Coolier - 新生・東方創想話

はじめての こうまかん

2010/12/09 19:07:35
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 うららかなある晴れた春の日でした。紅魔館へと続く道を、稗田阿求さんはルンルン歩いていました。

「あきゅあきゅ、あっきゅん、ピッチピチ、ギャルギャル~」

 歌までうたって、ごきげんです。
 歌を五番まできっちりとうたいきると、今度はあ、それ、あ、それ、と、自作の阿求音頭を踊りはじめました。ステップの踏み方が、特徴的です。
 野には花が咲き、蝶が飛び、湖では氷精が大蝦蟇に食われていました。それを撮影する射命丸は、なんだかひどく嬉しそうな顔をしています。
 春はいいなあ。射命丸はやっぱりロリコンなんだなあ。阿求さんは思いました。
 そうこうしているうちに、なんか知らないけど全体的に真っ赤なお屋敷に、阿求さんはたどり着きました。
 壁も赤、屋根も赤、窓枠まで真っ赤な洋館でした。本日の目的地、紅魔館です。
 阿求さんはぶるぶるふるえだしました。

(超おっかない)

 先ほどの歌も、阿求音頭も、すべては恐怖をまぎらわすためのもの。
 紅魔館は悪魔が住まう館。吸血鬼、魔女、メイド、中国人というなんかまとまりのないメンバーが、夜な夜な乱痴気騒ぎをくりひろげている、幻想郷でも屈指のデンジャースポットです。とりわけ当主であるレミリア・スカーレットさんのおそろしさときたら、「ベギラゴンかイオナズンかでいうと、メガンテだ」と言われているほどでした。
 しかし阿求さんとて、その名も高き九代目御阿礼の乙女。幻想郷縁起のための取材とあらば、どこまでだって出かけていく特攻精神の持ち主です。
 よし、と気合を入れなおして、踊りながら門の前まで行くと、門番が話しかけてきました。門番のみについては、外勤なので以前に取材済みで、既知の間柄です。

「阿求さん。どうしたんですか、M.C.ハマーのようなダンスを踊りながら近づいてくるので、何事かと思いました」
「阿求音頭です。踊ることによって、天地と一つとなり、恐怖をまぎらわせていたのですよ」
「ははは……いえ、わかりますよ。でも、紅魔館は言われているほど、おそろしいところではないんですよ。むしろ、サンリオ・ピューロランドに近いです。そうですね、阿求さんを落ち着かせるためです。しかたない私脱ぎましょう」

 と言って、いつもの人民服みたいなチャイナ服のボタンを外し、胸元をあらわにします。よく育った健康的な乳がほるんと半分まろびでました。阿求さんはごくん、と唾を飲み込みました。

「い、いえいえいえいえ、おかまいなく」
「遠慮なさらず。なんなら撮影も許可ですよ。さあその求聞持の能力で、私の肢体を永遠に記憶するのです」

 たしかに門番の肢体は武術で鍛えているだけあって、やわらかいところはやわらかく、引き締まっているところは引き締まっているという、芸術的な造形をしていました。
 もはやこれまでか、と思い、阿求さんはまじまじと目を見開いて袂から筆と紙を取り出しました。
 そのときです。音もなくメイド長が出現しました。

「何してんのよ」
「わっ」

 阿求さんは驚きました。まばたきひとつしなかったのに、突然門番の横にメイド長があらわれて、半脱ぎだったチャイナ服をきちんと着せなおしているのです。門番は不満そうな顔をしています。阿求さんも、もう少しだったのに、とちょっと思いました。

「お客様に粗相のないように。阿求様、ようこそお越しくださいました。お嬢様がお待ちですわ」
「は、はい。お手柔らかに」
「ふふ」

 ちまたのうわさでは、一本芯の通ったペドフィリアであるというメイド長が、阿求さんを見てわずかに唇のはしっこをつりあげました。
 瀟洒の二つ名に恥じない、小鳥が飛び立つようなとてもきれいで軽やかな笑顔でした。しかし阿求さんは少し身の危険を感じました。阿求さんは何度も転生しているとはいえ、今生でのその身は未だ十歳ほどの真性ロリ乙女。髪と着物の色の合わせ方がおしゃれと評判の、可愛い娘さんです。狙われているのかな、と、警戒するのも無理はありません。
 外門を通りぬけ、庭に入ると、妖精メイドがかがんでパンツ丸出しで草取りをしていました。メイド長の指示でしょうか。阿求さんはさらなる危険を感じましたが、幼児メイドの幼児パンツは春の日にふさわしく和やかで、なんだか落ち着いたのもたしかでした。


◆ ◇ ◆


「ふうん、本書いてるんだ」

 大きなテーブルの上にお行儀悪く寝っ転がりながら、頬杖をついて、阿求さんを興味深く見つめるのは、当主のレミリアさんではなくその妹のフランドール・スカーレットさんです。
 なんでいきなり彼女なんですか。早々に詰んでるじゃないですか。
 と、冷や汗をだらだら流しながらも、阿求さんはええ、妖怪や目立つ人間についての、データブックみたいなものです、と自らの著書を説明します。フランドールさんは紅い洋服に、白い帽子、きれいな金髪に宝石のような特徴的な羽根を持った、とてもかわいい女の子でした。阿求さんよりも、さらに年下に見えます。けれどその攻撃力は姉を凌駕し、ほんとかうそかはわかりませんが、気がふれているので地下室に幽閉されているという、物騒なうわさまで飛び交っているのです。

「私も載る?」
「え」
「その本、私のことも載せてくれるかなあ……」

 テーブルの上でごろんと仰向けになって、おねだりするような目で、阿求さんを見上げてきます。
 猫みたいだな、と阿求さんは思いました。
 阿求さんは猫を見ると、頭や喉やお腹をなでたり、鼻の穴の濡れた部分をこすってやったりしないと気が済まないという性癖をもっていました。
 なのでフランドールさんにもそうしました。

「ごーろごろごろ、うーうーっ」
「なでくり、なでくり」
「阿求様……妹様に過度のスキンシップはご遠慮くださるよう……お願いいたしますわ」
「ハッ」

 メイド長の何故かハァハァ荒い息の交じる押し殺した声の注意にふと我に返ると、悪魔の妹の喉から顔面にかけてをところかわまずなでくりまわしていた自分に気づいて、阿求さんはあわてて手を引っ込めました。
 フランドールさんはすっかり阿求さんのことが気に入ったみたいで、今度はフランドールさんのほうから手を伸ばして阿求さんの顔面をいじくりまわします。
 うひぃぃぃぃ、と、阿求さんは心のなかで悲鳴を上げました。

「会って二分で妹様を手なずけるとは、さすが幻想郷の記憶。なかなかの手管じゃない」

 バーン、と扉が開いて、なんか紫色でトルネコさんみたいな縞模様のネグリジェを来た少女が入ってきました。後ろにはやたらきっちりした事務服を着たきれいな少女もひかえています。
 阿求Eyes(両目)によると、この少女はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の図書館に住む魔女で、その魔力は人間では到底不可能であると言われている、賢者の石の精製までたどりついているといいます。
 ネグリジェ越しのおっぱいは、なんというかそうとうで、いやらしいな、と阿求さんは思いました。
 眠そうな目をこすりながら、パチュリーさんはむっきゅん、と声をあげて、椅子に腰をおろします。

「紅魔館へひとりで乗り込んでくる時点で、命知らずではあるけれど。巫女なんかを護衛にしようとは考えなかったのかしら。私はパチュリー・ノーレッジよ。よろしくね」
「あら。パチュリー様がすすんで自己紹介するなんて、はじめてみました」
「咲夜。お客様に余計なことは言わないのよ」
「失礼しました」

 猛獣調教の功績が、魔女に感銘を与えたようです。
 巫女を護衛にしようか、とは、阿求さんも考えたのですが、神社の階段を登るのが面倒なので泣く泣く断念した、という経緯がありました。
 怪我の功名です。
 このチャンスを逃してはなりません。阿求さんは息せききって、インタビューをはじめました。

「好きな食べ物を教えてください」
「プリン」
「酢の物ね」
「座右の銘は何ですか?」
「キュっとして、ドカーン!」
「湯上りは親でも惚れる」
「紅魔館のなかでの、あなたのスイートスポットを」
「お姉さまの部屋」
「図書館」
「一番好きなスペルカードは?」
「クランベリートラップ」
「サイレントセレナ」
「尊敬する人を教えてください」
「お姉さま」
「藤田まことさんよ」
「一番好きな必殺シリーズは?」
「秀が出てるならどれでも好きだよ」
「妹様はミーハーね。私は新・必殺仕置人にとどめをさすわ」

 順調に各種データがそろっていきます。
 このまま行けば今日は早く帰れそうかな、と有野課長みたいなことを考えた瞬間です。 蝙蝠が一羽、阿求さんの頭上を飛びました。
 室内に蝙蝠? と、驚く間もなく、屋敷のあちこちから蝙蝠があらわれ、阿求さんの目の前、妹様の横っちょのあたりの空間にざわざわと集結していきます。
 蝙蝠は暗く、黒く、不吉である……魔術や妖術には疎い阿求さんでしたが、集まる蝙蝠たちをみていると、これは人が触れてはいけないものだ、と自然に思いました。まるで自分の心の中に深くて暗い洞窟があって、そこからこの蝙蝠たちは飛び出してきたのだ、というような、謂れのない直感が、胸を苦しくさせました。
 蝙蝠は一度、ぎゅっ、と圧縮されると、

「ぽーん!」

 と声を出してはじけて、レミリア・スカーレットさんになりました。

「お姉さま、派手すぎ」
「なんで妹様もレミィも、テーブルの上に乗ろうとするのよ」
「お嬢様、そこに立たれると妹様のパンツが見えません」

 阿求さんはカッコイイと思いましたが、住人たちからの評判はさんざんでした。

「なによ、ノリが悪いわね。咲夜は今日夕食抜き。さて阿求とやら、悪魔の館にようこそ」

 と言って、暴れるフランドールさんを抱きかかえて威厳たっぷりにうー☆よいしょっ、とテーブルから下り、そのまま着席します。阿求さんはやっぱりカッコイイと思いました。

「妹をあれほど短時間で篭絡するとは、大変なたらしね。どんなフィンガーテクニックを使ったのかしら。私でも苦労するのに。こら、フラン、噛まないで」
「お姉さまは人前でも変なところを触ってくるから嫌なんだよ」
「愛の表現よ。……さて、咲夜から聞いておおまかなところは知っているわ。幻想郷エン……エンドルフィン……」
「縁起」
「そう、それそれ。咲夜、デザートだけ食べていいわよ。それの執筆のために、人妖の資料を集めているとか。ふっ、私に会いに来たのは賢明なことだ。私のことを書かなかったら、そんな本には何の意味もないだろうからな。ふが、こら、フラン。鼻の穴に指を突っ込まないで」
「長いんだよ、お姉さま」
「もう、しかたないわね。じゃあ阿求、えーっとあっきゅんでいいかしら。表紙写真はこれだけ撮ってきたんだけど」

 え、と驚く阿求さんの目の前に、三十枚ほどの大判の写真が広げられました。
 紅魔館の威容を背景にウインクするレミリアさんのアップ、何故か紅く見える月をバックに両手を広げる悪魔めいた表情のレミリアさん、湖のそばに住んでいる氷精を倒して勝ち名乗りを受けるレミリアさん、可愛らしいエプロンをつけてお菓子づくりにはげむレミリアさん、ピーマンを食べて得意げにしているレミリアさん……いろいろな種類のレミリアさんの勇姿がこれでもかこれでもかと用意されています。

「どう? フォトジェニックでしょう」
「はあ」
「どれを使ってもいいわよ。あっでも私のおすすめはこの自転車に乗ってる私よ。たくさん練習したんだから」
「いえ、こちらのお着替え中のお嬢様のほうがよいかと思います」
「咲夜、やっぱりデザートなし」
「私はこのトラの気ぐるみを着ているレミィがいいと思うわ」
「んー、パチェが、レミィあなたはトラよ、とか言うから着てみたけど、どうかなあ。度を越した阪神ファンみたいに見えない?」
「トラはかっこいいからいいのよ。それに来年の干支じゃない」
「うさぎです、パチュリー様」
「そう」
「お姉さまかわいいよ。でも、私も写ってるやつがいい。この牛乳の飲み比べしてるやつとか」
「フラン、あなたにはまだわからないでしょうけど、これはいけないわ。ほら、咲夜がアップをはじめてしまったじゃない。ああなると誰かイケ……イケス……イケメン……」
「生贄」
「そうそう。さすがはパチェね。生贄をさしださないとおさまりがつかないのよ。……ああ、今日は、ちょうどいいのがいるわね」

 と言うと、レミリアさんは阿求さんに目を向けました。
 阿求さんはどぎまぎしました。

「咲夜はね、ちょっと犬みたいなところがあるの。主人から骨を投げられると、わおーんっていって飛びつくのよ」

 はあ、と阿求さんは返事をしました。
 レミリアさんのかたわらで、メイド長が、じっと阿求さんを見つめています。
 レミリアさんはスプーンの柄を持って、二三度ぶらぶら弄ぶと、ぽい、とそれを投げました。スプーンはかちゃん、と音をたてて、阿求さんの目の前のテーブルに落ちました。
 メイド長が、館の前で見たような笑い方で、唇の端っこをわずかに持ち上げました。

「わおん」

 けたたましい音をたてて阿求さんは立ち上がり、振り向いて一目散に逃げ出しました。一見着物ですがその実フリルのついたスカートという、幻想郷一流のデザインのものを阿求さんも愛用していますので、大股のストライドも可能です。
 扉にたどりついたところでぼいん、とボインに当たって跳ね返りました。
 門番でした。

「アチョー、どうしたアルね」
「あたた、あなたそんな喋り方じゃなかったじゃないですか」
「サービスです」

 怪鳥のポーズをとりながら、門番は阿求さんを捕獲します。クッキーでもつまむように、指先で襟首をつかんでつまみあげられた阿求さんは、やっぱり妖怪ってすごいな、と思いました。

「美鈴さん、助けてください。このままでは私、咲夜さんの慰み者にされてしまいます。お嫁にいけなくなってしまいます。私将来の夢はお嫁さんなんです。ホリエモンみたいなお金持ってる人と結婚したいです」
「ホリエモンは、どうですかねえ」

 門番は渋い顔をして、そのままぽいっと、阿求さんをほうりなげました。
 メイド長が優しく両手でキャッチして、お姫様だっこのかたちになりました。

「えええええええ」
「対不起、対不起(めんご、めんご)。私咲夜さんには逆らえないアルネ。彼女、とても怖い女ヨ。この前居眠りしてたら、耳の穴にハチミツ塗られたネ」

 人間怖え、と阿求さんは思いました。
 芯の通ったペドフィリアであるメイド長が、どんどん顔を近づけてきます。
 阿求さんは観念して、目をつぶりました。
 ああ、こんなところで私のはじめてが……破瓜の血は、あの吸血鬼が飲むのかな……と、二次元ドリーム文庫みたいなことを考えたときです。
 どさっ、と椅子に下ろされると、目の前には紅茶の入った白くて薄いカップと、色とりどりのゼリービーンズと、焼き色のきれいな黄色のマドレーヌが置かれていました。
 阿求さんは驚いて、目をぱちくりさせました。

「冗談、冗談ですわ」

 メイド長が笑っています。レミリアさんも、フランドールさんも、パッチェさんも門番も、みんながみんな、阿求さんをみておかしそうに笑っていました。

「からかいすぎたかな。非礼は詫びよう。でも、咲夜が変態だと思われてるって、ほんとうだったのねえ」
「まったく失礼なうわさですね。私はちっちゃい子が好きなわけではなく、お嬢様と妹様が大好きなだけです。身も心も」
「……じゃ、遅れたけど、お茶会としゃれこもうじゃないか。このゼリービーンズは、咲夜のお手製だよ。パチェが作ったのと違って、媚薬なんて入ってないから安心するといい。美鈴も座りなさい、食べていいわよ」
「ワーイ」
「レミィはこういうのが好きなのよ。悪かったわね。小悪魔、阿求にお菓子をよそってあげなさい」
「はい。ところでパチュリー様、ゼリービーンってポン引きをしめす隠語ですよね」
「そうね」

 お姉さまずるい、そんなにいっぱいとって。あなたもいっぱい食べればいいじゃない、でも虫歯になるからほどほどにしなさいね。レミィはまだ乳歯が残ってるのよね。なっ、関係ないじゃない! お姉さま、こっども~。なにおー。
 ぼかんと口を開けて見ていた阿求さんですが、しだいに調子が戻ってくると、おずおずと紅茶に手を伸ばしました。美味しい。幻想郷では数少ない紅茶愛好家の阿求さんです。ちょっとお茶っ葉わけてもらえないかな、と思いました。つづいてゼリービーンズが山盛りによそわれたお皿にスプーンをつっこみ、一粒ぱくりと食べます。ブルーベリージャムを凝縮したような味がしました。洋菓子はあまり好まない阿求さんでしたが、これもまた美味しい、と思いました。次はちゃんと色を見て、赤いものを口に入れます。さくらんぼの味がしました。外の言葉だと、チェリーって言うんだったかな、と思いました。
 青りんごの味、ぶどうの味、レモンの味、砂糖と蜜蝋で固められたさまざまな風味が、次々と阿求さんの口に飛び込んでいきます。ハッカ味を食べたときは、ちょっとびっくりしてしまいました。でも、どれもこれも大変美味しくて、阿求さんはあっという間に、よそわれた分を食べてしまいました。
 紅茶を飲んで、顔を上げると、全員にやにや笑って阿求さんをみていました。阿求さんは、うへへ、と笑って、頭をかきました。

「気に入ってもらえたようね。紅茶のおかわりはいかがかしら」
「はあ、いただきます。洋菓子はあまり好きじゃなかったんですけど。こんなに美味しいものだとは知りませんでした」
「なによりよ。咲夜も喜んでる」
「ええ。たくさん食べていただいて、ありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ。ほんとうにペドフィリアではないんですか?」
「はあ、悪魔の犬、にくらべて、ずいぶんかっこ悪いあだ名で、がっかりしていますわ」
「咲夜さんは不名誉なうわさが多いですよねえ。大体合ってますが」
「露出狂に言われたくないわよ……まったくもう」
「咲夜、お夕飯はカレー食べたい。スカーレットカレー」
「お茶がすんでからにしなさいよ。まったく意地汚い」
「お姉さまのカレーは、とびきり辛口にしてあげて」
「……パチェー、妹がどんどんいらない知恵をつけてるー」
「辛口カレーを食べると、カレー神ルーのご加護が得られるというわよ」
「なっ」
「嘘よ」
「あの、レミリアさん。インタビューさせてもらってもいいですか」
「ん? いいけど、お茶飲んでからにしなさい。マドレーヌも美味しいわよ」

 と言われて、あらためて阿求さんはマドレーヌを見ました。黄色に輝いていて、バターと卵の溶けるような味わいが、見ているだけで口の中にあふれてくるようでした。
 ぱくり、とかぶりつきます。
 ん?
 また、全員が会話をやめて、じっとこちらを見つめていました。
 口の中に違和感があります。食べる前に思っていた味とは、大きなへだたりがありました。
 阿求さんはあわてて紅茶を飲み、そのまま流し込みました。

「しょっぱい……」

 全員がいっせいに、うわっはっはっは、と笑いました。

「ごめんなさいね。お砂糖とお塩を、まちがえちゃったみたい」

 ほんとうにごめんなさいね、と謝りながらも、メイド長はやけに嬉しそうでした。


◆ ◇ ◆


 スカーレットカレーをごちそうになって、遅くなったから泊まっていけば、というお誘いを家のものが心配するので、と丁重におことわりして、阿求さんは帰ることになりました。
 また来てね、とすっかり阿求さんを気に入ったフランドールさんが、ぶんぶん手を振ってお見送りします。え、何? 私が表紙じゃないの? と、レミリアさんは当てが外れたような顔をしていましたが、じっくり説得するとわかってくれました。

「ふう。今日はちょっと、どきどきしすぎました」
「阿求音頭ってどうやるの? 美鈴に聞いたんだけど」
「ええ、こうですよ」

 と、阿求さんは阿求音頭を見せました。
 パチュリーさんが拍手します。門までの間の道を、送って行くと言うのでした。
 ふだん図書館からぜんぜん出ないパチュリー様がめずらしい、とメイド長は目を白黒させていました。
 そんなに私変なことしたかな、と阿求さんは思いました。このエロいネグリジェ魔女は、幻想郷でも一二を争う知識人で、阿求さんが知ってることなんて、ぜんぶ知っているはずなのです。
 足を広げて、阿求音頭の特徴的なステップを試しているパチュリーさんを見ると、もしや阿求音頭がッ、とも思いましたが、そんなことはないだろう、と冷静になれるくらいの分別は残っていました。

「訊きたいことがあるのよ」
「はあ」

 月がふたりを照らします。月明かりの下でも紅魔館は紅く、白くて黄色いはずの月が、逆に紅魔館に染め上げられて、紅く見えるように錯覚しました。あの写真はこうして撮られたんだ、と、なんとなくわかったように思います。

(ほんとうにはまだ、わかっていないことだけど)

 と、阿求さんは反省します。

「阿求は、ただの人間でしょう。転生を繰り返しているとはいえ、弾幕すらはれない一般人よ。紅魔館に来るのが、怖くないわけがないわ。どうしてひとりで来たの? 巫女じゃなくて魔法使いだって、護衛は雇えたはずだし、そもそもあなたの仕事には八雲紫が関係している。彼女に頼めば、わざわざ出向くこともなく、資料なんていくらでも集まったはずよ。
 あなたはそれらすべての方策をうっちゃって、自分の目で、自分だけの足で、ここに来ることを選んだ。何故なのかしら?
 知識の魔女なんて因果なもので、気になることがあると、調べ尽くすまでは眠れないのよ」

 一息に、魔女は言いました。それからけほけほと咳き込みました。喘息なのです。
 阿求さんはパチュリーさんが大丈夫なのを確認すると、ぽつりぽつりと話しはじめました。

「理由は大きく分けてふたつあります。ひとつは、もの書き根性というか、資料だけじゃなくって自分の目で見て、確認したことを書きたかったということ。紫さんは大妖ですけど、彼女の出してくる資料にまったく偏見がないなんて、誰にも言えないですからね」
「そうね」
「幻想郷縁起は生涯に一度の事業なので、是非ともできるだけ良いものに仕上げたいのです……何度も書いてますけど……それでもうひとつとしては、ですね。
 私、何度も転生していまして、自分が阿礼の生まれかわりだということはなんとなく知っているんですけど、先代までの記憶をすべてもっているかというと、そうではないんです。転生するときに、記憶は幻想郷縁起に関わることの一部をのぞいて、なくなってしまう。もしくはそうとう不鮮明になっちゃって、けっきょく自分でも、過去の記録を読むしかないんです。
 で、転生するたびに、いろんなことを忘れてるし、知ってた人間は死んじゃってるしで、けっこう辛かったんですけど……」
「幻想郷縁起にかこつけて妖怪に会えば、来世でも忘れないかもしれないし、妖怪の方でもあなたのことを覚えていて、百年後に思い出話をしてくれるかもしれないと、そういうわけかしら」
「あっはっは」

 阿求さんは照れて頭をかきまわしました。あんまりにもかきまわしたので、髪飾りの花がずれてしまって、パチュリーさんが直してくれました。

「呆れたわねえ。人間って、そんなものかしら。つまるとこ友達作りじゃない。ひとりで来たり、妹様をなでくりまわしたりしたのも、自分を印象づけるため?」
「フランドールさんの件は、私も想定外でしたが。ひとりで行くのは、魔理沙さんに相談しました。そりゃお前、私と一緒に行ったら、私の方の印象しか残らないぜー、だそうで」
「魔理沙らしいわね。でもそんなことないわよ」

 と言うと、パチュリーさんはぺこりとお辞儀をして、

「今日はありがとう。楽しかったわ。門から先は美鈴が送ってくれます。また来てね。今度は妹様の顔面のいじりかたを教えてね」

 と言って、帰っていきました。
阿求音頭
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3062854

>6 様
スカーレットカレーの元ネタ(漫画)
http://ffkaiura.sakura.ne.jp/tprd1.html#tp1
泥船海運様
一番好きな東方系同人サークル様です
アン・シャーリー
http://tami0427.blog78.fc2.com/
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コメント



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5.100奇声を発する程度の能力削除
初っ端からwwww
とても楽しく読めました!
6.100名前が無い程度の能力削除
スカーレットカレーとかなかなか勇気のあるネーミングをするじゃないか。だって、ほら、カレーだよ。見た目がさ、ね、スカ(ry
11.100名前が無い程度の能力削除
↑よし、表出ろ
16.100名前が無い程度の能力削除
※6.は磔にされました
あっきゅんも紅魔館のみんなもかわいいなあ。
50.90名前が無い程度の能力削除
今更ですがどちらかと言うと二次元ドリーム「ノベルス」じゃないかしら