「そうだ、紅魔館へ行こう」
「はい?」
始まりはいつも唐突である。
どこから降って湧いたのかわからぬその思いつきを口走る氷精に、しかし橋姫はさして反対する理由も持たなかった。
水橋パルスィはチルノの友人である。
ひょんなことからそうなった。
嫉妬することもさせることも出来ない天衣無縫の氷精の傍にいると、パルスィはなんだかんだで安らぐのだ。
ただ、代償としてチルノの遊びや思いつきに振り回されることになるが、それもなんだか楽しくなっていた。
紅魔館もまた、知らぬ場所ではない。
歴史にも残らぬような、ちょっとした異変があって、そのときにお世話になった場所だった。住人とも今では親しくなっている。
そんなわけで、門番の美鈴さんのところにやってきたのだ。
「やっほー美鈴!」
「お邪魔してもいいかしら?」
「おや、チルノさんにパルスィさん、こんにちは。どうぞどうぞ、屋敷の皆さんも暇してるでしょうし」
美鈴は微笑んで、簡単に門を開けてくれる。
しかも、門番は妖精部隊に任せて、中への案内までしてくれるとのことだった。
「いえね、先客が来ているもので、皆さんそちらに行かれてるかなと思いまして」
「先客?」
チルノが聞き返す。
「ええ、さっき上空を飛んできましたから。チルノさんたちみたいに、ちゃんと門で挨拶してくれればいいんですけどねえ」
そうして苦笑を浮かべた美鈴が案内してくれたのは、紅魔館の大図書館だった。
美鈴が門に戻るのを見送った後、大図書館へ続く扉をがちゃりと開けると――
「むきゅー……(さて、地獄巡りの片道切符は貴様らの命で買ってもらうとするか)」
「チクショオオオオオオ! くらえパチュリー! 新必殺音速火炎ミルキーウェイ!」
「むきゅー!(亡びのジンジャガストをその身に受けるがいい!)」
「今だナズー! 宝箱を!」
「よしきた!」
魔理沙がパチュリーと撃ち合っている間隙をつき、ナズーリンはパチュリーの後ろに回りこんで、宝箱を開けた!
しかし宝箱はレミミックだった!
「残念ながら私はデコイよ」
「なん……だと……」
「何やってんだあんたら」
「む、チルノにパルスィじゃないか」
新たな来客に気づいた魔理沙が手を振ると、他の面々も一斉にこっちを向いた。
「むきゅー(あら、よく来たわね)」
最近むきゅーで全てをあらわす事にご執心な七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。
「ん、こんにちは」
最近魔理沙とコンビでトレハンを楽しんでいる命蓮寺のダウザー、ナズーリン。
「フフ、いらっしゃい。歓迎するわ」
宝箱から首だけちょこんと出してカリスマを撒き散らす紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
そうそうたるメンバーだった。
「楽しそうなことしてるわね! 何やってんの?」
チルノの問いに、魔理沙はにかっと白い歯を見せて答える。
「『トレジャーハントごっこ~闇の神殿のガーディアン編~』だ!」
「細かいな!」
パルスィがツッコミを入れる。
「むきゅー(ルールはトレジャーハンターとガーディアンの二組に別れ、指定の宝箱を……)」
「いや説明はいいよ!」
「えー、面白そうじゃん、やろうよー」
チルノが袖をくいくい引っ張ってくるのに少し心が揺らぎつつも、パルスィは問う。
「なんでまたこんなことを?」
「なぜって……」
一同が顔を合わせ、申し合わせたように向き直る。
『七夕だからな』
「七夕全然関係ねえええええええええええ!!」
「フフ、失礼したわ。実を言うと、竹と短冊を待っていて、その暇つぶしにと始めたものなのよ」
落ち着いて円卓に座につきつつ、レミリアが事の説明をする。
「そうだったの」
パルスィが理解すると、ナズーリンが懐かしむように語りだした。
「元々は雨でトレハンが流れた日の暇つぶしとして私と魔理沙がやりだしたものでね、その当時はそれまでに見つけた宝物でジャグリングをするだけの遊びだった……」
「ああ、懐かしいな……」
「原型留めてないなっていうかなんだそれ!? わけわからん!」
などとドタバタやっていると、
「紅茶と短冊をお持ちしました」
「あ、咲夜さん」
咲夜と妖精メイドが紅茶と短冊、そして筆記用具を運んできた。
とりどりの色紙は、見ているだけで綺麗である。
暇つぶしをしていたメンバーは一斉に円卓によってきて、何を書こうかと相談し始めている。
「咲夜もせっかくだから何か書いていきなさい」
「はい! それでは……」
レミリアの勧めにしたがって、咲夜も短冊を取り、筆を走らせた。
『明日から頑張る さくや』
どや! といわんばかりに胸を張って短冊を突き出す咲夜に、レミリアは苦笑を浮かべる。
「何を?」
「そ、そんなことを乙女の口から言わせるというのですか……っ!? お嬢様、な、なんという……いえまぁダイエットですけどごめんなさい」
「はっは、減らすとこあんのかよ?」
大げさにリアクション取ろうとして耐え切れなくなった咲夜を笑いつつ、魔理沙がちゃちゃを入れる。
「むむ、どういう意味よそれは」
「べっつにー」
魔理沙の様子に頬を膨らませる咲夜を横目に、パチュリーが語りだす。
「むきゅー(明日から頑張る、という言葉はある意味七夕にぴったりかもしれないわね)」
「どゆこと?」
チルノが首をかしげる。
「むきゅー(七夕といえば織姫と牽牛の物語。二人は働き者だったのだけど、結婚をしたとたんにいちゃいちゃして働かなくなったので、あんたたちは一緒にいたらあかん、一生懸命働いたら一年に一度だけ会わせちゃるという横暴な要求を突きつけられて今にいたる。つまり、二人は明日からまた頑張らないといけないわけね)」
「なるほど! さっぱりわからん!」
「ですよねー」
からから笑うチルノに、パルスィががくっと肩を落とす。
そんな折に、
「こんにちはー、竹屋が来たわよー」
という声が響いて、がちゃりと扉が開いた。
そして、それを開けたのが何者か確認した魔理沙は、頓狂な声をあげる。
「んあ……お前は輝夜じゃないか。何をしとるんだ」
「竹林は年に一度の書き入れ時よー。私だって須臾を操って張り切って配達しているわ」
竹を担いで、竹林に住まう姫君、蓬莱山輝夜が入ってくる。
「まるで織姫の代わりにあなたが働いているみたいね」
にこりと笑ってレミリアが言うと、輝夜は苦笑した。
「織姫もねー、天帝の娘なのになんでそんな働かなくちゃいけなかったのかしらね? 私はおとなしくしてるのが仕事みたいなものだったのに」
「おとなしくしてたのか?」
「してたわよ。退職するまではね」
魔理沙のチャチャにさらりと答えると、壁に竹を立てかけた。
「さて、料金はもう貰っているから、ここに置いておくわね」
「あんたも書いてく?」
「お誘いを受けてたらキリがないから、遠慮するわ」
チルノの誘いに輝夜は首を振るも。
「まぁ、書くとしたら、こうかしらね」
『充実した永遠生活の認可 輝夜』
「ふぅん……」
意味もなく唇に指を当てながら聞いていたレミリアに一言言って、彼女は次の配達先へと向かっていった。
「永遠を充実させるのは、とてもとても難しいことよ。ではでは」
「ふむ……私も長いこと生きては来たが、充実なんてのは考えもしなかったな。生きるだけで精一杯だった」
輝夜の残した言葉に反応したのはナズーリンだった。
思えば、千年以上もの間、かつての仲間と離れ離れになりながら、寅丸と二人で生きてきたわけだ。
「ナズーはがんばったんだな。よしよし、もう大丈夫だからな」
「だからすごい生きてきたって今言ったばかりだろう! 子供扱いしないでくれ!」
頭を撫でてくる魔理沙に、顔を紅くして怒る。
「わー、尻尾がすごい揺れてておもしろーい」
「言うなー!?」
「はっはっは、かわいいなナズーは」
ぴこぴこ揺れるねずみ尻尾にチルノが興味しんしんで近づいてきてナズーリンが慌てているのを眺め、魔理沙が微笑ましそうに目を細める。
「むきゅー(生きなきゃいけないのは、全ての生命体の存在理由だわ。でも、あれは死ねなかったのでしょう?)」
「運命は人それぞれ、ということね。自分の持っているものは色あせて見え、自分の持っていないものは輝いて見える。当たり前のことだわ」
パチュリーとレミリアがしみじみと会話する。
「うーん、チルノじゃないけど、なんだか話についていけないわ」
短冊を前に、パルスィが突っ伏す。
「あら、橋姫だって千年以上の歴史のある妖怪じゃない。何か思うことはあるんじゃない?」
そんな様子を見て、レミリアが尋ねた。
「うーん、目の前のものを妬んでいたらいつの間にか今に至る……」
「ある意味幸せねえ」
「なんか馬鹿にされた気がした!」
「むきゅー(しょうがないじゃない。橋姫は妬むことがライフワークであり、趣味だもの。そして魔女は魔法の研究がライフワークであり、趣味だわ。飽きることなく千年を過ごせる自信はあるわよ)」
パチュリーの言葉に、今度はレミリアが悩む。
「うーん、そういう意味ではあのお姫様の気持ちはわかるかもね。別に私、吸血は趣味ってほどじゃないし……」
「むきゅー(飽くなき趣味の探求者ね)」
「んー、そうだわ。それを願いにすればいいのよ」
『1000歳 レミリア』
「千歳?」
「千歳になれるほど趣味を見つけるって意味よ」
パルスィに、レミリアが解説する。
それを聞いて魔理沙が唸った。
「しかしなんだな、願いというか、決意というか……」
「むきゅー(別になんだっていいんじゃない? 七夕ってのは元々中国にあった、針仕事の上達を願う風習。上手くなりたい! って気持ちが願いであろうと決意であろうと変わりはしないわ。決意が願いを叶えるのよ)」
「ほーん、なるほどなぁ」
「中国と聞いて歩いてきました」
「門にお帰り」
「ひどいですねえ。私にも願いを書かせてくれたっていいじゃないですか」
美鈴がいつの間にか図書館にやってきていた。
「じゃあ、美鈴さんはどんな願いを?」
パルスィが尋ねると、美鈴は待ってましたとばかりに巧みに筆を走らせる。
『中国妖怪の仲間が欲しい 美鈴』
「ああ……うん……」
「もっとローカルなご当地トークとかしてみたいです」
「そういえば西洋妖怪もだけどあんまり外国妖怪見かけないわよね」
美鈴の意見にのって、レミリアも呟く。
「いや、ここ日本だし……」
「リグルやミスティアも名前西洋っぽいけど、実際蛍とか夜雀だしなぁ。後はプリズムリバーとかアリスくらいか?」
パルスィと魔理沙というなんか半分西洋っぽいメンツが反応。
それに対するリアル西洋の反応は。
「このなんちゃって西洋め……」
「むきゅー!(欧米か!)」
「何よいきなり!?」
「おねがいごとできたよ!」
「うわびっくりした」
欧米な空気もなんのその、国籍なんてどうでもいい妖精のチルノさんが短冊を持って立ち上がる。
「チルノはどんなお願い事にしたの?」
パルスィが問うと、
「ふっふっふー、どーん!」
と勢いよく見せてくれた。
『あたいより強い奴に会いに行く ちるの』
「志村ー、目の前目の前」
「にゃ?」
知らないということは幸せなことである。
……まぁ、チルノがLv.99の力を得た異変のときは、魔理沙、パチュリーを下し、レミリアともいい戦いをしていた。だが、そんなLv.99な彼女も勝てなかったのが……
「おねーさまー、また私をのけ者にしておもしろいことしてるのぉー?」
「気持ち良さそうに寝てたからそのままにしといただけよ」
「もー、そんなの由緒正しい『どうして起こしてくれなかったの!?』でヘソを曲げるフラグじゃないのよー」
紅魔館の誇るキュートな第一級危険人妖、フランちゃんである。
「ほらチルノ、あんたより強い奴来たわよ」
「まじかやべえ」
一瞬の逡巡の後、チルノが仕掛ける。
「チクショオオオ! くらえフラン! 新必殺音速火炎パーフェクトフリーズ!」
「キュっとしてドカーン」
「グアアアア! バカなあああああ!」
「チルノおおおおお!」
「ソードマスターの流れが破壊されたわ!」
「むきゅー(フッ、私達もとんでもねえ妹様を持っちまったもんだぜ……!)」
レミリアとパチュリーが慄く中、魔理沙とナズーリンは冷静に現状を観察していた。
「おっと、チルノ選手一蹴されてしまいました。どう思われますか解説のナズーリンさん」
「やっぱり音速火炎パーフェクトフリーズのあたりで自己矛盾起こしてたんじゃないかな」
「私もそう思う」
「溶けきったぜ……透明な、水によ……」
「チルノ、早く復活してね」
負けて溶けてるチルノをバケツにつめて氷を放り込むパルスィを横目に、レミリアはフランにやっていたことを説明する。
「……というわけで、お願い事を短冊に書いていたのよ」
「へぇ~、お願い事を書くと叶うの?」
「はっ、そんなわけねー。パチュリーも言ってたけど、どっちかといえば目標を宣言したり、決意を表したりする心持ちでいたほうがいいんじゃないかしら」
「わーリアリストだー! かっくいー!」
「まさかの受けのよさ!?」
妹のことはやはり姉がよく知っているというのだろうか。どうにもよくわからないパルスィだった。
「よーし、じゃあ決意だね!」
そうしてフランは勢いよく筆を握った。
折れた。
「……おねえさまぁ」
「落ち着きなさい、ね?」
そうして四苦八苦しながら書きあがった一筆。
『もっとお姉さまと遊ぶぞ! フラン』
「よろしくね! お姉さま!」
「フフ……体、鍛えないとね……」
「そんなに激しいんだ!」
「ねえ魔理沙、魔理沙は何を願うんだい?」
「んー……たぶん、ナズーと同じことだぜ」
「えっ!?」
「なんだその頓狂な声。お前らしくないな」
「いやその……うん、なんでもないんだ、うん」
「……?」
『ナズーといっぱいトレジャーハントする 魔理沙』
『ちゅう ナズーリン』
「えーと、あと書いてないのは、パチェとパルスィだけ?」
レミリアが短冊をまとめつつ、名前を整理していく。
「うーん、願いって言われてもピンと来ないなぁ……」
悩むパルスィに、レミリアが問いかける。
「現状に満足しているの?」
「いやいや、妬むことばっかりの世の中よ。でも妬むことがなくなったら、私は一体何を妬めばいいんだろう……」
「なんか消防士みたいな悩みね……」
嫌なことはあるけれど、その嫌なことこそが自らの存在意義。ややこしいものである。
「妬み疲れたらチルノっていうオアシスがいるし……そうね」
『ずっとチルノと一緒にいたい パルスィ』
「こんな感じで」
「どう見ても愛の告白です。本当にありがとうございました」
「え? あ、いや、違うのよ!? 違うのよ!?」
「わかってるわ。応援してるから、ね?」
「そんな澄んだ優しげな目をされても!」
「で、パチェは?」
「むきゅー(やっと考えがまとまってきたわ。世界平和や交通安全みたいな全体的なものでもなく、勝手気ままでありながらも、しっかりと一本筋の通った気骨溢れる好ましい願い! こうありたいという私の憧れの姿! それを今ここに、書き出す! ハアアアア!)」
『むきゅー パチュリー』
「むきゅー……!(やりきった……)」
「わかんねーよ!」
こうして、勝手気ままな願いのつづられた短冊は竹に飾られ、紅魔館の時計台に高々と飾られた。
そして、それぞれの願いは星空の中、ふわりと天へと舞い上がり――
天界の比那名居天子宅へとどさどさ落ちてきたという。
「どういうことなの……」
『今日は七夕』――fin
「はい?」
始まりはいつも唐突である。
どこから降って湧いたのかわからぬその思いつきを口走る氷精に、しかし橋姫はさして反対する理由も持たなかった。
『今日は七夕』
水橋パルスィはチルノの友人である。
ひょんなことからそうなった。
嫉妬することもさせることも出来ない天衣無縫の氷精の傍にいると、パルスィはなんだかんだで安らぐのだ。
ただ、代償としてチルノの遊びや思いつきに振り回されることになるが、それもなんだか楽しくなっていた。
紅魔館もまた、知らぬ場所ではない。
歴史にも残らぬような、ちょっとした異変があって、そのときにお世話になった場所だった。住人とも今では親しくなっている。
そんなわけで、門番の美鈴さんのところにやってきたのだ。
「やっほー美鈴!」
「お邪魔してもいいかしら?」
「おや、チルノさんにパルスィさん、こんにちは。どうぞどうぞ、屋敷の皆さんも暇してるでしょうし」
美鈴は微笑んで、簡単に門を開けてくれる。
しかも、門番は妖精部隊に任せて、中への案内までしてくれるとのことだった。
「いえね、先客が来ているもので、皆さんそちらに行かれてるかなと思いまして」
「先客?」
チルノが聞き返す。
「ええ、さっき上空を飛んできましたから。チルノさんたちみたいに、ちゃんと門で挨拶してくれればいいんですけどねえ」
そうして苦笑を浮かべた美鈴が案内してくれたのは、紅魔館の大図書館だった。
美鈴が門に戻るのを見送った後、大図書館へ続く扉をがちゃりと開けると――
「むきゅー……(さて、地獄巡りの片道切符は貴様らの命で買ってもらうとするか)」
「チクショオオオオオオ! くらえパチュリー! 新必殺音速火炎ミルキーウェイ!」
「むきゅー!(亡びのジンジャガストをその身に受けるがいい!)」
「今だナズー! 宝箱を!」
「よしきた!」
魔理沙がパチュリーと撃ち合っている間隙をつき、ナズーリンはパチュリーの後ろに回りこんで、宝箱を開けた!
しかし宝箱はレミミックだった!
「残念ながら私はデコイよ」
「なん……だと……」
「何やってんだあんたら」
「む、チルノにパルスィじゃないか」
新たな来客に気づいた魔理沙が手を振ると、他の面々も一斉にこっちを向いた。
「むきゅー(あら、よく来たわね)」
最近むきゅーで全てをあらわす事にご執心な七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。
「ん、こんにちは」
最近魔理沙とコンビでトレハンを楽しんでいる命蓮寺のダウザー、ナズーリン。
「フフ、いらっしゃい。歓迎するわ」
宝箱から首だけちょこんと出してカリスマを撒き散らす紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
そうそうたるメンバーだった。
「楽しそうなことしてるわね! 何やってんの?」
チルノの問いに、魔理沙はにかっと白い歯を見せて答える。
「『トレジャーハントごっこ~闇の神殿のガーディアン編~』だ!」
「細かいな!」
パルスィがツッコミを入れる。
「むきゅー(ルールはトレジャーハンターとガーディアンの二組に別れ、指定の宝箱を……)」
「いや説明はいいよ!」
「えー、面白そうじゃん、やろうよー」
チルノが袖をくいくい引っ張ってくるのに少し心が揺らぎつつも、パルスィは問う。
「なんでまたこんなことを?」
「なぜって……」
一同が顔を合わせ、申し合わせたように向き直る。
『七夕だからな』
「七夕全然関係ねえええええええええええ!!」
「フフ、失礼したわ。実を言うと、竹と短冊を待っていて、その暇つぶしにと始めたものなのよ」
落ち着いて円卓に座につきつつ、レミリアが事の説明をする。
「そうだったの」
パルスィが理解すると、ナズーリンが懐かしむように語りだした。
「元々は雨でトレハンが流れた日の暇つぶしとして私と魔理沙がやりだしたものでね、その当時はそれまでに見つけた宝物でジャグリングをするだけの遊びだった……」
「ああ、懐かしいな……」
「原型留めてないなっていうかなんだそれ!? わけわからん!」
などとドタバタやっていると、
「紅茶と短冊をお持ちしました」
「あ、咲夜さん」
咲夜と妖精メイドが紅茶と短冊、そして筆記用具を運んできた。
とりどりの色紙は、見ているだけで綺麗である。
暇つぶしをしていたメンバーは一斉に円卓によってきて、何を書こうかと相談し始めている。
「咲夜もせっかくだから何か書いていきなさい」
「はい! それでは……」
レミリアの勧めにしたがって、咲夜も短冊を取り、筆を走らせた。
『明日から頑張る さくや』
どや! といわんばかりに胸を張って短冊を突き出す咲夜に、レミリアは苦笑を浮かべる。
「何を?」
「そ、そんなことを乙女の口から言わせるというのですか……っ!? お嬢様、な、なんという……いえまぁダイエットですけどごめんなさい」
「はっは、減らすとこあんのかよ?」
大げさにリアクション取ろうとして耐え切れなくなった咲夜を笑いつつ、魔理沙がちゃちゃを入れる。
「むむ、どういう意味よそれは」
「べっつにー」
魔理沙の様子に頬を膨らませる咲夜を横目に、パチュリーが語りだす。
「むきゅー(明日から頑張る、という言葉はある意味七夕にぴったりかもしれないわね)」
「どゆこと?」
チルノが首をかしげる。
「むきゅー(七夕といえば織姫と牽牛の物語。二人は働き者だったのだけど、結婚をしたとたんにいちゃいちゃして働かなくなったので、あんたたちは一緒にいたらあかん、一生懸命働いたら一年に一度だけ会わせちゃるという横暴な要求を突きつけられて今にいたる。つまり、二人は明日からまた頑張らないといけないわけね)」
「なるほど! さっぱりわからん!」
「ですよねー」
からから笑うチルノに、パルスィががくっと肩を落とす。
そんな折に、
「こんにちはー、竹屋が来たわよー」
という声が響いて、がちゃりと扉が開いた。
そして、それを開けたのが何者か確認した魔理沙は、頓狂な声をあげる。
「んあ……お前は輝夜じゃないか。何をしとるんだ」
「竹林は年に一度の書き入れ時よー。私だって須臾を操って張り切って配達しているわ」
竹を担いで、竹林に住まう姫君、蓬莱山輝夜が入ってくる。
「まるで織姫の代わりにあなたが働いているみたいね」
にこりと笑ってレミリアが言うと、輝夜は苦笑した。
「織姫もねー、天帝の娘なのになんでそんな働かなくちゃいけなかったのかしらね? 私はおとなしくしてるのが仕事みたいなものだったのに」
「おとなしくしてたのか?」
「してたわよ。退職するまではね」
魔理沙のチャチャにさらりと答えると、壁に竹を立てかけた。
「さて、料金はもう貰っているから、ここに置いておくわね」
「あんたも書いてく?」
「お誘いを受けてたらキリがないから、遠慮するわ」
チルノの誘いに輝夜は首を振るも。
「まぁ、書くとしたら、こうかしらね」
『充実した永遠生活の認可 輝夜』
「ふぅん……」
意味もなく唇に指を当てながら聞いていたレミリアに一言言って、彼女は次の配達先へと向かっていった。
「永遠を充実させるのは、とてもとても難しいことよ。ではでは」
「ふむ……私も長いこと生きては来たが、充実なんてのは考えもしなかったな。生きるだけで精一杯だった」
輝夜の残した言葉に反応したのはナズーリンだった。
思えば、千年以上もの間、かつての仲間と離れ離れになりながら、寅丸と二人で生きてきたわけだ。
「ナズーはがんばったんだな。よしよし、もう大丈夫だからな」
「だからすごい生きてきたって今言ったばかりだろう! 子供扱いしないでくれ!」
頭を撫でてくる魔理沙に、顔を紅くして怒る。
「わー、尻尾がすごい揺れてておもしろーい」
「言うなー!?」
「はっはっは、かわいいなナズーは」
ぴこぴこ揺れるねずみ尻尾にチルノが興味しんしんで近づいてきてナズーリンが慌てているのを眺め、魔理沙が微笑ましそうに目を細める。
「むきゅー(生きなきゃいけないのは、全ての生命体の存在理由だわ。でも、あれは死ねなかったのでしょう?)」
「運命は人それぞれ、ということね。自分の持っているものは色あせて見え、自分の持っていないものは輝いて見える。当たり前のことだわ」
パチュリーとレミリアがしみじみと会話する。
「うーん、チルノじゃないけど、なんだか話についていけないわ」
短冊を前に、パルスィが突っ伏す。
「あら、橋姫だって千年以上の歴史のある妖怪じゃない。何か思うことはあるんじゃない?」
そんな様子を見て、レミリアが尋ねた。
「うーん、目の前のものを妬んでいたらいつの間にか今に至る……」
「ある意味幸せねえ」
「なんか馬鹿にされた気がした!」
「むきゅー(しょうがないじゃない。橋姫は妬むことがライフワークであり、趣味だもの。そして魔女は魔法の研究がライフワークであり、趣味だわ。飽きることなく千年を過ごせる自信はあるわよ)」
パチュリーの言葉に、今度はレミリアが悩む。
「うーん、そういう意味ではあのお姫様の気持ちはわかるかもね。別に私、吸血は趣味ってほどじゃないし……」
「むきゅー(飽くなき趣味の探求者ね)」
「んー、そうだわ。それを願いにすればいいのよ」
『1000歳 レミリア』
「千歳?」
「千歳になれるほど趣味を見つけるって意味よ」
パルスィに、レミリアが解説する。
それを聞いて魔理沙が唸った。
「しかしなんだな、願いというか、決意というか……」
「むきゅー(別になんだっていいんじゃない? 七夕ってのは元々中国にあった、針仕事の上達を願う風習。上手くなりたい! って気持ちが願いであろうと決意であろうと変わりはしないわ。決意が願いを叶えるのよ)」
「ほーん、なるほどなぁ」
「中国と聞いて歩いてきました」
「門にお帰り」
「ひどいですねえ。私にも願いを書かせてくれたっていいじゃないですか」
美鈴がいつの間にか図書館にやってきていた。
「じゃあ、美鈴さんはどんな願いを?」
パルスィが尋ねると、美鈴は待ってましたとばかりに巧みに筆を走らせる。
『中国妖怪の仲間が欲しい 美鈴』
「ああ……うん……」
「もっとローカルなご当地トークとかしてみたいです」
「そういえば西洋妖怪もだけどあんまり外国妖怪見かけないわよね」
美鈴の意見にのって、レミリアも呟く。
「いや、ここ日本だし……」
「リグルやミスティアも名前西洋っぽいけど、実際蛍とか夜雀だしなぁ。後はプリズムリバーとかアリスくらいか?」
パルスィと魔理沙というなんか半分西洋っぽいメンツが反応。
それに対するリアル西洋の反応は。
「このなんちゃって西洋め……」
「むきゅー!(欧米か!)」
「何よいきなり!?」
「おねがいごとできたよ!」
「うわびっくりした」
欧米な空気もなんのその、国籍なんてどうでもいい妖精のチルノさんが短冊を持って立ち上がる。
「チルノはどんなお願い事にしたの?」
パルスィが問うと、
「ふっふっふー、どーん!」
と勢いよく見せてくれた。
『あたいより強い奴に会いに行く ちるの』
「志村ー、目の前目の前」
「にゃ?」
知らないということは幸せなことである。
……まぁ、チルノがLv.99の力を得た異変のときは、魔理沙、パチュリーを下し、レミリアともいい戦いをしていた。だが、そんなLv.99な彼女も勝てなかったのが……
「おねーさまー、また私をのけ者にしておもしろいことしてるのぉー?」
「気持ち良さそうに寝てたからそのままにしといただけよ」
「もー、そんなの由緒正しい『どうして起こしてくれなかったの!?』でヘソを曲げるフラグじゃないのよー」
紅魔館の誇るキュートな第一級危険人妖、フランちゃんである。
「ほらチルノ、あんたより強い奴来たわよ」
「まじかやべえ」
一瞬の逡巡の後、チルノが仕掛ける。
「チクショオオオ! くらえフラン! 新必殺音速火炎パーフェクトフリーズ!」
「キュっとしてドカーン」
「グアアアア! バカなあああああ!」
「チルノおおおおお!」
「ソードマスターの流れが破壊されたわ!」
「むきゅー(フッ、私達もとんでもねえ妹様を持っちまったもんだぜ……!)」
レミリアとパチュリーが慄く中、魔理沙とナズーリンは冷静に現状を観察していた。
「おっと、チルノ選手一蹴されてしまいました。どう思われますか解説のナズーリンさん」
「やっぱり音速火炎パーフェクトフリーズのあたりで自己矛盾起こしてたんじゃないかな」
「私もそう思う」
「溶けきったぜ……透明な、水によ……」
「チルノ、早く復活してね」
負けて溶けてるチルノをバケツにつめて氷を放り込むパルスィを横目に、レミリアはフランにやっていたことを説明する。
「……というわけで、お願い事を短冊に書いていたのよ」
「へぇ~、お願い事を書くと叶うの?」
「はっ、そんなわけねー。パチュリーも言ってたけど、どっちかといえば目標を宣言したり、決意を表したりする心持ちでいたほうがいいんじゃないかしら」
「わーリアリストだー! かっくいー!」
「まさかの受けのよさ!?」
妹のことはやはり姉がよく知っているというのだろうか。どうにもよくわからないパルスィだった。
「よーし、じゃあ決意だね!」
そうしてフランは勢いよく筆を握った。
折れた。
「……おねえさまぁ」
「落ち着きなさい、ね?」
そうして四苦八苦しながら書きあがった一筆。
『もっとお姉さまと遊ぶぞ! フラン』
「よろしくね! お姉さま!」
「フフ……体、鍛えないとね……」
「そんなに激しいんだ!」
「ねえ魔理沙、魔理沙は何を願うんだい?」
「んー……たぶん、ナズーと同じことだぜ」
「えっ!?」
「なんだその頓狂な声。お前らしくないな」
「いやその……うん、なんでもないんだ、うん」
「……?」
『ナズーといっぱいトレジャーハントする 魔理沙』
『ちゅう ナズーリン』
「えーと、あと書いてないのは、パチェとパルスィだけ?」
レミリアが短冊をまとめつつ、名前を整理していく。
「うーん、願いって言われてもピンと来ないなぁ……」
悩むパルスィに、レミリアが問いかける。
「現状に満足しているの?」
「いやいや、妬むことばっかりの世の中よ。でも妬むことがなくなったら、私は一体何を妬めばいいんだろう……」
「なんか消防士みたいな悩みね……」
嫌なことはあるけれど、その嫌なことこそが自らの存在意義。ややこしいものである。
「妬み疲れたらチルノっていうオアシスがいるし……そうね」
『ずっとチルノと一緒にいたい パルスィ』
「こんな感じで」
「どう見ても愛の告白です。本当にありがとうございました」
「え? あ、いや、違うのよ!? 違うのよ!?」
「わかってるわ。応援してるから、ね?」
「そんな澄んだ優しげな目をされても!」
「で、パチェは?」
「むきゅー(やっと考えがまとまってきたわ。世界平和や交通安全みたいな全体的なものでもなく、勝手気ままでありながらも、しっかりと一本筋の通った気骨溢れる好ましい願い! こうありたいという私の憧れの姿! それを今ここに、書き出す! ハアアアア!)」
『むきゅー パチュリー』
「むきゅー……!(やりきった……)」
「わかんねーよ!」
こうして、勝手気ままな願いのつづられた短冊は竹に飾られ、紅魔館の時計台に高々と飾られた。
そして、それぞれの願いは星空の中、ふわりと天へと舞い上がり――
天界の比那名居天子宅へとどさどさ落ちてきたという。
「どういうことなの……」
『今日は七夕』――fin
時間がゆっくり流れてるみたいでよかったです。