―――博麗神社の境内。
私はいつものように箒は使って、境内の地面を掻き毟る。
一昨日の参拝客はゼロ人。昨日の参拝客もゼロ人。相変わらず、年中通して参拝客のほとんど来ない暇な神社で、私は一心不乱に箒を振るい続ける。
異変でも起きてくれれば、地面の葉っぱを相手に格闘する事から解放されるだろうが、それもまた面倒くさいと言えば面倒くさい。
「平和であるのが一番だしね……」
呟いてみて、ほぅ、と溜息が漏れてしまうが、これが自分の仕事であるし、自分の為でもある。
参拝者が来ない日でも、毎日の掃除は欠かせない。
そう考えて、同じように繰り返される日常の行動に集中する。
それから黙々と手を動かし続ける事数分。最後の葉っぱをザルに入れ、箒と一緒に片付ける。
いつもと変わらない事をしていただけなのに、精神的に疲れた気がする。
本日は無駄な雑念に邪魔をされた。
曲がりなりにも幻想郷の管理者であるにも関わらず、異変でも起きてくれればなんて、
(紫が聞いたら悲しむわね……)
小指を見詰めながら自責の念に駆られる。
その気持ちを噛み締めるように、ギュッ、と手を握りしめ、最も大事な仕事をする為に御賽銭箱へと近付く。
そう。この神社で一番重要な物。それはこの御賽銭箱の他にない。これが汚れていては集まる物も集まらない。正にこれの手入れこそ、私が生きる為の糧であると言ってもいいだろう。
蓋を持ち上げ、丁寧にそれを箱の横側へ置く。本日の中身は一体どうなっているか、
「……まぁ解りきってはいたけど」
昨日の人の入りを考えると当たり前のような結果ではある。しかし、
「だけどなんで葉っぱが入ってるかなぁー!」
思わず声を荒げてしまう。
先に言ったようにこの御賽銭箱の手入れは最も大事な仕事である為、入念に、丁寧に、慎重に行っている。それなのに蓋を開くと何故か毎回毎回葉っぱが入っている。それも毎度決まった枚数がだ。
前日は風が強かったという事もなかったし、動物がこんな事をするハズもない。つまり何者かが意図的に入れてるとしか考えられない。そしてその犯人は、
「おーい霊夢ぅー! 遊びに来てやったぞ-!」
怒れる私の後方から、犯人であろう人物の声が聞こえてくる。
振り返ると、白黒のそいつがニヤニヤしながら私の居る方へと歩いてくる所だった。
「どうしたんだそんな所に突っ立って? 何回見てもソレは空っぽだぜ?」
白黒が私の隣に立って箱の中を見やる。
「ほら、言わんこっちゃない。いつも通りの空箱じゃないか」
「ねぇ魔理沙」
「ん? なんだ霊夢。そんなに怖い顔をして」
魔理沙は、コクッ、と首を傾げる。
「異変よ」
「へ?」
「博麗神社賽銭箱異変」
お前は何を言ってるんだ。と言いたげな眼をされるが構わず続ける。
「見てよ」
「見てるぜ」
「どう思う?」
「いつも通りじゃないか?」
「いつも通りぃ?!」
「ななな、なんだよ急に!? 言わんとしてることが解らないんだぜ?」
私が怒っているのを気配で察知したのだろう。先程とは打って変わって怯えるような眼をする魔理沙。可愛い奴め。こうでなければイジメ甲斐がない。
「あんたには何が見える?」
箱の底を指差して尋ねる。
「だ、だから……何も入ってないじゃないか……」
少しづつ言葉が弱くなっていく。もう一押しって所か。
「あんたの中では御賽銭箱に葉っぱが入ってるのは当たり前なのか?」
「あぁ。だってそれはワタシが……ッ!」
掛かった。
「私が……何かしら? 是非とも続きが聞きたいわ」
満面の笑顔で問い詰めてやると、
「あぁー……ほら、霊夢ぅ。ワタシ喉が渇いちゃったよー。お茶でも淹れてやるから縁側にでも行って待っててほしいんだぜ」
ギクシャクとぎこちない動きで、私から距離を取って屋内へと入って行こうとする。
まぁ今日はこれくらいにしておいてやるか。
「そうね。私も掃除して喉渇いちゃったし」
「だろだろー。じゃあ霊夢お願い」
「貸しにしておくわね」
「縁側で待っててくれー」
魔理沙はとても良い笑顔で炊事場へと消えていった―――
―――結果的にお茶は私が淹れる事になった。
本音を言えば、魔理沙に任せるとお茶の葉をまき散らしたり、湯飲みを割る等ろくな事にならない気がしたからだが。
当の本人はそんな人の気も知らず、縁側に座って靴を脱ぎ、足をブラつかせながら鼻歌を響かせている。
私は魔理沙の左隣に座り、一緒に持ってきたお茶やお団子が乗ったお盆を間に置く。
「おぉ、サンキュー」
置いたと同時に手を伸ばしてアチチ、と言いながら湯飲みを両手で持ち、ズズズ、と音を立ててお茶を啜った。
熱いから気を付けなさいよ。と言う隙すらなく、挙げ句の果てに、
「うまい!」
と、声を上げ、左手だけでつまむ様に湯飲みを持って、空いた右手で、ピシャリ、と膝を打った。
この一連の動作を見て、先程思い描いた描写はあながち間違いではなかったのかも知れない。
そう思い、ほっと胸を撫で下ろすのと、友人の所作に呆れる二つの意味での溜息が漏れた。
そんな私の仕草を見て、魔理沙は不思議そうな顔をしながら、投げ出していた足を持ち上げて胡座をかいた。
そこまで見て、流石に我慢が出来なくなった私は、
「あんたさぁ……」
「ん? なんだ?」
「無神経でバカで心配りが足りなくて無礼者でバカなのはこの際いいとしてさ」
「……ちょっと言い過ぎじゃないか? 泣くぞワタシ」
大袈裟に両手で頬を覆ってイヤイヤをするが構わず続ける。
「色んな所で言われてるとは思うけどさ。もうちょっと女性らしく出来ないの?」
「ジョセイ、らしく?」
言われて本日二度目の首傾げ。そして、しばらくうーん、と唸っていたかと思うと、
「ワタシのどこが女性らしくないんだ?」
そんな珍回答に辿り着いた。
「だってさっきのは完全にオッサンじゃない」
「お、オオオ、オッサン!? さっきの賽銭箱の件といい、ワタシの事イヂメる気なんだな!? そ
うなんだな!」
「ち、違うわよ。どうしてイジメるとかそういう話になるのよ。そうじゃなくて、普通女の子はこん
なことしないわよ」
言って、先の魔理沙と同じ様に湯飲みを持って膝を、ペチ、と打つ。それを見た魔理沙は、
「……そんなことしたか?」
あぁ、これは重傷だ。
もしこの言動が冗談ではないのなら、彼女は無意識にそれをしている事になる。そうなると治すにはかなりの労力を要するだろう。
私は肩を落として一際大きな溜息を吐く。と、そこへ、
「霊夢ー? いないのー?」
境内の方からアリスの声が聞こえてきた。
そういえば、今日は里で人形劇をやるとか言っていた気がする。その帰りにここへ来たのだろう。
「おーいアリス! こっちこっち」
魔理沙が私より先に声を上げてアリスを呼び寄せる。
程なくして姿が確認できる所までやってきた。
「魔理沙もいたのね……やっぱり多めに買ってきて正解だったわね」
言いながら、腕に掛けられている手提げ袋に手を入れて、中にある物を取り出す。
「おぉーっ! 気が利くなぁアリス! 霊夢、ワタシお茶おかわり!」
彼女が買ってきた物を見て目を輝かせる魔理沙。
まったく現金な奴め。
「ありがとうアリス。あなたの分も淹れて来るから座って待ってて」
「わたしも何か手伝いましょうか?」
荷物を置いてそう問いかけてくる。魔理沙にも見習ってほしいわ。
「いいわよアリス。あなたはお客さんなんだから」
「でも……」
「霊夢がいいって言ってるんだからいいんだよアリス。ほら、これ食べようぜ」
お前が言うな。
「まぁ、魔理沙がそう言うなら……」
なんでそんな変な折れ方するかな。
私は釈然としないまま炊事場へと向かった。
お茶を淹れて縁側へ戻ると、二人は隣り合わせて楽しそうに話を進めていた。
私もお盆を置いて、話の内容に耳を傾ける。
「やっぱり饅頭だとあそこのがうまいぜ」
「そうかしら。わたしはこのお饅頭屋さんの方が好きよ」
「これはワタシに言わせれば甘さが足りないぜ」
「あんまり甘すぎるのは……」
「あそこの舌が痺れるくらい甘いのがうまいんじゃないか。なぁ霊夢」
私からすれば、あそこやこのお饅頭より、あっちのお饅頭屋さんの方が好きなんだけど。
それより先に気になった事を口にする。
「あんたさぁ」
「ん? なんだ?」
あそこのお饅頭の方が美味しいよな。なんて訴えるような眼をして聞いてくる。
「変なところで女の子っぽいよね」
「ひぇ?」
求めていた回答と違ったのだろう。素っ頓狂な声を出して固まってしまった。が、構わず続ける。
「いや、だってさ、言葉遣いや動作なんかは男の子っぽいくせに甘い物がどうとかって」
しかも舌が痺れるくらいの甘さってのはどうかと思う。
やはり外見や動作なんかは男勝りなところはあれ、中身はしっかり女の子なんだなとか改めて思った。
そうなると、もしそれが改善されるとしたらどうなるのだろう。もしかしたら、私やアリスより可愛らしい女の子になってしまうんじゃなかろうか。
キョトンとし続ける魔理沙を見詰める。
顔立ちは悪くない。身長も低いし愛らしくも見える。幻想郷では私の次くらいには可愛いかもしれない。
こいつが女の子らしい仕草をすると……ダメだ、想像出来ない。中身がアレでは仕方がない。
なら外見はどうだろう。前述した通り、よくよく見やれば可愛い女の子だ。もっと表情を良くして、衣装も着飾ってやればかなりイケるのではないだろうか。
「どうしたんだ霊夢?」
私の顔を心配そうに覗き込む魔理沙。
その不安気な表情を見て電気が走った。
「そうよそれだわ! そうすればいいのよ!」
「うわっ! なんだよ急にぃ!」
「まずは外見から入ってみればいいのよ! 中身なんて後からついてくるわ!」
私は思い付いた事を口にして立ち上がる。
「……何の話だアリス?」
「……さぁ?」
そうと決まれば早速取りかからねば。まずは、
「アリスってさ、こいつに似合いそうな可愛い服持ってない?」
「えっ!? ど、どどど、どうして……?」
「決まってるじゃない。着せるのよ」
少しの間があってから、
「ハァ? なんでワタシに着せる服をアリスに聞くんだよ? って言うか何でワタシの服?」
困惑する魔理沙はアリスに向かって、
「そんなのある訳ないだろう。なぁアリス」
そう問いかけられた彼女は何故か顔を真っ赤に染めて、
「も……持ってる、けど?」
「そら見ろ。他人の為に服なんて選んでないんだか……ら?」
キリキリと音がしそうな程、ぎこちない動きでアリスの方へと首を向ける。
持ってると発した本人は、何故か恥ずかしそうに目を伏せて、右手で頬を押さえて黙り込んでいる。
「ナンデアルノ?」
質問する言葉までぎこちなくなっている。
「え? いや、だって……こういうの似合うかなぁ。とか思ってると……つい」
何がどう‘つい’なのかはわからないが、あるならあるで話は早い。
「よぉし! なら早速取りに戻って頂戴! これを魔理沙改造計画と名付け、始動するわ!」
「なんでそうなったのさっぱりわからないけど……力の限り助力するわ!」
力強く立ち上がったアリスはそれだけ言い残し、全速力で自宅へと飛んで行った。
さて、私も準備をしなければ。確か一昨年くらい前に、紫が‘外’から持ってきたとか言っていた服があったハズだ。
自室へと向かおうとする私の背後で、
「それってワタシの改造計画なのに、ワタシ蚊帳の外すぎやしないか……?」
と寂しそうな声が聞こえてきたが、無視して部屋へと歩きだした―――
―――部屋から戻ると、縁側にいた魔理沙がこつぜんと消えていた。
逃げられたか。と思ったのも束の間、アリスとその人形達が大きな網を引いて戻ってきた。
随分と沢山の服があるんだな。と思ったがよく見るとそれは動いている。
「放せ! 放せよぉ! ワタシは今すぐ帰りたいんだ!」
その網にはなんと魔理沙が絡め取られていた。なるほど大きく見えた訳だ。
しかし、流石にやりすぎではないだろうか。この光景を見てると若干心が痛む。
そんな私の心配を余所に、アリスは笑顔で着地。網魔理沙を地面へと降ろし、
「ダメよ魔理沙。折角わたしと霊夢であなたを可愛くしてあげようって言うのに……」
見下ろすような形で、顔に笑顔を張り付かせたまま喋るアリス。その表情はどこか病的で、傍から見ているこちらまでなんだかゾッ、とする。
どうやら私は、彼女の押してはならぬスイッチを押してしまったようだ。
「さぁ霊夢、始めましょう。魔理沙の為のわたし達による魔理沙計画を!」
魔理沙計画とは何だろう。
ここに来て私は何か嫌な予感がしてきていた。そしてそこへダメを押すかのように、
「あやややや! これは楽しそうな事をしていますね! スクープの現場を押さえねば!」
ややこしい闖入者が、パシャパシャパチパチ、言わせながらやってきた。
「これは大スクープですよ! 森の人形使いが幻想郷最速を網で捕縛!」
本当は二番目ですけどねぇ。とか言いながら、文は網魔理沙に向けてシャッターを切る。
ただでさえ良くない方向へと進みかけているのに、これ以上可笑しな事になっては面倒だ。
ここは早々に切り上げて立ち去ってもらおう。そう思い、文に声を掛けようとした時、
「丁度よかったわ! 今から呼びに行こうかと思ってたのよ」
と、先にアリスが話始めた。
「なんと! では遠慮無く独占取材敢行させていただきますよ!」
「まぁそれは構わないわ。でもほら、それ相応の対価は必要よ。わかるわよ……ね?」
そして、なにやら怪しげな交渉が始まった。
アリスは左手は顎に当て、右手の親指と人差し指をこすり合わせる様にして、悩ましげな口調で文に喋りかける。
対する文は、最初はその動作の意味がわからなかったようで首を捻っていたが、やがて理解したのだろう、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「……何がお望みです?」
「別に……ただ何枚かこっちに回してくれればそれでいいのよ」
しばらくお互いに沈黙した後、文の方から口を開いた、
「ふむ……二十では」
「五十!」
すかさずアリスが返す。そこへ文も間髪入れずに、
「二十五!」
「四十九!」
「もう少し削っていって下さいよ二十六!」
「五十!」
「戻った?!」
妥協をする気のないアリスと、なんとか少ない数に抑えたい文の攻防が続く中、
「なぁ、ワタシってやっぱり蚊帳の外すぎやしないか?」
網に絡まれた魔理沙がつまらなそうに声を上げる。
確かにあの状態のアリスが相手では、私の考えていた通りに事が運びそうにもない。今日は諦めてまた別の機会にした方が良いかもしれない。このままでは魔理沙の為にもならなそうだし。
私は網を解くためにしゃがみ込んで言う、
「あんたが積極的じゃないからよ」
「どう積極的になればいいんだよ」
拗ねる様に唇を尖らせる。やはりそういう仕草は女の子そのものだ。
それを見ていると、私のしようとした事は無意味なのかも知れない。
相変わらずの表情をしている魔理沙と目が合う。
「なんだよ? ワタシの顔に何か付いてるのか?」
うん、網が。
「……今取ってあげるわ」
彼女を覆う網を取りさろうと手を伸ばそうとしたその時、何かが私の手を、ピシャリ、と弾いた。
瞬間的に手を引っ込めると、それは私と魔理沙の間に割っては入る。
よく見るとそれは小さな人形で、青い服を着ている。
「一人で勝手に計画を進めないでくれる?」
気が付くとそいつは私の背後に立っていた。
振り返ると、彼女は私を見下すように細い目をして、普段では有り得ない程の妖気を放っている。
ここを訪れた時とは別人のアリスがそこにいた。
あまりの変わりように声を失っていると、
「交渉も終わったし、早速始めましょう。上海、蓬莱、着替えさせてあげて」
言うが早いか人形達は魔理沙に向かって突進。私が止める間もなく人形固めにされてしまう。
やめろ、放せ、等と抵抗の声がしていたものの、次第に静かになっていく。そして、呆然と見詰める私の頭に何かが、バサッ、と音を立てて落ちてきて視界が奪われた。
手に取ってみると、それは先程まで魔理沙が着ていた衣服で、慌てて顔を上げて彼女の姿を確認する。とそこには、
「はぁ……やっぱり似合うわ魔理沙。とても可愛いわよ」
変わり果てた姿のそいつがいた。
頭には私のしているものより大きな青いリボン。いつもの白黒ドレスは今私の手元にあり、代わりと言うようにピンクのフリフリドレスが着せられていた。それに真っ白なニーソックスに黒い靴。頭の天辺から爪の先まで、これでもかと言う程に女の子の格好をしている。
そいつは地面に両手をついてしなだれるようにして座り込み、不安気な面持ちで瞳には涙まで浮かべている。
これは違う。こんな風に無理矢理にやりたかった訳じゃない。
私の計画では、恥ずかしがる魔理沙をおだて、調子に乗せつつファッションショー的な事が出来ればそれでよかったハズなのに、これでは寄って集ってイジメている様ではないか。
アリスはさらに魔理沙へと近付き、ポケットから一本のスティックを取り出して、
「ほら、こうすればもっと綺麗……」
熱に浮かされている様に言いながら、魔理沙の唇に紅を差して、ほら、と手鏡を差し出した。
「あ、う……」
それを覗き込んだ魔理沙は、呻くように小さく呟いて頬を朱くする。
「いいですよー! その表情!」
「フフッ、綺麗に撮ってもらいなさい」
アリスは少しだけ魔理沙から離れ、恍惚とした顔でその被写体を見詰める。
パチパチ、パシャパシャ、と鳴り止まぬ音の中、その中心にいるそいつと視線が重なる。
その潤んだ瞳と紅い唇で、助けてくれ。と私に訴えかけてくる。
私はどうしてこんなことになってしまったのかを思い返していた。
そして、それは私自身に原因がある事に思い至る。あんな思い付きだけで行動しようとした事を反省しなければならないし、今この現状をどうにか出来るのも私しかいない。
今のアリスはおかしくなっている。少しだけ痛い目に遭わせれば眼を覚ますだろう。
袖に手を入れて御札を取り出そうとした瞬間、
「こんな所に集まって何をしているのかしら?」
不意に境内側から声が掛けられた。驚いた私は袖から手を抜いて、突然の来訪者へと目を向ける。
「見たところ庭の掃除と言う訳でもなさそうですし……」
「違うわ咲夜。あれはきっと魔理沙に草むしりをさせてるのよ」
そこには、日傘を差しているレミリアと、その従者である咲夜がいた。
確かに見方によってはそう見えなくもない。どちらにしても、私達が魔理沙をイジメている様に見えるのは確かだろうが。
文は夢中で写真を撮っているし、アリスは相変わらず座り込む魔理沙に見とれている為、聞く耳など持っていないようだし、ここは私が相手をするしかない。
まぁそもそもここが私の家なので、私が話をしなければいけないのは当たり前なのだが。
「悪いんだけど今あんた達に構ってる暇がないのよ。帰ってくんない?」
「ふむ……なんだか随分と余裕がないみたいね? どうしたの霊夢?」
片目を瞑り、つまらなそうに傘を、クルクル、と回すレミリア。
これ以上話をややこしくされると、これはもう異変のレベルになりそうな気がした。だからこそさっさと追い返してしまいたかったのだが、
「お嬢様」
「何よ咲夜?」
「あれ」
つい、と咲夜の指差す先には魔理沙がいる。
「あれが何よ?」
まずい。
気付かれると非常に良くない事態になりそうなのだが、
「何か変じゃありませんか?」
「な、何言ってるのよ咲夜! 何も変じゃないでしょう?!」
私は急いでレミリアの視界を遮るように立ち塞がって捲し立てる。
「何故あなたが慌てているの?」
「べ、別に慌ててなんかいないんだからねっ!」
流石に今のは怪しすぎたようだ。訝しげな目で見られていたかと思うと、
「お嬢様こちらへ」
フッ、と二人の姿が目の前から消えてしまう。
しまった。と思った時にはもう遅かった。二人の声は背後から聞こえてきた。
「あら? なんだか可愛らしくなったわねぇ魔理沙。馬子にも衣装ってやつかしら?」
「いいえお嬢様。魔理沙は元の素材が良いですから、この場合鬼にお酒かと」
「一升瓶じゃなかったかい?」
「酒樽でしたね」
全部違うし。確かに萃香や勇儀にそれらを渡すと手の付けようが無さそうだが、今はそれどころではない。なんとかして帰ってもらわなければ。
「二人共ちょっと……」
「そうだわ!」
レミリアが突然大声を上げて、私の言葉が遮られた。
「咲夜、こいつを家のメイドにしましょう! これだけ可愛ければ合格ラインよ!」
予感は的中、見事にややこしくなった。
「……そんなところがメイドの基準だったのですか?」
「そんなところって何よ? 十分重要なファクターよ? まぁいいから、さっさと連れて帰りましょ
う」
こめかみ辺りを指で押さえる咲夜を無視し、俯いている魔理沙へ近付き、実に楽しそうな笑顔で手を伸ばすレミリア。しかし、その手は別の人物の手によって掴み取られる。
「今いいところなんだから邪魔しないでくれる?」
「なっ!」
驚いた様な声を上げて掴まれた手を払い、暗い妖気を放つアリスから間合いを取るように飛び退る。
「……よくもこのワタシの腕を汚い手で掴んでくれたな。人形使い風情がワタシに刃向かおうっての
かい?」
「私の計画を邪魔するようなら、誰であろうと叩き潰す!」
すでにアリス個人の計画へと変わっていたようだ。
だが問題はそんなところではない。
レミリアとアリスが対峙し、さらには咲夜まで臨戦態勢に入っている。文に至っては、
「あややややっ! 森の人形使い対紅い悪魔なんて! これは撮らざるを得ません!」
今日はついてますねぇ、なんて言いながらシャッターを切り続けるだけで、止める気は毛頭なさそうだ。
今ここでスペルカードの撃ち合いなんてされれば神社にまで影響がある。特にあの三人が暴れると被害は大きいだろう。自分の為にも全力で阻止しなければならない。
私も袖から御札を抜いてレミリア達の側へとつく。
「おや、霊夢も手伝ってくれるのかい?」
「違うわ。自分の為よ」
対峙する形になったアリスは私の方を見て、
「……裏切るのね霊夢。でも魔理沙は渡さない。魔理沙は私のモノだ!」
暗い妖気を前身から放ち威圧する。
「残念ですが、お嬢様が連れて行くと言った以上魔理沙は我々のモノです!」
咲夜も両手にナイフを持って戦闘態勢に入る。
「そういう事よ人形使い。魔理沙はもうワタシのメイドなの。お前は大人しく家に帰って、そのお人形で遊んでいろ!」
レミリアは黒い翼を大きく広げ、両手の甲を胸の前で合わせるようにして構える。
三者三様の構え。誰かが動けばそれをキッカケに全員が動く。今まさに弾幕ごっこが始まろうかというその時、
「……シは」
私達の中心にいた魔理沙が何かを呟いた。
全員がそれに気付いたようで、皆が魔理沙に注目する。
「ワタシは、お前達のオモチャじゃない!」
顔を上げた魔理沙の眼には涙が一杯に浮かんでいた。
「ワタシはメイドにもならないし、アリスのモノでもないんだぜ! ワタシは……ワタシはぁ……」
そこまで言って勢いよく立ち上がり、縁側の片隅に立てかけていた箒を掴むと、うわぁぁぁぁん、なんて叫びながらそれに跨がり飛び去って行ってしまった。
後に残された私達はどうすることも出来ず、ただ立ち尽くすしかなった。
「カメラは見た決定的イジメの瞬間! これは良い記事になりそうです!」
そう、たった一人を除いて―――
~~~~~~
―――博麗神社の境内。
私はいつものように箒は使って、境内の地面を掻き毟る。
相変わらず参拝客はやって来ない。しかし、参拝以外の客はよくやって来る。
本日も、その参拝以外の客第一号はアリスのようだ。
「こんにちは霊夢。あの……魔理沙はまだ来ない?」
心配そうな顔で問いかけてくる。
あれから三日。
アリスの話では、魔理沙は家に帰ってきていないらしい。魔理沙は彼女の家にも頻繁に行っていたようなのだが、顔すら見せに来ないみたいだ。
私は無言で首を振る。
「そう……またコレお願いできるかしら? 魔理沙が来たら渡してあげて。それから」
「謝りたいって伝えればいいのね。解ってるわ」
アリスからあそこのお饅頭屋さんの紙袋を受け取る。
あれから毎日持ってくるから、なんとなく彼女も気付いているのだろう。
私は屋内の方へと振り返る。誰も居ないことになっているため静かなものだ。
やはり今日もダメか。
「……そ、それじゃもう行くわ。霊夢も忙しいでしょうし」
「別に私はいいんだけどね。まぁここへ来たら渡しておくわ」
「お願いね」
寂しそうにそれだけ言い残し、やってきた時と同じ様にまたフヨフヨ、と飛んで行った。
それを見送ってから、私は神社の中へと入って行く。
「アリス、行った?」
茶の間の奥にある寝室から、不安そうな表情の魔理沙が顔を出している。
「えぇ行ったわ。でもいい加減に顔合わせてあげなさいよ。アリスは反省しているわ」
「いや、許してない訳じゃないぜ? ただ……なんか恥ずかしくて」
ポリポリ、と己の頬を掻きながら言う。
魔理沙はあの後、半日程経ってから神社へと戻ってきた。
どうやらあの状態が怖かったようでしばらく泣いていたが、一日もすればいつもの魔理沙に戻っていた。とは言え、アリスと顔を合わせるのはどうも気が進まないらしく、そのため自宅にも帰らず三日もここに居座っている。
アリスのことが嫌いになった訳ではないようなので、私としてもそこは安心はしている。しかし、それなら尚更、
「何度も言うけど、会ってちゃんと話しなさいよ。アリスは嫌われてしまったんじゃないかって思ってるわよ?」
「解ってるけどさ……ワタシも何度も言うけど心の準備をしたいんだぜ?」
「三日はかけすぎでしょうが」
呆れたように私が言うと、
「改造計画」
「うっ……」
これなのだ。
こいつは私が言い出した‘改造計画’が原因であると、私への当て付けのように振りかざしてここに三日も居るのだ。
確かに私が悪かったと思うし反省もしている。だから、
「それも何度も謝ってるじゃないのよ!」
「怒ることないだろ。兎に角もう少し時間が欲しいなぁー」
魔理沙はニヤニヤしながら言う。傷心している時でなければ叩いてやるところだが、
「もうこれ以上はダメよ。明日にはちゃんとアリスに会って話をしなさい」
「えー! 霊夢の意地悪ぅー!」
拗ねるように唇を尖らせる。
あぁ、そう言えばまだその事は謝っていなかった。
「魔理沙?」
「ん?」
アヒルのような口をしている魔理沙の瞳を真正面か見詰める。
「計画のコト、ごめんね」
「何度もいいよって言ったじゃないか」
「それから」
少し間を空けて、
「オッサンなんて言ってごめんね」
「……それは許さない」
「……魔理沙の意地悪」
そう言って二人して笑い合う。
その笑顔は改造なんてする必要ないくらい、とても素敵な女の子の表情だった―――
アリスに萌えた
心理描写がいまいちついてきていない感じ
もっと具体的に書くべきかと
たまには女の子っぽい魔理沙もいいものです
魔理沙が全力で女の子したら可愛さで幻想郷が滅びてしまいます