※この物語は、花映塚と文花帖の間を想定しております。また拙作「不良娘と教師とチルノ」の続きとなっております。
この物語だけでも独立したお話となっていますが、上記作品を読んでいないと判りづらい場面がありますのでご了承ください。
幻想郷は夏を迎えていた。
つい数ヶ月前にはあらゆる季節とあらゆる種類の花が同時に咲き乱れるという不思議な事件が起こったのだが、平穏な日常の繰り返しの中で、それもすでに人々の記憶から消え去りつつある。
例年と同じ暑さ、例年と何も変わらぬはずの季節。
事件が起きたのは、そんな時期だった。
1 憤慨した氷精、新聞記者に抗議する
紅魔館の近くに位置する広大な湖――の、上空にて。
小さな妖精はいつものように興奮していた。
理由は実に単純明快。またもや新聞にこっぴどい記事を書かれたからだ。
「お騒がせ氷精、ついに連敗記録を50に伸ばす……何よこの記事は!?」
チルノが手に持つ新聞の一面には、少女自身の写真。フレームの下半分いっぱいに、ぐるぐると目を回して気絶するチルノの姿が大写しになっている。フレームの上の方で∨サインを決める魔法使いに少女が敗北したことが判りやすすぎるくらいによく判る構図だった。
「この間の大ガマの記事よりもさらにカッコ悪いじゃない!? いい加減にしてよ!」
大ガマの記事、とは、沼でカエルたちを凍らせて遊んでいたチルノが、大ガマの怒りを買って丸呑みにされそうになった件か。新聞でその事実を暴露されてしまった少女は、しばらく幻想郷中の笑いものとなったのであった。
新聞を握りしめたまま、小さな腕をぶんぶんと振り回すチルノ。その怒りの様を、新聞を発行した張本人はくすくすと嘲笑う。
スーツ風の白い上着に黒いスカートをきっちりと着こなすその少女の名は、射命丸文。幻想郷最速の種族である烏天狗にして、文々。新聞の記者を務める妖怪である。
彼女はつい4日前、氷精が魔法使いに敗退する場にたまたま居合わせたのだった。その日は他にネタもなかったので、気絶した氷精を放置して魔法使いにインタビューを行い、それをそのまま一面記事にしたのである。魔法使いの言い分をほとんど修正せずに掲載したのだから、チルノが憤慨するのも無理はないと言えよう。
とはいえ、チルノがまだ一度も魔法使いに勝ったことがないのはれっきとした事実である。ゆえに烏天狗は、氷精の抗議をあっさりと一蹴した。
「仕方ありませんよ。我々は読者の皆様に、確かな情報を素早く提供しているだけです」
「だからって、この表現はあんまりよ! 一向に懲りない負け妖精とか、魔法使いはいまだスペルカードを4枚しかセットしてないとか、これでは訓練と称して氷精に凍らされたカエルたちが可哀想とか……。これじゃあたいが一方的に悪くて弱っちいみたいじゃない!」
「どう見ても、一方的に悪い上に弱っちいですが」
「うきー!」
何もない中空でジタバタと地団駄を踏む氷精の姿に、烏天狗はますます笑みを深めるのであった。ああ、やっぱり妖精は面白い。
妖精という種族の思考形態は人間に近いが、人間よりもさらに後先を考えない。面白さを最優先に思いつきだけで行動するその生態は、射命丸のようなゴシップ記者にとっては格好のネタ供給源なのであった。
動物園の珍生物扱いされていることも知らず、氷精は新聞記者に抗議を続ける。
「とにかくー! 一度くらいはカッコいい記事を書いてよ! 大ガマの件だけでも、魔理沙には馬鹿にされるし大ちゃんには叱られるしで散々だったんだからー! これ以上幻想郷に悪い評判が広まったら、誰とも顔を合わせられなくなっちゃうじゃない!」
「ならば一度くらいは、正々堂々と魔法使いに勝ってみせてください。それができたら記事にしてあげます」
「うー、そ、それは……」
たちまち勢いを失う氷精。今の自分ではまだ魔法使いに勝てないことは、本人もよく自覚しているのだろう。ならば最初からスペルカード戦など挑まなければいいようなものだが、懲りることなく格上の相手に喧嘩をふっかけてしまうのが妖精の妖精たる所以か。
どう見ても無謀なことなのに、自分が納得行かない限りはしつこく喰い下がる――今のチルノも、まさにそんな状態なのであった。なんとかしていい記事を書いてもらおうと、記者にリクエストを続ける。
「魔理沙は、その、いずれ倒してみせるわ。けど、それは別にしても色々とネタはあるでしょう? なんたって、あたいってば最強なんだから!」
何を言っているのやら――射命丸は嘆息した。主観的なカッコよさと客観的なカッコよさは悲しいほどにすれ違っているものだ。万人に認められるようなカッコいいネタなどそうそう転がっていないからこそ、こうして自分は幻想郷中を駈け回り、ネタ探しに明け暮れているというのに。
どこまでも他力本願な妖精に呆れ、そろそろ話を切り上げようとしたとき。射命丸の脳裏に、不意に企みが閃いた。
――そうだ。この機会にアレを試してみよう。
チルノからは見えない角度でニヤリと笑うと、烏天狗は氷精に向けて指を一本立てた。
「では、何か格好いいスペルを見せてくださいませんか? 幻想卿中を驚かせるくらいの、そんな凄いスペルを」
「……え? スペル?」
「そう、スペルです。
実はですね、私、あるアイディアを温めていまして」
幻想郷で大流行し、いまだ衰える兆しを見せない弾幕ブームに乗っかって、射命丸はひとつの企画を考えていた。弾幕特集である。
あらゆる場所、あらゆる種族のスペル使いたちを訪ね、彼女らの繰り出す色とりどりの弾幕をファインダーに収める。そうやって撮影した写真は、自分の撮影技術と合間って芸術性さえ帯び、大反響を巻き起こすはず――射命丸には大いなる自信があった。
問題は、その企画がいまだアイディア段階に留まっていることである。
「弾幕を写真に収めるなんてコト、百戦錬磨の記者である私もさすがに未経験でして。事前に構図の確認やタイミングの練習をしておきたいのです。それに協力して頂けるなら、貴方のスペルを記事にして差し上げましょう」
「ホ、ホント!? じゃあさっそく――」
「ただし」
勢い込む氷精を、射命丸は手で押しとどめた。
もちろん彼女には、ただで氷精を格好よく書いてあげるつもりなどない。内容として面白い話でなければ記事にする意味はないのだ。
ゆえに烏天狗は、氷精に一つの条件を突きつけたのだった。
「私が撮りたいのは、美しさ、激しさ、威力などを兼ね備えた一流のスペル。そのへんの妖精でもできるようなヌルい弾幕ではありません。そんなものでは練習にすらならない」
「なんだとー! あたいのスペルがヌルいっての!?」
「あら、今のはそのへんの妖精の話ですが?」
意地悪くそう言って氷精を黙らせた後、射命丸は八手の葉を取り出した。天狗の葉団扇――風を自在に起こすことのできる、射命丸ご自慢の武器である。
「要するに、私は見応えのある弾幕を記事にしたいのです。で、それを測るための客観的なテストとして、こういうものを考えてみました。
――竜巻・天孫降臨の道しるべっ!」
宣言とともに射命丸は葉団扇を振りかざす。たちまち巻き起こる猛烈な風。螺旋状に吹き上がる突風は射命丸の前方に強力な竜巻を形成した。そばにいただけのチルノもそのあおりで上空に身体をさらわれそうになり、あわててその場に踏ん張る。
「な、何よ!? あたいに喧嘩を売るつもり!?」
「違いますよ。ほら、あの中心をよく見てください」
「よく見ろったって……あ、あれ?」
風に逆らいつつも目を凝らしてみれば、竜巻の目に当たる場所に、射命丸が持っていたはずの葉団扇が浮かんでいた。あのスペルを発動させた瞬間にすかさず手を離し、団扇だけを竜巻の中に置いてきたのだ。幻想郷最速を誇る天狗ならではの早業だった。
「へえ、中々やるじゃない。ふふん、さすがはあややね」
なぜか偉そうな態度で、しかも名前を間違えたまま賞賛してくるチルノに、しかし射命丸は平然と笑みを返す。
「ええ、ありがとうございます。さて、弾幕テストの話に戻りますが。
一流の弾幕であれば、竜巻を突破してあの葉団扇を撃ち落とすことができるはず。それが貴方にできたなら、貴方のスペルの凄さを一面記事で伝えて差し上げましょう。
ですが、そんなスペルが貴方にありますか?」
「へへん、あったり前だい!」
何も考えていない様子であっさりと安請け合いする氷精。きっと脊髄反射で受け答えをしているんだろうな、と射命丸は思う。
冷ややかに観察する天狗の目の前で、チルノはさっそく自分のスペルカードを取り出した。
「あたいの力を見せてあげるわ! 氷符・アイシクルフォール!」
氷精の周囲に氷塊が発生し、竜巻に向かってなだれ込む。小さな目標に当てるには向いていないスペルではあったが、巨大な竜巻相手ならば外すことはない。チルノの狙い通り、氷塊群は一斉に竜巻へと突入し――
そしてその全てが、あっさりと竜巻の外に弾き飛ばされた。
「あ、あれ……?」
「ちょっと威力が足りないみたいですね」
呆然とするチルノに、そんな慰めの言葉をかける射命丸。むろん大嘘である。天孫降臨の道しるべを破るには、ちょっとどころではなくあまりにも威力が足りない。
が、そんな本音はおくびにも出さず、射命丸は氷精を促した。こっそりとカメラを取り出しながら。
「まだまだスペルはあるんでしょう? さあ、頑張ってください!」
「わ、判ってるわよ! あたいの本気はこんなものじゃないってことを見せてあげるわ! 氷符・アイシクルマシンガン!」
ツララ状の氷塊がチルノの手元から連続で射出され――すべて竜巻に飲み込まれて上空へと消えていく。
射命丸はファインダー越しにその様を観察しつつ、チルノに声援を送った。
「この程度で諦めはしないでしょう? さあ、次!」
「い、言われなくても! 凍符・マイナスK!」
チルノが大型の氷塊を周囲に撃ち出す。それは次々と破裂し、大量の氷塊弾を生み出した……が、そのことごとくが竜巻の風圧で粉々に砕け散る。
ぽかんと口を開けるチルノにピントをあわせつつ、射命丸はさらに促す。
「もう少しです! さあ、次!」
「う、うぬー…! 雪符・ダイアモンドブリザード!」
竜巻めがけて連続で氷の散弾が炸裂する――が、葉団扇には一発も届かなかった。
「冷符・瞬間冷凍ビーム!」
扇状に極低温のビームが一閃し――しかし竜巻を貫通することは叶わず、拡散して果てる。
「氷塊・コールドスプリンクラー!」
巨大な氷柱が空中に生み出され、竜巻に向かって突進して行き――あっさりと弾かれて湖へと落下する。
「きー! こうなったら……アイシクルアタックっ!」
焦りのあまり血迷ったか、氷精は自ら氷を放出しながらの体当たりを敢行した。迷うことなく一直線に竜巻に突っ込み――そして物凄い勢いで上空へ吹き飛ばされる。
ひえーと悲鳴を上げながら縦回転で宙を舞う氷精の姿は、なかなかどうして絵になった。抜け目なくパシャパシャと写真に収めてから、射命丸は満足げにうなずく。
「ふふ、実にいい練習になったわ。おまけで穴埋め用のお笑いネタも拾えたし……。タイトルはあれね、お騒がせ氷精、今度は竜巻に挑んで返り討ち! あたりがいいかしら」
そして烏天狗はぱちんと指を鳴らした。すると、あれだけ頑強に氷精の弾幕を跳ね返し続けた竜巻があっさりと消え去る。
ふわりと舞い落ちる葉団扇をさっと拾い上げ、天狗はくすりと笑った――ミッションコンプリート、である。
あの氷精が竜巻を破れるなどとは、もちろん最初から思っていなかった。妖精にしては強い力を持っているチルノだが、いくらなんでも上級妖怪である天狗を上回るほどではない。そもそも少女が持っているスペルからして威力ではなく攻撃範囲を重視したものばかりなのだ。最初から氷精に勝ち目などなかった。
射命丸の狙いは、氷精を利用して弾幕撮影の予行演習をすることにあった。目的を完全に果たし終えた天狗は、意気揚々と帰り支度を始める。
「さ、すぐに写真の出来を確かめないと。弾幕特集の成功のために」
「んがー、待てー!」
と、上空から氷精の声が響く。
射命丸が見上げてみれば、氷精はぐるぐると目を回しつつもびしっとこちらを指さしていた。天孫降臨の道しるべにまともに巻き込まれたのに意識を保てるとは、妖精とは思えぬ頑丈さだ。驚き呆れた射命丸だったが、しかし冷静に告げてやる。
「意外と貴方もやるじゃないですか。でも、約束は約束です。私のスペルを破れなかったのだから、貴方のことを記事にしてあげるわけにはいきません」
「判ってるわよ! でもあたいは諦めないもん! 絶対破ってやるもん! だから待ちなさいっての!」
「あのですね、私にも都合というものがあるのですよ? いつまでも貴方に付き合うわけには行きません」
しっしと手で追い払うフリをする射命丸。新聞記者は忙しいのだ。いくら相手が貴重なネタ供給源といえども、そうそう甘い顔はできない。
しかし愚かな妖精は、どうしても諦めることができなかったらしく――突如、こんなことを言い出した。
「と、10日後! 10日後にまた挑戦させてよ! そのときまでに威力の高いスペルを作ってくるから!」
「……10日後、ですって?」
ふふんと天狗は鼻で笑う。実に甘い考えだ。たったそれだけの期間で一流のスペルを作れるなら、下級妖怪だって苦労はしない。
「私のスペルを、10日後に貴方が破ってみせる、と? それは何かの冗談ですか?」
「冗談なんかじゃないやーい! 絶対に、絶対にスゴいスペルを考えてきてやるんだからー!」
半分涙目になりながら、ジタバタと手足を振り回す氷精。絶対になどと言ってはいるが、おそらく勝算などどこにもあるまい。子供っぽい意地だけで張り合っているのは丸わかりだった。
ばっさりと断ろうとして、ふと射命丸は思い直す。
……妖精が新スペル開発に乗り出すなら、それはそれで面白い騒動が巻き起こるかも知れない。
ふむ、とうなずき、射命丸は前言を撤回した。
「なるほど、判りました。10日後の同じ時間にまたここを訪れます。そのときまでに素晴らしいスペルを考えてください」
「え? ホント? もう一回挑戦させてくれるの?」
「ええ、どうやら貴方は本気のようですから。冗談などと言って失礼しました。10日後を楽しみにしていますから、頑張ってくださいね」
「ええ、そうするわ! 待ってなさいよ、度肝を抜いてやるんだから!」
たちまち威勢を取り戻してえっへんと大威張りする氷精に、にこにこと営業用のスマイルを向けながら――射命丸は内心で思った。これで愉快なお笑いネタをもっとたくさん拾えるわね、と。
そんなこんなで、幻想郷の夏を彩るおかしな事件の幕は上がったのだった。
2 紅魔館の門番、謎の騒音に悩まされる
さて、それから数日後の夜。
氷精と烏天狗が再戦の約束をした場所から少し離れた所で、一匹の妖怪が悩んでいた。
「うむむむむ……」
中華風の服をまとった少女が、不機嫌に腕組みをしたまま、紅魔館の門の前を行ったり来たりしている。
彼女の名は紅美鈴。吸血鬼の屋敷の門番を任された武術の達人である。普段ならばじっと門の前に立ち尽くしているか、あるいは門にもたれかかって居眠りをしているかのどちらかなのだが、今日の彼女は珍しく、イライラと落ち着かない様子だ。
その理由は、湖の方から聞こえてくる謎の騒音にあった。何か固くてもろいものを破壊するような音が、断続的に彼女の鼓膜を叩くのである。
「なんなのかしら、アレ……。やたらと神経に障るけど」
苦虫を噛み潰したような表情でぼやく美鈴。年中休みなしでじっと門の前に立つことを仕事とするくらいだから、もちろん彼女は短気などではない。文々。新聞上での幻想郷呑気者ランキングにおいては仕事しない死神と熾烈な5位争いを演じるほどののんびり屋である。そんな彼女をして苛立たせるほど、謎の騒音はしつこかった。
例えて言うなら、ガラスが粉々に砕けるときの甲高い音を延々と聞かされ続けるようなものか。耳を塞げば聞こえなくなる程度の音量なのだが、美鈴の役目には侵入者への警戒も含まれている。門の前から動けず、物音から耳を閉ざすわけにも行かない彼女には、騒音から逃れる術はないのであった。
「今までもたまにうるさくなることはあったけど……今回は特にひどいわね。やっぱり妖精の悪戯にしちゃ度が過ぎてるわ」
いちおうこの館の主には、メイド長を通じて異常の報告は行っているのだが――どうも大したことではないと思われているらしく、一向に原因を調査せよとの命令が下りてこない。しかし、このまま見過ごすのは危険であるように美鈴は思うのだ。一刻も早く異常を止めるべきだと思えてならないのだ。
あの音がうるさくて昼寝もできないから、などという理由では決してない。絶対にない。
「ええい、こうなったら――」
何度か逡巡したのち、美鈴は地を蹴った。騒音が聞こえる方へ全速力で飛行を始める。門から離れることの危険性も考えなくはなかったが、あの騒音が何らかの事件の予兆だったり、大異変の前兆だったりする可能性もある。真相は早めに確かめるべきだった。
湖の周辺に沿って飛んでいると、騒音の原因はすぐに見つかった。青い髪に青い服の妖精が、何やら巨大な氷塊を頭上に掲げてよろよろとよろめいている――
「ちょっと、そこのあんた! 何やってるのよ!?」
「うえ!?」
美鈴から声をかけられたことでバランスが崩れたのか、妖精はこてんと後ろに転倒した。氷塊もその勢いで妖精の背後に叩きつけられ、甲高い金属音とともに粉々に砕け散る。
あの騒音の正体はこれか――美鈴は眉をしかめ、地面に転がったままの妖精を見てさらに眉根を寄せた。この妖精なら見覚えがある。霧の湖を根城とする氷精だ。名前は確か……チルノだったか。妖精はあまりにも数が多すぎて一匹一匹の特徴などいちいち覚えていられないのだが、特に有名なこの少女は例外だった。
それにしても、彼女は一体何をやっていたのだろう? 心配していたような事件や異変の類ではないようだが――
未だ起き上がってこない妖精を慎重に観察しつつ、美鈴は声をかけた。
「あんた、何をやってるの? 氷を作り出しては手当たり次第に砕いてたみたいだけど……そんなことをやったって、ただうるさいだけでしょうに」
「うう~、スペル……」
「……スペル?」
「新しいスペル……新しいスペルを……作る……作りたいのに……」
どうも妖精は疲労困憊で、喋ることも困難な様子である。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返し、その合間にどうにか声を絞り出して事情を説明してきた。
ぽつぽつと出てきた単語を拾い上げてみたところでは、どうも新しいスペルを作り出すために色々と氷の作り方を試していた、ということらしい。
「……はあ。それで連日連夜、湖から氷の砕け散る音が響いてたってわけか。まったく何をやってるんだか……」
門番は盛大にため息をついた。たかが妖精が、どうしてこんなに必死になってスペル開発をしているというのだろう。
……そういえば数日前の新聞に、この妖精が黒白の魔法使いに50連敗を喫したという件が載っていた。もしかしてそのリベンジでもするつもりなのだろうか。美鈴でさえ手こずるあのコソ泥に本気で勝つつもりなのだとしたら、むしろその無謀さに拍手を送りたいくらいだが。
ともかく騒音公害の原因は判明したのだ。当初の目的通り、この迷惑極まりない妖精をさっさと退治してしまうべきだ。
……が、しかし。
「うっ……うえっ……なんでだよう……こんなにやってるのに、威力の高いスペル……全然、できな……っ」
なにやら嗚咽を漏らし始めた妖精を見て、門番は躊躇してしまう。もともと妖怪にしてはあまりにお人好しすぎる彼女は、ぼろぼろと涙をこぼし始めた子供に追い打ちをかけるほど非情にはなれないのだった。
結局美鈴は、甘い対処法を選択してしまった。
「貴方ねえ、そんなに疲れ果てた状態で何やったって無駄よ。いいから今日は住処に帰ってゆっくり寝なさい」
「うっ……うえっ……でも、時間がないよう……」
「貴方の事情はよく知らないけど、とにかくまずは霊力を回復させなさい。貴方だってそうしなければいけないことくらいは判るでしょ?」
「うえっ……うえっ……」
妖精はのろのろと立ち上がると、涙を拭いてこくんとうなずいた。そして美鈴に背を向け、とぼとぼと歩き出す。
美鈴は少しだけ意外に思った。新聞を読んだときの印象では、この氷精は相当に強情な性格だったはずなのだが――どうも、失敗続きですっかり弱気になってしまっているらしい。えらく素直に言うことを聞いてくれた。
肩を落としたまま立ち去ろうとする妖精に、美鈴は念押しの言葉をかける。
「いい? 適度に休んで適度に運動なさい。オーバーワークは身体の毒にしかならないわよ?」
「おーばー、わーく……?」
「ええと、練習し過ぎのことよ。何事も過ぎたるは及ばざるが――ああつまり、適度に運動して適度に休めってこと。わかった?」
「……うん」
「それと、氷を砕くときはもっと離れたところでやって。やかましくてかなわないわ。次に紅魔館の近くで騒音を立てたら容赦なく退治しちゃうからね。いい?」
「……うん」
涙声で返答しつつ、氷精はふらふらと飛び去っていく。哀愁ただようその背中に、美鈴の胸も少しばかり傷んだが――いくらなんでもこれ以上チルノに肩入れするわけにはいかない。門番の務めが果たせなくなってしまう。
妖精の姿が見えなくなったのを確認してから、美鈴は自らの仕事場所へと戻ったのだった。
「……まったく。悪戯さえしなければ、妖精なんてかわいいものなのにね」
そんなことをぼやきながら。
3 大妖精、友人の無謀を心配する
さて、美鈴から警告を受けたチルノがすごすごと引き下がった、その次の日の朝。
その当人は湖のほとりで、自らの親友に泣きついていた。
「ねえ大ちゃん、何かヒントない? 思いつく限りのことを試してみたんだけど、全然威力が上がらないんだよ」
「ええ~、そ、そんなこと頼まれても……」
「そう言わないでさ~」
いよいよもって手詰まりの氷精は、友人である大妖精に必死にすがりつく。
彼女とて、氷を大きくして地面に叩きつけてみたり、形をさらに尖らせてから木に突き刺してみたり、数を増やして湖に放り込んでみたり……と、ありとあらゆる工夫をしたのだ。しかしそれで得られた結果といえば、湖の周辺環境へのダメージと紅魔館の門番のストレス増加くらいのものであった。美鈴もいい迷惑である。
どうにもならなくなったチルノが最終的に思いついたのが、この湖に住む同族に助けを求めることだったのだが……
「わたしだって、思いつくことなんて何も無いよ」
「うううう……。そっか」
結局、二人してしょぼんと肩を落とす結果にしかならなかった。そもそも実戦経験ではチルノの方が遥かに上なのだから当然ではある。
「うー。あの竜巻をやっつけるにはどうすればいいのかなー。魔理沙だったらマスタースパークで吹き飛ばすんだろうし、妹紅だったらフジヤマヴォルケイノ……けど、あたいにはそんなの無理だし……」
地面にごろんと寝転がって悔しげにつぶやくチルノを、大妖精は心配そうに見つめる。正直言って彼女には、友人の行動原理が理解できないのだった。
確かに妖精という種族は、異変が起こったときは凶暴化していろいろな相手に喧嘩をふっかける性質を持つ。しかしチルノの場合、異変も何も関係なく、年がら年中いろいろな場所に飛んでいってはあらゆる相手に喧嘩を売っている。この世界で最弱の種族であるというのに、だ。
現に今も、天狗などというはるかに格上の相手に真正面から挑もうとしている。そのあまりに無謀な行為に、大妖精はチルノの友人として不安を抱かざるを得ない。
「ねえ、チルノちゃん……もうこんなことやめようよ。きっとそのうち大ケガしちゃうよ」
ゆえにこうして、事あるごとに友人を諌めようとするのだが――その忠告が届いたことは一度もないのであった。
チルノは上半身をがばっと起こすと、昨日あれだけ泣きじゃくったことも忘れ、無駄に偉そうな態度で胸を張る。
「大丈夫だよ、あたいは最強だもん。なにかヒントをつかめれば、きっと凄いスペルを作れるって!」
「もう、いつもそんなことを言って……この前だって大ガマに食べられそうになったのに」
「あ、あれは――ええと、今回挑むのは大ガマじゃないから大丈夫よ!」
「天狗って、大ガマよりもずっと強いんでしょう?」
「う。え、えーと、確かにそうだけど……」
チルノが口ごもる。いつもなら強気の態度を貫くはずなのに、珍しく弱気になっている。やはり何日かけてもスペル開発が進展しないことが響いているのか、それとも大ガマの事件のときに大妖精が必死でお説教をしたのが効いたのか。
とにかくこれはチャンスであった。今ならば、天狗の竜巻に挑むなどという無茶を止めさせることができるかも知れない。
「チルノちゃん、よく聞いて。ほら、春の事件を思い出して」
「春の事件? なんかあったっけ?」
「いろんな花が咲き乱れた事件よ。あのときひどい目にあったこと、わたしにも話してくれたでしょう?」
「あ……なんか、そんなことがあったような」
胡乱な目をしてチルノが首を傾げる。忘れっぽい氷精の頭にも、かすかに何かが引っかかったらしい。
大妖精はここぞとばかりに勢い込む。
「あのときのことを思い出して。怖い怖い花の妖怪に追いかけられて、怖い怖い閻魔さまに叱られたんでしょう?」
「う、うーん。なにかそんな嫌なことがあったような……」
「……あんまり周りに迷惑をかけていたら、いつか元に戻れないくらいのダメージを負ってしまうかもしれないって言われたんでしょう?
下手をしたら、その、死……」
大妖精は言葉に詰まる。
今の彼女は、死という単語の意味を知らないわけではない――がしかし、妖精である彼女にとって、消滅という概念はあまりに遠すぎ、そして語るのも恐ろしすぎるものであった。
そしてそれは、チルノにとっても同様のはずなのだ。いつも根拠の無い自信に満ちているこの少女ですら、春先の事件のあとしばらくは、何やらじっと考えこむことが多かったのだから。
……夏の到来とともに、あっさりと立ち直ってしまったけれど。
「うーん。うーん……」
「ねえ、だからさ。無謀なことはもうやめよう? わたし、チルノちゃんがいなくなっちゃったらイヤだし……」
腕組みして考え込む氷精に、大妖精は必死に呼びかける。友人が閻魔さまの説教を思い出してくれるように。あのとき感じた恐怖を取り戻してくれるように。
小さな願いが天に届いたのか――やがてチルノが、はっと目を見開いた。
「そうだ、思い出したよ大ちゃん!」
「ほ、ホント?」
ぱあっと表情を輝かせる大妖精に、チルノは自信満々で告げたのだった。
「様々な所へ出かけ、世間を知りなさい、って言われたんだ! うん、そういえばそうだった!」
「……え? いや、そこじゃなくて」
「そうだよね、ここでスペルが思いつかないならいろんな所に行ってみればいいんだ! えへへ、ありがとう大ちゃん、解決策が見つかったよ!」
「ねっねえチルノちゃん、そうじゃなくて」
あわてて口を挟もうとするも、大喜びの友人はすでに聞く耳を持たなかった。大妖精の手を取ってぶんぶんと振り回すと、すぐさま地を蹴って飛び出す。
「とりあえず、けーねのところへ行ってみるよ! 凄いスペルを教えてもらうから待っててね!」
「チ、チルノちゃーん!?」
即断即決の氷精は、止める暇すら与えてくれず。
呆然と立ち尽くす大妖精を残して、あっという間に人里へと飛び去ってしまったのだった。
4 寺子屋教師、スペルの基本を教える
人里に住む半人半妖の教師、上白沢慧音は多忙である。
ふだんは朝から夕方までが寺子屋教師の時間。試験の採点や両親との懇談などもあるので、自宅に帰るのが夜遅くなることもたびたびある。人里を襲う妖怪がいないかを夜通しで見張る仕事も定期的に回ってくる。もちろんハクタクとしての本来の仕事である歴史編纂もこなしていかなくてはならない。半年ほど前からは、里で薬売りの商売を始めた永遠亭との連絡係も受け持つようになった。
心配性の友人から何度も叱られたので、最近は休日にはなるべくしっかり休むよう心がけているのだが――これだけ役目が多いと叶わないことが多々ある。警備隊長や里長から予定外の仕事を頼まれたり、永遠亭の妖怪兎たちからトラブルの相談を持ちかけられたりと、休みの日でも引っ張りだこなのだ。
というわけで慧音は、休日であってもいつものように早起きし、さっさと食事を済ませて着替えるようにしている。最近ようやく幻想郷呑気者ランキングのトップ10から外れたばかりの友人がいまだ平日にも朝寝を楽しんでいるのとは対照的に、女教師の朝は常に早いのであった。
そして、この日もまた。
「……む?」
呼び鈴の音が聞こえたので、慧音はたまった新聞を片付けていた手をとめた。今日もまた、休日というのに早朝からの来客である。
とりあえず新聞紙の束を台所の隅に押し込んでおき、彼女は玄関へと急いだ。やってきたのは里長たちか、妖怪兎か、それとも生徒の保護者あたりか。
扉を開けた慧音が見つけたのは――そのどれとも違う顔であった。
「おっはよう! けーね!」
「おや、チルノだったか。おはよう」
湖に住む氷精と人里に住む半妖は、9ヶ月ほど前に起きたちょっとした事件をきっかけに友人同士となっていた。以来チルノは、気が向いたときに一人で慧音の家にやってきては児童用の絵本を読みあさったり、大妖精と一緒にやってきては友人に付き合って書道の練習をしたりしている。最近では人間の作法にも慣れたのか、こうしてきちんと呼び鈴を押して来訪を知らせてくれるようになった。
元気よく右手を伸ばして挨拶する氷精に、慧音は微笑んだ。
「今日は一人なんだな。絵草紙の続きでも読みたくなったか?」
「違うよ。今日はベンキョーしたいことがあるんだ!」
「ほう……勉強とは」
意外な単語を耳にして、慧音はますます顔をほころばせた。寺子屋の授業を遠くから眺めるうちに真似でもしてみたくなったのか、それとも本気で勉強してみたいと思ったのか――いずれにせよ教師にとっては好ましい事態だ。
知りたい、学びたいと願う生徒を、横から教え導くこと。彼女にとってそれ以上の悦びはない。それが歴史の授業であるなら、たとえ休日を丸々潰して個人授業をする羽目になったとしても構わないほどだ。きっと心配性の友人はがみがみと怒るだろうが、これだけはやめられそうもない。
にやけそうになる口元を、慧音はきりりと引き締めた。教師としての貌を作り出し、威厳たっぷりに口を開く。
「任せるがいいチルノ、何でも教えよう。幻想郷の歴史を学ぶか? それよりも前、外の世界が幻想とともにあった頃の物語を聞くか? あるいははるか遠い昔の、異国に住まう神々の伝説に耳を傾けるか?」
「新しいスペルを教えて!」
「……正直な子は大好きだよ、うん」
がっくりとうなだれつつも、慧音は素直な生徒の頭を撫でてやったのだった。どうもこの幻想郷では、歴史の授業はあまりウケがよくないらしい。
「……けーね? どうしたの? なんか物凄く悲しそうな顔になってるよ?」
「いいんだ、気にしないでくれ。
……まあ、立ち話もなんだ。縁側に回りたまえ、昨日もらったスイカをご馳走しよう」
「なるほど」
カットしたスイカの一切れに勢いよくむしゃぶりつくチルノを眺めつつ、教師はつぶやく。
屋敷に面する庭の縁側に、二人は仲良く並んで座っていた。朝食を食べたばかりだったのでまだ手をつけていない慧音をよそに、チルノのスイカはすでに四切れ目である。
食欲を満たすのに忙しい氷精は、事情説明もとぎれとぎれだったが――慧音はどうにか事情を把握することができた。
「烏天狗に己の力を認めさせたい、か。今回もまた随分と大変なことに挑戦するんだな」
「大丈夫だよ、あたいは最強だもん!」
スイカから口を離したチルノが、偉そうにふんぞり返る。もっとも手の中には食べかけのスイカを抱え込んだままだし、口元もべたべただったので、ただでさえ少ない威厳は完全に0であったが。
脳天気な少女から、女教師は視線を外した。片付け途中の新聞の束へと目を向けると、ちょうど一番上に最新の日付の文々。新聞が乗っていた。『お騒がせ氷精、ついに連敗記録を50に伸ばす』――デカデカとした見出しが嫌でも目に付く。
まだ魔法使いに勝つことができないでいるのに、よりによって上級妖怪のスペルに真正面から挑もうとは。その無謀さに、さすがの熱血教師も苦笑せざるを得ない。
しかし彼女が次に考えたのは、身の程知らずの妖精をいかにして止めるか、ではなく。
「――さて、一流のスペルと来たか。これまた難題を持ち込まれたものだな」
生徒の願いをいかにして叶えるか。苦笑の表情のままに、慧音は思考に耽る。
氷精が皿の上に種を吐き出し終えたころ、女教師の考えはまとまった。
「チルノ、まず結論から言おう。この課題は、君が一人で解決しなければならない」
「ええ!? なんで!?」
五切れ目に手を伸ばそうとした氷精が、意外そうな顔で振り向く。
そんな生徒に、慧音は指を一本立ててみせた。
「私がスペルの設計に口出しすればするほど、そのスペルの完成度は低くなるからだ。以前君の相談に乗った時もそうだった。あのとき私が指導して作らせたスペルを、君はまだ使いこなせていないんじゃないか?」
かつて慧音は一度だけ、どうしても大技を持ちたいというチルノの我侭に応えてスペルの設計を手伝ったことがある。そのスペルは確かに大技として完成はしたのだが、しかしあまりに手間と霊力がかかりすぎ、おいそれと使えるようなものではなくなってしまった。
さすがにチルノもそのことは覚えていたのだろう、神妙な表情でうなずく。
「……うん。あのスペルじゃ、あややの竜巻は破れないよ」
「うむ、よくわかっているじゃないか」
にっこりと笑ってみせてから、慧音は二本目の指を立てた。
「なぜ他人が口出しして作った俄スペルでは駄目なのか? それはねチルノ、スペルというものが、君の心から生まれるものだからだよ」
「あたいの……心?」
「そう、心だ。君が今までに体験した事件。君が今までに見た自然現象。あるいは君が感じた感動、君が感じた怒りや恐怖。そういった君の心の中にあるものを、何らかのかたちにして外の世界に表したもの。それがスペルなんだ。……ここまでは納得できるかな?」
「うーん、なんとなく」
小首を傾げるチルノに、慧音は指を立てたまま続ける。
「まず心あり。スペルというものは、最初に心の中のイメージがあり、次にそれに具体的なかたちを持たせて外の世界に表す、という手順で作られる。しかし私が口出ししてしまってはその順序があべこべになる。外の世界のかたちを決めてから心の中にイメージを作ることになる。これでは君の心に沿ったスペルを作ることができない。霊力消費も手間もかかるし、その割には威力が低くなってしまう。
魔法使いや強力な妖怪ならばその限りではないと聞くが……」
「うーん、うーん……」
さすがにこの時点でついていけなくなったのか、首を傾げすぎたチルノは横にひっくり返ってしまった。
――いかん、説明がくどくなってしまったか。
反省した慧音は一つ咳払いすると、微笑を浮かべて三本目の指を立てる。
「簡単に言おう。君が使いこなせて、しかも強力なスペルを作るには、だ。
君の心が揺れ動くほどの……あー、つまり、『スゲえ!』と思うような何かを、まず見つけてくる必要があるんだ」
「あ、それならわかる! その『すげえ』って思いをもとにして新しいスペルを作れってことだね!?」
顔を輝かせたチルノががばっと起き上がる。やはり子供向けの表現にすると理解が早い。心の中の手帳にしっかりとメモをとりつつ、慧音はうなずいてみせた。
「そういうことだ。自分の記憶を探してみてもいいし、あらためて幻想卿を回って自然を観察してみてもいい。そうして君が『スゲえ』と思えるようなものを見つけたら、その感動を原材料にスペルを作るんだ。そうすればきっと、そのスペルは素晴らしいものになる」
「うーん、なるほど。とても判りやすいわ。さすがはけーねね!」
なぜかやたらと偉そうな態度で、しかも微妙に名前の発音を間違えたまま賞賛してくるチルノ。もちろん慧音は特に気にすることもなく、いつものようにその頭を撫でてやる。
……が、実はそのとき、女教師はひそかにニヤリと笑っていた。彼女にとってここまでは前説に過ぎず、ここからが本番なのである。
「さて、方法についてはそれでいいのだが。
チルノ、どうやって『スゲえ』ものを見つける?」
「え?」
きょとんとする生徒に、教師は少しだけ意地の悪い表情を向けた。
「今の時点でも、君はかなりの数のスペルを持っている。それだけ熱心にスペル開発に取り組んできたということだ。ということは、普通の方法で作れるだけのスペルは作ってしまったということ。普通の方法で見つかるだけのイメージはもう見つけ終えてしまったということだろう?
これからの一週間で、これまで以上の『スゲえ』ものが見つかるとは思えないのだが」
「あー、そっか。そう簡単に『すげえ』ものは見つからないよね。どうすればいいんだろう……」
顔を曇らせる生徒に、教師の瞳がきらりと光る。そう、それだ。君がそういう風に悩むのを待っていた!
ここぞとばかりに慧音は縁側から立ち上がった。ぐっと拳を握りしめ、力説を始める。
「そこで役立つのが歴史というわけだっ! 歴史は過去との対話であり現在の合わせ鏡にして未来への警鐘! そして無数の人々が体感してきた『スゲえ』ものの集大成である! わざわざ幻想郷を探しまわらずとも、歴史書を一冊紐解くだけでスペルの種は無数に見つかるだろう!
さあチルノ、君も今日から歴史の素晴らしさに目覚め」
「ようし、妹紅にコツを聞いてみよう!」
「肝心な部分を丸ごとスルーされたっ!?」
驚愕の表情で慧音が振り返るも、すでにチルノは女教師に背を向けていた。スイカの汁がついた口元をぐしぐしと腕で拭いつつ、迷いの竹林の方角をまっすぐ見つめている。
「けーね、ありがとう! がんばって一週間で『すげえ』ものを見つけてみるよ!」
「あー、その……スイカがまだ残っているぞ? 食べていかないのか?」
最後の抵抗とばかりに、女教師はそんな言葉をかけてみるも――目的を見出した氷精を食欲で止めることはできなかった。
少女は肩越しに慧音を見やって、にっと笑ってみせる。
「残りはけーねが食べてよ。『すげえ』ものを見つける時間が惜しいし、それにあたいだけで全部食べたら悪いし。
あ、それと、お礼はまた次に来たときにするから。じゃ、さっそく行ってくる!」
そして氷精はあっという間に飛び立っていった。あっけにとられる慧音を尻目に、迷うことなく。
これでは女教師も、白旗を挙げて降参するしかない。
「やれやれ……彼女に歴史への興味を持ってもらうにはまだまだ時間がかかりそうだ。大妖精はもう少し簡単だったんだがな」
最近はチルノよりも頻繁にこの屋敷を訪れるようになった緑髪の少女を思い浮かべつつ、慧音はぼやく。
だが、その表情には失望の色はない。残ったスイカを片付ける教師の顔は実に満足げだった。
「……妖精が天狗の竜巻に真正面から挑む、とはなあ」
氷精が語った挑戦の内容は、ふつうに考えればただの冗談か、あるいは狂人の妄想そのものだ。それくらいに妖精という種族と天狗という種族の力は開いている。
だがしかし、あの氷精ならば五割くらいの確率でやってのけてしまいそうに思えるのだ。どこまでも強気で、無鉄砲で、ひたむきなその姿勢の前には、不可能など何もないと錯覚してしまう。
頭がいいとは言えないし、説教もろくに聞かない厄介な生徒なのだが――しかし慧音にとってチルノは、やはり自慢の愛弟子の一人であるのだった。
「一週間後、か。さすがにそんな短い期間では間に合うとは思えないが……」
卓上のカレンダーをちらりと見て、慧音は決意した。
来週の日曜日は、きちんと予定を空けておこうと。
5 魔法使い、力の集中の必要性を説く
さて、昼前である。
天頂近くに上がった太陽がじりじりと地上を焼き、蒸し暑い空気がべったりと肌にまとわりつき、セミが鬱陶しく鳴き始める――まさに夏な時間帯である。
霧雨魔理沙は暑さにうだりながら、大きな荷物袋を背負って湖上を飛んでいた。
「うー、暑ぃ……。
朝は涼しかったのになあ。昨日まではこれほどじゃなかったのになあ。
あー、暑ぃ……」
この魔法使いにしては捻りもへったくれもないぼやきであるが、それも仕方ないことか。いつもの黒白の衣装はひたすらに熱を内側に溜め込んでくれるし、背負ったものの重量と大きさが嫌でも全身にのしかかる。セミの合唱とも相まって、彼女の不快指数はとっくに限界を突破していた。思考回路もショート寸前である。
「あー、よく冷えた酒が飲みたい。よく冷えたスイカが食べたい。どっかに落ちてないかなー」
紅魔館に向かって飛びながら、魔法使いはいささかヤバげな目であちこちを見回す。もちろん湖の上にそんなものが落ちているはずもない。
が、次の瞬間。
魔法使いは、別のよく冷えたものが向こうからやってくるのを見つけたのだった。氷でできた羽根を羽ばたかせて飛んでくる、青い髪に青い服の少女――
「なーんだ、チルノか」
「なんだとはなんだー!」
小さい声でつぶやいたつもりだったが、相手の耳はこちらの予想以上に敏感だったようだ。よく冷えた妖精はますます速度を上げ、まっすぐこちらへ向かってくる。
普段の魔理沙であればすぐさま喧嘩を売ってボコボコにのめし、気絶した氷精を氷嚢がわりに背負って快適な空の旅を楽しむところなのだが――あいにくと今日は重量オーバーなのであった。
「相っ変わらず失礼な魔法使いねっ! 今日は忙しいから見逃してあげようと思ったけどヤメだわ、やっつけてやるっ!」
やる気満々で目の前まで飛んできた氷精に向かって、魔法使いはひらひらと手を振る。
「あー、今日はパスな。お前とは戦ってやれん」
「なによ、怖気づいたの?」
ふふーんと偉そうに鼻を鳴らすチルノ。50連敗中のくせにどうしてここまで上から目線になれるのかは甚だ疑問だが、しかしいちいちツッコミを入れるのも面倒ではあった。魔法使いはさっさと話を終わらせようと、背中に背負ったものをだるそうな仕草で示す。
「ほら、今大事なものを運んでるんだよ。うっかり湖に落とすとまずいし、そもそもここまで運ぶのに滅茶苦茶疲れてるんだ。今日の私にはスペルカード戦をやる余裕なんて無いぜ」
「ふふん、ひ弱だからすぐ疲れちゃうってわけね。なら仕方ないわ」
「ムカつく言い回しだな、おい」
半眼でツッコミを入れてから、ふと魔法使いは、目の前の妖精をまじまじと見直した。
チルノは氷精、すなわち寒い場所で活動を活発化させる種族である。ならば逆に暑いのは苦手なはずなのだが……
「なんでお前はそんなに元気なんだ? こう暑いとお前も色々まずいんじゃないのか、溶けたりして」
「溶ける? 何言ってるのよ、夏の暑さごときで溶ける妖精なんて居ないわ。ひ弱な人間と一緒にしないで」
「人間も夏の暑さで溶けたりはしないぞ」
「え? そうなの? ……へえ、やるじゃない。ちょっとだけ人間を見直したわ!」
両腕を組んできっぱりと言い放ってくるその様は、実に生意気で憎たらしい。鼻先に星弾のひとつでもぶつけてやりたくなるくらいだ。だが結局、魔理沙の中で面倒くささの方が上回った。
そのうち熱々のボイラーにでも放り込んでやる――ひどいことを想像しつつ、魔理沙はしっしと追い払う仕草をして先を急ごうとする。
「貯まった本を返却し終えたらまた相手してやるよ。じゃあな」
「あ、ちょっと待って!」
「なんだよ。何度ゴネたって、今日はスペルカード戦はやらないからな」
「だからそれはいいってば。そっちじゃなくてさ……」
魔理沙の横に並んで飛びながら、氷精はにかっと笑ってきた。
「ちょっとさ、『すげえ』ものを教えてよ」
「……は? なんだそりゃ」
疑問符をあげる魔法使いに、氷精はさっそく事情説明を始めたのだった。
「威力の高い新スペルのために、『スゲえ』ものが必要、ねえ……」
箒にまたがり飛び続けながら、魔理沙はすぐ横のチルノを呆れたような表情で見やった。
妖精から事情を聞き始めてから5分ほど経っているが、広大な湖の終点はまだ見えない。いつもの魔法使いの速度であればとっくの昔に到着している頃なのだが、荷物のハンディキャップのおかげで今日はまだまだ時間がかかりそうだ。
長い道中を少しでも涼しくしようと、周囲を冷やしてもらうことを条件に、魔理沙は氷精の話を聞いてやったのだが――
「まあ、その理屈は間違っちゃいないけどな。そう簡単にスペルの発想元なんて見つかるわけないだろ」
妖精の安直な発想に、魔法使いはそう答えるしかない。別に意地悪しているわけではなく、新スペル開発の苦労を誰よりもよく知っているが故に、だ。
しかし妖精は諦めることができないらしく、魔理沙の周囲を飛び回りながらおねだりを繰り返してくる。
「そう言わずにさー、ヒントだけでもいいから教えてよ。魔理沙って威力の高いスペルをたくさん持ってるでしょ? なら、コツみたいなものも心得てるんじゃないの?」
「お前なあ……」
どこまでも他力本願な氷精に、魔理沙はますます呆れ返った。自分の努力を他人に見せびらかすのは嫌いな彼女だが、新しいスペルを作るためにどれだけのことをしているのか教えてやろうか、などという考えさえ一瞬頭をよぎる。
眼を閉じてしばし思案してから、魔法使いはもう一度、チルノへと首を向けた。
「私のスペルの発想元ってのは色々だけど、ひとつはこの場にあるぜ」
「え? どこどこ?」
「これだよ。いま私が背負ってる、この袋の中身」
言いながら、魔法使いは背中からどっこらせと袋をおろした。湖に落とさないよう注意しつつ、開口部を縛ってあった紐を緩める。
中から顔をのぞかせたのは、重厚なブックカバーで覆われた書物だった。チルノが目を丸くする。
「本……? その袋の中身って、全部本なの?」
「そうだよ。グリモワール――つまり魔法知識を集めた本さ。紅魔館の図書館から借りてきたんだけどな」
「うええ……こ、これ全部読んでるの!?」
「当たり前だ。せっかく苦労して奪……いや借りてきたんだから、内容を全部把握しとかないと勿体無いだろ」
さも当然そうに言う魔理沙に、チルノはあんぐりと口を開ける。チルノでなくても驚いたかも知れない。袋の中に詰められた本の数は5冊や10冊ではなかったからだ。
2年前から何度も紅魔館に押し入り、そこの巨大図書館の主から「借り」てきた戦利品は、いまや膨大な量に上っていた。あまりに多すぎて自宅の大部分を占有してしまい、たまにこうして返却しなければならなくなったほどだ。
むろん魔理沙はそのすべてに目を通していた。さらなる魔法を得るために、である。
「何冊も魔道書を読んでその内容を研究してるうちに、ある日ふと、脳裏で電光のようにイメージが組み上がるのさ。パチュリーのヤツはインスピレーション、とか言ってたっけ。
で、さらに別の魔道書を元に、その電光に理論や式を付け足していく。私のスペルはこうやって完成するわけだ」
「うえええ……」
魔理沙の解説に、チルノは悲鳴じみたうめき声を漏らす。まさか魔法使いの強力なスペルの裏に、これほどの読書量が隠されていたとは思いもしなかった。
チルノとて文字が読めないわけではない。新聞や絵本ならば何度も読んだことがある。だからこそ逆に、荷物袋に詰められた本を読破する労力がありありと想像できたのだ。
もはや強気を押し通すこともできず、少女はがっくりと肩を落とす。
「こ、こんなのあたいには無理だよう……」
「ほら、だから言っただろ。簡単じゃないって」
「マスタースパークにあんなに威力がある理由がようやく判ったわ……。これだけたくさん本を読んで、『すげえ!』のもとを見つけてたからなんだ」
「そうそう……って、マスパ?
……あーいや、あれの元ネタは……」
何故かそのとき、一瞬だけ魔法使いが口籠もったが――しかし彼女はすぐに思い直した様子で、堂々と胸を張ってみせた。
「そ、その通りなんだぜ! あれは魔道書から組み上げた完全オリジナル技なんだぜ! 誰かからパクったわけでは決してないんだぜ!」
「……魔理沙? なんか口調がおかしいよ?」
「そんなことはないのぜ!? 気のせいなのだぜ!」
魔理沙の額からだらだらと汗が流れ落ちる。その汗の理由は、夏の暑さのせいだけではなさそうだったが――どうして彼女がそこまで焦るのかを知る者は、当の本人以外にはこの場にはいない。
「……魔理沙?」
「あーそうだ、このままじゃお前が可哀相だから、魔理沙さんがひとつヒントを贈ってやるぜ!」
魔法使いがいきなり態度を変えた。荷物袋を背負い直すや否や、不審げな顔の氷精に自ら近寄り、小声で耳打ちを始める。
「いいか、要するにお前は、天狗の竜巻バリアを突破したいんだろ?」
「……うん、そうだけどさ」
「なら、四方八方に力を放つ系統はやめておけ。お前はどうも、全方向に弾を乱れ撃ちするスペルだけが大技だと思い込んでるフシがあるが……そういう弾幕は例外なくバリアには弱い。バリアを破りたかったら、力をある程度集中させないと駄目だ」
「力を、集中……?」
悩みこむチルノを見て、魔理沙はほっと胸をなでおろした。氷精の思考は、マスタースパークのネタ元ではなく新スペルの方へ向いている。どうやらこの場は上手く誤魔化せたようだ。
さももっともらしく真面目そうな表情を取り繕って、魔理沙は続ける。
「あまり具体的な表現をするとお前のスペルの完成度に響くから、詳しくは言わんが……意識すべきは力の集中。そこだけはきちんと気をつけて、自分にあったイメージを見つけるんだ。判ったか?」
「んー、判ったような判らないような……」
「わ・かっ・た・な!?」
「うわわ、判ったって! んもー、なんなのさ一体……」
魔法使いが怖い顔で念を押すと、気圧された氷精はしぶしぶながらも納得したようだ。ぶつぶつと文句を言いながら、魔理沙のそばから離れていく。当初の目的地である藤原妹紅の家へ向かうのだろう。
氷精が空の向こうへ消えたのを確認してから、魔法使いはほっと安堵のため息をついた。
「……ふう、ヤバかった。あれだけ格好をつけたあとで、自分の自慢のスペルがオリジナルじゃないだなんて言えないもんな……」
彼女のスペルのいくつかが他人の発想をパク――もとい、借りてきたものであるということは、魔理沙にとって最大の秘密であった。友人の霊夢や七耀の魔女、七色の人形使いあたりにはとっくに察知されてはいたが、妖精にバレたらひたすら格好悪い話だということは間違いない。
「しかし、誤魔化すためにスペルのヒントまで教えたのはやりすぎだったかな……? どうせすぐ忘れるとは思うが」
複雑そうな表情で鼻の頭をかく魔法使い。彼女にとってあの氷精は、紅魔館に潜入する際に障害となる敵の一人なのだ。あまり強くなられても困るのである。現に最近はやたらと手ごわくなり、スペルカードを4枚セットしないと仕留めきれなくなっていた。9ヶ月前までならカード1枚で充分だったというのに。
「……うーむ。もしかしたら、これは大失敗だったかもしれん」
今更ながらに後悔の念がわくが、もはやどうしようもないことである。氷精がいなくなったために戻ってきた暑さに眉をしかめつつ、魔理沙はもう一度袋を背負い直した。
紅魔館への道行を再開しようとして、ふと彼女はつぶやく。
「射命丸の竜巻に挑むのは一週間後、って言ってたな。
……たったそれだけの期間で完成なんて、まず無理だろうが……。
完成したとしたら、どういうスペルになるんだろうな?」
下級妖怪と比べてさえ霊力総量の劣る妖精が、上級妖怪のスペルを真正面からぶち破る――もしそんなことを可能とするスペルがあるならばぜひとも見てみたい。弾幕研究の第一人者の血が騒ぐ。
しかし一瞬後に魔理沙は正気に返った。
――いやいや普通に無理だろ。私は何を考えてるんだ。
自分自身にツッコミを入れたのち、魔法使いは飛行を再開したのだった。
6 炎使い、氷精に戦いの厳しさを警告する
迷いの竹林は、真夏の真昼であっても常に薄暗く、迂闊に踏み込んだ者を惑わす危険な場所だ。氷精も最初の頃はよく中で迷って、藤原妹紅の住処にたどり着けないことも多々あった。とはいえ最近はさすがに慣れたもので、不規則に傾斜して行く手を阻む竹の間を、チルノは鼻歌を歌いながらすいすいと飛んでいく。
そうしてしばらく進んでいると、遠くから異様な物音が聞こえてきた。高速で飛ぶ何かの風切音、無数の物体が竹や土に着弾する音、さらには何かが爆発する音まで。
普通の人間であればすぐに回れ右して退散するに違いない物騒な物音に、しかし氷精は瞳を輝かせる。これは――誰かがスペルカード戦をしているときの音だ!
「喧嘩だ、喧嘩だ!」
騒乱を好む妖精の血がさわぐのか、チルノはすぐに速度を増した。密集して生える竹を巧みにかわして物音の方へと突き進む。
ほどなく騒音の源は見つかった。竹の向こうに、見知った人間の背中がある。あの銀髪と紅いもんぺは――
「やっほー、妹紅! 誰と戦ってるのー?」
「うん?」
チルノが大きく手を振り、気付いた妹紅がそちらへと振り返った瞬間、スペルカード戦の決着がついた。注意をそらされた妹紅に4連弾が襲いかかり、その身をあっけなく吹き飛ばす。数メートルも宙を舞った妹紅はごろごろと地面を転がり、ちょうどチルノの前まで来て止まった。
「…………」
「…………」
手を上げたままの姿勢で固まったチルノは、仰向けの妹紅を見下ろす。
妹紅は地面に伸びたまま、無言で氷精をじっと見上げる。
気まずい沈黙が舞い降りた。数瞬前まで戦場のごとき騒音で満たされていたのが嘘のように、あたりを静けさが包み込む。
やがて氷精が、おずおずと口を開いた。
「……ごめん」
普通の相手には決して言わないような、素直な謝罪。それをチルノが口にしたのは、妹紅が友達だったから。9ヶ月前に起きたちょっとした事件がきっかけで、竹林に住む炎使いは、チルノにとって大妖精や慧音と並ぶ親しい人間になっていた。
そして1000年以上を孤独に過ごした少女も、
「……いや、いいよ。気を抜いた私のミスだから」
地面から立ち上がりつつ、氷精の謝罪をすんなりと受け入れる。皮肉屋な彼女がこれほど素直になれる相手も、チルノや慧音他数名しかいないのであった。
とんだハプニングから始まった友人同士の再会の場――に、空気を読まない乱入者が一人。
「今の当たった!? 私の勝ちよね!? これで三連勝よね!? いやっほう、やっとこの間の屈辱を晴らせるわ!」
狂喜乱舞しながら向こうから飛んできたのは、和洋折衷の奇妙な、しかし高貴さを感じさせる衣装に身を包んだ少女。絹のような滑らかな黒髪と人とは思えぬほどに整った目鼻立ちは、口さえ閉じていれば光を放つほどの美しさだっただろう。
しかし妹紅の周りをぴょんぴょんと飛び回るその姿からは、優雅さなど1mgも感じられないのであった。
「さあ妹紅、三連敗したんだから何でも言うことを聞いてもらうわよ! 何をしてもらおうかしら、三編回ってワンなんて基本よね!? ひざまずいて足をお嘗め、なんてのも素敵よ! それともそれとも、首輪をつけて竹林を引きずり回してやろうかしらっ!?」
「……ねぇ妹紅、このおねーさん、何?」
「近所に住んでるかわいそうな人だよ。目を合わせない方がいい」
妖精すらあっけにとられるハイテンションっぷりは、確かにある意味かわいそうではあったが――しかし無論、本人にとっては噴飯物のレッテルなのであった。黒髪の少女はたちまち怒りに頬を染め、銀髪の少女に食ってかかる。
「ちょっと妹紅、なんて悪評を言いふらしてるのよ! 負けたのが悔しいからってそんな卑怯な手に出ることはないでしょう!?」
「うるさい黙れワガママ娘。少しは場の空気を読めよ、私はともかく無関係の妖精にまで迷惑をかけやがって」
「誰が誰に迷惑をかけたってのよ!? ……って、あら?」
そこでようやく黒髪の少女もチルノの存在を認識したらしい。妹紅に詰め寄ろうとする姿勢のまま、豆鉄砲を食らった鳩のような表情で氷精を見つめている。
と、少女はそそくさと居住まいを正した。ひとつ咳払いをした後、大きな瞳を妖しく光らせ、威厳たっぷりに笑ってみせる。
「初めまして、可愛らしい妖精さん。私の名前は蓬莱山輝夜。この先にある永遠亭の主よ」
「ええと……。こ、こんにちは。あたいはチルノ」
さすがの氷精も輝夜のテンションの急落っぷりについていけなかったらしく、挨拶を返すのがやっとの様子だ。
一部始終を見ていた妹紅は輝夜に半眼を送る。今更カッコつけたって意味ないだろ、おまえのマヌケな姿はしっかりと見られてたんだから。
やれやれと肩をすくめてから、妹紅は輝夜を押しのけ、氷精の前に出たのだった。
「……で、今日はどうした? 遊びに来たのか?」
「天狗の竜巻バリアを破れるような、スゴい新スペルの開発、ねえ……」
戦闘の余波で倒れた竹の上に腰掛けた妹紅と輝夜は、話を聞き終えると、二人同時に唸り声を上げたのだった。
あれから二人は、スペルカード戦の後始末はとりあえず横に置いて、まず氷精の要件を聞くことにしたのだった。妹紅にとっては敗残処理を後回しにできるし、輝夜は輝夜で外ヅラを大事にする必要がある。妙なところで利害が一致したために、晴れて氷精は二人に話を聞いてもらえることになったのだ。
――天狗に力を認めさせるために、天狗の竜巻を破りたい。期限は一週間後。
氷精が大体の事情を説明し終えたところで、二人はそれぞれ別の表情を浮かべる。輝夜は何かを考えこむように下を向き、そして妹紅は嘆息するかのように上を向く――
最初に口を開いたのは、妹紅だった。
「無理」
「ええっ、そんなきっぱりと言わなくても!?」
「無理なものは無理だよ。たった一週間なんて甘すぎる。悪いけど、私はそんな勝負には賛同できない」
不本意そうな氷精に、しかし妹紅は遠慮なく事実を指摘する。もちろん意地悪でも何でもなく、チルノよりも遥かに戦いの経験を積んだ先輩としての助言であった。
「天狗という種族とは私も何度かやりあったことがある。敵に回すといちばん厄介な連中だよ。一体一体でも強いクセに集団戦が得意で、しかもどいつもこいつも狡猾だ。妖怪の中ではまだ約束は守る方だけど、気まぐれに嘘をつくことも多い。たとえおまえが射命丸のスペルを破れたとしても、あいつがまともな記事を書くとは思えない」
「えー。そこまで悪いヤツかな、あややって」
のんきな顔してそう語る氷精に、妹紅は少しばかり頭痛を覚えた。どうしてこう私の友人は、揃いも揃って騙されやすい奴らばかりなんだ?
「まあ、射命丸が約束を守るかどうかは置いておくとしても……。今のおまえが天狗と戦うのは無謀すぎる。もうちょっと力をつけてからじゃないと」
「もうちょっとって……どれくらい?」
「ま、最低でもあと20年くらい経験を積んでから、だね」
「それじゃ来週には間に合わないよ!」
悲鳴をあげる少女に、しかし妹紅は頑として首を縦に振らない。それもこれも友達の身を案じてのことである。
たしかにこの氷精は、妖精とは思えないほどの成長を見せて日々強くなっているが、いまだ人間の魔法使いにすら敵わぬ身なのだ。上級妖怪である天狗に挑むなど早すぎる。
泣きそうにしている氷精の頭を、妹紅はぽんぽんと手の平で叩いた。
「強くなりたいなら、私が暇なときにいつでも特訓をつけてやる。でも来週天狗に挑むのはダメだ。
今からでも妖怪の山に行って取り消してもらいなよ。妖精が天狗に謝ったって、何の恥にもならないさ」
「ううー、そんなぁ……」
涙目で肩を落とす氷精の姿に、妹紅の心も少しばかり痛んだが――しかし戦いの先輩として、ここは譲るわけには行かない。下手に天狗の機嫌を損ねでもしたら、一体どんな目に遭わされるか判ったものではないのだ。
妹紅は両手を伸ばし、氷精の両肩をぐっと握った。
「いいか、とにかく絶対に――」
「まあ待ちなさいよ妹紅」
口を開きかけたところで後ろから思いきり髪の毛を引っ張られ、妹紅は間抜けな悲鳴を上げてのけぞる羽目になった。反射的に手を振り払い、いつの間にか背後に忍び寄っていた犯人に怒鳴り声をあげる。
「痛ぇな、何するんだよ輝夜!?」
「いくらなんでも門前払いなんて可哀相でしょう? 貴方の心配も一理あるけどね、ちょっと頭が固いわよ」
ぴしゃりと言い放った輝夜は、憤る妹紅を放置して氷精の前まで歩みよった。気落ちする少女の背の高さに会わせるように、その腰を落とす。
少女の瞳をのぞきこんで、蓬莱の姫は安心させるように笑いかけた。
「チルノ、もう一度確認するわ。貴方はバリアを打ち破れるようなスゴいイメージを探しているのよね?」
「……うん。それをもとにスペルを作れば、きっとあややの竜巻もやっつけられると思うんだ」
「実はねチルノ、私はそのイメージに心当たりがあるの」
「ええ!? それホント!?」
ぱあっと顔を輝かせる氷精。その青い髪の毛を優しく撫でながら、彼女は諭すような口調で妖精に語りかける。
「あらかじめ言っておくけど、そのイメージが貴方の心を動かすかどうかは判らない。たとえ動かせたとしても、今の貴方では手に余るものかもしれない。確実に役に立つとは限らないのよ。
それでも良ければ、私がそのイメージを見せてあげる」
「いいよ、それでもいい! あたいにそれを見せて!」
たちまち食いついてきた少女に美しい微笑みを返すと、輝夜は立ち上がった。少女を先導するように竹林の奥へと歩いていく。行く先は永遠亭、蓬莱の姫とその従者たちが住まう屋敷であろう。
妹紅はあわててその背中に追いすがった。
「おい、ちょっと待て輝夜。何を考えてるんだ? 何を企んでいるんだよ」
「……あんたね、人を悪の親玉扱いするのはいい加減やめなさいよ。裏も何もないわ、ただの親切。
この子には泣き顔より笑顔が似合いそうだって、そう思っただけよ」
立ち止まった輝夜が肩越しに振り返る。不服そうに口を尖らせるその表情は、何か悪巧みをしているようにはとても見えない。ただしこの少女の演技力は、かつて都の貴族全員を見事に欺いてしまったほどなのだが――
「そんなに心配なら、貴方もついてくればいいじゃない。
ああそうだ、ついでにスペルカードルールの罰ゲームもやってもらおうかしら。ほらほら、とっとと歩きなさい妹紅」
「何をエラそうに。私に命令するな」
「スペルカード戦に三連敗したら、敗者は勝者の言うことを何でも聞く。そういう取り決めでしょ? いいから文句を言わずについてきなさいな」
勝ち誇った笑みを浮かべて、輝夜は歩みを再開した。小気味良くステップを踏むその様は、かつて月でもっとも高貴な身分を戴いていた人間だとはとても思えない。
確かにこの様子なら、どう転んでも不穏な事態にはなりそうもなかった。不機嫌な表情で乱れた髪の毛を整えていた妹紅も、ため息をついて納得する。
炎使いはチルノに向き直り、うなずいてみせた。
「……ま、少なくともおまえの害になることはなさそうだし。一緒に行ってみるか」
「うん! 行こう行こう!」
元気を取り戻した氷精に、妹紅も釣られて苦笑いを浮かべる。なんのことはない、結局彼女も、泣きっ面のチルノよりは笑顔のチルノを見る方が好きなのだ。その笑顔をもらたしたのが自分ではなく輝夜だという事実は少々癪に障るが――今の彼女は、その程度のことならば問題なく許容できた。
チルノと二人並んで、永遠亭への道を歩き出す。昼なお暗い竹林の中を進みながら、ふと妹紅は思った。
――9ヶ月前の自分は、ここで何をしていたんだっけ?
いちいち記憶を探るまでもない。300年前から繰り返し続けてきた行為はいまだに魂に焼き付いている。飽くことなく輝夜を殺し、飽くことなく輝夜に殺されてきた。それ以外に人生に何の楽しみも見出せず、人里に住む友人の忠告も無視して、ただひたすらに不死者二人で殺し合いに耽っていたのだ。
今はもう、自分の攻撃が輝夜の腹を引き裂くことはない。輝夜の弾丸が自分の心臓を撃ちぬくこともない。スペルカードルールという生命の危険を極限まで減らしたヌルい戦いに終始している。罵声を飛ばし、挑発し、罠に引っ掛け、騙し合う。そんな人間的な行為に、以前とは別の満足を覚えることができるようになった。
妹紅がそういう風に変化できたきっかけは、半人半妖の友人の支えと、いくつかの偶然。そして――
どうしようもなく弱くて頭が悪くて根性もない誰かさんと、あの湖で出会ったこと。
必死で強くなろうとするその少女を、友と一緒に応援する羽目になったことだった。
「…………」
無言のままに立ち止まり、妹紅は気まずげに髪の毛に手をつっこんだ。せっかく整えた美しい銀髪をくしゃくしゃとかき回す。
「妹紅、どうしたの?」
怪訝そうな顔で振り向いた氷精に、妹紅はちらりと視線を送る。
二度ほどためらったあとで、少女は氷精に、小さく言葉をかけた。
「……ありがとう、チルノ」
「え? 何が?」
「――う、な、何でもない! さあ、さっさと行くぞ!」
言ったあとでなんとなく気恥ずかしくなってしまった妹紅は、誤魔化すような早足で歩みを再開したのだった。
7 蓬莱の姫、大いなるヒントを氷精に与える
決闘の場よりもさらに竹林を奥に行ったところに、蓬莱の姫の屋敷はあった。
二人の客人を連れた姫が玄関に足を踏み入れると、さっそく廊下の向こうからとてとてと従者が迎えに来る。
「姫様、お早いお帰りで……って、ありゃ? お客人?」
「そうよ。てゐは離れの方にお茶を持ってきて。部屋への案内は私がするわ」
「了解ー。ではではご両人、ごゆっくりー」
ふわふわのスカートをはいた妖怪兎は、従者とは思えぬユル軽いあいさつを済ませてから奥の方へ引っ込んでいく。特に咎めもせずにそれを見送ってから、輝夜は二人の客人を、本宅とは別の場所に立つ離れに招いた。
「ふえー。家の中に別の家がある~」
初めてこの屋敷を訪れる妖精が感嘆の声をあげるが、妹紅は平然としたものである。すでに人里の病人を伴って何度もここを訪れたし、輝夜との決闘のあとにお茶に誘われたこともあるのだ。
とはいえ離れの方に入るのはこれが初めてだった。外からちらと見たときは物置か何かだと思っていたのだが、いざ近くに寄ってみると立派な窓や縁側がついている。複数の団体がこの屋敷を訪れたときに、こちらにも人が泊まれるようにと建てられたものらしい。
「……で、何を見せてくれるんだ?」
「そう焦らない。ま、すぐに判るわよ……うふふふ」
不気味にほくそ笑む輝夜に連れられるまま、妹紅たちは玄関で靴を脱いで離れに上がる。最初の部屋の襖を開けると、目的のものはすぐに見つかった。
部屋の奥に据え付けられた低めのキャビネットの上に、長方形の箱を二つ重ねたような奇妙な物体が鎮座している。
さっそく輝夜が、寺子屋の生徒が同級生に宝物を自慢するがごとき威張りっぷりで、その箱を指さした。
「ふふ――さあ、聞いて驚きなさい。コレはね、貴方たちにも理解できる言葉で説明すれば、超高性能全自動紙芝居とでも言うべきもので」
「ようするにテレビだろ?」
「そうテレビ……って、なんであんたが知ってるのよ妹紅!?」
驚愕する月の姫に、炎使いは呆れたような視線を送った。
「それくらい知ってるよ、外の世界から迷い込んだ人間から聞いたことがあるし、慧音がこういうのにえらく興味を持ってたし。
最近じゃ、実物もけっこう幻想入りしてるぞ? どうも外の世界では薄型ってのが普通みたいでね、そのデカい型のはとっくに時代遅れなんだってさ」
「あー、そういえばコレ、あたいも見たことあったよ。河童がえっちらおっちらどこかへ運んでた。へえ、テレビって言うんだ~」
妖精までもが特に珍しそうでもないのを見て、輝夜は自分の目論見が完全に外れたことを悟った。会心のお披露目が空振りに終わり、蓬莱の姫はぐぬぬと唇を噛む。
「な、なんてこと。妹紅の羨ましがるところを見るために、わざわざ香霖堂で買ってきたのに……! 割といいお値段だったのに……っ!」
「ああ、ついでに言うと、下についてるビデオデッキももう古いぞ。外の世界じゃブルーレイとかいう装置が普通に売ってるってさ。青色の光で立体画像を映し出すって噂だけど」
「なにそれ結構スゴいじゃない!? 侮れないわね地上人も!」
輝夜が大興奮して羨ましがるが、無論その噂は間違いである。ただし、外の世界で役目を終えたブラウン管テレビとビデオデッキが幻想郷に姿を見せ始めたのは本当の話だった。説明書や関連文献も同時に幻想入りしていたため、映像機器の存在とその使い道は、一部の人間の間ではすでに常識となりつつあった。
とはいえ、機械の使い方がわかったところで実際に使用できるとは限らないのがこの幻想郷という世界である。妹紅はテレビを指差し、輝夜に尋ねた。
「その機械、電力とかいう力を流さないと使えないんだろ? どうやって動かすつもりなんだ?」
幻想郷における人間社会には、いまだ発電施設や送電設備は登場していない。河童たちが火力発電を実現したという噂もあるが、どのみち人間が利用できるものではなかった。コンセントも電池もないこの状況では、いくら家電製品が幻想郷入りしたところで宝の持ち腐れなのである。
――と、そこで輝夜が唐突に、自信ありげな笑みを取り戻した。
「ふふん、安心なさい。電力に関する問題は永琳がすでに解決しているわ。限られた資材をやりくりして、素晴らしい発電装置を作ってくれたのよ」
さすがはオーバーテクノロジーの世界からやってきた人間、とっくの昔にオーパーツも開発済みらしい。テレビには心動かされなかった妹紅も、発電装置の存在には驚きを覚えた。
月の賢者が作り上げたのは、河童たちと同じ火力発電か。それとも自然に優しい風力発電か。あるいは外の世界でさえ実現していない未知の発電方法か――
期待と畏怖に息を飲む妹紅の目の前で、月の姫君は自信満々に、部屋の別の一角を指差す。
「あれよ。あれが永琳特製の発電機、ヤゴコロくん一号よ!」
「おおっ!? …………なんだあれ」
振り向いた妹紅が見たものは、自転車についているサドルと、自転車についているペダル、そして自転車についているハンドルが一体化した奇妙なオブジェだった。早い話がサイクリングマシーンである。ご丁寧にも胴体部には、座薬をデフォルメしてナース帽を乗っけたような、微妙に腹のたつデザインのマスコットキャラがペイントされていた。
どこからどう見ても、ただの健康器具にしか見えないのだが……
「これ、どういう仕組みなんだ?」
なんとなく嫌な予感を覚えつつも、とりあえず妹紅は尋ねてみる。
蓬莱の姫君は、相変わらずの自信に満ちあふれた表情でその質問に答えた。
「ふっふ、聞いて驚きなさい。あのマシーンには発電用のモーターと蓄電池が組み込まれているわ。モーターのコイルを回転させれば電気が発生し、蓄電池に電気を貯めこむって寸法よ。すなわち――」
そして彼女は、サイクリングマシーンのサドル部分を指さした。
「誰かがあそこに座ってペダルを漕ぐことで、いくらでも電力を発生させることができるのよ!」
「人力発電っ!?」
悪い予感が的中し、たまらず妹紅が叫び声を上げる。火力発電よりもさらに退化してどうするというのだろう。本当に月の賢人がこんなものを作ったというのか。
しかし、どうも輝夜は意見が違うようだった。
「何言ってるの? ある意味永久機関じゃない。核融合ほどじゃないけどすごいわよコレ」
「私もこういうのに詳しいわけじゃないが、その発言は色々とおかしいだろ。こんなもんを永久機関なんて呼んだら物理の神様が怒鳴りこんでくるぞ」
ボーアあたりが量子力学を携えて幻想入りする日も近いかも知れない。
「まあ、それはどうでもいいわ。本題はここからなんだから」
「良くないと思うんだが……」
「いいの! とにかく本題はね、あのテレビを観るためには、誰かがこのペダルを漕がないといけないっていう点よ。今は蓄電池にほとんど電気が残ってないから、テレビをつけてる間中はずっとサイクリングする必要があるわ。だから――」
そこで輝夜はニヤリといやらしい笑みを浮かべる。これを告げたいがためにここまで招き入れたのだと言わんばかりの顔で、彼女は妹紅に耳打ちした。
「貴方がこれを漕ぎなさい」
「なっ!? ふざけんな!」
反射的に拒否の意を示してしまう妹紅に、輝夜はなおもニヤニヤ顔で付け加える。
「スペルカードルールの罰ゲームよ、負けたんだから素直に従いなさい。
それに――いいの? ここで貴方が逃げたら、あの子がビデオを観ることはできないのよ。勝利の鍵とも言える重要な内容なのに」
「うっ……」
その点を突かれると妹紅も弱い。反論を封じられ、黙りこむしかなくなる。
炎使いがちらりと横を見てみれば、氷精がわくわく顔で部屋を行ったり来たりしつつ、色々な方向からテレビを覗き込んでいた。きっと輝夜の言っていた、天狗の竜巻を打ち破れるほどの凄いイメージとやらを心待ちにしているのだろう。
あの期待に満ちた顔を裏切ることは、今の妹紅にはできそうもない。たとえ一時的に憎き宿敵の走狗に成り下がろうとも、だ。
小さな友の願いに応えるため、妹紅は覚悟を決め、輝夜にうなずいてみせる。
「わかったよ、漕いでやる。その代わり、そのビデオの中身がろくでもないものだったら容赦しないぞ」
炎使いのその宣言に、月の姫君は余裕たっぷりの態度で応じたのだった。
「安心なさい。私とて宝物コレクターの端くれ、自らの誇りを汚すようなものを人前に出したりはしないわ」
「……で、何を見せてもらえるの?」
氷精は、部屋の真中に置かれたちゃぶ台に座っていた。部屋の隅で地味にペダルを漕ぐ妹紅のことが少々気になったが、今は『すげえ』イメージを見せてもらえることへのワクワクが止まらない。
期待に胸膨らませる氷精の様子に、蓬莱の姫君もご満悦だ。鼻歌を歌いながら再生の準備を進める。
「んっふっふ。きっと貴方には気に入ってもらえると思うわ。外の世界の空想戦記――巨大なロボットが弾幕ごっこする映像集だから」
「巨大なろぼ……え、何?」
耳慣れぬ単語に氷精が疑問符をあげると、お茶の準備をしていた妖怪兎がより的確な解説を加えてきた。
「ロボットってのは、外の世界のダイダラボッチのこと。鉄で出来た巨大妖怪が、殴り合ったり体当りしたり超電磁マスタースパークを放ったりするのさ」
「うええ!? 外の世界すげえ!」
まだ映像が始まってもいないのに、チルノはすでに大興奮である。もうこの時点で輝夜の予測の正しさは証明されたも同然だった。すなわち――この妖精は、スーパーロボットものが大好物であると。
くすくすと笑いながら輝夜はビデオデッキの再生ボタンを押す。妹紅が必死で貯めた電力を元に、いよいよ映像が流れ始めた。
宝物コレクターのとっておきにして新スペル開発への勝利の鍵、「スーパーロボット必殺技大全」が。
鋼鉄のダイダラボッチが、胸の∨字板から火を放つ。
「うおおおお、すげえ!」
別のダイダラボッチが、指先から雷を放つ。
「うわあ、カッコいい!」
さらに別のダイダラボッチが、全身から稲妻を放ちながら敵陣を蹴り貫く。
「すげえ! やべえ!」
開始から30分もたつというのに、妖精の歓喜はまるで収まらない。新しいダイダラボッチが登場するたびにすげえすげえと手を叩き、新しい必殺技が炸裂するたびに立ち上がってはちゃぶ台を叩く。興奮のあまり一度うっかりスペルを発動しそうになって、あわてて輝夜から止められたりもした。
期待以上の大ヒットに、舞台を整えた姫様も大満足のご様子である。
「うふふふふ、こんなにも喜んでもらえるとこっちまで嬉しくなるわねー。ま、このビデオは私のお眼鏡にかなうほどの出来だもの、これくらいは当然の結果かしら」
だらしなくにやける珍品コレクター。お師匠さまが見たらきっと嘆き悲しむだろうな、などと思いつつ、てゐはずずっと茶をすすった。
それにしても……と妖怪兎は疑問に思う。頭の中身が子供そのものの氷精はともかくとして、姫様がこんな子供だましのお話を宝物扱いするのはどうしてだろう?
「ねーねー姫様、この手のロボットものってそんなに面白い? 絵はリアリティ皆無だし、ストーリーは単純な勧善懲悪ものだし。大人が楽しんで観るようなものじゃないと思うんだけど」
「何言ってるのよ、それがいいんじゃない!」
驚くほどきっぱりとした答えが返ってきた。
「数も装備も圧倒的に不利な方が、知恵と勇気と根性で強者を打ち破る……実にいいじゃないの! 月ではこんな物語は絶対に見れないわ!」
「……そ、そうなの?」
実に意外だった。弱者が強者を打ち破るという古典的な筋立てが月には存在しないこと、目の前の姫様がそういう物語を好んでいること、そのどちらもである。
「どこにでも転がってるようなお話だと思うんだけどな……なんで月では見れないの?」
「あそこは穢れを忌み嫌い、秩序を絶対視する世界だもの。目下が目上に勝つような下克上はたとえ架空のお話でもご法度なのよ。闘争と変化を呼び寄せるからってね」
「ああ、なるほど……」
「ホント、今思い出してもつまらなくて腹立つ所だったわ。私はそういう燃えるシチュエーションが大好きなのに!」
――おいおい、姫様はそのつまらない世界に君臨していた人間だろうに。そんなこと言っていていいのか?
てゐは最初に呆れ返り、次に思い直した。世の中案外そんなものかもしれないと。王子と乞食ではないが、最初から強者の立場を与えられた人間が、自らの序列に違和感と反感を持つことも意外とよくある話である。
輝夜が氷精に力を貸すのも、天狗という絶対的な強者に挑もうとするチルノの姿勢が、輝夜の琴線に触れたからなのだろう。
「ああ、それにしても惜しいわね。30分見るためにいちいち30分サイクリングしなきゃいけないんだから。せめて核融合施設でもあれば、もっと楽に地上製の物語を鑑賞できるのに」
「ま、いくらお師匠様が天才でも、適切な資材が手に入らないことにはねぇ」
輝夜にはそう答えつつ――しかしてゐは真実を知っていた。永琳がやろうと思えば太陽光発電くらいはすぐに用意できたことを。敢えて人力発電装置だけを作り、しかもテレビを見たい人が自分で漕ぐという原則をブチあげたのは、輝夜がアニメにハマり過ぎることを危惧しての措置だったということを。
輝夜の様子を見ていると、永琳の危惧が正しかったのが実によく判る。もし自由にテレビを使えることになったら、今でさえ幻想郷呑気者ランキング不動の3位(文々。新聞調べ)に輝く姫様が、ぶっちぎりの1位を戴冠するなんて不名誉な事態になりかねない。
「ほーらほら妹紅、発電量が落ちてきてるわよ? もっとしっかり漕ぎなさい」
「うるさい、今は話しかけるな……っ!」
そして永琳のそんな配慮など露知らぬ姫君は、汗まみれでサイクリングを続ける宿敵にからかいの声援を飛ばしていた。
「お師匠さまの苦労、姫知らず……」
忠誠心など皆無な妖怪兎も、このときばかりはそっと目頭を抑えたのであった。
さて、それからしばらく後。
「ね、ねえ、さっきのヤツをもう一度! もう一度見せてよ!」
「さっきの? ……ええと、主役ロボットが崩壊して全宇宙がイデの地平に吹っ飛ばされるアレ?」
「そうじゃなくて! ほら、やたらとカッコイイ声で光になれぇーって叫んでたヤツ!」
「ああ、あれね」
ようやくチルノも自らのスペルに相応しいイメージを見つけることができたようだ。獅子の頭部を胸に宿すダイダラボッチが、恐ろしく巨大な光のハンマーを敵に向けて叩きつける――荒唐無稽なその光景を瞬きもせずに見つめている。
――へえ、これを選んだか。やっぱりこの子、なかなか見る目があるじゃない。
後ろで見守る宝物コレクターがふふんと鼻を鳴らした。
――ああ、こういう風に評論家ぶってみたかったんだな。
輝夜の横顔を眺めて、兎は冷ややかにそう思った。
隙間風の吹く主従をよそに、ダイダラボッチの活躍を見終わった氷精は勢いよく立ち上がると、そのまま輝夜に向かってびしっと親指を立てる。
「これできっとスゴいスペルができるよ! 輝夜、今日は本当にありがとう!」
「あら、もういいの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「もう残り一週間しかないからさ、急がないと。それじゃあ!」
引き止める暇もあらばこそ、氷精はすぐさま玄関に向かって走りだす。その途中であっと気がつき、少女はサイクリングマシーンに跨る友達へと振り向いた。
「妹紅もありがとう! 今日は本当に助かったよ!」
「……お、おう……」
「あれ? なんか顔色悪いよ、妹紅」
それはそうだ。一時間以上も休みなしでペダルを漕ぎ続けた炎使いは、軽い酸欠に陥っていた。いくら彼女が不死身の身体を持っていると言っても疲労や負傷から逃れられるわけではない。激しい運動を延々続ければ顔色が悪くなるのも当然である。
だが炎使いは、それをチルノに悟られぬようぷいっとそっぽを向いた。
「気のせい……だ。ホラ、さっさと……行け。時間がないんだ、ろ?」
「うん、それもそうだね!」
単純な妖精はあっさりと誤魔化されたらしく、すぐさま笑顔を取り戻す。ハンドル部分にもたれかかる妹紅の肩をペシペシと労うように叩くと、
「今度はあたいがかき氷をおごるよ! たっぷり食べさせてあげる! それじゃね、妹紅!」
心からの感謝を込めたのであろうそんな言葉を述べてから、今度こそ後ろも見ずに走り出て行ったのだった。きっと一目散に自分の住処に帰って、すぐさまスペルの開発に取り組むのだろう。実に妖精らしい、まっすぐで向こう見ずな少女なのであった。
氷精が立ち去った後、妹紅がよろめくようにしてヤゴコロくん1号から転げ落ちた。チルノに別れを告げた時点で完全に力を使い果たしてしまったのか、畳の上に大の字になったまま起き上がってくる気配がない。
無防備に寝転がる宿敵を眺めて、輝夜はくすくすと笑った。
「気持ちいい子ねー、ちょっと冷気が寒かったけど。貴方がえこひいきするのもよく判るわ、妹紅」
「……何の話、だ、よ……」
輝夜の冷やかしに、しかし妹紅はそれだけ応えるのがやっとの様子だ。疲れ果て、反撃もままならぬ宿敵の姿に――しかし月の姫君は嘲笑ではなく、静かな微笑みを向けた。
昔を懐かしむような遠い目をして、しみじみとつぶやく。
「実を言うとね、私も少し驚いているわ。300年も殺し合いだけを続けてきた私たちが、曲がりなりにも協力して他人を助けたのだから。
こんな日が来るなんて、少し前は思ってもみなかった」
かつての自分たちが何をしていたか。もちろん輝夜とて、そのことはしっかりと覚えている。
人殺しという行為だけを積み重ねてきたことに後悔があるわけではない。月では決してありえなかった体験、初めて味わう興奮。不死者であり罪人である輝夜にとって、それはこの地上でほとんど唯一の娯楽だったからだ。
けれど、永遠の魔法を解き、人里と交流を始めた今は。
妹紅と繰り広げるスペルカード戦の楽しさに目覚めてしまった今となっては、もうあの日々には戻れそうもない。
相手の身体にただ致命傷を突き刺すよりも、遠慮なく騙し合い、罵り合い、笑い合うことの方がずっと楽しいと、気づいてしまったのだから。
「ふふ。ホント、私も変わってしまったものね」
眼を閉じて笑う輝夜は、本当に楽しそうだったので――ちゃぶ台で後片付けをしていたてゐは、少しばかり驚いた。
――こんなふうに素直に笑う姫様、私は初めて見るよ。
「ま、動けないならゆっくり休んでいきなさい。別に泊まっていってもいいわよ?」
「誰が……おまえの家なんかに……泊ま、るか……」
「それは残念。300年分の思い出話でも語ろうかと思ったのに」
宿敵にいつになく優しい言葉をかける輝夜の姿に、てゐは本気で驚いた。いったい今日の姫様はどうしてしまったのだろう? 氷精にあのビデオを気に入ってもらえたことがそんなに嬉しかったのだろうか。
しかしその疑念はすぐに解消されることになった。妹紅が浅い眠りについたのを確認した輝夜が、ちょいちょいとてゐを呼び寄せ、恐ろしいことを命令してきたからだ。
輝夜の指令を聞き終えた長寿兎は、うんざりしきった口調で姫君に感想を述べたのだった。
「ホント、姫様はイジメの天才だね……」
「あら人聞きが悪い。私がいじめるのは妹紅だけよ?」
そして、数時間ほど後。
「……うん? ここは……」
「あら、お目覚め? そろそろ日も沈む頃よ」
縁側で涼んでいた輝夜は、妹紅が目覚めたのに気付いて振り向いた。
彼女の言葉通り、離れの外はすでに夕暮れの光景が広がっていた。今は永琳特製のランプが室内を照らしている。
自分が置かれた状況に気づいたらしい妹紅が、居心地悪そうに上半身を起こす。
「……なんだよ。玄関の外にでも放り出しておけば良かったのに」
「客人に対してそんな失礼な真似はしないわよ。たとえ貴方が相手でもね」
「なんだよ、今日はえらく行儀がいいな。気持ち悪いぞ」
「私はいつだって礼儀正しくしているわ。貴方に悪意があるから私の姿が歪んで見えるのよ」
「……フン」
そこで妹紅が軽口の応酬を打ち切った。なんだかんだで色々と世話になったことを、彼女なりに気にしているようだ。いつもの罵詈雑言を喉の奥に飲み込んで、憮然としている。
そのまま彼女は、つまらなそうな顔で立ち上がった。
「……じゃあな、輝夜。今日は大人しく帰ってやるよ」
「あら、一人で帰るつもり? まだ疲労は抜けてないんでしょ、大丈夫?」
「馬鹿にするな、これくらい――」
妹紅が言い返そうとしたところで、輝夜はキラリと目を光らせた。
まだ気づいていない相手に、満面の笑みで告げてやる。
「せっかく
「……お迎え?」
呆気に取られた妹紅だったが、しかしすぐに彼女も気づくことになった。
自らの背後、ちゃぶ台の横に誰かが座っている。礼儀正しく正座をし、こちらの背中をじっと見つめている――
「ま、まさか……」
愕然とした妹紅が、わなわなと震えながら、ゆっくりと振り返る。
そして彼女は予想通りのものを目にして、大きく後ずさる羽目になったのだった。
「け、けけけけ、慧音!?」
「ふふ……」
半人半妖の女教師。普段は人里にいて滅多に会えないはずの妹紅の親友が、それはそれはいい笑顔で妹紅を見つめていた。口元は感動に打ち震え、瞳にはうっすらと涙。
「事情はてゐから聞いたよ。君がチルノのために一生懸命頑張った、と。疲労困憊して動けなくなるまでチルノに協力した、と……
ゆえに居ても立ってもいられず、急いで人里から飛んできたんだ」
そっとハンカチで目元を拭く女教師に、妹紅は猛然と首を振る。
「た、大したことはしてない! ホンットーに全然大したことじゃない! だからそんなに感動するな! お願いだから気持ちを落ち着かせろ!」
「妹紅……」
恐ろしく優しげな瞳で妹紅を見つめる女教師は、もちろん相手の話など聞いていなかった。かつては殺し合いだけに終始していた友の変化を、心の底から喜んでいる。そしてその喜びを、妹紅にも余すところなく伝えようとしている――
「だ、駄目っ! 慧音! こんなところでそれはやめて! せめて誰も見てないところで……っ!」
宿敵の眼前ということも忘れて必死で懇願する友人に、慧音は大きく両手を広げると。
そのままがばっと、凄まじい力で抱き寄せたのだった。
「大人になったな、妹紅……」
「だからそれはやめろぉぉぉ! ていうかやめてお願い!」
「嬉しいよ。とうとう君は、人のために必死で努力できるようになったんだな……」
「だからぁぁぁぁ! いちいち大袈裟なんだよおまえはぁぁぁぁ!」
「ああ、困った……君を祝うのに相応しい言葉がどうしても見つからない……」
「言葉はいらないから今すぐ離れてくれっ! 恥ずかしくて死ぬっ!」
笑いすぎで呼吸困難に陥っている姫君の横で、親友同士の(一方的な)ハグはいつまでも続いたのだった。
本日の勝負の結果……輝夜の完勝。
8 新聞記者、方針の転換を検討する
そして、その日の夜。
一日の取材を終えた射命丸は、妖怪の山にある自宅に戻っていた。明朝の記事起こしに備えて早々に就寝の準備を整えてから、自分の机に向かう。
デスクの上に並べたいくつかの写真を、射命丸は厳しい表情で睨んだ。
「……うーん。やっぱりダメね……」
彼女が不満そうに見つめているのは、三日前に撮影したチルノの弾幕写真である。必死の形相で竜巻に挑みかかる氷精の姿を、これまで培ってきた技術を駆使して迫力ある構図に収めたはず――射命丸はそう自負していたのだが。
「大切な何かが欠けている……こんな写真しか撮れないようでは、弾幕特集などお笑い種だわ」
出来上がった写真を確認してみれば、どれもこれも納得行くようなものにはなっていなかった。氷精のスペルが弱いというのもあるかも知れないが、しかしそれ以上に、読者を魅了するような迫力や迫真性といったものが感じられないのだ。こんな腑抜けた写真では、スペルカード戦を体験したことのない普通の人間はともかく、ほぼ例外なく経験者である妖怪たちの心を打つことなど不可能だろう。
「安全な場所から撮るという形式がよくなかったかしら? それに私自身のスペルが写り込んでいるというのも面白くない。
あの形式はお膳立てが楽なんだけど、別の方法を考えるべきかもしれない……」
やはり危険を犯してでも、弾幕の真正面に飛び込んで撮影するべきか――射命丸が真剣に思案していると、開け放った窓から黒い影が飛び込んできた。彼女が使役するカラスのうちの一匹である。
仕事外の時間でも事件の動きを監視できるよう、射命丸は自身の配下のカラスに見張りを頼むことがよくある。今回戻ってきたのは、氷精の監視を命じていたカラスであった。
部屋を一周してから窓枠に止まった部下に、射命丸はさっそく尋ねかける。
「こんな時間に戻ってくるとは……何か面白いことでもありましたか?」
おおかた誰かに迷惑をかけたとか、友達に泣きついて断られたとか、まあその程度のことだろう――そんな見当をつけながらカラスから報告を聞いていた射命丸は、2分後にはあわてて書棚から人名録を取り出し、確認作業に追われる羽目になった。
「霧雨魔理沙はともかく……上白沢慧音に藤原妹紅? それに蓬莱山輝夜まで? しかも全員が真面目に相談に乗った、ですって?」
人名録に付箋を張りつつ、烏天狗は信じられないといった表情で首を傾げる。たかが妖精になぜこれほどの人脈があるというのか。あちこちで喧嘩を売っているのは知っていたが、そんなことだけでこれだけの知己を得ることができるものだろうか。
射命丸の中で、氷精の記事の重要度が急激に跳ね上がる。これはきっと、探れば探るほど面白いネタが出てくるに違いない!
「ふふふふ、久々に歯ごたえのあるヤマになりそうです。明日から本腰を入れて取材に乗り出さなければ――!」
すっかり新聞記者の顔に戻った射命丸は、今後の取材予定に大きな変更を加えるべく、自身の手帳を取り出したのだった。
9 氷精、紅魔館の門番から指導を受ける
氷精が、迷いの竹林に住む姫君からヒントをもらってから三日後。
自らの住処である霧の湖に戻った少女は、今もまだ、試行錯誤を続けていた。
「ぬー……」
湖の夜がふけていく。蒸し暑かった熱風も過ごしやすい程度のそよ風に変わり、天に星々が輝き、虫たちが賑やかに夏の夜を謳歌している。
平穏な光景の只中で、氷精は気合を入れて両腕を振り上げ、その手の中に巨大な氷のハンマーを生み出した。チルノの身長の三倍ほどもあるそれは、三日前に少女が見たダイダラボッチにはさすがに敵わないまでも、十分な威力がありそうに思えた。
が――しかし。
「うぬぬぬぬっ、ぬぬー!」
今の少女の力では、その氷塊を振り下ろすことができない。よろよろとよろめいた挙句、後ろにこてんと転倒してしまう。せっかく作り出したハンマーも、あっさりと砕けて消えてしまった。
「むぐー……」
疲労困憊で地面に伸びたまま、少女は悔しそうにうめく。
これは違う。何かが足りない。今まで何度も何度も試しているのに、心の中にある完成形に一向に近づく気配がない。
「おっかしいなー。もっと大きくないといけないのかなー。でもあたいの霊力だとこの大きさで限界だし……」
イメージはもう出来ているのだ。けれど、それを外の世界に的確に表す方法が見えてこない。迷路の出口の場所が分かっているのに、暗闇の中を延々とぐるぐる廻っている気分。もどかしさと徒労感が両肩にのしかかり、つい何もかも投げ出してしまいたくなる。
けれど少女は諦めない。大妖精にも心配されたし、何度か中止するようお願いされたけれども、こればかりは止めるわけにはいかない。
「もうちょっと。あと少し試してみたら、また何か判るかも……」
気合を入れて立ち上がると、少女は再び振り上げた腕の先に氷塊を生み出す。今度は先ほどよりもさらに大きく、自身の限界いっぱいのハンマーだ。
だが――
「う、う、うわぁ!?」
悲鳴を上げてチルノは前に転倒した。ハンマーが盛大な音とともに砕け散り、巨大な質量を浴びた地面が少しばかりえぐれる。
――やはり失敗だ。うまく当たれば威力はあるだろうが、こんな不安定なものを竜巻に命中させられるとは、さすがのチルノも思わなかった。
もう少し小さくしたほうがいいのか。でも小さくしてしまったら、あのダイダラボッチのハンマーと異なるものになってしまう。やはり巨大なハンマーでなければ駄目だ。
地面に座りなおして思案する少女の手は、とっくの昔に豆が潰れ、ぽたぽたと血を流していた。けれど彼女はそれを意に介さず、ただひたすらに新しいスペルの開発にのめり込む。
最初の動機は、烏天狗の新聞にカッコいい記事を載せたいということだけだった。それだけが目的だったなら、さほど我慢強いわけでもない氷精はとっくの昔に諦めていただろう。
しかし今の少女を突き動かしているのは、カッコよく描かれたいという欲望だけではなかった。それ以上に無邪気でそれ以上に貪欲な願いが少女の心を満たしている。チルノ自身も自覚できない強い衝動が、少女を新しいスペルへと駆り立てる。
歯を食いしばり、チルノは三度立ち上がった。今度こそ一歩前進しようと、両腕を思いきり上に振り上げ――
「うっるさいわよ! 次に紅魔館の近くで騒いだら退治するって警告したでしょう!?」
「うわあ!?」
そしていきなり出現した中華風の少女に怒鳴られ、こてんと後ろにひっくり返ったのだった。
「え!? え!? 何何!? なんなのよアンタ!?」
「あーもー、つい三日前に会ったばかりなのにもう忘れてるわね。まあ妖精だから仕方ないけど……」
あわてて立ち上がってみるも、チルノは事態がよく飲み込めない。一方の中華風の少女は、頭痛をこらえるように額に手をやり、ぶつぶつと文句を言っている。
「やっぱりあのとき、さっさと退治していれば……結局警備を抜けだしたのが咲夜さんにバレて、夜食の差し入れがお預けになっちゃうし……ストレスたまるわお腹は空くわ、私ってばなんて不幸……」
少しばかり涙目で嘆いているのは、もちろん紅魔館の門番である紅美鈴だ。どうやら三日前に門の前から離れて騒音の原因を探りに出かけた行為を、メイド長から厳しく注意されていたようである。
溜め込んできたイライラをすべてぶつける勢いで、美鈴はチルノにびしっと指を突きつけた。
「さあ、悪さばかりしてきたツケを払いなさい! 妖精だからって容赦はしないわよ!?」
「う、な、なんなのよ一体!? でもスペルカード戦なら受けて立つわよ、あたいは最強だもん!」
罵声を投げつけあった後、両者はともに戦闘態勢を取った。チルノは疲れ切った身体に鞭打って両手を前に構え、美鈴はやや前傾の右突きの構え。
そのままなし崩し的に戦闘へ突入するかと思われた、そのとき。
氷精の手の平から、ぽたりと血がこぼれ落ちた。
「…………」
「…………」
無言のままでにらみ合う両者。チルノは疲労のために自分から動くことができず、そして美鈴は、氷精の血まみれの手の平をじっと見つめている。
ぽたり。ぽたり。
「…………」
厳しく氷精を見つめていた美鈴の顔が、だんだんと呆れたような表情に変わる。
相手の状態を上から下までざっと観察すると、彼女は嘆息して自らの構えを解いた。
「なんでそんなボロボロになるまでスペルの開発なんてやってるのよ。オーバーワークは逆効果だって忠告してあげたのに。……まあ、どうせ憶えていないんだろうけど」
「な、何よ!? あたいのことをバカにしてるの!?」
「馬鹿ではあるわね。こんなにも一つのことに打ち込む馬鹿。人間には割と見かけるけど、まさか妖精にも同類がいたなんて」
呆れを通り越して、美鈴は感心すらしていた。
紅魔館の門番でもあり、また武術の達人でもある彼女のもとには、人間の腕自慢がしょっちゅう挑戦に訪れる。その多くは腕っ節が強いだけのまがい物だったが、中には自らを極限まで磨き上げ、技量だけで妖怪の体力と互角に渡り合う本物や、その本物になりかけの若き求道者もいる。
目の前の妖精には、その本物たちと同じ匂いがあった。まだまだ求道者と呼ぶには程遠い、道を歩み始めたばかりの未熟者ではあったが。
「やーれやれ、どうしようかしら。退治しちゃうのは簡単だけど……」
しばし悩んだ末、美鈴はチルノをちょいちょいと手招きした。
「貴方、ついてきなさい。とりあえずお手々を治療してあげるから」
「……え? 戦うんじゃないの?」
「戦うも何も、貴方の霊力はほとんど空っぽじゃない。そんなんで戦いなんて無理でしょうが。
ま、安心なさい。もう退治する気は失せたから」
「…………?」
やはり事態が飲み込めないでいるチルノの腕を、美鈴はいきなり掴んだ。よく知らない相手に強引に引きずられ、泡を食ったチルノが声を上げる。
「ちょっと!? 何するのさ妖精さらいー!」
「いいから早く来なさい! 次に咲夜さんにバレたら、私の夜食は一週間停止になってしまうのよ!?」
へとへとのチルノでは、紅魔館の門番に抗うことなどできるはずもなく。
彼女はそのまま、悪魔の屋敷と噂される場所まで連れ去られる羽目になったのだった。
30分後――紅魔館の門の前。
氷精は自分の手の平をまじまじと見つめていた。綺麗に包帯が巻かれ、傷口を完全に覆い隠している。
「へえー、なんか全然痛くなくなった。包帯って凄いんだー」
「手がそんなふうになるまでずっとハンマーを振り回してた貴方の方が、よっぽど凄いと思うけどね」
妖精にもアドレナリンとかがあるのかしら? もしもの時のためにと用意しておいた応急処置セットを片付けつつ美鈴は首をひねる。脳内麻薬で痛みを誤魔化していたとしか思えないほど、氷精の手の怪我はひどかったのだ。パチュリー特製の薬を塗っておいたから一日と経たずに全快するだろうが。
最初は思いきり抵抗していた氷精も、美鈴が無理やり抑えつけて傷の処理を始めてやるとすぐに大人しくなった。事態が飲み込めないなりに、美鈴のことを敵ではないと認識してくれたらしい。包帯を巻くついでに事情を尋ねてみると、ハンマーを振り回していた理由も素直に教えてくれた。
要するに、四日後に迫ったスペル検定に合格するために、天狗の竜巻をブチ破れるようなスペルを完成させなくてはいけない、ということらしい。そしてその目的を果たすために少女が選んだのが、あの超巨大なハンマーだったというのだ。
「うーん……」
手の平をにぎにぎと開閉させる氷精を横目に、美鈴は考えこむ。
紅魔館の門番は、もともと弾幕ごっこがさほど得意ではない。大量の弾幕を放つほどの霊力がないからである。新しいスペルの開発においても、霧雨魔理沙などに比べれば大した知識を持っているわけではない。
しかし手足に直接霊力を乗せる戦い方なら話は別だ。彼女はこの幻想郷においても一・二を争う接近戦のスペシャリストなのである。ゆえに氷精の考え方のどこが間違っているかについても、大体の見当が付いていた。
「ねえ、あのハンマーのことだけどね。無闇に大きくする必要はないんじゃないの?」
「え?」
美鈴の言葉に氷精が振り向く。疑問符を上げる少女の瞳をしっかりと覗き込み、門番は続けた。
「貴方が見たハンマーは、確かに巨大だったかも知れない。でも、その攻撃の本当の凄さは、大きいことではないと思うわ」
「?? ……よく判らないけど……でも、あのだいだらぼっちのハンマーは凄く大きかった。大きくて、凄くて、何でも砕けそうだったよ?」
短い腕をいっぱいに広げて、氷精はそう力説する。美鈴も実際に見たわけではないが、きっとその妖怪の武器は、この少女の脳裏に焼けつくほどインパクトのある外見だったのだろう。
しかし――と美鈴は首を横に振った。武器において大事なのは見た目ではない。目的通りの威力を発揮するかどうかなのだ。通常の物理法則に従う必要のないスペルであれば尚更。
小さな妖精にそのことを知らしめるべく、まず美鈴は自らの右手を差し出し、そして二人の横に転がっていた岩を指し示した。
「よく見なさい、この拳を。鬼の金棒ほどもなく、天狗の葉団扇ほどもない。こんなものに――この岩を砕くような力があると思えるかしら?」
氷精は言われるままに美鈴の拳を見つめ、そして、自分と同じ大きさほどもある岩を見つめた。これを破壊する力と言われても、氷精には魔理沙や妹紅のスペルくらいしか思いつかない。ただの拳で砕くなどどう考えても不可能だ。
「……思えない。砕けるわけがないよ」
「そうね、その通り。このままではこれはただの小さな拳骨。岩を砕くことなどできはしない。けれど」
言葉を区切った後、美鈴は思いきり息を吐き出した。独特の呼吸音とともに、肺の中のすべての空気を搾り出す。
そして――しぼんだ風船を一気にふくらませるように、大きく胸を張って肺の中に空気を満たす!
「ハアッ!」
空気によって膨れ上がった肉体を無理やり抑えつけるように、美鈴は身を下に沈め、同時に左足を地面に叩きつける。震脚――中国拳法独特の足さばきが大地を揺らし、チルノの横にあった岩を2メートルほども宙に浮かせた。
「わあ、嘘っ!?」
「鍛え上げた技と霊力とを合わせれば、触れずに岩を動かすことも可能。そしてっ!」
身を沈めた態勢のまま、美鈴は滑るように岩の真下へと移動した。自然落下する岩に向かって身体を突き上げる。全身の捻りを反動に変えてバネ仕掛けのように飛び出した右拳が、美鈴に覆いかぶさろうとする岩を撃ちぬいた。
「撃符、大鵬拳ッ!」
虹色の光がとどろき、目標を粉々に吹っ飛ばす。正確に霊力を乗せた右拳は、チルノほどもある大岩を確かに砕いてみせたのだった。
ぽかんと口を開ける氷精に、美鈴はもう一度、傷一つついていない己の手を見せた。
「どう? こんなに小さくてもきちんと威力はあるでしょう? 近接戦においては必ずしもスペルは巨大である必要はない。適切に威力を伝えられるなら、小さいほうが有利なこともある」
「す、すげえ……」
感嘆の声を上げる氷精の手を取り、美鈴はさっそく指導を始めた。この少女の体格でも振り回せるような武器の大きさを模索し、具体的な指示をしていく。
「心の中にあるイメージをねじ曲げる必要はないわ。でも、それに具体的なかたちを持たせるときには、自分にとって最も扱いやすい形になるようアレンジを加えておかないと。あなたに教えた先生だってそう言っていたでしょう?」
「んー、覚えてない……」
「あっそう。……まあいいけど」
そんな会話をしているうちに、一応のハンマーの大きさが定まる。小柄な氷精でも無理なく振り回せる程度の常識的なサイズだ。
だが、少女の身長の半分ほどしかないそれは、今までと比べればあまりにも小さすぎるように見える。
「こんなんで威力があるの……?」
不安がる少女に、美鈴はにこりと笑ってみせた。
近くに転がっていた別の岩を指さし、告げる。
「ものは試しよ、あれに向かって振り下ろしてみなさい。何も考えず、力いっぱいね」
「むー、わかった、けど……」
半信半疑ながらも氷精は言われるままに歩いていき、岩の前で立ち止まる。先程美鈴が砕いてみせたものよりは一回り小さいが、それでも普通のサイズのハンマーでどうにかなるとはとても思えない。
迷う少女を勇気づけるように、美鈴が肩を叩いた。
「自分の武器を信じなさい! まずそれを信じないことには何も始まらないわよ?」
「……ん!」
ようやく氷精も決心がついた。唇を引き締め、ゆっくりと己の武器を振り上げる。
そして何も考えないまま、力いっぱい振り下ろす!
「えりゃっ!」
何かが割れるような甲高い音が響いた。しかし氷のハンマーは砕けていない。
チルノが恐る恐るハンマーをどけてみると、岩の表面にヒビが入っていた。
「や、やった! 初めてまともにモノが壊せた!」
「ね? 言ったでしょう。近接用のスペルで大切なのは、見た目の大きさじゃなくて、自らの力をきちんと敵に伝えられるかどうかなのよ」
「なるほど……納得できたわ! さすがね、見知らぬおねーさん!」
少女は偉そうにふんぞり返ると、どこか間違った賞賛を浴びせてきた。美鈴は半笑いを浮かべ、文句を言わずにその褒め言葉を受け取る。妖精の言うことにいちいちツッコんでいたら朝日が上ってしまうのだ。
「ま、とりあえずはこんなものね。あとは何度もハンマーを振ってみて、自分にとって最適の大きさを見つけるコト。あ、ただし手が完治してからよ。さっきみたいな無茶はもうしちゃ駄目だからね?」
「うん、わかった!」
氷精が元気よくうなずく。これでどうにか解決かな、と美鈴が安堵していると、ふと目の前の少女が顔を曇らせた。自らが傷つけた岩の表面をじっと見つめて、
「でも……こんな程度の威力じゃ、どう頑張ってもあややの竜巻は破れなさそう……」
ぽつりとそうつぶやいた。
――ま、それはそうなんだけどね。美鈴も心中で同意する。
彼女もまた、天狗という種族の強力さはよく知っていた。いくら妖精が頑張ったところで、たった四日でその力の差が埋まることはありえまい。
しかしそれを正直に告げることは、今の美鈴には躊躇われた。この少女の熱意に水をさすようなことはしたくない。たとえ天狗には届かないとしても、伸ばせるところまで力を伸ばしてやりたい。
ゆえに美鈴は、晴れ渡るような笑みを浮かべて氷精に告げたのだった。
「仕方ないわね! これは秘中の秘なんだけど、とっておきの奥義をこっそり教えてあげちゃおう!」
スペルの威力を上げるもの――実はそれは単純なのだ。コツを掴めるかどうかは別として、だが。
美鈴はもう一度、自分の右手を氷精の前に差し出した。
「私はこの紅魔館の門番だから、紅魔館に住む人達を守らなければいけない。それが私の仕事だし、私の望みでもある。だから――」
照れくさそうに微笑んでから、美鈴は少女に、己がたどり着いた境地を教えたのだった。
「この館にいる人達を守りたいという想いを、私はこの拳に乗せているの。そうすればこの小さな手は、砕けぬものなど何もない最強の武器となる」
「…………」
氷精はぱちくりとまばたきし、じっと美鈴の手を見つめている。
――やっぱり理解できなかったかな?
美鈴が苦笑いしかけたとき、チルノはぐっと両手を握った。
「そっか……うん、そうだ。なんとなく判った……ような気がする。気がするよ」
「……気がするの?」
「気がする。うん、出口の場所が見えた! これならきっと完成できる!」
判ったのか判らないのかイマイチ不明なまま、氷精はばっと空へ飛び出した。その背中に、あわてて美鈴は声をかける。
「ちょっと貴方! もう氷を砕くことに文句は言わないから、練習はなるべくここから離れたところでやってよ! うるさくて昼寝もできないんだから!」
「うん、わかった! ありがとうおねーさん!」
包帯に包まれたままの右手を振って別れの挨拶を終えると、すぐさま氷精は湖のほうへ飛び去っていく。なんともはや、慌ただしいことこの上ない。
本当にスペルを完成させることしか頭にないんだな――美鈴はもう一度苦笑して、少女の後ろ姿を見送ったのだった。
四日後までに完成するかははなはだ怪しいが、あの少女の努力の結果をきちんとこの目で確認してみたい。そんなふうにさえ考えてしまう。
「まあ、私はしがない門番だしね。一時的に門を離れるならともかく、堂々と見物に行くわけにはいかないか……」
残念な思いを抱えて美鈴は嘆息し――そして視線を上方に移した。
門の上に誰かいる。数分前からこっそりと夜の闇にまぎれ、美鈴とチルノのやりとりを伺っていた者がいる――
美鈴は落ち着き払って、上空の誰かさんに声をかけた。
「どなたですか? 今日はお屋敷に来客があるとは聞いていませんが」
「ふふ、さすがにバレましたか」
悪びれもせずにそんな返答をして、上空の影は地上に舞い降りてきた。白いスーツに黒いスカート、そして見覚えのある顔。相手の正体を確認した美鈴は驚く。
文々。新聞の射命丸文。今しがた氷精が話題にしていた弾幕テストの張本人である。あの妖精と入れ替わりにここに姿を表したのは、ただの偶然なのだろうか?
内心で疑いつつも、美鈴は紅魔館の門番としての対応を選択する。
「今日はレミリア様への取材ですか? それなら申し訳ありませんが、アポを取ってからにしてもらえませんか」
「いえいえ、今日の取材の対象はレミリアさんではありません」
ニコニコと営業用スマイルを浮かべて、射命丸は首を振った。そして河童製と思しきマイクを美鈴に向けてくる。
――え? 私?
美鈴が唖然とするのも構わず、新聞記者はさっそく口を開き、質問を始めたのだった。
「ふふ、部下からの報告を受けて急いで飛んできた甲斐がありましたよ。
さて、紅美鈴さん。貴方があの氷精に与えたアドバイスについて、二、三お聞きしたいのですが……」
10 誕生、Gクラッシャー
そして、四日後の正午。
空は抜けるほど青く、湖の周囲に生える木々は力強くその枝を伸ばし、セミが盛大なコーラスを披露する。夏がいよいよ深まりゆく中、射命丸がチルノの弾幕をテストする日がついにやってきた。
暑い中でも一向に元気を失わぬ氷精が、しかし今は両腕を組み、じっと黙っている。新しいスペルのイメージトレーニングでも行っているのかも知れない。
一方の射命丸は、カメラの調子を確認したり、手帳にしきりに何事か書き込んでいる。テストの結果がどうなろうと彼女に損はないということもあって、実に気楽な表情だ。
ともあれ、約束の時間である。目をつぶって集中するチルノに、射命丸は声をかけた。
「では、そろそろ天孫降臨の道しるべを作ります。用意はいいですか?」
「――おう! いつでも来てよ!」
くわっと目を見開いたチルノは、気合を入れて両手を構え――
「え~、ジュースにビール、おつまみは如何っすか~。ジュースにビール、おつまみ~」
下から響き渡る間の抜けた声に勢いをそがれ、空中でずっこけた。
氷精が脱力しながらふわふわ浮いている間も、下の方からはワイワイと雑音が響いてくる。
「よく冷えてるよ~。暑い中での観戦には必須だよ~。ジュースにビール、おつまみ~」
「おまえのところの兎はホントしっかりしてるよな……こんなところでも抜け目なく商売してやがる」
「私を睨まないでよ、てゐが勝手にやってることなんだから。あ、てゐ、私にグレープジュースをひとつ頂戴!」
「てゐ、こちらにも頼む。オレンジジュースと……大妖精、君は何がいい?」
「え? ……ええと、私はりんごで」
「兎、私はビールだ。キンキンに冷えたヤツを頼むぜ」
湖のほとりでビニールシートを広げて、人と妖怪と妖精の一群が好き勝手にやっていた。ある兎は飲み物を売って回り、他の者達はその兎から飲み物を受け取ったり、隣に座る別の人間と雑談を繰り広げている。
「それにしても、本当に一週間でスペルを完成させてしまうとは……やはり大したものだよ、彼女は」
紺色のスカート姿の上白沢慧音は、嬉しさを隠そうともしない。
「私のお宝が役に立ったのね。ま、もちろん、あの子も頑張ったんだろうけど」
いつもの和洋折衷の服をまとった蓬莱山輝夜は、紫外線避けの麦わら帽子をかぶって鼻高々である。
「とはいえ、チルノのスペルで射命丸の竜巻を破れるのかね? あれは中々ホネだぜ」
冷静に評してみせる霧雨魔理沙の傍らには、例の大きな袋が置かれている。紅魔館に本を返しに行く途中でこちらに立ち寄ったものらしい。
「……今のあいつじゃ難しいね。あんまりあいつが無茶をするようなら、止めに入らなくちゃいけない」
期待と不安が半々といった面持ちなのは、藤原妹紅。いつでも飛び出せるようにと、わずかに腰を浮かせている。
「…………チルノちゃん…………」
妹紅と慧音の間に座る大妖精は、友人のことが心配らしく、そわそわと落ち着かなげだ。
総勢5名+1匹。自分のテストの結果を知るためにわざわざ集まってきた知人たちを見渡して、チルノは頭を抱えた。
「なんでみんな居るのさ……」
「せっかくなので私が声をかけて集まってもらいました。もっとも、ほとんどの方が呼ばれるまでもなく出席するつもりのようでしたが。
貴方だって、皆さんに見てもらったほうが力が入るでしょう?」
「それはそうだけど、なんだか気が散るよ……」
ぶつぶつと文句を言ったあと、少女は気持ちを切り替えた。どうせこのテストの結果はすぐに幻想郷中に知れ渡ることになるのだ――『とてもかっこいい氷精、とてもかっこよく新スペルをお披露目!』という形で。ならば、見物人の有無など問題ではない。
謎の理屈で自信と落ち着きを取り戻した氷精は、烏天狗にびしりと指を突きつける。
「さあ、竜巻を出してよ! あたいの新スペルでぶち破ってあげるから!」
「では行きますよ。竜巻・天孫降臨の道しるべっ!」
10日前と同じように射命丸が葉団扇を振りかざすと、たちまち突風が巻き起こった。葉団扇を中心に螺旋状に吹き上がったそれは、天狗の前方に強力な竜巻を形成する。
自らのスペルの出来を確認してから、射命丸は氷精へと視線を戻した。
「さて、改めてルールを説明しましょう。まずこの竜巻ですが――」
「わかってるよ、あの葉団扇を撃ち落とせばいいんでしょ! さっそく行くよ!」
「あ、ちょっと!? ちゃんと説明を聞いてから……」
射命丸が何かを言いかけるが、気の短い氷精はいちいち最初から聞き直すつもりなどなかった。竜巻へ一直線に突っ込みつつ、両手に霊力を集中させる。
「喰らえっ、氷塊――」
生み出されるは氷のハンマー。四日前よりは遥かに小さく、しかしその霊力密度は遥かに大きい。一撃必殺の威力を秘めた氷塊を振りあげて、チルノは竜巻へと挑みかかり――
「うぎゃっ!?」
そして竜巻から飛んできた突風の弾丸の直撃を食らい、くるくると吹っ飛ぶ羽目になった。
ひえーと悲鳴を上げて縦回転する氷精を見ながら、射命丸は苦笑する。
「だからちゃんと説明を聞きなさいと言ったのに……」
今回の竜巻は、前回のような普通の竜巻ではない。敵が近寄ると自動的に迎撃の突風を繰り出す特別仕様なのである。前回の写真の出来に不満を感じた射命丸が、より臨場感を出すために工夫を施してみたのだ。
「動かない的を攻撃するだけでは、やはり写真に緊張感が出ませんからね。本物のスペルカード戦の迫力を演出するために、今回は少し難易度を上げてみました」
「そ、それってちょっと卑怯じゃない!?」
どうにか態勢を立て直したチルノが、ぐるぐると目を回しながらもツッコミを入れる。この少女にしては珍しく、実に的確な指摘だった。あとからルールを変更するのはどう考えても公平ではない。
――が、しかし。この口八丁の新聞記者にかかれば、多少の無理などどうにでもなるのであった。
「貴方もこのテストに臨むために、あんなに沢山の人の力を借りたのでしょう? それはズルくないのかしら?」
「うっ……ま、まあ、それはそうかもしれないけど」
「それに貴方なら、この程度の弾幕など問題にはならないでしょう? 楽々回避して中心まで辿りつけるはずです」
「ええ、そりゃそうよ。なんたって最強なんだし!」
えっへんと胸を張る氷精に微笑みを向けつつ、射命丸は内心でしめしめと笑うのであった。実にちょろいものである。
ルールの変更を終えた射命丸は、懐からカメラを取り出しつつチルノに告げた。
「さあ、テスト開始です。風の弾丸をかわして竜巻に肉迫し、一流のスペルを叩き込んでください。見事あの葉団扇を撃ち落とせたならば、貴方のスペルのことを一面で取り扱って差し上げます!」
「へへん、あたいの新スペルの力を見せてあげるわ!」
氷精が再び竜巻へ突撃し、烏天狗も迫力ある構図を求めてその後を追う。
運命を決する二回目の弾幕テストが、いよいよ始まったのだった。
同刻、地上。
上空の二人のやりとりに耳を澄ませていた女教師は、やれやれと肩をすくめた。
「チルノめ、あの新聞記者に不利な条件を飲まされてしまったようだ。我々もあの場に立ち会うべきだったか?」
「……仕方ないさ、これはあいつ自身が売った喧嘩。いくら状況が不利になっても、チルノが自分でどうにかするしかない」
突き放したようなセリフを吐くのは妹紅。が、天狗を睨むその表情は、言葉とは裏腹に苛立ちを隠せていない。もし射命丸がこれ以上チルノを騙すような真似をしたら、いの一番に喧嘩を売りに行きかねない雰囲気だ。
心配性な友人に内心で苦笑してから、慧音は話題を変えた。
「……さて、それはともかく。君はあのスペルをどう見た?」
その質問に、かつてチルノの特別コーチを務めたこともある炎使いは渋い顔で応じる。
「……思ったより悪くない。けど、霊力の練り込みがまだ甘い。あれじゃあ通用しないと思う」
「おお、意外と評価が辛いね。バリアを突破するのに武器型のスペルを選んだあたりは褒めていいと思うけどな」
後ろから割り込んできたのは魔理沙である。突風を着実に回避しながらじりじりと竜巻へ接近する氷精を眺めて、魔法使いは満更でもなさそうだ。
「霊力の総量が少ないなら、力を集中させろ……私の忠告をちゃんと守ってくれるとはね。あいつもいちおう成長してるのか」
「ま、それもこれも私のお宝映像のおかげだけどね!」
「姫様姫様、その言い方だとハプニング映像集みたいになっちゃうよ」
大威張りで言い放つ輝夜と、それをフォローするてゐ。永遠亭の主従コンビは相変わらずのマイペースである。
わいわいと新スペルへの評論が続く中、ひとり大妖精だけは、友人の身を案じてはらはらと空を見上げていた。
「チルノちゃん……大ケガだけはしちゃダメだよ……」
……そして、そこから少しばかり離れた場所にて。
「ああもう、まだハンマーが大きすぎる! やっぱり手取り足取り実地で指導してやるべきだったかしら……!?」
紅魔館の門番は、周囲への警戒もそっちのけで湖の上空に見入っていたのだった。
地上の騒がしい面々をよそに、氷精はついに竜巻の前へとたどり着いていた。9ヶ月前のチルノでは決して突破できなかったであろう突風の弾幕も、今の彼女にはさほどの驚異ではない。
――これなら楽っ勝!
自信満々でハンマーを作り出した氷精は、今度こそ竜巻に自らのスペルを叩きつけた。風の圧力に砕かれることもなく、突風に巻き上げられることもなく、ハンマーはしっかりと竜巻に食い込む。
「おおっ!?」
さすがの射命丸もカメラを構えたまま驚きの声を上げる。どれほどの霊力が込められているというのか、氷精の武器はじりじりと竜巻を圧し、中央の葉団扇へと近づいていた。空中にしっかりと足を踏ん張って、チルノが唸り声を上げる。
「んぐぐぐ、んりゃー!」
……だが。そのチルノを、後ろから風の弾丸が襲った。
「んぎゃっ!?」
不意打ちを食らった氷精は、悲鳴を上げてハンマーから手を離してしまう。あと少しのところまで迫っていた氷塊は風に巻き上げられて上空へと吹っ飛ばされてしまった。さらにはその煽りで、チルノ自身も砲丸のように飛んでいく。
「ああ、チルノちゃーん!?」
地上で大妖精の悲鳴が上がった。あの勢いでそのまま地面に叩きつけられたら――下手をすると大ケガしてしまう!
周囲の面々の何人かが慌てて腰を浮かし、氷精を助けるべく飛び出そうとする。しかしそれよりも早くチルノは空中で体勢を立て直していた。またもやぐるぐると目を回しているが、とりあえず大事はなさそうだ。
「ふー、危ない危ない……」
生徒の無事を確認した慧音が、安堵の面持ちで腰をおろす。
――その腕に、隣の大妖精がすがりついてきた。
「先生、もうチルノちゃんを止めてください! やっぱりこれは無謀ですっ、きっと大ケガしちゃいます!」
「む?」
「お願いです、止めてください! 妖精が天狗に挑むなんて最初から無茶だったんです、だからもうっ……」
泣き出しそうな大妖精を見つめ、慧音はわずかに驚いた。自分や仲間の負傷に関して無頓着なはずの妖精が、こんな風に友人を心配するとは――やはりこの少女は、他の妖精よりも随分と人間寄りの思考を持っているらしい。
半人半妖である慧音もまた、人間寄りの思考を持つ者のひとりである。ゆえに、大妖精がチルノの身を心配するその心情もよく理解できた。
――が、しかし。
慧音は空を見上げ、もう一人の生徒の様子を確認する。
あれだけ派手に吹っ飛ばされたチルノは、しかし悔しげに歯を食いしばり、まっすぐに竜巻を見つめていた。まだまだやる気充分のようだ。
「今はチルノを止められない。彼女は諦めていない。やる気のある生徒を教師が止めるわけにはいかないよ」
「そんなっ!? いくらやる気があっても無理です、あんな竜巻に敵うわけありません!」
「しかしだな」
「チルノちゃんは出来ることと出来ないことが区別できないんです、だから昔から無茶ばっかりしてっ! ケガする前に止めなきゃ!」
ヒステリックに叫ぶ大妖精。きっと悪意も何もなく、本気で友人の身を案じているのだろう。その瞳からはうっすらと涙がこぼれている。
けれど慧音は、彼女の言葉に同意できなかった。本当にチルノがただの無分別であるなら、そもそも烏天狗に挑むことすらできないはずなのだ。今ああして竜巻に挑戦していること自体が、彼女の実力の証明なのである。
「大丈夫、チルノは立派なスペル使いだよ。自分の力が足りないと判ったならば素直に撤退するさ」
「でも、でも……!」
なおも言い募ろうとする大妖精の肩に手を置いて、女教師は静かに諭したのだった。
「安心なさい。チルノが本当に大怪我をしそうだったら、私たちが必ず止めに入る。
なにしろここには、私よりも戦いに詳しく、私よりもはるかに心配性の妹紅がいるんだ。彼女が危険を見過ごすはずがないさ」
「なんでそこで私の名前を出すんだよ……」
不服そうに口を尖らせてから、妹紅は不安がる大妖精へと視線を移した。
この妖精が友人を心配する気持ちは妹紅にもよく判る。一週間前は、彼女自身がチルノを止めようとしていたのだから。
けれどチルノは立派にスペルを完成させた。その陰にあったであろう膨大な努力を無駄にしたくない。今の妹紅はそう思っている。たとえ失敗に終わるとしても、チルノには最後まで挑戦させてやりたい。
だから妹紅は、大妖精に向けて請け負うように胸を叩いてみせた。
「慧音の言うとおりだよ。チルノに勝ち目がないと判断したり、あの天狗がチルノを傷つけようとしたなら、私がすぐにでも止めに行く。だからそう心配するな」
「たとえ大怪我したとしても、大概の傷なら私が治してあげるしね。永遠亭印の傷薬の効き目はスゴいのよ? 人里でも絶賛発売中」
後ろから輝夜も身を乗り出す。彼女はこの日に備えて永琳特製の薬をいくつか持ってきていた。もちろん薬の使い方についてもあらかじめ永琳からレクチャーを受けている。看護体制は万全なのだった。
「それにしても……薬の使い方を教えてもらったとき、永琳ってばやたらと嬉しそうだったわね。あれってなんだったのかしら」
「そりゃ、姫様が初めて人の役に立つことを自主的にしようとしたんだもの。お師匠さまが喜ぶのも無理ないよ」
輝夜のつぶやきにツッコミを入れたのはてゐである。輝夜に応急処置をレクチャーしていたときの永琳の生き生きした表情は、あまりにも切実すぎてしばらく忘れられそうもない。
妖怪兎がそっと目頭を抑える横で、魔法使いが最後を締めくくった。
「てなわけで、たとえチルノがバカやってもこいつらがフォローしてくれるみたいだぜ。ならとりあえず、あいつが納得行くまでやらせてやれ。
あいつはバカだが、本当にバカだが、この私に本気で勝てると思い込んでるとんでもないバカだが――」
誰よりもチルノと戦い、一方的に勝利し続けてきた魔法使いは。
大妖精に向かってひょいと帽子をあげ、ニヤリと笑ってみせたのだった。
「しかし、この私を手こずらせる大バカなんだ。だから少しは信じてやれよ、お前の友達の力を」
「…………」
悲しげだった大妖精の表情が、少しだけ明るくなる。まだ心配の色は抜け切っていなかったが、しかし彼女は上空を見上げて、心の中で念じたのだった。
――チルノちゃん、わたしも信じる。だからがんばってっ。
そして、別の場所でも。
「うぬぬぬぬ……」
紅魔館の門の前で、美鈴は苛立っていた。仕事を理由に烏天狗の招きを断ったことを、今更ながらに後悔する。
「あああ、もう少しで完成するのにっ。あと少し霊力を圧縮させて、もうちょっとだけ想いをストレートに氷に乗せれば完璧なのにっ!」
接近戦のスペシャリストにして「気」の使い方の達人は、この遠距離をものともせず、氷精のスペルに残された問題点を見事に見抜いていた。しかし彼女にはテレパシーのような遠隔通信手段はない。アドバイスを送ってやることまではできないのだ。
「ああああ、どうしよう……。そばに行ってあげたいけど、次に門番の仕事を勝手に抜けたら夜食が一ヶ月抜きになってしまうぅぅぅ……」
見捨てることができないという気持ちと、メイド長からの罰の恐ろしさの間で身悶えする美鈴。実は四日前に門から一時離れていた件もメイド長にはバレてしまっており、職務怠慢の罰という名目で夜食の差し入れを一週間停止されていたのだ。
夜の孤独な警備任務においては、メイド長の手作りサンドイッチだけが美鈴の唯一の楽しみである。それを一ヶ月も断たれることになるくらいなら、ナイフ投げの的になったほうがまだマシなのであった。
「あああああ、どうしようどうしよう……」
門の前でしゃがみ込み、苦悶する中華少女。放っておけばそのままごろごろと門前で転がり回ってしまいそうな悩みっぷりであったが――やがてひとつ息を吐き、立ち上がる。
「ふふっ……何を悩んでいるんでしょうね、私は。こんなもの、答えは一つに決まっているのに」
悪魔の屋敷と恐れられる場所へ、美鈴は向き直った。真昼間のこの時間、メイド長は昼食の準備をしているはずだ。
十六夜咲夜。瀟洒なる紅魔館のメイド長。一介の門番の夜食にも気を配ってくれる(ゆえに罰として夜食抜きにもされる)、紅魔館の誇るパーフェクトメイド。パーフェクトゆえに規則には大変厳しく、彼女の怒りを買うのはこの館においてはご法度だ。たとえ屋敷の主といえど、である。
彼女にたてついてまで門を離れるべきなのか? 屋敷の主からの信頼を投げ出してまで未熟な妖精に肩入れすべきなのか?
愚問である。考えるまでもない。
ゆえに美鈴は決然と門前に立ち――腹の底からの大声で、メイド長に告げたのだった。
「すいません咲夜さん、20分ほどここを離れます! お叱りと罰は帰ってきてから受けますのでお許しください!」
そして彼女は脱兎の如く駆け出した。メイド長が厨房でコケる気配を感じたが、あくまで知らぬふりを決め込む。向かう先は湖のほとり、氷精が竜巻に挑む場所。
――すいませんお嬢様、すいません咲夜さん。そしてさよなら、一ヶ月分の私の夜食!
流れ落ちる涙を拭いもせず、紅魔館の門番は全速力で走り続けたのだった。
一方、湖の上空では。
「ちくしょー!」
悔しげな叫びとともに、氷精が縦回転していた。
二度目のアタックも失敗に終わり、せっかく作り出したハンマーは竜巻に弾き飛ばされて湖に沈む。そのあおりでチルノ自身も大きく吹き飛ばされたが、幸いにして今回も怪我はなかった。
ようやく空中で体勢を立て直した氷精を、射命丸はカメラを降ろして観察する。
氷精のあの新スペルは、確かに天孫降臨の道しるべに拮抗するほどの威力を秘めていた。だがそのぶん霊力消費もかなりのもののようだ。いまだ使い慣れぬことも相まって、チルノの消耗は激しい。
相手の霊力残量を見切った射命丸は、冷静な口調で少女に告げた。
「次が最後です。次に失敗したら、このテストは終了させてもらいます」
「ええっ!? ズルいよ、またルールを変更するなんて!」
「貴方を負けさせたいから言っているのではありません、貴方に余計な怪我をさせないためです。貴方だって自覚しているのでしょう? まともにそのスペルを作り出せるのは、次が最後だって」
「うー、そ、それは……」
天狗に反論することができず、チルノは悔しげに黙り込んだ。
次が最後――確かにそうだ。今残っている力ではもう一度が限度。けれどこのままではきっと次も失敗してしまう。完成させたと思っていたのに、まだ何かが足りない。一体どうすれば……
うつむいて考えこむ少女を、地上の女教師はじっと見つめている。半年以上も付き合ってきた生徒の様子から、慧音はその心境を正確に察した。
「……いかんな、袋小路にハマっている。良くない傾向だぞ、これは」
「二回失敗して弱気になってるんだ。逆境に弱いのは相変わらずだな、あいつは」
妹紅が苛立たしげに拳を握りしめていると、その後ろから魔法使いが割り込んできた。
「どうするよ? あいつは間違いなく次も失敗するぜ。そろそろ助けてやったほうがいいんじゃないか、お二人さん?」
「……なんだよ。今日は随分とチルノに肩入れするんだな、おまえ」
馴れ馴れしく肩を組まれた妹紅が、魔法使いに胡散臭げな目を向ける。しかし魔理沙は軽い口調を崩さぬまま、炎使いに笑いかけた。
「なに、新しいスペルが炸裂する瞬間をこの目で確認しておきたいだけさ。武器型のスペルは珍しいから、尚更な」
「……この弾幕マニアめ」
「魔法の研鑽に余念がないと言ってほしいな。で、どうする?」
その問いかけに応じたのは、妹紅でも慧音でもなかった。
膝立ちの姿勢で身を乗り出した麦わら帽子の姫様が、鼻息も荒く断言する。
「決まってるわ! 苦戦する主人公、それを見守るしかない仲間たち、あと一歩のところで届かない力……こういうシチュエーションでやることは一つ! 力のかぎりの応援よ!」
「姫様ってば、すっかり地上製おとぎ話に毒されちゃって……」
従者である妖怪兎が背後でそんなことをぼやくが、絶好調の姫様は気づかない。魔法使いと二人で挟みこむようにして、憮然としている炎使いの肩に腕を回す。
「あんたね、いい加減素直になりなさいな。このメンバーの中で一番熱心に観戦してたのは貴方じゃないの。あの子のことを応援してあげたいなら、素直にその気持ちを表に出せばいいでしょう?」
「…………」
苦虫を噛み潰したような顔で、妹紅はそのセリフを聞き流す。
彼女が不機嫌なのは、長袖二人組に密着されて暑苦しいからという理由だけではない。輝夜の指摘がいちいち的を得ていたからだ。宿敵に図星を刺されるほど腹の立つこともそうはない。
だが意地を張っている場合でないのも確かだった。このままでは小さな友人が負けてしまう。彼女の情けない泣き顔を、妹紅はもう二度と見たくないのだった。
「ちぇ、輝夜の言うとおりだな。こんなことしてる場合じゃない」
ふっと笑った妹紅は、両手を伸ばして抱きつき虫二人を引き剥がした。軽くなった右肩を一つ回したのち、勢いよく立ち上がる。
いまだ煮詰まったままの弟子をしっかりと見据え、炎使いは大声を上げたのだった。
「馬鹿チルノ、天狗さえ恐れぬいつもの強気はどうしたっ! あの竜巻が怖いのか、竜巻の出すへなちょこ弾幕が怖いのか!?」
「怖いわけないよっ、あたいは最強だもん! 今はちょっと休んでるだけだもん!」
脊髄反射で即座に言い返してきたチルノに、妹紅は歯を見せて笑った。
そうだ、そういう風に強がることができるなら、まだまだ望みはいくらでもあるぞっ!
「休んでるだけか、ならしっかり休め! どうせ制限時間なんて決めてないんだ、いくらでも相手を待たせてやれ。おまえが焦る必要はないぞ!」
「……あ、そうか。そういえばそうだよね」
元コーチの断言に、チルノが納得顔でぽんと手の平を打つ。
落ち着きを取り戻した弟子に、妹紅はさらに畳み掛けた。
「いいか、焦ってうじうじ悩みこむな、まずは頭を空っぽにしろ! 気持ちを落ち着けろ!」
「わかってら! 大丈夫だよ!」
妹紅の言葉が響くたびに、氷精に明るさが戻っていく。かつてのコーチの言葉は、今でもチルノにとって何よりも心強い声援なのだろう。弱気になっていた表情が、自信ある顔つきへ変わっていく。
そんな二人のやりとりを見て、慧音は感慨深くうなずいた。
当たり前の信頼関係、ごく自然な絆――かつて妹紅が得ることができなかったものが、今ここにしっかりと存在している。あの氷精が与えてくれたものの大きさに、慧音はいくら感謝してもし足りない気分だ。
女教師は立ち上がった。友を救ってくれた恩返しも兼ねて、氷精へ力添えをするために。
「チルノ、ゆっくりとでいい! 最初から手順を踏んでスペルを作るんだ! 君の心の中にある『スゲえ』をしっかりと思い描け! まず心ありき、それを忘れるな!」
「心……『すげえ』……」
ぶつぶつと呟くチルノ。大事なことを思い出そうとするように眉根を寄せている。もしかしたら、少女はあと一歩で何かを掴めるかも知れない。
弾幕マニアがそれを見逃すはずがなかった。我知らず立ち上がり、魔法使いは常ならぬ大声でアドバイスを送る。
「集中しろ! お前のスペルはもう少しで完成するぞ、だから心の中にある何かだけを見ろ! 頭が悪いんだから余計なことを考えるな!」
そして地上製物語を愛する姫様もまた、便乗するように立ち上がった。
三人に続けとばかりにらんらんと目を光らせ、ここぞとばかりに声を張り上げる。
「チルノ、よく聞いて! 天狗の竜巻は確かに強いわ……でも力の差なんて単なる目安よ! 足りない分は知恵と勇気と根性で補いなさい!」
「熱いセリフだねえ。意味はよく判らないけど」
売り物のビールを片手にてゐがそんなことをつぶやくが、それはともかく。
四人分の声援を受け取って、氷精の雰囲気がほんの少しだけ変わった。
竜巻を倒そうと無闇に肩に力を入れていた状態から、初心を思い出した顔へと。
「……そっか、やっとわかった。大切なのはこれなんだ」
新聞にカッコよく書いてもらいたい――始まりの動機はそれ。
でも今、少女を突き動かすものは違う。
大妖精に、慧音に、魔理沙に、妹紅に、輝夜に、色々なことを教えてもらった。これだけの人からヒントを与えられて、凄いスペルのイメージを手に入れることができたのだ。
この心の中の『すげえ』を、どうにかして完璧なかたちにしたい。みんなからもらったものを、天狗の竜巻さえ吹っ飛ばすような凄いスペルカードとして完成させたい。
氷精の中で、そんな思いが熱く燃えている。
「チルノちゃん……?」
慧音の足元にへたりこんだまま、大妖精は呆然とつぶやいた。
なんだろう。チルノの身体から青い燐光が舞っているように見える。
あれは、吹き上がる霊力? 溢れ出る力?
妖精の親友は、いま何かを掴もうとしている。そして何かを超えようとしている。でも、あれは掴んでいいものだろうか。超えてしまっていいものなのだろうか?
不安にかられる妖精の真上を――緑の人影が飛び越していった。
「それよ! その気持ちよ!」
「え?」
「ぬおっ!?」
唐突に現れて大声を上げるその人影に、大妖精は目を丸くし、魔法使いは反射的に身構える。
二人はその人物を知っていた。紅魔館の守り手、紅美鈴。常に門の前を動かぬはずの妖怪が、どういう理由かこんなところまで飛んできて、しかもチルノに必死の形相で呼びかけている――
「いま感じているその気持ち、それをそのまま貴方の氷に乗せなさい! それで貴方のスペルは完成するわ! 何度も試行錯誤した今の貴方ならできるはずよ!」
「お、おねーさん……?」
四日前にアドバイスしてもらった妖怪の姿を認めて、チルノは目を丸くした。名前を聞くのは忘れてしまったが、その容姿はきちんと覚えていたのだ。
全速力で飛んできたらしい門番は、さすがに息を切らせていたが――しかし力強い声で自らの助言を締めくくった。
「大切なのは見た目じゃないわ、想いよ! 貴方の中にたぎる熱い想いを、ストレートにあの竜巻にぶつけなさい!」
「…………! わかった!」
ぐっと拳を握って、氷精は短くそう答えた。
迷路の出口は見つかった。パズルの最後のピースがはまった。あとはこの完成品のスゴさを、世界に示してやるだけだ!
力強く氷精が飛び出す。そしてその後を、天狗が全速力で追随する。
何か凄いものが生まれようとしている。今の彼女の役目は、それを余す所なくカメラにおさめることだけ。
「ふふふふ……さあ、見せてください。貴方の力を!」
二つの影がまっしぐらに竜巻へと向かっていく。竜巻が迎撃の突風を生み出すが、どれひとつとして氷精の翼には追いつけない。螺旋を描いて上へ駆けるその後ろをむなしく通り過ぎるばかりだ。
苦もなく竜巻の真上にたどり着いた氷精は、その両腕を高々と天に掲げた。
妖精の枠をはるかに超えた力が、小さな手の中に集中していく。少女の想いを乗せた武器がその形を表す。
射命丸がカメラを構えるその前で、氷精は、自らが作りだした最強のスペルの名を唱えた。
「氷塊、グレートクラッシャー!」
生まれ出たハンマーは、これまでのどれよりも小さく――しかし、これまでとは比べ物にならぬ輝きを発していた。
――イケる。これなら天狗の竜巻さえブチ破れる!
妹紅が、慧音が、魔理沙が、輝夜が、美鈴が、チルノの頭上に輝く武器に魅入る。
へたりこんでいた大妖精も、その光に背中を押されるようにして立ち上がった。
あの光は、妖精ごときが掴んでいいものではないかもしれない。超えてはならぬ壁を、友人は超えようとしているのかもしれない。
けれどもう、止めようとは思わない。あれはきっと、チルノが必死に努力して得たものなのだから。種族の壁も世界の常識も全てぶち壊して、最強へと至るための武器なのだから。
大妖精は、ぎゅっと両手を握り締め。
上空の友人に、力のかぎりの声援を送ったのだった。
「チルノちゃん、やっちゃえーっ!」
「おう!」
親友に向けてにっと笑ってみせたチルノは。
次の瞬間、迷うことなく渾身の力でハンマーを振り下ろした。
「氷になれぇぇぇ!」
吹き上がる突風をものともせず、ハンマーは真下へと駆け下る。触れる風全てを凍りつかせながら、猛然と竜巻の中を突進していく。
「おおおおおお!?」
射命丸は心底からの驚きの声を上げた。
カメラ越しに信じられない光景が広がっている。天孫降臨の道しるべが氷の柱と化していく。あの氷のハンマーが、根こそぎ凍らせ砕いていく――上級妖怪である彼女が、手加減なしで作り出したスペルを!
「た、竜巻を……っ」
「叩き潰したぁーっ!?」
地上で慧音と魔理沙が歓声を上げる。妹紅と輝夜は完全に見入っている。美鈴が上空で会心の笑みを浮かべる。
夏の青空の下、ほんの一瞬だけ、この幻想郷でも滅多に見ることのできぬ絶景が出現したのだった。
やがて、幻のような眺めは消え去った。
砕かれた竜巻のかけらが、すべて湖へと落下していく。
中の葉団扇ごと竜巻を砕ききったハンマーもまた、最後に名残を惜しむように白く輝き、そして霧散していった。
夢うつつの面持ちで、慧音がつぶやく。
「見事だ……しかし、あまりに強力すぎる……」
「むう。やっぱりちょっとマズかったかな……?」
想像以上のスペルの出来栄えに、魔理沙も表情を引きつらせている。あんなものをチルノに振り回された日には、彼女とて本気で対処しないと命が危ない。
やーれやれ、厄介なスペルだぜ。ぼやきながら改めて上空を見やった魔法使いは、その時点で異常に気づいた。
チルノがへろへろと落下している。勝ち誇ってガッツポーズでもとっているかと思いきや、湖に向かって真っ逆さまに落ちていく。
「……あれ? あいつ完全に気絶してないか?」
「あー、あのバカ! また力を使い果たして!」
魔理沙に続いて異常に気付いた妹紅が、大慌てて飛び出した。人間のようなしっかりとした肉体を持たない妖精は、霊力によって己の存在を保っている。完全に霊力が枯渇したままの状態が続くと命に関わりかねない。
「湖に落ちたら引き上げるのがコトだっ! 急げ慧音、輝夜!」
「了解だ!」
「あんたに命令されるまでもないわよっ!」
残る二人もすぐさま地を蹴る。魔理沙は急いで箒にまたがり、上空の美鈴も全速力でチルノを追う。
だが、5人とも距離が遠すぎる。このままではチルノが水没してしまう――!
「やばい、間に合わないぜっ!?」
「チルノちゃーん! 駄目、目を覚ましてー!」
友人の死の恐怖に怯え、大妖精が絶叫した――その直後。
湖を一陣の風が駆け抜けた。
猛然と上空から駆け下りたそれは、湖面に頭を突っ込む寸前の氷精をかっさらい、ほんの一瞬で湖のほとりまで辿り着く。瞬間移動かと見紛うその速度は、この幻想郷においても彼女にしか出せないものだ。
チルノを抱き抱えた射命丸文は、まだ湖上にも出ていなかった面々の眼前に舞い降りると、にっこりと微笑んだ。
「どうぞご安心を。取材対象に重傷を負わせてしまっては新聞記者失格ですからね」
「射命丸……おまえ、ぬけぬけと」
「そう怖い顔をしないでください、妹紅さん。ちゃんと治療はいたしますよ」
睨みつけてくる炎使いを軽くあしらうと、射命丸は気絶した氷精を優しい手つきで地面に横たえた。小さな額に手の平を当て、霊力を少しずつ流し込む。
苦しそうにうんうん唸っていたチルノは、すぐに安らかな寝息をたて始めた。幸いにも大事には至らなかったらしい。
熟睡する氷精を見つめて、天狗は楽しそうにつぶやいた。
「妖精はそれだけでも面白い種族ですが……ふふ、やはりこの子がいちばん面白い。まさか私のスペルを砕いてくれるだなんて、ね。
この調子なら、きっとこれからも素晴らしいネタを供給してくれるわ」
「……悔しいと思ったりとかはしないのかよ? あの竜巻、一応お前の切り札だろ?」
そう尋ねたのは魔理沙だった。少しばかり落ち着かない様子なのは、チルノのスペルの完成度が予想以上だったからか。
しかし烏天狗は魔法使いの焦りに同意せず、余裕の表情で首を振る。
「いいえ。とっておきの切り札なら他にも色々ありますし、そもそも私の本分は破壊力ではありませんからね。この子はまだ私を脅かすレベルではありません。もっとも……」
何も知らぬ様子で眠りこける少女をちらと見やって、烏天狗は言葉を継いだ。
「1000年後にはどうなるか判りませんが。あるいは私に匹敵する大妖にでもなっているかも知れませんね」
そのセリフは本気か、それとも冗談か。腹の底を決して見せぬ天狗の真意は、魔理沙はもちろん周囲の人間たちにも見えなかったのだった。
「ま、それはともかく――」
射命丸はその場で立ち上がると、改めて周囲を見渡した。
人里に住む女教師。竹林の案内人を務める炎使い。永遠亭の姫君とその従者。幻想郷を騒がせる人間の魔法使い。湖を住処とするチルノの親友。紅魔館の門番。
チルノのためにこの場所に集まった多種多彩な面々。新スペル完成に向けて少しずつ力を出し合った、人間と妖怪と妖精たち。
事件の関係者全員に営業用のスマイルを振りまきながら、新聞記者はカメラを取り出したのだった。
「みなさん、取材写真を兼ねて、全員で記念撮影をしませんか?」
11 そして肝心の新聞記事は――
さて、事件がひととおり終わってから四日後のこと。
夏の暑さが厳しさを増す中、魔法使いはその日も湖の上を飛んでいた。
もっとも今日は、魔道書を入れた袋は背負っていない。まだ全部返却し終えたわけではないが、色々と思うところがあったので、図書館強盗――ではなく図書館通いを再開することにしたのだ。
「目の前であんなスペルを見せられちゃあなあ……私も本腰を入れて新しい魔法を作り出さないと、妖精に舐められる羽目になるぜ」
もちろん1000年後には大妖うんぬんなどという射命丸の戯言を信じたわけではない。がしかし、うかうかしていると氷精に追い越されるかも知れないという危機感を持ったことは確かだった。これまで以上の魔法を求めて、魔理沙は一直線に紅魔館へと向かう。
「ふふん。最近は日曜にばかり行ってたからな、美鈴のヤツも油断してるだろ。昼寝してるところをこっそりと……」
「おっ、魔理沙発見! 勝負しろー!」
下からバカの声が響いてきたので、魔法使いはがっくりと肩を落とした。美鈴の前にこいつに見つかってしまうとは、不覚……っ!
「勝負、勝負! 今日こそカチンコチンの刑にしてあげるわ!」
相も変わらず元気な氷精は、短い腕を振り回しながら魔理沙と同じ高度まで飛び上がってきた。下では大妖精がはらはらとこちらを見上げている。どうやら二人で遊んでいる途中だったらしい。
あまり時間を浪費したくない魔理沙は、やる気満々の妖精に下を指さしつつ尋ねてみた。
「お前のお友達が心配してるみたいだが、いいのか? 目の前で51連敗目を喰らうのも格好悪いだろ」
「心配ゴム用よ! じゃなくてご無用よ! あれ、ごむ酔うだっけ?」
「いや、なんなんだそれは」
「とにかく! 生まれ変わったNEWあたいはこれまでのOLDあたいとは違うの。人間なんかに負けたりしないわ!」
「おーおー、グレートクラッシャーがあるからって随分と強気だな」
苦い顔で魔理沙はつぶやく。正直、接近さえ許さなければそれほど怖いスペルでもないのだが――今までは気軽に仕掛けることができた奇襲を迂闊に使えなくなったことは確かだ。あのハンマーによるカウンターが待ち構えていることを考えると、接近戦はかなりのギャンブルである。
攻め手を一つ減らされた魔法使いがぶつくさとボヤいていると、氷精は偉そうに両腕を組み、きっぱりと言い放った。
「グレートクラッシャー? あれならあたいは使えないわ!」
「……は? どういう意味だそれは」
「ふふん。判らないの?」
何故かやたらと自信満々の氷精が小馬鹿にしたような笑みを浮かべるが、もちろん判るわけがない。グレートクラッシャーが使えない理由も、使えないのにこのバカがここまで偉そうにしている理由もだ。
返答に困った魔法使いは、とりあえず疑問を一つずつ解消することにした。
「なんでグレートクラッシャーが使えないんだよ。まだ霊力が回復しきってないのか?」
「まさか。ひ弱な人間と一緒にしないで。霊力なんて寝て起きたらもう元に戻ってたわ!」
「そりゃースゴいな。まあ霊力総量が少なすぎるだけだが」
「今のあたいはいつもどおりに万全の状態! すなわちBESTあたいよ!」
おそらく寺子屋で覚えたのであろううろ覚えの英単語を駆使して、バカの顔がますます輝く。正直死ぬほど鬱陶しいのでさっさとマスタースパークで焼き払いたい気分だったが、グレートクラッシャーが使えない理由とやらが気になるのも確かだった。
仕方なく、魔理沙は話をあわせてやる。
「じゃあ、万全の状態なのになんで使えないんだよ」
「けーねに言われたのよ。あのスペルの威力は強すぎる、無闇やたらに使えば周囲の仲間や自分自身をも傷付けかねないって。きちんと威力が調整できるようになるまでは、決して使用しちゃいけないってね」
「へえ……」
なるほど、寺子屋教師の教育によるものだったのか。最近はチルノが人間から退治されることのないよう色々と常識を教え込んでいると聞くが、なかなか気苦労が多いようである。
しかしあの教師、この天上天下唯我独尊なワガママ妖精に一体どうやって言うことを聞かせたのだろう。チルノとてあれほど努力してスペルを身につけたのだ、そうやすやすと禁止命令に従うはずがないのだが――
「ああ、あれか。迂闊に使ったら頭突きするぞって脅されたんだな」
「何言ってるのよ、そんなわけないでしょ。このあたいが脅しに屈するとでも思ったの?
そりゃあけーねの頭突きは痛いけど、凄く痛いけど、マスタースパークより痛いけど……」
「そんなに痛いのか……」
腕を組んだままがくがくと両膝を震わせる氷精を見て、魔理沙も少しばかり背筋に寒気を感じた。天狗の竜巻にさえひるまなかったこのバカをここまで怯えさせるとは、ハクタクの頭突き恐るべし。
ゴクリと唾を飲み込んでから、魔理沙は気をとり直した。このままでは話が進まない。冷や汗を流しながらもあくまで偉そうなツラを保つバカに先を促す。
「……で、結局、なんでお前は納得したんだよ。せっかく開発したスペルなんだろ? 使うなって言われてハイ使いません、なんて答えられるわけがないと思うんだが」
と、チルノの表情から怯えが消えた。これまでにない自信をみなぎらせ、氷精はにやりと笑う。
「輝夜が言ってたのよ。
最強の武器とは、あまりに威力が強すぎて迂闊には使えないものでないといけないって。
これ以上はもうだめだというピンチの場面で初めて封印が解かれるものだって。
3COOLの終りまで引っ張ってからTEKO入れのために姿を現すものだって」
「……3クール? テコ入れ?」
再びうろ覚えな単語を駆使する氷精。そろそろ星弾あたりでツッコミを入れたほうがいいだろうかと悩む魔理沙をよそに、チルノは大声で断言してきた。
「そう、最強とは封印されるべきものってわけ! ゆえに最強であるあたいのグレートクラッシャーは、みんなから発動承認されるまでは使っちゃいけないのさ!」
――なるほど、そういう理屈でこのバカを丸め込んだのか……
呆れたのと感心したのとが半々の表情で、魔理沙は深くうなずいた。グレートクラッシャーが使えないことを妙に誇らしげにしていたのも、輝夜にこの理屈を吹き込まれていたからか。さすがは月の元お姫様、バカに言うことを聞かせるのは得意ということらしい。
「ま、そのへんはどうでもいいか。あのスペルが使用不能っていうなら、遠慮なくぶっ飛ばして氷嚢代わりに使ってやるぜ」
「へん、グレートクラッシャーがないからって勝てるとでも思ってるの?
言ったでしょ? 今のあたいは凄いあたい、すなわちSUPERあたいだって!」
「潰れかけの生活用品店みたいな名前だな、それ」
いつもどおりの他愛ない前口上をお互いにぶつけ合う。時間はもったいないし、大妖精も下で心配そうにしているが、こうなったらもう戦いあるのみだ。チルノには悪いが、連敗記録をさらに一つ更新してもらうとしよう。
魔法使いが勝負に備えて帽子の中からスペルカードを取り出そうとした、ちょうどそのとき。湖の上空を一陣の風が駆け抜けた。
飛ばされそうになる帽子を魔理沙が慌てて押さえるうちに、風はチルノの周囲をぐるっと旋回してから正体を表す。スーツ風の白い上着に黒いスカートを着こなすのは、言わずと知れた幻想郷最速のブン屋――
「清く正しい射命丸、見参!」
「おー、あややー!」
歓声を上げるチルノに、射命丸はにっこりと笑ってみせた。
「こんにちは。あれからお加減はいかがですか? 後遺症は残っていないですか?」
「全然っ! だってあたいは最強だもん!」
「それはよかった」
儀礼的な挨拶をつつがなく終えると、射命丸はさっそく肩にかけたバッグから新聞紙を取り出した。思わせぶりに魔理沙とチルノとに視線を送ってから、
「今日はですね、あの日の記事が完成したのでお見せしに来たのですよ。ささ、お二方とも読んでみてください」
半ば押し付けるようにして新聞紙を渡してくる。
「もしかして弾幕テストの記事? ってことは、あたいが最強にかっこよく書かれてるってわけね!?」
もちろん氷精は大喜びだったが、魔法使いは正直言ってまったく興味がない。あの新スペルはともかくとして、チルノ自身が新聞上でどう描かれるかについては関心の外だった。
ワクワク顔で一面を探す氷精を横目に、魔理沙は射命丸に新聞を返そうとする。
「今から紅魔館に行くんだ、余計な荷物を増やすなよ」
「おや、またまた犯罪を犯すつもりですか」
「人聞きの悪いことを言うなよ、図書館に本を借りに行くだけだぜ? ちょっと長期間だけな」
「返却期限が過ぎても返さないなら立派に窃盗ですよ? 閲覧禁止の本を無理やり持ち出してるから強盗もおまけについてきます。社会の木鐸として、そのような凶悪犯罪者を見過ごすわけには行きませんね」
「むむっ、なんか今日は妙にしつこいな……」
普段なら割合あっさりと見逃してくれるはずの天狗が、なかなか新聞紙を受け取ろうとしない。どうもこの記事を読まない限りは通してくれるつもりがないようだ。
言い合いを続けて相手が折れるのを待つのが早いか、それとも諦めて素直に読むほうが早いか……魔理沙が真剣に検討していると、いきなり横から悲鳴が響いた。
「な、な、なによこれー!?」
「あん?」
振り向いてみれば、チルノが新聞の一面を凝視してわなわなと震えている。一体どうしたというのだろう。そこには少女の望みどおり、あのスペルが炸裂する瞬間が掲載されているはず――
「…………」
違和感を感じた魔理沙は、手渡されたまま見向きもしなかった新聞を改めて広げてみた。「文々。新聞」という題字の横にデカデカと掲げられた見出しは、『とてもかっこいい氷精、とてもかっこよく新スペルをお披露目!』……ではなく。
『お騒がせ氷精、今度は竜巻に挑んで返り討ち!?』
魔理沙はまず我が目を疑い、そして記事の横の写真を見てもう一度我が目を疑った。掲載された写真はどれも、氷精が竜巻にスペルを跳ね返された場面か、猛烈な縦回転で吹っ飛んでいる場面ばかり。かっこいい写真などどこにもない。
一体これは……?
「なんでよ、どうしてよ!? あたいが失敗した写真しか載ってないじゃない!? あの竜巻を破ったらカッコいい記事を書く約束でしょう!」
唖然とする魔理沙の横で、チルノが憤然と新聞記者に抗議する。無理もないが。
しかし射命丸はまるで動じる様子も見せず、しれっとその抗議を却下したのだった。
「そりゃあ、新聞は客観的な事実を正しく伝えるものですから。貴方が最後の一回でやっと成功するまでの間にどれだけたくさんの失敗を積み重ねたのかを、幻想郷にきちんと広める必要があります。
それに私は一面で扱うとは約束しましたが、カッコよく書くとはひとことも言ってませんよ?」
「うっ……そうだっけ? でもだからって、こんなカッコ悪い写真ばかり……」
「なかなか綺麗に撮れてるでしょう? ほら、これは2週間前に貴方がアイシクルアタックで突っ込んだときの縦回転。こちらは本テストのとき、貴方がちゃんと説明を聞かなかったために突風に吹き飛ばされたときの縦回転。これは一回目のアタックが失敗したときの縦回転で、こっちは――」
「縦回転はもういいのよ!」
空中でじたばたと地団駄を踏むチルノ。いつもなら冷たい視線を送るところだが、今日ばかりはさすがの魔法使いも氷精に同情した。いくらなんでもこの扱いはあんまりだ。最後まで無様を晒したというならともかく、今回はきちんとカッコいいところも見せつけたというのに。
もしかして、天孫降臨の道しるべを破られたことを地味に根に持っているのだろうか? 天狗に対してそんな疑いの目すら向けてしまう。
「だいたい、最後に成功したときの写真がどこにもないじゃないのよ!? あれも載せなきゃフコーヘーってもんでしょう!?」
氷精がいつになくもっともなツッコミを入れるが、新聞記者はそれすらも平然ととぼけ切った。
「ああ、あの写真ですか。一応撮影はしてたんですが、その……」
「なによ、写真があるなら載せなさいよ!」
「少しばかり出来に納得いかなくて、一面には載せられなかったんですよ。いやあ、残念でしたね」
「むきー!」
天狗にいいように弄ばれたと知って、ついにチルノの堪忍袋の緒が切れた。氷精のくせにその顔を真っ赤に染め、天狗に向かって突っかかっていく。怒りのチルノ――今日の少女の表現を借りるならREDあたいと呼ぶべきか。
超弱そうだった。
「もう絶対に許さない! グレートクラッシャーでやっつけてやるー!」
「おや、あれは発動承認が降りないと使えないのでは?」
「いいもん、使ってやるもん!」
「勝手に使ったら最強武器ではなくなってしまいますよ? それに寺子屋の先生の頭突きも……」
「ううううっ、うわーん!」
天狗がくすくすと笑いながら逃げていく。それを追いかけるREDあたいは早くも涙目だった。どう考えても追いつけるはずがないのだから、それも当然だったが。
空の向こうに消えていく二匹から視線を外して、魔法使いは肩をすくめた。
「社会の木鐸が聞いて呆れるぜ。この悪質な事実の捨取選択っぷり、一体どこのイエローペーパーだよ。
やれやれ、今後は私も気をつけておかないとな……」
マスコミの怖さを肌で感じつつ、魔法使いは改めて新聞の一面に視線を走らせた。どんなこっぴどい記事になっているかを一応確認しておこうと思ったのだ。今後の用心のためでもあるし、次にチルノに会ったときにからかってやるためでもある。
三段落目まで読み進めた魔法使いは、ふと首をかしげた。
――あんまりこき下ろされてないぞ?
五段落目まで読んでますます首をかしげ、途中をすっ飛ばして記事の最後に目を向ける。そこにはこう書かれてあった――第二面に続く。
「…………」
魔法使いは無言で紙面をめくった。果たして第二面の一番上に、新しい見出しが踊っている。悪意丸出しの一面とはまるで違う、公平かつ簡潔な文面――
『氷精は何故竜巻に挑んだのか Gクラッシャー誕生の裏側に迫る!』
記事に添えられた写真は2枚。1枚目は例の弾幕テストの最後に、射命丸の提案で撮影した集合写真だ。すやすやと眠るチルノを中心に、人里の教師や竹林の炎使い、永遠亭の主従やチルノの友人、そしてもちろん魔理沙自身が周囲を固めている。紅魔館の門番などは、仕事中に抜け出してきたくせにピースサインまで掲げていた。
「呑気なヤツだな……あとでお仕置き喰らったんじゃないのか、これ」
どうでもいいことをつぶやいてから、魔理沙は気づく。この写真は、二面の記事の内容を象徴的に示していたのだ。
この写真の中の人間や妖怪たちが、チルノにどんなアドバイスを送ったのか。どんな助力を申し出たのか。どういう風にチルノを心配したのか。そして何より、その協力を受け取ったチルノが、いかに努力しあのスペルを完成させたのか――
関係者だけでなくその周囲の人間にまできちんとインタビューし、裏付けを取り、事実関係を整理し、真実を掘り起こす。
チルノが無様をさらす過程を面白おかしく描いた一面とは対照的に、二面の記事は、新スペルが完成するまでの軌跡を丹念に追った良質のドキュメンタリーとなっていた。
「あいつ……」
魔理沙は呆れ果てるしかない。他人を馬鹿にしたような書き方を好むあの天狗が、こんなまともな記事も書けるとは。そしてその記事を一面ではなく二面に掲載してくるとは。きっとチルノを引っ掛けるためにこんなことをしたのだろうが、悪戯にしては手が込みすぎているのではなかろうか。
「ホントに性格悪いんだな、あいつ……」
ぽりぽりと鼻の頭を掻きつつ、魔理沙はもう一枚の写真に視線をやった。
そこにあるのは、さきほど射命丸が口にしていた
「どこが出来が悪いって?」
魔理沙は苦笑せざるを得ない。
空から一直線に駆け降りてきた氷精が、画面いっぱいに迫りながら今まさにこちらめがけてハンマーを振り下ろそうとする――見ているだけで思わず防御姿勢をとってしまいそうになるほどの迫真の光景。
ピント、構図、光量、どれもこれも完璧な一枚だった。
よくもまあ、あの一瞬の時間でこんな写真を撮れたものだと感心してしまう。
この写真を見た者は誰であろうとこう思うだろう。竜巻すら凍てつかせる凄まじいスペルを、あの氷精が完成させた、と。カッコ悪いと感じる者など皆無なはずだ。
「これを一面に持ってきてやれば良かったのに。どこまでひねくれてるんだか、あの天狗は」
そして魔理沙は、手に持つ新聞紙をくるりと丸め、下に向けて放り投げてやった。
放物線を描いて落ちた先は、チルノの友人が居る場所。さっきからずっとチルノが飛び去った方を心配そうに眺めていた大妖精は、いきなり上から降ってきた新聞にビクっと身をすくませる。
慌てて真上に視線を向ける彼女に、魔法使いはひらひらと手を振った。
「お友達が帰ってきたら、その新聞の二面を見せてやれよ。きっと大喜びしてくれると思うぜ?」
「え? あの、それは一体どういう……」
「いいからいいから、言われたとおりにしてみろよ。お前のことも書いてあるから、先に中身を読んでおくのもいいかもな」
友人の身を心配し、そして友人の力を信じた少女に、ニヤリと笑ってみせてから。
魔法使いは箒の柄を、紅魔館の方へ向け直したのだった。
了
チルノさんも諦めが悪いぜ(良い意味で
次回作マッテルヨー( ・ω・)ノシ
最強を目指すのも大事なんでしょうけど、それよりもっと大切な事があるのだと
チルノとその仲間たちは教えてくれてますよね、月並みな感想なんですけど。
それにもともと最強だしね! チルノの笑顔は!
各キャラも立ってたし、原作設定も良く活かされていましたし
(儚のまでちゃんと使ってる!なるほど、姫様がアツく燃えるのはそういう訳か…)
……あと、可哀想な美鈴……咲夜さん、お慈悲を、瀟酒なお慈悲をどうか彼女に!
面白かった。と言うか構成がうまい。堪能させていただきました。
クセになりそう。
チルノ風に言うなら『すげえっ! かっこいい!』です!
情景がここまで鮮明に浮かぶとは思わなかった。素晴らしい話でした。しかし皆いい奴だ。
ところでチルノが主役のアニメが作られるのはいつですか?
という電波が(ry
チルノはレイマリ以上に主人公が似合うと思う。
このチルノは完全無欠のサイキョーじゃないか!
カッコ良すぎるぜ!
そして姫様のセンスには共感せざるを得ない!
友達の輪を広げながら徐々に強くなりつつありますね。
いつか本当に最強に……。
後のんきものランキングが気になります。
少年誌のような王道で燃えるお話をありがとうございます。
アツイゼアツクテシヌゼェー
呑気ランキング、輝夜、霊夢、幽々子と見た
チルノの頑張りとそれを見守る幻想郷住人の優しさが素晴らしい。熱くて素敵な作品でした。
長さを感じさせない上手な展開と、なにより各部のエピソードでキャラを良く表現出来てるのがいい。
普段は書き方まで言及しないのですが、ついどこが好きか語りたくなってしまいました。
これからも応援してます!
なんて熱くて微笑ましいお話でしょうか!
他の作品も併せて一気に読んでしまいましたっ!
やっぱりチルノの生き様は素晴らしいですね!
本当に素晴らしい。実に清々しい。
熱かったです。
そして最高!
同じ言い回し、同じ単語が何回出てくることやら。
前の作品と全く変わってないじゃないですか。