Coolier - 新生・東方創想話

東方千一夜~The Endless Night 第三章「悪霊の魔術師・中編」

2011/01/23 02:35:38
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~時の最果て~










 魔理沙が永遠亭を去ってからも、時の最果てではしばらく沈黙が支配した
 いつも強気な魔理沙が、自分自身で封印してしまった過去があるという事実を知った衝撃は、輝夜たちにとっても大きな物だった
 もしも、自分に自分の知らない過去の出来事があったとしたら、そして、それを何らかの原因で知ってしまったとしたら…

 輝夜たちにも、魔理沙の気持ちは理解できた。しかし、今はそれに構っているヒマはなかった

 輝夜も、妹紅も、慧音も、誰も口を開こうとはしなかった。優曇華は俯いたままだった

「ちっ!、このままこうやって黙っててもどうにもならねえだろうよ」

 決まりが悪そうに、妹紅が言った
 気の短い妹紅は、この沈黙に耐え切れなかった

「そうだな、このままこうしていても時間の無駄にしかならない…」

 まるで止まっていた時間が動き出したように、慧音や輝夜も動き出す
 なんにしても、いま輝夜たちがするべきことは、一刻も早く永琳と霊夢を助け出すことだ

 いま、目の前にある時の光りの内、残りは後一つ…

 霊夢か永琳が、どちらかがこの光りの先にいるはずなのだ

「これが、最後の一つだな…」

 妹紅が言った。輝夜が無言で頷く

 言葉には出さないが、輝夜の心には一抹の不安がある
 まだ助け出していない人物の内、残っているのは霊夢と永琳の二人
 それに対して、残っている時の光はたった一つ

 これが、どちらかが飛ばされた世界に通じているとしても、それでは、残りの一人は…?

 互いに口に出さないまでも、それくらいの事は二人とも分かっている

 妹紅は何も言わず、輝夜に手を差し出した
 ここでどんな言葉を口にしたって、それは何の意味もないことだ

 いま、二人がしなければならないことは、ただ、前に向かって進むことだけなのだ

 輝夜の手が、妹紅を掴もうとする…

「あ、あの…!」

 二人の手が触れ合おうとした瞬間、一つの声が間に入った
 二人が振り返ると、てゐが拳を握って二人に声を掛けていた

「どうしたの、てゐ?」

 不意に声を掛けてきた自分の従者に、輝夜は声を掛けた

「うう…」

 てゐは何か言いたげだが、それを言葉にできないのか、拳を振るわせるだけで何も言わない

「なんだ、てゐ。言いたい事があるなら、はっきり言いやがれ」

 妹紅がてゐを睨みつける。妹紅ははっきりしない態度のヤツは腹が立つほど嫌いだった

「うう…、何でもないウサ…」

 妹紅の無言の圧力に屈するように、てゐはおずおずと引き下がった

「ちっ!、用がねえなら呼び止めるんじゃねえよ」

 輝夜に手を差し出すなど、本当は頼まれたってやりたくはないことなのだ
 一度引っ込めた手を出すタイミングを、妹紅は計りかねている

「さあ!、そうと決まったら、サクッと行くわよ!」

 そういうや、輝夜は妹紅の背中を勢い良く突き飛ばした!

「かぁ~ぐぅ~やぁ~―――!!。絶対殺~す!!」

 不意を突かれた妹紅は、成す術もなく時の光に落ちて行った
 輝夜も、その後を追う様に時の光へと飛び込んでいった

「まったく、普通に入っていく事ができんのか…」

 一緒に旅をして、少しはお互いを理解したかと思ったが、結局、少しも成長していない二人なのであった

「………」

 二人が時の光に入っていく様子を見ながら、てゐは何も言わずに黙っている
 何かもどかしいような表情をしながら、何か言いたげの様でもある

「どうしたの、お腹でも痛いの、てゐ?」

 てゐの様子に気付いた優曇華が、てゐに話しかけた

「な、なんでもないウサ!」

 不意に声を掛けられ、てゐは慌ててごまかす

「てゐ、あんた、何か隠してるんじゃないの?
 さっきも、何の為に姫様を呼び止めたの」

 あからさまに挙動不審なてゐに、優曇華が疑惑の目を向ける
 普段なら飄々として、何が起ころうとどこ吹く風のてゐが、こんなに乱れるのはおかしい
 イタズラが永琳に見つかっても平然とウソをついて逃れるてゐが、これほどあからさまに動揺するはずがない

「な、なんでもないウサ、私は何にも知らないウサ!!」

 てゐが必死になって疑惑を否定するが、かえってその慌てぶりが優曇華の疑惑を深める

「本当に何も知らないの…?。私の目を見てちゃんと答えなさい」

 優曇華の狂気の瞳が赤く光っている。この目の前では、どんなウソも通じない
 優曇華がてゐを捕まえようとするが、てゐはスルリと優曇華の手から逃れる

「ほ、本当に何も知らないウサ!。ちょっと落とし穴を掘って来るウサ!」

 そういうと、てゐは永遠亭の出口に向かって走り出した

「待ちなさい!。てゐ!。どこへ…」

 優曇華が言うが早いか、てゐはあっと言う間に竹林に逃げ込んでしまった











~幻想郷上空~









 灰色の幻想郷の空を、一人の魔術師が翔けて行く
 緑の長い髪、派手なローブには幾つもの呪具が取り付けられている。頭の三角帽には魔族の紋章が入っている
 幻想郷で最高の魔法の遣い手、幻想郷で最も偉大な魔術師にして魔理沙の師匠、魅魔である

「ふふふ、しばらく会わない間に見違えるほど成長したかと思ったけど、まだまだ可愛い所も残っているじゃないか」

 魅魔は魔理沙の事を思い出している。魔理沙と会うのは、魔界へ行った時以来だった
 まだあの頃は、魔理沙は幼い少女だった。久方ぶりに会った魔理沙は、背も伸び、魔力も以前とは比べ物にならないほどに大きく成長していた

 それだけに、魔理沙が自分の忌まわしい過去の記憶を封印していることがおかしかった
 どんなに大きくなったと言っても、魅魔からすれば子供だった

「しかし、魔理沙の事だ、こんなことくらいで諦めるわけはない…
 どんなことをしてでも、自分の隠された過去を知ろうとするだろうねえ」

 流石に、師匠なだけあって、魅魔は魔理沙の性格を熟知している
 例え、何年も会っていなくても、魔理沙のことならなんでもお見通しである
 魔理沙は自分がやろうと決めたことは、何があろうと徹底してやり抜く性格である
 魔理沙が、大人しく引き下がるとは思えない。きっと、なんとかして自分の秘密を知ろうとするのは眼に見えている

「ここは、心優しい師匠としては、なんとか力を貸してやりたいねえ」

 不敵な笑みを浮かべながら、魅魔は立ち止まった
 無論、魔理沙を心配する気持ちはあるが、その表情はなんぞよからぬことを企んでいる顔だった

「ふむ…」

 魅魔は上空から幻想郷を見渡し、そして、眼を瞑った
 魅魔の脳裏に、幻想郷の様子が浮かんでくる

 魅魔はその場にいながら、幻想郷の全てを知ることができる
 いま、幻想郷では時間の流れが一定していない

 時間の流れがバラバラになり、正しい時間の流れに戻っている場所にしか干渉することができない
 現在、時間の流れが元に戻っている場所は、人間の里に紅魔館、白玉楼…。そして、たった今、魅魔が戻したばかりの魔法の森だけである

 魔理沙は永遠亭から、魔法の森への自分の家に戻って行っているようだ
 永遠亭では、輝夜と妹紅が新しい時の光へと入ったのだろう。何故だか知らないが、兎が一匹永遠亭を飛び出している

「ふふん、成程ねえ…。そういうことか…」

 魅魔は怪しげな笑みを浮かべた。魔理沙の事を思っているはずが、すっかり愉しむ気になっている

「フフフ、こりゃあ面白くなりそうだ…。ついでに、思わぬお宝をゲットできるかもね」

 いかがわしい考えを思いついたらしい魅魔は、幻想郷の虚空で一人悦に入っていた











~魔法の森・アリスの家~










 宵闇の帳が魔法の森を包む。魔法の森には二人の魔法使いが住んでいる
 一人は霧雨魔法店を営む霧雨魔理沙、そして、もう一人は七色の人形遣いことアリス・マーガトロイドである

 手回しミシンを回しながら、手製の人形の服を作るアリス
 ふと視線を上げると、いつもなら見えているはずの満月が見えない…。厚い雲にでも覆われているのだろうか…?

「ふう、疲れたわね。もう寝ようかしら」

 そういうと、アリスは椅子に座ったまま伸びをする
 知らぬ間に眠気が溜まっていたのか、自然とあくびが出て涙が出た

 今日はおかしな夜だった。満月の晩だというのに、妖怪達も静かだった
 まるで、森全体が眠っているかのように、そして、アリス自身もたった今まで眠っていたかのような奇妙な感覚だった

 こんな奇妙な夜は、魔理沙と一緒に永夜異変を解決した時以来だった

「邪魔するよ」

「きゃああ―――!!」

 突如、アリスの目の前に魅魔が現れた
 まるでコントかギャグ漫画のように、アリスは椅子ごと床に倒れ込み頭を打った

「おやおや、酷いねえ。まるでオバケでも見たようなリアクションじゃないか」

 クク…とイタズラっ子のような笑いを浮かべながら、アリスに近づく

「み、魅魔…!。あなた、一体どうして…!」

 突然、自分の目の前に現れた人物の正体が分かって、今度はアリスは腰も抜かさんばかりに驚いた
 アリスの目の前にいる人物…。それは、風来の魔法使いにして魔理沙の師匠、魅魔なのだ

「連れないねえ、魔界にいた頃はもうちょっと可愛げがあったもんだがねえ」

 そういうと、魅魔はアリスの顎に手を回し、自分の顔に近づけた
 亡霊である魅魔の瞳は色が薄く、透き通っている。アリスは顔を赤くしながら顔を背ける

「な、何しに来たのよ、何年も音信不通だったくせに、突然現れるなんて」

 口では如何にも迷惑という風を装っているが、それでもアリスの心臓は高鳴っている
 アリスは魅魔の顔をまともに見れない。魅魔の瞳で見つめられると、心が惹き込まれて行きそうになる

 魔理沙のあっけらかんとした笑顔に抵抗できなくなるように、魅魔の切れ長の瞳にはある種の魔力が宿っている

「いいリアクションだ、流石に魔界神の娘だけはあるね…。魔理沙のカキタレにしとくには勿体無いねえ」

「誰がアイツのカキタレよ」

 アリスの表情とリアクションを十分に愉しみながら、魅魔がアリスから手を離す
 こういう人を食ったような態度まで含めて、本当に似なくてもいい所まで似ている師弟である

「ふふん、まあ実は大した用事じゃないのさ。あんたに渡したい物があってね」

 そういうと、魅魔はローブから杖を取り出した
 ニワトコでできた『宿命の杖』である。

 魅魔が杖を一振りすると、杖の先から光が迸り、アリスがへたり込んだ辺りに一冊の書物が現れた

「こ、これは…」

 アリスは驚きながらその本を取る。やけに古びていて、表紙にも何のタイトルもついていない
 本には、なにやら怪しげな魔法薬やら香やらの匂いが染み付いていて、なんだか毒でも染み込んでいそうな雰囲気である

「私の魔法の全てをまとめた魔導書さ、こいつをあんたに預かって欲しくてね」

「―――!?」

 魅魔の台詞に、アリスは絶句した
 魔族にとって、自分の魔法の全てを記した魔導書は、自分自身の命にも等しい存在なのである

 ましてや、魅魔は幻想郷で並ぶべき者の居ない魔術師
 その魔導書といえば、魔族にとっては価値をつけることもできないモノである

「そんなもの、私は受け取れないわ。魔族にとって、魔導書は自分の分身ともいうべきもの
 自分の寿命が尽きる時、自らの魔法を継ぐのに相応しいと認めた弟子にだけ託せるもの
 その魔導書を貰う権利があるのは、魔理沙だけだわ」

 アリスは反発する。魔族はこの宇宙に存在する全ての神秘を解き明かすことを宿命としている
 師から弟子へ、何千年、何万年もかけて魔法の研究が引き継がれていく…

 それゆえ、魔導書を簡単に人に見せることはしないし、それを譲るのは自らが認めた弟子一人だけだ
 ましてや、魅魔ほどの魔術師の魔導書など、アリス如きが譲られたとて、その内容を理解するだけで一生を終えてしまうかもしれない

「ふふふ、流石に由緒正しき魔界神の娘なだけはあるね。だが、私にとってはそんなものはどうだっていいのさ
 魔理沙は人間だし、その書を貰った所で活用できないだろうからね
 だからこそ、その魔導書をあんたに預けるのさ、なんのかんの言っても、アイツはあれであんたを頼りにしてるみたいだからね」

「ま、魔理沙が―――!?」

 魅魔の言葉に、アリスは一瞬戸惑った
 確かに同じ魔法の森に住んでいる者同士、霊夢や他の連中に比べれば魔理沙とは一番付き合いが深いし、永夜異変など一緒に解決した異変もある
 どちらかといえば、勝手に夕食を食べていったり、家に帰るのが面倒になって泊まって行ったり、魔理沙が一方的に押しかけてくることの方が多いのだが…

 それでも、魔理沙は自分を信頼しているというのだろうか…
 慥かに、魅魔は誰よりも魔理沙の事を知っている存在である。魅魔が言うからには本当なのだろう…

 だとしたら…、だとしたら…

 アリスは知らぬ間に顔がさらに赤くなっていた

「ふふふ、まあ、そういうことさ。アイツのことだから、今夜にでもあんたのとこに顔を出すはずさ、それをどうするかはあんたに任せるよ
 それじゃあ、魔理沙をよろしくな」

「あ、待って……」

 言うが早いか、魅魔はあっという間にアリスの目の前から消えてしまった
 アリスの手元には、魅魔が残した魔導書だけが残った…











~?年前・魔法の森~










「よし、そうだ。少しずつだが、パワーがコントロールできるようになってきたぞ!」

 魔理沙の拳を受け止めながら、魅魔は言った
 魔法の修行をしているはずだが、魅魔は魔理沙に魔法は一切教えなかった

 膨大な魔力を受け入れるには、その魔力に見合った肉体という器が必要になる
 魔理沙の中に眠っている力を引き出すには、まず、その器を強化する必要があるのだ

「よし、いいだろう。力の使い方も様になってきた、試験だよ
 私の顔面に一撃でも入れられたなら、いよいよ本格的に魔法を教えてやろう」

 そういうと、魅魔は両の拳を構えた

「本当か!。本当なんだな!」

 魔理沙が素早く構えを取った

 魔理沙の上達振りには、魅魔でさえ眼を見張るモノがあった
 まだ生きている魔術師だった時、魅魔の噂を聞きつけ、弟子入りを志願してくるものは多く居た
 しかし、そのほとんどは三日も持たずに逃げ出してしまった

 魅魔の厳しい修行には、魔族の子でさえほとんどついていくことができなかった

 それを、人間で、まだ幼い少女である魔理沙は、それに耐え抜いた
 本人はまだ自覚していないだろうが、この数ヶ月間で、魔理沙の力はメキメキと上達しているのである

「はぁ!」

 魔理沙は、真直ぐに魅魔に突っ込んで拳を繰り出した
 魅魔は冷静に、その拳をかわす。さらに蹴り、肘、膝と、次々に繰り出される魔理沙の攻撃を、事も無げにかわしていく

「どうした、そんなものか…」

 馬鹿の一つ覚えのように、突っ込んではかわされる魔理沙の足を引っ掛ける
 魔理沙はものの見事に転がって木に激突する

「まだまだ―――!!」

「―――!?」

 魔理沙は激突した木を蹴り飛ばし、さらにスピードを上げて突っ込んできた
 この速さは、並みの人間の速さではない。下手な妖怪よりも、ずっと速い!!

(コイツ。いつの間にこれほど力を…!)

 魔理沙が上達していることは、魅魔もよく知っていた
 しかし、人間でありながら妖怪の力を上回るほど上達しているとは…!?

 しかも、実力を温存して、小出しにパワーを出す技術まで習得している

(恐れ入ったね、私は、ひょっとして将来最も恐るべき敵になるヤツを育てているんじゃないか!?)

「おお!!」

「くっ―――!?」

 魔理沙の拳が、わずかに魅魔の顔面をかすった

「ちぃ―――!?」

 その瞬間、魅魔は両手をクラッチし、重い一撃で魔理沙を吹き飛ばした
 魅魔の力で吹き飛ばされた魔理沙は、大木に打ち付けられ、気を失った













「ふん、この何ヶ月かで、泣き虫だけは直ったみたいだね」

 夜中、魔理沙が眼を回してから、魅魔は火を焚いて夕食を囲った

「へへ…。でも、魅魔様酷いぜ。あんな反撃してくるなんて…」

 顔面を思いっきり腫らしながら、魔理沙が言った
 魅魔の強烈な一撃が、如何に強烈だったかが伺える

「甘えるんじゃないよ。反撃しないなんて言ってないだろう」

 魅魔は涼しい顔で、エデンの林檎で造ったカルヴァドスを飲んでる
 魔理沙の力が自分が想像していた以上に上達してたとはいえ、それは自分の指導者としての素質が良かったからだと考える事にした

「心配しなくても、約束通り、明日から魔法を教えてやるさ」

「本当か!。やったぁ―――!!」

 魔理沙は無邪気に笑った。こうして見ると、その辺の人間の子供と何も変わらない
 人間に裏切られてから、魅魔は何百年かぶりに可笑しくなった

 人間と云うものは、泣いたり笑ったり、怒ったり恨んだり、なんと忙しいことだろう
 これが、人間と云うものだろうか…

「魔理沙―――!!」

 不意に、森の奥から魔理沙を呼ぶ声がした
 しかも、それが段々と近づいていく

 魔理沙は思わず身構えた。すでに日が暮れている
 こんな時間に、魔法の森を訪れる人間などいるはずがない

 だとすれば、妖怪変化の類だろうか…?

 人間の里に居た頃は、森近霖之助にもらった八卦炉で力の弱い低級妖怪を懲らしめたことがある
 まさか、それを恨んで、復讐しに来たのではないか…!?

 その声が、すぐ近くまで来て、魔理沙は身体を硬直させた

「魔理沙!」

 しかし、そこに現れたのは妖怪ではなかった。人間でもない…
 正確に言えば、人間と妖怪のハーフ。魔法の森の入り口で道具屋を香霖堂を営む男

 銀色の髪に、形容しがたいなんとも言えない服装。外の世界から流れ着いた眼鏡をはめている
 男の名は、森近霖之助。魔理沙にお手製の八卦炉を作り渡した男である

「香霖!。どうしてここへ!」

 ありがちな台詞を吐いて、魔理沙は霖之助を凝視した

「魔法の森の妖精に聞いたのさ、最近、人間の里から人間の娘が森に入ってきたとね」

 霖之助は元は魔理沙の実家である霧雨道具店で働いていた男であり、魔理沙は赤ン坊の頃から知っている
 当然、魔理沙が実家を飛び出した事も知っている。魔法の森に人間の娘がやってきたと聞いて、すぐにそれが魔理沙だと分かった

「さあ、魔理沙。親父さんの所に帰るんだ。もう何ヶ月になる。親父さんだって心配しているぞ」

 霖之助は魔理沙の腕を掴んだ。しかし、その手はすぐに魔理沙によって解かれる

「イヤだ!。誰があんな家に帰るもんか!」

 魔理沙は感情を剥き出しにして反発した。無論、魔理沙は誰になんといわれようと帰るつもりなどない
 もう、力では霖之助になど負けるはずがない。実力行使してでも、絶対に帰らないと決めている

「魔理沙、僕の言うことが聞けないのか!」

 母親が亡くなり、変わって魔理沙の面倒を見ていたのは霖之助である
 霖之助から見れば、魔理沙は妹のようなものなのだ

 力の差がどれだけあったとしても、兄貴の代わりとして魔理沙を放っては置けなかった

「魔理沙、なんなのさ、このむっつりスケベみたいな男は?」

 暴言を吐きながら、魅魔が魔理沙に聞いた

「魅魔様…」

 突然割って入った魅魔に魔理沙が戸惑う
 その様子を見て、霖之助はキッ…と魅魔を睨みつける

「あんたが魔理沙を唆したのか!」

 霖之助が魅魔に詰め寄っていく

「馬鹿なことをいうんじゃないよ。勝手に押しかけられてこっちは迷惑しているんだ
 こいつは自分の意思でここに来たんだ、家に帰るかここにいるかはこいつが決めることさ」

 魅魔は言ったが、それでも霖之助の敵視の視線は消えなかった
 魔理沙そっちのけで、霖之助は魅魔に詰め寄る

「僕は騙されないぞ、魔理沙は本当はこんな子じゃなかったんだ!
 君みたいな得体の知れない、薄気味の悪い亡霊になんかわかるもんか!」

「………」

 霖之助は魅魔に向かって、あらん限りの暴言を吐いた
 魅魔の表情が、見る見る狂相に変わっていく

「魔理沙…。コイツを私の前から消しな…」

「………!?」

 魅魔の言葉は、恐ろしく怜悧で静かな殺意に溢れていた
 魅魔は本気だ、本気で霖之助を殺そうとしている

「あんたがやらないのなら、私がやるよ…」

 魅魔の右手に、恐ろしいほどの魔力が集まっていく
 霖之助の五体を吹き飛ばすには、十分過ぎるほどの魔力…

「や、やめてくれよ、魅魔様!」

 魔理沙は魅魔にしがみついた
 こんな力を放ったら、霖之助の身体どころか、魔法の森ごと吹き飛ばしてしまう

「魔理沙!」

「香霖も、早く帰れ、吹き飛ばされてもいいのか!」

 魔理沙がそう言っている間にも、魅魔の発する魔力がどんどん高まっていく
 このままでは、取り返しのつかないことになる

「魔理沙、僕は諦めないぞ。絶対に君を親父さんの元に帰らせる」

 そんな捨て台詞を吐いて、霖之助は引き下がっていった

「うう…、ゴメンよ…。魅魔様…」

 霖之助を追い返し、魅魔に背を向けたまま魔理沙は涙を流した
 霖之助の言葉が、魅魔を傷つけたことが辛かった

 自分が無理に押しかけて弟子になったばっかりに、魅魔を傷つけてしまった…

 そのことが、魔理沙には何より辛かった

「馬鹿だね、あんたが泣く必要はないだろう」

 そういって、魔理沙の頭を撫でた
 思いもよらず暴言を吐かれ、魅魔は怒りを露にしてしまった

「今日はとっとと寝よう、明日からは魔法の特訓だ…」

 そういって、魅魔は魔法で焚き火を消した














~翌日・人間の里~












 人間の里の大通り、魔理沙の実家である霧雨道具店はそこにあった
 人間の里きっての大店であり、店の構えも確りとしている

 朝の光が里を照らす中、里の人間たちももぞもぞと動きだしている

 まだ人通りもまばらな中、一人の男が霧雨道具店を目指していた
 言う間でもなく、森近霖之助である

「親父さん!!」

 霖之助は勢い良く玄関を開けた
 この店の構造は、霖之助は知り尽くしている。すぐに目標とする主人の書斎についた

 部屋の中央に質素な机が一つ。部屋の家具も必要最低限の物だけしか置かれていない
 その中央の机に向かい合うように、男が一人座っている

 黒い短く揃えた髪、確りとした顎に太い眉。魔理沙とは全く似ていないが、彼こそこの店の主にして魔理沙の父
 霧雨道具屋の三代目である

「そんな大きな声を出さずとも聞こえているぞ、霖之助」

 静かな声で、父親は答えた。この主は、朝は誰よりも早く起きて帳簿をチェックしている
 それを知っているから、霖之助は朝一で店を訪ねたのだ。今なら、使用人に余計な事を聞かれることもない

「親父さん、魔理沙を見つけました。魔理沙は魔法の森で怪しげな魔法使いと一緒に暮らしています」

 かつての恩人であろうと、遠慮することはなかった
 霖之助は昨夜の出来事を、具に父親に伝えた

「…朝早くから尋ねてきて、どんな話かと思えば、そんなことか…」

 いかにもつまらなそうに、父親は答えた

「そんなことって…。親父さん、あなたは魔理沙が心配ではないのですか!」

 言葉を荒げながら、霖之助が父親に詰め寄る
 しかし、父親の反応は冷たいものだった

「あいつは自分でこの家を出て行ったのだ…。私は博麗神社の再建を請け負っていて多忙なのだ
 魔理沙は、もはやこの家の人間ではない。どこの馬の骨と付き合おうと、私の知ったことではない」

 読んでいる帳簿から眼を離さず、父親は冷徹に言い放った
 人間の里で一番の大店の娘が、魔法の森で怪しげな魔法使いとつるんでいるというだけで、店の看板に傷がつくだろう

 しかし、この父親はすでに魔理沙を他人と言い切ってしまった
 すでに、里の人間にもそう言い含めてあった

 魔理沙の奇矯な行いは、以前から里の人間も知っている
 誰もが疑問を持たず、魔理沙は霧雨道具店から縁切りさせられたと信じていた

「そ、そんな…」

 霖之助は信じられないような顔になる

 魔理沙の母親…、つまり、この父親の妻は数年前に他界している
 一人娘の魔理沙は、たった一人の肉親のはずである

 それを、そんなにあっさりと、この父親は捨ててしまったというのか…

「霖之助…。お前も、もう家の人間ではない。お前も自分の店を持って独立したのだ
 お前は今が一番大変な時期なのだ。魔理沙になど関わっているヒマはあるまい」

 父親は霖之助の顔も見ずに言い放った。これが父親か、これが血を分けた肉親なのか…

「そうはいかない。魔理沙は赤ン坊の時から僕が面倒を見てきたんだ
 父も母もいない僕にとっては、魔理沙は本当の妹のようなものなんだ…」

 霖之助は天涯孤独の身だった。この父親に拾われていなければ、今でもそうだっただろう
 霖之助にとって、この霧雨道具店は家族と同じなのだ。それが、いまこうして崩壊しようとしている…

 霖之助には、黙って見ていることなどできなかった

「あんたはいつもそうだった…。女将さんが死んだ時も、あんたは仕事で出かけて死に目にも会えなかった
 あんたは一度だって、魔理沙に微笑みかけてやったことがあったのか!。一日でも、一刻でも、ただ父親として魔理沙に接したことがあったのか!
 魔理沙がどんな気持ちでいるのか、考えた事があったのか!」

 霖之助が怒りを露に父親に暴言を吐きかける。しかし、当の父親はその言葉に一切反応しない

「商売人として、あんたには色々教わった!。でも、父親としてのあんたは失格だ!
 魔理沙があんな風になったのは、あんたのせいだ!。
 ただ微笑みかけたり、抱きしめたり、そんな当たり前の愛情表現が、どうしてできないんだ!
 そんなに魔理沙が疎ましかったのか!、段々と死んだ女将さんに似てくる魔理沙が憎らしかったのか!」

 霖之助が如何なる言葉を吐いても、父親はそれに反応しなかった

 魔理沙の父親は、魔理沙に一度も微笑みかけることはなかった
 生まれたときから一度も、抱き上げたことも、頭を撫でることもなかった

 あまり魔理沙が褒められる様なことをしなかったせいでもあるが、それでも、この父親は異常だった
 一度として、魔理沙をまともに見ようとしない。まるで、魔理沙という存在そのものを疎んでいるように…

「馬鹿なことを…。私が魔理沙をどう思おうと、お前には関わりのない事だ
 第一、お前がこうしてここにいるということは、魔理沙は帰ってくることを拒んだと言う事だろう」

「―――!?」

 一通り霖之助の話を聞いた父親が、ようやく口を開いた
 慥かに、それは父親の言う通りなのだ。魔理沙は自分の意思で魅魔の元に行った
 戻らなかったのも、強制されたのではない。魔理沙自身の意思だ

 だが…。それが、たった一人の娘に対して言うことなのか…!

「あなたがそういうなら、もうあなたには何も言わない
 僕は、僕の力で魔理沙を取り戻す!」

 そういって、霖之助は霧雨道具店を出て行った












~現代・魔法の森~










「ああ、クソ!。イライラするぜ!」

 悪態をつきながら、魔理沙は魔法の森を自分の事態へ向かっていく
 どうしても、魔理沙は納得できなかった。慥かに、魅魔や輝夜の言うことは正論だろう
 しかし、理屈の正しさと、その理屈を受け入れる事とは別である

 しかし、魔理沙にはどうしようもない。魔理沙には、時空間移動の魔法など思いもつかないし、やり方もさっぱり分からない
 魔理沙が知っているのは、派手で強力な爆裂系の魔法だけなのだ

 魔理沙は地上人の中でも、特に穢れを溜め込んだ人種である
 時の光をくぐるなど、どうやっても出来るものではない

 魔理沙には、このもやもやをどうすることも出来ないのだ

 そうこうしている内に、魔法の森の分かれ道についた…
 あの日、魅魔と出会った道である

 この道で、魅魔と出会って、魔理沙の運命は変わったのだ

 この道を左に行けばアリスの家、右に行けば魔理沙の家である…

「今日は、アリスの家に泊めてもらおうかな…」

 誰に言うでもなく、魔理沙が言った
 神社から酔っ払った帰り道、アリスの家に泊めて貰うことはしょっちゅうだった
 なぜなら、アリスの家の方が近いからである

 それに、アリスはなんだかんだといいながらも、おじやを作ってくれたり、薬をくれたり世話を焼いてくれる
 自分の家に帰っても、あるのは怪しげな収集品とキノコだけなのだ

 そういうわけで、魔理沙は勝手にアリスの家に泊めてもらう事を決めた








「『エルヴィン・シュレーディンガーの研究の宇宙空間での応用について』…
 シュレーディンガーの猫の実験は、宇宙空間における生物の生存確率にも応用可能である
 猫を入れた匣を宇宙空間に置換し、宇宙空間における障碍を青酸ガスの発生装置に置換するならば
 宇宙空間における生物の生存確率は、死んでいる確率と生きている確率が重なり合っている状態にあると言える…」

 パジャマに着替えたアリスは、ベッドに横たわりながら魅魔の魔導書を読みふけっていた
 本当は魔理沙に渡すまで開くまいと思っていたが、アリスも魔族の娘
 やはり、魅魔ほどの魔術師の魔導書には大いにそそられるものがあった

「ふぅ…、ちゃらんぽらんに見えるけど、やはり凄い…
 これほどの高度な魔法の理論は見たことがない、私でも半分以上理解できないものばかりだわ…」

 アリスはまだほんの十ページ程度読んだだけだが、ほとんど内容を理解できないでいた
 魅魔の魔導書は、これまでにアリスが読んだどの魔導書よりも先進的で巨視的な内容である
 名のある魔術師のほとんどが、人間の技術や理論など下らないものだとして、古くから伝わる魔族の理論や魔術を尊ぶが、魅魔の魔導書は人間の技術や理論を取り入れた斬新な物であった

 特に、魔理沙も得意とする光と熱を操る魔法は、アルバート・アインシュタインの理論と東洋の易学を習合させた革新的な理論である

 それだけを見ても、魅魔という魔術師の偉大さを知ることができる。とても、今のアリスには理解することができない

「邪魔するぜ!」

「ひゃあ!」

 唐突に、アリスの家の扉が開いた。慌てたアリスがベッドからずり落ちる
 そこにいたのは、魔理沙だった

「ま、魔理沙。どうしてこんな時間に…!」

 魔理沙が唐突にやってくるのはいつもの事であるが、それにしてもいきなりドアを開けられればアリスも驚く

「家に帰るのがめんどくさくなったんだ…、泊めてくれよ」

 そういいながら、魔理沙は勝手にアリスの家に上がりこむ
 まるで自分の家に帰ったかのような振る舞いである

「なによ、まだ良いとは言ってないんだから勝手に上がらないでよ」

 自分勝手な魔理沙に、アリスが抗議する
 しかし、魔理沙は聞く耳持たず、帽子を脱ぎ、靴を脱いでいく

「いいじゃないか、減るもんじゃなし。それより腹減った。なにか食わせてくれ」

 勝手に上がり込んだ上に、食料まで要求する魔理沙
 その様は、まるで居直り強盗のようである

「ンも~、私の家を宿屋代わりにしないでよね」

 そういいながらも、奥のほうで人形が何やらゴソゴソと動いている音がする
 やはり何だかんだ言っても面倒見のいいアリスである

「ぷっはぁ~!、一日の終わりのビールはたまらんなぁ!」

 おっさんの如くジョッキをテーブルに叩きつける魔理沙
 アリスはそれほど酒を嗜まないが、何故かこの家には魔理沙専用のジョッキが置いてある

「ふぅ~ん、永遠亭でタイムパラドックスがあったとはねえ…」

 魔理沙は今日一日、永遠亭で遭った事を話した
 永遠亭の例月祭に参加した途中、謎の白い光に吹き飛ばされたこと。タイムパラドックスが起きてみんなバラバラの時代に飛ばされたこと
 過去の自分に出会ったこと。そして、自分の封印された記憶、魅魔の事…

 魔理沙の話を、アリスは興味なさげに聞いている

「なんだよ、ちゃんと聞いてるのか?。幻想郷の時間の流れがおかしくなってるんだぜ」

 アリスが出した焼き鳥を頬張りながら、魔理沙が聞いた

「別にそんなこと、幻想郷では珍しくもないでしょう。今までだって、赤い霧に覆われたり、冬が終わらなかったりしたんだし
 この間だって、山に新しい神様が来たばかりでしょう…」

 アリスの反応は冷淡だった
 アリスは魔界から幻想郷へやってきた身である。アリスの目からすれば、今さら幻想郷でタイムパラドックスが起きた所で、驚くような事ではない

 幻想郷は他の世界の常識で考えられるような場所ではないのだ

「ちぇ、アリスは冷たいなぁ…」

 膨れた腹を叩きながら、魔理沙が言った
 不思議と、アリスの前だと自分の封印された過去へのもやもやが少しは晴れたような気がする

「ふぁ~あ、今日は疲れたからもう寝るぜ」

 大きなあくびをかました魔理沙は、ポイポイと服を脱いでいく

「ちょ、少しは隠しなさいよ」

 デリカシーの欠片もない魔理沙は、早くもスリップ一枚になっていた

「いいじゃないか、女同士なんだから」

 女らしさの欠片もない魔理沙が言った

「アンタが良くても、私が気にするのよ!」

 アリスは顔を赤らめ、魔理沙から眼を背ける
 魔理沙はその間に、アリスのベッドにもぐりこんだ

「あんまり気にしてると禿げるぜ、そんじゃあオヤスミ」

 アリスに手を振って、魔理沙が眠りにつこうとする

「ハイ…じゃあオヤスミ…って、ちょっと待ちなさいよ!
 何勝手に私のベッドで寝てるのよ!」

 アリスがベッドに駆け寄り、魔理沙が被った布団を引き剥がす

「ンん~?。なんだよアリス」

 眼鏡を外したのび太みたいな眼になりながら、魔理沙が答える

「なんだよじゃないわよ、どこの国の映画観たって、この場合アンタがソファーで寝るでしょ
 そこをどきなさいよ!」

 ベッドから魔理沙を引き剥がそうとするが、魔理沙はがんとして動こうとしなかった

「イヤだぜ、お前んちにベッドが一つしかないのがいけないんだぜ」

 相変わらず、勝手な理屈を平然と並べ立てる魔理沙
 こういう自分勝手さも、魅魔とそっくりだ

「冗談じゃないわよ、なんで私がソファーで寝なきゃならないのよ
 とっととどきなさい!」

 アリスが魔理沙をどかそうとしても、魔理沙はビクとも動かなかった

「うるさいヤツだなぁ、それなら一緒に寝ればいいだろう」

「なんで私が、あんたと一緒に寝なきゃいけないのよ!」











「まったく、狭くて寝苦しいわ」

 結局、渋々と一緒のベッドで寝ることにしたアリスである
 シングルベッドに二人は狭いが、魔理沙がどうしても動かないのでこうするよりなかった

 パジャマ姿のアリスの横には、スリップ一枚の魔理沙

 魅魔が現れたと思いきや、今度は魔理沙が現れた…
 魅魔とは数年ぶりの再会だというのに、自分勝手な所といい、唐突に現れる所といい、師弟揃って似たもの同士だった

 そういえば、魅魔は魔理沙がやってくることを予言していた気がする
 どっちにしても、アリスにとっては迷惑な話だ

「…!?」

 ふと、アリスは自分の鼻腔を掠める匂いに気付いた
 これは、魅魔から預かった魔導書に染み付いた薬品の匂いだ

 そういえば、魔理沙がやってきた時、アリスはベッドでその魔導書を読んでいた
 あれから、ベッドの近くにずっと放置していたが、魔理沙はそれに気付かなかったのか…

 アリスは急に気になった。魅魔は今でこそ風来の気まぐれ魔術師だが、かつてはマーリンやガンダルフ、アルバス・ダンブルドアとも並び称された魔術師である
 何も考えないでいる様でいて、実は長く深く先の事まで読んで行動しているのである

 だとすれば、あの魔導書をアリスに預けたのも、何か意味があるはずである

 アリスは、急にあの魔導書が気になりだした

「ねえ、魔理沙、起きてる?」

 アリスは魔理沙に話しかけた
 魔理沙は返事をしなかったが、アリスは構わずに続けた

「今日、魅魔が尋ねてきたのよ。それも唐突に…
 まるで、貴方が今日やってくるのが分かっていたように…」

 アリスの言葉に、魔理沙はアリスに背を向けたまま何の反応もしない

「それで、アイツから魔導書を預かったの。彼女の魔法の全てが記されている魔導書…
 魅魔が、何の意味もなく私に自分の分身とも言える魔導書を預けるとは思えない…
 あれには、何か秘密があると思うのよ…」

 アリスは一気に喋り終えたが、魔理沙は一言も返さなかった

「ちょっと、魔理沙、聞いてるの?」

 アリスが魔理沙に手を掛け、こっちを向かせる

「ぐぅ…Zzzz…」

「寝てるし!」

 子供のように寝つきのいい魔理沙は、アリスが話しかける前にすでに眠りこけていた










~迷いの竹林~









 永遠亭の周辺の竹林は、あの白い光によってほとんどがなぎ倒されている
 永遠亭は、迷いの竹林のほぼ中央に位置していたから、この辺りは迷いの竹林の外れになるのであろう

 この迷いの竹林は、道を知らないものが入り込めば、二度と抜け出すことができないという難所である

 この竹林の道の全てを知っているのは、因幡てゐただ一人である
 幻想郷の兎の長老であるてゐだけが、この竹林の全てを知っているのだ。イヤ、てゐだけがこの竹林の全てを知っている

 この竹林は、日本の各所に散らばって幻想郷流れ着いた竹林の成れの果てである
 てゐが住んでいた高草郡の竹林も、トーマス・アルバ・エジソンが白熱電球のフィラメントに利用した岩清水八幡宮境内の竹林も、この迷いの竹林に流れ着いている

 この迷いの竹林を、てゐは一人で駆けていた
 そこは、てゐだけが知っている場所であった。その場所は特別だった

 他の兎は勿論、永琳や優曇華、輝夜にも秘密にしていた

 その竹林からは、ごくごく稀に黄金が詰まった竹が見つかることがあった
 何故かという理由も、てゐには粗方察しがついたが、誰にも秘密にしていた

 もしも、こんな話が外に漏れれば、人々はこぞって竹林に押し寄せるだろう
 そうなれば、竹林で迷い人になる人間が増える。そうなれば、とても対処しきれたものではない

 無論、黄金を独り占めにしたい欲もあった。永琳は気付いていたかもしれないが、黙っていたのは騒ぎになるのを恐れたからであろう

 てゐは走る。今回は、黄金が目的ではない

 竹林の道の終点になる場所に、一軒の小屋があった
 すでに誰も住んでいないのは一目見て分かる。屋根も壁もボロボロに剥がれ落ち、乞食も住まないあばら屋である

 千年経っても、これほど家がボロボロになることなどあるまい、ちょっとやそっとの古さではない
 ほとんど風化しかけているが、それはなんとか家の原型を留めている

 てゐの目的はこの小屋だった。この竹林に黄金が詰まった竹を見つけた時、一緒にこの小屋を発見した
 この小屋に住んでいたのが誰か、てゐは察しがついている

 かつて天武天皇の御世、月の世界から一人の姫が降りてきた
 その姫は三寸ばかりの小さな身体に変えられ、竹の中に隠された

 やがてそれは讃岐造という翁に見つけられ、大きく成長する

 彼女は三室戸斎部の秋田により、なよ竹のかぐや姫と名づけられる

 すなわち、この竹林こそ輝夜が月の都から追放されて地上に降り立った場所であり、この小屋こそ輝夜が育てられた屋敷の成れの果てなのだ
 この近くで黄金の詰まった竹が見つかるのも、かつて永琳が讃岐造夫婦に送った黄金の名残なのだ

 輝夜に何度と聞かされた当時の屋敷の様子や、求婚して偽者の鉢を送った石作皇子が捨てた鉢も見つけた
 ほぼ間違いなく、この小屋こそが輝夜が育った家なのである

「ご、ご免するウサ…」

 一呼吸置いて、てゐは小屋の戸を開いた
 当然、中には誰もいない。埃と蜘蛛の巣があるばかりで、千年以上人の出入りが無かった事を示している




 てゐの目的は一つだった…




 竹取物語の結末は、かぐや姫は月に帰り帝と讃岐造に『不老不死の薬』を渡した
 帝はそれを天に一番近いところで焼くように命じ、讃岐造はただ泣き明かして死んでしまった

 実際には輝夜は月の都には戻っていないし、帝が焼くように命じた薬は妹紅が奪ってしまった
『不老不死の薬』…すなわち、永琳が作った『蓬莱の薬』である

 一つだけ、実際の歴史と同じなのは、竹取の翁こと讃岐造は蓬莱の薬を服用していないということである
 つまり、この小屋のどこかに、『蓬莱の薬』があるはずなのである

「うう~、埃臭いウサ…。一体、どこに隠したウサ…」

 てゐは小屋の中を探し出した。この部屋のどこかに『蓬莱の薬』があるはず
 それがあれば、魔理沙は不老不死になる。そうすれば、時の光を通ることができる

 自分の封印された過去を知ることもできるはずである

 襖と云う襖、戸と云う戸を全て片っ端から開けて行く
 どこを空けても見つからない。いるのは大量の蜘蛛と蛇だけだった

 気味が悪くなって出ようとした時、床板の一部だけ踏んだ時の音が違うことに気付いた
 てゐはそっと、その床板を外してみた…



「あ、あったウサ…!」



 そこには、一つの薬籠が大切に保管されていた
 八意印がついた薬籠に、厳重な封がされている

 しかし、その封は長年の歳月にさらされ、ほぼ効力を失っている

 てゐはその封を破った。中には、この世に存在するどんな色でも表現できない、形容の仕様がない色の薬が入っていた
 これこそが、『蓬莱の薬』に間違いない

「てゐ!。ここにいるの!」

「―――!?」

『蓬莱の薬』を見つけて喜んだのも束の間、小屋の入り口から聞き覚えのある声がした
 しかも、それはどんどんてゐに近づいていく

「てゐ!」

 てゐのいた部屋の襖が、勢い良く開いた
 そこにいたのは、鈴仙・優曇華院・イナバであった

「れ、鈴仙…。どうしてここに…、後を尾けてくるなんて酷いウサ!」

 この小屋は、てゐしか知らない所にある。てゐを尾行せぬ限り、優曇華がここに辿り着くはずがない
 元月の都の軍人である優曇華には、尾行などお手の物だ
 てゐは抗議するように見せて、素早く『蓬莱の薬』を後ろに隠した

「あんたの様子がおかしいから、様子を見に来たまでよ…
 それで、いま何を隠したの?」

 しかし、優曇華は見逃さなかった

「何でもないウサ。ただの笹茶ウサ」

「ウソおっしゃい!。何を隠したの、見せなさい!」

 そういって、てゐを捕まえようと優曇華の手が伸びる
 優曇華の長い手足が、てゐに迫る

「や、やめるウサ!。離すウサ!」

「いいから見せなさい!」

 てゐを捕まえた優曇華が、てゐの右手を捻った

「こ、これは…!?」

 優曇華は目を疑った。優曇華は、まだここがどこなのか知らない
 てゐがまたよからぬ事を考えてはいないかと後を尾行したのだ

 しかし、いまてゐが手にしている薬瓶…これは…

「こ、これは…。まさか、『蓬莱の薬』…?
 どうしてこんな物が…?」

 優曇華も、話に聞いていただけで実物を見るのは初めてだった
 月の都で永琳だけが作り出せた奇蹟の薬『蓬莱の薬』

「てゐ!。どういうことなの!。あなた、これをどうするつもり!」

 優曇華がてゐに詰め寄る

 優曇華の脳裏に、記憶が舞い戻る
 あれはそう、魔理沙が時の最果てを出て行った時のてゐの表情…



「―――!?、まさか、あなた、あの人間にこの『蓬莱の薬』を飲ませるつもり…!?」

「―――!?」

 

 優曇華の予想は的中してしまった。慥かに、あの時慧音が言った
 時の光を通るには、『蓬莱の薬』を飲めばいいと…

 それを聞いてから、てゐの様子がおかしくなった…

 輝夜はもう地上に『蓬莱の薬』は残っていないと思っていた
 あの時、てゐだけが『蓬莱の薬』のありかを知っていたのだ

「何を考えているの!。姫様や妹紅さんを見て分からないの!
 その薬を飲んでしまえば、それは永遠に地上の世界に束縛された一生を送ることになる
 それがどんなに辛く苦しいことか、あんたには分からないの!」

 優曇華が激しくてゐを問い詰める
『蓬莱の薬』に手を出せば、もはや月の都で暮らすことはできなくなる
 穢れた地上の世界で、一生、永遠に暮らさなければならないのである

「それは私が預かるわ!。そんなものを使ってはダメよ!」

 優曇華が、『蓬莱の薬』に手を出す
 しかし、てゐはその手を払いのけ、両手で薬瓶を抱え込む

「イヤだウサ!。あの人間は自分の過去を知りたがってるウサ!
 この薬があれば、自分の過去を知る事ができるウサ!
 なんでそれを邪魔するウサ!」

 てゐは必死で薬瓶を護る
 どうしててゐが魔理沙に肩入れするのか、それは分からない

 ただ、今回の異変で、てゐは一人で言葉も通じない世界に飛ばされた
 その中で、紅魔館の連中の過去を覗いてしまった
 普段はただはしゃいで遊んでいるだけのような連中でも、そこには悲しい過去があった

 魔理沙は、その記憶を封印してしまっている
 今回の異変のせいで、それを魔理沙自身が知ってしまった以上、それを知る権利が魔理沙にはある
 てゐはそう考えたのだ…

「馬鹿なことを言わないで、その薬をあの人間に飲ませたら、お師匠様がどれだけ悲しむと思ってるの!」

 優曇華はてゐを全身で捉え、その手を開こうとする
 しかし、てゐも全力でそれに逆らった

「そんなもの知らないウサ!。私の方が年上だから、私の言うことが正しいウサ!」

「都合のいいときだけ、年上ぶるんじゃないわよ!」

 そういって、二人は一つの薬瓶を奪い合った
 かたや、全身で薬瓶を護るてゐと、その両腕を開かせようとする優曇華

 二人の身体が揉み合い、激しく打ち合う

「あ―――!?」

 そうこうしている内に、とうとう薬瓶は二人の手を離れてしまった
 ふとした拍子にてゐの手から滑った薬瓶が、宙を舞いただよう

 このままいけば、床に落ちて薬瓶が砕けてしまう
 そうなれば、『蓬莱の薬』はいよいよこの地上から完全になくなってしまう

 しかし、もう二人にはどうすることもできない

 このまま、床に落ちるのを見守るしかないのだ…!



「よっと――!」



 しかし、『蓬莱の薬』が床に落ちる正に直前!
 一つの手が、『蓬莱の薬』を受け止めた

「あ、あなたは…!」

 優曇華が驚愕する
 そこにいたのは、緑の長い髪に三角の被り物を被った悪霊の魔術師

 魔理沙の師匠、魅魔だった―――

「ほう、これが『蓬莱の薬』か…。なるほどねえ、慥かにちょっと見ただけじゃあ精製過程がちっとも分からない
 これを造ったのは、よほどの賢者か天才だねえ」

 自らが受け止めた『蓬莱の薬』を、魅魔はゆっくりと眺めた

「や、やったウサ、早くそれをあの人間に届けるウサ!」

 てゐが喜びの声を挙げた
 てゐは魅魔が、魔理沙の為に『蓬莱の薬』を取りにきたと思った

 魅魔は幻想郷で最強の魔法使いだ、優曇華などでは手も足も出ないだろう

「く…、それを返して!」

 優曇華が臨戦態勢を整え立ち上がろうとする
 たとえ勝てない事が分かっていても、このまま『蓬莱の薬』を渡す訳にはいかない

 しかし、優曇華にはてゐがしがみ付いていた

「はやく、それを持って逃げるウサ!。それをあの人間に飲ませるウサ!」

 てゐは必死で優曇華にしがみ付いた
 振りほどく方も必死であるが、魅魔は涼しい顔をしている

「ドタバタとやかましいねえ、これをどうするかは私が決めるさ」

 そういうと、魅魔は薬を受け止めたのと反対の手に一冊の書物を召還した
 何の変哲もない、普通のノートである

 魅魔はそのノートを開き、その帳面に向かって『蓬莱の薬』を一滴垂らした

「―――!?」

「―――!?」

 その瞬間、ノートが物凄い勢いで光だし、猛烈なスピードでページが捲られていく
 ページの捲られる勢いで、強烈な風が部屋の中に吹き荒れる

「はぁーはっはっは!。これは凄い!。これほどのレシピは見た事がないよ!
 見てみな!、私の新品の魔導書がもう半分以上も埋まっているよ!」

 魅魔がその様子を見ながら、盛大に嗤った
 魅魔は、『蓬莱の薬』のレシピを魔法で解析し、それを魔導書に書き写しているのだ
 自分がいつも使っている魔導書は、今はアリスに預けてある
 新しい魔導書を使っているというのに、そのページ数は魔導書の半分を超えた
 こんなに緻密なレシピは見た事がない

 それは、ほんの数分の出来事が何時間にも感じられた

 やがて、風も光も収まり、呆気に取られた二人はボーっと突っ立ったままになった

「ふう、新品の魔導書がほとんど埋まってしまったねえ。まさか、こんな所で『蓬莱の薬』のレシピなんてレアな物が手に入るとはね」

 そういうと、魅魔は一息ついた
 どうやら、魅魔は初めから、『蓬莱の薬』のレシピを手に入れることが目的だったらしい

「さて…、この『蓬莱の薬』だけど…」

 その言葉で、ようやく二人は正気に戻った
 まだ、魅魔の手には『蓬莱の薬』があるのである

「そ、そうウサ!。早くそれを魔理沙に届けるウサ!」

「さ、させません!」

 そういって、二人は再びもつれあった
 その二人の様子を見て、魅魔は嬉しそうに嗤った



 魅魔の手から、薬瓶が滑り落ちる…



「あ、あああ―――!!!!」

 てゐが叫ぶよりも早く、薬瓶は床に落ち、粉々に砕け散ってしまった
『蓬莱の薬』は、床に散らばり、もはやかき集めることはできなくなった

「な、なにするウサ!。これじゃあ、あの人間が…」

 優曇華を離したてゐは、その場にへたり込んだ
 これで、今までの苦労が全て水の泡になってしまった…

 魔理沙は、もう二度と自分の過去を知る事ができない…
 そう思うと、てゐの眼に涙が溢れてきた…

「ウサギさん…。ウチの馬鹿弟子の為に面倒をかけちまったね
 師匠として謝るよ。だがね、ウサギさん…。あんまりウチの弟子を侮ってもらっちゃあ困るねえ」

 魅魔の言葉に、てゐは不思議そうに顔を上げた
 その眼は、てゐに語りかけているようでいてそうでない。まるで、虚空を見つめているかのような瞳だった

「私はこんな薬に頼るような、ヤワな育て方はしてはいないよ
 アイツはあれで魔法使いだからね。魔法使いなら、自分の事は自分の力で始末をつけるものさ
 なぁに、アイツはそれくらいの事でへこたれるようなタマじゃない
 きっと、自分の力で解決して、そして、それを乗り越えるさ…」

 そういうと、魅魔はてゐに微笑んだ…
 なんとなく分かる…。いま、魅魔はこの場にはいない魔理沙に語りかけたのだ…

 人や薬に頼るのではなく、自分自身の力でなんとかしろ…

 魅魔は魔理沙に試練を与えたのだ

「あんたらには余計な心配をかけてしまったようだね、代わりにといっちゃあなんだが、コレをやろう」

 そういうと、魅魔は懐から人の頭くらいの大きさのある水晶玉を取り出し、それを二人に向かって放った

「その霊水晶には、時空を超えて状況を映し出す力がある。そいつがあれば、あの二人のお嬢ちゃんが向かった時代の状況も見えるようになるだろう」

「…!?」

 魅魔が渡した霊水晶からは、時間の流れを逆行する波動が放たれる
 そのため、過去の時代の状況を映し出すことができる。魔界の超レアアイテムである

「じゃあ、私は戻るとしよう。あんたらには借りができたようだ、困った時は私を呼びな
 じゃあな」

 そういうと、一陣の風と共に魅魔は消えていった
 その場には、てゐと優曇華の二人だけが残された
書くのに随分と時間が掛かりました。職場が変わったりしたからかなぁ

次回からは輝夜ともこたんはほとんどでて来ません。今回は魔理沙とアリスが中心になります

東方以外のパロディ・オマージュが存在します

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ダイ
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コメント



0.690簡易評価
13.無評価名前が無い程度の能力削除
「日本てるもこ協会公認」←これ止めませんか?

創想話以外でも見かけますが不快です。
23.70名前が無い程度の能力削除
眼鏡を外したのび太

ってこれですか→3 。3
25.無評価名前が無い程度の能力削除
日本てるもこ協会に入るにはどうしたらよいですか?
27.無評価名前が無い程度の能力削除
>>13の方と同意です。
妹紅×輝夜が好きなので、勝手に協会だの公認だの名乗られたら不快です。
31.無評価名前が無い程度の能力削除
pixivのコメ欄で見たことあるなぁ
別にてるもこは好きだが、いい大人が恥ずかしいからやめろよ
妄想振りまくのも限度ってあるだろ?
42.100幻影火賊削除
毎回楽しみに読んでます。
これからもヨロシクお願いしますね