「アリス、邪魔するぜー。何か冷たい物くれよ」
「私の視線でどうかしら。当社比120%」
「熱烈すぎてまいっちゃうな。見ての通りの照れ屋さんだからあんまり見つめないでくれ」
冬妖怪の冷気より冷たいつもりだったが効果無いらしい。まずその暑苦しい格好をやめたらどうか。
玄関でいつもの三角帽子を脱ぐと、上海がそれを受け取り帽子掛けに。最近学習したらしい。こんなこと覚えなくていいのだが。
魔理沙が椅子に座ると上海はその頭の上へ。最近そこが定位置らしい。あなた誰の人形だっけ。
とりあえずアイスティーでも淹れてやることにする。自分で。
魔法の森は蒸し暑い。
まあ夏場の森林がカラッとしてるわけはないのだが。
幸いにして魔法使いである私の体は人間より寒暖の変化に強く、この気候もそれほど苦にはならない。
それでも人形たちには良い環境ではないので、空調には気を配っている。
よって多少は過ごしやすい我が家に、魔理沙が涼みに来ることも珍しくはない。
「なあ、何だこれ」
そんな私の家に見慣れない物があれば、自称蒐集家のこいつが興味を持つのも当然であった。
ぶいんぶいんと左右にゆっくり首を振りながら、風を生み出している機械。
外の世界の冷房用機械で扇風機と言うらしい。
「にとりからモニターしてくれって預かってるの」
「何だと。あいつめ、順番からしてまず私の所に持ってくるのがスジってもんだろうに」
「あんたの家じゃ埃をかき混ぜるだけじゃない。それどころか置き場があるかすら怪しいわ」
こうは言ったものの、当初にとりも魔理沙にこれを預けるつもりであった。
それがどうしてここにあるかというと、だ。
◇
話は数日前にさかのぼる。その日、私は妖怪の山へと赴いていた。
我が家には外の世界の人形もいくつかあるのだが、その人形の中に「電池」というものが必要な個体があった。
その電池とやらは機械を扱っている河童に聞けば何とかなるかも知れないという。
ならばと知り合いの河童であるにとりの住処を訪ねてみたのだが。
そこでにとりは一心に何かの機械を製作していた。
話に寄れば、にとりは早苗に外の世界での涼を取る機械のことを聞いたそうだ。
その内、エアコンなる物は早苗自身がどういった構造をしているかよくわかっていなかったために頓挫。
だが扇風機の方は羽根を回転させて風を起こすという比較的シンプルな構造で、これならばと製作に着手。
そしてちょうど試作第一号が組み上がったところであった。
四角い箱の台座から細い胴体が伸び、その上に頭部……と言うべきか円筒状の物が乗っている。
筒の前面には四枚の板が×字に装着されており、この羽根が回転して風を送り出す。
なるほど、風を動力に変換させる風車の逆の発想なわけか。
ただ、外の世界で使っている材料は容易に手に入らないため、羽根などは加工しやすい銅で作ってあるようだ。
できあがったそれを、早速魔理沙に渡してモニターさせようかと嬉々とするにとり。
いやいや、試作品はまず動かしてみるのが普通だろう。
私も多少は興味があるし、せっかく居合わせたので動作試験に立ち会うと申し出た。
「よーし、じゃあスイッチオーン!」
箱に付いたスイッチの一つがばちんと押し込まれる。
小さく唸るような音とともに羽根が高速で回転を始める。
そして羽根は強力な風を生み出し──その反動で、試作第一号は窓を破って空高く飛んでいった。
「いやー、しっぱいしっぱい」
鳥になった第一号をのびーるアームで回収したにとりは、てへりと笑ってすぐさま改修に入った。
試作第二号は出力をやや弱められ、台座に飛ばない程度の重りを据え付けられた。
今度こそ大丈夫だよ、とおよそ五分の改修を終えた第二号のスイッチが再び入れられる。
羽根が回転を始めても、重りの入った台座は動くことなく安定したままだ。
出力を落とされた風も少々強いが大丈夫だろう。
そうひと安心したところで羽根の軸がばきんと折れ、高速回転する凶器が私めがけて飛んできた。
「いやあああああっ!?」
とっさに張った障壁にぶつかり、がらんと落ちる巨大手裏剣。
危うく首が飛ぶところだった。これが人間だったらと思うとぞっとしない。
「はぁ、はぁ……ちょっとあんた、こんな危険物を人に渡すつもりだったの……?」
「ごめんねー。まあ無事だったし、魔理沙に渡す前で良かったってことで。
ちょうど共振して脆くなっちゃったのかな」
「もう少し反省しなさいよ……」
その後も色々あった。
機械部分が火を吹いた。
首を振らせたら回りすぎて接続部がもげた。
にとりがうっかり感電した。水タイプには効果は抜群だ。
スイッチで風量を変えようとしてみたら自爆スイッチだった。ぶっ飛ばすぞ。
立ち会うと言った手前どうにも途中で帰りづらく、私も作業を協力するハメになってしまった。
目の前で作っていた物の事故で怪我人なんぞ出ようものなら寝覚めも悪いことだし。
試作を重ねること……多分七台目くらい。
ようやくそれなりの安定性を獲得できたと思われる。
そこへ機械の修理依頼に早苗がやってきた。
にとりは話の元である早苗へ、できあがった試作品をどうだと自信満々見せてみたところ、
「ああ、ローリングサンダーを練習するアレですか? いぶし銀ですね」
よくわからないことを言いながらしゅっしゅっと拳闘の真似を始める早苗。よくわからない子だ。
詳しく聞けば、外の世界の扇風機の羽根はもっと幅を大きくして空気をかきやすくしてあるとか。
そして羽根を鉄の網で覆ってうっかり触れないよう配慮してあり、もし外れても網に阻まれ飛び出すこともないというわけだ。
そういう大事なことは最初に伝えておけ。
早苗の指導のもと、羽根の形を変え、鉄の網がかぶせられ試作第七号は完成を見た。
後はしばらく試用してもらう段階……なのだが。
どうにも万が一があってはと気になって、霧雨邸へ向かおうとするにとりを引き止める。
結局、魔理沙の家には置き場がないとか埃が機械部分に詰まるわよとか説明して、私が預かることにさせてもらった。
「気にしすぎじゃないの? 何度もチェックしたじゃん」
「て言うか過保護すぎなんじゃないですかね。誰に対してとは言いませんけど」
うるさい。
◇
そんな経緯の末に扇風機は我が家に鎮座している。
一応数日の間にちょくちょく動かして確認し、今は朝から七時間程度の連続運転をさせてみているが特に異常はない。
魔理沙は風を出すそれを物珍しそうに眺め、網や胴体をぺたぺた触ったり手の平で風を受けてみたり。
「おー、便利だなこりゃ。持って帰っていいか?」
「預かり物なんだからダメに決まってるでしょ。あと網の隙間に指入れたりしないように」
「わかってるよ」
と言いつつ、網の目をぐりぐりしていた人差し指を引っ込める。わかってないだろ。
「んじゃ、ここで堪能していくか」
どっかと扇風機の前に腰を下ろし、風を正面で受けようと左右に回る首を追いかける魔理沙。
頭を振るたびに、上に乗ってる上海が落ちそうになってわたわたとしがみつく。戻ってきなさいよ。
「首の後ろに付いてるツマミを引っ張ったら止まるわよ」
「これか。よっと」
ぺこんとツマミを引っ張り、首を正面に固定して座り込む。
魔理沙は目を閉じ、背中まであるくせっ毛をぱさぱさなびかせて涼風を堪能する。
「あー、涼しー。……お?」
何かに気付いたように、はてと首を捻る魔理沙。そして大きく息を吸い込み、
「あ゛~~~~~~。おお、震えて聞こえるぞ」
「ガキんちょじゃあるまいし、何が楽しいのやら」
回転する羽根に当たって跳ね返る声と、羽根の隙間を通る声。
大小二つの声が連続することで震えて聞こえるというだけの単純な現象だ。
声を出しながらスイッチで風速を変えてみたり、横や後ろに回ってみたり。
子供のようにきゃっきゃと喜び扇風機に向き合う魔理沙を、ため息混じりに眺める。
「ワレワレハキノコマジンダゼ~。ほれ、お前も」
「シャンア゛~~~~~~イ」
「おっ、お前はどっかのご主人と違ってノリいいな。かわいげのあるやっちゃ」
「シャンア゛ーイ」
魔理沙に撫でられ喜ぶ上海が、チラッとこっちを見る。私はやらないわよ。
チラッチラッ視線を送る上海を頑なに無視して私はお茶のお代わりを。……本でも読もうかな。
「ら゛ら゛ら゛~ら゛ら゛ら゛ら゛~♪」
今度は歌い出した。
私の家だというのを忘れてやいないか。
……よく考えなくても、こいつが人の家だからとか気を遣った覚えはないわね。
まあ大人しくしてるぶんにはかまわないか。見てると何だか和むし。
子供みたいなことしてるのに大人しいとはこれいかに。なんちて。
本の傍ら視線をやれば、魔理沙の歌に合わせてくるくるステップを踏む上海。ほんとあなた誰の人形よ。
ふぅと一息吐くと、チラッチラッこっちを見ていた上海と目が合った。
やはり無視して本に目を戻すと、上海が心配そうに首を傾げる。だからやらないって言ってんでしょ。
そんな中、一人楽しげな魔理沙はたっぷり三曲ほど歌い、アイスティーのお代わりで喉を潤して帰っていった。
玄関から魔理沙が見えなくなるまで見送って。
さて、試運転も半日近く回せばもう十分か。
円筒部分を触ってみると少し熱を持っているが、この程度ならもう危険は無さそうだ。
明日にでもにとりに返すとしよう。
運転を止めるべく扇風機の前で屈んで、スイッチに指を伸ばす。
「……」
スイッチを切ればそれで終わりだ。
羽根の正面にいるから風でセットしてる髪が乱れてしまう。
「…………」
「シャンハーイ?」
ふと、左右を確認。誰もいるわけはないが。
何となく、こほんと一つ咳払い。
「あ、あー。あ゛~」
……おお。
「あ゛~~~~~」
「シャンハイモア゛~~~~」
「楽しそうだな」
ぎしっ、と時間が止まる。まるで部屋ごと凍り付いたように。
古びた人形みたいにぎりぎりと首を回すと、戸口に魔理沙がもたれかかってにやにやしていた。
「あ……、あ……? あんた、帰ったんじゃ……」
「いや、帰りかけたけど。今夜も暑くて寝苦しそうだから、そいつのお世話になろうかなと」
満面の笑みを浮かべた魔理沙は、軽い足取りでこっちへやって来る。
そして石になった私の隣にしゃがみ込み、肩に腕を回して、ぶん殴りたいほどの笑顔を間近で見せつけた。
「あんな楽しそうなアリスは久々に見た気がするぜ」
「違うわ。誤解よ。あれは声の振幅の差で羽根の回転速度が正常か確かめるためにょ」
「安心していいぞ。私は口が堅い方だ」
私の適当な言い訳をほっぺをぷにぷにつついて中断させ、にやりと笑って言う魔理沙。
「ちゃんと鍵を掛ければな」
「……脅迫って言うのよ、それは」
協議の末、夕飯にて秘蔵のワインの放出が決定された。ちくしょう。
「あ゛~。風呂上がりにはたまらんな、これ」
「ちゃんと髪は拭きなさいよ」
ドロワにキャミソールのままで扇風機の前に陣取って、体いっぱいで風を受ける魔理沙。
かく言う私もショーツにスリップの下着姿だが。いくら暑さに強くても、夏場寝るときはやっぱりこんなものだ。
「ほら、ちょっと詰めて」
魔理沙を半分押しのけて、私も扇風機の前に。
お風呂でじゃれ合って火照った体を、風が涼やかに冷ましていく。
魔理沙の方はまた昼間みたいに声を震わせて遊び出した。
「あ゛~。ほれ、アリスも」
「もうやんないわよ」
「楽しんでたくせに、今さら恥ずかしがることでもないだろ。ほら、あ゛~」
「う……。あ、あ゛~」
「ほい、せーの」
「「あ゛~~~~」」
「バ~~~~ッカジャネーノ?」
よし、明日は上海の調整日にしよう。
にとりへ
試験結果:
動作確認、OK。スイッチ、首振り等異常なし。半日程度の連続運転も問題なし。
危険性はほぼ無いと思われる。
「暑くて寝苦しいとか言っといて、同じベッドに入ってちゃ余計暑いでしょうに」
「何のための扇風機だ。これで二人とも快適に眠れるだろ」
備考:
寝苦しい夜にはとても便利。
翌日、お腹出して寝てた魔理沙が風邪引いた。
アリスがア~ってやってたとこはニヤニヤが止まらなかったww
子どもの頃はあの遊びよくしましたね。
……いつか、だれも「あ"~~」を知らないって時代が来るのかな……
こんなマリアリも良い。
シャンア゛ーイ でふいた。視線送ったりとかこれは間違いなく自律上海
マリアリ的には行間で妄想させるワードが散りばめられててニヤニヤでした
壊れないと、捨てにくいのですよ…
ワレワレハ、コノ クウキ スキダァ~~~~~
魔理沙の歌が恋色マスタースパークで脳内再生されましたw
教えて、詳しい人!
長湯の後は、青子さんに身体の火照りを鎮めてもらうんだ
青子さんマジ俺の嫁
ちょと詳しく聞かせてもらおうか
夏って感じがするお話でした。
久しぶりに家の扇風機でア゛~ってやりたくなりました。
やっぱり扇風機は「あ"~~」があってこそですね。
こんな時季に読んじゃったけど夏を思い出して暑さを感じました。
もちろん二人もアツアツである。
殺人扇風機こええw
腹筋がwww
何だかんだで皆ノリノリなのが素敵。ちょっぴり暑さも忘れられるナイスなお話でした。
しっかし早苗さんよ、ローリングサンダーとはまた……
チクショウww上海が良いキャラしててとても楽しめました。
良いほのぼのでした。
もう上海がいいキャラすぎます!
冬なのにマリアリのいちゃいちゃでこっちが暑くなりました