前書き
本文中に、東方神霊廟のシステムについて言及している場面があります。少しでもネタばれを嫌うような方は、本文に進む前に体験版等をお楽しみください。
その他、登場人物が傷つくシーンがあります。これらの注意を受け入れられるという方は、本文をお楽しみください。
文は困惑していた。夕陽が空を赤く染める頃、自宅でのんびりと新聞の記事を書いていたところに、泣き顔の河童が飛び込んできたのだ。ノックをすることもなく、突然玄関のドアを叩き割って入ってこられたら、天狗でなくても唖然とすることだろう。
「にとり…… 突然何を……」
当然の質問を口にする文だが、質問を投げかけられた相手は泣きじゃくるばかり。
「うばぁぁぁ…… あびだが…… あびだがぁ……!」
もはや言葉にすらなっていない。いつもとは違うにとりの様子に、文は執筆の手を止めて立ち上がる。肩を震わせながら何かを訴えようとしているにとりに近づき、少しだけ屈んで目線の高さをあわせる。
「にとり、私の目を見て。……そう、それでいいよ。安心して。」
やさしい言葉をかけてなだめる文。喚き散らすだけだったにとりの泣き声が、少しずつ静まっていく。時折思い出したように肩が跳ねるが、そろそろ頃合いだろうと見た文は、にとりに問いかけた。
「……にとり。ゆっくりでいいから、なにがあったのか教えて?」
目の前で泣きじゃくる者に対して、その理由を問いかけるのは当然のことだろう。原因を知らなければ解決はできない。至極当然の選択であったとはいえ、その答えを聞いた文は後悔することになる。なぜならば、その答えはあまりにも唐突で、簡単には信じられないものであったから。
「……まりさが…… いや…… まりさを…… わたしが……」
そこまで聞いて察するべきだったのだろう。それは本人の口から語らせるにはあまりに残酷な出来事。そのことに気づけたのは、すべてを語らせた後になってのことであった。
「わたしが…… まりさを…… ころしちゃった……!」
思わぬ告白に、文の顔が引きつる。人間は盟友であると豪語しているにとりが。普段は温厚なにとりが。何より、魔理沙と仲のいいはずのにとりが。思考をめぐらしてみても、その言葉が示す結果に行きつく理由が出てこない。
「……や、やだなぁ、にとり。エイプリルフールはとっくにすぎているじゃない。嘘をつくならタイミングを考え―――」
「嘘でこんなこと言えるわけないでしょう!」
おどけてみせようとした文だったが、その行為はにとりの怒りを買ってしまった。真剣な眼差しでまっすぐに睨みつけてくるにとりの様子に、文はようやく事の重大さを認識していた。
「と、とにかく、結果は伝わった、けど、どうしてそうなったのかがわからないわ。……つらいだろうけど、話してもらえる……?」
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その日、にとりは新しい機械の実験をしていた。対象を一瞬にして瞬間移動させる転送装置。正確にいえば、対象を構成する最小の単位にまで分解し、別の場所に分解前とまったく同じ状態で再構築するという代物だった。
にとりには、その原理の危険性が解っていた。なにしろ、一瞬とはいえ対象を分解するのである。再構築されたとはいえ、それが本当に以前と同じ存在であるとはわからない。具体的には、生物にこれを適用した場合、その意識は保存されているかどうか、という点が、迂闊に実験を進められずにいた理由だった。その日、にとりはその一歩を踏み出そうとしていたのである。
「長い長い技術の発展の歴史。その歴史の功労者は、決してその技術を生み出した科学者ではない。」
にとりは一匹のネズミを転送装置の中央に乗せる。
「幾多の名も知れぬ犠牲者こそが、最大の功労者として称えられるべき者なのだ。」
これから何が起こるのか知る由もないネズミは、装置に設けられた囲いの中で走り回っている。その様子を見て、にとりは溜め息をついてつぶやく。
「……なんて。言い訳がましいこと言うなんて、私らしくないなぁ。いくら言い訳したとしても、失敗したらごめんなさいじゃ済まされないわけだし。……まぁ、安心しな、成功させるだけの自信があるから、こうやって協力してもらおうとしてるんだから。」
そう言いつつも、装置を作動させるにとりの手つきはぎこちないものだった。額にはじわりと汗がにじみ、その表情は強張っている。
いよいよ最後の操作を残すのみ。空間を静寂が満たす。ゆっくりとボタンに伸びていく腕。
「よう!」
「ひゅいっ!」
突然背後から響き渡った声に、情けない声を出して反応してしまったにとり。振り返ると、そこにはにやにやと笑顔を浮かべた魔理沙が立っていた。
「あはは! 驚いて跳びあがるやつなんて、はじめてみたよ!」
「わらうなぁっ! そりゃあ、集中してる所にいきなり声をかけられたら驚きもするよ! 飛び跳ねもするよ! そもそも、ごめんなさいの言葉すらいえないのか!」
胸に手を当ててまくしたてるにとりに、ごめんごめんと平謝りを返す魔理沙。笑顔を崩さず悪びれた様子もうかがえない魔理沙だったが、その視線はにとりではなく転送装置に向けられていた。
「これ…… 新しい発明品か?」
「そうだよ。今から動かそうとしてたところなんだ。……あぁ、近づいちゃだめだぞ。凄く危ないんだから。」
興味津々で顔を近づける魔理沙をたしなめる。しかし、そんな忠告が耳に入っていないのか、魔理沙は動きまわるネズミを突っついてからかっている。
「なぁ、これってどういう機械なんだ? みたところ、このネズミをどうにかしようとしてるみたいだが。」
「簡単にいえば、このネズミを瞬間移動させるための機械だよ。こっちの機械を操作すると、そっちにある機械に転送されるって仕組み。生物を使って実験するのは今回が初めてだから、これまでよりも入念に調整する必要があってね。生命反応を感知したうえで、その感知した対象を分析して転送前と転送後の座標軸をあわせたうえで―――」
「あぁ、もういい。とりあえず、こいつが一瞬でそっちに移動するってことだな。」
難しい理論を語りだそうとしたにとりを遮った魔理沙は、改めて機械を眺めた後、口元に手を当てて何やら考えごとをし始めた。にとりが機械の操作を再開しようと身をひるがえした時、魔理沙がにとりに声をかけてきた。
「なぁ、さっき、生物を使った実験は初めてって言ったよな?」
「あぁ、言ったよ。だから、今回はいつもより注意を払って―――」
「その実験、私で試してみないか?」
思わぬ申し出に、表情が凍りつくにとり。魔理沙としては、ただ興味本位で言っているだけなのだろう。しかし、この実験の危険さを認識しているにとりが首を縦に振ることはなかった。
「だめだ! 絶対に! 万が一失敗したらどうなるか。それくらい危険な実験なんだよ。」
「でも、今日はそれを試そうとしてたんだろ? つまり、成功させるだけの自身はあるってことだ。それに、転送装置の実験で初めて転送に成功したのがこんなネズミじゃあ…… いや、こんなネズミ、なんて言ったら、ナズーリンあたりがバカにするなって怒鳴りこんでくるかな。」
「そんなことはどうだっていい。とにかく、成功させる自身があるといっても、失敗した時のことを第一に考えるのは当然のこと。いいか? これから操作を始めるから、絶対に近づくんじゃないぞ!」
拗ねた表情で装置から離れる魔理沙。その様子を見て、にとりは操作を再開する。そして、最後の工程である起動プログラムを入力し終えたとき、にとりの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
ネズミがいるはずの場所に、魔理沙が立っていた。笑顔で手を振る魔理沙だったが、にとりはその笑顔に対して絶叫で応えていた。
「なにやってる!? 早くそこから離れるんだ!」
凍りついた表情のにとりの目の前で、魔理沙が光に包まれる。光が弾け、収束するまでの間、にとりはただ唖然としてその様子を見守っていた。光がおさまり、ようやく気を取り直したにとりは、恐る恐る視線を動かす。
心音がうるさく聞こえるほどの静寂な空間。できるだけ、悪いことは考えないように努めていた。そう、きっと、そこには笑顔が待っている。何事もなかったように、手を振って待っている。本来なら、ネズミが転送されて動きまわっているはずの場所。その場所に待っていたのは―――
一糸纏わぬ姿で倒れている金髪の少女の姿だった。
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事の顛末を話し終えたにとりは、再び大声をあげて泣き出してしまった。話を聞き終えた後でも、文はまだ半信半疑だった。
「にとり、本当に、魔理沙が死んでるってことを確認したの? 例えば、息をしてなかった、とか、心臓の鼓動が聞こえなかった、とか。」
にとりは首を横に振る。その反応に、文はそれまでの強張った表情を少しだけ弛緩させる。
「なるほど。それなら、まだ諦めるのは早いわ。いい? まだ、魔理沙が死んだと決めつけちゃいけない。まだ、確認すべきことは残っている。ここまでは理解できる?」
出来る限り丁寧な口調で話す文。にとりにもその気持ちは伝わったらしく、泣き声は落ち着き、首を縦に振って応えている。
「私は、これから医者を呼んでくる。あなたは魔理沙のところに戻りなさい。あなたのことだから、気が動転して飛び出してきちゃったんでしょう? ……せめて、晒し続ける身体くらいは、護ってあげなさい。」
そう言って、文はにとりの目をまっすぐに見つめる。涙でぐしゃぐしゃになりながら、ただ茫然と見返していたにとりだったが、決心したように袖で顔を拭うと、大きく、一度だけうなずきを返していた。既に日は落ち、夜の闇が辺りを包みこんでいた。
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「出来ることなら、検死の依頼はお断りしたいところなんだけど。」
永琳は、ベッドに横たわる魔理沙の身体を見降ろし、そんなことをつぶやいた。今、魔理沙の身体を包むものは、一枚の簡素な布団だけである。魔理沙の口元に手をかざし、続いて胸元に耳を近付ける。瞼を開けて様子を見るのを最後に、永琳は横で見守っている二人に向き直った。
「結論から言うと、魔理沙はまだ死んでいないわ。かろうじて、身体は生きている。」
その言葉に、強張っていた二人の表情は少しだけ弛緩する。
「ただし、このまま放っておけば、魔理沙は確実に死ぬ。」
強まった永琳の語気に、弛緩した表情に再び緊張感が戻る。助かる見込みがあるという希望が、一転して死の宣告である。感情が二転三転するのも、無理はない。
「永琳さん、魔理沙を助けることはできるのですか? いや、出来るのですか、なんてことを聞きたいんじゃない。どうすれば、魔理沙を助けられるのか、それを教えてください。」
震えるだけで話すことができないにとりをかばうように、文は質問を投げかける。しかし、その質問に対する永琳の答えは冷たいものだった。
「死者を蘇生させることは、大昔、神の時代からの禁忌とされているわ。蛇使いの逸話くらい、あなたなら知っているでしょう。」
助からない、ではなく、助ける気がないという意思が込められた言葉を受け、文の語気が強まる。
「あなたならできることでしょう? 不老不死の秘薬…… 蓬莱の薬を使ってでも―――」
「その言葉、私の前では軽々しく口にしないことね。……改めて言うわ。私は、禁忌に足を踏み入れるような真似はしたくない。」
どこから取り出したのだろうか。永琳が構えた弓の射線は、まっすぐに文の額をとらえていた。思わず両手をあげる文の様子を確認して、永琳は構えを解く。
「……では、せめて魔理沙の状態を詳しく教えてください。助けられるのであれば、私は魔理沙を助けたい。そして、この子は、私以上に助けたいと思っている。」
文は隣で震えているにとりに視線を送る。にとりの頬にはうっすらと跡が残り、その跡をなぞるように、目から涙がこぼれおちている。
「……あの世とこの世、言いかえれば、冥界と顕界。人は、顕界で死を迎えた後、冥界に旅立つという。」
静かに語りだした永琳の言葉に、二人は耳を傾ける。
「顕界で訪れた死の運命。ただ、訪れた瞬間に死が確定するわけではない。顕界から冥界への移動、その移動時間の分だけ、一種の停滞期間と呼べるものがある。魂が三途の河を渡るまでの時間、その精神は霊界にて幻覚を見るという。その説が真実なら、あるいは……」
そこまで言葉を紡ぎ、沈黙する永琳。わずかの時間、静寂に包まれた後、それを破ったのはにとりの言葉だった。
「……つまり、魔理沙の精神を取り戻せれば、魔理沙は生き返るんですね?」
永琳は動かなかった。肯定もせず、否定もせず、その態度を不満に感じたのか、にとりは質問を続ける。
「霊界とやらに行って、魔理沙の精神を呼び戻せれば、助けられるんですよね? ……どうなんですか? 応えてくださいよ。ねぇ。応えてくださいって!」
にとりが声を荒げる一方、永琳は全く動じない。横で見ていた文はもどかしくなり、ひとつの提案を口にする。
「にとり、このままじゃ時間だけが無駄に過ぎていく。霊界に魔理沙の精神があるなら、そこに行けばいいだけのこと。だったら……」
両手を広げてにとりの前に立つ文。その意図を読み取れず、茫然と見つめるにとりに対して、文は小さく微笑みを浮かべてこう言った。
「私を半殺しにしてください。仮死状態になれば、霊界とやらに行くことができるんでしょう? 魔理沙の精神をさっと見つけて、さっと戻ってきますよ。……さぁ、お願いします。」
目の前で笑顔を浮かべる文の顔を見つめるにとり。その言葉が意味することを理解して、否定の意思を告げる言葉を投げかけようとするよりも一瞬早く、永琳が言葉をかけていた。
「やめなさい。霊界を見るということは、避けられない死の運命を定められたということと同義。戻ってくることは不可能よ。」
「じゃあ、もう魔理沙を救う方法はないっていうんですか!? 思わせぶりなことを言っておきながら、結局は何もできないんじゃあ、意味が…… 無いじゃないですか……」
ついに、文の目からも涙がこぼれだす。目の前で泣き出した二人を見つめて、永琳は溜め息を漏らす。そして、一呼吸おいてから、二人に向かって話しかけた。
「希望があるとしたら、三途の河を渡る前に魂を奪い返すことね。その魂を身体に還せば、もしかしたら、生き返るかもしれない。だけど、成功するかどうかの責任は持てないわ。」
その言葉に、二人は肩を震わせて反応する。二人の視線が注がれる先には、呆れ顔で頬杖をついている永琳の姿があった。それでもやるの? と問いかけてくる永琳に、二人は大きくうなずいて応えていた。
「そう…… それじゃあ、やれるだけやってみなさい。私はここで魔理沙の身体を護っていてあげるから。ほら、やることは決まったんだから急ぎなさい。手遅れになる前に。」
その言葉が終わる前に、文とにとりは動きだしていた。目的の場所は三途の河。勢いよく家を飛び出す二人を見送って、永琳は一人呟いた。
「あなたには、そうさせるだけの魅力があるのね。」
傍らで横たわる少女の髪を、そっと撫でる。そして、耳元に顔をよせ、そっと囁く。
「生をあきらめちゃだめよ。友達を、悲しませたくないなら、ね。」
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「あぁ、確かに、魔理沙の魂はここにいる。」
三途の河の畔、深く立ちこめる霧の中、死神は目の前の二人に語りかけた。
「しかし、魂をつれて帰らせるわけにはいかないねぇ。」
鎌を携えて不敵な笑みを浮かべる小町の雰囲気に、思わず後ずさる二人。
「そっちの都合は理解したつもりだよ。ただ、こっちにも都合ってもんがあるんだ。死に逝くものを導くのが渡しの役目。それを邪魔するとあっちゃあ、見過ごすわけにはいかないんだよ。」
無論、二人とも話し合いで解決するほど簡単な話ではないということくらいは理解していた。それでもなお、望みを断ち切るわけにはいかなかった。
「……決闘を申し込む。弾幕ごっこ。いや、ごっこなんて軽い遊びなんかじゃない。魔理沙の魂をかけて、スペルカード戦を申し込む!」
そう言ったのは、固く拳を握りしめ、歯ぎしりを立てて身体を震わせたにとりだった。出来る限り無駄な争いを避けるための策を思案していた文は、にとりに向き直って声をかける。
「にとり! 少し冷静になりなさい。決闘を申し込むのは早すぎる。まだ、話し合う余地は―――」
「文。ごめん。私、早く魔理沙を助けたい。魔理沙がこんなことになったのは、私のせいだから。私には助ける義務がある。だから、止めないで。」
そして、一歩、また一歩と歩を進めるにとり。その様子を見た小町は軽く溜め息をつく。笑みが消え、一変して厳しい表情を見せる小町は、近づいて来るにとりに声をかける。
「そうかい、お嬢ちゃんが相手かい。まぁ、面と向かって決闘を申し込まれたからには、無下に断るわけにはいかないねぇ。」
周囲の空気が緊張感を増す。小町と距離を空けて立ち止まったにとりの姿を確認して、文はその場を離れる。しばし睨みあう二人。あるいは、小町は相手の覚悟を試していたのかもしれない。
「では、あたいが勝った時には、お嬢ちゃんの魂を頂くことにしよう。」
文字通り、命をかけた決闘の火蓋が、切って落とされた。
戦いは、にとりが圧倒される形で進んでいた。いや、圧倒されるという表現は適切ではない。次々とスペルカードを繰り出すにとりに対し、小町は一発の弾すら撃ち返していない。ただ、迫りくる弾幕を受け流し続けるだけだった。
「しかし、なにか? これは罪滅ぼしのつもりなのかい?」
身を翻しながら、にとりに声をかける。
「自分で殺しておきながら、その命をもう一度取り戻そうなんて、虫のいい話だとは思わないのかい?」
刹那、弾幕の密度が上がる。あからさまな挑発を受け流すだけの余裕は、今のにとりには残っていない。表情に焦りをみせつつ、にとりは残されたスペルを宣言した。
河童「スピン・ザ・セファリックプレート」
回転する弾幕が小町に迫る。しかし、小町がその余裕な表情を崩すことはなかった。ゆらり、ゆらりと、まるで弾幕の中を動き回るその姿は、舞姫が優雅に舞いを舞っているかのようだった。遠く離れて見守っていた文ですら、その姿に魅了されて、にとりの心配をすることを忘れてしまったほどであるのだから。
やがて弾幕が収束し、肩で息をするにとりと不敵な笑みを浮かべる小町の姿だけが霧の中に残された。
「どうした? もう終わりかい?」
質問に答える声はない。それを肯定の意思と判断した小町は、姿勢を正して高らかに宣言する。
「それじゃあ、今度はこっちからいくよ!」
死価「プライス・オブ・ライフ」
瞬く間に弾幕に囲まれるにとり。それまでの攻撃で疲れ切っていたにとりに、回避するだけの体力は残されていなかった。ふらふらとした動きで避けようと試みるものの、すぐにその身は弾幕の雨を浴びる結果となった。
被弾の衝撃にかろうじて耐えたものの、にとりは膝をついてうずくまる。気付いた時には、その首元に、小町の鎌があてがわれていた。
「生の価値を知らぬもの、生を軽んじて死の易さを知る、ってね。」
背後から聞こえる小町の声に、にとりは恐怖を感じ取っていた。負けを認めること。すなわち、それは自らも死を受け入れること。勝利して魂を取り戻すことはできなかった。では、このまま死を受け入れて、冥界に送られるのも悪くはないのではなかろうか。少なくとも、そうすることで魔理沙の魂の近くにいることはできる。
「さて…… まだ続けるかい? それとも、負けを認めるかい?」
その問いかけに、にとりは反応することができなかった。一瞬とはいえ、死を受け入れることも考えたものの、それは間違っているような気がして踏み込むことはできない。かといって、これ以上戦いを続けるだけの力は残っていない。
「続ける意思はないみたいだね。……痛いのは一瞬だけだ。せめてもの情け、魂はちゃんと送ってやるよ。」
鎌が手前にひかれるのと、一陣の風が吹き抜けたのは、ほぼ同時だった。
「友達とやらは、命をかけるほどの価値があるもんなのかねぇ?」
そう呟く小町の視線の先には、首元から血を流すにとりと、翼から血を滴らせる文の姿があった。致命傷には至らなかったものの、大怪我であることには変わりない。さっきまで感じた気迫も今では感じられず、これ以上戦いを続けることができないことは、誰の目にも明らかだった。
「今一度問おう。なぜ、一人の人間のためにこんなことをする? 友達だから、なんて青臭い理由はお断りだよ。」
手で首元を抑えながら、にとりが一歩踏み出す。
「こうなったのは、私の責任だから。その責任をとることができるなら、償うことができるなら、私はなんだってする。」
「責任、ねぇ。あたいには、その言葉ですら薄っぺらいものにしか聞こえない。罪を償う? 笑わせんじゃない。壊したもんを元通り直したからって、その事実をなかったことには出来ないんだよ。」
その言葉に、にとりは息をのむ。自身の機械いじりは、もともと外の世界の機械を分解して組み直すという経験を積み重ねて発展させていったものだ。壊して、直して、元通りにして満足していた。今回の原因となった装置も、原理はそれとほとんど変わらない。分解して、再構築して、それで満足するつもりだった。
「壊しちまったもんは、もう元には戻らない。そっくりに直したつもりでも、それは本物に限りなく近いまがい物。聞いた話じゃ、魔理沙の身体は存在しているみたいだが、それは本当に魔理沙だって言い切れるのか? 魔理沙に限りなく近い別物の器に、魔理沙の魂をいれて元通りなんて、そんなことを考えてたんじゃないのか?」
閉口するにとり。それを見つめる小町の表情は、固く、厳しいものである。緊張感に耐えきれなくなった文が、思わず言葉を投げかける。
「小町……! あんた、ちょっとは言葉を選びなさい! あんたにこの子の気持ちが解ってるとでもいうの?」
「解らんね。解らないからこそ、あたいはあたいの中にある理論をぶつけるしかできない。」
渾身の思いで投げかけた言葉も、小町はそっけなく受け流す。もどかしさに地団太を踏む文だったが、小町は態度を変えることはない。再び、にとりが口を開く。
「友達だから命をかけてるんじゃない。命をかけるだけの友達が、魔理沙なんだ。」
「ふぅん…… で、魔理沙を取り戻すことで、自分は満足するってのかい。魔理沙も哀れだねぇ。あんたみたいなのに、魂までもてあそばれて―――」
「魔理沙の気持ちを知ったような口を聞くな! ……たしかに、私がしようとしてることは、結局は自己満足なのかもしれない。それでも、私は、こんなに唐突に…… 友達を…… 失いたくないんだ……」
枯れ果てるほどに流したはずの涙が、にとりの目からこぼれおちる。その心を包むのは、悲しいという感情なのか、それとも、力が及ばない無念さなのか。深い霧に包まれる河畔に、小さな泣き声が響き渡る。
「もういいでしょう、小町。説教の真似ごとは、もう終わりです。」
泣き声に代わって響いた声は、河畔にいた3人の、誰のものでもなかった。
「映姫様……」
「河の向こう側が騒がしいと思って来てみれば…… 小町、あなたはいつから他人に説教ができるほどの身分になったのですか?」
「いや、これは、魂を持ち去るという相手に抵抗していただけであって、正当防衛の一種ということで―――」
「言い訳が聞きたいのではありません。あなたの仕事は渡しです。断罪ではありません。」
突然現れて、突然説教を始める映姫の姿に、小町だけではなく、そばで見ているだけの文とにとりも圧倒されていた。一通り説教を終えたらしい映姫は、今度はにとりに向き直る。
「河城にとり。」
名前を告げられて、姿勢を正すにとり。言葉を返すことはできなかったが、映姫は構わず話を続ける。
「あなたの罪は、あなたが死を迎えた時に改めて裁きます。しかし、あなたが死を迎えるのは、今ではありません。決闘で負けたからといって、簡単に捨て去ることができるほど、命は軽くありません。」
緊張して強張った身体を、なんとかして動かすにとり。ぎこちない動作で、首を縦に振る。
「そして、決闘で勝ったからといって、簡単に取り返すことができるほど、命は軽くありません。残念ながら、これはまぎれもない真実です。」
ただでさえ暗かったにとりの表情に、さらに暗く影が落ちる。閻魔様直々に、あきらめろという説得を受けているのである。この先に続く道はない、まさに最後の審判である。
「ですが―――」
その声が、沈みゆくにとりの心に差しのべられた手となった。すがりつくような眼差しで、にとりは映姫を見つめる。
「命を得るために命をかける。この姿勢を、私は評価します。ただ、命を天秤にかけるような行為、それ自体は間違っています。一見矛盾しているように思える行為ですが、それは双方の思考の根底が異なっているというだけのこと。ゆえに、今回の件について、魔理沙の魂を還すことを許可します。」
その声に対する反応は、まさに三者三様だった。希望が見えたことに、微かな笑みを浮かべるにとり。喜びの感情を抑え、あくまで冷静な姿勢を崩さない文。そして、残る小町は驚いた表情で映姫に反論していた。
「映姫様! 生死の理、輪廻転生の理を崩すというのですか!? そんなことをしたら、いくら閻魔だとしてもただじゃあ済まないですよ。どうか、考えを改めてください。」
「黙りなさい、小町。」
映姫の一喝で閉口する小町。その視線の先には、映姫の厳しい表情が浮かんでいる。
「世界の理は、私だって認識しています。それよりも、小町、あなたはこの件についてどう考えているのですか? このまま、魔理沙が死んでいくことに、なにも感じないとでも?」
「……一人の人間に、特別な感情を持ってはいけない。たとえ、それが親しいものであっても。いつもそう言っているのは、映姫様の方じゃないですか。」
「私が言ったことはどうでもいいのです。あなたはどう思っているのですか?」
「そりゃあ…… 知り合いを渡すことは、気が進みませんよ。でも、仕方がないじゃないですか、これが、渡しの仕事であって―――」
「仕事、役目、そういうのは、今、考えるべきではありません。考え方の根底にあるべきは、魔理沙をどうしたいのか。どうですか? このまま、魔理沙の死を受け入れますか?」
誘導尋問のような映姫の口ぶりに、少しづつ追い詰められていく小町。そばで見ていた文にも、この論理がむちゃくちゃで、小町の言葉を借りるとすれば「薄っぺらい」と称されてしかるべき程度のものだと感じ取れるものだった。それでもこのように圧倒できているのは、閻魔様という存在の威厳のためか、あるいは、小町本人の心が揺れ動いているからであったのか。
「……えぇ、出来る事なら、このまま受け入れるなんて御免ですよ。知り合い、よりによって魔理沙を渡すなんて、拒否できるなら喜んで拒絶しますよ。……これでいいですか? 映姫様?」
困惑した表情を浮かべながら、絞り出すように答えた小町の言葉に、映姫は小さく頷き、微笑みを返した。そして、河畔に集まる魂を一つずつ確認して行き、ついに、魔理沙のそれにたどりついた。
魂を受け取った文とにとりは、急いで魔理沙のもとへと戻っていく。その二人の姿を見守っていた小町は、小さく呟いた。
「命をかけるだけの友達、ねぇ……」
「どうしましたか? まだ、何か気になることでも?」
「いえ、なんでもないです。……いや、気がかりがあるとしたら、一つだけ。」
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「おかえりなさい。無事、ではないみたいね。妖怪だからって、そんな大怪我を放っておいたら、冗談抜きに命を落とすわよ。」
血だらけで帰ってきた二人の姿を見て、急いで手当ての準備をする永琳。
「相手も一思いにやってきたみたいね。中途半端にやられるよりは、こっちの方が治癒は楽だわ。」
包帯を巻きながら、そんな言葉をかける。大事そうに魂を抱える様子に、心の緊張が解けているのを感じ取ったのだろう。そう、これからすべきことはただ一つ。魂を、身体に還すことだけなのだから。
「それじゃあ、私の仕事はここまでね。後は二人でどうにかしなさい。」
そう言って立ち去ろうとする永琳を、驚きの表情で見つめる文とにとり。
「ちょっと待ってください! 最後まで面倒を見てくれるのではないんですか?」
「初めに言ったでしょう? 私は禁忌に足を踏み入れるつもりはないの。魂を還すくらい、あなたたちだけでもできるでしょう?」
「いや…… 私は、魂を扱うことなんてできませんし……」
文の言葉に、今度は永琳が驚きの表情を見せる。永琳の矛先は、自然ともう一人の相手に向けられる。
「あなたはどうなの? これだけの機械技術の知識があるなら、魂の扱いくらい―――」
その言葉が最後まで発せられることはなかった。目の前で、肩を落としてうなだれているにとりの姿を見れば、永琳でなくとも答えは解るというものだ。大きな溜め息をついて呆れ顔を浮かべる永琳。
「あなたたち…… 魂の扱いを知らずにここまで準備を進めたっていうの? ほんと、どうしようもない。呆れるしかないわね。」
反論することはできない。ただ、魔理沙を助けたいというだけでここまで行動してきた。最後の最後で躓くなんて、二人が予想していたはずなどない。
「永琳さん、お願いします。どうか、魔理沙を―――」
「何度も言わせないで。私は、これ以上協力する気はない。」
「もう、他の人に頼みに行くほど、時間は無いんです! 急がないと、魔理沙の魂が……」
肉体から離れた魂の行方。本来なら、三途の河を渡って冥界に流れる。冥界においてその存在を維持できる魂も、顕界では徐々に存在が拡散していく。それは、放っておけば、いずれ消滅することを意味していた。
文と永琳が口論している間も、魔理沙の魂は少しずつ拡散を始めていた。初めにそれに気づいたのは、ずっとその魂を抱えていたにとりだった。
「永琳さん、お願いです。もう、時間がない!」
困惑する永琳にすがりつく二人。しかし、永琳の態度は変わることがない。にとりの心が、もうこれまで、と、絶望に似た感情に支配されかけた時、勢いよくドアが開く音がした。3人の視線が一斉にその場所に注がれる。
「あんたたちのことだから、きっと困ってるだろうと思って来てみれば…… なんだい。命の専門家がいるんじゃないか。」
鎌を携えたその姿は、命がけで戦ったばかりの相手、小町だった。文とにとりが驚いた表情を浮かべる一方、永琳は訝しげな表情でその視線を向けていた。
「あなた、何のために来たのかしら? せっかくの戦利品を奪い返しに来た、なんて、無粋な真似をする気じゃあないわよね。」
「戦利品なんて言い方の方が無粋なきがするけどねぇ。まぁ、目的はそんなことじゃないから安心しな。簡潔にいえば、魂を還す手段がなくて困っているだろうと思ってね。」
まさに助け舟である。永琳が頼りにならない今、残す希望は小町しかいない。
「小町さん、もう時間がない。早く魔理沙に魂を還してください。」
文が懇願する。その言葉に返事をすることはなく、小町は静かに歩を進める。立ち止ったのは、永琳の目の前であった。
「あんた、医者だったらなぜ助けようとしない? 裁きの雷が怖いとでも言うんじゃないだろうね?」
静かに、しかし、強い口調で問いかける小町。永琳は答えようとしない。まるで、答える義務などないと主張するように、冷たい視線を返すのみである。
「……ふぅ。こんなことしてても埒が明かない。映姫様の受け売りで説得でもしようと考えたのが、そもそもの間違いだってことか。」
永琳の説得をあきらめた小町は、すぐににとりの方に向き直る。よこしな、と言って魂をひったくると、魔理沙の身体の上に掲げて何やら集中し始めた。ゆっくりと、魔理沙の身体に吸い込まれていく魂。
「さて、私にはこれ以上のことはできない。後は、魔理沙が目を覚ますことを祈るんだね。」
そう言って立ち去ろうとする小町を、にとりが止めた。
「待って! 今、何をしたの? 魔理沙の魂は、無事に身体に戻ったの?」
「……魂と身体の距離を0にした。無理やり憑依させたっていう方が解りやすいか? とにかく、その身体が本物の魔理沙だったら、いずれ目を覚ますかもしれない。だめだったら…… その時は、また三途の河にやってくるだろうさ。」
そして、静かに歩を進めていく。玄関に着いた時、にとりが再び呼び掛けた声に、その足は止まった。
「小町さん! あの…… ありがとうございます。」
その言葉に、振り返ることなく小町は応える。
「映姫様に感謝するんだね。ここまで来るように命令したのは映姫様だ。自分から進んでここに来るほど、あたいは酔狂じゃない。」
その言葉を最後に、小町は出ていった。にとりにとって、ここに来た理由の真偽などは関係がなかった。最後まで面倒をかけてしまったことに対する謝罪と、最後の最後で身捨てなかったことに対する感謝の思いを込めて、ただ、頭を下げ続けていた。
小町が出ていってすぐ、永琳が立ちあがって玄関に歩き出した。
「この…… 血も涙もない医者が……!」
文が罵声を浴びせかける。相変わらず、永琳が反応することはない。さらなる言葉を浴びせようと口を開きかけた時、にとりがそれを止めていた。
「文…… もう、それ以上はだめだ。」
怒りの矛先を見失い、戸惑いの表情を浮かべる文に、にとりは首を振って応える。そして、永琳に対して、静かに話しかけた。
「魔理沙を助けるための望みをくれたのはあなただ。そして、私たちが留守にしている間、こうして魔理沙を護ってくれていたのもあなただ。あなたには、あなたの事情がある。最後の最後で協力してくれなかったのは確かに悔しいが、それでも、あなたから受けた恩は大きい。」
ありがとう。そう言って、にとりは深々と頭を下げる。歩みを止めて聞いていた永琳だが、振り返ることもなく、その場を去っていった。
「にとり…… 魔理沙の様子は?」
ようやく、二人は魔理沙に注目する。魂が戻ったとはいえ、血の気は引いて、顔色は悪い。暗かった外は徐々に白んで、朝日が昇ろうかという頃であった。じっと見守っていたが、一向に目覚める気配を見せない。
日が天の頂きに到達するかといった頃、文は静かに立ち上がり、何も告げることなく去っていった。ちょうど半日。いや、魔理沙がこうなってからの時間にすれば、それよりも長い時間が経とうとしている。未だに目覚める様子をみせない魔理沙を、それでもにとりは見守り続けていた。
日が沈み、再び昇り、また沈み、そんな周期をどれほど繰り返しただろうか。その日以来、にとりはずっと魔理沙を見守り続けていた。相変わらず、目覚める様子はない。やはり失敗したのだろうか。死者を復活させるなんて、禁忌に触れたことがいけなかったのだろうか。既にこぼれおちる涙すらない。寝食を忘れて見守り続けたにとり自身の体力も、既に限界を迎えていた。
視界がかすみ、意識が朦朧として、それでも気力だけで自身を繋ぎとめてた。その気力もついに尽き果て、意識が拡散する。その直前。赤と青の二色を見たような気がした。
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「……り ……とり ……しっかりしろ ……」
ゆっくりと瞼を開く。眩しい。初めに感じたのは、そんな感覚だった。
「にとり。私が解るか? 解るなら、返事をしろ。」
懐かしい声がした。あの日、失ってしまった声。取り戻すために命をかけた声。
「おい。頼むから返事をしてくれ。ぶっ倒れたままじゃ、恩返しもできないだろう。」
口がうまく動かない。それでも、なんとかして返事を返そうとする。
「……ぁ ……ぃあ ……」
「! うん。聞こえてるぞ。あぁ、でも、もっとはっきり喋れ。」
相変わらずせっかちなやつだ。そんなことを思いながら、にとりは必至で言葉を紡ぐ。
「……ぁいさ ……ありさ ……」
「あぁ? 違う。私はアリスじゃないって。もっとはっきり―――」
「まりさ…… まりさなんだな…… わたしだってがんばってるんだ。あまりせかすんじゃない。」
ようやく意識が覚醒した。目の前には、頬に一筋の跡をつけた魔理沙の笑顔が拡がっていた。近くに霊魂が漂っている気配もない。ちゃんと生きている。そこまで確認して、にとりは再び目を閉じた。閉じていた時間はわずかな間。改めて目を開くと、ちゃんと魔理沙がそこにいる。夢ではない。そう確信できた段階で、枯れたはずの涙が頬を伝っていった。
「ほら、そうやってすぐに泣くな。……事情は医者が教えてくれたよ。私を助けるために、命をかけてきたんだってな。もとはといえば、私が勝手なことをしたのがいけなかったんだ。危ないって言われてるのに、それを聞かないで…… 迷惑をかけてすまなかった。助けてくれてありがとう。」
そういう魔理沙の目にも、やはり涙が浮かんでいた。魔理沙によると、様子を見に来た永琳が、倒れているにとりを発見したらしい。急いで応急処置を施し、ベッドに寝かせた後、魔理沙を蘇生したという話だった。その時の永琳は、死者の蘇生は禁忌だが、瀕死の生者の蘇生は禁忌ではない、と呟いていたらしい。
それからすぐに立ち去った永琳だったが、今度はにとりが目を覚まさない。見守られる側と、見守る側が入れ替わったわけだ。幸い、にとりが目を覚ますまでに、それほどの時間はかからなかったらしい。脱水症状と栄養失調で痩せ細っていたものの、回復するのはたやすいということだった。
「しかし、なんだか死んでる間は爽快だったなぁ。いや、死んでるんじゃなくて、霊界に行ってる、だっけ。どっちでもいいや。なんだか、体が軽くて、軽く弾幕を張ってみたら、これまでに経験したことのないくらいのパワーが出せてな、なんというか、楽しかった。」
おどけた表情でそんな話をする魔理沙に、にとりの心は少しずつ癒されていった。しかし、たとえ元に戻したとしても、起きてしまったことは無かったことにはできない。
「魔理沙…… 私、もう機械いじりをするの、やめるよ。」
突然の告白に驚きの表情を見せる魔理沙。にとりは軽く微笑みながら続ける。
「私には、今回の実験がどれだけ危険なものなのかが解っていた。失敗したら、命を落とす可能性があることだって…… それでも、私は実験を行った。それも、実験とは関係ない魔理沙のいる目の前で。魔理沙の性格だったら、何かやらかしてもおかしくないって考えるべきだった。そんな判別ができない私が、この先、今回以上の取り返しのつかないことを起こさないなんて保障は無い。」
静かに目を閉じるにとり。そのにとりの額に、魔理沙は指をしならせて一撃を加えていた。
「いたっ! な、何をするんだよ。」
「機械いじりをしてないおまえはおまえじゃない。何だ? おまえ、本当はにとりじゃないいんじゃないか? このにせものめ! 正体を現せ!」
そして、額に向けて何度も指を叩きつけてくる。いたいいたいと抵抗しても、その手が離れることはない。ようやく気がすんだのか、魔理沙は手を離して語りかける。
「いいか? 誰だって、譲れない主張の一つや二つ持っているもんだ。お前にとっての譲れないものっていうのは、機械いじりじゃなかったのか? それとも何か? お前にとっての機械いじりは、そんなに簡単に捨てられるほど、軽い気持ちでやっていたもんだったのか?」
魔理沙の言葉に、にとりは首を横に振る。
「そうだよな。だったら、やめるなんて言うな。どれだけ危険だって、どんな大きな事故が起きたって、私が解決するために手を貸してやるさ。……あぁ、今回みたいに、私自身が動けなくなってなければ、だけどな。とにかく、今回の事故はちゃんと解決できたんだ。もし、また事故が起きたって、解決することはできるさ。」
新作、期待してるぜ。そう言って、魔理沙は席を立つ。いつもの白黒のローブではなく、水色の服を着ていた。
「あぁ、そういえば、この服、借りていくぞ。着てた服が吹き飛んだらしいからな。……ははは。」
頬を赤らめながら、魔理沙は笑って歩いて行く。その後ろ姿を、にとりは笑顔を向けて見送っていた。
とりあえず、次の実験はいつにしようか。そんなことを考えている自分に気づき、思わず自嘲する。どれだけ痛い目に会っても、やはりこればかりは捨てられないようだ。
魔理沙の笑顔が浮かぶ。どれだけ痛い目にあっても、やはりここに来るだろう。それが、魔理沙の譲れないものの一つなのかもしれない。ベッドから起き上がり、ぐっと背伸びをする。まだ、今日の日は高い。にとりは静かに、工具箱の蓋に手をかけるのであった。
映姫もすごい気軽に死者の霊魂を返していますし、違和感バリバリです。
なにより魔理沙が勝手に死にかけて、それに対してにとりが負い目を感じる必要もないと思います。
作者名で検索をかける程度にね。
永林が冷た過ぎる気もしないでもありませんでしたが作品の色として上手く練り込んであったと思います。
これからも期待しています。
にとりに落ち度がないからだと思う、きっと。魔理沙が自滅しただけだったし