案内されたのは永遠亭内の一室、扉を開けると部屋の中は薄暗い。
奥には回転椅子に座った少女が一人、こちらに気付くと椅子ごと振り返った。
「ようこそ、幸せ相談室へ。幸せへの第一歩を手助けをする配達兎、因幡てゐです」
少女は天使のような笑みを浮かべた。
【依頼人 『アリス・マーガトロイド』についての手記】
「…先に一つ聞きたいんだけど、幸せっていうのは具体的にどこまでなの?」
部屋に入ってから真剣な表情を一切崩さないアリスは、用意された椅子に座るや間髪入れずに尋ねた。
私は微笑みで閉じられた目を静かに開け、アリスをじっと見つめる。
「初っ端の質問にしては、質問内容とは逆に大まかすぎるね。具体的にというと?」
「そうね…あなたの対応できる幸せとは、どれ位の内容までが許容範囲なのか。こちらも対応出来るかどうかも分からないのに、わざわざプライベートを晒したくないの」
睨むように見つめ返され、私は苦笑する。
「プライベートって…大方あなたの近所に住む黒白に関する事でしょ?心配後無用、許容出来ない事がありながら手助けするなんて詐欺めいた商売をしているつもりは、これっぽちも無いよ」
アリスは指差された方向を見る。一見何を指しているか分からないようだったが、天井に吊るされたライトから降りてくる光によって、これを理解できたようだ。
「塵ほども無い…か。分かった、信用するわ」
ゆっくりとアリスは頷くと、若干だが表情が和らいだ。どうやら先程の表情の中には警戒心も含まれていたようだったが、それも薄れたようだ。
「信用してくれて感謝するわ。それで、あなたは一体どのような幸せを求めているの?」
「その…魔理沙の事なんだけど」
照れているのか急に顔を赤面させ始めたアリスは、顔を床へと向けゆっくりと言葉を続ける。
「別に私だけを見なくても良いのよ。ただ…今よりもう少しだけ、魔理沙に私を見てほしいの。どんな目でも良いのよ、関心でも微笑みでも親愛でも蔑みでも失望でも憎悪でも殺意でも……まぁ一番欲しいのは恋慕だけど…でも、どんな目だって良い。パチュリーや霊夢を見るように、私を…私の目を見てほしいの。以前私達の仲で中々煮え切らない魔理沙に、もっと押しきって欲しくて私から迫ったんだけど、やり方が良くなかったのか、それ以降私を一切見てくれなくなっちゃったの。私は、魔理沙の愛が欲しかったから…眠らせた魔理沙を動けないようにして、魔理沙から迫ってくれないから私から迫って…いえ違うわ、あの時は魔理沙が誘ってくれたのよ。私には分かった、あの閉じた瞼の裏から濡れた瞳で私に囁いていた。愛し合おうって…そんな事言われたら私は拒む事なんて出来ない、だから愛し合ったわ。魔理沙が誘ってくれたから…私嬉しかった、涙が止まらなかった。魔理沙は私の愛を試しているのか、一切動いてくれなかった。だから私は必死に動いた、私の愛を感じ取ってくれるよう、私が知っている限りの愛を魔理沙に示したわ。そのうち、ついに受け取ってくれたのか魔理沙が目を開けてくれた。良かった、私達通じ合うことが出来た…と思っていた。けど魔理沙は私を見ないで辺りを見渡して、ようやく私を見たかと思うと急に顔を青ざめさせたの。…今改めて考えたけど、きっと私を愛したかったのに動けなかったから悲しかったのね。その時はただ縛りすぎちゃったから苦しいんだと思って…私は急いで紐を解いて謝ったわ。でもこれで、ようやく魔理沙も私を愛してくれると思ったの。だって、魔理沙は私の愛に答えてくれたから目を開けてくれた、私の愛が嬉しかったから目を開けてくれた、私を愛したかったから動けない状態を悲しんだ。私は魔理沙に向かって一番の笑顔を見せたわ、無理やり作った表情では無くて自然に出た表情よ、だって本当に嬉しくて出てきたんだもの、私の笑顔に嘘偽りは無かったわ。でも…魔理沙はそれだけでは嬉しくなかったのね、急に泣き出したかと思うと、私の手を無理やり振り払って部屋を飛び出してしまったの、私はすぐに後を追ったわ。魔理沙の場所はすぐに分かった、締め切られた彼女の家。きっと振り払ってしまった事を後悔してしまったのね、魔理沙は私の声に対して泣き声で返してくれた、私に聞こえるようにとてもとても大きな声で、悲鳴のような大きな声で。その声を聞いて、私はとても嬉しかった。私だけに囁いてくれている、私だけに分かる言葉で、私しか聞いていないこの場所で、魔理沙は私に大きく囁いてくれた。ありがとう…私も愛しているって。これで今日から私達は恋人同士ね、明日は一緒にどこかへ出かけましょう、場所は私が考えておくわ、とっておきの場所へ連れて行ってあげる。そう言って私は魔理沙の家を後にしたの、もう悩む必要も焦る必要も無かった、今日を境目に新しい世界が私の目の前に広がった。その時は幸せいっぱいで…私は…本当に幸せだった。次の日以降魔理沙は家から出てきてくれなくなった。きっと恋人同士になったばかりで照れているんだと思って、せっかくの幸せを壊してはいけないと思って私は待ち続けた。何日も何日も…いつ出てきてくれるか分からないから、魔理沙の家のドアの前で、ドアが開いたら第一に私に会えるよう、ずっとその場で待ち続けたわ。時々中から魔理沙が動いている音が聞こえた、窓も鍵が掛けられカーテンも閉められてたからちゃんと姿は見えなかったけど、でも魔理沙の存在は確認できた、それだけでも嬉しかった。私はドア越しに、窓越しに、愛を囁いたわ…せっかく恋人同士になれたんだもの、何度も何度も何度も何度も、いつ聴いてくれているか分からないから、一日に何度も、一時間に何度も、一分に何度も、何度も何度も何度も囁いた。魔理沙と私の時間は永遠に思えた、誰にも止める事は出来ないと思ってた…でもそれはいとも簡単に砕かれてしまった。ある日霊夢が魔理沙の家にやってきたわ、急に顔を見せなくなったから心配になったとか言ってたけど、どうせ私達の中を知って壊しにきたに違いなかった。私は彼女を警戒するように睨んだ、だって奪われたくなかったもの、どうせ引き裂く事は出来ないと分かっていても念には念を入れなくちゃね。彼女は私を見て驚いていたわ。あなたいつからここに居るの、酷い顔よ…だって。あんたなんかに言われたくないわって、私笑っちゃったわ。魔理沙に選んで貰えないからって嫉妬しちゃって…、私は彼女が哀れになったわ。そうしたら彼女も同じように哀れみを込めた目でこっちを見るの、何よ…何で幸せで満ち溢れている私が哀れみの目で見られなきゃいけないよの、余りに腹が立ったから彼女に言ってやったわ。今更来たって無駄よ、私と魔理沙との間にはもう誰一人入る空間は無いのよって…。そうしたら彼女、聞こえない振りなんかしちゃって…こっちに近づいてくるじゃない、力ずくで引き剥がしにきたかと思ったわ。ところが違ったみたい、私を無視してドアをノックして…魔理沙に何かを言ってたわ。大丈夫?とか…何かあったの?とか…安心して、私よ、霊夢よ…とか。魔理沙を心配するのは私の役目よ人生よ義務よ、霊夢がして言い事じゃあ無い。どうせあんたの言葉なんか聞いてもいないわよ、私は内心で大笑いしたわ。けどね…どうしてかしら、突然鍵が開く音がしたかと思ったら勢いよく扉が開いてね、魔理沙が出てきたの。泣きながら…霊夢に…あんな女に…抱きついたの。おかしいじゃない…今まで私の愛に答えてくれていたのに。きっと私と間違えちゃったのよ…誰にだって間違えの一つや二つしちゃう事はあるもの。だから私は魔理沙に声を掛けた、私はこっちよって。そうしたら魔理沙は答えてくれた、こっちを見てくれた。ただ、その目は…恐怖に満ちていた、急に魔理沙は叫びだした。霊夢は私を睨んだかと思うと魔理沙に何かを言って、どこかへ行っちゃった…魔理沙を連れて。可笑しいわよね、あんな表情をされる筈が無かったのに…それともあれが彼女の愛情表現なのかしら…。それ以来私は魔理沙に会っていないの…魔理沙の家に入っても彼女は居ないし…霊夢に聞いても知らないの一点張り。幻想郷中探し回ったけど、結局魔理沙は見つからなかった。私は霊夢を疑ったわ、彼女は私の魔理沙を奪ったのよ、私たちの愛に嫉妬して。私は問いただした、魔理沙をどこへ閉じ込めたの?って…そうしたら彼女は言った、閉じ込めていたのはアリスの方よ…って。私には彼女が何を言いたかったか、結局理解できなかった。何度質問を変えて問いただしても、最初の質問以降彼女は答えてくれなくなった。きっと…私の愛が強すぎちゃったのね、時には引く事も大事って聞いたことがあるし私は諦めて帰ったわ。それがいけなかったのか、結局私は魔理沙に会えないまま今日まで時間は経っちゃった。でも後にはもう引き下がれないわ…十分引いだんだし、そろそろ彼女がこっちへ来てくれる頃よね。そんな気がするの…気がするんだけど、不安なの。私は気にしないけど魔理沙は…会えなかった時間が長すぎたから、恥ずかしさで会うのを躊躇うんじゃないかなって。そんな事気にしなくても良いのにね。きっと魔理沙はずっと寂しがってた筈だわ、私に会えなかったんだもの…私も寂しかった。だから魔理沙の家に入って、魔理沙の本を読んだ。魔理沙の布団で寝た。魔理沙の服を着た。魔理沙の食器で御飯を食べた。魔理沙の作った薬を飲んだ。魔理沙の香りで自分を慰めた。魔理沙が触った所を全て舐めた。魔理沙の痕跡を全て私で埋め尽くした。気付いたら魔理沙の跡は全て無くなっちゃった。勿体無い事しちゃったと思うけど…寂しさは紛らわす事が出来た。でも私だけが寂しさを紛らわせてたらフェアじゃ無いものね、私も鍵を開けて魔理沙が入れるようにしておいた、あれ以来部屋には戻っていないけど…今頃魔理沙は寂しさを紛らわせているのね。早く会いに行ってあげなくちゃ。話が少し長くなってしまったわね、単刀直入に言うわ。あなたの幸せの力で魔理沙が私と会ってくれるようにして。会えさえすれば後は私自身で何とかするから」
始めはゆっくりだった口調も徐々に速さが増していき、最終的には聞き取れないほど早口になっていた。
始めと最後で要求が全然別方向へと変わっている、彼女は分かっているのだろうか。
一人目の客で早くも相談所の行く末に暗礁が見えてしまった。
そもそもこの部屋は診療所では無い、きっと彼女は入る部屋を間違えたのだ。
しかしここからが配達兎の力の見せ所、幸せを欲したのならそれが例えどんなモノだとしても拒みはしない。依頼人のそれに見合った幸せを渡す、それが配達兎の仕事なのだから。
私は彼女の要求に見事答え、彼女は無事幸せを得たのだった。
その幸せがどれ程続いたかは知らない、幸せの量は受け取る者によって変化する。
それは一瞬で終わるかもしれないし、長時間続くかもしれない。
彼女は確かに幸せを受け取り、笑顔で帰路に発った。
結局彼女はどのような幸せを得たのだろう。その後彼女はどうなったのだろう。
気にはなったが、私は知る事は一切しなかった。
依頼人のプライベートには関与しない、それが我が相談所のルールだからだ。
決して関わり合いたくなかったからでは無い。ルールだからである。
永遠亭内のある一室、薄暗いが暖かい部屋。
そこでは、あなたに幸せをお届けする為の兎が待っている。
もし自分の行く末に不安を感じ、それを幸せという甘美で解決したいのであれば、是非尋ねてみるといいでしょう。幸せへの第一歩を手助けする配達兎、因幡てゐがあなたをお待ちしています。
【配達兎の手記】
○月△日
最近、幸せを求めて竹林内に進入してくる輩が続出しているようだ。
師匠からの指摘を受け、面倒臭いが対策を考えなくてはいけなくなってしまった。
○月×日
それにしても、あのオンボロ商店の半妖店主も良い物を持っていた。
『ばあちゃるぼうい』という代物、対応した箱をそれに差し込んだ後、電源を入れ覗き口を見ると赤い光で作られた映像を見る事が出来るという。
店主は、目が疲れるしあまり実用的な代物では無いだろうと言っていたが、私はそれに利用価値を見出した。どうせ使えないならば私が有効利用してやろうと手を伸ばす、しかし店主は急に拒み始める。利用価値は無くても商品は商品、必要な代価とやらがあるだのぐちぐち言い始めた、全く往生際が悪くてウザったい。これ以上言い合っても仕方ないので対価を払う事に。
財布を取ろうとポケットに手を入れる、しかし掴んだのは何時の間にか入っていた写真であり、ポケットから出した瞬間うっかり落としてしまった。それを拾った店主は写真を見たかと思うと急に顔を青くし、あからさまに態度を変え始めた。私は親切な店主から、無料でそれを頂ける事になった。
ゴミを作り出す事しか出来ない烏もたまには役にたつものだ。
次にお世話になったのは日頃から世話になっている河童である。
私は店主から貰い受けた機械を河童に見せ、操作や仕様等を説明した後に一つ提案をした。
流石に無茶だよ…と、河童は不安を露にし始めた、仕方ないので料金を増そうと財布を取り出す。
すると一緒になって出てきてしまったのか、写真が一枚ひらひらと落ちた。
それを拾った彼女、何を見たのか突然態度を翻し快く引き受けてくれる事になった。
資源を消費することしか能がない烏もたまには役に立つものだ。
最後に世話になったのは、私と共に永遠亭で暮らす月兎である。
頼みたいことがあると言い、彼女に一つ提案をした。
何故そんな事を…と疑問を浮かべる彼女、今回は何も用意する必要は無い。
私は瞳を潤ませ、どうしても必要なのだと彼女を説得する。
彼女は顔を赤らめ、結局理由も聞かずに引き受けてくれる事に。ちょろいものだ。
速さしか取り柄の無い烏は、ついに役にたつ事さえ無くなった。烏なんて元から要らなかったんや。
□月○日
対策として急遽作った相談室。
誰も来ないかと思っていたが、どこからか聞きつけたのか開始初日に客が来た。
客はどこかで見覚えのある人形師、見た瞬間白黒の事だろうと予想がついた。
私は話を聞きながら手記を書き始める。
これは相談所を始める為に師匠が出した条件である。
カルテ代わりの手記を書いて提出する事、これで変な事を出来ないと思ったのだろう。
話は続く、予想的中。
適当に話だけ聞いて、それっぽい幸せでも与えてやろうとしたが、話がおかしな方向へ進む。
こいつは確実に来る場所を間違えている、何故師匠の方へ行かない。
彼女の話は「暗い、怖い、キモい」の3Kを達成、一体何が起こればこうも壊れてしまうのだろうか。
これでは適当に幸せを与えたとしても、狂った人形師は難癖付け私に危害を加えかねない。
何とかして彼女を追い返さなくては。
以前作成した機械、まさかあれを試す日が来るとは思わなかった。
閉鎖された小さな世界から直接的に赤い光を目に送り込み、それを見た者に与える悪影響。
ふと件の月兎、彼女の赤い瞳との関連性に思い至る。
もしかしたら彼女の瞳をこの手で自由自在に操る事が出来るかもしれない。
その思惑は何と成功してしまったのだった。
幸せになる為の儀式ですと騙し人形師には覗き穴を見てもらう。
手動で波長を操作し、出来るだけこちらの声を聞こえるように促す。
私は人形師に言った。
「邪魔な壁は全て崩れ去りました、今なら魔理沙はあなたを受け入れてくれます。あなたは周りを見る必要は無い、ただ魔理沙だけを見ていれば良いのです。さあ行きなさい、魔理沙が待っていますよ」
機械を止めると、人形師はゆっくりと立ち上がる。私は何が起こるか構えたが、必要は無かった。
人形師はふらふらと歩き、部屋を出て行ってしまった。
「魔理沙…魔理沙…」
彼女の顔は決して笑みと呼べるものでは無かった。
目は虚ろであり、口元だけが弧を描いていて気味が悪い。
「魔理沙…ふふふ…魔理沙…」
そう呟きながら、人形師は止まる事なく歩き続け永遠亭から出て行った。
これを見た者は、私のした事に非難を浴びせるかもしれない。しかし彼女のそれまでの行動を見て欲しい。どうだろう、何一つ変わっていないではないか。人形師は白黒をひたむきに追い続ける、それは受け要られようが拒まれようが行動に変わりは無い。
彼女は言った。
「幸せの力で魔理沙が私に会ってくれるようにして」
人形師は永遠に魔理沙を追い続けるだろう、いつかは魔理沙に会えるだろう。
その後の結末は私には分かりようが無い。
しかしどのような結末を迎えようと、私には関係が無い。
私は確かに魔理沙に会わせた。
人形師から行こうと魔理沙から来ようと、魔理沙が会ってくれた事に変わりは無いのだ。
言葉遊びだと難癖を付けられるかもしれない、しかし人形師はきっとこう思っているだろう。
良かった、魔理沙に会うことが出来た…やっと幸せになれたのね…と。
人形師についての手記を書き終えた。
どうせ師匠へ渡さなければいけないんだ、余計な事は省いておこう。
私は訂正を終えた手記を閉じる。
どうやら早速次の客が来たらしい。
一人目を終えてから大して時間が経っていないというのに…初日から中々の評判である。
果たして次はどんな幸せを要求されるのだろうか。
ゆっくりと扉が開いた。
目を向けると、そこには白と黒に纏われた魔女が立っていた。
でも中々、笑ゥせぇるすまん的なノリで好きです。
ギャグなのにダークな世界観、全体的に話の構成もまとまっていて面白かったです。
だがしかしマリアリ、特にアリ→マリが好きな私ですがこれは流石にヒドいと思ってしまった……
だから点数は保留にさせていただきます。申し訳ない