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東方千一夜~The Endless Night 第三章「悪霊の魔術師・中編3」

2011/03/27 01:50:50
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~魔法の森~









「あんたもしつこい男だね…、いつまで女の尻を追っかけ回すつもりだい…」

 自らの足元を見下しながら、魅魔の切れ長の眼が光る
 その足元には、銀髪に眼鏡の青年…、森近霖之助が蹲っている

「ま、魔理沙を…返せ…」

 全身はズタボロ、装備していた呪符を張ったローブも見るも無残に破け散ってしまった
 それでもなお、霖之助は自らが調達した剣を掴もうと右手を伸ばす

「無駄だよ!」

「うぐ…!」

 …あと微かで剣に手が届こうとした所で、魅魔の実体化した右足が霖之助の手を踏みつけた

「口を開けば魔理沙魔理沙と…、他に喋る言葉を知らないのかい?
 鸚鵡だってもっとマシな言葉を喋るよ…」

 霖之助が魔理沙を取り戻す為に魅魔に挑むのは、これが初めてではない
 ある時はライトセーバーを持ち出したり、またある時は莫耶の宝剣を使った…



 そして…、今日、彼が持ってきた剣は…



「しかしまぁ…、こんな剣をよくも手に入れられたもんだよ…」

 刃長二尺六寸五分、鎬造、庵棟、腰反り高く小切先。地鉄は小板目が肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地斑まじり、地景しきりに入る
 刃文は小乱れで、砂流し、金筋入り、匂口深く小沸つく…



 その刀は、平安時代の名刀工安綱の太刀 『童子切安綱』



 大般若長光や数珠丸恒次と共に天下五剣の一つに数えられ、丹波の国、大江山の酒呑童子の首を刎ねた事で知られる
 記録によれば、町田長太夫という試し切りの達人が罪人の死体を六つ重ねて斬った所、六つの死体はおろか土台まで斬ってしまったという
 大包平と共に、日本刀の東西横綱と呼ばれる名刀中の名刀である

 現代では東京国立博物館に所蔵されているはずのものである…

 慥かに、霖之助は道具の用途を知る能力を持っているが、幻想郷において外の世界の物を取り寄せるのは並大抵の事ではない
 それこそ、かのスキマ妖怪の力でも借りるしかないのだ

「うぐぐ…、魔理沙…」

 魅魔に右手を踏まれたまま、霖之助は悶える
 いくら『童子切安綱』の切れ味が鋭いと言っても、霖之助の腕前ではとても魅魔に太刀打ちできるものではなかった

「私の魔法を食らっても折れないとは、噂に違わぬ名刀さね
 だが、どんな名刀でも、遣い手がへっぽこじゃあ意味がない」

 そういうと、魅魔は魔法で刀を引き寄せた
 細い三日月の下、それと重ねるように魅魔は刀を振り上げた

「刀ってのは、こうやって使うものさ…」

 次の瞬間、魅魔の右手が振り下ろされる。刹那―――!!
 霖之助が這い蹲る地面が、まるでケーキのようにスッパリと斬れ、その振り下ろした剣圧は地面を伝い、その先にあるミズナラの木すら真っ二つにしてしまった

「さすが、天下に二つと無い名刀だねえ…」

 魅魔自身も、これほどの切れ味とは思わなかった
 振り下ろした剣圧だけで、数M先のミズナラすら真っ二つにするとは…

「…このキャンキャン煩瑣い根暗男の血で穢すのは、勿体無い気がするねえ…」

 魅魔が、切っ先で霖之助の皮膚を撫でる
 冷たい刃先の感触が、皮膚から脳へと伝わっていく…

「殺すなら殺せ!、だけど、魔理沙を返せ!。魔理沙は魔法使いになんてならない
 あの娘は人間なんだ!」

 霖之助は魅魔を睨みつける。こんな状況に陥っても、霖之助は魔理沙を諦めない
 その瞬間―――!!

「あぅぐ…!」

地面に這い蹲っていた霖之助の顔面に、魅魔の蹴りが入った

「気に入らないねえ、まるで私が悪者みたいじゃないか…
 何度も言うが、あれは魔理沙が自分で私のとこにやってきたんだ
 私はアイツを引き止めたりはしていない、全てアイツの意思でやってることさ…」

 魅魔の冷酷な眼が霖之助を見据える。霖之助は悶えながらも、魅魔を睨み返す

「ウソだ…!。お前の話は聞いてるぞ…。博麗神社を襲い、神主を半殺しにした…
 お前の言うことなんか信用するもんか…」

 霖之助はすでに魅魔の噂を聞いていた。博麗神社を破壊し、禰宜を再起不能にまでした悪霊の魔術師…
 そんな者と魔理沙が一緒にいるなど、霖之助には耐えられないことだった

「身の程知らずが!、ちったぁ自分の腕前を弁えな!」

 魅魔の右手から。魔力の塊が発射される。その威力、速さは霖之助にはどうしようもない
 成す術もなく素っ飛ばされた…

「くぅ………」

 全身を強か打ち付けられた霖之助、全身に激痛が走り、脳が焼き付くほどの傷みで痺れている
 しかし、それでも、霖之助は魅魔を睨みつける

「僕は…、諦めないぞ…。何があっても魔理沙を取り戻してみせる…
 もうすぐ神社には新しい巫女がやって来るんだ、君だっていつまでもココにはいられないぞ…
 それまでに、僕は絶対に魔理沙を取り戻す!」

 全身をボロボロにされ、それでも霖之助の瞳に曇りはない
 強い瞳から放たれる力が、魅魔に突き刺さる



(またか、またあの瞳…)



 魅魔の心に、迷いが生じる
 魅魔にとって、霖之助を屠ろうとするなら、それは容易い事なのだ

 今までだって、何度だってそのチャンスはあった…。だが…

「ふん、今日の所は、この剣に免じて命は助けてやる
 今度わたしに近づいたら、髪の毛一本残さずに葬り去るよ」

 そういうと、魅魔は自分の魔導書を取り出した
 随分と古ぼけた、毒でも染み込んでいそうな怪しげな魔導書である

 魅魔は件の『童子切安綱』を魔導書に突き刺す…。見る見るうちに、剣は魔導書に吸い込まれるように消えていった

「魔理沙…」

 魅魔が霖之助に背を向け、立ち去ろうとする時も、霖之助は魔理沙の名前を呟いた



(どうしてだ…。私は、何故アイツを殺せない…)



 自分の家に戻りながら、魅魔は自問自答する
 霖之助を殺そうと思えば、魅魔はいくらでも殺すことが出来る



 だが、どうしてだろう…



 自分の危険を顧みず、魔理沙を取り戻そうとする霖之助の瞳を見ていると、それができなくなる
 全ての人類に復讐を誓ったはずの自分が、たった一人の人間を殺せない…

 魅魔にとって、人類とは単なる復讐の対象でしかなかった
 魅魔が知っている人間は、何の見返りも求めず、その国を何度となく救ってきた魅魔を騙まし討ちにし、殺した…

 魅魔には理解できなかった…
 何故、自分が殺されなければならないのか…

 その答えを知っているはずの国の人間は、魅魔が悪霊として復活する頃にはすでに滅んでしまっていた
 魅魔にとっては、その答えを知る機会は永遠に失われてしまった

 答えが分からない…。それは魔術師である魅魔にとって、最大の屈辱であった
 この世の神秘を解き明かす事を使命としている魔族にとって、答えが分からないということは恥辱である

 しかも、それは考えれば考えるほど、魅魔の思考を破壊し、彼女が築いていた論理を根底から覆そうとした
 それは、どうあっても認められないことだった…



 自分に答えの分からぬことなど、あってはならない…
 もしも、人間が存在する限りこの問題が存在するとしたら、人間と云う存在そのものを滅ぼす…



 それが、魅魔の出した答えだった…
 今までだって、何度となくそうして来たのだ…

 その自分が、何故迷う…?

 どれほどの方程式を駆使し、どれほどの理論を組み立てたとしても、その答えは杳としてしれない
 今まで魅魔が出会ってきた人間は、身勝手で自分さえよければ、他人はどうなってもいいと言わんばかり人間ばかりだった

 しかし、霖之助は違う

 魔理沙の為、敵わぬ相手と分かっていながら魅魔に立ち向かっているのだ
 今まで魅魔が殺してきた人間の、どれとも合わない存在なのである…

 魅魔が自分の家に辿り着くと、まだ家には明りが灯っていた
 魔理沙は先に寝ているはずだが…、不審に思いながら、魅魔は扉を開ける…

「魔理沙…」

 部屋の中央のテーブルには、寝間着姿の魔理沙が、突っ伏すような体勢で眠っていた
 どうやら、魅魔が帰ってくるまで起きているつもりだったらしいが、結局、眠気に負けてしまったらしい

「馬鹿だねえ、先に寝ていれば良いものを…」

 そういうと、魅魔は自分の杖を取り出した

「う~ん、魅魔様、もうちょっと…もうちょっとで出来そうなん…Zzz」

 魔法で魔理沙をどかそうとした瞬間、魔理沙の口から寝言が漏れた…
 よく見ると、魔理沙の手には魅魔の知らない火傷の痕がいくつもついている…

 魅魔がいない時、先日教えて貰った『マスタースパーク』を自分でこっそり練習していたのだろう

 ようやく形になり始めて、嬉しくなって魅魔に教えようとしていたのだろう
 その為にこんな遅い時間まで待っていたのか…

 魅魔は杖を仕舞い、魔理沙を抱きかかえベッドに移動する
 同じベッドで寝ると、魔理沙は甘えるように身を寄り添ってくる
 魔理沙のクセのある金髪を撫でると、まるで安心したように小さな寝息を立てる

 まるで魅魔を警戒する素振りも無い…

 思えば、まだ魅魔が生きていた時、これほど無防備な姿を自分に見せていた人間はいるだろうか…?

 みんな、誰もが魅魔を恐れていた…。感謝こそすれど、魅魔の元を訪れる者などいなかった
 魅魔はそれだけで満足だった。自分が魔術の研究を思うまま出来ることが、何より魅魔にとっての至福だった



(私は…、あの人間たちの事を理解しようとしていただろうか…?
 私は…、人間たちの事を、どれだけ知っていたというのだ…?)



 魅魔の中に、小さな穴が空きつつある
 それはとても小さく、眼にも見えぬような穴だが、それが少しずつ少しずつ広がって、その範囲を拡大していく

 あれほど憎み、激しく恨んでいたあの国の人間の顔を、魅魔は一人も思い出せないでいた



(馬鹿だね、自分がやってきたことを疑うなんて、どうかしてるよ)



 魅魔は、その心に開いた穴を無理に塞いだ
 今さら。戻ることなど出来ない。魅魔は悪霊なのだ、恨みを忘れてしまったら、自分は存在できなくなってしまう

 魅魔は眼を瞑り、自分の心の声にも耳を塞ぎ、深い眠りについた…















~幻想郷・上空~












「見えて来たぜ」

 強引にアリスを連れて飛び立っていた魔理沙の眼下に、目的の館が映った
 年中霧に覆われた湖と、そこに浮かぶ島に立つ巨大な赤レンガの館…

「あれは…、紅魔館…?」

 その存在を確認したアリスが呟いた。超音速で飛び出した魔理沙はアリスに一切説明をしないまま飛んでいた
 眼下に広がる湖と、その建物を見て、ようやく目指す建物が紅魔館であることに気付いた

「そうさ、行くぜ!」

 魔理沙は箒を下に向け、一気に急降下する姿勢で紅魔館へ突っ込んでいった

「このまま突っ込むからな、ちゃんと首を護っとけよ!」

 魔理沙は一切の減速をせず、そのままのスピードで紅魔館に突っ込んだ―――!!






 ドグォオ―――ン!!!





 激しい轟音と共に、魔理沙は紅魔館の壁を突き破り、紅魔館へと降り立った
 いつもの事ととはいえ、強盗じみた過激な侵入の仕方である

「魔理沙、そろそろ説明しなさいよ。この紅魔館に『賢者の石』が隠されているの?」

 激しい砂煙に咳き込みながら、アリスが魔理沙に尋ねた

「まあ、慌てるなよ。ここまでくれば、目的の物はすぐそこさ」

 そう言いながら、魔理沙は歩を進める…
 慥かに、紅魔館には色々と珍しい物も置いてあるが、それでも『賢者の石』など聴いたことも無い
 館の主の性格から考えれば、そんな物を持っていれば、幻想郷中に見せびらかしたりしていそうだ

 だとすれば…



「そこまでですよ、魔理沙さん…」



 不意に、二人は前方から声を掛けられ歩みを止めた
 腰まで届く赤い長い髪、踝から腰までスリットの入った中国服、頭に龍のマークの入った帽子

 そこにいたのは、まごうことなき紅魔館の門番、紅美鈴その人であった

「なんだ、今日は門番は休みか?。だったら、さっさと部屋に戻って寝てな」

 普段なら門の前で不審者が入らないように立っているはずの美鈴
 魔理沙が美鈴を挑発する。いつも魔理沙には図書館へ侵入され放題の美鈴を、完全に舐めきっている

「今日は館内を警備しているのです。いつも貴方は門を飛び越して、外壁を打ち破って侵入してきますからね
 門の前で立っているより、こちらの方が貴方を止めやすいと思ったのです」

 美鈴の言う通り、魔理沙はいつも美鈴が居眠りをしているスキに門を飛び越えて侵入してくる
 だから、門の前にいるよりも、館内にいるほうが魔理沙を捕捉しやすい
 そもそも、紅魔館にアポも取らずに侵入してこようとしてくるヤツなど魔理沙しかいない
 美鈴が門に立っているのも、ほとんどが魔理沙対策なのである

「そりゃあ仕事熱心だなぁ…。だが、それで私を止められると思ってるなら、見込み違いだぜ…」

 魔理沙はスカートをまさぐり、八卦炉を取り出した

「待ちなさい魔理沙。美鈴、私たちの話を聞いて頂戴、慥かに約束はしていないけど、私たちは目的の物さえ見つければ帰るわ
 勿論、館内を勝手に荒らしたりしない。お願いだから、そこを通して頂戴」

 いきなりマスタースパークを放とうとする魔理沙を、アリスが止める
 アリスは無駄な闘争は好まない。戦いを避けられるなら、それが最善なのだ…

「ふふふ、なんであろうと、約束の無い方を通すわけには参りません。それに今、お嬢様はお休み中ですからね
 お嬢様が起きている時に、改めてお越しください…。さあ、お引取りを…」

 しかし、美鈴は譲らなかった。レミリアが寝ているという事は、入館の許可を出せるものがいないという事
 約束が無い以上、美鈴はここを通すわけにはいかないのだ

「もういいぜ、アリス。私は最初からその気だ…
 コイツが通す気がないなら、押し通るまでだぜ」

 そういって、魔理沙が前に出た。全身から、炎のような魔力が迸っている
 魔理沙の放つ魔力が渦となり、八卦炉に吸い込まれる

 八卦炉が輝きを放ち、その魔力を増幅させて行く!

「悪いが、いつものように一気に決めさせてもらうぜ」

 魔理沙がそういった瞬間―――!!
 八卦炉から強烈な光が放たれる。これは、魔理沙の必殺―――!!




「マスタースパーク―――!!!」




 その瞬間、巨大な光の束が美鈴に向かって放たれた
 常識外れの桁違いのエネルギーが、その八卦炉から飛び出す

 まるで空間を埋め尽くすかのような、巨大な光が一筋の太い光線となり美鈴に向かっていく

 このエネルギー、この熱量、このスピード、とてもかわしきれる物ではない
 かつて、数え切れないほどの妖怪を、一撃で倒してきた…
 魔理沙の十八番にして、最強最高の魔法攻撃。これがマスタースパークか…!




「ぬう…!」




 それに対して、美鈴はそれをかわそうともせず、自分の胸の前で印を組んだ
 あんな物の直撃を食らえば、美鈴とて無事では済まない

 事実、美鈴は今までも、何度も魔理沙のマスタースパークの前に敗北しているのだ

 巨大な光の束が、美鈴を飲み込もうと襲い掛かる―――!!




「はぁ―――!!!」




 その刹那、美鈴は印を組んでいた指から一気に全身の気を放出した―――!!
 美鈴を飲み込もうとしていた巨大な光の束が、まるで美鈴の前で宙返りするかのように曲がり、今度は魔理沙達へ向かって飛んできた




「マスタースパークを、跳ね返した…だと―――!!」




 自分に向かって飛んでくる光の束に、魔理沙は驚愕する
 かわさなければ、自分でマスタースパークの威力を体験することになってしまう…!

 魔理沙は急いでそれをかわそうとする。しかし…




「―――!?」




 その光は、魔理沙を狙った物ではなかった…
 その光が進む方向…。それは…




「アリス―――!!」




 その光は、魔理沙ではなくアリスを狙った物だった
 魔理沙はアリスに飛びつき、慌てて石畳の床にアリスを伏せさせる




「ぐっ―――!!」




 魔理沙の左肩を、その光がかすめる
 ほんのわずかにかすめただけだというのに、その傷は一気に身体の芯まで焦がすような強烈な傷みを魔理沙に覚えさせた

「ま、魔理沙…」

「平気だぜ…。こんくらい…」

 やせ我慢を全開にしながら、魔理沙は立ち上がり、美鈴を睨みつける

「やい、美鈴!。どうしてアリスを狙った!」

 ダメージを受けた左肩を庇いながら、魔理沙は美鈴を問い糾す

「ふふふ、貴方を狙っても、かわされてしまってはどうしようもない
 アリスさんを狙えば、貴方は必ずアリスさんを庇おうとするでしょう
 その方が、確実に貴方にダメージを与えられます」

 そう言うと、美鈴の帽子の龍マークが輝きを放ち、美鈴は自分の気を一気に解放させた
 窓のない館の中に、一瞬、猛烈な風が吹き荒れる。まるで全ての物を押し潰さんとするかのような、圧倒的な闘気…!

 これは、ただの闘気ではない…




「ま、まさか…。この闘気は…

『竜闘気(ドラゴニックオーラ)』―――!!」




 アリスが驚愕する。竜闘気とは、龍族の力と魔族の魔力、人間の心を持ちこの世にたった一人しか生まれないとされる竜の騎士のみが使える闘気
 自身の攻撃力、防御力を大幅にアップさせるばかりか、あらゆる魔法の攻撃を防いでしまうという究極の闘気…

 あれが、魔理沙のマスタースパークを防いだということか

「ふふふ、その通り、私はついに究極の闘気に目覚めた
 最早、私には如何なる魔法も通用しません。貴方のマスタースパークを跳ね返す如き、容易いことです」

 なんということだろう…。いつも居眠りしては魔理沙に侵入されメイド長にお仕置きされていた美鈴が、究極の竜闘気に目覚めているなど…
 もはや、美鈴にはマスタースパークも、魔理沙が習得したどんな魔法も通用しない

「魔理沙、ここは退却しましょう。竜闘気の前では、貴方も私も無力だわ…」

 アリスが言った。美鈴はいわずもがな、武術の達人だ
 魔法が使えない以上、接近戦では勝ち目がない

 この上は、退いて策を練るよりない

「け…、冗談じゃねえぜ。ここまで来て、おめおめと引き下がれるかよ」

 強盗まがいの事をしていることを完全に棚に上げ、魔理沙が言った
 魔理沙は意地でも引き下がる気はなかった。ただの負けず嫌いでも、無鉄砲でもない

 美鈴は、魔理沙を狙わず、あえてアリスを狙ってマスタースパークを跳ね返した
 アリスはあくまで戦いを回避しようとしていたにも関わらず、魔理沙にダメージを与えるため、戦う気のないアリスを狙った…

「美鈴…、お前は謝っても許さないぜ」

 魔理沙は八卦炉を仕舞い、そして、全身から闘気を放った
 まさか、美鈴相手に格闘戦で戦おうというのか…!

「ふふふ、良いのですか。魔法使いタイプは接近戦に弱いというのは、全世界の常識ですよ」

 魔理沙の闘気をあざ笑うかのように、美鈴は挑発する
 魔法もスペルカードも抜きのルールなら、美鈴は間違いなく幻想郷でも上位の存在なのだ

「へ…、忘れたのかよ…。私の師匠は魅魔様だぜ。魅魔様は体術でも幻想郷一なんだ…
 アリス…。私が美鈴を食い止めるから、お前は先に行け…
 向かう場所は地下の図書館だ…、行き方は知ってるだろう」

 魔理沙はアリスを振り返らずに言った

「で、でも…」

「ぐずぐず言うんじゃない!。私を困らせたいのか!」

 魔理沙を残していくことに決心のつかないアリスを、魔理沙は一喝した

「いいな、私もコイツを倒したらすぐに行く。私を信じろ…
 魔法の力は、どんな敵でも打ち砕く最強の力なんだ。魔法使いなら、どんな困難だって自分の力で打ち砕く…」

「魔理沙…」

 それは、かつて魅魔が魔理沙に言った言葉だった
 魔法の力は、どんな敵にだって負けはしない。あらゆる困難を打ち砕く、最強の力なのだ…!

「行くぜ、美鈴!」

「来なさい!」

 魔理沙が美鈴に向かって飛び出した…と、同時にアリスも駆け出し、二人の横を抜けていった



「はぁー!!」



(疾い―――!!)



 魔理沙が一気に美鈴との間合いを詰めた
 そのスピードは、並みの魔法使いの速さではない

 魔理沙は一気に最高速度に乗ったまま、その拳を突き出す

「く…!!」

 美鈴はその拳をかわし、さらに距離を取り、魔理沙の側面へ廻ろうとする
 しかし、魔理沙は拳をかわされた次の瞬間には、美鈴の動きを追い、美鈴との間合いを詰めにかかっていく

 この尋常でない速さは、いかに竜闘気に目覚めた美鈴でも逃げ切れない!



(流石に幻想郷でも1、2を争うスピードマスター。まずは、この速さを潰さないと―――!!)



「おお―――!!」

 美鈴との間合いを詰めた魔理沙は、高速後ろ上段回し蹴りで美鈴の頭を狙う

「く…」

 美鈴は両腕で魔理沙の蹴りをブロックしようとする

「―――!?、何!?」

 魔理沙のスピードに乗った蹴りが、上段から下段へ変化する
 あれほどの速さで放った蹴りを、途中で軌道を変化させるとは…!

「くぅ…!!」

 頭をガードしていた両腕をほどき、魔理沙の蹴りを受け止める美鈴

「はぁ―――!!」

「―――!?」

 自分の蹴りを受け止められた魔理沙が、今度はその止められた足を起点に身体を捻る
 そのまま、流れるように反対の脚を振り上げ、今度は左回し蹴りの形で美鈴の頭を狙う
 自分の両腕は塞がっている。この蹴りを止めることもできない

 魔理沙の鋭い蹴りが、美鈴の頭を捉えた―――



 …かに見えた

「―――!?」

 なんと、美鈴は魔理沙の蹴りを紙一重でかわしていた
 完全に間合いに入っていながら、しかも両腕が塞がった状態でかわすとは…

「くそ…」

 美鈴から離れた魔理沙が、膝をついて蹲る
 美鈴はただ魔理沙の蹴りをかわしただけではなく、その瞬間に受け止めていた魔理沙の脚を反対に捻っていた

 魔理沙の足首が大きく腫れている。靭帯を痛めているのだろう
 これでは、魔理沙のスピードも殺されてしまう

「ふふふ、これで貴方の疾風のような速さも失われる
 貴方の攻撃も、その速さがあってこそ…。もはや、貴方には勝ち目はありませんよ」

 ニタリ…と美鈴が怪しげな笑みを浮かべる
 体格においても、膂力においても、魔理沙は美鈴よりも劣る。魔法が一切効かない以上、唯一勝っているスピードを封じられた以上、魔理沙には勝ち目がない

「へっ…、冗談じゃないぜ。魔法使いに諦めるの文字はねえんだ…
 それに、アリスが先に図書館に向かってる。お前を足止めして、アリスが図書館に着きさえすればこっちのもんだぜ」

 痛めた脚を庇いながら、魔理沙は立ち上がる
 二人がぶつかり合っている間に、アリスは二人の脇を抜けて先に図書館へ向かっている

 たとえ魔理沙が美鈴に勝てなくとも、アリスが図書館に辿り着けさえすれば…。状況は逆転する…!!

「ふふふ…。わぁーはっはっはっは!」

 魔理沙の言葉を聞いた瞬間、美鈴は突然大きな声で笑い出した

「何を言い出すかと思えば、アリスさんが図書館に辿り着く…?
 ふふふ、残念ですが、それはありえませんね」

 嘲笑しながら美鈴は魔理沙を見下す

「な、なんだと…。どういう意味だ…」

「ふふふ、簡単なこと…。紅魔館を護る戦士は私一人ではないということ…
 貴方だって知っているでしょう。この紅魔館にいるもう一人の戦士を…」



















「はぁ…はぁ…」

 紅魔館の石造りの廊下を、アリスは全速力で駆け抜けている
 アリスは逃げ出すように二人の脇を抜けて走って行った

 魔理沙は図書館へ迎えと言った。図書館に何があるのか、アリスにも分からない
 それでもアリスは信じるしかなかった。二人の間を抜けた後はひたすら図書館を目指した

 紅魔館には何度も行ったことがある。図書館への道も知っていた

 アリスの目に、一つの階段が見えた。あの階段こそ、地下にあるパチュリーの大図書館へ通じている階段なのだ

「この階段を降りさえすれば…」

 アリスが階段の手摺に手を伸ばした…。その瞬間!

「―――!?」

 いずこかから飛んできたナイフが、手摺を掴もうとしたアリスの手を止めた
 高速で飛来したナイフが、アリスの手を通せんぼするかのように、手摺の直前の壁に突き刺さる

「こ、これは…」

「あぁら、あの黒白かと思えば、森の人形遣いじゃない…」

 銀色の髪にヘッドドレス。メイド服にガーターリングに刺さったナイフ
 アリスが振り返った先にいたのは、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜であった

「ふふふ、まさか貴方まで泥棒家業に手を出すとは…。よっぽど生活に貧窮しているのかしら?」

 ナイフを手の中で弄びながら、咲夜はアリスを問い詰める

「私は…」



 ―――!?



 …アリスの顔面を掠めるように、咲夜のナイフが飛んできた
 アリスの顔面すれすれを掠めたまま、ナイフが壁に突き刺さる

「言い訳を聞く気はないわ…。今はお嬢様も妹様も眠っている…
 入館の許可のない者に、これ以上、紅魔館の廊下を踏ませる訳にはいかないわ

 出て行ってもらうわよ…。貴方の意思とは関係なしに…」

 そう言った瞬間、咲夜の周囲を埋め尽くすように、無数のナイフが展開された

「く…」

 すぐさま、アリスも武装した上海人形と蓬莱人形を周囲に展開する
 槍や剣で武装し、内部に爆薬を仕込んだ人形達が、アリスの周りを取り囲む

「ふ…、笑止ね。そんな人形達で私のナイフを防げるかしら?」

 咲夜がアリスを挑発する。当然、アリスは咲夜の狙いに気付いている
 格闘戦で戦うにしろ、スペルカードで戦うにしろ、実力においてはアリスの数段上を行く咲夜である

 こちらを挑発しているのは、勝負を急ぐためだ
 アリスの方から攻撃をさせて、早く決着をつけたいのだ

「咲夜…。聞いて頂戴、私たちは…」

「お黙りなさい。お嬢様の許可が無い以上、貴方達は不法侵入の賊と同じ
 どんな理由があろうと、聞く耳持ちませんわ」

 そういうと、咲夜は自らが手にしていたナイフを放った!
 咲夜の周囲に展開していた無数のナイフが、それに引き寄せられるようにありとあらゆる角度からアリスに襲い掛かる

「く…、守って、上海人形!」

 アリスの周囲に展開された上海達が、咲夜のナイフに向かって突撃していく
 上海とナイフが接触する度に、内部に仕込んだ爆薬が炸裂していく

 激しい爆風が吹き荒れ、周囲に爆風に巻き上げられた土煙がアリスの視界を閉ざす

「―――!?。咲夜はどこ!」

 アリスは狼狽する。激しい爆風が吹き上げる中、土煙に視界を閉ざされたアリスは咲夜を見失った



「ここよ…」



「―――!?」

 一瞬、アリスの首筋にひんやりとした感触が襲った
 自分の首筋に当たっている物が、咲夜のナイフだと気付いた時には、アリスは背後から羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなっていた

 いくら土煙に視界を閉ざされていたとはいえ、全く気配も感じさせないままアリスの背後を取るとは…!

「他愛もないわね…。これがドールマスターの実力かしら」

 アリスの耳元で、ささやくように咲夜が言った

「さあ、大人しく立ち去る事ね…。それとも、その人形みたいな顔に一生残る醜い疵をつけられたいかしら…?」

 鋭いナイフの切っ先が、アリスのコメカミから頬を伝っていく…
 咲夜は本気だった。ナイフの鋭い感触が、それを伝えていた

「私はお嬢様の為なら、どんなことでもするわ…
 実力の差が分かったなら、とっとと引き返す事をオススメするわ」

 ナイフの切っ先は、顎の先端から喉を伝い、アリスの胸元に達した
 咲夜は素早い動きで、アリスの胸元に巻き付いていたリボンを切り落として見せた

「そう…慥かに分かったわ…。貴方の実力…
 でもね、魔理沙は私を信じて、私を先に行かせたの…。私がここで引き返すということは、私を信じてくれた魔理沙を裏切ることになる…

 そんな事は、絶対に出来ない!」

 喉元にナイフを突きつけられたまま、アリスが言った
 魔理沙はアリスを信じて、アリスを先に行かせたのだ。ここで退けば、魔理沙を裏切ったことになる

 いつも自分勝手で、我儘で、強引な魔理沙であっても、アリスにとっては掛け替えの無い親友なのだ
 それを裏切ることなど、できるはずがない!

「ふ…、愚かな…。ならば、魔理沙を信じたまま死になさい!」

 咲夜が、ナイフを大きく振り上げた!

「死ぬのはアナタよ―――!!」

「―――!?」

 その瞬間、アリスの肉体の内部から、強烈な魔力が弾けるように爆ぜた!
 アリスの肉体がバラバラに引き千切られていくのと同時に、強烈な魔力の渦が一気に爆発した



「ば、馬鹿な、うわぁぁぁ―――!!!」



 まるで空間毎押し潰すかのように、巨大な魔力が爆発的なエネルギーの渦となり辺りを埋め尽くした!
 爆発の中心にいた咲夜は、まるで抵抗も出来ずに吹き飛ばされ、巨大な魔力の渦に飲み込まれていった
















「―――!?。なんだ、この爆発的な魔力の渦は…。アリス!」

 アリスが向かった方角から、巨大な爆発的魔力を感じた魔理沙

「ふ…。大方、咲夜さんに止められたアリスさんが、自らを犠牲にしたのでしょう
 これで、残ったのは貴方だけ」

 美鈴が冷たい笑みを浮かべる

「うるせえ!、アリスが簡単にやられたりするもんか!」

 そういって、魔理沙は美鈴に突撃する
 しかし、足首に受けたダメージのせいか、格段に速度が落ちている

「遅い遅い、そんな動きでは、私は倒せません!」

 闇雲に突っ込んでくる魔理沙の軌道を読み、美鈴が正拳を繰り出す



「―――!?。消えた!」



 魔理沙に向かって拳を繰り出した美鈴。しかし、魔理沙の姿が一瞬にして消えた!



「上だ―――!!」



 美鈴の拳を前方宙返りで魔理沙は躱し、その状態から美鈴の脳天目掛けて唐竹割りの踵落し!



「はっ!」




 しかし、美鈴の反応も速い
 魔理沙の蹴りに反応するや、素早く左手を差し出し、脳天へ振り下ろされる魔理沙の踵を受け止めた!

 しかし―――!!



「な―――!?」



 美鈴が魔理沙の振り下ろされる右踵を受け止めた瞬間、反対の左踵が美鈴の脳天を直撃した
 美鈴が右踵を受け止めたことで、そこが支点となり、反対の踵を魔理沙が振り下ろせたのだ

 脳天に直撃を受け、美鈴の膝が落ちる
 魔理沙は着地するや、すぐに間を置かずに追撃に走る



「はぁ―――!!」



 着地の反動で床を踏み込み、全身をバネに美鈴の顎下に飛び膝蹴りを入れる



「ぐぅう!」



 魔理沙の飛び膝を食らい、身体をのけぞらせた美鈴
 しかし、美鈴とて食らってばかりはいられない



「―――!?」



 身体を仰け反らせた反動を利用し、右足を振り上げ、空中にいた魔理沙をサッカーボールのように蹴り飛ばした!



「ちぃ―――!」

「はぁ―――!」



 魔理沙は壁に叩きつけられる寸前で体勢を立て直し、壁を蹴って再び美鈴に向かって突っ込んだ
 それを迎え撃つように、美鈴も飛び上がった!



 ゴォウガキィ――ン―――!!!!



 二人の蹴りがぶつかり合った瞬間、まるで空気が破裂したかのような衝撃波が紅魔館を揺るがした

「ちぃー!」

 空中で静止した状態で、美鈴が魔理沙に左二本貫手目潰しを仕掛けた

「く…!」

 美鈴の目潰しをダッキングで躱す魔理沙、しかし、それは美鈴の読み通り
 目潰しにいった手を開き、美鈴の左手が魔理沙の金髪を掴んだ



「噴―――!!」



 魔理沙の髪を掴んだまま、美鈴は右の拳を魔理沙の腹部にめり込ませた

「ぐぅ…!!」

 美鈴の重い拳が、魔理沙のボディーを襲う。美鈴の拳は、そのまま魔理沙の股間に差し込まれ、美鈴は髪の毛を掴んだ手を引き寄せる

「―――!?」

 肩車の形で、魔理沙を担いだまま美鈴は紅魔館の石畳に突っ込んでいく
 このまま、魔理沙の頭を潰してしまう気か―――!!



「ふざけんじゃね―――!!」



 脳天を石畳に叩きつけられる寸前で、魔理沙は自分の髪を掴む美鈴の手首を捉えた
 そのまま自分の脚を大きく振り、墜落直前で美鈴の顔面に蹴りを叩き込んだ!



「ぐは―――!!」



 墜落直前で顔面を蹴られた美鈴は、その一瞬で体勢を逆転され、逆に自らが石畳に叩きつけられる形になった
 全身を強かに打った美鈴は、全身が痺れた状態となり身動きが出来なくなった

 魔理沙はその隙を突き、美鈴の手首を掴んだまま腕十字固めを極めた!



「ぬぅ…」



 完全に決まってしまった腕十字固めは、そう簡単に外せない
 おまけに、全身を石畳に打ち付けられた衝撃で、美鈴の身体は思うように動かない

 このままでは、魔理沙に腕を折られてしまう―――!!



「―――!?。うぎゃあ―――!!」




 あと一歩で美鈴の腕を折れるという所で、魔理沙が大きな叫び声を挙げた
 完全に腕十字が決まって、反撃など受けられない状況であるはずの魔理沙…

 魔理沙の右足に、美鈴の歯が食い込んでいた
 夥しい血が、美鈴の口に流れ込んでいく



「がぁ―――!!」



 次の瞬間、美鈴は魔理沙の足の肉を引き千切った
 流石の魔理沙も、その強烈な痛みに美鈴の手首を掴む腕が緩む

 その瞬間を見逃さず、美鈴は極められていた腕を引き戻し、転がって魔理沙から離れた…

「てめえ…」

 美鈴に食い千切られた魔理沙の右足…
 流れる血が魔理沙の靴下を侵食し、生温くなっていく

「ふぅ…。不味いですね…、悪事を働いている人間の肉は硬くて喰えたモンじゃない」

 食い千切った魔理沙の肉片を吐き捨て、美鈴が言った

「フフフ、魔理沙さんともあろう方が、卑怯だとでも言いたそうですね
 勘違いしてはいませんか?。これは、スペルカードゲームでも、武術の試合でもないのです…
 貴方がこの館を去るか、貴方が私を倒して先に進むかを賭けた戦いなのです
 貴方に退く気がないのなら、貴方を骸にして追い出すまでです」

 口の周りに付着した魔理沙の血を舐めながら、美鈴が言った
 美鈴が纏っていた竜闘気が、急激に消え去り、まるで嵐の前の海岸のように穏やかになった

 先ほどまでの強烈な闘気に包まれていた美鈴よりも、それは数段不気味な物だった

「さあ、この戦いもそろそろ終わりにしましょう…」

 美鈴がそう言った瞬間!、これまでの数倍にもなろうかという圧倒的な闘気が美鈴の肉体から放たれた!
 美鈴の衣服の背中が破れ、そこに極彩色に彩られた龍の姿が浮かんだ

「な、なんだ―――!!。これが、美鈴の本気…!
 今までのコイツは、まだ全力を出していなかったというのか!」

 魔理沙の言う通り、美鈴の背中に龍の姿が浮かぶ時
 それは、美鈴の全身に、究極の闘気、竜闘気が満ちた時なのだ―――!!



「これでお終いです。見せて上げましょう、紅美鈴最大の奥義…

『廬山昇龍覇』を―――!!」


























「…ごほっごほっ」

 辺りに立ち込めていた土煙が消えてきた頃、ようやくアリスは立ち上がることが出来た

「ちょっとやりすぎたかしら…。初めて使う技だから、加減が分からないのよね…」

 アリスは周囲を見渡す。辺りは無残なほどに壊滅している
 爆発の中心から10mほどは、ほとんど原型を留めていない

 アリス自身も、衣服が破れ顔も真っ黒に汚れている
 上海が手拭でアリスの顔を拭き、汚れを取っていく

「ふふ、慥かに弾幕でも格闘戦でも私は咲夜には敵わないけれど、頭脳は私の方が上のようね
 いつも言ってるでしょ、『弾幕はブレイン』よって…」

 誰に言うでもなく、アリスは呟いた
 弾幕戦においても、格闘戦でも、まともに戦ってはアリスには勝ち目がなかった

 だから、アリスは罠を張った。咲夜のナイフに対して、上海をぶつけ大きな爆発を起こした
 強烈な爆風が巻き上げる土煙を、咲夜なら必ず利用して来ると踏んだ…

 案の定、咲夜は土煙を隠れ蓑にアリスの背後を取った…

 そして…



「自分自身の等身大の人形を身代わりにし、そして、自爆させた…」



「―――!?」

 不意に、アリスの背後から声がした…
 この声は…



「あの土煙も、自分が身代わりの人形と摩り替わるための目くらましだったわけね…
 本当によくできた人形だったわ…。気付くのがもうちょっと遅かったら…
 私は今頃、五体がバラバラに飛散していたでしょうね」

「さ、咲夜…」

 アリスは自分の目を疑った
 そこにいたのは、紛れもなく十六夜咲夜、その人なのである…!

「ば、馬鹿な…。貴方、どうやって、あの至近距離で逃げられるはずが…」

 アリスは狼狽する。自らの等身大の人形と入れ替わり、最大の魔力でもって敵を滅するアリスの新技
 まだ、誰にも見せたことが無い上、あの威力…

 完全に密着した間合いで放った以上、かわせる訳がないのだ

「ふ…。忘れたのかしら…。私には、『時間を操る力』があるのよ」

 そういって、咲夜はパテック・フィリップ社製の銀時計を取り出した…
 アリスの等身大人形が爆発した瞬間、咲夜は寸前の所で時間を止め、爆発から脱出したのだ

「く…」

 迂闊だった…。慥かに咲夜に『時間を操る力』がある事はアリスも知っていたのだ
 そのことを考えず、ほとんど全ての魔力を使ってしまった

 もう弾幕を撃てる力も、いくらも残ってはいない…

「さあ、どうする…?。逃げるのなら今の内よ…」

 咲夜が静かに歩み寄る。慥かに、逃げるなら今が最後のチャンスかもしれない
 咲夜は余力を十分に残しているが、アリスにはほとんど力が残っていない

 今までのアリスなら、絶対に逃げ出していただろう…



 しかし、今は違う…



 自分を信じて願いを託してくれた魔理沙…
 ここで退いたら、もう二度と魔理沙と顔を合わせることも出来なくなる…

 そんなのは―――



「…絶対にイヤよ―――!!」

 アリスは立ち上がった。どれほど望みが薄くても、どれほど圧倒的な力の差があったとしても…
 自分の親友を裏切ることだけは、絶対に出来ない!

「そう、ならば死になさい!」

 咲夜はナイフを構え、アリスに飛びかかった!




「Na’im Me’od toda raba Boker Tov ………」




 咲夜が飛びかかると同時に、アリスは呪文を唱え始めた…
 これは…、ヘブライ語…?




「emeth(真理)、出でよ…。 golem(ゴーレム)」




 アリスはしゃがみ、自らが引き起こした爆発で土塊となった紅魔館の壁や天井に手を当てる
 次の瞬間、崩れて土塊となっていた壁や天井が動き出し、それはやがて、巨大な土人形と成った



「これは、ゴーレムの魔法…!」



 アリスが使ったのは、ユダヤ教に伝わる自律型土人形、ゴーレム(胎児)の魔法であった
 創り出した主人の忠実な下僕となる土人形を生み出す魔法…

「く…!」

 咲夜がゴーレムに向けてナイフを投げ付ける

「ちぃ…!」

 しかし、ナイフが突き刺さっても、ゴーレムは何の関係もなく動き続ける
 元が単なる土塊にすぎないゴーレムには痛覚など無い

 ユダヤ教の創造物である以上、銀のナイフも効果が無い

「無駄よ、ゴーレムには物理攻撃は一切通用しない…!
 貴方の攻撃では、このゴーレムは破壊できないわ」

 アリスが魔法を操り、ゴーレムをけしかける
 土で出来たゴーレムの豪腕が、咲夜目掛けて振り回される

「ふ…、私も舐められたものね…」

 咲夜は後方へ大きく飛び退り、ゴーレムと距離を取った
 ゴーレムは地面を伝うように動き、咲夜を追う

「こんな土人形で…、私を止められると思わないことね…!」

 咲夜は右腕に力を溜め込んだ
 まさか、ゴーレムを素手で破壊しようと云うのか…!



「ぐぅおおお―――!!」



 ゴーレムの巨体が、咲夜にのしかかるように襲い掛かる



「10倍界王拳―――!!」



 咲夜の全身を、赤い炎のようなオーラが包み、咲夜の戦闘力が一気に増大した―――!!
 全身の気をコントロールすることで、戦闘力を飛躍的に増大させた!




『ジャーン拳』――――!!!



 迫り来るゴーレムに、咲夜が拳を構える





『グー』―――!!!





 その瞬間、激しい衝撃波が周囲を突き抜けた
 まるで超音速機が放つソニックブームのように、一瞬にして強烈な衝撃が突き抜けた

 そして、まるで時間が止まってしまったかのような静寂…

 咲夜にのしかかろうとしたゴーレムも、その動きを止めている…




「そして時は動き出す…」




「―――!?。な…!」

 咲夜が呟いた瞬間、咲夜の目の前に立っていたゴーレムに罅が入り、巨大な亀裂となって全身に走った
 次の瞬間には、巨大な土の巨人は、元のただの土塊となり、脆くも崩れ去ってしまった…

「馬鹿な…」

「ふ…、こんな土塊で私を倒せると思ってるなんて、魔界神の娘にしては甘いわねえ…」

 ゴーレムに触れて汚れた手を拭きながら、咲夜はアリスに近づく…
 アリスは咲夜の実力を侮っていた。物理攻撃の効かないはずのゴーレムを、素手で破壊するという恐るべき技を使い、おまけに時間を止められる…

 侮っていたつもりはないが、咲夜の実力はアリスが想像していたものの遥かに上を行っている




(ゴーレムの魔法さえも破られた…。もう私には魔法力が残っていない…)




 絶望的な力の差…、もはや、アリスには立ち上がることすらできない…
 咲夜の力は、あまりにも圧倒的すぎる…

「やれやれ、魔界の創造神の娘でありながら、もうギブアップかしら…?
 もうちょっと愉しませてくれるかと思ったけど…」

 咲夜がアリスに近づいていく
 乾いた靴音が、紅魔館の廊下に響く…

 もはや、どうすることもできないのか…

「もう戦う気もなくなったのかしら…。いいわ、せめて苦しまないよう、一瞬でその首を切り落としてあげる…」

 咲夜がナイフを振り上げた…
 もう、どうすることもできない…

 このまま、咲夜に首を落とされるのか…




(いいな、私もコイツを倒したらすぐに行く。私を信じろ…
 魔法の力は、どんな敵でも打ち砕く最強の力なんだ。魔法使いなら、どんな困難だって自分の力で打ち砕く…)




「―――!?」

 不意に、アリスの脳裏に魔理沙の言葉が蘇った…
 魔理沙の顔が、アリスの脳裏に過る…




(そうだ…、魔理沙はまだ戦っているんだ…)





「覚悟はいいわね」
 




(魔理沙が諦めていないのに、私だけが諦めるなんて出来ない!
 しっかりしなさい、アリス…!。貴方は、誇り高い魔界神の娘なのよ!)



 アリスの脳裏に、母の顔が過った
 咲夜のナイフが、アリスの細首を目掛けて振り下ろされる




(諦めてはダメ…!、私には、まだ使っていない力がある…!)




 アリスの首に、咲夜のナイフが迫る…!




「―――!?。何…!?」




 咲夜がアリスの首を刎ねた…と、思った瞬間、アリスの姿が消えた

「ここよ!」

 アリスの姿を探す咲夜、アリスの声がする方へ向き直る…
 そこには、首を刎ねられる寸前から、紅魔館の天井近くまで飛びあがっていたアリスの姿があった

「馬鹿な、なぜ貴方にそんな力が…!」

 咲夜は狼狽する。アリスはもう、全ての力を使い果たしているはずなのだ
 それがなぜ、自分のナイフから逃れ、一瞬であれほど高く飛び上がれるほどの力があるのか

「これが私の反撃よ…!」

「う、うわぁぁぁ…!」

 咲夜の頭上から、アリスが襲い掛かる
 その速さは、咲夜にさえ防げるものではなかった…

「………」

「………」 

 …しかし、アリスの攻撃をモロに受けたはずの咲夜には、蚊に刺された程の痛みもなかった

「ふ…、どうしたのかしら?。それが貴方の攻撃…?
 やはり、貴方は全ての力を使い果たしているようね…。そんな攻撃では、虫一匹殺せはしないわ」

 考えすぎだったか、アリスは最後の最期で力を振り絞って咲夜のナイフから逃げ出したのだ
 それは、最後の悪あがきにすぎない…。アリスには反撃する力も残っていないのだ

「これで終わりよ!」

 再び、咲夜がナイフを振り上げた
 アリスは指を一本だけ立てただけだ。もはや、逃げる力も残っていないのだ

 咲夜のナイフが、アリスに迫る。アリスは、立てていた指を曲げて見せた




「な、何―――!!」




 咲夜のナイフが、正にアリスに迫ろうとした瞬間、ナイフが急に止まった…
 いや、違う…。止まったのはナイフではない…

「何なの、これは…。か、身体が…勝手に…」

 止まったのは、咲夜自身の身体の方だった…
 咲夜の身体が、自らの意思と関係なくアリスへの攻撃を止めてしまったのだ

「ううぅ…、こ、これは、まさかさっきの…」

 咲夜の身体が宙に浮かび、自らの意思と関係なく動き始めている
 ナイフも時計も、まるで誰かに操られるかのように捨ててしまった…

 これは…




『コズミック・マリオネーション』




 アリスの指先が、わずかに光って見える
 それこそ極細の光る糸が、アリスの指先から放たれている

「さっき、貴方に魔法の糸を数百ほど巻きつかせてもらったわ
 もはや貴方は、私の思うまま…。その呼吸も、心臓の鼓動さえも私の支配下に入ったのよ」

 アリスが振り向き、その十本の指から放たれる魔法の糸が見えた
 さきほどの攻防、咲夜は虫に刺された程の感触もなかったが、実際にはあの時既に、咲夜はアリスの支配下にあったのだ

「バ、バカな…、貴方にはもう魔法力は残っていないはず。どうして、これほどの技が使えるの…?」

 身の自由を奪われながら、咲夜が叫ぶ。もはや、あらゆる感覚が咲夜の意志を離れている
 言葉を発するだけでも、相当な力を消費してしまう

「ふ…、考えるだけ無駄よ…。まずは…、指を一本」

 そういって、アリスは咲夜に自らの人差指を立て指し示した




「うぎゃああああ―――!!」




 その瞬間、咲夜の人先指は砕け散るように折れて曲がってしまった
 もはや、咲夜の身体は、アリスに思うがまま操られるマリオネットと化してしまった





















「さあ、行きますよ、魔理沙さん…
 覚悟はいいですね…?」




 全身に竜闘気が満ちた美鈴
 嵐のような闘気が、この廊下中に満ちている

 こうやって向かい合っているだけで、立っているのも大変なくらいの闘気である
 この全てを叩きつけられたとしたら、人間の魔理沙など細胞の欠片も残さず消滅してしまう

「うぅ…、あぁ…」

 魔理沙は、言葉にならないような返事を返すのが精一杯だった

「刮目せよ…!。紅美鈴最大の奥義




『廬山昇龍覇』―――!!!」




 ―――!!
 ―――!!
 ―――!!



 …その瞬間、激しい闘気が爆発したかと思うと、魔理沙の全身を燃え上がるような衝撃が切り裂いた
 まるで天に昇る龍が、激しい雷雨呼びながら魔理沙の身体を突き抜けていったかのような、激しい衝撃であった

 魔理沙の身体は、まるで抵抗することも出来ずに、大きく天へと吹き飛ばされた
 魔理沙の意識は拡散し、後はただ濁流のような気の嵐の中を、激流に浮かぶ笹船の如く漂うことしかできなかった




「終わった…か…」



 自らの奥義を放った美鈴が、その闘気を解いた
 もはや、魔理沙の肉体は飛散してバラバラになってしまったであろう

 これで、もはや魔理沙は紅魔館へ侵入することは永遠になくなってしまった
 それはそれで、少し寂しい気もしたが、役目である以上は止むを得ないことだった




「―――!?」





 ふと、美鈴は背後に気配を感じた
 慌てて振り返ったが、無論、そこには誰もいるはずがなかった

 魔理沙を吹き飛ばしてしまったが故の罪悪感が見せる幻なのか…

「いや…、違う。慥かに、いる…。恐ろしく攻撃的な魔力を持った…
 燃え上がるような魔力の持ち主…。だけど、そんなはずは無い…!」

『気を使う』能力を持つ美鈴が、気配を読み間違えることなどあり得ない
 そう…、いるのだ、ここに




「――――!?。―――!!!!


 霧雨…魔理沙…!!」




 まるで異次元の生物でも見たかのように、美鈴は目を見開いた
 そこにいたのは、紛れもなく霧雨魔理沙その人なのだ…

「馬鹿な、あり得ない!。生身の人間が『廬山昇龍覇』を食らって無事など…」

 美鈴が激しく狼狽する。まだ竜闘気に目覚めていなかった頃には、咲夜も昇竜覇に耐えたことがある
 しかし、竜闘気に目覚めた美鈴の力は、もはやあの頃とは比べ物にならないくらい飛躍しているのだ




「うおぉぉぉ―――!!」




 突如、魔理沙は大声を張り上げた
 魔理沙は自分自身の拳で、自分自身の顔面を殴りつけた

「な…」

 美鈴は、その光景を呆然と見ている…
 何が起こっているのかがわからない

 何故、魔理沙はここに立っている…!
 何故、魔理沙はまだ生きている…!

 なにもかもが分からなかった。美鈴の頭が混乱し始めている

「へ…、我ながらいいパンチだぜ…。いい気付になる…」

 自分自身の顔面にめり込んでいた拳をはがし、魔理沙が美鈴を見て笑った

「あ、貴方…。どうして、昇龍覇を食らって生きているんです」

 驚愕の余り、思わず美鈴が後ずさる

「へ…、アリスのお陰さ…」

 そういうと、魔理沙はポケットをまさぐる
 そこから出てきた物は、幻想郷では見かけたこともない、謎の植物だった

「魔界植物…、『マカルガシの葉』…。アリスが私のポケットにこっそりと入れておいてくれたんだ」

『マカルガエシの葉』は、魔界にしか生えていないマカルガエシの樹から採れた葉を加工したもの
 装備していた者の命が消えかけた時に、自動的に発動してその肉体と魂を現世に蘇らせる魔界アイテムである

「あ、あの時か…」

 美鈴の脳裏に、二人がこの紅魔館へ降り立った時の情景が蘇る
 アリスに向かってマスタースパークを跳ね返した時、魔理沙はアリスを庇って伏せさせたが、あの時、アリスは魔理沙のスカートにこれを仕込んでいたのだ

「残念だったな、私はそう簡単にやられないぜ…」

 魔理沙の手の中で、『マカルガエシの葉』が炎に包まれ、一瞬で燃え尽きた…
 瀕死の魔理沙の肉体と魂を呼び戻したことで、『マカルガエシの葉』の効果が切れたのだ…

「ふ…、ふふふ…。中々どうして、しぶとい人ですね、まるでゴキブリなみのしぶとさです」

 魔理沙が消滅していなかった理由を知って、美鈴は少し平静を取り戻した
 理由さえ分かれば、なんということはない。ただ装備していたアイテムに助けられただけの事だ…

「しかし、これで貴方を護る者はもはや何もない…!
 次こそは、確実に貴方を葬って差し上げましょう。この『廬山昇龍覇』で―――!!」

 再び、美鈴の全身を嵐のような闘気が包み始める
 もはや、魔理沙には『マカルガエシの葉』もない。次に昇龍覇を食らえば、確実に魔理沙は消滅してしまう

 美鈴の全身を、さっき以上の巨大な闘気が包んでいく
 まだ、これ以上、昇龍覇の威力が上がるというのか…!

「いいのか…美鈴…。昇龍覇を撃っても…」

 美鈴の全身を、嵐のような闘気が包む中、魔理沙は小さく言い放った




「『龍の右拳』が、ガラ空きになるぜ…」




「―――!?、ば、馬鹿な…!!、貴方は…

 たった一度見ただけで、昇龍覇の弱点を見抜いたというのか―――!!」





 いくら『マカルガエシの葉』で復活したとはいえ、体力までも回復した訳ではない
 しかし、その魔理沙の放った台詞は、美鈴に大きな衝撃を与えた…

 何故なら、それは、紅美鈴最大の奥義・『廬山昇龍覇』の唯一にして致命的な弱点だったからだ








~中国・五老峰~






 それは今から数百年前、中国は五老峰で美鈴が修行していた頃の事…





「美鈴よ、見事に昇龍覇を極めたな」

 龍神伝説で名高い五老峰の大瀑布に、一人の老人が座っている
 小さく縮んだ身体に、白い拳法着、藁で編んだ編み笠を被り、微動だにせずに滝の前に佇んでいる

「はいアル…。これも老師のご指導のお陰アル」

 その老師の前で、美鈴は一礼する
 偶さか知り合ったこの老人は、この五老峰から西に一〇〇〇キロは離れているという巨搭の封印を監視しているのだという

 この老師の下で修行した結果、美鈴は李白が…




 日は香炉を照らして 紫煙を生じ
 遥かに看る 瀑布の長川に挂かくるを
 飛流 直下 三千尺
 疑うらくは是れ 銀河の九天より落つるかと




 …と詠んだ廬山の大瀑布さえ跳ね返す最大の奥義、『廬山昇龍覇』を極める事ができた

「『廬山昇龍覇』は、自らの闘気を最大限に高め、爆発させて放つ最強の奥義…
 しかし、強すぎる奥義は時として諸刃の剣となる…。この最大の奥義にも致命的な弱点がある…」

「弱点…アルか?」

 美鈴が怪訝な顔つきになる。銀河の九天より落るつかと…とまで謳われる大瀑布さえ逆流させるこの奥義に、弱点などあるとは思えなかった

「そうじゃ…、自らの最大に高めた闘気を右拳に集めて放つこの奥義は、この廬山の大瀑布さえも逆流させる力を持つ
 じゃが、その威力の大きさゆえに放つ際に、時間にしてわずか数千分の一秒ほどだが左拳のガードが下がる…
 つまり、お前の全身に闘気が満ちた時に浮かぶ『龍の右拳』を表からみた位置…
 心臓がガラ空きとなってしまうのじゃ…」

 老師が静かに語った
 それは、『廬山昇龍覇』がその威力ゆえに持ってしまった弱点だった

 人間であれ、妖怪であれ、その両腕は肩を通じて繋がっている
 それゆえに、最大の威力を誇る『廬山昇龍覇』は、どれほどガードを意識していても、本人でも気付かないほどのわずかな隙を生み出してしまうのだ


「ふ…。そんな事は心配無用アル…。そんなわずかの弱点に気付けるのは老師を置いていないアル…」

 美鈴は、老師の語った弱点を杞憂と考えた
 時間にして、わずか数千分の一秒…。そんなわずかな隙を突かれる前に、『廬山昇龍覇』で相手を屠ることができる 

「そうか…、だが美鈴よ…。もしも、その弱点に気づく者が現れたとしたら…



 お前は、死ぬ事になる………。努々、忘れぬことじゃ…」












「…その弱点に気づく者が、ここにいた」

 美鈴が狼狽しつつ、魔理沙を見定める

 魔界アイテムで蘇ったとはいえ、魔理沙はすでにボロボロだ…
 もはや、どれほどの力が残っているとも思えない…

 だというのに、魔理沙は昇龍覇の弱点に気づいた
 魔理沙はスカートをまさぐり、八卦炉を取り出した

「………!?。しかし、いくら弱点に気づいたとはいえ、魔理沙さんにその弱点を突けるとは限らない
 竜闘気に守られた私には、マスタースパークは通用しない。仮に弱点を見抜けたとしても、私への攻撃手段は魔理沙さんにはない…!」

 美鈴の言う通り、魔理沙のマスタースパークは竜闘気には通用しない
 例え、美鈴の弱点を見抜いてマスタースパークを放てたとしても、それは竜闘気に防がれて美鈴には届かない

「良いでしょう、どちらにせよ、これが最後の勝負です
 私の全妖力を懸けて放ちましょう…!」

 そういうや、美鈴は一気に全身の力を解放した
 美鈴の背中に、極彩色の龍が一段と輝き、全身を竜闘気が包む

 これは、先ほどの比ではない。正真正銘、本当に全力全開の『廬山昇龍覇』を撃つつもりだ…!

「美鈴、一つだけ教えておいてやるよ…
 
 魔法の力に限界は無い。どんな強大な敵でも、魔法の力で撃ち砕けない物はない
 魔法の力はどんな敵も撃ち砕く最強の力さ、魔法使いなら自分の前に立ち塞がる、どんな困難だって、自分の力で打ち砕く

 …いくぜ!」


 魔理沙も、その残った魔力を一気に燃え上がらせた
 すでに一回、瀕死の重傷を負ったはずだというのに、どこからこれだけの力が湧いてくるというのか




「行きますよ…!、我が最大の奥義―――!!



『廬山昇龍覇・MAXパワー』―――!!!」




 その瞬間、美鈴の全身から放たれる―――!!
 この紅魔館ごと破壊しかねないその一撃が、魔理沙を襲う…!



 しかし、その一瞬―――!!
 時間にしてわずか数千分の一秒ほどだが、美鈴の左腕がわずかに下がったのを、魔理沙は見逃さなかった!!



「見えた!、龍の右拳が………!!

 美鈴、お前の負けだ―――!!!!」



「―――!?」





『彗星・ブレイジングスター』―――!!





「ば、馬鹿な…」

 美鈴は一瞬、何が起きたか分からなかった
 気付けば、魔理沙は一瞬にして自分の間合いに入り込み、龍の右拳…つまり、美鈴の心臓に肘撃ちを突き立てていた 

「そ、そうか…。マスタースパークを飛び道具として使うのではなく、自分の後方へ放ち、自分の推進力として使ったのか…」

 美鈴の言う通り、魔理沙は八卦炉を自分の後方に放ち、一気に間合いを詰め、その勢いのまま美鈴の心臓目掛けて肘撃ちを放ったのだ
 竜闘気には、慥かにマスタースパークは通用しないが、そのマスタースパークを推進剤としたこの一撃は、如何に無敵の竜闘気でも防ぐことは出来なかった…

「み、見事です…。魔理沙さん…」

 美鈴が崩れ落ちるように、紅魔館の石畳に倒れこんだ…

「勝ったか…。だが、急がないと、アリス、待ってろ」

 起死回生の一撃で美鈴を倒したとはいえ、魔理沙も大きなダメージを受けた
 魔理沙は傷口を押さえながら、紅魔館の地下図書館を目指した
























「う、ううう………」

 紅魔館の廊下で、咲夜はその美しい肢体をくねらせながら、まるで舞踏を踊っているかのように宙に浮かんでいる
 咲夜の身体には、眼では見えない数百の魔法の糸が捲かれ、その動きを完全に操られているのだ

「くう…、なぜ、ほとんどの魔法力を使い果たした貴方にこんな力が…」

 咲夜は狼狽する。ゴーレムの魔法も破られ、すでにほとんどの魔法力を失ったアリスに、どうしてこれほどの魔法が遣えるのか…?

「考えるだけ無駄よ…、私は魔界神の娘…。私の魔法力を侮っていたようね…」

 アリスが言った
 アリスの身体から黒いオーラが滲んでいる。瞳孔が開き、まるで何かが憑依したかのような、まるで幻想郷の者ではないような雰囲気がある

「………!?、そうか、貴方は…、魔界の力を使っている…!!」

 アリスの様子を見て、咲夜が気付いた
 アリスは幻想郷の者ではなく、魔界の者なのだ

 全ての魔法力を使い果たしたアリスは、自分の中に眠る魔界の血を目覚めさせた…




 しかし、それは…




「ふふふ…、『博麗大結界』は、幻想郷以外の大きな力を内部に侵入させない働きを持つ…
 貴方の魔界の力もそう…。本来は幻想郷で使うことは出来ない魔界の力を使うことが、どれだけ肉体に負担をかけるか…
 知らないわけはないでしょう…?」

 咲夜の言う通り、その力の大きさゆえに、幻想郷では魔界の力を使うことが出来ない
 アリスは、それを無理やり発動させたのだ。それが、どれほどの負担をかけるかさえもかまわず…

「分かった所で意味はないわ、もはや貴方は呼吸の一つまで私に支配された傀儡同然…
 このまま大人しくしくしていてもらうわ」

 咲夜を操るアリスは、咲夜の知るアリスではない
 今のアリスは、魔界神・神綺が生み出した人形遣い・アリスなのだ

「そうはいかないわ…。貴方の攻撃手段が分かった以上、反撃は可能…』




『十倍界王拳』―――!!!




「―――!?」

 その瞬間、咲夜は全身の気を最大に放出した
 全身の気をコントロールする事で、その戦闘力を何倍にも引き上げるこの技…

 しかし、アリスに全身を支配されているこんな状況で使ったら…




「ぐぅ…、うわぁぁぁ………!」




 咲夜の全身に、雷撃の数千倍はあろうかという激痛が駆け抜ける
 ただでさえ負担の大きい界王拳をこんな状況で使えば、自らに返って来るダメージもそれに比例する

「やめなさい、咲夜…!。死ぬ気なの…!」

 いくら時間を操る能力を持っているとはいえ、咲夜は人間だ
 妖怪だって、これほどのダメージには耐えられない


「ふ…、何を甘い事を言っているのかしら…?
 これは我慢比べよ…。幻想郷では使えぬ『魔界の力』を使っている貴方にも、相当な負担が掛かっているはず…
 私が戦闘力を上げれば、私の動きを支配する力もさらに必要となり、貴方自身の負担も増大する…
 私が倒れるのが先か、貴方が力を使い果たすのが先か、勝負よ―――!!」

 何と云う執念…

 咲夜は捨て身の戦法でアリスに挑んだ
 慥かに、咲夜の力が増せば、それだけアリスも大量の『魔界の力』を使う事になる
 本来は幻想郷では使えぬ『魔界の力』は、使えば使うほどアリスの肉体に負担を懸ける事になる

 しかし、それはわが身を省みぬ玉砕戦法だった…

「馬鹿な、そんな事をして勝ったとしても、貴方自身だって命を失うかもしれない…
 そんな勝利になんの意味がある…!

 貴方は、何の為にそこまで戦うの…!?」

 アリスの言う通り、咲夜のとった戦法は、たとえ勝ったとしても自らも死ぬリスクが大きい物だ
 むしろ、彼女の取った戦法によって、咲夜の死ぬ確率は上がったと言っていい…

「ふ…。何を分かりきったことを聞くのかしら…?
 紅魔館に生きる者ならば当然の事…



 お嬢様の為よ………」



「―――!?」



「私たち、紅魔館に住む者は、皆、お嬢様に忠誠を誓った者ばかり…
 私たちの中に、たとえ一人でも、自分の命惜しさにお嬢様の命令に背く者がいたとしたら、それはお嬢様の誇りと威厳を疵付ける事になる…

 そんなことが出来るわけがないでしょう…

 私は紅魔館のメイド長として、断じてお嬢様の誇りを傷つけるような真似はしないわ…!
 我々は常に、お嬢様の為に命を捨てる覚悟は出来ている…!」
 


 …なんという壮烈な覚悟!
 咲夜はすでに、死ぬ覚悟さえ決めて戦っているのだ

 アリスがこれ以上、咲夜の命に気遣って戦うというのなら、それでは…負ける…!!



「さあ、私の戦闘力はまだまだ上がるわよ…!
 私を止めて見なさい…!!




『界王拳・15倍』―――!!!」



「ぐぐ…、ぐぅ…!!」

 咲夜の全身から、血の流れが逆流し、皮膚を突き破り全身から飛び散っていく
 しかし、アリスの身体にも咲夜の動きを操る右腕の感覚がなくなり、代わりに腕が引き千切れて行くような強烈な傷みを感じる
 まるで、アリスの右腕が、自分自身の物ではなくなっていくかのように、何者かに腕を奪われていくような奇妙な感覚に襲われる…!

「うう…、いけない…。禁じられた『魔界の力』を使った反動か…
 右腕が…魔界に引き込まれようとしている…」

『博麗大結界』の中では使えぬ『魔界の力』を使った反動で、アリスの右腕は、アリスの身体を離れ、魔界に引き込まれようとしている
 右腕だけじゃあない。このまま『魔界の力』を使い続ければ、その全身が魔界に引き込まれ、アリスの身体はバラバラになって砕け散ってしまう…!!




「ぐはぁ………!!」




 その瞬間、咲夜はその口から大量の血を吐いた…!!
 無理も無い、アリスの『コズミック・マリオネーション』を受けながら、通常の15倍もの力を放出しているのだ

「ぐぅ…、中々しぶといわね…。でも、もう…、お互いに限界が近いようね…
 最後に立っていられるのが私か…、貴方か…」

「―――!?」

 すでに死の瀬戸際にいるはずだというのに、咲夜は笑った…
 本当に、レミリアの為に死ぬ覚悟が出来ているというのか…




(なんという忠誠心…。それに比べて私は…)




 アリスの脳裏に、魔理沙の姿が浮かぶ…

 魔理沙と初めて出会った時…、アリスはまだ魔界にいた
 人間から神綺の力で魔法使いに転生したアリスにとって、人間であり魔法使いである魔理沙には奇妙な親近感を覚えた
 ハチャメチャで滅茶苦茶な言動をする魔理沙だが、魔法の研究に対する真摯な態度に興味を覚え、幻想郷で魔法の修行をする事を、神綺へ願い出た…

 魔界出身と云うこともあり、初めは幻想郷に馴染めなかったアリスだが、人間だろうと妖怪だろうと等しく接する魔理沙とだけは仲良くなれた
 傲岸で厚かましく、不遜で図々しい魔理沙だが、それでいて不思議と一緒にいるのがイヤにならなかった




(私は、魔理沙の為に命を投げ出せるの…?。咲夜のように…、自らの命を顧みずに戦えるの…?)




 慥かでリアルな痛みが、アリスに問いかける…



 お前が今苦しんでいるのは、全て魔理沙のせいじゃないか

     あいつが勝手にお前を巻き込んで、あいつだけが満足して、それがなんになるんだ…?

           お前がどんなに苦しんでも、あいつはなんとも思わないんだよ、ただ利用されてるだけだ




(違う…、私は…)





 もうやめちまえ、こんなことで死んでしまったら、今までやってきた完全自律型人形の研究はどうなる…?

      楽になっちまえよ、魔理沙なんかどうなったっていいんだよ、誰だって自分がイチバン可愛いものさ

            もうこんなに苦しむ必要はないんだ、魔理沙のことなんかほっとけよ、面倒なヤツだと思ってたんだろう…?





(私は…、私は…)






 ………

 ………

 ………






 …ふと、唐突に誰かが自分を呼ぶ声がした

 雑音に掻き消され、ほとんど聞き取れないほどの小さな声…
 しかし、アリスの脳裏には、魔理沙との思い出が途切れ途切れに再生されていく

 春雪異変でも、永夜異変でも、時には敵として、時には味方として…二人は戦った…
 性格も、性情もまるで正反対の二人が、何度と無く交わって…




(そうだった…私は何を迷っていたの…)




 アリスの身体に、力が戻ってくる
 アリスを包んでいた闇が消え去り、アリスは顔を上げた





(私はアイツの事なんか、最初から大っ嫌いだったじゃない…!
 反発しあって、何度も喧嘩して来たじゃない…!
 私だけが、魔理沙の為に命を懸けられるか…?。迷うなんて馬鹿げてる
 私が死んだら、化けて出て、たっぷりと恨み言を言ってやるんだから…!)






「魔理沙の莫迦ァァ―――!!」





 アリスの力が、一気に増大した
 全身が引き千切られそうな激痛が走る中、暴走寸前の『魔界の力』をさらに引き出した………!






「ぐぅ………、まだこれほどの力を振り絞れるなんて…
 彼女の魔理沙を想う気持ちは、私の忠誠心以上だというの…!」

 苦痛に顔を歪めながら、咲夜が言った
 すでに限界を超える15倍の界王拳を使っている

 人間である咲夜は、もうこれ以上は肉体が耐え切れない




「咲夜…、お願いだからもう終わりにしましょう。私は貴方を殺したくはない…」




 アリスが言った。もはや、これ以上は咲夜に勝ち目はない
 このままでは、本当に咲夜は死んでしまう





「いいえ、まだよ…!。こうなったら、界王拳を20倍に引き上げる
 私のお嬢様への忠誠心は、何者にも負けはしない―――!」





 …しかし、咲夜はまだ諦めなかった
 20倍の界王拳など、人間である咲夜に耐えられるものではない

 使えば、死ぬどころか、肉体が粉々に飛び散って消滅してしまう…!





「やめなさい…!。これ以上は…」




「もう遅いわ………!




『20倍界王拳』―――!!」








 ―――!?
 ―――!?
 ―――!?



 ………

 ………

 ………





「………?」

 思わず閉じていた眼を、アリスは開いた
 咲夜が全身から気を放出した瞬間、一瞬にして音が消えてしまった
 なんの衝撃音も、爆発音もしなかった

 無音の世界に、アリスの視野が戻ってくる…




「あ、あああ………!?」




 そこにいたのは、咲夜を脇に抱え、右手に箒を構えた魔理沙の姿だった




「まったく、二人ともなんて無茶をしてるんだ
 もう少しで、二人とも死ぬとこだったぜ」

 魔理沙が息を切らせながら言った

 二人が戦っている所に出くわした魔理沙は、二人が肉体の限界を超える技を出し合っているのにすぐに気付いた
 咲夜が『20倍界王拳』を繰り出そうとした瞬間、魔理沙は無我夢中で飛び出し、アリスの放っていた魔法の糸を断ち、咲夜に当身を食らわせ気絶させたのだ




「ば、莫迦、誰の為にこんなことになったと思ってるのよ…」

 次の瞬間、アリスは『魔界の力』を解き放ち、元のアリスに戻った
 全身の虚脱感に、アリスはその場にへたり込む

「へっ、決まってるぜ。アリスの物は私の物、私の物も私の物だぜ」

 紅魔館の石畳に蹲るアリスに、魔理沙は手を差し出した
 アリスは、魔理沙に顔を背けながらその手を掴んだ

「莫迦、こんな時くらい私を気遣いなさいよ」

「何を言ってるんだ?。私はいつでもヤサシイだろう?」

 魔理沙はアリスの手を引っ張り、アリスを立ち上がらせた
 結局、魔理沙はいつも通りの魔理沙ということだ…



「さあ、いくぜ…。ここからが、本番だぜ」



 魔理沙は地下へ続く階段を指し示した
 そう、これはまだ、ほんの序章に過ぎない
 二人が目指すものは、この階段を降りた地下図書館にあるのだ…

 二人は階段に設置されたランプに火を灯し、地下へと降りて行った…
前回の予告通り、今回はバトルシーンです

次回もバトル…。その次もほぼバトルです…

第三章から少しずつ長くなります。連載開始から一年経過しましたが、進捗が当初の半分くらいなので自分の筆の遅さに驚いている次第です。二年目もよろしくお願いします

このリンクから第三章後編1に飛べます。シリーズ物なので初めての人は最初から読んでね
ダイ
http://bit.ly/gu7MYW
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コメント



0.520簡易評価
6.無評価幻影火賊削除
西行妖ぐらいのストーリー性が無かったのが残念
次回にも期待
12.無評価名前が無い程度の能力削除
お帰りなさい!!
27.100魔砲使い削除
良かったですよ。
次も気長に期待して待ってます。