。
あの、巨乳を部下にしておきながら転生により永遠の貧乳が約束された阿礼乙女まで手元に置き続けた、史上最高のおっぱいソムリエールに。
「もういい、わかった」
「なにがよもう早く帰ってよぉ」
顔を真っ赤にしたアリスが、机の上で項垂れる。
その頬に浮かぶのは羞恥心だろうか。
いいや、きっと違う。きっと、それだけじゃない。
本当は、怒っているんだ。
本当は、悲しんでいるんだ。
乳が、無くなってしまったことに。
「アリスの気持ちは、わかってるから」
魔理沙も、私と同じ考えに行き着いたようだ。
いや、魔理沙のことだ。きっと、私よりも早くその答えを見つけていたに違いない。
「うぅぅ、厄日だわ」
目を逸らすアリスに、魔理沙はただの一度だけ振り返る。
その表情は窓辺から覗く私には見えないのだけれど、なんとなく、想像が付いた。
きっと、そう――星のように、温かく優しい顔をしていたに違いない。
「行ってくるぜ、アリス!」
「帰ってくるなぁっ!」
アリスの照れ隠しを背に、魔理沙が窓から飛び出す。
すると当然のように私と目が合うが、魔理沙は動揺を見せずに背中を見せた。
乗れ、ということだろう。この程度は、以心伝心阿吽の呼吸というやつだ。
「やっぱり、来たか」
「当たり前でしょ」
魔理沙の声に、間髪入れずに返す。
幻想郷から、潤いという潤いが消え去るほどにピンチなのだ。
ただたんに霧が出た、とか夜が長い、とかじゃあ私は動かない。
でもそれが“乳”ならば、話は別だ。
「心当たりはないの?」
「ない。だから、知っていそうなやつに聞きに行く」
魔理沙の真剣な背中に、その進行方向に、誰のことを言っているのかがわかった。
なるほど、確かに最初のステップには相応しい。
「霊夢だ。アイツなら何か知っているかも知れないし」
「……協力を仰げれば、心強い。ね?」
「ああ、そうだ」
魔理沙がそう、満足げに頷く。
博麗大結界の要にして、異変解決人。
異変のとなれば鬼のような強さを発する彼女が協力してくれたら、さぞ心強いことだろう。
普段なら何が何でも霊夢より先に解決しようとする魔理沙も、この時だけは違う。
一刻も早く乳を取り戻したい――だから、できる手段は全て使いたかった。
「飛ばすぜ? フラン!」
「うん! 魔理沙っ」
魔理沙の言葉に頷いて、舌を噛まないように口を噤む。
そうすると、私のスカートがばさりとはためいた。
速度は良好最速運転、今日も魔理沙は絶好調だ。
魔法の森上空を、二人で翔る。
目指すは幻想郷の端――博麗神社だ。
――2cm――
博麗神社の境内に、二人で並んで降り立つ。
賽銭箱を正面に左へ回ると、すぐに縁側が見えてきた。
博麗神社の巫女、博麗霊夢は、いつもそこに座ってお茶を飲んでいるのだという。
「居た、霊夢よ。魔理沙」
「待て、様子が変だ」
魔理沙に言われて、足を止める。
目を凝らしてみれば、なるほど、少し様子がおかしい。
眉を寄せながらお茶を飲む霊夢。
その横で霊夢に声を荒げる、金髪の貧乳。
幻想郷に住む者ならば、知らぬ者は居ない。
結界の管理人にして、妖怪の賢者――八雲紫だ。
「紫のけしからん乳まで……」
「八雲紫犯人説は消えたね、魔理沙」
「始めから、巨乳がこの異変に関わっているなんて思ってないぜ。私はな」
「え?」
首を傾げる私を余所に、魔理沙は霊夢の方へ歩いて行く。
どういうことなのだろう。いや、考えてみればわかる事なのかも知れない。
巨乳が貧乳にされる事件なのだ。犯人は、貧乳をコンプレックスにしている者だという可能性が高い。
正直、そこまで頭が回らなかった。
「おーい、霊夢!」
「げっ、魔理沙」
霊夢はあからさまに嫌そうな声を出す。
魔理沙曰く、それも含めて“ツンデレ巫女”なのだという。
いつか、デレ巫女も見てみたいものだ。できれば巨乳付きの。
いや、巨乳ならツン巫女でもいいや。
「……レミリアんとこの妹じゃない。珍しいわね」
「私だって幻想郷を愛する妖怪よ。乳のため――」
「――わかったわ魔理沙の同類ねもういいわ」
最後まで言わせてもくれないなんて、なんて暴虐な巫女だ。
自分の乳だって絶壁になってしまっているというのに。
「そんな言い方――」
「やめろ、フラン」
「――魔理沙?」
魔理沙に遮られて、口を噤む。
ふと見上げた彼女の横顔は、憐憫と哀切がない交ぜになっていた。
「アンダー差十センチのAカップが、ギリギリのAカップが、A未満になっちまってるんだ」
「そんな! 辛うじてAはあったのに?! ひどい……」
それなら、霊夢の苛立ちも理解できる。
大切に、大切に、我が子を慈しむように育ててきたであろう乳。
その努力と愛情と情熱を、たった一晩で奪われてしまったのだ。
「よしおまえらそこに直れ!」
「いいから貴女は私の話を聞きなさい! 霊夢!」
陰陽玉を片手に立ち上がった霊夢を、紫が止める。
紫色のドレスがはちけんばかりの乳は、そこにない。
そう思うと悔しくて、私は自分の掌を握りしめた。
「紫、おまえはどうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたもないわ。貴女みたいに不純な動機でも、動き出すだけまだマシよ」
「なんでこんなしょーもない異変の為に、働かなきゃいけないのよ」
霊夢は力なく項垂れた。
私や魔理沙のように自分の乳より他人の乳派ならともかく、大切に育ててきた霊夢は、乳と一緒に情熱まで失ってしまったのだろう。
「いい、霊夢。妖怪は精神に依存するの。その結果として外見が象られている以上、外見はその妖怪のアイデンティティ。その歪みは妖怪の精神を直接的に狂わせ、無差別に人を襲うようになるかもしれないわ。これは、外見を削られるという“大事”なのよ。いずれは幻想郷のバランスを崩しかねない“異変”であり、妖怪と人間の両方が密接に関わるからこそ、永夜異変のように手を組んで解決する必要があるの。わかって? 霊夢」
紫は真面目な表情で、霊夢に語りかける。
その話を聞いて、私の中に危機感が芽生えた。
このままでは美鈴は、貧乳人喰い門番として、狂ってしまう。
魔理沙と出会って“乳”に目覚める前の、私のように。
「でも、乳でしょ?」
「だから!」
「五月蠅いわねぇ」
とにかく、今回の“異変”が重大なものであるということは理解できた。
放って置いたら、いずれ幻想郷のバランスを崩し、平穏を壊すような。
「私は霊夢を説得してから解決に向かうわ。貴女たちは、先に行っていてちょうだい」
「ああ、わかったぜ。おまえもいいな? フラン」
「もちろんっ。霊夢の無念は、私たちが晴らすよ」
魔理沙と手を組んで、笑い合う。
私たちなら、負ける気はしない。
誰よりも乳と幻想郷を愛する、私たちなら。
「霊夢……行ってくるぜ」
「ええ魔理沙、お願いだから帰ってこないでね」
照れ隠しのために針を投げる霊夢。
私がその針“破壊”すると、魔理沙は愉しげに笑った。
そうか、これがきっと――“デレ巫女”なんだ。
霊夢たちに手を振り、境内から飛び上がる。
うっかり日傘を手放しそうになると、魔理沙がしっかりと支えてくれた。
「魔理沙の予想だと、犯人は……」
「ああ、貧乳で間違いないと思う」
魔理沙が、真剣な表情で告げる。
自分の乳の大小に拘らない私たちにはわからないけれど、世間には乳の大きさにコンプレックスを持つ人間も居る。
その程度の事は、世間知らずだと言われる私にだってわかる。
「念のため聞くが、レミリアはどう思う?」
お姉さまが犯人か否か、ということだろう。
確かに、紅魔館で貧乳は私とお姉さまだけ。
咲夜はまぁ微乳だし、美鈴は巨乳。
ついでに言えば、パチュリーはあれで初心……どちらかというと、アリス側。
そして小悪魔が私たちサイドの所謂“鑑賞派”となると、この質問も当然と言える。
けれど私は、それに首を振った。
「お姉さまは“自然派”よ。あるべき乳を好むの」
以前、咲夜が母性を追求してパッドを装着したことがあった。
けれどお姉さまはその不自然さを一目で見破り、咲夜のパッドを食い破ったのだ。
乳は常に自然であるべきであり、運命は乳の在り方に抗えない。
私にそう語ったお姉さまの姿は、誰よりも輝いていた。
「なるほど……ははっ、レミリアらしい」
「でもそうなると……誰が?」
「力を持った貧乳となると」
魔理沙が、そっと眼を伏せる。
それから箒の軌道を変えて、その先をじっと見つめた。
「妖怪の山――まさか」
「アイツは“萃める”という意味では、誰よりも怪しい」
住処は、妖怪の山とは限らない。
けれど、“鬼”の情報を集めるには、妖怪の山が一番だと聞く。
いや、鬼に限らず、あらゆる情報を集めるには。
「さて、行くぞ!」
「うんっ、魔理沙」
魔理沙の箒が、加速する。
私と魔理沙の異変解決。
第二ステージは……妖怪の山、だ。
――3cm――
大きな滝と、生い茂る紅葉。
秋の初旬、妖怪の山は豊かな色合いに満ちていた。
「ひどい」
私の呟きが魔理沙に届き、彼女はただ、頷く。
個性豊かだった妖精たち、ごく僅かでも居たことは居た巨乳妖精のことごとくが、貧乳と化していた。
道中の妖怪も、そうだ。
谷河童の微乳、秋姉妹の妹の豊乳、厄神様のナイス乳。
その全てが貧乳となっていた。嬉しそうな秋姉妹の姉の顔が、忘れられない。
「見つけた!」
「え? 本当に?!」
魔理沙の視線の先には、確かにあの鬼……“伊吹萃香”がいた。
彼女に詰め寄っているのは、涙目の緑巫女だ。
「早苗? あっ、危ない!」
魔理沙の箒が、さらに加速する。
視線の先では緑巫女――私と面識はないけれど、魔理沙が早苗と呼んでいた――が、萃香に投げ飛ばされていた。
「おい、早苗! 大丈夫か?」
「魔理、沙?」
「と、フランドールよ」
早苗が、魔理沙の腕の中で顔を上げる。
そうしてから魔理沙を見て、私を見た。
「くっ」
「怪我でもあるのか?」
「あ、いいえ……魔理沙まで、貧乳にっ」
「私は元からだ」
ぶかぶかの巫女服を見るに、彼女も元は良い乳の持ち主だったのだろう。
けれど今ここにない以上……それを感じ取ることは出来ない。
私はそれが、無性に悔しかった。
「いったい、どうしたんだ?」
「どうせ犯人は彼女だろうと、詰め寄ったら……」
「……散々バカにしてくれたね、人間」
早苗の視線の先、そこを追う。
するとそこには、全身から憤怒を吐き出させて佇む、ひとりの鬼が居た。
「萃香、おまえ」
妖怪の山の鬼、伊吹萃香。
最強の種族とされる鬼の中でも、彼女は大きな力を持っていると聞く。
その力が如何ほどのものかなんてずっとわからなかったのだけれど、でも、対面してみればわかる。
鬼の名を持つ私たち吸血鬼でも、肌が粟立つ。
経験的な意味では、お姉さまの方がずっと堂々としていられるだろう。
けれど私は彼女を前に、足を踏み出すことも出来なかった。
「早苗、って言ったわよね? あなた、何を言ったの?」
「神奈子様のロケットおっぱいを返して下さいっ、この貧乳幼女! と」
……確かに、それはバカにされていると判断されても仕方がないだろう。
なにせ、何百年と生きている鬼を“幼女”呼ばわりしたのだから。
「こんな侮辱を受けたのは久々だよ。さぁ、その子を出しなよ」
「ま、待て、萃香! 早苗だって気が動転してたんだ! 正気にさえ戻れば!」
「じゃあ正気とやらに戻してみなよ。鬼に嘘を吐けば……わかってるね」
早苗は、確かに気が動転していると思う。
けれど、動転していなくても似た様なことは言っていたような気がする。
だって魔理沙が早苗に違和感を感じているような仕草は、していなかったから。
萃香はそのことが、わかっているんだろう。
わかっていて……私たちごと叩きつぶす気でいるんだ。
そう簡単にやられる気は無いし、乳の為にも勝たなきゃって思う。
でも、無駄な戦闘を避けて元凶をたたければ、それに越したことはない。
咲夜にも、無事で帰るって約束したし。
「どうするの? 魔理沙」
「私に任せとけ。おい、早苗」
「なんですか? 私は早く神奈子様の乳を取り戻さなければならないんです!」
八坂神奈子……その名前は、聞いた事がある。
確か妖怪の山に湖ごと転移してきた、神様の名前だ。
なんでもぺったんこを囲いながら悠々自適に生活している、らしい。
そう、天狗の新聞――文々。新聞――に書いてあった。
「いいから聞け。萃香が本当に、乳を“萃めた”と思うのか?」
「え?」
「萃めたら、萃香は巨乳になっているはずだ。違うか?」
『あ』
早苗と私が、同時に声を零す。
魔理沙に言われて、初めて気がついたのだ。
萃香が未だに“貧乳”だということに。
「萃香だって、永く生きる上で巨乳を望んだことだって有ったはずだ。でも今、萃香は貧乳だ。この意味が、わかるか?」
「意味、ですか?」
早苗が、魔理沙の話に引き込まれていく。
というか、さっき早苗が気がついた時点で終わりじゃ、駄目だったんだろうか。
……いや、魔理沙のことだ、きっと何かあるに違いない。
「勇儀は巨乳、萃香は貧乳、けれど二人は友達だ。きっと萃香はわかっていたんだ。乳を萃めるということはすなわち、友達の乳を奪うことだと! 三日三晩泣き腫らした萃香は、ついに乳を萃めることを諦めた。友達の乳を奪ってまで、豊乳になろうと思えなかった! 友達の為に夢を諦め、乳に酔えず、酒に手を出し飲む打つ買う! そうして酒が手放せなくなっても、萃香は乳を萃めなかった! それは萃香が誰よりも――友達を、護りたかったからだ」
魔理沙の血を吐くような語りが終わると、辺りがしんと静まりかえる。
まさか、伊吹萃香にそんな辛い過去があるなんて考えもしなかった。
私だって、人様の乳のすばらしさを魔理沙に教えて貰い、狂気から解放されるまでは、人並みに貧乳にコンプレックスを抱いていたものだ。
けれど萃香は、私と違ってそれを解消する能力を持っていながら、使えなかったんだ。
他ならぬ、友の為に。
「萃香! 私が間違っていましたっ」
早苗が、涙を流して謝る。
私も一緒に、目尻に溜まった涙を拭い去った。
魔理沙もそれは同様で、星柄のハンカチを目元に当てている。
「早苗、魔理沙、フランドール」
俯いて顔の見えない萃香が、早苗の肩に右手を置く。
「そこに直れ」
「へ? す、萃香、い、痛いです、痛い痛いっ、ちょっ、肩っ、本気で、いたたたたたっ」
早苗の肩が、ミシミシと音を立てる。
そうして上げられた顔は――修羅のものだった。
鬼のような、は相応しくないだろう。幻想郷の鬼って可愛いし。
「あるぇ?」
「魔理沙?」
本気でわからなそうに首を傾げる、魔理沙。
どこまで本気でどこまで冗談だったのかわからないが、この状況で呆けるのはまずい!
「魔理沙!」
「っ……ああ、逃げるぞ!」
「ニガサナイよ」
萃香に抱きついて許しを請う早苗。
魔理沙の箒に跨り逃げる私。
必死な表情の魔理沙。
思いも寄らない展開の後、私たちは妖怪の山をかけずり回ることになった。
これは後から聞いた話だが、あの話はやはり冗談だったらしい。
適当なことを言って正気に戻そうとしたのだが、途中で興が乗ったのだという。
いい乳話が聞けたのは良かったけど……時と場合は、考えて欲しい。
――4cm――
殿を任されてくれた早苗のおかげで、私たちはなんとか逃げ切る。
その先は、妖怪の山の、滝の裏側だった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ん、はぁ、ふぅ、つ、つかれた、ぜ」
軽く息を荒げる私と、肩で息をする魔理沙。
やはりこんな時は、人間の方が疲れやすい。
まぁ、吸血鬼である私がプレッシャーで疲れるほどなのに、倒れていないというのは尋常な体力ではないように思えるのだけれど。
そこはやはり、“乳”への情熱なんだろうなぁ、と思う。
「魔理沙、次はどうするの?」
「あ、あとっ、じゅ、じゅうごびょう、まってくれっ」
十五秒で息が整うのだろうか?
まぁ本人が十五秒待てというから、とりあえず待つ。
「乳、乳、乳……よし、いいぞ」
「えっ」
「えっ」
本当に治せるなんて……私も魔法少女として、見習わないと。
これをパチュリーに使わせたら、喘息が良く……初心だから無理ね。
「で、次はどうするの?」
「萃香が違った以上、他の所から情報を集めるしかない。だから次は……天狗だ」
「なるほど、それが近道だよね、やっぱり」
噂を捉えるのが得意な天狗に、話を聞く。
となるとやはり、紅魔館にも投げ込まれる“文々。新聞”の記者――射命丸文のところが良いのだろう。
「でも、射命丸の方が捕まえにくそうだけれど?」
伊吹萃香を捕まえるよりも、よっぽど大変な気がする。
……けれど、他に手がないのは確かだ。
「いや、天狗は射命丸だけじゃない」
「えっ」
そう言って、魔理沙は箒に跨り、私に手を差し出した。
普段となに一つ変わらない、勝ち気で輝く笑みを、私に向けて。
「行くぞ、フラン。目的地は――引き籠もり天狗の、住処だ!」
「それって……きゃっ、もう!」
私を背後に乗せると、魔理沙は急加速する。
魔理沙はいつも強引で、負け知らずだ。
だから私も結局、ついて行ってしまうのだろう。
この力強く笑う、乳好きの悪友に。
――5cm――
妖怪の山の中腹に、質素な屋敷がある。
決してみすぼらしいということではなく、侘び寂びを具現したような家。
確かいつだったかパチュリーは、私にそれを“幽玄”だといっていた。
「こんなところに、本当に天狗が住んでるの?」
「天狗だって普通の家に住むぜ。天狗にどんなイメージ持ってんだ?」
「風っぽい。だから、木の上に住んでるのかなって」
まぁ、私のイメージはそのまま、鳥小屋だ。
そんな言い方したら怒られちゃうかも知れないけれど。
「おーい、はたてーっ」
魔理沙が、どんどん、と扉を叩く。
その度にぎしぎと扉が軋んで、どうにも危うげだ。
魔理沙だから良いのだろうけれど、私が叩いたら絶対に壊れる。
あれ? その方が早く出てくるんじゃ……よし。
「誰よ」
っと、その前に扉が開く。
のっそりと出て来たのは、私の知らない天狗だった。
焦げ茶色のツインテールと、紫を基調としたチェックのスカート。
手には長方形の薄い箱を持っていて、何故か布団を被っている。
「秋も初旬だってのに、寒いのか? はたて?」
天狗――はたてと呼ばれた彼女は、寝ぼけ眼を擦りながら頷いた。
だから引き籠もりと呼ばれるのだろうか。年中、寝ているとかで。
「寒くて眠いのよ。家の中で、風が吹きっぱなしだから」
「は? 風?」
言われて初めて、はたての背後から風を感じることに気がついた。
考えてみれば、家の中から風が吹くというのも不自然な話だ。
「ふわぁ……アンタはフランドールよね。文の新聞で見たわ」
「ええ、そうよ。初めまして、天狗さん」
「姫海棠はたて。好きに呼んで良いわ」
はたてはそう告げると、眠たげに踵を返す。
扉が開け放たれたままなのは、入ってこいということだろうか。
そう魔理沙を見上げると、彼女は苦笑しながら頷いた。
なるほど、マイペースな人みたいだ。
綺麗に掃除された板の間を抜け、彼女の後に従い部屋に入る。
そこは一際風が強くて、私は思わず目を瞑った。
「な、なに?」
「あれは……射命丸?」
魔理沙の声で、目を開ける。
部屋の端で体操座りをしながら風を巻き起こす、黒髪の天狗。
見るからに落ち込むそれに、はたてはそっと寄り添った。
「いい加減めそめそするの止めなさいよ」
「だ、だって、乳、ちちが、わたしのとうげんきょうがぁぁぁ」
その言葉で、わかった。
私と魔理沙は、わかってしまったのだ。
彼女が、射命丸文が如何なる理由で悩んでいるのか、ということが。
「うざいわね。ほら、乳ならいつでも念写してあげるから」
「私が撮った乳の念写じゃない……」
落ち込む文と、慰めるはたて。
そんな彼女たちを見ながら、私は魔理沙に問いかける。
「ねぇ魔理沙、念写って?」
「ああ、はたては“誰かが撮影した光景”を持ってくることが出来るんだよ」
「へぇ、それはすごいね……」
壊すことに特化した私では、作る使い方は出来ない。
だから私は、はたての力が、ほんの少しだけ羨ましかった。
「あー、ちんちんかもかもしているところ悪いんだが」
「ちんちんかもかもは男女の仲が睦まじいという意味よ。で、なに?」
はたては眠たげな眼を擦りながら、訊ねる。
一晩中こうして慰めていたのだろうか。
けっこう、良いひとなのかもしれない。
「今回の乳異変。なにか心当たりはないか?」
「私はないわ。ここから出てないもの。文、アンタはどうなの?」
文は、風を操る天狗だ。
風に乗り、風を起こし、風の噂を掴む。
私はパチュリーが持っていた“幻想郷縁起”とかいう本で、そんな項目を見たことがある。
「天狗だからはたてが知っているかと思ったんだが……射命丸が居るんなら僥倖だぜ」
魔理沙はそう言って、笑う。
せっかくだから、私もそれに倣って笑って見せた。
「なんか、姉妹みたいね、アンタたち」
「同じ志を持つ者を姉妹と呼ぶなら、な」
「魔理沙……ええ、そうだね、そのとおりだ」
同じ志を持つ者。
そんなひとが出来たのは、初めてだった。
咲夜は乳好きは乳好きでも、私たちのように“貧乳はステータス”と言い切れないみたいだったし。
美乳のなにが不満なのかいまいちわからないのだけれど。
「わからなかったのよ。流言飛語が飛び交って、どれが本物なのか」
涙を拭って、文が語る。
敬語を忘れている辺り、身近に乳が無くなったのがよほどショックだったのだろう。
その気持ちは私にも、痛いほど、わかる。
「永遠亭の永琳も貧乳だった。地底の勇儀様も貧乳。冥界の幽々子さんも貧乳!」
それだけの巨乳が、すべて貧乳になっていた。
話に聞くだけでもショッキングなのに、もし、直に見てしまったら。
私は再び狂気に蝕まれる自分を、制御できるのだろうか。
そう考えただけで、背筋がうすら寒くなる――。
「他には誰が?」
「風見幽香、小野塚小町、永江衣玖、霊鳥路空、上白沢慧音」
「それだけか?」
「噂を頼りには、それだけ……でした」
風を起こすのを止めて、文が項垂れる。
正気に戻ったら眠気が襲ってきたのか、そのままはたての肩に頭を預けた。
はたても迷惑そうにしていながらも振り払おうとはぜす、優しい関係な様にも思える。
なんだ、彼女たちも――姉妹みたいじゃないか。
「ありがとな、射命丸、はたて」
「いいわ。ほら、布団で寝なさいよ、もう」
魔理沙が立ちあがり、私は慌ててそれについて行く。
急に早歩きになるなんて……なにか、わかったんだろうか。
「魔理沙! どうしたの?」
「流言飛語、誰かが噂を流したのだとしたら、その誰かは誰なのか」
「う、ううん、と?」
魔理沙が箒に乗り、私がその後ろに跨る。
魔理沙の視線が示すのは、人里の方向だった。
人里の巨乳、上白沢慧音は既に、文が調査済みな筈なのに。
「噂を流したヤツは、自分たちのことだけは探られたくなかった」
「あの中に含まれていない巨乳って……ぁ」
人里近くの開けた土地。
そこに佇むという“寺”を、私は思い浮かべた。
「行くぜ、フラン! 目的地は――“命蓮寺”だぜ!」
日が落ち始めて、茜色に染まりつつある空。
その最中を、二人並んで駆けていく。
収束に向き始めた異変。
その先に“嫌な予感”を覚えて、私は魔理沙に気がつかれないように、そっと唇を噛んだ。
――6cm――
地蔵が建ち並ぶ参道。
石畳の上を歩いて、進む。
妖怪たちが掃除をしたりと慌ただしいと聞くこの寺も、今日に限っては静かだ。
門前に門番は居らず。
当然そこに、入道もいない。
全て新聞や本で見た知識だから、私の知識が間違っている可能性はある。
けれどだったら、魔理沙が――
「静かすぎるぜ……」
――こんなことを、言うはずがない。
命蓮寺の参道を、慎重に進んでいく。
妖怪寺と呼ばれるこの地に、妖怪の姿は見えない。
では、その妖怪たちは何処へ消えてしまったのか。
「魔理沙」
魔理沙を呼び止めて、足を止める。
妖怪の気配を探るなら、それは人間よりも妖怪の方が良い。
見渡す限り、周囲におかしな光景はない。
けれどまだ夕方だというのに一際輝く一番星に、私は奇妙な違和感を覚えた。
「きゅっとして」
その違和感を。
「どかーんっ!」
破壊する!
「きゃぁっ?!」
「あれは……ぬえ?」
星が砕けて、何かが落ちる。
左右非対称な翼と黒い髪、黒いワンピースの少女。
彼女も文の新聞で見たことがある。名前は確か……封獣ぬえ、だ。
確か紹介文は、“貧乳と微乳と美乳の境界、是、正体不明に候”だったはず。
「もう、なんなのさ」
ぬえは空中で体勢を整えると、そのままあぐらを掻く。
ふて腐れてはいるが、その表情に怒りや焦り窺えない。
こと対人関係に於いては素人な私では、その言葉の裏側まで読み取ることは出来ないのだけれど。
「ぬえ、おまえは命蓮寺のやつらがどこにいるのか、知らないか?」
「知ってるよ。命蓮寺――聖輦船の地下室で、仲良しこよしさ」
てっきり渋るかと思いきや、ぬえは素直に居場所を吐く。
どうしてだかわからない、けれど嘘偽りが含まれているようにも見えなかった。
「どうして?」
「どうでもいいでしょ、そんなこと」
ぬえは私を一瞥すると、そのまま目を逸らす。
仕方なく魔理沙に目配せをすると、彼女はただ、頷いた。
「情報提供、ありがとな。ぬえ」
「いいから、さっさと行きなよ。そこの吸血鬼も」
ぬえはそれっきり、後ろを向いてしまった。
どの道ここで立ち止まっている分けには行かない。
だったら彼女の言うとおり、さっさと行くのが正解なんだろうとは、思う。
「ありがと。それから私はフランドールよ、ぬえ」
それだけ告げて、魔理沙と一緒に走り出す。
早く美鈴の乳を取り返さないことには、安心して紅魔館に帰ることが出来ない。
だからここで立ち止まっている暇はないのだと理解していながらも、私の耳はぬえの方へ傾いていた。
「だって、しょうがないじゃない」
魔理沙では、聞こえないだろう。
私は耳――使い魔の蝙蝠を通して、聞いているのだから。
「私じゃ、敵に回ることも味方になりきることも出来ない」
その言葉に、憤怒や哀切はない。
その言葉に、苛立ちや焦燥はない。
「護りたいけど、いつものあいつらに戻って欲しい。どっちにも、つけないから」
ただその言葉には。
――寂寥のみが、込められていた。
「だから、頼んだよ」
ぬえは最後に蝙蝠を見て、握りつぶす。
私の“耳”はそこで途切れてしまったけれど、けれどぬえの思いは途切れない。
私は、私たちは、彼女によって託されたのだから。
みんなの“乳”を取り返すという、想いを。
――7cm――
命蓮寺の地下室。
その扉の前に、命蓮寺のメンバーは集結していた。
比較的平均以上の乳を持った、命蓮寺の妖怪たち。
外見の損傷が妖怪としての力に関わり始めたのか、誰も彼もが力なく横たわっていた。
「そこまでだぜ、白蓮!」
「みんなの“乳”を返してっ!」
倒れる尼装と水兵服の妖怪。
彼女たちを護る、入道の妖怪。
そして門の前に立ちふさがる鼠の妖怪と、背を向けた大魔法使い――確か名前は、ナズーリンと白蓮といったはずだ。
「来てしまったのですね」
振り向いた白蓮は――貧乳だった。
白蓮が貧乳で、ナズーリンも貧乳。
「ってことはその門の中にいるのは――星だな」
「ええ、そうです。確かに星はこの中にいます」
寅丸星。
確か、毘沙門天の弟子とかいう虎妖怪――だったと、思う。
猫科の妖怪らしく。猫のようにスレンダーな貧乳が特徴的な妖怪。
詳しいプロフィールは覚えていないのだけれど、文の新聞に載っていた乳プロフィールだけは覚えていた。
「これは私たちの問題。だから、私たちで解決しようと、そう思っていました」
「聖! そう仕向けたのは私だとさっきから――」
「いいえ。見過ごしたのは私であり、解決を望んだのも私です」
「――くっ」
ナズーリンが、悔しげに唇を噛む。
そうか、彼女もまた乳の被害者だったんだ。
身近な乳を失ってしまった、犠牲者。
「ねぇ、魔理沙」
「ああ。たぶんナズーリンが、配下の鼠を使って流言飛語を蔓延させたんだ」
魔理沙の言葉に、ナズーリンは唇を噛む。
その瞳は小さく震えて、その掌は強く握りしめられ、痛々しい。
「私たちで解決できなかったのに、おこがましいとは思います」
言いながら、白蓮の身体が傾く。
それを、ナズーリンが咄嗟に支えた。
「ですが、どうか、星を――」
「ああ、任せとけ」
魔理沙なら、誰よりも早くそう言ってくれると信じてた。
私の友達の霧雨魔理沙は、誰よりの力強く、幻想郷の乳を掴み取る人だから。
「ありがとう、ございます」
「すまない……頼んだ」
ナズーリンと白蓮の声を背後に、私と魔理沙は扉を開け放つ。
何も怖いものなんて無い。乗り越えられないものなんて、ない。
「フラン」
「なに?」
地下室への扉を開けると、そこには長い階段が見えた。
ここを降りた先に、寅丸星がいるんだろう。
「気がついたか? ナズーリンのペンデュラムが、地下へ向いていたのを」
「え?」
言われて思い出してみると、確かにそうだ。
ナズーリンの首元にかけられた、ペンダント。
その“ペンデュラム”は、斜め下を向き続けていた。
「ナズーリンの能力は、“探し物を探し当てる”程度の能力だ」
「……それって」
「ああ」
魔理沙は力強く頷くと、階段を降りきった先の扉に、手をかける。
「見えてきたぜ――異変の、全貌がな」
そうして魔理沙は、開け放つ。
久遠の闇の中、光に満ちた空間へ、足を踏み入れた。
――8cm――
光に満ちた空間。
その中央に鎮座する、トラ柄の少女。
手に持つ宝塔からは光が放たれ続け、その光は少女に集まっていた。
黒メッシュの金髪。
橙色を貴重とした服装と、大きな槍。
だが何よりも注目すべきは――その、乳だった。
「黄金の――」
「――魔乳」
私と魔理沙の声が、重なる。
涙を流し続ける少女、寅丸星。
トップとアンダーの差が、一メートルはあるように思える。
「魔理沙、カップは?」
「トップとアンダーの差、五十五センチのSカップだ……」
「……S!?」
なんていう、マジックミサイルおっぱい。
そんな言葉が頭をよぎり、私は慌ててそれを振り払う。
けれど既に視界に入ってしまったそれを振り切ることなんか出来ずに、私はただ、物理的に目を逸らした。
「星! おまえ、どうしてこんなことをしたんだ!?」
魔理沙が、懸命に声をかける。
私は魔乳に惹かれて、声も出ないのに。
「運命だったのです。私が、乳を集めてしまうのは」
「どういう、ことだ」
星が、ゆっくりと語り出す。
私はそれに、耳を傾けるだけで精一杯だった。
「聖の母性に溢れた乳が、私は好きでした」
「好きなら、どうして!」
「好きだから、気がついてしまったのです」
文の記事で、見たことがある。
星の能力は確か、“財宝を集める程度”の能力。
けれどそれがどうして――いや、違う、そうか。
「だから、なんだね」
「聡いですね、吸血鬼のお嬢さん。それから、魔理沙も」
魔理沙も気がついて、下唇を噛みしめる。
私たちが行き着いた答えが正解だとするのなら、それはまさしく――悲劇だ。
「大切だと思う余り、ある日ふと、気がついてしまったのです。乳は――“宝”であると」
財宝を集める力。
自分が何よりも宝だと思えるものがあって、そうしたら能力がそれを集めた。
たったそれだけのことなのに……それは、悲劇を生んでしまった。
彼女と同じように自分の力に振り回されてきた私だから、その気持ちは痛いほどによくわかる。
「ふふ、その結果がこの様です。私は、私はっ――聖の“乳”を、奪ってしまった」
星の嘆きと共に、宝塔が輝く。
その度に星の乳は、僅かに大きくなっていた。
まだ、これ以上に成長するというのか。
あの、魔乳が。
「宝塔を壊すことは出来ません。毘沙門天様の宝塔だけは、壊せない」
「それなら、どうする気なの?! このままじゃ――まさか」
説得をしようとして、気がつく。
横目で魔理沙を見れば、彼女の唇から血が流れていた。
「あと二センチと五ミリ。Tカップになれば、私の乳は破裂する」
「そ、そんなっ」
それだけは、駄目だ。
でも、私は、私には――。
「フラン、宝塔を破壊しよう」
魔理沙が、八卦炉を片手に前に出る。
なんの抵抗もなく破壊させる気は無いのか、星もまた、前に出た。
それが“やらなくてはならない”ことなのは、わかる。でも。
「だめ、だめだよ、魔理沙」
「フラン?」
「私は、私はっ――――巨乳も好きだけど、爆乳や魔乳も大好きだからっ」
愛する乳を。
大好きな乳を。
私がこの手で――“壊す”のか。
「壊せない! 私には壊せないの! 魔理沙ッ」
胸が痛い。
私の貧乳が、私の乳への思いが、私を締め付ける。
こんな時どうして良いか、私にはっ、わからないんだっ!!
「甘えるな!」
――パァッン!!
魔理沙の手が、私の頬を叩く。
その威力に私の身体が宙に浮き、首から嫌な音が響いた。
……吸血鬼相手だからって、魔力で強化しなくても良いのに。
「ま、まり、魔理沙、威力を考えようよ、ねぇ」
「おまえがこうしている間にも、沢山の乳が無くなってるんだぞ!」
「なにいい話で纏めようとしてるの? ねぇ、ちょっと」
魔理沙は涙ながらに近づくと、私の手を握りしめる。
思えば初めてあったときも、マスタースパークを七連射しながら乳について語ってきた。
ああ、うん、まぁいいや、うん。
「こうしている間にも――美鈴の乳が減っているんだぞ!」
「ぁ」
そうだ。
私は、なんで忘れていたんだろう。
私は――美鈴の乳を取り戻す為に、ここにいるんだ。
気がつけば、魔理沙は八卦炉を構えて私に背を見せていた。
小さいのに……大きくて力強い、背中だ。
本当に、まだまだだ。
人間にこうも多くを学ぶ吸血鬼なんて、聞いた事がないや。
「私が注意を引きつける。だからフランは、“目”を捉えてくれ!」
「うん、わかった!」
魔乳に向かって、魔理沙が突撃する。
仄かにミルクの香りを漂わせながら、星はそれを撃退しようと走った。
大きく上下に揺れる魔乳は、最早それだけで脅威。
一度触れれば、乳震動で粉々にされてしまうことだろう。
「恋符【マスタースパークッ】!!」
「乳灯【隙間無い魔乳の檻】」
魔理沙のマスタースパークが、魔乳によって弾かれる。
乳は凶器――その言葉を、体現しているようだった。
「チッ、だったら! 彗星【ブレイジングゥゥ……スタァァァァッ】!!」
「甘い。寅乳【ハングリーオッパイ】」
「なに?!」
突撃した魔理沙が、乳に挟まれる。
乳震動を収めた代わりに、機敏な動きを可能にしたっていうの?
くっ……あの“乳”は、生きているッ!!
あのままだと、下手すれば窒息もあり得るだろう。
乳による溺死……羨まし……いや、早く助けないと!
「宝塔の目、宝塔の目は――」
焦りだけが先行し、魔理沙の動きがだんだんと鈍くなる。
どうすればいいんだろう。私はずっと壊すことしか知らなかった。
なのに誰かを救えるなんて、そんなこと、本当にできるのか。
――フランドール様。
脳裏に、美鈴の声が響く。
地下室に訪れては、私を優しく抱き締めてくれた美鈴。
その乳の感触を、私は忘れたことがない。
「――見つけた」
美鈴の乳を掴むように、宝塔の目を優しく掴む。
握りつぶす感触が乳に似ているから――私は、乳を握ることを選んだ。
けれど今だけは、ただの一度だけ、破壊の感触に身を委ねよう。
大切なひとを、美鈴を、みんなを救う為に!
「きゅっとして――――どかーんっ!!」
「え? こ、これはッ?!」
宝塔に光が満ち、やがて、ひび割れる。
無数に刻まれたひびはやがて宝塔全体に、広がり、そして。
――バリィィィィンッッッ!!
光が、溢れた。
――9cm――
短い時間、意識が飛んでいた。
そう気がついたのは、顔を上げた先に魔理沙の手が見えたからだ。
私の額に手を当てる、魔理沙の姿が。
「お、無事だったか」
乳に包まれて居ただけということもあり、魔理沙に怪我は無さそうだ。
「ねぇ、乳は?」
「ほら、あっちだぜ」
魔理沙の指さした先。
そこには、白蓮の膝に頭を乗せる、星の姿があった。
ナズーリンはそんな星に縋り付いていて、他の命蓮寺の妖怪たちも星の傍に集まっていた。
その中にぬえの姿もあって、私はそれに、少しだけ安心する。
「ひじ、り」
「目を醒ましたのですね、星」
星の視界を考えると、目頭が熱くなる。
だってそこには――巨乳に戻った白蓮の姿が、あるのだから。
「ああ、戻ったのですね、ああ、ああ」
星が、両手で顔を覆う。
きっと、泣いているのだろう。
「行こうぜ、フラン」
「……うん」
魔理沙に促されて、静かにその場を後にする。
ここから先は、彼女たちの仕事。
家族で許し合うのが一番だと、邪魔してはならないのだと、わかった。
「――――ああ、幻想郷に、乳が満ちる――――」
星の言葉を耳にしながら、命蓮寺を飛び出る。
きっとここから、絆を紡いでいくのだろう。
乳に満ちた、幻想郷から、縺れを解いていくんだろう。
そう考えると、自然と口元が綻んだ。
魔理沙と共に浮かび上がった空は、瑠璃色の天蓋に覆われていた。
ここから先は、妖怪の時間だ。異変解決までに、間に合わなかったけれど。
「ここでお別れ? 魔理沙」
さっさと別れてしまうには、惜しい気もするけれど。
でも魔理沙だって早く、アリスの乳を拝みたいだろうし。
私も早く、美鈴の乳に飛び込みたい。
「いや、まだだ」
けれど魔理沙は、厳しい表情でそう告げる。
幻想郷に乳は戻り、異変は解決した。
それだけじゃ、だめなんだろうか。
「なぁ、星はなんで、乳を宝だと思ったんだ?」
「え? だって、乳は宝じゃない」
「乳は宝だが、そうじゃなくて――そう、“ふと思った”の“ふと”ってなんだ?」
星は確かに、“ふと”思ったと言った。
長い年月を生きる妖怪が、果たして今まで一度も考えなかったのか。
考えなかったとしたら――今、急に思いついた理由はなんなのか。
「星の言葉を、よく思い出してくれ。そうだ、アイツは……なんて言った?」
魔理沙の表情が、どんどん険しいものになる。
そう、そうだ、星はいったいなんと言ったか。
その言葉を探り当てるのが、私は、どうしてだか――怖かった。
「星は、こう言ったんだ」
魔理沙の言葉に、鼓動が速くなる。
もう気がついた――気がついて、しまった。
「『“運命”だったのです。私が、乳を集めてしまうのは』」
ああ、そうだ。
確かに星は、そう言ったんだ。
「そん、な……だって! だって“お姉さま”は自然派でっ!!」
「でもこれで、説明が付く」
「で、でも」
お姉さまは自然派だ。
誰よりも自然な乳を好むお姉さまが、意図的に貧乳の館を作るのか。
私にはそれが、どうしても理解できない。
「なんにしても、本人に確認してみる必要がある。違うか? フラン」
「うん……わかった。行こう、魔理沙!」
再び箒に跨る魔理沙の後ろに、座る。
流星の如く加速する魔理沙に掴まりながら思うのは、お姉さまのことだ。
お姉さま、本当に――“運命”を操ったの?
空に煌めく星々は、答えを返してくれない。
ただその常闇が、私の胸を暗く覆った。
――10cm――
紅魔館の裏手に回り込み、音もなく屋根に降り立つ。
しなければならないことは、美鈴や咲夜に心配を掛けさせないと言うことだ。
魔理沙と並んで、紅魔館の中へ侵入する。
魔理沙が妙に手慣れているのは、この際見なかったことにしよう。
「というか、正面突破が好きなのかと思ったけど?」
「正面突破が好きだぜ。この通路は、出口用だ」
帰る時は別、か。
うーん、相変わらず妙な思考だ。
嫌いでは、ないのだけれど。
紅魔館の廊下を進み、奥の部屋へ行く。
この先の広間に居る確率は確かに高い。
けれど同時に、咲夜も居るかも知れない。
「中、覗ける?」
「ああ、ちょっと待て」
中を覗いて咲夜が居れば、咲夜に見つからないように隠れている必要がある。
だから魔理沙に、先に覗いて貰う必要があった。
けれどそれも、必要なかった。
「私以外に誰もいないわ、フラン、魔理沙」
「ッ」
気がつかれてたッ。
この辺りの“経験”は、私とお姉さまでは比べものにもならない。
吸血鬼としての戦闘を、長く続けてきたお姉さまに、経験で適うはずもなかった。
悔しいけれど、先手は、とられた……ッ。
「行こう、魔理沙」
「……ああ」
ゆっくりと、部屋に入る。
広間の中心でワイングラスを傾ける、お姉さま。
真紅に彩られた部屋はお姉さまによく似合っていて、そのプレッシャーを損なわせなかった。
かつて数多の妖怪を率いた大妖。
永遠に紅い幼き月――レミリア・スカーレットの“カリスマ”が、私たちを包む。
「お姉さま、嘘、だよね」
「あら? 確信を持ったからここに来た。そうでしょう」
「ッレミリア! おまえ、どうして!?」
お姉さまは自然派だ。
――少なくとも、私はずっと、そう信じてきた。
「私が自然派を名乗ってた理由は、ただ一つ」
けれどお姉さまは、告げてしまう。
私の信じてきたものを、打ち破るように。
「運命を用いても、“乳”はどうにもならぬと知っていたからよ」
無慈悲に、残酷に、そう告げた。
「貧乳が好きだった。咲夜程度の微乳なら、まだ良かった」
パチュリーは微乳、小悪魔は貧乳、咲夜も微乳。
お姉さまと私は、言わずもがな貧乳だ。
でも美鈴だけは、違う。
「咲夜が最高の従者なら、美鈴は最優の従者よ」
「ならっ」
「でもだから彼女以外に選択肢はなく、巨乳でも許容するしかなかった」
美鈴が居てくれて、良かった。
お姉さまは事あるごとに、そう呟いていた。
その時に見せる事があった哀切の理由を、私はここで、知ることが出来た。
そうか、お姉さまは。
――美鈴が貧乳ならもっと良かったのに、と、そう考えていたんだ。
「それで、星の運命を操ったのか? 答えろッレミリア!」
「そうよ」
お姉さまは、悪びれることもなく告げる。
それが天意だとでも言わんばかりに、傲慢に。
「文々。新聞で星の記事を見たとき、閃いたの。この能力を利用すればあるいは、と」
「お姉さま、それは!」
「――美鈴に限って、アイデンティティの喪失はあり得ないわ」
心の内側を当てられたような気がして、言葉に詰まる。
「彼女のアイデンティティは、極端なほど“護ること”に依る。乳程度では、どうにもならないよ」
「なるほど。おまえはそこまで計算して、異変を起こしたってことか」
でもそれは、私たちしか生き残らない。
他の巨乳妖怪たちは、外見の損失から身体をこわすことだってあるかもしれない。
それに美鈴のそれだって推測だ。もしかしたら、駄目かも知れない。
「失敗して、それで――お姉さまは、どうするの?」
「何度だってやるわ、抗えると知ったから。それで? 貴女はどうするの? フラン」
お姉さまを、敵に回す。
それは、ひどく辛いことだ。
でもそれでも、私は。
「おいフラン、キツイなら私一人で、なんとか――」
なにより“乳”が、好きだから。
夢と希望が詰まった乳、長い時を、歴史を刻まれた乳が……好きだから。
「――大丈夫。私がやらないと、だめだから」
お姉さまに、向き直る。
これが正真正銘、最後の戦い。
お姉さまを打ち破って初めて――幻想郷に、乳が戻るんだ。
「こんなにも夜が深いから――少し、遊んであげるわ」
「こんなにも星が瞬くから――お姉さまの夢を、砕く」
魔理沙と並んで、浮かび上がる。
巨大な敵、強い意志を抱いた吸血鬼。
けれどだったら、私たちだって負けてない!
「さあ、踊りなさい! 天罰【スターオブダビデ】!」
お姉さまが力を使うときの、“準備”のスペル。
魔法陣が大きく煌めいて、私たちに襲いかかる。
それを避けながら、私もスペルを掲げた。
「禁忌【カゴメカゴメ】!!」
本来は、大玉で打ち破る弾幕の檻。
けれどこの場でそれを打ち破るのは、私じゃない。
「恋符【マスタァァァッ……スパァァァァクゥゥゥッッッッ】!!!」
五色の光が煌めき、檻を突き破っていく。
その光の奥で――お姉さまは、微かに笑った。
「ハハッ……“シーリングフィア”」
お姉さまは弾幕檻を突き破り、真上に飛ぶ。
その空いた空間をマスタースパークが通過し、残った輝きのせいでお姉さまの軌道が読めなくなった。
「がら空きよ」
「くっ」
真上に出現したお姉さまを、寸での所で躱す。
けれど間に合わず、服を少しだけ裂かれてしまった。
「このまま、丸裸にしてあげるわ」
「させるか! 魔符【スターダストレヴァリエ】!」
魔理沙の星形弾幕が、お姉さまを囲う。
けれどお姉さまはそれを一瞥することなく、振り向きながら槍を投擲した。
短い三本の槍――“デモンズディナーフォーク”だ。
「ッ」
器用に、魔理沙の服だけ切り裂かれる。
ノースリーブになった自分の服を見て、魔理沙は悔しげに唇を噛んだ。
今日のお姉さまは、いつもと違う。
お姉さまは強い――けれど、二人がかりで手も足も出なかったほど、強かったか。
「妖怪の強さは精神に依存する。半日程度とはいえ貧乳の館にいた私の力、見ておきなさい」
「ッ」
そうか。
お姉さまはもうずいぶん前から、美鈴を従者にしていた。
だから、今までずっと……“全力”になれなかったんだ。
「信頼する部下、大切な友、愛する家族、その全てが貧乳となった時――私は全てを、凌駕する!」
「きゃあっ!?」
お姉さまの爪に吹き飛ばされて、後ろへ飛ぶ。
そんな私を、魔理沙がキャッチした。
「朝まで戦うか、さっさと終わらせるか。どっちがいい?」
「無駄話をしている暇は無いぞ! アハハハハッ!」
お姉さまが放った赤い鎖が、魔理沙のスカートを切り裂いていく。
ロングからミニにされた魔理沙の頬は、赤い。
私は元々ミニだけど、ロングスカートな魔理沙には厳しいものがあったのだろう。
「答えは、最初から一つだよ。魔理沙!」
レーヴァテインを振るい、お姉さまの弾幕を打ち破る。
するとお姉さまは、私に合わせるように、グングニルを取り出した。
「思い出せ、フラン!」
レーヴァテインとグングニルが、激しく打ち合う。
その度に私と魔理沙の服が、ボロボロになっていった。
余波の方向を運命で操っているのか、それともお姉さまの執念か。
お姉さまはこの戦いで、私と魔理沙を剥く気でいるッ!
「ここに来る前、おまえは命蓮寺で何を視た? あれはおまえの“夢の具現”だったんじゃないか?!」
夢の具現。
そうだ、フィクションでしか見られないと思っていた、魔乳。
私はそれを、間近で見ることができたんだ。
「私は片時たりとも、乳への情熱を忘れたことはない! おまえはどうなんだ、フラン!」
ああ……そうだ。
狂気に満たされた世界。
そこに差し込んだ一筋の光明は、確かに乳だった。
「おまえは乳を忘れられるのか! 答えろ、フラン!!」
柔らかな感触。
甘く切ない芳。
温かで豊かな乳。
「忘れられるはずがない。はずが――」
「なにッ?!」
押されて、お姉さまが怯む。
そこへ更に、私は“想い”を上乗せするッ!
「――ないんだッ!!」
初めて、お姉さまを吹き飛ばす。
すると、私の背後から、魔理沙がそっと近づいた。
「私の八卦炉に手を乗せろ。二人で、力を合わせるんだ」
「二人で、力を?」
「そうだ。乳への情熱が運命を塗り替えると信じろ。運命を破るのは、いつだって、恋する乙女の力だ」
乳が、恋が、運命を塗り替える。
乳への恋心が、運命を打ち破る!
「行くぜ、フラン」
「うん、魔理沙」
八卦炉に、光が灯る。
その光はやがて空間に満ちて。
そしてそこに、乳の幻影を浮かべた。
「巨乳程度の力で、私を倒せるものかッ! 神ッ槍ォッ【スピア・ザ・――」
お姉さまが、槍を振りかぶる。
けれど私たちはもう、負ける気がしなかった。
幻想郷に乳を取り返して、乳の平穏を取り戻す為に。
私たちは、立ち上がったんだ!!
『恋乳【ダブル乳・ファイナルゥゥゥッ――』
虹色と、真紅。
貴賤無き乳と、貧乳至上主義。
二つの譲れない想いがここに……激突する。
「――グンッグニルゥゥゥゥッッッ】!!!」
『――スパァァァクゥゥゥゥッッッ】!!!』
光が満ち、満ち、満ち。
そして視界の全てが、乳への思いで満たされる。
そうか、これが乳であり、乳への情熱だったんだ。
そんなことを、今更ながらに気がつかされた。
「そんな、バカなッ!? この私がァァァァァッッッッッ!!?」
お姉さまが、光に呑み込まれていく。
その最中で、私は本当の“乳”を見た。
性別も種族も欲望も思想も宗教も、全て乗り越えた先。
その先に、私は――境界無き、“運命の乳”を見た。
――11cm――
乳異変と名付けられたその異変から、数日後。
幻想郷には今までと変わらない乳が満ちて、その乳の周りには笑顔があった。
誰も彼もが乳に一喜一憂する、平和な光景だ。
「フランドール様、そろそろお昼ご飯の時間ですよ」
「え? もう?」
美鈴と手を繋ぎながら花畑を見ていると、不意にそう告げられる。
あの日から私は、美鈴と一緒に居ることが、多くなった。
「今日は魔理沙も来てるんだよね?」
「ええ、アリスさんと図書館にいます」
魔理沙も無事日常に帰り、アリスと過ごす時間が増えたらしい。
初日はなにをやらかしたのか、顔が二倍くらいに腫れ上がっていたが。
アリスは初心だと言うことを念頭に置かないと、駄目だろうに。もう。
「それなら、一緒に食べよう! 咲夜とお姉さまも――」
「――妹様」
美鈴の声で、私ははっと思い出す。
そうだ、この紅魔館にお姉さまは……いないんだ。
「なんでもないよ。さ、行こう!」
「……ええ、畏まりました」
お姉さまは、この異変の首謀者だ。
だからそれなりの罰を下さなければならないと、八雲紫が宣言した。
乳を奪うほどの重大な事件だ。それも、致し方ないことなのかもしれない。
「美鈴、橙はどうしてる?」
「小悪魔に仕事を教わっています。この機会に、図書館で勉強をしておきたいようですね」
「ふぅん、真面目だね」
「あはは、良いことですよ」
八雲紫の式の式、橙。
彼女が紅魔館に居る理由は、簡単だ。
私のお姉さま――レミリア・スカーレットが、マヨヒガに居る為だ。
お姉さまへの罰は、さほど厳しいものではない。
嫌がる人は沢山いることだろうが、辛いことではない。
――けれどお姉さまにとっては、違う。
八雲紫と八雲藍。
二人と生活し、幻想郷の治安について学びながら生活する。
その過程で聖白蓮と写経をしたり、八意永琳と医学のお勉強。
午後には星熊勇儀や風見幽香と、格闘を交えた弾幕ごっこ。
そう、巨乳に囲まれた生活を、余儀なくされるのだ。
この生活で、お姉さまがどのように変わるかはわからない。
巨乳が更に苦手になってしまうかも知れないし、逆に乳差別を無くすかも知れない。
もし巨乳好きになってしまったら、美鈴をとられそうで少し怖い。
それでも私は、お姉さまの帰還を望んでいる。
だってお姉さまのいない紅魔館なんて、考えられないから。
「さ、フランドール様」
「うん、美鈴」
だからお姉さま、どうか早く帰ってきて。
この豊かな乳で溢れた――――紅魔館へ。
――了――
自分は美乳派。
俺の幻想郷は巨乳以上しかいない事にコレ読んで気付かされましたありがとうありがとう
最後までブレずに書き切れる事に尊敬を禁じ得ない。
因みに自分は巨乳派です
目の前のモニタにアップされているとする。
特徴を良くつかんでいるな、可愛らしくも凛々しい。線のタッチも俺好みだ。
面白いアングルを考えたもんだなぁ、背景にも気を抜いてないし塗りもバッチリ決まってる。
一点を除いてあらゆる意味で俺の望む最高の絵だ。そう、一点を除いて。
おっπでかすぎ。
盛ればいいってもんじゃないだろ、適π適所と言うじゃないか。あるべき姿ってのがあるんだよ各々のキャラにはさ。
いや、保存はするよ? 世の中なにがあるかわからないんだから。
レミすけは俺の大いなる共感を裏切った。
受ける罰にしても羨ましいにも程がある。こんなのってないよ作者様!
失礼しました。
『神のものは神に、カエサルのものはカエサルに』
はたして乳とは一体誰のものなのでしょうね。
イイハナシダッタノカナー?
いやー、笑わせていただきました。シリアスな場面ほどその行動原理にwww
最初はただのネタ話と思ってたのに、いつの間にか引き込まれてマジになって読んでたわ
読み終わったとき初めて妖々夢をノーコンティニューしたときのような達成感が思い起こされました。
後半でギャグが畳み掛けてきて「甘い。寅乳【ハングリーオッパイ】」でついに耐えられなくなった。
しかしこの作品はギャグではない。シリアスだ。
I・Bさんは美乳派でしたか。俺はこう張りのある引き締まったおっぱいが好きですね。美乳とは形の良さのことで良いのかな?形の良さも重要ですよね。お椀型のおっぱいが一番美しいと思います。
おぜうさまはひんにゅー派だったと言うことで、ひんにゅーでもひんにゅーを愛せる心の広さを持ったおぜうさまは流石カリスマ溢れる紅魔館当主ですね。しかし微妙にコンプレックスの裏返しな感じでもある。咲夜さんもそれなりの大きさをもった美乳だと思ってるんですけども。
ともあれ、良い話しでした。これからフランちゃんのおっぱいの成長が気になりました。
しかしI・Bさんは筆がお早いですな。書き手として見習いたいものです。
乳の話なのに
おもしろいとしか思えないのに悔しさがこみあがる
作者さんは天才だと思いますよ
とても楽しく読ませてもらいましたw
やっぱね、デカすぎるのは良くないとおもうんだ。
そこそこある程度が一番なんだよ。
まあ俺は貧乳好きだがな。
ごめんなさい
なんとなく豪族トリオは貧なイメージ。巨は芳香とマミゾウさん。娘々と響子ちゃんは普通。
乳ならちかたない
作者さんすげえ