「霊夢は受けだよな」
「は?」
縁側でお茶を飲み一息吐いていると、突然、魔理沙が訳の分からない事を言い出したので、思わず私は呆けた声を上げてしまった。
「いやさ、霊夢の日々の行動を表すと、そんな感じがするんだよな」
「だから受けって何よ? 私の何をもってその言葉を当て嵌めたのか分からないわ」
「ん~、霊夢はさ……何と言うか、神社から殆ど動かないだろ? 動かない博麗神社ってやつだ」
「そりゃそうよ、巫女は神社に居てこそでしょう」
何を当たり前の事を言ってるんだ、この白黒は?
パチュリーみたいに、ただ本を読んでいるだけの〝動かない大図書館〟みたいな言い方はやめて欲しい。
私は日々忙しいのだ、境内の掃除に、お茶飲み、賽銭箱の確認だって一時間おきにはしなければならない。
「まぁ、確かにそうかもしれんが、偶には、お前さんから誰かの家を訪ねたりしても良いんじゃないか?」
「いいわよ面倒臭い。自分から行くよりも、来た奴の相手をする方が楽だもの」
「ほら! そういう所が受けなんだよ、受動的って言うのか」
……ふむ、なるほど。
確かに自分自身を振り返ると、そういう傾向があるのかもしれないが、これはもう性格の問題なのでどうしようもない。
特に直そうとも思ってない私は「そうかもね」と一言返すと、飲みかけのお茶をまた一口啜る。
魔理沙は、まるで他人事の様に興味を示さない私の態度に、呆れた感じで大きくため息を吐いた。
「あのなぁ、まぁ、そういう反応するだろうと思ってはいたが……。本当に欲しい物は、自分から動かないと手に入らないんだぜ?」
「自分からねぇ……」
「そうだ。まかぬ種は生えぬって言うだろ? 私がちょくちょく図書館から本を借りるのだって、いつかパチュリーの奴が「貴女の情熱には負けたわ、好きなだけ持って行きなさい!」と言ってくれると信じているからだ! きっと! ……多分」
「いや、それは一生ありえないでしょう」
「まぁ、とにかくだ、何時までも受けに回るのは良くないな」
しつこい奴め。
少なくとも異変の時には動いてるから良いじゃないか。
……まぁ、確かに、そうして私が動いたからこその異変時に、出会えた者は数多い。
あの雪の中での再会も、私にとっては大変貴重なものとなっている。
魔理沙に『誰か』と言われた瞬間思い浮かんだ人物―――――アリス・マーガトロイド。
え~と、まぁ、その…………私の好きな人だ。
最近自覚したばかりで、今だ、その事を認めるのには照れがあるし、何となく気恥ずかしくて自分の方から会いに行くのも悩む。
仮に私の方から頻繁に会いに行ったとしても、この隣に座る悪友が色々と詮索してくることだろう。
それは、もっと恥ずかしい。
なので、普段通りに振る舞い、アリスへの想いは秘かなモノとして、自分だけの心に止めておく。
今は、どうこうするというわけでなく、会えれば良い。
そう、ただ会えれば。
しかし、私自身が果報は寝て待つタイプなのか、魔理沙の言った通りな部分もあるのよね。
今日だって、本当はアリスも一緒に来ないかと期待していた。
「ねぇ、魔理沙?」
「あん?」
「そういえば、今日はアリスを誘っては来なかったのね?」
「ん? アリスか? 今朝方、ここに来る途中見かけたが声を掛ける前に行っちまったからなぁ、多分、紅魔館にだと思うが、どうかしたか?」
「……いや、別に。また自宅に引き篭もってるんじゃないかと、友人として心配になっただけよ」
「あぁ、それなら平気だろ。昨日、散々連れまわしてやったし」
ピシッ
あら? 湯飲みにひびが入ってるわ……古くなっていたのかな?
「いやぁ、研究に使う材料がどうしても足りなくてな、アリスに手伝ってもらって助かったぜ」
「ふ~ん」
昔からこいつは、自分の方から人に係わって行くのだ、そりゃあ、もう、私と親しくなる時もそうだった。
先ほど言われた様に、私が受動的だとしたら、魔理沙は能動的に行動を起こすタイプだろう。
確かに、これが自分の性格だと思ってはいるが、魔理沙のそういう性格の方を、少し羨ましくなる時もある。
……いや、少しとか嘘。正直、今の私から見たら、凄く凄~く羨ましい。
私だって、アリスを一日連れまわして、独占したい!
「何かアリスに伝言でもあるか? 会ったら言っておくが」
「ちゃんと外に出てるならいいのよ。そうねぇ、ま、偶には神社に顔出しなさいとでも言っておいて」
言っておいて下さいお願いします。
「あいよ、しかし、まぁ……ははっ」
「何が可笑しいのよ?」
「いやぁ、霊夢といい、アリスやパチュリーといい、私の周りは引き篭もりばっかりだよな、まったく、この魔理沙さんがいなかったら皆腐っちまうんじゃないか?」
「うっさいわ!」
隣に座る魔理沙のすねに、器用に踵で蹴りを放つ、うん、我ながら綺麗に入った。
縁側でのたうち回る白黒の友人を尻目に、私は再びお茶を喉に流し込む。
その日、アリスは神社にやって来なかった。
* * * * * * * * * * * * * *
翌日、適当に境内を掃除して、そろそろお茶にしようかと考え始めていた私の視界に影がさした。
思わず、勢い良く顔を上げる。
「アリ「はぁい、霊夢、ごきげんよう」
「……なんだ、あんたらか」
「失礼ね。いつまで経っても、霊夢が遊びに来てくれないから、わざわざ私の方から出向いてるのよ」
「頼んでないわよ」
「咲夜ぁ! 霊夢が冷たい! 極寒だわ」
「博麗の巫女の、冷徹、冷酷ぶりはいつものことですわ。お嬢様、どうか気を落とさずに」
「こんの……!」
突然やって来ては、散々な言い草のレミリアと咲夜に、少しの怒りと、少しの呆れ。
しかし、それよりも私が気掛かりなのは、一瞬期待して「アリ……」まで呼んでしまったことを、二人に聞かれてないかだ。
もし、聞かれていたら、何て誤魔化そう……アリ、アリ……アリーヴェデルチ!
何かレミリアが読んでた漫画で、そんなのあったわね。
「つれないわねぇ。せっかく美味しいお菓子があるから、霊夢にも、と思ったのに」
「えぇ、お嬢様の好意を蔑ろにするなんて、とんだ外道巫女がいたものですね」
よし! どうやら聞かれてはいないらしい。お土産も持って来たのなら、なおさらよしとしよう。
それはそうと、咲夜……あんたはいつもながら毒舌過ぎるのよ。
「なんだ、お土産があるなら早く言いなさいよね、お茶出してあげるから上がってなさい」
「抹茶ミルクしてよね。緑茶はあまり好きじゃないのよ」
「お嬢だからって、贅沢言うんじゃないわよ」
「あっ、私は苺ミルクでお願いします、緑茶嫌いなので」
「あんたはもう帰れ」
湯を沸かし、コポコポと音を立て、茶葉の入った急須に注ぎ、少し蒸らす。
結局上がりこんだ二人にお茶を出す羽目になったのだ。
そもそも、咲夜が作ってきた物は洋菓子だと思うが、緑茶と合うのだろうか?
残り少なくなった茶葉で淹れてやったのだから、まぁ、そこは文句を言わせない。
茶葉は夕方、いや、明日にでも買いに行けば良いだろう。
三つの湯飲みをお盆に乗せ、私が居間に戻ると、既に卓袱台にはたくさんのお菓子が並べられていた。
「あら? 随分いっぱいあるのね」
「凄いでしょう? 私も手伝ったのよ。このフィナンシェの粉を計量するのは大変だったわ、咽るし」
誇らしげに、小さい胸突き出し自慢し始めるレミリアには悪いが、それって、あまり技術のいらない手伝いよね?
むしろ体よく邪魔者扱いされたんじゃ……。
と思ったが、こちらの思考を読んだように、咲夜が射抜くような鋭い目で見てきたので、私は「へぇ~」と感心した素振りしながら、お茶を置く。
「このガレットの型を抜いたのもお嬢様ですよね。綺麗に仕上がっていますわ」
「フフッ、そうでしょう。偶には、お菓子作りというのも楽しいものね。フランも喜んでいたし、アリスと咲夜には感謝してるわ」
ピクッ
ん? なんでそこでアリスの名前が?
「私は普段通り仕事をしていただけです。皆でお菓子作りをしようと提案したアリスと、それに賛同して館の者に声をかけて回った妹様のお陰ですわ」
……アリスは昨日、紅魔館にいたのか。そういえば、魔理沙が言っていたわね。
大方、パチュリーに本を借りに行ったら、フランドールに遊ぼうとでも強請られたってところかしら。
「最近のフランは落ち着いているし、嬉しい限りだわ。破壊の力を持つフランにだって、何かを生み出し―――創造する力だって持っているのね」
そっか、本当に紅魔館にいたのかぁー……。
「ええ、そうですね。私としても大変喜ばしいことですわ」
「あぁ。次はフランの友達だっていう二人も招いて、お茶会をしてみたいものだね、姉として興味がある」
「いえ、それはちょっと……」
あぁ、もう、失敗だわ。アリスの家に行くのは、思いっきりアリスに会いに行ってるってバレバレだけど。
紅魔館だったら―――――。
『なんだ、アリスも来ていたのね』
『あら? 霊夢じゃない。折角だから貴女も一緒にお菓子作りしましょうよ』
『菓子作りは苦手なのよねぇ』
『仕方ないわね、私が付きっ切りで教えてあげるわよ。レミリア達には咲夜がいるし』
―――――こうなっていたに違いないのに!
「ちょっと、霊夢! 聞いてるの? 私がすごく姉らしい良い発言をしたんだから反応してよね」
「ん? あぁ、ちょっと考え事してたわ」
声を掛けられ、思考を遮られた私の横で、レミリアが拗ねた様子で頬を膨らませていた。
人からアリスの話題が出ると、どうも過剰に捉え、考えてしまうところがある。
アリスに後ろから抱きすくめられるように腕を取られ。
『ほら、霊夢、ホイッパーの使い方は、軽く持って肩を下げて手首で回すのよ』
とか言われながら、教えて貰っている姿を想像していたら、トリップ状態から帰って来られなくなるところだった。
「まったく、そうやって普段からボーっとしていたら直ぐに惚けてしまうわよ、只でさえ霊夢は婆臭いんだから」
「婆臭い言うな」
「お嬢様の言うとおりですわ。霊夢も偶には外に出るのも良いんじゃない? 」
「明日にでも里に行こうと思ってたわよ、私よりも、あんたらのとこの根暗をどうにかしたら?」
「パチェはあれで結構行動的なのよ。思い立ったが吉日なのか、急に動き出すから驚くんだけど」
根暗と言って、直ぐパチュリーだと分かるのも酷い話だ。
女三人寄れば何とやら、という風に、片手にお菓子、もう片手にお茶を持ちながらの雑談をする。
「ふぅん。それにしても、昨日も似たようなこと魔理沙に言われたのよね、私ってそんなに動かないかな?」
「ん~、霊夢は必要最小限にしか動かないのよ、もちろん弾幕勝負の時は、そこが長所になるから霊夢は強いんだけど、私生活ぐらいは、もっと面白味のある行動を起こしても良い気がするのよねぇ」
「そうですわね、例えば、好きな人の家に押し掛けるとか」
「!?」
危うく、飲みかけのお茶を吹きそうになるも、何とか堪える。
咲夜の方に目を向けると、唇の端を歪めニヤニヤと笑っていた、それはもう楽しそうに。
……あ、こいつ、最初に私が、アリスの名を呼びそうになったのを知ってたな。
私の勘がそう告げた。
「霊夢に好きな人? 咲夜は誰か知っているの?」
「いえ、そういう人がいるのであれば、もっと恋する乙女らしく行動するのではないか。という例えですよ」
「なぁんだ、いるのなら私が惜しみなく協力してやろうと思ったのに、面白そうだし」
「では、今度は妹様達と一緒に『霊夢の好きな人当て大会』でもやりましょうか、もちろんまたアリスも誘って」
人の恋愛を暇つぶしに使うなっての……。
それと、咲夜―――――あんたは早いうちに亡き者にしてやるわ。
その後、日が沈む頃に帰路に着くレミリアと咲夜の背中を見送りながら、一度大きく伸びをして座りっぱなしだった体をほぐす。
そして、紅魔館とは別の方角――――魔法の森の方向に目を向けるが、誰かがこちらに飛んでくる様子はない。
結局、その日もアリスは神社にはやって来なかった。
* * * * * * * * * * * * * *
また翌日、切らした茶葉と、他の食料や生活用品を買い足すために、私は人里へと来ていた。
霖之助さんから茶葉を分けて貰おうとも考えたのだが。
香霖堂の上空に差しかかった時に、レミリアと咲夜が店に入っていく姿が見えたので回避した。
また咲夜に弄られては堪ったものではない、どうせ「この後は、真っ直ぐ帰るの? それとも魔法の森へ?」などと聞いてくる事だろう。
久しぶりに来た里は特に変わりも無く、八百屋のおじさんに値切り交渉をしたり、いつも買うお茶屋さんに多めにサービスして貰った。
寺子屋を通りかかったら、教壇に立つ慧音の姿が見えたりと、本当にいつも通り平和だ。
ちなみに、商店街から外れた寺子屋を通りかかったのは偶然だ。
何もアリスが子供達に人形劇を披露しているかもしれない、と思ったからではない。断じて。
……他に、アリスが行きそうな所はどこだろなぁー。
「おや? これは、これは霊夢さんじゃありませんか」
「ん?」
きょろきょろと辺りを見回していた私に、突然声が掛けられる。
しかし、先程より辺りを注意深くよく見渡しても、特に知り合いだという顔ぶれはいない。
「こちらですよ」
声のした上の方を見やると、民家の屋根にしゃがみ込むように座り、こちらに手を振る、文がいた。
「あんたは相変わらずねぇ、文と煙は高いところが好きって言うぐらいだし」
「それは私を馬鹿だと言いたいんでしょうか? 会って早々霊夢さんは酷いです」
「はいはい、悪かったわよ。そういえばあんたに聞きたい事があったのよね、首疲れるし降りてきなさいよ」
言葉を言い終わるよりも速く、視線を向けていた屋根の上から消えるように移動した文が、私の目の前に立つ。
「霊夢さんが私と話したいとは、感激ですね。それは記者としてですか? それとも射命丸文個人として?」
「どうでも良いけど、あんた近いのよ……もっと離れないと話どころじゃないでしょうが」
「あやや、これは失礼。して、話とは?」
うっ! 幻想郷を飛び回り日々ネタ集めをしている文なら、アリスのことを聞けると思ったが。
よく考えたら、『アリスのことなんか知らない?』なんてストレートに聞けば、おそらくその数十倍の言葉で根堀り葉掘り聞いてくることだろう。
楽しんでからかう咲夜とは違うが、面白そうなネタとして純粋に質問してくる文も中々厄介だ。
何か! 何か、疑われず遠まわしにアリスの事を聞けないだろうか……。
必死に考えを巡らせる私に、文が肩から掛けている鞄から“文々。新聞”が出ているのが目に入った。これだ!
「文、悪いけど、その新聞一通読まして貰っても良い?」
「へっ!?」
「だから、そのあんたの文々。新聞を読ませてよ」
「……私の新聞を……ですか?」
「そう言ってるでしょう? 内容次第では今回だけ買ってやるから……って、なんであんた泣いてるのよ」
「れいむひゃんが……りぇいむさんが、わ、わたひのしんぶんをよんでくれりゅひがくるなんて……」
泣くほど私の文々。新聞への対応は酷かっただろうか?
まぁ、確かに二枚ほど文専用の弾幕を作ったこともあるぐらいだが、ここまで感動されると少し罪悪感が沸くわね。
鼻を啜り、チリ紙で拭く文を尻目に見ながら心の中で少し謝り、新聞を広げ読み耽る。
――――――――――残念ながら、アリスや魔法の森周辺の記事は見当たらなかった。
まぁ、新聞に書かれているかどうかは余り期待していなかったし仕方ない。
それよりも、ここからの誘導尋問が肝心だ、いくつか内容の事を聞いて最後に。
『魔法の森のことは書かれていないのね、魔理沙もアリスもネタの宝庫だと思うけど?』
何て聞けば、ほら、凄く自然。
さっそく実行に移すべく口を開こうとしたが、私が言葉を紡ぐよりも早く文が喋りだした。
「泣いてしまって申し訳ないです。霊夢さんが私の新聞を読みたいと言って下さり、あまつさえ買っても良いとまで言ってくれるなんて、私とても嬉しくて……」
「あ、うん」
「最近は紅魔館の皆様や、香霖堂の店主さんだけでなく、永遠亭の姫様や、命蓮寺の方達、それにアリスさんも定期購読されているんですよ、それだけでも嬉しくて、嬉しくて胸が一杯なのに、博麗の巫女である霊夢さんも……と考えたら、うぅ、また涙が」
「何と言うか……良かったわね、おめでとう」
文も結構大変なのねぇ。
にしても、アリスも購読してるのかぁー。
こんな文に対して不謹慎かもしれないが、アリスとの話題を増やす意味でも、本当に定期購読してあげても良いかもしれないわね。
まぁ、顔なじみって事で思い切りまけて貰うけど。
しかし、これではアリスの話を切り出せない、どうしたものか。
「これからはお得意様の宣伝も記事の一部に取り込もうと思うんですよね、ナズーリンさんの探し物特集とか、アリスさんの人形劇公開日とか。昨日も、里に来たらアリスさんが人形劇を披露してたんですが……」
「えっ!?」
「残念ながら、今回の記事には間に合わなかったので次回からということで……って、ちょ、霊夢さん!? なんで泣いてるんですか?」
「う、うるひゃいわね! じぶんの、たいみんぐのわるひゃをのろっているのよ!」
うぅ、昨日、アリスはここに来ていたのか。
茶葉の買い足しを、面倒臭がらずに昨日来ていれば―――――。
『アリスの人形劇、面白かったわ』
『あら? 霊夢、見ていたのね、何か恥ずかしいわ』
『本当に器用よね、ただ、後ろの方だったから、しっかりと見れなかったのが残念だけど』
『じゃあ、霊夢の為だけのプレイベート人形劇を披露してあげるわ』
―――――こうなっていたに違いないのに! 違いないのに!!
「えぐっ、えぐ……ぐすっ」
「あの~、れ、霊夢さん? 本当に大丈夫ですか?」
私の中の空想アリスが、笑顔で手を振りながら消えていく。アリスぅ……。
どんどん遠ざかり、必死に手を伸ばしても届かず、その片手が現実に触れたのは民家の壁だった。
やり場のない怒りと、脱力感に襲われふらつく体を、何とか膝で支え、目に溜まった涙をゴシゴシと袖で拭うと、八つ当たり気味に文を睨みつける。
「な、なんで睨むんですか!?」
「……」
「ど、どうして無言なんですかぁ~!?」
ふぅ……。
涙目でわたわたと慌てる文を見ていたら、ほんの少しスッキリした。
まぁ、よく考えたらアリスの情報だということには変わりはないし、一応感謝しておこう。
下手なパパラッチさえ止めれば、私にとって、魔理沙と並ぶ貴重な情報源なのよね、文は。
両名ともに八割は下らないことだけど……。
「……目にゴミが入っただけよ」
「そんな様子ではなかった気がしますが……」
若干ビクつき、怯え気味に答える文。
「さて、冗談はさておき、まぁ、がんばんなさいね。私に定期購読させるぐらい面白い記事書いてみなさいよ」
「……ふぇ!? は、はい! それはもう!」
「それじゃあ、里にはもう用もないし、私は帰るわ」
「お帰りですか。ではでは、私は一つ気合を入れて取材にでも行きますかな、いつか霊夢さんに買って貰うためにも頑張りますので」
嬉しそうな笑顔で、気力が満ち満ちた感じのする文に、私は少し苦笑し、空へと浮かぶ。
今泣いた文がもう笑った、と言ったところかしら。
「じゃ、またね」
「はい。お気をつけて」
文と別れ、博麗神社までの距離を、唸りながら空を飛ぶ。
う~ん、それにしても、せっかく行動的に……とは言い難いかもしれないが。
ともかく自分からアリスを探したのに、こうすれ違うと、悔しいし、少し不安になる。
やはり私は、待つスタイルの方が合っていて、物事が上手く行くのではないか?
何となく言い訳がましくもあるが、そんな事を考えてみる。
まぁ、アリスも特に魔法の研究にのめり込んでいる、という訳ではなさそうだし、そろそろ訪ねて来るだろう。
そうだ、明日にはきっと来るはずだ―――――。
帰った神社には、誰かが来た形跡は見られなかった。
* * * * * * * * * * * * * *
次の日、土砂降りの雨が降っていた。
朝起きた際、障子を開けたまま、しばらく現状の天気が信じられず呆けてしまった程だ。
のろのろとした動作でお茶を淹れ、障子の手前に座布団をひき、文からくすねた秘蔵のアリスの写真と共に、ただひたすら雨を見つめる。
こんな雨ではアリスがここに来れないじゃないか。
それとも、この雨は、自分から会いに行かず、ただ待ってるだけの臆病な私に対する仕打ちなんだろうか?
空に向かってそう問いかけても、誰も答えるはずが無い。
代わりに先日の友人達の言葉が頭によぎる。
『本当に欲しい物は、自分から動かないと手に入らないんだぜ?』
―――――そんな事は私だって分かっている。
『私生活ぐらいは、もっと面白味のある行動を起こしても良い気がするのよねぇ』
『そうですわね、例えば、好きな人の家に押し掛けるとか』
―――――分かってるけど、理由付けがないと動けないような奴なのだ、私は。
視線を落とした先の、写真のアリスはいつもの仏頂面を変える事無く、ただ黙ってこちらを見ている。
それがまた、非難されてるようにも感じ、心に少し棘が刺さる。
会いたい……アリスに会いたいよぉ。
「はぁ、雨、早く止まないかなぁー」
「雨が止んだらどうするのです?」
「そりゃ、もちろん……って、うわー!?」
静かに問いかけてきた声に、思わず答えながら顔を横に向けると、どこぞのスキマ妖怪――――八雲紫が怪しい笑みを浮かべていた。
本当に心臓に悪い登場の仕方だ。
「『それは、もちろん』何です?」
「いいでしょ、別に。それより、毎度毎度言ってるけど、勝手にスキマ使って入って来んな!」
「あらあら、ごめんなさいね。珍しく霊夢が、哀愁ただよわせてしょんぼりとしているから心配だったのよ」
「こんな雨見たら誰だって憂鬱にもなるわよ」
「晴耕雨読。こんな日だからこその過ごし方もありましょうに、それとも、この雨によって何ら支障でもあるのですか?」
「……」
相変わらず、人の真意を探ろうとする奴め。
紫みたいな頭の切れる奴には、喋れば喋るほどヒントを与えることになる、黙っておくのが一番だ。
「アリスに会いたくても、中々会えない。といった所でしょうか?」
「なっ!?」
……妖怪の賢者すげぇ!
「私の能力でアリスの家の前まで送ってあげても良いのですよ?」
「あ……、いや、でも迷惑かもしれないし」
「……なるほど、どうして普段強気な癖に、こういう事には滅法弱いのかしらね、霊夢は」
「私も、私が嫌になってるわよ」
私は、紫みたいに知識が豊富なわけじゃないし、文みたいに情報に長けているわけでもない。
魔理沙みたいに行動的でもないし、レミリアみたいに無邪気に振舞えない
咲夜……は、まぁいいや。
直感頼りで行動を決める私は、一度考えの泥沼に嵌るとそこから抜け出せなくなるのだ。
会い来て欲しいけど、会いに行くのは怖い、酷い矛盾だ。
「……はぁ、まったく仕様のない娘ですね。別に咎めた訳ではないのですよ? 貴方にも貴方なりの良さがいっぱいあるのだから、
完璧な存在など少しも面白くありませんし、居もしないでしょう。霊夢のそういう弱い部分含めて、魔理沙や天狗、紅の館の者達、そして、もちろんアリスも好いているのですよ」
「本当に?」
「それは自分の口から確かめなさいな」
「うぅ~」
「艱難汝を玉にす。悩んでいっぱい苦労しなさい、それが色恋でも、貴方の成長となるのですから」
「……あんたは本当に回りくどいわね」
「あら、それが私の良い所でしょう?」
「はいはい、まぁ、うん、ありがと」
博麗の巫女が、妖怪に慰められてしまうとはね。
しかし、私の良さ……そんな所は本当にあるのだろうか?
こんな大して付き合いが良いわけでもなく、受け姿勢で動かない、何事も適当な、そんな私の良いところ。
紫を信用してないわけじゃないが、やはりアリスの口から聞いてみたくもある。
アリスは何と答えるだろう?
「しかし、霊夢がアリスをねぇ。今日はこの雨で誰も来られないでしょうし、そこら辺の話をじっくり聞こうかしら」
「ん? 紫は前から知ってたんじゃないの?」
「いえ、今日初めて知りましたわ」
「えっ!? だってさっき知ってる素振りだったじゃない?」
優しげににっこりと微笑んだ紫は、ゆっくりとした動作で私の手元を指差す。
そこには、仏頂面のアリスが握られていた。
* * * * * * * * * * * * * *
「霊夢は……受けな所かしら」
昨日の土砂降りの雨が嘘のように、晴れた本日。
私―――――アリス・マーガトロイドは博麗神社へとやって来ていた。
ここの所予定が立て込み、会いに行こうとしたら生憎の雨。
完全に霊夢分補給不足を感じていた私は、思わず迷惑も考えずに早朝に訪ねてしまったのだが。
霊夢は驚いてはいたものの、「朝御飯を作っているから、一緒に食べていきなさい」と、言ってくれた。
心なしか、どこか嬉しそうな表情をしていた気もする、何か良いことでもあったのだろうか?
二人で卓袱台を囲み、朝食を取っている時も、終始にこにことしていた。
霊夢は可愛いなぁ……。
そんな風に思う反面、この会えない一週間程の間に、霊夢をここまで機嫌良くする要因があったのだとすると、少し妬けてしまう。
会えない間何をしていたのかを聞いてみても、「あ~う~」と唸りながら、少し赤くなって俯いてしまった。
霊夢はすごく可愛いなぁ~。
すると、霊夢は意を決したかの様に顔を上げると「私の良いところってどこかな?」と聞いてきたのだ。
可愛いところ、と答えそうになる口を手で押さえて踏み止まり、そのまま視線を下げほんの少し思案する。
私が、霊夢を好きになったきっかけは、どんな所だったかしら?
過去へと記憶を巡らせると、ふと幻想郷に来たばかりで、誰とも相容れずに尖っていた自分自身を思い出した。
あぁ、そうだ……霊夢は私を……。
そうして、つい口に出たのが、冒頭の言葉だった。
「……受け? あの、それはどういった意味で?」
霊夢は驚いた後、少し複雑そうな表情で聞き返してくる。
それはそうだ、いきなりそんな事を言われては、誰だって困惑するだろう。
「あぁ、ごめんなさい。全然言葉が足りなかったわね、ん~と……」
「私を、ありのまま自然に受け入れてくれる所」
「は?」
縁側でお茶を飲み一息吐いていると、突然、魔理沙が訳の分からない事を言い出したので、思わず私は呆けた声を上げてしまった。
「いやさ、霊夢の日々の行動を表すと、そんな感じがするんだよな」
「だから受けって何よ? 私の何をもってその言葉を当て嵌めたのか分からないわ」
「ん~、霊夢はさ……何と言うか、神社から殆ど動かないだろ? 動かない博麗神社ってやつだ」
「そりゃそうよ、巫女は神社に居てこそでしょう」
何を当たり前の事を言ってるんだ、この白黒は?
パチュリーみたいに、ただ本を読んでいるだけの〝動かない大図書館〟みたいな言い方はやめて欲しい。
私は日々忙しいのだ、境内の掃除に、お茶飲み、賽銭箱の確認だって一時間おきにはしなければならない。
「まぁ、確かにそうかもしれんが、偶には、お前さんから誰かの家を訪ねたりしても良いんじゃないか?」
「いいわよ面倒臭い。自分から行くよりも、来た奴の相手をする方が楽だもの」
「ほら! そういう所が受けなんだよ、受動的って言うのか」
……ふむ、なるほど。
確かに自分自身を振り返ると、そういう傾向があるのかもしれないが、これはもう性格の問題なのでどうしようもない。
特に直そうとも思ってない私は「そうかもね」と一言返すと、飲みかけのお茶をまた一口啜る。
魔理沙は、まるで他人事の様に興味を示さない私の態度に、呆れた感じで大きくため息を吐いた。
「あのなぁ、まぁ、そういう反応するだろうと思ってはいたが……。本当に欲しい物は、自分から動かないと手に入らないんだぜ?」
「自分からねぇ……」
「そうだ。まかぬ種は生えぬって言うだろ? 私がちょくちょく図書館から本を借りるのだって、いつかパチュリーの奴が「貴女の情熱には負けたわ、好きなだけ持って行きなさい!」と言ってくれると信じているからだ! きっと! ……多分」
「いや、それは一生ありえないでしょう」
「まぁ、とにかくだ、何時までも受けに回るのは良くないな」
しつこい奴め。
少なくとも異変の時には動いてるから良いじゃないか。
……まぁ、確かに、そうして私が動いたからこその異変時に、出会えた者は数多い。
あの雪の中での再会も、私にとっては大変貴重なものとなっている。
魔理沙に『誰か』と言われた瞬間思い浮かんだ人物―――――アリス・マーガトロイド。
え~と、まぁ、その…………私の好きな人だ。
最近自覚したばかりで、今だ、その事を認めるのには照れがあるし、何となく気恥ずかしくて自分の方から会いに行くのも悩む。
仮に私の方から頻繁に会いに行ったとしても、この隣に座る悪友が色々と詮索してくることだろう。
それは、もっと恥ずかしい。
なので、普段通りに振る舞い、アリスへの想いは秘かなモノとして、自分だけの心に止めておく。
今は、どうこうするというわけでなく、会えれば良い。
そう、ただ会えれば。
しかし、私自身が果報は寝て待つタイプなのか、魔理沙の言った通りな部分もあるのよね。
今日だって、本当はアリスも一緒に来ないかと期待していた。
「ねぇ、魔理沙?」
「あん?」
「そういえば、今日はアリスを誘っては来なかったのね?」
「ん? アリスか? 今朝方、ここに来る途中見かけたが声を掛ける前に行っちまったからなぁ、多分、紅魔館にだと思うが、どうかしたか?」
「……いや、別に。また自宅に引き篭もってるんじゃないかと、友人として心配になっただけよ」
「あぁ、それなら平気だろ。昨日、散々連れまわしてやったし」
ピシッ
あら? 湯飲みにひびが入ってるわ……古くなっていたのかな?
「いやぁ、研究に使う材料がどうしても足りなくてな、アリスに手伝ってもらって助かったぜ」
「ふ~ん」
昔からこいつは、自分の方から人に係わって行くのだ、そりゃあ、もう、私と親しくなる時もそうだった。
先ほど言われた様に、私が受動的だとしたら、魔理沙は能動的に行動を起こすタイプだろう。
確かに、これが自分の性格だと思ってはいるが、魔理沙のそういう性格の方を、少し羨ましくなる時もある。
……いや、少しとか嘘。正直、今の私から見たら、凄く凄~く羨ましい。
私だって、アリスを一日連れまわして、独占したい!
「何かアリスに伝言でもあるか? 会ったら言っておくが」
「ちゃんと外に出てるならいいのよ。そうねぇ、ま、偶には神社に顔出しなさいとでも言っておいて」
言っておいて下さいお願いします。
「あいよ、しかし、まぁ……ははっ」
「何が可笑しいのよ?」
「いやぁ、霊夢といい、アリスやパチュリーといい、私の周りは引き篭もりばっかりだよな、まったく、この魔理沙さんがいなかったら皆腐っちまうんじゃないか?」
「うっさいわ!」
隣に座る魔理沙のすねに、器用に踵で蹴りを放つ、うん、我ながら綺麗に入った。
縁側でのたうち回る白黒の友人を尻目に、私は再びお茶を喉に流し込む。
その日、アリスは神社にやって来なかった。
* * * * * * * * * * * * * *
翌日、適当に境内を掃除して、そろそろお茶にしようかと考え始めていた私の視界に影がさした。
思わず、勢い良く顔を上げる。
「アリ「はぁい、霊夢、ごきげんよう」
「……なんだ、あんたらか」
「失礼ね。いつまで経っても、霊夢が遊びに来てくれないから、わざわざ私の方から出向いてるのよ」
「頼んでないわよ」
「咲夜ぁ! 霊夢が冷たい! 極寒だわ」
「博麗の巫女の、冷徹、冷酷ぶりはいつものことですわ。お嬢様、どうか気を落とさずに」
「こんの……!」
突然やって来ては、散々な言い草のレミリアと咲夜に、少しの怒りと、少しの呆れ。
しかし、それよりも私が気掛かりなのは、一瞬期待して「アリ……」まで呼んでしまったことを、二人に聞かれてないかだ。
もし、聞かれていたら、何て誤魔化そう……アリ、アリ……アリーヴェデルチ!
何かレミリアが読んでた漫画で、そんなのあったわね。
「つれないわねぇ。せっかく美味しいお菓子があるから、霊夢にも、と思ったのに」
「えぇ、お嬢様の好意を蔑ろにするなんて、とんだ外道巫女がいたものですね」
よし! どうやら聞かれてはいないらしい。お土産も持って来たのなら、なおさらよしとしよう。
それはそうと、咲夜……あんたはいつもながら毒舌過ぎるのよ。
「なんだ、お土産があるなら早く言いなさいよね、お茶出してあげるから上がってなさい」
「抹茶ミルクしてよね。緑茶はあまり好きじゃないのよ」
「お嬢だからって、贅沢言うんじゃないわよ」
「あっ、私は苺ミルクでお願いします、緑茶嫌いなので」
「あんたはもう帰れ」
湯を沸かし、コポコポと音を立て、茶葉の入った急須に注ぎ、少し蒸らす。
結局上がりこんだ二人にお茶を出す羽目になったのだ。
そもそも、咲夜が作ってきた物は洋菓子だと思うが、緑茶と合うのだろうか?
残り少なくなった茶葉で淹れてやったのだから、まぁ、そこは文句を言わせない。
茶葉は夕方、いや、明日にでも買いに行けば良いだろう。
三つの湯飲みをお盆に乗せ、私が居間に戻ると、既に卓袱台にはたくさんのお菓子が並べられていた。
「あら? 随分いっぱいあるのね」
「凄いでしょう? 私も手伝ったのよ。このフィナンシェの粉を計量するのは大変だったわ、咽るし」
誇らしげに、小さい胸突き出し自慢し始めるレミリアには悪いが、それって、あまり技術のいらない手伝いよね?
むしろ体よく邪魔者扱いされたんじゃ……。
と思ったが、こちらの思考を読んだように、咲夜が射抜くような鋭い目で見てきたので、私は「へぇ~」と感心した素振りしながら、お茶を置く。
「このガレットの型を抜いたのもお嬢様ですよね。綺麗に仕上がっていますわ」
「フフッ、そうでしょう。偶には、お菓子作りというのも楽しいものね。フランも喜んでいたし、アリスと咲夜には感謝してるわ」
ピクッ
ん? なんでそこでアリスの名前が?
「私は普段通り仕事をしていただけです。皆でお菓子作りをしようと提案したアリスと、それに賛同して館の者に声をかけて回った妹様のお陰ですわ」
……アリスは昨日、紅魔館にいたのか。そういえば、魔理沙が言っていたわね。
大方、パチュリーに本を借りに行ったら、フランドールに遊ぼうとでも強請られたってところかしら。
「最近のフランは落ち着いているし、嬉しい限りだわ。破壊の力を持つフランにだって、何かを生み出し―――創造する力だって持っているのね」
そっか、本当に紅魔館にいたのかぁー……。
「ええ、そうですね。私としても大変喜ばしいことですわ」
「あぁ。次はフランの友達だっていう二人も招いて、お茶会をしてみたいものだね、姉として興味がある」
「いえ、それはちょっと……」
あぁ、もう、失敗だわ。アリスの家に行くのは、思いっきりアリスに会いに行ってるってバレバレだけど。
紅魔館だったら―――――。
『なんだ、アリスも来ていたのね』
『あら? 霊夢じゃない。折角だから貴女も一緒にお菓子作りしましょうよ』
『菓子作りは苦手なのよねぇ』
『仕方ないわね、私が付きっ切りで教えてあげるわよ。レミリア達には咲夜がいるし』
―――――こうなっていたに違いないのに!
「ちょっと、霊夢! 聞いてるの? 私がすごく姉らしい良い発言をしたんだから反応してよね」
「ん? あぁ、ちょっと考え事してたわ」
声を掛けられ、思考を遮られた私の横で、レミリアが拗ねた様子で頬を膨らませていた。
人からアリスの話題が出ると、どうも過剰に捉え、考えてしまうところがある。
アリスに後ろから抱きすくめられるように腕を取られ。
『ほら、霊夢、ホイッパーの使い方は、軽く持って肩を下げて手首で回すのよ』
とか言われながら、教えて貰っている姿を想像していたら、トリップ状態から帰って来られなくなるところだった。
「まったく、そうやって普段からボーっとしていたら直ぐに惚けてしまうわよ、只でさえ霊夢は婆臭いんだから」
「婆臭い言うな」
「お嬢様の言うとおりですわ。霊夢も偶には外に出るのも良いんじゃない? 」
「明日にでも里に行こうと思ってたわよ、私よりも、あんたらのとこの根暗をどうにかしたら?」
「パチェはあれで結構行動的なのよ。思い立ったが吉日なのか、急に動き出すから驚くんだけど」
根暗と言って、直ぐパチュリーだと分かるのも酷い話だ。
女三人寄れば何とやら、という風に、片手にお菓子、もう片手にお茶を持ちながらの雑談をする。
「ふぅん。それにしても、昨日も似たようなこと魔理沙に言われたのよね、私ってそんなに動かないかな?」
「ん~、霊夢は必要最小限にしか動かないのよ、もちろん弾幕勝負の時は、そこが長所になるから霊夢は強いんだけど、私生活ぐらいは、もっと面白味のある行動を起こしても良い気がするのよねぇ」
「そうですわね、例えば、好きな人の家に押し掛けるとか」
「!?」
危うく、飲みかけのお茶を吹きそうになるも、何とか堪える。
咲夜の方に目を向けると、唇の端を歪めニヤニヤと笑っていた、それはもう楽しそうに。
……あ、こいつ、最初に私が、アリスの名を呼びそうになったのを知ってたな。
私の勘がそう告げた。
「霊夢に好きな人? 咲夜は誰か知っているの?」
「いえ、そういう人がいるのであれば、もっと恋する乙女らしく行動するのではないか。という例えですよ」
「なぁんだ、いるのなら私が惜しみなく協力してやろうと思ったのに、面白そうだし」
「では、今度は妹様達と一緒に『霊夢の好きな人当て大会』でもやりましょうか、もちろんまたアリスも誘って」
人の恋愛を暇つぶしに使うなっての……。
それと、咲夜―――――あんたは早いうちに亡き者にしてやるわ。
その後、日が沈む頃に帰路に着くレミリアと咲夜の背中を見送りながら、一度大きく伸びをして座りっぱなしだった体をほぐす。
そして、紅魔館とは別の方角――――魔法の森の方向に目を向けるが、誰かがこちらに飛んでくる様子はない。
結局、その日もアリスは神社にはやって来なかった。
* * * * * * * * * * * * * *
また翌日、切らした茶葉と、他の食料や生活用品を買い足すために、私は人里へと来ていた。
霖之助さんから茶葉を分けて貰おうとも考えたのだが。
香霖堂の上空に差しかかった時に、レミリアと咲夜が店に入っていく姿が見えたので回避した。
また咲夜に弄られては堪ったものではない、どうせ「この後は、真っ直ぐ帰るの? それとも魔法の森へ?」などと聞いてくる事だろう。
久しぶりに来た里は特に変わりも無く、八百屋のおじさんに値切り交渉をしたり、いつも買うお茶屋さんに多めにサービスして貰った。
寺子屋を通りかかったら、教壇に立つ慧音の姿が見えたりと、本当にいつも通り平和だ。
ちなみに、商店街から外れた寺子屋を通りかかったのは偶然だ。
何もアリスが子供達に人形劇を披露しているかもしれない、と思ったからではない。断じて。
……他に、アリスが行きそうな所はどこだろなぁー。
「おや? これは、これは霊夢さんじゃありませんか」
「ん?」
きょろきょろと辺りを見回していた私に、突然声が掛けられる。
しかし、先程より辺りを注意深くよく見渡しても、特に知り合いだという顔ぶれはいない。
「こちらですよ」
声のした上の方を見やると、民家の屋根にしゃがみ込むように座り、こちらに手を振る、文がいた。
「あんたは相変わらずねぇ、文と煙は高いところが好きって言うぐらいだし」
「それは私を馬鹿だと言いたいんでしょうか? 会って早々霊夢さんは酷いです」
「はいはい、悪かったわよ。そういえばあんたに聞きたい事があったのよね、首疲れるし降りてきなさいよ」
言葉を言い終わるよりも速く、視線を向けていた屋根の上から消えるように移動した文が、私の目の前に立つ。
「霊夢さんが私と話したいとは、感激ですね。それは記者としてですか? それとも射命丸文個人として?」
「どうでも良いけど、あんた近いのよ……もっと離れないと話どころじゃないでしょうが」
「あやや、これは失礼。して、話とは?」
うっ! 幻想郷を飛び回り日々ネタ集めをしている文なら、アリスのことを聞けると思ったが。
よく考えたら、『アリスのことなんか知らない?』なんてストレートに聞けば、おそらくその数十倍の言葉で根堀り葉掘り聞いてくることだろう。
楽しんでからかう咲夜とは違うが、面白そうなネタとして純粋に質問してくる文も中々厄介だ。
何か! 何か、疑われず遠まわしにアリスの事を聞けないだろうか……。
必死に考えを巡らせる私に、文が肩から掛けている鞄から“文々。新聞”が出ているのが目に入った。これだ!
「文、悪いけど、その新聞一通読まして貰っても良い?」
「へっ!?」
「だから、そのあんたの文々。新聞を読ませてよ」
「……私の新聞を……ですか?」
「そう言ってるでしょう? 内容次第では今回だけ買ってやるから……って、なんであんた泣いてるのよ」
「れいむひゃんが……りぇいむさんが、わ、わたひのしんぶんをよんでくれりゅひがくるなんて……」
泣くほど私の文々。新聞への対応は酷かっただろうか?
まぁ、確かに二枚ほど文専用の弾幕を作ったこともあるぐらいだが、ここまで感動されると少し罪悪感が沸くわね。
鼻を啜り、チリ紙で拭く文を尻目に見ながら心の中で少し謝り、新聞を広げ読み耽る。
――――――――――残念ながら、アリスや魔法の森周辺の記事は見当たらなかった。
まぁ、新聞に書かれているかどうかは余り期待していなかったし仕方ない。
それよりも、ここからの誘導尋問が肝心だ、いくつか内容の事を聞いて最後に。
『魔法の森のことは書かれていないのね、魔理沙もアリスもネタの宝庫だと思うけど?』
何て聞けば、ほら、凄く自然。
さっそく実行に移すべく口を開こうとしたが、私が言葉を紡ぐよりも早く文が喋りだした。
「泣いてしまって申し訳ないです。霊夢さんが私の新聞を読みたいと言って下さり、あまつさえ買っても良いとまで言ってくれるなんて、私とても嬉しくて……」
「あ、うん」
「最近は紅魔館の皆様や、香霖堂の店主さんだけでなく、永遠亭の姫様や、命蓮寺の方達、それにアリスさんも定期購読されているんですよ、それだけでも嬉しくて、嬉しくて胸が一杯なのに、博麗の巫女である霊夢さんも……と考えたら、うぅ、また涙が」
「何と言うか……良かったわね、おめでとう」
文も結構大変なのねぇ。
にしても、アリスも購読してるのかぁー。
こんな文に対して不謹慎かもしれないが、アリスとの話題を増やす意味でも、本当に定期購読してあげても良いかもしれないわね。
まぁ、顔なじみって事で思い切りまけて貰うけど。
しかし、これではアリスの話を切り出せない、どうしたものか。
「これからはお得意様の宣伝も記事の一部に取り込もうと思うんですよね、ナズーリンさんの探し物特集とか、アリスさんの人形劇公開日とか。昨日も、里に来たらアリスさんが人形劇を披露してたんですが……」
「えっ!?」
「残念ながら、今回の記事には間に合わなかったので次回からということで……って、ちょ、霊夢さん!? なんで泣いてるんですか?」
「う、うるひゃいわね! じぶんの、たいみんぐのわるひゃをのろっているのよ!」
うぅ、昨日、アリスはここに来ていたのか。
茶葉の買い足しを、面倒臭がらずに昨日来ていれば―――――。
『アリスの人形劇、面白かったわ』
『あら? 霊夢、見ていたのね、何か恥ずかしいわ』
『本当に器用よね、ただ、後ろの方だったから、しっかりと見れなかったのが残念だけど』
『じゃあ、霊夢の為だけのプレイベート人形劇を披露してあげるわ』
―――――こうなっていたに違いないのに! 違いないのに!!
「えぐっ、えぐ……ぐすっ」
「あの~、れ、霊夢さん? 本当に大丈夫ですか?」
私の中の空想アリスが、笑顔で手を振りながら消えていく。アリスぅ……。
どんどん遠ざかり、必死に手を伸ばしても届かず、その片手が現実に触れたのは民家の壁だった。
やり場のない怒りと、脱力感に襲われふらつく体を、何とか膝で支え、目に溜まった涙をゴシゴシと袖で拭うと、八つ当たり気味に文を睨みつける。
「な、なんで睨むんですか!?」
「……」
「ど、どうして無言なんですかぁ~!?」
ふぅ……。
涙目でわたわたと慌てる文を見ていたら、ほんの少しスッキリした。
まぁ、よく考えたらアリスの情報だということには変わりはないし、一応感謝しておこう。
下手なパパラッチさえ止めれば、私にとって、魔理沙と並ぶ貴重な情報源なのよね、文は。
両名ともに八割は下らないことだけど……。
「……目にゴミが入っただけよ」
「そんな様子ではなかった気がしますが……」
若干ビクつき、怯え気味に答える文。
「さて、冗談はさておき、まぁ、がんばんなさいね。私に定期購読させるぐらい面白い記事書いてみなさいよ」
「……ふぇ!? は、はい! それはもう!」
「それじゃあ、里にはもう用もないし、私は帰るわ」
「お帰りですか。ではでは、私は一つ気合を入れて取材にでも行きますかな、いつか霊夢さんに買って貰うためにも頑張りますので」
嬉しそうな笑顔で、気力が満ち満ちた感じのする文に、私は少し苦笑し、空へと浮かぶ。
今泣いた文がもう笑った、と言ったところかしら。
「じゃ、またね」
「はい。お気をつけて」
文と別れ、博麗神社までの距離を、唸りながら空を飛ぶ。
う~ん、それにしても、せっかく行動的に……とは言い難いかもしれないが。
ともかく自分からアリスを探したのに、こうすれ違うと、悔しいし、少し不安になる。
やはり私は、待つスタイルの方が合っていて、物事が上手く行くのではないか?
何となく言い訳がましくもあるが、そんな事を考えてみる。
まぁ、アリスも特に魔法の研究にのめり込んでいる、という訳ではなさそうだし、そろそろ訪ねて来るだろう。
そうだ、明日にはきっと来るはずだ―――――。
帰った神社には、誰かが来た形跡は見られなかった。
* * * * * * * * * * * * * *
次の日、土砂降りの雨が降っていた。
朝起きた際、障子を開けたまま、しばらく現状の天気が信じられず呆けてしまった程だ。
のろのろとした動作でお茶を淹れ、障子の手前に座布団をひき、文からくすねた秘蔵のアリスの写真と共に、ただひたすら雨を見つめる。
こんな雨ではアリスがここに来れないじゃないか。
それとも、この雨は、自分から会いに行かず、ただ待ってるだけの臆病な私に対する仕打ちなんだろうか?
空に向かってそう問いかけても、誰も答えるはずが無い。
代わりに先日の友人達の言葉が頭によぎる。
『本当に欲しい物は、自分から動かないと手に入らないんだぜ?』
―――――そんな事は私だって分かっている。
『私生活ぐらいは、もっと面白味のある行動を起こしても良い気がするのよねぇ』
『そうですわね、例えば、好きな人の家に押し掛けるとか』
―――――分かってるけど、理由付けがないと動けないような奴なのだ、私は。
視線を落とした先の、写真のアリスはいつもの仏頂面を変える事無く、ただ黙ってこちらを見ている。
それがまた、非難されてるようにも感じ、心に少し棘が刺さる。
会いたい……アリスに会いたいよぉ。
「はぁ、雨、早く止まないかなぁー」
「雨が止んだらどうするのです?」
「そりゃ、もちろん……って、うわー!?」
静かに問いかけてきた声に、思わず答えながら顔を横に向けると、どこぞのスキマ妖怪――――八雲紫が怪しい笑みを浮かべていた。
本当に心臓に悪い登場の仕方だ。
「『それは、もちろん』何です?」
「いいでしょ、別に。それより、毎度毎度言ってるけど、勝手にスキマ使って入って来んな!」
「あらあら、ごめんなさいね。珍しく霊夢が、哀愁ただよわせてしょんぼりとしているから心配だったのよ」
「こんな雨見たら誰だって憂鬱にもなるわよ」
「晴耕雨読。こんな日だからこその過ごし方もありましょうに、それとも、この雨によって何ら支障でもあるのですか?」
「……」
相変わらず、人の真意を探ろうとする奴め。
紫みたいな頭の切れる奴には、喋れば喋るほどヒントを与えることになる、黙っておくのが一番だ。
「アリスに会いたくても、中々会えない。といった所でしょうか?」
「なっ!?」
……妖怪の賢者すげぇ!
「私の能力でアリスの家の前まで送ってあげても良いのですよ?」
「あ……、いや、でも迷惑かもしれないし」
「……なるほど、どうして普段強気な癖に、こういう事には滅法弱いのかしらね、霊夢は」
「私も、私が嫌になってるわよ」
私は、紫みたいに知識が豊富なわけじゃないし、文みたいに情報に長けているわけでもない。
魔理沙みたいに行動的でもないし、レミリアみたいに無邪気に振舞えない
咲夜……は、まぁいいや。
直感頼りで行動を決める私は、一度考えの泥沼に嵌るとそこから抜け出せなくなるのだ。
会い来て欲しいけど、会いに行くのは怖い、酷い矛盾だ。
「……はぁ、まったく仕様のない娘ですね。別に咎めた訳ではないのですよ? 貴方にも貴方なりの良さがいっぱいあるのだから、
完璧な存在など少しも面白くありませんし、居もしないでしょう。霊夢のそういう弱い部分含めて、魔理沙や天狗、紅の館の者達、そして、もちろんアリスも好いているのですよ」
「本当に?」
「それは自分の口から確かめなさいな」
「うぅ~」
「艱難汝を玉にす。悩んでいっぱい苦労しなさい、それが色恋でも、貴方の成長となるのですから」
「……あんたは本当に回りくどいわね」
「あら、それが私の良い所でしょう?」
「はいはい、まぁ、うん、ありがと」
博麗の巫女が、妖怪に慰められてしまうとはね。
しかし、私の良さ……そんな所は本当にあるのだろうか?
こんな大して付き合いが良いわけでもなく、受け姿勢で動かない、何事も適当な、そんな私の良いところ。
紫を信用してないわけじゃないが、やはりアリスの口から聞いてみたくもある。
アリスは何と答えるだろう?
「しかし、霊夢がアリスをねぇ。今日はこの雨で誰も来られないでしょうし、そこら辺の話をじっくり聞こうかしら」
「ん? 紫は前から知ってたんじゃないの?」
「いえ、今日初めて知りましたわ」
「えっ!? だってさっき知ってる素振りだったじゃない?」
優しげににっこりと微笑んだ紫は、ゆっくりとした動作で私の手元を指差す。
そこには、仏頂面のアリスが握られていた。
* * * * * * * * * * * * * *
「霊夢は……受けな所かしら」
昨日の土砂降りの雨が嘘のように、晴れた本日。
私―――――アリス・マーガトロイドは博麗神社へとやって来ていた。
ここの所予定が立て込み、会いに行こうとしたら生憎の雨。
完全に霊夢分補給不足を感じていた私は、思わず迷惑も考えずに早朝に訪ねてしまったのだが。
霊夢は驚いてはいたものの、「朝御飯を作っているから、一緒に食べていきなさい」と、言ってくれた。
心なしか、どこか嬉しそうな表情をしていた気もする、何か良いことでもあったのだろうか?
二人で卓袱台を囲み、朝食を取っている時も、終始にこにことしていた。
霊夢は可愛いなぁ……。
そんな風に思う反面、この会えない一週間程の間に、霊夢をここまで機嫌良くする要因があったのだとすると、少し妬けてしまう。
会えない間何をしていたのかを聞いてみても、「あ~う~」と唸りながら、少し赤くなって俯いてしまった。
霊夢はすごく可愛いなぁ~。
すると、霊夢は意を決したかの様に顔を上げると「私の良いところってどこかな?」と聞いてきたのだ。
可愛いところ、と答えそうになる口を手で押さえて踏み止まり、そのまま視線を下げほんの少し思案する。
私が、霊夢を好きになったきっかけは、どんな所だったかしら?
過去へと記憶を巡らせると、ふと幻想郷に来たばかりで、誰とも相容れずに尖っていた自分自身を思い出した。
あぁ、そうだ……霊夢は私を……。
そうして、つい口に出たのが、冒頭の言葉だった。
「……受け? あの、それはどういった意味で?」
霊夢は驚いた後、少し複雑そうな表情で聞き返してくる。
それはそうだ、いきなりそんな事を言われては、誰だって困惑するだろう。
「あぁ、ごめんなさい。全然言葉が足りなかったわね、ん~と……」
「私を、ありのまま自然に受け入れてくれる所」
普段霊夢は文に対してどういう扱いをしているのかがすごい気になりますねw
たしかにちょっとアリス分が少ない気がしますね。そして最後の続きがすごい気になりますわ
何やら最近レイアリが多くて嬉しいですね
両片思い最高!!
アリスノデバンヲフヤスノデス!
アリスのしれっとした「霊夢分補給」の一言に殺された。
ご馳走でした。
何か書きたいのか絞らんと伝わらない。
ざっと見ても霊夢がアリスのどこが好きなのかわからんし。
最後にとってつけたようにアリス視点。
霊夢受けって言うより一人で暴走してる感じしかしない。
少し最後の、アリスのオチが弱いかとも感じましたが。
それ以外は文句なしに楽しめました。
紫もカリスマたっぷりで素敵だわ、咲夜さんは…まぁいいやw
なら別視点を書けばよいじゃない
・なぜか魔理沙がアリスをつれまわしたと聞いていらいらした
みたいに恋に無自覚な霊夢が途中でアリスが好きだという事に気づく
構成の方が良かったかな?
両思いの二人とも動機が無さ過ぎて不自然だったから。
霊夢はアリスのどこが好きになったのかしら
霊夢にデレデレなアリスもかわいいww
≡≡砂糖
砂糖≡
最高の百合を見せてもらいました