暑い夏も終わり、蝉に代わって鈴虫の音が耳に届くようになった今日この頃。私こと霧雨魔理沙はいつものようにとある人形遣いの家でソファーに腰をかけ本を片手に優雅に紅茶を楽しんでいた。この家の主はと言うと何やら布をちくちくやっている。どうせ新しい人形の服でも作っているのだろう。爆発させる度に作り直すのは果たしてエコロジーなのだろうか?そんなとりとめの無いことを考えていた折、壁にかけてある暦がふと目に留まった。
「そういやそろそろハロウィンの季節か」
「ハロウィンですって?こんな田舎にもそんな風習があるの?」
何気なく呟いたのだが、アリスの耳にも入ったのだろう。布と針を持つ手を一瞬止め、少し驚いたように言ってきた。
「あー?なんだよお前、幻想郷を馬鹿にしてるのか」
「馬鹿にはしてないわよ。イメージと噛み合わないから少し驚いただけ」
そう言うとアリスもティーカップを手に取りふぅ、と息を吐いた。どうやら作業は一旦休憩に入ったようだ。かくいう私も本で齧り読んだだけで、魔女とか黒猫とかかぼちゃとかで祝う盆みたいなものだったと記憶している。幻想郷では知っている奴らの方が稀だろう。しかし……こいつの今の発言からするとちゃんとしたハロウィンを経験したことがあるようだ。なんだか、同じ魔法使いとして負けているようで面白くない。そうだ、またこいつをからかってやろう。そもそも今交わした会話は実に数時間ぶりのことなのである。来客の相手をしないなんて都会派の風上にも置けない奴だ、まったくけしからん。だから私が少しの悪戯心を出したところで誰も私を責めることは出来ないだろう。閻魔にだって勝つ自信があるぜ。さてさて……
「まぁ、ハロウィンと言ってもなぁ。お前の知ってるハロウィンとは少し違うかもな」
「どういうこと?」
「幻想郷では別に仮装したりおばけかぼちゃをくり抜いてランプにしたりはしないってことさ。主にだな……かぼちゃの煮付けを食べたり、小豆のお粥を食べたり……。ああ、そうだった、ゆず湯に入ったりするんだぜ!」
「かぼちゃ以外面影すら無いんだけど……。何を祝ってるのよ、それ」
「なんだやっぱり知らなかったか。この日にかぼちゃ食べたりゆず湯に入ったりすると風邪をひかないと言われている」
「……胡散臭いわね」
「普通だぜ。外の世界の文化が違う形で広がるなんてことはよくある話だろ?」
「まあ、それはそうだけど……」
アリスは暫く首を傾げていたが「まぁ幻想郷だしねぇ~」などと呟きながらお茶請けに手を伸ばしている。なんだかんだで丸め込むことには成功したようだ。都会派は人を疑うってことを知らないのだろうか?おかげで私は退屈しないが。
「さーて、私はそろそろいくぜ!邪魔したな」
ボロが出る前に退散だ。こういうのは引際も重要なのである。
「はいはい、その手に持っている本は置いていきなさいね」
「大丈夫、魔法の森からは持ち出さないぜ」
言うが否や帽子と本を片手に人形遣いの家を飛び出した。
十月の終わり、楽園の素敵な巫女、博麗霊夢はいつものように境内を掃除しいつものようにお茶を飲んでいた。そんな折、なにやら大き目の荷物を手にした見た目だけ賑やかな妖怪が飛んで来た。
「あら、アリス。いらっしゃい」
「お邪魔するわね、霊夢」
目の前に降り立ったのは魔法の森の人形遣いアリス・マーガトロイド。特に約束もしていないし、一体何の用だろうか。この神社は困ったことに用も無いのに妖怪がやってくる。こいつらは私の生業を忘れてるのかしら……
「今日はね、差入れを持って来たのよ。初めて作ったから自信は無いんだけど」
「歓迎するわアリス今すぐお茶を淹れるわねああでも緑茶しか無いのごめんなさい」
「落ち着いて霊夢、そんなたいしたものじゃないから」
息継ぎするのも忘れて言葉早に捲し立てるとアリスに宥められてしまった。いや、違うのよ。私はそんなに生活に困っている訳じゃあないの。でも差入れって聞いたら心躍るのが人情ってものでしょう?だってアリスのお茶菓子は美味しいんだもの。早速お茶を淹れて二人縁側に腰をかける。眼下に見える山々は淡く紅い色に染まり始めていた。熱ーいお茶を啜って、一息つく。アリスは差し入れとやらを早速見せてくれた。ええと、どれどれ……。かぼちゃの煮付けと……。お粥、かな?それと大量のゆず。
「……重かったでしょ?」
お礼を言うのも忘れて聞いてしまった。
「大丈夫よ、どうせ飛んで来るんだから」
それもそうか。それにしても……何の差し入れだろうか?いつもなら幻想郷では余り見かけない洋菓子なんかを持って来てくれるのに。大量の柚子も疑問だが何よりかぼちゃの煮付けとお粥って……。普段のアリスのイメージからはかけ離れ過ぎている。
「ええと、ありがとう。お夕飯の準備していなかったから助かるわ。ゆずはゆず大根にでもしようかしら?あ、それともゆず酒?今から作れば来年の今頃は飲み頃ね!」
「なんで料理しちゃうのよ!違うわ、霊夢、ゆずはお風呂に浮かべるのでしょう?」
「はぁなんで?もったいない!」
風呂に浮かべるだなんて罰当たりな!確かに風呂に浮かべる日もあるがそれはまだ先の話だ。あからさまな不服な表情を読み取られたのか、人形遣いはやれやれ、と溜息をついた。
「ねぇ、霊夢。今日は何の日か知ってる?」
「今日?何かあったかしらねぇ」
十五夜は終わってるし……。何かあっただろうか、と少しの間うんうん唸ってみたがとんと思いつかない。
「今日はね、ハロウィンっていう日なの。知らなかった?」
「聞いたこと無いわね」
率直な感想を述べるとアリスは妙に上機嫌に説明を始める。
「いいわ教えてあげる。ハロウィンというのはね、本来は精霊や魔女の仮装をしたりかぶやかぼちゃをくり抜いてランプを作ったりしてお祝いをする収穫祭のようなものでね?幻想郷ではかぼちゃの煮付けや小豆のお粥を食べたり、ゆず湯に入るんだそうよ。こうすると風邪をひかないんですって。もう、霊夢ももう少し世間の事を知らなきゃ駄目よ?」
「……ねぇアリス、さっきから気になってたんだけどさあ」
「何?」
「それって冬至のことじゃない?」
「ふわぁ~~ いーい天気だぜー……」
欠伸と背伸びを一つ。小春日和の幻想郷。普通の魔法使い霧雨魔理沙はのんびりと空を飛んでいた。ここ数日研究に没頭しすぎたせいでまだ脳がふやけている。まぁつまるところ寝すぎた訳だが。
「とりあえず霊夢んとこでお茶飲んで目を覚ますかな… って、うおおおおおおおお!!???」
ビビった。それはもう盛大に。なんせのどかな空の散歩中に前方から大量の藁人形が飛んできたのだから。こんなことをする奴はあいつしかいない。案の定、進路上には紅葉のように真っ赤な顔をした人形遣いが仁王立ちをしていた。
「おやおや、紅葉の見頃は少し先だと思ってたんだがな。どうしたアリス。そんな真っ赤な顔して?いよいよ七色から紅色一色に改名か。めでたいな。赤飯でも炊くか?」
いつも通りの軽口を叩く。普段都会派やら頭脳派を気取ってるアリスだが、今日はまた偉くご立腹のようだ。身体をわなわなと震わせているのに何故だか顔は薄っすら微笑んでいる。正直、不気味だ。ここでようやくアリスの口が開いた。
「Trick or treat」
「あー?何だって?」
「Trick or treat」
「ああ、今日はハロウィンだったか。悪いな生憎お菓子は持ち歩かない主義なんだ」
ほれ、と帽子を逆さにして手持ちが無いことをアピールした。
「そう……。じゃあ、悪戯ってことで異論は無いわね!?」
スペルカードを手に、アリスが声高に宣言する。なんだかよく分からんが眠気覚ましに丁度いい!
「異論は無いぜ、せいぜい返り討ちにされないようにお菓子を大量に用意しとくんだな!」
「どうした、ブレイン、今日は随分と調子が悪いじゃないか」
怒りで我を忘れたのか、アリスの弾幕はひどいものだった。結果、弾幕ごっこは私が圧勝し、当のアリスはと言うと木の根元に寄りかかり項垂れている。
「さて、じゃあ約束通りお菓子を……」
「待ちなさい。まだ勝負は終わってないわ、第二ラウンドといきましょう」
「往生際が悪いなぁー、そんなこと言ったってお前もうスペルカード全部使っちゃったじゃないか」
「ええ、そうよ……。だから第二ラウンドは……」
ビュン、刹那、風を切る音が聞こえた。
「肉弾戦といきましょうか?」
「えええ!?」
いつもの憎まれ口も忘れ、何の捻りも無い叫びが出てしまった。
「ちょ、なん、え? ど、どうした、アリス、およそ都会派から聞く言葉じゃないぞそれ。……って、ちょ、たんまたんま! 待てってば!」
私の了承も待たずにアリスはファイテイングポーズを取ったまま間合いをつめてくる。やだ何これ怖い!
「ルール違反だぞアリス!霊夢に言い付けるぞ!」
じりじりと距離を遠ざけながらも虚勢を張るのは忘れない。なんだなんだ、これは異変か!?あの都会派気取りのアリスがすっかり正気を失っている。
「霊夢……? そう、霊夢よ!あんたが私に変なことを吹き込むからまた恥をかいちゃったじゃないの!!」
アリスは半分涙目になって叫び始めた。何時もの小奇麗なドレスを着てファイテイングポーズを取りながら真っ赤な顔して涙目で迫ってくるアリス。こんなアリスは初めて見た。いや、こんな状況自体そうそう無いだろうが。
「何を言っているのかいまいち分かりかねるぜ!」
「幻想郷のハロウィンではかぼちゃの煮付け食べてお粥食べてゆず湯に入るって言ったじゃないの!」
「あー……」
思い出した。確か少し前に言ったなぁ、そんなこと。それでこんなに怒ってたのか。
「そういう訳だから大人しくボコボコにされなさい」
「やれやれ、随分と物騒な世の中になったもんだ。都会派が肉弾戦とはな、世も末だぜ。まぁいいさ、売られた喧嘩はきっちり買うぜ!」
幻想郷、魔法使い同士の肉弾戦による第二ラウンドの開始である。
「私の勝ちね……」
「馬鹿言え、お前の反則負けだ」
「仕方無いわね、痛み分けってことにしといてあげるわ」
「言ってろ」
空が紅く染まり始める森の中、魔法使いの二人は草むらに寝転がりながら空を仰いでいた。第二ラウンドの結果はと言えば、リーチの差でアリスに軍配が上がった。……ずるいぜ。納得出来ない部分もあるが、原因を作ったのは私であるらしいので甘んじてアリスの言わせたいようにさせておこう。私は大人なのだ。
「あーもう! 服も身体も泥だらけだわ、髪もぐちゃぐちゃ! 早く帰ってシャワー浴びなきゃ」
「だったらいい場所があるぜ、アリス。教えてやる代わりに酒を所望する」
「あんたねぇ……」
ブチブチと文句を言いながらも酒を用意する辺り、私も甘いなぁと思う。まぁ、報復はきっちりしてスッキリしたからいいんだけど。魔理沙に連れて来られたのは博麗神社。うう、恥ずかしいから暫く霊夢とは顔を合わせたく無かったんだけどなぁ……
「そろそろ来る頃だと思ってたわ」
約束なんてしてないのに、これも霊夢の勘ってやつなのかしら?いきなり桶とタオルを渡された。
「ほら、こっち」
「わぁー、すごい!」
「だろう?」
何故か魔理沙が得意げに胸を張っていたがそれは無視する。通されたのは温泉。しかも私があげたゆずが浮かんでいる。
「ま、冬至にはちょっと早いけどね。せっかくアリスがくれたから今夜は豪勢にゆず湯にしてみたわ。ってこら、身体洗うのが先でしょ、魔理沙!」
「へーい」
泥だらけになった髪と身体を洗い流して温泉に浸かる。ゆずの爽やかな香りが鼻をくすぐった。気が付くとお盆に徳利とお猪口が用意されている。
「まさか、温泉に入りながら呑むの? お行儀が悪いわ」
「何言ってんだアリス。温泉に浸かって呑むからいいんじゃないか。お前ももう少し日本の文化を勉強した方がいいぜ?私が教えてやろうか」
「結構よ、まだ懲りてないの?第三ラウンドがお望みなら受けて立つわよ」
「お望みだ、ぜ!」
「きゃっ!?」
いきなりお湯が顔面目掛けて飛んできた。お湯を払って魔理沙を見ると両手を合わせてニヤニヤしている。なるほど、水鉄砲か。面白い、そっちがその気なら……
「上等ね、受けて立つわ!」
お酒と共に少し離れた場所に避難した巫女は二人を見ながらこう溜息を漏らすのだ。
「やれやれ、二人とも子供ねぇ」
「そういやそろそろハロウィンの季節か」
「ハロウィンですって?こんな田舎にもそんな風習があるの?」
何気なく呟いたのだが、アリスの耳にも入ったのだろう。布と針を持つ手を一瞬止め、少し驚いたように言ってきた。
「あー?なんだよお前、幻想郷を馬鹿にしてるのか」
「馬鹿にはしてないわよ。イメージと噛み合わないから少し驚いただけ」
そう言うとアリスもティーカップを手に取りふぅ、と息を吐いた。どうやら作業は一旦休憩に入ったようだ。かくいう私も本で齧り読んだだけで、魔女とか黒猫とかかぼちゃとかで祝う盆みたいなものだったと記憶している。幻想郷では知っている奴らの方が稀だろう。しかし……こいつの今の発言からするとちゃんとしたハロウィンを経験したことがあるようだ。なんだか、同じ魔法使いとして負けているようで面白くない。そうだ、またこいつをからかってやろう。そもそも今交わした会話は実に数時間ぶりのことなのである。来客の相手をしないなんて都会派の風上にも置けない奴だ、まったくけしからん。だから私が少しの悪戯心を出したところで誰も私を責めることは出来ないだろう。閻魔にだって勝つ自信があるぜ。さてさて……
「まぁ、ハロウィンと言ってもなぁ。お前の知ってるハロウィンとは少し違うかもな」
「どういうこと?」
「幻想郷では別に仮装したりおばけかぼちゃをくり抜いてランプにしたりはしないってことさ。主にだな……かぼちゃの煮付けを食べたり、小豆のお粥を食べたり……。ああ、そうだった、ゆず湯に入ったりするんだぜ!」
「かぼちゃ以外面影すら無いんだけど……。何を祝ってるのよ、それ」
「なんだやっぱり知らなかったか。この日にかぼちゃ食べたりゆず湯に入ったりすると風邪をひかないと言われている」
「……胡散臭いわね」
「普通だぜ。外の世界の文化が違う形で広がるなんてことはよくある話だろ?」
「まあ、それはそうだけど……」
アリスは暫く首を傾げていたが「まぁ幻想郷だしねぇ~」などと呟きながらお茶請けに手を伸ばしている。なんだかんだで丸め込むことには成功したようだ。都会派は人を疑うってことを知らないのだろうか?おかげで私は退屈しないが。
「さーて、私はそろそろいくぜ!邪魔したな」
ボロが出る前に退散だ。こういうのは引際も重要なのである。
「はいはい、その手に持っている本は置いていきなさいね」
「大丈夫、魔法の森からは持ち出さないぜ」
言うが否や帽子と本を片手に人形遣いの家を飛び出した。
十月の終わり、楽園の素敵な巫女、博麗霊夢はいつものように境内を掃除しいつものようにお茶を飲んでいた。そんな折、なにやら大き目の荷物を手にした見た目だけ賑やかな妖怪が飛んで来た。
「あら、アリス。いらっしゃい」
「お邪魔するわね、霊夢」
目の前に降り立ったのは魔法の森の人形遣いアリス・マーガトロイド。特に約束もしていないし、一体何の用だろうか。この神社は困ったことに用も無いのに妖怪がやってくる。こいつらは私の生業を忘れてるのかしら……
「今日はね、差入れを持って来たのよ。初めて作ったから自信は無いんだけど」
「歓迎するわアリス今すぐお茶を淹れるわねああでも緑茶しか無いのごめんなさい」
「落ち着いて霊夢、そんなたいしたものじゃないから」
息継ぎするのも忘れて言葉早に捲し立てるとアリスに宥められてしまった。いや、違うのよ。私はそんなに生活に困っている訳じゃあないの。でも差入れって聞いたら心躍るのが人情ってものでしょう?だってアリスのお茶菓子は美味しいんだもの。早速お茶を淹れて二人縁側に腰をかける。眼下に見える山々は淡く紅い色に染まり始めていた。熱ーいお茶を啜って、一息つく。アリスは差し入れとやらを早速見せてくれた。ええと、どれどれ……。かぼちゃの煮付けと……。お粥、かな?それと大量のゆず。
「……重かったでしょ?」
お礼を言うのも忘れて聞いてしまった。
「大丈夫よ、どうせ飛んで来るんだから」
それもそうか。それにしても……何の差し入れだろうか?いつもなら幻想郷では余り見かけない洋菓子なんかを持って来てくれるのに。大量の柚子も疑問だが何よりかぼちゃの煮付けとお粥って……。普段のアリスのイメージからはかけ離れ過ぎている。
「ええと、ありがとう。お夕飯の準備していなかったから助かるわ。ゆずはゆず大根にでもしようかしら?あ、それともゆず酒?今から作れば来年の今頃は飲み頃ね!」
「なんで料理しちゃうのよ!違うわ、霊夢、ゆずはお風呂に浮かべるのでしょう?」
「はぁなんで?もったいない!」
風呂に浮かべるだなんて罰当たりな!確かに風呂に浮かべる日もあるがそれはまだ先の話だ。あからさまな不服な表情を読み取られたのか、人形遣いはやれやれ、と溜息をついた。
「ねぇ、霊夢。今日は何の日か知ってる?」
「今日?何かあったかしらねぇ」
十五夜は終わってるし……。何かあっただろうか、と少しの間うんうん唸ってみたがとんと思いつかない。
「今日はね、ハロウィンっていう日なの。知らなかった?」
「聞いたこと無いわね」
率直な感想を述べるとアリスは妙に上機嫌に説明を始める。
「いいわ教えてあげる。ハロウィンというのはね、本来は精霊や魔女の仮装をしたりかぶやかぼちゃをくり抜いてランプを作ったりしてお祝いをする収穫祭のようなものでね?幻想郷ではかぼちゃの煮付けや小豆のお粥を食べたり、ゆず湯に入るんだそうよ。こうすると風邪をひかないんですって。もう、霊夢ももう少し世間の事を知らなきゃ駄目よ?」
「……ねぇアリス、さっきから気になってたんだけどさあ」
「何?」
「それって冬至のことじゃない?」
「ふわぁ~~ いーい天気だぜー……」
欠伸と背伸びを一つ。小春日和の幻想郷。普通の魔法使い霧雨魔理沙はのんびりと空を飛んでいた。ここ数日研究に没頭しすぎたせいでまだ脳がふやけている。まぁつまるところ寝すぎた訳だが。
「とりあえず霊夢んとこでお茶飲んで目を覚ますかな… って、うおおおおおおおお!!???」
ビビった。それはもう盛大に。なんせのどかな空の散歩中に前方から大量の藁人形が飛んできたのだから。こんなことをする奴はあいつしかいない。案の定、進路上には紅葉のように真っ赤な顔をした人形遣いが仁王立ちをしていた。
「おやおや、紅葉の見頃は少し先だと思ってたんだがな。どうしたアリス。そんな真っ赤な顔して?いよいよ七色から紅色一色に改名か。めでたいな。赤飯でも炊くか?」
いつも通りの軽口を叩く。普段都会派やら頭脳派を気取ってるアリスだが、今日はまた偉くご立腹のようだ。身体をわなわなと震わせているのに何故だか顔は薄っすら微笑んでいる。正直、不気味だ。ここでようやくアリスの口が開いた。
「Trick or treat」
「あー?何だって?」
「Trick or treat」
「ああ、今日はハロウィンだったか。悪いな生憎お菓子は持ち歩かない主義なんだ」
ほれ、と帽子を逆さにして手持ちが無いことをアピールした。
「そう……。じゃあ、悪戯ってことで異論は無いわね!?」
スペルカードを手に、アリスが声高に宣言する。なんだかよく分からんが眠気覚ましに丁度いい!
「異論は無いぜ、せいぜい返り討ちにされないようにお菓子を大量に用意しとくんだな!」
「どうした、ブレイン、今日は随分と調子が悪いじゃないか」
怒りで我を忘れたのか、アリスの弾幕はひどいものだった。結果、弾幕ごっこは私が圧勝し、当のアリスはと言うと木の根元に寄りかかり項垂れている。
「さて、じゃあ約束通りお菓子を……」
「待ちなさい。まだ勝負は終わってないわ、第二ラウンドといきましょう」
「往生際が悪いなぁー、そんなこと言ったってお前もうスペルカード全部使っちゃったじゃないか」
「ええ、そうよ……。だから第二ラウンドは……」
ビュン、刹那、風を切る音が聞こえた。
「肉弾戦といきましょうか?」
「えええ!?」
いつもの憎まれ口も忘れ、何の捻りも無い叫びが出てしまった。
「ちょ、なん、え? ど、どうした、アリス、およそ都会派から聞く言葉じゃないぞそれ。……って、ちょ、たんまたんま! 待てってば!」
私の了承も待たずにアリスはファイテイングポーズを取ったまま間合いをつめてくる。やだ何これ怖い!
「ルール違反だぞアリス!霊夢に言い付けるぞ!」
じりじりと距離を遠ざけながらも虚勢を張るのは忘れない。なんだなんだ、これは異変か!?あの都会派気取りのアリスがすっかり正気を失っている。
「霊夢……? そう、霊夢よ!あんたが私に変なことを吹き込むからまた恥をかいちゃったじゃないの!!」
アリスは半分涙目になって叫び始めた。何時もの小奇麗なドレスを着てファイテイングポーズを取りながら真っ赤な顔して涙目で迫ってくるアリス。こんなアリスは初めて見た。いや、こんな状況自体そうそう無いだろうが。
「何を言っているのかいまいち分かりかねるぜ!」
「幻想郷のハロウィンではかぼちゃの煮付け食べてお粥食べてゆず湯に入るって言ったじゃないの!」
「あー……」
思い出した。確か少し前に言ったなぁ、そんなこと。それでこんなに怒ってたのか。
「そういう訳だから大人しくボコボコにされなさい」
「やれやれ、随分と物騒な世の中になったもんだ。都会派が肉弾戦とはな、世も末だぜ。まぁいいさ、売られた喧嘩はきっちり買うぜ!」
幻想郷、魔法使い同士の肉弾戦による第二ラウンドの開始である。
「私の勝ちね……」
「馬鹿言え、お前の反則負けだ」
「仕方無いわね、痛み分けってことにしといてあげるわ」
「言ってろ」
空が紅く染まり始める森の中、魔法使いの二人は草むらに寝転がりながら空を仰いでいた。第二ラウンドの結果はと言えば、リーチの差でアリスに軍配が上がった。……ずるいぜ。納得出来ない部分もあるが、原因を作ったのは私であるらしいので甘んじてアリスの言わせたいようにさせておこう。私は大人なのだ。
「あーもう! 服も身体も泥だらけだわ、髪もぐちゃぐちゃ! 早く帰ってシャワー浴びなきゃ」
「だったらいい場所があるぜ、アリス。教えてやる代わりに酒を所望する」
「あんたねぇ……」
ブチブチと文句を言いながらも酒を用意する辺り、私も甘いなぁと思う。まぁ、報復はきっちりしてスッキリしたからいいんだけど。魔理沙に連れて来られたのは博麗神社。うう、恥ずかしいから暫く霊夢とは顔を合わせたく無かったんだけどなぁ……
「そろそろ来る頃だと思ってたわ」
約束なんてしてないのに、これも霊夢の勘ってやつなのかしら?いきなり桶とタオルを渡された。
「ほら、こっち」
「わぁー、すごい!」
「だろう?」
何故か魔理沙が得意げに胸を張っていたがそれは無視する。通されたのは温泉。しかも私があげたゆずが浮かんでいる。
「ま、冬至にはちょっと早いけどね。せっかくアリスがくれたから今夜は豪勢にゆず湯にしてみたわ。ってこら、身体洗うのが先でしょ、魔理沙!」
「へーい」
泥だらけになった髪と身体を洗い流して温泉に浸かる。ゆずの爽やかな香りが鼻をくすぐった。気が付くとお盆に徳利とお猪口が用意されている。
「まさか、温泉に入りながら呑むの? お行儀が悪いわ」
「何言ってんだアリス。温泉に浸かって呑むからいいんじゃないか。お前ももう少し日本の文化を勉強した方がいいぜ?私が教えてやろうか」
「結構よ、まだ懲りてないの?第三ラウンドがお望みなら受けて立つわよ」
「お望みだ、ぜ!」
「きゃっ!?」
いきなりお湯が顔面目掛けて飛んできた。お湯を払って魔理沙を見ると両手を合わせてニヤニヤしている。なるほど、水鉄砲か。面白い、そっちがその気なら……
「上等ね、受けて立つわ!」
お酒と共に少し離れた場所に避難した巫女は二人を見ながらこう溜息を漏らすのだ。
「やれやれ、二人とも子供ねぇ」