「困ったわねえ」
博麗大結界の管理者であり、幻想郷一の賢者でもある八雲紫は、四方を障子に囲まれた畳張りの和室の中、目の前のちゃぶ台の上に置かれた手紙を前に困惑しきっていた。
「まったくあいつったら、厄介なもの持ち込んでくれるわね」
「どうしたんですか紫様?貴方らしくもない」
紫の背後の障子を開け、茶飲み道具一式を揃えながら近づいてきた八雲藍が、驚き半分に主に語りかける。激昂することこそあれ、紫が素で困り果てることなど滅多にないからだ。
「ああ藍、丁度いいところに。いきなりなんだけど、これを見てくれない?」
「良いのですか?私が読んでも」
「ええ、そして大いに困って頂戴」
藍の顔を見ることなく紫が手紙を差しだし、茶を出し終えた藍がその手紙を受け取って読み始める。
そして読み進めていく内に、藍の眉間にいくつもの皺が刻まれていった。
「紫様、これって……」
「……本当、面倒なことになったわ」
そう言いながら、紫は盛大な溜息を吐いた。
数日後。魔法の森の中のとある一軒家、そこに住む七色の魔法使いアリス・マーガトロイドは椅子に座りながら目の前の手紙を睨みつけていた。
「どうしたんだよ。目が怖いぜ?」
テーブルを挟んだ向こう側、木製の椅子に座っている普通の魔法使い霧雨魔理沙が茶化すように話しかけてきた。
「あんたには関係ないわ。て言うか当たり前のようにお茶飲んでんじゃないわよ」
「今日はやけにつっけんどんだな。それに私はちゃんとノックして入ったんだが」
そう言うなり魔理沙は不意に身を乗り出し、アリスの方へと顔を近づけてくる。
「な、何よ」
「いや、何だか悩んでるみたいだからさ、私でよければ相談に乗るぜ?」
「あんたも今日はやけに献身的ね。大体なんでそんな事わかるのよ」
「顔にありありと書いてあったからな」
「……全く、どうしてあんたはいつもそうなのかしら」
降参と言わんばかりに両手を上げた後、テーブルに置いてあった手紙を魔理沙の方に渡してきた。
「こいつは?」
「今私がこうなってる原因」
ため息交じりに話すアリスを尻目に、魔理沙はその手紙を読み始めた。
親愛なるアリスへ
アリスちゃん、いかがお過ごしでしょうか?
ちゃんとご飯食べてますか?友達は作れてますか?夜更かしはしていませんか?
貴女と会えなくなってからどれくらい経ったのでしょう。貴女のことだからそちらでの生活にももう慣れたのでしょうが、それでも時々心配になります。
――本音を言うと、今すぐにでも会いたいです。貴女のことについて、もっと貴女と直接話がしたいです。離れ離れになったあの日から、貴女のことを思わなかった日などありませんでした。
でももう我慢の限界です。会いに行きます。誰が何と言おうと、私はアリスちゃんの所に行きます。この手紙を貴女が見ている時には、私は既に貴女のもとに向かっているでしょう。
いきなりのことで困惑しているでしょうけれど、どうかよろしくね。
母より
「ぐしっ……、いい母親じゃねえか……」
「なんであんたが半ベソかいてるのよ」
半泣き状態になっている魔理沙を横目で見ながらアリスが驚き半分に答える。
「まあ嬉しいは嬉しいんだけどね……」
「何だよお前、ぐすっ、なんか引っかかる言い方だな。会いたくないのか?」
「……そりゃ会いたいわよ。でもあんたも知ってるでしょ?魔界の入口には結界がかかってるってこと」
「そんなもん、ぶち破ってくるに決まってるだろうさ。大体魔界人が通して下さいって言って、紫が易々と通すと思うか?」
幻想郷と魔界は、基本的に相互干渉をしないことになっている。
「やけにお母様の肩を持つのね」
「そりゃそうさ。だってお前、自分の母親が会いに来るんだぜ?お前ももうちょっと嬉しそうにしたらどうなんだ?」
「……そう単純な話じゃないのよ」
アリスがそう言ってため息をついた直後、博麗神社の方角から派手な爆音が轟いた。
紫が博麗神社に着いたころ、周囲は彼女の予想した通りの惨状になっていた。地面には大小様々なクレーターが開き、石燈籠は粉々になっていた。
スキマに乗ったまま社に近づいてみると、境内は一見無事に見えたが、回り込んでみると神社の前半分が黒く炭化していた。神社の裏手にあった魔界への入口は無傷だった。
そのまま周りを一周してからスキマの縁に手をかけて着地した後、灯篭に背を預けてへたりこんでいる霊夢に向けて無駄に明るい声で話しかけた。
「ずいぶん派手にやったものね、霊夢?」
「……これはいったいどういうことなのかしら」
そう言って紫を睨む霊夢の姿は、正に満身創痍の体であった。巫女服はボロボロになり、手足はおろか顔にまで擦り傷切り傷がいくつも出来ていた。
「まったく、こうなるんだったら魔界の連中にもスペルカードルールを適用すべきだったわ」
「まったくね。それにしても今更魔界人が幻想郷に何の用なのかしら」
「とぼけたって無駄よ紫。もうネタは割れてるんだからね」
「……さあ、なんのことかしら?」
背を灯篭に預けながら、霊夢がふらつきながらも立ち上がる。
「あそこから出てきた魔界人がわたしに言ったのよ。『結界の管理人から許可取ってるから攻撃しないで』って」
「攻撃しなけりゃよかったじゃない」
「腐ってもわたし、博麗の巫女よ?そう言って出てきた魔界の人間を、ハイそうですか、って何の証拠もなしにホイホイ通すと思う?」
「ああもう、わかったわよ。本当は巻き込みたくなかったんだけど……」
紫が参ったとばかりに、新しく開いたスキマから手紙を取り出す。
「何よそれ」
「これが原因」
霊夢が紫から手紙を受け取った直後、上空から何やら叫ぶ声が聞こえてきた。何事かと二人が空を見上げると、そこには箒に跨り、猛スピードでこちらに突っ込んでくる魔理沙の姿があった。
境内に激突する寸前で地面スレスレに急停止し、周囲に突風を巻き起こす。二人の上げる非難の声も無視して、魔理沙が霊夢たちの所に駆け寄りながら大声で話しかけてきた。
「おい!さっきの爆発何だ!神社ボロボロじゃないか!お前ら何したんだ!」
「ちょっと魔理沙うるさい。傷に響く」
「まあまあ魔理沙、それに霊夢も。とりあえずそれを読んでみなさいな」
紫に促されて霊夢が手紙を開き、魔理沙が横からそれを覗きこむ。
八雲紫へ
拝啓、いかがお過ごしでしょうか。
突然のことですが、最近娘のことがどうしても気になったので、幻想郷の方にお邪魔したいと思っております。
つきましては、そちらの方で魔界と幻想郷の境界に設けられた結界を解いて頂きたく思います。
突然のことで恐縮ですが、なにとぞ宜しくお願いします。
神綺
「あれ?神綺って確か――」
「魔界の創造神。アリスの母親とも言うべき存在ね」
「だからああもすんなりこっちに来れたのね。どうしてわたしに連絡しなかったのよ」
なおも食いかかる霊夢を制しながら紫が言った。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、あなたに伝える時間がなかったのよ。手紙の最後の方に理由が書いてあるから、読んでみて」
霊夢と魔理沙が改めて手紙を見やる。そこに書いてあった内容を読むにつれて、二人の表情が見る見るうちに硬くなってくる。
P.S
もしこちらの要求が聞き入れられなかった場合、魔界人総出で結界破壊してそちらに向かうのでそのつもりで。
「という訳で、脅して来ちゃった☆」
「……やりすぎよ」
そう言って頭を抱えるアリスの向かい側には、満面の笑みを浮かべながら紅茶を飲む神綺の姿があった。
神社からの爆音を聞いた魔理沙が飛び出してから暫く経った後、「アーリスちゃん!」と何食わぬ顔で神綺が現れ、ただただ唖然とするアリスに紫に送りつけた手紙の内容を説明しながら今に至る。
「あの紫って妖怪、よっぽど幻想郷のことが好きなのね。あの後単身魔界に乗り込んできて、二つ返事でオーケーしてくれたわ」
「何でそんな大げさなことしたのよ。普通に頼めばよかったじゃない」
「だってほら、魔界と幻想郷ってそれほど仲良いって訳でもないでしょ?普通に頼んでも聞いてくれないと思ったんだもん。それに――」
そこでカップを置き、片肘をつきながらじっとアリスを見つめる。
「――どうしてもアリスちゃんに会いたかったしね」
その視線に耐えられなかったのか、顔を赤くしてアリスが顔をそむける。
「だから、今更どうしてそう思ったのよ?あたしなんか――」
「何も言わずにいきなり家を飛び出して、連絡一つ寄越さなかった親不孝な娘なんだ、って?」
アリスが俯き加減に頷く。
「まあ、私もあの時は驚いたわ。まさかアリスちゃんが家出するなんて考えてなかったから。でもね、今はもうそんなこと、どうでもいいの」
「……理由は聞かないの?」
「うん。アリスちゃんがこうして無事でいてくれたから、私はそれだけで十分。美味しい紅茶も頂けたしね」
そう言って神綺がほほ笑む。そのまっすぐな愛情が、アリスには逆に苦痛となっていた。
かつて魔界に住んでいた時、幼かったアリスは己の力を過信していた。他の魔界人とは違い自分に出来ないことは何もない、そう思っていた。外から人間がやってきた時も、自分の敗北など考えたことがなかった。
だが結果は惨敗だった。アリスはそれが信じられなかった。魔導書を持ち出して再び戦いを挑み、雪辱を晴らさんとしたが、結果は同じだった。
屈辱だった。神綺や他の魔界人に合わせる顔がないと思いこんだ。そしてアリスは、もっと力を付ける、修業を積んで魔界に住むのに相応しい魔法使いになると決心し、誰にも言わずに魔界を飛び出した。バカバカしい。今にして思えば都合のいい言い訳だ。
結局のところ、負けたという事実から逃げ出したかっただけなのだ。
そんな醜い自分に神綺は無条件の愛情を注いでくれる。アリスはいたたまれない気持ちになった。
「あたし、そんな立派な奴じゃないよ」
「いいのよ」
「母様が考えてるような奴じゃないの」
「いいの」
「最低な奴なんだよ?」
「いいの」
神綺が立ち上がってこちらに近づいてくる。アリスも立ち上がり、神綺から距離を取ろうと怯えるように後ずさる。
「あたしに今更甘える権利なんて」
「いいの」
「ッ、来ないで――!」
「いいの」
神綺がその悲鳴を遮るようにアリスを抱きしめる。
「大丈夫だから、ね?」
アリスの頭をそっと撫でる。アリスの頬を暖かい何かが流れ落ちる。
「私はアリスちゃんの味方だから」
「――」
「好きなだけ、甘えていいのよ」
アリスは、
ひたすら泣き叫んだ。
「……ここで入るのは野暮ってもんね」
アリスの家の玄関前、霊夢が肩をすくめながら呟いた。霊夢に魔理沙、それに紫がここに着いたのはつい先程のことであったが、家の中から微かに聞こえる鳴き声からどのような状況になっているかは凡そ察しがついた。
「あいつも素直じゃねえからなあ。今までため込んでたもんが一気に噴き出したんだろうぜ。なんで私に相談しなかったんだよ……」
「ひょっとして魔理沙、妬いてる?」
「べっつに!」
そう言いながら魔理沙が口をとがらせた時、ドアがゆっくりと開いて魔界の神が姿を現した。気付けばアリスの声はいつの間にか途絶えていた。
「アリスはどうしたんだよ?」
「大丈夫よ、アリスは疲れて寝てるだけだから」
魔理沙に笑いながら話した後、神綺は表情を厳しくして紫を見る。
「さて、こちらの用件は済んだわ。後は――」
「ええ。私の用を済まさせてもらうわ」
そう言って殺意をむき出しにする紫に対して、霊夢が困惑しながら尋ねる。
「ちょっと紫、どういうことよ」
「あなた達にはまだ言ってなかったわね。これが私と彼女が交わした契約なの」
「どういう意味?」
息を飲む霊夢と魔理沙に対して紫が説明を始める。
「私は自分の能力を使って結界にスキマを作り、そこから神綺を通す。そして神綺の用がすんだら、幻想郷に不法侵入した魔界人を退治するという名目で神綺を追い返す」
「なんでわざわざ退治って形にするのよ」
「私にも立場というものがあるのよ。霊夢、貴女と同じようにね」
「じゃあ、その殺る気百パーセントな殺気は何なのぜ?」
「決まってるじゃない」
恐る恐る尋ねる魔理沙に、地獄の笑みを浮かべながら紫が答える。
「――私の霊夢をキズものにしたからよ」
言うや否や、全身に弾幕を展開した紫が神綺に猛然と飛びかかる。
そして、かつて幻想郷において繰り広げられていた、スペルカードの使われない純粋な殺し合いが始まった。
「でさあ?何度もアプローチかけてるんだけどさあ?霊夢ってばぜんっぜん振り向いてくれなくってさあ?」
「もどかしいよねー、ウチのアリスちゃんもどこまでも無愛想でさー」
「……おーい」
紫と神綺による血で血を洗う闘争から数時間後、その場にいた全員が博麗神社の縁側に集まり、そこで小規模な宴会が開かれていた。その中において幻想郷の賢者と魔界の神は仲良く肩を組み合い、互いに愚痴を言い合っていた。
「お前ら殺し合うんじゃなかったのかよ。私らのハラハラ感を返せよ」
ジト目で睨む魔理沙にすっかり出来上がった紫が答える。
「あーら、それならついさっき、ちゃーんと済ませたから、いいじゃなーい」
「何でそんな和気あいあいとしてられるんだよ!霊力切れてから鬼の形相で殴り合ってたじゃんか!」
「あーあれは痛かったねー。顎の骨がミシッ、って鳴ったしねー」
「我ながら見事なアッパーカットだったねー。でももう済んだことだしー?」
「あ、でも霊夢にしたことは許さないからね」
「望むところよ。いつでも来るがいいわ」
いきなりまじめな口調になって互いの顔を見合い、直後にゲラゲラ爆笑し合う二人を信じられないような目つきで見つめる魔理沙。その肩を霊夢が優しく叩く。
「やめときなさい。きっとあの二人にしかわからない何かがあったのよ」
「そーよお、拳で語り合う友情?みたいな?」
「……あんたからそんな言葉を聞くとは思わなかったわ。それと紫、後で夢想封印の刑」
「なにそれ、照れ隠し?」
「ツンデレ乙」
「よし神様、お前も来い」
「きゃーイタズラされちゃうー」
自分の肩を抱いて身悶える神綺を見ながら、今度は霊夢が唖然となる。そして唯一理性を保っているアリスに視線を寄越す。
「あんたの母親って、いつもこうなの?」
「うん、まあ、お酒が入ると特にね」
「アーリスちゃーん!」
そう答えるアリスの側面上空から見事なルパンダイブで迫る神綺。そしてそれは見事に直撃し、アリスに覆いかぶさった神綺は煙が出そうなほどに頬ずりを仕掛けてくる。
「ちょっ、痛い、母様痛い!酒臭い!」
「可愛いなあアリスちゃんほんとに可愛いんだから食べちゃいたいなあもう」
神綺の過剰なまでのスキンシップにアリスが困り果てていると、神綺がそれまでとは違ってやけに真面目な口調で話しかけてきた。
「頑張ってね、アリスちゃん」
「……」
「私は、いつまでも貴女の味方だから」
「……うん」
そう言って今度はアリスの方から神綺を抱きしめる。
そしてとても幸せな気分の中、アリスは深いまどろみの中に落ちていった。
「おはよう、アリスちゃん」
「……は?」
翌日、アリスは自分の目を疑った。昨夜魔界に帰ったとばかり思っていた神綺が自宅にいて、当たり前のように紅茶を飲んでいたからだ。
「帰ったんじゃなかったの?」
「せっかくアリスちゃんに会えたんだから、もうちょっと居ようかなって。あ、大丈夫、ゆかりんには許可貰ってるから」
「いや、え?ゆかりん?え?」
「それよりアリスちゃん、私おなか空いちゃったなー」
その場にくずおれるアリス。そんなアリスの胸中などお構いなしに、神綺が能天気な声で言った。
アリスは泣きたくなった。
博麗大結界の管理者であり、幻想郷一の賢者でもある八雲紫は、四方を障子に囲まれた畳張りの和室の中、目の前のちゃぶ台の上に置かれた手紙を前に困惑しきっていた。
「まったくあいつったら、厄介なもの持ち込んでくれるわね」
「どうしたんですか紫様?貴方らしくもない」
紫の背後の障子を開け、茶飲み道具一式を揃えながら近づいてきた八雲藍が、驚き半分に主に語りかける。激昂することこそあれ、紫が素で困り果てることなど滅多にないからだ。
「ああ藍、丁度いいところに。いきなりなんだけど、これを見てくれない?」
「良いのですか?私が読んでも」
「ええ、そして大いに困って頂戴」
藍の顔を見ることなく紫が手紙を差しだし、茶を出し終えた藍がその手紙を受け取って読み始める。
そして読み進めていく内に、藍の眉間にいくつもの皺が刻まれていった。
「紫様、これって……」
「……本当、面倒なことになったわ」
そう言いながら、紫は盛大な溜息を吐いた。
数日後。魔法の森の中のとある一軒家、そこに住む七色の魔法使いアリス・マーガトロイドは椅子に座りながら目の前の手紙を睨みつけていた。
「どうしたんだよ。目が怖いぜ?」
テーブルを挟んだ向こう側、木製の椅子に座っている普通の魔法使い霧雨魔理沙が茶化すように話しかけてきた。
「あんたには関係ないわ。て言うか当たり前のようにお茶飲んでんじゃないわよ」
「今日はやけにつっけんどんだな。それに私はちゃんとノックして入ったんだが」
そう言うなり魔理沙は不意に身を乗り出し、アリスの方へと顔を近づけてくる。
「な、何よ」
「いや、何だか悩んでるみたいだからさ、私でよければ相談に乗るぜ?」
「あんたも今日はやけに献身的ね。大体なんでそんな事わかるのよ」
「顔にありありと書いてあったからな」
「……全く、どうしてあんたはいつもそうなのかしら」
降参と言わんばかりに両手を上げた後、テーブルに置いてあった手紙を魔理沙の方に渡してきた。
「こいつは?」
「今私がこうなってる原因」
ため息交じりに話すアリスを尻目に、魔理沙はその手紙を読み始めた。
親愛なるアリスへ
アリスちゃん、いかがお過ごしでしょうか?
ちゃんとご飯食べてますか?友達は作れてますか?夜更かしはしていませんか?
貴女と会えなくなってからどれくらい経ったのでしょう。貴女のことだからそちらでの生活にももう慣れたのでしょうが、それでも時々心配になります。
――本音を言うと、今すぐにでも会いたいです。貴女のことについて、もっと貴女と直接話がしたいです。離れ離れになったあの日から、貴女のことを思わなかった日などありませんでした。
でももう我慢の限界です。会いに行きます。誰が何と言おうと、私はアリスちゃんの所に行きます。この手紙を貴女が見ている時には、私は既に貴女のもとに向かっているでしょう。
いきなりのことで困惑しているでしょうけれど、どうかよろしくね。
母より
「ぐしっ……、いい母親じゃねえか……」
「なんであんたが半ベソかいてるのよ」
半泣き状態になっている魔理沙を横目で見ながらアリスが驚き半分に答える。
「まあ嬉しいは嬉しいんだけどね……」
「何だよお前、ぐすっ、なんか引っかかる言い方だな。会いたくないのか?」
「……そりゃ会いたいわよ。でもあんたも知ってるでしょ?魔界の入口には結界がかかってるってこと」
「そんなもん、ぶち破ってくるに決まってるだろうさ。大体魔界人が通して下さいって言って、紫が易々と通すと思うか?」
幻想郷と魔界は、基本的に相互干渉をしないことになっている。
「やけにお母様の肩を持つのね」
「そりゃそうさ。だってお前、自分の母親が会いに来るんだぜ?お前ももうちょっと嬉しそうにしたらどうなんだ?」
「……そう単純な話じゃないのよ」
アリスがそう言ってため息をついた直後、博麗神社の方角から派手な爆音が轟いた。
紫が博麗神社に着いたころ、周囲は彼女の予想した通りの惨状になっていた。地面には大小様々なクレーターが開き、石燈籠は粉々になっていた。
スキマに乗ったまま社に近づいてみると、境内は一見無事に見えたが、回り込んでみると神社の前半分が黒く炭化していた。神社の裏手にあった魔界への入口は無傷だった。
そのまま周りを一周してからスキマの縁に手をかけて着地した後、灯篭に背を預けてへたりこんでいる霊夢に向けて無駄に明るい声で話しかけた。
「ずいぶん派手にやったものね、霊夢?」
「……これはいったいどういうことなのかしら」
そう言って紫を睨む霊夢の姿は、正に満身創痍の体であった。巫女服はボロボロになり、手足はおろか顔にまで擦り傷切り傷がいくつも出来ていた。
「まったく、こうなるんだったら魔界の連中にもスペルカードルールを適用すべきだったわ」
「まったくね。それにしても今更魔界人が幻想郷に何の用なのかしら」
「とぼけたって無駄よ紫。もうネタは割れてるんだからね」
「……さあ、なんのことかしら?」
背を灯篭に預けながら、霊夢がふらつきながらも立ち上がる。
「あそこから出てきた魔界人がわたしに言ったのよ。『結界の管理人から許可取ってるから攻撃しないで』って」
「攻撃しなけりゃよかったじゃない」
「腐ってもわたし、博麗の巫女よ?そう言って出てきた魔界の人間を、ハイそうですか、って何の証拠もなしにホイホイ通すと思う?」
「ああもう、わかったわよ。本当は巻き込みたくなかったんだけど……」
紫が参ったとばかりに、新しく開いたスキマから手紙を取り出す。
「何よそれ」
「これが原因」
霊夢が紫から手紙を受け取った直後、上空から何やら叫ぶ声が聞こえてきた。何事かと二人が空を見上げると、そこには箒に跨り、猛スピードでこちらに突っ込んでくる魔理沙の姿があった。
境内に激突する寸前で地面スレスレに急停止し、周囲に突風を巻き起こす。二人の上げる非難の声も無視して、魔理沙が霊夢たちの所に駆け寄りながら大声で話しかけてきた。
「おい!さっきの爆発何だ!神社ボロボロじゃないか!お前ら何したんだ!」
「ちょっと魔理沙うるさい。傷に響く」
「まあまあ魔理沙、それに霊夢も。とりあえずそれを読んでみなさいな」
紫に促されて霊夢が手紙を開き、魔理沙が横からそれを覗きこむ。
八雲紫へ
拝啓、いかがお過ごしでしょうか。
突然のことですが、最近娘のことがどうしても気になったので、幻想郷の方にお邪魔したいと思っております。
つきましては、そちらの方で魔界と幻想郷の境界に設けられた結界を解いて頂きたく思います。
突然のことで恐縮ですが、なにとぞ宜しくお願いします。
神綺
「あれ?神綺って確か――」
「魔界の創造神。アリスの母親とも言うべき存在ね」
「だからああもすんなりこっちに来れたのね。どうしてわたしに連絡しなかったのよ」
なおも食いかかる霊夢を制しながら紫が言った。
「言い訳に聞こえるかもしれないけど、あなたに伝える時間がなかったのよ。手紙の最後の方に理由が書いてあるから、読んでみて」
霊夢と魔理沙が改めて手紙を見やる。そこに書いてあった内容を読むにつれて、二人の表情が見る見るうちに硬くなってくる。
P.S
もしこちらの要求が聞き入れられなかった場合、魔界人総出で結界破壊してそちらに向かうのでそのつもりで。
「という訳で、脅して来ちゃった☆」
「……やりすぎよ」
そう言って頭を抱えるアリスの向かい側には、満面の笑みを浮かべながら紅茶を飲む神綺の姿があった。
神社からの爆音を聞いた魔理沙が飛び出してから暫く経った後、「アーリスちゃん!」と何食わぬ顔で神綺が現れ、ただただ唖然とするアリスに紫に送りつけた手紙の内容を説明しながら今に至る。
「あの紫って妖怪、よっぽど幻想郷のことが好きなのね。あの後単身魔界に乗り込んできて、二つ返事でオーケーしてくれたわ」
「何でそんな大げさなことしたのよ。普通に頼めばよかったじゃない」
「だってほら、魔界と幻想郷ってそれほど仲良いって訳でもないでしょ?普通に頼んでも聞いてくれないと思ったんだもん。それに――」
そこでカップを置き、片肘をつきながらじっとアリスを見つめる。
「――どうしてもアリスちゃんに会いたかったしね」
その視線に耐えられなかったのか、顔を赤くしてアリスが顔をそむける。
「だから、今更どうしてそう思ったのよ?あたしなんか――」
「何も言わずにいきなり家を飛び出して、連絡一つ寄越さなかった親不孝な娘なんだ、って?」
アリスが俯き加減に頷く。
「まあ、私もあの時は驚いたわ。まさかアリスちゃんが家出するなんて考えてなかったから。でもね、今はもうそんなこと、どうでもいいの」
「……理由は聞かないの?」
「うん。アリスちゃんがこうして無事でいてくれたから、私はそれだけで十分。美味しい紅茶も頂けたしね」
そう言って神綺がほほ笑む。そのまっすぐな愛情が、アリスには逆に苦痛となっていた。
かつて魔界に住んでいた時、幼かったアリスは己の力を過信していた。他の魔界人とは違い自分に出来ないことは何もない、そう思っていた。外から人間がやってきた時も、自分の敗北など考えたことがなかった。
だが結果は惨敗だった。アリスはそれが信じられなかった。魔導書を持ち出して再び戦いを挑み、雪辱を晴らさんとしたが、結果は同じだった。
屈辱だった。神綺や他の魔界人に合わせる顔がないと思いこんだ。そしてアリスは、もっと力を付ける、修業を積んで魔界に住むのに相応しい魔法使いになると決心し、誰にも言わずに魔界を飛び出した。バカバカしい。今にして思えば都合のいい言い訳だ。
結局のところ、負けたという事実から逃げ出したかっただけなのだ。
そんな醜い自分に神綺は無条件の愛情を注いでくれる。アリスはいたたまれない気持ちになった。
「あたし、そんな立派な奴じゃないよ」
「いいのよ」
「母様が考えてるような奴じゃないの」
「いいの」
「最低な奴なんだよ?」
「いいの」
神綺が立ち上がってこちらに近づいてくる。アリスも立ち上がり、神綺から距離を取ろうと怯えるように後ずさる。
「あたしに今更甘える権利なんて」
「いいの」
「ッ、来ないで――!」
「いいの」
神綺がその悲鳴を遮るようにアリスを抱きしめる。
「大丈夫だから、ね?」
アリスの頭をそっと撫でる。アリスの頬を暖かい何かが流れ落ちる。
「私はアリスちゃんの味方だから」
「――」
「好きなだけ、甘えていいのよ」
アリスは、
ひたすら泣き叫んだ。
「……ここで入るのは野暮ってもんね」
アリスの家の玄関前、霊夢が肩をすくめながら呟いた。霊夢に魔理沙、それに紫がここに着いたのはつい先程のことであったが、家の中から微かに聞こえる鳴き声からどのような状況になっているかは凡そ察しがついた。
「あいつも素直じゃねえからなあ。今までため込んでたもんが一気に噴き出したんだろうぜ。なんで私に相談しなかったんだよ……」
「ひょっとして魔理沙、妬いてる?」
「べっつに!」
そう言いながら魔理沙が口をとがらせた時、ドアがゆっくりと開いて魔界の神が姿を現した。気付けばアリスの声はいつの間にか途絶えていた。
「アリスはどうしたんだよ?」
「大丈夫よ、アリスは疲れて寝てるだけだから」
魔理沙に笑いながら話した後、神綺は表情を厳しくして紫を見る。
「さて、こちらの用件は済んだわ。後は――」
「ええ。私の用を済まさせてもらうわ」
そう言って殺意をむき出しにする紫に対して、霊夢が困惑しながら尋ねる。
「ちょっと紫、どういうことよ」
「あなた達にはまだ言ってなかったわね。これが私と彼女が交わした契約なの」
「どういう意味?」
息を飲む霊夢と魔理沙に対して紫が説明を始める。
「私は自分の能力を使って結界にスキマを作り、そこから神綺を通す。そして神綺の用がすんだら、幻想郷に不法侵入した魔界人を退治するという名目で神綺を追い返す」
「なんでわざわざ退治って形にするのよ」
「私にも立場というものがあるのよ。霊夢、貴女と同じようにね」
「じゃあ、その殺る気百パーセントな殺気は何なのぜ?」
「決まってるじゃない」
恐る恐る尋ねる魔理沙に、地獄の笑みを浮かべながら紫が答える。
「――私の霊夢をキズものにしたからよ」
言うや否や、全身に弾幕を展開した紫が神綺に猛然と飛びかかる。
そして、かつて幻想郷において繰り広げられていた、スペルカードの使われない純粋な殺し合いが始まった。
「でさあ?何度もアプローチかけてるんだけどさあ?霊夢ってばぜんっぜん振り向いてくれなくってさあ?」
「もどかしいよねー、ウチのアリスちゃんもどこまでも無愛想でさー」
「……おーい」
紫と神綺による血で血を洗う闘争から数時間後、その場にいた全員が博麗神社の縁側に集まり、そこで小規模な宴会が開かれていた。その中において幻想郷の賢者と魔界の神は仲良く肩を組み合い、互いに愚痴を言い合っていた。
「お前ら殺し合うんじゃなかったのかよ。私らのハラハラ感を返せよ」
ジト目で睨む魔理沙にすっかり出来上がった紫が答える。
「あーら、それならついさっき、ちゃーんと済ませたから、いいじゃなーい」
「何でそんな和気あいあいとしてられるんだよ!霊力切れてから鬼の形相で殴り合ってたじゃんか!」
「あーあれは痛かったねー。顎の骨がミシッ、って鳴ったしねー」
「我ながら見事なアッパーカットだったねー。でももう済んだことだしー?」
「あ、でも霊夢にしたことは許さないからね」
「望むところよ。いつでも来るがいいわ」
いきなりまじめな口調になって互いの顔を見合い、直後にゲラゲラ爆笑し合う二人を信じられないような目つきで見つめる魔理沙。その肩を霊夢が優しく叩く。
「やめときなさい。きっとあの二人にしかわからない何かがあったのよ」
「そーよお、拳で語り合う友情?みたいな?」
「……あんたからそんな言葉を聞くとは思わなかったわ。それと紫、後で夢想封印の刑」
「なにそれ、照れ隠し?」
「ツンデレ乙」
「よし神様、お前も来い」
「きゃーイタズラされちゃうー」
自分の肩を抱いて身悶える神綺を見ながら、今度は霊夢が唖然となる。そして唯一理性を保っているアリスに視線を寄越す。
「あんたの母親って、いつもこうなの?」
「うん、まあ、お酒が入ると特にね」
「アーリスちゃーん!」
そう答えるアリスの側面上空から見事なルパンダイブで迫る神綺。そしてそれは見事に直撃し、アリスに覆いかぶさった神綺は煙が出そうなほどに頬ずりを仕掛けてくる。
「ちょっ、痛い、母様痛い!酒臭い!」
「可愛いなあアリスちゃんほんとに可愛いんだから食べちゃいたいなあもう」
神綺の過剰なまでのスキンシップにアリスが困り果てていると、神綺がそれまでとは違ってやけに真面目な口調で話しかけてきた。
「頑張ってね、アリスちゃん」
「……」
「私は、いつまでも貴女の味方だから」
「……うん」
そう言って今度はアリスの方から神綺を抱きしめる。
そしてとても幸せな気分の中、アリスは深いまどろみの中に落ちていった。
「おはよう、アリスちゃん」
「……は?」
翌日、アリスは自分の目を疑った。昨夜魔界に帰ったとばかり思っていた神綺が自宅にいて、当たり前のように紅茶を飲んでいたからだ。
「帰ったんじゃなかったの?」
「せっかくアリスちゃんに会えたんだから、もうちょっと居ようかなって。あ、大丈夫、ゆかりんには許可貰ってるから」
「いや、え?ゆかりん?え?」
「それよりアリスちゃん、私おなか空いちゃったなー」
その場にくずおれるアリス。そんなアリスの胸中などお構いなしに、神綺が能天気な声で言った。
アリスは泣きたくなった。
神アリも良かったですが、サブキャラもいいキャラしてて良かった。特に魔理沙は泣いたり妬いたり、よく動いて可愛かったです。
一触即発な事態なのに、何故かほのぼのとした日常の話に見える。いいですね。
面白かったです。
無理してるように見えてしまうなぁw
子供みたいな神綺様が大好きです。
ママが出ててアホ毛描写の無いものは久しぶりに読んだのでなんとなく幸せな気分
霊夢大好きなゆかりんも可愛いよ。
殺し合いの後結局意気投合してるのも最高だよ。
つまり全体的に最高です。