木苺のジャムがたっぷりと塗られたコッペパンを、あたいは三口で食べきった。
とは言え、ばくごくばくごくばくごっくん、と詰めた訳じゃない。
三十回噛み、パンとジャムが混じり合ってから飲み込むのだ。
ねばねばする口の中を、木のコップに入った水で洗い流す。
因みに、水の元はあたいが出した氷だった。
きんきんに冷えているかと思ったが、空に浮かぶ太陽のせいだろうか、随分と温くなっている。
それでも、水が水であることに変わりはなく、するすると喉に落ちていく。
うん、美味しい。
椅子の傍の桶からもう一度水を汲み、あたいは奥に向かった。
洗面所には、あたいの頭全部と首くらいまでを映せる鏡が置いてある。
その位の大きさの鏡が置いてある場所を、‘洗面所‘と呼ぶらしい。
ともかく、ひっこめてあった切り株を取り出して、いー、と口を広げた。
戸棚から馬の毛の歯ブラシを取り出し、コショウボクの樹液を塗り、かしかしと歯を磨く。
かしかし、かしかし、かしかし。
今日は何処に行こう。
右上の奥から二番目の歯を縦に磨いている時、ふと思った。
朝は決まっている。
お昼はミスチーの所にでも行こうかな。
あ、だめだ、屋台に予約がどうたら、忙しいって言ってたっけ。
まぁいいや、てきとうに考えよう。
あたいは、もう一度、鏡の前で口を広げた。
根っこが見えるくらい、一杯一杯、歯を噛みあわせる。
鏡に映ったのは、桜色と白色だった。
パンのカスやジャムが付いていたりはしない……かな。
磨き残しなし、おっけー!
ぶくぶくぺーっと口をゆすいで、歯磨き完了。
道具を棚に、切り株を元の場所に戻して、あたいは、洗面所を、そして、住処を後にした――「行ってきまーす!」
朝の目的地はすぐ近く。
羽を広げ、あたいは湖の上をすいすいと飛んだ。
水面が陽の光できらきらと輝いていた。
その上で、大きな葉っぱに乗った小さな蛙がぼぅとこっちを見上げている。
ふふん、お嬢ちゃん、あたいに惚れると火傷するぜ? ……凍傷かな。
なんて思ったけど、そう言えば近頃はあんまり蛙遊びもやっていない気がする。なんでだろ?
浮かんだ疑問に解答を探していると、視界を覆う大きな影。
突き出た時計台が、漫画で見た大魔王の玩具のようなシルエットをしている。
とは言え、あちらと違ってこちらは動かないだろうけど。
……動くのかな。早苗お姉さんが喜びそうだ。
因みに、ふんぞり返っているのも大魔王などではなく、吸血鬼だ。
時間的に、奴らは寝ているだろう。
この暑さの中でベッドに埋もれることができるのだ。
それを考えると、なるほど、奴らはあたいの好敵手たるに相応しい。
叩き起こして遊んでみようか――思っていると、色鮮やかな弾幕が、あたいの傍を駆け抜けた!
挨拶には挨拶を。
両手を広げ、あたいの全身を模った弾幕を作り出す。
氷柱型のものと比べ直接的な攻撃力は落ちるが、その分、かわすのは難しい。
薄い氷膜の先にいるだろう相手に、あたいはにやりと笑みを浮かべた――「いっけぇぇぇ!」
弾幕が動き出す。
同時、あたいも飛んだ。
速さは同じ、だから、一定の間隔が空いている。
さぁ、どう動く?
弾幕でかき消すか。
それとも、思い切り左右に跳ねるか。
相手が相手だから、ひょっとすると、脚で散らすこともできるのかもしれない。
だとすると大変だ。だって、あたいは突っ込んでいる。
ペシャッ、と弾幕が砕けた音がした。
砕けた?
うぅん違う、そうじゃない。
薄い氷は、両手を広げたお姉さんの服に、染み込んだのだ。
これが、あたいの挨拶である。
「おはよう、門番のお姉さん!」
「あは、おはよう妖精!」
「ぷあぅっ」
抱きつくのは予定通りだったけど、ぽよんと頭が跳ね返されるのは予想外だった。やらかい。
目を回すあたいの背に腕を回し、お姉さんが笑いながら小さく叩く。
一定のリズムが心地よく、次第に頭も回復してきた。
むぅ、脚だけでなく、胸まで武器だったとは!
「うーん、相変わらず、チルノは冷やっこくて気持ちいいねぇ」
門番のお姉さんは、門番と言うだけあって、ずっと此処にいたんだろう。
あたいの弾幕を全身に浴びてなお、むっとした熱気が伝わってくる。
……あぁそうか、大きさが足りなかったんだ。
次からはもう少し、弾幕を大きくしよう……覚えていたら。
お姉さんは、他のお姉さんと同じで、とてもいい匂いがする。
日光の香りとでも言うんだろうか。
爽やかで、ふわふわだ。
「くすぐったいよ」
鼻をひくひく動かしていると、お姉さんが笑った。
「さて、ちょっと名残惜しいけど……」
少しの間、あたいはお姉さんを、お姉さんはあたいを楽しんだ。ん、なんか表現が変?
腕の力が少し強められてギュウッとされた後、あたいは地面に下ろされた。
なにも、ぽよぽよふわふわを楽しむために来たんじゃない。
そんなのは二の次だ。
両拳を握り、両腕を広げ、ぺこりと頭を下げる。
「えっと……めーりんしはん、あてくしに、そのかれいなるびぎを」
「おやおや、突然どうしたの」
「誰かに何かを教えてもらう時、勉強は『先生』で、戦い方は『師範』だって」
「なるほど。でも、チルノは、その言葉の意味、解ってる?」
「うぅん、あんまり」
「そうかそうか。だったら、普段通りでいいよ」
「そういうもの?」
「ああ。……言っていたのは、屋台のマスターかな?」
あたいは目をぱちくりとさせた。
「どうしてわかった、って顔をしているね。
なんてことはない、あの子にゃ詰めの甘い所がある。
……それに、彼女ならちゃんと意味も教えるだろうし」
ミスチー曰く、『弾幕を習うなら師匠だ』とのこと。違いがよく解らない。
「まぁいいさ。
機会があれば礼儀も教えよう。
さぁチルノ、まずは準備体操からだ」
ともかく――あたいがお姉さんに会いに来ているのは、もっと強くなるためなのだ。
誤解を与えないよう言っておくと、あたいはお姉さんよりも強い。
太陽にだって勝てるだろう最強なのだから、当然だ。
実際、弾幕ごっこでも勝利をおさめた。
だけど、だからと言ってお姉さんが弱い訳じゃない。
例えば、ただの殴り合いならば、あたいはお姉さんに勝てないかもしれない。
大きな体を、時にきびきびと、時になめらかに動かしている。
背を叩かれたように一定のリズムで続けられるソレは、まるで踊りのよう。
にもかかわらず、容易に触れない、捉えられない。
先の弾幕ごっこの折にも、勝負の最中だと言うのに、あたいは思わず声をあげていた――「格好いい!」
暫く経って、日差しが一層強くなった頃、何処からかぐぅと音が鳴った。
「お姉さん、知ってる? 実は、妖精のお腹は空かないんだよ」
「そう。じゃあ、この甘い飴玉はいらないね。お土産も」
「あたいが『ぐぅ』と言いました」
からからと笑い、あたいの口に飴を転がして、お姉さんは門を背にして座り込んだ――「動いた後は、十分に休まないといけない」
鍛練を終えた後、お姉さんは必ずそう言った。
がむしゃらに体を動かすだけでは駄目なのだ、とも。
何時もはにこやかな顔だけど、その時だけは厳めしくなる。キリッ。
まだまだ元気だったけど、口の中に物を入れている時に激しい動きは宜しくない。行儀が悪い。
「うん、天気もいいし、絶好の日向ぼっこ日和だ」
プィッとお姉さんが顔を逸らした。なんで?
代わりとばかりに、にょっきりと腕が伸ばされた。
もう何回も通っているのだ、あたいだって心得ている。
背中を向けると腕がお腹に回されて、あたいのお尻はお姉さんの太腿に落とされた。
頭柔らかくて尻柔らかい。
「チルノは気持ちいいねぇ」
「お姉さんも気持ちいいよ」
「ふふ、ありがとう」
たっぷりと時間をかけて飴玉を味わい、玉が平らになった頃、あたいはピョンとお姉さんから離れた。
そろそろお昼で、お姉さんが館に引っ込む時間だからだ。
食べていかないかと誘われたが、飴玉のお陰でお腹は空いていない。
そう告げると、お姉さんは頬をかいて笑い、あたいにぴったりの、青色のナップサックを渡してくれた。
「両手が塞がるのは不便だと思っていたんだ。
紙袋を提げて飛ぶのも不格好だしね。
次からは、背負ってくるといい」
中には『お土産』が入っている――そう、朝に食べた、コッペパンだ。
「仕事の片手間に縫ったものだから、ちょいと素気ないけどね」
何本か入れている。
宜しく伝えてほしい。
腹が空けば、食べればいい。
人差し指をピンと立て、お姉さんが口を動かしている。
申し訳ないけれど、余り頭に入ってこなかった。
ナップサックが嬉しすぎたのだ。
「似合う? 似合う?」
早速身につけ、くるりと一回転。
「変じゃない、お姉さん?」
「チルノ、それは背負うもんだって」
「羽があるから、背中には回せないもん」
お姉さんは、ペチンと自分の頭を叩き、笑う。
「あいやー、私も詰めが甘いわね」
一しきり、お姉さんにお礼を言って、あたいは紅魔館を後にした――。
《幕間》
「さーぁ、ご飯だご飯。今日のお昼はなんだろう」
「銀のナイフはいかが?」
「わぉ、メイド長。選ばせて頂けるとは有り難い」
「返答次第ね、門番長。今日は何をして?」
「お嬢様たちの眠りを妨げんとする侵入者を撃退しましたわ」
「ぐぬ……! か、型を教える必要なんてないでしょう!」
「上目遣いで睨まないでください。貴女を食べたくなる。――ありますよ、二つほど」
「一つは、弱くするため。もう一つは、強くするため」
「……はぁ!?」
「あの子は元々強いんですよ。出鱈目な戦い方をするから、先が読めない」
「だから、型にはめようと?」
「ええ。私は一度、負けていますしね」
「それは、まぁ……。でも」
「咲夜さん。時を止めた世界とは言え、絶対零度の中、貴女は動けますか?」
「……」
「もう一方。先ほど言った通り、あの子は強いんです。いずれはお嬢様たちの遊び相手になりえるかもしれない」
「……矛盾しているじゃない」
「型にはまるのと型を使うのは違います。整然とした動きに、ふと、無軌道な考えが生じる……空恐ろしいですわ」
「――尤も、冷やっこくて気持ちいいから相手にした、と言い換えてもいいですが」
「あ、貴女ねぇ!」
「そうはそうと、咲夜さんは昼食をお済ませで?」
「……誰かさんを待ってたから、まだよ。な、何を笑っているの!?」
「いえ、ありがとうございます。お詫びと言ってはなんですが、デザートは用意しますね。甘く紅い、飴玉ですわ」
《幕間》
お腹空いた。
門番のお姉さんと別れてから数分ほどで、あたいは空腹を覚えた。
さっき言った、妖精のお腹は空かないってのは嘘じゃない。
人間も書いていたはずだ――『実は食事を取る必要はない』。
でも、お腹空いた。
不思議なものだ。
お腹が空いたと思えば思うほど、どんどん腹ペコになっていく気がする。
と言うことはつまり、あたいが最強だと思うほど、より最強になっていくのが道理だろう。
あたいは最強の腹ペコ妖精なのだ!
うん、お腹空いた。何故か唐突にうどんが食べたくなったけど、別にうどんじゃなくたっていい。うふふ。
あたいはコッペパンを持っている。
しかもそれは、お腹の近くにぶら下げられていた。
ナップサックと紙袋、二つを開けばすぐに食べられる。
だけど、これは、あたいだけのものじゃない……。
悩むあたいの鼻に、突然、いい匂いが纏わりついた。
お腹が空く匂い、美味しそうな匂い。
食べ物だ!
頭をきょろきょろと左右に振る。
左には木、右にも木。
てきとーに飛んだ先、つまりここは、魔法の森のようだ。
そして、匂いの方に視線を向けると、木々がはれ、一軒の家が見えた。
濃い青色の屋根、白地の壁……覚えがある――お姉さんの家だ!
「あら、チルノ?」
「わ、こんにちは、人形遣いのお姉さん!」
「と、と……相変わらず元気のいい挨拶ね。でも、知らない人にしちゃダメよ?」
片手であたいの髪を撫で、お姉さんは優しく笑った。
思いついた瞬間に、玄関が開いて驚いた。
だけど、あたいは瞬時に立ち直り、お姉さんに飛びつく。
門番のお姉さんより細い腕が、それでもしっかりとあたいの腰に回される。
今度は頭が跳ね返されなかった。ナップサックのお陰かな?
「うん! ……ねぇ、お姉さん、あたいがいるの、わかったの?」
「さて、どうかしら。チルノはどう思う?」
「わかってくれた方が、嬉しいな」
ムギュッと胸に沈められた。
「じゃあ、わかったわ。
次は私が聞いてもいいかしら。
今日は、どうして来てくれたの?」
……どうしてだっけ?
思考が鈍る。
返答を思いつかない。
家の中から漂ってくる匂いが、あたいの集中力を奪っていく。
いや、もっと近くに原因がある。くんくん。醤油だ。
「ふぅむ、お腹が空いているのかしら」
声は、鼻先で発せられた。
「凄い凄い、よくわかったねお姉さん!」
「お昼ご飯がまだなのね?」
「うん」
残り物でよかったら……――続く言葉を打ち消して、あたいはもう一度、頷いた。
抱っこされたまま通されたのは、リビングだった。
おかしいな、と首を捻る。
以前に御馳走してもらった時は、ダイニングだった筈だ。
食べ終えたその後に、流しで一緒に洗いものをしたから覚えている。
だけど、リビングを見渡して、すぐに納得した。
テーブルに、お姉さんが食べていたのだろう食器が置いてある。
周りには幾つかの本やノートが散らかっていた。
そして、白黒魔法使い。
つまり、此処でお勉強をしながら、ご飯を食べていたんだ。
「お姉さん、ちょっと行儀が悪、……魔理沙!?」
「そうね、ふふ、気をつけるわ」
「あー……こんちゃ」
言葉と違い、視線は一方通行だった。
あたいは魔理沙を見ている。
魔理沙はお姉さんを見ている。睨んでいるっぽい。
お姉さんはあたいを見ている――髪に顔をくっつけてきているのだから、恐らく間違いないだろう。
「チルノは偉いわね。
お姉さんも見習わなくちゃ。
じゃあ、少し待っていて、ぱぱっと作っちゃうから」
数度顔を振り、お姉さんはあたいを下ろした。
こほん――。
キッチンへと引っ込むお姉さんを呆然と眺めていたあたいの耳に、咳払いが入る。
首を回すと、魔理沙が紅茶を飲みながら、視線を下に落としていた。
そこに、見るべきものは何もないように思う。
敢えてあたいを、或いはお姉さんの後ろ姿を視界に入れないようにしているんだろうか。
「今から言うことは、私にしては珍しく、忠告だ」
小さな声。端々が微妙に震えているような気がするのは、俯いているからだろう。
「私を見るな。あいつを見るな。ただ、ふらふらと、動け。
窓が其処にある。私でも通れるんだ。お前になら造作もない。
いいか、チルノ。何気なく、何気なく、動け。――あいつは、何時か、お前を」
シャ――と、魔理沙の頭の横に、人形が現れた――ンハーイ。
気配を感じ、あたいは振り返る。
笑みを浮かべたお姉さんが、すぐ後ろにいた。
右腕で座席の高い椅子を担ぎ、左手に白く可愛らしいカップを握っている。
小首を捻るあたいに、お姉さんは顔を更に綻ばせながら、言う。
「忘れていたわ。
お姉さんの椅子じゃ高いもの、これを使って頂戴。
それと、ご飯まで少しかかるから、その間、お茶でも飲んでいて」
魔理沙に視線を向け、続ける。
「あんた、何か勘違いしているみたいだけど、いい?
私はチルノにとって、人形遣いのお姉さん。
それ以上でも以下でもないわ」
あたいにはよくわからなかったが、魔理沙は何かをつかんだようだ。
あげた顔に微苦笑を浮かべ、人形の髪を撫でている。
もう片方の手で、ポットの取っ手を掴む。
ポットは、お姉さんが差し出したカップに、傾けられた。
「それと……沈黙は金、雄弁は水銀よ?」
だばーと勢いよく流れる紅茶が、すぐにカップからあふれ出る――「魔理沙、魔理沙、戻して戻して!」
お姉さんが戻ってくるまで、あたいは魔理沙と二人きりだ。
「監視はあるがな。いた、痛い!」
「人形からこっちの様子がわかるの?」
「地底の異変の名残さ。……なぁ」
「これ、甘くて美味しいね。ん、なに?」
「飯の前に飲みすぎるなよ」
「うん、気をつける。どれくらいかかるかな」
「さぁ……。いや、そうじゃない」
空いたカップに、魔理沙がまた、注いでくれた。
「結構、来てるのか?」
「どうだろ。時々かな。ふらふらとね」
「何時から……って、まさか」
「えーっと、ほら、だいだらぼっちを探してた後、かなぁ」
「……Oh、Shit」
嫉妬?
「やきもち?」
「……」
「魔理沙?」
「……」
「もう、応えなさいよぅ!」
くしゃりとあたいの髪を一撫でし、ウィンクして、魔理沙が笑った。
「沈黙は金、雄弁は水銀、だぜ」
「卵焼きと乳酸菌?」
「何の話だ何の」
暫く、そんな他愛もない話を続けた。
三杯目に口をつけた所で、あたいは、そう言えばと首を捻る。
「魔理沙はなんでいるの?」
魔理沙も小首を傾げた。
質問がわからない、と言う感じじゃない。
証拠に、生返事のように要領を得ない頷きが返された。
奥を見ているようだった。
「ねぇ?」
「ん、あぁ……夜に集まるんだよ」
「ふーん。それで、早めに来て、お昼ご飯も御馳走になったんだ」
まぁな――短く応える魔理沙の視線が、不意に壁の方に向けられた。
「おかしくないか……?」
「なにが? あ、時計を見ているの?」
「あぁ。時間がかかり過ぎている……いくらなんでも遅すぎる!」
言われてみれば、そんな気がする。
正確な時間なんて覚えていない。
だけど、飲んだ紅茶で大体の経過は判断できる。
ごくりごくりと飲んだ一杯目はともかく、ちびちびと飲んだ二杯目は結構な時間がかかったはずだ。
どうしたのかな、お姉さん。
あたいが声に出そうとした時、魔理沙が立ち上がる直前、その傍らで浮いていた人形が、お辞儀しながら腕を奥へと伸ばした。
合わせたように、お腹を刺激する良い匂いが、漂ってくる。
「ごめんなさい、待たせたわね、チルノ」
匂いと声に振り返ったあたいは、目を輝かせた。
お姉さんは、右手の盆にカレーライスを、左手の方にはナゲットを乗せている。
後ろに続く人形が、小さな両手でハンバーグが乗った盆を運んできた。
更に遅れてきた子の盆には、ドリアだ。
お姉さんに抱きつきたい衝動を抑え、代わりとばかりに歓声を上げる。
「凄い凄い! とっても美味しそう! ありがとうお姉さん!」
「そうよチルノ、お姉さんは美味しそうなのよ!」
「待てこらぁっ!?」
歓声と言う割に、あたいの声が一番小さかった。と言うか、魔理沙の声が大きすぎてかき消された。
「素麺!
私とお前が食べたのは素麺だったろう!?
なに『子どもが好きそうな食べ物ベスト10』を参考にしたような飯を広げてんだよ!」
「ノーノー!
アイムノットジャパニーズ!
スロウィ、プリーズ、ベリィベェリィスロォウリィ!」
怒鳴る魔理沙に耳を塞ぐお姉さん。
うるさいからあたいも塞ぎたい。
頭がくらくらする。
……そう言えば、家に入る前の匂いは醤油っぽかった。麺つゆだったのかな。
「わ、た、し、と、お、ま、え、が、あぁぁもぉ、面倒くさい! It is a vermicelli that you and I ate!!」
「ねぇチルノ、お姉さん、ちょっと張り切りすぎちゃった。余り物だから、残してもいいわよ?」
「ファッキュゥゥゥゥ!!」
シャンハーイ、と人形が剣を抜く。
ヒュバッ、と魔理沙も袖から八卦炉を取り出した。
『一触即発』――確か、橙と椛が睨みあっている時に教えてもらった言葉だ。
意味だって教えてもらっていたはずなんだけど、ぱっとは出て来なかった。
曖昧な記憶を脇にどけ、あたいは目の前に集中する。
むむ……全部、食べられるかなぁ。
「チルノの前よ。言葉遣いに気をつけて」
「あほんだらをいてこましてやりますわ」
あたいは首を数度振り、お姉さんの服を引いて、魔理沙に視線を投げかけ、言う。
「一杯あるのは嬉しいけど、やっぱり食べきれない。
だから、ねぇねぇ、一緒に食べよ。
それとも、もう入らない?」
服を握っていた手が引っぱられる。貧血を起こしたように、お姉さんが倒れそうになっていた。
「わ、わ、お姉さん!?」
「大丈夫、大丈夫よ、チルノ。私はお姉さん」
「いや、訳が解らん。あー……『ねぇねぇ』に感じ入ったか」
半眼で頷き、魔理沙が八卦炉を袖に戻した。
人形も剣を鞘に収め、お姉さんも椅子に座る。
なんて言うんだっけ、これ。えーと、そうだ、『こはかすがい』。間違ってる?
開かれる片目に、向けられる笑みに、あたいも両手を合わせた――「いただきまーす!」
少女食事中――。
「おいし、おいし!」
「ふふ、たくさん食べてね」
「だからって、喉、詰まらせるなよ」
「そうだ、ねぇチルノ、貴女、髪を金色にするつもりはなぁい?」
「ぶほぅ!? お、お前な!」
「魔理沙、汚い。んー、あたいのトレードマークだし……」
「……そも、髪質痛めるぞ?」
「それもそうか。……心外ね、魔理沙。髪の色を変えるだけの魔法の薬よ」
「そういやお前、そのナップサックの下げ方おかしくないか?」
「羽があるから後ろにできないもん」
「とりあえず、下ろしましょうか。お腹の上じゃ苦しいでしょう?」
「ん。……なんか、妊婦さんみたいだしね」
「待て待て待てアリス、殺意を滾らせる前に出来ることがあるだろう」
「え、お姉さん、どうにか出来るの?」
「……紐の位置を変えればいいだけだから、簡単よ。かしてもらえる?」
「お姉さんお姉さん、ソレ、とって!」
「いい目をしているわ。このケチャップはオリジナルに倣ってキノコを原料に」
「いや、福神漬を指差しているように見えるが。あ、アリス、ソイツくれ。……投げんなぁぁぁ!」
「この福神漬もね、いいものよ。着色料なんて勿論使っていないし、栄養満点なんだから」
「……どうして今の流れで爪楊枝ってわかるんだろう?」
「んぁ、チルノ、口元」
「ケチャップがついちゃっているわ」
「んー……。なに、お姉さん、魔理沙、なんで笑ってるの?」
――少女食事中。
御馳走様と声を合わせ、膨らんだお腹に手を当てる。
お皿洗いの後片付けを申し出るも、何時もと違い、やんわりと断られた。
『偶には見習ってもらわないと』――笑顔のお姉さんに、魔理沙が肩をぶるりと震わせもろ手を挙げた――『へーへ』。
ぽーん、と時計の音が鳴り、変わらない空の代わりに夕暮れの訪れを告げる。
お姉さんと魔理沙が、玄関まで、あたいを見送ってくれた。
「はい、ナップサック」
「ありがとうお姉さん! あれ、なんか重くなってる?」
「ジャムだそうだ。ラベルにゃブドウって書いてたな。ヤマブドウだろう」
木苺のジャムもお姉さんに貰ったんだっけ。
「……そういやアリス、ニンジンって書いてあるのも見かけたぞ」
「あら、知らなかった? 永夜の異変から、ちょくちょく作っていたのよ」
「好きだね節介。それとも、騒がしたからか? その調子で、キノコのジャムをだな」
一蹴されていた。
でも、そっか。
お姉さんも異変にかかわってるんだ。
それも、話しぶりからして、解決する側で……。
「どうかして、チルノ?」
腰を曲げて聞いてくるお姉さんに、あたいは小さく頭を振った。
そして、手を振り、空へと浮かぶ。
「またね、アリスお姉さん、魔――」
その時。
魔理沙が動く。
あたいの眼前だ。
背中を向けている。
ちらりと八卦炉が見えた。
迸る魔力は白黒魔法使いの代名詞。
覚えがある。恋符‘マスタースパーク‘だ。
「行け、早く行け! 恐らく、恐らく、効いちゃいない!」
「――理沙!? え、え、なに、どうしたの、お姉さんは!?」
「お姉さんはちょっと発作を起こしちゃったんだ! 私が面倒をみる! だから、早く、行けぇぇぇ!」
よくわからない。
だけど、ここは任せた方がよさそうだ。
発作の内容は気になるけれど、魔理沙なら安心できるしね。
お姉さんと魔理沙は、リグルとミスチーのように仲が良い。
ナップサックが羽の邪魔にならないことに今更ながら感心しつつ、あたいは、ふわふわと森の外を目指した――。
《幕間》
「……きゅぅ」
「ふふ、発作だなんて酷いわね」
「ちくしょう……ストレートに、紫みたいだって、言ってやろうか?」
「『アリスお姉さん』と読んでもらえるなら、構わない」
「そこまでか」
「魔理沙、永遠の一回休みよ。じゃあね」
「いいや、まだだ」
「今の私には、ファイナルスパークだって通じない」
「け、光栄だね。未だに永夜をよく覚えてやがる。だがな、ラスペじゃないさ」
「……ブレイジングスター?」
「ちょいと違うが、ラストワードだ。
その形のいい耳かっぽじって聞きやがれ。
二度と言わん――ア、アリスお姉ちゃん、行っちゃ、ヤだぜ」
「……」
「いや、あの、なんか言えよ」
「萎えたわー」
「おいこら!? 金髪だぞアリスお姉ちゃん!」
「そろそろ二人も来る頃かしらね」
「ひ、人が羞恥心ぶっちぎって言ったのに、お前ってやつは!」
「……馬鹿ね。あんたは、そう言うんじゃないでしょう?」
《幕間》
アリスお姉さんの家から離れて数分、あたいは下の方であがる二つの声を耳にした。
ふわふわと飛んでいたからだろう、まだ森の中だった。
視線を落とせば、瞳に木が飛び込んでくる。
古道具屋もまだ見ていない。
この先にあるのはお姉さんの家か魔理沙の家で、だから、向かってくる誰かがわかった。
「そんなに妹っていいものかしら」
「うーん、私も、一人っ子なので……」
「まぁ、アリスの場合、末妹だからって気もするけど」
魔理沙も『集まる』って言っていたし。
高度を下げてから、朝や昼と同じように、あたいは両手を広げて飛びかかる。
「こんばんは、霊夢、早苗お姉さ、ぐぇ!?」
「突然現れて襲いかかるんじゃない!」
「私は構いませんけど……」
ナップサックでも羽でもなく、霊夢は服の後ろ襟を的確に掴んできやがった。
地面に尻もちをつき、けほけほと呻きつつ首元を押さえる。
えぅぅ、痣になってるんじゃないのコレ?
「えっと……こんばんは、チルノさん」
膝を折り、背を撫でてくれながら、お姉さん。
お姉さんは霊夢と同じで――正確には違うらしいけど――巫女だ。
でも、見てほしい、こんなに優しいのだ。時々、トランス状態に入るらしいけど。
……だけど、聞いた覚えがある――『霊夢さんは霊夢さんで優しいのよ。ただ、周りに見せないだけで』
受け入れがたし。
「こんばんは。
……あんた、今、何処に飛びかかろうとしたかわかってる?
なんでそんなことしてるのか知らないけど、本気で怒られる前に止めときなさいな」
呆れたように言う霊夢。
苦笑いで霊夢を見るお姉さん。
二人を見比べ、あたいは目をぱちくりとさせた。
怒られるようなことなの?
「胸に飛び込もうとしたのよ。
なんでって、柔らかくて良い匂いがするから。
ねぇ霊夢、知らないの? 大きな胸って、気持ちいいんだよ!」
言って、後頭部をお姉さんに預ける。ぽよん。
二人を交互に見上げる。
霊夢は、口をぱくぱくと開いたり閉じたりしていた。
一方、お姉さんは、少し前のあたいと同じように、両目をぱちくり。
一拍の後、お姉さんがあたいの手をとり、ゆっくりと引っ張る。
「チルノさんの勝ち」
流石はあたいだ。よくわからないけど、勝ったらしい。
「なんの勝負よ!?」
「ピュアさとか?」
「うぎぎ……!」
頬に人差し指をあてて応えるお姉さんに、霊夢は今にも地団駄を踏みだしそうだ。
「でもねチルノさん、大きくなくたって、女性の胸は気持ちいいんですよ?」
「知ってるけど……霊夢みたいにぺったんこでも?」
「あんたが言うな!」
あ、地団駄踏みだした。
「そんなにムキにならなくても……」
べったんべったん地ならしをする霊夢に、お姉さんがくすりと笑う。
それから、あたいの耳に口を近づけて、囁いた。
んぅ、こそばゆい。
「霊夢さんは、晒……胸を押さえる布を巻いているんですよ。だから」
「でも、お姉さんも巻いてない? 白いのでしょ?」
「……ええ、まぁ」
そっぽを向くタイミングが門番のお姉さんと同じだった。
後、もう片方の腕もあげられた。
また勝ったようだ。
――と思ったら、少し乱暴に引っ張られている。
「……ムキになってる訳じゃないわよ?
でも、おっきくはなってるんだから。
そりゃ、早苗ほどじゃないけど」
掴んできたのは、後ろにいるお姉さんじゃなくて、中腰の姿勢を取る霊夢だった。
腕に白い布が巻きついている。
アレが晒って言うんだ。
「どう?」
掌に、ふに、と柔らかい感触が広がった。
「大きくはない。あ、でも、とっても安心する」
「って、やっぱり妖精並みかぁぁぁ!?」
「確かに以前より膨んでいますね」
もにもに。
あたいじゃないよ? お姉さんだ。
「あの、早苗、早苗さん? なんであんたが触ってるの?」
「いやいや霊夢さん。揉んでいるんです」
「やかましわーっ!?」
涙目で吠える霊夢。
だけど、博麗の巫女は伊達じゃない。
叫んだ時にはもう、余っていた手をお姉さんに伸ばしている。
あたいを挟んで、もにもにもみゅもみゅと激しい戦いが始まった!
……霊夢とお姉さんも仲がいいなぁ。
ミスチーとルーミアみたい。
魔理沙たちとは少し違う。
速い鼓動と暖かい鼓動を感じつつ、そんなことを考えた。
太陽が降りはじめた頃、漸く決着がついたようだった。ドロー。
ばてる二人。
霊夢は前から抱きつく形で、お姉さんは後ろからしなだれかかってくる。
その対象たるあたいは、二人が垂れ流す熱い息で頭がくらくらしそうだった。
桃色吐息って言うんだっけ? 違ったかな。
「熱い……」
「疲れました」
「あたいは、痒い」
突然、ぐぃと姿勢を正すお姉さん。
腕が掛っていたあたいも引っ張られる。
あたいの胴を掴んでいた霊夢も、同じくだ。
結果的に、あんまり状態は変わっていない。
「……首、赤いわね」
「うん。痒くなってきた」
「あ、なんだ、物理的にですか」
疑問符を顔に張り付けて見上げると、お姉さんは微苦笑していた。
「物理……んく?」
問いを言葉にする直前、不意に、首筋を指でなぞられる。
慌てて視線を戻すと、霊夢の手が伸ばされていた。
既に晒を戻していた腕には、白いハンドタオル。
真新しいソレは、だけど妙に、埃臭い匂いを放っている。
「使いなさいな。
ちょっと匂うけど、新品は新品だから。
……あんたなら、常時冷たくできるでしょう?」
直に触れ、指が自由に動かないんだろう――霊夢は、ゆっくりとタオルの端と端を交差させる。
「あれ?」
次の瞬間には、離れていた。
「そう言えばそうでした。
ならば私の方が適していた物を持っています。
効果が切れていたんで、森で霊夢さんと会う前に外していたんですが……」
言って、お姉さんは袴のポケットから青いスカーフを取り出した。
スカーフにしては膨らみがある。
タオルほどの厚みはない。
でも、どう違うの?
首を傾げると、今度は答えが返ってきた。
「これは、神奈子様が使われた、特別なスカーフなんです。
一度水に浸せば、なんと、数時間は冷たいまま。
タオルよりも便利じゃないですか?」
あたいは目を輝かせた。そんな凄いスカーフなんだ!
「……金蝶って書いてある」
「チルノさん、今なら、この格好いい蛙のワッペンもつけますよ?」
「ちょっとあんたこれ外の冷却材……あー、こないだ里の子供に配ろうとしたら、断わられてたの」
霊夢が何事か口を開いているようだが、あたいの耳には入ってこない。
スカーフもさることながら、ワッペンも素晴らしい。
平らな面に描かれていると言うのに、今にも飛びだしてきそうだ。
数十、いや数百もの蛙と激戦を繰り広げたあたいにして、うぅむと唸ってしまう。
実に見事なトノサマガエルだ。
だけど……――勝手に掴もうとする両手を、あたいはぐっと握りしめた。
「チルノさん?」
「あたい、お金持ってない」
「ふふ、いりませんよ。お持ち帰りくださいな」
でも――続けようとするあたいの口に人差し指をあて、お姉さんが、微笑む。
「では、そうですね、スカーフを巻くたびにワッペンを見るたびに、神奈子様を諏訪子様を、思い描いてくださいな」
「わかった! ありがとう、お姉さん!」
「わと、冷やっこいですよぅ」
言いつつも、首根っこに飛びついたあたいの髪を、お姉さんは優しく撫でてくれるのだった。
「さり気に布教すんなー!?」
霊夢がまた吠えているが、勿論、あたいには届かない。
スカーフを首に巻きつけて、くるりと一回転。
霊夢はおざなりに、お姉さんはぱちぱちと拍手してくれた。
疼いていた痒みも大分治まった。今はまだ目立つ赤みも、次第に消えていくだろう。
ナップサックにワッペンを縫いつけようか、とお姉さんが言ってくれたけど、あたいは首を横に振った。
「でも、チルノさん、裁縫は……?」
「うん、だから、つけてもらうの」
「え? 何方に……?」
その横で、今日のことを話すんだ。
何から話そう――考え出す直前、ぱんぱん、と手を打ち鳴らす音。霊夢だ。
霊夢は、木の隙間からちらちらとのぞく空を見上げていた。
一瞬後下を向き、すぐにお姉さんへと移す。
肩を竦めて、口を開いた。
……あたいを見たのかな?
「早苗、そろそろ行くわよ。『暗くなる前に集合』だから、結構ぎりぎりね」
「互いの体を貪りあうのに夢中になってしまっていました」
「変な言い方するな!?」
聞いているのかいないのか、お姉さんは、さらりとあたいの髪を一撫でする。
「チルノさんもお帰りくださいな。気をつけてくださいね」
「んぅ、あたい、最強だから大丈夫よ?」
「気をつけてくださいね」
細めた目から見えたお姉さんの微笑みが、ちょっとだけ怖かった。
「あたい、気をつける。それじゃあね、早苗お姉さん、霊夢!」
お姉さんと肩を竦める霊夢に両手を振って、あたいは帰路に着くのだった――。
《幕間》
「……それにしても」
「どうかした?」
「ええ」
「――どうして、私は『お姉さん』で、霊夢さんは呼び捨てなんでしょう?」
「優しいかどうか、じゃない? 判断基準なんてそんなもんでしょう」
「なるほど。でも、霊夢さんだって……」
「あのね。私が、妖精なんて気にかけると思う?」
「……わかりました。も一つ。何時の間にか、風祝のお姉さんから早苗お姉さんに代わっていたんですが」
「本人に聞きなさい。
……でもまぁ、恐らく、対抗心を持ってるんでしょうね。
異変を解決する側か、発端になる側か、そこまではわからないけれど」
「可愛らしいですねぇ」
「まぁね。ほら、さっさと行きましょう」
「はいな。……あ、最後に一つ。歩きながらで結構です」
「――そも、チルノさんの口調なら、『お姉さん』じゃなくて……」
「あぁ、それはわかりやすいわね。だって、あいつには、いるじゃない――」
《幕間》
燃えて落ちる太陽を背に、あたいは進む。
首筋をちりちりと焦がされる時間だが、今は冷たい。
いい物をもらったと、頭に浮かぶ早苗お姉さんに改めて感謝した。
……神奈子にするんだっけ?
今日も色んなことがあった。
何を話そう、何から話そう。
あたいは考える。
門番のお姉さんに鍛練をつけてもらったこと。
アリスお姉さんにお昼を食べさせてもらったこと。
早苗お姉さんに、神奈子と諏訪子の素晴らしさを教えてもらったこと……あれ、なんか違う?
首を捻ると、背中のナップサックが少し揺れた。
片方の紐をほどき、お腹に回す。
中には、コッペパンとジャムが入っている。
『素気ない』外側には、ワッペンをつけてもらおう。
あたいは、ナップサックを両手で数度叩いた――嬉しくて仕方がない。
そんなことをしていると、そんなことを考えていると、気がつけば着いていた。
肩の力でナップサックを背に戻す。
そうしないと、パンが潰れちゃう。
だって、ぎゅうと抱きつくから。
開かれる戸に吸い寄せられるように、あたいは住処へと飛び込んだ。
「――ただいま、お姉ちゃん!」
「おかえりなさい、チルノちゃん」
そうして、大きくはないけれど、ほっとして、とっても優しくて、凄く良い匂いのする胸に、埋もれるのだった――。
<了>
とは言え、ばくごくばくごくばくごっくん、と詰めた訳じゃない。
三十回噛み、パンとジャムが混じり合ってから飲み込むのだ。
ねばねばする口の中を、木のコップに入った水で洗い流す。
因みに、水の元はあたいが出した氷だった。
きんきんに冷えているかと思ったが、空に浮かぶ太陽のせいだろうか、随分と温くなっている。
それでも、水が水であることに変わりはなく、するすると喉に落ちていく。
うん、美味しい。
椅子の傍の桶からもう一度水を汲み、あたいは奥に向かった。
洗面所には、あたいの頭全部と首くらいまでを映せる鏡が置いてある。
その位の大きさの鏡が置いてある場所を、‘洗面所‘と呼ぶらしい。
ともかく、ひっこめてあった切り株を取り出して、いー、と口を広げた。
戸棚から馬の毛の歯ブラシを取り出し、コショウボクの樹液を塗り、かしかしと歯を磨く。
かしかし、かしかし、かしかし。
今日は何処に行こう。
右上の奥から二番目の歯を縦に磨いている時、ふと思った。
朝は決まっている。
お昼はミスチーの所にでも行こうかな。
あ、だめだ、屋台に予約がどうたら、忙しいって言ってたっけ。
まぁいいや、てきとうに考えよう。
あたいは、もう一度、鏡の前で口を広げた。
根っこが見えるくらい、一杯一杯、歯を噛みあわせる。
鏡に映ったのは、桜色と白色だった。
パンのカスやジャムが付いていたりはしない……かな。
磨き残しなし、おっけー!
ぶくぶくぺーっと口をゆすいで、歯磨き完了。
道具を棚に、切り株を元の場所に戻して、あたいは、洗面所を、そして、住処を後にした――「行ってきまーす!」
朝の目的地はすぐ近く。
羽を広げ、あたいは湖の上をすいすいと飛んだ。
水面が陽の光できらきらと輝いていた。
その上で、大きな葉っぱに乗った小さな蛙がぼぅとこっちを見上げている。
ふふん、お嬢ちゃん、あたいに惚れると火傷するぜ? ……凍傷かな。
なんて思ったけど、そう言えば近頃はあんまり蛙遊びもやっていない気がする。なんでだろ?
浮かんだ疑問に解答を探していると、視界を覆う大きな影。
突き出た時計台が、漫画で見た大魔王の玩具のようなシルエットをしている。
とは言え、あちらと違ってこちらは動かないだろうけど。
……動くのかな。早苗お姉さんが喜びそうだ。
因みに、ふんぞり返っているのも大魔王などではなく、吸血鬼だ。
時間的に、奴らは寝ているだろう。
この暑さの中でベッドに埋もれることができるのだ。
それを考えると、なるほど、奴らはあたいの好敵手たるに相応しい。
叩き起こして遊んでみようか――思っていると、色鮮やかな弾幕が、あたいの傍を駆け抜けた!
挨拶には挨拶を。
両手を広げ、あたいの全身を模った弾幕を作り出す。
氷柱型のものと比べ直接的な攻撃力は落ちるが、その分、かわすのは難しい。
薄い氷膜の先にいるだろう相手に、あたいはにやりと笑みを浮かべた――「いっけぇぇぇ!」
弾幕が動き出す。
同時、あたいも飛んだ。
速さは同じ、だから、一定の間隔が空いている。
さぁ、どう動く?
弾幕でかき消すか。
それとも、思い切り左右に跳ねるか。
相手が相手だから、ひょっとすると、脚で散らすこともできるのかもしれない。
だとすると大変だ。だって、あたいは突っ込んでいる。
ペシャッ、と弾幕が砕けた音がした。
砕けた?
うぅん違う、そうじゃない。
薄い氷は、両手を広げたお姉さんの服に、染み込んだのだ。
これが、あたいの挨拶である。
「おはよう、門番のお姉さん!」
「あは、おはよう妖精!」
「ぷあぅっ」
抱きつくのは予定通りだったけど、ぽよんと頭が跳ね返されるのは予想外だった。やらかい。
目を回すあたいの背に腕を回し、お姉さんが笑いながら小さく叩く。
一定のリズムが心地よく、次第に頭も回復してきた。
むぅ、脚だけでなく、胸まで武器だったとは!
「うーん、相変わらず、チルノは冷やっこくて気持ちいいねぇ」
門番のお姉さんは、門番と言うだけあって、ずっと此処にいたんだろう。
あたいの弾幕を全身に浴びてなお、むっとした熱気が伝わってくる。
……あぁそうか、大きさが足りなかったんだ。
次からはもう少し、弾幕を大きくしよう……覚えていたら。
お姉さんは、他のお姉さんと同じで、とてもいい匂いがする。
日光の香りとでも言うんだろうか。
爽やかで、ふわふわだ。
「くすぐったいよ」
鼻をひくひく動かしていると、お姉さんが笑った。
「さて、ちょっと名残惜しいけど……」
少しの間、あたいはお姉さんを、お姉さんはあたいを楽しんだ。ん、なんか表現が変?
腕の力が少し強められてギュウッとされた後、あたいは地面に下ろされた。
なにも、ぽよぽよふわふわを楽しむために来たんじゃない。
そんなのは二の次だ。
両拳を握り、両腕を広げ、ぺこりと頭を下げる。
「えっと……めーりんしはん、あてくしに、そのかれいなるびぎを」
「おやおや、突然どうしたの」
「誰かに何かを教えてもらう時、勉強は『先生』で、戦い方は『師範』だって」
「なるほど。でも、チルノは、その言葉の意味、解ってる?」
「うぅん、あんまり」
「そうかそうか。だったら、普段通りでいいよ」
「そういうもの?」
「ああ。……言っていたのは、屋台のマスターかな?」
あたいは目をぱちくりとさせた。
「どうしてわかった、って顔をしているね。
なんてことはない、あの子にゃ詰めの甘い所がある。
……それに、彼女ならちゃんと意味も教えるだろうし」
ミスチー曰く、『弾幕を習うなら師匠だ』とのこと。違いがよく解らない。
「まぁいいさ。
機会があれば礼儀も教えよう。
さぁチルノ、まずは準備体操からだ」
ともかく――あたいがお姉さんに会いに来ているのは、もっと強くなるためなのだ。
誤解を与えないよう言っておくと、あたいはお姉さんよりも強い。
太陽にだって勝てるだろう最強なのだから、当然だ。
実際、弾幕ごっこでも勝利をおさめた。
だけど、だからと言ってお姉さんが弱い訳じゃない。
例えば、ただの殴り合いならば、あたいはお姉さんに勝てないかもしれない。
大きな体を、時にきびきびと、時になめらかに動かしている。
背を叩かれたように一定のリズムで続けられるソレは、まるで踊りのよう。
にもかかわらず、容易に触れない、捉えられない。
先の弾幕ごっこの折にも、勝負の最中だと言うのに、あたいは思わず声をあげていた――「格好いい!」
暫く経って、日差しが一層強くなった頃、何処からかぐぅと音が鳴った。
「お姉さん、知ってる? 実は、妖精のお腹は空かないんだよ」
「そう。じゃあ、この甘い飴玉はいらないね。お土産も」
「あたいが『ぐぅ』と言いました」
からからと笑い、あたいの口に飴を転がして、お姉さんは門を背にして座り込んだ――「動いた後は、十分に休まないといけない」
鍛練を終えた後、お姉さんは必ずそう言った。
がむしゃらに体を動かすだけでは駄目なのだ、とも。
何時もはにこやかな顔だけど、その時だけは厳めしくなる。キリッ。
まだまだ元気だったけど、口の中に物を入れている時に激しい動きは宜しくない。行儀が悪い。
「うん、天気もいいし、絶好の日向ぼっこ日和だ」
プィッとお姉さんが顔を逸らした。なんで?
代わりとばかりに、にょっきりと腕が伸ばされた。
もう何回も通っているのだ、あたいだって心得ている。
背中を向けると腕がお腹に回されて、あたいのお尻はお姉さんの太腿に落とされた。
頭柔らかくて尻柔らかい。
「チルノは気持ちいいねぇ」
「お姉さんも気持ちいいよ」
「ふふ、ありがとう」
たっぷりと時間をかけて飴玉を味わい、玉が平らになった頃、あたいはピョンとお姉さんから離れた。
そろそろお昼で、お姉さんが館に引っ込む時間だからだ。
食べていかないかと誘われたが、飴玉のお陰でお腹は空いていない。
そう告げると、お姉さんは頬をかいて笑い、あたいにぴったりの、青色のナップサックを渡してくれた。
「両手が塞がるのは不便だと思っていたんだ。
紙袋を提げて飛ぶのも不格好だしね。
次からは、背負ってくるといい」
中には『お土産』が入っている――そう、朝に食べた、コッペパンだ。
「仕事の片手間に縫ったものだから、ちょいと素気ないけどね」
何本か入れている。
宜しく伝えてほしい。
腹が空けば、食べればいい。
人差し指をピンと立て、お姉さんが口を動かしている。
申し訳ないけれど、余り頭に入ってこなかった。
ナップサックが嬉しすぎたのだ。
「似合う? 似合う?」
早速身につけ、くるりと一回転。
「変じゃない、お姉さん?」
「チルノ、それは背負うもんだって」
「羽があるから、背中には回せないもん」
お姉さんは、ペチンと自分の頭を叩き、笑う。
「あいやー、私も詰めが甘いわね」
一しきり、お姉さんにお礼を言って、あたいは紅魔館を後にした――。
《幕間》
「さーぁ、ご飯だご飯。今日のお昼はなんだろう」
「銀のナイフはいかが?」
「わぉ、メイド長。選ばせて頂けるとは有り難い」
「返答次第ね、門番長。今日は何をして?」
「お嬢様たちの眠りを妨げんとする侵入者を撃退しましたわ」
「ぐぬ……! か、型を教える必要なんてないでしょう!」
「上目遣いで睨まないでください。貴女を食べたくなる。――ありますよ、二つほど」
「一つは、弱くするため。もう一つは、強くするため」
「……はぁ!?」
「あの子は元々強いんですよ。出鱈目な戦い方をするから、先が読めない」
「だから、型にはめようと?」
「ええ。私は一度、負けていますしね」
「それは、まぁ……。でも」
「咲夜さん。時を止めた世界とは言え、絶対零度の中、貴女は動けますか?」
「……」
「もう一方。先ほど言った通り、あの子は強いんです。いずれはお嬢様たちの遊び相手になりえるかもしれない」
「……矛盾しているじゃない」
「型にはまるのと型を使うのは違います。整然とした動きに、ふと、無軌道な考えが生じる……空恐ろしいですわ」
「――尤も、冷やっこくて気持ちいいから相手にした、と言い換えてもいいですが」
「あ、貴女ねぇ!」
「そうはそうと、咲夜さんは昼食をお済ませで?」
「……誰かさんを待ってたから、まだよ。な、何を笑っているの!?」
「いえ、ありがとうございます。お詫びと言ってはなんですが、デザートは用意しますね。甘く紅い、飴玉ですわ」
《幕間》
お腹空いた。
門番のお姉さんと別れてから数分ほどで、あたいは空腹を覚えた。
さっき言った、妖精のお腹は空かないってのは嘘じゃない。
人間も書いていたはずだ――『実は食事を取る必要はない』。
でも、お腹空いた。
不思議なものだ。
お腹が空いたと思えば思うほど、どんどん腹ペコになっていく気がする。
と言うことはつまり、あたいが最強だと思うほど、より最強になっていくのが道理だろう。
あたいは最強の腹ペコ妖精なのだ!
うん、お腹空いた。何故か唐突にうどんが食べたくなったけど、別にうどんじゃなくたっていい。うふふ。
あたいはコッペパンを持っている。
しかもそれは、お腹の近くにぶら下げられていた。
ナップサックと紙袋、二つを開けばすぐに食べられる。
だけど、これは、あたいだけのものじゃない……。
悩むあたいの鼻に、突然、いい匂いが纏わりついた。
お腹が空く匂い、美味しそうな匂い。
食べ物だ!
頭をきょろきょろと左右に振る。
左には木、右にも木。
てきとーに飛んだ先、つまりここは、魔法の森のようだ。
そして、匂いの方に視線を向けると、木々がはれ、一軒の家が見えた。
濃い青色の屋根、白地の壁……覚えがある――お姉さんの家だ!
「あら、チルノ?」
「わ、こんにちは、人形遣いのお姉さん!」
「と、と……相変わらず元気のいい挨拶ね。でも、知らない人にしちゃダメよ?」
片手であたいの髪を撫で、お姉さんは優しく笑った。
思いついた瞬間に、玄関が開いて驚いた。
だけど、あたいは瞬時に立ち直り、お姉さんに飛びつく。
門番のお姉さんより細い腕が、それでもしっかりとあたいの腰に回される。
今度は頭が跳ね返されなかった。ナップサックのお陰かな?
「うん! ……ねぇ、お姉さん、あたいがいるの、わかったの?」
「さて、どうかしら。チルノはどう思う?」
「わかってくれた方が、嬉しいな」
ムギュッと胸に沈められた。
「じゃあ、わかったわ。
次は私が聞いてもいいかしら。
今日は、どうして来てくれたの?」
……どうしてだっけ?
思考が鈍る。
返答を思いつかない。
家の中から漂ってくる匂いが、あたいの集中力を奪っていく。
いや、もっと近くに原因がある。くんくん。醤油だ。
「ふぅむ、お腹が空いているのかしら」
声は、鼻先で発せられた。
「凄い凄い、よくわかったねお姉さん!」
「お昼ご飯がまだなのね?」
「うん」
残り物でよかったら……――続く言葉を打ち消して、あたいはもう一度、頷いた。
抱っこされたまま通されたのは、リビングだった。
おかしいな、と首を捻る。
以前に御馳走してもらった時は、ダイニングだった筈だ。
食べ終えたその後に、流しで一緒に洗いものをしたから覚えている。
だけど、リビングを見渡して、すぐに納得した。
テーブルに、お姉さんが食べていたのだろう食器が置いてある。
周りには幾つかの本やノートが散らかっていた。
そして、白黒魔法使い。
つまり、此処でお勉強をしながら、ご飯を食べていたんだ。
「お姉さん、ちょっと行儀が悪、……魔理沙!?」
「そうね、ふふ、気をつけるわ」
「あー……こんちゃ」
言葉と違い、視線は一方通行だった。
あたいは魔理沙を見ている。
魔理沙はお姉さんを見ている。睨んでいるっぽい。
お姉さんはあたいを見ている――髪に顔をくっつけてきているのだから、恐らく間違いないだろう。
「チルノは偉いわね。
お姉さんも見習わなくちゃ。
じゃあ、少し待っていて、ぱぱっと作っちゃうから」
数度顔を振り、お姉さんはあたいを下ろした。
こほん――。
キッチンへと引っ込むお姉さんを呆然と眺めていたあたいの耳に、咳払いが入る。
首を回すと、魔理沙が紅茶を飲みながら、視線を下に落としていた。
そこに、見るべきものは何もないように思う。
敢えてあたいを、或いはお姉さんの後ろ姿を視界に入れないようにしているんだろうか。
「今から言うことは、私にしては珍しく、忠告だ」
小さな声。端々が微妙に震えているような気がするのは、俯いているからだろう。
「私を見るな。あいつを見るな。ただ、ふらふらと、動け。
窓が其処にある。私でも通れるんだ。お前になら造作もない。
いいか、チルノ。何気なく、何気なく、動け。――あいつは、何時か、お前を」
シャ――と、魔理沙の頭の横に、人形が現れた――ンハーイ。
気配を感じ、あたいは振り返る。
笑みを浮かべたお姉さんが、すぐ後ろにいた。
右腕で座席の高い椅子を担ぎ、左手に白く可愛らしいカップを握っている。
小首を捻るあたいに、お姉さんは顔を更に綻ばせながら、言う。
「忘れていたわ。
お姉さんの椅子じゃ高いもの、これを使って頂戴。
それと、ご飯まで少しかかるから、その間、お茶でも飲んでいて」
魔理沙に視線を向け、続ける。
「あんた、何か勘違いしているみたいだけど、いい?
私はチルノにとって、人形遣いのお姉さん。
それ以上でも以下でもないわ」
あたいにはよくわからなかったが、魔理沙は何かをつかんだようだ。
あげた顔に微苦笑を浮かべ、人形の髪を撫でている。
もう片方の手で、ポットの取っ手を掴む。
ポットは、お姉さんが差し出したカップに、傾けられた。
「それと……沈黙は金、雄弁は水銀よ?」
だばーと勢いよく流れる紅茶が、すぐにカップからあふれ出る――「魔理沙、魔理沙、戻して戻して!」
お姉さんが戻ってくるまで、あたいは魔理沙と二人きりだ。
「監視はあるがな。いた、痛い!」
「人形からこっちの様子がわかるの?」
「地底の異変の名残さ。……なぁ」
「これ、甘くて美味しいね。ん、なに?」
「飯の前に飲みすぎるなよ」
「うん、気をつける。どれくらいかかるかな」
「さぁ……。いや、そうじゃない」
空いたカップに、魔理沙がまた、注いでくれた。
「結構、来てるのか?」
「どうだろ。時々かな。ふらふらとね」
「何時から……って、まさか」
「えーっと、ほら、だいだらぼっちを探してた後、かなぁ」
「……Oh、Shit」
嫉妬?
「やきもち?」
「……」
「魔理沙?」
「……」
「もう、応えなさいよぅ!」
くしゃりとあたいの髪を一撫でし、ウィンクして、魔理沙が笑った。
「沈黙は金、雄弁は水銀、だぜ」
「卵焼きと乳酸菌?」
「何の話だ何の」
暫く、そんな他愛もない話を続けた。
三杯目に口をつけた所で、あたいは、そう言えばと首を捻る。
「魔理沙はなんでいるの?」
魔理沙も小首を傾げた。
質問がわからない、と言う感じじゃない。
証拠に、生返事のように要領を得ない頷きが返された。
奥を見ているようだった。
「ねぇ?」
「ん、あぁ……夜に集まるんだよ」
「ふーん。それで、早めに来て、お昼ご飯も御馳走になったんだ」
まぁな――短く応える魔理沙の視線が、不意に壁の方に向けられた。
「おかしくないか……?」
「なにが? あ、時計を見ているの?」
「あぁ。時間がかかり過ぎている……いくらなんでも遅すぎる!」
言われてみれば、そんな気がする。
正確な時間なんて覚えていない。
だけど、飲んだ紅茶で大体の経過は判断できる。
ごくりごくりと飲んだ一杯目はともかく、ちびちびと飲んだ二杯目は結構な時間がかかったはずだ。
どうしたのかな、お姉さん。
あたいが声に出そうとした時、魔理沙が立ち上がる直前、その傍らで浮いていた人形が、お辞儀しながら腕を奥へと伸ばした。
合わせたように、お腹を刺激する良い匂いが、漂ってくる。
「ごめんなさい、待たせたわね、チルノ」
匂いと声に振り返ったあたいは、目を輝かせた。
お姉さんは、右手の盆にカレーライスを、左手の方にはナゲットを乗せている。
後ろに続く人形が、小さな両手でハンバーグが乗った盆を運んできた。
更に遅れてきた子の盆には、ドリアだ。
お姉さんに抱きつきたい衝動を抑え、代わりとばかりに歓声を上げる。
「凄い凄い! とっても美味しそう! ありがとうお姉さん!」
「そうよチルノ、お姉さんは美味しそうなのよ!」
「待てこらぁっ!?」
歓声と言う割に、あたいの声が一番小さかった。と言うか、魔理沙の声が大きすぎてかき消された。
「素麺!
私とお前が食べたのは素麺だったろう!?
なに『子どもが好きそうな食べ物ベスト10』を参考にしたような飯を広げてんだよ!」
「ノーノー!
アイムノットジャパニーズ!
スロウィ、プリーズ、ベリィベェリィスロォウリィ!」
怒鳴る魔理沙に耳を塞ぐお姉さん。
うるさいからあたいも塞ぎたい。
頭がくらくらする。
……そう言えば、家に入る前の匂いは醤油っぽかった。麺つゆだったのかな。
「わ、た、し、と、お、ま、え、が、あぁぁもぉ、面倒くさい! It is a vermicelli that you and I ate!!」
「ねぇチルノ、お姉さん、ちょっと張り切りすぎちゃった。余り物だから、残してもいいわよ?」
「ファッキュゥゥゥゥ!!」
シャンハーイ、と人形が剣を抜く。
ヒュバッ、と魔理沙も袖から八卦炉を取り出した。
『一触即発』――確か、橙と椛が睨みあっている時に教えてもらった言葉だ。
意味だって教えてもらっていたはずなんだけど、ぱっとは出て来なかった。
曖昧な記憶を脇にどけ、あたいは目の前に集中する。
むむ……全部、食べられるかなぁ。
「チルノの前よ。言葉遣いに気をつけて」
「あほんだらをいてこましてやりますわ」
あたいは首を数度振り、お姉さんの服を引いて、魔理沙に視線を投げかけ、言う。
「一杯あるのは嬉しいけど、やっぱり食べきれない。
だから、ねぇねぇ、一緒に食べよ。
それとも、もう入らない?」
服を握っていた手が引っぱられる。貧血を起こしたように、お姉さんが倒れそうになっていた。
「わ、わ、お姉さん!?」
「大丈夫、大丈夫よ、チルノ。私はお姉さん」
「いや、訳が解らん。あー……『ねぇねぇ』に感じ入ったか」
半眼で頷き、魔理沙が八卦炉を袖に戻した。
人形も剣を鞘に収め、お姉さんも椅子に座る。
なんて言うんだっけ、これ。えーと、そうだ、『こはかすがい』。間違ってる?
開かれる片目に、向けられる笑みに、あたいも両手を合わせた――「いただきまーす!」
少女食事中――。
「おいし、おいし!」
「ふふ、たくさん食べてね」
「だからって、喉、詰まらせるなよ」
「そうだ、ねぇチルノ、貴女、髪を金色にするつもりはなぁい?」
「ぶほぅ!? お、お前な!」
「魔理沙、汚い。んー、あたいのトレードマークだし……」
「……そも、髪質痛めるぞ?」
「それもそうか。……心外ね、魔理沙。髪の色を変えるだけの魔法の薬よ」
「そういやお前、そのナップサックの下げ方おかしくないか?」
「羽があるから後ろにできないもん」
「とりあえず、下ろしましょうか。お腹の上じゃ苦しいでしょう?」
「ん。……なんか、妊婦さんみたいだしね」
「待て待て待てアリス、殺意を滾らせる前に出来ることがあるだろう」
「え、お姉さん、どうにか出来るの?」
「……紐の位置を変えればいいだけだから、簡単よ。かしてもらえる?」
「お姉さんお姉さん、ソレ、とって!」
「いい目をしているわ。このケチャップはオリジナルに倣ってキノコを原料に」
「いや、福神漬を指差しているように見えるが。あ、アリス、ソイツくれ。……投げんなぁぁぁ!」
「この福神漬もね、いいものよ。着色料なんて勿論使っていないし、栄養満点なんだから」
「……どうして今の流れで爪楊枝ってわかるんだろう?」
「んぁ、チルノ、口元」
「ケチャップがついちゃっているわ」
「んー……。なに、お姉さん、魔理沙、なんで笑ってるの?」
――少女食事中。
御馳走様と声を合わせ、膨らんだお腹に手を当てる。
お皿洗いの後片付けを申し出るも、何時もと違い、やんわりと断られた。
『偶には見習ってもらわないと』――笑顔のお姉さんに、魔理沙が肩をぶるりと震わせもろ手を挙げた――『へーへ』。
ぽーん、と時計の音が鳴り、変わらない空の代わりに夕暮れの訪れを告げる。
お姉さんと魔理沙が、玄関まで、あたいを見送ってくれた。
「はい、ナップサック」
「ありがとうお姉さん! あれ、なんか重くなってる?」
「ジャムだそうだ。ラベルにゃブドウって書いてたな。ヤマブドウだろう」
木苺のジャムもお姉さんに貰ったんだっけ。
「……そういやアリス、ニンジンって書いてあるのも見かけたぞ」
「あら、知らなかった? 永夜の異変から、ちょくちょく作っていたのよ」
「好きだね節介。それとも、騒がしたからか? その調子で、キノコのジャムをだな」
一蹴されていた。
でも、そっか。
お姉さんも異変にかかわってるんだ。
それも、話しぶりからして、解決する側で……。
「どうかして、チルノ?」
腰を曲げて聞いてくるお姉さんに、あたいは小さく頭を振った。
そして、手を振り、空へと浮かぶ。
「またね、アリスお姉さん、魔――」
その時。
魔理沙が動く。
あたいの眼前だ。
背中を向けている。
ちらりと八卦炉が見えた。
迸る魔力は白黒魔法使いの代名詞。
覚えがある。恋符‘マスタースパーク‘だ。
「行け、早く行け! 恐らく、恐らく、効いちゃいない!」
「――理沙!? え、え、なに、どうしたの、お姉さんは!?」
「お姉さんはちょっと発作を起こしちゃったんだ! 私が面倒をみる! だから、早く、行けぇぇぇ!」
よくわからない。
だけど、ここは任せた方がよさそうだ。
発作の内容は気になるけれど、魔理沙なら安心できるしね。
お姉さんと魔理沙は、リグルとミスチーのように仲が良い。
ナップサックが羽の邪魔にならないことに今更ながら感心しつつ、あたいは、ふわふわと森の外を目指した――。
《幕間》
「……きゅぅ」
「ふふ、発作だなんて酷いわね」
「ちくしょう……ストレートに、紫みたいだって、言ってやろうか?」
「『アリスお姉さん』と読んでもらえるなら、構わない」
「そこまでか」
「魔理沙、永遠の一回休みよ。じゃあね」
「いいや、まだだ」
「今の私には、ファイナルスパークだって通じない」
「け、光栄だね。未だに永夜をよく覚えてやがる。だがな、ラスペじゃないさ」
「……ブレイジングスター?」
「ちょいと違うが、ラストワードだ。
その形のいい耳かっぽじって聞きやがれ。
二度と言わん――ア、アリスお姉ちゃん、行っちゃ、ヤだぜ」
「……」
「いや、あの、なんか言えよ」
「萎えたわー」
「おいこら!? 金髪だぞアリスお姉ちゃん!」
「そろそろ二人も来る頃かしらね」
「ひ、人が羞恥心ぶっちぎって言ったのに、お前ってやつは!」
「……馬鹿ね。あんたは、そう言うんじゃないでしょう?」
《幕間》
アリスお姉さんの家から離れて数分、あたいは下の方であがる二つの声を耳にした。
ふわふわと飛んでいたからだろう、まだ森の中だった。
視線を落とせば、瞳に木が飛び込んでくる。
古道具屋もまだ見ていない。
この先にあるのはお姉さんの家か魔理沙の家で、だから、向かってくる誰かがわかった。
「そんなに妹っていいものかしら」
「うーん、私も、一人っ子なので……」
「まぁ、アリスの場合、末妹だからって気もするけど」
魔理沙も『集まる』って言っていたし。
高度を下げてから、朝や昼と同じように、あたいは両手を広げて飛びかかる。
「こんばんは、霊夢、早苗お姉さ、ぐぇ!?」
「突然現れて襲いかかるんじゃない!」
「私は構いませんけど……」
ナップサックでも羽でもなく、霊夢は服の後ろ襟を的確に掴んできやがった。
地面に尻もちをつき、けほけほと呻きつつ首元を押さえる。
えぅぅ、痣になってるんじゃないのコレ?
「えっと……こんばんは、チルノさん」
膝を折り、背を撫でてくれながら、お姉さん。
お姉さんは霊夢と同じで――正確には違うらしいけど――巫女だ。
でも、見てほしい、こんなに優しいのだ。時々、トランス状態に入るらしいけど。
……だけど、聞いた覚えがある――『霊夢さんは霊夢さんで優しいのよ。ただ、周りに見せないだけで』
受け入れがたし。
「こんばんは。
……あんた、今、何処に飛びかかろうとしたかわかってる?
なんでそんなことしてるのか知らないけど、本気で怒られる前に止めときなさいな」
呆れたように言う霊夢。
苦笑いで霊夢を見るお姉さん。
二人を見比べ、あたいは目をぱちくりとさせた。
怒られるようなことなの?
「胸に飛び込もうとしたのよ。
なんでって、柔らかくて良い匂いがするから。
ねぇ霊夢、知らないの? 大きな胸って、気持ちいいんだよ!」
言って、後頭部をお姉さんに預ける。ぽよん。
二人を交互に見上げる。
霊夢は、口をぱくぱくと開いたり閉じたりしていた。
一方、お姉さんは、少し前のあたいと同じように、両目をぱちくり。
一拍の後、お姉さんがあたいの手をとり、ゆっくりと引っ張る。
「チルノさんの勝ち」
流石はあたいだ。よくわからないけど、勝ったらしい。
「なんの勝負よ!?」
「ピュアさとか?」
「うぎぎ……!」
頬に人差し指をあてて応えるお姉さんに、霊夢は今にも地団駄を踏みだしそうだ。
「でもねチルノさん、大きくなくたって、女性の胸は気持ちいいんですよ?」
「知ってるけど……霊夢みたいにぺったんこでも?」
「あんたが言うな!」
あ、地団駄踏みだした。
「そんなにムキにならなくても……」
べったんべったん地ならしをする霊夢に、お姉さんがくすりと笑う。
それから、あたいの耳に口を近づけて、囁いた。
んぅ、こそばゆい。
「霊夢さんは、晒……胸を押さえる布を巻いているんですよ。だから」
「でも、お姉さんも巻いてない? 白いのでしょ?」
「……ええ、まぁ」
そっぽを向くタイミングが門番のお姉さんと同じだった。
後、もう片方の腕もあげられた。
また勝ったようだ。
――と思ったら、少し乱暴に引っ張られている。
「……ムキになってる訳じゃないわよ?
でも、おっきくはなってるんだから。
そりゃ、早苗ほどじゃないけど」
掴んできたのは、後ろにいるお姉さんじゃなくて、中腰の姿勢を取る霊夢だった。
腕に白い布が巻きついている。
アレが晒って言うんだ。
「どう?」
掌に、ふに、と柔らかい感触が広がった。
「大きくはない。あ、でも、とっても安心する」
「って、やっぱり妖精並みかぁぁぁ!?」
「確かに以前より膨んでいますね」
もにもに。
あたいじゃないよ? お姉さんだ。
「あの、早苗、早苗さん? なんであんたが触ってるの?」
「いやいや霊夢さん。揉んでいるんです」
「やかましわーっ!?」
涙目で吠える霊夢。
だけど、博麗の巫女は伊達じゃない。
叫んだ時にはもう、余っていた手をお姉さんに伸ばしている。
あたいを挟んで、もにもにもみゅもみゅと激しい戦いが始まった!
……霊夢とお姉さんも仲がいいなぁ。
ミスチーとルーミアみたい。
魔理沙たちとは少し違う。
速い鼓動と暖かい鼓動を感じつつ、そんなことを考えた。
太陽が降りはじめた頃、漸く決着がついたようだった。ドロー。
ばてる二人。
霊夢は前から抱きつく形で、お姉さんは後ろからしなだれかかってくる。
その対象たるあたいは、二人が垂れ流す熱い息で頭がくらくらしそうだった。
桃色吐息って言うんだっけ? 違ったかな。
「熱い……」
「疲れました」
「あたいは、痒い」
突然、ぐぃと姿勢を正すお姉さん。
腕が掛っていたあたいも引っ張られる。
あたいの胴を掴んでいた霊夢も、同じくだ。
結果的に、あんまり状態は変わっていない。
「……首、赤いわね」
「うん。痒くなってきた」
「あ、なんだ、物理的にですか」
疑問符を顔に張り付けて見上げると、お姉さんは微苦笑していた。
「物理……んく?」
問いを言葉にする直前、不意に、首筋を指でなぞられる。
慌てて視線を戻すと、霊夢の手が伸ばされていた。
既に晒を戻していた腕には、白いハンドタオル。
真新しいソレは、だけど妙に、埃臭い匂いを放っている。
「使いなさいな。
ちょっと匂うけど、新品は新品だから。
……あんたなら、常時冷たくできるでしょう?」
直に触れ、指が自由に動かないんだろう――霊夢は、ゆっくりとタオルの端と端を交差させる。
「あれ?」
次の瞬間には、離れていた。
「そう言えばそうでした。
ならば私の方が適していた物を持っています。
効果が切れていたんで、森で霊夢さんと会う前に外していたんですが……」
言って、お姉さんは袴のポケットから青いスカーフを取り出した。
スカーフにしては膨らみがある。
タオルほどの厚みはない。
でも、どう違うの?
首を傾げると、今度は答えが返ってきた。
「これは、神奈子様が使われた、特別なスカーフなんです。
一度水に浸せば、なんと、数時間は冷たいまま。
タオルよりも便利じゃないですか?」
あたいは目を輝かせた。そんな凄いスカーフなんだ!
「……金蝶って書いてある」
「チルノさん、今なら、この格好いい蛙のワッペンもつけますよ?」
「ちょっとあんたこれ外の冷却材……あー、こないだ里の子供に配ろうとしたら、断わられてたの」
霊夢が何事か口を開いているようだが、あたいの耳には入ってこない。
スカーフもさることながら、ワッペンも素晴らしい。
平らな面に描かれていると言うのに、今にも飛びだしてきそうだ。
数十、いや数百もの蛙と激戦を繰り広げたあたいにして、うぅむと唸ってしまう。
実に見事なトノサマガエルだ。
だけど……――勝手に掴もうとする両手を、あたいはぐっと握りしめた。
「チルノさん?」
「あたい、お金持ってない」
「ふふ、いりませんよ。お持ち帰りくださいな」
でも――続けようとするあたいの口に人差し指をあて、お姉さんが、微笑む。
「では、そうですね、スカーフを巻くたびにワッペンを見るたびに、神奈子様を諏訪子様を、思い描いてくださいな」
「わかった! ありがとう、お姉さん!」
「わと、冷やっこいですよぅ」
言いつつも、首根っこに飛びついたあたいの髪を、お姉さんは優しく撫でてくれるのだった。
「さり気に布教すんなー!?」
霊夢がまた吠えているが、勿論、あたいには届かない。
スカーフを首に巻きつけて、くるりと一回転。
霊夢はおざなりに、お姉さんはぱちぱちと拍手してくれた。
疼いていた痒みも大分治まった。今はまだ目立つ赤みも、次第に消えていくだろう。
ナップサックにワッペンを縫いつけようか、とお姉さんが言ってくれたけど、あたいは首を横に振った。
「でも、チルノさん、裁縫は……?」
「うん、だから、つけてもらうの」
「え? 何方に……?」
その横で、今日のことを話すんだ。
何から話そう――考え出す直前、ぱんぱん、と手を打ち鳴らす音。霊夢だ。
霊夢は、木の隙間からちらちらとのぞく空を見上げていた。
一瞬後下を向き、すぐにお姉さんへと移す。
肩を竦めて、口を開いた。
……あたいを見たのかな?
「早苗、そろそろ行くわよ。『暗くなる前に集合』だから、結構ぎりぎりね」
「互いの体を貪りあうのに夢中になってしまっていました」
「変な言い方するな!?」
聞いているのかいないのか、お姉さんは、さらりとあたいの髪を一撫でする。
「チルノさんもお帰りくださいな。気をつけてくださいね」
「んぅ、あたい、最強だから大丈夫よ?」
「気をつけてくださいね」
細めた目から見えたお姉さんの微笑みが、ちょっとだけ怖かった。
「あたい、気をつける。それじゃあね、早苗お姉さん、霊夢!」
お姉さんと肩を竦める霊夢に両手を振って、あたいは帰路に着くのだった――。
《幕間》
「……それにしても」
「どうかした?」
「ええ」
「――どうして、私は『お姉さん』で、霊夢さんは呼び捨てなんでしょう?」
「優しいかどうか、じゃない? 判断基準なんてそんなもんでしょう」
「なるほど。でも、霊夢さんだって……」
「あのね。私が、妖精なんて気にかけると思う?」
「……わかりました。も一つ。何時の間にか、風祝のお姉さんから早苗お姉さんに代わっていたんですが」
「本人に聞きなさい。
……でもまぁ、恐らく、対抗心を持ってるんでしょうね。
異変を解決する側か、発端になる側か、そこまではわからないけれど」
「可愛らしいですねぇ」
「まぁね。ほら、さっさと行きましょう」
「はいな。……あ、最後に一つ。歩きながらで結構です」
「――そも、チルノさんの口調なら、『お姉さん』じゃなくて……」
「あぁ、それはわかりやすいわね。だって、あいつには、いるじゃない――」
《幕間》
燃えて落ちる太陽を背に、あたいは進む。
首筋をちりちりと焦がされる時間だが、今は冷たい。
いい物をもらったと、頭に浮かぶ早苗お姉さんに改めて感謝した。
……神奈子にするんだっけ?
今日も色んなことがあった。
何を話そう、何から話そう。
あたいは考える。
門番のお姉さんに鍛練をつけてもらったこと。
アリスお姉さんにお昼を食べさせてもらったこと。
早苗お姉さんに、神奈子と諏訪子の素晴らしさを教えてもらったこと……あれ、なんか違う?
首を捻ると、背中のナップサックが少し揺れた。
片方の紐をほどき、お腹に回す。
中には、コッペパンとジャムが入っている。
『素気ない』外側には、ワッペンをつけてもらおう。
あたいは、ナップサックを両手で数度叩いた――嬉しくて仕方がない。
そんなことをしていると、そんなことを考えていると、気がつけば着いていた。
肩の力でナップサックを背に戻す。
そうしないと、パンが潰れちゃう。
だって、ぎゅうと抱きつくから。
開かれる戸に吸い寄せられるように、あたいは住処へと飛び込んだ。
「――ただいま、お姉ちゃん!」
「おかえりなさい、チルノちゃん」
そうして、大きくはないけれど、ほっとして、とっても優しくて、凄く良い匂いのする胸に、埋もれるのだった――。
<了>
甘くて幸せな気分です。
チルノはマリアリの子供でOK
そして、爪楊枝は投げるもの。
最後あたりの魔理沙に萌えた。がんばれ魔理沙超がんばれ!!
薔薇乙女もついに幻想入りか。
ただちょっと文章が読みづらいなぁ・・・
あと地味にマリアリとレイサナの要素が見られるのも◯