私の朝は、日の出と共に始まる。鳥のさえずりを耳にして、それから寝床から身体を起こし立ち上がる。まずは洗面所へ行き顔を洗い寝惚け眼を覚まし、それから人形を操って朝食を作らせる。その間は、昨日行った研究の見直しだ。速記で書きつづったメモを片手に、出来あがった朝食を頂く。そうして朝の冷めた心地よい冬の空気を味わいに森の中を散歩したりなんかして、たまには博麗神社や紅魔館へ出かけたり。後は紅茶を飲んでいるか、自立人形の研究を続けているか、そのどちらかだ。そうして日も暮れ、夜の月が空に昇り始めた頃には神社で行われている宴会に参加するか、まだ研究をしているか、だろう。そうして眠気が身体を支配し始めたころ、風呂へと入り湯船に浸かりながら魔法についての考察をひたすら呟いて。そうして、寝床につき、私の平凡な一日を終える。それから数刻の時が経ち、再び太陽が昇る頃に、鳥のさえずりを聞きながら目を覚ます。そんな日々の繰り返しが、私。アリス・マーガトロイドの幻想郷での日々である。
しかし、そんな日々の中にもイレギュラーはあるのだ。
例えば、一年に一度起こる幻想郷の異変や事件。
例えば、元日の年越しのような、特別な日取りに起こる大宴会やお花見。
「……おーい、アリスー? 準備出来たかー?」
扉を二回、ノックする音。声の主は誰だか分かっている。職業魔法使いから種族魔法使いへと、数十年前に転向を果たした元少女である。
「はいはい、今開けるから扉は壊さないでね、……っと。おはよう、魔理沙」
「……なあ、私がいつお前の家の扉を壊した、って言うんだよ。身に覚えがないぜ」
「胸に手をあてて考えて見なさい。あら、いつもと服変えないのね。折角馬子にも衣装っていう言葉が使えそうだと思ったのに」
「ん……、まあな。ほら、黒を基調としてるしさ。それに……あいつの前で今さら気取っても、なあ」
そう言いながら、右手で後ろ髪をポリポリと掻く魔理沙。照れ隠しだ。
「確かに、あんたたちがお互いに正装を着てたらそれこそどっかの馬鹿鴉天狗新聞にでもキャッチされそうね」
「いいネタに使われるのはごめんだぜ。……そーいうアリスは、ばっちし真っ黒じゃないか。墨で染めたか?」
「あんたじゃないんだから、そんな真似しないわよ。きちんと用意してあるのよ……。って、ほら、馬鹿やってないでさっさと行くわよ魔理沙」
「へーへー。……辛気臭いのは苦手なんだけどな」
私だって苦手よ。そう言いかけて、喉元で止めた。言ったところで、事実が変わる訳でもないし。私と魔理沙は二人並んで歩き始める。向かう先は、博麗神社。……今日は宴会でもお花見でも無いんだけれど。
例えば、博麗の名を継いだ、人間が死んでしまった時。
以上、今までと今からで、私の日々が崩れたイレギュラーな事例である。
「……おーおー、すごい人だかりだ」
「ええ、どこからどう見ても妖怪だかりね。妖だかりの間違いじゃないの?」
「確かに。ここで人間なのは私くらいじゃないか?」
「あんたはもう魔法使いでしょうが……」
森を超えて、もう見慣れた博麗神社へと到着した。空を飛んで移動した方が早いのだけれど、流石にこういう場面でそれは場違いという物だろう。道中一度、魔理沙が飛びそうになったので必死で止めたけど。
二人で境内の方向に並んだ列に流されるまま並ぶ。すると、目の前には見知った顔がある。……よりによって、厄介なやつだ。
「お、魔法使いコンビのお二人」
「「誰がコンビ」」「だ!」「よ!」
「息もぴったりじゃないですか。嫉妬しちゃうなー、なー」
台詞が魔理沙ともろ被りしてしまったのはここ最近よくある事なのでスルーして、私達にそう声をかけてきたのは先ほど噂をした鴉天狗の新聞記者、射命丸 文である。今日はいつも高下駄を履いておらず、服装も控えめだ。
「まあ、今日は記者でなく一妖怪としてとして来てますんで、カメラも持ってきてませんが。残念ながらツーショット写真は撮れませんよ?」
「いらないわよそんなの……。それにしても、喋り方は相変わらず馬鹿丁寧ね」
「まあ、こいつの場合は人を「馬鹿」にしてる「丁寧」な口調だけどな」
「むっ、記者である私がいとも簡単に真意を見破られてしまうとは……。不覚っ!」
「「分かり易過ぎるわ」」
「また被ってますし……。まあ、この喋り方が抜けないのは最近仕事も忙しくてですね」
……そういえば、聞いたことがある。文の書く「文々。新聞」がここ数年、発行部数トップでしかも他の追随を許さないほどの差があるとか何とか。それを未だに一人で切り盛りしているのだから、やる時はやる奴だとひそかに思ったりもしている。
「……まあ、そうね。こんな日だし、馬鹿丁寧な口調は止めましょうか」
「それはそれで馬鹿にしてるような口調だけどな」
魔理沙が喜々としながらそう言った。まあ、間違って無い。
「それにしても最近は、注文もネタも多くて毎日毎日大変だわ、本当……。まあ椛に手伝ってもらっては居るんだけど。主にストレス発散」
「……ご愁傷様だわ、その子」
「立場を悪用して、あの白狼天狗を扱き使っている図が痛いほど目に浮かぶんだが……。」
「二人とも酷いわね。私を何だと思っているのかしら? その百倍は酷いから」
……心の底から同情した。
「お、噂をすればなんとやら、だわ。あんな所に椛発見、っと。……それではお二人だけでごゆるりと?」
「別にそういうんじゃないんだけど……」
その言葉を聞いてか聞かずか、足早にこの場を去っていってしまった。……誤解されたままかしら。
「そうそう。私とアリスじゃあ、月とスッポンだぜ?」
「その台詞は聞き捨てならないけどね……、はぁ」
「ため息なんかしたら、幸せが逃げてくぞ」
「あんたとバカラステングのせいよ」
「とうちゃーく」
魔理沙がそう言いながら階段を一段飛ばしで飛んだ。それに遅れて私も階段を登り切る。頭上にはちょうど真っ赤な鳥居。彼女の色だなあ、なんて思ってみたり。
「お、みんな揃ってるな」
「そう、みたいね」
どうも一番遅れに近かったようだ。いつの間にか文も居るし。あの座られてるのが椛、って子かしら。……悦んでそうなのでノータッチを決め込もう。
「……アリス、魔理沙」
後ろから、消え入りそうな程小さい儚げな声がした。文の言葉を借りれば、これで魔法使いトリオだ。
「よっ、パチュリー。私も今来たところだぜ」
「そんなデートの待ち合わせみたいな台詞を吐くな」
「……えっ? ……デート…………?」
「パチェも頬を赤らめないで頂戴」
「判ってるわよ、冗談の範疇」
そう言って、パチュリー・ノーレッジは普段通りの涼しげな表情に戻る。……そういえば、最近は図書館の方にも顔出してなかったっけ。今度借りたい本が見つかれば利用させて貰おう。
「それで、魔理沙は一体いつ本を返してくれるのかしら?」
「……パチェ、他の紅魔館の奴らはどうしたんだ?」
「もう先についてる筈よ。えーと……あそこに座ってるのがそうじゃないかしら」
「あれは白狼天狗の上に鴉天狗が座っている世にも奇妙な図だぞ、パチュリー」
「それじゃあ、あれ」
「……それは亡霊のお嬢様とその庭師だわ」
「…………あれ、まだ着いてないのかしら。おかしいわね。それと魔理沙、本を返して頂戴」
「ちっ、バレたか。それと死ぬまで借りてるだけだぜ」
「あんたはその台詞を使える御身分じゃ無くなってるでしょうが!」
後何百年生きると思ってんのよ。私もパチェも、だけど。
「……あれかしら」
そう呟いたパチュリーの視線の先には、確かに紅魔館の面々の姿があった。それと同時に向こうも気づいたようだ。
「ぱーちゅりーさまー!!」
ぶんぶん、という効果音が似合う程に大きく手を振る小悪魔。
「……それじゃ、私はこれで」
「ん、またなパチェ」
「それじゃあね、パチェ」
パチュリーはそう言って、手を振り続ける小悪魔の元へと去って行った。
「さて、アリス。私達も準備しようぜ」
「ええ、そうね。もうそろそろ時間でしょうし」
……実は私と魔理沙には、少しだけ作戦のようなものがある。まあ、提案してきたのは魔理沙で私はそれに乗っかっただけなんだけど。
「……楽しい、葬式にしようぜっ」
ニコニコと、このカラッと晴れた天気のような笑顔を魔理沙は浮かべた。流れる辛気臭い空気とは、相反していたけれど。
『えー。あー。……それでは、故博麗霊夢の葬式を今から取り計らいたいと思います』
霊夢の葬式の始まりを告げる言葉が聞こえる。……拍手など、沸き起こる筈もない宣誓。
「ったく、どいつもこいつも暗い、ったらありゃしねーな」
「まあねぇ……。霊夢が亡くなったのはそれだけ大きかったって事じゃないの? 人間にとっても、妖怪にとっても」
「どちらかと言えば、妖怪のが多いんだろうけどな」
「その理由は魔理沙が一番分かってるんでしょうけど」
「……人間受けしない性格だったことくらいだな」
そうやって、辛気臭い空気を作らない為に二人で話し込む私達にとっても充分大きかったのだけれどね。……彼女の存在は。
……私にしても、魔理沙にしても、今日はいつもより饒舌なのは確かだ。いつもなら一言二言で終わってしまう会話が、よく続く。それはきっと照れ隠しでも何でもなく、ただ、悲しみを隠すためなのだろう。
ふと、葬式がとり行われている境内の中心から、彼女の好きだった境内に目を移す。
いつもあそこのあの場所、霊夢の定位置でお茶をすすっていた彼女の姿が脳裏に思い浮かぶ。……その手はしわくちゃで、腰も曲がり切っていたけれど、「素敵なお賽銭箱はあちらよ」そんな皮肉だけは昔と、何も変わらなかった。
「魔理沙、私ちょっと縁側に行ってくるわ。……始まったら、用意はするから」
「ん、わかった。よろしく頼むぜ」
魔理沙に別れを告げて、神社の本殿、霊夢の腰かけていた縁側の方へと向かった。いま神社の中心で答辞をしているのは……レミリアか。ここからだと遠くてよく聞こえないけれど、目に涙を浮かべているのが見えた。……まあいいけど。
「…………凄い」
お賽銭箱にはたくさんのお金が入っていた。おそらく、霊夢が普通に巫女をしていた時の一生分くらい。
「死んでから賽銭がたくさん入ったわね……。生きている間は一銭も貰えずに」
まああのグウタラ巫女には当然の結果かもしれない。まあ後はみんなの後悔の念も含んでいるのかもしれない。生きている間に入れておけばよかった、という。
私も一応、初めての賽銭を入れておいた。鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼、と。した事は無かったけれどもそういうマナーくらいは心得ている。
「アリス」
それからボーっと、縁側を眺めていると、後ろからいきなり声をかけられた。
「っ……て、咲夜。いきなり現れないでよね」
「あら、これは失敬しましたわ。お嬢様は涙、涙のお話をしているので暇でしてね」
暇だからと言って人を驚かしていいものなのか。
「という口調も疲れるから外させて貰うけど。あー……、私もこういう堅苦しい物は苦手なのよ」
「急に変えるとペースが掴めないわよ……」
「時間操れるからかしらね」
「多分関係無いから、安心して」
絶対関係無い。
「それで。……何を企んでいるのかしら? お嬢様の手を煩わせるような事ならば、容赦はしないけれど?」
「……何のことかしら。そもそもこんな葬式で何をしようっていうの?」
「さあ。犯人のすることなんて名探偵か被害者しか分からないものだわ」
「そう、なら私残念ながら犯人じゃないから、どちら様にも分からないんじゃない?」
犯人役は魔理沙だし。私は共犯者、ってところかしら。
「……まあそうね、言える事は貴女のお嬢様を傷つけるような真似はしない、って事くらいは教えてあげるわ」
「…………そう。それは、ご忠告どうも。なら目を瞑っといてあげるわ」
「感謝御心遣い痛み入るわ。……といっても、」
神社の真ん中。……魔理沙がレミリアの答辞中に、乗り込んでいく様が見える。
「もう、遅いかもしれないけど、ね?」
『はーい、全員霧雨魔理沙様にご注目ー!』
「……これは、一体、何のつもりかしら?」
「まあ、見てなさい」
博麗霊夢を本人よりも理解していた、霧雨魔理沙節が、いまここで炸裂するのを。
この空気を変えられるのは魔理沙、貴女しか居ない。
「どう転ぶかは、わからないけれど、ね……」
…………不安要素だらけなのには、目を瞑ろうか。
「はぁ?!」
私の怒声にも聞こえる声が、森の中に響いたのは昨日の夜の事。
「……頼む、アリス」
そんな私に向かって、ただ頭を下げている魔理沙。
「あんた……、そんな事言ったって、どうなるのかも分かんないのに……」
「……分かってる」
「それに魔理沙のやろうとしてる事は、葬式だって言うのに、さ……」
「……ああ」
「…………本気な訳?」
魔理沙は私の両目を見つめて、コクンとうなずいた。
「……私だってさ、正直こんな事思いつくなんて、どうかしてると思ってはいるんだ」
肩を小さく震わせながら。それでも、それでも、どうしてもやりたいんだ。やらなきゃいけないんだ、と魔理沙は言った。
「霊夢ならさ」
「……霊夢、なら?」
「……私の勝手な思い込みに過ぎないし、でももう、あいつは死んで、どうしたいのかも聞けないし。でも、あいつなら」
魔理沙は、私の目をしっかりと見据えて、言葉を続ける。もう、肩の震えは止まっていた。
「霊夢ならそんな、辛気臭いもの、望んでないと思うんだ。きっと、あいつなら……」
『はいはい、どもども。僭越ながら私めがお話を一つさせていただきたいと思います』
「……あいつ、本当に普通の口調が似合わないわ」
つい一人、笑みを零してしまう。これじゃあ完全に私が悪い奴みたいだ。
「……あの泥棒魔法使いさんは、一体何をしようっていうのかしら」
「あら、まだ随分と余裕あるじゃない」
「伊達に吸血鬼の従者をしてる訳じゃありませんわ」
スカートをつまみながら瀟洒なお辞儀をする咲夜。全く、食えない人間だわ……。
「……って、私は私で仕事があるんだったわ。それじゃあね、咲夜。貴女はお嬢様のところに戻ったら?」
「そうね。まあ、言われなくてもそうさせて貰うけれど。それじゃあ、何だかよく分からないけれど頑張って」
そう言って振り返り、咲夜の居た場所には見向きもせずに走った。どうせ、時間でも止めて消えてるんでしょうに……。
とりあえず、私は目的地である博麗神社の倉庫。……霊夢が自分で作っていた酒庫へと向かった。
「何処にあるんだか……、ってホコリ臭いわねここ……」
ケホッ、と咳払いを一つして中へ入る。小さな窓から日の光が差しているため、それなりに中の様子はよく確認することが出来た。
「……これ、かしらね」
おそらく酒壺だと思われる物を見つけた。手をかける。ホコリがビッシリとついている。
「それ、漬物の壺だよ」
「そう、ありがと……って誰?!」
さっきからよく背後に立たれるなあ私、なんて思いながら振り返る。
「わたしわたし、萃香だよ」
「……吃驚させないでよね…………」
「驚く様な後ろめたい事をしているあんたが悪い」
「まあ、それも確かに」
「で、酒壺ならそれとそれだよ」
「……どうして分かったのかしら」
酒壺を探していることが。
「お、当たった。私からするとここは霊夢の作った酒置き場だからさ。結構把握してるつもりなんだよ」
「へえ……」
「それでだ、酒壺に魔理沙の演説、あんたらは何をしようとしてるんだい?」
「……霊夢の葬式に決まってるじゃない」
「嘘は、嫌い、だよ?」
背筋がゾワっ、とするような感覚に襲われる。……流石は、鬼である。私なんかのたかが魔法使いじゃ敵いそうにない。勿論、弾幕ごっこでは。語り合い化かし合い騙り合いなら、分からないけれど。
「……そうね、答えが知りたいならこの酒壺を魔理沙のところまで運んでほしいのだけれど」
「そう来たかい」
「利用出来る物は利用させてもらうわ。私はそういう奴よ」
その取引に、萃香は少し考えこむ様なそぶりをしてから。
「よし、乗った」
「どうも。それじゃ、魔理沙の演説が終わる前に早くお願い」
『…………だぁと、私は思う! もしも、今ここに、霊夢が生きていたら、こんな辛気臭い空気は陰陽玉で一掃一掃させられっちまうとは思わないか?!』
「口調が普段通りになってるし」
首尾一貫しない奴……。
「萃香、こいつを魔理沙の横まで運んで」
「お安い御用、だよっ!」
……酒壺を抱えて走る萃香と横にいる私にも、段々と視線が向けられ始める。それに魔理沙も気づいたようだ。
「……アリス、お前遅いし、しかもさぼってんじゃねえか……」
「取引と言ってほしいわね。萃香、ありがとう」
「んーん、そんな事よりきちんと事の顛末を見せてくれるかい? 酒の肴にしたいんでね」
「だって、魔理沙。後はよろしく」
「おう、任された」
そう言って、大きく息を吸い込んだ魔理沙。そして、言葉と共に吐き出す。
「もしっ! 本当に、霊夢の事を偲ぶならっ! こんな静かで辛気臭い葬式じゃなっくって! いつもみたいに呑んで歌って大騒ぎで送り出してやるのが、一番霊夢の為なんじゃないのか、みんなっ!」
場が、魔理沙の一言一言に支配される。次の言葉を、皆が待ちわびている。……何時の間にか、そんな、空気になっていた。
「あいつならっ! ……霊夢なら、絶対にこんなの、嫌だと、思う。……私も、嫌だ。たかが人間だった、そんな霊夢の死なんて、そんな重いもんじゃない筈なんだ。あいつなら、こんなものに縛られたくない筈なんだ。私は勝手だけど、そう思う。だから、」
「だからぁっ! いつもみたいに、あいつが居た時みたいに、普通に宴会して、送り出してやろうぜ、みんなぁっ!!」
最後はもう、しどろもどろだったけど。それでも、魔理沙の想いは、いや、霊夢の想いはみんなに伝わったみたいで。
半刻もしないうちに、博麗神社はいつものように騒がしい姿に、形を変えていた。
「ういー……。やっぱり酒はいいねぇ」
「萃香……あんたさっきまで素面だったのね……」
「それは、私だって場をわきまえるさ。さっきも今も、ね」
今は宴会だから呑みまくると。間違って無い。
「……よっ」
「あ、魔理沙。犯人役お疲れ様」
「犯人役とはこれまた酷い言いようだな」
「それじゃあ容疑者」
「何処が違うんだ……」
演説が終わってから先ほどまでもみくちゃにされていたみたいだが、やっと解放されたのか私のところに来たようだ。
「ありがとな」
「……私もまあ、賛成だったし」
言われるまでは、魔理沙にああ言われるまではただ、霊夢が居なくなったという事実で重く押しつぶされそうだった。でも、きっとこれで間違って無いのだ。私が霊夢でも、さっきのあれよりはこっちの騒がしい方がいい。
「随分と劇的な事をしてくれたわねぇ……」
「あら、これはこれで面白そうだけど」
作戦成功の酒を魔理沙と酌み交わしていると、空間にいびつな裂け目。そのスキマから八雲 紫と八意 永琳が身体を現した。
「霊夢の葬式が……台無し……はぁ」
「「ため息すると、幸せが逃げる」」「ぜ」「わよ」
「あんたらのせいよ……もー……!」
「私はいいと思うけれど?、むしろこっちの方があってるわよね、幻想郷には」
永琳が周りを見渡しながら、そう言った。私も同意見だ。
「……まあ、そうかもしれないわね」
どこか妥協しながら肯定する紫。まあ、霊夢には何かと構ってたみたいだし、結構こいつにとっても大事な人間だったのだろうか、博麗霊夢は。
「で、賢者さん。ここに来た理由を果たしましょうか?」
「……ああ、そうそう。魔理沙、貴女に一番最初に見てほしかったの」
紫はそういうと、スキマから棺を取りだした。蓋には、「博麗霊夢」と書かれている。
「……開けてみて、いいのか?」
「ええ、どうぞ?」
したり顔でそう返す紫。魔理沙はその言葉を聞いて、そっ、と蓋を開けた。
「…………霊……夢……?」
私も、中身を覗く。……そこには。
「……霊夢、よね、これは」
私と、魔理沙の眼前には、死んだはずの霊夢、ではなく。目をつぶって今にも起きそうな寝ているだけの霊夢が、いた。
「こいつは……凄い……。昔の、若かった頃の、霊夢だ」
魔理沙が感嘆と共にそう漏らした。
「ええ。私がそういう薬を作って、賢者さんがそれを作用させたの」
「理屈まで説明するつもりは無いけれど、私と初めて出会った頃の、霊夢の姿にしたわ」
私と魔理沙は、固まってしまった。手を伸ばせば届く距離に、霊夢が、あの頃の博麗霊夢の姿があるのだから。
「……触っても、いいか?」
「どうぞ」
魔理沙はおそるおそる、霊夢の頬に手を伸ばして、そして。……触れた。
「…………霊夢」
その時、私には。
魔理沙の姿も、あの頃の。まさに霊夢と同じように、若返ったかのように見えて。
「よく弾幕ごっこ、したよな」
「お茶だって、飲んだし」
「私がいつも、負けてたっけ」
「いつも迷惑そうな顔ばっか、させてたよな」
「なあ、霊夢」
「お前は私と会えて、良かったとか、思ってるのか……?」
強い、強い風が吹いた。
その風の中で、確かに、私は聞いた。
いつもいつも、皮肉ばかりの、貧乏ぐうたら巫女の声を。
______そんなこと言ってないで、さっさと賽銭をいれなさいよ。この黒白馬鹿っ。
風が、止んだ。声はもう、聞こえない。。
「……そういえば、賽銭。いれたことなかったよなあ、最期まで」
魔理沙のそう、漏らした声で私は彼女にも聞こえていた事を知る。隣にいる紫と永琳は、風の起こった方向を向いていた。……そこには。
「やっと、最後の最後で出番ですか……。霊夢さんと、おんなじ巫女だっていうのに」
鮮やかな、若草萌ゆるような緑色の髪をした、山の上の風祝。……東風谷 早苗の姿が、あった。
「私が奇跡を起こせたのは、魔理沙さんの想いがあったからですよ。それを私は手助けしただけですって」
「それをおいしいとこどり、とも言うけどね」
「あはは、確かにそうかも、ですね……」
満杯近い賽銭箱の前に、私と魔理沙と早苗は居た。
「おかげで賽銭箱の事を思い出したのは、よかったんだが……。まさかこんなになってるとは。今頃あいつ有頂天だろうなあ……」
「私はもう入れましたけどね」
「私もさっき入れたわ」
「……入れてないのって私だけかよ…………はぁ」
「魔理沙さん、ため息は幸せを逃がしますよ!」
「なんだろう、私は今日その台詞を何度も聞いた気がする」
「私もだよ……」
「あれですよ、幻想郷には迷信を信じる人が多い、ってことです。そんな物よりも守矢を信仰すればもっともっと、役に立つのに……」
「「それもどうかと思う」」「ぜ」「わ」
三人で顔を見合わせて、笑った。
あの頃の、幻想郷。 あの時、人間だった四人はそれぞれ別の道を歩んだ。
魔理沙は、職業魔法使いから種族魔法使いとなって。
咲夜は、吸血鬼の傍で生きるために己の時間を止め。
早苗は、現人神という身分から、本物の神になり。
霊夢は、ただ一人、人間で居続け変わらず縁側でお茶をすすっていた。
チャリン、と賽銭箱が三つの音を奏でた。
二礼。
二拍手。
それから一礼。
私は、これからも幻想郷の中で、またいつもと変わらない日々を過ごしていくのだろう。
きっと、まだ私には永い永い時間が残されている。
今日の事だって、記憶の中で少しずつ色あせていくのかもしれない。
でも。
時には、思い出す事もあるだろう。
そして、笑って、泣いて、又笑って。
それは時に辛い事かも知れない。もう会えない人に、過去に、時間に想いを馳せる事が。
だからこそ、私は。
今は幻想になった喧騒を思い出して。
これからも私、アリス・マーガトロイドは生きていこうと、信じた事など今の今まで一度も無い博麗神社に初めて、想ってみた。
しかし、そんな日々の中にもイレギュラーはあるのだ。
例えば、一年に一度起こる幻想郷の異変や事件。
例えば、元日の年越しのような、特別な日取りに起こる大宴会やお花見。
「……おーい、アリスー? 準備出来たかー?」
扉を二回、ノックする音。声の主は誰だか分かっている。職業魔法使いから種族魔法使いへと、数十年前に転向を果たした元少女である。
「はいはい、今開けるから扉は壊さないでね、……っと。おはよう、魔理沙」
「……なあ、私がいつお前の家の扉を壊した、って言うんだよ。身に覚えがないぜ」
「胸に手をあてて考えて見なさい。あら、いつもと服変えないのね。折角馬子にも衣装っていう言葉が使えそうだと思ったのに」
「ん……、まあな。ほら、黒を基調としてるしさ。それに……あいつの前で今さら気取っても、なあ」
そう言いながら、右手で後ろ髪をポリポリと掻く魔理沙。照れ隠しだ。
「確かに、あんたたちがお互いに正装を着てたらそれこそどっかの馬鹿鴉天狗新聞にでもキャッチされそうね」
「いいネタに使われるのはごめんだぜ。……そーいうアリスは、ばっちし真っ黒じゃないか。墨で染めたか?」
「あんたじゃないんだから、そんな真似しないわよ。きちんと用意してあるのよ……。って、ほら、馬鹿やってないでさっさと行くわよ魔理沙」
「へーへー。……辛気臭いのは苦手なんだけどな」
私だって苦手よ。そう言いかけて、喉元で止めた。言ったところで、事実が変わる訳でもないし。私と魔理沙は二人並んで歩き始める。向かう先は、博麗神社。……今日は宴会でもお花見でも無いんだけれど。
例えば、博麗の名を継いだ、人間が死んでしまった時。
以上、今までと今からで、私の日々が崩れたイレギュラーな事例である。
「……おーおー、すごい人だかりだ」
「ええ、どこからどう見ても妖怪だかりね。妖だかりの間違いじゃないの?」
「確かに。ここで人間なのは私くらいじゃないか?」
「あんたはもう魔法使いでしょうが……」
森を超えて、もう見慣れた博麗神社へと到着した。空を飛んで移動した方が早いのだけれど、流石にこういう場面でそれは場違いという物だろう。道中一度、魔理沙が飛びそうになったので必死で止めたけど。
二人で境内の方向に並んだ列に流されるまま並ぶ。すると、目の前には見知った顔がある。……よりによって、厄介なやつだ。
「お、魔法使いコンビのお二人」
「「誰がコンビ」」「だ!」「よ!」
「息もぴったりじゃないですか。嫉妬しちゃうなー、なー」
台詞が魔理沙ともろ被りしてしまったのはここ最近よくある事なのでスルーして、私達にそう声をかけてきたのは先ほど噂をした鴉天狗の新聞記者、射命丸 文である。今日はいつも高下駄を履いておらず、服装も控えめだ。
「まあ、今日は記者でなく一妖怪としてとして来てますんで、カメラも持ってきてませんが。残念ながらツーショット写真は撮れませんよ?」
「いらないわよそんなの……。それにしても、喋り方は相変わらず馬鹿丁寧ね」
「まあ、こいつの場合は人を「馬鹿」にしてる「丁寧」な口調だけどな」
「むっ、記者である私がいとも簡単に真意を見破られてしまうとは……。不覚っ!」
「「分かり易過ぎるわ」」
「また被ってますし……。まあ、この喋り方が抜けないのは最近仕事も忙しくてですね」
……そういえば、聞いたことがある。文の書く「文々。新聞」がここ数年、発行部数トップでしかも他の追随を許さないほどの差があるとか何とか。それを未だに一人で切り盛りしているのだから、やる時はやる奴だとひそかに思ったりもしている。
「……まあ、そうね。こんな日だし、馬鹿丁寧な口調は止めましょうか」
「それはそれで馬鹿にしてるような口調だけどな」
魔理沙が喜々としながらそう言った。まあ、間違って無い。
「それにしても最近は、注文もネタも多くて毎日毎日大変だわ、本当……。まあ椛に手伝ってもらっては居るんだけど。主にストレス発散」
「……ご愁傷様だわ、その子」
「立場を悪用して、あの白狼天狗を扱き使っている図が痛いほど目に浮かぶんだが……。」
「二人とも酷いわね。私を何だと思っているのかしら? その百倍は酷いから」
……心の底から同情した。
「お、噂をすればなんとやら、だわ。あんな所に椛発見、っと。……それではお二人だけでごゆるりと?」
「別にそういうんじゃないんだけど……」
その言葉を聞いてか聞かずか、足早にこの場を去っていってしまった。……誤解されたままかしら。
「そうそう。私とアリスじゃあ、月とスッポンだぜ?」
「その台詞は聞き捨てならないけどね……、はぁ」
「ため息なんかしたら、幸せが逃げてくぞ」
「あんたとバカラステングのせいよ」
「とうちゃーく」
魔理沙がそう言いながら階段を一段飛ばしで飛んだ。それに遅れて私も階段を登り切る。頭上にはちょうど真っ赤な鳥居。彼女の色だなあ、なんて思ってみたり。
「お、みんな揃ってるな」
「そう、みたいね」
どうも一番遅れに近かったようだ。いつの間にか文も居るし。あの座られてるのが椛、って子かしら。……悦んでそうなのでノータッチを決め込もう。
「……アリス、魔理沙」
後ろから、消え入りそうな程小さい儚げな声がした。文の言葉を借りれば、これで魔法使いトリオだ。
「よっ、パチュリー。私も今来たところだぜ」
「そんなデートの待ち合わせみたいな台詞を吐くな」
「……えっ? ……デート…………?」
「パチェも頬を赤らめないで頂戴」
「判ってるわよ、冗談の範疇」
そう言って、パチュリー・ノーレッジは普段通りの涼しげな表情に戻る。……そういえば、最近は図書館の方にも顔出してなかったっけ。今度借りたい本が見つかれば利用させて貰おう。
「それで、魔理沙は一体いつ本を返してくれるのかしら?」
「……パチェ、他の紅魔館の奴らはどうしたんだ?」
「もう先についてる筈よ。えーと……あそこに座ってるのがそうじゃないかしら」
「あれは白狼天狗の上に鴉天狗が座っている世にも奇妙な図だぞ、パチュリー」
「それじゃあ、あれ」
「……それは亡霊のお嬢様とその庭師だわ」
「…………あれ、まだ着いてないのかしら。おかしいわね。それと魔理沙、本を返して頂戴」
「ちっ、バレたか。それと死ぬまで借りてるだけだぜ」
「あんたはその台詞を使える御身分じゃ無くなってるでしょうが!」
後何百年生きると思ってんのよ。私もパチェも、だけど。
「……あれかしら」
そう呟いたパチュリーの視線の先には、確かに紅魔館の面々の姿があった。それと同時に向こうも気づいたようだ。
「ぱーちゅりーさまー!!」
ぶんぶん、という効果音が似合う程に大きく手を振る小悪魔。
「……それじゃ、私はこれで」
「ん、またなパチェ」
「それじゃあね、パチェ」
パチュリーはそう言って、手を振り続ける小悪魔の元へと去って行った。
「さて、アリス。私達も準備しようぜ」
「ええ、そうね。もうそろそろ時間でしょうし」
……実は私と魔理沙には、少しだけ作戦のようなものがある。まあ、提案してきたのは魔理沙で私はそれに乗っかっただけなんだけど。
「……楽しい、葬式にしようぜっ」
ニコニコと、このカラッと晴れた天気のような笑顔を魔理沙は浮かべた。流れる辛気臭い空気とは、相反していたけれど。
『えー。あー。……それでは、故博麗霊夢の葬式を今から取り計らいたいと思います』
霊夢の葬式の始まりを告げる言葉が聞こえる。……拍手など、沸き起こる筈もない宣誓。
「ったく、どいつもこいつも暗い、ったらありゃしねーな」
「まあねぇ……。霊夢が亡くなったのはそれだけ大きかったって事じゃないの? 人間にとっても、妖怪にとっても」
「どちらかと言えば、妖怪のが多いんだろうけどな」
「その理由は魔理沙が一番分かってるんでしょうけど」
「……人間受けしない性格だったことくらいだな」
そうやって、辛気臭い空気を作らない為に二人で話し込む私達にとっても充分大きかったのだけれどね。……彼女の存在は。
……私にしても、魔理沙にしても、今日はいつもより饒舌なのは確かだ。いつもなら一言二言で終わってしまう会話が、よく続く。それはきっと照れ隠しでも何でもなく、ただ、悲しみを隠すためなのだろう。
ふと、葬式がとり行われている境内の中心から、彼女の好きだった境内に目を移す。
いつもあそこのあの場所、霊夢の定位置でお茶をすすっていた彼女の姿が脳裏に思い浮かぶ。……その手はしわくちゃで、腰も曲がり切っていたけれど、「素敵なお賽銭箱はあちらよ」そんな皮肉だけは昔と、何も変わらなかった。
「魔理沙、私ちょっと縁側に行ってくるわ。……始まったら、用意はするから」
「ん、わかった。よろしく頼むぜ」
魔理沙に別れを告げて、神社の本殿、霊夢の腰かけていた縁側の方へと向かった。いま神社の中心で答辞をしているのは……レミリアか。ここからだと遠くてよく聞こえないけれど、目に涙を浮かべているのが見えた。……まあいいけど。
「…………凄い」
お賽銭箱にはたくさんのお金が入っていた。おそらく、霊夢が普通に巫女をしていた時の一生分くらい。
「死んでから賽銭がたくさん入ったわね……。生きている間は一銭も貰えずに」
まああのグウタラ巫女には当然の結果かもしれない。まあ後はみんなの後悔の念も含んでいるのかもしれない。生きている間に入れておけばよかった、という。
私も一応、初めての賽銭を入れておいた。鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼、と。した事は無かったけれどもそういうマナーくらいは心得ている。
「アリス」
それからボーっと、縁側を眺めていると、後ろからいきなり声をかけられた。
「っ……て、咲夜。いきなり現れないでよね」
「あら、これは失敬しましたわ。お嬢様は涙、涙のお話をしているので暇でしてね」
暇だからと言って人を驚かしていいものなのか。
「という口調も疲れるから外させて貰うけど。あー……、私もこういう堅苦しい物は苦手なのよ」
「急に変えるとペースが掴めないわよ……」
「時間操れるからかしらね」
「多分関係無いから、安心して」
絶対関係無い。
「それで。……何を企んでいるのかしら? お嬢様の手を煩わせるような事ならば、容赦はしないけれど?」
「……何のことかしら。そもそもこんな葬式で何をしようっていうの?」
「さあ。犯人のすることなんて名探偵か被害者しか分からないものだわ」
「そう、なら私残念ながら犯人じゃないから、どちら様にも分からないんじゃない?」
犯人役は魔理沙だし。私は共犯者、ってところかしら。
「……まあそうね、言える事は貴女のお嬢様を傷つけるような真似はしない、って事くらいは教えてあげるわ」
「…………そう。それは、ご忠告どうも。なら目を瞑っといてあげるわ」
「感謝御心遣い痛み入るわ。……といっても、」
神社の真ん中。……魔理沙がレミリアの答辞中に、乗り込んでいく様が見える。
「もう、遅いかもしれないけど、ね?」
『はーい、全員霧雨魔理沙様にご注目ー!』
「……これは、一体、何のつもりかしら?」
「まあ、見てなさい」
博麗霊夢を本人よりも理解していた、霧雨魔理沙節が、いまここで炸裂するのを。
この空気を変えられるのは魔理沙、貴女しか居ない。
「どう転ぶかは、わからないけれど、ね……」
…………不安要素だらけなのには、目を瞑ろうか。
「はぁ?!」
私の怒声にも聞こえる声が、森の中に響いたのは昨日の夜の事。
「……頼む、アリス」
そんな私に向かって、ただ頭を下げている魔理沙。
「あんた……、そんな事言ったって、どうなるのかも分かんないのに……」
「……分かってる」
「それに魔理沙のやろうとしてる事は、葬式だって言うのに、さ……」
「……ああ」
「…………本気な訳?」
魔理沙は私の両目を見つめて、コクンとうなずいた。
「……私だってさ、正直こんな事思いつくなんて、どうかしてると思ってはいるんだ」
肩を小さく震わせながら。それでも、それでも、どうしてもやりたいんだ。やらなきゃいけないんだ、と魔理沙は言った。
「霊夢ならさ」
「……霊夢、なら?」
「……私の勝手な思い込みに過ぎないし、でももう、あいつは死んで、どうしたいのかも聞けないし。でも、あいつなら」
魔理沙は、私の目をしっかりと見据えて、言葉を続ける。もう、肩の震えは止まっていた。
「霊夢ならそんな、辛気臭いもの、望んでないと思うんだ。きっと、あいつなら……」
『はいはい、どもども。僭越ながら私めがお話を一つさせていただきたいと思います』
「……あいつ、本当に普通の口調が似合わないわ」
つい一人、笑みを零してしまう。これじゃあ完全に私が悪い奴みたいだ。
「……あの泥棒魔法使いさんは、一体何をしようっていうのかしら」
「あら、まだ随分と余裕あるじゃない」
「伊達に吸血鬼の従者をしてる訳じゃありませんわ」
スカートをつまみながら瀟洒なお辞儀をする咲夜。全く、食えない人間だわ……。
「……って、私は私で仕事があるんだったわ。それじゃあね、咲夜。貴女はお嬢様のところに戻ったら?」
「そうね。まあ、言われなくてもそうさせて貰うけれど。それじゃあ、何だかよく分からないけれど頑張って」
そう言って振り返り、咲夜の居た場所には見向きもせずに走った。どうせ、時間でも止めて消えてるんでしょうに……。
とりあえず、私は目的地である博麗神社の倉庫。……霊夢が自分で作っていた酒庫へと向かった。
「何処にあるんだか……、ってホコリ臭いわねここ……」
ケホッ、と咳払いを一つして中へ入る。小さな窓から日の光が差しているため、それなりに中の様子はよく確認することが出来た。
「……これ、かしらね」
おそらく酒壺だと思われる物を見つけた。手をかける。ホコリがビッシリとついている。
「それ、漬物の壺だよ」
「そう、ありがと……って誰?!」
さっきからよく背後に立たれるなあ私、なんて思いながら振り返る。
「わたしわたし、萃香だよ」
「……吃驚させないでよね…………」
「驚く様な後ろめたい事をしているあんたが悪い」
「まあ、それも確かに」
「で、酒壺ならそれとそれだよ」
「……どうして分かったのかしら」
酒壺を探していることが。
「お、当たった。私からするとここは霊夢の作った酒置き場だからさ。結構把握してるつもりなんだよ」
「へえ……」
「それでだ、酒壺に魔理沙の演説、あんたらは何をしようとしてるんだい?」
「……霊夢の葬式に決まってるじゃない」
「嘘は、嫌い、だよ?」
背筋がゾワっ、とするような感覚に襲われる。……流石は、鬼である。私なんかのたかが魔法使いじゃ敵いそうにない。勿論、弾幕ごっこでは。語り合い化かし合い騙り合いなら、分からないけれど。
「……そうね、答えが知りたいならこの酒壺を魔理沙のところまで運んでほしいのだけれど」
「そう来たかい」
「利用出来る物は利用させてもらうわ。私はそういう奴よ」
その取引に、萃香は少し考えこむ様なそぶりをしてから。
「よし、乗った」
「どうも。それじゃ、魔理沙の演説が終わる前に早くお願い」
『…………だぁと、私は思う! もしも、今ここに、霊夢が生きていたら、こんな辛気臭い空気は陰陽玉で一掃一掃させられっちまうとは思わないか?!』
「口調が普段通りになってるし」
首尾一貫しない奴……。
「萃香、こいつを魔理沙の横まで運んで」
「お安い御用、だよっ!」
……酒壺を抱えて走る萃香と横にいる私にも、段々と視線が向けられ始める。それに魔理沙も気づいたようだ。
「……アリス、お前遅いし、しかもさぼってんじゃねえか……」
「取引と言ってほしいわね。萃香、ありがとう」
「んーん、そんな事よりきちんと事の顛末を見せてくれるかい? 酒の肴にしたいんでね」
「だって、魔理沙。後はよろしく」
「おう、任された」
そう言って、大きく息を吸い込んだ魔理沙。そして、言葉と共に吐き出す。
「もしっ! 本当に、霊夢の事を偲ぶならっ! こんな静かで辛気臭い葬式じゃなっくって! いつもみたいに呑んで歌って大騒ぎで送り出してやるのが、一番霊夢の為なんじゃないのか、みんなっ!」
場が、魔理沙の一言一言に支配される。次の言葉を、皆が待ちわびている。……何時の間にか、そんな、空気になっていた。
「あいつならっ! ……霊夢なら、絶対にこんなの、嫌だと、思う。……私も、嫌だ。たかが人間だった、そんな霊夢の死なんて、そんな重いもんじゃない筈なんだ。あいつなら、こんなものに縛られたくない筈なんだ。私は勝手だけど、そう思う。だから、」
「だからぁっ! いつもみたいに、あいつが居た時みたいに、普通に宴会して、送り出してやろうぜ、みんなぁっ!!」
最後はもう、しどろもどろだったけど。それでも、魔理沙の想いは、いや、霊夢の想いはみんなに伝わったみたいで。
半刻もしないうちに、博麗神社はいつものように騒がしい姿に、形を変えていた。
「ういー……。やっぱり酒はいいねぇ」
「萃香……あんたさっきまで素面だったのね……」
「それは、私だって場をわきまえるさ。さっきも今も、ね」
今は宴会だから呑みまくると。間違って無い。
「……よっ」
「あ、魔理沙。犯人役お疲れ様」
「犯人役とはこれまた酷い言いようだな」
「それじゃあ容疑者」
「何処が違うんだ……」
演説が終わってから先ほどまでもみくちゃにされていたみたいだが、やっと解放されたのか私のところに来たようだ。
「ありがとな」
「……私もまあ、賛成だったし」
言われるまでは、魔理沙にああ言われるまではただ、霊夢が居なくなったという事実で重く押しつぶされそうだった。でも、きっとこれで間違って無いのだ。私が霊夢でも、さっきのあれよりはこっちの騒がしい方がいい。
「随分と劇的な事をしてくれたわねぇ……」
「あら、これはこれで面白そうだけど」
作戦成功の酒を魔理沙と酌み交わしていると、空間にいびつな裂け目。そのスキマから八雲 紫と八意 永琳が身体を現した。
「霊夢の葬式が……台無し……はぁ」
「「ため息すると、幸せが逃げる」」「ぜ」「わよ」
「あんたらのせいよ……もー……!」
「私はいいと思うけれど?、むしろこっちの方があってるわよね、幻想郷には」
永琳が周りを見渡しながら、そう言った。私も同意見だ。
「……まあ、そうかもしれないわね」
どこか妥協しながら肯定する紫。まあ、霊夢には何かと構ってたみたいだし、結構こいつにとっても大事な人間だったのだろうか、博麗霊夢は。
「で、賢者さん。ここに来た理由を果たしましょうか?」
「……ああ、そうそう。魔理沙、貴女に一番最初に見てほしかったの」
紫はそういうと、スキマから棺を取りだした。蓋には、「博麗霊夢」と書かれている。
「……開けてみて、いいのか?」
「ええ、どうぞ?」
したり顔でそう返す紫。魔理沙はその言葉を聞いて、そっ、と蓋を開けた。
「…………霊……夢……?」
私も、中身を覗く。……そこには。
「……霊夢、よね、これは」
私と、魔理沙の眼前には、死んだはずの霊夢、ではなく。目をつぶって今にも起きそうな寝ているだけの霊夢が、いた。
「こいつは……凄い……。昔の、若かった頃の、霊夢だ」
魔理沙が感嘆と共にそう漏らした。
「ええ。私がそういう薬を作って、賢者さんがそれを作用させたの」
「理屈まで説明するつもりは無いけれど、私と初めて出会った頃の、霊夢の姿にしたわ」
私と魔理沙は、固まってしまった。手を伸ばせば届く距離に、霊夢が、あの頃の博麗霊夢の姿があるのだから。
「……触っても、いいか?」
「どうぞ」
魔理沙はおそるおそる、霊夢の頬に手を伸ばして、そして。……触れた。
「…………霊夢」
その時、私には。
魔理沙の姿も、あの頃の。まさに霊夢と同じように、若返ったかのように見えて。
「よく弾幕ごっこ、したよな」
「お茶だって、飲んだし」
「私がいつも、負けてたっけ」
「いつも迷惑そうな顔ばっか、させてたよな」
「なあ、霊夢」
「お前は私と会えて、良かったとか、思ってるのか……?」
強い、強い風が吹いた。
その風の中で、確かに、私は聞いた。
いつもいつも、皮肉ばかりの、貧乏ぐうたら巫女の声を。
______そんなこと言ってないで、さっさと賽銭をいれなさいよ。この黒白馬鹿っ。
風が、止んだ。声はもう、聞こえない。。
「……そういえば、賽銭。いれたことなかったよなあ、最期まで」
魔理沙のそう、漏らした声で私は彼女にも聞こえていた事を知る。隣にいる紫と永琳は、風の起こった方向を向いていた。……そこには。
「やっと、最後の最後で出番ですか……。霊夢さんと、おんなじ巫女だっていうのに」
鮮やかな、若草萌ゆるような緑色の髪をした、山の上の風祝。……東風谷 早苗の姿が、あった。
「私が奇跡を起こせたのは、魔理沙さんの想いがあったからですよ。それを私は手助けしただけですって」
「それをおいしいとこどり、とも言うけどね」
「あはは、確かにそうかも、ですね……」
満杯近い賽銭箱の前に、私と魔理沙と早苗は居た。
「おかげで賽銭箱の事を思い出したのは、よかったんだが……。まさかこんなになってるとは。今頃あいつ有頂天だろうなあ……」
「私はもう入れましたけどね」
「私もさっき入れたわ」
「……入れてないのって私だけかよ…………はぁ」
「魔理沙さん、ため息は幸せを逃がしますよ!」
「なんだろう、私は今日その台詞を何度も聞いた気がする」
「私もだよ……」
「あれですよ、幻想郷には迷信を信じる人が多い、ってことです。そんな物よりも守矢を信仰すればもっともっと、役に立つのに……」
「「それもどうかと思う」」「ぜ」「わ」
三人で顔を見合わせて、笑った。
あの頃の、幻想郷。 あの時、人間だった四人はそれぞれ別の道を歩んだ。
魔理沙は、職業魔法使いから種族魔法使いとなって。
咲夜は、吸血鬼の傍で生きるために己の時間を止め。
早苗は、現人神という身分から、本物の神になり。
霊夢は、ただ一人、人間で居続け変わらず縁側でお茶をすすっていた。
チャリン、と賽銭箱が三つの音を奏でた。
二礼。
二拍手。
それから一礼。
私は、これからも幻想郷の中で、またいつもと変わらない日々を過ごしていくのだろう。
きっと、まだ私には永い永い時間が残されている。
今日の事だって、記憶の中で少しずつ色あせていくのかもしれない。
でも。
時には、思い出す事もあるだろう。
そして、笑って、泣いて、又笑って。
それは時に辛い事かも知れない。もう会えない人に、過去に、時間に想いを馳せる事が。
だからこそ、私は。
今は幻想になった喧騒を思い出して。
これからも私、アリス・マーガトロイドは生きていこうと、信じた事など今の今まで一度も無い博麗神社に初めて、想ってみた。
霊夢ェ…。
しかし早苗さんが神になって信仰を得ているのも想像できねえなあ
>辛気臭い葬式
神式の葬儀って全般的に厳かで凛とした感じで、これはこれで良いと思う
こういうのも良いけども
霊夢が神格化する話、というのもある。
自分としては、彼女達にはいつまでも宴会したり弾幕したりしていてほしい。
でも、まあ、これはこれでよし。
あぁ、少女のままかも知れないし、成長した(しすぎた)姿かも知れないか
とりあえずGJ、次回も期待して良いかな?
アリス一人称である必要あるのかわからん。
なんとなく葬式して悲しい雰囲気ってだけ。
もうちょっと掘り下げて欲しかった。
あなたの実力はまだこんなものじゃないはずだ。期待してます