「なぁアリス、お前ってホント根暗だな」
魔法の森にある木々達が葉を散らし冬の訪れを迎えたある日、突然私の家にやってきた白黒の魔法使いは、こちらに向けて唐突に暴言を吐いた。
「……人形を投げる前に、理由だけは訊いてあげるわ」
私は手に持っていた作りかけの人形をテーブルの上に置いて、顔を上げる。
そこには、一人の少女が座っていた。まるで絵本の中の魔女が身に着けているような白黒の服に、金色の長い髪……。
少女――霧雨 魔理沙は、私の言葉に悪びれる様子も無く頬を吊り上げた。
「生憎と口が悪いのは性分なんでね、残念だけど諦めてもらうぜ?」
そう言って魔理沙は、目の前に置かれているティーカップを口へと運ぶ。
この程度の脅しが通じるような相手ではないことは、自分でも良く分かっている。
仕方が無いので、私は深く溜息をついた。
「それで? 突然人の家に押しかけて来た挙句に暴言を吐くとは、いったいどう言うつもりなのかしら?」
「実はさっきから私は、出された茶を飲みながらある観察していた訳だ」
「観察? いったい何の?」
「人形遣いである、アリス・マーガトロイドの日常ってやつをだよ」
そう言って、魔理沙はこちらへ向けて人差し指をピンと伸ばす。人を指差すのは失礼に当たることを知らないのか、彼女の顔は笑顔である。
対する私は、意味が分からずにキョトンとしてしまった。
「え……私の観察?」
「そう、お前の観察だ」
「何故?」
「なんとなくだぜ」
「相変わらず失礼ね?」
「性分だぜ」
何を言っても崩れることの無い魔理沙の笑顔に、私は再び溜息を付く。コイツと知り合ってずいぶんと経つが、間違いなく私の溜息を付く回数は日々増えていっている気がする。
それに気付く様子もなく、彼女は再び口を開いた。
「さっきから見てれば、お前って奴は黙々と一人で人形ばっか作りやがって。そんなんだから、根暗だって言われるんだよ」
「あら、誰からも言われた覚えのない台詞ね」
「そいつは人の噂話に耳を傾けていない証拠だな。世間が抱いてるお前のイメージは、友達もいない根暗な引きこもりの人形遣いだぜ?」
「喧嘩売ってるとしか思えないんだけど?」
テーブルの上に置いた人形を、私は再び手に持つ。
作りかけだが、失礼極まりない魔法使いの口を閉じさせるくらいの破壊力はあるだろう。
「おいおい、別に私が言った訳じゃないぜ?」
「間違った噂話を正すには、大元を断つのが一番だと思うけど?」
「失礼な奴だな。私はお前のパートナーとして助言してやってるって言うのに」
「えっ?」
聞きなれない言葉に、私の思考は一瞬止まってしまう。
コイツは今、確かに『お前のパートナーとして』と言う台詞を言ったはずだ。その言葉が意味するのは、魔理沙は私をパートナーとして認めていると言うことだ。
それに気付いた瞬間、私の顔が熱を持つのを感じた。
「ッ?!」
マズイ。
この状況は、非常にマズイ。
この程度の不意打ちで顔を赤くしてしまっては、いい笑い者だ。
新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべる魔理沙の顔が、頭に浮かぶ。都会派魔女の私としては、こんな田舎魔女に笑われる訳にはいかない。
私は赤く染まっているであろう自分の顔を隠すために、慌てて彼女から顔を背けた。
「なんだよ? どうかしたか?」
「べ、別に!」
魔理沙から顔を背けたまま、気にするなと言う風に私は手を振る。そして、誤魔化す為に再び口を開いた。
「そ、それで? 私の性根を直すって、いったい何をさせる気なのかしら?」
「おぉ、そうだった。実はな、今夜霊夢んとこで宴会があるんだ」
「あぁ、そう。楽しんできたらいいじゃない」
「いや、お前も行くんだよ」
「はぁ?」
突然の提案に、私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
今までも何度か宴会には誘われたことはあったが、参加したことなど一度もない。元々、騒がしい場所は苦手なのだ。 それなのに自分のような者がいれば、周りの空気を悪くしてしまう。
故に、私は宴会などには無縁の存在だった訳だが……
「冗談でしょ? どうして私が、宴会なんかに参加しなければならないのよ?」
「お前が根暗なのは、普段から一人でばっかいるからだ。この機会に、私以外の友人を作れよ」
「別に友人なんか欲しくないわよ。私は今の生活で、十分満足してるわ」
「そこが根暗だって言ってるんだぜ。分からん奴め」
「そっちこそ空気が読めてないわね。私は寂しさなんて感じないの。だいたい、宴会に行ってどうしろって言うのよ? 突然知らない人が輪に入れば、周りを混乱させるだけだわ」
「そこだ!」
私の言葉に、魔理沙は勢い良く立ち上がる。
まるでそれは、その台詞を待っていたと言う風に感じた。
「そう、突然見ず知らずの他人が輪の中に現れたら、誰もが混乱してしまうよな?」
なぜか嬉しそうに、魔理沙はこちらへと身を乗り出しながら言う。
「え、ええ……普通に考えれば、そうなるでしょ?」
「そこで私は考えた訳だ。どうすれば、お前を上手く他の連中に紹介できるのか……? そして私は、一つの方法を閃いた」
「方法……?」
私の言葉に、魔理沙は頬を吊り上げる。
「ああ……お前にしか出来ないやり方だ」
――☆――
「それで……どうして私はクッキーを焼いてるのかしら?」
小麦粉をこねる手を止めて、私は顔を上げる。隣には相変わらず美味しそうにお茶を飲む魔理沙の姿があった。
「簡単だぜ? お前は人形遣い。そして宴会には食べ物が必要。その結果として行き着いた答えが、人の形をしたクッキーだ」
「呪いでもかけろと?」
「物騒なこと言うなよ。それに、このアイデアには自信があるんだよ」
手に持っていたティーカップを置いて、魔理沙は言葉を続ける。
「いいか? 宴会に来る連中の歳や種族は様々だが、全員女であることには変わらない。そして女って生き物は、可愛い物には目が無い訳だ。そこで色々な人物のデフェルメされたクッキーを差し出されてみろ? 盛り上がるのは必然だぜ」
「女である貴女が、それを語るのも妙な話だけれど……そんなものかしら?」
「ああ、そんなもんだぜ。それに、お前が作るクッキーは美味いからな。味の心配も無いって訳だ」
「なッ?!」
突然の褒め言葉に、私は言葉を無くす。
先程から、コイツは不意打ちで人を褒めたりしてくる。その度に赤くなってしまう自分が憎らしい。
「ま、まぁ私は貴女と違って粗暴(がさつ)じゃないから、これくらい楽勝よ」
「粗暴ってのは頷けないが、お前は自分の魔法に対して、もっと自信を持ってもいいと思うぜ?」
「魔法? 料理じゃなくて?」
そう言って、私は手元にあるクッキーの生地を見る。
確かに私は今、魔法など使っていない。ただ普通に、クッキーを焼いているだけだ。
しかしそんな私に、魔理沙は言葉を返す。
「いいや、料理っていうのは立派な魔法だぜ。元々はただの食材を、煮たり焼いたりして姿形を変化させ、美味くするんだからな。これを魔法と言わず何と言う」
「なるほど……貴女にしては、面白い考え方ね」
考えてみれば、少し納得してしまう理論だ。
コイツはよく突拍子も無いことを言うが、なぜか人を納得させるのが上手い。
「そして料理って魔法に欠かせない物が、食べてもらう相手への想いだ。それを加えれば、出来上がった物は魅了の魔法にも不可視の呪いにもなるって訳だ」
「なるほど、毒を仕込めと」
「お前、誰かに恨みでもあるのか?」
「冗談よ」
笑って、私は生地を型から抜いていく。
魔理沙に言われて作り出したこの人形クッキーだが、気が付くと意外と自分でも楽しんで作っていた。
しかし、未だに解せないことが一つある。
なぜ魔理沙は、突然こんなことを言い出したのだろうか?
コイツが突然家に押しかけてくるのはよくあることだが、他人と関わりを持てと言われるのは初めてだ。
もしかして、本当にパートナーとしてこちらを心配して言ってくれているのだろうか?
もし、そうなのだとしたら……
「ちょっと……嬉しいかも」
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないわよ馬鹿魔理沙!!」
「危なッ?! 型抜きをこっちに向けるなよ! 刺さったらどうすんだ?!」
「ウルサイわね! 人の邪魔ばっかするからでしょ!」
照れ隠しに怒鳴ってみるが、私の口元はついつい緩んでしまう。
全くコイツは本当に、どうしようもない程に御節介な奴だ。
――☆――
日も暮れて夜の帳が幻想郷を包んだ頃、私達は博麗神社へと赴いた。
「よし、到着っと」
隣に立つ魔理沙が、箒から飛び降りる。
それを確認して、私は目の前にある社を見た。
「ねぇ魔理沙……本当に行くの?」
目の前にある障子を見つめながら、私は訊く。
明かりの付いたその中からは、喧騒が響いていた。
どうやら、もう既に宴会は始まっているようだ。
そこに今から飛び込んでいくと考えると、少し躊躇してしまう。
「何だよ今更? もしかして、怖気づいたか?」
「ち、違うわよ!」
「だったら早く行こうぜ。もう始まっちまってるみたいだしな」
ほら、と魔理沙はこちらに手を差し出す。
「えっ?」
その手を、私はついつい凝視してしまう。
これは、いったい何だろうか?
もしや、こちらの手を引いてくれるとでも言うのだろうか?
「どうした、アリス?」
「い、いや……その、」
不思議そうな顔をして、首を傾げる魔理沙。
対し私は、なぜか慌ててしまう。
こうも突然に手を差し出されても、こちらとしては素直にその手を取ることは出来ない。
こっちにも、心の準備というものが……
「安心しろって。クッキーはバッチリ美味く出来上がったんだろ?」
「た、確かにそれは上手く焼けたけど……その、えっと」
「ああもう、じれったい奴め!」
頭をガシガシと掻いて、魔理沙はこちらの手を掴む。
「ここまで来たんだ、私を信じて覚悟を決めろ!」
「ちょ、魔理沙?!」
私の制止も聞かず、魔理沙は大きく踏み出す。
そして、目の前の障子を勢い良く開けた。
「ッ?!」
瞬間、大きくなった喧騒が耳に届く。それと共に私の瞳に飛び込んできたのは、大勢の人達の姿だった。
人間もいれば、妖怪もいる。年齢も様々で、大人から子供まで幅は広い。
そんな中、一人の小さな少女がこちらへと近づいてきた。
「お、遅かったね魔理沙?」
右手に酒が並々と注がれた杯を持った少女は、言葉と共にそれを一気に飲み干す。
見た目は普通の少女だが、その頭にある二本の角が、彼女が人間ではなく妖怪であることを物語っていた。
「鬼……?」
初めて見るが、この娘は鬼と呼ばれる妖怪だろう。妖怪の中でもかなりの力を持った種族であるが、今ではあまり見かけなくなった連中だ。
しかし、こんなに小さな姿をしているとは予想外だ。
「よう萃香。ちょっと肴の準備に手間取ってな」
「ほぅ、そりゃ期待しちまうねぇ。おや、ところで後ろのお嬢さんは?」
魔理沙の後ろに隠れていた私を、鬼の少女の瞳が捉える。
「ッ?! あ、あの……わ、私は」
「あぁ、コイツが前に話してた人形遣いだ」
「へぇ、アンタがそうかい」
魔理沙の言葉に、鬼の少女の頬が緩む。
「私は鬼の伊吹 萃香だ。よろしく頼むよ?」
そう言って、萃香は手をこちらへ差し出す。
「あ……わ、私は人形遣いのアリス・マーガトロイド」
その手を、私は慌てて握る。
見た目と同じく、小さく柔らかい子供のような掌だ。想像していた鬼の姿との違いに、少し拍子抜けしてしまう。
そんな事はお構いなしに、萃香はこちらの手を握ったままブンブンと上下に振る。
そして、
「んじゃアリス、早速だけど駆け付け一杯だ」
腰にぶら下げていた瓢箪を傾けて、手に持っていた杯に酒を注ぐ。
そして並々酒が注がれたそれを、ずいっとこちらへ差し出した。
「え? ちょ、あの……」
「萃香の酒は美味いぜ? なにせ、鬼を殺す程だからな」
しどろもどろの私に、魔理沙は笑顔で言う。
これは一気に飲み干せと言うことなのだろうか? しかし自慢ではないが、私は決して酒に強い方ではない。
断りたいところだが、魔理沙の言葉を受けた萃香のテンションは上がりっぱなしだ。
「嬉しいことを言ってくれるねぇ、魔理沙。ってな訳だ、ほら一気にぐいっとやっちゃって」
「え、ええ……」
どうやら、これは飲む以外の選択肢は無いらしい。
私は意を決して、杯を口へと運ぼうとして……
「こら! また無理矢理飲ませようとして、この酔っ払いは……」
そこで突然横から現れた手が、私から杯を奪う。
顔を上げると、そこには巫女装束に身を包んだ少女の姿があった。
「霊夢……」
その少女の顔に、見覚えがある。
確かこの博麗神社の巫女である、博麗 霊夢だ。
「久しぶりね、アリス。月が消えた異変以来かしら?」
「え、ええ……そうね」
「おや、霊夢はアリスと顔見知りだったのかい?」
意外そうな顔で、萃香は訊く。
「そういう事。だから無理矢理飲ませちゃ駄目よ?」
「仕方ないねぇ」
萃香は残念そうに呟いて、霊夢から返してもらった杯を傾ける。しかし杯の中身が空になると、その顔には笑顔が戻っていた。
どうやらこの鬼は、とにかく美味い酒が飲めれば満足らしい。
「それにしてもアリス、アンタが宴会に参加するのは珍しいわね?」
「あぁ、それは」
言葉を返して、私は隣に立つ魔理沙を見る。すると彼女はニカっと笑って言葉を繋いだ。
「私が連れてきたんだ。美味い肴と一緒にな」
な、アリス? と言われて、私は慌てて肩から下げていた鞄から小さな箱を取り出す。
その中には、あの人形クッキーが入っている。
「これ、よかったら」
「あら、気が利くわね。ありがたく頂くわ」
箱を受け取った霊夢は、それを開ける。
そして中身を見て、感嘆の声を上げた。
「あら可愛い。これは……私?」
「だろ? アリス特製の人形クッキーだぜ」
「ほぉ、よく出来てるねぇ」
霊夢が摘み上げたそれは、自分の姿がデフォルメされたクッキーだった。
それをまじまじと見つめて、彼女は微笑む。
「さすがは人形遣いってことかしら。食べるのが勿体無いわね」
「そ、そんなことないわ」
「別に謙遜しなくてもいいのに」
ふふっと笑って、霊夢は摘み上げたクッキーを口へ運ぼうとして、
「あら、勿体無いなら私が代わりに食べてあげるわよ?」
突然横から伸びてきた手に、それを奪われた。
「なッ?!」
驚いた顔で伸びてきた手を追うと、そこには一人の少女がいた。見た目は普通の小柄な少女だが、その背には一対のコウモリの翼がある。
どうやら彼女も、妖怪のようだ。
コウモリ少女は霊夢から奪ったクッキーを口に放り込むと、数回噛んだ後に、
「あら、美味しいわ。作ったのは貴女?」
と、優雅に微笑んだ。
「えっと、そうだけど」
「ウチにも優秀なメイドがいるけど、お菓子の腕に関しては貴女も中々ね。自信を持っていいわよ?」
「え、ええ……ありがとう」
初対面の相手にこうも図々しい態度を取られれば普通は癪に思う所だが、何故かこの少女に言われると、不思議とそんな風には感じない。
それは彼女が、どこか高貴な雰囲気を醸(かも)し出しているせいなのかもしれない。
「レ~ミ~リ~ア~?」
クッキーを奪われた霊夢は、コウモリ少女を捕まえようと腕を振り下ろす。
それを少女はするりと避けて笑った。
「あら霊夢、良かれと思って食べてあげたのに、怒ることはないんじゃない?」
「分かっててやったんでしょうが、アンタは!」
そのまま追いかけっこを始める二人。
呆然とそれを目で追っていると、
「申し訳ありません、お嬢様が御迷惑をかけたようで」
メイド服を着た少女が隣に立ち、頭を下げた。
「いえ、気にしないで。それに、まだ沢山あるから大丈夫よ」
「そうですか、よかったですわ」
そう言って、メイド服の少女は微笑む。
コウモリ少女のことをお嬢様と呼んでいた辺り、あの少女の従者なのだろうか。
「あの、よかったら貴女もどうかしら?」
「ありがとうございます、頂きますわ」
クッキーの入った箱を差し出すと、メイドの少女は頭を下げて、その一つを摘み上げる。
しかしそれを口に運ぼうとはせずに、まじまじと見つめた。
「えっと……どうかした?」
「あ、いえ……その、よく出来てるなと」
「そうかしら?」
「ええ、とても可愛らしいですわ。作るのに苦労したのでは?」
「そんなことないわ。意外と簡単よ」
「そうですか……あの、よかったら作り方を教えて頂けないかしら?」
「別に構わないわよ?」
「本当ですか?!」
私の言葉が嬉しかったのか、メイドの少女はこちらの手をぎゅっと握る。
それをぶんぶんと振ると、笑顔をこちらに向けた。
「ありがとうございます。 私、紅魔館のメイド長をしております、十六夜 咲夜ですわ」
「そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったわ。私は人形遣いのアリス・マーガトロイドよ」
私は苦笑交じりに答える。
それに咲夜は、少し驚いた様子で声を上げた。
「ああ、貴女が魔理沙の言っていた人形遣いだったのね」
先程の萃香との会話でも出てきたが、どうやら魔理沙はあちこちで私のことを話しているらしい。
自分の知らない人が自分の事を知っているのは、不思議な気分だ。
それにしても魔理沙は、どんな風に私の事を話していたのだろうか?
「ちなみに、魔理沙は私のことを何と言ってたのかしら?」
「えっと……」
咲夜は少しだけ迷った後に、
「人形しか友達のいない、根暗な魔法使いだと」
「やっぱり貴女が噂の原因じゃないの!!」
魔理沙への文句と共に勢い良く振り向くが、私の怒りは瞬時に消えてしまった。
なぜならば、その怒りの矛先である魔理沙の様子が変だったからだ。
どこか思い詰めた顔で、彼女はこちらをじっと見つめていた。
「魔理沙……どうかしたの?」
声をかけると、彼女ははっとした様子で慌てて両手を振った。
「い、いや! 何でもないぜ!」
「そう?」
「ああ……」
そう答えて、魔理沙は帽子を目深に被る。
そして、
「なぁアリス……私もクッキーもらっていいか?」
と、小さな声で訊いた。
「ええ、いいわよ」
答えて箱を差し出すと、魔理沙は「悪いな」と呟いて……
「もがッ!!」
一気にその中身を、全て自分の口に押し込んだ。
「……は?」
訳が分からず、思考が止まる。
対する魔理沙は、まるでハムスターのように頬を膨らませて口の中のクッキーをボリボリと噛んでいた。
そして彼女がそれらを全て飲み込んだ所で、ようやく私の思考は戻ってきた。
「な……なにしてんのよ馬鹿魔理沙?!」
「悪いなアリス、ご馳走さん!」
ニカっと笑って、魔理沙は外へと駆け出す。
「ちょ、待ちなさいよ!」
こちらの静止も聞かずに走り去っていく彼女を見送って、私は頬を膨らませた。
「なんなのよ、もう……せっかく作ったのに、全部一人で食べることないじゃない」
「あらあら、大変ですわね」
私達のやり取りを隣で傍観していた咲夜が、口を開く。
「ごめんなさい。あの馬鹿、絶対に後で懲らしめてやるわ」
「いえ、気にしなくても結構ですわ。あの娘の気持ちも、分からなくはないですし」
その言葉に、私は首を傾げる。
「魔理沙の……気持ち?」
それに咲夜は口元に手を当てて、ふふっと小さく笑った。
「ええ……あの娘らしい、可愛い嫉妬心ですわ」
――☆――
社から外に出ると、冷たい夜風が私の頬を撫でた。
「まったく、どこ行ったのかしら?」
呟いて、私は辺りを見渡す。
すると境内の中にある石段に腰掛けている人影を見つけた。
近付いてみると、相手はこちらに気付く様子もなく、ただ呆然と夜空を見上げている。
「……魔理沙?」
私の声に、人影は振り向く。
そこには、バツの悪そうな顔をした魔理沙がいた。
「よ、よぉアリス。こんな所でどうしたんだ?」
「どうしたじゃないでしょ。貴女が中々帰ってこないから、心配して来てあげたっていうのに」
「そっか……そりゃ悪かったな」
そう答えて、魔理沙はまた夜空を見上げる。
それに私は小さく溜息を付いて、彼女の隣に腰を下ろした。
「今日、色んな人達と仲良くなったわ。霊夢と萃香にお菓子を作ってあげる約束もしたし、今度咲夜と一緒にクッキーを焼く約束もした」
「そっか……よかったじゃないか」
「ええ、そうね。貴女のおかげだわ」
「そいつは違うぜ。私は別に何もしてない。全部、お前が頑張った結果だ」
「そうかしら?」
「ああ、そうだぜ。お前はもっと、自分に自信を持っていいんだ」
そう答える魔理沙の顔を、私は横目で盗み見る。その表所は先程見たのと同じく、どこか思い詰めた様子を感じさせた。
「ねぇ魔理沙……だったら何故、あんなことしたの? 別にクッキーが欲しかった訳じゃないんでしょ?」
「…………」
無言で、魔理沙は立ち上がる。続いて、くるりとこちらに背を向けた。
「ちょっと……」
そして彼女は、ポツリと……
「ちょっと……悔しかったんだ」
ポツリと、呟くように答えた。
「私は冗談でお前を根暗だって笑ってたけど、他の連中にもそう言われるのが悔しかったんだ。だから、お前を皆に紹介して、本当はいい奴だって証明したかった」
今、彼女の表情はどうなっているのだろうか?
笑っている?
それとも、泣いているだろうか?
「思ってた通り、お前は皆に受け入れられたよ。でも……なんか、それを見てたら無性にムカついた」
彼女から背を向けられている私には、それが分からない。
でも、無性に……
「まるでお前を皆に取られた感じがしてさ……だからああやって、邪魔するようなことをしたんだ……ごめん、アリス」
無性に私は、彼女を愛しく思えた。
「……本当、貴女って馬鹿ね」
私は、魔理沙の背中を優しく包み込む。
彼女の温もりが胸を包み込むようで、どこか安心する。
「心配しなくたって、私はどこにも行ったりしないわよ」
こんなに愛しく感じるからだろうか?
こうも素直に、彼女を求められるのは……
こうも素直に、彼女に想いを伝えられるのは……
「私は貴女のパートナーなんでしょ? だったら、私の居場所は一つだけだわ」
私は魔理沙の体を抱き締める腕の力を、少しだけ強める。
そうだ……私の居場所なんて、初めから決まっている。
「貴女の隣に、これからもいさせて……ね?」
誰に言われたって、退いてなんかやらない。
どんなに頼まれたって、譲ってやったりなんかしない。
だって私は、こんなにも可愛い魔法使いのパートナーなのだから……。
「……おぅ」
恐らく、魔理沙は照れているのだろう。
彼女は頭の上にあるトレードマークの帽子を、目深に被る。
「それにね魔理沙、せっかく一生懸命魔法を込めたクッキーなんだから、一番魔法に掛かって欲しい相手には味わって食べてもらいたいじゃない?」
そう言って、私は背後から魔理沙へと小さな袋を渡す。
そこには、あの人形クッキーが入っていた。
「お前……これ、」
「貴女にも食べてもらおうと、最初から分けていたの。食べてくれる?」
「……お安い御用だぜ」
笑って答えた魔理沙は、袋の中にあるクッキーを一つ摘み上げる。
そして、それを口に放り込んだ。
「どうかしら?」
「甘くて美味いな。さすがはアリスだ」
「そう、良かったわ」
その言葉を聞く為に、きっと私はこの魔法をかけたのだろう。
しかし、一つだけ問題があった。
どうやらこの魔法は、作った本人にも作用するようだ。
「なぁ、よかったらまた作ってくれるか?」
「仕方ないわね」
不器用な想いを、素直に伝えてくれる魔法……
それはとてもとても甘い、恋の魔法だった……。
――Fin――
やはりジャスティスは素晴らしい。
これからも楽しみにしてます。
極上至高の暇潰しになった
こんな夜分にこんな甘いものを摂取したら、血糖値が上がってしまいそうですw
面白かったです。
次回作以降も、全裸で楽しみにしています。
素晴らしいマリアリだ
どうしてくれようぞ