「じゃあ、約束通りこちらの要求を聞いてもらうわよ」
「…二言はないわ。好きにしなさい」
風見幽香は自分の力に絶対の自信を持っていた。しかし、激しい攻防の末敗北した。『博麗』と名乗る巫女服の人間に敗北した。背丈の二倍を超す長い槍を軽々と振り回し、針や御札で中長距離を制圧し、末には筋肉質な体格に身体を変化させ、接近戦で拳を振るうと人間とは思えない手法で自分と対等以上に渡り合い、打ち負かした。強かった。風見幽香が認めるほどに。
「また、あなたの花畑見に来ていい? あんな綺麗な場所他に知らないから」
「は? 」
丹念を込めて育てた花を褒められるのは悪い気分ではなかったが、あまりにも場違い過ぎた。相手は左腕の肉がごっそり削げており、自分は槍で地面に串刺しにされている。そんな状況で博麗と名乗った女は何故そんなことを要求するのだろうと風見幽香は場違いながらも呆けてしまった。その一瞬の隙に強引に唇を奪われた。
「あ、初めてだった? ごめんごめん。まあ、許して、これからもっと仲良くなるんだし」
これが『博麗』という人物に関する最初の記憶だったと風見幽香は心地よい微睡みから覚め、懐かしい夢を見たことを微笑ましく思い、開け放たれたままだった障子の外に広がる満開の向日葵畑に手を翳した。太陽の方角を向いていた向日葵が一斉に風見幽香に振り向いた。ふっと柔らかい微笑が風見幽香の顔を掠めた。
博麗神社。別名、向日葵神社。
一年中、神社とその付近の山々は多彩な花々に彩られ、移ろいゆく四季とともにその姿を変える。夏には一帯が向日葵で覆われることから向日葵神社とも呼ばれている。花の妖怪である風見幽香と歴代の博霊の巫女がこの神社で生活している。
「霊夢。起きなさい」
「ん、おはよう。お義母さん」
「さっさと起きる。寝癖直してあげるから」
寝ぼけ眼の義理の娘を優しく起こし、鏡の前で義理の娘の黒髪を櫛でゆっくりと梳く。幼少より丁寧に手入れしているためか、まるで夜空を切り取ったような闇色の長い髪が櫛の間を水のように流れる。この瞬間を楽しむのが風見幽香の日課の一つであった。
「私は花畑の方に行くけど、仕事は一人で大丈夫ね? 」
「楽勝よ。楽しんでくるわ」
朝食の後、並んで食器を洗いながら日々の予定を確認するのがもはや日課となっていた。二人で花畑の手入れをしていることもあれば、縁側でのんびりと景色を楽しんでいることもある。そして、時折仕事に出かける。博麗神社にて代々目撃される光景であった。
「今日の仕事は? 」
「私たちの寝顔を盗撮したパパラッチの逮捕、ネガの回収、余罪の調査、尋問」
「天狗の対処方法は? 」
「五寸釘で羽を打ち抜いて、針で付け根を破壊する。腕力が強いから中距離攻撃で両腕と両足の骨を折る。お義母さんのハエ取り草を召還して甲羅縛りにして、舌を噛ませない様に棘付きの蔦を口に放り込む。あとは御札でジリジリ焼く」
淡々と必要事項を伝える霊夢に若干残念そうに風見幽香は首を振った。まだまだ未熟、獲物を徹底的に弄るための要素がいくつか欠落している。せっかく楽しく「いじめて」いるのに逃げられては意味がない。
「駄目よ。ちゃんと羽を毟らないと。逃げられるでしょう」
「毟るのがめんどくさいから燃やすわ」
それも悪くないが拘束している縄まで燃やしてしまう可能性がある。何かいいものがあっただろうかと風見幽香が少し思案し、知人が営む古道具屋から大型肉食獣用の手錠と足枷を脅し取ったのを思い出し、霊夢に手渡した。
「これ重いんだけど」
「我慢しなさい。博麗の子でしょ」
「初代の愛人が言うと変に説得力があるわね」
「腕相撲で私と美鈴に勝ったのよ、アイツ。けものの槍使ってたけど」
「余裕で妖怪超えてない? 」
「私と美鈴で両手に花だったのに夜の体力は互角」
「うわぁ」
今から思い出しても人格者とは呼べる人物ではなかったと風見幽香はかつて愛した人間を思い出す。同性愛者で、大酒のみで、真顔で神を罵り、世界を憎み、快楽と力を求め、愛情に飢えていた。そして、何よりも自然の尊さを熟知していた。気まぐれな一陣の風だった。
「……美鈴を二号にした時に本気で殴っても死ななかった気がするわ」
「明らかに人類じゃないって」
コホンと咳払いをし、風見幽香は義理の娘を送り出した。否、送り出して忘れ物に気が付いた。しっかりしているとは言えるけど、まだ子供だと苦笑しつつ風見幽香はそれを上空の娘に向かって投擲した。
「はい、お弁当」
小気味のいい音とともに包は霊夢の腕に収まった。
「ありがとっ!」
昔は空すら飛べなかった時期から考えれば子供は子供でも少しは大きくなったかしらと呟きつつ、花畑で待つ大勢の子供たちの元へと風見幽香は急いだ。周辺の山を数個丸ごと花畑にしてから数十年。最近は川から定期的に水を取り組むなど、数々の工夫を加えて相当規模の大きさとなった。
「今日もいい天気ね」
麦わら帽子を被りつつ、ガーデニングの道具を手に風見幽香は花の中を踊るように、優雅に歩む。ここは彼女の家庭。誰も汚すことができない。唯一無二の家庭。
「ええ、そうですね」
汚されることはなくとも来訪者はいる。
「相変わらず気配をコソコソを断つのがうまいわね。夜伽では壊れた歌姫のように可愛らしく鳴いてくれるのに」
「んー、自分が呼び出した蔦でグルグル巻きにされて私においしく食べられたヒトほどじゃないですね」
「二号のくせに」
「なんでしょうか? 浮気された一号さん」
拳と拳がぶつかり、威圧的な風が周囲の木々を揺らし、静寂を呼び戻す。蹴りと蹴りがぶつかり、瓦が割れるような音が響く。日傘の先端と長槍の先端が絡む。そして、笑い声。
「おはようございます。幽香さん」
「おはよう。美鈴」
ニィと双方が唇を歪める。信頼できる悪友同士の挨拶。古びた長槍を背負って紅美鈴は人懐っこそうに微笑んだ。
「珍しいわね。あなたがこの時間帯にここに来るなんて」
「ちょっとした用事がありまして。あ、これ今月分です。私の花壇の肥料お願いします」
「お疲れ様」
金銭の入った封筒を受け取り、中身を確認し、指を鳴らし、草で作られたベンチに二人並んで腰かける。今は二人、昔は三人。一人欠けた。
「端的に言いますと雇用主が異変を起こそうと企んでます。幻想郷全土を霧で覆い、吸血鬼が常に活動できる環境づくりと知名度の向上が目的です」
「発想がお子様ね」
「外見はそうですね。でも、力は強いですし頭も悪くはない」
「霊夢は勝てる? 」
「連戦でなければ見込みは十分にありますよ。あの子のドSっぷりは私でも怖いくらいですから。まったく誰に似たんでしょうね? 」
ため息をつく紅美鈴に風見幽香はとびっきりの笑顔でこう尋ねた。
「いい母親でしょ? 」
「ええ、最高に。いつだってあなたは最高の母親ですよ」
風見幽香には子孫が託され、紅美鈴には武器が託された。生き物を育てるのはどちらが向いているのか一目瞭然であったが故に。それが無性に悔しいと紅美鈴は感じ、同時にその判断の正しさを認めている。風見幽香ほど命を愛している妖怪はいない。それは彼女の本当の姿を知っているなら誰もが同意することだ。
「それで、例の妹様はどう? 」
「私の能力でだいぶ落ち着いてますよ」
「そう、じゃあ私が適当に「遊んであげる」ことにするわ」
「…変な方向に目覚めさせないでくださいね。私の咲夜ちゃんが未だに悪夢見るんで」
「あら、私何かしたかしら? 」
「義理の娘の前で母親を触手で縛ってにゃんにゃんしようとしました」
「未遂じゃない」
「片腕切り落として脱出しなかったら未遂になりませんでしたよ」
「その後、私の顔面に膝蹴りを叩き込んだじゃない」
「ええ、反撃に腸を潰されましたけど」
「手加減したのよ。同じ娘を持つ者として」
獰猛に嗤う悪友に紅美鈴は頭を抱えたくなった。本格的に襲撃してきたら以前よりも遥かに教育上よろしくないシーンが展開されることは間違いなく、襲撃前にせめて自分が娘として愛情を注いできた咲夜だけでも避難させようと密かに計画を練りつつ、眼前のドSともう一名に惚れた自分の過去を思い出しガクッと肩を落とした。
「純情だったころの自分が懐かしいですよ」
「綺麗に奪わせてもらったけどね」
「綺麗に? 強引の間違いでしょう? 」
日傘をクルリと回し妖艶に微笑む風見幽香に勝てるはずもなく、紅美鈴は苦笑した。そして、これから起こるであろう出来事を悪友とどう楽しむか想像し、満足そうに頬を緩めた。今回のできごとで少し頭の固すぎる娘代わりが楽しむことを覚えてくれれば行幸。あと職場さえ崩壊しなければ良い。
「好きなんですよ、今の職場。だから、壊さないでください」
「でも、そろそろ咲夜をあの箱にはから出してあげないと堅物に成り固まるわよ」
「そうなんですよね。少し真面目に育ち過ぎちゃいました。本当にいい子なんですけど。もっと笑って、遊んで、恋して、自分の幸せを追及してほしいですね」
「うちの霊夢とはうまくやってるみたいだけど? 」
「まだ少し人見知りなんですよ。あと、前に霊夢さんのフランスパン(?)でナイフをへし折られたのが相当トラウマになってるみたいで、今回の件も物凄く反対してるんですよ。しっかり自己主張するようになったのはいいんですけど、理由がフランスパン怖いですからねぇ」
どうしたものかと紅美鈴は頭を抱えた。以前に娘たちが喧嘩をした際に霊夢はなんとフランスパンでナイフをへし折り、引き伸ばされた空間を破壊するという所業をやってのけたのだ。満面の笑みでフランスパンを振り回す霊夢は育て親そっくりだった。
「あのフランスパン何故か霊夢にしか作れないのよ。材料は普通なんだけど」
「実は霊夢さんの本当の能力って『フランスパンを固くする程度の能力』じゃないですよね? 」
「なんか卑猥な能力ね」
「…頭が春なんですね。フラワーマスターだけに」
数十分ほど地形が変わるほどの戦闘が続き、ボロボロになった妖怪が二名ほど清々しい表情で縁側でお茶を飲んでいた。こうやって、ストレスを発散するのが二人の関係だった。今も昔も。
「三日後の真夜中に実行らしいんで処理よろしくお願いします」
「ちゃんと咲夜連れて逃げなさいよ。でないと霊夢がおいしく食べちゃうわよ」
「わかってますよ。最高のお母様と霊夢さんと戦う気なんて一切ありませんから」
「あら、あなたも悪くないわよ」
仲良く寄り添い微笑み二人は別れた。離れていたも仲の良い友人であることに変わりはなく、戯れで敵対するだけ。そんな生温い関係を風見幽香は気に入っていた。
「今日も平和ね。そう思わない? 」
そうやって、優しく風見幽香は向日葵にいつものように微笑んだ。その数時間後、ヒト型の焼き鳥を背負って帰ってきた霊夢を温かく迎えた。両手足の拘束もだいぶうまくなったものだと幽香は娘の成長を喜んだ。
「ただいま、お義母さん。今日の夕食はパパラッチの丸焼きでいい? 」
「肉食植物達に分けてあげて、お魚がまだ残ってるからそっちを優先しましょう」
「磨り潰した方がいい? 」
「斬るだけでいいわ」
「あのー、霊夢さん? 幽香さん? なんでほのぼのとした空気で恐ろしいことはなしてるんですか? ねえ、冗談ですよね? その鉈はなんですか!? ねえ! ねえったら! 」
談笑する親子を眺めながら哀れな犠牲者は懇願するが、親子間の会話は途切れることはない。子犬のように震えている某館のメイド長の素晴らしさを語りつつ、三日後の作戦を話合っている。
今日も博霊神社は平和だった。
信じることがジャスティスってやつだぜ
続編楽しみにしてます
いや、ある意味ほのぼのなのかこれ…?
続きが楽しみです。
おもしろかった
ていうか1ということは続きがあるのか!
楽しみだ。。。
なんて泥やら何やらに塗れた関係なんですか……。
気になった点
博麗(誤字。気になりました。この血脈には絶対に"麗"の字が入っている)
咲夜だけでも非難させようと(避難。違う意図があったら申し訳ない)
「(台詞)? 」 ?の後に"」"の場合は、空白は開けなくても良いと思われます。
幽香お義母さんは間違っちゃいけない方向に育てて、その方向に霊夢もしっかり育ってるし。
まぁ最強クラスの妖怪を愛人にする漢らしい初代の遺言なら仕方ないか。
この博麗神社には魔理沙も近寄れないな。続編待ってますw
霊夢もきっちりドSに育ったんだね…まさにあの親にしてこの子あり、か
1、ということは続きを待っていいんですね!?
拘束された文…ゴクリ
でも焼かれてたら萎えるわぃ!
続きにも期待
けどおもしろいのでgj!!!
面白かったんで、続編を期待するぜ!
続きに期待してます。
淡々とあげられる仕事内容が怖い怖い
焼き鳥www
ゆううかりん教育はげに恐ろしいようで・・・
のほほんと交わされる殺伐とした内容がイイ!
これはいい意味でブッ飛んだ設定の話を持ってきたなあ・・・初代博麗の巫女どんなツワモノだよw
続きに期待!