Coolier - 新生・東方創想話

ギャザー 2.巫女編

2011/08/29 22:40:21
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※こちらの『ギャザー 1.狐編』及び『ギャザー 2.巫女編』は
 以前投稿したものに若干手をくわえたリライト作品です。(元作品は削除済み)
 前作品を読んでいただいた方(そのうえ覚えていただいている方)も
 よろしければ最初から読んでいただければと思います。






(一)





 目が覚めると寒かった。布団が心地よくて、なかなか離れがたかった。意を決して伸びをし、手を布団の上に出すといつもの巫女服に触れた。夕べのうちにきちんとたたんで用意してある。
 霊夢は手早く着替えて、顔を洗い、朝食を取り、まだ早いうちに神社の境内を蹴って飛び立った。
 やっぱり寒かった。腋の開いた巫女服はどう考えてもおかしい。誰の趣味なんだろう。
 少し前なら、むしろ涼しくて気持ちが良くて、今日はあまり暑くならなければ良いな、と考えたはずだった。今日はちがう。夏が終わり、秋が近づいているのだ。なんとなく寂しくなった。
 さて異変である。
 上空から人里を見下ろす。紅い霧が、人里をすっぽりと覆っていた。空からでもかなり濃い色に見えるので、きっとあの中では、ずいぶん見通しが悪いだろう。
 何年も前の紅霧異変と同じで、だから霊夢は、頑張って早起きしたものの、ちっともやる気は出ていなかったのだ。



 もちろん、紅魔館にはいのいちばんに行って話を聞いてきた。(門番に言わせると、「暴力言語」だったそうだが、正確に言うなら「弾幕言語」だと思う。どっちでもいいけど)
 何が楽しいのかスカーレット姉妹は嬉々として迎撃してきた。従者にも、図書館の友人にもそうするように指示したから、けっきょく前と同じようになった。
 なんとかかんとか吸血鬼どもをやっつけると、姉妹揃って「私たちはやってません」と言う。
 早く言え。ものすごい大変だったんだ、と怒って夢想封印を何発かぶち込んだ。灰になっても蘇る奴らに何をやっても甲斐がないが、戦ったり怒ったり終わってお茶を飲んだりしているとどうも、スカーレット姉妹は以前よりもずっと仲が良くなっているように思った。連携攻撃とかしてきたし。
 フランドールはやたらはしゃいでいて、落ち着かせるのにずいぶん手間がかかった。まだ、宴会には顔を出さないけど、そのうち出てくるんじゃないかと思う。レミリアは妹を見て、でれっとしていた。

 吸血鬼が犯人でないとすると、誰なんだろう。亡霊や宇宙人や天人や、困りごとを起こしそうな奴らにはことかかないのが昨今の幻想郷だが、どうもやり口がそのどれとも似合わないような気がしていた。異変を起こすにしたって、紅い霧を出すなんて、二番煎じの方法をわざわざ選ぶ奴がいるだろうか。さっぱりわからなくなった。紅魔館に乗り込んで疲れてもいたし、どうせ霧が出ているだけで被害としては洗濯物が乾かないくらいなので、それでしばらくうっちゃっていた。
 それから何日か経っても、霧はまだ出続けていた。そろそろほっておくのも限界だった。これ以上ちんたらしていたら、もともとない信仰がさらに減ってしまって、来年の初詣のお賽銭にも影響があるだろう。ということを昨夜寝る前にずらずらと考えて、しかたなく出てきたのだ。
 霊夢はため息をついた。面倒といえば、これ以上の面倒はなかなかない。巫女の勘は、実は、今回も働いていて、この件の犯人についてただひとりを指し示していた。けれど理由がわからなかったし、普段から考えてあいつがこんなことをしているというのはいかにも不自然だった。
 けれど、普段の様子ったってけっきょくこれまでの認識でしかないわけだし、そもそも私があいつの何を知ってるのかって言うとちっとも自信がないし……と考えながらつらつら飛んでいると、前の方から白くて青くて緑の物体が飛んできて、正面衝突しそうになった。
 危なく当たるところだった。ぎりぎりで避けた。
 避けなかった相手にちょっと腹を立てて、腰に手を当てて怒ろうとすると、少し行ったところで止まってこちらを振り向いた東風谷早苗が、惜しいことをした、みたいな顔して指を鳴らした。

「惜しいことをしました」
「あんたは私を轢く気だったのか」
「まさか。うまくいけば、霊夢さんと正面からぶつかって、事故を装った接吻ができるかと思っただけです」

 恐ろしいことを言う。
 関わるのも面倒くさいので、霊夢は前に向き直ってそのまま飛んでいった。
 早苗はすぐに追いすがってきた。

「待ってくださいよう。霊夢さんも、この異変を解決しようとしてるんでしょう」
「そうね。仕事だからね。あんたは何してるの」
「私も解決したいんです。だから今日は、おべんともってうろうろ飛んでるんですよ。幻想郷の巫女はこんなとき、適当に飛んでれば何かにぶち当たると聞いていましたけど、ほんとうですね。すぐに霊夢さんが見つかった」

 幻想郷の巫女、というだけではだめで、異変解決の能力を持つのは博麗の巫女だけなのよ、と言ってやろうとしたけど、そういえば魔理沙もたくさん異変を解決していたな、と思い当たって口を閉じた。
 魔理沙は何をしているんだろうか。普段ならこんな騒動が起きたら、何をおいても真っ先に首を突っ込んでくる奴なのに。紅魔館でも魔理沙のことは何も言っていなかった。(そういえばパチュリーが、どことなく憮然とした顔をしていたような気もする。)
 午前中ずっと、あっちをふらふら、こっちをふらふら、妖怪の山に行ったり、太陽の畑に行ったり、いろんなところを飛び回った。けれど、異変の首謀者みたいな奴にはついぞ出くわさなかった。これはおかしいぞ、と霊夢は思った。原則が崩れている。
 お昼になるまで何も起きなかったので、けっきょく人里に行って、川原に座って早苗の持ってきたおべんとを食べた。霧が充満していて、視界が紅いなかで食べるお弁当はそれほど美味しくなかった。誰が作ったの、と訊くと、秘密です、と言う。早苗が作ったんだなと思った。諏訪子も神奈子も、手料理はけっこう上手で、、早苗だけがちょっと不器用なのだ。卵焼きがやけくそに甘いことだけは霊夢の好みに合っていて良かったが、そもそもこんなに贅沢に卵を使えるなんて、と思って霊夢は人知れず気落ちした。







 お昼を食べて一息ついてから、慧音の寺子屋に行った。まだお昼休み中だったので、白澤は快く話をしてくれたが、あまり得るものはなかった。迷惑だから、早く何とかしてくれ、と言う。そううまくいったら苦労はないのよ、と返すと、お前がそんなことを言うなんて、実はこの異変は思ったより大変なものなのか、と心配になったようだった。

「紅霧異変と同じだから、たいして気に留めていなかったが。前ほど妖気が濃くなくて、外に出ても大丈夫だしな」
「レミリアがやったんじゃないみたいなのよ。心当たりない? というか、あんたの能力を使えば、どこの誰がやったかなんて簡単にわかるでしょう」
「そう便利なものでもないよ。人間の時の私の能力なんて、せいぜいが人里の歴史を食べて見えなくするぐらいのものだ。知りえないことは知ることができない。まあ、満月の時なら、何とかなるかもしれないが」

 まだ先だからな、と言う。
 残念だがしかたがないので、子どもとけん玉をして遊んでいる早苗を置いて先に行こうとしたところ、ちょっと遅れてまた着いてきた。

「次はどこへ行くんですか」
「あんたねえ……自分でも、ちょっとは考えなさい」

 と言われても、私はまだ幻想郷に明るくないのです、と言う。守矢神社が幻想郷に引越ししてきてからずいぶん経っているし、神奈子の方針で宴会には必ず一家の誰かが顔を出しているから、そうそう知らなくもないだろう。と言ってやると、「私の知っている人は、誰もこんなことしてないと思います」とのことだった。
 巫女だけあって、勘が鋭いのかな、と思った。博麗でなくても巫女であれば勘はさずけられるのだろうか。強いて言えば、誰が怪しいと思う、と訊いてみた。
 早苗は眉根に皺を寄せて、

「新顔が起こしたんだとしたら、お手上げですけど。そうでなければ、消去法で、チルノちゃんとかミスティアさんとか、わりと力の弱い妖怪がやったんじゃないかと思います」
「消去法って何よ」
「えっと、そのう……だって聞いた話では、何年も前に同じような異変があったんでしょう。プライドの高い大妖は、そんな二番煎じみたいなことしないと思うんです」

 ふうむ、と霊夢は心のなかで息をついた。
 自分でも考えたことだったが、それは、巫女の勘とは違って、ずれていた。それは理屈だ。深いか浅いかはともかくとして、早苗は理屈で考えてそう言っている。理屈だからどうしてという問いにも答えられる。では自分の勘は何なのか。
 自分の勘は――これは、博麗の巫女の勘なんだろうか?――何を元に、あいつが犯人であると指し示しているのか。わからなくなった。勘に理由なんてないと思っていたし、わからないことが自然であると感じてはいたけれど、

(自然だからって、なんだって言うのよ)

 と、霊夢は思った。何だか気分がくさくさした。チルノは紅魔館に行く時に出会って、すでにぶちのめしているので、それではミスティアに会いに行こう、と言った。
 早苗はとてもうれしそうだった。

 ミスティアのところに行くと、昼間なのにもう屋台をやっていた。黒髪の女がすでにひとりいて、酒を飲んでいる。駄目な奴だ。
 ひとまず長椅子に座って、あんたが犯人か、と問い詰めたが寝耳に水といった顔をして首をぶんぶん振った。まあ、そうだろうな、と思う。
 鰻はもう焼けていて、見ていると小腹が空いた。早苗と霊夢と、ひとつずつ注文する。ふと思いついて、最近魔理沙を見なかった? と訊いてみた。知らないと言う。用があるわけじゃないし、とりたてて近づきたい相手じゃないし。それはそうだ、と思ったものの、何となく頭に来たので酒も頼んだ。早苗が、いいんですか、と言う。今日はもういい、と思った。今日は頭と、体と、お腹んなかと、何もかもがちぐはぐで、どうにも具合がよろしくない。そのくせ心だけがちりちりして、早く何とかしなければいけないような、焦りだけがある。今までに経験がないことだった。

「あの、人間のひとですか」

 突然、隣に座っていた女が声をかけてきた。帽子をかぶっていて、気に留めていなかったが、幻想郷ではあまり見ないような型の服を着ている。永江衣玖の服にちょっと似ているようだった。

「よかったあ。私、宇佐見蓮子と言います。心細かったんですよう、ここ、妖怪のひとしか来ないんだもの」

 蓮子と名乗った女は深々と息をつくと、霊夢の手をすがるように握りしめた。







(二)





 博麗神社には客用の布団が十組ほどあって、はじめは霊夢が使う分しかなかったのだが、まず魔理沙が持ち込んで、次にアリスが持ってきて、それから宴会をやるたびに少しずつ増えていって……今では押入れが布団で満杯になってしまった。レミリアが天蓋付きのベッドを入れようとしたときはさすがに断った。が、代わりにやたらファンシーな柄のふわふわの羽毛布団を持ってきたので、これはそういうのが好きな客にありがたく使わせてやっている。
 霊夢自身は重たい綿布団でないと眠れない。蓮子と名乗った女に、どれがいい、と訊くと、羽毛布団を選んだ。

「可愛い柄のお布団ですね。コウモリ柄の赤いお布団なんて、ハロウィンみたい」
「年から年中ハロウィンみたいな奴らがいるのよ」

 ハロウィンってなんだっけ、たしか悪魔がお菓子をねだりに来る日よね、と考えながら霊夢は自分の布団のとなりに蓮子の布団を敷いてやった。
 魔理沙だろうがなんだろうが基本的に自室に泊めることはないが、今回は特別だ。なんでもこの蓮子は、外の世界の人間で、何日か前に幻想郷に迷いこんで来たのだという。よく殺されなかったものね、と言ったら、かくし芸をしたらミスティアさんが気に入ってくれちゃって、ご飯をおごってくれたんです、そのまま寝場所も用意してくれて、とのことだった。運がいい。かくし芸って何、と訊くと、それは夜のほうが都合がいいので、暗くなったら教えます、と言う。聞いたときは興味があったが、夕飯を食べて風呂に入ったらわりとどうでもよくなったので、しいてねだることもせず寝てしまうことにした。
 明日は紫を呼び出して、蓮子を外の世界に送り帰してもらおう。
 いい口実ができた、と思った。紫はしばらく、神社に顔を出さない。いつもならせんべい食べてれば勝手に現れる奴なのに、常にないことだった。

「夜食できましたよー」
「あんたはなんでここにいる」

 早苗が焼きうどんのお皿を持ってやってきた。思わずつっこんだ。材料はひとっ飛び、守矢神社に行って持ってきたので、それで文句を言うつもりはないが、そもそも泊まる理由がない。

「だって、霊夢さんと蓮子さんをふたりきりにしたら、危ないでしょう」
「何がだ」
「察するに、蓮子さんはレズビアンですよ」
「違いますよ!」
「嘘。私にはわかります。女子校育ちですからね。あなた、外の世界で、ちょっと一線を越えそうな感じの女友達がいるでしょう」
「うぐっ」

 蓮子が詰まった。そうなのかな、と霊夢は思った。一線を越えるって、女同士で何をどういうふうにやるのだろうか。うまく想像できなかった。

「そんなの、ないもん」
「そういう雰囲気になったことあるでしょう。お泊りしたら、一緒のベッドに寝てるんじゃないですか?」
「なななななな」
「いいですよ。私は構いません。でも、霊夢さんにそれは、段階を飛ばしすぎというものです。ことわざに言うじゃないですか。恋はあせらず」
「それはことわざじゃない!」

 ぎゃーぎゃーわめく女ふたりを見ながら霊夢は焼きうどんを食べた。思ったより美味しかった。さては上手に作れる料理を選んだな、と思った。三人前あるので、気づかれないうちにできるだけ食べておきたい。
 けっきょく霊夢が大半を、早苗が残ったもののほとんどを食べて、蓮子は少ししか口にしなかった。悔しそうに、そんなに食べると太るわよ、と言ったが、早苗が「若いから大丈夫です」と言い返す。
 蓮子は霊夢や早苗よりも何歳か年上くらいで、女としては早苗が警戒するくらいに美人だった。でもどちらかというと、色気があるタイプじゃなくって、自分の興味に正直で、男よりもそっちを優先する感じだ。ちっちゃいころは虫が好きだったんだろうな、というような。外の世界では学生といって、勉強することが仕事だった、というから、阿求みたいなものなのかもしれない。
 あなたどっちかというと男役でしょう、恋人はさぞかしおきれいなんでしょうね、とからかうように早苗が言う。
 だから恋人じゃないって、メリーはたしかに美人だけど。
 ほら、やっぱりいるんじゃないですか。
 違うってのに……。そういうあんたは、どうなのよ。ソッチの人なんだったら、悪いけど別の部屋に寝かせてもらうわ。
 私ですか。私はそりゃ、これでも、外の世界では千人斬りの処女と呼ばれた……。
 わけのわからない会話だな、と布団に入ってまどろみながら霊夢は聞いていた。そろそろ明かりを消したい。
 早苗はずいぶん変わった、と思う。幻想郷に来たての頃は、何か余裕がなくって、無理をしているようなところがあって、弾幕ごっこをするでも宴会で酒を飲むでも、どこか空回りしている感じだった。でも近頃ではすっかりこっちに慣れたみたいで、魔理沙なんかは「慣れないほうが良かったんじゃないか」と言っている。とにかく、蓮子と仲良くなったみたいで良かった。霊夢は基本的に人に構うほうではないので、蓮子とふたりきりだったらちょっと気まずかったかもしれない。
 えっ、あんたも日本から来たの、と、蓮子が早苗に食いついた。

「はい。私は長野県にいましたよ。長野県といえば、蜂の子を食べるんですよ。すごいでしょう。それにJRがJR東日本、JR西日本、JR東海と三社に分割されているんですよ。すごいでしょう」
「すごい。そんで、どうやってここに来たの」
「湖ごと引越ししました」

 蓮子はさらに訊こうとしたが、霊夢がもう寝ろというのでしかたなく布団を頭までかぶった。
 疲れていた。あの鳥の妖怪が、自分を食わずにおいてくれて、そのうえ寝床まで用意してくれたのは、自分で考えてもほとんど信じられないくらいの幸運で、感謝していたけれど、やっぱりひよわな現代っ子だから、ほとんど野宿に近い環境では体を休められなかったし、だいたい怖くてひやひやしてよく眠れなかったのだ。霊夢に言わせると、

「ちょっとでも眠れただけたいしたもんよ。何日あそこにいたんだって? 私たちが行かなければ、今晩か、次の晩には確実に食われていたでしょうね。ミスティアは鳥頭で、気まぐれだけど、そこまで甘い奴じゃない」

 とのことだった。怖気がした。
 すぐに眠りについた。夢のなかで、紫色のドレスを着た、きれいな女の人に会った。
 メリーに似ているな、と思った。







(三)





 蓮子が目を覚ますと、隣の布団は両方ともなくなっていた。霊夢も早苗もすでに出かけてしまったようだった。朝食と、書置きが用意してあった。

『用事ができたから、出かけるわ。ここにいれば安全だから、出歩かないように。夜には帰る。お茶菓子棚のなかの甘納豆には手をつけないこと』

 とのことだった。あの巫女が……巫女だと自分たちは言っていたが、衣装が蓮子の知っているものと違って独特すぎて、むしろ何かのアニメキャラのコスプレみたいであやしいもんだと思ったが……霊夢の言うことにはここは幻想郷という土地で、何故だかよくわからなかったが、妖怪も人間も、巫女に手出しをするのはご法度であるとのことだった。
 朝食を食べて、お茶を淹れて、棚を開けて甘納豆のとなりにあった芋羊羹を食べながら、あの鳥の妖怪のところにいるよりはここのほうが安全なのはたしかね、と蓮子は思った。屋根があるし、畳もあるし。落ち着くと、がぜん、好奇心が頭をもたげてきた。
 自分は秘封倶楽部というサークルをやっていて、ずっとこの世の不思議なんてのを探し求めていた。それが今、ふとした拍子に異世界に飛ばされて、死ぬこともなくお茶をすすっている。このチャンスを逃す手はない。ひとつ調査といこう。とにかく何でもいいからこの世界の証拠を――手がかりを!――持ち帰って、メリーに見せてやるんだ、と考えた。一度決めると、行動は早かった。
 たんすを開けて、中をまさぐると、きれいにたたまれた布が出てきた。霊夢の下着になってる布だった。妙な気分になったが、昨日の早苗の表情を思い出して、ぶんぶんと頭を振った。それから棚や扉を順々に開けて中身を点検していった。あんまり気になるものはなかった。押入れを開けると昨夜霊夢と早苗が寝た布団がきちんとしまわれていて、それで自分が寝た布団もちゃんと片付けなければいけない、と気がついた。どこにしまおうかと、布団を腕でよせてスペースを探していると、布団の下敷きになって奥のほうに木の箱があるのが見つかった。
 引っ張り出した。南京錠が付いているが、錆びていて、鍵はかけられていなかった。開けてみると、閉じられて本のようになっている古い紙束がいくつも出てきた。古い日本語で書かれているようだった。趣味上、少しは読める。ここの家の家系図のようだった。あまり見るのもよくないかな、と思って戻そうとしたところ、CDアルバムが一枚紙束の下から出てきた。
 CDって、こんな前世紀の異物、と思って、蓮子は混乱した。場違いにも程がある。ジャケットをよく見ようとしたところで、後ろから声をかけられた。

「ねえ」

 死ぬほど驚いて、弾けるように振り向いた。縁側の先の庭に、黒い服をきた金髪の女の子が両手を広げて立っていた。赤いリボンが特徴的で、可愛い顔立ちをしていた。見た目は幼く、十歳かそこらの子どもに見えた。笑顔を浮かべていた。でも何故だか、とても恐ろしく見えた――人間以外のものに見えた。ミスティアと同じで、それからあの時の――メリーと一緒に、ここに飛ばされてきたときの、あの金髪の妖怪と同じ部類だ。あの、メリーの保護者と名乗った、金色の妖怪と。

「巫女はいないの?」

 と女の子は言った。それから、

「あなたは食べてもいい人類?」

 と言って、首をかしげた。
 もつれそうになる足に何とか言うことを聞かせて、ばたばたと後ろに下がる。すぐに襖にぶつかった。襖が倒れて、尻もちをついた。妖怪から目を離せなかった。視線を切ったら、食われてしまう、と思った。

「巫女はいないみたいね。今なら大丈夫かなあ」

 妖怪はそう言って、よっこらせと縁側に足をかけた。
 がたがた震えた。
 すると、妖怪の後ろから誰かが出てきて、ぽかり、と妖怪の頭を叩いた。

「こら。靴を脱がないと、霊夢に叱られるぞ」
「あたた」

 とんがり帽子をかぶった、エプロンドレスの女の子だった。白黒の服と、金髪なことは妖怪の女の子と一緒だが、もう少し背が高く、霊夢や早苗と同年代に見えた。
 妖怪の子が頭に手を当てて、叩かれたところをさすっている。新しく現われた少女はきちんと靴を脱ぐと、ぺたぺた歩いて蓮子の前まで来て、腰をかがめて蓮子の顔を無遠慮に見つめた。

「あんた誰だ? 泥棒か? ここが私と霊夢の愛の巣と知ってのことか」

 にやにや笑っている。やたらと横柄な態度だったが、不思議と悪い気はしなかったし、先程の子みたいな威圧感はなかった――この子は人間だ、と思った。

「人間か、だって? ああ、私は普通の人間だ。そっちはルーミア。普通の妖怪だ」

 と、霧雨魔理沙は言った。ルーミアもちゃんと靴を脱いで、畳に上がってきていた。ひとまず、この場で蓮子を食う気はなくなったようだ。魔理沙はさらに言葉をつづけた。

「で、そっちの奴は、何だかよくわからない。でもまあ、とにかく、普通の奴だ。おい、靴脱いで上がってこいよ」
「連れてきたの?」

 とルーミアが言う。お前が先に行ったから、私一人で連れてきたんだぜ、と魔理沙が言う。
 水色の髪に、藍色の瞳の、小さな女の子が影から出てきて、靴を脱いで家に上がった。







 アリスが出てきた。
 魔法の森が舞台とわかったときから、そうなるかなあと思っていたけれど、予想に違わず人形遣いが出てきたときはほんとうにもう面倒になってしまって、早苗に任せて神社に帰ろうかと思ったほどだった。

「あんたとはもう何度もやったでしょう。いい加減飽きなさいよ。私は飽きたわ」
「弾幕ごっこの考案者が、何言ってるのよ、っと」

 上海人形から射出されるレーザーが一瞬前まで霊夢がいたところを通り、後ろの早苗に向かう。早苗は霊夢と反対方向に避ける。右と左から弾幕を撃つが、人形たちに邪魔されてアリスまでは届かない。
 一発一発の威力はないが、アリスの弾幕は空間をきめ細やかに縫っていくようなもので、少しでも避けるタイミングや速度を間違えると即座に被弾してしまう。慧音のものほど規則的なわけではないし、パチュリーのものほど種類が多いわけでもないが、圧倒的な統一感があって、弾幕はブレインよ、と自分で良く言っているとおり、ルールぎりぎりを保った上で水も漏らさぬほど見事に組み上げられている。ほとんど芸術の域だった。
 アリスが相手の弾幕ごっこは、力よりも速さよりも、集中力の勝負なのだ。で、それはこのところの霊夢に一番欠けているものだったので、あえなく被弾した。

「何この程度でピチュってるのよ。ムキー」
「ムキーってあんた……」
「まだ私がいますよ!」

 早苗は元気だなぁ、と霊夢は思った。喰らいボムを撃つ気力もない。
 起きたら人里どころか幻想郷全土を紅い霧が覆っていた。
 のんきに構えていた、というよりは、やる気がなかった霊夢だったが、さすがにこれは捨ておけなかった。あわてて朝食をかっこみ、書置きを残して、神社を出る。霧は人里だけを覆っていたときよりはかなり薄く、見通しは良かったが、かなり上空まで漂っていた。見下ろすと、霧の濃いところとそうでないところがわかった。魔法の森へ向かった。できれば行きたくなかったな、と霊夢は考えた。頭の中で言葉にすると、前から自分はそう思っていたんだ、と改めて思い知らされるような気持ちだった。昨日跳び回って、一度も会うことがなかった相手が出てきた。敵。
 はじめの敵はルーミアだった。紅霧異変の時と同じだ。その上、紅霧異変の時と同じ弾幕を撃ってきた。宣言するスペルカードの種類も、前の時と同じだった。
 作為を感じた。ルーミアに作為なんて上等なものがあるのかはわからないが、とにかく、誰かの意思が働いているのだ。ルーミアはただの通りすがりじゃない。ぶちのめして、詰問して口を割らせても良かったが、そうする気にはなれなかった。先へ進めば自動的に黒幕も知れる。早く終わらせたかった。一刻も早く。
 次に出てきた敵はプリズムリバー三姉妹だった。三人が相手なので苦労したが、早苗と二人で何とか倒した。メルランとリリカはいつもどおりだったが、ルナサだけ、普段より少し気合が入っているように思えた。糸目が通常よりも少し大きく見開かれていたように思う。ほんのちょっとの違いで、注意して見なければ気づかないくらいだったけど。
 倒して先に進むと、河城にとりが出てきた。このあたりで、先の展開もだいたい読めた。妖怪の山に住んでいるにとりが、ここまでやって来たのは、友情からなのか、それとも手にしたきゅうりに関係があるのか。ぽりぽり食べている。川ではなくて池で戦ったので、前よりも弱かった。
 で、アリスだ。もう直接的すぎて、口を開くのもかったるくなった。わざわざ来ないでも、神社で待ってれば何もかも解決したんじゃないかと思った。でもあいつのことだから、自分を呼び寄せるために、手間暇かけてここまでお膳立てしたんだろう。頭が下がる。アリスとは違った意味で、あいつもいい加減偏執的だ。魔女の特性なんだろうか。
 そういうところは、ほんとかなわないな、と思う。
 ぼーっとしてるうちに早苗が勝っていた。霊夢が休憩に入ってから、アリスはちょっとやる気をなくしたようだった。早苗は喜んでいた。

「そろそろ私の時代ですね!」
「言ってなさいよ。本部的にはたぶん私のほうが重要キャラなんだから……それで霊夢、どうしたの。大丈夫? ぜんぜんらしくない。あんたこういう時は、もっとこう、鬼のような強さだったじゃない。鬼巫女じゃない」
「お賽銭がなかったときも鬼になりますよね。でも昨日もほとんど入ってなかったですよ。どうしたんでしょう」
「あのねえ……」

 文句を言ってやろうとしたが、調子が狂っていて口がまわらない。
 いつからおかしかったのか、とふと思った。
 昨日からか? この異変がはじまってからか? もっと前からだ、と思った。
 あの夏の日、鳥居の下でキビタキの死骸を見た日からだ。あの日、自分は何か、とても大事なことを考えた。あることについて、違和感を覚えたんだった。何に対してだったろう?
 藍と、紫に対してだった。藍が鳥の死骸を食い、紫があやふやな微笑を浮かべた。そのふたつに対して――自分は、恐ろしい、と思った。
 寒気がした。霧が纏った微量な妖気のせいでもあったし、霧のせいで日の光が弱まっているからでもあったし、自分の考えについて、はっきりと意識してしまったからでもあった。
 勘なんて不便なものだ。巫女の勘は、異変が起きてからしか本式には働かない。理屈じゃなくて物事を捉えるから、経験で予測を立てることができないし、事実を組み立てて筋道をつけて、結論を得る、ということがない。いつも一足飛びに、結論だけが向こうからやってくる。
 魔理沙がうらやましかった。魔理沙は、自分には才能がないからな、とよく言う。魔法使いとして、生まれ持ったものはほとんどなかった。パチュリーみたいに七曜の魔術をおさめているわけでもないし、アリスみたいにありえないほどの器用さを持ち合わせているわけでもない。そのどちらにも適性がなくって、今のところ、できるのはキノコや何かを研究して、配合して、爆発的な火力を生み出すことだけだ。あと箒で飛ぶとか。
 魅魔様がいればいろいろ教えてもらえるんだけどな、まあ自分であれこれやってみるのも楽しいぜ、と笑いながら言う。魔理沙は少しずつ、力を身につけていった。自分はそれをずっと見ていた。昨日よりも今日、今日よりも明日、ちょっとずつ知っていること、できることが増えていく。妖怪からも人間からも、貪欲に知識を吸収して、弾幕ごっこで戦った後、いつの間にか相手の技を、自分なりにアレンジした形で盗んでいたりする。
 魔理沙は勘なんてなくても、自分と違った道をたどって、同じ場所にやってくる。霧雨が空から降って、土に染みこむ。木々の根がそれを吸い上げて、だんだん大きくなる……。
 魔理沙は魔法の森に住んでいる。

「魔理沙どこよ」

 と霊夢は訊いた。何だかほんと、余裕が無いわね、とアリスがため息をつく。

「先に行けば出てくるでしょ。ここは私の家よ。魔理沙の家は、あっち。行ったことあるでしょ」
「あいつ、とっちめてやる」
「今日の霊夢さんは燃えてますねえ」

 早苗が拳を握って、腕をぐっと引いて、ちょっと前のめりになる変なガッツポーズをした。なんか許されなさそうな角度だった。そういうのも今はなんかムカつく、と霊夢は思った。
 早く酒を飲みたい。異変が終われば、恒例の宴会だ。魔理沙も紫も、そのときにとことんとっちめて、話を聞いてやろう、といらいらした調子で吐き捨てると、

「そうは問屋がなんとやら、ですねえ」

 早苗が後ろから、弾を撃った。背中に被弾して、霊夢は落ちた。







(四)





「あんた、何してんのよ」

 アリスは呆然とした。主人公側が、味方を撃つなんて、ありえないことだ。

「アリスさんはもう負けたんだから、退場してくださいよ。それでは」

 さっさと飛んでいこうとする。
 その前に立ちはだかった。

「解せないわね。何が目的なのよ」
「異変を解決するんですよ。私が」

 つまり私の時代ってことです、と得意そうに言う。気に食わなかった。

「自分で異変を解決したいからって、霊夢を撃ったの」
「首謀者は、魔理沙さんなんでしょう。魔理沙さんを倒せば、この異変も終わりです。守矢の巫女が異変を解決したと知れれば、今以上に信仰も集まるでしょう」
「だからって」
「もう、しつっこいですねえ」

 神に帰依しない妖怪は矯正されますよ、と言って手にした串を振り回す。アリスは再度、人形を展開した。早苗が静かになる。

「リターンマッチ、ってやつですか」
「そうね。そう言うかもしれないわね。でも違うかもしれない。今回は、何かといつもと勝手が違うようだし……魔理沙が話を持ちかけてきたときから、例外事項だ、とは思ったのよ。だからね」

 と、そこまで言って口を閉じた。私は四面ボスで、五面中ボスになるんだろうか。それとも。

「主人公交代かも」

 上海人形からレーザーが射出される――同時に、仏蘭西、和蘭、倫敦から小さな弾幕があふれ出し、空間を埋める。避けるスペースはある。が、先程のように甘くはない。今度は当てる。確実に戦闘力を削いでやる。

「開海『海が割れる日』」

 早苗がスペルカードを宣言した。同時に、弾幕の奔流がアリスの左右を流れ、大きな動きを封じる。人形から射出された弾がかき消された。早苗は弾幕の流れの中を泳ぐように動きまわり、アリスに向けて自機狙い弾を撃ってくる。
 やっぱりそうだ、とアリスは思った。

「あんたがボスね」
「はあ。なにやらよくわからないですが……アリスさんは消耗しているし、スペルカードも、先程の戦いでずいぶん失っているでしょう。おとなしくしていたほうが身のためですよ」
「お生憎様ね。今の私は、何度だって立ち上がるのよ」

 ふと思いついて、言ってみた。

「愛する友の眼差しが、倒れる度傷つく度俺を強くする」

 早苗は感動したようだった。
 ぶんぶんと頭を振り、力のこもった瞳でアリスを睨みつける。

「そういうわけにはいかないんです。この異変が終われば、わが守矢神社が、幻想郷の覇権を握ることになるのですから」

 新しいスペルカードを宣言する。先程の弾幕は、人形の操作と同じく精密な身体操作を得意とするアリスにとってはイージーなものだった。服をかすめることすらなく、余裕で避けられた。今度はどうか。
 早苗が右手を上げたとたん、アリスの体から妖気が漏れ出し、飛び出して、七色の弾になった。驚いてあたりを見回すと、その七色の弾が、早苗の手にした串に導かれるようにして引き返し、早苗の元に集まっていく。
 体をひねって不恰好になんとか避けた。

「妖怪退治『妖力スポイラー』!」
「ちょ、ちょっとあんたあ! それ、弾消し前提のスペカじゃない!」

 聞こえません! と力強く早苗が言う。
 ほんとうに常識にとらわれない奴だ、と思った。つまりは迷惑な奴だ。痛い子だ。
 先程の言葉が気になった。おっかなびっくりせわしなく、自分の妖気が原材料である弾を避けながら、なんとかかんとか声をかける。

「よっ、と、はあ、ねえ、あの、さっき、幻想郷の覇権がどうの、って言ってたじゃない」
「聞こえません」
「誰かに何か言われたの? あんた、はっ、ととっ、天然だから、騙されてるんでしょう」
「聞こえません」
「いいから聞きなさいよ! このままだと、あんた」
「もう、うるさいなあ。何ですか」
「首が絞まるわよ」

 とアリスが言ったとたん、高速弾のような速さでどこからか紐が飛んできて、早苗の首に巻きついた。
 息が詰まる。目を見開いて、早苗は紐の先を探した。人形が一体、これも自分の首に紐をかけて、早苗を見返している。

「蓬莱。存分に吊りなさい」
「ツリマース」
「ちょっ」

 早苗と蓬莱人形の間でぴんと張られた紐が、時計回りに動き始めた。蓬莱人形が、早苗の首を中心として高速で回転運動をはじめる。一回転、二回転。どんどん速度が上がり、ついにはプロペラのように回転し始めた。そのたびに遠心力で、早苗の首が絞まっていく。

「呪詛『首吊り蓬莱人形』」

 遅ればせながら、アリスがスペルカードを宣言した。いや、この場合、喰らいボムかな、とアリスは思った。
 服の袖を見て舌打ちする。弾がかすめて、派手に破けていた。自分は都会派の魔法使いだから、服の生地にもいいものを使っているのだ。弁償してもらうわよ、と思った。
 それにしても、われながらえぐい攻撃だ。このままやり続けてたら、普通死ぬ。でも、まあ、早苗だから大丈夫だろう。蓬莱は首吊りのプロフェッショナルだし。
 肩で息をする。喰らいボムで、早苗のスペルカードはブレイクしていた。妖気を吸われることもなく、弾が襲いかかってくることもなくなっていた。
 ぶちん、と音がした。蓬莱が勢い良くどこかへ飛んでいく。早苗の首につながっている特製の紐が、生き物のように激しく動いたあと、力を失ってぷらんぷらん垂れ下がった。早苗が咳き込む。手にした道具で、紐を無理やり切ったのだ。

「そのお祓い串、けっこう強いのね。刃物みたいにもなるのか」
「げほげほ、御幣というんですよ」

 そこまでしゃべるとまた咳き込んで、話を続けられない。アリスは冷静に追い討ち弾を放った。早苗は頭を下げていて、目で見てはいなかったが、御幣の一振りで弾かれた。

「ぜんぜん、うぇっほ、弾幕じゃないじゃないですか。ひどいです」
「ルール違反は承知の上よ」

 とはいえ、どうしようかと思った。四面ボスとしてスペルカードをほとんど使いきってしまったので、戦力はほとんどない。通常弾幕でなんとかなる相手でもない。
 ここはやはり、友情パワーに期待すべきか、と思った。



 その瞬間、極太のレーザーがアリスの背後から飛来して、アリスの脇をかすめ、金髪を焦がし、早苗に直撃した。
 強烈な魔法の光と轟音で、一瞬何もわからなくなった。我に返ったときには、早苗の姿は消えていた。
 遅れて、箒に乗った魔法使いが到着する。

「あ、あ、あんたねえ」
「よう。待ったかアリス。真打は遅れて登場するもの――だぜ!」







(五)





「危ないわよ! 私にも当たるところだったじゃない!」
「失礼だな。私のコントロールを馬鹿にしているのか。たとえ多少ズレたところで、マスタースパークはすべてをなぎ払う。弾幕はパワーだ。アリスはほんとうに失礼な奴だな」
「目ぇそらして言ってんじゃないわよ! というか、フォローになってないわよ!」

 ぎゃーぎゃーうるさい奴だ。
 魔理沙は箒の後ろに乗っている蓮子に顔を向けると、

「こいつがアリス。人形フェチで、夜な夜な藁人形に釘を打っている、暗い奴だ。アリス、こっちは蓮子だ。はじめましてを言え」
「え、あ、はい、はじめまして」

 アリスはぺこり、と頭を下げた。

「蓮子は外の世界からやって来たんだ。あとで、いろいろ話を聞かせてもらおう。有意義な時間になることは間違いないぜ」
「へえ、そうなんだ。よろしくね。で、誰が暗い奴だって」
「今撃ったのは早苗か? 霊夢はどうしたんだ」
「おい」

 前方で揉めている金髪ふたりを見ながら、蓮子は考えた。アリス、と紹介された女の子は、肩くらいまでの金髪に赤いカチューシャを合わせていて、青い、レースがふんだんに使われた服を着ている。白黒のフリルの服に、癖毛の長い金髪である魔理沙とは趣が違っていて、同じくらい可愛いけれど、その上にどこか洗練された感じがする。周りにいくつも人形がふよふよ浮いている。これがフェチの対象なのだろうか。妖怪なのかな、と思った。でもそれにしては、ルーミアに感じたような恐ろしさがない。訊いてみた。

「ああ、私は妖怪よ。でも、魔法使い、と呼ばれたほうが正確だけど」
「魔族じゃないのか」
「どれでも。お好きなように。つまるとこ、人間じゃない、ってことよ」

 ねえ、と蓮子に言う。
 蓮子はあいまいにうなずいた。大学でも頭のいいほうだと思っているけれど、こうもファンタジックな専門用語がたくさん出てくると、大雑把に感じをつかむくらいがいいところだ。とはいえいちいち問いただしていてはきりがない。
 後ろを振り向く。自分の腰につかまって、ちんまりとした幼い女の子が箒のいちばん後ろに乗っている。この子はどうなんだろう。
 前に目を戻すと、上空から早苗が降ってくるのが見えた。

「あ」
「ん?」
「開海『モーゼの奇跡』!」
「うわっ」

 がきぃぃん、と音がして、振り下ろされた御幣が魔理沙のミニ八卦炉に弾かれた。マスタースパークを撃った後、そのまま手に持っていたのだ。運が良かった。魔理沙は冷や汗をかいたが、つとめて平気な顔をする。

「どっから出てきた」
「はあ、はあ、何でできてるんですかそれ。丈夫ですね」
「緋々色金、だったかな。しかしお前も度を越えて頑丈な奴だな。天人みたいだ」
「ふふん、ボムで相殺をして、機会を狙っていたのです」

 威張って言う。アリスは心底嫌そうな顔をした。

「奇襲とは品がないな。雅に欠ける。守矢の名が泣くぜ」
「どの口で言うんですか……。しかしそれよりも……相殺したとはいえ……」

 早苗の袖が片方吹っ飛んでなくなっていた。巫女服のあちこちに、焼け焦げがついている。

「今のは痛かった……痛かったぞーーー!!!」

 吠えた。吠えた後、何故だか満足そうな顔になった。蓮子とアリスは感心した。

「見直したわ、早苗」
「何がだ」
「あのさ、昨日も思ったけど、早苗ってどうやって飛んでるの。霊夢もそうだけど」
「魔理沙さん、あなたが最後の敵ですね!」

 御幣を魔理沙に向け、さあ、口上を述べなさい、そして私と戦うのです! と迫る。
 魔理沙は頬を掻いた。

「最後の敵、ってわけじゃないんだけどな。まあ口上なら述べてやるか。今後のお前にも有益だろうしな」
「ええ、お願いします。私もカッコイイのを考えてあります」
「そうか。じゃあお前から先に言えよ」

 ミニ八卦炉をスカートのポケットにしまう。代わりに何か、丸いものを取り出した。

「何でですか」
「いや、なにせ、私の口上はカッコ良すぎるからな。先に言ったら、お前のが霞むぜ。恥ずかしくて、もう言えないようになるぜ」
「そんなことありません。私のだって、超カッコイイんですから」
「だから、言えよ。聞いてやるから」
「ふん」

 早苗は腕を組んで、魔理沙を睨みつけた。

「読めましたよ。まだ考えてないんでしょう。いいですよ、待ってあげます。根暗のアリスさんが卑怯な真似をするから、こっちもまだ首が苦しいんです。休憩にしましょう」
「おい」
「お前もわからない奴だな。まあいい、じゃあ私が先に言ってやるか。でもなあ、これを聞いたら、お前はすごい衝撃を受けるぞ。私に惚れてしまうかもしれないぞ」
「なんですか、もう。早くしてください」

 魔理沙は、じゃあ言うぞ、と言って、手にした丸い玉をぽいと上に放りあげた。

「見様見真似『陰陽鬼神玉』!」

 放り上げた玉がぐごごごご、と音を立ててどんどん大きくなった。瞬く間に魔理沙の身長を越え、真下にいる蓮子の目からは空を埋め尽くすほどの大きさになった。そのまま不吉な音を立てながら、空中に一時静止する。
 早苗の目玉が思い切り見開かれた。

「な、な、ななななな」
「いっけえ!」

 巨大化した陰陽玉が、魔理沙の号令とともに早苗に向かって突撃する。玉の表面に白と黒のもやがかかっていて、生き物のように動いていた。
 避ける間もなく早苗はそれに潰されて、そのまま陰陽玉ごと落下していった。ゆっくり落ちていくように見えたが、たぶん見ている蓮子の感覚がおかしくなっているのだろう。やがて周囲の木々をなぎ倒し、どずぅぅんと地面にめり込んで止まった。少しすると、元の大きさに戻ったのか、陰陽玉はふっと消えて見えなくなった。後には大きなクレーターが残された。
 魔理沙が馬鹿笑いをしていた。

「だーっはっはっは! どうだ! うまくいっただろう。霊夢の奴、これは巫女にしか扱えないのよ、なんて言ってたが。アレンジして魔力を通してやれば、私にもできるじゃないか。盗んできた、もとい、借りてきた甲斐があったな」
「あんたねえ」

 開いた口がふさがらない、といった調子でアリスがぼやいた。
 早苗死んだんじゃないかな、と蓮子は思った。







(六)





「ひん、ひん、痛いです、痛いです」
「我慢しなさい。女の涙は貴重品よ」

 アリスが早苗を手当てしてやっていた。上海と蓬莱が、救急箱から消毒液を取り出して傷口につけてやっている。他の人形は手仕舞いということで、召喚口を通して家に帰していた。蓮子は目を丸くして、生きているように動く人形を見ていた。死ぬほど可愛い。
 それにしても、

「よく生きてるなあ……この世界では、人は死なないのかしら」
「いたたた、正義のヒーローは無敵ですから」
「完膚なきまでに負けてるじゃない」

 アリスが包帯を、ぎゅっと巻いてやりながらぼやいた。骨も折れていないし、すぐに治るだろう。

「巫女の技は対妖怪用で、人間には効果が薄いからな。マスタースパークがまともに当たっていたら、もっと怪我しただろうぜ」

 と魔理沙が言う。横にちょこんと座った女の子の手をとって、いろんな角度から眺めている。

「広げたぶん薄かったから、ほとんど霧が晴れちゃったな。もう一回出してくれ」
「うん」

 女の子はうなずいて、魔理沙に取られた手の指先から紅い霧を出した。
 はじめは血のように見えた。紅い色が、空気に混じり、じわじわと広がっていく。手を上に向けると、視界の上の方に一度溜まって濃くなり、それから風に乗ってゆるやかに運ばれていった。
 まったく霊夢は何をしているんだ、と魔理沙がひとりごちた。

「ちっとも来やしない。あいつ、おかしいぜ。いつもならまっすぐやって来るはずなのに、怠慢だ。ボケてんのと違うか」
「何だか辛そうに見えた」

 思わず、蓮子がつぶやくと、魔理沙が不思議そうな顔をした。
 霊夢は異変を解決するのが巫女の仕事である、と言っていた。異変っていうのは、通常起こらない事件のことだろう。何度もそれは起きて、そのたびに解決しているという。
 何度も起きるならそこには共通項を見つけられる。その上、幻想郷では異変を起こすにもルールがあって、それに準じたやり方で誰もが騒動を起こし、退治されて仲直りする。すべては決まりごとだ。アレンジの形がいろいろあるにせよ、最終的には予定調和の形になる。

「博麗の巫女は何にも縛られない、と言うけどね。実際はルールで守られてるに過ぎないし、妖怪どものストレス解消の手伝いをさせられてるようなものよ」
「偉そうに言うじゃないか。お前だって、騒動に加担する側だろう」
「そして今回はあんたが異変を起こした。人間であるあんたがね」

 と、アリスは言う。

「勘も錆びつくでしょうよ。あんたも言ったように、博麗の術は妖怪退治の技。人間を相手にするようには、設定されていないのよ。とはいえ、やる気のなさそうなのも事実だったけど」

 ふむ、とアリスは少し考え込んだ。
 たしかに霊夢は辛そうに見えた。勘が働いていなかったにしても、発生場所が魔法の森と知れれば首謀者に気づくのも難しいことではなかったはずだ。とくに魔理沙は、自分やにとりなど、自分と関係の深いものばかりを集めて相手にさせて、これでもかとアピールを繰り返していたのだ。首謀者は魔理沙とわかった上で、それでも何か、異変の解決に躊躇いがあったんだとすれば。
 別の理由があるのかもしれない、と思った。

「うーん。ちょっとトリッキーだったのかな。なにせ、こいつがよくわかんない奴だからなぁ」

 そうぼやくと、魔理沙は女の子の頭に手を置いた。
 女の子の指先から出ている霧はますます量を増やして、頭上は一面真っ赤に染まっている。
 その子何よ、と声がした。
 答えようとして、魔理沙の顔が引きつった。
 森の奥から、静かな、それでいてその場の全員を震え上がらせるような声が響いて聞こえた。

「魔理沙」
「お、おう。遅かったな」
「魔理沙」
「いやあ、久しぶりだな。季節の変わり目だが、体調を崩してないか。心配してたんだぜ。神社は寒くなるからな。今度具材を持っていってやるから、鍋しよう、鍋。なっ、鍋。なあアリス」
「魔理沙が全部やりました」
「お前っ!」

 霊夢が足を進めると、本能的に蓮子は後ずさりした。ルーミアより恐ろしいと思った。傍若無人な魔理沙や、あの早苗ですら、気圧されて口をぱくぱくさせて、声が出ないようだった。

「後ろから撃ったのはあんたよね。早苗」
「しっ、しかたなかったんです! 私は罠にはめられたのです。卑劣な、あの、八雲紫が」
「そう。紫。紫が。魔理沙。陰陽玉が見えたけど、あれはあんたか」
「い、いや、あれはその……アメリカが」
「アリス。あんたも。そこに並びなさい」
「えっ、何で?」
「いいから」

 蓮子を除く全員が正座して一列に並んだ。霊夢は手にした祓串を垂直に立てて、一度、顔の前を左から右に横切らせた。蓮子だけはそれを、後ろから見ていた。魔理沙とアリスは霊夢の顔を見て、真っ青になって気絶しそうになっていた。早苗は泡でも吹きそうに見えた。

『ご、ごめんなさいいぃっ~~~~~!!!』
「あ・ん・た・らぁ~~~~~~!!!」

 それから行われたのは、ええ、そうですね。虐殺です。と蓮子は後に語った。







 制裁が終わると、霊夢はいくぶんすっきりしたようだった。息も絶え絶えになった魔女っ子ふたりを見下ろすと、祓串で肩をぽんぽん叩きながら話しかけた。早苗は血の海に沈んでうつぶせになって起きてこなかった。

「で、この子誰よ。あんたの友達?」
「あぁ……」

 頭にたんこぶを作ってひんひん泣いている女の子を抱いてやって、魔理沙は答えるように促した。

「紅。自己紹介だ」
「ひんひん……」
「紅?」
「ああ。ほら。こいつは霊夢、種族は鬼だ。パートで巫女もやってる。早く言わないと、またぶたれるぞ」
「うう……八雲。八雲 紅(あか)」
「八雲?」

 霊夢は口の中で、八雲、八雲……と、二三度繰り返した。表情が暗くなった。そして真剣になった。

「紫んとこのか」
「まあ、自称そうなんだけどな。見た感じレミリアんとこみたいだろ。でも、人間なんだ」

 と、魔理沙は言った。
 紅と名乗った女の子は十歳に満たないくらいで、五歳か六歳に見えた。癖のついた水色の髪に、大きな藍色の瞳、鼻はまだ幼いからか、小さくつんと尖っていて、口はおちょぼ口、肌は陶器のように真っ白でなめらかだった。灰色のぶかぶかした服を着ていて、蓮子には詳しくはわからなかったが、何だか大陸風の衣装のように見えた。
 ほれ、と、魔理沙が女の子の口に指を入れて、唇を上向けに引っ張る。女の子は、うー、と言いながら嫌そうにしていた。牙が見えた。

「食べ物は、私と同じものを食べる。血は吸わない。あっちに行くと」

 森の奥側を指さす。

「池がある。にとりと戦っただろ。そのあたりで拾ったんだ。ちょっと前だけどな。世話してやったら、いろいろ面白い能力があるのに気づいた。ほら、あれやってみろよ」
「うー」

 と言って、女の子は胸の前で両手の指を組み合わせた。それからぶん、と外側に向けて開く。蝙蝠が一羽飛んでいった。左手の指が一本なくなっていた。蝙蝠は旋回して、戻ってくると、手にくっついてなくなった指に戻った。

「な。すごいだろ。カッコイイだろ。レミリアみたいだろ」
「人間はそんなことできないわよ」
「でも、人間なんだ。じゅうぶん調べた。魔力とはちょっと違うみたいだが、体の中に内燃機関があって、それを使って変換してるだけさ。もう、嬉しくってなあ。どうしても、お披露目をしてやりたくってなあ」
「で、霧を出したわけか」
「おう! いい案だったろ? お前驚くんじゃないかと思ったんだハハハハハ」
「死ねぇ!」
「げぶっ」

 霊夢は魔理沙に馬乗りになり、顔面を殴りつづけた。
 アリスはため息をついた。八雲と名乗っている以上、あいつらと無関係ではないのだろう。日の光は平気なようだけど、レミリアの能力も持ち合わせている。それで、人間だという。
 ややっこしいことになりそうだった。異変を起こせば、霊夢が出てきて、紫と話をつけてくれるだろう、と思ったのだ。アリスが異変に参加したのはそういう理由からだった。単純に面白そうだった、というのもあるが。
 近くで倒れている早苗を人形を使って抱き起こすと、でこぴんして活を入れてやった。意識が戻る。

「ふにゃあ、あ、アリスさん。私、死んでませんか? 鼻血が止まりません」
「そのうち止まるわよ。で、あんたは八雲紫に何を言われたの」

 早苗はきょとん、とした顔をした。

「過去のことは忘れました……」
「思い出せ!」

 もう一発でこぴんをしてやった。額をおさえて、うう、と呻く。

「痛い、痛いです。アリスさんは思ったより暴力的ですね。もっと都会派で、スマートなのかと思ってました」
「いいから話しなさいよ。まったく手間のかかる」

 はい、と言って姿勢を正す。




 霧が出て、すぐの朝でした。守矢神社に八雲紫があらわれて、私に異変を解決するように言ったのです。
 もちろん私は巫女ですから、やぶさかではありませんでした。でも、あの妖怪、なんていうか胡散臭いじゃないですか。常に裏があるというか、真っ正直に目的を顕にすることなんか、決してないんだって感じで。だから私も警戒してたんですよ。
 でも、こう言うんです。


(早苗さんがこの異変を解決できたら、博麗に代わって、あなたたちに大結界の管理を任せてもいいわよ)


 って。
 もう、いてもたってもいられず、飛び出しましたね。

 その足で紅魔館に行って、弾幕ばりばりやりましたが、けっきょく関係ないとわかって、次に永遠亭に行って、命蓮寺にも行きました。命蓮寺では私、何故だかずいぶん嫌われてるみたいで、みんな親の敵のように向かってくるんですよ。参りましたねタハハ……。
 で、怪我もするし、疲れるし、ちっとも手がかりはつかめないしで、行き詰っていたところ、霊夢さんに出会ったのです。霊夢さんはさすがですね。ほっつき歩いてるだけで、変なものが――いつもと違うものが向こうからやってきます。そこの蓮子さんとか。




 頭の中で順序良く整理しながら、アリスは早苗の言葉を聞いていた。八雲紫が早苗に異変を解決させようとした。大結界の管理を任せるなんて、嘘っぱちに決まっている。そもそも八雲紫の一存で、そんなことができるのだろうか。
 できるかもしれない、と思った。魔界神の娘であるアリスの目から見ても八雲紫の力は規格外で、こと幻想郷の事柄に関する限り、あいつにできないことはないんじゃないかとさえ思うのだ。
 しかし、そうまでして――そんな言葉を使ってまで、早苗を動かしたのは何故なのか。

(霊夢に関わって欲しくなかった?)

 そこまで考えたとき、思索は中断された。蓮子さんとか、と言ったとたん、早苗が御幣を振りかざして蓮子に襲いかかったのだ。

「ぴぎゃあ!」
「早苗!」
「えいっ! ……あれ?」

 御幣が蓮子の、顔面すれすれで止まっていた。女の子が――紅が、早苗の手を受け止めて、空中に留めていた。口の中で呪文を紡ぐ。蓮子が、あっ、と声を出した。
 早苗の真下に隙間が口を開けて、早苗は一瞬だけそのまま下に落下した。下半身が落ちたところで隙間が口を閉じる。早苗は呆然とした表情で、下半身を地面に埋めて、上半身だけ出しているような格好になった。
 早苗の体から、紫色の靄みたいなものが溶け出して、消えていったように蓮子には見えた。

「大丈夫?」
「う、うん。ありがと」
「ごめんなさい。おばあさまが」
「おばあさま?」
「うん、おばあさま」

 紅と蓮子が話しているのを左耳で聞きつつ、アリスは早苗に声をかけた。早苗は、あれ、あれ、と情けない声を出して、挙動不審になっている。

「ハロー」
「あれ、アリスさん。あれ、私」
「おはようございます」
「はあ、おはようございます。どうなってるんですかね。何だかやたらと、スッキリした気分です」
「それは重畳」

 早苗は目をぱちくりさせた後、しゅんとしてしまった。

「何だかよくわからないんですけど、私、悪いことをしましたね。霊夢さんを後ろから撃つなんて、ひどいです。いくら常識にとらわれないからって、やっていいことと、悪いことがあります。こんなことをしていては、信仰を得られるはずがありません」

 言い終わると、早苗は目を伏せて、傍目にもわかるくらいに気落ちしてしまった。
 アリスはしゃがんで早苗の手をとると、早苗の顔を上げさせて、目を見つめて言った。

「早苗。ひとつだけ言っておくわ」
「はい」
「心に愛がなければ、スーパーヒーローじゃないのよ」
「アリスさん……!!!」

 ぼこぼこ音を立てて早苗の下半身が土から出てきた。膝まづいて、手を握りしめたままアリスの瞳を見つめ返す。

「お姉さま、って呼んでいいですか」
「だめよ」

 そんなこと言わずにい、とすがりついてくる早苗を邪険にしながら、薬残ってたかな、効くのかな、と考えていると、霊夢と魔理沙が立ち上がってやってきた。顔をぼこぼこに腫らした魔理沙が言う。

「じゃ、行くか。霊夢も来たことだし」
「そうね」

 どこへ、とは尋ねなかった。
 話を訊かなければならない相手がいる。

「魔理沙が」

 と言いかけて、霊夢は口を閉じた。何だ、まだ私になにかあるのか、これ以上は乙女としてまずいのでやめてくれ、と魔理沙が言う。

「なんでもない」

 横を向く。魔理沙がいるから大丈夫でしょう、と言うのは、何だか悔しかった。
 はじめから、勘は、八雲紫を指し示していた。けれど――今ではもう、きちんと言葉にすることができた。恐ろしかった。あの夏の日、藍と、紫は、どちらも様子がおかしかった。藍はまるで、はじめて会ったときのフランドールのように見えた。そして紫は……自分は紫のことを、ほとんど何も知らないんだ、と、あの日にそう思ったのだ。一度意識すると、それからずっと頭から離れなくなった。
 博麗の巫女は、八雲紫についてもっと詳しく知っておくべきではないのか。
 職業意識というやつかもしれなかった。自分にそんなものがあるなんて、と、霊夢は心のなかで苦笑した。
 けれど、そうでも思わないと、やってられないのもほんとうだ。
 霊夢は気合を入れた。

「よしっ! まずは――」
「おう。まずは?」
「酒よ!」

 えいえいおー、と勝ち鬨をあげる。魔理沙も一緒にやっているのがおかしい、とアリスは思ったが、とくにつっこむ気にもなれなかった。蓮子が紅に、おばあさま、とやらについて、興味津々で訊いている。紅はたどたどしく、それに答えている。

(エクストラステージ、ね)

 と、アリスは思った。







(七)





 水晶玉から顔を上げずに、パチュリーはつぶやいた。

「なるほど。だいたいわかったわ」

 ほんとうにわかっているのかな、と、小悪魔は思った。パチュリー様はこれでけっこう、雰囲気でものを言うところがある。

「紅茶はいりましたよ」
「ぴぅ」

 少し音を立てて、横のテーブルにお茶を置いてやると、集中して見ていたからか、やけにびびった声を出した。

「小悪魔。図書館では静かにするように言っているでしょう」
「はい、すいません。それにしても、本も読まずにそんなものを見ているなんて、よっぽどお暇なんですか」
「何を言うのよ。これまでに類のない異変なのよ。それにこれは魔術的にもそうとうな技術を使っているんだから。あの距離からこれほど鮮明な映像を送るなんて、大変なことなのよ」
「そうなんですか。で、何を見ていたんですか?」
「知らずに言ってたの?」

 まあいいか、とパチュリーは思った。小悪魔の言うことにいちいちまともに取り合っていては、身がもたない。

「こんなこともあろうかと、魔理沙には常に盗視の魔法をかけてある。見聞きしたこと、体験したこと、なんでもこちらから観察できるわ。お風呂からトイレまで、なんでもござれよ。こんなこともあろうかと」
「犯罪じゃないですか。怒られるんじゃないですか」
「いいのよ。魔理沙なんて、魔理沙なんて、魔理沙なんてムキュー」
「どうどう」

 なだめてあげた。
 話を聞いたところ、仲間はずれにされたのが悔しい、ということだった。そうは言わないけど、聞いていればわかる。
 パチュリーは魔女なのに喘息をかかえている。激しい運動はできないし、遠出をするのも、けっこう難しいのだ。魔理沙が声をかけなかったのはそれが理由だろう、と思った。
 でもまあ、文句を言いたくなるのもわかる。
 そして魔女としては、文句を言葉で言うだけで済むはずもない。

「おのれ魔理沙。目にもの見せてくれよう」
「どうされるんですか」
「まずはそうね」

 と言って右手を上げると、テーブルに置いてあった本が三冊、本棚に並べられていた本が二冊、ふよふよ浮いてパチュリーの周りに集まった。小悪魔の用意したかばんに、それらは次々と収まっていく。両手ほどの小さなかばんに、大判の魔術書が五冊、しまわれて口が閉じられた。空間が調整されているのだ。
 かばんを肩から斜めにかけて、椅子から立ち上がる。

「出かけてくるわ。ちょっと長くなるかも」
「はい。でも、どちらに?」
「八雲紫と話をする前に、会っておくべき者がいる」

 帽子に月のかたちの飾りがついている。薄暗い図書館の中で、それは金色のようにも、銀色のようにも光った。

「不死鳥に会ってくるわ」
「はい。でも、パチュリー様」
「何よ」
「そのかばんのかけ方ですと、胸が強調されてしまいます」
「うるさい」










(つづく)
一方そのころ咲夜さんは、お嬢様と妹様とマリオカートをしていた。
アン・シャーリー
http://ameblo.jp/an-n-e/
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コメント



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5.無評価コチドリ削除
所々に挿入されるコメディパートが、却ってこの後の反転を予感させて結構ドキドキ。
群集劇の様相を呈してきたこの作品、まだまだ波乱が待っていそう。

続きを読むのがとても楽しみです。
12.80とーなす削除
まだわからないことが多くて何ともいえないですね。
期待して次も読ませてもらおうと思います。

地味にあとがきの咲夜さんも気になる。