Coolier - 新生・東方創想話

針ぬい糸は止まらない

2011/03/28 22:40:33
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 物陰から、つぶらな瞳でじいっと様子をのぞいて見る。

 視線の先には、繕いをする金髪の少女。
 ゆったりとした物腰も、ランプに映える彼女の顔も魅力的だ。
 しかし特筆すべきは少女の持つ、抓めば折れそうなくらいに繊細な指。
 その人差し指と親指が合わさって、くいくいと、器用に回る。

 それから程なくして修繕は終わり、人形が楽しそうに右手をピシピシと叩いた。
 大妖精は、その光景に強い憧れを抱いた――。



針ぬい糸は止まらない



 湖畔の隅っこ小さなお宿。
 まばらな木漏れ日が差し込む窓の内側で、大妖精はとんがった針をぐりぐりと回していた。

 見よう見まねで裁縫に挑戦してみたのだが、結果はひどい有様。
 ペロンペロンと床に散らばった二枚の布。そして、指に貼られた小さなばんそうこう。
 せめてもの収穫は、間違えて自分を突付いたら、泣きそうなくらいに痛いと分かったこと。

 何かが、上手くいっていない。
 なんだろう? うーん、わからない。

 仕方がないので、もう一度。人形使いのお家に行く事にした。





 濃い雲が空一面に纏わりついて、日の光がうっすらとしか感じなくなってきた。
 大妖精は曇り天井を仰ぎ、少し悩むそぶりを見せたが……結局森へと入っていった。
 
 降るだろうか。
 雨は得意じゃないけれど。
 見つかりにくくなるから、おあいこかな。
 
 そんなことを考えながら、目立たないように小さく小さく木々の間を分け入っていく。
 区別のし難いややこしい迷い道をどっこらよいしょとかき分け、再び到着。
 いつもの定位置、傍の草地からこっそり人形使いの家を眺めてみる。

 ……あれ。

 明かりもないし、音も聞こえない。
 念のために、家の周りをぐるっと確認したけれど。
 やっぱりいないみたい。
 人形使い――アリスさんはどこにいったのだろう。
 
 今なら、もう少し家に近づけるやも。
 そうしたら、何かお人形が作れる秘訣が……。

 よ、よし。近づいてみよう。

 大妖精は息を大きく吸うと、タイミングをはかる。
 そして心を決めると、草陰から家の端へと猛ダッシュ。
 息つく暇なく、今度は横歩きで壁をつたう。
 そして窓の真横で急停止。ちらり、ちらりと目を通す。

 家の中は薄暗く、少しおっかなかった。
 目の前のテーブルには鎮座した人形が三体、無垢な目を正面に向けてお座りしていた。
 その脇にはいくつかの針とひと塊の綿。そして見慣れない、ぐるぐるしたものが置いてあった。

 はて。これは何だろうか。

 大妖精は興味を持ち、窓のすれすれまで顔をくっつけた。
 意識せず、つっと伸びる手。
 その、小さな手が窓ガラスの縁に当たり……そのままギィと縦に回った。
 猫ほどの額に、コチンと一撃。

 !?

 衝撃と金属の甲高い音にびっくりして、大妖精は、よよよっと大きく退いた。
 これはマズイと、すぐさま左右を確認する。
 幸運にも、誰も彼女を見ていないようだ。

 よ、よかった――って、いやいや。
 そもそも何で私は、誰もいないのにびくびくしてるのだろう。

 そう思うと、今度はもっと大胆に動きたくなってきた。
 さらに悪戯好きの根幹、妖精の本能がこんがらがって小さな頭を隈なく駆け巡る。

 おっとっと、落ち着け落ち着け。適度には慎重に。急がばピチュれと言うではないか。

 がばっと行きたい衝動を抑えようと、大妖精は自分に言い聞かす。
 ひとまず、大きく深呼吸。
 間を空けて、若干落ち着いた所で「割れ物を扱うように」ガラスの窓を押して動かすと、手を伸ばし――
 思い当たって、引っ込めた。

 真横にある人形。これって動かない、よね?
 怖かったのでつんつんと、その辺の小枝で突付いてみた。

 ……よし、大丈夫。

 大妖精はやっとこさ意を決すると、自分の掌ぐらいの糸巻きを立て具から引き抜いた。




 横に指を滑らすとつるつる、縦に滑らすとざらざらとした、不思議な感触。
 これは何をするものだろうか。
 手の上で角度を変えて見てみると、見覚えのあるもの。
 針。
 そこにピンと細い糸が引っかかっていた。
 不思議に思ってその先を目で辿ると、付け根は本体に繋がっていた。

 私の針には、これが付いてなかったなぁ。

 大妖精は興味を持ち、針を抜いてみる。
 細い糸が、針の小さな穴を貫通していた。

 ……?

 一体、どう使うものだろうか。
 大妖精は、その両端を持って針を泳がせてみた。
 左右に傾けると、まるで生きているかのような、面白い動きで揺れる。

 ♪~

 当初の目的、なんだっけ。
 気が付けば、すっかり遊びの虜になっていた。




 何回、針と戯れただろうか。結構、長い事遊んでいたのは間違いない。

 さて、もう一度てっぺんに持ち上げようか。

 すっかり悦に浸っている大妖精だったが、突然シポンっと、挟んでいた糸巻きの本体が彼女の手からすっぽ抜けた。
 車輪はどんどんと糸を吐きながら転がって、大妖精の頭で一回バウンド。そのまま背中に流れ落ちる。

「みっ!?」

 慌てて捕まえようとする。しかし急ぎすぎて、右足で糸巻きを蹴飛ばしてしまった。
 糸巻きは家の壁に当たって跳ね返り、もう一度、大妖精の背中を超えて反対に飛んでいった。

 彼女は、とにかく捕まえようと躍起になって背伸びして……大きく転倒。
 それでも何とか、糸巻きを掴む。
 
 ほっと、息を吐き出す大妖精。
 しかし、安心するのは早かった。
 転倒したのがまずかったのか。気が付けば、ハムよろしく自分が糸巻きになっていた。

 わーわーわー。
 焦りに焦り、大妖精は必死に手足をバタつかせるが、絡まった糸は全く解ける気配がない。
 それでも足掻くこと数分。
 大妖精はふ、と何かの気配を感じ、ワタワタしていた手を止めた。
 誰かが、自分の後ろに立っている。

 ゆっくりと首を動かすと、黒の魔女靴が目に入った。
 今の自分は、まさに罠にかかった小動物。
 大妖精の心は激しく震えたが、それでもなんとか口を動かしてみる。

「ど、ど、どなた様でしょうか」
「普通の魔理沙さんだぜ」

 ふうっと、息が洩れた。
 よかった。
 魔理沙さんは氷の友達や星月乳の三匹と、よくつるんでいる方だ。
 妖精にもいろいろあれど、それをいきなり襲う人ではない。

 魔理沙は顔をニヤつかせながら、大妖精へと声をかけた。

「ところで、おまえさん。随分ダイナミックなあや取りをやってるな。それはなんて技なんだぜ?」
「え、SOSです」

 ヒューっと魔理沙が、相当楽しそうに口笛を吹いた。

「かっこいい名前だな。スペカの名前になりそうだ」
「え、ええっと……ヘルプミーとも言います」

 ふむ、と魔理沙が大げさに頷いた。

「なるほど。つまり私は、この芸術の手伝いをすればいいんだな」
「い、いえいえ! 普通に助けてください。お願いします……」

 冗談だよわかってる、と魔理沙は豪快に笑いアリスの家に歩いていった。
 そして。

「おーい、アリス。ちょっと借りるぜ!」

 魔理沙は言うだけ言って、体を窓へと突っ込む。

「たぶんこの辺に……あったあった。糸切りバサミを入手っと。
 ……む。
 …………ありゃ。
 この私を捕まえて離さないとは、窓の分際で生意気な。
 うっ、ふっ、ぬっ…………どりゃああぁ!!」

 魔理沙がすっぽ抜けると同時に、何かが倒壊した音が響き渡った。
 それも、間違いなく複数だ。
 大妖精は一抹の不安を感じ、彼女に質問してみた。

「あの、今の音は」
「と、取れたっ! っと。は、ははは、細かいことに反応してたら人生損するんだぜ?」
「大丈夫でしょうか」
「おう! ちょっと、床が賑やかになっただけだぜ」

 ちょっと、の音じゃあないよなぁと思いつつ、自分では見えないのでなんとも言えない。
 大妖精はそのままじっとして、鋏の刃が通るのを待った。




「ありがとうございます」
「おう、気にするな」

 お辞儀をする大妖精に、魔理沙が笑顔で答えた。
 通りすがったのがこの人で、本当に良かった。
 そんなことを考える大妖精に、ところで、と魔理沙が話を振った。

「正直なところ、おまえ何で糸に絡まってたんだ」
「それはその、いいなぁ、と」
「おいおい。縛られてる事に快感を覚えたのか?」
「い、いえ! これで人形を作っているのを見て、やってみたいなと」

 魔理沙が一瞬、目を丸くした。そして、声を大にして笑う。

「はっはっはっは! やめとけやめとけ! この私ですら、しこたまに面倒くさくて投げたんだ。
 あんなもん、妖精のお前さんが長続きする未来が見えないぜ」

 あうう、と頭を垂れる大妖精。
 心なしか、ただでさえある身長差が、いっそう広がったように感じた。
 と、まだお腹を抱えて笑っている魔理沙が、突然に素っ頓狂な声を上げる。

「痛つつっ!? 誰だ、尻を刺してくる不届き者は……げ、アリス!」

 後ろ手で臀部を押さえる魔理沙。文句の一つも、と思っていたのだが。
 振り向いて見た、知り合いの射抜くような冷たい瞳に、思わず後ろにたじろいだ。

「私のアイデンティティを馬鹿にしてるみたいで、愉快じゃないわね」
「だ、だからって、いきなり上海けしかけるこたぁ」
「細かい事に反応してたら、どうだったっけ?」

 魔理沙の頬から一筋、冷たい雫が流れ落ちた。
 つまりずっと中に滞在していて、初めから承知しているのだろう。

「い、居たんなら、助けてやりゃあいいのに」
「近ごろ妙な視線を感じていてね、警戒してたの。
 ま、彼女の目的が分かったから結果オーライなんだけど」
「魔理沙さんのおかげだぜ」

 チョキチョキ、とハサミでアピールする魔理沙。
 じゃあ、とアリスがこめかみを押さえて不機嫌に息を吐く。

「次は空気窓に嵌り込んで、本棚及び作業台をひっくり返した犯人を、とっちめる仕事に取り掛かりましょうか」
「はっはっは、あれ空気窓だったのか。あ、いや、ええっと。あれはおそらく、私がいなくてもだな。
 ……きょ、今日の所はこの辺で、おサラバするぜ!」
「逃がすか、お馬鹿!」

 上海が槍を構えて真っ直ぐに突いた、が!
 魔理沙の方が一歩早かった。
 魔理沙は取り出した箒にまたがり、それを軸に逆さまになって人形を回避する。
 急いでアリスが二投目を放つ。
 しかし魔理沙は箒に魔力を蓄え、空飛ぶ準備を既に終えていた。
 彼女は地を蹴り上げ、彩り豊かな星をばら撒いて一刺しを防ぎ、そのまま薄暗い空へと昇っていった。

「こら! そのハサミ高いのよ、せめて置いていけ!」
「ほとぼりが冷めたら、いつか戻すぜ~~!」
「アンタそう言って一度も返した事、ああ、もう!」

 地団駄を踏んで悔しがるアリスを尻目に、魔理沙は手を振り、森の奥へと消えた。

「ったく、いつか覚えてなさいよ」

 アリスはそんな彼女を睨んで見送ると、自分の家に帰ろうとしたのだが。 
 振り向いたところで、成り行きを呆然と見ていた大妖精と目が合った。二人の動きが、ピタッと止まった。

 そのまま一寸。あ、と大妖精の小さな口から言葉が抜けた。

 大妖精はようやく悟った。
 自分は逃げるタイミングを完全に失ったことを。

「……ま、こうなったのはアンタにも責任があるわけで」
「は、ははははいっ!?」

 怯む大妖精にアリスが一歩、もう一歩と近寄る。
 そしてあわや衝突せんとする所で、アリスが右へと抜けた。

「部屋の片付け、手伝ってもらうわよ。
 ……そうじゃないと、繕い物を教えることも出来やしないんだから」

 大妖精が、目をパチクリとさせた。

「え。ええっと、それは」
「いいからとっとと来る! 言っとくけど、魔法書に手を出したら承知しないからね!」
「はいっ!」

 薄く頬を赤らめるその顔を、はたして見ることが出来たかどうか。
 プイと、あらぬ方を向いたアリスの後ろを、大妖精が追いかけていった。
 おっかなびっくり渦巻く不安と、心跳ねる未知への期待とを小さな胸に抱いて。





「まずは入れた幅を覚えておく。次に針が裏に回ったら、前入れたところから半分戻して……そう」

 大妖精は最初に習った事を頭の中でぐるぐる回し、一つ、また一つと針を進めていた。

 雲でぼやけた日輪はてっぺんからやや西に振れ、普段なら気だるさを感じる時分。
 そんな折、大妖精は外の薄明かりとランプの灯す明かりの境目に座り、二枚の布を繋ぎ止める練習をしていた。  
 一つ隅まで届く毎に上手くなっているようで、気分はかなりいい。
 そんな彼女の正面に、片づけが終わったアリスが腰掛け、話し掛けてきた。

「あら、アンタ意外と向いてるのかしら。
 ……うーん。妖精って、もっと雑でチルノなイメージだったんだけど」
「み?」

 大妖精は意味が分からずに、ぽかんと口を開いた。
 ああ、後半のは独り言よ、とアリスは穏やかに笑った。

「この出来なら……そうね。一つやってもらおうかしら」

 アリスはそう言うと、どこに入れていたやら、一体の人形を取り出した。

「この子ったら、やんちゃでね。いや、痛んでも私が直してくれるって甘えてるのかしら。
 ま、自我の確立としては面白いところなんだけどね。偶には、私以外の繕いを受けるのもいいでしょ。
 ほら、この右のところ。糸が途中で切れてるのがわかる?」
「あ、本当ですね」

 アリスが指差した先には、左右に伸びる模様が対称になっていない、スカートのラインがあった。

「これね、ちょっと先の部分で糸が擦れたのよ。
 仕方ないから糸を少し抜いて結んで、この切れたところから新しく縫っていこうと思うんだけど」
「わ、私がそれをやるんですか」
「ああ、変に力入れなくていいわ。目立たないような玉作りとか、最初の厄介なのは私がやるから。
 アンタはここ。ここから半周して、糸目が出てくるところの手前まで縫ってちょうだい。
 その間に私は私で、ちょっとやる事をね」

 アリスは口を動かしつつ、手慣れた動作で厄介なところをあっさり終わらせた。
 そして人形とそこから伸びた糸付きの針を、ポンと対面に置く。

 大妖精はゆっくりと、置かれた人形を抱えてみた。

 ふかふかで、触り心地がとっても良い。
 これじゃ失敗できないと思うと、緊張がビンビンと体に巡る。

 よーし。出来る限りに、がんばるぞーー!

 大妖精は自身の肩を、細いなりにいからせて、目の前の人形、糸の出ている部分をヒタと見据えた。




 差し、戻し、差し、戻し。
 最初の三回は真っ直ぐになっているかどうか不安で、おっかなびっくりと縫っていたが。
 そこさえ乗り越えれば、後は思ったよりもスムーズに進行した。

「出来ました~~」
「へぇ、これは……」

 何か言おうとしたアリスの声は遮られた。

「オイ! サイショト ツギガ 1ミリ チガウゾ!」

 突然に、縫われた人形が両手を動かして抗議してきた。
 大妖精は驚きのあまり、言葉が上手く出ない。

「うわわ!? え、えっと」
「マッタク! ドウヤッタラ コンナニ ファルンファ! ファンファーイ!?」

 勢いに乗って喚く人形は後半アリスに、いーっと口元を引っ張られていた。

「アンタは文句が言える立場か。これに懲りたら、少しは自重なさい」
「ファンファーイ」

 人形はがっくり意気消沈した。大妖精には、そう見えた。

「さて、ちょうどよく私の方も完成っと。
 ま、いろいろ手伝わせたわけだしね。お礼に一つ、私の人形を」
「ファ、ファンファーイ!?」

 大声で叫ばれ、アリスが喋るのを中断する。
 そして、ああもう、とアリスがその人形の口から手を離した。

「誰がアンタをあげると言った。普通の子に決まってるでしょ。
 ほら、これ。余った布やらで急ごしらえしてみたんだけど……それっぽくない?」

 アリスが机に置いたのは、黒い三角帽子と魔女服を身に着けた金髪の人形だった。

「これは……魔理沙さんですか!」
「そうそう。最近アイツ、アンタ等と仲が良いんでしょ。
 こしらえてて、ちょっと癪だったけど」
「そんな、滅相もないです。私、アリスさんの部屋を」

 言い終える前に、アリスの人指し指が優雅に動いて、口元にあてられた。
 それ以上言わない。ジェスチャーで、そう返された。
 
 しかし。
 押しかけ、迷惑をかけたのだ。なのに縫い物を教えてもらって、その上さらに。
 大妖精は適切な言葉が出せず、ただただ、脳内で何かが高まっていく。

「自分が凝ってる事に興味を持ってもらったり、楽しそうにされるとね。
 単純に、嬉しいもんなのよ。これがまた、中々に」

 私が人形に凝り始めた頃を思い出すことができたしね、とアリスは心の中で付け加える。

「ま、私の人形推進キャンペーンの一環とでも思ってちょうだい。
 さあ、これを――」

 大妖精の体が、動いた。


ひしっ。


 大妖精の柔らかな頬が、やや朱を帯びたアリスの頬に、くっついた。
 続いて、体も。
 勢い余って、アリスの体は椅子ごと、地面に落ちる。
 大妖精が、ぎゅーっとアリスの体に抱きついていた。


「こ、こらっ! 離れんか! だからあんた達は!」

 アリスの顔は、ほおずきのように紅。
 感情が暴発した大妖精は、しばらく喜びを全身で表現していたが、我に返ると急いで離れた。

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「あーもう! か、髪の毛や服が汚れるでしょ!
ほら! 私の気が変わらないうちに持って帰る!」

 アリスは起き上がると、人形をやや乱暴に押し付けた。
 大妖精は真っ赤な顔のまま深く一礼すると、貰った人形をうっとりと見つめていた。

 一分、二分……そして三分。
 彼女は動かない。
 その様子に痺れを切らしたのか。

「ほらほら。それはもうアンタのなんだから。もっと思いっきり遊んでもいいのよ」
「は、はいっ!」

 急かすアリスの言葉を受けて、大妖精は顔を紅潮させて人形を取り、その手を大きく上下に揺らす。

「魔理沙さん、バンザーイ、バンザーイ!」

 ようやく屈託なく楽しそうに遊ぶ彼女を見て、アリスの口が綻んだ。
 そんな主を見て、上海は小首を傾ける。

「アリス、タノシイノ?」
「さぁ、どうかしらね」

 含みを残す回答に上海はもう一度、小首を傾げた。
 まだまだ、奥深い心の井戸を汲むには至らないようだ。
 
 未だ悩んでる節のある上海と、喜ぶ大妖精を交互に見て、アリスは思いにふける。

 学ぶ機会というやつは、ひょんなことから訪れるようだ。
 今回は初心忘れるべからず、という事だろうか。
 正解に思えるが、半分違う気もする。
 ただ、一つ言えるのは。
 オーソドックスな呪い人形であそこまで喜んでくれるなら、手放す事も満更ではないという――

 あ、あれ?

 ここでみょんな言葉が頭に浮かび、アリスの思考が止まった。
 今でた言葉は、自分の想定から大きく外れていたのだ。

 私は今、大妖精の手にある子を呪い人形だと認識したか。
 そんな筈は、と思う。しかし何度も見なおしたが、やはり呪い人形だ。
 しかもあれがどんな子か、見るだけで分かってしまった。

 けれど、おかしいな。
 私の記憶では、あの子は確か、本棚の隅に鎮座させておいたはずなんだけど。

 …………あ。

 すっかり失念していた。ひっくり返したお馬鹿がいたではないか。
 あちゃー。普通の子と言って渡してしまったか。
 と、なると。あの子ということは……。

 うん。不味い事になった、の、だが。
 うん、うん。アイツの言葉をそのまま借りよう。
 細かいことに反応してたら人生損するのよね。
 
 ――いや。寧ろ、人生を損させてやるぐらいでないと。
 
 アリスは過激な悪戯を思いつき、口元を手で隠した。そして。

「ねぇ、ちょっとだけその子を私に貸して」

 不思議そうな顔をする大妖精を尻目に、アリスはくく、と含んだ笑いを漏らした。




 ほぼ同時刻。
 アリスが意中の人、魔理沙もまた、悪戯に命をかけていた。 
 
 逃げおおせた興奮の冷めやらない中、チルノと三月精の妖精紛争に出くわしたのだ。
 曰く、どちらが上手に巫女に悪戯できるのか、と。
 
 もともとの花火好きに加えて、冷静ではないのだ。
 魔理沙は、一枚噛む……どころか、本当の悪戯を見せてやるぜ、と大見得を切ってしまった。

 そして四匹が見守る中、偽の金貨を片手に神社の境内へと到る。
 魔理沙の視線の先には、巫女――博麗霊夢。
 ターゲットの彼女はそんな事など露知らず、黙々と神社の境内を清めていた。

「よう霊夢。お邪魔するぜ」
「邪魔ならお断りよ」

 にこやかに大またで歩く魔理沙。
 それとは対照的に霊夢は一目だけ振り返ると、再び掃き掃除に意識を向けなおした。
 だが。

「なんだ。じゃあコイツは、また今度にお預けと」
「あら魔理沙! わざわざようこそ」
 
 金貨を見るや否や、霊夢は箒をほっぽり投げて、魔理沙にすりより迎賓の礼を返した。
 魔理沙はこいつめと内心で苦笑するが、こちらは仕掛け人である。どうせなら最後まで弄ってやりたい。
 思い浮かんだいくつかの嫌味を丸ごと飲み込み、次のステップに入ろうとしたその時。

 唐突に、体の自由が利かなくなった。
 手も足も、指の先っちょその爪先まで。

 つまんでいた金貨が、挟んだ指からこぼれ落ちる。
 金貨は魔理沙の靴で小さくワンバウンドして、コロコロと転がっていった。
 霊夢はちょっと、と慌てて背を向け、転がるコインを取り押さえる。
 刹那。

 中に仕込んでいた、癇癪玉の欠片が大音声を放った。
 堪らず、霊夢は海老のように大きく腰を引く。
 浮きあがった臀部が後ろにいた魔理沙の腹にどしん、と当たった。
 そして。

「魔理沙さん! バンザーイ! バンザーイ!」

 ペロン、ペロン。
 おへそが露わになりそうな程、盛大に霊夢の着衣がめくられ、たなびいた。
 

 魔理沙の狙いを汲み取った霊夢は、その背を彼女に密着させたまま、左右の腕をプルプルと細かく振動させる。
 震える両手は、外野の「魔理沙さん、完璧すぎる」とか「あ、あたいだってそのくらい」等の雑音によって、次第に増幅されていった。

 魔理沙は必死に模索する。
 このピンチを、いかに打開すべきかを。

「れ、霊夢、頼む。遺言を語る時間をくれ」
「……聞くだけは聞いてあげる」
 
 予想より禍々しい声に、魔理沙が一歩、二歩と引いた。

「そ、その、なんだ。今さっきの行動はだな」

 ここまで言って、魔理沙は急に地面に座り込んだ。
 そして魅せるように足を組み、白のエプロンをその口に含んで言葉を紡ぐ。

「うふふ♪ 私の恋は亡霊の姫より妖艶で、隙間妖怪よりも粘着質なのよ? う、うぇ!?」 

 ぶっちり。 

 ただ今を以って霊夢の右手と左手によるコンサートが開演した。
 



 一方のアリス邸。

 大妖精が、ズササっと音を立ててアリスから遠ざかった。

「ん? 急にどうしたの……あ!」

 人形にあんな台詞を呟く光景は、どれほど珍妙であっただろうか。  
 アリスは自分の名誉を挽回しようと、必死で言い訳を垂れ流す。

「い、い、いやいや今のは魔理沙に恥をかかす為であって!
 ホントだからっ! お、お願いそんな目で私を見ないで!
 あ、ちょっと! 逃げようとしないで!! 逃げようと」

 パシャリ。
 一発のシャッター音がアリスの思いを、完膚なきまでに叩きのめした。 
 
 ……最悪だった。
 
「鴉。……生かして帰すかっ! こんちくしょーー!!」

 首尾よく撤収と決めこんだ天狗の記者に、アリスがマジ泣きしながら突撃した。
 
 あんまりの流れに、目をパチクリさせる大妖精。
 その真横で、魔理沙を模した人形が小さくウィンクした。そんな気がした。
申し遅れました、二回目の投稿になります。
お祝いして下さった方、申し訳ありません。礼を失しておりました。
若輩ですが、よろしくお願いします。

悪戯は止められない。
大妖精の天然風味。
大アリ?

3/30 追記
誤字、脱字と言葉の足りていないところを修正しました。
一人で悶々としていた折には気づいていなかった事を、いろいろ勉強させていただきました。
ありがとうございます。

愚迂多良童子様

>アリスがどうして碌な見返りもなしに裁縫を教える気になったのか

是が非でも押さえる箇所だったと、かなり悔やんでおります。ご指摘ありがとうございます。

コチドリ様

>物語冒頭の童話調な文章もあいまって、かなり幼い大ちゃん像に少々面食らったのと同時に~

め、滅相もないです。読み手様に違和感を与えてしまった時点で私の失投です。申し訳ありません。

前回は失礼しました。いろいろな角度からのご指摘に、非常に救われております。
特に細かいところの指摘は、ああ、ここまで見てくれているのだなと思うと、ぐっとくるものがあります。
本当にありがとうございます。
から。
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コメント



0.1060簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
うーん?何故かシーンの描写が上手く想像出来ない…
2.80名前が無い程度の能力削除
スカートめくり、かな?
晒すべきじゃないものって言っても、ドロワだろうけどね。
しかし、アリスは何を言わせてるんだw

ちょっと分かり辛かったのでこの点数で。
4.100名前が無い程度の能力削除
確かに、動きのあるシーンが少しわかりづらい気もする
が、話はとても好きなので100点で
7.90名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしてて良かったです。
確かに少しわかりづらいところがありましたけど。
8.100名前が無い程度の能力削除
アリスは良い先生になれると思います(^^)
11.70愚迂多良童子削除
急いでピチュっちゃだめでしょうw
アリスがどうして碌な見返りもなしに裁縫を教える気になったのかがよく分からなかったので、そこについてもっと言及されているとよかったかな、と。
20.80コチドリ削除
作者様のキャラクタ解釈に異を唱えるつもりは全くありません。ただ、ふと思ったことを一つ。
固定観念と言われればそれまでなのですが、二次創作における大妖精に対して抱く私のイメージは、
妖精にしてはちょっと大人びた女の子。
物語冒頭の童話調な文章もあいまって、かなり幼い大ちゃん像に少々面食らったのと同時に、
裁縫好きな名も無き妖精として主人公に据える選択もアリかな? などと考えてしまいました。

「作者様の大ちゃんの方が新鮮で可愛いに決まってんだろが、このアホンダラゲ!」

などと思われる読み手の方々も当然いらっしゃるとは思うのですけどね。

あとは複数の方がコメントされている通り、若干話しの流れを読み取り辛いところがあるかな?
例えば魔理沙人形のくだり。もともと呪いの人形として作られたのか、魔理沙が本棚をひっくり返した時に
たまたま呪い関係の魔道書が発動して呪い人形に変化したのかが判然としない。自分は後者だと解釈しましたが。

色々好き勝手なことを書かれて気を悪くされたなら申し訳ありません。
フォローと言う訳では断じてないのですが、作者様が見せたかった景色はこちらに伝わって来ています。
それは私にとって好ましいものです。
いつの日か読者の脳内変換を必要としない、貴方のイメージを目一杯ストレートに伝えるお話が書き上げられることを
祈っております。長文失礼致しました。