「たなばた?」
「そう、七夕だ」
それは古くから日本に伝わる、伝統的な行事である
我々日本人を含む、一部の東洋人にとっては、最早お馴染みのお祭り事を言える。
そう、我々にとっては。
「突然予期せぬ幸せが訪れたり」
「それは棚から牡丹餅。タナボタだ」
「早苗に人形を作るように頼まれた改造人間のモチーフ」
「それはトノサマバッタ」
「一発を期待される、チームの主砲」
「それは‥‥なんだ?」
「4番バッター」
「なるほど。‥‥いやいやいや」
このように、西洋文化の中で過ごしてきた者にとっては、あまり知られていないようだ。
少なくともこの少女、アリス・マーガトロイドにとっては馴染みが無かった。
「お前、わざとやってるだろ」
「うん。けれど、七夕っていうのをよく知らないのは本当よ」
「仕方ない。魔理沙さんが教えてやるぜ」
七夕の由来、日本に伝わった経緯、様々な風習‥‥
懇切丁寧に説明をする魔理沙は、実に得意気だ。
普段は知識で上に立つアリスに、物を教える事が出来る数少ない機会なのだ。
いつにも増して口がよく回る。
「と、大体こんなもんだな」
「なかなか興味深いわね」
「ここまでは実際に行われている、行事の説明。ここからは物語の時間だぜ」
「あら、楽しみね」
「実はこの世には、年にたったの一度、この日にしか会う事のできない夫婦がいるんだ」
「七夕の日にだけ? 可哀想に」
「そうだよな。まあ、自業自得と言ってしまえばそれまでなんだが‥‥」
続けて魔理沙が話し出したのは、所謂彦星と織姫の伝説だった。
仲睦まじい夫婦がお偉方の怒りに触れ、天の川で隔てられてしまうという、有名な物語だ。
「なるほどね。仲のよさ故に堕落した者が、代償としてその仲を引き裂かれる‥‥よく出来た悲劇だわ。教訓も孕んでいるみたいだし」
「どうだ? 勉強になったろ?」
「ええ、そうね。それで? いきなり私に七夕の解説を始めた理由は?」
「ああ、それが本題だ。じゃーん。これを見てみろ」
「何これ? ただの紙みたいだけど‥‥」
「さっき説明したろ? これが噂の短冊ってやつだ」
魔理沙の手には、色鮮やかな長方形の紙が二枚。
きちんと糸で結える細工も為されている。
「ああ、そんな話してたわね。ただ、どうにもその習慣が腑に落ちないのよね」
「なんでだ?」
「だって‥‥彦星と織姫だったかしら? 彼らには、私達の願い事を叶える理由なんて無いじゃない」
「そりゃそうだ」
「神社の神様とかなら、信仰を集めるという目的があるわよね。願う側にも叶える側にもメリットが存在するわ」
「うん」
「無償で人々に奉仕するだなんて、どうにも信じられないわ」
このアリス、案外シビアなのであった。
それに反論するのは、隠れロマンチストの呼び声高い魔理沙だった。
「いや、私は案外期待できると思うぜ?」
「どうして?」
「例えば、そうだな‥‥アリスが長年努力し続けた研究が、ついに身を結ぶとするだろ? 完全な自律人形とか」
「あら素敵」
「そんな時に早苗がやって来てこう言うんだ。「どうしても作って欲しい人形があるんですが、今は持ち合わせがこれだけしか無いんです」ってな」
「ええ」
「その予算で人形を作ろうとしたら、どう考えても少しばかり足が出る。だが、早苗は本当に人形が必要そうだ。どうする?」
「そうねえ‥‥ああ、なるほど」
ここで漸く、アリスは魔理沙の質問の真意を悟る。
「な? 長年の念願が叶って喜んでる時は、人にも優しくできるものなんだよ」
「つまり、彦星達は一年ぶりの逢引でテンションが上がり切ってるから、多少周りにも優しくしてくれるってわけ?」
「ああ。無い話じゃないだろ?」
「そうね。それにしても、よくそんな事考えつくわね」
「いや、まあ、その‥‥」
今までのハキハキした口調が嘘のように、魔理沙の言葉が歯切れの悪いものになる。
七夕といえばその性質上、カップルの祭りとして名高い。
実は魔理沙もご多分に漏れず、今日という日を利用して、アリスに自分の想いを伝えようと計画していたのだ。
考えてみれば今の状況は、自然にそれが出来る大きなチャンス。
それに気付いた瞬間、声は振るえ、顔から汗が噴出し、呂律まで回らなくなってしまった。
が、この好機を逃す手は無い。
魔理沙は勇気を振り絞った。
「えーと‥‥実は、今の私も、似たような状況でな」
「あら、新しい魔法の研究でも成功した?」
「い、いや、そうじゃなくて。ほら、お互い忙しくて、アリスに会うのは一週間ぶりくらいだろ?」
「あ、言われてみればそうね。お久し振り」
「だからほら。もしも私が今、願い事でもされたら、叶える気になるんじゃないかなーって‥‥」
「魔理沙が?」
「う、うん」
言ってやった!
魔理沙は大満足だった。
一週間程度会えなかったのを彦星・織姫に例えるなど、我ながら少々キザだとも思う。
しかし、これくらいでなければ想いは伝わらない。
アリスは鈍感なのだ。
「魔理沙」
「な、なんだ?」
「ごめん。意味わかんない」
そう。
ここまでロマンチックに伝えても気付かない程なのだ。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「そう? ま、本人がそう言うのなら深くは追求しないけど」
「はあ‥‥それじゃ、短冊でも‥‥げっ!」
玉砕した魔理沙のテンションは、見ているのが可哀想に思えるくらい下がっている。
更に追い討ちをかけるように、少し前まで快晴だった空も雲に覆われていたのだ。
魔理沙の心が天気に反映したようにも見える。
「なんだよ‥‥せっかくの七夕だってのに」
「確か、雨が降ったらダメなんだったかしら?」
「ああ、雨が降ると、天の川が氾濫してしまうらしいからな」
「それは困るわね。‥‥でも、雨が降らない程度なら、曇るのも悪くないかもね」
「え?」
空を見上げていたアリスが、そう呟く。
魔理沙からしてみれば、せっかくの逢引にはやはり晴れ渡った星空が好ましいと思うのだが。
「だってそうでしょう? 一年ぶりに会うんだもの。他の誰かに見られているなんて、少し嫌じゃない?」
「あ‥‥」
言われてみれば確かにそうかも知れない。
自分だって、アリスと二人きりのところを誰かにジロジロ見られるのは勘弁願いたい。
「それもそうだな!」
「でしょう? それに‥‥」
「それに?」
落ちていた魔理沙のテンションが上がる。
アリスの言葉によって、場の空気がロマンチックなものに戻ったのだ。
これはもしかしたらもしかするかも知れない。
「一年ぶりなんですもの。人の目があったら、あんな事やこんな事もやりにくいでしょう」
「おい」
期待を打ち砕くように、アリスは下ネタを言い放つのであった。
「よし、出来たぜ!」
「こっちも書けたわ」
なんとか気を取り直し、当初の目的だった短冊を書き上げる。
魔理沙は既に甘い空気を諦めていた。
「で、書き終わったらどうするの?」
「うん、正式には笹にぶら下げるんだが‥‥まあ、窓枠にでも吊るしておこうぜ」
「そうね。‥‥ねえ魔理沙。あなた、どんな願い事をしたの?」
「ええ!? い、いや、私は‥‥」
言えるわけが無い。
魔理沙の願いは当然アリスに自分の想いが受け入れられる事。
そんな願いを本人に言えるわけが無いのだ。
「そ、そういうアリスは? 何て書いたんだよ」
「え? 私? 私はねえ‥‥」
急にモジモジと恥ずかしそうにするアリス。
そんな姿を見た魔理沙に、再び希望の火が灯る。
「え、ええと‥‥もしかして‥‥」
「言わせないでよ、恥ずかしいわね‥‥」
「じゃ、じゃあ!」
「‥‥多分、あなたと同じ事を」
「本当か!? じゃあ、せーので言おうぜ!」
「ええ!?」
魔理沙の心は最高潮に盛り上がる。
もしも上手くいけば、告白成功どころではない。
晴れて両思いなのだ。
今日何度も食らった肩透かしなど、まるで問題にならない。
「いいか!? いいか!? 言うぞ!?」
「わ、わかったわよ。必死すぎてなんか怖いわよ?」
「よし! じゃあ‥‥せーの!」
ドンドンドン!
「はーい」
まるでタイミングを合わせたかのように叩かれるドア。
アリスは反射的に応対に向かう。
ずっこけた魔理沙を残して。
「どなた?」
「蝋燭出ーせー出ーせーよー」
「出ーさーないとーかっちゃくぞー」
「おーまーけーにー噛み付くぞー」
突然の来客の正体は、里の子供達だった。
「あら、可愛らしいお客さん。まあ、フランも一緒なのね」
「こんばんはアリス! お菓子ちょうだい!」
「お菓子? 蝋燭じゃないの?」
「やあ、こんばんは。これは一種のお祭りでな。ハロウィンのようなものだと思ってくれ」
「あら慧音。わかったわ。少し待ってちょうだい」
「すまないな。‥‥おや? 魔理沙も一緒だったか」
家の奥に引っ込む礼を言った慧音は、すっ転んだまま動かない魔理沙の存在に気が付く。
「‥‥お前ら、私に何か恨みでもあるのか?」
「いや、思うところは多々あるが、別に恨みは無いぞ」
不毛な問答をしていると、小分けに袋詰めしたクッキーを手にアリスが戻ってきた。
「お待たせ。はいどうぞ」
「わーい! ありがとう!」
「おお、クッキー! フランちゃんのとこもそうだけど、妖怪は洒落た物くれるなあ」
「咲夜は人間だけどね。ちょっと嘘くさいけど」
「それじゃ邪魔したな。ああそうだ。今日は七夕だろう? 例のごとく、神社で騒ぐそうだ。お前達も来るといい」
「お前、やっぱ私に恨みあるだろ!」
神社での宴会を魔理沙が知らないわけがない。
現に、真っ先に知らせが届いていたのだ。
だが魔理沙はそれをスルーしていた。
それどころか、アリスに知らせが届かないように奔走もした。
今日という日を二人だけで過ごすために。
「あら、神社ですって。久し振りに行きましょうか」
「そ、そうだな」
「どうしたの? 何かあった?」
「いや、別に‥‥」
特にこれといった準備の必要も無い二人は、すぐに博麗神社に向かって飛び立つ。
アリスは、久々の外出を楽しむ笑顔と共に。
魔理沙は、深い溜め息と共に。
そんな二人の後ろ姿を見送るのは、アリスが書いた短冊。
短冊には、こう書かれていた。
『新しい魔導書が欲しい アリス』
何それ?と思ってウィキってみたら、まさかの北海道w
そして魔理沙は泣いていい。
雲の帳の向こうでは、二人はあんなこといいな、デキたらいいな、的な。
爆発しろ!
魔理沙気の毒に。アリスはらしくていいねw
魔理沙がんばれー
あのまま告ってたら、大惨事だw
文章も読みやすかったしきれいにまとまった良い短編でした。
それはともかく魔理沙どんまいwww
まあしかし あの伝え方では思いは伝わらないぞ!自分からアタックしないと
アリスはこんなぐらいの雰囲気がこの作品を引き立てていてよかったです。