「……コミケ?」
「なんだそりゃ?」
「えぇ、正式名称としては〝COMICMARKET〟。略称としてコミケ、そう呼ばれてるモノが外の世界にはあるらしいわ」
知識と日陰の少女。
紅魔館の魔女パチュリー・ノーレッジは、同じく魔法を扱う二人の魔法使い、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドに、とある議題を持ち出していた。
「それで? そのコミケとやらに、本当にそんなに貴重な魔導書が存在するの?」
「私も外の世界の事は、図書館にある数冊の文献と、紫から少し聞いただけの事しか分らないから、
確定……とは言えないけど、かなりの高確率だと思ってくれていいわ」
「へぇ~、でも、まぁ、パチュリーがわざわざこんな所にまで来て提供する話題、って事は何か信じれるぜ」
紅魔館から出ることが珍しいパチュリーが、わざわざ魔法の森にあるアリス邸を訪れる。
確かに、そこまでして“コミケ”とやらの話を、自分達の持ち掛けてくるのだから、信憑性は高い。
アリスはそう思うと、魔法使いとしての性分からか、ほんの少し高揚感を覚え始めていた。
「確かに興味深いわね。パチュリーの知る限りコミケの事を、もう少し教えて貰えるかしら?」
「分ったわ。そうね、まず、コミケは三日間によって行われる、大規模な、主に書物の祭典、と記されていわね」
「三日間も続く、ってのは、確かに大きな祭なんだろうなぁ」
「そうね。秋に人里である、古物市のようなお祭りが、連日行われるという事なんでしょうね」
「……重要なのはそこではないわ、この祭典に訪れる者の数よ!」
いつも抑揚のない淡々とした声で喋るパチュリーが、何かに恐れ――震えるように発した声に、二人の魔法使いは訝しい目で見る。
「……この祭典には、三日間で50万強にも及ぶ人間が集まるそうよ」
「なっ!? 53万だって!!」
「いや、誰も53万なんて具体的には言ってないわよ……にしても、凄い数ね……」
何やら、53万という数字にトラウマでもあるのか、“ガタッ”っと、椅子から立ち上がり、大袈裟に驚く魔理沙を尻目に、アリスも驚きを隠せず、その数字を反芻するように呟く。
「えぇ、幻想郷に住む人妖合わせても、その数には及ばないでしょうね」
「魔界に住む者達は多いとはいえ、それ程の者が集まる事なんてないし……外の世界に住む者達が全て集まるのかしら、そのコミケには」
「そうに違いないぜ。そうか! そんなにもたくさんの人間が集まるなら、色々な本が集まるに違いないという事か?」
「ふふっ、半分正解、と言ったところかしら」
「ど、どういうことなの……?」
話始めの時よりも、喰い付きの良くなった二人に、パチュリーは嬉しそうに微笑むのだが。
しかし、普段あまり笑わないパチュリーの微笑みはぎこちなく、アリスと魔理沙の目には、ニヤリと薄く笑う、魔女らしい表情として映り、二人はぞっと鳥肌を立てた。
「この祭典は、ただの楽しむだけのモノでは無いということ」
「何が言いたいんだ」
「ある種、訪れる者達の間では〝戦場〟―――そう呼ばれてもいるそうよ」
「戦場……」
どんな場面を想像したのかは分らないが、物怖じしない性格の魔理沙が、戦慄を覚え、顔を引き攣らせながら、ゴクリと喉を鳴らす。
「そう、そして、手に入れた書物を〝戦利品〟として扱う、ここまで言えば分るかしら」
「なるほどね……。そんな風に言われ、扱われ、戦いに勝利してこそ手に入れられる書物なら、かなり高位の魔導書が存在するのかもしれないわね」
「もしかしたら、アリスの持つ〝グリモワール・オブ・アリス〟と同等、もしくは、それ以上のね……」
「……」
三人の魔女の間に、しばしの静寂―――――。
三者三様、各々が浮かべる顔には〝不安〟と〝期待〟が入り混じるような表情が浮かんでいた。
別段、怖がらせるつもりもないのだが、パチュリーは黙っておくのも、よしとせず、再びコミケについての知識を語り始めた。
「一応、これも伝えておくけど……酷い年には〝ジェノサイドコミケ〟と畏怖の念を込めて呼ばれ、多数の犠牲者を出したとも、記されているわね」
「……虐殺なんて、笑えないわね。なんでそんな事が起きたのかしら?」
「文献によると、太陽光や熱波にやられ、次々と倒れていく者達がいたとのことよ、後の詳しいことは分らないわね」
「熱か、私も誰かさんに唆されて、地底に行った時は大変だったぜ」
「悪かったわね……」
「ん、まぁ、アリスが予め用意してくれた特性ドリンクのおかげで、何とか倒れずに済んだけどな。さすが私の嫁」
「そう、魔理沙が言ったように、熱に中てられない為には水分を多く取る事が重要、おそらく倒れた者達の中には、それを怠った者もいたんでしょうね」
「つまり、体調管理や水分補給をしっかりしない人間には、戦場に参加する資格すらないのね、当然と言えば当然ね……」
冷たく言い放ちながら、納得したように頷くアリス。
その言葉に同意といったように何も反論せず、目の前に出されていた紅茶をパチュリーは一口啜った。
自分の渾身の発言をアリスにスルーされ、拗ねている魔理沙は放っておくようだ。
“カチャリ”と小さな音を立てて紅茶を置き、パチュリーは一息吐くと、続きを促す。
「でも、人間誰しも病魔に襲われることはあるわ……、私も喘息を患っているし。それはまだ仕方ないとしても、最低なのは、ルールを侵してまで手に入れようとする愚か者も現れるらしい、ということ」
「それはどういったモノなの? スペルカードルールでいう、宣言をしないで攻撃、みたいなことかしら?」
「さぁ、詳しくはカタログと呼ばれる本に書かれているみたいだけど、それすら読まない、読んでも無視する者達もいるのよ。ちなみに、このカタログ自身が、高い殺傷能力を持つそうね」
「怖い本ね……。それにしても、気に入らないわ。決められた最低限のルールも守れずに手に入れた物は、〝戦利品〟などとは呼べないのに」
「えぇ、本当に」
失笑と共に、見ず知らぬ愚か者達を嘲る二人の魔女。
もう一人の魔女は、まだ拗ねていた。
「あぁ、もう、ほら、魔理沙もちゃんと話に参加しなさいよ」
「……アリスが冷たいのがいけないんだぜ」
「はいはい、ごめんなさい。後で昨日作ったプリンあげるから」
「本当か!?」
「復活ッ!霧雨魔理沙、復活ッッッ!」
「……パチュリーも、そんな大袈裟に煽らなくてよいから……」
溜息を吐きつつ呆れるアリスに、“ニヒヒ”を悪戯っぽい顔で笑う魔理沙。
その二人を見つつ、パチュリーはコホンと咳払いを一つし席を離れると、持ってきた荷物から一枚の地図の様な物を取り出し、机の上に広げた。
「掠れ、破けた部分もあるけれど、コレを見て頂戴」
「……これは地図?」
「何か、外の世界のゲームである、ダンジョンマップみたいだな」
「少し見難いかもしれないけど、この数字が鍵となるようだわ」
「へぇ、となると、この文字が列を表しているのかしら……」
「みたいだな。何か俄然面白くなってきたぜ」
「魔理沙がやる気を出してくれた様で結構。そうね、例えばココは【テの14】とでも読むのかしらね」
一枚の薄汚れた紙を前に、三人の魔女は討論を繰り広げる。
しかし、ただ文字により構成された列、そして、細かく分けられた数字だけでは分りようもない、そう考えたアリスは、根本的な疑問をパチュリーに投げかける。
「この配置は結局は何を表しているの? 本の祭典と言っていたし、大図書館の様な構造で、書棚の位置……もしくは、本に記載された番号かしら?」
「あぁ、私もそう思ったぜ。それ以外は考え付かないしな」
一瞬の間の後、パチュリーは答える。
「……人よ」
「人?」
「人間を表す番号だってのか?」
「えぇ、正確にはサークル参加者と呼ばれる、独自の物語や魔導書を創り上げる者たちのことを表すようね」
「こ、この数の分だけの著者が集うというの……」
「おいおい! 祭に来る人の数ってのにも充分驚かされたが、私達みたいなのがこれだけいるってのも驚きだぜ」
驚愕の真実を告げられ、目を丸くし驚くアリスと魔理沙。
告げたパチュリーも、紫から聞いた時は、二人と同じように驚いたのだった。
それもそのはず、魔法使いである三人は、独自の研究物を記載し、本にまとめる事は日常ではあったが、他人に見せるなどいう行為は殆どした事がない。
それは魔法使いとしての秘密裏な性分でもあるが、もっと言えば、機会というものが存在しなかったし、パチュリーの大図書館に行けば、大抵の魔法理論の書物は揃える事ができた。
お互いの研究書―――新たな独自の魔導書を、見せて貰うという行為を、プライドからか、三人共に気後れしていたからでもある。
つまり三人からしてみたら、本を書き記した実際の人物と会う事のできるというのは、考えも及ばない事なのだ。
「そう、私がこの祭典で一番注目している所は、ここなのよ……、まぁ、魔法とは関係ない物語を書いた作品もあるらしいけど、それでも、これだけの著者が揃うのは、私としては嬉しい事だわ」
「なぁなぁ! 本とともに書いた人間も一緒にいるんだよな? 話しかけたりしても良いのか?」
「そうよね、興味沸く研究物があるのなら、その過程や推論などを、是非、話し合ってみたいわ」
「まぁ、そこは著者の性格にもよるのではないかしら、職人肌で気難しい人もいるでしょうし」
「本自体の中身を見たりしても、ありなのか?」
「えぇ、そこは良いそうね。ただ余りにも長時間の観覧は無理でしょうけど」
「魔理沙は勝手に見そうよね……、そこはちゃんと礼儀正しく『すいません、見せて貰っても良いですか?』ぐらいは聞きなさいよ、分った?」
「はいはい、分ってるっての。まったく、私の嫁は過保護だぜ……って、いひゃい! いひゃい! 抓るなよぉ」
「……旦那の口の悪さを直すのも妻の役目ですから」
魔理沙の頬を抓りながら、冷ややかな目をして冗談混じりに言うアリスは、手を離すと、肩を竦めながらパチュリーを見遣る。
久しぶりに興奮気味になっていたパチュリーは、そんなアリスと、頬を擦りながら再び拗ねはじめた魔理沙を交互に見ると、思わず噴き出してしまった。
そんなパチュリーの様子に、アリスと魔理沙も、顔を見合わせ、つられて笑い出す。
幻想郷の中でも、かなりの実力者と知れる魔法使いの三人は、子供の様に笑い合うのだった。
性格はまったく違えど、本というものが共通して好きな三人は、やはり本に纏わる話をしているのが楽しいのだろう。
魔女達に依って行われた、夏の夜のサバトは、誰もが予想し得ない楽しそうな笑い声で、幕を閉じようとしていた―――――
―――――が。肝心の、何故このような話を、パチュリーが持ち出して来たのかを、アリスはふいに疑問に思い問う。
「ねえ、パチュリー。確かに興味深いし面白かったけど、そもそも、その外の世界の祭事を、私達に話す必要があったのかしら?」
「むきゅ? あぁ、紫に少し聞いたって言ったでしょ、そしたら、その時に『同行者は二人までで、他の幻想郷の者達に口外しないと誓うのであれば、一度ぐらい連れて行ってあげましょう。本を愛する貴方だからこその特別ですよ、ふふふ』って言ってくれたのよ」
「へぇ~! 紫も優しい所あるじゃないか。そして、その二人の同行者に、私達を選んだパチュリーもナイスだぜ!」
「まぁ、どうせなら本が好きな者の方が良いからね。貴女達ならと思って……」
「……」
紫の名が出てきたことにより、ほんの少しの不安を覚え、アリスは考え込む。
「あら? アリスは嬉しくないのかしら?」
「いえ、二人とそういう祭典に行ける事は本当に嬉しいのよ、ただ……幻想郷の秩序を第一に考える紫が、外の世界に進んで連れて行こうとするかしら」
「あ~、確かに、何か企んでるのかも、ってのはあるな。でも、仮に企んでいたとしても、この三人が揃ってりゃ大抵の事は、何とでもなるんだぜ」
「そうよ、それに本当に貴重な魔導書があるのなら、危険は重々承知の上だし、手に入れ甲斐があるわ」
魔理沙とパチュリーの力強い言葉に、アリスは考え過ぎていた自分が馬鹿らしいと思い、それもそうね、と言いながら、紫への不安を頭の隅に追い遣り、祭典の事についての話に戻す。
「行けるって分かったんなら、この地図をもっとよく見といたほうが良いわよね」
「えぇ、これによると東1~3、それに、裏面の東4~5に分かれるみたい、どちらから行けば良いのかしら」
「それに入り口は中央に二つと、端の一つ……出口は一つしかないのね、パチュリーの大図書館みたいな構造ではないみたいね」
「ヒントも何もない状態で考えても仕方ないのだけど、罠もあるかもしれないし、悩むわね」
知性派の魔女の二人は、地図を前に頭を悩ませる。
実際、ヒントもない上に、擦れて読めない部分も多々あるのではお手上げ状態なのだ。
そこに、肉体派の魔女が高らかに宣言する。
「行ってみなけりゃなにも始まらんのだから、勘が頼りだろ。というわけで、ここら辺から攻めようぜ! 私の勘を信じろ!」
「……ここら辺っていうと、【ヒ】と【ピ】でいいのかしら?」
「そのようね。安易に決めるのはどうかと思うけど……実際、魔理沙の言う通りだし」
「だろ? きっと凄い本に巡り会えるに違いないぜ」
「はいはい、じゃあ、今回ばかりは魔理沙の勘を頼りましょうか」
「今回だけじゃなく、いつも頼ってくれて良いんだぜ?」
再び始まる、アリスと魔理沙のいつものやり取り。
パチュリーはそんな友人達の姿を可笑しそうに眺めながら、取り出した手帳のスケジュール表に、可愛らしい丸字で『アリスと魔理沙とお祭り』と書き記した―――――。
―――――8月14日の欄に。
「なんだそりゃ?」
「えぇ、正式名称としては〝COMICMARKET〟。略称としてコミケ、そう呼ばれてるモノが外の世界にはあるらしいわ」
知識と日陰の少女。
紅魔館の魔女パチュリー・ノーレッジは、同じく魔法を扱う二人の魔法使い、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドに、とある議題を持ち出していた。
「それで? そのコミケとやらに、本当にそんなに貴重な魔導書が存在するの?」
「私も外の世界の事は、図書館にある数冊の文献と、紫から少し聞いただけの事しか分らないから、
確定……とは言えないけど、かなりの高確率だと思ってくれていいわ」
「へぇ~、でも、まぁ、パチュリーがわざわざこんな所にまで来て提供する話題、って事は何か信じれるぜ」
紅魔館から出ることが珍しいパチュリーが、わざわざ魔法の森にあるアリス邸を訪れる。
確かに、そこまでして“コミケ”とやらの話を、自分達の持ち掛けてくるのだから、信憑性は高い。
アリスはそう思うと、魔法使いとしての性分からか、ほんの少し高揚感を覚え始めていた。
「確かに興味深いわね。パチュリーの知る限りコミケの事を、もう少し教えて貰えるかしら?」
「分ったわ。そうね、まず、コミケは三日間によって行われる、大規模な、主に書物の祭典、と記されていわね」
「三日間も続く、ってのは、確かに大きな祭なんだろうなぁ」
「そうね。秋に人里である、古物市のようなお祭りが、連日行われるという事なんでしょうね」
「……重要なのはそこではないわ、この祭典に訪れる者の数よ!」
いつも抑揚のない淡々とした声で喋るパチュリーが、何かに恐れ――震えるように発した声に、二人の魔法使いは訝しい目で見る。
「……この祭典には、三日間で50万強にも及ぶ人間が集まるそうよ」
「なっ!? 53万だって!!」
「いや、誰も53万なんて具体的には言ってないわよ……にしても、凄い数ね……」
何やら、53万という数字にトラウマでもあるのか、“ガタッ”っと、椅子から立ち上がり、大袈裟に驚く魔理沙を尻目に、アリスも驚きを隠せず、その数字を反芻するように呟く。
「えぇ、幻想郷に住む人妖合わせても、その数には及ばないでしょうね」
「魔界に住む者達は多いとはいえ、それ程の者が集まる事なんてないし……外の世界に住む者達が全て集まるのかしら、そのコミケには」
「そうに違いないぜ。そうか! そんなにもたくさんの人間が集まるなら、色々な本が集まるに違いないという事か?」
「ふふっ、半分正解、と言ったところかしら」
「ど、どういうことなの……?」
話始めの時よりも、喰い付きの良くなった二人に、パチュリーは嬉しそうに微笑むのだが。
しかし、普段あまり笑わないパチュリーの微笑みはぎこちなく、アリスと魔理沙の目には、ニヤリと薄く笑う、魔女らしい表情として映り、二人はぞっと鳥肌を立てた。
「この祭典は、ただの楽しむだけのモノでは無いということ」
「何が言いたいんだ」
「ある種、訪れる者達の間では〝戦場〟―――そう呼ばれてもいるそうよ」
「戦場……」
どんな場面を想像したのかは分らないが、物怖じしない性格の魔理沙が、戦慄を覚え、顔を引き攣らせながら、ゴクリと喉を鳴らす。
「そう、そして、手に入れた書物を〝戦利品〟として扱う、ここまで言えば分るかしら」
「なるほどね……。そんな風に言われ、扱われ、戦いに勝利してこそ手に入れられる書物なら、かなり高位の魔導書が存在するのかもしれないわね」
「もしかしたら、アリスの持つ〝グリモワール・オブ・アリス〟と同等、もしくは、それ以上のね……」
「……」
三人の魔女の間に、しばしの静寂―――――。
三者三様、各々が浮かべる顔には〝不安〟と〝期待〟が入り混じるような表情が浮かんでいた。
別段、怖がらせるつもりもないのだが、パチュリーは黙っておくのも、よしとせず、再びコミケについての知識を語り始めた。
「一応、これも伝えておくけど……酷い年には〝ジェノサイドコミケ〟と畏怖の念を込めて呼ばれ、多数の犠牲者を出したとも、記されているわね」
「……虐殺なんて、笑えないわね。なんでそんな事が起きたのかしら?」
「文献によると、太陽光や熱波にやられ、次々と倒れていく者達がいたとのことよ、後の詳しいことは分らないわね」
「熱か、私も誰かさんに唆されて、地底に行った時は大変だったぜ」
「悪かったわね……」
「ん、まぁ、アリスが予め用意してくれた特性ドリンクのおかげで、何とか倒れずに済んだけどな。さすが私の嫁」
「そう、魔理沙が言ったように、熱に中てられない為には水分を多く取る事が重要、おそらく倒れた者達の中には、それを怠った者もいたんでしょうね」
「つまり、体調管理や水分補給をしっかりしない人間には、戦場に参加する資格すらないのね、当然と言えば当然ね……」
冷たく言い放ちながら、納得したように頷くアリス。
その言葉に同意といったように何も反論せず、目の前に出されていた紅茶をパチュリーは一口啜った。
自分の渾身の発言をアリスにスルーされ、拗ねている魔理沙は放っておくようだ。
“カチャリ”と小さな音を立てて紅茶を置き、パチュリーは一息吐くと、続きを促す。
「でも、人間誰しも病魔に襲われることはあるわ……、私も喘息を患っているし。それはまだ仕方ないとしても、最低なのは、ルールを侵してまで手に入れようとする愚か者も現れるらしい、ということ」
「それはどういったモノなの? スペルカードルールでいう、宣言をしないで攻撃、みたいなことかしら?」
「さぁ、詳しくはカタログと呼ばれる本に書かれているみたいだけど、それすら読まない、読んでも無視する者達もいるのよ。ちなみに、このカタログ自身が、高い殺傷能力を持つそうね」
「怖い本ね……。それにしても、気に入らないわ。決められた最低限のルールも守れずに手に入れた物は、〝戦利品〟などとは呼べないのに」
「えぇ、本当に」
失笑と共に、見ず知らぬ愚か者達を嘲る二人の魔女。
もう一人の魔女は、まだ拗ねていた。
「あぁ、もう、ほら、魔理沙もちゃんと話に参加しなさいよ」
「……アリスが冷たいのがいけないんだぜ」
「はいはい、ごめんなさい。後で昨日作ったプリンあげるから」
「本当か!?」
「復活ッ!霧雨魔理沙、復活ッッッ!」
「……パチュリーも、そんな大袈裟に煽らなくてよいから……」
溜息を吐きつつ呆れるアリスに、“ニヒヒ”を悪戯っぽい顔で笑う魔理沙。
その二人を見つつ、パチュリーはコホンと咳払いを一つし席を離れると、持ってきた荷物から一枚の地図の様な物を取り出し、机の上に広げた。
「掠れ、破けた部分もあるけれど、コレを見て頂戴」
「……これは地図?」
「何か、外の世界のゲームである、ダンジョンマップみたいだな」
「少し見難いかもしれないけど、この数字が鍵となるようだわ」
「へぇ、となると、この文字が列を表しているのかしら……」
「みたいだな。何か俄然面白くなってきたぜ」
「魔理沙がやる気を出してくれた様で結構。そうね、例えばココは【テの14】とでも読むのかしらね」
一枚の薄汚れた紙を前に、三人の魔女は討論を繰り広げる。
しかし、ただ文字により構成された列、そして、細かく分けられた数字だけでは分りようもない、そう考えたアリスは、根本的な疑問をパチュリーに投げかける。
「この配置は結局は何を表しているの? 本の祭典と言っていたし、大図書館の様な構造で、書棚の位置……もしくは、本に記載された番号かしら?」
「あぁ、私もそう思ったぜ。それ以外は考え付かないしな」
一瞬の間の後、パチュリーは答える。
「……人よ」
「人?」
「人間を表す番号だってのか?」
「えぇ、正確にはサークル参加者と呼ばれる、独自の物語や魔導書を創り上げる者たちのことを表すようね」
「こ、この数の分だけの著者が集うというの……」
「おいおい! 祭に来る人の数ってのにも充分驚かされたが、私達みたいなのがこれだけいるってのも驚きだぜ」
驚愕の真実を告げられ、目を丸くし驚くアリスと魔理沙。
告げたパチュリーも、紫から聞いた時は、二人と同じように驚いたのだった。
それもそのはず、魔法使いである三人は、独自の研究物を記載し、本にまとめる事は日常ではあったが、他人に見せるなどいう行為は殆どした事がない。
それは魔法使いとしての秘密裏な性分でもあるが、もっと言えば、機会というものが存在しなかったし、パチュリーの大図書館に行けば、大抵の魔法理論の書物は揃える事ができた。
お互いの研究書―――新たな独自の魔導書を、見せて貰うという行為を、プライドからか、三人共に気後れしていたからでもある。
つまり三人からしてみたら、本を書き記した実際の人物と会う事のできるというのは、考えも及ばない事なのだ。
「そう、私がこの祭典で一番注目している所は、ここなのよ……、まぁ、魔法とは関係ない物語を書いた作品もあるらしいけど、それでも、これだけの著者が揃うのは、私としては嬉しい事だわ」
「なぁなぁ! 本とともに書いた人間も一緒にいるんだよな? 話しかけたりしても良いのか?」
「そうよね、興味沸く研究物があるのなら、その過程や推論などを、是非、話し合ってみたいわ」
「まぁ、そこは著者の性格にもよるのではないかしら、職人肌で気難しい人もいるでしょうし」
「本自体の中身を見たりしても、ありなのか?」
「えぇ、そこは良いそうね。ただ余りにも長時間の観覧は無理でしょうけど」
「魔理沙は勝手に見そうよね……、そこはちゃんと礼儀正しく『すいません、見せて貰っても良いですか?』ぐらいは聞きなさいよ、分った?」
「はいはい、分ってるっての。まったく、私の嫁は過保護だぜ……って、いひゃい! いひゃい! 抓るなよぉ」
「……旦那の口の悪さを直すのも妻の役目ですから」
魔理沙の頬を抓りながら、冷ややかな目をして冗談混じりに言うアリスは、手を離すと、肩を竦めながらパチュリーを見遣る。
久しぶりに興奮気味になっていたパチュリーは、そんなアリスと、頬を擦りながら再び拗ねはじめた魔理沙を交互に見ると、思わず噴き出してしまった。
そんなパチュリーの様子に、アリスと魔理沙も、顔を見合わせ、つられて笑い出す。
幻想郷の中でも、かなりの実力者と知れる魔法使いの三人は、子供の様に笑い合うのだった。
性格はまったく違えど、本というものが共通して好きな三人は、やはり本に纏わる話をしているのが楽しいのだろう。
魔女達に依って行われた、夏の夜のサバトは、誰もが予想し得ない楽しそうな笑い声で、幕を閉じようとしていた―――――
―――――が。肝心の、何故このような話を、パチュリーが持ち出して来たのかを、アリスはふいに疑問に思い問う。
「ねえ、パチュリー。確かに興味深いし面白かったけど、そもそも、その外の世界の祭事を、私達に話す必要があったのかしら?」
「むきゅ? あぁ、紫に少し聞いたって言ったでしょ、そしたら、その時に『同行者は二人までで、他の幻想郷の者達に口外しないと誓うのであれば、一度ぐらい連れて行ってあげましょう。本を愛する貴方だからこその特別ですよ、ふふふ』って言ってくれたのよ」
「へぇ~! 紫も優しい所あるじゃないか。そして、その二人の同行者に、私達を選んだパチュリーもナイスだぜ!」
「まぁ、どうせなら本が好きな者の方が良いからね。貴女達ならと思って……」
「……」
紫の名が出てきたことにより、ほんの少しの不安を覚え、アリスは考え込む。
「あら? アリスは嬉しくないのかしら?」
「いえ、二人とそういう祭典に行ける事は本当に嬉しいのよ、ただ……幻想郷の秩序を第一に考える紫が、外の世界に進んで連れて行こうとするかしら」
「あ~、確かに、何か企んでるのかも、ってのはあるな。でも、仮に企んでいたとしても、この三人が揃ってりゃ大抵の事は、何とでもなるんだぜ」
「そうよ、それに本当に貴重な魔導書があるのなら、危険は重々承知の上だし、手に入れ甲斐があるわ」
魔理沙とパチュリーの力強い言葉に、アリスは考え過ぎていた自分が馬鹿らしいと思い、それもそうね、と言いながら、紫への不安を頭の隅に追い遣り、祭典の事についての話に戻す。
「行けるって分かったんなら、この地図をもっとよく見といたほうが良いわよね」
「えぇ、これによると東1~3、それに、裏面の東4~5に分かれるみたい、どちらから行けば良いのかしら」
「それに入り口は中央に二つと、端の一つ……出口は一つしかないのね、パチュリーの大図書館みたいな構造ではないみたいね」
「ヒントも何もない状態で考えても仕方ないのだけど、罠もあるかもしれないし、悩むわね」
知性派の魔女の二人は、地図を前に頭を悩ませる。
実際、ヒントもない上に、擦れて読めない部分も多々あるのではお手上げ状態なのだ。
そこに、肉体派の魔女が高らかに宣言する。
「行ってみなけりゃなにも始まらんのだから、勘が頼りだろ。というわけで、ここら辺から攻めようぜ! 私の勘を信じろ!」
「……ここら辺っていうと、【ヒ】と【ピ】でいいのかしら?」
「そのようね。安易に決めるのはどうかと思うけど……実際、魔理沙の言う通りだし」
「だろ? きっと凄い本に巡り会えるに違いないぜ」
「はいはい、じゃあ、今回ばかりは魔理沙の勘を頼りましょうか」
「今回だけじゃなく、いつも頼ってくれて良いんだぜ?」
再び始まる、アリスと魔理沙のいつものやり取り。
パチュリーはそんな友人達の姿を可笑しそうに眺めながら、取り出した手帳のスケジュール表に、可愛らしい丸字で『アリスと魔理沙とお祭り』と書き記した―――――。
―――――8月14日の欄に。
これは行かねば。
ちょっとコミケで三魔女探してくるわ!
逃げてぱちゅりー!!