草木や怪しげなキノコが生い茂る魔法の森。
立ち込める瘴気を嫌い、普通の人間は立ち入る事すら躊躇するこの森に佇む一軒の家。
そこに住むアリス・マーガトロイドはこの日、軽く憂鬱であった。
ドンドンドン
「アリスー。いるんだろー? 暇だから遊びにきたぜー」
沈んだアリスの気分とは対照的に、軽快に叩かれるドアの音。
ただいまの時刻は夕方の3時を少し回ったところ。
手元の人形のうち一体を操って紅茶の用意をしつつ来客の応対をする。
「いらっしゃい。外はまだ寒いでしょう。すぐに紅茶を入れるわ」
「相変わらず器用な事やってるな。お邪魔するぜ」
片手の微妙な動きだけで細かい作業をやってのけるアリスに感心しながら、魔理沙は勧められるままテーブルにつく。
「ん? また人形増えたか?」
「ええ。前にあなたが来た時より5体増えてるわ。よく気付いたわね」
「いや、前に私が来たのは昨日なんだが」
「そうね。我ながらちょっとビックリよ」
「またなんでそんな事になったんだよ」
「依頼主からの要望でね。この5体は同時に受け取らないと意味が無いって」
「依頼主? するとこいつらは売り物か」
「ええ。早苗からの注文よ」
「なるほど。どうりで奇妙なデザインだと思ったぜ」
棚に並べられた5体の人形は、アリスが普段作っている人形とは毛色が違っていた。
上海人形や蓬莱人形に比べて頭身が大きく、7頭身ほど。
頭部は鳥を模したデザインになっていて目の部分はバイザーになっている。
そんな人形が赤・黒・黄・青・白の5色分。
「お。単なる色違いかと思ったら、鳥の部分の顔付きが違うんだな」
「ええ。赤は鷹、青は燕って具合に、それぞれモチーフがあるらしいわ」
「で、なんなんだこれは」
「早苗曰く『空に憧れ鳥に憧れ、夢にまで見た大空へ飛び立つ5人の戦士』らしいわ」
「なるほど。まったくわからん」
「早苗からの依頼はこんなのばっかりよ。前はバッタをモチーフにした緑色のおっかない人形だったし。まあお得意様だからいいんだけどね」
「へえ、そんなに頼まれてるのか。今度私にも何か作ってくれよ」
「いいわよ。バッタ人形でいい?」
「やだよ」
そんな話をしている間にヤカンが音を立てる。
アリスは一度席を離れ紅茶を淹れる。
用意までは人形を使うが、最後の仕上げは自分の手で行うのがこだわりなのであった。
「お待たせ。ミルクかレモン入れる?」
「ミルク多めの砂糖多めでお願いするぜ」
「はいはい」
こだわりの紅茶なのだからストレートで飲め、などと無粋な事をアリスは決して言わない。
嗜好品なのだから、本人が一番美味しく飲める方法で飲めばいいのだ。
例え砂糖が多すぎて、後半に底のほうがジャリジャリしていようとも。
「ふう、暖まるな。寒い日に飲むアリスの紅茶は格別だぜ」
「それはどうも」
「いや、寒い日じゃなくても美味しいけどな!」
「はいはい」
美味しそうに紅茶を飲む魔理沙であったが、数口飲んだところで視線が落ち着き無く動き始めた。
それを見たアリスは話を切り出した。
「ところで魔理沙。あなた、パブロフの犬って知っているかしら?」
「んん? ああ、何となくだけどな。私だって魔法使いの端くれなんだ。長生きしてるお前やパチュリーほどじゃないが、色々な知識は蓄えてるつもりだぜ」
魔法使いというのは程度の差はあれ、知識欲が強いものである。
幸い魔理沙には外から流れてくる書物や文献を読ませてくれる知人が多い。
古道具屋の店主しかり、紅魔館の知識人しかり。
「たしか、外の世界の人間がやった実験だろ? 犬にご飯をあげて‥‥ってやつ」
「よくできました。犬に食事を与える時、一緒にベルを鳴らすのよ。しばらくそれを続けていると、犬はベルの音を聞くだけで涎を分泌するようになる。って実験ね」
「色々な事を考える奴がいるもんだよな」
「私達もまだまだ学ぶべき事が多いわね」
「それで? そのパブロフがどうしたんだよ?」
「研究によると、その反応は犬だけじゃなくて、知能を持つ他の生き物にも起こる現象らしいのよ。人間も含めてね」
「ふむふむ」
「あなたも、酸っぱい物を見たら口に入れて無くても涎が出たりするでしょう? ほら」
紅茶のために用意したレモンの輪切りを魔理沙の目の前にかざす。
「あ、やめてやめて。顎の付け根痛くなってきたぜ」
「生き物の体というのは習慣に影響されやすいって事ね」
「うーん‥‥それはまあわかったが、結局何が言いたいんだ?」
「あなたがうちにやって来たのは何回目かしらね?」
「数えて無いが、相当来てるな」
「それに、どちらかが余程忙しくない限り、こうしてお茶を飲んでいるわね」
「うん」
「さて、ここであなたに尋ねるわ。さっきからキョロキョロして落ち着かないけど、どうしたのかしら?」
「え? い、いや、別にそんな事は‥‥」
「いつものように何でもない話をして、いつものようにお茶を飲む。けれど、一つ足りないものがある。それが気になっているんでしょう?」
「う‥‥」
アリスの言葉は正解であった。
しかし、それを要求するのは流石に厚かましすぎるような気がする。
だから魔理沙は言いよどんでいたのだ。
「あの‥‥そんな大袈裟な事じゃないんだけどな? 今日はお菓子は出ないのかなーって‥‥」
「ふふ、やっぱりね。雑談と紅茶はベルの代わり。そしてエサに相当するのはクッキーやケーキ。あなたが訪れる度に繰り返されてきた習慣によって、あなたの体は紅茶を飲むだけでお菓子を欲するようになってしまったわけよ」
「むむ‥‥」
「さてさて、ここでパブロフの魔理沙に残念なお知らせです」
アリスが糸に魔力を送り指を動かすと、キッチンから皿を抱えた人形が飛んできた。
その皿の上には‥‥
「ケーキ、落としちゃったの」
「これケーキだったのか」
人形の掲げる皿の上。
そこにはおよそ食べられる物には見えない、ぐちゃぐちゃの物体が乗っていた。
「もうね、朝も早い時間からすっごい頑張って作ったの」
「うん」
「早苗の人形も作り終わったし、気分転換も兼ねて、すっごい凝ったのを作ったのよ」
「うんうん」
「デコレーションもね、可愛くできたの」
「そうか」
「こんなんなっちゃった。ぐすん」
「よしよし」
アリスの頭にぽんぽんと手を乗せる魔理沙。
大人に見えて負けず嫌いなアリスは、客を迎えて早々に泣き言を言うのを良しとしなかった。
そこで、適当な話題を突破口にして徐々にケーキの話題に移ろうと画策したのだ。
「で、これどうするんだ? 捨てるのか?」
「捨てないわよ。落としたっていってもテーブルの上だもの。テーブルに触れてた部分以外は食べられるわ。これで3日はお茶菓子に困らないわね」
「それを聞いて安心したぜ。ではいただきます」
「ちょ、ちょっと。食べられるけど、お客に出せるようなものじゃないわよ。買ってきたクッキーはあるから、そっちにしなさい」
「生憎、パブロフの魔理沙さんがベルの音の次に求めてるのはアリス手作りのお菓子なんだ。他の物じゃダメなんだぜ」
言うが早いか、もっしゃもっしゃとケーキを食べる魔理沙。
ケーキ、甘い紅茶、ケーキ、ケーキ、甘い紅茶、ケーキ‥‥
見ているだけで胸焼けを起こしそうな光景だが、本人は至って幸せそうな顔だった。
ほっぺたにクリームが付いているのはお約束である。
「うん、美味しい美味しい。満たされたーって感じだな」
「ごめんなさいね。本当は見た目でも楽しめた筈なのに」
「それは次回って事にしておこうぜ。楽しみが増えて嬉しい限りだ」
ニカッと笑う魔理沙。
それを見たアリスも自然と笑顔になる。
そしてふと気付いたのだ。
パブロフの犬の原理は、種族魔法使いにも当てはまるのだと。
立ち込める瘴気を嫌い、普通の人間は立ち入る事すら躊躇するこの森に佇む一軒の家。
そこに住むアリス・マーガトロイドはこの日、軽く憂鬱であった。
ドンドンドン
「アリスー。いるんだろー? 暇だから遊びにきたぜー」
沈んだアリスの気分とは対照的に、軽快に叩かれるドアの音。
ただいまの時刻は夕方の3時を少し回ったところ。
手元の人形のうち一体を操って紅茶の用意をしつつ来客の応対をする。
「いらっしゃい。外はまだ寒いでしょう。すぐに紅茶を入れるわ」
「相変わらず器用な事やってるな。お邪魔するぜ」
片手の微妙な動きだけで細かい作業をやってのけるアリスに感心しながら、魔理沙は勧められるままテーブルにつく。
「ん? また人形増えたか?」
「ええ。前にあなたが来た時より5体増えてるわ。よく気付いたわね」
「いや、前に私が来たのは昨日なんだが」
「そうね。我ながらちょっとビックリよ」
「またなんでそんな事になったんだよ」
「依頼主からの要望でね。この5体は同時に受け取らないと意味が無いって」
「依頼主? するとこいつらは売り物か」
「ええ。早苗からの注文よ」
「なるほど。どうりで奇妙なデザインだと思ったぜ」
棚に並べられた5体の人形は、アリスが普段作っている人形とは毛色が違っていた。
上海人形や蓬莱人形に比べて頭身が大きく、7頭身ほど。
頭部は鳥を模したデザインになっていて目の部分はバイザーになっている。
そんな人形が赤・黒・黄・青・白の5色分。
「お。単なる色違いかと思ったら、鳥の部分の顔付きが違うんだな」
「ええ。赤は鷹、青は燕って具合に、それぞれモチーフがあるらしいわ」
「で、なんなんだこれは」
「早苗曰く『空に憧れ鳥に憧れ、夢にまで見た大空へ飛び立つ5人の戦士』らしいわ」
「なるほど。まったくわからん」
「早苗からの依頼はこんなのばっかりよ。前はバッタをモチーフにした緑色のおっかない人形だったし。まあお得意様だからいいんだけどね」
「へえ、そんなに頼まれてるのか。今度私にも何か作ってくれよ」
「いいわよ。バッタ人形でいい?」
「やだよ」
そんな話をしている間にヤカンが音を立てる。
アリスは一度席を離れ紅茶を淹れる。
用意までは人形を使うが、最後の仕上げは自分の手で行うのがこだわりなのであった。
「お待たせ。ミルクかレモン入れる?」
「ミルク多めの砂糖多めでお願いするぜ」
「はいはい」
こだわりの紅茶なのだからストレートで飲め、などと無粋な事をアリスは決して言わない。
嗜好品なのだから、本人が一番美味しく飲める方法で飲めばいいのだ。
例え砂糖が多すぎて、後半に底のほうがジャリジャリしていようとも。
「ふう、暖まるな。寒い日に飲むアリスの紅茶は格別だぜ」
「それはどうも」
「いや、寒い日じゃなくても美味しいけどな!」
「はいはい」
美味しそうに紅茶を飲む魔理沙であったが、数口飲んだところで視線が落ち着き無く動き始めた。
それを見たアリスは話を切り出した。
「ところで魔理沙。あなた、パブロフの犬って知っているかしら?」
「んん? ああ、何となくだけどな。私だって魔法使いの端くれなんだ。長生きしてるお前やパチュリーほどじゃないが、色々な知識は蓄えてるつもりだぜ」
魔法使いというのは程度の差はあれ、知識欲が強いものである。
幸い魔理沙には外から流れてくる書物や文献を読ませてくれる知人が多い。
古道具屋の店主しかり、紅魔館の知識人しかり。
「たしか、外の世界の人間がやった実験だろ? 犬にご飯をあげて‥‥ってやつ」
「よくできました。犬に食事を与える時、一緒にベルを鳴らすのよ。しばらくそれを続けていると、犬はベルの音を聞くだけで涎を分泌するようになる。って実験ね」
「色々な事を考える奴がいるもんだよな」
「私達もまだまだ学ぶべき事が多いわね」
「それで? そのパブロフがどうしたんだよ?」
「研究によると、その反応は犬だけじゃなくて、知能を持つ他の生き物にも起こる現象らしいのよ。人間も含めてね」
「ふむふむ」
「あなたも、酸っぱい物を見たら口に入れて無くても涎が出たりするでしょう? ほら」
紅茶のために用意したレモンの輪切りを魔理沙の目の前にかざす。
「あ、やめてやめて。顎の付け根痛くなってきたぜ」
「生き物の体というのは習慣に影響されやすいって事ね」
「うーん‥‥それはまあわかったが、結局何が言いたいんだ?」
「あなたがうちにやって来たのは何回目かしらね?」
「数えて無いが、相当来てるな」
「それに、どちらかが余程忙しくない限り、こうしてお茶を飲んでいるわね」
「うん」
「さて、ここであなたに尋ねるわ。さっきからキョロキョロして落ち着かないけど、どうしたのかしら?」
「え? い、いや、別にそんな事は‥‥」
「いつものように何でもない話をして、いつものようにお茶を飲む。けれど、一つ足りないものがある。それが気になっているんでしょう?」
「う‥‥」
アリスの言葉は正解であった。
しかし、それを要求するのは流石に厚かましすぎるような気がする。
だから魔理沙は言いよどんでいたのだ。
「あの‥‥そんな大袈裟な事じゃないんだけどな? 今日はお菓子は出ないのかなーって‥‥」
「ふふ、やっぱりね。雑談と紅茶はベルの代わり。そしてエサに相当するのはクッキーやケーキ。あなたが訪れる度に繰り返されてきた習慣によって、あなたの体は紅茶を飲むだけでお菓子を欲するようになってしまったわけよ」
「むむ‥‥」
「さてさて、ここでパブロフの魔理沙に残念なお知らせです」
アリスが糸に魔力を送り指を動かすと、キッチンから皿を抱えた人形が飛んできた。
その皿の上には‥‥
「ケーキ、落としちゃったの」
「これケーキだったのか」
人形の掲げる皿の上。
そこにはおよそ食べられる物には見えない、ぐちゃぐちゃの物体が乗っていた。
「もうね、朝も早い時間からすっごい頑張って作ったの」
「うん」
「早苗の人形も作り終わったし、気分転換も兼ねて、すっごい凝ったのを作ったのよ」
「うんうん」
「デコレーションもね、可愛くできたの」
「そうか」
「こんなんなっちゃった。ぐすん」
「よしよし」
アリスの頭にぽんぽんと手を乗せる魔理沙。
大人に見えて負けず嫌いなアリスは、客を迎えて早々に泣き言を言うのを良しとしなかった。
そこで、適当な話題を突破口にして徐々にケーキの話題に移ろうと画策したのだ。
「で、これどうするんだ? 捨てるのか?」
「捨てないわよ。落としたっていってもテーブルの上だもの。テーブルに触れてた部分以外は食べられるわ。これで3日はお茶菓子に困らないわね」
「それを聞いて安心したぜ。ではいただきます」
「ちょ、ちょっと。食べられるけど、お客に出せるようなものじゃないわよ。買ってきたクッキーはあるから、そっちにしなさい」
「生憎、パブロフの魔理沙さんがベルの音の次に求めてるのはアリス手作りのお菓子なんだ。他の物じゃダメなんだぜ」
言うが早いか、もっしゃもっしゃとケーキを食べる魔理沙。
ケーキ、甘い紅茶、ケーキ、ケーキ、甘い紅茶、ケーキ‥‥
見ているだけで胸焼けを起こしそうな光景だが、本人は至って幸せそうな顔だった。
ほっぺたにクリームが付いているのはお約束である。
「うん、美味しい美味しい。満たされたーって感じだな」
「ごめんなさいね。本当は見た目でも楽しめた筈なのに」
「それは次回って事にしておこうぜ。楽しみが増えて嬉しい限りだ」
ニカッと笑う魔理沙。
それを見たアリスも自然と笑顔になる。
そしてふと気付いたのだ。
パブロフの犬の原理は、種族魔法使いにも当てはまるのだと。
まりさかわいいよまりさ
アリス可愛いですアリス
ケーキ食べたくなっちまったぜw
なんだか私も笑顔になるのさ
つまりそういうことですね!
それにしても早苗さんw
あの「ぐすん」は駄目だ
しかし魔理沙はアリスの所に行き過ぎてお茶とお菓子が条件反射になってしまっているよ
「「「「「ダァーッ!!」」」」」
でもかわいいから許す!