Coolier - 新生・東方創想話

2010/11/06 01:38:53
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 瞳。人形の瞳。今私が視ているのは人形の瞳。なのだろうか?…わからない。昏い。それは黒くも無いのに暗然として私を見つめていない。焦点は在るのだろうか。見えない。或いは視ない。吸い込まれそうになる程に純粋な闇。黒と言うのは様々な色が混ざり合って出来る色だ。混沌。純粋から浮かんだ混沌。私達は非存在に対して夥しい程の想いを馳せる。今に無い未来に対しての願望、今に亡き過去に対する哀愁、喪失物に対する執着、現にナき存在に対する空想、認識外に対する想像。混然と其等は闇の中に存在している。闇に対する想像の中に。其は盲目の瞳が光を求めたからだ。餓えた様に、貪欲に、平然と想像は晏然を求め、空虚な其れが実在だと信じて闇を視る。
見得ないモノに対する想像は。闇、何か恐ろしいモノに対する想像の畏怖、畏敬、恐慌、そしてその結果は。果たして何故私たちは想像に踊らされるのか。操り糸の動きも知らぬ人形の様に。或いは想像こそが本質で、実在など空虚なものでしか無いかも知れない。
 普段気にも留めないような事が、月明かりも無い妖怪でさえ忌避する「夜」では、膨らみぼやけて海の様に茫洋と世界を覆う。…、。
 私の視ていた人形の瞳がその「夜」に沈むのを見た。あの瞳は、何時か私が創るのだろうか。創って忘れ無意識に落ちたのかも、瞳に対する無意識の願望かも、私には視得ない。
 足元の海で、或いは空に浮かぶ海面の向うの空の海で、私の知らない異形の無形が無数に空を浮き、飛び交い、侵し、侵され、地に蠢き、走り、奔り、侵し、侵され、海を沈み、泳ぎ、侵し、侵され望まれ、壊され、棄てられ貪り、生き、蔓延り、拉げ狂うのを感じた。未来も、過去も、ここでは何もかもが、在る。失ったものさえ、形は忘れれば忘れるほど。色は褪せれば褪せるほど。ここでは鮮明に存在る。

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 目が覚めた。


 夏の蒸し暑い大気が、あまり陽の射さない魔法の森にも染み込んでいる。覚醒した思考は微睡に対する、心残りを急激に冷まし、日常への復帰に勤しむ。考えに溺れる前に必要なのは行動なのだから。聴覚が清涼な朝風にざわめく木々の薄い音を捉えながら、螺旋の階段を上る様に覚醒を始めた。今日も1日が始まる。

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 着替えに食事を済ませ、深い夢の世界から投げ出された、後のぼんやり混濁した意識はもう明瞭としている。確か今日は人形劇をする予定の日だったか。自律人形の研究も当初の目標は愈完成間近と言う事もあり、殆ど森から出る事も無く形影相伴う生活を送るようになっている私にとって僅かばかりの外界との接触だ。家事労働については予め式を組み込んでおり人形を操る必要もなく、自ら操る機会は無い。人形は定期的に自分の手で遣わないと、幾ら持ち前の器用さや知識があろうと技術が劣化しまうものだ。勿論独りで操るのもいいが、より完璧な操作技術を望むのならば、人の目が在る方が気が引き締まり、そもそも自分は観せるという事に人形を操る事に対する意義の一つを感じている。それにあまりにも籠りきっているのはデメリットが多すぎる。人形しか居ない、人形だらけの人形尽くめの生活は、そもそも人形が何であるのかという統合された本質に対する全体性が失われてしまう。ゲシュタルト崩壊とか外の世界の本には書かれていたような。
 人形の瞳、人形の腕、人形の足、人形の頭、人形の胴、人形の中身、人形の外見、人形の歴史、人形の作成、人形の想像、人形の造形、人形の全体、人形の集合、人形の種類、人形の材料、人形の残骸、人形の限界、人形の服装、人形の仕組、人形の理解、人形の個性、人形の人間性、人形の人形性、人形の最後、人形の過去、人形の喪失、人形の要素、要素の人形、過去の人形、未来の人形、人間の人形、人形の人形、人形操作の注意点、人形操作の目的、人形への愛、人形への投影、人形の歴史が人形の制作及び使用方法、目的、保管、その他に及ぼす影響、人形の過去が人形の曰く又は付喪神的側面、現状と起源と期限に及ぼす影響、人形に対する願望、人形の要素や関係するものなどを並べれば、切りなど無いと言える。人形とは多くの場合人間を模して造られる。わざわざ作られたのだから目的を持って生まれてくる訳だ。更に言うのならば、目的に反した使用、目的の忘却、目的の達成失敗による新たな目的など、創られた目的だけが人形の本質を表すのでは無い。過去未来現在、人形の目的とは様々な変化を起こす可能性を持ち、人形自身にさえその目的など解りきらないだろう。人形とは人と比べ遜色無い程、或いは人以上に複雑な性質を持ったモノだ。そこに本質を見出すことなど不可能だ。だからこそ、人形に対する本質を自分で定めなければ、人形に対する願望は、無数の星屑の光が、強大な筈の星星の輝きが数百分の一も照らしきれない、あの暗黒の夜空のように、茫洋とした海となって……
……その中に、自らの本質の具現の■■■■を、視出してしまうだろう。

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 曇り空の下、人里は今日も賑やかだ。人妖入り乱れる和やかなその風景を眺めていると、自分の家に居る時とは違った安堵をおぼえる。午後の人形劇までは割と時間が在る。茶屋にでも入ろうかと言う時、珍しい顔を見かけた。
香霖堂の店主だ。香霖堂で取り扱われている外の世界からの道具の幾つかは自律人形作りに役立ってくれた。お礼を言うついでに、と話しかけてようとして近付くと向うもこちらに気付いたようだ。
「こんにちは、霖之助さん。貴方が人里に居るのは珍しいわね」
 普段店からあまり出る事の無い店主が人里に居るのは珍しい。何かあったのだろうか。
「こんにちは。いや、ちょっと調味料とか消耗品が切れかかってね。久しぶりに里を訪れたから色々見て回ってい
るんだ。アリスは…人形劇かな?」
 大した理由では無かった。まあ、其れが一番なのだが。
「ええ、午後からね。それと、前に貴方の店で買った道具、自律人形作りにかなり役立ってくれたわ。有難う」
「それは、良かった。役に立ったのならば道具冥利にも尽きるだろう。それにしても自律人形か。もしかしてもう完成したのかい?」
「いいえ、まだ。けど、もうすぐ完成する予定よ」
「そうかい。完成したら是非一度見てみたいな。しかし、人形が自ら意思を持って動く、妖怪となった訳でもなく憑喪神となった訳でも、式が付いている訳でも無く、唯人形として。興味深いな、前は人形は操られるものと考えていたのだけど」
「操られる物、というのは人形の主な役割ではあるけれど、本質的ではないわ。人形は人の形をとったもの。ただそれだけよ」
「それだけ、かい?あまりにも素朴な気がするが」
「素朴な考えは多くの場合誤りとされたり、周知の事実として言うまでも無い事とされたりするど、逆に言えば其れは基本的な事で、考える当人にとって基盤となっているものでもあるわ」
「それじゃあ、君にとっての基盤となる考え方が其れだという事かい?そうには思えないが」
「ええ、人形は人の形をとったもの、それは大抵の人々にとって戒めに過ぎない」
「戒め?」
「ええ、人形を人の形に納めて考え扱う事で、その先に或るものを見えなくしているだけ」
「その先に或るもの……ああ、成程」
 人形は人の形をしている。何故態態人の形をしたものを創るのか。何故人でなければ成らなかったのか。
「ええ……人形は人の願望の末路。私はそう考えているわ」
「君は本当に人形が好きなんだね、……僕は人形に其処までの想いを込めるつもりはないよ」
「じゃあ自律人形は視ない方が良いかもしれないわね。」

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 人里で人形劇を済ませ、特に用事も無く散策していると、暮色蒼然を過ぎ去り辺りは既に暗くなっていた。今日の夜は月が雲に隠れているらしい。照明の魔法を使い、人里を出て空を飛び始める。宙に浮き、地面から離れると、静けさの中を波の様に風が伝うのを良く感じる。随分と深い夜、体を照らす照明の灯しが弱弱しく、揺らめき、闇へ溶けて消えてしまいそうに想うくらいだ。薄明かりのもと闇の帳を浮かび往けば、ふと、その中に懐かしみを感じる。何時も目を閉じる時、毎日夢を見る直前、夕暮れ時の空の蒼さが地平にて赤く揺蕩いながら微睡み終えた時、夜闇は記憶や心理の中で其等の時間と繋がっているのだろうか。静けさは緩やかに無音へと降りて行く。心理の下層へと続く螺旋階段を下る様に。浮遊は感覚を浮かせる。そして、意識を下降させる。こんなに心地よい夜を何時から私は知っていたのだろうか。……深層へ蕩ける意識の最中、ふと意味も無く闇の一点を見つめ、意味を求めて幻視た。「夜」の意味を。

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 朧影がぼんやり石畳の道に染みて、響く足音が囁きだした。視界が辺りの様相を把握していく。薄暗い石畳の道が茫然と、光が霞み果てる常闇の淵へと続き、道の両側には懐古を誘う香りの漂う、枯れ木に見知らないのに視界に馴染む外観の高木が木の葉を散らし立ち並ぶ。疎らに置かれた木製と石製の長椅子の上には、所々部分の欠けた人形が雑然と置かれている。良く見渡せば中には欠けのない人形もあり、道の上には疎に欠けた部分が落ちている。
 その道を魅入る様に突き進むと、人形の様相が次第に変化していく。選び抜かれた様に数を減らし、精緻さを増して人間の死体の様な、けれど死体とは違った生気の無さを帯び始め、私はより一層魅入られる様にして、瞳を開き、常闇の終焉を腑分けするようにして、この景色を堪能し、その弥果までを視容れんと、ゆるりと歩む。人形の顔が次第に脳裏に噛み合う様な何かに変わっていく。その先、その先へと、全身がそれを求めて止まらない衝動が、終を幻出させた。
 突き進めば収束するように疎らになっていった人形はもう数えるまでも無くなっていた。その道の終わり、石畳は「神社」の鏡台となっていた。石畳の上に立つ紅白の衣装を着た彼女は何時もの様に箒で掃除中なのだろう、此方に気付いて「あら、アリス。久しぶりね」と話しかけて来る。近付いて話しかけようと言うのに、その境内に揺らめく闇が、肝心の彼女の貌を昏迷のベールのように覆い隠していて、私は焦った。手を突き伸ばす。顔を見たい。その顔を。答えを。手を伸――
――道を照らす照明の魔法がざわめいた風に薙ぎ払われる様にしてかき消えた。暗転。

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 道を歩いていた筈が、あまりの暗さに何も見えなくなってしまった。
 無明。ただ、暗暗と奥行きの掴めぬ漆黒の闇が広がっていた。
 寒々しさを感じた。風が、肌を梳く様に通り抜けたのだった。
 後ろも前にも何も無い。
 ……帰らなければ。
 方角を確かめ歩みを速める。早くこの暗幕から抜け出してしまいたかった。淡々と、歩み続けて居たアリスだが、何時までも何も見えないと、何処からか不安が忍び寄って来る。忍び這って来る、其の盲目な恐怖から目を逸らす様に、アリスは掌を、キュッ、と丸く握り、更に歩みを速めた。早く帰ろう。この夜は何だか異様だ。何が異様なのだろう。しかしアリスは脳裏に浮かんだその疑問を、始めから無かったかのように忘れた。忘れるという過程さえ有ったかも怪しい程、完全に。

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 次第に、歩みは速くなってくる。自分でも気付かない、無意識の内に。対応して、息が荒くなってくる。呼吸が途切れがちになる。何時までも外界から刺激を受けず、ひたすらに同じ行動を繰り返すのは苦痛だ。閉塞感が次第に溢れ出て繰る為だ。しかし、アリスは集中して居た。此の闇は厭な予感がする。呑み込まれてしまいそうな闇。外からでは無く内側からだ。此の闇は、無明は、捉え処の無い―正体不明―は、何処を見渡しても変わりなく一色だ。自分の手も、足も見えない。陽を反射し輝く金糸の髪も、衣服も、靴も、鼻先も。いや、ただ闇に染まっているのだ、全てが、闇に。覆い隠し、理解を断絶させる「闇」に。そうして闇と交わるり、否が応でも闇を注視せざるを得ない状況に追い込まれると、自らの内の闇が、心を覆う茫洋たる無名の海のように、正体不明の隣人として、常に己の背に凭れかかっていた事を、ふと初めから知っていたかの様に、事実として心に刻まれているのを目の当たりにしてしまう。内の闇、理解の外、意識の外、つまり無意識。そして、■■へと繋がる■■を―

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――何時の間にやら、コツコツと、響いて居た筈の足音が聞こえなくなっていた。
 アリスは肌に粟が立つ様な絶望を覚えた。気が付かなかった。何時の間に聴こえなくなっていたのだろう。肌に刺す寒気も消失している。無。全てが認識できなくなっていく。これでは世界に自分しか居ないのと変わりない。息を吸う。しかし、肺が空気を取り込む感覚も失っている。闇だ。これでは本当に自分が息を吸っているのかさえ判然としない。音も、香りも、感触も、確かめてみれば味覚まで、一つの色彩に覆い隠されている。闇。しかし、其れは最早「黒」では無かった。それ以外に何も無く相対性を失った其れは、色彩としての特徴、役割を果たせずに色としては成立していない。ただ純粋な闇。概念そのものに限りなく等しい闇をアリスは視てしまった。

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 闇の中、見覚えのある腕が出てきた。古い、知り合いの魔法使いだった■■■の腕だ。彼女は当たり前のように笑顔を浮かべる。しかしその顔は良く分からない。表情は解るのに。彼女は当たり前のように「喉が渇いたな。アリスの家でお茶でも飲みたいぜ」と言い、手を差し伸べてくる。私がその手を取るとそこは「魔法の森」で、彼女は私の元から消えて、私の家のドアに手を掛けている所だった。慌てて彼女に続く様に自宅へと入る。彼女は部屋の机の上に、持参した茶菓子を広げ、私に笑顔を向ける。私は彼女に紅茶を入れようとして、彼女の手が球体間接を持っているのに気が付いた。■■■は私が作る。■作目の自律人形だ。■■■をモデルにしたもので、■■■が生きている日常を望んだ結果だった。もう一度彼女の顔を視る。良く分からない。表情は解る。けれど、そもそもまだ作ると決まっていない彼女の顔は知ってはいけないものだ。そう思った瞬間、■■■の良く分からない顔は闇となっていた。闇。これは私が知ってはいけないモノだ。まだ知ってはいけないモノだ。しかし、私は其れが何か次第に理解し始めていた。その理解は、恐らく此の闇夜から離れれば消えてしまうモノだろうという事も。

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 其れは何時も自分と共に在り、己の意識の外から己を包む無限に広大とも無限に矮小とも言える「何か」だった。其れは自分にとっての正体不明そのもので、日常では無明長夜の無意識の内を無意味に浮かび此方を見据えているだけだが、瞼を閉じた時、得体の知れないモノに触れた時、には意識の淵に這いずり上がり己の一側面を常に曝け出していた。真で在るが自分には真偽が判明して居ない命題として、定まっていない自分の未来として、無意識として、掛け替えの無い過去として、「自分」以外の「全て」として「「矛盾」も「無矛盾」も」含み、闇の中、抉られた様に存在している――闇夜。だった。

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 其れを理解した時、目覚める様に意識が切り替わり、アリスは駆け出した。闇から離れた。光を求め、想像した。薄明るく。薄暗い、月明かりを。選択した。過去でも無く、理想の明日でもない、ただ漠然と何時も通りの明日へと続く、今を。

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 アリスは「魔法の森」から逃れた。辺りに正常な暗さが戻り、妖怪たちの気配が蠢く夜に出た。後ろには「夜」の気配はもう無い。夜風の研ぎ澄まされた宝石のような寒さが心地良い。あの恐ろしい「夜」は何だったのだろうか。確かにあれは夜だった。しかし――あまりにも異様だった。今此処は既に魔法の森の中だ。自宅まで十分も掛からないだろう。アリスは人里を出てすぐ後の記憶が、ブツリと断線しているのに気付いた。一体自分は如何していたのだろう。そもそも自分は空を飛んで帰っていた筈だ。それが何時の間に、無明を二本の足で歩いて居たのだろう。何処へ飛び、何処から歩いてきたのか。そう言えば、あの道。何もかも闇に閉ざされる前に入り込んだあの道は自分には見覚えの無い道だ。少なくとも人里の周辺に、あのような道は存在していない。しかしアリスにはあの道に見覚えの様なものを感じた。何故だろうかと頭をひねると、気が付いた。あのみちの雰囲気、不安げで、懐かしく、引き込まれる様で、何処までも続き、何処でも無い何処かへと続く様なあの道は、自分が思い浮かべる夜のイメージそのものではないか。
拙作お読み下さり有難う御座います。
偶にはこんな夜も如何でしょうか?夜って不思議ですよね。
七鍵浮海
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