運命としか言い様がなかった。
正確無比なその指使いはまさしく一級で、見る者の視線を吸い込むように動いていく。額に玉のような汗を浮かべるその表情は真剣そのもの。
カラン。ベルが鳴ると、いそいそとカウンターへ向かい、笑顔で客を迎える。
「いらっしゃいませ」
アリス・マーガトロイドは、パティシエになっていた。
~アリス洋菓子店~
あつ。
思わずそんなルビを振ってしまいそうなほど、夏。
じりじりと照りつける陽光とのガチンコ勝負に敗れた人間は家の中へと逃げ込む。それは博麗霊夢も霧雨魔理沙も例外ではなかった。
「なぁ霊夢、知ってるか?」
「それは知らなかったわ」
「まだ何も言ってないぜ」
ごろごろごろ。ころが霊夢と、だる魔理沙。冷たい畳へと移動している。実に忙しそうであった。
「あんたがそうやって話を振ってくるってことは、私を驚かせようと思って仕入れてきた新鮮なネタってことでしょ。なら知らないわよ。だからそれは知らなかったわ」
「いやまぁ、そうなんだけどな。なんか言いづらくなっちゃったぜ」
ぷくっと頬を膨らませる魔理沙。
「ごめんごめん。で、一体なによ?」
「あぁ、それがな、どうやら人間の里で、とんでもなく美味しい洋菓子屋があるって噂なんだ。生クリームはふわっと軽くて、さっと舌に溶けて、スポンジは、こう、ふにゃっとしてて――」
「ふーん」
目を輝かせて説明する魔理沙とは対照的に、霊夢の反応は冷めたものだった。
「あれ、あんまり興味ないか?」
「うーん、洋菓子って苦手なのよねぇ。生クリームって、なんかベトっとしてるイメージがあるし。私は和菓子があればいいかな」
「今までいくつの和菓子を食べてきた?」
「あんたは今まで食べてきたお饅頭の個数を覚えてるの?」
「十三個。私は洋菓子派ですわ……って何言わすんだ」
「あんたが始めたんじゃないの」
「いいから行こうぜ。絶対に美味しいって! 私の情報に間違いはないからさ」
「その情報の出どころは?」
「これ」
かさ、と魔理沙は手に持つそれを霊夢に見せる。
「文々。新聞」
「信憑性ないわね……」
「まぁ、そうだけどな。けど、当たってるのもあるぜ。ふむふむ、人里に暴れ猪の大群? なんだこれ、随分前の出来事じゃないか。相変わらず情報が古いな」
「文々。新聞だしねぇ」
「文々。新聞だしな。とは言え、火のないところに煙は立たないぜ」
「火のないところにも煙を立てるのが天狗の新聞」
「それは、同意。っていやいや、そうじゃなくてだな」
らちが明かない。そう思った魔理沙は強引に話を進めることにした。
「えぇい、とにかく行くもんは行くんだ。いつまでもこうしてだらだらしているわけにもいかないだろ。気分転換だよ」
「そうねぇ……」
霊夢もこのままではいけないと思っていたのか、少し考え込むように俯いた。そして、
「ま、行ってみましょっか」
「そうこなくっちゃ!」
そうして、霊夢と魔理沙は人間の里へ向かって行った。
人間の里に小ぢんまりと佇む洋菓子屋。その店の前にはうら若き乙女たちの大行列が出来あがっている。
その店は、パティシエール『葉月』
旬な素材と確かな腕前で人里の人気を博している新進気鋭の洋菓子屋である。
その中には、せっせと働くアリスの姿があった。
「ありがとうございましたー」
アリスの仕事は、容姿を買われ、カウンターで対面しての接客と、器用さを買われお菓子の製造。更にはしっかりとした性格を買われ経理までこなしている。
要するに、全部であった。
「アリスちゃん。一段落ついたら休憩いっちゃっていいよ」
「ええ、わかったわ」
午前中から働き詰めだったアリスは、さすがに疲労を感じていた。店長のお言葉に甘え、エプロンを外し、しばしの休息を得ようとした、その時だった。
カラン、とベルが鳴る。
休憩はまだ先になりそうね。アリスは軽く溜め息を吐きつつ、入ってきた客に向きあう。
「いらっしゃい……ま……」
接客は明るく元気に、がモットーのパティシエール『葉月』
しかし、アリスの声は止まった。
なぜならアリスの視線の先には、今にも噴き出しそうな顔を必死に両手で押さえこむ、見知った顔が二つならんでいたから……。
里全体の和の雰囲気からは少し外れる外装。しかし一度中に入ってみるといくつかの観葉植物や落ち着いた色合いの時計などの置物がクラシックな雰囲気を作り出していた。
しかし、いくら店側が落ち着ける内装を心掛けようと、女三人寄れば姦しくなるのは仕様のないことである。
店内には、その場で商品を食べることができるよう、テーブルと椅子が設けられていて、さらにはいくつかの紅茶やハーブティなども取り揃えているため、ちょっとしたティータイムをこの場で過ごしていく乙女も少なくない。
三人はそこに腰をかけ、話をしていた。
「いやぁー、笑った笑った! あの無愛想なアリスがきらっきらの笑顔で接客してるんだもんよ」
「正直、驚いたわね」
「うっさいわねぇー」
霊夢と魔理沙、そして爆笑の対象アリスは丸テーブルに集まり歓談に花を咲かせていた。
「けど、なんで急に洋菓子屋さんでお仕事なんか?」
「おぉ、そうだ。それも気になってたんだ。お金に困ってるのか?」
「違うわよ、バカ。まぁ、色々事情があるのよ」
「色々ってなんだよ」
「色々は、色々よ」
「何だよ、気になるじゃないか」
「あぁもう。絶対こうなるから誰にも話さなかったのに」
アリスは「今日は厄日だわ」と嘆いた。
「それじゃあ、長くなるけど、いい?」
「どんとこいだぜ」
「ま、暇だし」
ごほん。アリスは咳払いを一つし、語り始めた。
「少し前のことなんだけど……」
その日、アリスは裁縫用具や食材などに買いだしに人間の里に来ていた。
アリスの買い物は長い。普段あまり外に出ないアリスは、一度の外出でしばらく分の買い物を済ませようとする傾向にある。外に出ている時間があるのなら、研究を進めたいという考えが根幹にあるためだ。
「あれも買ったし、これも買ったし、あとはー……」
肘にいくつかの荷物をぶら下げ、里を闊歩する。
道行く中、アリスは里のちょっとした異変に気付いた。
(なんか、里のところどころが……壊れてる?)
そう、里全体に何かが通過したあとがあるのだ。
大雨が降ったわけでもないし、地震もなかったはずだ。それなのに、この有り様はどうしたことだろう。
「うーん?」
アリスは疑問に思いながらも、里の人間がそれなりに普通の生活をしている様子を見て、別に大したことではないだろうと思うことにした。
そして、すぐ横に洋菓子屋の看板が立っていることに気付いた。
「あ、ケーキでも買っていこうかしら」
たまには自分で作るのではなく、他人が作ったものを食べるのもいい、何か新しい発見があるかもしれない。そう思い、アリスは店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ(野太い声)」
「ぎゃあああ!」
入った瞬間、響き渡るアリスの悲鳴。無理もない。アリスを迎えたのは筋骨隆々の色黒親父である。洋菓子屋のカウンターに置いていい風貌ではない。無理に作った笑顔が異質さに拍車をかけていた。
「あ、す、すみません。びっくりしちゃって……」
「お気になさらず」
紳士だった。
アリスは気を取り直してケーキを選ぶことにした。
「うーん、どれにしようかしら」
飾られているケーキはどれもこれもおいしそうで、アリスはなかなか決められないでいた。
そこに、すっと盆が差し出される。それには一口大にされた色とりどりのケーキが乗せられてあった。
「いかがですか」
「え? あの、いいんですか?」
「他にお客様もいませんし、よろしければテーブルにどうぞ」
せっかくのサービスだ。お言葉に甘えさせていただこう。
アリスはそう思い、促されるままに席に着いた。
「ふぅ」
思いのほか疲れが溜まっていたらしい。椅子に座った途端に倦怠感が体を包む。夜食にでも、と思いこの店に寄ったのだが、ここで一息つくのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると、先のインパクトからも次第に回復し、アリスに周りを見渡す余裕が出来ていた。
「へぇー」
落ち着いた内装、微かに聞こえるオルゴール。工房も奥にあるのだろう、ふわりと甘い匂いが漂ってくる。調和の取れた店内は、いつまでいても飽きないと思わせると感じさせる魔力があった。
「いいお店ですね」
「ありがとうございます」
こぽこぽと紅茶を淹れながら店主は会釈。その様も堂に入っていた。
「どうぞ」
「紅茶まで……どうもありがとう」
一口含むと、ふわりと茶葉の香りが鼻から抜ける。
「あ、おいしい」
ケーキに手を伸ばす。こちらも絶品であった。
それだけに、惜しい。
「あの」
「はい」
アリスは意を決したように言う。
「失礼ですが、売り子さんはいないのですか? ケーキも紅茶も、とてもおいしいのに、お客さんが来ないのって、その……」
店主は目を伏せた。
「この容姿でしょうね」
「……残念ながら」
最初に悲鳴を上げてしまったのだ。今更隠す必要はない。店主に対する気遣いは足りないかもしれないが、それよりも、この店が廃れてしまうことがアリスには我慢ならなかった。
「このケーキ、全部あなたが作ったんですよね。それだけで重労働のはずです。売り子は別の人間を用意するのが普通じゃないですか?」
「以前はいたのですがね……」
店主はちらりと外を見やる。
「里の様子はご覧になりましたか?」
「あ、そういえば、ところどころ何かが通ったように壊れてましたね」
「暴れ猪の大群がやってきたんですよ」
「あ、暴れ猪?」
「暴れ猪です」
店主の目は至って真剣だ。笑い話ではなさそうである。
「食糧を求めて山から下りてきたのでしょう。食べ物を扱う店は大体被害が出ています。うちもその一つです」
「あれ? でもこのお店は綺麗ですね。どこかが壊れているとかもないし」
「……看板娘がいたのですが、その子が随分勝気な娘で、襲い掛かる猪に勇敢に立ち向かっていったのですよ。おかげで店に被害は出ませんでしたが、その子が怪我をしてしまいました。今は自宅で療養中です」
「そうだったんですか」
沈黙が生まれる。
「おっと、すみません。暗くなってしまいました。どうぞ、他のケーキも召し上がってください」
「え、ええ……」
と、そこで、ばんと勢いよく扉が開かれた。
「店長!」
「は、はづ子さん!」
入口には松葉杖をついた女性が一人。赤い髪をサイドで結って垂らしている。切れ長な瞳が勝気な女性であることを彷彿させる。
「店長! 私はもう大丈夫です! お店で働かせてください!」
「だめだ、はづ子さん。君は暴れ猪のチャージアタックを喰らって重傷なんだ。あちこち骨も折れているし内臓もぐちゃぐちゃだ。おまけに口内炎まで出来ている。とても売り子を出来るような状態じゃない。今は治療に専念するんだ」
「怪我が治るのを待っていたら、お店が潰れちゃいます!」
「店の心配はしなくていい。君が戻ってくるまで一人でなんとか……」
「そんな最凶死刑囚みたいな風貌でお客さんが来るわけがないでしょう!?」
「く……ッ」
風貌に関しては本人も認知しているところだろう。店主は苦い顔を浮かべた。
「だが、そんなことを言ったって、一体どうしたら……」
「だから、私が出ます!」
「それはダメだ! 私がなんとか代わりを探す!」
「無理ですよ! 店長の顔を見て逃げ出さない人がいるわけない!」
「そ、そんなことはない。現に今日だって……」
店主はそこまで言って、口を噤んだ。失言だと気付いた。そんな表情だった。
そこで、はづ子と呼ばれた女性はようやくアリスに気付いた。
はづ子は、つかつかとアリスに歩み寄り、手を取り言った。
「お願い! 私が復帰するまで、ここの売り子を手伝って!」
「というわけでね」
「ものの見事に流されるな」
「アリス・流されトロイドね」
「何も上手くないんだけど」
霊夢と魔理沙の呆れ顔も、半ば予想済みであった。
「絶対そういう反応するってわかってたから、誰にも教えてなかったんだけど。私だって、ただ流されただけってわけじゃないのよ? ここのケーキが本当においしかったから、店主がゴツいってだけで潰れちゃうのはもったいないって、素直に私が思ったから手伝っているわけであって」
「必死ね」
「うるさいわね」
霊夢を、きっ、と睨む。
「はは、いいじゃないか。アリスはクールに見えて、実はお人好しなところがあるからな。さもありなんだ。けど、この店は随分噂になってるからな。遅かれ早かれ、誰かしら来てたと思うぜ」
アリスは昼間の喧騒を思い出して、それも必然か、と考える。
アリスが売り場に立つようになって数週間。パティシエール『葉月』の売上が右肩上がりだ。元々店主の腕も良く、今ではアリスもその器用さを活かして制作の手伝いをしている。加えて女性視点での意見を取り入れるようになったため、創作に幅が拡がったというのも売り上げ拡大の一因と言える。
はづ子は売り子としての素質は十分と言えるが、甘味に関して専門的な知識などはなく、制作には関わっていなかったようである。その点、アリスは普段から自身のため、または来客用にお菓子を作っていた。この店は大きな戦力を手に入れたというわけだ。
「そうね、前と比べて、人気は出たわ……」
「なんだ、表情が暗いな。人気が出るのはいいことじゃないか」
確かに人気があるのは悪いことではない。ただ、その人気がアリスの悩みの種の原因となっている部分もある。
「女の子は甘いものが好きだからね。女性客が増えるのはいいのよ。ただ……」
「ただ?」
「男性のリピーターも、増えてきているの」
魔理沙は不思議な顔をする。
「甘味好きな男もいるだろう。別におかしいことじゃない」
「うん、そういうお客さんなら大歓迎なんだけれど、その……」
「んん?」
ハテナマークが浮かぶ魔理沙。言い淀むアリスに霊夢が助け舟を出す。
「アリス目当ての客が増えてきてるってことでしょ」
「まぁ、その……うん」
「あぁー……」
無理もない。『葉月』にある甘味は多岐にわたる。甘いもの好きも満足する濃厚スイーツから、苦手な人でも食べられるサッパリとしたものまで置いてある。
その上、売り子がアリスである。さらりと流れる髪からはケーキにも劣らない甘い香りが漂い、その透き通る蒼い瞳はサファイアのように美しい。まるで人形のように完成されたクールな美貌から放たれる「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」のまばゆい笑顔。男性客(お前ら)などイチコロである。
「まぁ、そういうのに興味がないアリスにとっちゃ必要のないものかもしれんが、ファンは居て困るもんじゃないだろ? 現に売り上げも伸びているわけだし」
「……はづ子さん、美人だから、あの人にもファンはいたらしいんだけどね」
「おう、そのファンは今どうしてるんだ? 看病しに行ったりしてるのかな」
「私に鞍替え」
「うわぁ……」
「男って……」
魔理沙も霊夢もドン引きであった。
「まぁ、せっかく来てくれたんだし、余りものでいいならご馳走するわよ」
「お、いいのか?」
「悪いわね」
「あん? 霊夢も食べるのか?」
「なによ、だめなの?」
「だって霊夢。洋菓子嫌いって言ってたじゃないか」
「あ、ばか。普通こういうとこで言わないでしょ」
「あら、そうなの? 残念ね」
霊夢は慌てて弁解する。
「わー、食べる食べる! というか嫌いとまでは言ってないし!」
「生クリームはべとべとしてるとか、甘さに品がないとか、和菓子の方が上とか言ってたよな」
「うー! 叩くわよ!?」
「いたっ、いたっ。もう叩いてるじゃないか!」
アリスはそんな様子を微笑ましく眺めていた。
「はいはい、喧嘩しないの。霊夢の分もちゃんと持ってくるから大丈夫よ」
しかし、必死に弁解してたものの、霊夢の中に洋菓子より和菓子の方が上という認識が根付いているのは間違いないだろう。その考えは払拭してやらねばなるまい。本来、お菓子とはそういうものではないはずだ。和菓子には和菓子の、洋菓子には洋菓子の良さがある。もちろん好き嫌いはあるだろうが、一方的な認識は世界を狭めることになる。
アリスは、余りものなどではない自信作を持ってこようと思った。
程なくして、アリスは二人の元に戻ってきた。
トレイに乗っているのは、霊夢の分と魔理沙の分のケーキ。それと、紅茶であった。
「おぉ、これはおいしそうだ。なんだこれ?」
「マンゴージュレのレアチーズケーキ。紅茶はアールグレイよ」
「アイスなのは気が利いてるわね」
「暑いからね」
どうぞ、とアリスは促す。
「いただきまーす」
「いただくぜ」
洋菓子が苦手だからだろう、こういったケーキは食べたことがないらしい。霊夢はフォークで恐る恐るジュレの部分をつついている。ぷるぷるとした弾力が気に入ったのか、何度も何度もつついている。
「早く食べろよ。うまいぜ」
「わ、わかってるわよ」
魔理沙に言われてはっとする霊夢。端から見ていると面白い生き物だ。
霊夢は、すく、とケーキにフォークを入れ、そして口に運んだ。瞬間、霊夢の顔が、ぱぁっ、と明るくなる。おいしかったのだろう。あむあむ、あむあむと一生懸命に口を動かしている。霊夢の幸せそうな顔を見れば聞くまでもないことだが、それだけに悪戯心がむくむくと湧いてくる。
「霊夢、和菓子より下に位置する、そのケーキのお味はいかがかしら?」
「う……」
俯いてしまった。
「おいしい、です……」
「あはは、悔しそうな顔」
下から魔理沙が霊夢を見る。あまり苛めても可哀そうだ。このくらいに、いや、もう少しだけにしておこう。
「そう、良かった。できれば詳しい感想を聞きたいのだけれど、いいかしら。改良点があったら次に活かしたいし」
「もぐもぐ。なんか、ぷるぷるしてておいしい」
「まんまだな。もうちょっと細かく伝えてやれよ。もぐもぐ」
「って言ってもねぇ。うーん……チーズケーキの部分は甘いんだけど、なんていうかしつこい甘さじゃなくて、さっと引く感じ?」
「和菓子のように?」
「ア、アリスのいぢわるぅ!」
「あはは、ごめんごめん。なんだか霊夢が可愛くて」
「うぅ……」
このくらいにしておこう。引き際が肝心なのである。
「ごめんね。魔理沙はどう?」
「むぐむぐ。うん、さっぱりおいしいぜ。ジュレのぷるぷる感が、レアチーズのぷるぷると上手く絡まっていい感じだ。ちょっとした酸味があるのもポイントだよな」
「これは、柑橘系? マンゴーの甘みと良く合ってるわね。んむんむ」
「うん、正解。レモンピールが入ってるの」
洋菓子は重い。そういった側面があるもの事実。そのため、夏場はこういったさっぱりとした甘味が良く売れるのである。
アリスはそこに着眼し、マンゴージュレを、ただ甘いだけに終わらせず、酸味を強調することによって夏場に合うケーキにしてみせたのだ。
「ん、紅茶もいい具合だな。アイスなのに香りが強く残ってる」
「そのためのアールグレイよ」
「本当。ケーキに紅茶ってどうかなって思ったけど、お砂糖を入れないストレートだと合うのね。口の中をリセットしてくれる感じ」
そこまで考えてのコーディネートである。服もお菓子も同じだ。それぞれが持つ特徴を上手く合わせる。それが調和。好みはあるだろう。しかし、それを上回る演出を以て、お客に新たな発見、つまり嗜好を持たせることが一流なのだ。
さっぱりと飽きない、夏場に最適なマンゴージュレのレアチーズケーキ。それに、香りの強いアールグレイのアイス。互いが互いを引き立て合う、調和の取れた関係。
霊夢と魔理沙の満足そうな顔。アリスの顔に、自然と笑みが生まれた。
「ふぃー、おいしかった、ごっそさん」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま。満足いただけたようで何よりだわ」
「おっと、私は満足したなんて一言も言ってないぜ」
「素直じゃないわねぇ。顔に書いてあったわよ、大満足だって」
「おぉ? いつの間に」
魔理沙は自分の顔をぺたぺたと触っている。どこまで本気かわからないが、とりあえず可愛い。
「それで、霊夢はどうだったかしら?」
含んだ言葉を投げかけてみる。霊夢は、一瞬だけ俯いて、すぐに「わかってるくせに」と頬を膨らませて睨んできた。
「ふふ、ごめんごめん」
魔理沙が横でくつくつと笑っていた。
霊夢と魔理沙を見送り、少しだけ風に当たる。
外はもう夕日がかっていて、里を赤く染めていた。
暮れゆく日を眺めて、アリスはつぶやく。
「明日も晴れるといいな……ううん、きっと晴れるわね」
根拠もないけれど、そう思った。
「明日も忙しくなりそうね。頑張らなきゃ」
おいしいと笑顔になってくれる。それが何よりの活力だ。
――こんな生活も悪くない。
アリスはそう思っていた。
「おー!」
元気いっぱいにアリスはグーを空に突き上げた。
なんだか明日が愉しみだった。
正確無比なその指使いはまさしく一級で、見る者の視線を吸い込むように動いていく。額に玉のような汗を浮かべるその表情は真剣そのもの。
カラン。ベルが鳴ると、いそいそとカウンターへ向かい、笑顔で客を迎える。
「いらっしゃいませ」
アリス・マーガトロイドは、パティシエになっていた。
~アリス洋菓子店~
あつ。
思わずそんなルビを振ってしまいそうなほど、夏。
じりじりと照りつける陽光とのガチンコ勝負に敗れた人間は家の中へと逃げ込む。それは博麗霊夢も霧雨魔理沙も例外ではなかった。
「なぁ霊夢、知ってるか?」
「それは知らなかったわ」
「まだ何も言ってないぜ」
ごろごろごろ。ころが霊夢と、だる魔理沙。冷たい畳へと移動している。実に忙しそうであった。
「あんたがそうやって話を振ってくるってことは、私を驚かせようと思って仕入れてきた新鮮なネタってことでしょ。なら知らないわよ。だからそれは知らなかったわ」
「いやまぁ、そうなんだけどな。なんか言いづらくなっちゃったぜ」
ぷくっと頬を膨らませる魔理沙。
「ごめんごめん。で、一体なによ?」
「あぁ、それがな、どうやら人間の里で、とんでもなく美味しい洋菓子屋があるって噂なんだ。生クリームはふわっと軽くて、さっと舌に溶けて、スポンジは、こう、ふにゃっとしてて――」
「ふーん」
目を輝かせて説明する魔理沙とは対照的に、霊夢の反応は冷めたものだった。
「あれ、あんまり興味ないか?」
「うーん、洋菓子って苦手なのよねぇ。生クリームって、なんかベトっとしてるイメージがあるし。私は和菓子があればいいかな」
「今までいくつの和菓子を食べてきた?」
「あんたは今まで食べてきたお饅頭の個数を覚えてるの?」
「十三個。私は洋菓子派ですわ……って何言わすんだ」
「あんたが始めたんじゃないの」
「いいから行こうぜ。絶対に美味しいって! 私の情報に間違いはないからさ」
「その情報の出どころは?」
「これ」
かさ、と魔理沙は手に持つそれを霊夢に見せる。
「文々。新聞」
「信憑性ないわね……」
「まぁ、そうだけどな。けど、当たってるのもあるぜ。ふむふむ、人里に暴れ猪の大群? なんだこれ、随分前の出来事じゃないか。相変わらず情報が古いな」
「文々。新聞だしねぇ」
「文々。新聞だしな。とは言え、火のないところに煙は立たないぜ」
「火のないところにも煙を立てるのが天狗の新聞」
「それは、同意。っていやいや、そうじゃなくてだな」
らちが明かない。そう思った魔理沙は強引に話を進めることにした。
「えぇい、とにかく行くもんは行くんだ。いつまでもこうしてだらだらしているわけにもいかないだろ。気分転換だよ」
「そうねぇ……」
霊夢もこのままではいけないと思っていたのか、少し考え込むように俯いた。そして、
「ま、行ってみましょっか」
「そうこなくっちゃ!」
そうして、霊夢と魔理沙は人間の里へ向かって行った。
人間の里に小ぢんまりと佇む洋菓子屋。その店の前にはうら若き乙女たちの大行列が出来あがっている。
その店は、パティシエール『葉月』
旬な素材と確かな腕前で人里の人気を博している新進気鋭の洋菓子屋である。
その中には、せっせと働くアリスの姿があった。
「ありがとうございましたー」
アリスの仕事は、容姿を買われ、カウンターで対面しての接客と、器用さを買われお菓子の製造。更にはしっかりとした性格を買われ経理までこなしている。
要するに、全部であった。
「アリスちゃん。一段落ついたら休憩いっちゃっていいよ」
「ええ、わかったわ」
午前中から働き詰めだったアリスは、さすがに疲労を感じていた。店長のお言葉に甘え、エプロンを外し、しばしの休息を得ようとした、その時だった。
カラン、とベルが鳴る。
休憩はまだ先になりそうね。アリスは軽く溜め息を吐きつつ、入ってきた客に向きあう。
「いらっしゃい……ま……」
接客は明るく元気に、がモットーのパティシエール『葉月』
しかし、アリスの声は止まった。
なぜならアリスの視線の先には、今にも噴き出しそうな顔を必死に両手で押さえこむ、見知った顔が二つならんでいたから……。
里全体の和の雰囲気からは少し外れる外装。しかし一度中に入ってみるといくつかの観葉植物や落ち着いた色合いの時計などの置物がクラシックな雰囲気を作り出していた。
しかし、いくら店側が落ち着ける内装を心掛けようと、女三人寄れば姦しくなるのは仕様のないことである。
店内には、その場で商品を食べることができるよう、テーブルと椅子が設けられていて、さらにはいくつかの紅茶やハーブティなども取り揃えているため、ちょっとしたティータイムをこの場で過ごしていく乙女も少なくない。
三人はそこに腰をかけ、話をしていた。
「いやぁー、笑った笑った! あの無愛想なアリスがきらっきらの笑顔で接客してるんだもんよ」
「正直、驚いたわね」
「うっさいわねぇー」
霊夢と魔理沙、そして爆笑の対象アリスは丸テーブルに集まり歓談に花を咲かせていた。
「けど、なんで急に洋菓子屋さんでお仕事なんか?」
「おぉ、そうだ。それも気になってたんだ。お金に困ってるのか?」
「違うわよ、バカ。まぁ、色々事情があるのよ」
「色々ってなんだよ」
「色々は、色々よ」
「何だよ、気になるじゃないか」
「あぁもう。絶対こうなるから誰にも話さなかったのに」
アリスは「今日は厄日だわ」と嘆いた。
「それじゃあ、長くなるけど、いい?」
「どんとこいだぜ」
「ま、暇だし」
ごほん。アリスは咳払いを一つし、語り始めた。
「少し前のことなんだけど……」
その日、アリスは裁縫用具や食材などに買いだしに人間の里に来ていた。
アリスの買い物は長い。普段あまり外に出ないアリスは、一度の外出でしばらく分の買い物を済ませようとする傾向にある。外に出ている時間があるのなら、研究を進めたいという考えが根幹にあるためだ。
「あれも買ったし、これも買ったし、あとはー……」
肘にいくつかの荷物をぶら下げ、里を闊歩する。
道行く中、アリスは里のちょっとした異変に気付いた。
(なんか、里のところどころが……壊れてる?)
そう、里全体に何かが通過したあとがあるのだ。
大雨が降ったわけでもないし、地震もなかったはずだ。それなのに、この有り様はどうしたことだろう。
「うーん?」
アリスは疑問に思いながらも、里の人間がそれなりに普通の生活をしている様子を見て、別に大したことではないだろうと思うことにした。
そして、すぐ横に洋菓子屋の看板が立っていることに気付いた。
「あ、ケーキでも買っていこうかしら」
たまには自分で作るのではなく、他人が作ったものを食べるのもいい、何か新しい発見があるかもしれない。そう思い、アリスは店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ(野太い声)」
「ぎゃあああ!」
入った瞬間、響き渡るアリスの悲鳴。無理もない。アリスを迎えたのは筋骨隆々の色黒親父である。洋菓子屋のカウンターに置いていい風貌ではない。無理に作った笑顔が異質さに拍車をかけていた。
「あ、す、すみません。びっくりしちゃって……」
「お気になさらず」
紳士だった。
アリスは気を取り直してケーキを選ぶことにした。
「うーん、どれにしようかしら」
飾られているケーキはどれもこれもおいしそうで、アリスはなかなか決められないでいた。
そこに、すっと盆が差し出される。それには一口大にされた色とりどりのケーキが乗せられてあった。
「いかがですか」
「え? あの、いいんですか?」
「他にお客様もいませんし、よろしければテーブルにどうぞ」
せっかくのサービスだ。お言葉に甘えさせていただこう。
アリスはそう思い、促されるままに席に着いた。
「ふぅ」
思いのほか疲れが溜まっていたらしい。椅子に座った途端に倦怠感が体を包む。夜食にでも、と思いこの店に寄ったのだが、ここで一息つくのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると、先のインパクトからも次第に回復し、アリスに周りを見渡す余裕が出来ていた。
「へぇー」
落ち着いた内装、微かに聞こえるオルゴール。工房も奥にあるのだろう、ふわりと甘い匂いが漂ってくる。調和の取れた店内は、いつまでいても飽きないと思わせると感じさせる魔力があった。
「いいお店ですね」
「ありがとうございます」
こぽこぽと紅茶を淹れながら店主は会釈。その様も堂に入っていた。
「どうぞ」
「紅茶まで……どうもありがとう」
一口含むと、ふわりと茶葉の香りが鼻から抜ける。
「あ、おいしい」
ケーキに手を伸ばす。こちらも絶品であった。
それだけに、惜しい。
「あの」
「はい」
アリスは意を決したように言う。
「失礼ですが、売り子さんはいないのですか? ケーキも紅茶も、とてもおいしいのに、お客さんが来ないのって、その……」
店主は目を伏せた。
「この容姿でしょうね」
「……残念ながら」
最初に悲鳴を上げてしまったのだ。今更隠す必要はない。店主に対する気遣いは足りないかもしれないが、それよりも、この店が廃れてしまうことがアリスには我慢ならなかった。
「このケーキ、全部あなたが作ったんですよね。それだけで重労働のはずです。売り子は別の人間を用意するのが普通じゃないですか?」
「以前はいたのですがね……」
店主はちらりと外を見やる。
「里の様子はご覧になりましたか?」
「あ、そういえば、ところどころ何かが通ったように壊れてましたね」
「暴れ猪の大群がやってきたんですよ」
「あ、暴れ猪?」
「暴れ猪です」
店主の目は至って真剣だ。笑い話ではなさそうである。
「食糧を求めて山から下りてきたのでしょう。食べ物を扱う店は大体被害が出ています。うちもその一つです」
「あれ? でもこのお店は綺麗ですね。どこかが壊れているとかもないし」
「……看板娘がいたのですが、その子が随分勝気な娘で、襲い掛かる猪に勇敢に立ち向かっていったのですよ。おかげで店に被害は出ませんでしたが、その子が怪我をしてしまいました。今は自宅で療養中です」
「そうだったんですか」
沈黙が生まれる。
「おっと、すみません。暗くなってしまいました。どうぞ、他のケーキも召し上がってください」
「え、ええ……」
と、そこで、ばんと勢いよく扉が開かれた。
「店長!」
「は、はづ子さん!」
入口には松葉杖をついた女性が一人。赤い髪をサイドで結って垂らしている。切れ長な瞳が勝気な女性であることを彷彿させる。
「店長! 私はもう大丈夫です! お店で働かせてください!」
「だめだ、はづ子さん。君は暴れ猪のチャージアタックを喰らって重傷なんだ。あちこち骨も折れているし内臓もぐちゃぐちゃだ。おまけに口内炎まで出来ている。とても売り子を出来るような状態じゃない。今は治療に専念するんだ」
「怪我が治るのを待っていたら、お店が潰れちゃいます!」
「店の心配はしなくていい。君が戻ってくるまで一人でなんとか……」
「そんな最凶死刑囚みたいな風貌でお客さんが来るわけがないでしょう!?」
「く……ッ」
風貌に関しては本人も認知しているところだろう。店主は苦い顔を浮かべた。
「だが、そんなことを言ったって、一体どうしたら……」
「だから、私が出ます!」
「それはダメだ! 私がなんとか代わりを探す!」
「無理ですよ! 店長の顔を見て逃げ出さない人がいるわけない!」
「そ、そんなことはない。現に今日だって……」
店主はそこまで言って、口を噤んだ。失言だと気付いた。そんな表情だった。
そこで、はづ子と呼ばれた女性はようやくアリスに気付いた。
はづ子は、つかつかとアリスに歩み寄り、手を取り言った。
「お願い! 私が復帰するまで、ここの売り子を手伝って!」
「というわけでね」
「ものの見事に流されるな」
「アリス・流されトロイドね」
「何も上手くないんだけど」
霊夢と魔理沙の呆れ顔も、半ば予想済みであった。
「絶対そういう反応するってわかってたから、誰にも教えてなかったんだけど。私だって、ただ流されただけってわけじゃないのよ? ここのケーキが本当においしかったから、店主がゴツいってだけで潰れちゃうのはもったいないって、素直に私が思ったから手伝っているわけであって」
「必死ね」
「うるさいわね」
霊夢を、きっ、と睨む。
「はは、いいじゃないか。アリスはクールに見えて、実はお人好しなところがあるからな。さもありなんだ。けど、この店は随分噂になってるからな。遅かれ早かれ、誰かしら来てたと思うぜ」
アリスは昼間の喧騒を思い出して、それも必然か、と考える。
アリスが売り場に立つようになって数週間。パティシエール『葉月』の売上が右肩上がりだ。元々店主の腕も良く、今ではアリスもその器用さを活かして制作の手伝いをしている。加えて女性視点での意見を取り入れるようになったため、創作に幅が拡がったというのも売り上げ拡大の一因と言える。
はづ子は売り子としての素質は十分と言えるが、甘味に関して専門的な知識などはなく、制作には関わっていなかったようである。その点、アリスは普段から自身のため、または来客用にお菓子を作っていた。この店は大きな戦力を手に入れたというわけだ。
「そうね、前と比べて、人気は出たわ……」
「なんだ、表情が暗いな。人気が出るのはいいことじゃないか」
確かに人気があるのは悪いことではない。ただ、その人気がアリスの悩みの種の原因となっている部分もある。
「女の子は甘いものが好きだからね。女性客が増えるのはいいのよ。ただ……」
「ただ?」
「男性のリピーターも、増えてきているの」
魔理沙は不思議な顔をする。
「甘味好きな男もいるだろう。別におかしいことじゃない」
「うん、そういうお客さんなら大歓迎なんだけれど、その……」
「んん?」
ハテナマークが浮かぶ魔理沙。言い淀むアリスに霊夢が助け舟を出す。
「アリス目当ての客が増えてきてるってことでしょ」
「まぁ、その……うん」
「あぁー……」
無理もない。『葉月』にある甘味は多岐にわたる。甘いもの好きも満足する濃厚スイーツから、苦手な人でも食べられるサッパリとしたものまで置いてある。
その上、売り子がアリスである。さらりと流れる髪からはケーキにも劣らない甘い香りが漂い、その透き通る蒼い瞳はサファイアのように美しい。まるで人形のように完成されたクールな美貌から放たれる「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」のまばゆい笑顔。男性客(お前ら)などイチコロである。
「まぁ、そういうのに興味がないアリスにとっちゃ必要のないものかもしれんが、ファンは居て困るもんじゃないだろ? 現に売り上げも伸びているわけだし」
「……はづ子さん、美人だから、あの人にもファンはいたらしいんだけどね」
「おう、そのファンは今どうしてるんだ? 看病しに行ったりしてるのかな」
「私に鞍替え」
「うわぁ……」
「男って……」
魔理沙も霊夢もドン引きであった。
「まぁ、せっかく来てくれたんだし、余りものでいいならご馳走するわよ」
「お、いいのか?」
「悪いわね」
「あん? 霊夢も食べるのか?」
「なによ、だめなの?」
「だって霊夢。洋菓子嫌いって言ってたじゃないか」
「あ、ばか。普通こういうとこで言わないでしょ」
「あら、そうなの? 残念ね」
霊夢は慌てて弁解する。
「わー、食べる食べる! というか嫌いとまでは言ってないし!」
「生クリームはべとべとしてるとか、甘さに品がないとか、和菓子の方が上とか言ってたよな」
「うー! 叩くわよ!?」
「いたっ、いたっ。もう叩いてるじゃないか!」
アリスはそんな様子を微笑ましく眺めていた。
「はいはい、喧嘩しないの。霊夢の分もちゃんと持ってくるから大丈夫よ」
しかし、必死に弁解してたものの、霊夢の中に洋菓子より和菓子の方が上という認識が根付いているのは間違いないだろう。その考えは払拭してやらねばなるまい。本来、お菓子とはそういうものではないはずだ。和菓子には和菓子の、洋菓子には洋菓子の良さがある。もちろん好き嫌いはあるだろうが、一方的な認識は世界を狭めることになる。
アリスは、余りものなどではない自信作を持ってこようと思った。
程なくして、アリスは二人の元に戻ってきた。
トレイに乗っているのは、霊夢の分と魔理沙の分のケーキ。それと、紅茶であった。
「おぉ、これはおいしそうだ。なんだこれ?」
「マンゴージュレのレアチーズケーキ。紅茶はアールグレイよ」
「アイスなのは気が利いてるわね」
「暑いからね」
どうぞ、とアリスは促す。
「いただきまーす」
「いただくぜ」
洋菓子が苦手だからだろう、こういったケーキは食べたことがないらしい。霊夢はフォークで恐る恐るジュレの部分をつついている。ぷるぷるとした弾力が気に入ったのか、何度も何度もつついている。
「早く食べろよ。うまいぜ」
「わ、わかってるわよ」
魔理沙に言われてはっとする霊夢。端から見ていると面白い生き物だ。
霊夢は、すく、とケーキにフォークを入れ、そして口に運んだ。瞬間、霊夢の顔が、ぱぁっ、と明るくなる。おいしかったのだろう。あむあむ、あむあむと一生懸命に口を動かしている。霊夢の幸せそうな顔を見れば聞くまでもないことだが、それだけに悪戯心がむくむくと湧いてくる。
「霊夢、和菓子より下に位置する、そのケーキのお味はいかがかしら?」
「う……」
俯いてしまった。
「おいしい、です……」
「あはは、悔しそうな顔」
下から魔理沙が霊夢を見る。あまり苛めても可哀そうだ。このくらいに、いや、もう少しだけにしておこう。
「そう、良かった。できれば詳しい感想を聞きたいのだけれど、いいかしら。改良点があったら次に活かしたいし」
「もぐもぐ。なんか、ぷるぷるしてておいしい」
「まんまだな。もうちょっと細かく伝えてやれよ。もぐもぐ」
「って言ってもねぇ。うーん……チーズケーキの部分は甘いんだけど、なんていうかしつこい甘さじゃなくて、さっと引く感じ?」
「和菓子のように?」
「ア、アリスのいぢわるぅ!」
「あはは、ごめんごめん。なんだか霊夢が可愛くて」
「うぅ……」
このくらいにしておこう。引き際が肝心なのである。
「ごめんね。魔理沙はどう?」
「むぐむぐ。うん、さっぱりおいしいぜ。ジュレのぷるぷる感が、レアチーズのぷるぷると上手く絡まっていい感じだ。ちょっとした酸味があるのもポイントだよな」
「これは、柑橘系? マンゴーの甘みと良く合ってるわね。んむんむ」
「うん、正解。レモンピールが入ってるの」
洋菓子は重い。そういった側面があるもの事実。そのため、夏場はこういったさっぱりとした甘味が良く売れるのである。
アリスはそこに着眼し、マンゴージュレを、ただ甘いだけに終わらせず、酸味を強調することによって夏場に合うケーキにしてみせたのだ。
「ん、紅茶もいい具合だな。アイスなのに香りが強く残ってる」
「そのためのアールグレイよ」
「本当。ケーキに紅茶ってどうかなって思ったけど、お砂糖を入れないストレートだと合うのね。口の中をリセットしてくれる感じ」
そこまで考えてのコーディネートである。服もお菓子も同じだ。それぞれが持つ特徴を上手く合わせる。それが調和。好みはあるだろう。しかし、それを上回る演出を以て、お客に新たな発見、つまり嗜好を持たせることが一流なのだ。
さっぱりと飽きない、夏場に最適なマンゴージュレのレアチーズケーキ。それに、香りの強いアールグレイのアイス。互いが互いを引き立て合う、調和の取れた関係。
霊夢と魔理沙の満足そうな顔。アリスの顔に、自然と笑みが生まれた。
「ふぃー、おいしかった、ごっそさん」
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま。満足いただけたようで何よりだわ」
「おっと、私は満足したなんて一言も言ってないぜ」
「素直じゃないわねぇ。顔に書いてあったわよ、大満足だって」
「おぉ? いつの間に」
魔理沙は自分の顔をぺたぺたと触っている。どこまで本気かわからないが、とりあえず可愛い。
「それで、霊夢はどうだったかしら?」
含んだ言葉を投げかけてみる。霊夢は、一瞬だけ俯いて、すぐに「わかってるくせに」と頬を膨らませて睨んできた。
「ふふ、ごめんごめん」
魔理沙が横でくつくつと笑っていた。
霊夢と魔理沙を見送り、少しだけ風に当たる。
外はもう夕日がかっていて、里を赤く染めていた。
暮れゆく日を眺めて、アリスはつぶやく。
「明日も晴れるといいな……ううん、きっと晴れるわね」
根拠もないけれど、そう思った。
「明日も忙しくなりそうね。頑張らなきゃ」
おいしいと笑顔になってくれる。それが何よりの活力だ。
――こんな生活も悪くない。
アリスはそう思っていた。
「おー!」
元気いっぱいにアリスはグーを空に突き上げた。
なんだか明日が愉しみだった。
何を馬鹿な事を、とっくに心奪われとるぜ
俺も好きですよ。
てか実際にアリス洋菓子店というのがあってですねーww
というか、他のラーメン屋台だ蕎麦屋だの店主とはどんな関係なのか……
昔、地下闘技場ならぬ地下料理堂があり……って、んなわきゃないですよね。
葉月さんの作品は全部読ませてもらってます~。食べ物関係の作品はご飯の前に読まないと大変な事になる。それが葉月クオリティ。
朝飯食べたばかりなのにもうこの有様だよ!俺!
甘酸っぱいスイーツが食べたくなった。ちょっと買って来ます。
ないじゃないですか!まず家からでるのもry
純粋に面白かったです。霊夢が可愛いって久しぶりに
思いました。文句無し!
お昼ご飯前に読んでよかった!面白かったです!
あと霊夢も可愛い。お菓子を前にした女の子はみんな可愛さが増すのですよ!
しかしはづ子さんが不憫だなぁ。みんなアリスに鞍替えしちゃて復帰したら「えーアリス辞めちゃったのー」とか言われたらもう可哀想すぎる……店長が好きっぽいしサバサバした性格みたいだからあんまり気にしないでいると信じたい。
確かにいちころだろうなぁ~
まずは幻想入りですね。ナムナム念じるのです。
>奇声を発する程度の能力さん
我慢してはいけません。甘味は生きる活力です。
>9
あたまがとろーんってなります。
>14
呼びましたか?
>16
じゃあ今回でニコロ!
>ほっしーさん
甘いものならなんでも好きです!
検索したらありえないほどヒットしましたw
>35
>やっぱり、葉月さんの外見イメージって筋骨隆々の最凶死刑囚でいいんですよね?
ノウ! 断じて、ノウです!
他の葉月に関しては、一族です。
>36
どっちも捨てがたいですねー。
>白銀狼さん
いつもありがとうございます!
とても励みになります!
これからも頑張っていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
>40
霊夢をちょっと幼く書きすぎる癖があります。
けれど、そう言ってもらえるのなら嬉しい限りです。
>42
高確率でオヤジが映りますが、それでもいいですか。
>I・Bさん
ありがとうございました!
みんなちゅっちゅ!
>ぺ・四潤さん
はづ子さんは強い子。だいじょぶだいじょぶ!
一応、おかわりで出番も考えています。
>57
塩スイーツとか、どうでしょう。
好き嫌いはありますが、なかなか新鮮ですよ。
>63
お金なくても毎日通っちゃいますね。間違いない。
>66
ありがとうございます!
なんと嬉しいお言葉だろうか。
色々とつっこみどころがあった気もしますが。
はづ子の怪我の状況だと普通即死じゃ… てか口内炎ってw
いじられいむかわいい
今回のお話も大変美味しゅうございました。最近ちゃんとしたお菓子食べてないなぁ……
霊夢かわいいよ霊夢
ああ次は和菓子の話だ……
洋菓子を初めて食べる霊夢がいいですね。
こういう紅茶の美味しいオシャレケーキ店に行ってみたいな、と思いました。
はい!
>71
むしろ突っ込んでくれてよかったのですがw
>72
はーい、こんばんはづき。
はづ子さんはつよいこ。あんまりしなない。
>75
スイーツもこれから手を出していきたいと思ってます。
>がま口さん
気が合いそうです。
甘味はいくらでも食べられます。
変に意地を張ってる霊夢が可愛すぎるw
何ぬかしやがる……その通りだっ!!(何
飯モノからついにスイーツにまで手を出しちゃって超多角経営とか、
きたないなさすが葉月さんきたない。もっとやって!
どうも精神年齢を低く描く癖があるようです。
って前にも同じようなことを言ったような気が……?
>91
私だってイチコロ。
もっとやりまーす(・ω・)ノ
俺らか…
甘いもの好きだしそういうところへ入るのに抵抗ない性質なので野郎どもが羨ましくて仕方ない。
ちょっと幻想入りしてきます。
余りの急激な株価変動に対して、対策が追いつかない。
こう云う時は、慌てても無駄なのです。
夏休みの最終日に、未だ手付かずのまま、白紙のページが並ぶ宿題の山に気づいた時の様に、甘いケーキでも食べながら、まずは、ゆっくりと一休み。
文句無し100点
素直な魔理沙も可愛いですね、実に妹にしてお嫁に行くまで
世話してやりたいですねウヒョー
アリスはそうですね、ウヒョヒョヒョヒョーーーーーーーーァ
それはそうと紅茶と洋菓子の組み合わせは最高ですね
で吹きましたww
はづ子さんと店長のキャラの濃さも良かったです
葉月さんのSSは食べ物が本当においしそうで困る。
こんな時間なのにケーキ食べたくなってきたじゃないですか
思い浮かぶ自分の言葉を書き連ねた作品、との印象を受けたんだけど
この作品は自分で思いついたネタにスイーツが必要だから
カタログを見ながら特徴だけを並べ立てただけといった
薄っぺらさを感じた。
キャラが食べた後に語っている内容が美味しんぼのように説明的で
全然感情がこもってないと言うか。
フッ、残念だったな、私の心は既にアリスに奪われている!
なんか偉そうに言っちゃってすんません。
とても面白かったです!
冷蔵庫にケーキがあって一命を取り留めましたよ・・・
店長とはづ子さんのキャラが立ってますね~。
洋菓子に目覚める霊夢がかわいいですね。
ごちそうさまです。
筋骨隆々の色黒親父がちょっと可愛かったです