Coolier - 新生・東方創想話

神風隠密!ニンジャリス! ~七色忍心~

2011/07/23 11:04:29
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――序――



 アリスの家に行ったら、忍者が居た。

「は?…………え?」

 私の前で優雅に紅茶の入ったカップを傾ける、全身黒ずくめの何者か。
 紅茶を飲んでいるというか、口元の布に紅茶を染み込ませていた。
 ココアクッキーを口元に運んでそっと諦める姿には、哀愁に近い何かすら覚える。

「え……と?」

 一度、時間を巻き戻すように後退してみた。
 リビングから出て、廊下を歩き、玄関から外へ出る。
 もちろん、後ろ歩きで。

 白い壁。
 青い屋根。
 清楚な雰囲気。

「うん、確かにアリスの家だ」

 そこは確かに、魔法の森のご近所さん。
 人形遣い、アリスの家だった。
 もうどこからどう見ても、アリス・マーガトロイドの自宅だった。

「ッ……じゃああれは、不審者か!」

 あまりの衝撃に、我を忘れていたみたいだ。
 愛用の八卦炉を手に、扉を開け放って突撃する。
 床板を靴で強く叩き、家事仕事をする人形たちを横切った。

「おいおまえ、そこでなにを――」
「――さっきはどうしたの?魔理沙。紅茶、用意したのに」
「あれ?」

 アリスの声だった。
 紛う事なき、アリスの声だった。
 もう、どこからどう聞いても、アリスの声だった。

 黒い布越しだけど。

 アリス――らしき忍者――は、おもむろに巻物を取り出した。
 如何にも秘密の忍法でも使えそうな、古びた巻物。
 アリス――もうアリスでいいや――はそれをひらりと開いて、そっと口元に当てる。

「ふぅ」
「ハンカチかよ!」
「なによ。急に」

 紙じゃなくて布なのか!
 なんだこれ、ホントどうなってんだ。

 私の知るアリスは、少なくともこんな変人じゃない。
 クールで、知的で、清楚で、可憐で、器用で、丁寧で、と。
 本当にビスクドールのような女の子だった筈なんだ。

「なぁ…………まさか、顔を隠さなければならないほどの怪我とか、したのか?」

 口に出してみて初めて、不安になる。
 自然と、八卦炉を掴む手が強ばるのがわかった。
 アリスは私の、友達だ。
 だからこそ、そこまで追い詰められていたのなら――力に、なりたい。

「魔理沙、私ね」
「ああ」

 だから、一字一句聞き逃さないように、前を見る。
 彼女の視線を、自分から外さないように、ただただアリスを見た。
 黒い点々の穴が空いたアイマスクをしているから、その青いであろう瞳は見られないのだけれど。

「忍者になりたいの」
「なんでだよ!結局それかよ!」
「なによ。素敵じゃない。ジャパニーズ忍者」

 勘違いした外国人みたいなこと言ってんじゃねぇ。
 過剰に心配した自分に疲れつつ、私は大きく息を吐く。

 今日はもう、帰って寝ようかな。

「そこでなんだけど」
「あ?」

 それを、アリスに呼び止められた。
 いったいなんだというんだろう。もう帰して欲しい。

「これから忍術を極めに行こうと思うの」
「悪いことは言わん。それで外に出るのは止めておけ」
「だから、一緒に来てくれないかしら?正直前が見えにくくて」
「聞けよ!ってか、せめてアイマスクだけでも外せ!」

 マイペースに宣言するアリス。
 私の知るアリスはもっと、こう、クールだったはずだ。

「いや、もう一人で――――いや、待て」

 一人で行かせたら、どうなる?
 突如、私の頭にそんな声が響いた。
 黒ずくめの不審者を一人で幻想郷を闊歩させたら、それこそ非道い目に遭いそうだ。

「なぁ、その黒子みたいな似非忍者スーツ、脱がないのか?」
「けっこう助平なのね」
「なんでだよ!中身に興味がある訳じゃねぇッ!!」
「冗談よ」

 クスリとも笑わずに冗談を言うな。わかりづらい。
 とにかく、これでわかった。こんな変なのを一人で歩かせたら、どうなるかわからない。

「あーもー、わかったよ。付き合うぜ、アリス」
「流石同胞ね。助かったわ」
「とりあえず同胞は止めろ。私が黒を着ているのが忍者の為だと思われたらどうする」
「えっ」
「えっ」

 くそう、もう疲れだしてきた。
 けれど、一度関わると決めたのなら、放棄するのは性に合わない。
 だから、まぁ、仕方ないから。

「魔理沙が居れば、百人力ね」

 妙に嬉しそうなアリスを、とりあえず宥めておこう。
 今後の精神的負荷軽減の為にも――。













神風隠密!ニンジャリス! ~七色忍心~













――破――



 修行の場といったら、どんな場所が思い浮かぶのだろうか。

 獅子も麒麟に垣間見えよう、千尋の谷。
 登れば龍にも成れるであろう、激流の滝。
 三日過ごせば神童にお告げでも貰えよう、神秘の山。

 これらの要素が全て詰まった場所が、幻想郷にはある。
 そう、普段なら都合が良く、こんな時だと非常に都合の悪い山が。

「妖怪の山も久々ね、魔理沙」
「いや、私は良く行ってるぞ」

 そんな山の入り口。
 ぽつんと佇む“いつまで経っても入山禁止”の立て札の前。
 私の隣で、怪しげな全身黒ずくめが腕を組んでいた。

 何時如何なる時でも、アリスは綺麗だ。

 月明かりで融けた黄金を絡めたような髪。
 澄んだ浅瀬に輝くサファイアのような瞳。
 唐紅の太陽をルビーに封じ込めたような朱唇。
 未踏の地に降り積もった雪を映したような肌。

 人形のような、という形容詞がよく似合っているのに、人形のような、だけでは語りきれない神秘的な要素を詰め込んだ少女。
 それが私の隣人で友達――アリス・マーガトロイドという少女だった……はずなんだが。

「けっこう暑いわね」
「私はそうでもない」
「ダメよ。人間なんだから新陳代謝は整えないと」
「不健康みたいに言うな!黒ずくめなのが悪いんだろうに」

 はずなんだが、はずなんだが!

 頭部は黒い布と銀の額宛で覆われ。
 瞳には穴の空いた目隠し、口元には黒いマフラーのような布。
 白い肌と華奢な身体は、もう完全にニンジャスーツに包まれていた。

「なぁアリス、修行をするのなら付き合うから、せめてその服だけでも――」
「――あややや!ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 私がアリスを再度説得しようとしたところで、空から天狗が降り立った。
 黒い翼と黒い髪に、赤い瞳。礼儀正しい――慇懃無礼だが――振る舞いは、忠告に来た為かなりを潜めていた。

「魔理沙、魔理沙?その幻想郷でも類を見ない怪しいひとを連れてきて、何を企んでいるの?」

 妖怪の山の天狗。
 長年生きてきて動揺だとかそんなものを全て振り切った態度をとる射命丸が、心底珍しいことに慌てていた。
 気持ちはわかる。痛いほどに。

「魔理沙は修行に付き合ってくれるだけよ」
「いや、あのさ、一緒に行くとは言ったけど――」
「――今、“修行をするなら付き合う”って言ってくれたもの」
「そこだけ聞いてたのかっ!?」

 射命丸が、私を見て眼を細める。
 そんな目をされても困る。というか、私の話を中断させたのはお前だ。射命丸。

「というか魔理沙、それ、何者」
「何者って、声を聞けば解るだろうが」
「解らないから聞いているのよ」

 解らない……か?
 まぁいい、とにかくアリスの説得に役立って貰えれば、それで。

「貴女は確か風の忍者だったわよね、射命丸」
「確かに私は風の天狗――忍者!?」
「風といえばカマイタチの術ね。どうやってやればいいの?」

 話が通じない。
 そのことに、射命丸の表情が徐々に歪んでいく。
 心底嫌そうに私に視線を向けるが、私はその目からそっと逃れた。
 私は既に通った道だ。二度も通らん。

「あのね、そこの不審者。私の術は人に教えられる類のものでは――」
「――秘伝の忍術なのね。流石伝説の忍者」
「誰が伝説の忍者よ!ちょっと魔理沙、この人ホントなんなのよ!?」

 射命丸が、私の側まで飛んで腕を掴んでくる。
 正直に言うべきか?記事にでもなれば、アリスも――いや、開き直って続けられる方が嫌だ。アリスの顔が見られなくなる。

「――忍者見習いのYOUKIだ」

 だからすまん、妖夢。
 おまえの祖父の名前を借りる。
 たぶん射命丸の知らない名前だろうから、とくに問題ない……よな?

「妖忌?妖夢のお祖父さん?……まさかこんな変人だったなんて」

 知ってた。
 目を逸らして頬を掻くと、射命丸はなにかを察したのか、ため息を吐くに留めてくれた。

「まぁそういうことでいいです。妖夢には話すけど」
「あー……」
「で?記事にしないであげるからこっそり教えなさい」
「いや、その、な?えーと……あれ?」

 アリスの方を窺って聞こうかと思っていたのだが……顔を向けると、そこにアリスはいなかった。

「一人で行かせるのは、絶対マズイ!行くぞ!射命丸!」
「私の方が早いから、先に――」
――ドゴォンッ!!

 耳をつんざく爆音に、身を竦ませる。
 けれどそれでも前に進むのを止めず、直進した。
 箒に魔力を込めて、全身に霊力を漲らせ、山に漂う妖力を突き破る!

 木々の狭間を縫い、射命丸と並走する。
 そうすると、視界の先に――にとりの姿があった。
 にとりのスペルカード、妖怪弾頭が土煙の中に向けられている。
 そのにとりの表情には、怯えが含まれていた。

「何事だぜ?」
「魔理沙?文も……」
「どうしたのよ?にとり」

 にとりは警戒心を解かないまま、土煙の中を睨み付けている。
 そうして、そのまま、ぽつりぽつりと語り出した。

「あ、あのね、さっき私は川の側でキュウリを食べていたんだ」
「本当に好きだな、キュウリ」
「茶化さない。それで?」
「う、うん。そうしたら、誰かが後ろに立っている気配がして、振り向いたんだ」

 キュウリを頬張っているときに現れた、謎の影。
 その影は音もなく接近して、気がつけば、にとりは真後ろをとられていたのだという。

「全身が黒ずくめのそいつは、私に言ったんだ」
「ん?」
「“隠れ身の術を教えてくれないから?報酬はキュウリ人形よ”って!」
「んんん?」
「キュウリの人形なんか生殺しじゃないか!って言ったら、そいつ」
「んんんんんんん?」
「私のキュウリを人形に詰めて、人質――瓜質をとったんだよ!」
「んんんんんんんんんんんん?」

 キュウリを人形に詰めるとか、なるほど狂気の沙汰だ。
 それが怖いのはよく解るが……というか、じゃあこの土煙は……。

「そ、それでアリスは!?あいつはどうなったんだ!」
「妖怪弾頭に何かをぶつけたところまでは見たけど……アリスなら、人形かも?」
「あ、アリスだったのね。……え?前はもうちょっと、こう、クールな?」
「あ、い、今はいいから!」

 アリスが傷つくのは、なんか、嫌だ。
 だからこそ私は、誰よりも早く土煙の中に飛び込んだ。

「そんなことしなくても……ほら」
――ゴウッ
「うわっ」

 射命丸が風を起こしてくれたおかげで、煙が晴れる。
 帽子が飛んでいかないように手でぐっと押さえて目を瞑ると、すぐに視界が晴れた。

「おお、流石風の忍者!」
「天狗よ!」

 クレーターの出来た、地面。
 その側に、アリスの姿は無い。
 この大きさのクレーターだったら、消滅しては居ないだろう……と、思う。

「アリス!どこだ!」
「ふぎゅるっ」
「うん?」

 踏み出した先。
 足下から、奇声がした。
 こう蛙を締め上げたような、変な声が。

「……」

 私の足下。
 地面と同色の布と、その下に何か潜んで居るであろうふくらみ。

「あのさ、地面にやって隠れたら、踏まれるんじゃないか?」
「知っているわ」
「そうか?で、立てるか?」
「うん」

 布から起き上がる、全身黒ずくめ。
 所々焦げてはいるが、相変わらず誰だか解らない。

「さて、魔理沙……次は千里眼の術と木の葉隠れの術を――」
『――もう帰れよ!』

 にとりと射命丸に怒鳴られて、私は慌てて飛び去った。
 私に手を引かれてむくれる、アリスを連れて。

 はぁ、疲れた。
 なんかこう、すごく疲れたぜ――。
















――急――



 火を吹きたいと萃香のところへ行こうとしたり、分身の術を極めたいと冥界へ行こうとするアリスを、押しとどめる。
 そうして私は、なんとか魔法の森まで帰ってきた。

「もう、結局覚えられなかったじゃない」
「隠れ身の術は習得できたんじゃないのか?」
「あ、それもそうね」

 口元の布をもごもごと動かして喋る、アリス。
 今日は一日、本当に妙なテンションだった。
 普段と違いすぎて――心配に、なるくらい。

「とりあえず、入ろうぜ」
「もうちょっと――」
「――いいから、頼むから」
「もう、しょうがない子ね」

 しょうがないのはおまえだ。
 喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込み、アリスの背を押す。
 アリスの家に入ると直ぐに人形たちが稼働して、私たちを迎え入れてくれた。

 とりあえず部屋の奥まで進んで、リビングに座り、私は帽子から酒瓶を取り出す。
 最近開発した収納力アップの魔法――という名の家庭の知識――で、常に色々淹れていたのだ。

「特性のキノコ焼酎だ。安全性は確認済みだから、呑むぞ」
「まだ日も落ちていないわよ?」
「いいから!」

 私が強くいうと、アリスはわざとらしく肩を竦める。
 そうしてから、人形たちが酒器とワインとピーナッツを持ってきた。
 流石アリス、気が利くぜ。

 アリスは口元の布だけ器用に外すと、グラスに私のキノコ焼酎を注いだ。
 それからそれを、私と自分の前に置く。
 普段なら、昼過ぎから酒盛りなんて、ぜったいしないのに。

「うん、あら?けっこう美味しいじゃない。ちょっと強いけど」
「だろ?ほら、もっと呑め」

 私もちびちびと飲み始めるが、見ていて解るほどにアリスのペースが早い。
 一杯二杯と飲みもして、三杯目にはワインを注ぎ、どこからか持ってきたウィスキーまで飲み出した。

「いやいやいや、飲み過ぎだって!」
「そうかしら?まらいへるわよ?……まだいけるわよ」
「言い直せるなら、確かに……じゃなくて」

 急ピッチで呑み続けるアリス。
 私にはその姿が、無理をしているようにしか見えなかった。
 なにかに耐えるように、何かを振り切るように呑んでいるようにしか。

「なぁ、アリス」
「なによ」
「悩みが――あるんじゃないのか?」

 悩みなんかない。
 そう斬って捨てられる可能性の方が、高いだろう。
 でも、それでも。

「貴女に話すようなことは、なにもないわ」
「私が聞きたいんだ。私が、アリスと一緒に悩みたいんだ」

 アリスが、口を噤む。
 口元しか見ることが出来ない。
 唇しか見ることが、出来ない。
 そのことが、どうしてだか物悲し無かった。

「私じゃダメか?」
「魔理沙……」
「私じゃ、アリスの悩みは聞けないのか?」
「魔理沙?貴女……」
「私じゃ――――アリスの力になれないのか?」

 とんと、静かに沈黙が降りる。
 アリスはもう一度黙り込み、それからキノコ焼酎をグラスに注いだ。
 表面張力ギリギリで、零れないように口に運び、そうして一気に飲み干した。

「――あのね」
「ああ」

 そうしてアリスは、ゆっくりと語り出してくれた。
 一言、たった一言で箍が外れたのか、迷うことなく。

「人形作りに、行き詰まっているの」
「ああ」
「私が作りたいのは、完全に自立した人形」
「そう言ってたな」
「なのに、どうやっても、“私”あっての人形にしかならないの」

 ワインを注いで、飲み干す。
 口元から覗く肌は僅かに赤くなっていて、酔いと気の昂ぶりが混ざり合っていた。

「ダメなのか?」
「ダメよ。それじゃあ、いつまで経っても私から分離した人形は、作れない」

 もう一度注いで、飲み干して、グラスを机に叩きつける。
 その様子が痛々しくて、私はアリスの手の平を、自分のそれで包み込んだ。

 布越しでも、彼女の手は冷たい。
 けれどその冷たい肌の下には人形に対する真摯な想いがあるということを、私は知っていた。
 いつだって、アリスのそばで、アリスを見てきたから。

「ゆっくりと、他の所から調整していくのはダメか?」
「ダメよ、ダメなの!」

 声が、荒くなる。
 酒気を帯びた吐息が、私の手を熱で包み込んだ。
 その度に、背中がむず痒くなるのを、ぐっと押し隠す。

「術式も整ってきている。回路の構築も直ぐに取りかかれる!それでも――」

 握る手が強くなり、握り返す力が強くなり。
 彼女の言葉で、私の睫毛が揺れる。
 アリスの心の震えに、共感するように。

「――それでも」

 心に淀んだ泥を、吐き出すように。
 尻すぼみになっていく言葉と熱が、私を灼く。

「――それでもっ…………“私”という要素が“私の夢”を邪魔するのよ!」

 言い切って、止まる。
 もうそれ以上言葉が紡げないのか、アリスはただ沈黙を続かせた。

「それで、忍者、なんだな」

 自分の存在を、人形よりも目立たせなくする為に。
 自分の存在を、人形から切り離す為に。
 自分の存在を、極限まで薄くする為に。

「私は人形遣いのことは、よくわからない」
「魔理沙……それは、だって」
「でもな、アリスがどれだけ自立人形に対して向き合ってきたかは、知っているんだぜ?」
「ぇ?」

 いつも、真剣だった。
 他人に対しては興味もありませんって顔をしている癖に、無駄に親切で。
 根は優しいんだろうなって思うことが、何度も何度もあった。
 その優しさは、きっと人形に注がれているんだろうって思えるほどに、彼女は、アリスは真剣だったから。

「自分を控えめになんかしなくて、いいじゃないか」
「でも」
「人形たちだって、アリスの想いを真剣に受け取ってるんだ。だったら――」

 アリスの顔を覆う布を、取る。
 涙に濡れた碧玉の瞳は、ランプの明かりを呑み込んで、瑠璃色に輝いていた。

 私の大好きな、アリスの瞳だ。

「――だったら、アリスが“自分”を、自分たちが好きな“アリス”を隠してたら」

 頬に手を当て、涙を掬う。
 月からこぼれ落ちた星は、きっとこんな風に煌めいているんだろう。
 冷たいように見えても、優しくて、こんなにも温かいのだから。

「人形たちだって、自立しようと思えなくなっちゃうぜ?せっかく立ち上がっても、アリスと並べないんだってな」
「魔理沙……貴女」

 私の笑顔に、アリスは泣き笑いのような表情を返す。
 今は、それでいいから。だからいつか、花開くような微笑みを見せて欲しい。
 彼女が人形たちに時折見せる、木陰に咲くパンジーのような、可憐な笑みを。

「魔理沙。今日は、ごめんね」
「おっと、こんな時に言うのはなんだ?」
「ふふ、ええ――――ありがとう、魔理沙」

 最後に一杯、ワインを注ぐ。
 ルビーを恋色で溶かせば、こんな色になるのだろうか。
 熱も優しさも、全部が全部抱き込んだ、暖かな色に。

 グラスを合わせて、少しずつ呑む。
 今日はこうして、二人で飲み明かそう。
 たった二人だけの、宴会。

 私とアリスと、それから人形たちの――華やかな、宴をしよう。
















――結――



 アリスの家の前に、降り立つ。
 今日も天気は良好、洗濯日和の天気。
 温かな日差しに身体を解してから、私はアリスの家に入った。

「おーい、アリ……ス?」

 廊下を走り、リビングに駆け込み、それからアリスの姿を窺う。
 いつもように可憐な姿は――鎧に覆われていた。

「あ、れ?」

 バックステップで家から飛び出て、それから前ステップで戻る。
 朱塗りの鎧武者。サムライ姿に、私は目を向いた。なんぞこれ。

「いらっしゃい、魔理沙」

 うん、アリスの声だ。
 はぁ……まったく。

「……で、今度はどこで行き詰まったんだ?」
「どうにも控えめな思考回路しか構築できないの……また、付き合ってくれる?」

 鎧兜の下で、どんな表情をしているかは見えない。
 でも、見えなくても、わかる。

「はぁ――――ったく。しょうがないな」

 きっと彼女は、照れたように笑っているんだ。

「ありがとう、魔理沙」

 私の大好きな、あのパンジーのような優しい微笑みを――浮かべているんだ。






――了――
 パンジーの花言葉――――“純愛”



◇◆◇


 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
 またいずれお会いできましたら、幸いです。
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コメント



0.2810簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
>足下から、奇声がした。
ピクッ
てっきり、忍たまみたいな感じになるかと思ったけど違ってた
6.90名前が無い程度の能力削除
控えめにするにしても忍者てww
10.100名前が無い程度の能力削除
チンパンジーのような笑顔に見えたのは俺だけ…?
12.100名前が無い程度の能力削除
good
25.100名前が無い程度の能力削除
これは吹いたwwそりゃ文も慌てるさ!
でもこんなシュールなマリアリもいいんじゃないかな。
26.100名前が無い程度の能力削除
どこかずれて悩んじゃうアリスも好きです。
32.100名前が無い程度の能力削除
可愛い
34.100名前が無い程度の能力削除
想像したら…
36.100名前が無い程度の能力削除
シュールすぎる……
39.100名前が無い程度の能力削除
ペロッ・・・どことない天然アリス臭、これは金曜日のアリス!
40.90名前が無い程度の能力削除
どういうことなの……?
49.100名前が無い程度の能力削除
えっ
51.100名前が無い程度の能力削除
所々で見られるアリスの動作、想像すると可愛らしくてにやけます(踏まれるところ、鎧の下で笑顔を浮かべるところ)。……でも読み終わった後、やっぱり忍者が気になる。理由を知っても魔理沙と同じようには納得できないのです。そのシュールさがこの作の魅力なのかもしれないな、と思いながらも楽しく読みました。ごちそうさまでした。
56.100名前が無い程度の能力削除
そういえばアリスって微妙に変なんだったw
60.100名前が無い程度の能力削除
最初の一文を観た瞬間に『金曜日』という単語がへばりついて離れなかった……
アリスの姿を想像したら絵面が酷すぎてむしろ泣けて来たよ……w
65.100橙華とっつぁん削除
可愛い、可愛いんだけどとりあえずアリス、貴方の忍者像は激しく間違ってますから!
そういう目立つキャラクターじゃないから忍者は!
70.80名前が無い程度の能力削除
発想がユニークなアリスだw
面白かったです。
75.90名前が無い程度の能力削除
飛躍しすぎなアリス面白かったですw
76.100名前が無い程度の能力削除
最初の一行で ああ、金曜日か とか思った自分はもう貴方無しではダメなのかもしれない
84.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙がアリスの奇行に振り回される異変