ヤクモラン Mayoiga kyubiata
ロゼット状に拡がる9枚の根出葉が特徴。広卵状被針形で柄は無く、先端はやや尾状に伸びるか鋭頭。鋸歯はなく、両面黄褐色の絹毛が密生し、先端近くは白色。触るともふもふして柔らかい。花茎は青みがかっていて長く、上部には金色の開出毛を持つ。大型で円形の茎葉を2枚つける。花茎の先端に黄色の花を頂生する。花粉塊が露出するのが特徴で・・・
「・・・稗田よ、その記述は何だ?」
「あら、八雲藍さんじゃないですか。紫さんが来ないなんて、珍しい・・・」
「紫さまは急に用事が出来たとのことで私が代わりに来たんだ。いや、重要なのはそこではない。お前は今何をしているんだ?」
「見ての通り、幻想郷植物誌をまとめていたところです。」
「・・・幻想郷縁起の編集はどうしたというツッコミはこの際どうでもいい。問題は、どうしてそこに『ヤクモラン』という文字が記載されているのかということだ。」
「おや、ご存じなかったのですか?最近幻想郷で新種のランが確認されまして、その外見が八雲の式を彷彿とさせるということで、命名されたものだということですよ。」
「なんとも光栄なことだな。では、私に断りもなく命名した人物というのは一体誰だ?」
「はい、確か命名したのは・・・」
その人物の名前を聞いて、私は肩を落とす。よりによってあの妖怪が・・・いや、花が関係していることでほぼ予想はついていたのだが、今後の展開を考えるとひどく悪い予感しかしない。
さて、これからどうしたものか。たかだか花が一種類増えただけのことだ。私にとって致命的な被害というわけではない。勝手に名前を使うな、なんていちゃもんをつけに行くのも気が引ける。だが、名前の由来にされるということは、それほど私にそっくりな外見なのだろうか。なんだか少し興味が湧いてしまった。
「稗田よ、その人物のところに行けば、その花を見ることができるのか?」
「はい、きっと見れるはずですよ。花期がずれてようがお構いなしに咲かせてくれるはずですから。あの方も、花を観賞したいという申し出であれば、快く応えてくれると思います。」
「情報の提供、感謝する。私はこれでお暇するとしよう。その『ヤクモラン』という花を見てみたいという欲求が湧いてしまったのでな。」
「ふふふ、きっと一目ご覧になれば納得しますよ。では、私は植物誌の編纂を続けることにいたしましょう。」
だから幻想郷縁起はどうした。最近の稗田家は幻想郷の記録ならなんでも残すことにしているのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、私は人里を後にした。
目的の人物は太陽の畑にいる。幻想郷において花といったら、十中八九あの妖怪が思い出されることだろう。今回の件にも彼女が関わっていた。普段は恐ろしいイメージがある彼女だが、花のことなら話は別だ。ベクトルによっては恐ろしさが増大するが、観賞希望という用件であれば稗田阿求も言っていた通り快く受け応えてくれるはずだ。
と、目的地に着くまでは思っていた。すべての可能性を計算により吟味する程度の能力を持つ機械が外の世界にはあるらしいが、式である私にもその程度の吟味を行う能力は備わっている。そうであるがゆえに、なぜこうなるという可能性を考えなかったのかが悔やまれる。
主人である八雲紫の用事が、風見幽香にケチをつけに行くことだったとは。
はたして、私が太陽の畑についたとき、2人は一触即発の雰囲気を漂わせていた。
「どうしても、『アレ』を続けるというの?幽香。」
「もちろん。私にとって、花は命の次に大切なものだもの。新しい仲間が増えることは、新しい子どもが生まれるのと同じくらい、いや、それ以上の感動があるわ。」
「だからと言って、今回ばかりは度が過ぎているわ。異変が起こらない限りは静観しているつもりだったけど、あれだけは、どうしても私の気が治まらないのよ。」
「で?あなたはどうするつもり?花を傷つけるつもりなら、私は容赦しないわよ。」
「少なくとも、『アレ』を続けることをやめさせたいのよ。花を傷つけるという危険を冒してでもね。」
穏やかではない。仮にも幻想郷最強クラスの実力を持つといわれている妖怪同士である。スペルカード戦を行うにしても、かすり傷程度で済めば運がいい方だろう。そもそも此処で弾幕など撃とうものなら、流れ弾が花に被害を及ぼすことは充分に考えられる。そうなれば、風見幽香の怒りは治めようがなくなるだろう。
私は危険を覚悟のうえで2人の間に割って入った。なんとか話し合いで解決させなければ。
「紫様!それに幽香さん!」
「あら、藍じゃない、ちょうどいいところに来たわね。」
「ふふ、主の危機を感じて、飛んできたということかしら。」
「私は戦いに来たわけではありません。そもそも、此処で弾幕を撃ちあっては花にまで被害が及びます。そうなることは避けたいでしょう、幽香さん。」
「ふーん、あなた、なかなか冷静な状況判断ができるみたいね。」
「そもそも、紫様がおっしゃっている『アレ』というものが何なのか解りません。重要なことのようですが、もしそれが『ヤクモラン』という新種の花を指しているのであれば、私は気にしておりません。此処に来たのも、その花を観賞させてもらうためですから。」
「へ?『ヤクモラン』ですって?何を言ってるの、藍?」
主人の気の抜けた返答につられて、私も口をポカーンと開けて茫然としてしまった。いわゆる「はぁ?」といった表情をお互いが向けあっているところだ。ともかく、紫様が指す『アレ』というのは『ヤクモラン』ではないらしいことが解った。では一体何を指しているのだろうか。
「・・・幽香さん。紫様のいうところの『アレ』とは、一体何なのですか?」
「『ヤクモラン』に興味を示してくれたお礼といってはなんだけど、教えてあげるわ。私はここ最近幻想郷の植物界に革命を起こそうと考えていたのよ。簡単に言うと、幻想郷の人物をモチーフとした植物を開発していたの。そして、その代表作が『ヤクモラン』なの。」
悪い予感というものは当たってしまうもので、最初に感じた不安が明確な形を帯びて目の前に拡がっていくような錯覚を感じた。なるほど、私だけでは終わらないということか。多少なりとも興味を抱いたことに後悔の念が湧いてきた。
「『ヤクモラン』はラン科植物に一石を投じることができた。そもそもラン科の植物は、その容姿の美しさから観賞等に重宝される植物。八雲の式をイメージしたことによってできた『ヤクモラン』は、どことなく神々しささえ感じる素晴らしい出来となったわ。私の目に、狂いは無かったようね。」
「ええ、そうみたいね。さっきから聞いていれば、何よ!藍ばっかりいいとこ取りで!なんで『アレ』はあんななのよ!」
紫様が声を荒げ始めた。ということは、もしかして、次の植物のモチーフとなったのは紫様、ということで、その植物が気に入らないということなのだろうか。
「幽香さん、まさか『アレ』というのは、紫様をモチーフとした植物のことなのですか?」
「そのとおり。八雲紫をイメージしたブナ科の新種『スキマオクリ』こそ、私の幻想郷植物界に革命をもたらす計画の第2弾となる植物なのよ!」
「だーかーらー!それが気に入らないって言ってるんでしょう!そもそも何よブナって。可愛くないし響きが気に入らないのよ!」
「いいじゃないの、クリ。食用として栽培すれば、きっと人気が出るわよ。」
「イガイガでトゲトゲなのも嫌なのよ!私までそんなイメージがついたらどうしてくれるのよ!あーもう我慢できない、決闘よ!」
始まってしまった・・・空高く舞い上がり、数秒とたたぬ間に紫様が弾幕が展開してゆく。対する幽香さんは笑顔のまま、しかし徐々にその怒りのボルテージが上がっているのを感じる。此処にいて巻き込まれるのは、正直なところ御免被りたいところだが・・・
ふと視線を横に向けると、一輪の黄色い花が咲いているのが目にとまった。茎の色は青色、そして根元にはロゼット状、いわゆるタンポポの葉っぱのような拡がり方で葉っぱが生えていた。トランプのダイヤの中間部分が丸みを帯びたような形の葉っぱで、数えてみると9枚、そして両面に黄色の毛がびっしり生えている。これを見て、なるほど、これが『ヤクモラン』だと確信した。
自分で言うのもなんだが、九尾の妖怪である私の最大の特徴は尻尾である。黄色の毛でおおわれる9枚の葉っぱは、なるほど、私を連想させるのに十分なものだ。試しに触ってみると、なかなか良い手触りがした。これが、いわゆる「もふもふ」という手触りを連想させるのだろう。
しばらく見ていると愛着がわいてくるもので、私はこの花を持って帰りたいと思うようになっていた。そして、そのことを伝えようと視線を戻すと、紫様と幽香さんの2人は白熱した弾幕勝負を繰り広げているところだった。こちらに流れ弾が降ることが無かったことを幸運に思いながらも軽く頭を抱え、出来る限りの大声で2人に呼び掛けた。
「お二人とも!弾幕を止めてください!そして幽香さん、お願いしたいことがあります!」
私の声に気付いた二人は、弾幕を止めて地上に降りてくる。
「何よ藍、決闘に水を指すなんて。」
「申し訳ありません紫様。しかし、やはり花は傷つけるよりは愛でる方が好ましく思えますがゆえに、お止めいたしました。」
「やはり、あなたの方が主人よりも花に対する理解はあるようね。で、お願いとは何かしら?」
「この『ヤクモラン』を、一株分けていただきたいのです。大切な花をいただくという願いなので、快く承諾していただけるとは思えませんが、ぜひ、お願いします。」
「そうねぇ・・・二つほど約束してくれれば、譲ってあげるわ。」
「本当ですか?では、その約束というのは?」
「まず、『スキマオクリ』の開発を続けることを容認すること。私の計画が、こんな初期の段階でお流れになるなんて許せないわ。どうかしら?」
「紫様・・・どうか、お願いします。」
「・・・むぅ、わかったわよ。開発は継続してもいいわ。ただし、私の名誉を傷つけるようなことがあったら、即刻抗議しにくるからね。」
「ふふ、これで一つ目の約束は成立ね。それじゃ、二つ目の約束だけど・・・」
「無茶なことは勘弁してくださいよ?」
「簡単なことよ、ちゃんと毎日管理を続けること。世話を怠って枯らしちゃったりしたら、花がかわいそうでしょう?しかも、この花はあなたをモチーフにしている、いわばあなたの分身のようなものよ。自分だと思って、大切にしなさい。これが二つ目の約束よ。」
正直、二つ目の約束を告げる幽香さんの口調が子どもに諭す母親のようなものだったので、少しだけ苦笑いを浮かべそうになってしまった。しかし、これなら断る理由もない。
「解りました、大切に世話をします。本当にありがとうございます。」
「藍、なんだか嬉しそうね。口元が緩んでるわよ。」
「大切になさいね。もし、元気がなくなったように感じたら、私のところに持って来なさい。元気を注入してあげるわ。」
こうして、私は一輪の花の鉢を抱えて帰路についた。紫様は『スキマオクリ』の開発についての相談があるとか何とかで、しばらく残るそうだ。
マヨヒガでは橙が日向ぼっこをして待っていた。そういえば、今日はいつもより日がさして暖かかった気がする。もうじき日も落ちるのだが、ポカポカした陽気をぬぐい去る風も少なかったせいか、まだほのかに暖かさを感じる。
「ただいま、橙。」
「おかえりなさい、藍様。あれ?その手に持っているのは、花ですか?」
「風見幽香が開発した、『ヤクモラン』という花だ。私をイメージして創られたということで、興味をそそられて一株頂いてきたんだ。」
「へぇー、確かに、この9枚の葉っぱとか、まさに藍様のイメージにぴったりですね。」
「橙もそう思うかい?・・・うん、やはり、花というものはいいものだな。」
日当たりのいい場所を選んで鉢を置く。かすかに赤みがかってきた日の光に照らされているのを見ていると、我ながら神秘的な雰囲気を感じてしまった。隣で橙がじっと鉢を見つめている。橙も気にいってくれたということだろう。
と、橙が私の前に滑り込むように移動し、じっと私の眼を見つめてきた。
「ど、どうした?橙?」
「藍様、私、お願いしたいことがあります!」
真剣な眼差しをこちらに向ける橙。そして、こんなお願いを口にしたのであった。
「藍様、私も、私をイメージした花が欲しいです!」
とりあえず、紫様のことはすぐに話さない方がいいだろうと思った。そして、また風見幽香と花のことで相談することになると考えると、少しばかり気が重くなった。しかし、もし橙の花ができれば八雲家をモチーフにした花がそろうではないか。紫様の件がすんだら、頼んでみるのもいいかもしれない。
「そうだな・・・今度、頼みに行ってみようか。」
橙がほほ笑みを返してくれる。すぐにその視線は鉢へと向かう。もし橙の花ができたら、二つ並べて・・・そんなことを考えながら、私も笑顔になるのであった。
ロゼット状に拡がる9枚の根出葉が特徴。広卵状被針形で柄は無く、先端はやや尾状に伸びるか鋭頭。鋸歯はなく、両面黄褐色の絹毛が密生し、先端近くは白色。触るともふもふして柔らかい。花茎は青みがかっていて長く、上部には金色の開出毛を持つ。大型で円形の茎葉を2枚つける。花茎の先端に黄色の花を頂生する。花粉塊が露出するのが特徴で・・・
「・・・稗田よ、その記述は何だ?」
「あら、八雲藍さんじゃないですか。紫さんが来ないなんて、珍しい・・・」
「紫さまは急に用事が出来たとのことで私が代わりに来たんだ。いや、重要なのはそこではない。お前は今何をしているんだ?」
「見ての通り、幻想郷植物誌をまとめていたところです。」
「・・・幻想郷縁起の編集はどうしたというツッコミはこの際どうでもいい。問題は、どうしてそこに『ヤクモラン』という文字が記載されているのかということだ。」
「おや、ご存じなかったのですか?最近幻想郷で新種のランが確認されまして、その外見が八雲の式を彷彿とさせるということで、命名されたものだということですよ。」
「なんとも光栄なことだな。では、私に断りもなく命名した人物というのは一体誰だ?」
「はい、確か命名したのは・・・」
その人物の名前を聞いて、私は肩を落とす。よりによってあの妖怪が・・・いや、花が関係していることでほぼ予想はついていたのだが、今後の展開を考えるとひどく悪い予感しかしない。
さて、これからどうしたものか。たかだか花が一種類増えただけのことだ。私にとって致命的な被害というわけではない。勝手に名前を使うな、なんていちゃもんをつけに行くのも気が引ける。だが、名前の由来にされるということは、それほど私にそっくりな外見なのだろうか。なんだか少し興味が湧いてしまった。
「稗田よ、その人物のところに行けば、その花を見ることができるのか?」
「はい、きっと見れるはずですよ。花期がずれてようがお構いなしに咲かせてくれるはずですから。あの方も、花を観賞したいという申し出であれば、快く応えてくれると思います。」
「情報の提供、感謝する。私はこれでお暇するとしよう。その『ヤクモラン』という花を見てみたいという欲求が湧いてしまったのでな。」
「ふふふ、きっと一目ご覧になれば納得しますよ。では、私は植物誌の編纂を続けることにいたしましょう。」
だから幻想郷縁起はどうした。最近の稗田家は幻想郷の記録ならなんでも残すことにしているのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、私は人里を後にした。
目的の人物は太陽の畑にいる。幻想郷において花といったら、十中八九あの妖怪が思い出されることだろう。今回の件にも彼女が関わっていた。普段は恐ろしいイメージがある彼女だが、花のことなら話は別だ。ベクトルによっては恐ろしさが増大するが、観賞希望という用件であれば稗田阿求も言っていた通り快く受け応えてくれるはずだ。
と、目的地に着くまでは思っていた。すべての可能性を計算により吟味する程度の能力を持つ機械が外の世界にはあるらしいが、式である私にもその程度の吟味を行う能力は備わっている。そうであるがゆえに、なぜこうなるという可能性を考えなかったのかが悔やまれる。
主人である八雲紫の用事が、風見幽香にケチをつけに行くことだったとは。
はたして、私が太陽の畑についたとき、2人は一触即発の雰囲気を漂わせていた。
「どうしても、『アレ』を続けるというの?幽香。」
「もちろん。私にとって、花は命の次に大切なものだもの。新しい仲間が増えることは、新しい子どもが生まれるのと同じくらい、いや、それ以上の感動があるわ。」
「だからと言って、今回ばかりは度が過ぎているわ。異変が起こらない限りは静観しているつもりだったけど、あれだけは、どうしても私の気が治まらないのよ。」
「で?あなたはどうするつもり?花を傷つけるつもりなら、私は容赦しないわよ。」
「少なくとも、『アレ』を続けることをやめさせたいのよ。花を傷つけるという危険を冒してでもね。」
穏やかではない。仮にも幻想郷最強クラスの実力を持つといわれている妖怪同士である。スペルカード戦を行うにしても、かすり傷程度で済めば運がいい方だろう。そもそも此処で弾幕など撃とうものなら、流れ弾が花に被害を及ぼすことは充分に考えられる。そうなれば、風見幽香の怒りは治めようがなくなるだろう。
私は危険を覚悟のうえで2人の間に割って入った。なんとか話し合いで解決させなければ。
「紫様!それに幽香さん!」
「あら、藍じゃない、ちょうどいいところに来たわね。」
「ふふ、主の危機を感じて、飛んできたということかしら。」
「私は戦いに来たわけではありません。そもそも、此処で弾幕を撃ちあっては花にまで被害が及びます。そうなることは避けたいでしょう、幽香さん。」
「ふーん、あなた、なかなか冷静な状況判断ができるみたいね。」
「そもそも、紫様がおっしゃっている『アレ』というものが何なのか解りません。重要なことのようですが、もしそれが『ヤクモラン』という新種の花を指しているのであれば、私は気にしておりません。此処に来たのも、その花を観賞させてもらうためですから。」
「へ?『ヤクモラン』ですって?何を言ってるの、藍?」
主人の気の抜けた返答につられて、私も口をポカーンと開けて茫然としてしまった。いわゆる「はぁ?」といった表情をお互いが向けあっているところだ。ともかく、紫様が指す『アレ』というのは『ヤクモラン』ではないらしいことが解った。では一体何を指しているのだろうか。
「・・・幽香さん。紫様のいうところの『アレ』とは、一体何なのですか?」
「『ヤクモラン』に興味を示してくれたお礼といってはなんだけど、教えてあげるわ。私はここ最近幻想郷の植物界に革命を起こそうと考えていたのよ。簡単に言うと、幻想郷の人物をモチーフとした植物を開発していたの。そして、その代表作が『ヤクモラン』なの。」
悪い予感というものは当たってしまうもので、最初に感じた不安が明確な形を帯びて目の前に拡がっていくような錯覚を感じた。なるほど、私だけでは終わらないということか。多少なりとも興味を抱いたことに後悔の念が湧いてきた。
「『ヤクモラン』はラン科植物に一石を投じることができた。そもそもラン科の植物は、その容姿の美しさから観賞等に重宝される植物。八雲の式をイメージしたことによってできた『ヤクモラン』は、どことなく神々しささえ感じる素晴らしい出来となったわ。私の目に、狂いは無かったようね。」
「ええ、そうみたいね。さっきから聞いていれば、何よ!藍ばっかりいいとこ取りで!なんで『アレ』はあんななのよ!」
紫様が声を荒げ始めた。ということは、もしかして、次の植物のモチーフとなったのは紫様、ということで、その植物が気に入らないということなのだろうか。
「幽香さん、まさか『アレ』というのは、紫様をモチーフとした植物のことなのですか?」
「そのとおり。八雲紫をイメージしたブナ科の新種『スキマオクリ』こそ、私の幻想郷植物界に革命をもたらす計画の第2弾となる植物なのよ!」
「だーかーらー!それが気に入らないって言ってるんでしょう!そもそも何よブナって。可愛くないし響きが気に入らないのよ!」
「いいじゃないの、クリ。食用として栽培すれば、きっと人気が出るわよ。」
「イガイガでトゲトゲなのも嫌なのよ!私までそんなイメージがついたらどうしてくれるのよ!あーもう我慢できない、決闘よ!」
始まってしまった・・・空高く舞い上がり、数秒とたたぬ間に紫様が弾幕が展開してゆく。対する幽香さんは笑顔のまま、しかし徐々にその怒りのボルテージが上がっているのを感じる。此処にいて巻き込まれるのは、正直なところ御免被りたいところだが・・・
ふと視線を横に向けると、一輪の黄色い花が咲いているのが目にとまった。茎の色は青色、そして根元にはロゼット状、いわゆるタンポポの葉っぱのような拡がり方で葉っぱが生えていた。トランプのダイヤの中間部分が丸みを帯びたような形の葉っぱで、数えてみると9枚、そして両面に黄色の毛がびっしり生えている。これを見て、なるほど、これが『ヤクモラン』だと確信した。
自分で言うのもなんだが、九尾の妖怪である私の最大の特徴は尻尾である。黄色の毛でおおわれる9枚の葉っぱは、なるほど、私を連想させるのに十分なものだ。試しに触ってみると、なかなか良い手触りがした。これが、いわゆる「もふもふ」という手触りを連想させるのだろう。
しばらく見ていると愛着がわいてくるもので、私はこの花を持って帰りたいと思うようになっていた。そして、そのことを伝えようと視線を戻すと、紫様と幽香さんの2人は白熱した弾幕勝負を繰り広げているところだった。こちらに流れ弾が降ることが無かったことを幸運に思いながらも軽く頭を抱え、出来る限りの大声で2人に呼び掛けた。
「お二人とも!弾幕を止めてください!そして幽香さん、お願いしたいことがあります!」
私の声に気付いた二人は、弾幕を止めて地上に降りてくる。
「何よ藍、決闘に水を指すなんて。」
「申し訳ありません紫様。しかし、やはり花は傷つけるよりは愛でる方が好ましく思えますがゆえに、お止めいたしました。」
「やはり、あなたの方が主人よりも花に対する理解はあるようね。で、お願いとは何かしら?」
「この『ヤクモラン』を、一株分けていただきたいのです。大切な花をいただくという願いなので、快く承諾していただけるとは思えませんが、ぜひ、お願いします。」
「そうねぇ・・・二つほど約束してくれれば、譲ってあげるわ。」
「本当ですか?では、その約束というのは?」
「まず、『スキマオクリ』の開発を続けることを容認すること。私の計画が、こんな初期の段階でお流れになるなんて許せないわ。どうかしら?」
「紫様・・・どうか、お願いします。」
「・・・むぅ、わかったわよ。開発は継続してもいいわ。ただし、私の名誉を傷つけるようなことがあったら、即刻抗議しにくるからね。」
「ふふ、これで一つ目の約束は成立ね。それじゃ、二つ目の約束だけど・・・」
「無茶なことは勘弁してくださいよ?」
「簡単なことよ、ちゃんと毎日管理を続けること。世話を怠って枯らしちゃったりしたら、花がかわいそうでしょう?しかも、この花はあなたをモチーフにしている、いわばあなたの分身のようなものよ。自分だと思って、大切にしなさい。これが二つ目の約束よ。」
正直、二つ目の約束を告げる幽香さんの口調が子どもに諭す母親のようなものだったので、少しだけ苦笑いを浮かべそうになってしまった。しかし、これなら断る理由もない。
「解りました、大切に世話をします。本当にありがとうございます。」
「藍、なんだか嬉しそうね。口元が緩んでるわよ。」
「大切になさいね。もし、元気がなくなったように感じたら、私のところに持って来なさい。元気を注入してあげるわ。」
こうして、私は一輪の花の鉢を抱えて帰路についた。紫様は『スキマオクリ』の開発についての相談があるとか何とかで、しばらく残るそうだ。
マヨヒガでは橙が日向ぼっこをして待っていた。そういえば、今日はいつもより日がさして暖かかった気がする。もうじき日も落ちるのだが、ポカポカした陽気をぬぐい去る風も少なかったせいか、まだほのかに暖かさを感じる。
「ただいま、橙。」
「おかえりなさい、藍様。あれ?その手に持っているのは、花ですか?」
「風見幽香が開発した、『ヤクモラン』という花だ。私をイメージして創られたということで、興味をそそられて一株頂いてきたんだ。」
「へぇー、確かに、この9枚の葉っぱとか、まさに藍様のイメージにぴったりですね。」
「橙もそう思うかい?・・・うん、やはり、花というものはいいものだな。」
日当たりのいい場所を選んで鉢を置く。かすかに赤みがかってきた日の光に照らされているのを見ていると、我ながら神秘的な雰囲気を感じてしまった。隣で橙がじっと鉢を見つめている。橙も気にいってくれたということだろう。
と、橙が私の前に滑り込むように移動し、じっと私の眼を見つめてきた。
「ど、どうした?橙?」
「藍様、私、お願いしたいことがあります!」
真剣な眼差しをこちらに向ける橙。そして、こんなお願いを口にしたのであった。
「藍様、私も、私をイメージした花が欲しいです!」
とりあえず、紫様のことはすぐに話さない方がいいだろうと思った。そして、また風見幽香と花のことで相談することになると考えると、少しばかり気が重くなった。しかし、もし橙の花ができれば八雲家をモチーフにした花がそろうではないか。紫様の件がすんだら、頼んでみるのもいいかもしれない。
「そうだな・・・今度、頼みに行ってみようか。」
橙がほほ笑みを返してくれる。すぐにその視線は鉢へと向かう。もし橙の花ができたら、二つ並べて・・・そんなことを考えながら、私も笑顔になるのであった。
藍様はヤクモランの由来もそうだけど、〝花粉塊が露出〟にこそ突っ込むべきではないのか。
橙さんはそのままでいい、相変わらず良い子だね。
問題は紫様のスキマオクリだ。その花が放つ香気が少女臭ならばそれで良し、
それ以外の、例えば精○だとか靴○の臭いなのだとしたら、幽香は怖いので作者様を屋上に呼び出すことになるだろう。
ラストは、「え、これで終わり?」と「これはこれで良いのかも」が、ない交ぜになった印象でしょうか。
それでも、うん、やっぱり面白かったです。私はこのお話が好きだ。
自分の中での『スキマオクリ』の設定は、外見は普通のクリとほぼ同様のものです。紫色の花を咲かせること、幹に目の形をした跡が現れること、イガイガを割ると中にはスキマ空間があって、とても美味しい実が詰まっている(実は外の世界から転送されてる天○甘栗だったり・・・)ことが想像内での設定です。しかし、紫様と幽香様の知恵が合わされば、このようなイメージをはるかに凌駕する素晴らしい植物が誕生することでしょう。
>4様
植物の名前には和名やら学名やら複雑なものがありますが、この話を作るに当たっては由来となったキャラクターのイメージを第一に考えました。『ヤクモラン』はそのままぴったりとはまったので採用しましたが、紫様については少々頭をひねる作業がありました。没案としては『ユカリン』や『ヤクモユリ』といったものがありましたが、最終的にしっくりきたのが『スキマオクリ』だったということです。
>コチドリ様
『スキマオクリ』についての説明は1様へのレスを参照していただければと思います。前提として、紫様に限らずキャラクターを冒涜するような設定は、思いついたとしても採用はしません。ギャグ的要素として取り入れることもありますが、読者様を不快にさせることがないよう配慮しているつもりです。それでも不足があった場合は遠慮なく指摘していただければ幸いに思います。
話を完結させるのは難しいですね。この話の最後についても、このあと藍様と橙が幽香様へ訪問するということをほのめかしていますが、続編につなげるか読者様の想像のきっかけにつなげるかを比較したならば、後者の立場をとろうというのが今の心情です。結果として曖昧な終わり方になってしまったのは、僕自身の文章力のなさが影響しているためです。今後、精進していければと思います。
他、評価していただいた方々へ感謝の意を表します。創想話へ投稿するのは3作目ですが、Rate10を達成できたのは初めてのことです。もし、次回作を載せるようなことがあれば、また読みに来ていただければと思います。ありがとうございました。
よく見ると、八雲「藍」-タデ科、「稗」田阿求-イネ科、八雲「紫」-ムラサキ科、「橙」-ミカン科 。幽香以外は全員は植物名が入ってますね。
視力に良い「イヌバシリモミジ」
グラデーションが綺麗で、とても丈夫な「ヒジリビャクレン」
珍しい薬草が周囲に生える「トラマルショウブ」
幻覚作用のある水晶の様な綺麗な実をつける「フランベリー」火に強く非常に生命力の高い「ホウライフジ」
俺はここまでだ…。
これは秀作
ヤクモラン…描写を読むだけでも綺麗な花のようですね。
ぜひイラストとか見てみたいものです。
スキマオ「栗」とは上手いですね~。ゆかりんの大黒柱的なイメージもあっていると思います。
(幽香に思うところがあったのかも知れませんがw)
橙をモチーフとした花も含め八雲家が揃えばまるで一枚の絵画のような素晴らしい光景でしょうね。
ご専門をコンバートして見事な東方SSに仕上げておられるのが羨ましい…。
良いお話ありがとうございました。
藍様にゆかりんの嫉妬が止まらんかもわからんね