空を見ると雲が途切れ、星がこちらを覗きこんでいた。
雪が森を白く染め上げている。
足を前に踏み出すと、踝まで埋まる。
昨日の夜から今日の昼ごろまで降り続いた雪は寒さで固くなり、振りたての雪のようにふわふわとはしていない。
ざくざくと雪を踏みしめる音が二つ。
私と魔理沙の足音だ。
魔理沙は楽しそうに歩幅を変えたり、思いっきりジャンプしてみたりとせわしない。
その子供っぽさに自然と笑顔が漏れる。子犬みたいな子だな。楽しいものや珍しいものを見つけると、色々やってみたくなるんだろう。
はぁっと白い息を吐き出す。
それにしても珍しいものだ。
さくらの蕾が大きくなっている時期に、思いついた様に雪が降ってきたのだ。
あの冬の妖怪が気まぐれでも起こしたのだろうか。
降った理由はなんにせよ、春さきに降った忘れ雪が宴会の肴にもってこいな事は言うまでもない。
そのおかげで昨日の夜から朝方にかけて、博麗神社で障子を開け放っての大宴会。風が吹き込んできて少し寒かったけど、それ以上にわぁわぁと騒ぐ皆の喧騒と熱気で寒さを感じている暇がなかった。
宴会が終わってひと眠りして起きた時にはまだ雪は降っていたが、散々騒いだ祭りの跡を片づけている間に雪も止んで夜になっていた。
その後博麗神社で夕飯を御馳走になり、今帰途についている訳。
飛ばずに歩いているのは、森に差し掛かった辺りで魔理沙が雪の上を歩きたいと言ったせいだ。
自分の足跡がつくのが楽しいらしい。
本当に子供っぽい。
赤くなり始めた手に息を吹きかける。
すると横を歩いていた魔理沙が、突然話しかけてきた。
「アリス、知ってるか? 紫に聞いたんだけど、海と大地の境界の部分の土地は砂で出来ているんだそうだ」
「なにそれ? なんだかすごい唐突な話題ね」
「人生はいつでも唐突な事ばかりだぜ」
そう言ってにやりと口元をゆがめる。
確かに。魔理沙と関わっていると、唐突な事ばかりで落ち着く暇もない。悪い意味でも、いい意味でも。
「そしてな、その砂はとてもさらさらしているんだってさ。だからその上を歩くと足跡が残るらしいんだ、丁度雪の上を歩くみたいに」
「そうなの。そんな土地、幻想郷にはないものね。歩いたら楽しそうだわ」
「あぁ、だろう? それで海の水は絶えず動いているらしいから、波が足跡を消すんだって。だから常に綺麗な砂の上で歩けるんだ」
「そうなんだ」
魔理沙の瞳がキラキラしている。
なんだか結論が見えてきた。おこちゃ魔理沙の思考トレスはさほど難しいものではない。
「で、要は?」
「だからそこなら、綺麗な所に足跡つけ放題じゃないか!! 雪みたいに水が冷たい訳でもないし、常に綺麗になるしめちゃくちゃ楽しそうだぜ!!」
そう声を上げながら、真っ白な雪の上でどたどたと足踏みをする。
はぁ、やっぱり。
なんともしょうもない理由で海の話を始めた訳ね。
そこが可愛いと言えば、可愛いんだけど。
「それにな」
「うん?」
ついでのように、魔理沙が私の顔を横目に見る。
すぐに目線を逸らして、小さな声で呟いた。
「そういう普段とは違う場所でアリスと歩けたら、きっと楽しいだろうなって思ってな」
そして、笑った。少しだけ、顔を赤くして。
寒さゆえに単に頬が赤くなっていただけかもしれないけれど。
魔理沙はそのまま前を向き、音程の外れた鼻歌を奏でながら跳ねるようにぽんぽんと前に足を進めていく。
お茶らけた様子は彼女流の照れ隠しなのかもしれない。
全く、本当にお子様だ。
そういうセリフは相手の顔をまっすぐに見て言って、ついでに手でも握れば完璧なのに。
相手の表情を見ないで、恥ずかしいからってさっさと一人だけで進んでしまうなんて。
レディーを置いてけぼりは言語道断だと思う。
でも、魔理沙がお子様でよかった。
私を置いて先に進んでくれて良かった。
不意打ちを食らった私は、魔理沙とは比にならないほど顔が赤くなっている気がするから。
言われた瞬間、思わず足が固まってしまったから。
跳ねるように飛び上がった心臓の音が、魔理沙に聞こえてしまいそうだから。
まだ子供のはずなのに、大人をこんなにも翻弄するだなんて将来どうなるか少し怖い。
本当に人間はあっという間に大人になる。
妖怪からすれば、瞬きにも等しい時間で恐ろしいほどの成長を遂げる。
寿命の短さゆえの成長率なのか、そういう種族なのか。
いずれ私も抜かれる時が来る。
私の大人ぶった仮面なんか一撃で壊してしまえる力を持った魔理沙に、してやられる時がくるのだろう。
にやりと笑った不敵な笑みで、真正面から撃ち抜かれる時が。
私が負けを認めざるを得ない時がね。
ちょっぴり、楽しみでもあるんだけど。
それまでは今少し。
きっと本当に少しの間だけれど、私を大人で居させてほしい。
成長するあなたの横に、並んでいたいから。
同じ道を歩みたいから。
手始めにまず、大人の手本を見せておく事にしようか。
深呼吸をひとつ。
もう、手も足も動くし、顔の赤みもひいたろう。
「ねぇ魔理沙」
少し大きめに声をかける。
前を進む彼女が聞こえやすいように。
「なんだ?」
きょとんとした魔理沙が振り返る。
あどけない顔は本当に年相応。
弾幕ごっこをしている時や、魔法の実験をしている時には時々とんでもなく大人びて見える時もあるんだけど。
きっと、どちらも本当の魔理沙なんだと思う。
まだまだ子供成分が多いんだけどね。
「魔理沙は海の砂の上を歩きたいと言ったけど、私はこの森の雪の上で十分だと思うわよ。ていうか海の砂の上は出来れば遠慮したいわ」
「へ?」
魔理沙がぽかんとした後、顔をゆがめた。
勇気を出しての発言が、全否定されたと思ったのだろう。それでも私は言葉を放つ。
「海の砂の上では足跡は消されちゃうんでしょう? 私はそれはもったいないと思うのよ」
「な、なんで?」
声が震えていた。このままほっといたら泣きだすかもしれない。
そこで私は魔理沙にほほ笑んだ。
魔理沙の泣き顔も可愛いけど、もっと可愛い顔がみたいから。
「だって私は通ってきた道に、二人分の足跡が並んでいる景色を見るのが好きなんだもの」
魔理沙が一瞬、驚いた顔をする。
そしてすぐに前を向いてしまった。赤くなった顔を隠すためだろう。
でも耳まで真っ赤になっているから、全然隠せていない。
あぁ、可愛いな。
くすりと笑った声が聞こえたのだろう。
ずるい、と彼女がぽそりと呟いたのが耳に届く。
でも聞こえないふりをして、私はさらに話しかける。
「だから、もう少しだけ私の隣を歩いてくれないかしら? 普通の魔法使いさん」
静寂の時間がしばし。
突然魔理沙が帽子のつばをつかみ目深にかぶり直すと、くるっと後ろを向いた。
そして私の横に歩いて来て、ぴたりと止まる。
「――――家に、着くまでだからな」
ぶっきらぼうに言い放つ。
その言い方が、なんだかむずがゆくて仕方なくて。
「そうね、家に着くまではね」
そう私が答えると、魔理沙はゆっくりと歩きだす。
私もその横を離れないように、足を踏み出す。
会話はない。魔理沙は帽子を目深にかぶったまま、顔を上げようとしない。
静かな森をただ歩く。隣り合ってただ歩いているだけ。
ざくざくざく、と夜の森にこだまする二人分の足音は私にとって、この上ない音。
ふと後ろを振り向けば、延々と続く寄り添った二人分の足跡。
前を向けば、これから歩いていく道の上の真っ白な雪。
横を向けば、そこには可愛い可愛い、大好きな子。
私はまた一歩を踏み出して。
幸せだなってこっそり微笑んだ。
雪が森を白く染め上げている。
足を前に踏み出すと、踝まで埋まる。
昨日の夜から今日の昼ごろまで降り続いた雪は寒さで固くなり、振りたての雪のようにふわふわとはしていない。
ざくざくと雪を踏みしめる音が二つ。
私と魔理沙の足音だ。
魔理沙は楽しそうに歩幅を変えたり、思いっきりジャンプしてみたりとせわしない。
その子供っぽさに自然と笑顔が漏れる。子犬みたいな子だな。楽しいものや珍しいものを見つけると、色々やってみたくなるんだろう。
はぁっと白い息を吐き出す。
それにしても珍しいものだ。
さくらの蕾が大きくなっている時期に、思いついた様に雪が降ってきたのだ。
あの冬の妖怪が気まぐれでも起こしたのだろうか。
降った理由はなんにせよ、春さきに降った忘れ雪が宴会の肴にもってこいな事は言うまでもない。
そのおかげで昨日の夜から朝方にかけて、博麗神社で障子を開け放っての大宴会。風が吹き込んできて少し寒かったけど、それ以上にわぁわぁと騒ぐ皆の喧騒と熱気で寒さを感じている暇がなかった。
宴会が終わってひと眠りして起きた時にはまだ雪は降っていたが、散々騒いだ祭りの跡を片づけている間に雪も止んで夜になっていた。
その後博麗神社で夕飯を御馳走になり、今帰途についている訳。
飛ばずに歩いているのは、森に差し掛かった辺りで魔理沙が雪の上を歩きたいと言ったせいだ。
自分の足跡がつくのが楽しいらしい。
本当に子供っぽい。
赤くなり始めた手に息を吹きかける。
すると横を歩いていた魔理沙が、突然話しかけてきた。
「アリス、知ってるか? 紫に聞いたんだけど、海と大地の境界の部分の土地は砂で出来ているんだそうだ」
「なにそれ? なんだかすごい唐突な話題ね」
「人生はいつでも唐突な事ばかりだぜ」
そう言ってにやりと口元をゆがめる。
確かに。魔理沙と関わっていると、唐突な事ばかりで落ち着く暇もない。悪い意味でも、いい意味でも。
「そしてな、その砂はとてもさらさらしているんだってさ。だからその上を歩くと足跡が残るらしいんだ、丁度雪の上を歩くみたいに」
「そうなの。そんな土地、幻想郷にはないものね。歩いたら楽しそうだわ」
「あぁ、だろう? それで海の水は絶えず動いているらしいから、波が足跡を消すんだって。だから常に綺麗な砂の上で歩けるんだ」
「そうなんだ」
魔理沙の瞳がキラキラしている。
なんだか結論が見えてきた。おこちゃ魔理沙の思考トレスはさほど難しいものではない。
「で、要は?」
「だからそこなら、綺麗な所に足跡つけ放題じゃないか!! 雪みたいに水が冷たい訳でもないし、常に綺麗になるしめちゃくちゃ楽しそうだぜ!!」
そう声を上げながら、真っ白な雪の上でどたどたと足踏みをする。
はぁ、やっぱり。
なんともしょうもない理由で海の話を始めた訳ね。
そこが可愛いと言えば、可愛いんだけど。
「それにな」
「うん?」
ついでのように、魔理沙が私の顔を横目に見る。
すぐに目線を逸らして、小さな声で呟いた。
「そういう普段とは違う場所でアリスと歩けたら、きっと楽しいだろうなって思ってな」
そして、笑った。少しだけ、顔を赤くして。
寒さゆえに単に頬が赤くなっていただけかもしれないけれど。
魔理沙はそのまま前を向き、音程の外れた鼻歌を奏でながら跳ねるようにぽんぽんと前に足を進めていく。
お茶らけた様子は彼女流の照れ隠しなのかもしれない。
全く、本当にお子様だ。
そういうセリフは相手の顔をまっすぐに見て言って、ついでに手でも握れば完璧なのに。
相手の表情を見ないで、恥ずかしいからってさっさと一人だけで進んでしまうなんて。
レディーを置いてけぼりは言語道断だと思う。
でも、魔理沙がお子様でよかった。
私を置いて先に進んでくれて良かった。
不意打ちを食らった私は、魔理沙とは比にならないほど顔が赤くなっている気がするから。
言われた瞬間、思わず足が固まってしまったから。
跳ねるように飛び上がった心臓の音が、魔理沙に聞こえてしまいそうだから。
まだ子供のはずなのに、大人をこんなにも翻弄するだなんて将来どうなるか少し怖い。
本当に人間はあっという間に大人になる。
妖怪からすれば、瞬きにも等しい時間で恐ろしいほどの成長を遂げる。
寿命の短さゆえの成長率なのか、そういう種族なのか。
いずれ私も抜かれる時が来る。
私の大人ぶった仮面なんか一撃で壊してしまえる力を持った魔理沙に、してやられる時がくるのだろう。
にやりと笑った不敵な笑みで、真正面から撃ち抜かれる時が。
私が負けを認めざるを得ない時がね。
ちょっぴり、楽しみでもあるんだけど。
それまでは今少し。
きっと本当に少しの間だけれど、私を大人で居させてほしい。
成長するあなたの横に、並んでいたいから。
同じ道を歩みたいから。
手始めにまず、大人の手本を見せておく事にしようか。
深呼吸をひとつ。
もう、手も足も動くし、顔の赤みもひいたろう。
「ねぇ魔理沙」
少し大きめに声をかける。
前を進む彼女が聞こえやすいように。
「なんだ?」
きょとんとした魔理沙が振り返る。
あどけない顔は本当に年相応。
弾幕ごっこをしている時や、魔法の実験をしている時には時々とんでもなく大人びて見える時もあるんだけど。
きっと、どちらも本当の魔理沙なんだと思う。
まだまだ子供成分が多いんだけどね。
「魔理沙は海の砂の上を歩きたいと言ったけど、私はこの森の雪の上で十分だと思うわよ。ていうか海の砂の上は出来れば遠慮したいわ」
「へ?」
魔理沙がぽかんとした後、顔をゆがめた。
勇気を出しての発言が、全否定されたと思ったのだろう。それでも私は言葉を放つ。
「海の砂の上では足跡は消されちゃうんでしょう? 私はそれはもったいないと思うのよ」
「な、なんで?」
声が震えていた。このままほっといたら泣きだすかもしれない。
そこで私は魔理沙にほほ笑んだ。
魔理沙の泣き顔も可愛いけど、もっと可愛い顔がみたいから。
「だって私は通ってきた道に、二人分の足跡が並んでいる景色を見るのが好きなんだもの」
魔理沙が一瞬、驚いた顔をする。
そしてすぐに前を向いてしまった。赤くなった顔を隠すためだろう。
でも耳まで真っ赤になっているから、全然隠せていない。
あぁ、可愛いな。
くすりと笑った声が聞こえたのだろう。
ずるい、と彼女がぽそりと呟いたのが耳に届く。
でも聞こえないふりをして、私はさらに話しかける。
「だから、もう少しだけ私の隣を歩いてくれないかしら? 普通の魔法使いさん」
静寂の時間がしばし。
突然魔理沙が帽子のつばをつかみ目深にかぶり直すと、くるっと後ろを向いた。
そして私の横に歩いて来て、ぴたりと止まる。
「――――家に、着くまでだからな」
ぶっきらぼうに言い放つ。
その言い方が、なんだかむずがゆくて仕方なくて。
「そうね、家に着くまではね」
そう私が答えると、魔理沙はゆっくりと歩きだす。
私もその横を離れないように、足を踏み出す。
会話はない。魔理沙は帽子を目深にかぶったまま、顔を上げようとしない。
静かな森をただ歩く。隣り合ってただ歩いているだけ。
ざくざくざく、と夜の森にこだまする二人分の足音は私にとって、この上ない音。
ふと後ろを振り向けば、延々と続く寄り添った二人分の足跡。
前を向けば、これから歩いていく道の上の真っ白な雪。
横を向けば、そこには可愛い可愛い、大好きな子。
私はまた一歩を踏み出して。
幸せだなってこっそり微笑んだ。
凍った雪に足あとを付けながら歩く二人を幻視した
この攻め受けがはっきりしてないのがいい!