普通の魔法使いこと霧雨魔理沙。
陽気で活発な彼女には、友人と呼べる者が多く存在する。
異変が起きる度、競うように共に解決する博麗霊夢。
古くからの知り合い、森近霖之助。
人間の友である河童、河城にとり。
貴重な本の提供者パチュリー・ノーレッジ。
他にも挙げていけばきりが無い程だ。
そんな中に、魔理沙にとって特別な者が一人いた。
七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドその人である。
元は犬猿の仲だと自他共に認めるほどに相性の悪かった二人。
だが、ある異変で組んだのを切欠に、二人の関係は変わっていった。
知り合い、友人という枠を越えた、大切なパートナーとしてお互いを認識し始めたのだ。
アリスから見れば、魔理沙は手のかかる妹のような存在に映っているようだ。
しかし、魔理沙がアリスに抱く感情は違っていた。
パートナーという枠すらも飛び越え、まるで男女のそれのような気持ちを胸に秘め始めていたのだ。
「おーいアリス。魔理沙さんが遊びに来てやったぞ」
「あら、こんにちは魔理沙」
そうなってしまえば話は早い。
魔理沙はアリスの元へ通い詰めた。
自分の気持ちに素直なのだ。
会いたいとなれば会いに行く。
それが魔理沙という人間だった、
「ん? どうしたアリス。何か顔色悪いぜ」
「あら、よくわかったわね」
当然だ。
好いている者の変化に気付かない筈が無い。
どこかの人形遣いと違って、鈍感ではないのだ。
「どうもここ最近、体調が悪くてね。お陰で魔法の研究も進まないわ」
「なるほど。それで今日は動き回ってる人形が少ないのか」
「そういう事。今は三体動かすのが精一杯ってところね」
「人形遣いってのも大変なんだな」
「まあ、紅茶くらいなら淹れられるわ。少し待ってて」
「あまり無理するなよ」
「いいのよ。退屈で死にそうだったんだから」
アリスは人形に指令を飛ばし、紅茶の用意を始める。
その様子を見ればなるほど、人形の動きにいつもの精細さが感じられない。
「お待たせ。お茶請けはクッキーでいいかしら」
「ああ、十分だぜ」
「それで、人形に詰める爆薬の量間違っちゃってね。もう少しで家が無くなるところだったわ」
「ははは、アリスでもそんな失敗するんだな」
アリスの用意したお茶とお菓子を楽しみながら、取り留めの無い話に興じる。
普段よりアリスの口数が多いのを見るに、死ぬほど退屈していたというのは大袈裟ではなかったようだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていき、気付けば太陽が地平線に隠れようとしていた。
「っと、もうこんな時間か。そろそろ帰るぜ」
「あら本当。つい夢中になっちゃったわ」
「じゃあな。病人はゆっくり休むんだぜ?」
「あ、ちょっと待って。これあげるわ」
「ん? これは‥‥」
アリスが手渡したのは、一体の人形。
黒と白の服、大きな黒い帽子、金の長髪、勝気そうな明るい表情。
「‥‥私か?」
「ええ。人形を作るくらいしかする事が無くてね。魔力も何も入ってない普通の人形だけど、よかったら貰ってちょうだい」
「普通の魔法使いには普通の人形がちょうどいいぜ。サンキュー」
「またいらっしゃい。今度はちゃんとお持て成しするわよ」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
挨拶を交わして別れる二人。
その晩魔理沙が、人形を抱きしめながら、幸せそうな表情で眠りに就いたのは言うまでもない。
「さてと。そろそろアリスの奴も回復した頃だろう。行ってみるかな」
アリスに人形を貰ってから三日ほど、魔理沙はアリスの家を訪ねるのを自粛していた。
自分が行けばアリスの退屈は紛れるだろうが、世話焼きなアリスはゆっくり休めないだろうとの配慮だった。
「おーい、アリス。起きてるか?」
「あらおはよう。早いのね」
「おう。もうすっかりよくなったみたいだな。‥‥ん? どっか行くのか?」
見ればアリスは、普段よりも若干念入りにお洒落をしているようだった。
じっくり見なければわからない程度だが。
「毎度よくわかるわね。ちょっと里で人形劇を頼まれてね」
「おいおい、病み上がりだろ? 大丈夫なのか?」
「ええ。今まで寝てばかりだったんだもの。体が腐っちゃうわ」
「むう‥‥」
「そういうわけだから、もう出るわ。ごめんなさいね」
「ああ、じゃあな」
アリスが飛び去った後に、一人ぽつんと取り残される魔理沙であった。
その後しばらく、アリスは多忙だった。
「今日は霊夢のとこに用があるの。一緒に行く?」
「フランに新しい人形を届けに行って、ついでに本でも借りてくるわ」
「霖之助さんの店に、珍しい布地が入ったみたいなの」
「前にやった劇が評判でね。寺子屋でも頼まれちゃったわ」
魔理沙や霊夢ほどとは言えないまでも、幻想郷でも社交的な部類のアリスはそれなりに顔が広い。
臥せっていた退屈な時間を取り戻すかのように精力的に飛び回るアリス。
そんな生活を数週間続けた結果‥‥
「こほっこほっ‥‥あら、いらっしゃい魔理沙‥‥」
「お前、結構バカだろ」
無理が祟って、再びダウンしてしまったのだ。
「少しはしゃぎすぎたかしら。妖怪は滅多に体調を崩さない分、一度弱ると案外脆いのね」
「病気が治ったからって私に構わなくなったから、罰が当たったんだぜ‥‥」
「ん? 何か言った?」
「いや、気にするな。独り言だ」
誤魔化すように答え、視線を室内に彷徨わせる魔理沙。
どうも、部屋中が薄汚れているように見える。
動いている人形の姿も見えない。
「なんだ。前よりひどいのか?」
「ちょっとだけね。あなたの言う通り、病み上がりに無理しちゃいけないみたいだわ」
「それ見た事か。大丈夫か?」
「ええ。少し待ってて。今、テーブル周りだけでも掃除するわ」
「いいって。寝てろよ」
「でも‥‥」
魔理沙が静止するが、アリスはなかなか言う事を聞こうとしない。
「ああもう! 病人は大人しくしてろって! 私がやってやるから!」
言うが早いか、魔理沙はてきぱきと掃除を始める。
アリスに比べると雑だが、それでもなんとか一応の面目は立つ程度に綺麗になった。
「魔理沙‥‥」
「どうだ? アリスが無理しなくても、これくらいなら代わってやれるんだぜ?」
「ありがとう。でも、それが出来るなら、自分の家もちゃんと片付けなさいよ」
「うっせい」
自分の生活態度を指摘され、むくれてしまう魔理沙だった。
「ところでお前、ちゃんとご飯食べて、ゆっくり寝てるのか?」
「私、本来はどっちも必要ないんだけど」
「それは健康な魔法使いの話だろ。病人は万国共通、人妖共通で栄養と睡眠が必要なんだぜ」
「そういうものかしら‥‥寝てはいるけど、食事は面倒で摂らない事が多いかも」
「そんなんじゃ、治るもんも治らないぜ」
予想通りの答えに、魔理沙は溜め息を吐く。
そして、少しの間考えを巡らせる。
「よし、今日からしばらく私が看病してやる」
「ええ? いいわよそんな‥‥」
「いいやよくない。そもそもお前、治ったらまた無理しそうじゃないか」
「もう大丈夫よ。学習したわ」
「信用できんな。そこら辺も含めて、監視させてもらうぜ」
「もう‥‥強引ね」
「へへ、そうと決まれば、早速ご飯の支度でもしてくるぜ。スープくらいなら飲めるだろ?」
「ええ」
「よし、じゃあ出来るまで寝てろよ」
「魔理沙」
「ん、どうした?」
「ありがとう‥‥」
「よせよ。照れるぜ」
こうして、アリスと魔理沙の共同生活が始まった。
「アリス。おい、アリス。大丈夫か?」
「魔理沙‥‥うん、大丈夫‥‥」
それから数日。
普段の魔理沙からは想像も出来ないほど、献身的で甲斐甲斐しい看病とは裏腹に、アリスの体調は悪化していった。
「ほら、水だ。飲めるか?」
「ん、ありがとう‥‥」
始めは眩暈や倦怠感。
次に軽い手の痺れが表れた。
その症状も徐々に重くなっていき、今では手足がまともに動かせず、一人ではベッドから起き上がる事も出来なくなっていた。
「私、どうしちゃったのかしらね‥‥」
「最初は、人間でいう風邪みたいなもんだと思ってたんだがな」
「何か妖怪特有の病気でも拾ってきちゃったかしら」
「そんなもんあるのか?」
「わからないわ。とりあえず、永遠亭にでも行った方がいいかしらね」
永遠亭に住む薬師、八意永琳。
彼女ならば、この原因不明の奇病についても知識があるかも知れない。
「永遠亭か‥‥」
「どうしたの?」
「いや、原因がわかるかも知れないと思うと怖くてな」
「確かにね。不治の病とかだったりしたら、お手上げだもんね」
「お前‥‥随分暢気だな。自分の体だぜ?」
「心配し過ぎても無意味でしょう? 病は気から、なんて言葉もあるしね」
「‥‥そうだな」
不安で一杯であろうにも関わらず、普段以上に明るく振る舞おうとするアリス。
結局二人は、永遠亭に出向く事を決めた。
「お疲れ様。検査の結果が出たわ」
「本当に疲れたわ‥‥」
永琳の元を訪れたアリスは、ありとあらゆる検査を受けた。
血液の採取から始まって、鈴仙の能力を利用した脳波の検査、最近河童が開発したというX線での検査等々。
「それで、結果なんだけれど‥‥」
「どうだった? 何かわかった?」
「‥‥ごめんなさい。殆どわからなかったわ」
「え?」
表情を曇らせ、申し訳無さそうに告げる永琳。
「いわゆる病原菌も検出されなかったし、骨にも神経にも異常無しよ」
「そう‥‥」
「ただ、上手く脳から全身に指令を伝達出来ていないみたいなのよ」
「それって‥‥どういう事?」
「あなたにわかりやすく言えば、何らかの原因で人形に魔力を通せないといったところかしら。あなた自身にも人形にも、糸にすら問題は無いのに何故か人形が反応していないようなものね」
「そんな‥‥」
「何か心当たりはない? いつもと違う事をしたとか‥‥変な物を食べたとか」
「変な物‥‥」
永琳の言葉に、アリスは魔理沙の方に視線を向ける。
「強いて言うなら、魔理沙のご飯かしら」
「おい、失礼な奴だな」
「冗談よ」
こんな時でも軽口を叩いて見せるアリスに、場の空気が少しだけ軽くなる。
「‥‥気休めかも知れないけれど、命に関わってくる事はないわ。そこは保証できる」
「そう‥‥わかったわ。ありがとう永琳。魔理沙、帰りましょう‥‥」
「ああ。‥‥アリス、大丈夫か?」
「ええ。大丈夫よ」
そう答えるアリスだが、目に見えて落ち込んでいる。
魔理沙でなくともわかるくらいに。
アリスを抱えるように飛ぶ魔理沙は、アリスの頬が濡れているのを見た。
それから更に数週間が経つと、アリスは魔理沙の手助け無しでは殆ど何も出来ない状態になった。
無論、外に出かける事も出来ず、弱りきった姿を皆に見られるのをアリス自身が嫌った事もあり、アリスはここ暫く魔理沙以外の者と接触していない。
「アリス、そろそろ寝巻きを替えようぜ。こいつでいいか?」
「ええ‥‥」
「よしよし、ついでに体も拭いておこうなー」
「魔理沙‥‥」
「ん? どうした?」
「迷惑かけてごめんね‥‥もう、私には構わず‥‥」
「バカ言うな!」
アリスの言葉を遮り、魔理沙が言う。
「私は好きでやってるんだ。迷惑だなんて言うなよ」
魔理沙の言葉は事実だった。
確かに色々と大変な事も多いが、アリスのためだと思えば苦にはならない。
そして何より、アリスが自分一人を頼ってくれているというこの状況が嬉しかったのだ。
「これからも、私はずっと一緒にいてやる。お前が元通りの生活を送れるようになるまで、ずっとな」
「魔理沙‥‥」
「だからお前は何も気にしなくていいんだ。わかったか?」
「うん‥‥魔理沙‥‥ありがとう‥‥」
「礼なんていらないって」
「うん‥‥」
「そんな心配をするより、楽しい事でも考えておけよ。体がよくなったら何がしたいか、とかさ」
「そうねえ‥‥霊夢にも会ってないし、図書館にも顔を出さなきゃ」
「うん」
「それから、里にも行きたいわね。あとは‥‥」
未来への希望に想いを馳せると、リラックス出来たのかアリスは静かに寝息を立て始める。
その寝顔は、ここ暫く見ていなかった、非常に安らかなものだった。
少しの間アリスの寝顔を堪能した魔理沙は、夕飯の支度のためにキッチンへ向かう。
勝手知ったる人の家とはよく言ったもので、魔理沙はアリスの家にすっかり順応していた。
キッチンの棚の上には以前アリスに作ってもらった魔理沙人形がちゃっかりと鎮座している。
最初の頃こそ手間取ったものの、今では人並み以上に美味しい物が作れるようになった。
慣れた調子でてきぱきと調理する事数十分。
今のアリスでも食べやすいように工夫された料理がそこに並んでいる。
「うん、上出来上出来。こんなもんだろ」
自分の成した結果に満足そうに頷く魔理沙。
出来上がった料理を盆に載せて運ぼうとする。
が、その動きを中断した。
「おっと、いかんいかん。肝心の仕上げを忘れるところだったぜ。私の愛情をたっぷり込めないとな」
料理の載った盆をテーブルに戻し、魔理沙はおまじないをかける。
「美味しくなーれ、美味しくなーれ‥‥なんてな」
アリスのためだけに作った料理に。
アリスのためだけに研究した。
アリスのためだけにずっとかけ続けてきた。
アリスのためだけの特別な、お呪いを。
「ああ、アリス。可哀想なアリス。今は私だけを見ているアリス‥‥」
まるで演劇の主人公のように大袈裟な口調で、その場にいないアリスに語りかける魔理沙。
「体が元通りに治ったら、霊夢に会いたい? 図書館? 人間の里?」
先程のやり取りを思い出し、肩を竦める。
魔理沙の名前は出てこなかった。
「好きにすればいいさ。けど治るまでは、お前は私だけのものなんだ。だから‥‥」
隣の部屋で眠るアリスの姿を思い浮かべ、魔理沙は幸せそうに笑う。
「お前の全てを借りておくぜ‥‥死ぬまでな」
その笑顔は、棚の上に座る人形の底抜けに明るい笑顔とは、似ても似つかないものだった。
マジかよ、絶対にコレとは無縁だと思ってたあの娘が……
しかし……なんてこったい……
まさしく、魔理沙は大変なものを盗んでいきま(ryってとこか……。
「何か変なものを食べたか」という質問に対する冗談めかしたアリスの言葉……あれも伏線なんでしょうね。
それと永琳気(ry
この設定でまた読みたい!
好きな子を自分の物にするためならどんな手を使ってでもって言うのがいいですね アリスが病むより魔理沙の方が病むのが1番ですね。(アリス限定で)
だったとは……背筋が凍ったんだぜ。
マリアリ+ヤンデレ魔理沙+ハッピーエンドで超俺得でした
明るいヤンデレこわいよぉ……
明るいヤンデレもまた違った感じで怖いですね。
ヤンデレの方に目線が行きがちですがこの作品のすごい所は始めは表面上の魔理沙の甘い恋心を表し
最後に本心を見せる。 アリスがこの魔理沙の心情を知らない所が魔理沙の病み具合を際立たせていると思います。そこがすごく読んでいて楽しかったです。
最後はひやっとしましたが、納得のいくラストでした。
皆見舞いに来るだろうし、その誰かは(特に霊夢辺りは)理由に気づくはず。
少なくとも体が動かせないまでになったのなら何とかしようと各人動くだろうし。
ちょっと理論が穴だらけ過ぎてヤンデレ以前に楽しめなかった。
この後勘の良い巫女さんが駆けつけてくれると信じてる。