Coolier - 新生・東方創想話

寸劇と二重密室の楽しみ方 <解答編>

2011/08/07 13:08:58
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  • 問題編からの続きになります。
    未読の方はそちらを先にお読みください。































    11






 三十一時零分、つまりは午前七時ちょうど。私にとっての、運命の時刻。
 『レミリアの間』。この先に、奴らが待ち受けている。

 すう。一つ、深く息を吸い込む。
 両開きのその大きな扉を、私は開け放った。
 陳列者一同の視線が、同時に向けられる。レミリア、文、咲夜、そしてパチュリー。今回の事件の出演者である面々が、すでに顔を揃えていた。

 「ようやく来たわね。待ちくたびれたわ」

 レミリアは昨晩会った時と同じ台詞で迎えた。贅沢なプレジデントチェアーに小さな体を埋め、口の端でスコーンを齧っている。
 もっとも。台詞は一緒でも、その心中まで同じというわけではないようだ。やっぱり昨日の絵の件が効いているのか、それともただ単に眠いのか。言い回しには若干、冷めた響きが感じられた。

 「遅くはないはずだけど。約束の七時ジャストなんだから」

 テーブルを挟んでレミリアの正面のソファーが一つだけ空いている。おそらく私のための席だと察しがついたので、そこに着席した。

 「私より遅く来たなら、それで充分遅いのよ。咲夜」

 紅茶が切れたらしく、空のカップをひらひらさせる。傍らの咲夜はタイミングを見計らっていたようで、すぐさま次を足した。

 「レミリアさんの言うとおりですよ、アリスさん。現に私は先に来てましたからねぇ」

 隣にソファーに収まっている文が、ふふんと鼻笑いする。先に来たなんて言って偉そうにしてるけど、どうせとっとと記事が書きたくて気が逸っただけだろう。私の運命がどうなるか、高みの見物を決め込むつもりだ。
 まあ、マスコミが冷血なのはいつの時代も同じ。こんな奴はどうでもいい。私が相対するべきは、吸血鬼とその手先達なのだから。
 レミリアは頬杖をついて余裕の表情。向かって右側の椅子には、パチュリーが収まっている。こちらも相変わらずで、我関せずというように膝の本を開いていた。後ろに備えているのは咲夜、そして……なんと美鈴の姿もあった。もちろん、ゾンビと化していたなんてことはない。
 う~ん、本当に生き返ってるわね。びっくりだわ。
 昨日は、間違いなく死体だった。それが元通りに動くなんて信じがたくて、ひょっとしたらこれもキョンシーか何かかとも思ったけど……。肌の血色を見るに、本当に蘇生できたらしい。
 ……あ。
 じろじろ見ていたせいか、目が合ってしまった。せっかくなので声をかけてみる。

 「いやはや、驚きだわ。本当に、昨日の死相が見る影も無いのね」
 「あ、はい。お蔭様で。まだちょっと一部痛む部分もありますけど」
 「…………。痛むって、ちなみにどの辺?」
 「ええと、頭の後ろ辺りがちょっとズキズキします」

 ……昨日ひっくり返した時にぶつけたのは、危ういことに後頭部だったらしい。まあ、わりかし平気そうなので黙っておく。

 「そ、それにしても凄いのね。確かに死んでたのに、なんだかかえって血色よくなっちゃって」
 「あ。そ、そうですか?」

 凄いと言われた美鈴は、えへへと照れ笑いした。まあ、私が褒めたのは薬の方なんだけど。
 そんなのんきなやり取りを見せ付けられて、また気を悪くしたらしかった。レミリアが舌を打ち鳴らす。びくりと、美鈴はまた小さくなった。
 生き返っても立場は相変わらずなのね……。まあ当然か。

 「一晩かけてそっちだってそれなりに準備はしてたでしょうから、さっさと進めましょうか。ああそれとも、心の準備はまだだったかしら?」

 レミリアは足を組みなおし、こちらを見据えてきた。

 「結構よ。必要無いし、そんなの」

 余裕たっぷりに告げてやったせいか、相手方は面食らっていた。冷静沈着な咲夜ですら、わずかに目を丸くしている。やはり向こうは、端から私には解けるはずがないと踏んでいたらしい。
 私には解けない。確かに、そうだったかもしれない。一人では、きっとどうにもならなかった。魔理沙が来てくれなければ、蓬莱人形のために土下座でもさせられていたかもしれない。
 ……へえ。と、レミリアは屈折したような笑みを浮かべた。

 「聞いた、パチェ? こいつったら、随分な威勢よ。問題を考案した身として、この自信はどうみるべきかしら」

 ぺらり。膝元の本のページを一枚めくって、パチュリーは独り言みたいに告げる。

 「そうね。虚勢を張ってどうなる場面じゃないのはわかるはずだし。まずは話を聞かせてもらってからかしら」
 「だ、そうよ」こちらに水を向けるレミリア。「期待させていただくわ。咲夜、彼女にも紅茶を」
 「そんなことより、約束はちゃんと守ってくれるんでしょうね」
 「約束?」
 「とぼけないで。人形のことよ。私の答えが正解だったら、ちゃんと返してくれるんでしょうね」
 「正解だったら? まるで暗に、これから話すのが正解だと言ってるみたいじゃない」
 「そう言ってるのよ。だから―――」
 「くどいね。この私が、一度契った決めごとを違えるほど器が小さいとでも?」

 フンとレミリアは鼻笑いを飛ばす。

 「勝手に幻滅しないでほしいわね。もし本当に答えを話すことができたなら、もちろん文句は無い。すっぱり渡してあげるわ。フランだって、正直あんな俗悪な人形欲しがったりしないでしょうしね」
 「ふうん、意外じゃない。てっきり返す気なんて最初から無いと思ってたのに」
 「見損なうなと言っているでしょう。だいたい、そんなものもうどうでもいいのよ。今回はもうそこそこ楽しめたしね」
 「楽しめた?」

 そうよ。そうレミリアはカップを口に運ぶ。

 「最初に言ったでしょう。小説は一方的に情報を与えるだけ。私は、与えられる側に甘んじているのが我慢ならなかったのよ。それに、活字じゃやっぱりまどるっこしいし。三次元での体験はなかなか悪くなかったわ。まあ、少々予定外の事はあったみたいだけど……。途中までは問題無く楽しかったから、またやってもいいかもね。だから別に、あなたをいじめるのは、ついでよ。ついで。こう初めから言うと肝心のあなたのやる気が無くなるから、今まで言わなかったけどね」

 なるほど。要は自分でプロデュースができれば、それでよかったと。
 現にレミリアは今回の企画そのものには、大概満足しているようだ。私の解答は、最後の余興といったところかしら。

 「ああそうそう。一応今の内に言っておくけど、今回脚本を考えたのはパチェなのを忘れないでね。だから千が一、万が一本当に正解できたとしても、それで私に勝ったなんて甚だしい勘違いはしないでよ」

 ……なるほどね。負けず嫌いなレミリアに相応しい、都合の良い解釈だこと。
 でも、都合がいいのはこちらの方も同じ。もしこの娘が以前のことをまだ根にもってたとしたら大変だった。そうなった場合、最悪人形どころか私自身もこの屋敷から帰さない可能性まで考えていたので、かえって安心した。

 「そう。なら、遠慮はいらないわね」

 あえて声を押し殺し、無感情に言った。

 「始めるわ。この茶番に幕を降ろす、劇終の推理をね」






    12






 「まず、今回の密室殺人めいたもの。この犯行は犯人にとって、計画的に行われたものではないということを断っておかなければならないわ」
 「計画的ではない? というと、突発的に発生したという意味ですよね。なぜそう言いきれるんです?」

 手帳を手にした文が、さっそく訊き返してくる。

 「美鈴が背中を刺されて殺されていたからよ。だって、おかしくない? ただ殺すだけなら、自殺や事故、あるいは外部犯の犯行に見せかけることもできた。前もって準備をしておけば、いくらでも隠蔽の工作ができたはず。いや、殺人というリスクを犯す犯人の心理を考えれば、そうして当然なのよ。仮に正面から刺していたならば、いくばくか自殺の可能性を遺すこともできた。でも実際に刺さっていたのは背中であり、これで自殺はほぼ完全に否定され、他殺であることが確定となってしまった。つまりそういった偽装をしなかったのは、背中を刺さざるを得なかったか、あるいは背中を〝刺してしまった〟から。後者だとすれば、計画的犯行であるはずがないのよ」
 「へえ。案外まともそうなことを言ってくるじゃない」

 くすりと、レミリアは微笑む。

 「嬉しいわ。でもこの程度じゃまだ私に、『あなたをゲストに呼んでよかった』と言わせることはできないわよ」

 ふん、言うじゃない。大した自信のほどだと、さっきの台詞を返してやりたいものだわ。
 よほど看破されない自負があるのか。それとも、それだけ脚本を手がけたパチュリーを信頼しているのかしら。どちらにしても……。

 「いずれ言わせてあげるわ。同じその口からね」

 低く告げたところで、隣の天狗が例のソプラノ声で喚いた。

 「きゃあああ~! かっこいい~! アリスさんから出てるこれ、名探偵のオーラってやつじゃないですか? 名探偵アリス! あながち大風呂敷に聞こえないのが不思議ですねぇ~!」

 パシャリと一発フラッシュをくらう。こいつはこいつで、ここまできても空気の読めなさは変わらないのね……。
 まあ、無礼もこの際多めに見てやるとして。どこからどういう切り口で話していくかも、もう魔理沙から教わっている。気を取り直して、一つ咳払いした。

 「あの密室には――というのはもちろん、美鈴が殺された方のだけど――、よくよく検証すると不自然な点が多くあった。言うまでも無く、犯人が処分できなかった証拠とかね。そのことも、この事件が突発的に発生したことを裏付けていると言えるわ」

 自分の髪の毛をくるくると手でもてあそんで気にしながら、レミリアは言った。

 「言えるわ、なんて。勝手に言い切られてもねぇ。その証拠っていうのも、例の一つくらい出してほしいものね」
 「そのつもりよ。例えば、これ」

 ポケットから取り出したそれを、テーブルの上に置く。「咲夜」とレミリアが呼ぶと、メイドが手にとって確認した。

 「炭ですね。元は紐……でしょうか。おそらくは、毛糸の」
 「そう。これは後であなたとあの部屋に行った時に見つけたものよ」

 本当はそのさらに後で、魔理沙と見つけたんだけど……こういっておかないと話がこじれるかもしれないので、ちゃんと断っておく。
 ソファーから身を伸ばして覗き込むと、文はううんと首を捻った。

 「こんなのありましたっけ? いつの間に見つけたんです?」
 「あなたが節操なくフラッシュ焚いてる間によ。まあ、あなた達の〝誰か〟は見覚えがあるはずだけど?」

 レミリア、咲夜、パチュリー。三人に平等に煽り目をくれてやる。たまには挑発的な台詞を。これも魔理沙の指示だったりする。探偵は主導権を握ることが大事だとかなんとか。
 だけど、レミリアにはさほど効かなかったらしい。余裕げに頬杖の腕を入れ替える。

 「まあ、あるでしょうね。誰かが犯人だとは前もって言ってあるのだから。そんなわかりきったことより、いい加減少しぐらい核心に触れたらどうかしら? あんまりのらりくらりやっていると、本当はわからないのを誤魔化しているようにも見えるわよ」

 ふん。挑発には挑発。その厚顔不遜は、さすがレミリアといったところかしら。
 でももちろん、こちらは空手なんかじゃない。魔理沙から教えてもらった、とっておきの推理を用意している。

 「こういうのは徐々にっていうのが、ミステリーの鉄則だからね。王道に従ったまでよ。でしょう、花曇の魔女さん?」

 水を向けると、それまで手元の本しか見ていなかったパチュリーはようやくこちらに目線をくれた。でもそれも一瞬だけで、またすぐに膝の本に落とす。
 やれやれ。相変わらず、毛ほども愛想の無い娘だこと。軽く一つ肩をすくめて、先に進む。

 「美鈴には手芸の趣味があった。だから別に、現場でこの毛糸らしき燃えカスが見つかったこと自体は不思議じゃない。現に、タンスの中には同じものがあったしね。でも、それも犯人の計算のうち。現場にもともとあったものを使うことで、万が一証拠が燃え残ったとしても、その不自然さを抑えたのよ」
 「あれ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ?」

 文はガリガリ頭を一通り掻いてから、こちらに向き直る。

 「それが本当だとしたら……あの火事は事故などではない。その証拠の隠滅のために、故意に火をつけられたということですか!?」

 ようやく気づいたらしい。「そうよ」と私はわずかに顎を引いて答える。

 「おお、なるほど、なるほど。言わんとすることがわかりましたよ」

 文は興奮気味に手帳に文字を書きなぐっていた。

 「犯人が仕掛けたトリックは、毛糸の紐を使い、なおかつそれが現場に残ってしまう可能性があるものだった。その時のために、犯人はわざと燭台を倒し、火を放ったというわけですね。証拠となる紐を隠滅するために」
 「紐が証拠って、どういうことですか? そもそも、何の証拠なんです?」

 ここで口を挟んだのは、意外なことに美鈴だった。それも、えらく不思議そうな顔で。

 「あなた、もしかしてトリックについて知らされてないの?」
 「は、はあ。私は死体役ということでしたので。ただ死んでくれればいい、と」

 だから言われた通りに死んだわけ……。律儀なのかどうなのか。
 しかも、仕組みについて何一つ教えてもらってないのに。この娘は自分で自分の惨めさに気づかないのかしら。
 で、その惨めがえらくツボだったらしい。文は楽しげに笑っていた。

 「いやぁ。あれはまったく、いい死体っぷりでしたよ~。たっぷり激写させていただきました。なんなら後で写真をお見せしちゃいますけど?」
 「いや、それは……ちょっと」

 美鈴は遠慮がちに俯く。まあ、これがまともな反応。自分の死に様を喜んで見たがる奴がいたら、それは頭のネジが五、六本外れてどうにかなっている。

 「慎み深いですねぇ。でもご安心ください! 美鈴さんの死相も、キッチリ記事に載せちゃいますから。新聞だからモノクロなのが残念ですけどね~」

 ……どうやらこいつはとっくにどうにかなってたらしい。うすうす感じてはいたけど。
 まあ、それはそれとして。先を続ける。

 「毛糸の紐が何の証拠か、だったわね。答えは当然、トリックに必要だったからよ。密室を作るためのね」
 「ふうん、なるほどねぇ」

 感心するというより、嘲るようにレミリアが声を上げた。

 「犯人はたかだか紐一本で、あの密室を作り上げたというわけ。でも、本当にできるのかしらね。そんなことが」
 「早合点しないでほしいわね。私はなにも、紐一本しか使ってないなんて言ってないわ」
 「へえ。じゃあ他に何を使ったっていうの?」
 「〝猫〟よ」

 きっぱりと言い切る。今度のどよめきは、先ほどよりも明らかだった。

 「なぜ、猫だと?」

 ぱたん。読んでいた本を閉じると、パチュリーが半目で問いただしてくる。

 「猫が怪しいのはすぐにわかったわ。美鈴は庭先に紛れ込んでたのを見つけたって言ってたけど、それってよくよく考えるとおかしいもの。この紅魔館は湖の孤島。外から野良猫がやってくるなんてことはありえない。つまり、〝脚本のために用意された〟とわかるからよ。用意したということは、つまりトリックに必要だったから。それ以外に無い。現に部屋には幾つか猫の毛も散っていたわ」

 もちろん、全部魔理沙の受け売り。あいつは私が『祝宴の間』での美鈴のくだりを話した時から、猫が事件になんらかの関わりがあると見抜いていたらしい。言われてみればなんだそんなことかと思うけど、即座に洞察できるあたり、やっぱりあいつは凄い。

 「そう。そういうこと」

 納得いったのかどうなのか。パチュリーはぼそり呟く。
 そう……思えばこのパチュリー。昨晩はこの娘に翻弄された。あの宇宙船の問題だ。
 問題を解いたら事件のことも教えてやるなんて、今考えればそんな甘い話に乗った私が悪いんだけど。あれのおかげで、いらない時間を費やされてしまった。


 『宇宙船だと?』
 『うん。こんな問題だったんだけど――』

 魔理沙と庭先で猫の足跡を見つけてから、私たちは『控えの間』に戻った。そこで魔理沙の今回の推理を教えてもらっていたところ、例の問題の事を思い出したので訊いてみた。
 ふうんと感心したように鼻を鳴らすと、魔理沙はなるほどなと笑みを浮かべた。

 『お前は必死に長い間計算したようだが、こりゃ数学でもなければ科学の問題でもない。論理学の問題だ』
 『えっ。そうなの??』

 論理学は理屈屋の魔理沙の得意分野なので、一度聞いただけですぐわかったらしい。こっちがあれだけ考えても答えがでなかったのに……と説明を迫ると、魔理沙は至極論理的に、しかし長々とそれに答えてみせた。

 『――そんな具合さ。ようするに、これはお前には絶対に解けない問題だったんだよ』
 『なによそれっ!』

 私はテーブルにこぶしを振り上げかねない勢いで罵った。

 『そんなの、いくら計算してもわかるわけないじゃないっ。答えが無いも同然だわっ』
 魔理沙はお得意のひょいと肩をすくめて、『そりゃ、そういう問題だからな』
 『納得いかないわ。どうしてパチュリーは、こんな解けようもない問題を出したのよ』
 『そりゃ、まあ……そうだな。たぶん、初めから事件の答えなんて教える気は無かったからだろうさ。ただの意地悪だろ、うん』


 ただの、意地悪ですって……。

 「……? どうしたの?」

 知らないうちに睨んでいたらしい。パチュリーは怪訝に眉をひそめていた。

 「いえ、なんでも」

 ……いけないいけない。つい睨んでたみたい。あくまでクールに視線を逸らす。

 あの話を聞かされた時は、さすがの私も頭にきた。それはそれは血が昇ったので、腹いせに廊下に並んでる花瓶でも割って回ろうかとすら思った。
 でも私の持論では、騙す方も悪いけど、騙される方も非がある。それに、今さらパチュリーを罵ったところで何の益にならない。ストレスがちょっぴり解消される程度だろう。
 そう、私の目的は蓬莱人形。あれさえ戻ってくればいい。

 「ということは、アリスさんの推理では、密室のトリックに必要なのは毛糸の紐、そして猫。そういうことでよろしいでしょうか?」

 またしても、文のペンが向けられる。

 「まあね。厳密には他にもいくつかあるけど。必須なのはその二つかしら。なんなら、これから実践してあげてもいいけど。その二つが用意してあるんならね」
 「ハハッ、面白い」

 唐突に、レミリアは声を上げて笑う。

 「相変わらず、いい面の皮をしてること。そこまで言うなら、やってもらわないわけにはいかないわねぇ。……咲夜!」
 「はい」
 「言ったものを用意しなさい。今すぐに」

 しかし珍しいことに、咲夜は微妙に嫌そうな顔をする。

 「お嬢様。用意と言われましても、毛糸はともかく猫の方は――」
 「島のどこかにはいるはずでしょ。今すぐ探してきなさい。あなたなら時間を止めればすぐのはずよ」
 「……かしこまりましたわ」

 渋々といった体で頭を垂れる咲夜。時間を止めればすぐなんて言うけど、時間を止める間本人は見つかるまで探すわけだから、大変なことに変わりは無いんだろう。きっと。
 次の瞬間には、もう咲夜の姿は無かった。それこそ瞬間移動でもしたみたいに、さっぱり消えうせてしまった。今頃せっせと草の根でも掻き分けてるのかしら。
 一方、新聞記者の方はというと、興奮を隠し切れないらしい。落ち着いて座ってられないのか、ソファーの弾力を利用して尻をバウンドさせている。

 「いやいや、実践してみせるだなんて! アリスさん、大きくでましたねぇ~! そんな大言壮語をのたまうキャラでしたっけ~?」
 「できることをやると言っているだけよ。ただの現実論。騒ぐことでもないわ」

 溜め息交じりに告げてやる。すると、レミリアはくすりと一つ笑みを漏らして、立ち上がった。

 「およ? いきなりどうしたんです?」
 「ここじゃできないでしょう。実践はね」

 レミリアが答えたのは文にだったけれど、目線はこちらを挑発的に見据えていた。口許に残す、余裕と楽しさを含んだ笑み。対する今の私も、傍から見ればそんな顔をしているのだろう。
 す、と私も立ち上がった。

 「ええ。もう一度昇るとしましょう。ミステリーの舞台へと、ね」 






    13






 この部屋に入るのも、これで都合何度目になるかしら。
 四、いや、五回目? いずれにせよ、これが最後には違いないけど。

 「やっぱりこちらにおられたんですね、お嬢様」

 全員が『給仕の間』に入室した時、背後にいきなり咲夜が現れた。その胸には、いつぞやの子猫が抱かれている。

 「あら咲夜、遅かったじゃない」

 レミリアは従者の苦労を労う気もないような、不真面目な笑みを浮かべていた。猫を散々探し回った後にも関わらずそんな顔で迎えられた咲夜は、体全体を使って嘆息する。

 「遅いものですか。これでも六時間も探し回ったんですよ」

 ろ、六時間……。言われてみれば、咲夜のメイド服は泥やら葉っぱやらが付着しやたらめったら汚れていた。実際はあの後すぐこの部屋に移動したから、こちらの時間感覚では十五分も経ってない。メイドもメイドで大変ということだろう。忙しくないメイドなんて聞いたことないけど。

 「はいどうぞ。これで満足かしら」

 こちらにぶっきらぼうに言い放つと、パッと手を離す。猫はすとんと着地した。

 「ありがとう。ご苦労様」

 主人の変わりに慰労の言葉をかけてやったのだけど、フンと鼻を鳴らされた。まあ、実際皮肉のつもりだったんだけど。

 「さあ、これで準備は整ったはずです。犯人はどのように密室に仕上げたのか、答えていただけませんか? ませんか?」

 文はこれまで焦らされた興奮のあまり、無意味に語尾を繰り返したことすら気づいてない様子だった。あえて気にせず、私は話を再開する。

 「もちろん。でもその前に、話しておかなきゃならないことがあるわ」

 ずっこけたみたいに、文は体勢を崩す。

 「ま、まだ何かあるんですか?」
 「たいしたことじゃないわ。やる前のちょっとした補足説明みたいなものだから」

 部屋の中心に立ち、一同を見回す。

 「私がこのトリックに気づいたきっかけが、燃え残った紐だということは話したと思う。もしあの紐をトリックに使ったすると、これは道具を使った機械的なトリックに分類されるわ」

 ふうん、とパチュリーが反応する。感情を露にしない、いつも通りの声で。

 「分類。ミステリーに関しては素人と聞いてたけど、その割にはまんざらでもないみたいじゃない」
 「お蔭様でね。ゆえに犯人は予めこの部屋の中に、自動的に密室を作り上げる装置を仕込み、部屋を出たという解釈ができるわ」
 「そう。わかりやすい丁寧な説明をありがとう」レミリアも、世間話みたいな自然体で告げる。「でもせっかくここまで来たんだもの。とっとと本題に入ってくれてもいいんじゃない?」
 「もちろん、すぐにね。でも入り方も重要だから。一歩一歩着実に進ませてもらうわ。ここまでの論理展開から、犯人が使ったのは機械的なトリックであることがわかった。次にこの場合の機械的なトリックは、二種類あるの。そうね、じゃあ……パチュリー。なんだかわかるかしら?」
 「トリックを考案した私に訊くのもナンセンスだと思うけど。この密室に限るならば、ひとつは『犯人が部屋を出てから、自動的に内側から鍵がかけられるタイプ』。もうひとつは、『部屋を出て外から鍵をかけて密室にし、その後で鍵だけを部屋に投入するタイプ』でしょう」
 「さすがね、模範的な回答だわ。じゃあ、今度は文」
 「おおおっ? 私ですか?」

 ちょっと唐突に振られただけで、文は電気でも走ったみたいなリアクションをする。まあ誰でもよかったんだけど。

 「今回の密室。今パチュリーが言った二種類のうち、どっちだと思う?」
 「う~んと……そうですねぇ。やっぱり、後者じゃないでしょうか? 前者はちょっと無いような気がします。内側から鍵をかけるにはツマミを捻らなきゃなりませんが、鍵のツマミって結構重いし、さすがに猫の手じゃ無理でしょう。縄を取り付けるのも難しそうですし」
 「そうね。ツマミに仕掛けを施したとしても、後から見ればすぐわかるから現実的じゃない。この部屋のドアはあなたが跡形も無く壊しちゃったけど、それは偶然だし、百パーセントそうなって、証拠が隠滅されるとは限らない。ドアに細工がしてあったとは考えにくいのよ」
 「となると、やっぱり後者ですか? すなわち外で鍵をかけてから、なんらかの方法でその鍵を部屋の中に入れた、と?」

 そういうこと。微笑してやると、ここで咲夜がつっかかってきた。

 「外から、ですか。それはちょっとどうでしょう。外から鍵を入れるとしたら、この部屋に隙間らしい隙間は、そこの小窓か、ドアの下のわずかな空間のみです。窓か、ドア下か。どちらにしても、可能性は薄いようですけど」
 「えっ、それはなんでですか? 咲夜さん」

 疑問を発したのは、一番後ろにいた美鈴だった。置いてけぼりで我慢がならなくなったらしい。とはいえ、直後に咲夜に睨まれて、すでに発したことを後悔したような顔になってしまったけど。
 咲夜は寄せた眉根を元に戻すと、軽く溜め息をついて言った。

 「部屋の鍵があったのは、あなたの服の内ポケット。そしてマスターキーはそこの小タンスの上にあったのよ。だから可能性があるとすれば、側の小窓から入れたとしか考えられない。でも、この『給仕の間』の高さは地上十一階。そこのこんな小さな窓に、どうやって鍵を入れるっていうの?」
 「ええっと、そうですね……。高枝切りバサミでも使うんですか?」

 訊いた私が馬鹿だったわ。そんな具合に、咲夜は肩をすくめた。
 やりとりを横目で眺めていたレミリアが、先を促してくる。

 「で、あなたの考えは?」
 「当然、後者よ。決まってるわ」

 きっぱり言い切る。するとすぐさま、文が食いついてきた。

 「じゃあやっぱり、外から鍵を入れたんですねっ? 使ったはマスターキーの方ですか?」
 「ええ、そうよ。どれだけ凝った細工を施そうが、専用鍵の方は内ポケットの中。それも死体はうつ伏せの状態で、遠隔操作で鍵を入れることなんてさすがに無理でしょうからね。となるとマスターキーしかないわ」

 ここで少し、私は言葉を切る。
 さて、調子が出てきたところで、いよいよ核心。未開の地に足を踏み込むように、軽く息を吸い込む。

 「私が違和感に気づいたのは、〝犯人はなぜマスターキーの方を使ったのか〟ということよ。だって、おかしいじゃない。仮にそこの窓から入れるのだとしたら、あんな大きくてかさばるやつよりも、普通の小さい鍵の方を使った方がいいに決まってるわ」

 ふむ、と文は腕を組む。

 「確かに、窓めがけて投げ入れるにしろ、鍵は小さい方がやりやすいですしね。まあ、それでも難しいことは変わりないでしょうが……」

 そう、それが違和感。
 魔理沙は言ってた。なぜ都合が悪いのにも関わらずマスターキーを使ったのか。そう考えた時、謎は一気に氷解したと。
 まったく、こんなことを真っ先に気づいたあいつには、本当に呆れる。一応、いい意味で。

 「ここが一つのポイントなの。窓を通すには不都合なはずのマスターキーを、あえて使用したのはなぜか。そうせざるを得なかったからよ」

 ぶつぶつ、無機質にパチュリーが問いただしてくる。

 「そうせざるを得なかった……。なぜそんなことが言えるの?」
 「そんなの、一言で済むわ。犯人は〝部屋の鍵が美鈴の内ポケットにあることに気づかなかったの〟」

 難しい顔をして、文は首を斜めに傾げる。

 「気づかなかった~? どうしてそんなことがわかるんです? そんなの、ちょっとおかしいじゃないですか」
 「あら。どうしておかしいの?」
 「そりゃおかしいですよ。犯人は密室を作ろうとしたんですよ? この部屋を開けられる鍵が二種類あるということは、紅魔館の者なら誰でも知っています。マスターキーは咲夜さんから美鈴さんが借りてるから部屋ですぐ見つかるでしょうが、美鈴さんを殺した段階で部屋の鍵はまだどこだかわかっていない。となれば犯人は、もう片方の鍵の在り処も探そうとするはずです。二つの鍵の所在がわからなければ、密室は密室でなくなってしまう!」

 正解。やっぱりなんだかんだいって、この娘も鋭い時は鋭い。

 「そして犯人が部屋の鍵を探したということは、当然衣服の中も調べたでしょう。いやむしろ、鍵を探すなら真っ先に服を検めるはずです。なのにどうして、気づかなかったなんて言えるんですか?」
 「簡単よ。犯人は、服の中は調べなかったの。いや、調べる必要が無かったと言った方が正しいかしら」

 は? と、文は目つきをしばたかせる。
 ここは二の句を告げられる前に……ある一人の人物を睨みつけた。

 「咲夜」
 「……はい?」
 「あなた、言ってたわよね。マスターキーを美鈴に貸したって」

 若干、答える咲夜の表情が強張る。

 「そうですが、それが何か?」
 「どうして貸したの?」
 「昨晩話した通りです。あの娘が部屋の鍵を無くしたと泣きついてきたので――」

 そこまで言ったところで、咲夜の口が止まる。何かに気づいたようにハッとしたまま、呆然とする。これが本当の殺人現場だったら、加えて顔色は蒼白になっていただろう。

 「そうよ。あなたは、〝美鈴は鍵を無くしたと思っていた〟。だからもともと、犯人は鍵を探してなんかいないのよ。探すだけ無駄だからね。ましてや、衣服の内ポケットになんかにあるなんて考えもしなかった」
 「ちょっと待ってください! じゃあ……」

 文が慌てたように割り込んでくる。私は余裕を持って頷いた。

 「ええ、その通り」

 ここで言葉を切る。なぜなら、そうしろと魔理沙に教わったから。
 そう、この瞬間こそ、物語の中で、最も衝撃的なシーン。
 ここは……思いっきり間を空ける。勿体をつけて、つけて、つけて……。我慢できずに、誰かの喉が鳴る音が聞こえた時。私はその口を開いた。

 「この脚本における犯人役……。それは〝十六夜咲夜〟。あなたよ」






    14






 「わ、私を殺したの、咲夜さんだったんですか!?」

 ……とまあ。殺された美鈴は、そんな具合で驚いていた。
 正直、その空気を読めてない発言の方が驚きだけど……。でもどうやら、他の主だった反応は上々。レミリアが一瞬目を見開いたのを私は見逃さなかったし、咲夜は痛いところを突かれたみたいに眉毛をヒクつかせている。パチュリーは……まあ、相変わらずだったけど。こいつは目の前で天変地異が起きてもこんな顔なんだろうから仕方ない。
 そして、文は……。

 「そおでしたかそおでしたか~! あいや、私もね。そんな気がなんだかしないでもないような、気がしなかったりしたんですよ~」

 一人お祭り騒ぎ。クラッカーでもあったら一発ぶっ放していただろう。ついでにワインも割っていたかもしれない。

 「して、如何なものですか? 犯人だとずばり言い当てられた時の心境は? ぜひインタビューにお答えください~」

 騒ぎの矛先を向けられた咲夜は、至極面倒そうな顔を背ける。要するに無視した。
 ここは犯人役らしく取り乱した演技の一つでもするべきなんだろうけど、これまでの疲労もたたって溜め息一つついただけだった。演技ももう限界……というほどでもないだろうけど、ここにきて糸が切れてしまったらしい。まあ、もともと乗り気でも無いだろうし。

 「普通の鍵ではなくマスターキーがそこにあったから、私が犯人……ですか。少々話が突飛すぎるように思えますが」
 「ちゃんと論理段階的に説明してあげたじゃない。どこが納得いかないの?」
 「それだけじゃ説得力に欠けるという意味です。例えば、私には美鈴を殺す理由が無い。あるとしたら、動機はなんですか?」

 あらら、そっちから振ってくれるなんて。手間が省ける。
 まあ、そういう段取りなのかもしれないけど。でもだとしたら、これは正しいレールに乗っているという証拠だ。私はわずかに口許を緩めた。

 「動機は、まああえて探さなくとも、普段からあなたが部下の使えなさに苛々してるのはわかるわ。それでもあえて昨晩行動を起こしたきっかけを挙げるとしたら、あの絵でしょうね」

 突拍子も無い単語に聞こえたのか、文が問う。

 「絵ですって? まさか、無くなったことと関係が――」
 「いえ、あれが脚本と関係の無いアクシデントということは、脚本側が公式的に認めているわ。私が言っているのは、あの『肖像の間』でのやりとりのことよ」

 そう言われても、すぐにはピンとこなかったらしい。文は斜めに首を傾げて、ちぎれそうなくらいになったところで、ポンと手の平を打った。

 「ああ! ひょっとして、美鈴さんが絵を酷評して、場がシーンとなったアレですか?」
 「そう。単刀直入に言うけど、咲夜。あの絵の作者は、あなたね?」
 「…………」

 また、水を打ったような静けさが降りる。言われた本人が答えなかったので、また文が尋ねてきた。

 「咲夜さんが!? ……って、なんでですかぁ? 確かレミリアさんは、とある高名な画家に書かせたって言ってたじゃないですか」
 「それはただの嫌味。レミリアの冗談だった、で意味は通じるはずよ」
 「だとしてもです! どうしてあれを咲夜さんが書いたって言い切れるんです? そんなこと、説明ありませんでしたよ」

 この娘の疑問ももっとも。私だって、いきなり魔理沙からそう聞かされた時は、何がなにやらさっぱりだったし。

 「ちゃんとあの絵そのものにヒントがあったのよ。覚えてる? 例のあの、四枚の絵」

 手帳を手繰り、見つけた箇所を指でなぞりながら文は答える。

 「ええ~と、そうですね。一応、名前とどんな絵だったかぐらいは。確か『エヴァンジェルの福音』、『蒼碧のアーキュリオン』、『双子とドルチェ』、そして……ええと、『ジオグラフィアの黎明』、でしたね? 今手元に写真はありませんが……てか、アリスさんが持ってったでしょう」
 「ちゃんとここにあるわよ。おかげでわかったわ」

 ポケットから取り出した四枚を、トランプのように手で広げる。

 「実はこの中に一枚、〝この幻想郷にそぐわないもの〟があるの。どれだかわかる?」
 「そぐわない? そう言われると、どれも幻想郷とはかけ離れてるような気がしますが……」

 目を凝らしていると、不意に顔を上げた。

 「……あっ! ひょっとしてこれですか? 『蒼碧のアーキュリオン』」
 「うふふ。なぜそれだと思ったの?」
 「だって、〝幻想郷には海は無い〟でしょう。『蒼碧のアーキュリオン』は、この中で唯一の風景画と聞いています。他の絵は抽象画だからいつでもどこでも描けますが、風景画は違います。この絵を幻想郷で描いたというのはおかしい!」

 その通り。私は頷く。

 「写真を見て描いたのならともかく、レミリアは説明で、現地をイメージして描いたと言った。でも、その後食事の席で、こんな話もしてたわよね? 海が嫌いで、もう何百年も見ていないって。それをパチュリーに訊くと、同じくそうだと言った。そんな昔の景色を、最近になって再現して描けるわけがない。つまり自然と消去法で、絵の作者は咲夜ということになるわ。あなたなら、外の世界にいた頃に海ぐらい見たことあるでしょうしね」

 自分の顎を撫でながら、文はひたすら頷く。

 「う~ん、なるほどなるほど。犯人は絵の作者。自分の絵を馬鹿にされた咲夜さんは、我慢できずにその日のうちに殺害を企てた。一応筋は通りますねぇ」

 そこまで自問自答したところで、いきなりくるりと翻る。咲夜に向けて、マイク――もとい、本人はマイクのつもりであろうペンの先を突きつける。

 「こりゃいよいよ追い詰められましたねぇ。今まさに崖っぷちに立たされた犯人のお気持ちとしては、どんなところでしょうか? ここで何の言い分も無いなら、あなたは重要参考人として署に連行されることになりますが~?」

 署って、どこの署よ……。と心の中でつっこんでいるのは、たぶん私だけじゃないはず。現に咲夜の顔は、叶うなら今すぐにでも帰って寝たいと言っている。
 そんなやりとりを眺めながらレミリアはくすくす笑って、生来の意地悪さをここぞと発揮していた。

 「確かにね。咲夜、あなた今の段階じゃ相当不利よ。このままじゃ本当に犯人はあなたで確定してしまうわ。まさか、本当にあなたがやったのかしらねぇ」

 言われて、咲夜も演技者の役目を取り戻すことにしたらしい。すぐさま表情を、いつもの泰然としたメイドのものへと変える。

 「戯れはお止しくださいませ、お嬢様。アリス様も。それにまだ、これでわたくしが犯人だとは断定はできません。なぜなら、この密室の謎がまだ解けていない。もしわたくしが犯人だというなら、この密室はどうやって作り上げたのですか? それを答えていただけなければ、糾弾なんてできませんわよ?」

 言葉遣いこそ丁寧だったけど、若干挑発的に語尾を吊り上げている。そしてそれは、あきらかに私に向けられたものだ。
 まあ……。私としては、ようやくここまできたかってところなんだけどね。うふふ。

 「謎に対する答えを出す。そのために、わざわざここにきたのよ」

 一端、言葉を区切る。
 さて、いよいよ推理もクライマックス。となれば、実践しなきゃならない。魔理沙に言われた、探偵役としてどうしても欠かしてはならない、最後の要素。
 そう、それは……〝決め台詞〟!
 ビシッ。その鼻先に向けて、人差し指を突きつける。

 「あなたが使った魔法の正体、白日の下に……もとい、紅い月の下にさらけ出してあげるわ!」



    *



 密室のトリック。これに関しては、仕組みを魔理沙から教えてもらっただけで、はっきりとした検証はしていない。つまり、これから行うのはぶっつけ本番ということだ。
 本当なら魔理沙に一度実演してほしかったけど、道具が揃わなかったので口で教えてもらうだけにした。紐はともかく、猫の方はどこにいるかわからないから探しようがなかったからだ。
 でも……きっと大丈夫。
 魔理沙の推理は、聞けば誰でも納得するようなものだった。言うとおりにやれば、十中八九うまくいく。私ですらそう思った。それに、他でもない魔理沙の言うことなら――まあ、普段はあんまり信用できないけど、でも、ことミステリーに関しては、誰よりも信じられる。
 私はまず、両手を大きく広げた。その間に、必要な分だけ紐を伸ばしてたわらせる。

 「なんだか、ずいぶん長く使うんですね」

 横から不思議そうに、文がこちらの作業を覗き込んでいる。先がどうなるかまったくわからないらしく、写真を撮ることすら忘れていた。
 五メートル……いや、六メートルくらいかしら。このくらいで充分とみて、予め咲夜から借りておいたナイフで切断する。余った分は、とりあえずポケットにつっこんでおいた。
 次はこれの両端を結んで、大きな輪になるようにするんだけど……その前に。

 「ちょっと、天狗さん」

 呼びかけると、「はい?」と不思議そうな顔をそのまま向けてくる。

 「猫、連れてきてくれる?」
 「え? はあ。まあいいですけど」

 子猫は部屋の隅っこにいた。喉を掻いて毛づくろいしているところを、文が後ろから抱いて、そのまま運んでくる。

 「ちょっと持ってて。動かないでね」
 「はあ。でも、自分で持てばよくないですか?」

 実は猫苦手なのよ。なんて、正直に言ったら最後。さっそく明日の一面に載るだろう――下手したら号外にされるだろう。
 そんなわけで、ぼやきは無視して作業続行。体には極力さわらないで、なんとか猫の首輪に縄を通す。首輪は腕時計みたいにサイズを調節できるタイプだったけど、痩せぎすなので紐を通すためにわざわざ緩める必要もなかった。次に同様にマスターキーの穴にも同じくくぐらせたところで、両端を結んで繋げる。
 これで、大きな輪ができたことになる。そしてその間を、猫の首輪とマスターキーの二つが繋がったわけだ。
 ……と、そうだわ。最後に、これだけはやっておかないと。
 適当に取った紐の一箇所を持つ。そして、軽くナイフで切れ目を入れた。よし、これでオーケイ。

 「実践する前に、先に原理を説明するわね」

 立ち上がり、改めて一同を見渡す。

 「さっきも話したように、犯人は外から施錠してから、その鍵を中に入れる方法をとった。それがこれよ」

 これと言われても、ちっともピンとこなかったらしい。文は苦笑でごまかしながら、後ろ頭を掻いた。

 「いやぁ、これと言われましても。猫と鍵を輪で繋いで、どうするんです? 結婚でもさせようってんですか?」
 「別にさせてあげてもいいけどね。まあ、さっそく見せてあげるわ。実践に勝るものは無いからね。そんなわけで、あなたはその子を持ってきて」
 「……は? 持ってきてって、これ以上どこに行くってんですか?」
 「行くってほどでもないわよ。この部屋のドアは壊しちゃったんだから、密室の再現はできないでしょ。だから間取りの同じ隣の部屋でやるの。いいでしょ?」

 最後はレミリアの方に首を捻る。すると捻られた方は、ひょいと背中の羽ごと肩をすくめた。

 「まあ、条件が同じじゃなきゃ再現とは言えないしね。許可するわ」

 許可ももらえたということで、全員廊下に出てもらう。他に必要なものとして、マグカップ一杯分のコーヒーと、部屋の鍵、そして燃やしてもいいいらない衣服を咲夜に用意してもらった――また時間を止めたらしく、咲夜は今度はまばたきしてる間に持ってきた。ついでに、隣の部屋の鍵も開けてもらう。思ったとおり全ての『控えの間』は、間取りだけでなくベッドに小タンス、最低限の家具も一律統一しているらしかった。
 よし。トリックの実行に、まったく問題無し。いけるわね。
 ベッドの前に立つ。そしてまだ湯気の残るコーヒーを、遠慮なくベッドのシーツにぶちまけた。少々ギャラリーがざわついたけど、これも魔理沙の指示の範疇だ。
 きちんと再現するとしたら、さらにこの上に美鈴に寝てもらう必要があるけど……。でも美鈴だって意識があるのにコーヒーまみれのベッドに横になりたくはないだろうし、すぐ隣で炎がたってちゃ落ち着いて寝てられないだろう。もう一度死ねと言うのも、まあ酷な話だろうし。

 後ろの文が訊いてくる。「この猫ちゃんは部屋の中でいいんですか?」
 「ええ」

 紐が繋がったままの猫を降ろしてもらったところで、文はお役御免、外に出てもらう。
 次にベッドの反対側の床に、咲夜からもらった服を並べた。これはただの火をおこす薪だ。服には咲夜に言って、燃えやすいように灯油を染み込ませてある。この際、さっき紐を切って余った部分も、一緒に燃えるように置いておく。借りたマッチで薪に点火すると、みるみるうちに黒煙をあげ始めた。
 子猫を部屋の中に残して、ドアを閉める。その際、下の隙間から、マスターキーを廊下側に出しておく。つまりドアを挟んで、廊下にマスターキー、そして紐の輪で繋がった猫が部屋に残る形になる。

 「ちょ、ちょっと。本当にこれで大丈夫なんですか? これじゃ中にいる猫ちゃんは……」

 この後の顛末を想像したらしい。慌てる文とは打って変わって、平気な顔で返してやる。

 「丸焦げになるっていいたいんでしょ? 大丈夫。まあ見てなさい」

 ガチャリ。施錠完了。あとは、この鍵をこうしてドアの前に置けばいい。
 皆に向き直り、一言解説を付け加える。

 「これで、仕掛けは終了よ。あとはこの鍵が勝手に引っ張られて、ドアの隙間から中に入っていく。これで晴れて、密室が完成するっていう寸法よ」
 「まさか、中から引っ張るのが、その猫だとでも?」不細工な冗談を笑い捨てるように、咲夜が反駁する。「あり得ませんわ。仮に猫が暴れてその弾みで鍵が中に引っ張られたとしても、その猫はどうするのですか。私たちが突入した時、『給仕の間』には美鈴の死体しか無かったはず。違いますか?」

 余勢を駆ったのか、影からパチュリーも続く。

 「咲夜の言う通りね。そのトリックでは、部屋に猫が取り残されてしまう。猫はドアの隙間を通ることはできないから、一度閉じ込められれば出て来れない。それとも、証拠が残らないぐらいに骨まで焼却したとでも言うのかしら?」

 心の中でほくそ笑みたくなった。まったく、面白いぐらいにこちらの思い通りに話が進む。こっちは魔理沙の推理通りに話してるだけなのに。つくづくあいつの筋立てが怖いぐらいだ。

 「いいえ。でも、今にわかるわ。密室ができるのに、さほど時間はかからない」

 あえて柔らかに、余裕を持って答えてみせる。周りに気づかれないように、わずかに唾を飲んだ。
 ……大丈夫、きっとうまくいくはず。理論上は間違ってないはずなんだから。
 念じるように床のマスターキーを見つめ続ける。すると……。

 「う、動いたッ!?」

 まるで釣竿で引かれるみたいに。断続的に小刻みに引かれていく。驚く文がシャッターを切る間も無く、鍵はすっぽり、ドアの奥へ消え失せた。

 「すぐに中を確認しましょう!」
 「待って」

 文の手がノブに手をかかったところで、上から押さえつけて遮る。

 「ど、どうしてですか? ちゃんと密室になっているか、確かめなくちゃ」
 「鍵が中に入った時点で、すでに密室は確定してるわ。それより、この仕掛けはすぐには成立しないの。だからもう少し待って」

 頬を膨らませる文を下がらせて、ドアに耳を近づける。音で中の様子を探った。
 パチパチ、音がする。火の粉が弾ける音。でもこれじゃない。
 少しして、待っていた物音をとらえた。
 ……今の、コトリって音。間違いないわ。

 「いいわよ、開けても」
 「えっ。本当ですか?」
 ちょうどフィルムの交換をしていた文は、慌てて中身を落っことしそうになっていた。にもかかわらずすぐに笑顔で、「本当ですね? 二言は無しですよ?」
 「今度は、ドアは壊さなくていいからね」
 「わかってますよ。咲夜さんから、部屋の鍵は預かっています。せーのっ……」

 一人で掛け声をあげ、ドアを開け放つ。私もすぐ後に続いた。

 「こ、これは……っ」

 文が驚くのも当然。そう……これはまさに、あの時と同じ光景。
 左手で炎が盛り、煙が発生している。そしてマスターキーは間違いなく、小タンスの上に置かれている。中に残していたはずの子猫は、跡形も無く消えうせていた。

 「そっ、そんな馬鹿なっ」

 文は慌しく、消えた猫を探しにかかる。タンスの引き出しを引っかきまわし、ベッドのシーツを捲り上げる。でも、この狭い空間、探す場所はそれくらいしか無い。最後には部屋の真ん中で立ち尽くした。

 「いません! ほんとにどこにもいませんよっ」

 そう訴える文は、困惑しているというより、なんだかかえって嬉しそうだった。くすりと私は微笑する。

 「だから言ったでしょ。大丈夫って」

 やっぱり、魔理沙の言うとおりになった。密室は完成した。

 「でも、確かに猫を閉じ込めたのに……」

 呆然と美鈴がつぶやく。狐に包まれたような顔をしていた。私もその立場だったら、きっと同じ顔をしてしまっていたかもしれない。

 「いやぁ、一体どんな魔法を使ったんです? ねぇ、教えてくださいよぉ。アリスさ~ん」

 文が擦り寄ってくる。低姿勢が気色悪かったけど、意地悪はせずに答えてやる。

 「確かに私は魔法ぐらい使えるけど、今回はそんな必要も無かったわ。あの猫は、ちゃんと自力でこの部屋から抜け出したのよ」
 「自力で、ですか?」
 「ええ」
 「そんな、さっぱり意味がわかりませんよぅ。ねぇ、もったいぶらずにお願いします~」

 次第に懇願じみてくる。教えてくれなければ首でも絞められかねない様子だった。

 「どうやってただの猫が、自力で密室から忽然と消えることができるんです? 説明してくださいってば!」
 「構わないけど、今この場ではできないわね」
 「なっ」文は愕然とする。よろめくように一歩こちらに踏み出したと思えば、次には唾を飛ばしてきた。「なぜですっ」

 私は至極冷静に言ってやった。

 「あなたが死ぬからよ」
 「えっ……?」

 引き攣ったように、文の動きが止まる。さすがにいきなり自分が死ぬと脅されては、次の一歩も出なかった。

 「こんなところでのんびり解説しろとでも? 今そこで火を焚いてること、すっかり忘れてるでしょ。私ら全員焼死しちゃうわよ」






    15






 さしもの烏天狗も、焼き鳥になっては敵わない。そんなわけで結局、さっきの部屋に戻ってきた。

 『レミリアの間』と呼ばれるこの部屋は、その名の通り、レミリアの自室……ではなく、専用の来客室。個人的な客を迎えるための間なのだけど、客などめったにいないので普段は使われてはいないらしい――この屋敷はバカに広いくせに、つくづく使わない部屋が多すぎる。

 「さて。では改めて聞かせていただきますよ。あの猫ちゃんは、どこから脱出したんですか?」

 二人掛けのソファーに並んで腰掛けるなり、文はもう逃がさんとばかりに密着してきた。例の代用マイクのペンを鼻先に迫らせてくる。

 「どこからって、あの部屋から外界に繋がる手段は二つしかないのは説明したでしょう。てかあなた、近いからもっと離れてよ」

 もっとと言われて文は三センチほど遠ざかったけど、暑苦しさはちっとも変わらなかった。

 「二つって、ドアの下の隙間か、あの小さい窓かってことですよね? じゃあ……」
 「そうよ」とりあえず文の顔を遠くに押しのけて、答える。「猫はあの小窓から脱出したのよ。今頃、また中庭のどこかでふらついてるでしょうね」

 ちゃんと答えてあげたのだけど。文はかえって困ったように頭を掻いた。

 「いや~、しかし……そう言われてもですね。あの部屋、下まで何メートルあるかご存知ですか?」
 「目算で、四十一メートル五十センチ。どうかしら?」
 咲夜は、だからなんだと言いたげな顔だった。「まあ、正解です。誤差五センチの範囲で」

 あらま。五センチもずれるなんて、魔理沙の目算も当てにならないわね。

 「誤差なんてどうでもいいでしょう。考えればすぐわかります。いくらなんでも、そんな高さから落ちたらどんな可愛らしい猫ちゃんもペシャンコです。でも実際、あの猫ちゃんはピンピンしてたじゃないですか」

 文の反論を補足するように、パチュリーが後に呟く。

 「それに、落下場所には死体が残る。すぐには調べないかもしれないから、運よく死体が処分できたとしても、飛び散った血液や肉片、その全ての痕跡を消すことはできない。落下した地面にも跡が残るし、誤魔化すために土を掘り返したら掘り返したで怪しまれるわ」

 肉片とか。この魔女は平然と想像したくないことを口にしてくれるのだけど、でもこの場合の反論としては間違ってはいない。むしろ当然の疑問だ。なにせ、初めに魔理沙から推理を聞かされて、私だって似たような疑念を持ったのだから。
 でも。それに対して魔理沙は、まさにいけしゃあしゃあ。こんなふうに返してきた。

 「それが違うのよね。実は、落ちても死なないのよ」

 思わず、といった体で、文が問い返す。

 「いやいや! そんな馬鹿なことありますか。地上十一階ですよ? ただの猫なんて即死でしょう」
 「だから違うの。猫っていうのはね、高いところから落ちても結構平気な生き物なのよ」

 二回言われても、まだ半信半疑らしい。未だに疑わしい目を向けてくる。

 「そうなんですか?」
 「終端速度って知ってる? 物体が高空から落下したとき、それ以上は速くならない速度のこと。猫の終端速度は、およそ時速九十五キロメートル。これは大の人間の大人の半分に相当するわ。
 この終端速度に達するまでは、猫は脚をつっぱって抵抗するから、着地の時に怪我をしやすい。でも達した後は猫はリラックスし、脚をムササビみたいに広げる習性がある。これにより空気抵抗が高まり、着地時に衝撃が均等に分配されるというわけよ。つまり、猫っていうのは落ちる場所が高ければ高いほど、生存率が高まるの」

 ううむと腕を組む文は、尚も納得できない様子。でも、他の面子からはそんな気配は感じられない。この反応は……どうやら、正解とみていいかしらね。

 「あの部屋の真下の地面には、猫の足跡だけ残っていた。その子猫のものとみて間違いないわ。高さ十階以上から落下した時の猫の死亡率は、統計的に三パーセント以下。怪我ですらめったに無いの。あの子猫は痩せぎすで体重も軽そうだったし、その半分の可能性も無いんじゃないかしら。もし万が一骨折、脱臼したとしても、それぐらいじゃ血痕が飛び散る確率は低いわよね。動けない猫を回収するだけならすぐ済むわ」
 「むう~、なるほど……」

 納得できないながらも、数字を出されては引き下がるしかないらしかった。ならばと、文はさらに別の疑問をぶつけてくる。

 「でしたら、あの紐は? マスターキーは猫と一緒に紐で繋がれていました。それがどうして外れたんです? そして、紐の方はどこに消えたと?」
 「私が紐を結んで仕掛けを組んでいた時、最後に切り込みを入れたのを覚えてる? あれはちょっとした負荷がかかると、あそこから切れるようにするためなの。猫があそこから飛び降りれば、当然縄で繋がった鍵は引っ張られる。じゃあ、そのまま鍵も引かれて落ちてしまうのか。答えはノーよ」
 「ど、どうしてです? 繋がってるなら、一緒に落ちちゃうんじゃ……」
 「あのマスターキーを思い出して。小窓には、あれをきれいに横にしてようやく通るぐらいの隙間しかなかった。それなのに、あの大きくてかさばるマスターキーが簡単に通ると思う?」
 「……そうかっ!」ポンと膝を打つ。今度はしっかり納得したらしい。「あの大きさ、重量の鍵ならば、紐で引かれれば十中八九、窓の縁に引っかかる! その負荷で縄が切れ、猫と縄だけが下に落ちていった! そういうことですね?」

 正解。莞爾として微笑んでやる。
 まさに逆転の発想。マスターキーは大きくてかさばるから、外の小窓から入れることは不可能。なら逆に、その大きさというデメリットを逆手に利用する。思考の盲点を突いたトリックというわけ。
 マスターキーしか使えない咲夜にとって、このトリックは実に都合がよかった。もしマスターキーじゃなくて部屋の鍵の方を使ったならば、サイズの小さい鍵は窓に引っかからない。つまりそのまま地面に落下し、密室は完成しない。

 「でも、そう毎回うまくいくかしらね」

 紅茶を口に運びながら、パチュリーが静かに呟く。

 「たしかに猫にとって、高いところから飛び降りるのはなんともないことかもしれない。でも、いくら多少火が湧いたからといって、常に猫が窓の外に避難するとは限らない。小火は部屋の左半分で燃えているのだから、反対側のベッドの方に追い詰められるかもしれないわ。最悪そうこうしている間に、誰かが来てしまったらどうするの? 紐のかかった猫と鍵、仕掛けたギミックが公に晒されてしまうわ」

 すぐさま私は切り返す。

 「でも、そうはならないのよね。いや、そうはならないように、犯人が仕組んだってところかしら。あの部屋には、確実に猫を窓まで誘導する工夫がされてあったの。それがあの〝コーヒー〟よ」

 斜め上からの単語が出てきても、パチュリーは特別反応を見せない。代わりに、文が目をぱちくりさせていた。

 「え? え? なんでここでコーヒーが出てくるんですか?」
 「あら、知らない? 猫って、コーヒーの臭いが苦手なのよ」
 「そ……そうなんですか?」
 「ええ。主に避けてるのは、混入しているカフェインなんだけどね。猫にとっては実はかなり有毒で、板チョコ一枚食べたら即死に繋がるレベル。そのせいか、臭いだけでも逃げてしまう習性があるの。だから使ったコーヒー豆なんかを庭先に撒いておけば、猫よけにもなるんだけど。今回はそのアイデアが流用されたのね」

 そう、つまり現場のベッド一面に撒かれたコーヒーは、猫の退路を制限するためのもの。部屋の左側は炎、右はコーヒー。どちらにも近寄れないとなれば、残る逃げ道は窓から飛び降りるしかない。
 ついでに言えば、現場に立ち上っていた煙も同じ役目を果たしていた。部屋中に充満しきってしまえば、猫はどうあがいても窓から逃げるしかなくなる。猫にとっては高所から飛び降りることにさして抵抗を覚えないから、すんなり降りてしまうだろう。
 目を丸くして、美鈴が呆然と呟いた。

 「あのコーヒーに、そんな意味が……。私、ただ意地悪されてたわけじゃなかったんですね」

 意地悪……。さすがに自覚はあったのね。
 まあ、命令で死なされたうえに遺体をコーヒーまみれの場所に置き去りにされたとあっては、人権侵害に気づかないのは実験用の豚ぐらいのものだろう。いい加減この娘も転職時かもしれなかった。
 さて、それはそれとして。これほど考えられたトリック。この事件が突発的だという設定なのは明らかだから、瞬時に考案したものとすればほぼ完璧な出来と言える。それもこれだけ暴けば、もう反論も無いはず……と思っていたところ、負けじと咲夜が切り返してきた。

 「あなたの仰るとおり、理屈では不都合は無いかもしれません。でも、そのトリックを使用したという証拠はあるのですか?」

 確かに、一見証拠らしい証拠は無い……と言いたいところだけど。実はちゃんとあるのよね。うふふ。

 「どうなのですか? 答えられないのならば、どれだけ論理がしっかりしていようと机上の空論ですよ」

 無意識に出ていた笑みが気に障ったらしい。咲夜は心持ち強めに声を荒げてくる。

 「もちろん、ちゃんと用意してあるわ。証拠は……そうね、美鈴。あなたよ」
 「わ、私ですかっ?」

 目をパチクリさせて、美鈴は自分で自分の顔を指差す。
 咲夜が美鈴の方に振り向いた。こちらから表情は見えなかったけど、怯えた美鈴の様子からしてどうやらその顔は、まさかお前が何かヘマをしたのかと罵っていた。

 「言っておくけど、その娘が特別何かしたわけじゃないわ。美鈴はおそらく床の上で刺し殺されたにも関わらず、ベッドの上に移動させられていた。なぜ移動させられたのか、もう説明しなくてもわかるわよね?」
 「そうかっ!」

 唐突に、文が快哉の声をあげた。興奮したようにまくしたてる。

 「あのトリックを使うためには、床の上に何かあってはならない。窓とドアの隙間の直線状に障害物があれば、鍵や縄が引っかかってしまう可能性がある! その危険を回避するために、死体をベッドの上に乗せざるを得なかったっ! そうでしょう!?」

 うふふ、その通り。聞き手の理解が早いと、こっちも自然と楽しくなるわね。

 「そう。それが、咲夜が死体を移動させた理由。万が一死体に縄が引っかかり現場に残ってしまえば、トリックの全貌が露になる可能性がある。トリックが失敗する確率を減らすためには、そうする他無かったのよ。
 外に脱出した猫の首輪には、まだ紐が通ったまま。あとはレミリア達が寝静まってからゆっくり、外に探しにいって回収すればいいというわけよ」

 どうやら、今のが最後の砦だったらしい。咲夜もそれ以上、弁明の言葉を発しようとはしなかった。
 沈黙がそろそろ長いものに感じられた頃だった。それまで高みの静観に終始していたレミリアが、不意に声を発した。

 「……まったく、思った以上だったわ。あなた」

 その響きに、馬鹿にするような調子は無い。皮肉ではなく、本当に心から感心しているようだ。ここは素直に、「どうも」と答えておく。

 「ここまでくれば、犯人が咲夜だということは九割八分決定している。見事と言ってもいいでしょう。それとも、送るのは賛辞じゃなくて花束がいいかしら?」
 「どっちもいらないわ。私が欲しいのは、あなたに盗られた人形だけよ」

 くすくす、愉快気に笑う。

 「そうだったわね。私は生まれて五百余年、約束など違えたことはないの。きっちり返してあげる。それが気持ちのいい約束なら尚更よ」
 「じゃあ――」
 「でも、まだよ。謎は残りの二分、残っている。あの人形を返す条件は、謎の全てを解き明かすことだったはず。さあ、私からのこの最後の質問、答えてみせなさい」



    *



 最後の、質問。
 唇が乾いているのに気づく。軽く舌なめずりすると、集めた唾液を喉へ押し込んだ。
 ようやくここまで来た。あらゆる仕掛けの網を潜り抜け、レミリア達の脚本をあと一歩まで追い詰めた。
 でも……私が魔理沙から聞いた推理はここまでだ。これ以上謎が残っているなんて、正直考えたくなかった。それでも、くるところまできてしまった以上、引き返すことはできない。もう魔理沙には頼れない。あいつの力じゃなく、正真正銘私自身の力で、最後の謎に立ち向かわなくちゃいけない。
 ……大丈夫。私にはできる。
 魔理沙に教わったのは、推理の解答だけじゃない。論理的な推論の組み立て。演繹的な思考。謎を紐解く能力も、あいつの話を聞いて身についているはずだ。

 「いいわ。どんな質問でも」

 意を決して、正面から見据えた。

 「くすくす。そう。では――」

 ゆっくりと、レミリアは胸の辺りで両の指を絡める。そんな自然な挙動すら、威圧的に映る。
 いわゆるラスボス、というやつかしら。まるで本当に、最後に厳然と立ちふさがる牙城のよう……。やはりこの娘は真性の吸血鬼。カリスマがどうとか心配してたみたいだけど、やはりここぞというときは自然とその身に宿るものらしい。

 「最後の反論よ。〝犯人はなぜ、わざわざ密室を作ったの?〟」

 本質を突いた問いだった。
 昨日一日の事件の、原点とも言える質問。これが解けなければ、今回の事件を理解しているとは言えない。
 なら……私が答えられない道理は無い。考えると同時に、口がついて出た。

 「犯行前、あの部屋の鍵は美鈴が無くしたことになっていた。少なくとも、犯人である咲夜はそう思っていたはず。紅魔館は窓が少なく、基本的に外部からの侵入はしにくい。つまり外部犯に仕立て上げるのが難しい以上、真っ先に疑われるのはマスターキーを管理する自分ということになる。だからこその密室殺人なの。マスターキーをトリックに組み込み、強引に密室殺人という状況を作れば、犯人は自分に絞られなくなる。つまり、咲夜はいずれ向くであろう自分への疑いを、密室を作ることによって分散させたのよ!」

 ……上々。と、レミリアは口の端を歪ませる。

 「なるほどね。疑いを逸らすために、と。でも、自分が疑われないだけなら、他にも方法があるでしょう。例えば、あの部屋に火をつける。それこそ昨日みたいな小火なんかじゃなく、部屋が丸ごとオーブンになるぐらいのやつね。そうすれば……どう? 死体も証拠も何もかも燃え尽きて、あわよくば殺人じゃなく事故に見せかけることもできる。完全犯罪のできあがりじゃない。さっきみたいな難解なトリックより、普通ならこっちを思いつく方が自然だと思うけどね」
 「確かにね。でも、そういった方法は絶対に使えない理由があるのよ」

 低く、パチュリーの声が響いた。

 「その理由とは?」

 それは……。

 「これが本物の事件ではなく、〝事件の脚本だから〟。そこまでして自分の屋敷を燃やすことなんてできないし、何より美鈴が本当に死んでしまう。だったらそんな方法、できるわけないわよね」

 驚きのあまり、文は勢いよく立ち上がった。

 「なっ、なんですその推理は!? てか、推理って言えるんですか?」
 「もちろん、れっきとした推理よ。決まってるじゃない」

 ただし……寸劇という、設定時点の角度から見た否定だけどね。
 もしあの事件が脚本なんかじゃなく本当に現実の出来事だったら、確かにそのほうが手っ取り早い。私が同じ立場だったら、きっと部屋ごと燃やして事故死に見せかけるだろう。でも、実際はそんな軽々なことはできない。人物は脚本の世界で動いても、あくまで舞台はこの現実で行われているのだから。
 そう。脚本という特殊な舞台設定と、現実という異なる設定。二重の背景を照らし合わせて初めて映し出される、真実の像。 
 これこそが、推理寸劇の楽しみ方。あいつなら……魔理沙なら、きっとそう言うはずだわ。

 「部屋全てを巻き込んで、門番まで死なせるようなやり方はできない。そう言いたいわけね」

 紙背に徹するような眼光で、レミリアはじっと見据える。

 「でも、どうかしら? 私が極悪非道の吸血鬼姫、レミリア・スカーレットだということを忘れてるんじゃない? こんな役立たずなんてどうなったって構わない。そう考えているとしたら? 実際、こいつ程度の妖怪、挿げ替えればいくらでも代わりがきくしね。私を楽しませてくれるエンターテインメントがあるなら、この程度の部下の命なんてゴミ同然、どうなっても構わない。その程度しか考えていないかもしれないわよ? 部屋のことも同じ。焼き尽くすにしろどれだけ被害が出ようが、また建て直せばいいだけの話なのだから。もしそうだったら、あなたの理屈は破綻する。違って?」

 その後ろ。主人の口からさらりとゴミ同然呼ばわりされた門番は、顔面蒼白にして言葉にならない言葉を呻いていた。
 まったくもって、哀れを通り越して涙すら誘う幸薄さだけど……。でも、美鈴。あなたは最悪というわけでもない。

 「いいえ。あなたはそんなひどいことは考えていない」

 レミリアがこうくることは予想がついていた。思考の先回りをしていた私は、余裕を持って笑みを送る。

 「……なんですって?」
 「なぜなら、もしあなたが本当に血も涙も無い奴で、美鈴の命をどうでもいいと思っているのならば、〝仮死の薬なんて使わない〟。だいたい部下を使い捨てていいなら、あの時本物のナイフで、本当に殺してしまっても構わないわけだしね。それでもわざわざ高いお金出して薬を買ったということは、死なせたくないと思っているからよ。でしょう?」
 「なっ」

 面と向かって言われたレミリアは、一瞬頬を朱に染める。直後に側の門番と目が合って、フンと逆に顔を背けた。

 「じ、じゃあ……。レミリアお嬢様は、一応私の身を気遣ってくれて……」

 呆然とする美鈴。まさかわずかでも自分が情を与えられていたなんて。そんなこと思ってもみなかったような顔だった。ついさっきとは別な意味で、泣きそうになっている。

 「ええい、もう! うっとうしいから黙ってなさい。次何か言ったら本当に殺すわよっ」
 「あ、はい……」

 言われて黙りながらも、嬉しそうに頬を緩めている。こんな前向きな顔の美鈴も、あんまり見たことはない。
 どうやら……ふふふ。これはこれで、よかったのかもしれないわね。

 「いやぁ~! よかったですねぇ、美鈴さん! 紅魔館でのあなたの人権が証明されましたよ。これで晴れて、表立って紅魔館の敷地を闊歩できますねっ」
 「はいっ。はいっ!」

 新聞記者と門番は、対面で両手を組み合って小躍りした。というか、美鈴はさりげにひどいことを言われたのに……。まあ、いいか。嬉しそうだし。

 「そして、アリスさん!」

 一瞬で向き直る。おもむろに、今度はこちらの手を握ってきた。

 「おめでとうございます。レミリアさんの最後の質問を、あなたは見事答えてみせました。このゲーム、あなたの勝ちです。いやぁ、私は最初から信じておりましたよ~。あなたはデキる女だと。出来るのではなく、デキると」
 「いや、どう違うのよ……」
 「やっぱり謎は主人公の持つ快刀で両断されねば、読者もすっきりしませんからねぇ。これで私も気持ちよく新聞を書くことができます。これほどの記事ならば、きっと大会でも上位に……いや、優勝間違い無しです! 賞を取った暁には、祝賀会も催す予定ですので。その時はぜひいらしてください~」

 祝賀会。すっかり優勝した気になっているらしい。とりあえず、曖昧な笑みで答えておいた。

 「……まったく。なんだか最後の最後で締まらなかったわね」

 これまで肩肘張っていたレミリアが、どっと溜め息をついて椅子に潰れる。

 「締まろうが緩もうが、言われたとおりに謎は解いたでしょ。蓬莱人形を返して」

 ここぞとばかりに言い迫ると、ヒラヒラと鬱陶しげに手を振られた。

 「ああもう、わかった、わかったわよ。ほんと、まさかだわ。この最後の質問まで答えられるなんて。人形は返してあげる。パチェも、文句無いでしょ?」

 パチュリーはいつの間にか、また本を開いていた。でも一応話は聞いていたらしく、「ええ」と答えた。

 「でしたら、今こちらにお持ちしますわ」

 咲夜が動き出そうとしたところ、いきなりパチュリーが立ち上がる。

 「いいわ、咲夜。私が持ってくるから」
 「え? 別に、よろしいですよ? パチュリー様のお手を煩わせなくとも」
 「この本読み終わったら、別のを持ってくるつもりだったの。人形は図書館に隠してるんだから、ついでに持ってきてあげる」
 「は、はあ。それでしたら、お願いしますわ」

 言い残したパチュリーは、さっさと部屋から出て行ってしまう。私に見たいな素人に謎を解かれて、あの娘も悔しがったりするのかしら。
 ……いや、それは無いわね。マイペースなあの娘に限って。
 それにしても、なるほど。どこに保管してたのか少し疑問だったけど、大図書館だったのね。木を隠すには森、とは若干意味が違うけど、あそこならやたら広いし、本棚ばかりで隠す場所にはもってこい。それによく泥棒に入られる分――主に魔理沙なんだけど――、周囲の警備は二際も厚い。万が一私が推理を諦めて人形を取り戻すことに終始したとしても、まず見つからなかっただろう。
 でも……よかった。本当によかったわ。
 これで無事、蓬莱人形が戻ってくる。この手に抱くまで安心はできないけど、まさかここまで来て手の平返すこともないわよね。

 「ふう……」

 ここにきて、ようやく肩の荷が降りた気がする。
 結局今日は丸一日寝てないけど、それよりも心の疲労が大きかった。人質がとられているという状況は、こうも精神に負担を与えるものか。今までは必死で気づかなかったけど、今改めてそう思う。
 でも……ようやく安心できる。
 今日は、ゆっくり眠れそう。蓬莱人形……今日は久しぶりに、あの子を胸に抱いて寝よう。きっといい夢が見れる、そんな気がする。
 安堵したところで、ふと、ここでちょっとした意地悪を思いつく。

 「ねえ、レミリア」
 「あ? なによ」
 「どうだったかしら? 今日のゲスト、私で楽しかった?」

 こちらが言わせたい事に気づいたのだろう。レミリアはばつが悪そうに俯く。やがて渋々といった様子で、小さな口を開いた。

 「まあ……〝よかった〟わ。あなたを呼んで」






    16






 誰もいない廊下を進みながら、私は一人、感慨深い想いにとらわれていた。

 大図書館へ続く大廊下は、次第に明かりが少なくなっていく。私が咲夜にそう命じさせたものだ。まるで進むにつれて深い洞穴へと入っていくようで、魔界の入り口を思わせる。徐々に広がる深い闇は、思考の耽溺へと促してくれる。
 ……アリス・マーガトロイド。よもや、彼女があそこまで推理できようとは。
 正直な話、彼女には初めから無理だと踏んでいた。咲夜の前調べでは、彼女は普段小説などほとんど読まない。読むとしても恋愛小説ぐらいのもので、ミステリーの知識はさして無いと聞いていた。加えて、脚本を考えるうちに筆が乗り、想いの外難易度が高くなってしまった。私にとって、推理小説を考えるのは初めてではない。だからこそレミィに執筆を頼まれたわけだが、特別難しいものにしろとの注文は受けていない。だが執筆は徹夜作業で、一気に集中して書いたことで、思わず筆が乗ってしまった。
 にもかかわらず、先ほどの彼女の推理は見事なものだった。美鈴のようにほとんど事情の知らない第三者にもわかりやすく説明していたし、何より推理する彼女自身も堂に入っていた。案外、アリスはそっちの才能があるのかもしれない。
 ……本音を言えば、彼女には悪い事をしたという負い目もある。
 ただでさえ難しい事件だったうえに、例の宇宙船の謎かけ。アリスは当初、真っ向から挑んだことだろう。正解は教えられない。そう告白した時の彼女のあの表情から、それは明らかだった。あの時は、さぞかし騙した私を恨んだだろう。あんな謎かけ、ただの意地悪だと思われても仕方が無い。後々藁人形に釘を打たれるかもしれない、そこまで考えていた。
 しかし結果的に人形が手元に戻るのならば、彼女も文句はあるまい。ただ嫌われたり疎まれる分には一向に構わないが、罪悪感が残るのは煩わしい。
 だがアリスの快挙のおかげで、その負い目も多少は薄れた。そういう意味では彼女があそこまで謎を解いたことは、嬉しい誤算と呼ぶべきなのだろう。
 ……しかし、まあ、いずれにせよ。多少の誤算など取るに足らない。
 すでに〝私の目的は達成された〟のだから。
 そろそろ、突き当たりが近い。暗がりで本当に見えたわけでは無いが、その暗さの度合いでかえってわかった。
 だから、まったく気づかなかった。私がその闇に紛れた人影を察知した時には、すでに距離にして数メートルも無かった。

 「来たな。ようやく」

 ……!
 この声……霧雨魔理沙。
 なぜ、こいつが……?
 事態を把握するのに、数秒を要する必要がある。しかしその数秒の猶予すら、先方は与えなかった。こちらの反応を待つことなく、勝手に話を始めた。

 「待ってたぜ。お前が来るのをさ」
 
 ……待っていた? 私を?
 いやそもそも……なぜこいつがここにいる? どこから屋敷に入った?
 待っていたとは、どういうことだ? いったい何の用件で……。
 …………。
 ……まさか、こいつ。
 不明瞭ながらも、漠然と状況を察知しつつあった。おそらく……考えうる範囲で、もっとも面白くない事態……。
 予感が確信へと固着したのは、直後の魔理沙の発言だった。決定的で仮借の無い言葉を、目の前の人間は口にした。

 「お前も向こうで人を待たせているだろうし、単刀直入に言わせてもらうぜ。お前だな、パチュリー。〝あの絵を盗んだのは〟」






    17






 パチュリーの顔には初めこそ困惑が表れていたが、たちまちいつもの無表情に埋没した。
 どうやらこの十数秒で、ある程度の状況は飲み込めたようだ。さすがはパチュリーと言ったところか。

 「あなたを呼んだ覚えは無いのだけど。どうやって館に入ったの?」

 さして声を荒げるわけでもなく、目の前の魔女はいつもの辛気臭い調子で呟く。前から思ってたが、こいつは髪が長いし陰気だしで背後霊みたいだ。墓場に立たせたらさぞお似合いなことだろう。

 「アリスに頼んどいたのさ。部屋の窓開けといてくれってな」
 「……そう、そういうこと。彼女に入れ知恵したのもあなただったのね。まったく、一人で来いと言ったのに」
 「合点がいったか? だが言っとくが、あいつが私を呼んだわけじゃない。偶然通りかかったんだよ。えらい悲嘆にくれてたから、ちょっとばかし助言してやっただけのことさ。いやぁ、人助けってのは気分がいいぜ」
 「人助け、ね。前科百犯の泥棒の口から出る言葉じゃないと思うけど。それで? こうして私を待ち受けていたのも、その人助けの一環だとでも?」

 ふっふ、勘のいい奴だ。
 なるほどなるほど。アリスの言うとおり、確かにこいつはミステリーについて、そこそこの深さの造詣を持っているらしい。機会があれば、一度朝まで飲みながら談義なんてのも楽しいかもしれない。
 まあでも、それは次の機会だ。こいつもこいつで話をとっとと済ませたいようだし、今回はなるべく手短に片付けてやるとする。

 「それはもう済んだのさ。わたしはわたしの目的を果たしに来ただけだ」

 パチュリーは黙っている。だが、表情には煩わしさがにじみ出ていた。

 「アリスから話は全部聞いてる。で、その上であえてもう一度言うが、あの四枚の絵を盗んだのはお前の仕業だろう?」
 「……反論要素が多すぎて、何から言えばいいかわからないわね。あの絵を盗んだのが私? どうして私がそんなことをしなければならないの? そのメリットは? 私が奪ったというなら、今絵はどこにあるの?」

 語調は淡々としていたが、呪詛でも唱えるような妙な迫力があった。畳み掛けるように質問を並べてきたのは、おそらくこちらに対する牽制だ。しかし残念だが、今のわたしはその全てに澱みなく答えることができる。

 「なぜお前が絵を盗んだのか、当然、それこそがお前の本当の目的だからさ。そもそもお前が考えたっていう今回の脚本、ありゃ全部、絵を回収するために仕組んだものだろう」
 「仕組む……? 私が? 何を言いたいのかさっぱりね」

 そのままの意味なんだけどな。そうわたしは肩をすくめる。
 まあいい、そっちがその気なら、きっちり順序だてて説明するのもやぶさかじゃない。

 「なら、一から始めてやるか。まず、絵が消失した件。あれはレミリア側の見解としては、何者かによりあの絵は盗まれたって話だった。おそらくこれは事実なんだろう。脚本上、あの絵には事件の犯人を導き出すためのヒント――『蒼碧のアーキュリオン』のことだな――、それが内包している。そのヒントを、主催者側が後になって隠すというのは考えにくいからだ。特に犯人に繋がるような重要なヒントなら、最後まで目の届く範囲に置いておくのが良識だろうしな。あの絵が盗難にあったのは確かだ」
 「そう言ってるでしょう」
 「まあな。だが、よくよく考えるとちょっと妙だろう。昨晩はイベントのために、いつも以上に警備のメイド妖精の数が多かった。もし外部に絵を盗んだ犯人がいたとすれば、その警備を掻い潜って侵入したことになるが……。ただでさえ窓が少なく、侵入箇所の少ない紅魔館で、簡単に盗みおおせたとは思えない」
 「思えないって……あなたはどうなの? しっかり入ってるじゃない」

 言われて、ひょいと肩をすくめる。

 「わたしはプロだから特別なのさ。それに、わたしが入ったのはアリスの客間からだからな。客人の部屋周辺に警備を置くなんて、無礼なことするわけにもいかないだろ。実際、あの辺のフロアだけは警備なんていなかったぜ」
 「なら、きっと窃盗犯もそこから――」
 「わたしが妙って言いたいのはだな。もしその外部の窃盗犯が存在するとしたら、なぜ昨日という日に実行したのかってことだ。だってそうだろ? わざわざ警備にきつい日に行動を起こす必要がどこにある? もし侵入するなら、昨日以外の日でなきゃならない。絶対にそうするはずさ」
 「……だから盗んだのは外部犯ではない。そう言いたいのかしら?」

 そうさ、と余裕をもって頷いてやる。

 「そもそも滅多にイベントなんてやらない紅魔館で、昨日みたいな特別な日に泥棒が入った。まずこの偶然からしておかしい。となりゃ、答えは逆説で導き出せる。犯人は仕方なく昨晩実行したんじゃなく、〝昨晩だから〟実行したんだ。つまり、イベントがあるから。この時点で、窃盗犯は内部犯あるいは内部の事情に通じている誰か、というところまで絞れるわけだな」
 「……まあ、言い分は論理的と言えなくもないけど。しかしそれでは、犯人は内部の者とわかるだけ。私だと断定する材料にはならない。それに本当にその窃盗犯が内部犯だとしたら、絵を盗むことなど簡単なはずでしょう? 自分の屋敷なのだから、それこそ昨晩じゃなくても絵なんていつでも持ち出せる。そうじゃないかしら?」

 さすがパチュリー。うまい具合に切り返してくる。ポイントも適確だ。いつもアリスと言い合うよりも、はるかに歯応えがある。まあ、そうでなくちゃこちらとしても面白くない。

 「それが持ち出せなかったのさ、お前にはな」
 「なんですって?」
 「言ったはずだぜ。アリスから聞いてるって。絵が保管されていた『肖像の間』は、普段まったく使われていない。そのせいで鍵すら存在しないんだってな。開けられるのは、咲夜の持つマスターキーだけだ。そしてそのマスターキーは脚本の中だけでなく、〝普段から〟咲夜が常に手放さず持っている。そして、レミリアの命令でなければ開けられない。つまりお前は普段から、あの部屋に入ることは出来なかったんだ。だからこそ、お前はあんな密室殺人の脚本にした。違うか?」
 「……主張に整合性がとれていない。理屈の体を為していないわ。私が『肖像の間』に自由に出入りできないのは確かだとして、それがどうしてあの脚本と関係があるというの」
 「お前くらい頭が回る奴なら、いい加減気づいているはずだぜ。わたしがどれだけこの件について見当がついているかをな。そのくらいの質問、答えられないわけがないだろ」

 一呼吸分、間を空ける。その眠たげな瞳を、不敵にちらりと見返してやった。

 「お前があの密室トリックを考案した理由。それは、〝マスターキーを手に入れるため〟だ。そうだろう」

 パチュリーは向けられた視線を床に逸らす。もっとも図星をさされたというよりは、目を合わせるのが面倒なだけにも見えたが。

 「またしても理屈になっていないわ」
 「結論から言っているだけさ。お前は密室を利用してマスターキーを入手し、『肖像の間』に侵入。目的である絵を奪い、ついでに鍵をかけて第二の密室を作り上げたんだ」
 「マスターキーを入手? あれが私の手に渡っていたと?」

 呆れてものも言えない。そんなふうに、パチュリーは嘆息する。

 「馬鹿げてるわね。アリスに協力したあなたなら知っているでしょう。今回の犯人役は咲夜。あいつならともかく、私がマスターキーを手にする機会なんて無い。密室には入れないのだからね」

 確かにそうだ。マスターキーはトリックを仕組むまでずっと咲夜の手にあり、仕掛けた後は現場にあった。その時点であの『控えの間』は密室状態と化しているため、マスターキーを得ることはおろか、中に侵入することすらできない……。こいつが言ってるのはそういう意味だ。
 一見はその通り、的を射ている。だが実際にこいつは美鈴の部屋に入り、マスターキーを手に入れた。
 不可能を可能にさせる、その方法とは……。

 「いや、お前はあの部屋に入ることができたのさ。〝もう一つの鍵〟を使ってな」
 「……また馬鹿なことを。もう一つの鍵って、あの部屋の専用鍵のことでしょう。あれはあの日ずっと、美鈴の内ポケットの中だった。マスターキーと一緒に、密室の内側に存在していたのよ。それをどうやって私が――」
 「簡単さ。鍵を借りればいい。美鈴本人にな」

 今度の反応は顕著だった。無表情なのは変わらなかったが、瞼に半分隠れた瞳孔が、一瞬、きゅっと収縮した。
 さすがに、今のは効いたらしい。なら、少し畳みかけさせてもらうか。

 「お前は美鈴に何か適当なことを言って、前もって鍵を借りておけばいいんだ。もちろん、他のやつに内緒でな。例えば、『脚本に若干の変更がある。部屋の鍵は私があずかる事になった』。そう言うだけでいい。つまり事件発生前、鍵は内ポケットじゃなく、ずっとお前が持ってたのさ。
 脚本どおりだと疑っていない咲夜は、部屋の鍵は美鈴の内ポケットにあると思っている。それにあいつが仕掛けるトリックには関係無いから、わざわざ美鈴の服を確かめようとはしない。もっとも、現実に咲夜が殺したのなら、念のため調べたりするかもしれないが。だが、昨晩の出来事は寸劇。咲夜は余計なことを考えず、脚本どおり動く役でしかない。例の猫を使ったトリックを仕掛け、普通に部屋を出るだけだ。
 お前が行動を起こしたのはその直後。予め近くの部屋に待機しておき、咲夜がいなくなったのを確認してから、専用鍵を使い中に入る。すぐに入れば猫もまだ飛び降りてはいないだろう。作業の邪魔にならないよう、火を一時的に消し、紐と猫、そしてマスターキーを回収する。この時、部屋の鍵を美鈴の内ポケットに戻しておけばいい」
 「……その後は?」
 「マスターキーを使い、『肖像の間』に入って絵を回収するだけさ。こうして本来の目的を遂げる。あとはまた現場に戻り、咲夜が仕掛けたトリックとまったく同じものを仕掛ければいい。その後は自室に戻り、何食わぬ顔でレミリアと合流するわけだ。
 以上が、昨晩のお前の真の計画。いわば、裏の脚本。その全てってわけさ」



    *



 そこまで語ると、わたしは適当な壁に背を凭れさせた。
 そもそも、最初にアリスから密室を聞いた時から違和感があった。どうしてわざわざパチュリーが、鍵が二つある部屋を舞台に選んだのか。ただ密室殺人のトリックを考えるならば、鍵は一つだけで充分で、またそのほうが望ましい。鍵の在り処は密室殺人における、文字通り最大のキーポイントとなる。二つ以上あれば、密室を保つ難しさが格段に跳ね上がってしまう。だがそれは、二つあることに意味を持たせた場合だ。しかし実際、今回の密室で使われたのはマスターキーだけで、もう一つの鍵はずっと美鈴の内ポケットに入っていたことになっている。つまりは未使用。これでは、二つ以上あることに意味があるとはいえない。これでは作品として美しくない。パチュリーほどの奴が作った脚本が、そんな審美的にそぐわないミスを無意味にするわけがない。
 要はパチュリーは、『肖像の間』を開けるマスターキーだけが欲しかった。だからこの違和感を生じさせないために一番望ましいのは、『肖像の間』のようにマスターキーでしか鍵を開けられない部屋。本来なら脚本を設定するうえで、そのような場所が殺人現場に最も適していたはずだ。だがあいにく、そんな都合のいい部屋は他に無かったんだろう。
 ならばいっそ『肖像の間』を現場にすればいいのだろうが、そうもいかなかった。被害者が美鈴であることはおそらく最初から決定事項だったろうから――仮死の薬を飲む役としては、序列として当然――舞台に選ぶ部屋は自然と、美鈴が普段使っている部屋に限られる。『肖像の間』は美鈴どころか、普段は誰も使用していない部屋。だから多少の違和感を残そうとも、鍵が二つある現場を選ばざるを得なかったわけだ。

 「裏の脚本、ね。そんなことまで考えて私は脚本を書いたと」

 しばらく黙っていたパチュリーだったが、やがてまたぼそりと口にした。

 「事実そうだと踏んでるがな、わたしは」

 ふう、とパチュリーは困ったように息をつく。

 「買いかぶられても困るのだけど。今回の件だって、私はレミィに頼まれて仕方なくトリックを考えたのよ。最近ミステリーもご無沙汰だったから、そのためにわざわざ過去の文献も調べて――」
 「文献、てのは、ひょっとしてこんなやつか?」

 言いながら、懐をまさぐる。取り出したその本に、パチュリーはたちまち釘付けになった。その本、無くしたと思ってたのに……。そんなことを考えている顔をしていたが、またすぐに元の陰気な顔に戻った。

 「……そう。ミステリーの書籍ばかり減りが目立っていたけど、やっぱりあなたの仕業だったのね。この泥棒ネズミ」
 「わたしはネズミじゃないぜ。主に干支的に」
 「泥棒であることは否定しないのね」
 「別に否定する理由は無いしな。ちなみにこの本はだいぶ前にいただいたやつだ。お前の指示だろうが、最近はほんと警備が厳しいからな~。しばらく自重してたのさ」
 「それで、ここには自首しに来たわけじゃないんでしょう? 今私が合図を出せば、たちまちあなたは警備のメイドに取り囲まれる。その状況ぐらい理解できると思うけど」
 「そっちこそ、理解してるんだろ? わたしを捕まえれば、お前が絵を盗んだ犯人だってことが明るみになる。レミリアの奴、絵の件に関しては相当頭にきてたらしいじゃんか。さすがに友人のお前でも、多少の痛い目じゃ済まないんじゃないか?」

 若干ではあるが、こちらを見る目が険しくなる。

 「……まだ私だと断定するには早いはず。脅迫するには切るカードが足りないわ」

 あらら、怒らせてしまったか。こっちとしては、足元を見るつもりはないんだが……こういう流れだとつい変な言い方になってしまうな。
 ま、いいや。抵抗してくれた方が、論破のし甲斐がある。どうやら今ので、こいつも俄然やる気になったみたいだし。

 「他にも犯人がお前に繋がる要素はあるんだぜ? 例えば、あのクイズなんかがそうさ」
 「クイズ?」
 「ああ。謎かけって言った方がいいかな。食事の時アリスに、これを解いたら事件の答えを教えてやるとか言って吹っかけたやつがあっただろ。あの宇宙船の問題。あれは脚本じゃなくお前の独断だな。おそらくあの意図は、あの時間、アリスをあの部屋に釘付けにすることだ」
 「……どういうことかしら」
 「あれが論理学の問題だと知らない奴なら、どうあったって正面から計算するしかないと思うだろう。膨大な量の計算になるから、暗算じゃまず無理。紙とペンが必要になる。ついでに机もな。一応後でアリスに聞いたが、あの紙とペンは初めから部屋に備え付けられてたらしいな。ご丁寧なこったぜ」
 「…………」
 「一回トリックを仕込むのに要する時間は、せいぜい十五分ってとこだろう。まあ、その程度の時間じゃズブの素人がこの問題を解くことは、まず無い。計算には必ずそこの机が必要になるから、その間はアリスは移動できない。あの問題は気づきさえしなければ、永久に計算し続ける羽目になる。つまりはそうやって、犯行のための時間を作ったわけだ」

 パチュリーの計画には一見してネックがある。それは単純に、終えるのに時間がかかるということだ。
 考えてみれば当然。わたしのさっきの推測通りならば、あの部屋では咲夜が一回、その後にパチュリーが一回……計二度、猫を使ったトリックが仕込まれている。これだけでもかなり時間がかかるが……それに加えて、『肖像の間』へ行き、絵を持ち運ぶ分の時間も加算される。
 『肖像の間』と『給仕の間』は同じ棟にあり、距離だけ見ればさほど離れてはいない。だが盗んだ絵を隠す手間も考えれば、総合してかなりの時間――おそらく、四十分くらいか。そのぐらいかかってもおかしくない。
 そこでパチュリーは、妙案を実行した。自分が自由に動く時間を捻出するために、アリスにわざと解けない、かつ正攻法だとどうしても時間がかかる問題を出題した。

 「本来なら、アリスは食事後の空き時間、調査のために館を散策するつもりだった。たとえ部屋から出るなと釘を刺されてもな。まああいつの立場だったら、誰だってそうするだろう。だが作業が必要だったお前には、あいつに出歩かれるのは何かと困る。〝そのためにわざと面倒な計算が必要そうな問題を出して、あいつを部屋に釘付けしたんだ〟。何せ咲夜と合わせて、必要な時間は倍なわけだからな。そのための時間稼ぎってわけさ」

 一応、アリスの他に文の動きも制限しておかなければならないわけだが……文が事件用にポラロイドを使い、それまで普通のカメラで撮った写真をすぐに現像したがることはわかっていた。特に自分から動きたいわけでもない以上、一言、事件が起きるまで出歩くなと、軽く釘でも刺しておくだけでいい。つまり文に関しては、特に何をする必要も無かったというわけだ。
 パチュリーは、視線を上げようとしない。予想以上に言い当てられたことがショックだったのか、もう反論する言葉が尽きたのか。それともただ単に眠いだけなのか。正直いつもの無表情からは何もわからなかったが、とにかくこれだけ言えば文句は無いだろう。
 さて。そういうことなら、さっそく本題に……と思ったところでようやく、パチュリーが口を開いた。






    18






 「……その様子なら、おおよそ気づいているんでしょう?」
 「ん?」

 とぼけたように、この人間の娘は訊き返す。
 いや……実際とぼけているのだろう。目の開き具合がなんともわざとらしい。

 「だから……私が、絵を持っていった理由よ。わかってるくせに」

 魔理沙に習うわけではないが、ぐったり、隣の壁に寄りかかる。天井を仰ぎ見るように。
 この娘が現れた時から、ある程度の覚悟はしていたが……まさか、ここまで見抜かれていようとは。丸三日徹夜で考案した今回の計画が、実に馬鹿馬鹿しいものに思えてきた。眩暈がする、というほどではないけど、少し悪い夢にでも襲われたような気分だった。
 こいつの推理ゴッコに付き合うのも馬鹿馬鹿しく、面倒この上ない。この上ないのだが……こうなった以上は付き合ってやるしかない。少なくとも、こいつの目的が明確でない今では。

 「ありゃ。なんだ、もう観念したのか?」

 口許に笑みを浮かべながら、魔理沙は覗き込んでくる。こちらを嘲るのではなく、この状況が心底楽しくて仕方ないという笑みだった。それもまた余計に鬱陶しいが、正直馬鹿馬鹿しさで気が抜けて、謗る気すら起こらない。

 「フン、観念も何も……。最初からそんな気はしてたわよ。あなたが自信満々に現れた時から」
 「なんだ、残念だなぁ。これからが本番だってのに。少しぐらい取り乱してくれないと、犯人の詰問シーンっぽくないじゃんか~」
 「あなたに詰問されるいわれは無いのだけど。正直」
 「まあまあ。せっかく事件を起こしてくれたんだから。こんなこと、幻想郷じゃ滅多に無いだろ? ならわたしも、数少ない機会にきっちり名探偵やっとかないわけにはいかないじゃんか」

 ……ああ、なるほどね。
 そんな気はしていたが、今ようやく得心がいった。
 こいつはおそらく、私を糾弾する気などさらさらない。私が気に入らなくて陥れようとするわけでもない。ましてや、正義感などもってのほか。そんな義憤じみた精神など、毛ほども持ち合わせていない。
 ただ、探偵の真似事をしたいだけなのだ。
 おそらくこいつも、推理小説が好きなのだろう。図書館からすでに何百冊も勝手に持って行っていることから、もしかすると私と同じぐらい嗜むのかもしれない。
 そこで今回のこの企画。普段活字から取入れ脳内で再生するだけのミステリーが、原寸大の舞台にて行われる。この娘の性格からして、心躍らないはずがない。
 まったく……部外者のくせに。巻き込まれた側はいい迷惑だ。まったくもって、他人を馬鹿にしている。

 「茶番ね」

 ハァ。と私は嘆息する。

 「その茶番をおっ始めたのはお前だろ? だったら最後まで続ける義務があるぜ」

 相変わらず、口だけは達者な人間……。つくづく、こいつとつるむアリスの気が知れない。

 「……わかったわよ。言うだけ言ってみれば?」
 「そうこなくちゃなっ。んじゃ、残ったわたしの推理を披露させてもらうぜ」

 この暗がりでもわかるくらい、喜色をあらわにする。日陰の魔女である私には、眩しすぎてまともに見れないぐらいの笑顔だった。

 「あと解き残した謎といえば、一つしかないな。お前が絵を盗んだ動機だ。お前が絵を盗んだのは……いや、正確には盗んだんじゃないな。絵が欲しかったわけじゃない。〝処分したかったんだ〟。そうだな?」

 労力が無駄なだけで、もう隠す必要も無い。私はあさっての方を向きながら、「そうよ」

 「実際、もうとっくに廃棄は済んでいるはずだ。処分したのは、殺人事件の現場でもあった『給仕の間』。トリックを仕掛ける時に、切り刻んで衣服と一緒に燃やしたんだ。廃棄するのに早くてこしたことはないし、お前の心情からすれば一刻も早くってのもあったろう。これで永遠に、絵はレミリアの前には戻らず、犯人も行方知れずとなる。現に、あの現場の火元には、燃え方の違う布の残骸があった。油絵はもとが油成分なだけに、燃えやすいからな。
 次に、なぜあの絵を処分したかったか。それは、〝あの四枚の絵の本当の作者はパチュリー、お前だからだ〟。これも間違いないな?」
 「……ええ、そうよ」
 「もっとも、初めは信じがたかったけどな。いやぁ~、まさか、朴念仁のお前に絵描きの趣味があったなんてな~。それも、油絵だって? 文にしてみれば、こっちの方がスクープだろうに」

 ……ああ~、もう。これだから誰にも知られたくなかったのに。

 「あの四枚の絵。面と向かって言わせてもらうが、お世辞にもうまい出来じゃなかった。当然、お前自身もそう思ってたはずだ。処分したのは、そんな駄作をいつまでも飾られたくなかったから。そんなところかな」
 「…………」

 しかし……やはりこの娘、私が作者であることに気づいていた。
 なぜ悟られた? あの事件の脚本上は、絵の作者は咲夜なのに。少なくとも、そういうふうに設定したのに。

 「言っとくが、お前があの絵を描いたのがお前だったことには、最初からわかってたぜ。理由は、コレさ」

 言いながらそれを掲げて、魔理沙は自分の顔の隣に並べる。
 あれは……さっきこいつが見せた本?
 …………。
 ……まさかっ!

 「あなた、裏のサインを見たの?」

 ご名答。そうニッコリ白い歯を零す。

 「もっとも、実際に確認したのはアリスだけどな。あの四枚の絵の裏には、絵のタイトル、サイズ、素材、制作年。そして作者名が記載されていた。本名じゃなくてペンネームだったけどな」

 く……アリスめ。余計な事を。
 おそらくは、初めに『肖像の間』に案内させたあの時。やはり、出迎えを咲夜だけに任すのではなかった。
 だが、裏の詳細に記されたのはペンネーム。私の名ではない。一見してそれが私のことだと、普通ならわかるわけがない。
 しかし……こいつは違う。おそらく……。

 「このペンネームがお前だってことは、まあわたしにとっては謎ってほどでもなかったな。すぐわかったぜ」

 本の表紙だけめくる。開いたところを魔理沙は指差してみせる。
 そこには、やはり、思ったとおり……。あの印があった。
 私のお気に入り。紫のインクで押された、大図書館の蔵書であることを示す証。三日月とその欠けた部分に、大小の星が並んで置いてあるデザイン……。

 「ここまできたら、相手がお前じゃなくても説明は必要無いな。だがまあ、わたしがやりたいから勝手にやらせてもらうぜ。この本は知ってのとおり、ここの図書館からパクったものだ」
 「せめて拝借とか……。少しはへりくだって言ったらどうなの」
 「常に裏表が無いのが、普通の魔法使い様のいいところなのさ。
 お前のところの本には、表紙の次のページに蔵書印が押されてある。三日月に星のマーク。すなわち、『Silver moon and twinkle stars』。パチュリー、お前のことさ」






    19







 私が絵を始めたことに、たいした理由など無かった。
 なんとなく。この五文字で片付けるのが手っ取り早いだろう。しかし、きっかけというものがまったく無かったわけではない。
 ある日のこと。偶然咲夜の部屋を通りかかると、ドアに半分隙間ができていた。閉めようと手をかけたところ、すでに中に咲夜がいることに気づいた。

 『咲夜、何をしているの?』
 『ああ、パチュリー様。いえ、特にたいした事は。ちょっと暇ができたので、整理整頓をしていただけです』

 紅魔館の掃除はほとんど咲夜が行っている。にもかかわらず、彼女の自室はどういうわけかやたらと汚い。床には衣服が足場が無いほどとっちらかっているし、適当な私物を持ち上げるだけで埃が舞い上がる。自分の部屋だからどうしたって構わないということらしい。相変わらず、人間の行動原理は一貫性が無くてよくわからない。
 とはいえ許容するにも限界があるようで、やむなく片付けることにしたという。まあ、メイドもメイドで大変ということだ。
 一言労いの言葉を残し、立ち去ろうとした時だった。机の上に並んでいるものに、ふと目がいった。
 これは……写真?

 『これは? 海よね、この景色』
 『ああ、これは外の世界のものです。と言っても、雑誌の切り抜きですけど』
 『雑誌?』
 『向こうで発行されている書籍ですわ。この前博麗神社に行った時に拾ったんです』

 あの神社は、大結界の境界上にある。結界は今は安定しているが、たまにふとしたことでしょっちゅう揺らぐ。なのであの辺りには、よく外の世界の物が落ちている。私はさほど興味は無いが、咲夜などはたまに行って何か拾ってくるようだ。

 『ふうん。こんなものをありがたがるなんて。あなたもまだ人間なのね』

 咲夜は曖昧に苦笑する。

 『いやまあ、私はまだ心も体も人間のつもりですけどね。こっち(幻想郷)には海なんて無いですし、ちょっと懐かしかったからとっておいてるんです』
 『…………』

 懐かしい……か。

 『これ、一枚借りていいかしら?』
 『え? はあ。まあ、構いませんけど』

 そう、強いて言えば、なんとなく。それに尽きる。人生なんて、八割方そんなもの。
 海……。あんなもの、実際に見たのは、生まれてから数えても指で折れるぐらいしかない。幻想郷に来る前も、住んでいたのは内陸の地方ばかりだったから。
 最後に目にしたのは、いつの頃だったか……。
 何十年も前のことだから、思い出せないのは当然。でも、景色はなんとなく覚えている。
 しかしそのイメージは、紗幕を通したように不明瞭だった。海……おぼろげにしか記憶に無い。この写真のように、一部がピンぼけしていた。
 この時の私は、それが気に食わなかった。どういうわけか……そのピンぼけがひどく気に障ったのだ。

 脳裏の映像は駄目だ。常に揺らいでおぼつかない。ピンぼけじゃなく、くっきり鮮明な映像がいい。明快なその絵を、網膜に焼き付けたい。
 さて。どうすればこのじれったさを解消できる? 
 ……簡単だ。視覚的二次元的に再現すればいい。手っ取り早い話、絵にしてみればいい。
 とはいえ、これでも私は、行動力の乏しさなら幻想郷一を自負している――したくもないが。そんな私が、この日ばかりは違った。咲夜の部屋を出て、すぐに図書館で油絵について調べた。身支度を整える。こっそり里に出掛けて、その日のうちに画材を揃えてきた。そしてその日のうちに、筆を持ちキャンバスの前に座った。
 生まれて百数十年、芸術とは無縁と言っていい身だが、一通り文献を読んでノウハウは理解したつもりだ。しかし、なかなか思うようにはいかなかった。理屈ではわかっているのに、思うとおりに仕上がらない。絵の具は思ったとおりの色が出ず、ようやくいい色が生まれたと思ったら、キャンバスに乗せると違って見える。遠近感が表現できない。理では解せぬモノ、それこそが創作であることを、知識ではなく身に染みて知った。
 脳内の原風景が不確かだったのも、つまづきの要因だった。イメージが目の前の原色に侵食され、やがて跡形も無く変形していたため、結局途中から咲夜の写真を参考にした。現代の海は少々記憶とは異なる気がしたが、もともと雑誌に使われていたこともあって見栄えだけはよかった。
 こうして、四週間ほどで処女作が完成した。だいぶ手間がかかったのは、誰にも見つからないように細心の注意を払っていたから。それと、乾燥法の問題だった。自然乾燥だったのもさることながら、図書館自体地下にあるため風通しが壊滅的に悪いことが原因だった。私は完成した絵を、『蒼碧のアーキュリオン』と名付けた。
 正直なところ、出来はとても納得のいくものではなかった。もし客観的に私がこの絵を見たならば、幼児が指で塗りたくったのかと思うだろう。
 もともとその気は皆無だが、とても他人には見せることなどできない。出来を別にしても、レミィに見せたところで馬鹿にされるだけだ。他の幻想郷の妖怪どもなら尚の事である。
 それにこの不細工な絵、自分で眺めるにも気持ちのいいものでもない。とはいえ、せっかく手間隙かけてできた作品。このまま捨てるのも、なんとなく惜しい。思い出になるなどと思ったわけではないが、後々上達してから眺めるとわかるものもあるかもしれない。そう思い、とりあえず図書館の隅に隠しておいた。

 ところで。このときにはすでに、私は本来の主旨を失念していた。
 脳裏の海の景色を再現したい。そんな目的は、いつのまにか挿げ変わっていた。とどのつまり、絵画にすっかりのめり込んでいたのだ。
 こうして私は、暇を作っては図書館の奥に閉じこもるようになった。もともとよく引きこもっていたので、メイド達に不思議がられることは無かった。二作目、三作目、四作目と、息を切らさず描き上げていった。風景画は元の写真が他に無く、かといって外で描いて誰かに見つかるわけにもいかないので、描くのは自然と抽象画に限られた。咲夜にまたねだることもできたが、何でそんなものを欲しがるのかと探られるのも億劫だったので敬遠した。
 十作目に差し掛かった辺りで、ようやく満足のいく絵が完成した。ところどころに、技術の向上が垣間見える。少しずつ画面に油絵特有の力強さが宿ってきた気がしていた。慣れない分野で時間がかかったが、ようやく満足のいく出来に仕上がった。
 そんな折だった。レミィに知られてしまったのは……。

 『ねえ、パチェ。最近どう?』

 憩いのアフタヌーン・ティーでのこと。そう前触れもなく切り出された瞬間から、漠とした懸念が脳裏を過ぎった。

 『どう、って。何が?』

 くすくす、レミィは含み笑いをする。

 『いやねぇ、パチェったら。それを言うなら「何が?」じゃなくて、「どうして?」でしょう。私は何のことか言ってないのに、それじゃまるで言われる前から心当たりがあるみたいじゃない』
 『…………』

 ……ここまで露骨な言動。もはや疑いようもない。
 レミィはもう、私が隠れて絵を描いているのを知っている。含羞の念が表情に昇るのを、かろうじてこらえた。うろたえるより先に考えることで、羞恥心をかき消す。
 どうして知られてしまったのか。元々本など読まないレミィは、図書館には滅多に足を運ばない。咲夜にはいつもよく図書整理をしてもらうが、最近は自分でやるからと言って関わらせなかった。司書の小悪魔も同様。他のメイドに至っては本の扱いもわからないぐらい馬鹿だから、初めから入れることを許可していない。
 ……わからない。思い当たる節が無い。
 いずれにせよ、レミィがもう絵について見当がついているのは確定的。隠し通すことに意味は無い。どうしてそのことを知ったのか、開き直って尋ねた。すると、

 『門番の功績よ。あいつが見つけたの。本棚の間にあったあなたの絵をね』

 門番……美鈴が?
 レミィの話によると。どうやら私の留守中、あの役立たずが勝手に図書館に忍び込んだのだという。
 なぜあいつがそんなことをしたのか。その理由がまたくだらない。仕事があんまり暇すぎるので、暇つぶしに読める面白い本でも無いかと探しに来たというだけだった――曰く、格闘技やらなんやらの漫画が見たかったらしい――。初耳だったが、これまでもちょくちょく隠れて本を漁っていたとのことだった。そしてその日は、面白い本はおろか面白い絵まで見つけてしまった。簡単に言えば、そういうことだった。
 普通なら、笑いの種にされるだけで済んだだろう。しかし、今回は間も悪かった。ちょうど三日ほど前に、私はレミィから頼まれごとをされていたのだ。推理小説の脚本を書いてくれ、と。
 少し前なら二つ返事だったのだが、絵画が趣味となった今、一人でいる時間はできるだけ絵を描きたかった。いくらレミィの頼みとはいえ、そんないつ終わるかわからない仕事はできない。絵のことは伏せて、その時はやんわりと断ったのだが……。

 『いっつも本を読むか書くかだけのあなたが、なんで嫌なんて言ったのか疑問だったのよ。まあ、そういうことなら仕方ないわよね、他にやりたいことがあるのなら。でも、ほら、イメージは崩したくないでしょう。もし、万が一、億が一よ? こんなことが天狗の新聞記者の耳でも入っちゃったら、知的でクールなあなたのイメージが傷モノになるとも限らないじゃない。友人のあなたにこんな言い方をするのは心苦しいけど、先日の件、考え直してくれないかしら。くれるわよねぇ?』

 ……イメージ云々はどうでもいい。どうでもいいのだが、やはり事実が幻想郷中に知れ渡るのは強烈な恥ずかしさがあった。この事を知っていろんな奴が横着してやってくる、そんな地獄のような事態だけは避けたい。
 悩む時間は必要無かった。合理的判断から、私は自ずと首を縦に振った。
 すぐ図書館に戻り、執筆を開始した。脅迫まがいにレミィに言われたことを差し引いても、面倒事は早く済ませるに越したことはない。
 これを書き上げ、事が終わるまでの我慢……。そう思っていた。しかしレミィは私が途中で投げ出さないように、あろうことか絵を取り上げた。人質にとったのだ。

 『いやね、私だって本気でそう思ってるわけじゃないわよ? パチェに限ってそんなことはまず無いでしょうけど、ほら、私って細心だからさぁ。我ながら気が小さくて嫌になるわ。それに、こうした方があなたもやる気が出るでしょ。言うならエールよ、エール。確か、咲夜。東棟に絵を保管する画廊があったわよね?』
 『ええ。『肖像の間』のことですね。しばらく使ってませんが』
 『あー、そこよそこ。しばらくあそこに飾っておくわ。せめて、ひとおおり終わるまでね』

 飾るとは言うが、実際は閉じ込めると言った方が正しい。一枚だけだと人質として効果が薄いを思ったらしく、レミィは四枚もの作品を持っていった。それもよりによって、一番晒されたくない初期の四枚を。
 失敗だった。やはり駄作などとっておくべきではない。どうせ後で見ても恥ずかしいだけなのだから、早々に処分すべきだった。上達した今となっては、拙い頃の作品など見るに耐えない汚点でしかない。それに今回を無事こなしたとしても、また事あるごとにレミィに取引材料にされてはたまらない。
 ……なんとか穏当に処理することはできないものか。
 思案は数分で済んだ。レミィはこの紅魔館を事件の舞台にしろと言った。ならば、〝これを利用すればいい〟。
 キャストが脚本通りに動くなら、寸劇を進めている間は事実上、私の意のままに動かせるということだ。館の主はレミィでも、その時間帯に限れば支配者は私。この境遇を使わない手は無い。
 ちなみに、被害者は最初から美鈴に決めていた。元はと言えば、あの愚図のせいだ。勝手に図書館に入ったことについては後で充分に問責するとして、正直それでもまだ気が済まない。どうせ薬で生き返るのだし、できるなら十回ぐらい殺してやりたかった。
 方針が決まれば、後は過程を考えるだけだ。脚本上、犯人が起こす犯行と、その裏で行われる私の犯行。その二つを表面上違和感の無い、一つの事件として折り込み構成する。この程度は、大図書館のミステリー関係の蔵書二万冊を読破した私には容易いことだった。


    *


 ……そう、容易いことだったのだ。
 少なくとも、私の理論では。理屈では。
 世は全て理でできているが、理だけで万事を為すことはできない。浩瀚なる大図書館の蔵書を我がものしている私が、その事を久しく忘れていた。
 ……いや、思い知らされたというべきだろう。
 目の前の、人間の魔法使い。こいつの探偵の真似事のおかげで……。

 探偵の……真似事、か。
 レミィが掲げた今回のお題目は、寸劇の形をとった推理ゲーム。そう、ゲームなのだ。
 余計な打算も、稚拙な姦計も、本来そぐわない。所詮ゲーム、遊びなのだから。そういう意味では……こいつが一番、今回の件で楽しんだのかもしれない。
 少なくとも、正しい心のあり方としては、こいつの心のあり方は、この館にいた誰よりも至純のものだったのだろう。
 いずれにせよ、今の私に二の句は必要無かった。ただ、地の底から湧いて出たような溜め息が、喉の奥から解放された。






    20






 「……気は済んだ?」

 長い沈黙の果て、パチュリーの深い溜め息が薄暗い廊下に響いた。

 「なら、そろそろ行ってもいいかしら。いい加減、レミィ達も待ちくたびれてるわ」
 「おかげさんでな。だが私の気は済んでも、用件はまだ済んじゃいないんだ」
 「用件じゃなくて、要求でしょう。何でもいいから、早く済ませて」

 あれま、すんなりと。また一発嘆息でも吐かれると思ったんだが。どうやら取引をもちかけられることぐらいは見越していたらしい。
 まあ、手早く済むのに越したことはない。こっちも一応立場としては不法侵入者なわけだし、長居はできるだけしたくない。

 「要求ってほどでもないさ。本を貸してほしいんだ」
 「本……?」
 「ああ。一冊な」
 「一冊って……それだけでいいの?」

 あえて軽く言ったつもりだったんだが。なんだか余計に猜疑心に満ちた視線が返ってきた。身代金でも用意させられると思っていたんだろうか。

 「ああ。それでお前の趣味のことは誰にも黙っといてやるよ。とりあえず今は、わたしは特別読みたい本は無いしな」
 「……〝わたしは〟ですって? どういう意味よ」

 「こっちの話だよ、こっちの話。なんならわたしが直接探してもいいんだぜ? でも、お前だって自分の部屋をあら捜しされるのは嫌だろう。だから早いとこ頼むぜ」

 それでも気になるらしい。扉に手をかけながら、尾を引かれたように振り向きかける。

 「それはそうだけど。でも……」
 「手早く済ますんだろ? なら合理的に考えても、余計な事訊く必要は無いよな。だからそんな眠そうな顔してないで、とっとと持ってきてくれよ」
 「してたつもりは無いのだけど……」

 自覚が無かったらしい。まあ、んなこったろうとは思ってたが。

 「食事に野菜でも増やすことだな。栄養をとれば、私みたいなぱっちり二重になれるぜ」
 「……ああそう。悪かったわね」

 さもくだらなさげに鼻息をつくと、パチュリーは扉の奥の闇に消えてしまった。
 皮肉の味がお気に召さなかったらしい。ま、それも計算どおりだったりする。
 それにしても……まさか、こんなふうに事が運ぶとはな。
 昨晩窓からアリスを見つけた時には、夢にも思わなかった。あの時はただなんとなく声をかけただけだったんだが。世の中どこに面白いことが転がってるかわからないものだ。
 考えるより行動。因果はどうあれ、この前アリスの奴に教わったことがさっそく活きたというわけだ。いずれにせよ、当初の目的は達成できそうだ。
 終わり良ければ全て良し、過程も良ければ言うこと無し。どうやらアリスの方も、うまいこといったみたいだし……。とりあえずは、先に一段落しておくか。
 暗闇で一人、わたしは肩をすくめてリラックスした。






















    終






 ――次の日。
 〝それ〟を見せつけられて、私、アリス・マーガトロイドは面食らった。

 「な、な、な、な……」

 なんで……!? 
 魔理沙の腕からひっ捕らえたそれを、わなわな、食い入るように凝視する。
 それでも自分の目が信じられなくて、二、三回ごしごし擦ってしまった。

 エラリィ・クイーン編、完全犯罪大百科…………『〝下〟』!?

 「嘘でしょ……」
 「本に嘘もへったくれもないだろうに。それともなんだ、偽物とでも言いたいのか?」

 魔理沙は手元のパイをフォークで割ると、それを口に含んだ。ご機嫌に頬を緩ませる。今しがた、一応昨日の礼にと振舞ったバニラカスタードパイだった。

 「いや、でも……」

 信じられない……。これが絶版なのは確かなのに。
 もし見つかったとしても、一日二日でもってこれるわけ……。こいつ、一体どんな魔法を??

 「疑り深いなぁ。もくじを見れば本物なのはわかるだろうに。ま、一番てっとり早いのは実際読んでみることだけどな。だから、読めよ。というか、読めよ」
 「なんで二回も言うのよ」
 「なんなら三回でもいいわけだが。いずれにせよ、アリス。そういう約束だったよな?」

 うぐ、と口ごもる。逡巡していると、ぬっと顔を近づけられた。

 「だったよな?」

 ううう……。
 それは、確かにそうなんだけど。

 「ど……どこから手に入れたのよ、これ」

 チッ、チッ。魔理沙は椅子に寄りかかり、立てたフォークを左右に振る。

 「そいつは企業秘密だな」

 ……こいつめ、気取りよってからに。企業もへったくれもないくせに。
 いかんせん、こうしてこいつはこの本を持ってきた。どこからどういう方法で入手したのかはわからない。でもその事実だけは、紛れも無い事実……。
 …………。
 ということは、つまり。

 「……そのう、魔理沙。確認したいんだけど」
 魔理沙はご機嫌に、フォークの先でパイをくるくる弄びながら、「何かな?」
 「ええと……ひょっとして、まさかしてなんだけどね。読めばいいのは、この本だけじゃなく……」

 背後にそびえる威圧感。ちら、とそちらに目配せする。
 そう……一昨日、こいつは残していったのだ。この山ほどの推理小説を。
 山ほどの……いや、とりあえず整理はしたから、山っていうより壁なんだけど……。いかんせん呼び方なんて問題じゃなくて……。

 「これを、全部?」
 「そういう約束だしなぁ」
 「あの、魔理沙。私普段本はあんまり読まないんだから、せめてこの十分の一ぐらいで――」
 「足りないってんなら、もっと持ってきてやってもいいぜ? わたしの家には、まだこの二十倍はあるからな」

 そしてこの満面の笑み……。鬼なの、こいつは。

 「ま、わたしは情が深いから、それなりの猶予はくれてやる。さすがのお前でも、一年もありゃ充分だろう」

 充分って、これ、どう見ても三百六十五冊以上あるんだけど……。一日二冊以上読めってことか、ハァ。
 まあでも……そうね。いいかな、たまには。
 もとはと言えば、今回の原因はいろんな意味で私にある。事の発端として茶葉を盗んだこと。それにより、レミリアに報復の機会を与えたこと。もっと早くミステリーを読んでいなかったために、どうすることもできなかったこと。結果、魔理沙の手を煩わせてしまったこと――本人は楽しんだみたいだけど。
 ……もともと興味が無かったわけじゃないしね。ミステリー。
 それにもしこれからもまた、あんなことに巻き込まれないとは限らない。これからの末永い幻想郷の生活、似たような事態に陥るのは二度三度じゃないと思う。なら、いずれ来たるべきエックスデイのためにも、力をつけておいて損は無いはず。推理力、論理力という力を。薄々感じてはいたけど、昨日今日で、いたく痛感してしまった。
 今回は魔理沙との協力って形だったけど、結局、ほとんどこいつ一人で解いてしまった。実質的に、私は何もしていないのと同じ。
 任せっきりで恥ずかしいとか、そういう気持ちが無いわけじゃない。でも、それよりも実は羨ましく思った。あれだけ考えられる魔理沙を。楽しそうに推理している姿を。

 それに……。
 じ、と目の前の暢気な顔を凝視する。

 「…………」
 「ん? なんだよ」

 なんであれ、こいつに頼りっきりなのはなんか癪に障るのよね。うん。
 よし、決めた。一年と言わず、半年で読破してみせる。
 そしてレベルを上げてから、いつかこいつを推理で負かしてやるわ!

 「……ほんとに何なんだ? 世界征服でも企んでるのか?」

 魔理沙は眉をえらい角度のハの字にしていた。気づかないうちに、悪い顔になっていたらしい。

 コホン、気を取り直して――ついでに顔も取り直して、「まあ、わかったわ」
 「わかった?」
 「言わせないでよ。読めばいいんでしょ、読めば」

 頬杖たてて悪態つくように言ってやったのだけど。それでも魔理沙ははしゃぐように声をあげた。

 「ようやくその気になってくれたかっ。いやぁ、期待してるぜ。これでもわたしは、お前はけっこう見込みがあると踏んでるんだからな」
 「魔理沙のくせに世辞? 百年早いわよ」
 「逆に言えば、百年に一度ってくらい貴重な言葉ってことだな。金言とでも思って、ありがたく聞き入れるがいいぜ」

 ……調子のいい奴。皮肉を自画自賛でくるんで放り返すなんて。どういう面の皮してるのよ。
 でも……。まあ、きっと、本当に嬉しいのだろう。自分の趣味や楽しいことを分かち合うということが。

 「さて、と。じゃあ、そろそろ行くぜ」

 ふと、魔理沙は腰を浮かせる。

 「もう? 一応まだパイのお代わりあるけど」
 「いや、また今度にしとく。邪魔しちゃ悪いしな。読書に没頭するには、第一に環境。早いとこ雑音は消えるとするぜ」

 せっかく出してくれたやる気を損なわせたくない、ということらしい。現金というか、なんというか……。

 「そんなにすぐ読み始めるつもりないけど。パイでも食べてから、ゆっくり読ませてもらうわ」
 「食べながらでいいさ。クリアな思考に、糖分は不可欠だからな」

 うふふ、おかしい。調子のいい時の魔理沙は、ジョークもちょっと上品が効いているのだ。

 「んじゃ、ま。ちょくちょく来てやるから。お前の読書の進行状況を確かめに」
 「お茶菓子食べに、でしょ」
 「そんなに言うなら、ついでに食べてやってもいいぜ」ドアの裏に体を滑り込ませる。最後に低い声で、「ちゃんと読めよ」

 バタン。あとは、廊下に軽快なスキップ音を響かせて去っていった――あいつは廊下で走るなと親なり誰なりに教わらなかったのかしら……。
 荒波が引き、静寂が寄せるリビングで、私は一人、リクライニングに寄りかかる。
 まったく、あの喜びようったら、子供にしか見えないわね。
 でも、それだけ嬉しかったということだと思う。自分の趣味を共有できる誰かがいること。その楽しみをその誰かと共有できること――
 人間には三大欲求というものがある。本来欲求は、種の繁栄と個体の維持のために必要不可欠な衝動であるはずだ。でもそれ以外に、他人と楽しみを共有したいという欲求は、確実に存在する。
 生きるうえで必要が無いのに、何のためにそのような欲求が備わっているのか。神の気まぐれか、遺伝子上の偶然か、それはわからない。それでもかつて人間だった私には、魔理沙の喜びがなんとなく理解できる。

 ひょっとして、レミリアがあんなことを計画したのも……。
 ……まさかね。あいつに限って。
 自分だけ楽しければいいって考えているような奴が、誰かと一緒に楽しみたいなんて。あんな妖怪中の妖怪がそんな人間臭いこと、思うわけない。
 それでも、百歩、いや千歩譲って……レミリアがそんな想いを抱いていたとしたら。
 きっとそれも、ミステリーの大いなる魅力の為せるわざなんだと思う。
 私もこの本を読んで、少しは理解できるかしら……。

 …………。
 うん、できればいいな。

 いや、きっとできるだろう。なにせ私はその身をもって、楽しみ方を学んだばかりなんだから。





























    ~了~










問題>│<次回
 お疲れ様です。長々とお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
 

 あらためまして、クラミ痔あ改め、まみあなと申します。
 いい加減ちゃんとした名前にした方がいいと思っていたのですが、なかなかタイミングが掴めなくてずるずる時間がかかっちゃいました。
 ちなみに新しい名前にも大した意味はありません。近所のラーメン屋の名前です




 今回が「楽しみ方シリーズ」三作目になります。
 前回前々回とやたら難易度が高かったので、今回は王道、かつわかりやすいテーマにしたいと思い、密室殺人にしました。
 かなり歯応えがあったかと思いますが、実はこれでも容量的にはけっこう削った方だったりします。
 見事正解できた方は、遠慮なく下にどやコメントを残していってくださいw


 今回は間取り図つき。やっぱりこれが無いと密室殺人って気がしないですね。
 ネット環境だと、右クリ保存さえしておけばいつでも見れて便利なのでおススメです。あとがきじゃなくて最初に書けって話ですが;


 寸劇という変則的な手法を使った理由は三つ。
 一つは、ただの密室殺人だとちょっと芸が無いと思ったこと。
 二つ目は、幻想郷に特有の超常現象の制限。
 三つ目は、単純に殺人事件を書きたかったことです。
 密室といえば殺人。とはいえ基本的に殺しもシリアスも無縁ののんびりしたシリーズなので、殺人を取り扱うとしたら今回みたいな劇中劇の設定になります。
 結果的にうまく謎解きに組みこめたので、かなり満足してます。

 といっても、一番書きたかったのはアリスと文ちゃんのとりとめないやりとりだったり。いっぱい書けたのでこちらも満足です(*´ω`*)




 最後に下に、補足エピソードを載せておきます。
 例の宇宙船問題の解説です。ちなみにこの問題は、三浦俊彦さん著の『心理パラドクス』からの引用になっています。
 テンポ悪いうえに内容が小難しいので、本文には含めませんでした。ただあの問題は本文で魔理沙が言ったとおり、アリスを足止めする時間稼ぎのためのものです。なのでそのことさえ理解できていれば、問題の内容自体はまったく重要ではありません。なので、どうしても答えが気になるという方だけどうぞ。
 ただ、何気に次回作以降の伏線があったりなかったりします。


 なんだか前にも増して長くなってしまいましたが、本格ミステリはだいたいこんなものなので許してくださいm(_ _)m
 ちなみに、絵のタイトルの元ネタがわかる方は自分と趣味が合います。
 では、また次があればお会いしましょう~。































    10.5




 『宇宙船だと?』
 『うん。こんな問題だったんだけど――』

 魔理沙と庭先で猫の足跡を見つけてから、私たちは『控えの間』に戻った。そこで魔理沙の今回の推理を教えてもらおうとしたところ、例の問題の事を思い出したので訊いてみた。

 <ある宇宙船が、時速αで一直線に航行している。
 今から1/2時間後、この宇宙船の速度をαの2倍にする。
 さらに1/4時間後には、また2倍にする。
 さらに1/8時間後には、また2倍にする。
 こうして、一定速度を保った前段階の半分の時間が経つごとに、2倍に増していく。
 この宇宙船は、1時間後、どこまで進んだか? 今いる地点から、どれだけ離れたところに位置しているか?>

 『――ふうん。なるほどな。それもまた、面白いな。いや知らなかったぜ、パチュリーがそんなに面白い奴だったとは』

 ふん。なぁにが。こっちはちっとも面白くないっていうのに。
 思い出した腹立ちに任せて、机を軽く拳で殴ってやった。

 『冗談じゃないわよ。確かにその日中って約束だったけど。でも、その日って言ったら普通寝て起きて、次の日の朝まででしょう』
 『いやあ、正直それもどういう理屈かわからんけどな』
 『一日の始まりは起床からでしょうぅっ』
 『血圧低いくせによく言うぜ。で、その辺の紙くずはお前の苦労の残滓ってわけか』

 魔理沙は机の方を顎で指す。風邪引きの枕元みたいに、丸まった紙が散らばっていた。

 『仕方ないじゃない。計算しなきゃならないんだから』
 『資源の無駄遣いだな。自然に優しくない奴だ』
 『フンだ、えっらそうに。自分なら暗算で充分とでも言いたいわけ? 無理に決まってるでしょ、このタコ魔理沙』

 やれやれ。そう魔理沙は困ったのか呆れたのか、ガシガシと後ろ頭を掻く。

 『タコじゃないし、そういう意味じゃなくてだなぁ。まあいいけど』
 『あ、そういえば、問題を出す前に変なことも訊かれたわね』
 『変なこと?』

 私は頷く。風が吹けば桶屋が儲かる。そのことわざの由来を知ってるか、そんな質問をされたことを説明した。
 当然、ことわざなんて魔理沙も知らないだろう。そんなふうに高をくくっていると、『なんだ、お前そんなことも知らないのか?』

 あっけらかんと返される。その反応に、微妙にイラッときてしまう。

 『悪かったわね無知で。東洋の歴史なんて興味無いのよ』
 『歴史じゃなくて、常識の範疇だと思うんだがな。でもまあ……なるほど、そういうことか。それでお前は、バカ正直にわからないって答えたわけだな?』

 ……今の、絶対バカは余計だった。無くても会話は成立した。でも話がこじれるので、あえて我慢してやる。

 『そうだけど』
 『なら、パチュリーの意図は簡単だ。そりゃお前を〝テスト〟したんだよ』
 『テスト……?』
 『ああ。その宇宙船の問題。お前は必死に長い間計算したようだが、こりゃ数学の問題じゃない。論理学の問題だ』
 『えっ。そうなの??』
 『もっとも、そう思わせることこそあいつの狙いなんだろう。あの問題は、延々式を展開しても絶対に解けない。数学の問題だと思い込んでる限りな。だが論理学的思考で挑むと、そう難しくない』

 論理学的思考……とすると、ホームズ好きの魔理沙の得意分野だ。

 『だが論理学なんて、好きで勉強してる奴はそういない。だが、パチュリーは念のために初めにそのことわざの質問をすることで、お前が論理学を知ってるかどうかテストしたんだろう。もしお前がちゃんと答えていたなら、別の分野の問題を出していたに違いない』
 『ちょっと待ってよ。なんで桶屋がテストになるの?』
 『そりゃ、このことわざ自体が、論理的推論の一例だからさ』
 『いやだから、なんで桶屋が論理的なのよ』
 『そうだな。せっかくだから、絵で説明してやるか』

 魔理沙は立ち上がると、机に向かう。私が使っていたペンをとった。ちょっと来いと手招きされたので、背中から覗き込んでやる。

 『いいか、まずはこれだ』

 ……?
 さらっと、魔理沙はちぢれた線を三本ほど描いて見せた。それぞれ先が丸まって、カメレオンの舌みたいになっている。

 『こう、風が吹くとするだろ?』

 て……これ、風だったの……。できそこないのさくらんぼかと思った。

 『で、次。風が吹くと、どうなる?』
 『どうなる? ……寒くなる?』
 『いやまあ、寒くなるかもしれんが。昔の人はこう思った』

 何を思ったというのか、急に握るようにペンを持ち替え、垂直に構える。そのままキツツキみたいに、ペンの先を何度も紙面に叩きつけた。

 『こうなる。砂埃がたつ』

 どうだと言わんばかりの顔で、魔理沙は首を向けて振り返る。
 まあ、その点々は確かに砂に見えなくもない。ただ勢いが強すぎたせいか、いたるところ貫通して穴が空いてたけど。

 『と、こんな具合だ。次に、砂埃が立てば、それが目に入って目の見えない盲人が増える。当時の盲人は仕事にありつくために、三味線を買ったそうだ。三味線の需要が増える』

 魔理沙は一つ三秒程度で、次々と紙面に奇々怪々な図形を展開していく。もうつっこむ暇すら与えてくれなかった。

 『三味線を使うために、猫の皮が必要になる。猫が捕獲され、数が減る。猫の数が減れば、ネズミが増える。ネズミによって桶が齧られ、桶の需要が増える。結果、桶屋は儲かる。と……よしっ。そういうわけだ』

 よしっ、の部分ですべてを書き上げた魔理沙は、用済みになったペンを机に放り投げる。最終的に紙面上には、赤ん坊の夢の中みたいな意味不明が満ちていた。
 でもまあ……なるほど。由来のほどはわかった。魔理沙の言いたいことも。

 『つまり、風が吹いて桶屋がもうかるのは、経験的な偶然なんかじゃない。論理的な繋がりをあらわしたものとみることができるってわけね』
 『そういうこと。凄く初歩的なことでな。論理学を知ってる奴なら誰でも知ってるんだよ。だが、お前は知らなかった。それでパチュリーは、こいつなら論理学の問題を与えても絶対に解けないと踏んだんだ。つまりは探りを入れたわけだな』
 『なっ……。それって、初めからパチュリーは、私に事件の答えなんか教える気は無かったってこと?』
 『だろうな。現に、お前、できなかったんだろ? 宇宙船の問題』
 『で、できなかったけど……。でも、あとちょっとだったの。時間さえあれば、計算して終わりだったんだから』
 『はあ、計算ねぇ。ちなみにどうやるんだ?』
 『方程式を作るのよ。宇宙船はどんどん速くなっていくけど、光の速度以上にはなれない。アインシュタインの特殊相対性理論に従えば、光の速さは秒速約三十万キロメートル。だから宇宙船が光速度に達した後は速度一定として計算すれば、一時間後の位置を求められるわ』

 自信満々に答えてやる。しかし魔理沙は、高々と笑った。

 『はははっ、光の速さか。理系のお前らしいな』
 『なによ。文系のあなたには計算すらできないでしょうに』

 ちなみに理系だの文系だのは、お互いが勝手に言っていることだ。私は人形学専門だから理系なのは違いないのだけど、魔理沙は特別文系というわけじゃない。でもこういったレッテル張りは、酒の場で罵り合う時のネタとしては使っている。

 『まあなぁ。だが、お前のそのやり方が間違ってるってのはわかるぜ?』
 『な、なんでよ?』
 『お前は文系を馬鹿にしてるみたいだから、文系らしく理屈で批判してやろう。まず一つ目。お前は今、アインシュタインを引き合いに出したな? ならこれは知ってるか? 厳密に言うと特殊相対性理論は、質量のある物体がちょうど光速で移動することを禁じているだけなんだ。よって光速よりも速い移動であれば、相対性理論には矛盾しない』

 な……。

 『その顔を見るに、知らなかったらしいな。だから理論的には、光速以上の速度を持つ速さが存在するって言えるのさ。例えば、タキオンなんかがそれだな。で、超光速粒子タキオンの存在を認めるなら、他に無限大の速度が存在することになる。ゆえに、宇宙船の最大速度を特定することはできないと言える』

 うう、小難しげなことばっかり並べよってからに。頭でっかちめ。

 『間違ってる理由はもう一つあるぞ? 特殊相対性理論では、光の速さは変化しないことを前提としている。有名な光速度不変の定理ってやつだな。これが間違っている可能性があるってことだ。「光速より速い光」を題目に、相対性理論に挑む科学者は多い。近年になるにつれ、説得力の高い論文も増えてきたしな。つまり光速が一定である保障が無い以上、定数を代入して解を導き出すことは不可能ってわけだ』
 『論文って……。なんでそんなこと平然と知ってるのよあんたは』

 魔理沙はひょいと肩をすくめた。

 『ま、そんな具合でだな。そういった前提を踏まえると、お前のその答えはナンセンスってことになる。おととい来いって話だ』
 『……なんだかただ口先だけで負けた気がするんだけど』
 『理屈で反論したまでさ。たぶんパチュリーに掛け合っても、似たように言いくるめられるだろうぜ』

 うむむ……納得がいかないわ。
 ただでさえ口が回る上に論理で武装されちゃ、舌先三寸で魔理沙に勝てるわけがない。

 『……わかったわよ。でもそこまで言うんなら、あなたは宇宙船の問題、ちゃんと答えられるんでしょうね? 説明してもらうわよ』

 ここで『ああそりゃ無理』なんて言われた日には、こいつを引っぱたいて顔面を踏みつけてやろうかと思っていたのだけれど……魔理沙はあっさりと告げた。

 『もちろん。お安い御用さ。言っとくが、紙なんていらないからな』
 『はあ? まさか、本当に暗算でやるっていうの?』
 『暗算どころか、〝計算なんてする必要無いんだよ〟』

 ……はああ?

 『何言ってんのよ。距離を求める問題じゃないの?』
 『違うね。言ったはずだぜ。こいつは数学の問題じゃない。
 仮に、お前の言うように方程式を使って数学的に解いてみるとしよう。宇宙船は速度を最初に倍増させるまでにα/2だけ進む。
 次に速度倍増するまでに2α×1/4=α/2。その次は4α×1/8=α/2。
 こんなふうに、以降はα/2という正の値がどんどん足しあわされることになる。一時間後には、無限回になっているだろう』

 ここまではわかるな? と、魔理沙はこちらの反応を窺う。

 『まあ、実際に計算したからね』
 『しかしだ。だからといって、一時間後の宇宙船の位置がここから無限の彼方にあるわけじゃない。なぜならこれは不合理であり、「無限の彼方」なんて場所は存在しないからだ。もしその場所へ宇宙船が移動していったのなら、それはある特定の値だけ離れた、ただ一つの場所にあるはずなんだ。
 かといって、ある有限の距離だけ離れた場所に宇宙船があることも不可能だ。なぜならば、任意の距離xに対して、一時間経つまでに宇宙船はすでにxを通り過ぎてしまっているはず。だから一時間後にもし宇宙船が再びxに位置しているとすれば、xに戻ったことになってしまう。これは宇宙船が一直線に飛んでいるという条件に反する』

 一応ついてはいけている……はず。こめかみ辺りに冷や汗垂れてるかもだけど。
 でももし魔理沙の言うとおりだったら、明らかにおかしいことがある。

 『どういうことよ。無限の彼方にもいないし有限の距離にもいないなら、いったい宇宙船はどこだっていうの?』
 『そう、今言ったとおり、無限でも有限でもないなら、答えは一つ。一時間後の宇宙船は、「どこにも位置していない」。これがこの問題の正解になる』

 どこにも位置していない、ですって……??

 『ちょっと待ってよ。そんなの、納得できるわけないでしょ。もっと具体的に説明してよ』
 『んじゃ、お望みどおり、わかりやすく言ってやるか。いいか、ポイントは速度が二倍になっていくたび、この宇宙船は存在する時間が半減していくってところだ。つまり、速度が大きくなるにつれて、その速度を保つ存在時間が短くなっていき、速度無限大という極限値に達する一時間後には、その状態でいられる宇宙船の存在時間はゼロってことになる。つまり、宇宙船は存在しなくなる。こうして論理的に、一時間後に宇宙船が存在している位置は無いと言える。そんな具合さ。ようするに、これはお前には絶対に解けない問題だったんだよ』
 『なによそれっ!』

 私はテーブルにこぶしを振り上げかねない勢いで罵った。

 『そんなの、いくら計算してもわかるわけないじゃないっ。答えが無いも同然だわっ』
 魔理沙はお得意のひょいと肩をすくめて、『そりゃ、そういう問題だからな』
 『納得いかないわ。どうしてパチュリーは、こんな解けようもない問題を出したのよ』
 『そりゃ、まあ……そうだな。たぶん、初めから事件の答えなんて教える気は無かったからだろうさ。ただの意地悪だろ、うん』
 『なっ、なにそれ! むっきー! そんなのってないわ。答えが出ない問題なんて!』
 『いやぁ、お前はそういうけどなぁ。ある哲学論文によれば、そもそも問題っていうのはちゃんと答えが用意されているものばかりじゃない。答えの性質によって三種類に分かれるんだよ。論理的にただ一つ答えが用意されているパズルに、正解があるはずなのに常識を合う答えが見つからないジレンマ。答えが複数見つかるけど、互いに矛盾しているのがパラド――』
 『ああもう、うるさい、うるさいっ』

 頭をぶんぶん振って、解説をふりはなってやった。わけのわからない小理屈なんて聞きたくも無い。

 『そもそも、答えが無い答えなんて、論理学をやらない限り常人ならそんな発想すら思いつかない。いくら計算してもきりが無いことはうすうす感じつつも、答えの存在にすがるしかないってわけさ。つまり、永遠にこの問題は解くことができない。お前もたまには学術的な本でも読んだらどうだ? いろいろ得するぜ』
 『はあ? 論理学なんて哲学とさして変わらないでしょ。どう得するっていうのよ』
 『論理学は物事の関係の把握、推論、論証を研究する学問だ。ようするに、考える力が身につく。単純に、高度な頭脳労働をするにあたってこれ以上無い教養になるのさ』
 『高度な頭脳労働ねぇ、例えば?』
 『それは……そうだな。弁論や調査に研究……あと、小説の執筆とか』
 『魔理沙が執筆? 小説を?』

 私はお空の彼方まで届く調子で笑い飛ばした。

 『パチュリーじゃあるまいしっ。あなたもミステリを書くっていうの? できるわけないでしょ、無計画なあなたが』
 『なっ……』

 相当癪に障ったらしい。魔理沙は途端に顔を真っ赤にさせた。

 『失敬な奴だなっ。書けるさっ、小説ぐらい』
 『じゃああなた、今まで一度でも執筆なんてしたことあるの?』
 『まあ。そりゃレポートとか……』
 『小説の話なんだけど』
 『わ……わたしは読むのが専門なんだよ』
 『んなもん全人類のほとんどがそうでしょうに』
 『ふん、いいだろう。そんなに言うんなら、今度パパッと書いてやるよ。近日公開予定だ』

 そんなことを言い出す。売り言葉に買い言葉も大概だと思うんだけど……。

 『ミステリって基本長編じゃない。短編に分類されるやつでも七、八十ページは普通だし。そんなの書けるの? 読書感想文じゃないのよ?』
 『だからできるさっ、それくらい』
 『はあ。ほんとかしらね』
 『やってやるさっ』

 気づけば、魔理沙はいつのまにか手に握りこぶしをつくっていた。なんだか勝手にやる気になってるようだけど……まあ、知ったことじゃないわね。今は、何より事件の謎を解くことが先決だわ。

 『それより、聞かせて。今回の事件に対する、あなたの考え』

 よっしゃと魔理沙は座り直す。

 『いいか。まずはあの絵だが――』



    ※チャプター11へ続く。
まみあな
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コメント



0.1940簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
表と裏の二人の犯人というのは見事でした。
次回作も期待しています。
2.70名前が無い程度の能力削除
無粋ですが、問題篇と合わせて。

>とりもなおさず
きっと用法があまり適当でないです。

>虫のでもいたら
虫でも?

>歩を弁えなさい
分を?

>にくじるかめんj
?

>口先三寸
舌先?

ミステリとしての出来不出来はおいておいて、お疲れ様でした。
宇宙船の問題は、論理学としてはどうなんでしょう。
私が三浦さんの言ってることを信じてないのもあるんでしょうが、解なしとするより問題の棄去の方が適当かと。
もしも本当に論理学ならですが。
少なくとも演繹は出来ませんし。
あと、解なしは数学やってると割と見るような。
ていうか、風が吹けば桶屋が儲かるってあり得なくはない因果関係を無理矢理つなげて出来たこじつけの理論・言いぐさなんて意味になるくらいですし、その論理学はちょっとアレでは?

ともあれ、読み物としてはそこそこ楽しめました。
次も楽しみにしています。
3.無評価まみあな削除
>>1
ありがとうございます。
これだけ長いのに、早々に読んでいただいて嬉しいです。


>>2
早めの誤字の指摘ありがとうございます!
今から修正させていただきます。

数学的な解答として、解無しというのは正解です。
ただしこの場合、「この問いは数学ではなく論理学としての出題」であるとパチュリーに主張されることになり、そうなると何故解が無いのかという論拠を数学的にではなく論理的に説明するように迫られます。
そこで補足パートで魔理沙がしたような説明ができて、初めて正解となるわけです。
あと、この問題の答えは「解無し」ではなく、「一時間後、宇宙船はどこにも位置していない」です。
自分も専門というわけではないのでわかりやすい説明ができないのが心苦しいですが……ややこしくてすみませんorz

風が吹けば~ということわざ自体は論理学というわけではなく、その足がかりとしてよく極端な例として説明に使われるというだけですね。
4.100名前が無い程度の能力削除
おお、久し振りのシリーズだ。
東方界隈でミステリが読めるの大歓迎な私には嬉しいシリーズ。
また次も期待してます。
6.100名前が無い程度の能力削除
休日まるまる使って読んでしまいました、素晴らしい!!
第一の事件は犯人、トリックがわかったのですが難しいものですね、第二に関してはお手上げでした。
次回も楽しみにしてます。

p.s. 遊戯王も期待w
8.100名前が無い程度の能力削除
創想話でこれほどよくできた本格と出会えるとは思いませんでした。
こんなに考えられてるんだったら、ちゃんと問題編終わった段階で推理しとけばよかったと後悔……。
また次回を期待しています!

あと余計な事かもしれませんが、文字が多く若干読み手からは読み辛い感じがするので、適宜行間を空けるといいかもしれません。
10.無評価2削除
>>3
決して貶したりする意図が無いことをご承知ください。
「一時間後、宇宙船はどこにも位置していない」っていうのは論理学的な答えではなく物理学的な答えですよね。

このシリーズを読んでいて思ったのですが、論理学をかなり自由な、悪く言えば適当な使い方をされているようです。
もしかしたら記号論理学をあまり勉強されたことがないのだろうと推察します。

論理学が問題にするべきは証明の正当性や分析の妥当さなどで、論理学的な問題にしたいのであれば使用可能な前提条件を明確にしておくべきでしょう。
前提条件、つまり証明に際して前提とされる知識が明らかになっていないと論理的な証明のしようが有りません。
好き勝手に前提を増やして良ければ何でも言えてしまいます。
もっと単純な話をすると、不条理則を採用した場合、矛盾が起きるとどのような命題でも言えてしまいます。
だからもしパチュリーが「論理学の問題だ」と言うのであれば、問題にすべきは論証過程になるわけです。

その上で問題にされるべきは無限の扱いについてだと思うのですが、そもそも加法を無限回適用する時点で不合理なので問題設定が間違っているとしか言えないと思うのです。
故に問題を棄却するわけです。
もしくは、無限まで思考を広げる上で無限回の足し算や無限大の速度を有りとしているのに「無限の彼方」つまり距離無限大は駄目だとするのは論理的にどうなのでしょう。
可能無限と実無限が混在しているのかもしれませんし、三浦さんの著作では解決されているのかもしれません。
そのあたりのことが、読んでいて気になりました。
論理学の問題ではなくて、物理学的解釈の問題、もしくは哲学的スタンスの問題であるように思います。

ちなみによくある推理小説がやっているのは、正しく「風が吹けば桶屋がもうかる」式の推論であって、決して論理学ではないのです。
泡坂妻夫さんみたいにある意味開き直った明解さでもあれば話は別かもしれませんが、あまり論理学を強調されると違和感がすごいです。

本筋以外のところで長々と失礼しました。
本筋のトリックは、読者にどの程度の知識を要求するかにもよりますが、なかなか面白かったと思います。
猫は使いやすいんでしょうか。
11.無評価まみあな削除
>>4
東方だとミステリはやりにくいから少ないですしね。
お読みいただきありがとうございました~。


>>6
休日まで使ってくれてありがとうございますw
遊戯王やるなら、もうちょいエクシーズ関係が充実してからかなぁ……。
そのときは神霊廟のキャラクターも参加させたいですね~。


>>8
アドバイスありがとうございます。
ちょっと時間がかかるかもしれませんが、後で修正してみようと思います。


>>10
いえいえ、ご意見をいただけるのは嬉しいことです。

きちんとした説明をしてないのは、あんまり本格的にやると推理小説じゃなくてただの論理学講座SSになってしまうからです。
記号論理学まで出すと、まったく知らない方にはわけがわからないことになるでしょうし。主旨がずれてしまうのはよろしくないので……。
というわけで、あくまでも予備知識無しでもある程度理解できるような感じを意識したつもりです。
専門の方の目には適当に見えたのも仕方ないかもしれませんね。

でも、この場合パチュリーはアリスを足止めできればそれでよかったわけですので……そういう意味では、こうまでして論理学の問題をチョイスしたのは蛇足気味だったかもしれません(容量的にも)。
確かに余計な違和感を感じるのも無理はないですね。
今後に活かさせていただきます。ありがとうございましたm(_ _)m

猫を使ったトリックですが、猫が高所から落ちても大丈夫というのはけっこう有名なのでわかりやすかったかもです。
動物をトリックに使う作品はかなり多いですね~。
12.100名前が無い程度の能力削除
謎解きも充分評価に値する素晴らしい出来でしたが、キャラが立ってたのもよかったです。
アリスと魔理沙、それぞれの探偵っぷりが最高にかっこよかった。
でも、一番はあやや。あのうざさがたまりませんでしたww
15.無評価名前が無い程度の能力削除
キャラも内容もいまいち
百歳のベテラン魔女も万能魔法使いも、らしさが見えない
唯一驚いたのは作者さんの正体がクラミ痔あさんだったことぐらい
19.80名前が無い程度の能力削除
二重密室と二重オチ
咲夜さんが犯人なのは読めましたが
パチェの本来の目的のくだりはうまいなーと
ただ作者さんは美鈴が嫌いなのかな?って思うくらいに美鈴の扱いが酷い印象を受けます
個人的な意見で申し訳ありませんが美鈴いじめを思い出してしまったので少し引かせていただいてこの点数で
20.90名前が無い程度の能力削除
いやー大作ですね。仮にもミステリー好きの私、つい夜更かしをしてしまいました。嗚呼、明日の約束どうしよう、、、

まず構成が大胆で素晴らしい。ミステリー体験の茶番劇、これ自体がトリックだったとは。お見それいたしました。
そして実に無駄がない。劇中劇に用いられなかった幾つかの要素が全て伏線だったとは、いやはや感服です。
ついでに宇宙船の問題も面白いですね、アキレウスと亀系統のパラドクス、無限に関する問題は考えれば考える程泥沼にはまる、ニクいパズルです。

ただ、登場人物や設定に少し違和感を感じましたね。
激昂してるとはいえ高貴な吸血鬼が部下に蓬莱人形をコソドロさせたり、死ぬまで借りてるだけというスタンスをとり続ける魔理沙がパクったなんて言ったりするでしょうか?
あと、劇中劇外の要素で美鈴ちんにフォローを……

ところで文はワトソンポジションととらえていいんですかね? 名探偵は魔理沙なのでアリスがワトソンにも見えるのですが、、
22.無評価まみあな削除
>>12
ありがとうございます。
キャラは基本的に原作っぽさを基調にしてる感じですね~。


>>15
すぐ上に書いたとおり、キャラは基本原作っぽい感じを意識してるので……
これだけの容量を読まれてそういう感想を抱かれたなら申し訳ないです。


>>19
ありがとうございます。
美鈴の扱いがひどいのは理由があり、終盤のパチュリーの回想の通り。
美鈴のせいでレミリアに絵の趣味がばれてしまったので、その腹いせです。言うならそのひどい扱い自体が全部伏線ですね。
その伏線を、キャラの口の悪さで若干隠している形でしょうか。
なので普段は夕食がスープだけなんてことはありませんw

ちなみに美鈴はむしろ大好きです。
なので最後の最後にレミリアにデレさせたんですが、あれぐらいじゃちょっと足りなかったかもしれませんね。


>>20
ありがとうございます。
解答編で本人が話したように、レミリアは別にアリスに対して恨んでたりそういう気持ちはほとんどありません。
なので蓬莱人形を人質にしたのは、こうでもしないとアリスは真面目に付き合ってくれない。そう思っての強硬手段です。
自分勝手で強引なやり口という点でレミリアっぽさを出したつもりでした。
魔理沙の死ぬまで借りてるだけっていうのは、スタンスっていうよりただの屁理屈だと思ってたんですが……どうなんでしょう。


あと、ワトソンポジはアリスですね。
文は金田一少年でいう佐木みたいな立ち位置でしょうか。にしてはかなり自由奔放ですがw
23.100名前が無い程度の能力削除
犯人が咲夜だとは予測できたのですが、まさかそれがカモフラージュで、さらにそれを魔理沙が利用するとは・・・
こちらからすればどんでん返しが二回あったわけで、実に充実感が得られました。
また次回作を期待しています。
26.100名前が無い程度の能力削除
ミステリーはあんまり読まない方ですが、文章が軽妙洒脱ですんなり読み進められました。
特に解答編はこれまでの謎が一気にとけていくのが快感でした。
29.100名前が無い程度の能力削除
く……、重箱の隅をつついてやる。
表の密室殺人の方では咲夜さんが絵を描いていたことになっていたが、幻想郷の外から来たからといって、咲夜さんが海を見たことがあるとは限らない。
裏の犯人のように以前見たことがあったりするため、絵を描くのは四人全員がありえる!!

だめかな?
もう俺の負けでいいですごめんなさい<m(__)m>
31.無評価名前が無い程度の能力削除
面白いんだけど、やっぱり登場人物に割を食ってる人がいるのが作品のとげになってますね。
名探偵を上げる為に、愚かにならざるをえない他の登場人物達。
不遇すぎる登場人物や、うざく描写される登場人物。
作者さんの原作っぽさと私のものが違うんでしょうね。
面白いんだけど、ちくちくっと引っかかって楽しみきれませんでした。勿体ない。
34.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。
前半がちょっと冗長でしたが、そのほとんどが伏線だったので納得。
個人的にはこういう皮肉った描写は嫌いじゃないです。
37.100名前が無い程度の能力削除
二重底のようなミステリを書くなんて素直にすごいと思いました。
皮肉っぽい描写は海外の有名なミステリにはよくある話なので、私は好きですよ?

あと誤字報告。
〉(第17章の下から6行目)写真をすぐに現像をしたがることはわかったいた
 →わかっていた
38.100名前が無い程度の能力削除
東方キャラのチート能力っぽくて終始茶番を見せられてるような感じでしたが
綺麗にまとまっててとてもよかったです。伏線を辿ってる感覚がしたので、そのあたり物足りないけど
ここまできちんとまとまった大作に敬意を
40.100名前が無い程度の能力削除
謎が全部すっきり解決して、終わった後はいい満足感が残りました。
思い切って長編に手を出して正解でした!
42.100名前が無い程度の能力削除
ミステリー小説をたくさん読みたくなりました。
まるっとお見通しなのに最後は無邪気な魔理沙がすごく魅力的!
43.100名前が無い程度の能力削除
犯人が咲夜までは読めたんですが・・・
完全に美鈴の密室の方に気をとられたなぁ~。
思った以上に謎が盛りこまれてました。
いやはや、やられた。
44.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
もう一度読み返して伏線を確認しようと思います。
46.無評価名前が無い程度の能力削除
おお、紅魔館でミステリの大作とは、と楽しみに開いてみれば好きなキャラが好きなキャラをゴミクズ扱いし
挙句の果てには「十回くらい殺してやりたかった」とは…
途中、とってつけたように「邪険に扱ってるように見えるけど本当は大切に思ってるんだよ」的な所もありましたが
私には普段彼氏にボコボコにされてるのに、ちょっと優しい顔をされるとコロッと騙される女の図にしか見えませんでした。


何回経験してもこの手の痛みには慣れませんね。
私に出来る事は作者様の名前を記憶し、今後二度と見ないようにする事だけなのでしょう
48.80佐倉削除
最初に謝っておくと私はミステリと呼ばれる読み物は問題編から間髪いれず解答編を読みに行く人間です。推理しません。
そんな輩に言われてもあまり嬉しくないかもしれませんが、出題された謎をいかにすっきりと(自分にわかりやすく)解説されるかという点が唯一の評価項目なので、そこから考えるになかなか楽しめました。

この話の前身も読ませて頂いていますが、最新作が一番良かったという感想を賛辞とさせてください。
49.100LOS-V削除
そりゃあパッチェさんの立場なら、美鈴の頭をねじ切ってゆっくりにしてやりたいでしょうよw
アリスとその周りの距離感が、原作寄りで良いですね。
美鈴ちんがちょっと扱いが酷いけど、まあそこはそれ。
小説的な意味で、レミリアのキャラ出しの犠牲になったと考えます。

魔理沙は可愛い。
ここは譲らん。

咲夜が犯人なのは絵の下りで簡単に分かりましたし、猫を使って何かをしたのも何となく分かりました。
が、『扉の下に鍵が入るくらいの隙間がある』って情報を見逃していたので、そこでストップしました。
やっちゃったんだぜ☆
……携帯から読むのの難点ですな。
読み直しや、少し戻るのが辛いです。

なので、密室の作り方は『検死をした咲夜さんが直接美鈴の服に鍵を入れて、あたかも今見つけたかのように取り出した』と言う心理密室の方かと思っていました。
遠からず近からず……ですよね。ね。

パチュリーの難題も、数学的に見てしまいました。
要するにΣα→0 ∞{αC(1/2のx乗)α}(xは正の整数とする)と、Σα→∞……携帯からでは限界が……。

とにかく、公式は作れる筈です。多分。
なので、数学的にも『解無し。そんなものはない(関羽AA略)』……となると思うんですが、違ったかしら?
何せ高校の数学3・数学Cで知識が止まっているもので……。

それにしても、もうちょっとアリスの頭が良くてもとは思いました。
まぁ、原作でも割とすっとぼけた性格をしていますけどね。
「悩みなんて無い!」って断言したり。

でもそんな知識で、魔法陣だとか魔術式だとか、人形に仕込むであろう論理回路だとかはどうする気だったのよ。
いやでも、『都会派=感覚派』と考えて、全て実地の体験と経験と勘に任せる手法なら、魔導書をパクられたりもしないし、アリか。
ウィザードじゃなくてソーサラーになるけど。

……いや、でもそうすると霊夢が都会派になってしまう……うにゅにゅん。訳が分からないにゅう。

長々と書いたのは、面白かったからです。
レミリアのカリスマ(笑)が復活する事を祈って。
52.無評価名前が無い程度の能力削除
前作から読み進めて本当に美鈴が嫌いなんだなあという印象を受けました
美鈴好きですって言うのは美鈴いじめが好きってことなのかな
55.100名前が無い程度の能力削除
犯人は比較的容易に推測できたものの、複線の作り方とそれを巡るキャラクタの動きがとてもよかったです
キャラ立ちもしっかりしてて、それに感情移入しやすい文章もグッド。ミステリ好きにはぜひオススメしたい
56.100名前が無い程度の能力削除
『パチュリーの目には涙が溜まっていた。一瞬本当に泣いているのかと思ったけど、左手にはしっかり目薬が握られていたので顎が外れそうになった。』

ベタだけどここ一番笑ったw
59.100名前が無い程度の能力削除
よくできた構成でした。素晴らしかったと思います。
60.100リペヤー削除
グレイトでした。こんな時間になるまで読んじゃいましたよ。
ただ美鈴がカワイソス。
面白かったです。
61.100名前が無い程度の能力削除
ここまで正統派のミステリは創想話でも無かったと思います。
素直に感服しました。
62.100名前が無い程度の能力削除
美鈴の扱いについて触れてる方が結構いますが・・・
実際、館の連中に嫌われてるのなら別に残らないでしょうし、普段は案外普通なのでは?
私も読んでて高い薬をわざわざ買ってきたりするのに扱いが悪いので疑問に思ってましたが、
パチュリーの逆鱗に触れて脚本でひたすら悪い役回りを与えられていたと知りすっきりしました。

アリスは、どちらかというと原作でも生命や魂、その派生や原理を多く学んでいるようですね。
逆に魔理沙は光や星、天体について学び、かつ薬や丹の精製もつまみ食いしてますね。
同じ魔法使いといっても、それぞれ分野が異なれば思考形態や論理の組み立てが違っているのも頷ける事です。
推理系はアリスの思考形態には合わない様ですが、個人的には違う形での見せ場も用意してくれたりすると尚良かったかなと。
66.100名前が無い程度の能力削除
面白かった! 最近シリーズを順に追わせていただいてます。
物語の構成が非常にうまい。寸劇と実際の事件を同時に盛り込むのはさすがだと思いました。
ただ、多少気になった点があります。
海の絵を描けるのが咲夜だけという推理ですが、そのためには咲夜のバックグラウンドをある程度明確にしないといけないのでは?
パチュリー・咲夜・美鈴がいつから紅魔館にいたのか、原作で詳しくは語られていなかったと思いますし。
レミリアもパチュリーも数百年海を見ていないとはいえ、咲夜がそうではないと断定するには弱いんじゃないかと思いました。
(それとも、そういうもの(消去法を使う)なのかな? それだったら失礼しました。)
あと、猫を使って何かしたんだろうなとは考えたんですが、探すのに6時間もかかる猫を、一度逃がしてから再びトリックに使うというのはできるものなんでしょうか。
そもそも最初から咲夜が美鈴と夕食を抜けだした際、いきなり美鈴の部屋へ行って犯行をしたってことなら、どちらかというと解答編での説明の問題かもしれませんが。
パチュリーもその後さらに同じトリックを使ったと言っていますが、これも同様ですね。
そもそもこっちは脚本外なので、魔法なり何なりを使ったことにしてもよかったのでは……と思いましたが、作品自体がそういう縛りだからできないか。
そして、これはまあ個人的な感想なんですが、脚本上美鈴の扱いが悪いことに関しては問題ないと思います。
ただ、最後のシーンでパチュリーが真相を語るとき、「できるなら十回くらい殺してやりたかった」などが台詞ではなく地の文で書かれていたので冗談には取れなかったのですが、原作っぽさを強調するにはちょっと不穏すぎるような感じがしました。
アリスが現場を見に行く際の咲夜の露骨に悪意をむき出しにした態度も同様です。
このあたりだけ、確かに読んでいて引っかかるものがありましたね。

長くなってしまいましたが、もし見当違いなことを言っていたらすみません、読みなおしてきます。
作品としては100点で文句ないです。このシリーズは楽しみにさせていただきます。
67.無評価まみあな削除
>>66
ありがとうございます。
謎解きに関して筆者が質問に答えられるのはこういった場での大きな長所なので、少しでもすっきりしない疑問があったら遠慮なくコメントして構いませんですよ~。
普通に本を読んで気になっても、作者に電話かけて尋ねるわけにはいきませんしねw


>海の絵を描けるのが咲夜だけという推理ですが、そのためには咲夜のバックグラウンドをある程度明確にしないといけないのでは?
仰るとおりここは、食事の時の会話でレミリアとパチュリーはしばらく海を見ていないという点を踏まえての消去法です。
ただ、咲夜が脚本上の犯人であることは物語上一番わかりやすい謎でよかったので、そういう意味ではそういった描写を加えて然るべきだったと思います。

>探すのに6時間もかかる猫を、一度逃がしてから再びトリックに使うというのはできるものなんでしょうか。
魔理沙の推理にあった通り、パチュリーは咲夜がトリックを仕込む間に予め近くの部屋に待機しています。
猫が窓から脱出するのはある程度時間が経って煙が充満してからなので、咲夜が現場を去ってすぐに部屋に入れば猫を回収できます。

>こっちは脚本外なので、魔法なり何なりを使ったことにしてもよかったのでは……と思いましたが、作品自体がそういう縛りだからできないか。
仰るとおり、パチュリーの犯行は脚本外なのでここで魔法を使うのは大いにアリです。
超常現象禁止というのはあくまで作品内の設定であって、作品そのものの縛りではありません。
ただ問題編のチャプター10で、もしこれが脚本じゃなかったら犯人は誰かという仮定の話を魔理沙がしています。
その際、能力を使っても犯行を成し遂げることのできるのはレミリアしかいないという結論に達していますので、パチュリーは同じトリックを使ったということになります。

>「できるなら十回くらい殺してやりたかった」などが台詞ではなく地の文で書かれていたので冗談には取れなかった
殺してやりたかったなんて言ってますが、ここは「どうせ薬で死んでも生き返るから」という意味で、本気で殺意があるわけじゃないです。
効果が約束されてる薬を使っているのだから、パチュリーからすればこの場合の仮死なんてちょっと睡眠する程度としか見做してません。
もちろん、相当頭にきているのは確かではありますが。なんだか紛らわしいようですみませんorz
咲夜のアリスに対する反応は、前々作の事件を引き摺っているからです。
加えて、主人の考えた茶番にさんざん付き合わされてストレスフルになっているというのもあります。

でも一番誤解になる原因は、やっぱり描写の仕方なんでしょうね。全体的にかなり多めに皮肉を盛った文章にしているので……。
シニカルな表現やブラックなジョークは本格ミステリに通ずるものです。
それに合うということもありこのシリーズ自体原作っぽいキャラ付けを意識してるんですが、それを加味しても少々逸脱が過ぎたかもしれません。
おかげでいろいろ不快な想いをされた方もいらしたようで申し訳ないです。
68.100名前が無い程度の能力削除
全然歯が立たなかったけど、面白かった!
ぜひまたミステリーもので書いてください
72.100名前が無い程度の能力削除
上手くまとまっていたので、読んでいて心地よかったです。
見取り図をいつでも見られるのは、すごく便利でした。

それでは、次回作行ってきますノシ
74.100名前が無い程度の能力削除
休日が潰れてしまった…どうしてくれる。。


えぇ、素晴らしかったですとも。
76.100名前が無い程度の能力削除
文章・構成ともに洒脱だった!

長さもあいまってカタルシスを感じる読み応え。

素晴らしい作品をありがとう!
77.100名前が無い程度の能力削除
魔理紗が当日紅魔館にいたのは上巻を盗むためだったのだろうけど、アリスを最初から助ける予定だったのかどうかだけ気になった
86.100非現実世界に棲む者削除
今作は前回以上に面白かったです。
真実は何も目の前で行われたものだけではない。普通ならば気付かない裏面にもまた違った真実がある。
こういうのを如実に表せるのもミステリの醍醐味だと思います。
この出来事を文がどう記事にしたのかが気になるところです。
87.100名前が無い程度の能力削除
うわーお魔理沙すごい。裏の事件とか脚本とか、存在を想像すらしませんでした。誰かが盗んだんだろーなー。くらいのもので。事件を二重に仕掛ける技法に感服です。
88.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいお話でした。
ですが、気になるところが一点だけありました。

>例えば、タキオンなんかがそれだな。で、超光速粒子タキオンの存在を認めるなら、他に無限大の速度が存在することになる。ゆえに、宇宙船の最大速度を特定することはできないと言える

この場合、タキオンを持ってくるのはあまり宜しくないかと。
タキオン粒子の存在を提唱したファインバーグが言っているのは「最初から光速を超えていれば相対論に矛盾しない」であり、質量を持った物質が光速を超えることが有り得るという主張ではないのです。

この宇宙船の場合、段々と加速していくわけですから、やはり相対論が主張している「物質のエネルギーは光速に近づけば近づくほど大きくなる。つまり物質を光速まで加速するのには無限のエネルギーが必要。故に物質を加速させて光速を超えることは不可能」という枠組みに引っ掛かることになります。
タキオンがこの枠組みの中でも超光速であるのは「最初から光速を越えている」ためであって、「加速して光速を超えていく」のではないのです。(そしてタキオンは「最初から光速を超えている」性質と同時に「光速より遅くならない」性質をも持っている、とされています)
ちなみに、タキオンが「質量を持っていない」あるいは「虚数の質量を持つ」というのはよくある誤解でファインバーグはそういったことは主張していません。