性急につきまして
直ちにコチラへ訪れてほしい次第
委細については到着してから口述致します
まったく大事ゴトのため
付き合えるか断るのかも一切コチラで議論したく存じ上げます
とにかく急いで下さい
アリスからの手紙をよんだ魔理沙は、こういった文面をみてへんな顔をしました。
彼女が手紙をやってくることはめったになかったからです。
けれど同じ魔法の森にすむどうし、いくらか世話になったこともありますから見過ごすわけにはいきません。
箒をふるわせてびゅっと飛び上がるとたちまち速度をまして、まばたきをするかしないかの間にアリス邸のまん前に着陸して、もうすてきに黒光りする木目の扉をどしどし叩いていました。
すると家のなかから慌ただしい音が聞こえて、きしみながら開いた扉からアリスが顔をのぞかせてきました。
二人ともちいさくあいさつを交わすとアリスから魔理沙という順番に扉をくぐりました。
アリス邸はたいへんこざっぱりして通気もわるくありませんが、大小さまざま色とりどりの人形が棚に座っていたり壁にかけていたり、材料となる布や糸も虹色を示し、夢のような華やかさに魔理沙は首をまわしているだけで愉快でした。
「それで、用事とはぜんたいなんだ。」
「ええまあ、用事とは用事に決まっているけど、ここに来るまでひと汗かいたでしょう。ひとまずお茶でもいかが。」
アリスはたびたび気をきかせました。
今回もそれはその通りでした。
魔理沙はちょうど箒をとばしていた折に喉がいがいがし出していたので、賛成しながら客室へ案内されました。
客室のまんなかには四角い卓と、その左右にふくよかなソファーが構えていました。
魔理沙は右のソファーへどっかり腰かけてほうと息をつきました。
そうしているとアリスが一式の紅茶をはこんできて、どうも林檎の香りがこそばゆいのです。
琥珀のとかしたようなきらきらしたものが、青いポットで青いカップにそそがれると、魔理沙はつかみあげて半分も胃にもっていきました。
「それで、用事とはいったいなんだ。」
「ええまあ、今から話すわ。」
アリスはふんわりしたたっている湯気を見つめながらしゃべりはじめましたが、なんだかまぶたの細くなっている様子など、本当に困っているようではありますね。
「魔理沙に話していたかどうかは忘れたけど、私はときどき里にいって人形劇を開催しているのよ。それはもう子供たちに盛況で開催するたびに盛り上がるわ。」
「ふん、それはそうだろう。人形のいっぱい動いて演技するサマは子供心を刺激するだろうぜ。」
「まあ今日から八日後にも里へいってきっかり同じことをするつもりだったんだけどね、そこで劇につかうための人形をそろえようと思っていたら、一つ二つくらいなくなってしまっているのよ。換えを用意していないし、今から作ろうにもあと七日しかないから、せいぜい一つくらいが限界なの。」
「どうりで急いでいるわけだぜ。そりゃあ人形なんて七日で作れるのならわけないよな。うん七日以上もかかる代物だ。それに役者のいない演劇ほどつまらないものはないからな。」
もうここら辺で魔理沙は見当がついていました。
私が呼ばれたのは、私にも人形作りを手伝わせて七日のうちに、きっと二つ三つくらいの人形をこしらえるつもりだと、そう考えました。
「そこで魔理沙にも力を貸してもらいたくて、あんな手紙をよこしたわけだけど、来てくれてホント助かったわ。」
「いやなに、手紙のひとっつやふたっついくらでも投函していいんだぜ。別に私はポストが吐いても困ることはないんだ。」
これはいよいよ人形作りだ、裁縫だ、木の削り出しだ。
そう思った魔理沙は、いままで人形を作ったことはありませんでしたが、裁縫や何やら程度いくらでも張りきれると袖をまくりたくて仕方ありませんでした。
にわかにアリスも笑顔を咲かせたので、これで決定したようにおもわれました。
「それじゃあ、はじめましょうか。」
「うん、はやいんだな。まあ時間は惜しいからな。あっ……。」
魔理沙はそれっきり舌がうごかなくなって、からだもすっかりいうことをききません。
しまったと言おうとしても喉がきゅっとすぼまりました。
紅茶に薬がもられていたのでしょう。
ぶるぶるふるえることもできずに青ざめて、アリスのにやにやした笑顔をみつめるばかりになってしまいました。
「どうしても人形をはじめから創作するのは苦しいからね、魔理沙にはしばらく人形になってもらうわよ。これで一つ作る手間がはぶけるわ。」
アリスは銀の光を束ねたような繊細な糸を持ち出して、魔理沙のしびれきった体のさまざまなところへ括りつけていきました。
くくりつけるというよりは、魔法の力で肌にはりついて見分けのつかなくなったようですが、こんな技巧などはおよそ人形使いにしか成しえませんし、とくに見る機会もありませんから、魔理沙は糸が自分の肌へとけていくのには生きた心地がしませんでした。
「私は二つめの人形を急いでしあげなければいけないから、魔理沙は劇のためにからだをしっかりと人形らしくきたえておくのよ。」
魔理沙はそれはあんまりだと言いたかったのでしたが、口がひらくこともありません。
懐にしまわれていた八卦炉や魔法の薬がつまった瓶はまとめて取り上げられてしまって、身軽になったのが悔しかったのです。
七日間の風景
さあそれから人形劇がはじまるまでの七日間、魔理沙は喉のかれるほど大変な目にあいました。
まあ七日をすべて伝えていたのでは長くなっていけませんから、一部だけをきりとってみなさんに教えましょう。
たとえば一日目の朝のことです。
魔理沙は目を覚ますといつものように起き上がろうとしましたが、手足はまるでびくともしません。
ああ、私は人形にされていたんだ。
魔理沙がたまらず泣きたくなっているところに、寝起きで髪も寝間着もぼさぼさしたアリスがやってきておはようと声をかけてきました。
「あ、アリス、なんとかしてくれ。」
「だめよ。わざわざしゃべれるだけでも自由にしてあげたのに、そのうえ手足まで好き勝手にふりまわされたらたまらないわ。」
「お、お願いだぜっ。」
もう魔理沙の目はうるんで水晶のように光っていましたが、アリスは気の毒とも思っていなさそうに唇に指をあてふうむと唸りました。
「しかたないわね。うごけるようにはしてあげましょう。ただし家からは出れないし、劇の練習は間違いなくやってもらうから。」
とたんに魔理沙はやわらかくなり、手も足も好きなだけ可動できました。
魔理沙はいちもくさんにトイレをめざしました。
たとえば三日目のお昼のことです。
くちゃくちゃした台本を渡されていた魔理沙は、それを覚えるためになんども何度も読み直して、そのために台本はよけいくちゃくちゃになっていきました。
ところが途中で台本をくる手が止まりました。
「どうせ私に役をさせるのはアリスなんだ。糸で台本通りに操るんだ。なら私がおぼえるひつようなんてないじゃないか。」
魔理沙はすると台本をほうりなげると、今日までたっぷり寝てなかったので、床にたおれてしまって、すぐに意識はまっくらになりました。
魔理沙が夢心地になっていると周囲の人形たちがそわそわと、棚に座っていたものは棚からおりて、壁にかかっていたものは壁からはなれて、みんなで魔理沙をかこみました。
それは上海人形や仏蘭西人形や、めいめい宝石のように贅沢な装飾をきらめかせた人形でした。
人形たちは魔理沙からのびている糸をそれぞれ綱引きのように握り締め、そろってひっぱりあげました。
小さな人形とは思えない力で魔理沙のからだが持ち上がり、手足がいっきにのびあがっていきますから、魔理沙はびっくりして目を覚ましました。
「あっ、あっ、なんだこれえ。」
魔理沙が悲鳴をあげてもがいていると、奥の部屋からアリスが飛び出てきて、たちまちまるめた台本が魔理沙のひたいに風をきりました。
「こら、さぼろうなんて思うんじゃないわよ。あと四日のうちに台本をまるで覚えないとほんものの人形に改造するわよ。上海や蓬莱の遊び相手にさせるわよ。」
「でも人形を操るのはアリスなんだから、私が覚えていようがいまいが違わないんじゃないのかっ。」
「あなたずっと人間としてうごいていたんだから、人形としてのうごきをからだにしみこませないとダメなのよ。ほらとっとと台本をもって筋をしっかり覚えないと、いまに人形にしてやるんだから。」
やっと人形たちから解放された魔理沙はぶるぶる震えて台本を読みあげました。そこらじゅうにアリスの人形がある限り魔理沙はちっとも怠けてはいけなかったのです。
たとえば六日目の夕方のことです。
人形劇がかれこれ明後日に迫っていたので、アリスは鬼のようになって一つの人形を完成までちかづけている最中でした。
演劇用の人形は胴体も手足も、頭もとっくにできあがっていて、あとは爪や眼などのごく細かなぶぶんを立派に仕上げるだけでした。
この頃になりますと、魔理沙もたいてい台本をそらで朗読できるくらいになっていましたし、動きも人形のようにぎくしゃくとはいきませんが、それはそれでよく真似てみせました。
魔理沙は舞台にたってもやりとげてみせる自信がありました。
そのうちにアリスもいよいよ人形を完成させて上機嫌に魔理沙へかけよってきて、さも自分の愛しい人形であるかのように頬ずりしました。
「まるで激動の数日だったけど、ついに役者がそろったわ。あとは魔理沙、あなたの衣装を合わせるだけよ。」
そう言われるがはやいか、魔理沙のお気に入りのエプロンドレスは剥がされて、魔法でとうてい化石のようになってしまったところで、からだのあらゆる部分にメジャーをあてがわれました。
さすがにどうしても恥ずかしいもので、魔理沙は頬が湯だちました。
まああとは魔理沙のおおよその数字を知ったアリスが、嵐のようにぴったりあわさった服を作ってしまいましたが、見ているとめまいがするほど迅速でした。
嵐よりはやく上海人形と同じ型の服をこしらえてみせました。
ただこのあいだ魔理沙は裸でなにもできず、たびたび参考にするといってぺたぺた触られました。
この七日間はどの日もこんな具合に忙しかったので、魔理沙の喉がかれるのも仕方ありません、人形劇で人形たちが発声をするところがなかったのは幸いだったと言えます。
人形劇とその後
当日になりますとアリスが革製の黒いカバンに人形をまとめて、人間の里へ向かいました。
魔理沙もちゃんと背中を追いかけていきましたが、里へちかづくにつれ心臓がどきどきして、とても逃げ出したくなりましたが、糸をアリスが管理しているために実はそんな鼓動までも聞き取られていました。
だから逃げ出すなんてとんでもありません。
里へついて、地面に足をつけたアリスが手を叩くと、カバンはひとりでに開いて中から人形といっしょに木の枠やら鮮やかな布やらがあふれて、たちまち小さな小屋が組み上がりました。
その不思議な様子に惹かれて子供も大人もよってきました。
ざわざわなりだして頃合いをはかったアリスが開幕の合図をやりました。
小屋の幕はひらいて後ろに隠れるアリスが人形をたくみに操っていきます。
一人で複数の人形をこんがらがらずに操るというのは実に並大抵ではありませんが、ことによるとアリスは汗のひとつぶも流さずこんなものは慣れて当然だという様子でやっていましたから、人形使いもバカにできません。
歓声が響くなかぞくぞくしながら待っていた魔理沙は、ついにアリスのくった糸によって舞台に踊りでました。
魔理沙は必死に糸の流れに身をまかせているつもりでしたが、やっぱりどこかぎこちなく表情もかたいものだったので、敏感な子供はすぐに気づいたようでした。
「あ、なんだか一体へんなのが混じっているよ。」
「壊れているんだ、あんなおかしな動きをするのは壊れ人形だ。」
子供たちのむじゃきな囃し声に魔理沙はつらくって目の前が硝子をとおしたようになりましたが、なんとか堪えて最後まで役目をやりおえました。
人形劇は無事に終了しましたが、帰るときまで魔理沙は子供たちからひどい文句をぶつけられたので涙のいくらかが水晶のように降っていきました。
「ああ、もうつらい。人形なんてつらいことしかないぜ。もうたくさんだ。」
アリス邸へもどった二人、魔理沙はようやくからだにつきまとっていた糸を外してもらいました。
魔理沙はせいせいしました、七日感をふりかえると胸が重たくなりますが、それにしてもせいせいしました。
「おつかれさま。」
ねぎらいをかけられても、魔理沙はぽっかりした青空だけみつめて、そういえば疲れたかもなと口のなかでいいました。
お茶をいれると奥へかけていったアリスを、魔理沙は横目にうかがいながら、たちまち猫のように慌ただしく活動して、自分の服や箒や八卦炉を拾い集めるなり邸を抜けました。
こうして魔理沙は自分でつくった歌をくちずさみながら帰路につきましたが、どうしても人形だった頃のかくばった動きが関節にのこっているようで当分人前に出るのをいやがりました。
いっさい終わりましたが、時折アリスから手紙が来るようになって、そのたんびに魔理沙はからだがふるえてしまうようです。
またふるえたあと糸にひっぱられるような感覚がよみがえるらしく、これはよほど治らないかもしれないとたまに愚痴たそうです。
直ちにコチラへ訪れてほしい次第
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まったく大事ゴトのため
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アリスからの手紙をよんだ魔理沙は、こういった文面をみてへんな顔をしました。
彼女が手紙をやってくることはめったになかったからです。
けれど同じ魔法の森にすむどうし、いくらか世話になったこともありますから見過ごすわけにはいきません。
箒をふるわせてびゅっと飛び上がるとたちまち速度をまして、まばたきをするかしないかの間にアリス邸のまん前に着陸して、もうすてきに黒光りする木目の扉をどしどし叩いていました。
すると家のなかから慌ただしい音が聞こえて、きしみながら開いた扉からアリスが顔をのぞかせてきました。
二人ともちいさくあいさつを交わすとアリスから魔理沙という順番に扉をくぐりました。
アリス邸はたいへんこざっぱりして通気もわるくありませんが、大小さまざま色とりどりの人形が棚に座っていたり壁にかけていたり、材料となる布や糸も虹色を示し、夢のような華やかさに魔理沙は首をまわしているだけで愉快でした。
「それで、用事とはぜんたいなんだ。」
「ええまあ、用事とは用事に決まっているけど、ここに来るまでひと汗かいたでしょう。ひとまずお茶でもいかが。」
アリスはたびたび気をきかせました。
今回もそれはその通りでした。
魔理沙はちょうど箒をとばしていた折に喉がいがいがし出していたので、賛成しながら客室へ案内されました。
客室のまんなかには四角い卓と、その左右にふくよかなソファーが構えていました。
魔理沙は右のソファーへどっかり腰かけてほうと息をつきました。
そうしているとアリスが一式の紅茶をはこんできて、どうも林檎の香りがこそばゆいのです。
琥珀のとかしたようなきらきらしたものが、青いポットで青いカップにそそがれると、魔理沙はつかみあげて半分も胃にもっていきました。
「それで、用事とはいったいなんだ。」
「ええまあ、今から話すわ。」
アリスはふんわりしたたっている湯気を見つめながらしゃべりはじめましたが、なんだかまぶたの細くなっている様子など、本当に困っているようではありますね。
「魔理沙に話していたかどうかは忘れたけど、私はときどき里にいって人形劇を開催しているのよ。それはもう子供たちに盛況で開催するたびに盛り上がるわ。」
「ふん、それはそうだろう。人形のいっぱい動いて演技するサマは子供心を刺激するだろうぜ。」
「まあ今日から八日後にも里へいってきっかり同じことをするつもりだったんだけどね、そこで劇につかうための人形をそろえようと思っていたら、一つ二つくらいなくなってしまっているのよ。換えを用意していないし、今から作ろうにもあと七日しかないから、せいぜい一つくらいが限界なの。」
「どうりで急いでいるわけだぜ。そりゃあ人形なんて七日で作れるのならわけないよな。うん七日以上もかかる代物だ。それに役者のいない演劇ほどつまらないものはないからな。」
もうここら辺で魔理沙は見当がついていました。
私が呼ばれたのは、私にも人形作りを手伝わせて七日のうちに、きっと二つ三つくらいの人形をこしらえるつもりだと、そう考えました。
「そこで魔理沙にも力を貸してもらいたくて、あんな手紙をよこしたわけだけど、来てくれてホント助かったわ。」
「いやなに、手紙のひとっつやふたっついくらでも投函していいんだぜ。別に私はポストが吐いても困ることはないんだ。」
これはいよいよ人形作りだ、裁縫だ、木の削り出しだ。
そう思った魔理沙は、いままで人形を作ったことはありませんでしたが、裁縫や何やら程度いくらでも張りきれると袖をまくりたくて仕方ありませんでした。
にわかにアリスも笑顔を咲かせたので、これで決定したようにおもわれました。
「それじゃあ、はじめましょうか。」
「うん、はやいんだな。まあ時間は惜しいからな。あっ……。」
魔理沙はそれっきり舌がうごかなくなって、からだもすっかりいうことをききません。
しまったと言おうとしても喉がきゅっとすぼまりました。
紅茶に薬がもられていたのでしょう。
ぶるぶるふるえることもできずに青ざめて、アリスのにやにやした笑顔をみつめるばかりになってしまいました。
「どうしても人形をはじめから創作するのは苦しいからね、魔理沙にはしばらく人形になってもらうわよ。これで一つ作る手間がはぶけるわ。」
アリスは銀の光を束ねたような繊細な糸を持ち出して、魔理沙のしびれきった体のさまざまなところへ括りつけていきました。
くくりつけるというよりは、魔法の力で肌にはりついて見分けのつかなくなったようですが、こんな技巧などはおよそ人形使いにしか成しえませんし、とくに見る機会もありませんから、魔理沙は糸が自分の肌へとけていくのには生きた心地がしませんでした。
「私は二つめの人形を急いでしあげなければいけないから、魔理沙は劇のためにからだをしっかりと人形らしくきたえておくのよ。」
魔理沙はそれはあんまりだと言いたかったのでしたが、口がひらくこともありません。
懐にしまわれていた八卦炉や魔法の薬がつまった瓶はまとめて取り上げられてしまって、身軽になったのが悔しかったのです。
七日間の風景
さあそれから人形劇がはじまるまでの七日間、魔理沙は喉のかれるほど大変な目にあいました。
まあ七日をすべて伝えていたのでは長くなっていけませんから、一部だけをきりとってみなさんに教えましょう。
たとえば一日目の朝のことです。
魔理沙は目を覚ますといつものように起き上がろうとしましたが、手足はまるでびくともしません。
ああ、私は人形にされていたんだ。
魔理沙がたまらず泣きたくなっているところに、寝起きで髪も寝間着もぼさぼさしたアリスがやってきておはようと声をかけてきました。
「あ、アリス、なんとかしてくれ。」
「だめよ。わざわざしゃべれるだけでも自由にしてあげたのに、そのうえ手足まで好き勝手にふりまわされたらたまらないわ。」
「お、お願いだぜっ。」
もう魔理沙の目はうるんで水晶のように光っていましたが、アリスは気の毒とも思っていなさそうに唇に指をあてふうむと唸りました。
「しかたないわね。うごけるようにはしてあげましょう。ただし家からは出れないし、劇の練習は間違いなくやってもらうから。」
とたんに魔理沙はやわらかくなり、手も足も好きなだけ可動できました。
魔理沙はいちもくさんにトイレをめざしました。
たとえば三日目のお昼のことです。
くちゃくちゃした台本を渡されていた魔理沙は、それを覚えるためになんども何度も読み直して、そのために台本はよけいくちゃくちゃになっていきました。
ところが途中で台本をくる手が止まりました。
「どうせ私に役をさせるのはアリスなんだ。糸で台本通りに操るんだ。なら私がおぼえるひつようなんてないじゃないか。」
魔理沙はすると台本をほうりなげると、今日までたっぷり寝てなかったので、床にたおれてしまって、すぐに意識はまっくらになりました。
魔理沙が夢心地になっていると周囲の人形たちがそわそわと、棚に座っていたものは棚からおりて、壁にかかっていたものは壁からはなれて、みんなで魔理沙をかこみました。
それは上海人形や仏蘭西人形や、めいめい宝石のように贅沢な装飾をきらめかせた人形でした。
人形たちは魔理沙からのびている糸をそれぞれ綱引きのように握り締め、そろってひっぱりあげました。
小さな人形とは思えない力で魔理沙のからだが持ち上がり、手足がいっきにのびあがっていきますから、魔理沙はびっくりして目を覚ましました。
「あっ、あっ、なんだこれえ。」
魔理沙が悲鳴をあげてもがいていると、奥の部屋からアリスが飛び出てきて、たちまちまるめた台本が魔理沙のひたいに風をきりました。
「こら、さぼろうなんて思うんじゃないわよ。あと四日のうちに台本をまるで覚えないとほんものの人形に改造するわよ。上海や蓬莱の遊び相手にさせるわよ。」
「でも人形を操るのはアリスなんだから、私が覚えていようがいまいが違わないんじゃないのかっ。」
「あなたずっと人間としてうごいていたんだから、人形としてのうごきをからだにしみこませないとダメなのよ。ほらとっとと台本をもって筋をしっかり覚えないと、いまに人形にしてやるんだから。」
やっと人形たちから解放された魔理沙はぶるぶる震えて台本を読みあげました。そこらじゅうにアリスの人形がある限り魔理沙はちっとも怠けてはいけなかったのです。
たとえば六日目の夕方のことです。
人形劇がかれこれ明後日に迫っていたので、アリスは鬼のようになって一つの人形を完成までちかづけている最中でした。
演劇用の人形は胴体も手足も、頭もとっくにできあがっていて、あとは爪や眼などのごく細かなぶぶんを立派に仕上げるだけでした。
この頃になりますと、魔理沙もたいてい台本をそらで朗読できるくらいになっていましたし、動きも人形のようにぎくしゃくとはいきませんが、それはそれでよく真似てみせました。
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「まるで激動の数日だったけど、ついに役者がそろったわ。あとは魔理沙、あなたの衣装を合わせるだけよ。」
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さすがにどうしても恥ずかしいもので、魔理沙は頬が湯だちました。
まああとは魔理沙のおおよその数字を知ったアリスが、嵐のようにぴったりあわさった服を作ってしまいましたが、見ているとめまいがするほど迅速でした。
嵐よりはやく上海人形と同じ型の服をこしらえてみせました。
ただこのあいだ魔理沙は裸でなにもできず、たびたび参考にするといってぺたぺた触られました。
この七日間はどの日もこんな具合に忙しかったので、魔理沙の喉がかれるのも仕方ありません、人形劇で人形たちが発声をするところがなかったのは幸いだったと言えます。
人形劇とその後
当日になりますとアリスが革製の黒いカバンに人形をまとめて、人間の里へ向かいました。
魔理沙もちゃんと背中を追いかけていきましたが、里へちかづくにつれ心臓がどきどきして、とても逃げ出したくなりましたが、糸をアリスが管理しているために実はそんな鼓動までも聞き取られていました。
だから逃げ出すなんてとんでもありません。
里へついて、地面に足をつけたアリスが手を叩くと、カバンはひとりでに開いて中から人形といっしょに木の枠やら鮮やかな布やらがあふれて、たちまち小さな小屋が組み上がりました。
その不思議な様子に惹かれて子供も大人もよってきました。
ざわざわなりだして頃合いをはかったアリスが開幕の合図をやりました。
小屋の幕はひらいて後ろに隠れるアリスが人形をたくみに操っていきます。
一人で複数の人形をこんがらがらずに操るというのは実に並大抵ではありませんが、ことによるとアリスは汗のひとつぶも流さずこんなものは慣れて当然だという様子でやっていましたから、人形使いもバカにできません。
歓声が響くなかぞくぞくしながら待っていた魔理沙は、ついにアリスのくった糸によって舞台に踊りでました。
魔理沙は必死に糸の流れに身をまかせているつもりでしたが、やっぱりどこかぎこちなく表情もかたいものだったので、敏感な子供はすぐに気づいたようでした。
「あ、なんだか一体へんなのが混じっているよ。」
「壊れているんだ、あんなおかしな動きをするのは壊れ人形だ。」
子供たちのむじゃきな囃し声に魔理沙はつらくって目の前が硝子をとおしたようになりましたが、なんとか堪えて最後まで役目をやりおえました。
人形劇は無事に終了しましたが、帰るときまで魔理沙は子供たちからひどい文句をぶつけられたので涙のいくらかが水晶のように降っていきました。
「ああ、もうつらい。人形なんてつらいことしかないぜ。もうたくさんだ。」
アリス邸へもどった二人、魔理沙はようやくからだにつきまとっていた糸を外してもらいました。
魔理沙はせいせいしました、七日感をふりかえると胸が重たくなりますが、それにしてもせいせいしました。
「おつかれさま。」
ねぎらいをかけられても、魔理沙はぽっかりした青空だけみつめて、そういえば疲れたかもなと口のなかでいいました。
お茶をいれると奥へかけていったアリスを、魔理沙は横目にうかがいながら、たちまち猫のように慌ただしく活動して、自分の服や箒や八卦炉を拾い集めるなり邸を抜けました。
こうして魔理沙は自分でつくった歌をくちずさみながら帰路につきましたが、どうしても人形だった頃のかくばった動きが関節にのこっているようで当分人前に出るのをいやがりました。
いっさい終わりましたが、時折アリスから手紙が来るようになって、そのたんびに魔理沙はからだがふるえてしまうようです。
またふるえたあと糸にひっぱられるような感覚がよみがえるらしく、これはよほど治らないかもしれないとたまに愚痴たそうです。
思い切って、人形にされたところで切るのもありかなーと。
文体は好きですが、後半は童話にしては特に動きがないな、なんて思いました。