「家が爆発してしまったわ」
「えっ」
玄関のドアを開けたまま自失している私の前で、アリスはなんでもないように言った。
西洋人形のごとく綺麗な衣服はところどころ煤けていて、よく見れば焼け焦げている箇所もある。
「あ、アリス、お前」
「魔法の実験でね、ちょっと」
「いや、ちょっとじゃねぇだろ」
「まあたまにはこういうこともあるわよ。で? 泊めてくれるの? くれないの?」
アリスの要求はいつもド直球でかつ前置きがない。
まあそれはいつものことだから別に今更驚いたりはしないのだけど。
しかし、今の私の懸案事項はそんなところにはなくて。
「…………」
「? 何?」
思わず言を失してしまう。
見上げた私の、視線の先。
「魔理沙?」
―――七色の人形遣いの、アフロなヘッドがそこにあった。
私はすぐに、平静を取り繕うようにして言う。
「あ、ああ、わるい。いきなり過ぎて呆けてしまった」
「もう。魔理沙ったら相変わらずアドリブに弱いのね。そんなんじゃ大成しないわよ」
アリスは私を芸人か何かだと思っているのだろうか。
むしろ今のお前ほど芸人魂を感じさせる奴は他にいないと思うが。
「? 何か言った?」
「いや、なんでも」
私は帽子のつばを下げ、なるべくアリスの顔を見ないようにしながら言った。
「ところでアリス」
「なに?」
「お前、家が爆発したって言ったけど」
「うん」
「じゃあアレか、家にあったものは全部吹っとんじまったのか」
「ええ、そうよ」
「たとえばほら、鏡とか」
「もちろん、跡形もなく消え去ったわ」
「……そうか」
「それがどうかしたの?」
「ああいや、ちょっと確認をな」
「?」
「ともあれ、それで着の身着のまま私の家に来たってわけだな」
「ええ、そういうことになるわね」
……なるほど。
つまりアリスは、何らかの魔法の実験をしていたが失敗し(爆発し)、結果、家を失った。
それどころか、自身の姿(主に頭部)も、魔女の呪いにでもかかったのかというほどの変貌を遂げる羽目になってしまった。
だが、アリスにとっての一番の不幸は、こんな姿になっちまったことそのものよりも―――。
「それより魔理沙、泊めてくれるのよね? ね?」
「……そりゃまあ、近所のよしみだし、泊めるのに吝かではないが」
「さっすが魔理沙! 心の友ね!」
―――今の自分の頭の状態を知らないらしい、ということだ。
まあ、よく考えなくても分かることだ。
アリスはこう見えてとてもプライドが高いし、身だしなみには必要以上に気を遣っている。
アフロヘアーで人前に我が身を晒すなんて真似、たとえ悪魔に魂を売り渡してでも拒むだろう。
「相変わらず散らかってるわねぇ」
「うるさいな」
私は、歩き慣れた我が家の廊下を踏みしめながら、いつものような他愛のない会話をアリスと交わしつつ、脳内では緊急的課題としてアリスアフロ化の善後策を巡らせていた。
幸いにも、この家では私の寝室以外の部屋に鏡は置いていない。
リビングのソファで寝るように仕向ければ、今夜一晩くらいはなんとか誤魔化せるだろう。
(だが、問題はその後だ……)
いくらアリスとて、このまま私の家に半永久的な居候をキメ込む気ではあるまい。
というか、流石にそれは私も困る。
しかしかといって、今のアリスを外に出そうものなら、たちまち周囲の人妖から好奇の視線に晒されてしまうだろう。
そうなったらプライドの高いアリスのこと、下手をすれば百年くらいは引きこもってしまいかねない。
心の友かどうかはともかく、共に異変を解決した仲でもある友人と、そんな形で永久(とわ)の別れを迎えてしまうのは私としても本意ではない。
(……私が治してやるしかないな……アリス自身をも含めた、他の奴らに知られる前に……)
とりあえず私の知識で思いつくのは、弱性の熱魔法を髪全体に掛けてストレートパーマの要領で直毛に戻してやることくらいか。
しかし、本人に気付かれずにこれを行うのは至難の業といえるだろう。
……ああ、こんなときに、時間を巻き戻せる魔法具でもあれば話はもっと簡単なんだが。
「? 何をぶつぶつ言っているの?」
「ああ、こっちの、いや、あっちの話だ」
「?」
「……ッ!」
アフロ頭で可愛く首を傾げるアリスを直視して腹筋がアブトロニック使用後ばりに鍛えられた私はなんとか引き攣る口角を押し下げつつアリスをリビングに促した。
「……こ、紅茶でも淹れてくるぜ」
「あら、悪いわね」
危なかった。
もう後五秒ほど見つめていたら全てを無に帰していたかもしれない。
私は大きく安堵の息を吐きながらキッチンに立った。
八卦炉の火でヤカンを沸かす。
(大丈夫……大丈夫だ)
たかがアリスがアフロになっただけだ。
それ以外は至って平和な日常じゃないか。
何を慌てることがある。
(平常心でいればいいんだ。ただそれだけのことだ)
深呼吸をすること数秒、私の心もようやく落ち着いてきた。
沸かしたお湯と茶葉を予め温めておいたティーポットに入れ、十分に蒸らしてから、これまたやはり予め温めておいたカップにとくとくと注ぐ。
琥珀色のそれを眺めつつ、穏やかな気持ちでリビングへと戻る。
もう、何も怖くない。
「あ、どうもありがとう。魔理沙」
「お……おう」
ニコッと可愛い笑顔で礼を述べるアリス。
アフロで。
その綺麗な笑みと爆発的なヘッドとのギャップが、一瞬にして私を再び強制腹筋運動へといざなう。
(……だ、駄目だ。笑うな……。堪えるんだ。しかし……)
頬をひくひく引き攣らせている私を見かねたのか、心配そうにアリスが声を掛けてくる。
「? 魔理沙、どうしたの?」
「大丈夫だ、問題ない」
「本当? 無理しちゃだめよ」
そう言って、ソファから腰を上げるアリス。
彼女が歩を進めるたび、頭のそれがわっさわっさと揺れて―――。
「えふっ!」
「えっ」
しまった。
噴き出すのを我慢しようとして、思わず変な声が出てしまった。
「だ、大丈夫? 今、何か変な音出たわよ」
「き、気にするな。それよりアリスはいいから座っててくれ。客なんだし」
「そう?」
アリスは不安げな瞳で私を見た。
アフロが余韻でまだ揺れてる。
私を窒息死させる気か。
決死の思いで下唇を噛み締めながら、私はなんとかトレイをテーブルに置いた。
自分で自分を褒めてやりたい気分だ。
「さ……さあ。冷めないうちに、飲めよ」
「ありがとう。頂くわ」
アリスはカップを手に取ると、ミルクを少しだけ注いだ。
そして、優雅な手つきでそれを口元に運ぶ―――アフロで。
「くふっ!」
「えっ」
またも変な音が出てしまった。
くそ、反応良すぎだマイ声帯。
「魔理沙。あなたやっぱりおかしいわよ」
「お前ほどじゃねぇよ」
「えっ?」
「いやなんでもない」
いかんいかん、つい反射的にツッコミを返してしまう。
アリスがアフロになっただけでこんなにも世界が変わるとは思いもしなかった。
そんなことは露知らず、目の前のアフロは呑気に話し掛けてくる。
「ねぇ、魔理沙は飲まないの?」
「え? あ、ああ……そうだな」
私は眼前の金髪アフロから目を逸らしながらそっと紅茶を流し込んだ。
今ヤツを直視するのは自殺行為に等しい。
「魔理沙」
「ん?」
「ひげ」
「ぶばっ」
「きゃあ!」
流石にこれは無理だった。
この七色め、なんでこんなときだけ無駄な茶目っ気を見せやがるんだ。
「げほっげほっ! えほっごほっ」
「ご、ごめんね魔理沙。ミルクがあったから、ついやってみたくなって……。まさかそんなにウケるとは思わなかったわ」
「ああ……面白過ぎて死ぬかと思ったぜ。げふっ、えふっ」
ホントにな。
「そ、そんなに面白かったなんて……。ほ、本当にごめんね。魔理沙」
アリスは申し訳なさそうに私の背中をさすってくる。
頭のアレが私の頬にもさもさ当たってまた死にそうになる。
「……い、いいよ。いいから、早くそのひげを拭ってくれ」
「? そう?」
「ああ、なるべく速く。可及的速やかに」
私の腹筋が事切れる前にな。
アリスがハンカチで口元を拭っている間、私はアフロアリス+白ひげという驚異的なコンボの映像を脳内から抹消すべく、必死に般若心経を脳内で唱え続けた。
命蓮寺に遊びに行く度に白蓮から聴かされていたのがこんなところで役に立つとはな。
「よし」
ようやく心が涅槃の境地に達したあたりで、私は大きく息を吐き出した。
大丈夫、大丈夫だ。
私はゆっくりと視線を動かし、視界の中央にデカイ金色のアレを捉えた。
なに、なんてことはない。
ただのアリスの頭じゃないか。
私は意識を別の世界に置くような感覚で、アリスに話し掛けた。
「なあ、アリス」
「なに?」
まずは日常会話から始めよう。
そうするうち、自然と気にならなくなるに違いない。
「えっと……」
「?」
駄目だ。
どうしてもアフロに目が行く。
アリスの素朴な瞳が痛い。
「あ、あー……」
「魔理沙?」
くそ。
なんか喋れ。何でもいいから発しろよ私。
これじゃホントにアリスに言われた通りにアドリブの利かない芸人そのものじゃないか。
……ん?
そのとき、ふいに今日のアリスとの出会い頭の会話を思い出した。
これだ。
「アリス」
「なに?」
「お前、魔法の実験してて家が爆発したって言ってたけど」
「うん」
「そもそもお前、何の魔法の実験してたんだ?」
いい。
これは我ながらいい話題だ。
魔法談義なら、アリスの頭のことなど忘れて会話に没頭できるに違いない―――。
そんな私の思惑をよそに、アリスはきょとんとした表情で言った。
「何って……。見て分からないの?」
「えっ」
実に不思議そうな顔で、アリスはぽかんとしながら言った。
「髪をアフロにする魔法よ」
「成功してたのかよ!」
了
やられたwww
でも要所要所噴いたww
問題ない
都会派の考える事、わっかりませーん。
ひげアリス可愛い。
劇のためにはプライドを捨てるのか、劇を成功させるというプライドのためにアフロになったのか…
貴方の作品にはいつもなにかしら感動させられます!
途中の小ネタもクスリときたけどまだ大丈夫だった(腹筋的な意味で)
でも最後のオチでやられた。失敗ではなく成功だったとは……。完敗です。100点です。
だがそれがいい
しかし魔理沙は平行世界を見る能力でもあるのか…
アカン!魔利沙、それ死亡フラグや!!
「ん?」
「ひげ」+アフロ
のコンボは驚異的すぎるでェっ…
想像したら魔理沙が吹くタイミングと同時にツボりました。
そして
>アフロなアリス、略してアリス
天才がおったw
笑いました
人からみたら失敗でも成功しているというのが面白い