―気付くと見知らぬ所に居た。
見慣れぬ森の中、辺りの雰囲気からして魔法の森では無さそうだ。
立ち上がり身の回りを確認する。
いつもの服装。いつもの髪型。いつも連れてる上海は…どうやらこの場には居ない様だ。
ここは何処なのだろうか。
何故私はこんな所で眠っていたのだろうか。
昨日の事について思い出そうとする、しかし何も出てこない。
昨日は宴会でもあっただろうか。思い出せないのは、それ程酷く酔っていたからだろうか。
頭で分からないなら、身体で理解する事にしよう。
私は見知らぬ森の中を歩き回る。
何処とも分からぬ場所、警戒だけはしておこう。
…
―どれ程歩いただろう、頭の中でも絶えず疑問が歩き続ける。
時間が分からない。
頭上は絶えず木々に囲まれ、一定の薄暗さを私に与えてくれる。
お陰かどの程度の距離を歩いたかも分からない。
真っ直ぐ歩いているつもりで、実はただグルグルと同じ所を歩き続けているのかも知れない。
この現象は迷いの竹林を彷彿とさせたが、残念ながら辺りの木々は竹では無かった。
似た様な場所があっただろうか、記憶には全く無い。
幻想郷も広いという事か、それとも新たな何かが幻想入りしたという事か。
考えながら歩き続けている為か、不思議と疲労感は感じない。
何処とも分からぬ不安な状況、歩き続けていられるのは有難い。
何時の間に体力が向上したかについては、この際なので気にしないでおこう。
…
―更に歩き続ける、全く変わらぬ状況。
ここまで来ると、これは悪い夢なのでは無いかとさえ思えてくる。
現実逃避も悪くは無さそうだ、自分の目が虚ろになりかけているのが分かる。
だが、ありがたい事にそれも長くは続かなかった。
歩く先の木陰に人らしき影が二つ程見えたのだ。
永遠に続くと思われた世界にようやく変化が訪れてくれた、私の心にも安堵が訪れる。
しかしまだ安心は出来ない。このような場所である、あの影も人の可能性は少ないのではないか。
そもそもこのような場所にいる影だ、生きているとも言い切れない。
私は気配を殺し、静かに影へと近付く。
遠目からだが生存は確認できた、首から上にかけて動いているのが分かる。
どうやら互いに会話をしている様だったが、何故この様な薄気味悪い場所で会話が出来るのか。
もしかしたら私は、慣れない場所にいるせいで過敏になり過ぎているのかもしれない。
それでも念には念を、気付かれないように会話が聞こえる所まで更に近付いた。
「……でさ……ん」
「…そ……だ…」
近付くにつれ、徐々に会話の内容が聞き取れてくる。
声を聞き取る限りでは二人とも女性みたいだ。
しかし、この声はどこかで聞いた覚えが―
「もう、もこたんったら~…突然キスするなんて恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしがる必要なんか無いだろ、誰も見てないんだからさ」
「私が見てるじゃない~…綺麗な瞳、吸い込まれちゃいそう」
「私はとっくの昔に、輝夜の心の中へ吸い込まれちゃったよ」
「……ばか」
…
―砂を吐きそうな甘ったるく意味不明な会話。耳に届いた瞬間寒気がしてきたので、直ぐに引き返す。
あの二人は藤原妹紅と蓬莱山輝夜。
彼女達が居るという事は、ここはやはり竹林なのだろうか。
いや、それ以前に一つ大きな疑問があった。
彼女達は、あそこまで仲が良かっただろうか。
私が覚えているのは犬猿の関係だった二人、決して恋仲などでは無かった筈だ。
何かがおかしい。
…
―二人を無視して別方向へと歩き続ける。
あれ程変化の無い状況が一転して次の変化を連れてくる。目の前に突然鳥居が現れたのだ。
その朱い入り口は随分と見慣れた…そう、博麗神社の鳥居だった。
何故このような場所に博麗神社があるのだろうか。
私の知らないうちに移転したのか、それとも元々神社は二つ以上あったのか。
先程の状況を考えると怪くて仕方ないが、霊夢に聞けば何かしら状況が分かるだろう。
仮にこれが異変なのだとしたら、さっさと彼女に告げてしまうのが一番正しい選択かもしれない。
一つ危惧するのであれば、あの二人みたいに霊夢もおかしくなっていないかだ。
鳥居をくぐり境内を歩く、思ったよりも早く霊夢の姿を確認できた。
賽銭箱の前という、馴染みのポジションに立っている。
背中で語る絶望感、見当たらない賽銭、いつもの霊夢に違いない。
私は安堵の息をつき、声を掛けようと―
「ふふふ…あはは…あはははははははははは!!今日も賽銭が一杯、全く笑いが止まらないわね~、これも私という美少女巫女が居るからかしら。いやん、私ったら褒めすぎ…そんな事無いわね。も~こんなにお金があっても逆に困っちゃうわ。一体何に使えっていうのかしら~、うふふふふ…あははははははははははははははははははは」
声も出せずに固まってしまった。
流石にこの状況は信じられない、在りえない、どういう事なのだろうか。
あんなのは霊夢では無い、霊夢に似て非なる別の存在だ。
私は霊夢とは信じ難い人物に見つからないよう、早足で境内を引き返した。
確実におかしい。
…
―現状を考え直す。ここは何なのか、一体どういう世界なのか。
まあ、先程のを見た感じから何となくは予想が着く。
しかし確信を得るためにはもう一人・・・いや、同じ様なパターンをもう一つ確認できれば良いのだが。
私は歩き始めた。何でも良い、誰でも良い、この異変の正体を確かめたかった。
「…きゃっ!?」
「ぅわっ!?」
辺りを気にしすぎて目の前への注意を怠っていた様だ。
私は誰かにぶつかったらしく、尻餅をつき倒れてしまった。
まずい。どんな世界かも分かっていないままだ、見つかる事は出来れば避けたかった。
「いってぇ~…おい、大丈夫か?」
声の主を見ると、またしても見慣れた人物が現れた。
「あれ、アリスじゃないか」
「…魔理沙」
この現状で、出来れば一番会いたくなかった人物に会ってしまった。
…
―私はこの世界を夢の世界と考えている。
異変とも考えたが、あの霊夢でさえおかしくなっているのだ。その線は無いと考えていいだろう。
夢の世界には一つのルールがある、私の夢なのだから疑念では無く確信に近い筈だ。
そのルールは「対極」
私に関わる人物達の関係や境遇は真反対になる…筈だ。
確信とは言ったものの、パターンは二通りしか見ていない。
全ては三通り目を見てから判断したかった。
それが…魔理沙か。
「一体どうしたんだよ、こんな所で」
どうしたも何も、ここがどこなのかさえ分からないのだけど…あぁそうか、私の夢の中だ。
「ちょっとね…それより魔理沙こそ、どうしてこんな所に居るの?」
言い終わってから間違いに気付いた。
夢の世界だったとしても、まだ確信は取れていない。
こういう場合はとにかく相手の出方を見終わってから質問に入りたかった。焦燥感に駆られたのかもしれない。何せ相手が相手なのだから。
「いや…ははは、ちょっとな」
「…そう」
急に伏目がちになってきた魔理沙。帽子で見え隠れする頬は若干赤らめている。
駄目。
「それじゃ、私は行くわね」
これ以上の話は避けたかった。その赤ら顔から発せられるであろう言葉を聴きたくなかった。
私は逃げるように、足を踏み出そうとする。
しかし…
「…っ!?」
「待ってくれないか、アリス…」
駄目なの。
魔理沙に手を掴まれた為に、足は踏み出す事は出来なかった。
「どうせだし、少し話さないか?いや…その、無理にとは言わないぜ」
私の手を掴んで引き止めておいて、その発言もどうかと思う。
私はその手を振り払って歩を進めたかった、魔理沙が発するであろう言葉を聞きたくないから。
私はその手を振り払う事が出来ずに歩を止める、魔理沙が発するであろう言葉を欲していたから。
矛盾した二者択一。
自らが出した設問。
選ぶのは私自身。
私の手を掴む魔理沙の手、そこから魔理沙の体温を感じる。
例えこの先に待つのが悲観だとしても、私は甘美に思えるその先を振り切る事は…出来なかった。
前に進む事が出来なかった足は、後ろへは簡単に進んでしまった。
駄目なのに。
…
―沈黙の中、私たちは肩を寄せ合い座っている。
木々の根元は冷たかったが、身体は不思議と暖かい。
私は何故離れようとしなかったのか。
私の意志を振り切ってでも前へ進んでくれなかった足を、私は見つめる。
私は何故魔理沙の所へ戻ってしまったのだ。
何度も何度も、後悔は波のように押し寄せてくる。無理矢理押しのけても、すぐに戻ってくる。
仕方ないではないか、もう遅い。私は選んでしまったのだから、後悔するのは後にする。
「あのさ…」
「…」
静まった空気に魔理沙の声はよく響いた。
もしかしたら響いているのは私の中だけかもしれない。
「ありがとう…逃げないでくれて」
「…うん」
魔理沙自身も気付いていたのだ、私が魔理沙を拒絶しようとしていた事に。
それでも魔理沙は、諦めずに私の手を掴んだ。
何事にも真っ直ぐな魔理沙の事だ。
例え強引だとしても、その想いも純粋で真っ直ぐに違いない。
その…想い…。
「アリス…」
「待って」
駄目。
「聞いて欲しいんだ…その…」
「お願い」
言わないで。
「アリス、私は…」
「止めて」
聞きたくない。
「私は、アリスが…」
「嫌っ…」
どうして。
「アリスの事が好きだ」
「…何で」
どうしてこの世界でなの。
…
―私は走っていた。
魔理沙の告白に答える事もせずに、どこへ向かってるのかも分からずに。
アリスの事が好きだ。
魔理沙の声がまだ耳に…心に、残っている。この言葉を聞いた瞬間、私は涙を流していた。
嬉しくもあり、悲しくもある。
好きと言ってくれたのは、確かに魔理沙である。
私が常日頃から恋焦がれている…あの魔理沙だ、嬉しくない筈が無い。
でも…。
ここは対極というルールがある世界、私の作り出した夢の世界だ。
輝夜と妹紅の例がある。
霊夢の例がある。
魔理沙だけが例外となる筈が無い
聞きたくなかった。
分かってしまうから。
聞きたくなかった。
認めたくないから。
聞きたくなかった。
それでも聞いてしまった。
聞いてしまった。
その言葉を待っていたから。
聞いてしまった。
その言葉が欲しかったから。
聞いてしまった。
ここが対極の世界と分かっていても。
聞いてしまった。
本当は魔理沙が私の事を好きでは無くても。
聞いてしまった。
私は魔理沙の事が好きだから。
…
―どれ位走っただろうか。
夢の世界でも限界はあるらしい、呼吸が乱れてきた。
それでも私は足を止めない、これ以上聞きたく無かったから。
それでも魔理沙の声は私の中で響き続ける、私に現実という皮肉を押し付けるように。
もしかしたら、私は期待をしていたのかもしれない。
この世界の魔理沙は、私の事を嫌いと言ってくれるかもしれない…と。
その期待は簡単に押し潰されてしまった。
いくら夢だとしても、私は…現実を突きつけてきた私自身が憎い。
でもね。
この世界を作り出した私は分かっているのだろうか。
私がどれ程魔理沙を想ってきたのか分かっているのだろうか。
一体何度、他の子と笑い合う彼女を見て、身を引き裂かれそうな思いをしたか分かっているのだろうか。
何度眠る事も…何かに手を付ける事すら出来ずに過ごした夜があったか…分かっているのだろうか。
あぁ…そうか、眠っていないんだものね。
夢を作った私には、分かりようが無かったのだ。
私が、魔理沙を好きだという事を。
この程度の夢で諦めたくない位、魔理沙を好きだという事を。
突然視界が開けた、森が終わったのだ。
…
―ここはどこなのだろうか。
振り返ると、永遠に続くと思えた森は確かに途切れていた。
どういう事。
あの森は夢の中、私が作り出した世界では無かったのか。
夢から覚めない限り、あの森から逃れる事は出来ないと考えていた。
しかし、私は森から抜け出す事が出来てしまった。
だがしかし、私は夢から覚めていない。
どういう事。
いくら考えても仕方が無かった。
とりあえず歩こう、何かが分かるかもしれない。
何となく既視感の覚える行動、私は苦笑いを浮かべた。
そう時間も掛からずに変化を確認できたのは運が良かったのか。
目の前には水辺が広がっていた。
よく知る湖とは違った、別世界の湖。
明るく生気に溢れた空気とは違う、重たく物悲しい空気。
発見はそれだけでは無い。すぐ近く、水辺の端に舟が停まっていた。
誰も乗っていない、取り残された舟。寂しく揺れるその姿は孤独を感じさせる。
ここは何なのだろう、この情景は何を表しているのだろう、次は何が現れるのだろう。
何でも良いか、どうせ夢の中だ。浅いため息を吐きつつ私は舟に近付いた。
傍目からは見えなかったが、舟の上には赤い髪の女が寝ていた。
この女には覚えがある、確か死神だったか。
何故こんな所で寝ているのだろう、そもそも何故こんな所に居るのだろう。
私の気配に気付いたのか、死神はゆっくりと目を開けた。
「ん…ふぁ~…あーよく寝た!!ん…おや?…あぁ、お帰り。待ってたよ」
死神は微笑んで立ち上がると、伸びをし始めた。
寝起きの身体を解しているのだろうか、わけの分からぬまま死神の柔軟を眺める…大きい。
「ぅし、目が覚めた。さて…と、ここまで戻って来れたって事は、無事振り切る事が出来たという事だね、良かった良かった…ほら」
死神は微笑みを解くと艶やかな笑みへと表情を替え、手を差し伸べてきた。
「…」
私に向けられた手。
これは魔理沙とは違う手だ。
大丈夫、あの森からは抜け出した。あの夢からは抜け出したんだ。
「何やってんだい?ほらっ」
「ぇ…ちょっ…!!」
痺れをきらしたのか、私の手は掴まれ無理矢理引っ張られる。
身体は舟へと連れていかれ、ゆっくりと着地する。
「はいはい。それじゃ出発進行、面舵いっぱ~い」
「待って。どこに連れてくの…ねぇ!!」
私を連れて進む舟、私の意志とは関係なく進んでいく舟。
あまりの勝手な進行に、私は徐々に苛立ってくる。
まだそれ程岸からは離れていない、今なら飛び移れば濡れる事なく戻れるだろうか。
「…お客さん、船の上では暴れないでくれるかい。普段の渡しは霊体が客なもんでね、二人乗りは久しいんだ。落ちたくなかったら大人しく座って居る事、良いね?」
私の考えを読んだのか、先回りされてしまった。
結局、私は無理矢理連れて行かれてしまうのだ。
夢とは本来自分が作り出した幻想である。
それは自分の意のままに操り、好きに行動できる世界…の筈なのではあるが。
一体どうした事か、気付いてからここまで私は振り回されっぱなしである。
これでは現実と大して変わらない、本当にここは夢の世界なのだろうか。
舟は悠々と進んでいく。
私の意志をひたむきに無視して。
私は流れに身を任せた、ここから先に何があっても良いように。
ここが本当は何なのか、考えるのは止めておこう。
どうせ振り回される身なのだから。
船頭は舟を漕ぐ。
自らも舟を漕ぎながら。
器用なのは認めるが、客の目の前で堂々とサボるのはどうかと思う。
その姿は何処ぞの門番を彷彿とさせてくれる。
私の不安とは裏腹に、舟は進んでいく。
船頭の存在を否定するように真っ直ぐと。
…
「よっと…はい、おまっとさん。お帰りは御自由に」
「ありがとう。えっと、御代はいくらかしら?」
「あぁ~気にしなさんな。今回は特別サービス、ツケにしとくよ」
「サービスでツケって…良いわ、払えるうちに払っておきたいの」
私は財布を取り出そうと…して、私は気付いた。
財布だけではなく、私は何も持っては居なかった。
「…ごめんなさい、やっぱりツケにしてもらえるかしら。必ず払いにくるわ」
「分かってるさね。大丈夫、あんたはもう一度ここに来るんだ…ほぼ確実にね。今回のツケはその時に纏めて頂戴するよ」
そう言うと、小町は煙管に火を点け紫煙を燻らせ始めた。
あの煙は好ましく思えない。
私は一つ礼をし、さっさと離れる事にした。
目の前に広がるは、辺り一面に広がる草原。
空と地面以外何も見えない、強いて言えば地平線か。
ここから一体どこを目指せというのだろう。
小町に聞こうかとも考えたが、既に御自由にと突き放されている。
それは即ちヒントを得られる可能性さえ無いと思っていい。
しかし小町も変な事を言う。
どうやら、私はもう一度ここに来るらしい。
確かにツケを払いに一度は来なければいけないが、
まるで私がもう一度、ここへ来ると分かっているかのような言葉。
どうして彼女にそのような事が分かるのか。
それは彼女がこの場所について何かしら関わっているから。
彼女が関わっている所と言えば…私は何かを思い出せそうだった。
疑問が変化を始める。
その先の何かを確信へと変えたくて、私は振り返った。
「こま―……遅かったようね」
しかし船頭と舟は、姿形無く消えていた。
先程まで確かに感じた煙管の匂いを共に連れて。
…
―私は再び歩く。
森、川、そして今度は草原。
変化する3つのステージ、まるでトライアスロンにでも参加している気分だ。
ある程度確信に近づいたとは言え、戻れなかったら意味が無い。
しかし残念ながら、戻り方については一切分かっていないのだ。
私が分かっているのは私について。
まだ思い出せていない事もいくつかあるが、多分…私は今―
……・・・
「…?」
何か聞こえた気がした。
か細く小さなそれは、誰かの声。
………ァ……
「誰…誰なの?」
確かに聞こえた声。
この声、私はこの声を知っている。
…ス……ァ……リ
聞き覚えがあって当然だ。
何度も聞いてきた、何時でも聞いていたいその声。
…ア…リス……アリス…
「ずっと呼んでくれていたのね…」
突き放したばかりの、彼女の声。
しかしこの声は、甘美だけが取り柄な偽りの声では無かった。
「…ありがとう、魔理沙」
私は、私を呼び続ける声へ…魔理沙に向かって手を伸ばした。
手に温かみを感じた。
私はあの時と同じ様に、その温かみを拒むことはしない。
あの時とは違う、その温かみの先に不安を感じない。
安心して良いんだ。
この手を掴んでいる人の所へ寄り添っても良いんだ。
私は歩き出す。
ここへ来て、ようやく目指す所が出来た。
私は歩き出す。
待っている人の所へ、魔理沙所へ向かって。
…
―気付くと目の前に魔理沙の顔があった。
愛しい魔理沙、涙でグズグズな顔をしている魔理沙も可愛かった。
「…アリス……アリスっ!?起きた…んだよな?」
「ただいま…魔理沙」
私の手を掴んでいた魔理沙の手。
その手は私の首の後ろへと廻され、あっという間に私の顔は魔理沙の胸元へといた。
「ねぇ、魔理沙」
「っ…ぐすっ…ん…何だ…アリス…」
「…好き」
「あぁ…私も好きだぜ、アリス」
「ねぇ、魔理沙…」
「何だ?」
「魔理沙からも言って…お願い」
「…好きだぜ」
「もう一度」
「…好きだ」
「もう一回」
「何度でも言ってやる、私は…」
「アリスの事が好きだ」
気付いたら私も魔理沙に抱きついていた。
あの時と同じ言葉、なのに私の心は満たされる。
それは私の心に入りきらなくて…ついに溢れ出した。
目から次々に零れ落ちる、嬉し涙として。
見慣れぬ森の中、辺りの雰囲気からして魔法の森では無さそうだ。
立ち上がり身の回りを確認する。
いつもの服装。いつもの髪型。いつも連れてる上海は…どうやらこの場には居ない様だ。
ここは何処なのだろうか。
何故私はこんな所で眠っていたのだろうか。
昨日の事について思い出そうとする、しかし何も出てこない。
昨日は宴会でもあっただろうか。思い出せないのは、それ程酷く酔っていたからだろうか。
頭で分からないなら、身体で理解する事にしよう。
私は見知らぬ森の中を歩き回る。
何処とも分からぬ場所、警戒だけはしておこう。
…
―どれ程歩いただろう、頭の中でも絶えず疑問が歩き続ける。
時間が分からない。
頭上は絶えず木々に囲まれ、一定の薄暗さを私に与えてくれる。
お陰かどの程度の距離を歩いたかも分からない。
真っ直ぐ歩いているつもりで、実はただグルグルと同じ所を歩き続けているのかも知れない。
この現象は迷いの竹林を彷彿とさせたが、残念ながら辺りの木々は竹では無かった。
似た様な場所があっただろうか、記憶には全く無い。
幻想郷も広いという事か、それとも新たな何かが幻想入りしたという事か。
考えながら歩き続けている為か、不思議と疲労感は感じない。
何処とも分からぬ不安な状況、歩き続けていられるのは有難い。
何時の間に体力が向上したかについては、この際なので気にしないでおこう。
…
―更に歩き続ける、全く変わらぬ状況。
ここまで来ると、これは悪い夢なのでは無いかとさえ思えてくる。
現実逃避も悪くは無さそうだ、自分の目が虚ろになりかけているのが分かる。
だが、ありがたい事にそれも長くは続かなかった。
歩く先の木陰に人らしき影が二つ程見えたのだ。
永遠に続くと思われた世界にようやく変化が訪れてくれた、私の心にも安堵が訪れる。
しかしまだ安心は出来ない。このような場所である、あの影も人の可能性は少ないのではないか。
そもそもこのような場所にいる影だ、生きているとも言い切れない。
私は気配を殺し、静かに影へと近付く。
遠目からだが生存は確認できた、首から上にかけて動いているのが分かる。
どうやら互いに会話をしている様だったが、何故この様な薄気味悪い場所で会話が出来るのか。
もしかしたら私は、慣れない場所にいるせいで過敏になり過ぎているのかもしれない。
それでも念には念を、気付かれないように会話が聞こえる所まで更に近付いた。
「……でさ……ん」
「…そ……だ…」
近付くにつれ、徐々に会話の内容が聞き取れてくる。
声を聞き取る限りでは二人とも女性みたいだ。
しかし、この声はどこかで聞いた覚えが―
「もう、もこたんったら~…突然キスするなんて恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしがる必要なんか無いだろ、誰も見てないんだからさ」
「私が見てるじゃない~…綺麗な瞳、吸い込まれちゃいそう」
「私はとっくの昔に、輝夜の心の中へ吸い込まれちゃったよ」
「……ばか」
…
―砂を吐きそうな甘ったるく意味不明な会話。耳に届いた瞬間寒気がしてきたので、直ぐに引き返す。
あの二人は藤原妹紅と蓬莱山輝夜。
彼女達が居るという事は、ここはやはり竹林なのだろうか。
いや、それ以前に一つ大きな疑問があった。
彼女達は、あそこまで仲が良かっただろうか。
私が覚えているのは犬猿の関係だった二人、決して恋仲などでは無かった筈だ。
何かがおかしい。
…
―二人を無視して別方向へと歩き続ける。
あれ程変化の無い状況が一転して次の変化を連れてくる。目の前に突然鳥居が現れたのだ。
その朱い入り口は随分と見慣れた…そう、博麗神社の鳥居だった。
何故このような場所に博麗神社があるのだろうか。
私の知らないうちに移転したのか、それとも元々神社は二つ以上あったのか。
先程の状況を考えると怪くて仕方ないが、霊夢に聞けば何かしら状況が分かるだろう。
仮にこれが異変なのだとしたら、さっさと彼女に告げてしまうのが一番正しい選択かもしれない。
一つ危惧するのであれば、あの二人みたいに霊夢もおかしくなっていないかだ。
鳥居をくぐり境内を歩く、思ったよりも早く霊夢の姿を確認できた。
賽銭箱の前という、馴染みのポジションに立っている。
背中で語る絶望感、見当たらない賽銭、いつもの霊夢に違いない。
私は安堵の息をつき、声を掛けようと―
「ふふふ…あはは…あはははははははははは!!今日も賽銭が一杯、全く笑いが止まらないわね~、これも私という美少女巫女が居るからかしら。いやん、私ったら褒めすぎ…そんな事無いわね。も~こんなにお金があっても逆に困っちゃうわ。一体何に使えっていうのかしら~、うふふふふ…あははははははははははははははははははは」
声も出せずに固まってしまった。
流石にこの状況は信じられない、在りえない、どういう事なのだろうか。
あんなのは霊夢では無い、霊夢に似て非なる別の存在だ。
私は霊夢とは信じ難い人物に見つからないよう、早足で境内を引き返した。
確実におかしい。
…
―現状を考え直す。ここは何なのか、一体どういう世界なのか。
まあ、先程のを見た感じから何となくは予想が着く。
しかし確信を得るためにはもう一人・・・いや、同じ様なパターンをもう一つ確認できれば良いのだが。
私は歩き始めた。何でも良い、誰でも良い、この異変の正体を確かめたかった。
「…きゃっ!?」
「ぅわっ!?」
辺りを気にしすぎて目の前への注意を怠っていた様だ。
私は誰かにぶつかったらしく、尻餅をつき倒れてしまった。
まずい。どんな世界かも分かっていないままだ、見つかる事は出来れば避けたかった。
「いってぇ~…おい、大丈夫か?」
声の主を見ると、またしても見慣れた人物が現れた。
「あれ、アリスじゃないか」
「…魔理沙」
この現状で、出来れば一番会いたくなかった人物に会ってしまった。
…
―私はこの世界を夢の世界と考えている。
異変とも考えたが、あの霊夢でさえおかしくなっているのだ。その線は無いと考えていいだろう。
夢の世界には一つのルールがある、私の夢なのだから疑念では無く確信に近い筈だ。
そのルールは「対極」
私に関わる人物達の関係や境遇は真反対になる…筈だ。
確信とは言ったものの、パターンは二通りしか見ていない。
全ては三通り目を見てから判断したかった。
それが…魔理沙か。
「一体どうしたんだよ、こんな所で」
どうしたも何も、ここがどこなのかさえ分からないのだけど…あぁそうか、私の夢の中だ。
「ちょっとね…それより魔理沙こそ、どうしてこんな所に居るの?」
言い終わってから間違いに気付いた。
夢の世界だったとしても、まだ確信は取れていない。
こういう場合はとにかく相手の出方を見終わってから質問に入りたかった。焦燥感に駆られたのかもしれない。何せ相手が相手なのだから。
「いや…ははは、ちょっとな」
「…そう」
急に伏目がちになってきた魔理沙。帽子で見え隠れする頬は若干赤らめている。
駄目。
「それじゃ、私は行くわね」
これ以上の話は避けたかった。その赤ら顔から発せられるであろう言葉を聴きたくなかった。
私は逃げるように、足を踏み出そうとする。
しかし…
「…っ!?」
「待ってくれないか、アリス…」
駄目なの。
魔理沙に手を掴まれた為に、足は踏み出す事は出来なかった。
「どうせだし、少し話さないか?いや…その、無理にとは言わないぜ」
私の手を掴んで引き止めておいて、その発言もどうかと思う。
私はその手を振り払って歩を進めたかった、魔理沙が発するであろう言葉を聞きたくないから。
私はその手を振り払う事が出来ずに歩を止める、魔理沙が発するであろう言葉を欲していたから。
矛盾した二者択一。
自らが出した設問。
選ぶのは私自身。
私の手を掴む魔理沙の手、そこから魔理沙の体温を感じる。
例えこの先に待つのが悲観だとしても、私は甘美に思えるその先を振り切る事は…出来なかった。
前に進む事が出来なかった足は、後ろへは簡単に進んでしまった。
駄目なのに。
…
―沈黙の中、私たちは肩を寄せ合い座っている。
木々の根元は冷たかったが、身体は不思議と暖かい。
私は何故離れようとしなかったのか。
私の意志を振り切ってでも前へ進んでくれなかった足を、私は見つめる。
私は何故魔理沙の所へ戻ってしまったのだ。
何度も何度も、後悔は波のように押し寄せてくる。無理矢理押しのけても、すぐに戻ってくる。
仕方ないではないか、もう遅い。私は選んでしまったのだから、後悔するのは後にする。
「あのさ…」
「…」
静まった空気に魔理沙の声はよく響いた。
もしかしたら響いているのは私の中だけかもしれない。
「ありがとう…逃げないでくれて」
「…うん」
魔理沙自身も気付いていたのだ、私が魔理沙を拒絶しようとしていた事に。
それでも魔理沙は、諦めずに私の手を掴んだ。
何事にも真っ直ぐな魔理沙の事だ。
例え強引だとしても、その想いも純粋で真っ直ぐに違いない。
その…想い…。
「アリス…」
「待って」
駄目。
「聞いて欲しいんだ…その…」
「お願い」
言わないで。
「アリス、私は…」
「止めて」
聞きたくない。
「私は、アリスが…」
「嫌っ…」
どうして。
「アリスの事が好きだ」
「…何で」
どうしてこの世界でなの。
…
―私は走っていた。
魔理沙の告白に答える事もせずに、どこへ向かってるのかも分からずに。
アリスの事が好きだ。
魔理沙の声がまだ耳に…心に、残っている。この言葉を聞いた瞬間、私は涙を流していた。
嬉しくもあり、悲しくもある。
好きと言ってくれたのは、確かに魔理沙である。
私が常日頃から恋焦がれている…あの魔理沙だ、嬉しくない筈が無い。
でも…。
ここは対極というルールがある世界、私の作り出した夢の世界だ。
輝夜と妹紅の例がある。
霊夢の例がある。
魔理沙だけが例外となる筈が無い
聞きたくなかった。
分かってしまうから。
聞きたくなかった。
認めたくないから。
聞きたくなかった。
それでも聞いてしまった。
聞いてしまった。
その言葉を待っていたから。
聞いてしまった。
その言葉が欲しかったから。
聞いてしまった。
ここが対極の世界と分かっていても。
聞いてしまった。
本当は魔理沙が私の事を好きでは無くても。
聞いてしまった。
私は魔理沙の事が好きだから。
…
―どれ位走っただろうか。
夢の世界でも限界はあるらしい、呼吸が乱れてきた。
それでも私は足を止めない、これ以上聞きたく無かったから。
それでも魔理沙の声は私の中で響き続ける、私に現実という皮肉を押し付けるように。
もしかしたら、私は期待をしていたのかもしれない。
この世界の魔理沙は、私の事を嫌いと言ってくれるかもしれない…と。
その期待は簡単に押し潰されてしまった。
いくら夢だとしても、私は…現実を突きつけてきた私自身が憎い。
でもね。
この世界を作り出した私は分かっているのだろうか。
私がどれ程魔理沙を想ってきたのか分かっているのだろうか。
一体何度、他の子と笑い合う彼女を見て、身を引き裂かれそうな思いをしたか分かっているのだろうか。
何度眠る事も…何かに手を付ける事すら出来ずに過ごした夜があったか…分かっているのだろうか。
あぁ…そうか、眠っていないんだものね。
夢を作った私には、分かりようが無かったのだ。
私が、魔理沙を好きだという事を。
この程度の夢で諦めたくない位、魔理沙を好きだという事を。
突然視界が開けた、森が終わったのだ。
…
―ここはどこなのだろうか。
振り返ると、永遠に続くと思えた森は確かに途切れていた。
どういう事。
あの森は夢の中、私が作り出した世界では無かったのか。
夢から覚めない限り、あの森から逃れる事は出来ないと考えていた。
しかし、私は森から抜け出す事が出来てしまった。
だがしかし、私は夢から覚めていない。
どういう事。
いくら考えても仕方が無かった。
とりあえず歩こう、何かが分かるかもしれない。
何となく既視感の覚える行動、私は苦笑いを浮かべた。
そう時間も掛からずに変化を確認できたのは運が良かったのか。
目の前には水辺が広がっていた。
よく知る湖とは違った、別世界の湖。
明るく生気に溢れた空気とは違う、重たく物悲しい空気。
発見はそれだけでは無い。すぐ近く、水辺の端に舟が停まっていた。
誰も乗っていない、取り残された舟。寂しく揺れるその姿は孤独を感じさせる。
ここは何なのだろう、この情景は何を表しているのだろう、次は何が現れるのだろう。
何でも良いか、どうせ夢の中だ。浅いため息を吐きつつ私は舟に近付いた。
傍目からは見えなかったが、舟の上には赤い髪の女が寝ていた。
この女には覚えがある、確か死神だったか。
何故こんな所で寝ているのだろう、そもそも何故こんな所に居るのだろう。
私の気配に気付いたのか、死神はゆっくりと目を開けた。
「ん…ふぁ~…あーよく寝た!!ん…おや?…あぁ、お帰り。待ってたよ」
死神は微笑んで立ち上がると、伸びをし始めた。
寝起きの身体を解しているのだろうか、わけの分からぬまま死神の柔軟を眺める…大きい。
「ぅし、目が覚めた。さて…と、ここまで戻って来れたって事は、無事振り切る事が出来たという事だね、良かった良かった…ほら」
死神は微笑みを解くと艶やかな笑みへと表情を替え、手を差し伸べてきた。
「…」
私に向けられた手。
これは魔理沙とは違う手だ。
大丈夫、あの森からは抜け出した。あの夢からは抜け出したんだ。
「何やってんだい?ほらっ」
「ぇ…ちょっ…!!」
痺れをきらしたのか、私の手は掴まれ無理矢理引っ張られる。
身体は舟へと連れていかれ、ゆっくりと着地する。
「はいはい。それじゃ出発進行、面舵いっぱ~い」
「待って。どこに連れてくの…ねぇ!!」
私を連れて進む舟、私の意志とは関係なく進んでいく舟。
あまりの勝手な進行に、私は徐々に苛立ってくる。
まだそれ程岸からは離れていない、今なら飛び移れば濡れる事なく戻れるだろうか。
「…お客さん、船の上では暴れないでくれるかい。普段の渡しは霊体が客なもんでね、二人乗りは久しいんだ。落ちたくなかったら大人しく座って居る事、良いね?」
私の考えを読んだのか、先回りされてしまった。
結局、私は無理矢理連れて行かれてしまうのだ。
夢とは本来自分が作り出した幻想である。
それは自分の意のままに操り、好きに行動できる世界…の筈なのではあるが。
一体どうした事か、気付いてからここまで私は振り回されっぱなしである。
これでは現実と大して変わらない、本当にここは夢の世界なのだろうか。
舟は悠々と進んでいく。
私の意志をひたむきに無視して。
私は流れに身を任せた、ここから先に何があっても良いように。
ここが本当は何なのか、考えるのは止めておこう。
どうせ振り回される身なのだから。
船頭は舟を漕ぐ。
自らも舟を漕ぎながら。
器用なのは認めるが、客の目の前で堂々とサボるのはどうかと思う。
その姿は何処ぞの門番を彷彿とさせてくれる。
私の不安とは裏腹に、舟は進んでいく。
船頭の存在を否定するように真っ直ぐと。
…
「よっと…はい、おまっとさん。お帰りは御自由に」
「ありがとう。えっと、御代はいくらかしら?」
「あぁ~気にしなさんな。今回は特別サービス、ツケにしとくよ」
「サービスでツケって…良いわ、払えるうちに払っておきたいの」
私は財布を取り出そうと…して、私は気付いた。
財布だけではなく、私は何も持っては居なかった。
「…ごめんなさい、やっぱりツケにしてもらえるかしら。必ず払いにくるわ」
「分かってるさね。大丈夫、あんたはもう一度ここに来るんだ…ほぼ確実にね。今回のツケはその時に纏めて頂戴するよ」
そう言うと、小町は煙管に火を点け紫煙を燻らせ始めた。
あの煙は好ましく思えない。
私は一つ礼をし、さっさと離れる事にした。
目の前に広がるは、辺り一面に広がる草原。
空と地面以外何も見えない、強いて言えば地平線か。
ここから一体どこを目指せというのだろう。
小町に聞こうかとも考えたが、既に御自由にと突き放されている。
それは即ちヒントを得られる可能性さえ無いと思っていい。
しかし小町も変な事を言う。
どうやら、私はもう一度ここに来るらしい。
確かにツケを払いに一度は来なければいけないが、
まるで私がもう一度、ここへ来ると分かっているかのような言葉。
どうして彼女にそのような事が分かるのか。
それは彼女がこの場所について何かしら関わっているから。
彼女が関わっている所と言えば…私は何かを思い出せそうだった。
疑問が変化を始める。
その先の何かを確信へと変えたくて、私は振り返った。
「こま―……遅かったようね」
しかし船頭と舟は、姿形無く消えていた。
先程まで確かに感じた煙管の匂いを共に連れて。
…
―私は再び歩く。
森、川、そして今度は草原。
変化する3つのステージ、まるでトライアスロンにでも参加している気分だ。
ある程度確信に近づいたとは言え、戻れなかったら意味が無い。
しかし残念ながら、戻り方については一切分かっていないのだ。
私が分かっているのは私について。
まだ思い出せていない事もいくつかあるが、多分…私は今―
……・・・
「…?」
何か聞こえた気がした。
か細く小さなそれは、誰かの声。
………ァ……
「誰…誰なの?」
確かに聞こえた声。
この声、私はこの声を知っている。
…ス……ァ……リ
聞き覚えがあって当然だ。
何度も聞いてきた、何時でも聞いていたいその声。
…ア…リス……アリス…
「ずっと呼んでくれていたのね…」
突き放したばかりの、彼女の声。
しかしこの声は、甘美だけが取り柄な偽りの声では無かった。
「…ありがとう、魔理沙」
私は、私を呼び続ける声へ…魔理沙に向かって手を伸ばした。
手に温かみを感じた。
私はあの時と同じ様に、その温かみを拒むことはしない。
あの時とは違う、その温かみの先に不安を感じない。
安心して良いんだ。
この手を掴んでいる人の所へ寄り添っても良いんだ。
私は歩き出す。
ここへ来て、ようやく目指す所が出来た。
私は歩き出す。
待っている人の所へ、魔理沙所へ向かって。
…
―気付くと目の前に魔理沙の顔があった。
愛しい魔理沙、涙でグズグズな顔をしている魔理沙も可愛かった。
「…アリス……アリスっ!?起きた…んだよな?」
「ただいま…魔理沙」
私の手を掴んでいた魔理沙の手。
その手は私の首の後ろへと廻され、あっという間に私の顔は魔理沙の胸元へといた。
「ねぇ、魔理沙」
「っ…ぐすっ…ん…何だ…アリス…」
「…好き」
「あぁ…私も好きだぜ、アリス」
「ねぇ、魔理沙…」
「何だ?」
「魔理沙からも言って…お願い」
「…好きだぜ」
「もう一度」
「…好きだ」
「もう一回」
「何度でも言ってやる、私は…」
「アリスの事が好きだ」
気付いたら私も魔理沙に抱きついていた。
あの時と同じ言葉、なのに私の心は満たされる。
それは私の心に入りきらなくて…ついに溢れ出した。
目から次々に零れ落ちる、嬉し涙として。
ぼかすにしては描写不足感が否めない
最後、具体的な説明を入れるのは興が削がれるけど全く無いとなると読後にもやもや感しか残りません
想像まかせと投げっぱなしの境界を踏み誤ってる気がするのでこの点で
でもハッピーエンドは良いものだよね!後、幽アリ。
綺麗なBadも好きです
文章のリズムがどこか良かったように思います。
ただし、すでに挙がっているように、作品内にもっと情報をちりばめていても良かったかなと思いました。