古明地さとりは夢を見た。
妹とキャッキャウフフしているとラーメンが雪崩のように押し寄せてきて。
やがては幻想郷どころか冥界や天界、地獄や魔界と言った異界を含む全世界がラーメンで埋め尽くされる夢を。
故に夢から覚めたさとりは思う。
「ラーメン食べたい」
思うと同時に身体は動いた。一目散に台所へ向かう。
「あっ、さとり様おはようございます。朝ごはん出来てますよ」
「うにゅ、おはようさとり様!」
「おはようお姉ちゃん」
「えぇ、おはよう」
良い香りのするリビングを抜けて台所に到達。
三人分の朝ごはんを作り、割と危なめな薬を混ぜた特性ドリンクを作り。
「はい、皆さん朝ごはんが出来ましたよ」
「ちょっとさとり様、何やってるんですか!?」
リビングに持ってくるといきなりお燐に駄目出しを食らってしまった。
「何って、ご飯を作ったのよ」
「いやいや、もう私がご飯作ってましたからね? 何でまた作ってるんですか!?」
「駄目?」
「駄目に決まってるじゃないですか!!」
「……十年前、旧都のど真ん中でお空を見つけたお燐は、声を掛けようとして間違っておかあ」
「わー! さとり様のご飯楽しみだー!!!」
懐柔成功、速やかにテーブルに並んだご飯をどけると、今しがた私がこしらえた朝ごはんを置く。
さてお燐が作った方のご飯を処理しなくてはいけませんね。
捨てる? そんな事はしませんよ、残飯処理はペットの仕事です。と言う訳でつい最近捕獲したリュウグウノツカイの水槽に投下。
「さぁ、たんとお食べ」
「ガボッゴボボガバブボボッガブガボッ!!?」
パッツンパッツンのリュウグウノツカイに襲い掛かるご飯と納豆と目玉焼き。
余程嬉しいのか、ヒラヒラの服をバタつかせて水槽の中で暴れまわっている。
「ガブボボッガバガボガボッ!」
「ほうほう、そうですか。水の中だから何言ってるのかわかんねぇ」
そりゃそうだよ、ガバガバとしか聞こえないもん。ちなみに水の中にいるせいで心の声が聞こえない、と言う設定を今作った。
必死に水を掻くリュウグウノツカイだが、河童に特注した水槽から出ることは叶わない。
その上、動きまくったせいで、水槽の中はご飯と納豆が天使とダンス状態で……あっ、目玉焼きの黄身が割れて、目に直撃。
「@▲$■+★◎*¥▼×ーーーー!!!」
「さてラーメンを食べますか」
再び台所に到着、棚からカップラーメンを取り出しお湯を注ぐ。
リビングに持ってくると飲み物を飲みながらタイマーできっちり3分計り、念願のラーメンを遂に食べた。そして電撃走る。
「こんなのラーメンじゃねぇ!!!」
「えぇーーーー!?」
勢い余ってカップ麺を力の限り投げ抜ける、リュウグウノツカイの水槽にIN。
「ガブボボッガバブボガバガボッ!!?」
ありえないだろってくらいに麺はリュウグウノツカイに絡まり、胸を締め上げスカートをたくし上げ、とうとうその下の下着まで……おっとこれ以上いけない。
「何言ってるんですかさとり様、誰がどう見てもラーメンじゃないですか!」
「だまらっしゃい、あんなものはカップラーメンとは言わぬ、カップ麺で十分だ!!!」
「違いがわかりませんけど、自分で作っといて文句言わないで下さい!」
「あれはどれくらい前かしら、初めて人型になったお燐が最初にしたのは、お空とのお医者さんご」
「わー! わーー!! わーーー!!!」
お燐を無理矢理黙らすと、私は一目散に駆け出した。
目的? モチのロンでラーメンを食べるためだ。
「おっと行かせないよお姉ちゃん」
しかし心の奥底まで飛び込んできた声に、思わずぞっとして足が止めてしまった。
目の前には最愛の妹が行く手を遮っていた。
「こいし、何のつもりかしら」
「駄目だよお姉ちゃん、ラーメンなんて中国の食べ物だよ食べちゃいけないよ。他国の料理は食べても良いけど中国とかは駄目、敵国の料理なんて食べたら駄目だよ。食べるなら蕎麦にして」
自分の思想を持つのは良い事だが、行き過ぎると駄目な典型がそこにいた。
そんなんだから右翼とか左翼とか言う言葉が生まれるのだ。好きなものくらい普通に食わせろ、向こうの連中も普通に寿司とか食ってるぞ。
「中国の全てを否定してはいけないわ、紅魔館の門番だって割と人気じゃない」
「とにかく駄目ったら駄目なんだよ。確かにあのおっぱいは惹かれるけど駄目なんだよ」
えぇい、こう言う意地になってるヤツは人の話を一切聞かないから困る。と言うかおっぱいとか言うんじゃありません、性欲が溜まってるならお姉ちゃんが受け止めてあげるから。
「無理、だってお姉ちゃん貧乳だもん」
「こいし、世の中にはさとぱいと言う言葉がありまして」
「その幻想をぶち殺す!」
私の言葉を遮って、渾身の右ストレートを打ち込もうとしてくるこいし。チッ、洗脳失敗か。
ヒラリと身をかわし、距離を取る。
「どうしても邪魔をする気ですか……」
「当然だよ、お姉ちゃんが引いてくれるならこっちも楽なんだけどね」
「そうも行きません、ラーメンが食べたいんです」
そう食べたいのだ、熱々のラーメンを思いっきりズルズルしたい、その為なら私は手段も選ばない。
しかしこいしをどかせるのに武器なんて要らない、別の手がある。
「こいし、これでも食らいなさい!」
私は懐から袋を取り出すと、こいしに中身を振りかけた。
するとあら不思議、こいしは酔っ払いのようにへたれ込んでしまった。
「うぅ……お姉ちゃん何を……」
「ふふふ、こいしが私の邪魔をすると予測できなかったと思いますか? 既に手は打って置いたのです、帽子を脱いで頭を探ってみなさい」
「ふぇ? ……こ、これは!?」
帽子の下から現れたのは、ふさふさの毛が生えたネコミミ、そうまごうごと無きネコミミである。
「まさかお姉ちゃん、さっきの料理に!」
「その通りです、食べ物にも飲み物にも、八意印の猫化薬を仕込んでおきました」
そして今こいしに振りかけたのはマタタビである、その効果はギャ○ドスに10万ボルトを食らわすよりも遥かに強烈。
元々こいしとにゃんにゃんする為に用意したものだが、致し方が無い。それはまたの機会にするとしよう。
「それでは去らばですこいし、私がラーメンを食べて帰ってくるのを待っていなさい」
「くっ、図ったな、図ったくれたなお姉ちゃん!」
恨み言を言うしかないこいしを置いて、私は外の飛び出した。
走る、走る、今の私ならオリンピックだってぶっちぎりで優勝できる。
あっという間に旧都を通り抜けて地底を飛び出した、生憎地底の飯には興味が無いのだ。
何故なら、どいつもこいつも「食べれば良いや」程度の認識のせいで、地底の料理文化は底を突き抜けたマズさ、どっかの世界一飯が不味い国と良い勝負だ。
ただし酒のつまみだけは他の追随を許さぬ美味さだ、性格がよく出てるなと思う。
「と言う訳でラーメン作ってください」
「えっ、何ですかいきなり」
気が付けば私は紅い館にまで辿り着き、そこの門番にラーメンを頼んでいた。
「何ですか、作ってくれないんですか、何が足りないんですか、アレか土下座ですか」
「いや、まず何言ってるのかわかんない……って、土下座なんてしないで、顔を上げて下さい!」
「えぇい、これじゃまだ足りない、門番さん焼けた鉄板持ってきてください!!」
「ホントに何言ってるんですか!?」
それくらいせねば、今の私の想いは表し切れない。百万の言葉よりも焼き土下座だ。
しかしどうしても頭を上げてくださいと五月蝿いので、仕方なく立ち上がった。
「とにかくラーメン作ってください」
「またそれですか……まず、何で私のところに来たんです」
「だってラーメンと言えば中国でしょう」
「違いますよ、ラーメンは日本で出来たものです」
「えっ、マジですか」
衝撃の事実、器とか名前とかでてっきり中国発祥の物とばかり思っていた。
「マジですよ、元になった麺料理は中国のですが、それを日本人が改良した結果日本料理としてのラーメンが完成したのです」
「なん……だと……? まぁ良いです、とにかく作ってください、お願いします」
「そんなこと言われても、インスタントのくらいしか作れませんよ」
「チッ、使えない。そんな事だから一時期虐められキャラとして定着しちゃうんですよ」
「えぇー、ラーメン作れないくらいでそこまで言われても……」
ならばこんな真っ赤っかの悪趣味な館にいても仕方がない、早々に立ち去ろうとすると後ろから呼び止められた。
「ちょっと待ってください、せっかく来たんですからお嬢様に会って行って下さい。お嬢様もさとり様と話したがっていましたから」
むぅ、確かにここの当主であるレミリアとは妹大好き同盟を結び、盃を交わした仲ではあるが、それよりも今はラーメンだ。
「ラーメンが私を呼んでいる」
「訳わかんないこと言ってないで、それにお嬢様と会ってくれれば美味しいラーメン店教えますよ」
「それではお邪魔します!」
門番の提案から答えるまで0.2秒、走りだすまで0.5秒、レミリアの私室に到着するまで30秒。また世界を縮めてしまった。
「お呼びですかレミリアさん!!」
「うぇ!? 呼んでないぞ、誰だいきなり敵襲か!?」
ドアを木っ端微塵にして突入すれば、妹の写真を持ってハァハァしている吸血鬼の姿。
突然の来訪者に驚いていたようだが、私だとわかると安心したように溜息をついた。
「何ださとりか、てっきり盗撮がバレてフランが飛び込んできたかと思ったわ。いきなり何のようかしら?」
「レミリアさんと話をしてラーメンです」
「はぁ?」
「訳が判らない」と心の声が聞こえたが、とりあえず私が話をしに来たのはわかったらしい。
写真を整理してしまうと、指を鳴らしてメイドを呼び出した。
「咲夜、二人分のお茶を用意しなさい。それと業者にドアの修理を頼むように」
「了解しました」
次の瞬間には部屋のテーブルにティーセットが置かれていた。
椅子に腰を下ろしてレミリアと向かい合う。
「それで一体何の用事で来たのかしら?」
「門番さんが、レミリアさんと話をしたら美味しいラーメン店を紹介してくれるので来ましたラーメン」
「中々斬新な語尾ね……と言うかそんな理由で来られると何かへこむな」
「そんなとは何ですか!? ラーメンですよ、ラーメン!!」
「そ、そんなに好きなのラーメン? 謝るから座りなさいって」
いけないつい気が昂ぶって立ち上がっていた。
「失礼しました」と言って椅子に座りなおす。
「しかしラーメンなら美鈴に作ってもらえば良いんじゃない? あいつ中国だし」
「無理なんですよ……彼女なんて中国じゃありません、中途半端に日本寄りで北○鮮くらいです」
「はぁ?」
インスタントラーメンしか作れない門番には、それくらいの呼び名がぴったりだ。
幻想郷から北の国に飛ばされた門番、紅美鈴。彼女は持ち前の明るさを持って民を励まし導いていく……。
アレ、これ凄い良いネタじゃね? 上手く書けば万点台は間違い無しだ、モニターの前の君よ頼んだ。
「まぁ、とりあえず話を聞きに来たのでしょう、ちょっと聞いて行きなさい」
「ちょっとだけですよ」
ちょっとだけだ、長々と妹自慢を話されるようなら、すぐに話を強制終了させて帰らせてもらう。
「最近、前にも増してフランが可愛いだけどね」
「ほわっちゃああああああああ!!!」
「痛いッ!!?」
話し始めた瞬間に妹自慢だけだとわかった私は、レミリアの頭にアイアンクローを仕掛けた。
ギリギリと締め付けながら、第三の目で言いたい事を全部読み取る。
非常に長ったらしい原稿用紙300枚近くのそれを、わかりやすく簡単に要約してやった。
「そうですか、フランさんが可愛いんですか、メイド服着させようとしたら嫌がるくせに、結局最後には来て色々お願い聞いてくれたり、ネコミミ着けてくれたり、イヌミミ着けてくれたり、罵ってくれたりで可愛いんですかそうですか」
「いたいイタイ痛い! 何でそんな力強いの、さとり妖怪ってそんな武闘派だったっけ!?」
「シャラップ! 私はレミリアさんの話を全部聞きました、それで良いですね? 聞きましたよね!?」
「痛いから! わかったから離して、それで良いから!」
レミリアの頭蓋骨からひびが入るような嫌な音が聞こえてきた所で、私は手を離した。
「いたたた……か、顔の形歪んでないかしらこれ?」
「気のせいですよ、それよりもう帰らせてもらいますね」
「あら、もう? せめてお茶だけでも飲んでいったらどう」
そんな暇は無い……と言いそうになったが、気が付けばのどが渇いていた。
「それじゃ飲ませてもらおうかしら」
「そうしなさい、茶の一つも飲まずに変えられたら、紅魔館の沽券に関わるし」
紅魔館の評価などどうでも良い事だが、考えてみれば起きてすぐにドリンクを飲んだくらいで、それ以降何も飲んでいなかった。
……あれ? 今盛大に何かやらかして気がする。
「まぁ、これも気のせい……っずあっちゃああああああああああああ!!!」
「ひぃ!?」
お茶を口に含んだ瞬間、舌が焼けるように熱く感じた。
レミリアの怯える顔など気にする余裕も無く、椅子を倒して立ち上がる。
「ちょっ、さとりいきなり何を叫んで」
「あっつぅうううううういいい!!!!!」
「イタイッ!?」
思わず手に持ったティーカップを力の限り投げ抜ける、見事レミリアの顔に命中して顔が紅茶で紅く濡れる。
だがそんな事を気にしている余裕は無い、頭を探ってみればふさふさした感覚。
「なっ、ななな……」
「熱い痛い熱い! ちょっと咲夜これ拭いて!!」
「なんじゃこりゃぁぁぁああああああああ!!!」
私は部屋の窓を鎧戸ごとぶち破って外へ出た。気分はハリウッドスター。
「何で窓から!? 太陽熱ぅ!!」
窓の外の花壇に降り立った私は、地面を真下に向かって掘り進んでいった。
掘って掘って掘り進み、突き抜けたならそこは地霊殿のリビング。
「ネコミミが生えてるぅぅうう!!?」
「あっ、お姉ちゃんお帰り」
「ただいまこいし」
テレビアニメを見ていたこいしにただいまと言うと、天井から上半身だけ出した状態から抜け出しリビングに降り立つ。
マズイ、非常事態だ。まさか自分も猫化してしまうとは、これじゃ猫舌のせいであっついラーメンをハフハフできないじゃないか。
しかし勢い余って地霊殿まで戻ってきたのは良い選択だ、猫化解除用の薬が確かあったはずだ。
「あっ、お姉ちゃんもネコミミ生えてるね、でも猫から戻る薬は皆で飲んだから」
「あらそうなの、要約すると」
「お前の薬ねーから! と言うことだよ」
「オーマイゴッド!!!」
私は絶望に打ちひしがれた、この世には神も仏もいないのか。
こんな姿ではラーメンが、ラーメンが食べれない……。
その場に力なく座り込んだ私に、こいしが傍に駆け寄ってきた。
「落ち込むことは無いよお姉ちゃん、お姉ちゃんが出来ないことがあれば私が代わりにすれば良い」
「こいし、それはつまり……」
「うん、私がお姉ちゃんの代わりにラーメンを食べてあげる!」
「こいし、あなたは中国は嫌いだったのでは」
「中国娘は可愛いことにさっき気付いた」
テレビに目を移してみれば、ヘタレ主人公が女だらけの学園でハーレムを築いているアニメ(ロボ成分含む)が見えた。割かし簡単に崩れた思想だったな。
「ついでに貧乳にも目覚めたのね」
「うん、貧乳は希少価値って意味が、言葉でなく心で理解出来た」
「じゃあいつでも私に飛び込んでいらっしゃい」
「それは無理」
えっ、何故。
それについて小一時間問い詰めたい気になったが、それよりも今はラーメンなのである。と言う訳で仕切り直し。
「そうね……こいし、一緒に来てくれるかしら?」
「うん、どこまででも」
私が手を差し出すと、こいしがその手を握り返す。
手から感じられるこいしのぬくもり、なんと力強く暖かいぬくもりだろう。
「お燐、お空、私たち出かけてくるわね」
「二人ともいってらっしゃい」
「うにゅ、いってらっしゃい」
「お二人とも気をつけて下さいね、いってらっしゃいませ」
「いってきまーす」
猫と鴉と魚に見送られ、私たちは地霊殿を後にした。
手を繋いで二人一緒に並んで歩く、旧都を抜けて地底を抜けて歩き続ける。
やがて辿り着いた竹林で、白い髪の女の子に案内してもらって、竹林の奥のお屋敷に入った。
受付で名前を書き、少しの待ち時間の後に診療室行く。
「今日はどう言う症状でここに?」
「ネコミミが生えてしまって……」
「薬をどうぞ」
治りました。
「どうぞお大事にー」
ミニスカウサミミに料金を支払い、こいしと一緒に外に出た。
「……あれ、私一緒に来た意味無し!?」
「こいし、知ってはいけないことに気付いてしまったようね……」
「お姉ちゃん、私はどうすればいいのかな……?」
「ラーメンを食べればいいと思うわ」
「うん、わかった」
とりあえずは約束通り美味しいラーメンのお店を教えてもらうべく、再び紅魔館へとやって来た。
「こんにちわ門番さん、美味しいラーメンのお店を教えに貰いに来ました」
「あれ? さとりさんさっき入っていったのに、何で外から」
「何でも良いでしょう、それよりもラーメン、ハリーハリーハリー!!!」
「わかりましたから、そんな血走った目で睨まないで下さい。恐いです」
教えてもらったのは、人里にあると言う知る人ぞ知る名店とからしい。
一応ちゃんと美味しいお店なのか心を読んでみたところ、それを食べた時に門番は人の可能性を垣間見たようだった。
「楽しみねこいし」
「うん、早く行こうお姉ちゃん」
こいしと笑い合うと人里を目指した。
途中、腹が減って妖怪を食おうとした巫女に襲われたり、人斬りに目覚めた半人半霊に襲われたり、天人と隙間のラブコメに巻き込まれたりしたが割合させて頂く。
幾つもの困難があった、しかしその度に私とこいしは手を繋いで、力を合わせ乗り越えていったのだ。ぶっちゃけ手を繋いだままじゃなくて、離して行動した方が簡単だった気がするけど。
そして遂に、とうとう遂に、遂に遂に遂に、人里に辿り着いた……!
「ようやく辿り着いたわねこいし」
「うん、ここまで大変だったねお姉ちゃん」
「そうね、でも何が大変だったかって、ラブコメの後で何故か始まった弾幕ごっこで列車に轢かれたのが一番きつかった。もうあれ弾幕じゃないでしょ」
「だってあれ格ゲーの技だし」
「こいしは大丈夫だった?」
「今の私は三人目だけど大丈夫だよ」
「そう、良かった」
本当にギリギリだった、残機はもうゼロだしボムもゼロ。
しかしここまで来たら後はラーメンを食べて帰るだけ。
帰りはまた穴でも掘れば良い、テンション高ければ何でもやれるさ。
「さぁ、ここが知る人ぞ知るラーメン店よ!」
「こ……ここが!」
『大変急な話ですが、当店は閉店いたします』
……はい? 何この張り紙。
「ふふふ、その店は私が閉店させた」
「誰です!?」
後ろから声がした振り向こうとした……って、あーもう、手を繋ぎっぱなしだと振り向けないじゃないか、いいや離そう。
「あ、あなたは……!」
「ラーメンなんて中国かぶれの食べ物など絶対に許さん、食いたければ自国の食べ物を食えば良い! 愛国者の上白沢慧音ただいま見参!!!」
また右翼だった、何でこんなに右翼多いんだよ! 誰かこいつをこうしたやつを連れて来い!
「えへへ、私が無意識でなんやかんやして増やしたんだ」
「あなたですかこいし」
うん、やっちゃったものは仕方ないよね、妹だし許そう。
「そのラーメン店は私が歴史を食って無かったことにしたのさ」
「くっ、何て酷い能力の使い方……」
「だまらっしゃい、他国の料理を改造したものじゃない、純粋な日本の料理以外は何も認めんぞー!!!」
こいしが原因だと言うが、この厄介さはこいしを遥かに上回るだろう。
しかしどうにかして、その口からラーメン店の歴史を吐き出してもらわなくては。
だがどうする? ボムも残機ももう無いぞ。
「ふふふ、腹が減っているだろう? 私の家に来い、あったかい白米に肉じゃがと日本料理のフルコースでもてなすぞ」
「肉じゃがは純粋な日本料理じゃありませんよ」
「えっ、マジで」
「マジです、明治時代にビーフシチューのレシピを元にして、日本海軍で作られた物が起源らしいですよ」
………………
……パクッ、ムシャムシャ。
「ふははは! 何を言ってる肉じゃがは元になったものまで全て日本起源!!」
「あぁ!? ビーフシチュー云々の歴史を食べましたねあなた!」
「何て便利な能力、ねぇ私の第三の目と交換してくれない?」
「止めなさいこいし、そんな事されたらお姉ちゃん泣いちゃう」
「冗談だよ」と言って差し出した第三の目を戻すこいし。でも知ってますかこいし、あなた行動のほとんどが無意識だから冗談は言わないんですよ。
「この歴史食いの能力は正しく万能。幼児に性的悪戯をしても一切お咎め無しだ、これぞ本当の完全犯罪!!」
「くう、何て外道。竹林で不老不死が悲しみますよ!」
「あれ、でも歴史を食べても記憶までは消せないよね?」
「「えっ」」
そう言えばそうだ、肉じゃがが元はビーフシチューだと言うのも私は覚えてるし、永夜抄でだって人里の歴史を食べても存在そのものが無くなったわけではなかった。
さっきの張り紙だって、記憶を持ってる人に対して対処するためだろう。
「あっ、じゃあ幼児に悪戯したことも記憶からは消えないわね」
「えっ」
「すいません、自警団のものですが」
~~衝撃! 里の守護者の隠された黒歴史~~
人里の守護者として名を馳せていた上白沢慧音容疑者(年齢不詳)が性的虐待容疑で逮捕された。
調べでは彼女が事を起こしたのは一月前からのようだが、その被害者は50人に及ぶとされている。
これに対し慧音容疑者は「右翼になった反動でやった。歴史を食えば何をしても許されると思った。今は反省している」と述べている。
「お腹が空いたわねこいし……」
「そうだねお姉ちゃん……」
あれから結局、ラーメンを食べることは出来なかった。
慧音は食べた歴史を吐き出す、何て芸当は出来なく、満月の夜に作り直すしか無いそうだ。
もしかしたら、と一縷の希望にすがって人里を見て回ったが、ラーメン店は全て閉店されており、ついぞ食べることは叶わなかった。
「あははは、お姉ちゃんそこを見て、ラーメンが上から流れてくるよ。流しラーメンだ」
「しっかりしてこいし、あれはラーメンでなくただの川よ」
幻覚を見てしまっているこいしを揺さぶり、正気に戻す。
私たちは地霊殿に帰る途中、休憩と称して腰を下ろしてから疲労でそこを動けずにいた。
既に日は落ち空には星が瞬いている。気温は徐々に下がって来ており、確実に僅かに残った体力を減らしてくる。
もう、駄目なのか。
私たちはラーメンを食べれずここで朽ち果ててしまうのだろうか。
希望の光は見えず、失意の内に私は目蓋を落とし、眠りにつこうとしていた。
「お姉ちゃん、耳を澄まして!」
「どうしたのこいし、ここじゃテレビは無いから映画は見れないわ」
「そうじゃなくて、何か聞こえない?」
こいしに言われて耳を澄ましてみる。
~♪ 何か聞こえる。
何だろうこれは ~~♪
~~~♪ 聞いたことがある、間違いなくこれは私たちが望んだアレを現す曲。
「チャルメラだわこれ!」
「お姉ちゃんあれ見て!」
こいしが曲が聞こえてきた所を指差すと、羽を生やした妖怪が屋台を引いていた。
「お姉ちゃん屋台だよ、ラーメンだよ!」
「私たち助かったのね!」
手を取り合った私たちは、最後の力を振り絞り屋台へと歩いていく。
のれんを潜って、台にボロボロの身体を寄せる。
「ちんちーん、お客さんたちご注文は?」
「「ラーメンで!」」
今日の全ては、この時の為にあった。
あなたのラーメンで、どうか私たちを救って……。
「ちんちーん、うちはラーメンありません」
ピキリと、世界が崩れた気がした。
「だったらチャルメラなんぞ奏でてんじゃねぇぇぇえええええええ!!!」
怒りが有頂天に達した私は、真っ赤に燃えた右手で目の前の妖怪に殴りかかった。
瞬間、壁が崩れるような音と共に、右手に鈍い痛みが走った。
「……ハッ!?」
気が付けば、目の前にあったのは崩れた壁、驚いて辺りを見るとそこは自室だった。たったいまこいしとの相部屋になったけど。
それに服は寝巻きのままだしベッドの上。
「まさかの夢落ち……?」
「う~ん、何の騒ぎ……って、何これ!?」
崩れた壁の向こうから、目を覚ましたこいしが驚愕の表情を浮かべていた。
「何で壁が壊れちゃってるの、お姉ちゃん何かした!?」
しかし不思議な夢だった、いやにはっきり頭に残ってるし。
そう言えば最近ラーメン食べてないな……よし決まりだ。
「ねぇ、お姉ちゃん聞いてるの!?」
「こいしラーメンが食べたいわ」
「はぁ?」
以下繰り返し。
妹とキャッキャウフフしているとラーメンが雪崩のように押し寄せてきて。
やがては幻想郷どころか冥界や天界、地獄や魔界と言った異界を含む全世界がラーメンで埋め尽くされる夢を。
故に夢から覚めたさとりは思う。
「ラーメン食べたい」
思うと同時に身体は動いた。一目散に台所へ向かう。
「あっ、さとり様おはようございます。朝ごはん出来てますよ」
「うにゅ、おはようさとり様!」
「おはようお姉ちゃん」
「えぇ、おはよう」
良い香りのするリビングを抜けて台所に到達。
三人分の朝ごはんを作り、割と危なめな薬を混ぜた特性ドリンクを作り。
「はい、皆さん朝ごはんが出来ましたよ」
「ちょっとさとり様、何やってるんですか!?」
リビングに持ってくるといきなりお燐に駄目出しを食らってしまった。
「何って、ご飯を作ったのよ」
「いやいや、もう私がご飯作ってましたからね? 何でまた作ってるんですか!?」
「駄目?」
「駄目に決まってるじゃないですか!!」
「……十年前、旧都のど真ん中でお空を見つけたお燐は、声を掛けようとして間違っておかあ」
「わー! さとり様のご飯楽しみだー!!!」
懐柔成功、速やかにテーブルに並んだご飯をどけると、今しがた私がこしらえた朝ごはんを置く。
さてお燐が作った方のご飯を処理しなくてはいけませんね。
捨てる? そんな事はしませんよ、残飯処理はペットの仕事です。と言う訳でつい最近捕獲したリュウグウノツカイの水槽に投下。
「さぁ、たんとお食べ」
「ガボッゴボボガバブボボッガブガボッ!!?」
パッツンパッツンのリュウグウノツカイに襲い掛かるご飯と納豆と目玉焼き。
余程嬉しいのか、ヒラヒラの服をバタつかせて水槽の中で暴れまわっている。
「ガブボボッガバガボガボッ!」
「ほうほう、そうですか。水の中だから何言ってるのかわかんねぇ」
そりゃそうだよ、ガバガバとしか聞こえないもん。ちなみに水の中にいるせいで心の声が聞こえない、と言う設定を今作った。
必死に水を掻くリュウグウノツカイだが、河童に特注した水槽から出ることは叶わない。
その上、動きまくったせいで、水槽の中はご飯と納豆が天使とダンス状態で……あっ、目玉焼きの黄身が割れて、目に直撃。
「@▲$■+★◎*¥▼×ーーーー!!!」
「さてラーメンを食べますか」
再び台所に到着、棚からカップラーメンを取り出しお湯を注ぐ。
リビングに持ってくると飲み物を飲みながらタイマーできっちり3分計り、念願のラーメンを遂に食べた。そして電撃走る。
「こんなのラーメンじゃねぇ!!!」
「えぇーーーー!?」
勢い余ってカップ麺を力の限り投げ抜ける、リュウグウノツカイの水槽にIN。
「ガブボボッガバブボガバガボッ!!?」
ありえないだろってくらいに麺はリュウグウノツカイに絡まり、胸を締め上げスカートをたくし上げ、とうとうその下の下着まで……おっとこれ以上いけない。
「何言ってるんですかさとり様、誰がどう見てもラーメンじゃないですか!」
「だまらっしゃい、あんなものはカップラーメンとは言わぬ、カップ麺で十分だ!!!」
「違いがわかりませんけど、自分で作っといて文句言わないで下さい!」
「あれはどれくらい前かしら、初めて人型になったお燐が最初にしたのは、お空とのお医者さんご」
「わー! わーー!! わーーー!!!」
お燐を無理矢理黙らすと、私は一目散に駆け出した。
目的? モチのロンでラーメンを食べるためだ。
「おっと行かせないよお姉ちゃん」
しかし心の奥底まで飛び込んできた声に、思わずぞっとして足が止めてしまった。
目の前には最愛の妹が行く手を遮っていた。
「こいし、何のつもりかしら」
「駄目だよお姉ちゃん、ラーメンなんて中国の食べ物だよ食べちゃいけないよ。他国の料理は食べても良いけど中国とかは駄目、敵国の料理なんて食べたら駄目だよ。食べるなら蕎麦にして」
自分の思想を持つのは良い事だが、行き過ぎると駄目な典型がそこにいた。
そんなんだから右翼とか左翼とか言う言葉が生まれるのだ。好きなものくらい普通に食わせろ、向こうの連中も普通に寿司とか食ってるぞ。
「中国の全てを否定してはいけないわ、紅魔館の門番だって割と人気じゃない」
「とにかく駄目ったら駄目なんだよ。確かにあのおっぱいは惹かれるけど駄目なんだよ」
えぇい、こう言う意地になってるヤツは人の話を一切聞かないから困る。と言うかおっぱいとか言うんじゃありません、性欲が溜まってるならお姉ちゃんが受け止めてあげるから。
「無理、だってお姉ちゃん貧乳だもん」
「こいし、世の中にはさとぱいと言う言葉がありまして」
「その幻想をぶち殺す!」
私の言葉を遮って、渾身の右ストレートを打ち込もうとしてくるこいし。チッ、洗脳失敗か。
ヒラリと身をかわし、距離を取る。
「どうしても邪魔をする気ですか……」
「当然だよ、お姉ちゃんが引いてくれるならこっちも楽なんだけどね」
「そうも行きません、ラーメンが食べたいんです」
そう食べたいのだ、熱々のラーメンを思いっきりズルズルしたい、その為なら私は手段も選ばない。
しかしこいしをどかせるのに武器なんて要らない、別の手がある。
「こいし、これでも食らいなさい!」
私は懐から袋を取り出すと、こいしに中身を振りかけた。
するとあら不思議、こいしは酔っ払いのようにへたれ込んでしまった。
「うぅ……お姉ちゃん何を……」
「ふふふ、こいしが私の邪魔をすると予測できなかったと思いますか? 既に手は打って置いたのです、帽子を脱いで頭を探ってみなさい」
「ふぇ? ……こ、これは!?」
帽子の下から現れたのは、ふさふさの毛が生えたネコミミ、そうまごうごと無きネコミミである。
「まさかお姉ちゃん、さっきの料理に!」
「その通りです、食べ物にも飲み物にも、八意印の猫化薬を仕込んでおきました」
そして今こいしに振りかけたのはマタタビである、その効果はギャ○ドスに10万ボルトを食らわすよりも遥かに強烈。
元々こいしとにゃんにゃんする為に用意したものだが、致し方が無い。それはまたの機会にするとしよう。
「それでは去らばですこいし、私がラーメンを食べて帰ってくるのを待っていなさい」
「くっ、図ったな、図ったくれたなお姉ちゃん!」
恨み言を言うしかないこいしを置いて、私は外の飛び出した。
走る、走る、今の私ならオリンピックだってぶっちぎりで優勝できる。
あっという間に旧都を通り抜けて地底を飛び出した、生憎地底の飯には興味が無いのだ。
何故なら、どいつもこいつも「食べれば良いや」程度の認識のせいで、地底の料理文化は底を突き抜けたマズさ、どっかの世界一飯が不味い国と良い勝負だ。
ただし酒のつまみだけは他の追随を許さぬ美味さだ、性格がよく出てるなと思う。
「と言う訳でラーメン作ってください」
「えっ、何ですかいきなり」
気が付けば私は紅い館にまで辿り着き、そこの門番にラーメンを頼んでいた。
「何ですか、作ってくれないんですか、何が足りないんですか、アレか土下座ですか」
「いや、まず何言ってるのかわかんない……って、土下座なんてしないで、顔を上げて下さい!」
「えぇい、これじゃまだ足りない、門番さん焼けた鉄板持ってきてください!!」
「ホントに何言ってるんですか!?」
それくらいせねば、今の私の想いは表し切れない。百万の言葉よりも焼き土下座だ。
しかしどうしても頭を上げてくださいと五月蝿いので、仕方なく立ち上がった。
「とにかくラーメン作ってください」
「またそれですか……まず、何で私のところに来たんです」
「だってラーメンと言えば中国でしょう」
「違いますよ、ラーメンは日本で出来たものです」
「えっ、マジですか」
衝撃の事実、器とか名前とかでてっきり中国発祥の物とばかり思っていた。
「マジですよ、元になった麺料理は中国のですが、それを日本人が改良した結果日本料理としてのラーメンが完成したのです」
「なん……だと……? まぁ良いです、とにかく作ってください、お願いします」
「そんなこと言われても、インスタントのくらいしか作れませんよ」
「チッ、使えない。そんな事だから一時期虐められキャラとして定着しちゃうんですよ」
「えぇー、ラーメン作れないくらいでそこまで言われても……」
ならばこんな真っ赤っかの悪趣味な館にいても仕方がない、早々に立ち去ろうとすると後ろから呼び止められた。
「ちょっと待ってください、せっかく来たんですからお嬢様に会って行って下さい。お嬢様もさとり様と話したがっていましたから」
むぅ、確かにここの当主であるレミリアとは妹大好き同盟を結び、盃を交わした仲ではあるが、それよりも今はラーメンだ。
「ラーメンが私を呼んでいる」
「訳わかんないこと言ってないで、それにお嬢様と会ってくれれば美味しいラーメン店教えますよ」
「それではお邪魔します!」
門番の提案から答えるまで0.2秒、走りだすまで0.5秒、レミリアの私室に到着するまで30秒。また世界を縮めてしまった。
「お呼びですかレミリアさん!!」
「うぇ!? 呼んでないぞ、誰だいきなり敵襲か!?」
ドアを木っ端微塵にして突入すれば、妹の写真を持ってハァハァしている吸血鬼の姿。
突然の来訪者に驚いていたようだが、私だとわかると安心したように溜息をついた。
「何ださとりか、てっきり盗撮がバレてフランが飛び込んできたかと思ったわ。いきなり何のようかしら?」
「レミリアさんと話をしてラーメンです」
「はぁ?」
「訳が判らない」と心の声が聞こえたが、とりあえず私が話をしに来たのはわかったらしい。
写真を整理してしまうと、指を鳴らしてメイドを呼び出した。
「咲夜、二人分のお茶を用意しなさい。それと業者にドアの修理を頼むように」
「了解しました」
次の瞬間には部屋のテーブルにティーセットが置かれていた。
椅子に腰を下ろしてレミリアと向かい合う。
「それで一体何の用事で来たのかしら?」
「門番さんが、レミリアさんと話をしたら美味しいラーメン店を紹介してくれるので来ましたラーメン」
「中々斬新な語尾ね……と言うかそんな理由で来られると何かへこむな」
「そんなとは何ですか!? ラーメンですよ、ラーメン!!」
「そ、そんなに好きなのラーメン? 謝るから座りなさいって」
いけないつい気が昂ぶって立ち上がっていた。
「失礼しました」と言って椅子に座りなおす。
「しかしラーメンなら美鈴に作ってもらえば良いんじゃない? あいつ中国だし」
「無理なんですよ……彼女なんて中国じゃありません、中途半端に日本寄りで北○鮮くらいです」
「はぁ?」
インスタントラーメンしか作れない門番には、それくらいの呼び名がぴったりだ。
幻想郷から北の国に飛ばされた門番、紅美鈴。彼女は持ち前の明るさを持って民を励まし導いていく……。
アレ、これ凄い良いネタじゃね? 上手く書けば万点台は間違い無しだ、モニターの前の君よ頼んだ。
「まぁ、とりあえず話を聞きに来たのでしょう、ちょっと聞いて行きなさい」
「ちょっとだけですよ」
ちょっとだけだ、長々と妹自慢を話されるようなら、すぐに話を強制終了させて帰らせてもらう。
「最近、前にも増してフランが可愛いだけどね」
「ほわっちゃああああああああ!!!」
「痛いッ!!?」
話し始めた瞬間に妹自慢だけだとわかった私は、レミリアの頭にアイアンクローを仕掛けた。
ギリギリと締め付けながら、第三の目で言いたい事を全部読み取る。
非常に長ったらしい原稿用紙300枚近くのそれを、わかりやすく簡単に要約してやった。
「そうですか、フランさんが可愛いんですか、メイド服着させようとしたら嫌がるくせに、結局最後には来て色々お願い聞いてくれたり、ネコミミ着けてくれたり、イヌミミ着けてくれたり、罵ってくれたりで可愛いんですかそうですか」
「いたいイタイ痛い! 何でそんな力強いの、さとり妖怪ってそんな武闘派だったっけ!?」
「シャラップ! 私はレミリアさんの話を全部聞きました、それで良いですね? 聞きましたよね!?」
「痛いから! わかったから離して、それで良いから!」
レミリアの頭蓋骨からひびが入るような嫌な音が聞こえてきた所で、私は手を離した。
「いたたた……か、顔の形歪んでないかしらこれ?」
「気のせいですよ、それよりもう帰らせてもらいますね」
「あら、もう? せめてお茶だけでも飲んでいったらどう」
そんな暇は無い……と言いそうになったが、気が付けばのどが渇いていた。
「それじゃ飲ませてもらおうかしら」
「そうしなさい、茶の一つも飲まずに変えられたら、紅魔館の沽券に関わるし」
紅魔館の評価などどうでも良い事だが、考えてみれば起きてすぐにドリンクを飲んだくらいで、それ以降何も飲んでいなかった。
……あれ? 今盛大に何かやらかして気がする。
「まぁ、これも気のせい……っずあっちゃああああああああああああ!!!」
「ひぃ!?」
お茶を口に含んだ瞬間、舌が焼けるように熱く感じた。
レミリアの怯える顔など気にする余裕も無く、椅子を倒して立ち上がる。
「ちょっ、さとりいきなり何を叫んで」
「あっつぅうううううういいい!!!!!」
「イタイッ!?」
思わず手に持ったティーカップを力の限り投げ抜ける、見事レミリアの顔に命中して顔が紅茶で紅く濡れる。
だがそんな事を気にしている余裕は無い、頭を探ってみればふさふさした感覚。
「なっ、ななな……」
「熱い痛い熱い! ちょっと咲夜これ拭いて!!」
「なんじゃこりゃぁぁぁああああああああ!!!」
私は部屋の窓を鎧戸ごとぶち破って外へ出た。気分はハリウッドスター。
「何で窓から!? 太陽熱ぅ!!」
窓の外の花壇に降り立った私は、地面を真下に向かって掘り進んでいった。
掘って掘って掘り進み、突き抜けたならそこは地霊殿のリビング。
「ネコミミが生えてるぅぅうう!!?」
「あっ、お姉ちゃんお帰り」
「ただいまこいし」
テレビアニメを見ていたこいしにただいまと言うと、天井から上半身だけ出した状態から抜け出しリビングに降り立つ。
マズイ、非常事態だ。まさか自分も猫化してしまうとは、これじゃ猫舌のせいであっついラーメンをハフハフできないじゃないか。
しかし勢い余って地霊殿まで戻ってきたのは良い選択だ、猫化解除用の薬が確かあったはずだ。
「あっ、お姉ちゃんもネコミミ生えてるね、でも猫から戻る薬は皆で飲んだから」
「あらそうなの、要約すると」
「お前の薬ねーから! と言うことだよ」
「オーマイゴッド!!!」
私は絶望に打ちひしがれた、この世には神も仏もいないのか。
こんな姿ではラーメンが、ラーメンが食べれない……。
その場に力なく座り込んだ私に、こいしが傍に駆け寄ってきた。
「落ち込むことは無いよお姉ちゃん、お姉ちゃんが出来ないことがあれば私が代わりにすれば良い」
「こいし、それはつまり……」
「うん、私がお姉ちゃんの代わりにラーメンを食べてあげる!」
「こいし、あなたは中国は嫌いだったのでは」
「中国娘は可愛いことにさっき気付いた」
テレビに目を移してみれば、ヘタレ主人公が女だらけの学園でハーレムを築いているアニメ(ロボ成分含む)が見えた。割かし簡単に崩れた思想だったな。
「ついでに貧乳にも目覚めたのね」
「うん、貧乳は希少価値って意味が、言葉でなく心で理解出来た」
「じゃあいつでも私に飛び込んでいらっしゃい」
「それは無理」
えっ、何故。
それについて小一時間問い詰めたい気になったが、それよりも今はラーメンなのである。と言う訳で仕切り直し。
「そうね……こいし、一緒に来てくれるかしら?」
「うん、どこまででも」
私が手を差し出すと、こいしがその手を握り返す。
手から感じられるこいしのぬくもり、なんと力強く暖かいぬくもりだろう。
「お燐、お空、私たち出かけてくるわね」
「二人ともいってらっしゃい」
「うにゅ、いってらっしゃい」
「お二人とも気をつけて下さいね、いってらっしゃいませ」
「いってきまーす」
猫と鴉と魚に見送られ、私たちは地霊殿を後にした。
手を繋いで二人一緒に並んで歩く、旧都を抜けて地底を抜けて歩き続ける。
やがて辿り着いた竹林で、白い髪の女の子に案内してもらって、竹林の奥のお屋敷に入った。
受付で名前を書き、少しの待ち時間の後に診療室行く。
「今日はどう言う症状でここに?」
「ネコミミが生えてしまって……」
「薬をどうぞ」
治りました。
「どうぞお大事にー」
ミニスカウサミミに料金を支払い、こいしと一緒に外に出た。
「……あれ、私一緒に来た意味無し!?」
「こいし、知ってはいけないことに気付いてしまったようね……」
「お姉ちゃん、私はどうすればいいのかな……?」
「ラーメンを食べればいいと思うわ」
「うん、わかった」
とりあえずは約束通り美味しいラーメンのお店を教えてもらうべく、再び紅魔館へとやって来た。
「こんにちわ門番さん、美味しいラーメンのお店を教えに貰いに来ました」
「あれ? さとりさんさっき入っていったのに、何で外から」
「何でも良いでしょう、それよりもラーメン、ハリーハリーハリー!!!」
「わかりましたから、そんな血走った目で睨まないで下さい。恐いです」
教えてもらったのは、人里にあると言う知る人ぞ知る名店とからしい。
一応ちゃんと美味しいお店なのか心を読んでみたところ、それを食べた時に門番は人の可能性を垣間見たようだった。
「楽しみねこいし」
「うん、早く行こうお姉ちゃん」
こいしと笑い合うと人里を目指した。
途中、腹が減って妖怪を食おうとした巫女に襲われたり、人斬りに目覚めた半人半霊に襲われたり、天人と隙間のラブコメに巻き込まれたりしたが割合させて頂く。
幾つもの困難があった、しかしその度に私とこいしは手を繋いで、力を合わせ乗り越えていったのだ。ぶっちゃけ手を繋いだままじゃなくて、離して行動した方が簡単だった気がするけど。
そして遂に、とうとう遂に、遂に遂に遂に、人里に辿り着いた……!
「ようやく辿り着いたわねこいし」
「うん、ここまで大変だったねお姉ちゃん」
「そうね、でも何が大変だったかって、ラブコメの後で何故か始まった弾幕ごっこで列車に轢かれたのが一番きつかった。もうあれ弾幕じゃないでしょ」
「だってあれ格ゲーの技だし」
「こいしは大丈夫だった?」
「今の私は三人目だけど大丈夫だよ」
「そう、良かった」
本当にギリギリだった、残機はもうゼロだしボムもゼロ。
しかしここまで来たら後はラーメンを食べて帰るだけ。
帰りはまた穴でも掘れば良い、テンション高ければ何でもやれるさ。
「さぁ、ここが知る人ぞ知るラーメン店よ!」
「こ……ここが!」
『大変急な話ですが、当店は閉店いたします』
……はい? 何この張り紙。
「ふふふ、その店は私が閉店させた」
「誰です!?」
後ろから声がした振り向こうとした……って、あーもう、手を繋ぎっぱなしだと振り向けないじゃないか、いいや離そう。
「あ、あなたは……!」
「ラーメンなんて中国かぶれの食べ物など絶対に許さん、食いたければ自国の食べ物を食えば良い! 愛国者の上白沢慧音ただいま見参!!!」
また右翼だった、何でこんなに右翼多いんだよ! 誰かこいつをこうしたやつを連れて来い!
「えへへ、私が無意識でなんやかんやして増やしたんだ」
「あなたですかこいし」
うん、やっちゃったものは仕方ないよね、妹だし許そう。
「そのラーメン店は私が歴史を食って無かったことにしたのさ」
「くっ、何て酷い能力の使い方……」
「だまらっしゃい、他国の料理を改造したものじゃない、純粋な日本の料理以外は何も認めんぞー!!!」
こいしが原因だと言うが、この厄介さはこいしを遥かに上回るだろう。
しかしどうにかして、その口からラーメン店の歴史を吐き出してもらわなくては。
だがどうする? ボムも残機ももう無いぞ。
「ふふふ、腹が減っているだろう? 私の家に来い、あったかい白米に肉じゃがと日本料理のフルコースでもてなすぞ」
「肉じゃがは純粋な日本料理じゃありませんよ」
「えっ、マジで」
「マジです、明治時代にビーフシチューのレシピを元にして、日本海軍で作られた物が起源らしいですよ」
………………
……パクッ、ムシャムシャ。
「ふははは! 何を言ってる肉じゃがは元になったものまで全て日本起源!!」
「あぁ!? ビーフシチュー云々の歴史を食べましたねあなた!」
「何て便利な能力、ねぇ私の第三の目と交換してくれない?」
「止めなさいこいし、そんな事されたらお姉ちゃん泣いちゃう」
「冗談だよ」と言って差し出した第三の目を戻すこいし。でも知ってますかこいし、あなた行動のほとんどが無意識だから冗談は言わないんですよ。
「この歴史食いの能力は正しく万能。幼児に性的悪戯をしても一切お咎め無しだ、これぞ本当の完全犯罪!!」
「くう、何て外道。竹林で不老不死が悲しみますよ!」
「あれ、でも歴史を食べても記憶までは消せないよね?」
「「えっ」」
そう言えばそうだ、肉じゃがが元はビーフシチューだと言うのも私は覚えてるし、永夜抄でだって人里の歴史を食べても存在そのものが無くなったわけではなかった。
さっきの張り紙だって、記憶を持ってる人に対して対処するためだろう。
「あっ、じゃあ幼児に悪戯したことも記憶からは消えないわね」
「えっ」
「すいません、自警団のものですが」
~~衝撃! 里の守護者の隠された黒歴史~~
人里の守護者として名を馳せていた上白沢慧音容疑者(年齢不詳)が性的虐待容疑で逮捕された。
調べでは彼女が事を起こしたのは一月前からのようだが、その被害者は50人に及ぶとされている。
これに対し慧音容疑者は「右翼になった反動でやった。歴史を食えば何をしても許されると思った。今は反省している」と述べている。
「お腹が空いたわねこいし……」
「そうだねお姉ちゃん……」
あれから結局、ラーメンを食べることは出来なかった。
慧音は食べた歴史を吐き出す、何て芸当は出来なく、満月の夜に作り直すしか無いそうだ。
もしかしたら、と一縷の希望にすがって人里を見て回ったが、ラーメン店は全て閉店されており、ついぞ食べることは叶わなかった。
「あははは、お姉ちゃんそこを見て、ラーメンが上から流れてくるよ。流しラーメンだ」
「しっかりしてこいし、あれはラーメンでなくただの川よ」
幻覚を見てしまっているこいしを揺さぶり、正気に戻す。
私たちは地霊殿に帰る途中、休憩と称して腰を下ろしてから疲労でそこを動けずにいた。
既に日は落ち空には星が瞬いている。気温は徐々に下がって来ており、確実に僅かに残った体力を減らしてくる。
もう、駄目なのか。
私たちはラーメンを食べれずここで朽ち果ててしまうのだろうか。
希望の光は見えず、失意の内に私は目蓋を落とし、眠りにつこうとしていた。
「お姉ちゃん、耳を澄まして!」
「どうしたのこいし、ここじゃテレビは無いから映画は見れないわ」
「そうじゃなくて、何か聞こえない?」
こいしに言われて耳を澄ましてみる。
~♪ 何か聞こえる。
何だろうこれは ~~♪
~~~♪ 聞いたことがある、間違いなくこれは私たちが望んだアレを現す曲。
「チャルメラだわこれ!」
「お姉ちゃんあれ見て!」
こいしが曲が聞こえてきた所を指差すと、羽を生やした妖怪が屋台を引いていた。
「お姉ちゃん屋台だよ、ラーメンだよ!」
「私たち助かったのね!」
手を取り合った私たちは、最後の力を振り絞り屋台へと歩いていく。
のれんを潜って、台にボロボロの身体を寄せる。
「ちんちーん、お客さんたちご注文は?」
「「ラーメンで!」」
今日の全ては、この時の為にあった。
あなたのラーメンで、どうか私たちを救って……。
「ちんちーん、うちはラーメンありません」
ピキリと、世界が崩れた気がした。
「だったらチャルメラなんぞ奏でてんじゃねぇぇぇえええええええ!!!」
怒りが有頂天に達した私は、真っ赤に燃えた右手で目の前の妖怪に殴りかかった。
瞬間、壁が崩れるような音と共に、右手に鈍い痛みが走った。
「……ハッ!?」
気が付けば、目の前にあったのは崩れた壁、驚いて辺りを見るとそこは自室だった。たったいまこいしとの相部屋になったけど。
それに服は寝巻きのままだしベッドの上。
「まさかの夢落ち……?」
「う~ん、何の騒ぎ……って、何これ!?」
崩れた壁の向こうから、目を覚ましたこいしが驚愕の表情を浮かべていた。
「何で壁が壊れちゃってるの、お姉ちゃん何かした!?」
しかし不思議な夢だった、いやにはっきり頭に残ってるし。
そう言えば最近ラーメン食べてないな……よし決まりだ。
「ねぇ、お姉ちゃん聞いてるの!?」
「こいしラーメンが食べたいわ」
「はぁ?」
以下繰り返し。
突き抜けるようなテンポが最高でした
あと、ギャラ○スは特防が高いのでタイプ不一致の10万ボルトなら一撃耐えます(キリッ
後、今日の夕飯はラーメンに決まり
誤字
Exactry→Exactly
楽しかったですw
お湯沸かしてくる!
それにしてもイクさん……w
クーガーにライフネタ、あとhellsingにISとか……
追伸
ラーメンは半生麺なら塩。インスタントなら豚骨醤油。店なら醤油で様子見。屋台ならチャーシュー麺を頼めば外れはない。
異論は認めない
誤字?
走りですまで→走りだすまで
なんだこれ