美鈴が痛いです。もの凄く痛いです。
本当に痛いです。やばいくらい痛いです。ご注意下さい。
それは本当に唐突だった。
太陽が真南の空を駆け抜ける時頃、咲夜は紅魔館の清掃の為に右に左に奔走していた。
そして、その掃除の中で、咲夜一人では少しばかり持ち上げられそうにもない調度品が在った。その場所を何とか掃除する為に、
咲夜は調度品を移動させる必要があり、そこで同僚である美鈴の力を借りようと考えた。
普段は館の門番を務めている彼女の同僚ならば、きっと二つ返事で了承してくれるだろう。そんな風に考えながら、
掃除道具を一度片づけて咲夜は美鈴のいる門前へと足を進めたのだ。
門の前には、いつものように直立不動で業務に携わる美鈴の姿があり、そんな何一つ変わっていない…ように見えた美鈴に、
咲夜は声をかけたのだ。それが全ての悪夢の始まりであるとも知らずに。
「ねえ、美鈴。少し時間を貰っていいかしら。貴女に少しだけお願いしたいことが……っ!?」
「覇っ!!!」
美鈴に声をかけた刹那、咲夜は気付けば懐からナイフを取り出して『何か』を迎撃していた。
自分の行動を頭で理解できたのは、突如襲い来る攻撃を防ぐことが出来てから。咲夜の身に刻まれた幾度もの戦闘経験が
彼女の身体を無意識の中においても守り通してくれたのだ。自身のナイフが受け止めたモノを見て、咲夜は驚きのあまり言葉を失う。
彼女のナイフの先に存在するは、紅魔館の守護者であり彼女の同僚である美鈴のしなやかな右脚。その美脚が美しさだけではなく、
一薙ぎすれば人妖の首などあっけなく吹き飛ぶほどの威力を秘めていることは、長年の付き合いである咲夜は恐ろしい程に理解していた。
だからこそ、咲夜は驚きを隠せずにはいられなかったのだ。あの美鈴が、そのような凶器を自身に向けてきたという現実に。
驚愕、そして訪れる感情は困惑。咲夜は美鈴の妖怪らしく無さ過ぎる程の温和な性格をよく熟知している。例え咲夜が美鈴をどれほど
怒らせたとしても、美鈴が咲夜に攻撃をするなど絶対に在り得ない――それほどまでに、美鈴からの攻撃は咲夜の心を酷く動揺させたのだ。
「ちょ…ちょっと美鈴、貴女一体何を…」
「――さん」
「え…ごめんなさい、今何て…」
咲夜の問いかけに、美鈴は小さな声でぽつりと何かを呟いた。
その声が聞きとれず、咲夜は美鈴にもう一度訊ねかけると、そんな咲夜の問いに美鈴は目を見開いて言葉を放つ。
それは咆哮、それは怒声。腹から怒りを込めた美鈴らしからぬ叫びが、紅魔館の敷地内に響き渡った。
「何人たりとも私の眠りを妨げる奴は許さん!!私はそう言ったのよ!!」
「は…?」
「暗き地底に縛りつけていた我が暗黒龍(ダークネス・ヴェルザー)を解き放つこと、それがどれくらいの愚行か
貴女が知らない訳ではないでしょう、無限世界の番人(クロノス・ゲート)」
「え?え?ダークネ?クロノス?ちょ、ちょっと待って美鈴、貴女何を言って…」
「っ!?まさか、私の封印を解くほどの事態が起きたとでもいうの!?
何てこと…神々の尖兵(アーケン・ヴァルキュリア)がこんなにも早く胎動し始めるだなんて…これが世界の選択なのね…」
「あ…あ…お…」
只管異次元言語で言葉を紡ぎ続ける美鈴に、咲夜は言葉を失い、まるで酸素を求める金魚のように口をぱくぱくとさせる。
もし、今の咲夜を霊夢や魔理沙が見たら文にカメラを借りて写真を永久保存版として残すに違いないだろう。
それほどまでに今の咲夜はいつもの瀟洒な姿とはかけ離れていた。しかし、それも仕方のない頃だろう。なんせ幻想郷の中で彼女が
一番親しく仲の良い友人が、急にこのような在り様になってしまったのだから。
考えても見て欲しい。温厚で優しくて、いつも相談に乗ってくれて自分を励ましてくれて、胸を張って親友だと言える大切な女の子が。
「…いいでしょう。所詮神々など見下す者達がいなければ己の存在価値すら見出せぬ屑共。糸の切れた人形(マリオネット)に意味など無し。
異界の牙(ヘルズ・ソルジャー)の七番である私が直々に遊んであげるわ。クロノス、悪いけれど貴女の出番はないわよ?」
「お、お嬢様あああああ!!!美鈴が、美鈴が大変なことになってますーーーー!!!!」
親友だと言える大切な女の子が、真顔でこんな台詞を吐いてくるのだ。
こんなの咲夜じゃなくても動揺するし泣きたくもなる。『私の親友を返せ』と右ストレートを放っても罪にもは問われないくらいだ。
館中に響き渡った咲夜の声は、彼女らしくない『年相応の少女の悲鳴』だったとか何とか。
「ふうん…確かに、いつもの美鈴とは違うわね」
紅魔館の一室。咲夜の訴えを受け、紅魔館の住人全員がその部屋に集合していた。
館の主であるレミリア、その妹のフランドール。図書館の主であるパチュリーに使い魔である小悪魔。そして、肝心の騒ぎの
元凶である美鈴に、彼女を涙目でここまで連れてきた咲夜。以上が部屋に存在する人々である。
美鈴の様子がおかしい、いつもの美鈴と違う、こんなの私の知ってる美鈴じゃないという咲夜の声に、レミリア達は首を傾げながらも
美鈴に接してみたのだが、成程、確かに咲夜の言うとおり美鈴が普段の彼女とは違うなと感じていた。
とはいえ、接したと言っても、レミリアの問いかけに美鈴が一言二言答えただけなのだが、それだけでも『全然違う』と理解される辺り、
今の美鈴は本当にキャラ崩壊にも程があるのだろう。ちなみにレミリアと美鈴の会話を簡単にまとめると以下の通りである。
『美鈴、咲夜の話では貴女の様子がおかしいみたいだけど』
『様子がおかしいのは私ではなく私の中のもう一人の私だ。私の中には荒れ狂う暗黒龍が眠っている』
『龍?貴女って龍の妖怪だったの?それはいいわね、吸血鬼が龍を従えるなんて私の株が更に上がるわ』
『フッ、誇るがいい我が敬愛し吸血姫(カーミラ)。貴女の指揮(タクト)一つで世界の在り方をも私が変えてみせよう』
こんな頭の非常に悪過ぎる会話を繰り広げ、横で見ていたパチュリーの判断が最初の言葉である。
パチュリーの言葉に、咲夜は力強くコクコクと頷く。小悪魔は色々と困惑するような瞳で美鈴を観察し、フランドールに至っては
『何コイツ気持ち悪』的な視線を容赦なく美鈴に浴びせていた。だが、そんな視線を美鈴は気にすることはない。少しは気にして欲しいくらい気にしてない。
軽く息をつき、パチュリーは再び言葉を紡ぐ。それは咲夜への状況確認。
「それで、美鈴がこうなってたのは本当に今しがたなのね?」
「は、はい。それは間違いありません。今日の朝、一緒に朝食を摂ったときはいつもの美鈴でしたし…」
「成程ね…さて、これが美鈴の唯の気まぐれやイメージチェンジだと言うなら笑って済ませてあげられるのだけれど、
生憎美鈴はそんな妖怪ではないものね。普通に考えるなら、美鈴に何かしらの異変が生じていると考えるべきでしょう」
「何とか治す方法を考えないといけませんね…流石にあの美鈴さんがこの…言葉にするのも憚られる病を患っているのは、ちょっと…」
咲夜、パチュリー、小悪魔が互いに顔を見合わせ、大きく溜息。彼女達のリアクションも当然のことで、
紅魔館の中でも取り分け常識人かつまともだった美鈴がこの様では流石に具合が悪過ぎる。何より痛い。痛々しい。見ててうわーってなる。
あのほんわかして穏やかな美鈴が、色んな意味で堕ちるところまで堕ちてしまっている状態はなんとしても止めなくてはならない。
早急に対処法を考えようとしていた三人だが、そんな彼女達とは裏腹に少女達の主からとんでもない意見が飛び出してくる。
「別にこのままでも問題ないんじゃないか?このままの美鈴でも」
「お嬢様!?お願いですから、私の胃薬の消耗量を二次曲線状に増加させるような発言はお止め下さい」
「いや、だってこのままでも仕事には何ら問題ないじゃない。美鈴、貴女門番は出来るんでしょう?」
「当然よ。この地は私の護るべき大地(アルカディア)だもの。我が紅き守護者(ヴァーミリオン・ガーディアン)としての在り方は揺るがないわ」
「緋色(スカーレット)じゃなくて朱色(ヴァーミリオン)なんですか?いやいやいやいやいや…」
「小悪魔、今の美鈴にそういう突っ込みは止めておきなさい。
問題あるに決まってるでしょう、バカレミィ。こんな美鈴が仕事しても仕事になる訳ないじゃない」
「でもパチェ、今の美鈴っていつもの美鈴よりオーラがあるというか、雰囲気が在るように感じないか?
まさに吸血鬼の尖兵に相応しい空気を持っているというか、私好みと言うか。なあ美鈴、館の守護はお前には無理なのかい?」
「侵入者の足止めはいいが――別に倒してしまっても構わないでしょう?」
「フッ…吠えたわね、美鈴。いいでしょう、貴女の力、我が前に示しなさい!」
「『示しなさい』、じゃないのよアホレミィ。こんな痛過ぎる門番なんて恥ずかしくて館の外になんて置けないでしょ。
大体、そういう病気持ちは貴女一人で十分なのよ。むしろ手に余り過ぎてるのよ。そのあたりは理解してる、スカーレット・デビル?」
「え、嘘?私ってパチェから病気持ち扱いされてたの?私凄く健康体なんだけど」
「自覚症状なしなんて末期もいいところね。八意永琳だって匙を全力で投げ捨てる訳だわ。
貴女の件は既に諦めてるから良いけれど、美鈴までそっちの世界に行かせる訳にはいかないのよ」
「…ねえ、フラン、私病気じゃないわよね?」
「病気だよ。今の美鈴って、調子乗ってるときのお姉様見てるみたいで気持ち悪いもん」
パチュリーの不意打ちとフランドールの追い打ちのコンボをくらい、これ以上ないくらい凹む主。
だが、今の彼女達はそんな主のことを気遣う余裕など存在しない。彼女達が考えるのは、如何に美鈴を治してあげるかなのだ。
その為には、どうして美鈴がこうなったのかを知る必要が在る。原因を追究しなくては、対処の打ちようもないのだ。さて、どうしたものかと
首を傾げる咲夜達だが、そんな頭を悩ませる彼女達に色んな意味でアクセル全開の美鈴が言葉を紡ぐ。
「何を悩んでいるのかは知らないけれど、行動が伴わない卓上議論など空虚に終わるだけよ。
咲夜はまだ幼いから良いとしても、知識の番人(インデックス)の頭の固さにはほとほと参るわね」
「…知識の番人(インデックス)ってパチュリー様のことでしょうか。
何か美鈴さんの中で私達のキャラ付けが勝手に進んでるみたいなんですけど…」
「というか、さっきからどうしようもない程の上から目線がムカつくわね。賢者の石叩き込んでいいかしら」
「止めてください…こんな風になっても、一応美鈴なんですから…本当、どうしてこんなことに…」
大きく溜息をつく咲夜に、美鈴は視線を向け、優しく微笑む。
『元気を出せ』というように、優しく頭を撫でてくる美鈴。でも、流石の咲夜でも頭を痛めさせている元凶の上に限界突破するほどに
気持ちの悪い言動を繰り返す美鈴相手ではナデポされてやれる筈もない。鬱陶しそうに手を払いのけて、パチュリーに口を開く。
「とにかく本当に早く何とかしてください。でないと、私の友達は胃薬と頭痛薬だけになってしまいます」
「愛と勇気以下の友達ね、泣けてくるわ。とにかく美鈴がこんな風になったのは、朝から昼にかけての間…と。
その間、美鈴はずっと門番していて、接した人は私たちの中では誰もいない。こんな状況じゃ、美鈴から直接問いただすしかないんだけど…」
「ねえ、幻霊悪魔(ホロウ・デビル)。貴女は悪魔界では第何階級に属しているのかしら?」
「えっと、もしかしなくてもホロウ・デビルって私のこと…ですよねえ。いやいやいやいや、階級とかありませんからね?そんなの存在しませんからね?」
「悪魔、懐かしいわね…私も昔、第二階級の悪魔と永遠とも思えるような死闘を繰り広げたものよ。
おかしなものね。あの頃、あれだけ悪魔を憎んでいた私が、今や自らを闇に属させ悪魔に従っているだなんて。滑稽だとは思わない、第八階級?」
「いやいやいやいや、そんなこと訊かれましても…というか私は第八階級悪魔なんですか。もう訳が分からな過ぎてどうすればいいのか…」
「でもね、所詮どんな存在も結局のところは同じなのよ。一皮むけば神も悪魔も何一つ変わりはしない。
だからこそ、私はあの偽善と独善の正義を捨て、世界の全てに嫌われようと悪の道を…」
「え、ここで語り出すんですか?語りだしちゃうんですか?しかもそれを私が聞くんですか?ちょっと本気で泣きたいんですけど…」
得意げな顔をして小悪魔に絡む美鈴を横目に、咲夜とパチュリーは互いに視線を飛ばし合う。『お前が訊けよ』と。
涙目な小悪魔の気持ちが痛い程に分かるほど、今の美鈴には触れたくない。それが二人の心からの本音だった。会話をしようとしても、
今の美鈴相手では絶対に会話にならない。しかも、不快な気分だけが募っていることは火を見るより明らかだ。二人とも大分堪えてはいるものの、
何か間違いを犯せば美鈴を元に戻すどころか冥界へ直送してしまいかねない。だからこそ、どうしたものかと二人は思い悩む。解決しなきゃいけないのに
今の美鈴には触れたくない。そんな、ジレンマを抱えていると、思わぬところから助けの手が入る。
「もういいよ、二人とも。私が訊いてあげるから」
「ふ、フランお嬢様。ですが…」
「大丈夫大丈夫。こういうのはお姉様で慣れてるから。伊達にお姉様と五百年近く付き合ってないから」
「…ねえ、泣いていい?私は泣いていいのよね?
親友にも妹にもボロカスに言われて、一体私が何をしたというのよ?」
「うるさいよ、不夜城レッド。それじゃ、悪いんだけれど、お願いできるかしらフランドール」
「いいよ。私も早く何時もの美鈴に戻って欲しいし…ねえ美鈴、話良いかしら」
フランドールが美鈴に言葉を投げかけると、美鈴はフランドールへと向き直り、その場の全員が驚くべき行動に出る。
彼女はフランドールの前に跪き、首を垂れて忠誠の証を示す。そんな美鈴の行動に唖然とする場の全員。
最初に意識を取り戻したのは対面するフランドールだった。口元をひくつかせながら、フランドールは美鈴に言葉を紡ぐ。
「め、美鈴…?その行動は、一体何…?」
「お戯れを。我がこの世の誰よりも敬意を抱く相手、フランドール様を前に許可なく首を上げるなど」
「…え、あれ、美鈴って私の部下よね?フランじゃなくて私の部下の筈よね?何これ、ネトラレ?略奪?」
「お姉様は黙ってて!と、ところで美鈴、貴女、何を以って私のことを敬意を抱く相手なんて…」
「全てです。フランドール様、その全てが私の憧れなのです。
破壊を司る力、狂気に囚われた心、そして歪かつ幻想を示す両翼…その全てが私の心を捉えて離さない」
「…つまり、それって」
「…美鈴さんの意見を集約すると、その」
「…フランドールお嬢様は、存在自体が…」
「う、うわああああああああ!!!!!いうなあああああ!!!それ以上言うなあああああああ!!!!!!」
それ以上は許さないとばかりに絶叫し、フランドールは顔を真っ赤にして床を転がり回る。
どうやら、美鈴的絶対評価で言うと、フランドールは要素的には美鈴の目標であるようだ。何がとは言わない。何のとは言わない。
ちなみに、他にも美鈴的高ポイントの人物は鈴仙とか小町とか幽々子とか。『狂気』『死』『無』こういう辺りが高ポイントらしい。
いっちゃってるところまで突き抜けてる美鈴からいっちゃってる理想キャラ扱いされたフランドールの心の傷は幾許のものか。絶叫に
絶叫を重ねて床を転がりまわり、やがて目を真っ赤にして立ち上がり、フランドールは言葉を紡ぐ。
「…帰る。もう家に帰る」
「帰るって貴女の家はここじゃ…」
「帰るの!もうこんな馬鹿美鈴に付き合ってなんかいられないわ!部屋に戻るの!」
「ちょ、ちょっとフランお嬢様!あの、美鈴に質問してくれる件は…」
「そんなの知らない!私はもう帰るったら帰るの!私は、私はお姉様とは違うんです!私はそんなに痛くない!!」
「え、そこで比較対象私なの!?」
涙目のままに、フランドールは皆の制止を振り切って部屋から出て行った。
フランドールが部屋から消えた今、咲夜とパチュリーと小悪魔の三人から醸し出される空気は重く。『どうするんだよコレ』である。
切り札的存在であったフランドールの退場はあまりに拙過ぎた。こうなってしまうと、三人のうち誰かが美鈴と対話をするしかなくなってしまう。ちなみに
レミリアは始めから戦力外である。彼女では美鈴と会話の波長が合い過ぎて収集がつかなくなってしまう上に、レミリア自身が今の美鈴を
肯定気味だ。変な話の流れで『もう美鈴はこのままでいこう』なんて決定されたら、本当に拙いとか言うレベルではないのだ。
静寂が三人の間を包み込み、やがて視線を合わせて覚悟を決めた三人が目配せし合った後に全てを賭して己が右手をつきだした。
突き出された各右手は、小悪魔とパチュリーの握り拳に対して、咲夜は勝利を目指したビクトリー。ここに勝利者と負け犬が決定された。
敗者は咲夜。彼女はじゃんけんという映姫様も認める公平勝負に負けてしまったのだ。肩をがっくりと落としつつも、敗者に逆らう権利はない。
咲夜は意を決して、美鈴に事情を訊く為に口を開く。その前に、部屋の胃薬があとどれくらい残っていたのかを思い出すことも忘れずに。
「ね、ねえ美鈴…少し質問いいかしら…」
「追い求めること、それ自体はとても崇高なことで否定はしないわ。だけど、それだけに囚われてしまうのは罪。
…そうね、今回だけは答えてあげるわ、咲夜。けれど、これから先は貴女自身で真実を求めなさい。
私はきっと、いつの日か貴女の力になれなくなるだろうから…ね」
「いやいやいやいやいや、何でそこで死亡フラグ立つんですか。どう考えても美鈴さんは咲夜さんより長生きするでしょ妖怪ですし」
「気にしたら負けよ小悪魔。でも、咲夜は変な仇名で呼ばれたりしないのね。不公平だわ」
「いえ、私も最初はクロノスとか何とか呼ばれていたんですが…」
「クロノスは貴女のコードネームでしょう。貴女には立派な十六夜咲夜という名があるじゃない。
十六夜と咲夜…二つの夜に咲き誇る一輪の華、素晴らしい名だわ。これ以上ない程に美しき名を与えられたのね」
「そうでしょう!ふふん、咲夜の名前は私が考えたんだからね!この世にこれ以上ない程に最高の名なのよ!」
「…えっと、つまり、美鈴さん判定で咲夜さんの名前が最高ってことは咲夜さんの名前って…」
「お嬢様、今日から私の名は『十五夜咲子(じゅうごや さきこ)』でお願いします」
「何その地味過ぎる改名!?私が三日三晩必死に考えた名前が三秒で捨てられたんだけど!?」
「そうね…私は今日から美鈴ではなく、冥麟と名を変えましょう。冥の果てに住まう麟(けもの)、まさに我が名に相応しいわ…」
「やばい、殺したい。こだわり眼鏡かけて本気で賢者の石ぶっ放したい。こんな気持ち初めてなんだけど」
「堪えてくださいパチュリー様…それより咲夜さん、質問の続きを…」
魔術を展開しかけたパチュリーを小悪魔が必死に抑え込み、咲夜はそんな小悪魔に応える為にも美鈴に質問を続ける。
例え会話にならなくとも、何とかヒントを。美鈴を元に戻す為に、いつもの普通通りの美鈴を取り戻す為の、何かヒントを。
そう必死に何度も何度も心の中で祈りながら、咲夜は美鈴に再度口を開く。
「ねえ美鈴、貴女今朝私と一緒に朝食を摂ってから昼過ぎまでの間、何か変わったこととか在る?
どんな小さなことでもいいの、貴女がこんな変化を生じてしまった、その原因要因…そのヒントが、私達は欲しいのよ…」
「おかしなことを言うのね、咲夜。私は何一つ変わらないわ。
もし、変わってしまったというのなら、それは貴女の方ではないの?貴女の世界が変わってしまったから、私が見えなくなってしまった。
この世界に変わらないものなんて何一つ存在しないわ。そう、絶対不変なものはなく、人の心ほど移ろいやすいもの。
…ああ、そうなのね。人々が私達『悪』を求める程に世界が『偽善』に満ち溢れているから、私の在り方も変貌しているのかもしれない…違うかしら?」
「違います」
「違います」
「違います。何言ってるんですかこの人」
美鈴の反論に三人揃って全員一致のお断り。何が何でもお断り。
レミリアは美鈴の空気に流されそうになって『そうかもしれない』などと思いかけていたりするが。
仕切り直すように咳払いを一つ、咲夜は再び美鈴に言葉を紡ぎ直す。間違っても相手のペースに乗ったりしないよう心がけて。
「お願いだから茶化したりしないで思いだして頂戴。貴女に一体何があったのかを教えて、美鈴」
「必死ね、咲夜。変化なんていつかは訪れるものでしょう、変わらずにいられるものなんてこの世に存在しない。
仮に私が貴女達の言う『変化』が続いたとして、貴女達がそれほどまでに必死になる理由なんてないでしょう?」
「いやあるに決まってるでしょ。あるからこんだけ私達が必死に元に戻そうとしてるんでしょ、頭沸いてんのかしらこの妖怪は」
「パチュリー様、この人は美鈴さんであって美鈴さんじゃないですから、お願いですから堪えてください…」
「問うわ、十六夜咲夜。貴女がそこまで必死になる理由は何?貴女は一体私に何を求めているというの?
例え私がどのような存在であろうと、貴女に――げふんっ!!!?」
美鈴が紡げた言葉はそこまでだった。何故なら彼女の腹部に咲夜の全力全開オハナシパンチが炸裂していたからだ。
あまりの激痛にその場に崩れ落ちる美鈴、そして何事も無かったように軽く息を吐き、パチュリー達の方を振り向いて咲夜さん笑顔で一言。
「済みません、手が滑っちゃいました」
「滑ったってレベルじゃないですよ!?妖怪かつ肉弾戦得意な美鈴さんの腹部思いっきりダメージ貫通してますよ!?」
「咲夜、グッジョブ」
「な、何かパチュリー様が滅茶苦茶良い笑顔浮かべて親指立ててるーーー!?」
「分かったかい、美鈴。これが答えだよ。私達が求めるのは御託ではなく、いつものお前だ。私達にはお前が必要なんだ、美鈴」
「な、何故かお嬢様が最後の最後で一番良いところ持ってってるーー!?
いやいやいやいやいや!!お嬢様さっきまで『このままでもよくね?』とか滅茶苦茶言ってたじゃないですか!?何綺麗に締めてるんですか!?」
「…フフッ、愛されていたのね、私は。本当に馬鹿ね、ここまでされないと、気付けないなんて…」
「いや何納得してるの!?今の何処に説得される要素が!?咲夜さんが全力でぶん殴ってお嬢様が適当な言葉並べただけでしょ今の!?」
「私が…私達が紅魔館よ!」
「その台詞の何処に胸を張る要素が!?お嬢様ただ何か台詞言いたいだけでしょ絶対!!」
小悪魔の全力突っ込みを総スルーする面々。最早この館は常識では縛れない世界要素で構成されているらしい。
やがて、全てを受け入れ(何をだよ)た美鈴は、軽く息をついてそっと言葉を紡ぐ。
それは、彼女がこのように変貌してしまった要因…そして、彼女の世界を変えてしまった過去の罪科。
「…朝食を終えて一時間が過ぎたくらいかしらね。全ての悪夢が始まりを告げたのは。
私がいつものように門前で世界の在り方を見護っていると、世界の端点から恋と終焉の魔術師(タナトス・マジシャン)が訪れてね」
「『門番してたら魔理沙が遊びに来ました』で合ってるのかしら。翻訳出来るようになり始めた自分自身が凄く嫌なんだけど」
「許されざることだとは分かっていた。だけど、私は全てから目を逸らして共に禁断の果実に手を出してしまった。
…世界の全てが変わったわ。自分が自分で無くなる程に、私の世界が塗りつぶされていった。もう一人の私に、出会った」
「…魔理沙の持ってきた何かを食べたら、こうなった、と。よし、パチュリー様、魔理沙を殺しましょう」
「落ち着きなさい。『共に』と言っているから、魔理沙も間違いなく口にしてるから一応の被害者でしょ。
どうせ魔法の森か何かで見つけたキノコを美鈴と一緒に食べたんでしょう。お裾分けの親切心なんでしょうけれど、何て傍迷惑な」
「ということは、魔理沙さんも今は…考えないことにしましょう。こっちは美鈴さん一人でいっぱいいっぱいなんです。他人の面倒なんて無理です」
各々が好き勝手なことを言ってる気もするが、ここは悪魔の館。
人間の情とか優しさとか、そんなものとは無縁の場所なので気にしてはいけない。
とりあえず、美鈴の変化の原因が魔理沙の持ち込んだ何かだということが分かり、安堵する三人。お嬢様はまあ…『あ、そうなんだ』って感じ。
全てを語り終えた美鈴は、軽く自嘲気味に笑いながら、言葉を紡ぐ。それは皆に告げる最後の言葉。
「…これで『今の私』とはお別れ、か。残念ね…折角封印から解放されて表に出てくることが出来たというのに」
「いやもういいから。そういう『もう一人の私』とか『封じられた心』とかもうお腹いっぱいだから」
「とりあえずどうしましょうかパチュリー様。魔理沙を探して口にしたものを探せば、解毒薬は作れますか?」
「必要ないよ。美鈴が口にしたものが原因だって分かってるから、美鈴の唾液から十分成分が割り出せる。すぐに取り掛かるわよ、小悪魔」
「はいです。あ、美鈴さん、なるべく早くお薬作りますので。もう少し待ってて下さいね、苦しみから解放してあげますから」
「苦しみ…か…フフッ、苦しみなんて私は感じていないわ。そう、私は苦しみなんてもう感じる必要なんてなかったんだ。
今の私には貴女達がいる。もう一人の私は、私無しでもこんな温かな世界を築き上げてみせた。もう、私が一人思い悩むことなんてなかったのね…
尊敬するわ、紅美鈴…何も出来ない小娘だと思っていた貴女は、いつの間にか私以上に強くなっていたのね…こんな温かくも優しい世界を、貴女は…」
「美鈴おやすみなさい!!」
「へぶっ!!!」
美鈴が言葉を続けようとしたが、完全に我慢の限界まで辿り着いていた咲夜さん、本日二度目のオヤスミ・アタック。
ナイスパンチがボディに決まり、これまで散々意味不明言葉を語り続けていた美鈴は意識を闇の底へと落とすことになる。
美鈴が気絶したのを見届け、咲夜は全ての肩の荷が下りたといわんばかりに大きく息を吐きだし、優しい瞳を美鈴に向けて言葉を紡ぐ。
「…次に目を覚ました時には、全ての悪夢から解放されている筈だから。
だから美鈴、いつもの笑顔をもう一度私に見せてね。私の大好きな、貴女のいつもの優しい笑顔を」
「笑顔の前に美鈴さん、泡吹いてますけど」
「あら、丁度良いわね。小悪魔、その美鈴の口の泡から成分を解析しましょう」
「…吸血鬼の私が言うのもアレだけど、鬼ね貴女達」
気絶している美鈴を介抱(?)し、今回の美鈴騒動は終結を迎えることになる。
これほどまでに騒がしくかつ異常過ぎることがあっても、紅魔館では唯の日常。いつもの日々の、ほんのワンシーンに過ぎず。
次の日には、美鈴は以前通りに門前を笑顔で守護し。咲夜は何事もなかったように美鈴とお喋りをして。
レミリアは優雅にワインを嗜んで、パチュリーと小悪魔は図書館で本に触れる。フランドールは『私は全然そっち系じゃない』と自問自答を繰り返す。少しだけ
訂正しよう、フランドールだけはちょっとだけ心に傷を負ってしまったらしいが、それでもいつもの日々には変わらない。
ここは紅魔館、悪魔達の棲む館。
どんな異変も混乱も、この館に住まう者達にとっては単なる娯楽に過ぎず。
全ての面白おかしきが、館の住人達には人生のちょっとしたスパイスなのだから。
「ちょっと魔理沙、貴女先日美鈴に何てものを食べさせてくれたのよ。おかげで大変だったじゃない」
「あー、咲夜か。本当に済まん、まさかあのキノコがあんな効果を生むだなんて…おかげで私も霊夢達に沢山怒られたよ。
心の抑制ブレーキ全てを取っ払うなんて予想出来ないっつーのな。霊夢やアリスにバンバン思ったこと口に出しちゃって酷い惨状だよ」
「…へ?貴女が美鈴に食べさせたものって、人格を変えたり思い込みを強めたりするものじゃないの?」
「は?何だそれ。私が美鈴の奴と一緒に食べたのは、心の壁というか本当の自分を邪魔するブレーキを無くす代物だぞ。
美鈴がどうなったかは知らないけれど、大方『妖怪としての美鈴の心』でも表に出てきたんじゃないのか?うわ、怖いなそれ。
自制心を失った妖怪なんて思いっきり人間食ってきそうだし。まあ、紅魔館の連中が美鈴に負けるとは思わないけど」
「…えっと、それじゃ、あれは美鈴の病気じゃなくて、全部本当で。え、暗黒龍?」
「暗黒龍~?何だその恥ずかし過ぎる名称は。恥ずかしい通り越して痛いだろ」
「………え?」
「………え?」
言われてみればフランちゃんの設定は香ばしさ抜g(ドカーン
これは恥ずかしい
読んでるこっちも恥ずかしい
こんな風に考えてしまう私もあの病気にかかってるんだろうかw
……あれ、感染った?
色々痛い、痛すぎるw
ふっ・・・そろそろ混沌と終焉(カオスエンド)の幕開けかもな。
いいでしょう、屋上-決戦のバトルフィールド-へ案内して差し上げます
そこでゆっくりとお伽噺<ルナ・ドリーム>を聞いて上げますよ…
(翻訳:俺の嫁を酷い目にあわせたのはお前だな?屋上へ来いよ。久しぶりに(ry)
いいえ、中二病人(ヒューマン・マッドネス)です
ああ戻れるもんなら過去に戻ってあの頃の自分に思いっきりオヤスミアタックかましてやりたいorz
ならばやはり、私の使命は……
いや、やめておこう。彼女は平穏な日々を選んだ
血筋などという訳の分からない理由でそれに水を差すなど許されることではない
しかし一つ気になることがある……
永眠の拳(オヤスミアタック)……あれは、まさか……
はっ、俺は何を!?
とにかく面白かったです。美鈴の中2センスをいいと思える辺り俺も割と中2ですね。だが、センスが足りない
紅魔館ではどんなことが起こっても楽しそうで良いね。
きのこを読んで中二病を再発させた俺は非常なシンパシーを感じるのだ。
中二マインドを自覚し、そいつを上手くコントロールしていると錯覚した時から病との本当の勝負が始まる。
敵は強大。
絶望的な闘いに身を投じるであろう咲夜さんよ、スコポラミンの貯蔵は充分か?
抉られるぅぅぅ
……でも、この美鈴なら抱かれても良いかも。
というか紅魔館自体が(ry
いや、元からなのか
なんだこのヴェルザー様。
フランちゃんの心に傷ひとつ。
厨二病が流行ってもいいじゃない
久方ぶりに笑ったw
しかし、けーね先生……ってことは妹紅も知ってるのかその話……
流石美鈴さんです
センス良すぎる
真実の歴史の語り部は永劫に続く叙事詩を詠う
ああ、冥き竜族の乙女の歩む仮初の安寧の地に、願わくば光あらんことを…!
楽しかったw
「虹龍の夢、紅龍の未来」とか凄い感動巨編なのに、
いま読み返したら中二病全開小説にしか読めなくなってちょっと切なくなった……。
(ていうかその視点で作者の過去作見てると、どのレミリアも中二病っぷりが一貫しててフイタwwwwwwwwwww)
まあ、でもたまにはこんなのも良いんじゃないかな?
まぁ妹様だけじゃなくて東方全体が中二設定だし…
ものすごく見てみたい
さとりんに読心してもらってください!
なるほど、分からん。
最初っから最後まで笑いっぱなしですよww
というか、美鈴正気に戻った後やっちまった感凄いだろうなぁ…
黒歴史ww
よく考えたら美鈴の技名ってどれも、よく言えば煌びやかで綺麗、見方によってはすごく『それ』臭いじゃないかW
でも流石にこの作品ほどキツくはないわw
黒歴史を思い出してだいぶ恥ずかしかった・・が、読んでよかった。
読んでて死にそうになりました。
もう満点しか付けられない。
地味すぎわろたwww